「ティレル様、お誕生日おめでとうございます」
招き入れられて開口一番告げた言葉に、ティレル様は面食らった様子で一瞬押し黙り…やがて、僅かに渋い表情で目を逸らした。
「…クライオスか」
「その…はい。先々月、団長のお誕生日に団員一同でプレゼントをお渡しした時に。ティレル様の誕生日はいつですかとお聞きして…」
「なるほど、自然な流れだな」
そうは言いつつも、想定していなかった、という様子で頭を掻く。
「…で、クライオスはなんか言ってたか」
質問の形は成しているが、言ったことは予想がつく、という響きを含んだ言葉に、私は少し言い淀んだ。
「…その、ティレルは誕生日を祝われるのが好きじゃないが、お前からなら喜ぶかもしれない、と…」
「余計なことを…」
言葉ほど苛立ちを含んでいない声音に、拙いことをしただろうか、という気持ちが萎んで少しほっとする。
「…団長やゼンは、お祝いをすることはなかったんですか」
「ないね。毎年何を言うでもなく飲みに誘われて、俺が潰れてクライオスはさっさと帰って、ゼンが担いで帰るっていういつものコースだ」
「…異端審問官の方達は…」
「俺がイベントごとでの物のやり取りを禁じた。やったやらないでトラブルになりがちだからな。翼騎士団は平和でいいねぇ」
「そうなのですか…」
贈り物も出来ないティレル様親衛隊の事を思うと気の毒な気もする。
そんなやり取りをしている間に手際よくコーヒーを入れたティレル様は、テーブルに置いて私を促した。
「まあ座れよ」
「ありがとうございます」
簡素な椅子に座り、薄めのコーヒーを口にする。出された飲み物の好みを殊更告げたことはないが、数度通っただけで私の好みを完全に把握している洞察力には相変わらず舌を巻くばかりだ。
「で?」
そんなことに感心していると、ティレル様は気を取り直した様子で私に向き直った。
「俺の誕生日祝いに、愛しの恋人は何をくれるんだ?」
「う」
痛いところをストレートに突かれて目を逸らす。
そもそも、贈り物の包みめいたものを持たずに来たことは察しているだろうに。
私は目を逸らしたまま、もごもごと言い訳を並べた。
「その…何がいいか、迷ってしまって」
「ほう?」
「団長に聞いたんですが、お前が選んだものなら何でも喜ぶと…」
「正解だが腹立つな。つかそもそもアイツに聞くな。クライオスプロデュースのプレゼントとか鳥肌が立つ」
「手料理も考えたのですが、なぜかマヤに止められてしまい…」
「この俺がチンピラメイドに感謝することになるとはな…」
「ゼンに聞いたら、何が欲しいか本人に聞いたらどうだと…」
「お前は本当にアイツの言うことならよく聞くよな。それで、手ぶらで俺のところに来たわけだ」
「うう…あの、そういうわけなので、なにか欲しいものはありますか?」
揶揄うような視線にめげずに聞くと、ティレル様は困ったように頭を掻いた。
「いやー…特にねえな…」
「私にして欲しいこととか…」
「んー…チンピラメイドに殺されるリスクは避けたいところだしな…」
「マヤに殺されるような何をさせられるのですか…?」
「だからさせねえって」
言ってから、苦笑して。
「何もいらねえよ。お前が俺の誕生日を祝いたいって思ってくれた、それで充分だ」
「ですが…」
「ならせっかくだから朝までイチャイチャしようぜ」
「それはいつもしているではありませんか!」
「お前マジたまにすげーこと言うよな…」
僅かに赤面したティレル様につられて頬が熱くなる。
ぎゅ、と拳を握って。
「…本当は」
「うん?」
「本当は、ティレル様に贈りたいものはたくさんあるのです。貴方に身につけて欲しいもの、食べてもらいたいもの、贈りたい花、使って欲しい万年筆…」
「いいじゃねーか。どれをくれてもいいんだぜ?」
「でも」
喉の奥が詰まったような感覚。
そこから絞り出すように、続ける。
「何を思い浮かべても、それでティレル様が笑って下さる姿が想像できない」
「………」
ティレル様の顔から笑みが消えた。
「贈り物が、ということではないのです。贈り物も、祝いの言葉も、貴方を笑わせることは出来ない、気が、して……」
言葉を続けられずに、俯く。
ティレル様がどんな顔をしているのか、怖くて顔を上げられない。
と。
「…お前は、本当に俺をよく理解してるな…」
くしゃ。
髪の毛をかき混ぜられて、頭を撫でられたことに気づく。
顔を上げると、泣きたいような、笑いたいような不思議な表情で見下ろすティレル様の顔があった。
「言ったろ。俺は一定量の幸福を感じると死にたくなる」
「…ティレル様……」
「祝い事の時なんか、特にそうだ」
ふ、と息をついて、遠くに視線をやって。
「おめでとう、と言われるたびに、めでたいもんか、同胞を皆殺しにされて、こんな年になるまで何も出来ずに生き永らえて…って気分になる」
「………」
