Happy New Year!!


夜も明け、朝食が終わった時間帯…ルヒティンの半刻を過ぎると、街もだんだんと活気づいてくる。
ここ中央公園でも、昨日から準備が進んでいた新年祭のバザーが華やかに始まっていた。
自分の家の要らないものを捨てるよりは多少の金に、と出すものもいれば、クルムが下宿しているネルソン商会のように、普段店では出来ないようなサービスをバザーで、と出店する店もある。
今日は、店主であるソーヤ・ネルソンの娘アリシアが、中央公園のバザーに出向いていた。
問屋街の方にある本店は3日前に仕事納めをし、ソーヤと、アリシアの夫マイトが母屋の大掃除中だ。
アリシアは母を亡くしてからソーヤと2人で店を切り盛りしてきた実績もあり、客さばきの手際もいい。とはいえ、2歳でまだまだ甘えたい盛りの息子マルセルを連れてでは、色々と不便もある。クルムは何かがあったときに、一番身軽に動ける自分が役立とうと思っていた。
「はい、銅貨5枚ね。ありがとうございましたー」
愛想良くアリシアが言って、客に品物を渡す。
ネルソン商会が店頭で扱っているものは主に量り売りのドライハーブだが、まさかこの狭いなが机ひとつの上で量り売りをするわけにもいかない。そのハーブを使ってアリシアが作る、ちょっとした薬やハーブソープ、リースやサシェなどが並んでいる。アリシアのハーブ製品はよく効くと評判で、さらに通常の値段の3分の2から半額ということも手伝ってか、バザーが開始してからさして経っていないが飛ぶように売れている。
「ふぅ、だいぶはけたわね」
息を吐いてアリシアが言う。クルムはにこりとして頷いた。
「そうだね。あっという間だった。もう、商品もそんなにないし…あとはちょっと楽が出来そうだよね」
「そうね。じゃあのんびりと、追加のリースでも作ってようかしら」
アリシアは椅子に腰掛けて、余っていたハーブを取り出し編み始める。小さなマルセルは先ほどもらったハーブキャンディーを舐めながらおとなしくしている。クルムが出動しなければならないような緊急事態もさしてなく、このままつつがなく終わりそうだった。
めぼしい商品はあらかたはけ、残っているのはあまり需要のなさそうな…効能がよくわからないようなものばかりだった。
クルムは籠の中にバラバラに入っていたそれを、綺麗に机の上に並べ直した。
煎じ薬とわかるパッケージに、漢らしく筆書きで名前が書かれている。
「『滋養強壮』『一発☆快癒』は…まあいいとして…この『笑う絶対神(ミドルヴァース)』とか『冷静と情熱の中心は、君だ』っていうのは…」
一目で効能が全くわからない。
アリシアは編む手を止めずにクルムのほうを見て、目を細めた。
「マイトはハーブが好きで、ハーブの事を知り尽くしてるけど、知識じゃなくて感性で調合するの。芸術的な一品よ?効くわよ〜」
いやだから何に効くかを訊いてるんですが。
しかし、それを訊くのは少し怖いような気がして、クルムはそれ以上の追求を控えた。
「効き目を分かってくれる、マイトのファンみたいなお客さんが買っていってくれるの」
「へぇ……」
この品書きで効能がわかる…のは、やはり相当のファンなのだろう。
自分の知らない世界があることに、クルムは素直に感動を覚えた。

