Happy New Year!!
「クルムくん!」
声をかけられ、クルムはくるりと振り向いた。
振り向いた先には、長い黒髪に風変わりな衣装をまとった少女。
しかし、その顔には少し見覚えがあって。
「………ああ、リィナか!いつもと違う雰囲気で、一瞬わからなかったよ」
トレードマークであるおだんご頭をほどいて垂らし、いつも着ていた赤いジャケットを着ていないだけでずいぶん印象が違うものだと思う。
リィナはにこりと笑った。
「そういうクルムくんこそ、前に会った時と違う格好だよね。…うん、格好いいなぁ〜」
「そ、そう?ありがとう」
少し照れたようなクルムも、以前の服ではなく、カーキ色のズボンにブルーグレーの上着を羽織っている。
二人が話していると、さらにその二人に声をかける者たちがいた。
「クルムと……リィナじゃん?ひっさしぶり!」
聞き覚えのある声に二人が振り向くと。
「…ロッテちゃん!それにリーちゃん、ミシェルさんも!」
リィナが嬉しそうに表情を輝かせた。
「リーもロッテも、久しぶりだね。マヒンダの港で別れて以来か。
東方大陸からヴィーダに戻って来たんだね」
クルムも目を細めて、懐かしい顔を迎える。
嬉しそうな顔で駆け寄ってきたロッテの後ろには、落ち着いた表情で佇むリーと、相変わらずニコニコしているミシェル。
「お久しぶり、クルム。元気そうね」
「ああ、リーも元気そうでよかったよ。…そちらの方は?」
ミシェルとは初対面のクルムが首をかしげると、ああ、とリーが彼女を示して紹介した。
「母のミシェルよ」
「クルム、でしょうー?リーからお話は聞いてるわー。ミシェルよ、よろしくねー」
ミシェルが言うと、クルムは目を丸くした。
「お母さん………って、いうことは…!」
リーは天使と人間のハーフ。ということは、その母のミシェルは天使ということだ。
それはうかつに口に出さないようにして、クルムはミシェルと握手をした。
「はじめまして、オレ、クルム・ウィーグです」
と、リィナがきょろきょろする。
「あれ、あの金髪の子は?一緒じゃないの?」
クルムもそれに気付いたようで、同じように辺りを見回して首をかしげた。
「エリー、だっけ?確か、ロッテが一緒に旅してるって言ってたよね」
「あー、あの性悪天使のこと?」
あからさまに眉を顰めるロッテ。リーがフォローするように言葉を続ける。
「少し用事があって、今は離れて行動しているの」
「そうなんだ」
「ま、ボクはいなくなってせいせいしてるけどね〜ん♪むしろ帰ってこなくてもいいよ」
「もう…またそういうことを言って」
敵意むき出しのロッテの言葉に、苦笑するリー。
「そういえば、リーちゃんとゆっくりお話しするのは初めてだよね。
ミシェルさんは依頼受けたし、ロッテちゃんはずっと一緒に旅をしてたけど…リーちゃんは依頼の最初と最後にお話しただけだもんね」
リィナが思い出したように言う。
「そうなるわね」
「あのさ…リーちゃんとも、ロッテちゃんみたいにお友達になれるかな?」
もじもじしながら言うと、リーは笑顔で頷いた。
「もちろんよ」
「やったぁ!」
リィナは嬉しそうに飛び跳ねた。
「ね、せっかくだし、みんなでゆっくりお話しつつその辺歩かない?」
はしゃいだ様子でリィナが言うと、クルムも頷いた。
「そうだね。セントスター島で別れてからの話も聞きたいし」
リーはにこりと笑った。
「もちろんよ」
「へえ、ミケが新年会?」
「うん、そうなの。銀貨2枚とお料理持ち寄りで、みんなでパーティーするんだって。リーちゃんたちも来ない?」
「へぇ…楽しそうね。寄らせてもらおうかしら」
「みんな来るんだよね。楽しそうだねぇ♪」
「うふふー、私も行こうかしらー」
ロッテとミシェルも楽しそうに会話に加わる。
「クルムくんも行くんだよね?」
「そうだね、オレも行かせてもらうつもりだよ」
「どれくらいの人が来るのかなー、楽しみだね!」
