あるがままの心で生きられぬ弱さを
誰かのせいにして過ごしてる
知らぬ間に築いてた自分らしさの檻の中で
もがいているなら
僕だってそうなんだ

だけど
あるがままの心で生きようと願うから
人はまた傷ついてゆく
知らぬ間に築いてた自分らしさの檻の中で
もがいてるなら
誰だってそう
僕だってそうなんだ

「名もなき詩」
Song by Mr.Children
作詞/桜井和寿

誰も、しばらく言葉を発することができなかった。
メイが消えてしまった場所を凝視したまま、時が止まってしまったかのようだ。
「…出たわね…」
ぽつりと言ったのは、レティシア。
「…今のがカイの言ってた、『あの人』なのね?」
ゆっくり問うと、カイはそちらを向いて、蒼白な表情のままこくりと頷いた。
「…あの人…?すみません、話が見えないのですが…今の女性は…?あれが、皆さんの言っていた『幽霊』だというのですか?」
横から眉を顰めてロンが言い、カイは少しうつむいた。
だが、すぐに決然とした表情で顔を上げると、言った。
「…そうだね、話しておいたほうがいいかな。あの人はね…」
そして、行きの船の中で冒険者たちにしたのと同じ話をした。

「そうか…そんなことがあったわけだな」
その話をしている場所に居合わせていなかったラーラが、腕を組んで頷いた。
「それで、あれは確かに、あんたの言う『あの人』なのか?本人という確証はあるか?」
「確証…わからない。でも、姿も声も昔のままだった…あたしを名指しで『カイ』って呼んだし…」
ふむ、とラーラは唸った。
「肉体のない魂そのものが操られているとか…いや、そんなのは御伽噺か……?」
「少し、現実的ではありませんね。というより、あれはメイさんです。そして、彼女の意思で行っていることでしょう。それは僕たちが証言します」
後ろからミケが言い、ラーラはそちらを振り返った。
「なんだよ、アンタらも面識があるとでも言うのか?」
ラーラの問いに、ミケと、その後ろにいたクルム、ランスロットが真剣な表情で頷く。
「…あ、もしかして、マヒンダの事件のときに関わった、あいつらのこと?」
突然思い出したように、ルージュ。
クルムがそちらを向いてこくりと頷いた。
「なぁにぃなぁにぃ、みんなでナイショ話なんかしてぇっ。ンリェンぜぇんぜんわっかんないわよぅ、説明してちょうだぁい?」
言葉の割にはさほど怒っている様子もなく、ンリルカ。
「ああ、ごめんごめん。そんなつもりはなかったんだ。説明するよ」
クルムが苦笑して言い、他にもきょとんとした顔をしているレティシア、リィナ、ラーラのほうを見る。
「説明すると長くなるからはしょるけど…俺たちは、今まで何度も、ある魔族が起こした事件に遭遇しているんだ」
「その魔族には4人の配下がいて、その方たちが起こした事件にも関わってきました。先日ルージュさんとご一緒したマヒンダのお仕事にも関わっていたのです」
ランスロットがそれに続けて説明をする。
「彼らの目的は…わたくしたちにも、実のところ良くはわからないのですが…実は単純に、その魔族…チャカ、という名前なのですが、その魔族が楽しむためだけにやっている、というのが真実ではないかと…思うのです」
そのあとに、ミケが続いた。
「そして…僕たちはある事件で、メイさんと遭遇しました。チャカの…配下として」
「!………」
カイが驚きに目を見開く。
「チャカの配下たちは、皆一様に延命の処置が施され、人でありながら人以上の力を持っています。メイさんが今もって生き続けている事は、それで説明がつきます。
そして、カイさんの記憶力が確かならば、メイさんの一件の時に最後に姿を現した魔族…外見の特徴や、喋り方、嗜好などから言って、間違いないでしょう。その、チャカという魔族に」
「嘘っ!」
カイは夢中で頭を振った。
「何で?!訳わかんないよ。そのチャカとかいう奴が、メイをあんな目にあわせたもともとの原因なんでしょ?何でそんな奴の下で、こんな事件起こしてるわけ?…そうかっ、半死になったメイに延命処置をしたときに、一緒に洗脳したのね!」
怒りに瞳を燃やすカイに、クルムが悲しそうに首を振った。
「違う…と思うよ。今まで相対してきた配下たちは…みんな、人というものに絶望したところをチャカに拾われて、心の底から彼女に心酔している。それほどまでに人を惹きつける能力…それも突き詰めたら、洗脳っていうことになるのかもしれないけど、それが、チャカには確かにあるんだ」
「わたくしたちには理解は出来ませんが…彼女たちは、彼女たちをそこに追い詰めた原因がチャカさんにあることを知っていて、それでもなお、彼女を慕っているのです」
「そんな…」
クルムとランスロットの説明に、混乱したようにゆっくりと頭を振りながら、カイは呟いた。
「でも…どういうこと?メイが生きてるなら、何で今、メイの幽霊が出たの?」