その頃。
「み…見つからん……やはり……このような場所では売っていないのだろうか…」
顔面に悲壮な表情を貼り付けたアルディアが、人並みでごった返す中央公園をフラフラと彷徨っていた。
年の瀬に入手しにくい薬の調合など普通の店には頼めないからこそアルディアに頼んだのだ。通常の薬草の問屋など開いているはずもなく。
藁にもすがる思いで、中央公園で開かれているバザーに来てはみたが…やはり藁は藁でしかなかったようだ。まさに八方ふさがりである。どうしたらいいものか……
「…………うん?あれは……」
きょろきょろと見回していると、向こうに知った顔を見つけた。
向こうもこちらに気づいたようで、にこりと笑って手を上げる。
アルディアは人の波に逆らわずにそちらに歩いていくと、彼に挨拶をした。
「やあ、アルディア。久しぶりだね」
「あぁ、やはり貴方だったか、クルム。元気そうで何よりだ」
気さくに笑う少年は、つい先日の依頼を共にした冒険者だ。冒険者をしているからか、見かけよりずっと大人びた心の持ち主で、関わった時間は短いが、アルディアは好感を持っていた。
「新年祭のバザーを見てるんだ?いろいろあって、楽しいね。よかったら、ここも見てって欲しい」
「あ、ああ…だが私は」
バザーが目的ではなく、と言いかけて、クルムがいるブースの商品を見、目をわずかに見開く。
「此処は……薬を売って居るのか?」
驚いた様子のアルディアに、クルムは笑顔のまま頷いた。
「ああ。オレがお世話になってるネルソン商会は、薬草の仕入れを主に扱ってるんだ。
本店の方はもう店じまいしたけど、今日はちょっとしたものをバザーに出させてもらってるんだよ。オレはその手伝い」
クルムの話を聞いているのかいないのか。
アルディアは机の上の煎じ薬の袋を取って、それをしげしげと眺めた。
「これは…これには、チルマァの葉が入っているのか?」
アルディアの口から薬草の名前が出たので、アリシアがリースを編む手を止めてそちらを見る。
「…ええ、確かそのはずだけど…」
「…そうか。独特の香りがしたからもしかしたらと思ったが…ありがたい、これを使って薬を仕上げることにしよう」
「待って、他のものが混じっていていいの?薬師さんのようだけど…何かを調合しようとしてるんでしょう?」
アリシアが立ち上がって問う。
アルディアはやや眉を寄せて答えた。
「ああ、パスカ病の治療薬なのだが…恥かしい話だが、材料を無くしてしまって…」
「なるほどね…足りないのは、チルマァの葉だけ?」
「ああ、あとハウレの根もだが…」
「他は揃っているのね?」
「ああ、あとはその二つだけだ。問屋街も皆店仕舞いをしてしまっていてな…」
「その二つなら、まだ在庫がありそうね」
アリシアは手元のメモにさらさらとなにやら書くと、クルムに手渡した。
「クルム、悪いけどお店に行って、この薬草を持ってきてもらえる?
少し珍しい薬草も入っているけど、マイトにこのメモを見せればすぐに分かるから。彼に揃えて貰って」
アルディアは驚いて手を上げた。
「い、いや、其の様な迷惑は………」
「何言ってるの、必要なんでしょ?ウチなら大丈夫だから、どんとまかせなさい」
アリシアに笑みを向けられ、アルディアは申し訳なさそうに肩を落とした。
「……………う………あ、いや、すまない……頼む…」
クルムはメモを取ると、机の脇を通って道に出た。
「わかった。じゃあアルディア、オレこの薬草を持ってすぐ戻ってくるから!」
元気にそう言い残して、バザーの人ごみの中へと駆け出していく。
アルディアはそれを見送ると、再びハーブ製品の並ぶブースの方を向いた。
「あー」
先ほどまでおとなしくしていたマルセルが、自分が持っていたハーブキャンディの包みをひとつ、アルディアに差し出す。
「………うん?どうした、坊や…?………ハーブキャンディ?……私に、くれるのか…?」
アルディアはそれを受け取ると、目を細めた。
「…有難う、良い子だな」
包みを解いて口に入れれば、独特の香りと甘い味が口中に広がる。
「どれ、世話になってばかりと言うのも気が引けるし、何か買わせて頂こう」
「あらそんな、気を使わなくていいのよ?クルムの友達なら、私たちにとっても友達だし」
アリシアが微笑んで言うと、そちらの方にわずかに笑みを返す。
「…いや、正直な所、私自身、興味が有るのだ。別に気を使っているわけではないよ。
ふむ、取り敢えず此れを貰おうか」
例の「冷静と情熱の中心は、君だ」と書かれた袋を取り、代金を支払って。
袋をしげしげと眺めながら、少し戸惑ったような声を出す。