リィナはすっかりはしゃいだ様子だ。
と、ふと、リィナはリーのほうを向いた。
「そういえば、リーちゃん達にはいろいろ教えてもらったねー。天界と魔界のこととか…」
突然の話題の展開に、きょとんとするリー。
ミシェルが笑顔のまま言葉を挟む。
「異世界に移動する力が欲しい、って言ってたわねー」
リィナは頷いて続けた。
「リーちゃん達には話してなかったよね。リィナが、異世界の移動能力を欲しいのは…お兄ちゃんに会いたいからなんだ」
「お兄さんに?」
リーが問い、再び頷くリィナ。
「リィナは、お兄ちゃんと別の世界にいたんだけど…あることがあって、はなればなれになっちゃったんだ。
お兄ちゃんは、リィナの大切な人なの…でも、ここには居ない…そんな感じがするの。結構、依頼とかで旅をしてきたし、ロッテちゃんのことで世界半周ぐらいはしてるしね」
「つまり……あなたは、ここではないどこか別の世界から来た、ということ?」
「そう…だと思う」
さっきのはしゃいだ表情とは別人のような、真剣な瞳。
「リィナ、この世界に来て…全然知らない土地で、全然知らない人だらけで。世界地図も違うし、見たこともないような姿をした人たちもいるし、お金だって持ってないし…けっこう、大変だったんだ。
でも、そんなことより全然、お兄ちゃんに会えないほうが、辛いな…」
リィナは、そこでミシェルのほうを見た。
「ミシェルさん、好きな人にどうしても会えない。どうしても届かない…そういう時にその人のことが、とっても恋しいって思ったら、どうしたらいいのかなぁ?」
リィナの言葉に、ミシェルの笑みが消える。
目は閉じたまま、しばし考えて。
「……そうねー…その人の姿を思い出して…その人の言葉を思い出して。そうして、自分の心の中にその人が生きてるのを…自分で確かめるのがいいと思うわー?」
「ママ……」
ミシェルの言葉を、複雑な表情で聞いているリー。リィナもしょんぼりと肩を落とした。
「そっかぁ……そうだよね、それしかないよね…」
「つーかさ、つっこんでいい?」
しんみりとした空気にさしものロッテも口を挟みにくかったのか、こっそり言ってみる。
「ん、何?」
「お兄ちゃんお兄ちゃんって……キンシンソーカン?」
ロッテの言葉に、リィナは顔を赤くして首を振った。
「ち、ちち、違うよ!お兄ちゃんって呼んでるけど、ホントのお兄ちゃんじゃないよ!」
「なーんだ、あーよかった。ねねね、リィナのお兄ちゃんって、どんな人?」
興味津々のロッテ。リィナは頬を染めたまま、照れくさそうに話した。
「お兄ちゃんは、リィナにいろんなことを教えてくれたんだ…。兄であり、師匠であり、仲間であり…愛しい人…」
恋する乙女の表情になるリィナ。
が、そこでぱっと表情を変え、怒ったように振り返る。
「でもね!でもね!ちょー女の子に甘いの!」
「へぇ?」
面白そうに促すロッテ。
「リィナと一緒の時も、可愛い子が居たらすぐに口説いちゃうし…お得意の台詞は『愛は一つじゃないんだ。愛は想う人の数だけ存在する。一度想ってしまったら、忘れてはいけない。それは、その人を裏切ることになる』だって…ちょっと、キザじゃない?」
「きゃはは、そういうの、嫌いじゃないよ、ボクは」
ロッテが面白そうに言うが、リーは眉を顰めた。
「あたしはあまり感心しないわ、そういうのは。他の人を想うことで傷つく人がいるわけでしょう、今のリィナみたいに。それは裏切ってることにはならないのかしら」
「そう…だよね。
確かに関わる人の数だけ想いがあるのは当然だけど、その想いはみんな違うものだと思うよ。一番大事な人に捧げる想いだけは、間違えないようにしたいな、オレは」
クルムが続けて言い、ロッテがひゅうっと唇を鳴らした。
「クルムかぁっこいぃ。そーゆーくっさいセリフも、クルムが言うとサマになるねえ」
「か、からかうなよ、ロッテ」
頬を赤くするクルム。