レティシアが首をひねると、ロンが横から申し訳なさそうに言った。
「あの…先ほど申し上げようと思ったのですが…先ほど現れたあれは…幽霊ではありませんよ?」
「何だって?」
ラーラが眉を顰めた。
「幽霊じゃないの?」
リィナが目を丸くして言い、ロンは肯いた。
「ええ。とてもよく似せてはありますが…霊の放つオーラが感じられません。あれは、幽霊ではないですよ」
きっぱりと言い放つロン。首をひねる3人に、カイがぽつりと言った。
「…マジックアイテム…」
「えっ?」
レティシアが問い返すと、カイは目に強い光をたたえて、言った。
「メイがあいつの配下になったなら、あいつと同じやり方をしてても不思議じゃないよ。人に、幽霊と似たようなものを見せるマジックアイテム…きっと、それを使ったんだ」
「カイ…」
気丈に話し続けるカイに、痛ましげな視線を送るクルム。
「カイ…大丈夫?」
気遣わしげに彼女に歩み寄るレティシア。カイは強い視線をそちらに向けた。
「大丈夫だよ。それに…どこか、予想してたかもしれない、こういうこと」
沈黙が落ちる。
「メイさんというのは、どういう方だったのですか…?わたくしたちは、敵としての彼女としか相対したことがないものですから…」
言いにくそうに、ナンミン。
カイは少し遠い目をした。
「そうね…さっきは、起こったことばっかり言って、メイのことあまり話してなかったわ。でも…わかるでしょ?」
少し苦笑して、続ける。
「…街のやつらが俺を殺したがってるなら、そうすりゃいい…生まれ育ったここで受け入れてもらえないなら、どこへ行ったって同じだ…この言葉が、すべてを物語ってる。
意地っ張りで、強がりで…自分にも他人にも強くあることを課してる。だけど、あたしにはそれがすごく、淋しそうに見えた…そういう人」
再び、沈黙が落ちた。
「それにしても、何の目的でこんなことをしているんだろうな」
顎に手をあてながら、ラーラがそう言って唸る。
「同じ形でロンを殺す…それに意味があるのか?よくわからないが」
「そうね、目的が読めない…自分と同じ能力を持った人を陥れて、自分と同じ目にあわせたいのかな?」
言ってから、ん?と首を傾げるレティシア。
そんな彼女の様子には気付かず、ラーラは続けた。
「いまさら幽霊になって出てくるというのも変な話だよな。街に恨みがあったとしても、100年後の人間驚かせたって意味がないはずだ。…どこに、消えたんだろう。実体がないってのは面倒だな。人だったら、悪さをするにもアジト持つなり足跡残すなりするからまだ探しようもあるんだが…」
「もう一度、街を探索してみる必要があるかもしれないわね。幸い、夜までにはまだちょっと時間があるし」
ルージュが言い、ミケも肯いた。
「マジックアイテムを使ったというなら、街のどこかにそれがあるかもしれませんしね。まあ、今それを見つけたところで、街の方たちの疑惑が解けるとは思えませんが…」
「そうね!私も行くわ、ミケと一緒に!」
さりげなくミケの腕など取りながら、レティシア。
「ん~そうねぇっ、ワタシはここに残ってもうちょっとロンちゃんとおハナシするわぁvいろいろ聞きたいこともあ・る・しv」
また無意味にしなを作ってレティシアが言うと、その横でランスロットが肯いた。
「わたくしもそうしようと思います。またいつ、ここにメイさんが現れるかわかりませんし」
「アタシもここにいることにするよ。だが、街を調べるなら、ついでに墓場にも行ってみるといい。幽霊の正体はわかったことだし、あのリィって奴に何か聞けるかもしれない」
ラーラがいうと、ミケは眉を顰めた。
「リィ?」
「ああ、墓場を訪ねていったら、そこに墓守がいたんだよ。変なやつだったが、幽霊の出ない墓場はほっといて、幽霊そのものを調べてみろといわれたんだ」
「幽霊の出ない墓場…?」
「ああ、どうやら幽霊は、墓場には一切姿を現していないらしい。人に見てもらってナンボだから、とか言ってたな」
「そうですか…」
ふむ、と考えるミケ。
「あ、じゃあオレ、町長の所に行きたいんだ」
クルムが右手を上げて言い、カイの方を向いた。
「それで…もしよかったら、カイにもついてきてもらいたいんだけど」
「あたしに?」
クルムはゆっくりと肯いた。
「オレやルージュの話だけじゃ不完全なんだ。だから、あの時の事件の当事者で、真実を知るカイに、こういう顛末だったと話して欲しいんだよ。それで、何とかメイの時と同じ結末になるのを防げたら…と思って」
カイは少し黙った後、うなずいた。
「…わかった。一緒に行くわ」
「はいはいはぁいっ、じゃあリィナもカイちゃんについてくうっ!」
リィナが元気に手をあげて言い、それで全員の行動が決まった。
「じゃあ、夜になったら、宿で落ち合いましょう。そうしたら、作戦会議ね」
カイが全員を見渡して言い、全員が無言でそれに肯いた。

