Happy New Year!!
「参加者は、確か一品持ち寄り、ということだったな…」
クルムと別れ、宿に戻ってきたアルディアは、ふむ、と考え込んだ。
「おかえりなさい、ディストさん」
宿屋の主人に声をかけられ、そちらを向く。
「あぁ、主人、只今。
…すまないが、調理場を貸しては貰えないだろうか」
「調理場?台所のことかい?ああ、構わないよ。食材も、残ってるのでよかったら使ってくんな」
「すまないな」
アルディアは一礼をして、宿屋の奥にある厨房に足を踏み入れた。
「さて、一品作ると言ってもな………何が良いだろうか…。
最後にまともな料理を作ったのが5年前だから、上手く出来るかどうか…」
きょろきょろ、と辺りを見回す。
「材料は一通り揃っているようだ…主人も使っていいといっていたが…
以前は何を作っていただろうか…」
記憶の糸をたどり、ふと思いついた単語を口にしてみる。
「―― 青汁 ――」
と、首を振って。
「…いや………いかんな、あれは不評だったものな。
健康に良いのだが、味が不評ならばいた仕方有るまい」
うん、と頷いて。
そのまま沈黙する。
「しかし、他に何も思いつかんからな…」
ううむ、と再び唸って。
「………まぁ、良いだろう。多少苦くても、良薬口に苦しと言うからな。
健康に良い物は良い物だ。うむ」
アルディアは一人で頷いて、決まったメニューを作成するための材料選びにとりかかった。
昼も過ぎ、大通りはさらに賑わいを見せていた。
ジルとコンドルは、注意深く辺りを覗いながら、ジルの短剣を奪っていった男を捜している。レオナは訳が解らないながらもそれにくっついて歩いている。
「や、やっぱり…これだけ人がいると、探すのも大変ですね……」
「……そうだね…」
コンドルがぼやくのをさらりと流して。
ジルは必死に、先ほどの男を捜していた。
時間が経てば経つほど、絶望に似た気持ちが心を支配していく。
このまま見つからなかったら。
見つからなかったら……
ぎゅ、とジルが目をつぶった、その時。
「!………」
ジルはびくりと体を震わせて、その場に立ち止まった。
「じ、ジルさん?」
「…あいつだ」
ジルの目はまっすぐに、10メートルほど離れたところにいる男を捕らえていた。
貧相ないでたちに、手に持っているのは間違いなくジルの剣。
ジルは何も言わずに、一目散に男に向かって駆け出した。
たたた、たっ。
男の前で足を止め、指差す。
「…見つけた。剣、返してもらうよ…!」
男はぎくりと立ちすくみ、持っていった剣を自分の後ろに隠すようにした。
「ちっ……しつこいガキだな!おい!」
男は苦々しげにいって、隣に立っていた連れを振り返った。
白衣を着た、研究者風の男。貧相な男に輪をかけて細く、いかにも身なりに気を遣っていなさそうなぼさぼさの頭をしている。
「こいつをやっちまえ!存分に暴れていいぞ!」
ぴく。
男の耳が動いたように見えたのは気のせいだろうか。
ぎらり、と異様な光を眼に宿した男は、命令を下した男のほうに、ねっとり、というのが一番ふさわしい擬音語だというように顔を向けた。
「あばれてぇ、いいぃぃい?ぅおまえぇ、それ、本当かぁ?」
「ああ!存分にやっちまえ!」
貧相な男が言うと、彼はにたり、と笑って、やおら両腕をがばっと天に掲げた。
「いぃぃでよおぉぉぉ、ブリリアントフレキシブルゲングルガンガー!!」
ご。
男の声と共に、辺りの地面が揺れる。
「な、何…?!」
ジルは慌てて後ろに跳び、男と距離を取った。
ご、ごご、ごごごご。
小刻みに揺れた地面が、唐突に盛り上がる。
ぼご。ごごご、ごしゃあっ。
派手な音を立てて、巨大な何かが地面から『生えてきた』。
「な……!」
絶句するジル。
そこにいたのは、大きな……岩で出来た人形、のようなものだった。
人間の2倍はあろうかという体長。ごつごつとした、不恰好なフォルム。そのいかつい様子が、化け物めいた雰囲気を助長していて。
人々は突如大通りに現れたモンスターに驚いて、急いでその場から離れていった。
ゆらり。
研究者風の男はうっとりとゴーレムを見上げると、不意にジルの方を見て、甲高い声を上げた。
「ひゃーっひゃっひゃっひゃっひゃぁ!ぅおれはぁ!ぅおれはやるぅ!」
