外伝1:ハゴロモ
「…以上が昨日の賢人議会の決定事項です」
次の日。
ミシェルは昨日の議事進行を、天界を統べる存在である「大天使」に報告していた。
「大天使」は、神が天使達を統べるべく遣わした存在であり、普通の天使の数倍の力を持っている。寿命は普通の天使と同じだが、その魂は転生し、次の大天使へという風に受け継がれてゆく。それではどこかの国のように誰に転生したかで騒ぎが起きそうだが、この場合はその心配はない。大天使には、生まれながらに翼が4枚あるのである。そうして大天使として生を受けたものは、天使達の称号を表すファーストネームに、終生「ミカエリス」の名を冠される。
今、ミシェルの前で話に耳を傾けているのは、第二四六代大天使、ミカエリス・エルファレーナ・シルラム。歳はミシェルより少し上の四二三歳で、まだ若い女性の大天使である。
ミカエリスは、報告に満足げに頷くと、やわらかく微笑んだ。
「大変結構です、ヒューリルア。貴方に任せておけば、大丈夫ですね」
「恐れ入ります、ミカエリス」
公式の場では、ファーストネームを呼ぶしきたりになっている。「ミカエリス」は、それ自体が敬称になっているので、呼び捨てにしても不敬にはあたらない。「大統領」や「総理」のようなものである。
「ところでミシェル。ミリテイル・フィーヴェラスト・サラディと婚約したそうですね」
ミカエリスが呼び名であるセカンドネームでミシェルを呼んだ。大天使と賢人議会総議長の話でなく、ミシェルとエルフィの話に切り替えた、というエルフィの意志表示である。
ミシェルは一瞬表情を固くした。
「もうお聞きになったのですか」
「近衛軍総指揮官と賢人議会総議長の婚約ですもの。しかもあなたがたは、共に学生の頃より天才の誉れも高く、異例の若さでその地位につき、わたくしがミリテイルとヒューリルアの名を与えた、何かと話題の絶えぬ二人ですものね。総統府はもうこの話でもちきりですよ」
「私は…私に望まれたことに応えただけです。彼は…フィーヴは、どうだかわかりかねますが」
「…けれど、いいのですか?あなたは、まだ若いですし…それに、ミリテイル…フィーヴは、あなたには合わないのではないか…などと、勝手に思っているのですけれど…」
思案顔で言うエルフィに、ミシェルは少し沈黙した。
「…いいのです。合おうと合うまいと…大した差ではありませんから」
感情の表れないミシェルの言葉に、エルフィはますます思案顔になる。
「…ミシェル。わたくしはあなたとのつきあいは長い方ですけれど…あなたは少し、自分の心を粗末にしすぎていませんか?いつか…いつか最悪の事態が起こってしまうような気がして、わたくしはそれを、とても心配しているのです…」
「私の…心、ですか?」
ミシェルは眉根を寄せて問い返した。
「私に…心などあるのでしょうか?」
「誰にも、心はあるものですよ、ミシェル」
エルフィは諭すように微笑んだ。
「人によっては、上手く表すことが出来なかったり、それがその人の表し方であったり、大切な人に上手く伝えられなくて悲しい事になってしまうこともありますけれど…あなたはそう、まるで…」
そこで、何かをためらうように口ごもる。
「まるで、自分で心に蓋をしてしまっているよう」
「………」
「何があなたにそうさせているのか、わたくしにはわからないけれど…あなたの心はきっと、外に出たくて悲鳴をあげていると思うの。このまま蓋をし続けていたら、いつか…いつか、あなたの心は死んでしまう。わたくしにはそれが…とても心配なのです」
「わかりません…」
ミシェルは俯いて呟いた。
「私には…」
「ミシェル。次の定例議会まで、あなたの実質的な空き時間は何日ですか?」
唐突なエルフィの質問に面食らいながらも、ミシェルは即座に答えた。
「二三日です」
エルフィは満足げに頷いて、スッと真面目な表情を作った。
「ヒューリルア・ミシェラヴィル・シュタルト。明日から二三日間、あなたに現生界の情勢調査を命じます」
「ミカエリス?」
ミシェルがさすがに驚いて問い返すと、エルフィは再びにっこりと微笑んだ。
「少し天界を離れて、羽を伸ばしていらっしゃい。ああ、でも、本当に翼を出すと大騒ぎになるので注意して下さいね」
「エルフィ…」
「あなたの心を解きほぐしてあげられるのが、わたくしであったら良かったのですけれど…覚えていて下さいね。あなたを心から心配しているの者が、ここにいることを」
「………」
「さ、あなたが留守の間の代理は立てておきますし、下界に降りる手続きもこちらで済ませておきますわ。今日はもう帰って、ゆっくりお休みなさい」
「…はい。ありがとうございます、ミカエリス…いいえ、エルフィ」
「帰ってきたら、下界のお話、色々聞かせて下さいね」
言って、エルフィは再びにっこりと微笑んだ。