Happy New Year!!


「こんにちはー……あれ」
真昼の月亭に顔を出したミケは、懐かしい顔に少し驚いたようだった。
「よっ、ミケさん!お久しぶり」
「ケイトさんじゃないですか。お久しぶりです」
にこり、と微笑んで。
すでにカウンターの中で何かを作っている様子のケイト。それを覗き込むようにして、ミケは言った。
「…ひょっとして、新年会の?」
「あったりまえじゃないか!ぜひあたしにも手伝わせておくれよ!」
がははは、と豪快に笑うケイトに、ミケは嬉しそうに笑顔を返した。
「ありがとうございます!僕の料理は個人レベルなので、プロの料理を見せてもらうのはありがたいです。御指南とかもよろしくお願いします」
「やだねえ指南なんて。照れるじゃないかこのー!」
「じゃあ、早速買い物を…」
「何言ってんだい、買い物なんて朝にとっくに済ませちまったよ!」
ケイトが笑い、ミケは驚いて目を見開いた。
「本当ですか!いやぁ…さすがプロですねぇ…」
「…っと、ミケさんお昼は済ませたかい?」
「いえ、準備しながらついでに何か作って食べようと思ってたところなんですが」
「じゃあ、あたしが軽くサンドイッチでも作ってあげるよ。ちょっと待ってな」
「あ、いえそんな、お構いなく」
「何言ってんだい。オードブルの残りを軽く挟んでサンドイッチにするだけのまかない飯みたいなもんだ、遠慮はいらないよ。さ、そこに座って。すぐ出来るからね」
「あ、ありがとうございます。じゃあ作ってる間に…アカネさん、先日預けた、飾り付け用の荷物は…」
「あ、2階の部屋に置いてありますよ。待っててくださいね、鍵空けますから」
「お手数おかけします」
ミケはアカネと共に2階の部屋へ。
「はい、こっちはポチさんのだよ」
手早くサンドイッチを作ったケイトは、スープをカップに入れてテーブルの上に並べ、さらにミケの使い間の黒猫ポチのために入れたミルクの皿も置くと、再び厨房へと姿を消した。
ポチは軽く牛乳の匂いを嗅ぐと、ぺろぺろと舐め始める。
軽く暖められたミルクは、ポチの口に合ったようだった。しばらく、夢中で舐めている。
と。
テーブルの下から、にゅ、と突き出た手に、ポチは気づいて顔を上げた。
手は正確にテーブルの上にあったサンドイッチをつかみあげると、取り去っていく。
持ち去られた方向を見れば、小さな女の子が、テーブルの上に必死に顔を出してサンドイッチを頬張っている。
肩までのウエーブのかかった金髪。一目で「金持ちそう」という印象を植え付ける、綺麗な青い外套。顔立ちは幼いながらも高貴さを感じさせ、彼女がやんごとない家の人間であるということがわかる。
もっとも、そこまではポチには判らないのだが。
「……なー?」
てち。
何してるの?というように、少女の腕に猫ぱんち。
少女はまったく意に介さず、次のサンドイッチに手を伸ばす。
「なー、なー」
ポチはめげずに少女の腕に猫ぱんちを続けた。しかし、少女は気にせずにひたすらサンドイッチを食べる。
少女の咀嚼する音と、ポチの泣き声だけが誰もいないフロアにしばし響き渡った。
「ポチ?どうしたのですか?」
上から荷物を抱えたミケとアカネが降りてくる。
ミケはテーブルの上で自分のものと思われるサンドイッチを頬張っている少女を見つけ、階段を下りる足を速めた。
「……あなたは……?」
ミケが顔を覗き込むと、少女はばつが悪そうな表情でふいと横を向いた。
「…この辺の家の子ですか?」
アカネに問うが、首を振る。
「いいえ、見ない顔です。というか、なんか見るからにお金持ちそうな服着てますし」
「そうですねえ…」
「なんだい、なんかあったのかい?」
厨房からケイトも顔を出す。
「おや。なんだいその子。ミケさんの子かい?」
「ぶちますよ」
半眼で言って、ミケは少女に向き直った。
「そうですね、じゃあまず名前と、お家を…」
「ママ!!」
言い終えぬうちに、少女はそう叫んでミケに抱きついた。
「ま……っ」
驚きのあまり硬直するミケ。
「なんだいミケさん、やっぱり子供なんじゃないか!ちくしょう、あたしというものがありながら!」
「なんでですか!」
あからさまに面白がるケイトに全力でツッコミを入れる。