「此れは…効能が書かれていないではないか…まあ良い…ふむ。
色は少し赤茶がかって粗め…其れにこの独特の甘い匂いは………セズーネか」
ぶつぶつと言って、やおら包みを開けると、中の薬草を取り出して口に入れた。
もぐもぐと咀嚼し、頷く。
「………ふむ、やはりな…他に使われているのは……」
無表情ではあるが微妙に目が輝いているアルディア。
と、そこで、王宮に備え付けられた大きな鐘がひとつ鳴った。ルヒティンの四半三刻を告げる鐘だ。
アルディアははっとして顔を上げた。
「し、しまった、時間が…!!」
渋い顔をして、アリシアのほうを向く。
「すまない、アリシア!少し場所を借りるぞ!!」
「えっ?え、ええ、構わないけど」
アリシアは少し驚いた様子で、しかし快くブースの中にアルディアを入れた。
アルディアは胴当てから調合中の薬草を取り出すと、調合表を開いた。
「ええと、何処まで行ったかな……あぁ、そうだ、此処だ。
…く……先に此方の作業を済ませて置かなければ間に合わん…!」
苦い顔で言うアルディアを、アリシアが覗き込む。
「急ぎの仕事なの?私も一応知識はあるから、何か手伝えることがあったら言って?」
アルディアは一瞬躊躇したが、遠慮している場合ではないと判断し、苦い顔で頷いた。
「………………す、すまない、では頼む。
依頼されているのはパスカ病の治療薬だ。
材料はクルムに頼んだチルマァとハウレの他に、リュリン・サボリナの葉、ノゼコの種、ソリカスの根だ」
「……うん、揃っているようね」
アルディアが広げた薬草を確認しながら頷くアリシア。
「クルムに頼んだもの以外の残りの材料は纏めて持って来ているので、私が挽いていく。
アリシアはすまないが、乾燥させたサボリナを一度湯に浸けて戻して欲しい」
「わかったわ。道具はここにあるものを使えばいいのね?」
「ああ。出来れば其の後にソリカスを擂って欲しい」
「了解。分量はどれくらい?」
「…あぁ、大丈夫だ、既に量ってある。其の小瓶の中に有る分全て使ってくれ」
アリシアに指示を出しながら、てきばきと薬草を擂っていくアルディア。
しばし、二人は黙々と作業を続けていた。
と、そこに息を切らしながらクルムが戻ってくる。
「お待たせ、アルディア!」
「あぁ、クルム、戻ったか。
有難う、此れで薬を作る事が出来る…!」
アルディアはクルムが持ってきた薬草の袋を受け取ると、焦った様子で中から薬を出し、再び擂り始めた。手馴れた様子のアリシアの作業も手伝ってか、瞬く間に作業が終わっていく。
「………で……出来た!!」
最後の調合の作業が終わり、アルディアはがくりと気が抜けたように跪いた。
「時間は!?」
「まだミドルの刻にはなっていないくらいだよ」
クルムの答えに、力強く頷いて。
「…ま、まだギリギリ間に合いそうだな…!
よし、納品してくる!!すまない、直ぐに戻る!!」
慌しくそう言い残して、アルディアはすっくと立つと再び人ごみの中に消えていった。
「いってらっしゃい、気をつけて」
「がんばれ、アルディア」
アリシアとクルムはその背中を見送って、見えなくなってからほっとして微笑みあう。
「間に合ってよかったね。ありがとう、アリシア」
「お礼を言われることじゃないわよ。クルムもお疲れ様」
ふぅ、と息をついて椅子に腰掛けて。
アルディアが商品をあらかた買っていったので、もうさして売るものもなく。ネルソン商会のブースには再びぽかんとした時間が訪れた。
「……そういえば……」
クルムはふと思い立って、ポケットをごそごそと漁った。
親しい友人から貰った、何通かのニューイヤーカード。
一番上はミケからのものだ。
新年会の誘いが書いてある。先約がなければぜひいらしてください、と丁寧な字で書かれていた。
ひらり、とめくって、2枚目は以前とあるイベントで知り合った、ミルカという少女。
魔法学校の学生で、テアとも仲が良い。白地に青い縁取りの星の模様がちりばめられたかわいらしいカードに、これまた女の子らしい丸い文字で、田舎に帰ってるけど、新年のイベントに合わせて帰ってくる予定、新刊の原稿が上がればね!今猛烈追い込み中よ〜!と書かれている。
「……新刊の原稿って何だろう……?」
ここにも、クルムには判らない世界がありそうだ。世界は広い。
「もう、ヴィーダには帰ってきてるのかな…」
つぶやきながら、もう一枚カードをめくる。
そこで、クルムの手が止まった。
淡いピンク地に花の飾り枠がプリントされていて、枠の少し下に本物の小さなレースのリボンがついたカード。
書き手の穏やかさを表すような、丁寧で美しい字で、こう書かれている。