「さて、困ったな。犯人は見つからない。街のやつらは殺気立ってる。どうしたもんか…確かアンタ、幽霊と話せるんだよな?今起きている事件について、そこらにいる幽霊とかに話を聞いたり出来ないか?…って、この街で幽霊は視ていないんだったか」
自分で言って自分でつっこんで、ぽりぽりと頭を掻くラーラ。ロンは黙って苦笑した。
「じゃあ…事件の行く末を占うとかは?アンタ、占い師とか言ってただろう」
自分で言ったもののあまり本気ではないらしく、ダメ元といった様子で、ラーラは重ねて問うた。
ロンは困った様子でうーんと唸る。
「私の占いは、未来を見たりするものではないのですよ。私は幽霊といったもののほかに、人のオーラのようなものも見えまして…そのオーラを見る事で、その方の人となりを大体感じ取ることができるのです。それと相談内容を吟味して、その方に最もふさわしいアドバイスをするのが、主な占いの方法なのです」
「え~っ、それって、占いなのぉ?」
疑わしげな様子で、ンリルカ。ロンはそちらにも苦笑を投げた。
「未来が本当にわかる占い師さんも、中にはいらっしゃるようですけれどね。けれど、占いで本当に必要なのは、道に迷っている方の道を照らし、自信をつけ、心を軽くして帰っていただくことなのです。ンリルカさんは、大衆雑誌などはお読みになられませんか?」
「読むわよぉv特にファッションとか、コスメの雑誌は要ちぇーっくv」
「その中に、エレメントや、誕生月の占いなどが載っていますでしょう?」
「ええvワタシ、ああいうの見るのだーい好きv」
「それを、よく見ていただきたいのですが…良く見ると、どの占いも違うことが書いてあるようで『人生悲しいことや辛いこともありますが、くじけないでがんばれば必ずいいことがあります』というようなことが書いてあるのですよ、要約すると」
言われて、ンリルカはきょとんとして考えた。
「…確かに、そう言われればそうかもーっ!」
「ああいったことにすがるのは、辛い目にあって自信をなくしている方々です。ですが、そう言われたことでもう一度がんばってみようという気になる。くじけずにがんばれば、運気が回ってくるのはどなたでも同じです。要は、そういうことなのですよ。…まあ、これは私の知り合いの占い師の受け売りなのですが」
「知り合いの占い師?」
「ええ、もう引退してしまったのですが…その筋では割と有名な方でしたよ。ムーンリリィ、という」
「ぐはっ」
なぜかダメージを受けるランスロット。
「まあ、私はそのオーラを見る占いの他に、地脈の流れを見て、運気が回ってくる場所などを占うこともありまして…実を言うと、収入ではそちらのほうが多いのですよ」
「地脈?」
ンリルカが首を傾げる。
「この大地の下を流れている、目に見えないエネルギーの流れ…というとわかりやすいでしょうか。その地脈を把握していれば、商売で成功したり、病気が治ったり…まあ、これも要は本人次第なのですが、そういうお手伝いもしているのです」
「なるほどねぇ…こんな寂れたところにいて商売になるのかと思ったけど、そういうおっきいところ相手にしてるわけなのねぇ」
感心したように、ンリルカ。
「じゃあ、ここに来たのも、その地脈を読んで、か?」
ラーラの問いに、ロンは頷いた。
「そうですね。何年かの周期で、私の運気が向く地脈が変わるので、そのたびに引越しをしているのですよ。ここはとても気の流れがいいところですね、しばらくは腰を落ち着けたいと思います」
「では…ここを出て何処かに行く気はない、ということですね?」
やっと立ち直ったランスロットがロンに言う。ロンはきょとんとした。
「…ええ…引っ越してきたばかりですし、できればまた引越しをするような事態は避けたいのですが…」
ランスロットははふ、とため息をついた。
「それでは、ロンさんを逃がして解決…というわけにはいきませんね」
「そうそぉ、ワタシもそれ考えてたんだけどぉ。やっぱり本人の意思が大事よねぇ」
ロンは苦笑した。
「それは…私の身は安全かもしれませんが、この幽霊事件が私の仕業でない以上、私がこの街を去っても幽霊は出続けるのですよね?」
「!……そ、そうですね…」
そのことは考えていなかったのか、ランスロットが言葉に詰まる。
「となれば、私が犯人という説は消えるかもしれませんが、私ではない別の誰かが犠牲になると考えたほうがいいのではないでしょうか?」

『今考えると、ひっきりなしに続く幽霊話に、みんなどこかおかしくなってたんじゃないかと思う…ようは、あのひとじゃなくても…誰でも良かった。みんなが納得できる『生贄』が必要だったのよ。この騒ぎを治める何かが必要だった。それが正しくても、正しくなくても…』

カイの言葉がよみがえる。
ランスロットはうーんと唸った。
「これは皆さんで綿密に話し合う必要がありそうですね…」
「ああ、夜の作戦会議までに、アタシも何か考えとくよ」
ラーラがそれに頷く。
「ねぇねぇ、そんなことよりロンくんってちょっとワタシのタ・イ・プ~vいろいろ訊きたい事満載なんだけど、いい?」
何かを決意した様子の2人とは対照的に、ンリルカは後ろに回ってロンの首に腕を回した。
ロンはにっこりとンリルカに笑みを投げると、言った。
「いいですよ。その前に私からも一つお聞きしていいですか?」
「あらぁっ、嬉しいわねvなにかしらぁ?」
ロンはニコニコしたまま、言った。
「ンリルカさんは、どうして男性の声なんですか?」