そんな和やかな会話をしていると、前方から再び見知った顔が現れた。
「あ、リィナさん!」
「あっ、オルーカさん、こんにちは〜♪」
リィナが手を振ると、オルーカはこちらに駆け寄ってくる。
「こんにちは。どうしたんですか、お揃いで。そちらの方々は…」
オルーカがリーたちのほうに目をやり、それに気付いたリィナが紹介をした。
「えっと、依然請けた仕事の依頼人の人たちだよ。リーちゃんと、ロッテちゃんと、ミシェルさん。えっと、クルムくんも初対面だったよね。」
「リーよ。よろしくね」
「ロッテだよ〜」
「ミシェル、って呼んでねー」
「オレはクルム。よろしく」
「オルーカです。よろしくお願いします」
オルーカは4人に向かって礼をした。
そして頭を上げると、リィナに向かって、心配そうな表情を向ける。
「あの…実は、人を探してるんです。10歳くらいで、金髪の、青いコートを着た女の子を見ませんでしたか?」
突然言われ、顔を見合わせるリィナとクルム。
リィナは首を振って、オルーカの方を向いた。
「んー…そういう子は見てないなぁ」
「オレもだな。リーたちは?」
クルムがリーたちのほうを見ると、そちらも一様に首を振る。
「そうですか…」
肩を落とすオルーカ。
「迷子なの?大変だね。新年会までに見つかると良いけど…大丈夫そう?
リィナが心配げな表情で言う。オルーカは苦笑した。
「はい、それまでにはなんとしても見つけて…その子と一緒に伺う予定です」
「あっ、オルーカちゃん、ごめんね、衣装作ってもらっちゃって」
リィナが言うと、オルーカは笑顔で首を振った。
「そんな。いいんですよ、こちらも楽しかったんですし」
「衣装?」
クルムの問いに、リィナは意味ありげな笑みを返した。
「ミケちゃんの新年会でね。参加者は一芸披露ってのがあって、二人で仮装でやろうってのを相談してたんだ」
しかし、オルーカは申し訳なさそうに表情を曇らせた。
「と…でもそういうわけで、もしそれまでにその子が見つからなければ行けないかもしれません…あ!例の衣装は人に頼んで届けさせますから。夜なべして作りましたから★」
「あーっ、そうだよね……うん、わかった。見つかるといいね、その子!」
「はい。もし見かけたら西のガルダスの僧院に連絡をお願いします。私も定期的に連絡入れてますから」
「わかった。がんばって、オルーカ」
クルムが励ますように言うと、オルーカは笑顔で頷いた。
と、そんな会話をしている集団の後ろから。
またしても、悠然と近づいてくるひとつの人影があった。
「そこの可愛いお嬢さん達、この辺で情報が集まるような酒場をご存知ではないですか…?」
いかにも軟派めいた声で語りかけ、オルーカの肩を抱きながら輪の中に入ってくる男性。
短くそろえられた黒髪に、切れ長の赤い瞳。鍛え上げられた体つきが解るぴったりとした、風変わりな衣装を身に纏っている。
「えっ………?」
リィナはその姿を見て、短く声を上げた。
男性はにこにこしながら、輪の中の女性の顔を一つ一つ見回していく。
「おやおや、5人とも美しい方々ばかりですね。
淡い紫の瞳が美しき輝きを放つ、優しき天使のようなレディに…」
と、リーを見て。
「金髪に褐色の肌が似合う、美しい小悪魔のようなレディに…」
こちらはロッテ。
「銀の髪が輝くように美しい、この世に舞い降りた天女のようなご婦人に…」
ミシェルを見ながら。
「淡いグレーの瞳に憂いの色が見える、悩める美しき美女に…」
そしてオルーカ。
「それに黒髪のレデ…あれ?」
リィナに目を止めたところで、紅い瞳が大きく見開かれた。
同じように目を見開いて、呆然としているリィナ。
男性は、次に喜色をいっぱいに顔に広げると、腕を広げてリィナに歩み寄った。
「あれ?リィナ?やっぱり、リィナだよな!逢いたかっ……」
「ぅおにいちゃんの……」
押し殺したようなリィナの声。
