Happy New Year!!


「楽しかったですね、レオナ」
「うん!ありがとう、ママ」
すっかり上機嫌な様子のレオナを真昼の月亭から連れ出し、オルーカは一路レオナの屋敷へと向かっていた。
美味しい料理をたらふく食べ、お土産ももらってすっかりご満悦のレオナ。
「ねえママ、ちょっと寄り道したいな。いいでしょ?」
甘えるように言うレオナに、オルーカは厳しい表情を作った。
「ダメですよ、これ以上遅くなったら。今日一日充分歩き回ったでしょう?」
しかし、レオナは引かない。ワガママというよりは、懇願といった様子で、繰り返す。
「お願い。ママと一緒に行きたいの」
オルーカは少し考えたが、やがて嘆息した。
「…分かりました。少しだけですからね」

貴族の屋敷が立ち並ぶ、王宮の区画の端の端。
少し小高い丘を登ったようなところに、その屋敷はあった。
元はそれなりに豪華な建物であったことを偲ばせるその建物は、使い手もおらずすっかり寂れてしまっている。貴族の別荘だろうか。
ぐるりと辺りを見回していると、レオナが廃屋の横で手招きをした。
「ママ、こっち」
「レオナ?」
横の壁に、粗末なはしごがかけられている。
「ここから屋根に上れるの」
「危ないですよ!」
「平気。ママも来て」
レオナは慣れた様子ではしごに足をかけ、とんとんと登っていった。
オルーカも、恐る恐る足をかけ、後を追う。見かけほど痛んではいない様子だった。
「ふう……レオナ、ここに何が…」
「見て、ママ」
レオナの指差す方向には、新年祭で賑わうヴィーダの街の夜景が美しく広がっている。
「うわぁ………すごいですね」
素直に感嘆の声を上げるオルーカに、レオナは嬉しそうに微笑みかけた。
「うん。いつもならお父様たちと一緒に来るはずだったの」
「あ…じゃあここは、ウィルウッドさんの…」
「そう、別荘よ。ママが生きてた頃は、パパと3人でよく来てた。でも……」
そこまで言って、うつむくレオナ。
「お母様がいなくなってからお父様は変わったわ。お仕事しかしなくなった」
オルーカはいたわるようにレオナを見下ろした。
「それで色んな人をママなんて呼んでたんですか」
「ごめんなさい」
「別に謝ることではないですけど」
苦笑するオルーカを見上げ、レオナは言った。
「お父様と結婚してくれれば本当のママになれるわ、オルーカ」
必死な様子の懇願に、しかしオルーカは苦笑する。
「そういうわけにもいきませんよ」
レオナは寂しそうにまた俯いた。
「……オルーカだけよ。私のことを本当に心配してくれるのは」
オルーカはそれを聞いて、少し悲しげな表情になる。
「レオナ……本当にそう思ってるんですか?さっき、ミケさんとこで思いませんでしたか。皆さん、心配して下さったんですよ。今日レオナに初めて会ったミケさんやジルさんコンドルさんリィナさんまで」
「……それは………」
「…それに、お父上も」
その言葉には、レオナは激しく反発した。
「…ウソよ!」
オルーカはにこりと微笑んだ。
「ウソじゃありません。ほら」
言って、懐から封筒を取り出す。
「これ……」
「お父様のお手紙です。昼間、連絡したら心配なさって…すぐ帰ってくるそうです。転移魔法で信書まで送って下さいました。あなたをとても心配していますよ。あっちには人を転移できるほどの術師がいないので、帰るのは早くても明日の夜になるみたいですけど」
中に綴られているのは、慌てているのが伺える、短いメッセージ。
レオナは複雑な表情でその手紙をじっと見やった。
「レオナ、今日のことは、あなたを見失った私に全面的に責任があります。私は大人ですし、あなたを守る依頼を受けたわけですからね。しかし軽々しく行動したあなたにも非はあります。私も皆さんも依頼とは関係なくあなたをとても心配したんですよ。反省して下さい」
決して叩きつけるようにではなく、穏やかに、しかし反論を許さない口調で言うオルーカ。
レオナは俯いて小さく言った。
「………ごめんなさい」
オルーカは微笑んでレオナの頭を撫でた。
「分かってくれればいいんですよ…私こそすいませんでした。護衛失格ですね」
「ううん、オルーカは悪くないわ。お母様がいなくなってつらいのはお父様も同じなんだもの。我慢しなきゃ…私、わがままだったね」
「子どもは多少わがままなくらいがいいんですよ。お父上が帰ってきたら、レオナの口から直接話してみたらどうですか?今回のことを踏まえたら、きっと聞いてくれるはずです。私も一緒についてますから」
「オルーカ……ありがとう」
「どういたしまして。さぁ、もう時間も遅いですし冷えてきました。そろそろ帰りま…」
「あ…」
ひらり、ひらり。
綺麗に雪が舞い降り、王宮の方から鐘の音が響き渡る。
2人はしばし、黙って空を眺めた。
「新年の鐘を聞いてから初めてしゃべった相手とは、その一年一緒にいられるらしいの。オルーカは誰か話したい人いる?」
レオナが言い、オルーカはそちらを向いた。
「私ですか?レオナと話せて良かったですよ。お母さんにはなれませんが、友達ですからね」
「私…」
レオナは何かに絶えるように、俯いた。
「…………お母様に、会いたい…!」
「……レオナ……」
レオナはオルーカの胴に腕を回し、静かにすすり泣いた。
黙ってレオナの頭を撫でるオルーカ。
と。
「…レオナ!」
下から声がして、オルーカはそちらを向いた。
その姿に驚いたオルーカは、レオナの背中をぽんぽんと叩く。
「れ、レオナ、あれ!」
「え……?」
顔を上げたレオナは、下にいた人物に驚いて声を上げる。
「お……お父様?!」
弾んだ息が白く空に消えていく。レスターはオルーカたちの登ってきたはしごを伝って、屋根まで上がってきた。
「男爵……到着は明日になるのではなかったのですか?」
オルーカが驚いた様子で問うと、レスターは息を切らせたままははっと笑った。
「途中で転移魔法を使える術師を捕まえた…ここに来ていると思った」
「……お父様…」
レオナが信じられないといった様子で呟く。
レスターのいでたちは、本当に取るものも取り合えずここに駆けてきた、といった様子だった。高価そうなスーツはヨレヨレになっている。額にはびっしりと汗が浮かび、髪の毛も乱れてぼさぼさだ。
「……レオナ」
レスターは体ごとレオナに向き直り、真剣な表情で言った。
「すまなかった、約束を破ったりして…私は、悪い父だな」
「お父様……」
レオナの目尻に、また涙が浮かぶ。
「……私こそ、ごめんなさい」
「いや、これからは仕事よりお前といる時間を優先しよう。レオナは私と母さんのたった一人の娘だからな。何者にもかえられない」
「お父様……本当?」
レオナの潤んだ瞳に、嬉しそうな輝きがともる。
レスターは豪快に破顔した。
「ああ、新年の鐘が鳴って初めて口を聞いた相手とはその一年を幸せに過ごせるというが」
レオナの肩にそっと両手を回し、いとおしげに抱きしめて。
「私とお前はこれからもずっと一緒だよ」
「……パパ!」
レオナも、レスターの大きな体に精一杯腕を回して、抱きしめた。

心が通い合った親子を祝福するように、静かに雪が降り積もっていく。
オルーカは穏やかな表情で、いつまでもそれを見守っていた。



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