時が止まった。

「町長さん、話聞いてくれるかなあ」
心配そうなクルムに、隣を歩いていたカイは苦笑を投げた。
「わからないな…あたしは、一回話をしてカケラも聞いてもらえなかったことがあるからね」
「まあ、ダメでもともと、やってみよう。幽霊をどうにかしたいっていう気持ちは、同じなんだからさ」
日はもうだいぶ傾いてきていた。街には帰宅と夕飯前の買い物の慌ただしさがにじみ始めている。
「ね…メイってさ、どんな人だった?」
「え?」
突然のカイの質問に、クルムはきょとんとして彼女のほうを向いた。
「会ったんでしょ?メイに。その、チャカとかいうやつの配下として、対峙した時にさ。
どんな人だった…?」
「あー…なんていうのかな。オレは、直接彼女と関わったわけじゃないし、戦ってもいないから…なんとも言えないんだけど」
困ったように苦笑して、クルムはぽりぽりと頭をかいた。
「そうだね、人から聞いた話では…精神力の強い人で、静かな笑顔の下に、激しさ、猛々しさを抱いている、ような人だと思ったよ」
「そうだね~、意志の強そうな人だったもんね」
リィナもうんうんと肯く。
「そう、か…強い、ね…静かな、って言うのが、ちょっとあたしには想像できないけど」
「そうか、カイは丁寧な口調のメイを知らないんだな。自分を抑えて、怒りを内に閉じ込めて力にするんだって言ってたそうだよ」
「そっか…」
押し黙るカイ。
と、ちょこちょこと2人についてきていたリィナが、カイの横からひょいっと顔を出した。
「ねねね、カイちゃんってヴィーダの魔法の学校に通ってるんだよね?」
「?…そうだけど」
リィナは楽しそうにふふっと笑うと、胸の前で手を組んだ。
「リィナ、この世界の学校って行った事ないんだ。だから、どんななのかちょっと教えてほしいな~。お友達のこととか~、あとっ、彼氏とか!いないの?」
いきなり訊かれて、カイは少し面食らったようだった。すぐに苦笑して、答える。
「…残念ながら、今のところいないよ」
「え~っ!じゃあじゃあ、好きな男の人のタイプとかは?」
重ねて問われて、カイはどうしていいかわからない様子で視線を泳がせた。
「…ごめん、今ちょっと、そういう話する気になれないんだ…」
カイの言葉に、リィナは言葉を詰まらせた。
「…っ、そうだよね…ごめんなさい…」
しゅんとなるリィナ。カイを挟んで反対側にいたクルムが、苦笑した。
「カイ、リィナはこんなときだからこそ、明るい話で気分転換をさせようとしたんだよ。どんな気持ちでいても、事実は変えられないし、事件は起こる。じゃあ、明るい気分でいたほうがいいだろ?」
カイは一瞬押し黙って、それから苦笑した。
「…そうだね…リィナ、ごめん」
「ううん、リィナこそごめんね、無神経だった」
カイはにこっと屈託のない笑みを浮かべると、言った。
「好きなタイプだよね?うーん、そうだなあ、あたしより強いやつ?」
「えーっ、カイちゃんより強い子なんていないよぉ!」
「カイ、そんなに強いのか?」
クルムが驚いてリィナに問う。
「そぉだよぉ!お船の上で、手合わせしたでしょ?カイちゃん、リィナに合わせて素手で戦ってくれたんだけどぉ、それでもリィナいっぱいいっぱいだったもん!」
「そんなことないよ。リィナだってすごく強いと思うよ」
カイは苦笑して言った。
「でも、カイちゃんの得意な武器は素手じゃなくて棒なんでしょ?専門じゃないのにあれだけ戦えるなんて、リィナちょっとショックぅ~」
「そうか、カイってそんなに強いのか…でも魔法を習ってるんだろ?がんばり屋さんなんだな」
「ねねね、学校のお話、聞かせて?」
「そうね…寮があってね、あたしも寮で暮らしてるんだけど、ルームメイトの子がね…」
楽しげに話をしながら、3人は町役場への道を急いだ。

「おお、君か!さっきはどうもありがとう!」
クルムを見るなり、町長は嬉しそうに相貌を崩した。
「おかげで、事件の糸口がつかめそうだ。あの後、あの報告書を元に過去の事件を洗いなおしたら、事件を起こした魔物が住んでいたとされる家がわかったんだ。明日、その家を調査しに行くつもりだよ。念のため、魔物が出るといけないから、自警団の人間も何人か連れてね」
クルムは慌てて、町長に詰め寄った。
「あの、すいません。そのことでお話しが」
「ん?なんだね?」
町長は好意的だ。にこにこしながらクルムの話を促す。
「さっき、前の事件の当事者の竜族がいるって言いましたよね。当時の事件のことをもっとよく知ってもらうために、彼女を連れてきたんです」
「カイ・ジャスティーです」
クルムに紹介されて、カイは上目遣いで町長を見ながら礼をした。
「クルムから、あの時の事件の記録を聞いて…まさかそんな風に記録されてるなんて、思わなくて…真実を伝えたくて、来ました」
「真実?」
町長が首をかしげると、カイは彼に詰め寄った。
「はい。聞いてください、あの時の事件は、魔物が起こしたんじゃないんです。あの時の事件で殺されたのも、事件とは何の関係もない人だったんです…」