真剣にヤバイ。
ゴーレム以上に強烈なその男に多少引き気味のジル。
剣もなく、あんな巨大なゴーレムに勝てる手段などない。
しかし、剣はそのゴーレムの向こうにいる男が持っていて。
ジルはぎり、と奥歯を噛みしめた。
「じ、ジルさん」
いつの間にか隣にいたコンドルが、ゴーレムを見つめたままジルに言う。
「ぼ、ボクがあのゴーレムの注意を引きます。じ、ジルさんはその間に、あの男から剣を奪ってください」
「えっ……」
ジルが驚いてコンドルを見る。
コンドルはちらりと彼女の方を向いて、こくりと頷いた。
その瞳にははっきりと、おびえの色が見て取れたけれど。
「……わかった」
ジルも頷いて、ゴーレムの方向に向かって身構える。
あたりの人々はだいぶ遠くの方へ逃げたようだった。
コンドルはゆっくりと、ジルの前に歩み出た。
そして、す、と両手を重ね、前に突き出す。
「陽よ、劫火を纏いし鳥となり捉えし全てを焼き尽くせ」
いつもの口調とはうって変わって、朗々と呪文を唱えると、コンドルの頭上に白く光る大きな鳥が現れた。
ゴーレムマスターはけひゃひゃひゃ、と奇妙な笑い声を上げた。
「ぅおれのブリリアントフレキシブルゲングルガンガー、無敵ぃ!無敗ぃ!完全無欠ぅ!ソテツはパイナップルうぅぅぅ!!」
微妙なことを叫びながらゴーレムマスターが手振りをすると、ゴーレムはぐおおお、と叫び声のようなものを挙げて両腕を振り上げた。
「行け、シャイニングフェニックス!」
コンドルがゴーレムを指差し叫ぶと、コンドルの頭上にいた光の鳥がふわりと浮き上がり、一直線にゴーレムへとつっこんでいった。
「目からびいぃぃぃぃぃぃむぅぅ!」
と、ゴーレムマスターが叫び、ゴーレムの目から光が放たれた。
ざっ。
光はシャイニングフェニックスに命中し、音もなく霧散させる。
「なっ……」
絶句するコンドル。
ガッツポーズで叫ぶ貧相な男。
「おおっ、すげえじゃねえか!その調子でバンバンやっちまえ、あんなガキどもけちょんけちょんにしてやれ!」
すると、ゴーレムマスターがまたねっとりと振り返る。
「……いっかぃうつとぉぉ、充填完了まで10分かかるぅぅ」
「使えねえなオイ!!」
全力でツッコミを入れる貧相な男。
コンドルは再び両手を重ねて構えるとシャイニングフェニックスを出した。
ごわっ。
今度は、陽の火の鳥はゴーレムを掠めるようにして大通りを通り過ぎていく。
「ひいぃぃぃやぁぁぁがははぁぁ」
「おうわぁっ!」
ゴーレムが避けた拍子に思い切りバランスを崩すゴーレムマスターと貧相な男。
その時。
「…っ!」
どん。
いつの間にか貧相な男のすぐ後ろに移動していたジルが、男を思い切り突き飛ばした。
「うわぁっ!」
悲鳴を上げ、地面に倒れる男。
それと同時に。
から、からん。
男の持っていたジルの短剣が、勢いよく地面に転がった。
「っ……!」
ジルは探検に向かって駆け出すと、急いでそれを拾い上げた。
「…っ、やった……!」
思わず手の中の短剣を確認するジル。
「っ、てんめえっ!」
貧相な男はようやく立ち上がると、ジルに向かって叫ぶ。
ジルはくるりと振り返って、剣を元のホルダーに納めると、剣を抜かずにそれに触れたまま、短く言った。
「……爪撃、閃」
と。
しゅっ……
何か、目に見えない軌跡が、男の胸から首筋にかけて走る。男の服が切り裂かれ、下の肌に赤く筋が入る。
男はびくっとして立ち竦んだ。
「て、てめぇ…な、何しやがった」
ふぅ、と息をついて、ジルが答える。
「……ゴーレムを引っ込めて、消えて、二度と私の前に姿を現さないで。
…私もまだ、完全にこれを扱えるわけじゃないから……次は、かするだけに出来るか、わからない」
「…なっ……」
男の顔が青ざめる。
「…コンドル!」
ジルは男に視線を向けたまま、コンドルに向かって叫んだ。
「このゴーレム、ダウンさせられる?!」
はっ、と顔を上げて、コンドルが頷く。
「は、はい、やってみます!」
ばっ、と構えて、コンドルは朝にやったように、長い呪文の詠唱無しに光の鳥を作り出す。
「……いけえっ!」
コンドルの掛け声と共に、鳥は一直線にゴーレムの腹めがけて突っ込んでいく。
ごうっ!
