Happy New Year!!


中央公園の裏手に、公園の喧騒が嘘のようにひっそりと静まり返った場所がある。
明かりもなく、うっそうと茂った木々とボロボロになった柵に囲まれた、まるで別世界のような場所。
共同墓地、と呼ばれる場所である。
弔うべき家族も、入るべき墓もない、そんな人間たちが葬られる場所。墓参りをする者もなく、時折役人が清掃をし、新たな住人を迎えるときにだけ人が来る…1年で1番賑やかな瞬間を迎えようとしているこの日とは、最も縁の遠い場所。
そんな、最も人とは縁のないこの時この場所に、がさがさと無造作な足音が響く。
足音の主は、2人。
薄い明かりで足元を確認しながらなので、顔はうかがえない。闇に動く影の大きさから、2人とも男性であるようだった。
ざっ。
2人は、簡素な墓標の前で足を止めた。
「そろそろ、始まるぞ」
「うむ」
その声が終わるや否や、背後で一発目の花火が打ち上げられた。ほんの少し遅れて音が届く。
ヴィーダの街に新しい年の到来、すなわち新年祭の開幕を告げるものだ。この花火が始まれば、新年はもうすぐそこ、ということになる。
花火の明かりに照らされ、二人の男性の顔が映し出される。
ぼさぼさの黒髪、大きな瓶底眼鏡、この寒空に薄汚い白衣。……の格好をした男性が、2人。
全く同じ人間が二人いる。
「では、始めるか」
「うむ」
その言葉を合図に、2人の同じ人間は、持っていたスコップで墓標の周りを掘り始める。
ざっ、ざっ。規則的な音があたりに響く。不規則に上がる花火の音と、奇妙なコントラストを奏でて。
その、いかにも科学者然とした風体の男性が、スコップを使って土を掘るという様子は、いかにも旧時代じみていてアンバランスだ。
が、それは太古の昔から、自らの体を酷使することで機能を強化してきた、「人間」という大自然の作り上げたメカニズムが遺伝子に刻んだ信号であるのかもしれない。
重い土としばらく格闘を続け、ようやく2人は墓標の下に埋まった棺を掘り出す。
2人はスコップを土に突き刺し、棺の蓋を開けた。
中には、本が1冊。
先に手のついた妙な器具を伸ばし、その本をとって引き寄せる。
ひらり。ページをめくると、打ちあがった花火の光にページの内容が映し出される。

1.魚類コイ目コイ科:出目てる
2.両生類カエル目カエル科:ピョン奇知
3.鳥類スズメ目カラス科:九郎
4.げっ歯類ネズミ目ネズミ科:岩場
5.哺乳類食肉目ネコ科:子子子子子の子
6.哺乳類食肉目イヌ科:来夏
7.哺乳類サル目サル科:モンキー拳撃
8.哺乳類サル目ヒト科:王猿

項目だけ見れば極めて偏った動物図鑑のようでもあるが、決してそうではない。挿絵と固有名詞は、彼等がかつて個体として認識されていたものたちであることを示している。
「今回は?」
「幸か不幸か、追加はない」
2人は淡々と問答をして、ページをめくっていく。

9.哺乳類霊長目ヒト科:アフレイム
10.哺乳類霊長目ヒト科:ミリンダ
11.哺乳類霊長目ヒト科:ジャスワル
12.哺乳類霊長目ヒト科:ナンティア
13.哺乳類霊長目ヒト科:ゴルフォ
14.哺乳類霊長目ヒト科:ストレット

それぞれを描いた、肖像画というには簡素すぎる全身像。
それを眺めながら、感慨に浸っているような表情を見せる男性。
さまざまな人間のさまざまな運命。15ページ以降の空白が意味するものは果たして何か。

その間にも、花火はひきもきらずに上がっている。
王国の繁栄と平和を象徴する、豪華絢爛たる花火。
この瞬間、その繁栄も平和も只でないことを自覚している者がどれだけいるというのだろうか?

男の一人が、淡々と促す。
「さっさと埋め戻すとしよう。そろそろ花火も終わるはず。上手くいけば、面倒なことになる」
「上手くいかないはずも無いな。急ごう」
もう一人が頷いて、音を立てて本を閉じると、暗く口を開けた棺に再び納めて蓋を閉める。
そうして、掘り返した土を埋め戻すという作業を、また黙々と始めた。

「…来るぞ」

どど、どどどどん。
花火の打ち上げも、いよいよクライマックスに差し掛かる。次々に細かい花火が打ち上げられ、最後にひときわ大きい花火が上がって、そして新年の鐘が鳴る。
花火の段取りは、確かそのようになっていたはずだ。

「…もっとも、実行委員会に某花火名人の名で寄付された大玉が、私こと天才科学者アサークル・ドイマの新年最初の発明品披露とは誰も気付くまい」

アッシュは満足げに言って、最後の一発を待った。
連続で上がっていた花火がおさまり、空がまた静寂を取り戻す。
そして、ややあって上がった打ち上げ音。
しかし、空に火の花は咲かない。

「5、4、3、2、1」
「ゼロ」

ひら。
ひら、ひら。
手を休め、空を見上げるアッシュ「たち」の上に、冷たいものが舞い降りた。
雪だ。

ごーん…ごーん……
同時に、新年を告げる鐘も、高らかに鳴り響いた。

「ふむ。効果範囲も特に問題は無いようだな」

降り始めた雪は瞬く間にあたりを白く染める。普通の雪と違うのは、空に依然として星空が広がり、さらには月が輝いていることだけ。

「急げよ」
「ああ」

アッシュたちは、雪の降りしきる中、棺を埋め戻していった。
やがて完全に土を元に戻すと、くるりと墓標に背を向け、その場を後にする。


「科学の礎」


ただそれだけが書かれた、墓標を。





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