Happy New Year!!
はあ、はあ、はあ……
た、た、たっ。
息を切らせて、レティシアはたたらを踏んだ。
がく、と膝をついて、壁にもたれかかりながら、まだ肩で息をする。
「…って、ていうか、な、何で私、こんなところにいるんだろ…っていうか、ここどこ…?」
辺りを見渡せば、レンガ造りの高級な建物が並んでいる。この、遥か先が見えないところまで続いている壁は、ひょっとして城壁だろうか。
大通りや中央公園の方にみんな行っているのだろう。辺りには不思議なほど人気がない。
「た、確か、ゲーミのフィギュアっていう声に釣られて……走り回ってるうちに、重い荷物を持ったおばあさんを見つけて手伝って、何故かチンピラのケンカに巻き込まれて、やっと逃げたと思ったら何故か落とし穴に落ちて、やっと這い上がったと思ったら何故か怒り狂った犬に追いかけられて…」
はっ。
そこまで言って、唐突にレティシアは顔を上げた。
「もしかして…こ、これって誰かの陰謀?!私を、ミケの新年会に行かせまいとする!」
そんなまさか。
という声が、とりあえずここは聞こえてくるはずなのだろうが。
「やっと気付いたんですか?意外に自分のことには鈍いですよね、レティシアさんは」
ぎく。
聞こえてきた高く澄んだ声に、体がこわばるレティシア。
「そ……その、声は……」
ぎぎぎぎ、と音がするかのように、ギクシャクとした動きで振り返ると。
「お久しぶりです、レティシアさん。相変わらずお元気そうですね」
「り、リリィ……」
今日はいつもの桜色の衣は着ていない。リュウアン独特の形の襟のついた白いワンピースだ。亜麻色の長い髪も、後ろでひとつに編みこまれている。
「地面に穴を掘るのは、魔法でそれほど難しくないんですけど。レティシアさんの通るタイミングに合わせて、チンピラさんやお婆さんや犬の精神を操作するのはちょっと大変だったんですよ?褒めてください」
「褒めるかー!」
やけくそ気味にツッコミを入れて、レティシアはじりっと身構えた。
相手は自分の恋のライバルでもあるが、自分以上の魔法の実力を持った魔道士でもある。はっきり言って、魔道で敵う相手ではない。
魔道以外なら敵うのか、と言われると、そこも気後れしてしまうのも事実だが……
「や、やっぱり新年会に行くのを…」
「はい、ライバルはつぶしておかなきゃ、と思いまして」
にこりと言うリリィに、顔を青くするレティシア。
とたんに、リリィはころころと笑い出した。
「うふふふ、レティシアさんったらすぐに気持ちが顔に出て、本当に素直ですよね。ミケさんみたい」
「ううう…」
「だから、ミケさんと同じように、いじめたくなっちゃうんですよねぇ」
レティシアに歩み寄るリリィ。
レティシアは青い表情のまま、それに合わせてじりじりと後ずさる。
リリィはにこり、と笑った。
「あ。魔王ゲーミ10分の1フィギュア」
「ええっ?!どこどこどこ?!」
この期に及んで引っかかってしまうのは、乙女の悲しい性か。
リリィの指差した先を振り返ると、しかしそれは確かにあった。地面の上に無造作に、…不自然なほどに無造作に、精巧に作られ色付けされた魔王ゲーミのフィギュア(えすたる亭:かるろ作)が置かれている。
「いぃぃやっほぉぉぉぉぉう!」
レティシアはとたんに妙な声を上げて、そのフィギュアに駆け寄り、飛びついた。
その瞬間。
「地・牢」
リリィが空中に文字を描き、ぼご、という音と共に、レティシアの周りの土がものすごい速さで盛り上がる。
「え、ええっ?!」
ゲーミフィギュアをしっかりと抱えたまま、レティシアはその土が自分の周りをまるで籠のように取り囲むのをなすすべもなく見守った。
「ちょっ……な、なにこれー?!」
がん、がんがん。
土で作られたとは思えないほどに、叩いてもびくともしない籠。まさに閉じ込められた鳥である。
リリィはニコニコしながら歩み寄ると、言った。
「カーリィさまに、お人形とセットで罠のマジックアイテムをいただいたんです。素敵ですよレティシアさん」
「だ、出してよ!」
再びがんがんと籠を叩くレティシア。もちろんゲーミフィギュアは大事にしまってある。…胸の谷間に。
「レティシアさんも魔道士なら、自力で脱出してください♪
さー、新年会に行く前に、ミケさんの気を引けるようにおめかししなくちゃ♪」
「もおぉぉぉっ!」
「あ、レティシアさん、知ってました?」
リリィは楽しそうに指を一本立てた。
「ヴィーダには、『新年を迎えて一番最初に口をきいた人と、その年一年幸せに過ごせる』っていうジンクスがあるんですって♪」
「ええっ?!」
驚くレティシア。
リリィは満面の笑みを浮かべた。
「レティシアさんもいないですし、私が新年一番にミケさんとお話してあげますね♪きゃっ、ロマンチック」
リリィは楽しげに言って、くるりときびすを返す。
「ま、待ちなさいよー!!」
悔しそうにレティシアが声を上げると、リリィは顔だけ振り返った。
「あ、その籠、原材料はもちろん土ですから、お得意の火の魔法をかけたら余計に硬くなっちゃいますよ。ご参考までに」
それだけ言って、さっさと姿を消してしまう。
「ど……どうしろっていうのよー!!」
豪奢な屋敷が立ち並ぶ通りに、レティシアの途方に暮れたような声がこだました。