「ふむ…」
カイの話を聞いて、町長は難しい顔をして息を吐いた。
「オレたちが調査を進めて、どうやら、その時に街の人たちに濡れ衣を着せられて殺された女性が…その」
クルムは言いよどみ、カイの方をちらりと伺った。
もとより、その人間が100年経った今も生きていて復讐をしようとしている、などという荒唐無稽な話は出来ない。
そして、カイの前でメイを復讐の鬼と貸した化け物のように扱うのも、抵抗があった。
すると、クルムの意思を汲み取ったのか、カイが強い口調で続けた。
「…その女性が、今度は本当の幽霊になって、街の人たちに復讐をしようとしてるんです」
クルムはその言葉に、驚いてカイに視線をやった。
「ですから、今その家に在住している、ツィ・ロンタオという人はまったく無関係です。あの時と同じ事態になるのは、どうしても避けたい…だから、彼を犯人と断定するのは、待って欲しいんです」
カイは強い口調で、町長に訴えた。町長は苦笑して言った。
「いやいや、待ってくれたまえ。私もそのツィ・ロンタオという男が怪しい、と言う噂は聞いているよ。100年前に事件があった家と、彼の住んでいる家が同じというのも、怪しいと思うのに十分なことだ。
だが、仮にも公正な立場を持って事に当たらなければならない立場にいる我々だ。そんな、確証もないのに人を犯人に祭り上げて殺してしまうようなことはしないよ。我々はあくまで、調査のためにその家に向かうんだ。安心してくれたまえ」
「調査のためなら、そんなに人数は要りませんよね?町長さんと自警団長だけでいいんじゃないですか?」
食い下がるカイ。町長は意外そうな顔をした。
「何を言うんだね。君の言うことが本当なら、その幽霊はその家に住んでいたんだろう?ということは、我々のような人間がその家に向かったら、現れる可能性が高いじゃないか。実際、君たちはその家で、その女性の幽霊を見たんだろう?」
く、とカイは唇を噛んだ。
クルムが、横から町長に確認する。
「本当に、調査に行くだけですね?ロンを犯人扱いはしませんね?」
「ああ、約束しよう。彼女の話が本当なら、100年前の事件は本当に悲劇だったことになる。同じ事は繰り返してはならない。真実のみに従って行動することを誓うよ」
「ありがとうございます!」
クルムは嬉しそうに頭を下げた。
その横で、カイは悔しそうに唇を噛んだまま、俯いていた。

「ミケ、どうだった?」
合流場所に来たミケに、レティシアは笑顔で声をかけた。
「うーん…相変わらずですね。とりあえず、『幽霊の正体は、100年前に同じような事件が起こった時に濡れ衣を着せられて殺された女性で、今でもこの街を恨んでいて、同じような境遇にあるロンさんを陥れようとしてこんなことをしている』という噂を、主に奥様方に流してみたんですが…」
「あ、うん、私もそれ、やってみたよ。やっぱりおばちゃんのネットワークはすごいからね!」
「ただ…あまり信じていただけたかどうかは」
ミケは苦笑した。
「やはり、確証のない噂話ですから…一笑に伏す方がほとんどでしたよ。町長の所に言って聞いてみろといっても、もう、役場も受付は閉まっている時間帯ですからね。わざわざ役場まで確かめに行く人も少ないでしょうし…」
「…そうね…私ももしそのおばちゃんの立場だったら、確かめになんか行かないもん」
「なにより、自分が見た幽霊は女のものじゃなかった、男のものだったとか…言われたらこちらとしてもそうですかと言う他ないですからね」
苦笑をさらに深くして、ミケは言う。
「もっと時間があれば…地道に噂を浸透させていくことはできるでしょうが、今日明日ではどこまで広がるか怪しいものです…」
「そっかぁ…あーあ、いい手だと思ったんだけどなあ」
ポリポリと頭を掻くレティシア。
「ですが、少しだけ収穫はあったようですよ」
ミケは真面目な表情になった。
「ラーラさんが仰ってましたでしょう、墓守の、リィとかいう女性のことを」
「あ、うん、確かにそんな子がいるって言ってたね」
「話のついでに、リィさんのことについて聞いてみたんですよ。墓守の女の子は、幽霊を見ていないそうですよ、って」
「うんうん」
「そしたら…『墓場にリィなんていう墓守いたっけ?』…だそうです」
レティシアは息を飲んだ。
「…ね、それって…」
「…ええ、墓場に向かう必要がありそうですね…」