「終わりと始まりのお祭と、新しい年、おめでとう
クルムがヴィーダで私を助けてくれて、
ネルソンさんの家族になることが出来て嬉しかったわ。
本当にありがとう。
来年の、その先もずっと、
たくさんの幸せがクルムに訪れますように。

システィア・フォルナート」

「テア……」
テアからのカードをじっと見つめながら、無意識のうちにつぶやく。
テアはヴィーダにやってきたときに少しトラブルがあり、クルムがそれを助けたことから、クルム同様ネルソン商会に下宿することになったのだ。
彼女とは知り合ってそれほど時が経っていないが、たおやかな優しさの中にもしっかりとした芯の強さがあり、一緒にいると暖かい気持ちになれた。
ぼうっとテアからのカードを眺めていると、隣にいたアリシアがくすっと笑う。
「寂しい?」
「……え?」
何を言われたのか判らず、気の抜けたような声を返すクルム。
アリシアはニューイヤーカードの時のような意味深な笑みを浮かべて、言った。
「テアちゃんに会えなくて」
「え」
思ってもいなかったことを言葉にされ、クルムの頬がかすかに染まる。
アリシアはそれに満足したように満面の笑みを浮かべると、さっと話題を変えた。
「そういえば、お友達の主催の新年会があるって言ってたじゃない?
もうそろそろお店も引き上げるし、マイトが迎えに来てくれるから、クルムそっちに行って良いわよ。ああ、たしか一品持ち寄りだったわよね」
思い出したように言って、アリシアは長机の下にある紙袋をごそごそと漁る。
そして、綺麗にラッピングされたケーキのようなものをクルムに差し出した。
「お得意さまへのお年始用に沢山作ったから、持って行きなさい」
クルムは話題の転換についていけずに目を白黒させたが、差し出されたものはとりあえず笑顔で受け取った。
「ありがとうアリシア。じゃあここを片付けてから行かせてもらうよ」
「そうね。じゃあちょっと早いけど、店じまいにしましょうか」
と、アルディアが椅子から立ちかけたところに、たたたっとこちらに駆け寄ってくる足音。
「只今……どうにか、間に合ったよ。本当に有難う。感謝する」
息を切らせて戻ってきた、アルディアだった。クルムが驚きつつ、笑顔で迎える。
「わざわざ、それを言いに戻ってきてくれたんだ?気を遣うこと無かったのに」
「いや、本当に感謝している。クルムもアリシアも、有難う」
アルディアが改めて礼を言うと、アリシアはにこりと微笑んだ。
「困ったときはお互い様。良かったら今度うちのお店に来てね。サービスするわ。問屋街の『ネルソン商会』よ。うちのお店、マイトの趣味で、結構珍しい種類の薬草も扱ってるの」
にっこりと微笑んで店までの地図を書いたメモを渡すアリシア。
アルディアは真面目な表情でそれを見つめた。
「ネルソン商会…?…ああ、是非。是非に伺わせて頂く」
アルディアは力強く頷いた。
「私も薬師をしているが、独学では知りえない事が沢山有る筈だ。色々と話を聞かせて欲しい」
「ええ。マイト…ああ、私の主人だけど、マイトも一緒に、3人で情報交換が出来たら楽しいわね」
アリシアもにこりと微笑む。
ふとしたきっかけで出来た新たなつながりをほほえましく眺めながら、クルムはふと思いついて、先ほどのニューイヤーカードを見た。
「…そうだ、アルディア」
ミケのカードを出しながら、アルディアに話しかける。
「友人が年越しパーティに誘ってくれたんだけどもし都合が良かったら、アルディアも行かないか」
「年越しパーティー?」
きょとんとするアルディア。クルムは笑顔のまま頷いた。
「銀貨2枚と持ち寄り一品で、誰でも参加出来るんだって。友人はすごく良い人でね、その彼が企画したから、きっと楽しいパーティになると思うんだ。どうかな?」
「ふむ、新年会…か。
私のような、面識の無い者が行っても大丈夫なのだろうか…?」
「もちろん大丈夫だよ。きっと、みんな歓迎してくれるさ。
今アリシアとアルディアが仲良くなれたように、たくさんの人とつながりがもてたら楽しいだろ?」
屈託の無いクルムの笑み。
アルディアは目を細めた。
「……そうか……。…ふふ、新しい年を大勢の者と過ごすのも悪くないな…」
「じゃあ、行ってくれるんだね」
「うむ、誘ってくれて有難う。…一緒に行かせてくれ、クルム」
アルディアが頷いて、2人は嬉しそうに笑みを交わした。



ミドルの刻−大通りへ

レプスの刻−大通りへ

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