「とりあえず急いで出てきちゃったけど……あれ、ここどこだろう…」
萌えフェス(略称)会場から逃げるように抜け出してきたクルムは、同じく長く長く続く城壁に沿って歩いていた。
「これは…ひょっとして城壁、かな。今日は王宮を開放してニューイヤーパーティーをするって言ってたな。でもその時間はきっと真昼の月亭だから…一度、王宮って入ってみたかったけど」
マヒンダの王宮には、少しだけ入ったことがあったが。
そんなことを、懐かしく思い出していると。
ふっ。
「うわぁっ!」
突如目の前に現れた2人の少女に、クルムは思わず声を上げて後ずさった。
「あら、人がいましたのね。失礼致しました」
「したー」
「……って、ああっ!エータとシータじゃないか!」
見知った顔にクルムが驚きの声を上げると、二人の少女たちも顔を輝かせた。
「まあ、クルムさま!お久しぶりでございますわ!」
「ますわー」
エータの言葉の語尾を繰り返すシータ。しかし、その表情から、彼女もクルムとの再会を喜んでいることが伺えて。
「本当に久しぶり。どうしてヴィーダに?」
「シュライクリヒ陛下が、ニューイヤーパーティーにご招待くださいましたの」
「たのー」
「ですけれど、ちょっと退屈してまいりましたので、楽しそうな町を拝見したいと思いますの」
「ますのー」
「相変わらずなんだな、2人とも…」
そこまで言って、唐突に思い当たる。
「あ、二人が招かれたってことは…他の国にも招待状が行ってるってことだよな?」
「ええ、いろいろな国の方々がいらっしゃいましたわ」
「たわー」
「その中に、ラヴィ…リゼスティアル国の皇女様はいた?」
慎重に問うクルムに、2人はにっこりと微笑んだ。
「まあ、ラヴィさまをご存知ですの?」
「ですのー?」
「ああ、やっぱりラヴィも来ていたんだね。遭いたいなぁ…あ、そうだ」
クルムはふと思いついて、ごそごそとポケットをあさった。
取り出したのは、ミケの招待状。
「…ね、ストゥルーの刻くらいに、王宮を抜け出して来られないか?
ラヴィも知り合いのオレの友達がね、年越しのパーティを開くんだけど、そのパーティだったらゆっくり話も出来るし…」
「まあ、楽しそうなお誘いですわね!」
「わねー」
2人は嬉しそうにそのカードを覗き込んだ。
「ちょっとでいいんだ、顔を出してくれて話ができたら…って思って。その後、王宮のパーティーの方に戻ってくれればいいからさ。
出来たらラヴィも一緒に連れて来てもらえると嬉しいんだけど…どうかな?」
恐る恐る問うクルムに、2人は快く頷く。
「わかりましたわ、ラヴィさまもお誘いしてみますわね」
「わねー」
「ありがとう。ごめんな、無理言って」
「とんでもございませんわ。わたくしたちも、皆様とお話がしたいですもの」
「ですものー」
「ありがとう、エータ、シータ」
「お気になさらず。真昼の月亭、ですわね。後ほど、お邪魔致しますわ」
「ますわー」
「うん、ありがとう。また後で」
クルムが手を振ると、2人はまたふっと姿を消した。
クルムは満足そうに微笑むと、また歩き出す。
「エータにシータに、ラヴィも…来れるといいな。皆で積もる話もしたいし…」
上機嫌である。
そのまましばらく、城壁に沿って歩くクルム。
すると。
「……ん……?何だろう、あれ……」
前方に、辺りに立ち並ぶ建物とは明らかに違う、妙な籠のようなものを見つけて、クルムは足を速めた。
近づいていくと、それはまさに鳥かごのような形をしていた。中に誰かいる。
あの金髪は……
「あっ!クルム?!クルムじゃない?!」
「れ、レティシア?!」
籠の中に閉じ込められている見知った顔に呼びかけられ、クルムは慌てて駆け寄った。
「ど、どうしたんだ、こんなところで。一体何が…?」
心配そうに問うクルム。レティシアはげっそりした様子で答えた。
「ちょ、ちょっと、リリィに閉じ込められちゃってね……」
「リリィに?!リリィもヴィーダに来てるのか?」
「そうみたい…私を新年会に行かせたくないみたいで…」
「それは、酷いな…出られそうにない?」
「うん、私の魔法をかけても、土を硬くしちゃうだけみたいで……」
「そうか……よし、レティシア、ちょっとここから離れてて」
クルムが腰の剣に手をかけて、レティシアは頷いて反対側の柵まで退がった。
「……はっ!」
きんっ。
硬い音を立てて剣が一閃し、次の瞬間、レティシアを囲んでいた柵は見事にバラバラに崩れ落ちる。
「す、すごぉいクルム!ありがとう!!」
レティシアは歓声を上げて、籠の中から出てきた。
「どういたしまして。さ、早く真昼の月亭に行きなよ。ミケも待ってるだろうし」
「うん…クルムは?」
「オレは待ち合わせをしてるんだ。その人と一緒に行くよ」
「わかったわ。じゃあ、また後でね」
「うん、また後で」
2人は互いに手を振りあい、レティシアは足早にその場を後にした。
「……さあ、オレも行くかな」
クルムも、再び歩き出す。
豪奢な住宅街に、再び沈黙が戻った。
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ストゥルーの刻−真昼の月亭へ
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