「お兄ちゃんのヴぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁカぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁ!」
「のわあぁぁぁ…………」
きらーん。
リィナの渾身の一撃「リィナすーぱーすとらいく」が見事に決まり、男性はきれいに吹っ飛んだ。
「おー…お見事です。お星様になりましたね……」
感心したようにそれを見送ってから、オルーカはにこりと5人を振り返った。
「では、私は捜索に戻ります。みなさん、失礼しますね」
ぺこり、ともう一度礼をして、人ごみの中に消えていくオルーカ。
「あ……ああ…またな、オルーカ…」
呆然とした表情のクルムが、かろうじてそれを見送った。
「ひどいひどいひどい!髪下ろしてたくらいでリィナだってわかんないなんて、お兄ちゃんのばかばかばかばかばか!」
「わかった、わかったから!ごめんって!」
戻ってきてなおもタコ殴りにされる男性。困ったようにリィナをなだめる。
「んもぉ!リィナが色々やってきた努力はなんだったのー?!」
「あはは…俺だって、リィナ探すのに頑張ったですけど…」
乾いた笑みを浮かべて言ってから、男性はリーたちのほうに向き直った。
「いやーこんなに美しい方々と、お知り合いとは!俺、ショウ=ルーファって言います。よろしく!」
「リィナのお兄ちゃんだね!ボクはロッテ、よろしくねん♪」
「リーよ。…よろしく」
「ミシェルよー」
「クルム・ウィーグだよ。リィナとは何回か一緒に依頼をこなしたんだ。リィナのお兄さんに遭えるなんて思ってなかった、会えて嬉しいよ。よろしく」
一通り挨拶を終え、クルムがショウとリィナに言った。
「リィナ、せっかくお兄さんに遭えたんだし…積もる話もあるだろう?お兄さんと二人で、屋台とかバザーとか、見てきたら?」
「そうね、そうするのがいいんじゃないかしら」
リーも同意して頷く。
もっとも、リーはショウのことをあまりよく思っていないゆえの発言でもあったようだが。
リィナは頷いた。
「うん、ごめんね、みんな。また後でね〜」
「えっ、いや。俺は…」
まだ美人と一緒に、と言わんばかりに手を挙げたショウを、ぎろりと睨むリィナ。
ショウは慌てて目を逸らした。
「じゃーねー」
リィナは片手を振りながら、ショウの腕をつかんで引きずっていった。
「なんだかすごかったね…」
少しげっそりした様子のクルム。再びリーたちと共に歩き出す。
ロッテは楽しそうな様子で笑った。
「きゃはは、あーゆーのはボクは嫌いじゃないけどねぇ」
「…そういえば…ロッテ」
ふと思い出して、クルムはロッテの方を向いた。
「ロッテは…その、キルとはあれから…会ってるの?」
ぴく。
ロッテより先に、リーの方が反応して振り返る。
クルムは続けた。
「あの時…セントスター島でお互いの気持ちを確認したみたいだったけど……キルは、ロッテの言う通り、ロッテは殺したって報告したのかな?
だとすると、人目につくようなところでは会えないのかな…って。あの後ちょっと考えたんだ」
「んふふ、ちゃんと聞いたわけじゃないけど、そーだと思うよ。たまに手が空いたときに、あっちから会いに来るのん」
「そうなんだ」
嬉しそうに言うロッテに、クルムも表情を和らげる。
「ロッテ、オレ達と旅をしていた時より…笑顔が柔らかくなったっていうか、なんだか、綺麗になったみたいだからさ」
「やだーんもークルムったら女殺しっ!そんなうまいコト言っても何も出ないよーん?」
「いや、あの、そういうわけじゃ」
嬉しそうな様子のロッテとクルムの会話を、複雑そうな表情で聞いているリー。
「今は…今はキルのこと、ロッテはどう思ってる?」
クルムが問うと、ロッテはうーんと唸った。
「どう、って改めて言われると、困っちゃうなぁ」
人差し指をこめかみに当てて、首を傾げて。
「スキだよ?
