サザミ・ストリート。
大通りからは少し離れているが、下町商店街といった雰囲気のその通りは、平日でもなかなかの賑わいを見せる。
その一角に、小洒落た造りの小さな喫茶店があった。
この界隈にそこそこ長く籍を置いている者なら、そこにかつて『アサシンギルド』という物騒な名前の薬屋があったことを記憶にとどめているかもしれないが、いつの間にか綺麗に改装され、喫茶店になっていた。
『ハーフムーン』
ドアに掲げられた凝った造りの看板には、そんな屋号が書かれている。
木目の鮮やかな、どちらかというと可愛らしいタイプの内装。
店内は決して広くはないが、カウンターもテーブルも店内の内装に合わせたデザインで作られていて、店主のこだわりを感じさせる。
シンプルなレースカーテンに彩られたはめ殺しの出窓には、何故か美少女フィギュアが飾られていて、そこだけ異質な空間が展開されていたが、それ以外はおおむね、普通の可愛らしいカフェ、といって差し支えのない店だった。
「~♪~~♪」
鼻歌を歌いながらカウンターで皿を磨いているのは、おそらくこの店のマスターだろう。
20台半ばほどの、綺麗な顔立ちをした青年である。ディセスなのだろう、褐色の肌に尖った耳、切れ長の瞳は濃いオレンジ色で、銀縁の大きなレンズのメガネをかけている。無造作に伸ばした感のある黒髪が腰まであり、少し飲食店の店主としては異質な風貌かもしれない。が、ぴしっとアイロンのかけられた白いシャツに黒いベスト、同色の長いエプロンというウェイターのいでたちは、美丈夫な彼に不思議に似合って見えた。
からん。
店のドアが開き、マスターが笑顔をそちらに向ける。
「いらっしゃい、ハーフムーンへようこ……あれ」
挨拶をしかけたマスターは、入ってきた人物の姿に驚き、それから嬉しそうに相貌を崩す。
「なーに、アルヴんじゃん。ひっさしぶりー♪」
「ご無沙汰しております、カーリィ」
アルヴ、と呼ばれた男性は、整った容貌に穏やかな笑みを浮かべた。
きっちりと揃えた黒髪に、きりりとした黒い瞳。プレスのきいた執事服は、どちらかというと可愛らしい内装のこの店には少し不似合いに見えた。
「どったの、突然。ハーブ切れちゃったなら、届けたのに」
「たまにはいいでしょう。私も外の空気を吸いたくなることもあります」
「へー、槍が降らなきゃいいけど」
マスターは意地悪げな笑みを浮かべ、ティーポットとティーカップを選び始める。
「そだ、久しぶりにアルヴんが煎れてよ、お茶」
「そうですね、たまには」
アルヴはためらいなくカウンターの奥に足を踏み入れると、慣れた様子でハーブティーの茶葉を選び、数種類をブレンドしてポットに入れる。
タイミングよく沸いた湯を注ぐと、ブレンドハーブの柔らかな香りが店内に広がった。
こぽぽぽ。
高い位置からカップに注いだハーブティーを差し出すと、マスターは上機嫌でそれを受け取り、香りを楽しんでから口に含む。
「ん~、やっぱ美味しいねえ、アルヴんブレンドは」
「お褒めに預かり恐縮です」
「アルヴんの気まぐれは、今度はどのくらい続きそう?」
「さあ……期限を決めては気まぐれとは言えませんから」
「それもそーだ」
はは、と笑って、それから身を乗り出すマスター。
「ね、それじゃ、しばらくここで僕のこと手伝ってよ」
「手伝い、ですか?」
唐突な申し出に、アルヴはきょとんとした表情を返す。
マスターは嬉しそうに頷いた。
「そーそ。アルヴんのハーブティーを、期間限定の売りにしたらお客さん来そうじゃない?」
「お客様が来るかどうかはともかく…面白そうですね」
「でしょー」
にこにこしながら、早速張り紙を書き始めるマスター。
アルヴはそれを、微笑ましげに見やるのだった。