「ミケさんったら私というものがありながらー」
「アカネさんまで何でノリノリなんですか!」
とりあえずそちらにも叫んでおいて、ミケは少女に向き直り、笑顔で頭を撫で…ているようだが鷲掴みにしているようにも見える。
「……ええと、ゴメンね?僕、男なんですよ……」
「ミケさん、笑顔が怖いです」
アカネが楽しそうにツッコミを入れる。
「…それはともかくとして。お名前と。どこから来たのか、教えてくれますか?」
ミケの再度の質問にも、少女はふい、と横を向くばかり。
「ふむ……」
ミケは腰を上げて、唸った。
家出か。迷子の可能性もある。人見知りをする子なのかもしれない。
どちらにしろ、むやみやたらに動くより、この場所に留めて預かっていた方が、見つかりやすいし見つけやすいかもしれない。しばらくして何の動きもなければ、それこそ観光課や自警団の出番となるだろう。
ミケは、ぽん、と少女の頭を軽く叩いた。
「きゃっ」
小さく悲鳴を上げて叩かれた場所を手で押さえる少女に、少し厳しい表情で告げる。
「……働かざる者食うべからず、です。これから料理をたくさん作らなきゃ行けないので、お手伝いしてくれますか?ま、バイキング形式の料理なので、形がよほど崩れない限りは、つまみ食いしてもわからないですけれどね?」
ミケの言葉に、少女はぽかんとした表情になった。
それを聞いて、ケイトも嬉しそうに表情を崩す。
「そうだね!じゃあ、さっき作ったオードブル、皿に並べてもらおうか。お嬢ちゃんの感性で構わないよ、綺麗に並べとくれ」
言って、厨房からオードブルの並んだ盆と皿を持ってくる。
「さ、ここは頼んだよ。綺麗に並べとくれ。まあ、並べる時点で、量が多すぎたものが少しぐらい減ってもわからないと思うけどね?」
テーブルにプレートを置いたケイトがそう言ってウインクすると、少女はぽかんとした表情のままケイトとミケを交互に見た。
ミケは少女ににこりと微笑みかけ、ケイトの方を向く。
「さあ、じゃあケイトさん、料理の続きを手伝いましょう」
「おうよ、やることはまだまだいっぱいあるよ。がんばっとくれ!」
二人はそのまま、連れ立って厨房へと姿を消した。
「さあ、じゃあがんばってやっちゃいましょう?」
アカネに声をかけられ、少女はうつむいて浅く頷く。
無言のまま、アカネを真似てオードブルを皿に並べていく少女。
言外にミケとケイトからつまみ食いの許可は出ていたが、それ以降は何も食べることなく、もくもくと作業をこなしていた。
が。
がちゃん。
「きゃあっ!」
ふとした弾みで、少女が触れた皿がテーブルから落ち、甲高い音とともに割れてしまう。
当然、皿に乗っていたオードブルもぺしゃんこだ。
アカネは慌てて駆け寄った。
「怪我はないですか?!お皿に触っちゃだめですよ、すぐにお掃除しますから!」
少女に触れないようにと注意して、すぐ側に立てかけておいた箒とちりとりを手に取る。
それを持って割れた皿に歩み寄ると、少女は顔を引きつらせて後ずさった。
「………っ!」
「あっ!」
アカネが何か声をかけようとする前に、少女はきびすを返して外へ走り去ってしまう。
「あぁ……気にすることないのに…」
挙げかけた手を所在無くぶらぶらさせて、残念そうな顔でアカネがつぶやいた。
「どうしたんですか?何か、音がしましたが」
「何かあったのかい?…あちゃー、やっちゃったねぇ」
厨房から顔を出した2人が、割れた皿とダメになったオードブル、そして姿を消した少女から事態を悟る。
「で?あの子は、逃げちまったのかい?」
「ええ……そんな、気にすることないのに…」
ケイトの問いに、アカネが答える。ミケが肩をすくめた。
「まあ、いいとこのお嬢さんなんでしょう、本当に。
お手伝いもあまりしたことがないんでしょうし…悪いことをしてもごめんなさいとはなかなか言いづらいのかもしれませんね」
「慧眼だね、ミケさん。…ちょっと偏見入ってる気がしないでもないけど」
「そりゃあ、僕は庶民ですから」
冗談めかして言って、片付けようとするアカネを手伝う。
と。
「…こんにちは…」
きぃ、とドアが開いて、一人の女性が入ってきた。
顔を上げたミケが、笑顔で迎える。
