Happy New Year!!


「あはははっ、今日はいろいろあったけど、楽しかったね!」
中央公園のはずれ。
新年の鐘を前に、徐々に盛り上がりを増していっている中心部の喧騒が遠く聞こえる中、新年会を途中で抜け出してきたリィナとショウは二人で暗い道を歩いていた。
「ああっ…やっと、リィナに逢えて、嬉しかったよ」
リィナの言葉に、優しい微笑を見せるショウ。
が、その表情は瞬く間に暗いものとなった。
「あれ?お兄ちゃん、どうしたの?」
きょとんとするリィナ。
ショウはややためらって…しかし、真剣なまなざしをリィナに向けた。
「リィナ……お前、俺とずっと一緒にいたいか?」
「え…もちろんだよ!お兄ちゃんと一緒に、まだまだ知らないことがたくさんのこの世界を冒険…」
「リィナ」
リィナの言葉を遮って、ショウは言った。
「俺は…ここにはいられないんだ」
「えっ…」
「俺は、この世界に留まる訳にはいかない」
「へ?…なんで?なんで一緒に居れないの…?」
リィナの表情にも翳りがさしてくる。
「ここじゃない所で苦しんでる人が居る。その人達を助けたい。その為には、ここでリィナと暮らすわけにはいかないんだ…」
『南天三連邦』。
兄の所属する…それも、長として就任している組織。
兄が職務を放棄すれば、連れ戻しに来る者が現れる。つまりはそれだけ、責任のある仕事、ということだ。
この世界ではなく。
リィナが居た、元の世界で。
リィナの知らないところで、兄はかけがえのない人物となっていた。
リィナと組み手をして、気の向くままに旅に出て、好きなように飛び回っていた兄は、もういないのだ。
「俺は、リィナを見つけたら、元の世界に連れて帰るつもりでいた。当然、リィナもそう思ってると…帰りたがってるとばっかり思っていた。だから、驚いたよ。リィナが、『この世界で』俺と共に在りたいと当然のように思ってることに」
「それは……」
「わかってる。俺が南天三連邦に属したように、リィナには、この世界での時間が在った。たくさんの冒険をして、たくさんの人と知り合った。それをすぐに切り捨てられるわけがない。それを忘れていたのは、俺が迂闊だったよ」
「………」
うつむくリィナ。
「だけど、判ってくれ。同じように、俺にはあっちの世界での時間が在って、それを切り捨てるわけにはいかない。
俺の勝手でこっちの世界にお前を飛ばして、今またわがままを言っているのは判ってる。それでも…」
ショウは真剣なまなざしで、リィナを見つめた。
「……俺と、一緒に帰ってくれないか。リィナ」
「……お兄ちゃん……」
リィナは泣きそうな瞳でショウを見つめ、ややあって、うつむいて首を振った。
「ごめん…リィナはまだ、ここに居たいの」
「リィナ……」
残念そうな声を上げるショウを、リィナはばっと見上げた。
「違うの!お兄ちゃんが嫌いになったとか、そういうんじゃない!確かにこの世界での人たちも大切だけど、お兄ちゃんより大切な人なんていないよ!」
「じゃあ、どうして」
「今のままじゃ、リィナ、お兄ちゃんの役に立てない……今日、睦さんと手合わせして、ホントにそう思ったの」
「そんなことないさ、リィナはちゃんと…」
「嘘だよ」
ショウの言葉を遮って、リィナは言った。
「手加減…してたでしょ。…多分、本気を出してたら…イフちゃんの攻撃も読めてたと思う…」
バレてたか、というように眉を顰めるショウ。
リィナは俯いて続けた。
「リィナは、何も出来ない…何も出来なかった。あの日も、何も……」
「リィナ……」
得体の知れないものに襲われ、ショウによってこの世界に飛ばされた時のことが蘇る。
「お兄ちゃんは…リィナを守るために、この世界に飛ばしてくれたんでしょ?
なら…リィナが今、あっちの世界に戻っても…今のリィナじゃ、きっとお兄ちゃんの足手まといになる…そんなのは、やだもん」
リィナは再び顔を上げると、決然とした表情で言った。