「ね、あれじゃない?」
墓場に到着して。
奥の木にもたれかかって何か手紙のようなものを呼んでいる少女を指差して、レティシアは言った。
「そのようですね。行ってみましょう」
ミケとレティシアは少女の方へ近づいていった。
少女は二人に気付くと、読んでいた手紙を降りたたんで、立ち上がった。
「ニィハォ。今日はお客さん多いアルな」
「リィさん、ですね?」
ミケが言うと、少女は少し驚いた顔をした。
が、すぐに思い当たったようで、淡い紫色の瞳を細めると、言った。
「ああ、ラーラの仲間アルな。なら聞いてるアルか?ワタシ、ホン・リィファ言うネ。リィ呼ぶヨロシ」
「これは、ご丁寧にどうも。ミーケン=デ・ピースです。ミケとお呼び下さい」
「私はレティシア・ルード。レティシアでいいわ」
やや緊張を含んだ面持ちで挨拶をする二人。
「ミケに、レティシアアルな。よろしくネ」
リィはにこにこと屈託のない笑みを浮かべた。
「それで、幽霊事件調べてる冒険者が、幽霊でない墓場に何の用ネ?」
「幽霊事件と言いますか…幽霊をでっち上げて、街の人たちを騒がせている人を、探しているんですよ」
リィは大きな瞳をくりっとミケに向けると、面白そうに口の端をつり上げた。
「…幽霊が出てる違うアルか。傍迷惑な事件アルな。さっさと犯人見つけて、静かな街に戻して欲しいネ。がんばるアルよ」
「ええ、もちろん。それで、その犯人を探して、街の方々のお話を聞いていたんですが…」
ミケはそこで言葉を切った。
レティシアが、その言葉に続く。
「街の人たちは、リィなんていう墓守は知らないって、言ってるわよ?」
リィは一瞬押し黙った。
そして、ややあってくすくすと肩を動かしながら可笑しそうに笑う。
「何ネ、ワタシ疑ってるアルか?どうりでここ来た時からピリピリしてる思ったヨ」
「認めるのね?このお墓の人じゃないこと」
レティシアが厳しい口調で言うと、リィは肩を竦めた。
「ワタシここの墓守するようになったの、つい最近ネ。いままでずっとおじじがやってたことアル、ワタシの顔売れてないの当然ネ」
レティシアは黙ってリィを見つめている。
リィはくすりと笑った。
「…とか言えば、一応は辻褄通るアルか?」
「…っ、あなたねえっ!」
くってかかろうとするレティシアを、ミケが止めた。
「そのような態度でいられては、疑われるのも無理はないと思いませんか?」
「そのような態度で訊かれれば、何を言っても信じてもらえないと思うのも無理はないと思いませんか?」
リィはミケの口調を真似て言い、くすっと笑った。
「今のアナタたち、何言っても信じない言う顔してるネ。そんな思いでは、真実見えてこないヨ」
ぐっと言葉に詰まるミケに、リィは続けた。
「ワタシ今言ったみたいに、ちょい頭いいやつなら簡単に嘘も言い逃れも出来るものネ。すべての人の言うこと、頭から信じるの、確かによくないアル。でも、すべてを嘘と頭から決め付けるのは、それと全然変わらないアルよ」
ちちち、と人差し指を動かして。
「すべての人の言うこと、その人の背景、起こった出来事、全部自分の頭の中で整理して、それから物事決めるネ。それまで、焦るの禁物ヨ」
わかったアルか?と微笑んで、リィは二人を交互に見た。
「とりあえず、ワタシの言うこと信じる信じないは、アナタたちの勝手ネ。だけど、ワタシ調べても時間の無駄言うことだけ、ワタシ言っとくアルよ」
ミケとレティシアは顔を見合わせた。お互い微妙な表情になって、諦めたように息をつく。
「…わかったわ。今日のところは帰るわ」
「失礼なことを言ってすみませんでした。失礼します」
「気にしないアルよ。ツァイツェーン♪」
踵を返す二人にひらひらと手を振って、リィは二人の後姿が見えなくなるまで見送った。
そしておもむろに、先ほど寄りかかっていた木の方を振り返って、やや頬を赤らめて、言う。
「……いつまで笑ってんのよっ」