「だから、いいんだよ。祝いの言葉も、贈り物もいらない。今はお前が傍にいてくれるだけで充分だ。それ以上の幸福は…なんつーか、貰っていいのか、そんな資格があるのか、ってどうしても思っちまう。俺には、これだけでいいんだよ」
弱い笑み。
私を見ているようで、私の向こうの遠くを見ているような。
彼に投げかけられる言葉など、この世の誰にも持てることはないだろう。団長も、ゼンも。だからこそ何も言わずに、普段と同じ時を過ごした。
もちろん、私も。
彼を癒すことのできる言葉など、思い浮かぶ気もしなかった。そもそも存在しないのではないか、と思う。
でも。
「私は」
まだ遠くに焦点が定まったままのティレル様の顔を見上げる。
「私は……私が、嫌いでした」
いつかのような強い言葉に、ふっとティレル様の視線が私に戻った。
そのまま、続ける。
「かつての私は、義母の仕打ちに怯え、義妹の悪意にも気づかず…何も知ろうとせず、何もしようとせず、ただ流されるままに生き、計略に嵌められたことにも気づけず、何もできずに殺された……私は、私が一番憎かった。
それは死に戻っても、同じでした」
あの時の燃えるような思いは、今も鮮明に思い出すことが出来る。
「コンラッドの足を掬い、イシュを倒しても……私は、私を好きになることが出来なかった。何をしても、何を成しても、私は変われない…あの時の私のまま…私に、価値などない、のだと」
「ンなことあるか」
少し怒ったように、ティレル様が言う。
「お前はよく頑張ったよ。お前は何度も死ぬような目に遭いながら、何度もやり直して、最上のエンディングを手にした。それはお前自身の力だし、誇りに思うべきことだ。お前はお前だっていうだけで価値があるんだよ」
「はい」
熱く言うティレル様に、素直に笑みを返す。
「ティレル様がそう言って下さるから、私は私を好きになれそうなんです」
「っ……」
僅かに頬を染め、言葉に詰まるティレル様。
私は続けた。
「ティレル様が私を愛してくださるから、私は私を愛することが出来る。
そして…これは、私の勝手な願望なのですが」
髪に隠れた瞳を、じっと見つめて。
「ティレル様にも…そうあってほしい、と思います。
ティレル様が、私を、何もできない私から自由にしてくださったように…私も、ティレル様を自由にしたい」
「アナスタシア……」
名前を呼ばれたきり、沈黙が落ちた。
ティレル様に表情はないまま、ただ見つめられる。
だから私も、ただ見つめ返した。
長く、だが決して重くはない沈黙が続いて、やがて。
「……よし、お前にやってほしいことが出来た」
ティレル様はそう言って立ち上がり、私の前に立った。
「私で出来ることならば、何でも」
意気込んで言うと、彼はにっと笑って言った。
「笑え」
「えっ?」
「だから、笑ってくれ」
「こ、こうですか?」
改めて言われると難しく、口角を上げてみる。
「んー、なんか違うな。もっと心の底から!」
「難しいです!」
「笑えないなら、笑わせてやるか!」
言うが早いか、手を伸ばしてくすぐってくるティレル様。
「ちょっ、やめてくだ、あはっ、あははは!」
たまらずに笑いだして、彼の手から逃れようと身をひねる。
「こら、逃げるな!」
「む、無理です!あははは!」
狭い室内で逃げ回りながら、何だか可笑しくて笑いだしてしまった。
もちろん、そんな攻防が長く続くわけもなく。あっけなく手首を捕らえられ、その拍子に二人ともベッドに倒れこんだ。
「捕まえた」
「捕まってしまいました…っふふ」
「ぷっ」
「ふふ、あははは!」
「はははは!」
何だか本当におかしくなって、二人して盛大に笑い出す。
目の前には、ティレル様の……私が見たかった、満面の笑顔が広がっていた。
貴方を愛するということは、私を愛するということ。
貴方を自由にするということは、私を自由にするということ。
貴方の笑顔が、私を笑顔にしてくれるように。
私の笑顔が、貴方を笑顔にできるといい。
ずっと。
この先も、ずっと。
“Embrace yourself”2024.11.22.Nagi Kirikawa
ティレル様のお誕生日SSです。すっかり二次創作の文章の書き方忘れているアレ… お誕生日イラスト2024年のSSです。
宵闇EDの「Embrace myself」のサビの「To love you means for me to love myself」「To set you free means to set myself free」というフレーズがとても好きで、いつかこれを絡めたティレアナを描きたいと思っていたので、満足…(*´‐`)
ティレアナのカップルがとても等身大で初々しく見えるのは、彼らが似た者同士だからなのかな…と思うのです。どちらも自分が嫌いで、自分に価値がないと思っていて、相手を神格化していて、お互いに依存している。その依存がいい方向に向かってくれるといいな…という願いを込めて、ポジティブな話にしてみました。