予告

さあ いらっしゃいな
甘い罠にかけてあげる

アナタの望むものは何?
何がアナタの幸せ?

わかっているわ
幸せのカタチなんてヒトそれぞれ
ソレが幸せと思えないヒトもいる

でも アナタはソレがイイんでしょう?

アナタの望むものは何?
何がアナタの幸せなの?

さあ いらっしゃいな
甘い罠にかけてあげる

アナタの望むもの 全部を与えてあげるから

だから いらっしゃい
この甘い罠の中に


吟遊詩人 ミニウムの歌より

「……クロノ・スーリヤ。ガイアデルト商会理事補佐をしている。……クロ、と呼ばれている」

抑え目な声でそう言ったのは、短い金髪をぴっちりと撫でつけ、黒い瞳の鋭さが印象的な男だった。
黒いスーツにびっちりと身を包んでいる。青年というほど若くはなく、中年になりたての、仕事に全精力を傾ける大人の男。ぱっと見は静かだが、そんな印象だった。

「先日、ガイアデルトは先代のご老齢により、代替わりをした。
私はその二代目の補佐として、商会内部を取り仕切っているのだが……」

クロと名乗った男は、そこでいったん言葉を切り、苦い表情をした。

「……先代が偉大すぎたのか…当代は、今ひとつ……その、事業に対して熱心ではない。
実際のところ、私に全権を任せ、ご自分は商会の金を使って遊び放題、という有様だ。
何とかしなくてはならないのは山々なのだが…しかし、困ったことが起きた」

表情を引き締めて、再び向き直る。

「ここのところ、当代は、ある一人の女性に夢中だ。
盛り場から連れてきたと思えば、あろうことか屋敷に住まわせ、服も食事も酒も金も、女の思うままに与え放題。女が気に入らないと言えば、屋敷の使用人を辞めさせ、女が連れてきたどこの誰とも知らぬ使用人を雇う始末だ。
今は屋敷の中だけにとどまっているが、いつ商会の事業にまで口を出されるか…そしてそうなった時、当代がそれを止めることなく受け入れてしまうだろうことが容易に想像される。
そのことだけは……何としてでも、止めたいのだ」

ぎり、とテーブルの上の拳を握り締めて。

「どうか、頼まれてくれないだろうか。
あの女が何者で、何をたくらんでいるのか…調べて頂きたい。
そして、そのたくらみがこの商会と…それが抱える莫大な富であるならば、遠慮は要らない。
どんな手を使ってでも、別れさせて欲しい。
ガイアデルト商会当代理事、ウラノス・ガイアデルト……ウル様に近づく、あのハイエナのような女……」

搾り出すように、その名を口にした。

「……チャカ、と名乗った、あの女を……!」

一方、場所はウェルドの港。
シェリダンから到着した客船から、ぞろぞろと人が降りてきた。
その中に一人、きょろきょろと辺りを見回す女性がいる。

シェリダンの女性だろうか。耳が尖っていないのでディセスではなさそうだが、健康的に日に焼けた肌に、腰まである長い黒髪。くるくると動く黒い瞳は愛嬌があり、小柄なこともあいまって、20代前半ほどの外見をぐっと幼く見せていた。
いかにも砂漠の民です、という感じの、長い布をぐるぐると巻きつけたような服を着て、辺りを見回しながら人の行きかう港を歩いている。

「なあ、アンタちょっと!」

彼女はすぐそばを歩いていた旅人に声をかけ、人懐こい笑顔を見せた。

「なあ、ウチ、ヴィーダに行きたいねんけど、道も馬車もようわからんねん。
もしアンタがヴィーダに行くんなら、悪いけど一緒に行ってくれへん?」

よいしょ、と、大きな荷物を抱えなおして示して。

「あんな、この荷物、ガイアデルト商会いうところに持ってかなかんねん。
せやけどウチ、ヴィーダ来るの初めてやし、右も左もわかれへんやんか。
ヴィーダに行ったことあるヒトが一緒にいてくれると心強いんやけど…頼まれてくれへんかなあ?
交通費くらいしか出されへんのやけど…」

困ったように、それでも、可愛らしい笑顔でそう頼む女性。

「あ、ウチな、レア・スミルナいうねん。レアでええで」

返事も聞かぬうちから同行することに決定してしまったらしく、名乗ってから、ばし、と背中を叩いた。

「ほな、行こか!道中よろしゅうな!」

放蕩息子に近づく、魔の気配。

シェリダンからやってきた、陽気な女性。

このヴィーダで、再び、何かが始まろうとしていた。

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