「リィナは、お兄ちゃんの背中を守れる女の子になりたいの!お兄ちゃんが、困ってる時に助けられる女の子に!
だから、この世界で強くなる!お兄ちゃんと居ると、リィナ、またお兄ちゃんに甘えちゃうと思うから…」
「リィナ……」
ショウは複雑そうな表情で、しかし微笑んでリィナの頭を撫でた。
「リィナは強くなったんだな…」
「お兄ちゃん…」
「わかった。リィナはここに残ってがんばる。俺も、向こうでがんばるってことで」
「また、離れ離れだけど…ごめんね」
「いや、逢えないことはないさ…また、逢いに来るから…」
ショウは言って、リィナの頭を撫でていた手を後頭部に回し、優しく上を向かせると、そっと唇を落とした。
ごーん……
まるでそれを合図にしたかのように、王宮の鐘が盛大に鳴り響く。そして同時に、空からちらちらと雪が舞い始めた。
「…これが…新年の鐘の音か?」
ショウが言うと、リィナは微笑んで頷いた。
「多分…そういえば、この街では、新しい年になって初めて話した人と、その年一緒に幸せに過ごせるってジンクスがあるんだって…」
「ははは…」
空笑いをするショウ。どうやらそのジンクスは、この二人には当てはまらないようで。
ざっ。
妙に大きく響く足音を立てて、睦が現れる。
「時間だ…これ以上は待てない」
ショウは神妙な表情で頷いた。
「…………わかった」
「お兄ちゃん……」
リィナが不安げな表情でショウを見上げ、ショウは複雑な表情で微笑んだ。
「ペンダント…。貸して」
ショウに言われ、リィナは首に下げていたペンダントを外して彼に渡した。
ショウはそれを手に取り、目を閉じて低く何事かを呟く。
「これで俺がこっちに来る時はこいつが知らせてくれるから…」
言って、ペンダントを再びリィナの首にかけるショウ。
「うん…わかった。ありがと、お兄ちゃん」
「また、必ず来るから…」
ショウは言って、リィナの瞼にキスをした。
「お兄ちゃん……」
リィナはぎゅっと目を閉じて、ショウの胴に腕を回す。
しばし、別れを惜しんでから。ショウはゆっくりと体を離し、睦の持っていた大きなマントをばっと羽織ると、そのままくるりと踵を返して歩き出した。
睦も一礼してから、それに続く。
リィナはその後姿が見えなくなるまでずっと手を振っていたが…やがてぱたりと手を下ろすと、その場にしゃがみこんだ。
雪で白く染まった地面に、はた、はたと暖かい雫が落ちる。
「お兄ちゃん…またね。これがリィナの選んだ道だから…けど…けど…やっぱり、寂しいよぅ…」
鐘の音もやみ、静けさを取り戻した辺りに、リィナの嗚咽の声が響いた。

「ったく、貴様の放浪癖はスケールがでかい。こんなことが最近毎回だ、身が持たんぞ」
呆れた様子で睦が言うと、ショウは苦笑した。
「あははは…、ごめんね。今日は助かったよ。むったん」
「どうした?やけに素直じゃないか」
「ん……」
ショウは振り向くと、黙って睦の首に腕を回した。
「なっ、離せっ。こら」
真っ赤になって暴れる睦。ショウは気にする風もなく、静かに言った。
「……ごめん、ちょっち、振られちゃってさ。少し、元気が出るまで、このままで居させてよ…」
「………………ふん」
視線を逸らし、静かになる睦。
ショウは睦を抱きしめたまま、しみじみと言った。
「娘の成長を寂しく思う親、の心境かねぇ…嬉しくもあるけど、自分を選んでもらえないことがこんなに堪えるなんて、ね……」
拒否されるという事態は全く考えていなかったことを改めて思い知る。
ショウはふう、とため息をつくと、呟いた。
「リィナ、また逢いに行くから…」
がごん。
「いてっ」
睦に頭を殴られ、呻くショウ。
「女を抱いてるのに、別の女の名前を出すな………」
睦は不機嫌そうに低くそう言った。



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