勝手だし慇懃無礼だし向こうが気が向いたときにしか会いにも来ないし、おとなしい顔して腹ん中真っ黒だしサディストですぐ噛み付くけど」
「か、噛み付く?」
好きだと言った後に悪口しか出てこないのに多少面食らった様子で、クルム。
「うん、そぉ。傷跡残したいとかいってたまに治してくれない時があるんだよね、見る?」
平気な様子でシャツを捲り上げようとするロッテを、慌てて止める。
「い、いいから!!」
「ちょっと待って何それ。初耳なんだけど」
隣で聞いていたリーが、剣呑な表情で言い募る。
「え。言ってなかったっけ。いーじゃん噛み傷のひとつやふたつくらい、もー慣れたよ」
「そういうことじゃなくってねえ!」
さらにヒートアップするリー。ロッテはふふん、と笑った。
「キミがあの性悪天使の猫っかぶりをあんま気にしないのと一緒。
そーゆートコロがあるからって、アイツに惹かれるのは止めらんない、ってヤツ?きゃはは!」
楽しそうに笑って、続ける。
「ボクが一番ドキドキするのも、キモチいいのも、ゾクゾクするのも、嬉しいのもイライラすんのも、アイツだけ。それ以外に考えらんない。
どう思う、って訊かれたら、そんなところかなあ」
「それは、光栄ですね」
ざわ。
背中を撫でるように不快感が駆け巡る。
その声と共に、彼は唐突に、ロッテの後ろに現れた。
長い長い黒い髪に、ロッテと同じ褐色の肌。赤い瞳を隠すように光るモノクル。
「……キル……!」
クルムは呆然と、彼の名前を呼んだ。
「…何の用、わざわざこんなところまで」
今までにないきつい視線をキルに投げかけて、リーは刺々しい口調でそう言った。
キルはロッテの後ろから彼女の体に腕を回すと、にこりとリーに微笑みかける。
「新年祭を愛しい女性と共に過ごしたいと思うのは、そのように罪なことですか?」
優しい笑顔と口調。しかし、言外にリーを嘲っているもので。
ぐ、と返す言葉につまるリー。
「……っ、それは…ロッテが望むなら、あたしが口を出すことじゃないけど…
でも、ロッテを無闇に傷つけるのはよしなさい。ロッテはあなたの物じゃないわ」
「おや、これは心外ですね」
キルの表情は崩れない。
「私の姫君は、私がつけた傷など、消そうと思えばすぐに消せるでしょう。傷を治すことなど、貴女にだって出来るのですから。そもそも、私に傷をつけさせないことすら、姫君には容易い事のはず。
では何故、姫君は私に傷をつけさせ、あまつさえそれを残しているのか…?」
リーは答えずに、きり、と唇を噛んだ。
キルはにこりと笑って、続けた。
「…姫君自らが、それを望んでいるから…そうではありませんか?」
ロッテはキルの言葉を肯定も否定もせずに、ただ楽しそうに微笑んでいる。
リーは悔しそうに、言葉を探した。
「……っ、でも…っ」
「ああ、ひとつだけ同意出来る事がありました」
リーの言葉を待たずにキルが言い、リーは眉を潜める。
キルはロッテに回した腕に力を込め、体をぴたりと密着させて、彼女の耳に頬を摺り寄せた。
「…姫君は、私の物ではありません。
……私が、姫君のものなのですよ」
「…っ!」
その、あまりに自信に満ちた、しかしあまりに甘い台詞に、リーは返す言葉もなくさっと頬を染める。
キルは再び、満足そうな笑みを浮かべた。
「…では、私達はこれで失礼します」
「…ちょっ、私たちって!」
キルの言葉に、まだわずかに顔を赤らめたままリーが言う。
「もちろん、姫君もご一緒していただきますよ」
「なっ…」
「ゴメンねリー、みんなで楽しんでねーん♪」
ロッテも陽気に手を振り、キルはそれに満足したように微笑むと、ロッテと共に一瞬で姿を消した。
「ロッテ!」
リーがそれを追うように手を伸ばすが、もう姿は消えた後で。
「…もう……!」
リーは悔しそうに、伸ばした手を引き寄せて握り締めた。
クルムもつられてかすかに頬を染めながら、ため息と共に呟く。
「はぁ……なんというか…すごいね」