音無き音が駆け抜けて、バランスを崩したゴーレムはずしんという派手な音と共に尻餅をついた。
そこに。
「…斧舞、砕」
ジルの鋭い呟きと共に。
がごっ。
何か大きな刃が振り下ろされたような衝撃が、ゴーレムを一刀両断にする。
「ぅ、うぅぅうおおぉおぉぉぉおおお!ぅおれのぉ、ぅおれのブリリアントフレキシブルゲングルガンガーがぁぁぁ!」
膝を突くゴーレムマスター。
ゴーレムはみるみるうちに崩れ、土に還っていった。
号泣してくずおれるゴーレムマスター。
「ひ………ひゃああぁぁぁっ!」
貧相な男は、情けない悲鳴を上げると、連れを置いて一目散に逃げていった。
「…………ふぅ」
ジルは小さく息をつくと、もう一度短剣に触れ、わずかに微笑んだ。
「よ、よかったですね、ジルさん…け、剣が、戻ってきて……」
たどたどしく、だが自分のことのように嬉しそうにコンドルが言い、ジルはそちらの方を向いて頷いた。
「…うん。ありがとう、コンドル」
辺りはまだ騒然としていたが、誰かが自警団を呼んだのかばらばらと人が来始めている。
建物の陰に隠れていたレオナもこちらに寄ってきて。ジルは小さく言った。
「……面倒なことになる前に、新年会の会場に行っちゃおうか。もう、ここには用はないし…」
「そ、そうですね、真昼の月亭に行けば、レオナさんの保護者にも会えるんですし…」
コンドルの言葉に、頷くジル。
占いなど半信半疑だったが、確かに大通りで自分の剣が戻ってきたことを考えると、信じるほかあるまい。
「さ、さあ、レオナさん、行きましょう」
コンドルが手を引いて歩き出そうとすると。
レオナはその手を、ぐいと自分の方に引き寄せた。
「れ、レオナさん?」
「……いや」
レオナは小さく言った。
「え?」
「いや!会いたくない!おうちにも帰りたくない!ずっとママといっしょにいる!」
コンドルは未だに「ママ」のままだ。
コンドルは困ったように、レオナの顔を覗き込んだ。
「れ、レオナさん……ど、どうしてですか?」
問うも、レオナは拗ねたように横を向くばかり。
ジルは嘆息して、レオナの前にしゃがみ、彼女と目線を合わせた。
「…あなたの親はあなたのことを心配してるから怒るんだよ。もしかしたら心の底では怒ってないかもしれない。それは、訊いてみないと解らないんじゃないかな……?」
レオナは黙っている。
ジルはさらに続けた。
「あなたの親はあなたが嫌だと思うようなことをしたり、させたりするかもしれない。でもそれってきっと、あなたのことが大切だからしてることだと思うんだ……」
少し、黙って。
「……想ってくれる人がいるのは…とても……とても幸せなことだと思うよ…?」
少しだけ辛そうな表情になるジルを、コンドルが心配そうに見る。
レオナの反応はない。ジルは嘆息した。
「あ、あの、あの」
コンドルは困ったようにジルとレオナを交互に見る。
「あの、れ、レオナさん、お腹空いたでしょう?あの、新年会に行けば、た、食べ物いっぱいありますよ?」
ぴく。
レオナの表情が、わずかに動く。
そして、彼女は一歩踏み出した。
「………行く」
「は、はい!じゃ、じゃあ行きましょう!」
嬉しそうにレオナの手を引くコンドル。
「………………」
ジルは複雑な表情で立ち上がり、無言でその後を追った。
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ストゥルーの刻−真昼の月亭へ
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