「じゃあ、町長は話を聞いてくれたんだな。よかったじゃないか。これで前みたいに、街のやつらがよってたかってロンを殺すなんていうことはないだろ」
ラーラが言うと、クルムは嬉しそうに肯いた。
「そうだね。町長さんが思ったより、話のわかる人でよかったよ」
時刻は進んで、夜。
ロンの家、町役場、街の探索、それぞれから帰ってきた冒険者達は、お互いの首尾を宿屋で報告しあっていた。
「そうですか。街の方たちに噂を広めることでロンさんへの疑惑が薄れればと思いましたが、町長さんがそういう方なら、心配はないかもしれませんね」
ミケも安心したように笑顔で言った。
が。
「甘いよ」
その空気に水をさしたのは、他ならぬカイだった。
「カイさん?」
ランスロットが首をひねると、カイは厳しい視線を冒険者達に向けた。
「町長が真実を知ってたって、街の人たちの疑いが消えたわけじゃない。
考えてみて。もしあんたたちが、街の人たちだったなら。ロンを疑ってて、でも確証がなくて、自分ひとりではロンに確かめに行く勇気もなくて。
そこに、町長が自警団の連中をたくさん連れて、疑ってる人物の家に向かっていたら」
「あ……っ!」
レティシアが声をあげた。
「…役場と自警団は、ロンを犯人と断定した、と思う…か…っ!」
悔しそうに歯噛みしながら、クルム。
「いくら恐怖にかられてたって、お役所がそんなに軽率な判断を下すわけないよ。あの時もそうだった。暴動を起こしたのは、自警団が調査のためにメイの家に行くのを見て、勝手にメイが犯人だと思い込んだ街の人たちだった。だから、あたしは町長と自警団長だけで行ってくれないかって言ったのに…」
カイは言って、唇を噛んだ。
「だが…少なくとも町長や自警団は、ロンを殺すつもりじゃないわけだからな。とりあえず落ち着いてくれるように説得すればいいんじゃないのか?確実な根拠もなく、その原因を決め付けるってのは感心しない…仮にロンが犯人だったとしてもだ、幽霊が見える自分が、犯人だと思われる事くらい簡単に想像つくだろう。そんな馬鹿なことをする奴がいるか?とかな…」
ラーラが言うと、カイは首を振った。
「頭に血が上ってる人間に、理屈が通用すると思う?あたしみたいに、邪魔だって張り飛ばされるのがオチだよ」
「じゃあどうする?まさか、街のやつらを傷つけたりするわけにもいかないだろう?相手だって人間だ、説得が通じない相手じゃないと思うが」
「そうだね、相手が一人で、冷静な状態なら、話だって通じるよ。でも、相手は大勢で、しかも頭に血が上ってて、自分の目的を達成させることしか頭にない。あたしたちみたいに、戦いの訓練を積んでて、自分の心を上手くコントロールできる奴ばっかじゃないんだよ」
「そうか…」
ラーラは黙り込んだ。
「あ、ねえねえ、じゃあこういうのは、どう?」
リィナが横から割って入る。
「ロンさんを逃がしといて…イフちゃんとジンちゃんを魔物に襲われた可愛そう~な子供ってことにして、魔物騒ぎで自警団の人達をそっち釘付けにして、ロンさんが魔物の所為で行方不明ってことで時間稼ぎ~♪」
「イフちゃんとジンちゃん?」
ルージュが問うと、リィナはそちらに向かってにっこりと笑った。
「イフちゃんとジンちゃんはリィナの精霊だよ♪けどちょっと不安・・・そういえばリィナこの世界に来てから
ぜんぜんイフちゃん達呼んでない・・・ジンちゃんはともかくイフちゃんは怒ってるだろうな~」
「精霊が喚べるんですね…ですがリィナさん、時間稼ぎをして、その間に何を?」
ミケが言うと、リィナはきょとんとした。
「へっ。…………何も考えてないかも…」
てへ、と苦笑する。
「時間稼ぎをしても、あまり意味はないでしょう…ロンさんを逃がしてそれで済むことなら、最初からそうすればいいんですが…」
「ロンさんは、この街を動く気はないようですしね」
ランスロットがつけたし、一同はうーんと唸った。
「そっか…」
レティシアは顎に手を当ててしばし考えた。
「…ね、じゃあ思い切って、こんなのはどう?!」
立ち上がって、無意味にポーズなどつけつつ。
「題して!『時を越えた妄執 ~幽女対占い師~』作戦!」
痛い沈黙が落ちた。
ややあって、眉を寄せて言ったのは、ルージュ。
「…………はぁ?」
レティシアはちょっと赤くなって、彼女の方を向いた。
「だからぁ!理屈が通用しないならね、街の人たちに、ロンが犯人じゃないっていう一目で見てわかりやすい証拠を見せてあげればいいわけでしょ?
だからね、ロンが本物の幽霊と戦って勝てば、一躍街の英雄になれるわ!ね、いいアイデアでしょ?」
うきうきとしながら話すレティシアを、ルージュは鼻で笑った。
「バカね、メイがどこにいるかわかったら苦労しないわよ。だいたい、わかってたらそんなめんどくさいことしないで私たちが倒せばいいんだし」
「だからね、メイは、私たちがやるの!」
「ええっ?」
驚きの声をあげたのは、ラーラ。
「アタシ達がって…一体、どうやって?」
「街の人たちはメイの容姿を詳しく知らないわけだし、それっぽいのが演出できればいいわけでしょ?そしたら、私でもルージュでもラーラでも、それっぽく変装すればいいじゃない。
そうして、ロンと戦って、もちろん戦うフリだけだけど、最後に上手くメイが昇天できたような演出ができればいいんじゃないのかな?」