「すごい、なんてものじゃないわ。もう…ロッテもあんな男のどこがいいんだか……」
眉を寄せて、リー。
クルムはそちらを向いて、首をかしげた。
「リーは何故、キルのことをそんなに嫌うんだ?」
「え……」
リーはきょとんとしてクルムのほうを向く。
クルムは続けた。
「リーの気持ちもわかるよ。オレたちがロッテと旅をしてきた時のように、きっと何度も危険な目に遭わされたんだろう。それになんと言っても、魔族だしね」
「…まあ、ね。それでも、ロッテを大事にしてくれるならともかく…ああ、でしょう?顔を出さない時に、ロッテが寂しい思いをしていることは…あの子は表に出さないけど、判るし」
渋い顔で、リー。クルムは頷いた。
「そうだね。堂々と会うことが出来ない、不安定な関係なのは心配だけど…オレは、二人を応援したいと思うよ。だって…」
そこで、にこりと微笑んで。
「あのロッテが心を開いたんだから。キルは、ロッテが選んだ相手だから…そうだろ?」
「………」
ますます渋面になるリー。
クルムはくすっと笑った。
「今のリーの顔。さっき、よく似た表情を見たよ」
「え?」
「ロッテ。あの、エリーっていう人の話をしたときに、ロッテは今のリーとそっくりな顔をしてた」
「…っ」
図星だったのだろう。返す言葉もないリー。
「さっき、ロッテにも言ったけど…綺麗になったのは、リーも同じだよ。
失礼なことを言ってごめんね、その相手っていうのは…エリー?」
さっ、と顔を赤くするリー。
その後ろで、ミシェルが黙ってわずかに首をかしげる。
リーは赤い顔で、視線をクルムから逸らした。
「ロッテの言うことは…判らないでもないのよ?」
少し恥ずかしそうな様子で、肩をすくめる。
「傲慢で自信家で…二枚舌で、嘘つきで。大事なことは何一つ言わないのに…それでも、想うのは止められない。
あたしがドキドキするのも嬉しくなるのも、一言で一喜一憂するのも、苛々するのも泣きたくなるのも…彼に対してだけ。それ以外に、考えられないわ」
ロッテと同じ事を、リー自身の言葉で言って。
クルムはまた笑顔になった。
「だったら」
「でも!」
何か言おうとするクルムを遮って、リーは強い調子で言った。
「…ロッテの全てを肯定するのは、あたしの役目じゃないわ。そうでしょう?あの子があたしに対してそうであるように」
きょとんとするクルム。
「あの子があたしにそうするように、あたしもあたしがノーと思うことはノーって言い続けるわ。
それをどう判断するかは、ロッテの自由でしょう?」
リーの言葉を理解して、クルムは優しく微笑んだ。
「…そうだね。じゃあ、オレもオレなりに、ロッテを応援したいと思うよ」
リーはそれを見て、眩しそうに微笑む。
「…クルムこそ」
「え?」
「クルムだって、とても優しい顔をするようになった、と思うわ。
誰か、好きな人でも出来た?」
「……え」
思っても見なかったことを訊かれ、クルムはまたきょとんとする。
リーは続けた。
「話すとドキドキして、心が温かくなって。一言が気になって、嬉しくなったり悲しくなったりする。
不思議とそんな風になる人は、いる?」
クルムはその表情のまま、考える。
自分が、誰かに…恋をしている?
『たくさんの幸せがクルムに訪れますように』
「な」
ぐわ、とクルムの顔が赤くなった。
(な、なんでテアのメッセージが浮かんでくるんだ?)
混乱するクルム。
リーはくすっと笑った。
「じゃ、あたしはロッテたちを探してくるから。見つからなかったら…まあ、そのまま一人で新年会に向かうわ。ママはどうする?」
「んー、そうねー、私は先に真昼の月亭に向かうわー」
「そう。じゃ、クルム。また後でね」
「あ、ああ。リーもミシェルも、また、後で……」
まだ頬を赤らめたまま、クルムはリーとミシェルに手を振った。
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