「オルーカさん。こんにちは、お久しぶりです。新年会の方に来てくれたんですか?」
「こんにちは、ミケさん。え、ええ、新年会の方には寄らせていただこうと思っているんですが…今はちょっと、別件で」
「別件?」
ミケが首をひねったところで、後ろにいたケイトがミケの肩をつんつんとつつく。
「ちょいと、ミケさん。この別嬪さんは誰だい?隅に置けないねえ」
「あ、ああ、ケイトさんは初対面でしたね。この間、依頼をご一緒した、オルーカさんです」
「オルーカです。よろしくお願いします」
ミケに紹介され、オルーカはケイトに向かって微笑んだ。
「カトリーヌ・ウォン・カプランだよ。ケイトって呼んどくれ。こちらこそよろしく」
ケイトもにこりと笑って、オルーカに握手を求める。
笑顔で握手を交わした後、オルーカは再びミケのほうを向いた。
「あの…人を探してるんですけど。
10歳くらいの、金髪で、青いコートを着た女の子、見ませんでしたか…?」
「10歳くらいの…」
ミケが言い、
「金髪で…」
アカネが続き、
「…青いコートを着た女の子?」
ケイトがつぶやいて、3人は顔を見合わせる。
そして、同時にオルーカの方を向いた。
「……見ましたよ」
「ほ、本当ですか?」
身を乗り出すオルーカ。
ミケは頷いた。
「……なんかおなかが空いていたみたいで……ちょっと気になったので、引き止めて料理を並べるお手伝いをしてもらってたんですが……その途中で一皿落としちゃって。それを怒られると思ったのか、逃げちゃったんです」
「こ、これもしかして、その子が?」
床のオードブルの惨状を見て、青い顔で問うオルーカ。
「はい。特に怒ったりはしなかったんですけど、片付けようとしたら逃げちゃって」
アカネが言うと、オルーカはそちらに向かって丁寧に頭を下げた。
「す…すみませんでした。お代の方は、全額弁償させてもらいますから…」
依頼主が。
余計な一言は心の中だけに留め、オルーカはアカネに言った。
「いいんですよ、気にしないでください。どうせ、週に1回くらいは何かしらお客さんが壊すんですから」
それもどうか。
申し訳なさそうにしているオルーカに、ミケはわずかに眉を顰めて言った。
「……あの、差し出がましいようでけれど、こんな日におなかを空かせて一人で町をうろつくのは、ちょっと問題があると思うんですけれど、どうしたんですか?」
オルーカは戸惑った表情のまま、言葉を選ぶようにして事情を話す。
「それが…依頼を受けて、今日一日面倒を見ることになった子なんです。けど、ちょっと目を放してる間にはぐれてしまって…」
「…そうだったんですか。本当に、ついさっきまでいたんですけどね。でもこの人出じゃあ、なかなか見つからないかもしれませんね」
「そうですね……」
ますます表情が翳るオルーカ。
ミケは少し考えて、ぽん、と手を叩いた。
「パフィさんに占っていただいたらどうでしょう?今日は新年祭で、中央公園にお店を出しているはずですよ」
「あっ…そうか、そうですね。そうしてみることにします」
オルーカの表情が、少しだけ明るくなった。
ミケはその様子に、再びにこりと微笑む。
「早く見つかるように祈っています。もし、良ければ……ご飯、残しておきますから。見つかったら……そのときもまだおなかが空いていたら、連れてきてください。勿論あなたもご一緒に」
「はい、是非」
オルーカが言って微笑む。
と、話がまとまったところでケイトがぱん、と手を合わせた。
「そんじゃ、ミケさんも食い損ねてたお昼がてら、オルーカさんもお昼といかないかい?どうせ何も食べずにずっと探し回ってたんだろ?」
「い、いえ私は…」
続けて探します、と言おうとして。
ぐるるるる〜……
オルーカの腹部から盛大な音がする。
「あ……」
オルーカは顔を赤くして、次に3人と向き合って吹き出した。
「私のお腹は限界を訴えてるみたいですね。お昼、ご一緒させてください」
「あいよ!じゃあ、ちゃちゃっと作っちゃおうかねぇ!」
ケイトは大きな腕をぶんぶん振り回すと、再び厨房に消えていった。


ミドルの刻−大通りへ

レプスの刻−真昼の月亭へ

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