Happy New Year!!


「ふー、いやー買った買った」
「お疲れ様ですケイトさん、お荷物全部持ってもらっちゃってすみません」
「いいんだよ、全部あたしが買ったようなもんだからさ」
大きな荷物を抱えたケイトとアカネが戻ってきたのは、ルヒティンの刻を少し過ぎたところだった。
どさ、とカウンターの後ろにケイトが背負っていた大きな籠を下ろしたところで、上からトントンと誰かが降りてくる音が聞こえる。
「……お…おはようございます……」
少し眠たそうな目をしたコンドルが、おそるおそる言った。
「あ、おはようございます、コンドルさん」
「おはよう、コンドルさん」
アカネとケイトが元気にそちらに挨拶を返す。
「け、ケイトさん、アカネさん、は、早いんですね……」
言いながらカウンターに座るコンドル。
「ああ、今日の新年会の料理のために買出しをしてきたんだよ。コンドルさんも早起きだね。何か食べるかい?」
「あ、は、はい…お肉抜きのベジタブルチャーハンと、えと、あ、アイスティーを」
「なんだい、好き嫌いはよくないよー?ちゃんと食べないと大きくなれないよ?」
たしなめるように言うケイトに、コンドルは困ったように眉を寄せた。
「え、で、でも、あの、お、お肉は……」
ケイトは何かに思い当たったらしく眉を上げた。
「ああ、ベジタリアンなのかい。そいつはすまなかったね。でも、タンパク質を取らないと体が大きくならないのはホントだよ?どれ、チャーハンに大豆でも入れてやるよ、ちょっと待ってな」
「あ、あの…ぅ……ありがとうございます…」
コンドルは困ったように、それでもケイトに礼を言った。


「ふぅ……」
ケイトに出された山盛りの大豆ベジタブルチャーハンを何とかたいらげ、コンドルは多少辟易した様子で真昼の月亭を出た。
「…新年会は、夕方からか……確か、中央公園に色々お店が出てるって言ってたよね。
兄さまの誕生日も近いし、そこで何か、プレゼントでも買おうか、リュートくん」
肩に乗っている不可思議な生き物に言いながら、一歩を踏み出す。
と。
どん。
「わっ」
「うわっ!何だテメエ、いきなり出てきやがって!」
向こうの方から歩いてきた男に気付かずにぶつかってしまう。
コンドルは慌てて体勢を立て直すと、しどろもどろで謝った。
「あ、あの、ご、ご、ご、ごめんなさい、えと」
「んだぁ、うぜえガキだな!ごめんで済みゃ自警団はいらねえんだよ!」
見るからに短気そうな男は、見るからに短気な行動に出た。コンドルの胸座を掴むと、小さな体をひょいと吊り上げる。
「くっ………くるしい、です、や、やめてください…」
コンドルの途切れ途切れの声を無視して、ギリギリと喉元を絞める男。
すると。
「…やめなよ」
ぱし、と手を軽く叩かれ、男はそちらに目を向けた。
「あぁ?何だてめえ!」
男はコンドルを脇に放って、自分の手を叩いた人物に向き直った。
背はそれほど高くない。両脇から大きな耳が覗いている。獣人なのだろう。茶色い髪は短く整えられてはいるが、その華奢な体つきはどう見ても少女のそれで。
少女……ジルは、無表情の中にも静かな敵意を込めて、男を睨んだ。
「その子…よそ見しててぶつかっただけでしょ。そこまでする必要ない」
「うっせえ!ガキは家に帰って母ちゃんの手伝いでもしてな!」
男の言葉に、ジルはわずかに眉をひそめた。
「……自分よりも小さい子供を虐めるのが楽しいのかどうかは知らないけど。そういうのって、大抵は弱い自分を認めたくないからやるんだよね?」
かちん。
という擬音が聞こえそうなくらい、男の表情があからさまに変わる。
「…テメェ……何様のつもりだ?あんまりナメたこと言ってっとブッ飛ばすぞ!」
言われ、ジルは自分の失言を少しだけ悔やんだ。
相手は相当怒っているようだ。そら怒るだろう。
小さな女の子(もちろんコンドルのことだ)を助けようと勢いで出てきてしまったが、自分よりもかなり背が高く体格のいい成人男性を相手に、特に何か策があるわけでもなかった。
(……普通の人相手に…これを使うわけにもいかないし…)
ちらり、と腰に下げた短剣を見る。
「でやあぁぁっ!」
ジルが逡巡している間に、男は奇声をあげて殴りかかってきた。
しかし、必要以上に大振りなそのしぐさは、避けることはそれほど難しくない。
「だぁっ!このっ、ちょこまか、しやがっ、てっ!」
すいすいと自分の拳をかわしていくジルに、男はさらに逆上している様子だ。
ジルは仕方なく、牽制のために腰の剣に手をかけた。
「おおっと!」
そのしぐさに隙が出来たのか、ばっ、とジルの腕を取る男。
「あっ!」
勢いで腰から外れた剣は、あっという間に男に取り上げられた。
「物騒なもん持ってんじゃねえか。ガキには似合わないぜ、こんなもん。俺がもらってやるよ!」
アドバンテージが取れたことに、男は満足げに口の端を歪めた。
「…返して…っ……返せっ!」
ジルはきつく男を睨みやって、男の手に取られた短剣を取り返そうと手を伸ばした。
「あっ、このっ、何しやがる!」
男の腕に取りすがり、今にも噛みつかんばかりの勢いで手を伸ばすジル。
男はジルに剣を取られまいと、必死でそれに抵抗する。
「……あ……あぁ…あぶないっ!!」
少し離れてそれを呆然と見ていたコンドルは、やおら両手を前に突き出した。
ぶわ。
コンドルの頭上に、白い炎をまとった大きな鳥が現れる。
「?!」
「な、なんだありゃあっ?!」
驚くジルと男。コンドルはそのまま、びし、と男の方を指差した。
「…行け、シャイニングフェニックス!」
命令のままに、鳥は大きく羽ばたいて男の方へと突進していく。
「うわあっ!」
「ひゃあああぁっ!」
その鳥を避けようと、必死になって地面に転がる男とジル。
その拍子に、ジルは男から手を離してしまう。
「な、な、なななんだこりゃあ!うわあぁぁぁ!」
男は情けない悲鳴をあげ、もつれる足で必死に立ち上がると、一目散に逃げていった。
「…っ、待て……っ!」
ジルも必死に立ち上がり、男の後を追う。
真昼の月亭の前の小道から、大通りへ。
たっ、と角を曲がって、とおりに出た頃には。
「…っ………」
年末の異様な人出にまぎれ、すでに男はどこにいるのかわからなくなっていた。
ことん。
ふらり、と体が揺れて、すぐそばの壁に寄りかかる。
「……どう、しよう……剣…取られちゃった……」
不思議な力を持った剣。
否、それ以上に、エレーナとの思い出が詰まった、大切な剣。
今からこの広いヴィーダを、それも新年祭でこれだけの人が行きかう中を、ただ一人あの男だけを捜して歩いたところで、見つかる可能性は低い。
「あ、あの……」
ふいに後ろから声がしてそちらを見ると、先ほどの「小さな女の子」だった。
コンドルはもじもじしながらジルに言った。
「あの……あ、ありがとうございます…け、怪我とかありませんか?」
「怪我は、ない……けど」
ジルはわずかに眉を寄せて、剣が下がっていた自分の腰元を見た。
「あ……け、剣、取られちゃいました、ね……」
取られた理由の大部分はコンドルのシャイニングフェニックスだというツッコミはしないでおく。
ジルは少しうつむいて、ぽつりと呟いた。
「……探さなくちゃ…大事なもの、なんだ」
コンドルは困ったように首をかしげて、それから言った。
「…あ、あの、ボクにも探すの手伝わせてください。も、元々ボクのせいだし…」
ジルはきょとんとして、コンドルの顔を見た。
「……いいの?」
「は、はい!あ、あ、あの、ぼ、ボクはシェリク=ムー・ウェルロッドって言います。あ、で、でも、コンドルって呼んでくださいね」
ボク?
先ほどから何か違和感があると思っていたが、このどこからどう見ても女の子にしか見えない子供は、男の子だったのだろうか。名前も男性の名前だ。
しかも、初対面の人間にニックネームで呼べというのは…よほどこの名前が気に入っているのか、それとも本名を呼ばれたくない事情があるのか。
いろいろなことを考えたが、とりあえずさして断る理由もない。ジルは頷くと、名乗り返した。
「……コンドル、ね。…私はジル。宜しく」
「じ、ジルさん、ですね。よ、よろしくお願いします」
やはりしどろもどろに、しかし嬉しそうに微笑むコンドル。
「あ、あの、ぼ、ボク、とってもよくあたるって評判の占い師の人を知ってるんです。よ、良かったら占ってもらいませんか?」
「…占い師?」
「は、はい。あの、占いに頼るなんて、って思われるかもしれないですけど、えっと、ほ、ホントによく当たるんです」
ジルは少し考えた。
あの男の手がかりがない以上、その占いに頼るのも悪くない。
「……わかった。行こうか」
「は、はい!あ、あの、今日は中央公園のバザーに一緒に出展してるはずなんです……あ、あの、中央公園に…」
「……そうだね」
ジルは無愛想にそれだけ言って、一人中央公園の方向に歩き出した。
コンドルもあわあわとそれについていく。
そして、二人は人ごみの中に消えていった。


ミドルの刻−真昼の月亭へ

ミドルの刻−中央公園へ

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