「変装でしたら、わたくしにお任せください!メイさんは、わたくしがやりましょう」
いきなりランスロットが意気揚々と手を上げたので、一同は驚いてそちらの方を向いた。
「ランスロットちゃん、女の子できるのぉ?大丈夫ぅ?」
ンリルカが目を丸くして言うと、ランスロットは自身満々の表情で胸を叩いた。
「お任せください。わたくし、こう見えても自由自在に体を変えることが出来るのです。声の方は、ミケさんがなんとかしてくださいますし」
「そうですね、僕は変声の魔法が使えますし…幽霊の演出をするのなら、多少空気の流れを操って、不自然にあたりに響き渡るようにさせたほうがいいかもしれません。そのあたりは、僕に任せてください」
「じゃあ、メイの演出はランスロットとミケに任せて…私は、ロンがそれっぽく戦ったように見せるために、炎の魔法を放ったり、剣に炎をつけてあげたりとか!ファイアウエポン!かっこいー!」
「ロンって、剣使えるの?」
一人で盛り上がるレティシアに、冷静なツッコミを入れるルージュ。レティシアはそちらに向かってウインクをした。
「あら、実際に斬りつける訳じゃないんだから、剣なんて振れれば充分よ」
「はいはいっ、リィナも炎の魔法つかえるから、お手伝いするね!」
「要するに、八百長ってわけね…」
ルージュは肩を竦めて言い、次ににやりと微笑んだ。
「…面白そうじゃない。どっちにしろ街のやつらをおとなしくさせるには、嘘でもいいから安心させてやるしかないでしょ。いいわ、じゃあ私は街のやつらが勢い込んで戦いに参加しようとしたら、おとなしくしてろって牽制してるわね」
「じゃあ、アタシもそうすることにするよ」
ラーラが手を上げて、同意した。
「うふふふっ、面白そうねぇvじゃあワタシは、戦いの間に本物のメイちゃんが現れたりしないか、周りを見張ってるわぁvクルムくんもそうするでしょう?」
ンリルカにいきなりしなり寄られて、クルムはびくっとして返事をした。
「えっ?あ、うん…」
「じゃあ、メイに扮装したナンミンにロンと戦ってもらって、街の人が来たら、100年前に罪を着せられて殺された~、みたいな話してもらって。で、ロンがメイを昇天させる、みたいな感じでいいわよね?でも私光の魔法使えないんだ~誰か使える人いない?」
レティシアが周りを見回すが、一同は首を振るばかりで。
「んー…じゃあしょうがない、風の魔法で目晦ましして、さぁっと消えたように見せるしかないか~」
「あ、はいはーい、リィナ風の魔法も使えるから、それやるね♪」
「よしっ、じゃあ決まり!明日は早起きして、ロンに協力してくれるように頼みに行かなくちゃね!」
レティシアはうきうきしながら立ち上がった。
「あ、じゃあ今夜は徹夜したほうがいいかな…」
ミケが言い、レティシアはきょとんとしてそちらを向いた。
「?どうして?」
「その、街の人たちの意識をよりメイさんの方に持っていってもらうために、『噂を本当に』しようと思いまして…」
「噂を本当に?」
「ええ。先ほど、ランスロットさんがメイさんに扮装する、ということで思いついたんです。メイさんの幽霊が街の人たちに目撃されてないなら、目撃させればいいのだとね」
「あ、なるほど。メイに紛争して、幽霊を演出させてやるのね」
言ったのは、ルージュ。ミケはそちらに向かって肯いた。
「ランスロットさんのメイク術は、僕も見たことがありますしね。多少不本意ですが、僕もメイさんに化けて、夜中の街を徘徊してみようと思うんです。街の方々に、メイさんの姿を印象付けるためにね」
「なるほど~!ミケってばすごい!じゃあ、私も協力する!」
レティシアが新たに興奮した面持ちで手を上げた。
「そうね、私もやりましょう。幽霊が本物じゃないんなら、怖がることじゃないし」
ルージュが手を上げてそれに同意する。ランスロットが笑顔で立ち上がった。
「それでは、さっそくあちらのお部屋でメイクを致しましょう。皆さんお綺麗な顔をしていらっしゃいますし、腕が鳴りますね」
「わーっ、楽しみv」
「あらぁ、なんだか楽しそうvワタシも行くわぁv」
ランスロットに連れられて、ミケとレティシアとルージュは部屋を出ていき、ンリルカもその後を追った。
「…っと、乗り遅れたな。仕方がない、アタシは明日に備えて十分休んでおくことにするよ」
ラーラが言って立つと、リィナも立ち上がった。
「あっ、リィナも~!明日は頑張んないといけないからね!それじゃカイちゃん、クルムくん、おやすみぃ♪」
「あ、おやすみ…」
二人は手を振って挨拶をすると、部屋を出て言った。
ぽつんと取り残されたカイとクルム。
多少げっそりとした面持ちで、カイはぼそりと言った。
「すごい勢いだったね…」
クルムは苦笑してそれに答える。
「そうだね…みんな、カイのために必死なんだよ。でも…」
そして、心配そうに表情を曇らせて。
「なんだか…話がすりかわってないかな…?肝心なのは街の人の疑いをロンからそらすことじゃなくて、幽霊事件を起こしている犯人…メイを探すことなのに…」
カイも、頬杖をついて沈黙する。
闇がしっとりと、街を支配していっていた。

「きゃああぁぁぁっ!」
静まり返った真夜中の街中に、悲鳴がこだまする。
悲鳴の上がった方向から、タタタタと小さな足音。
青白い炎をその周りに漂わせながら、その女性は足早に走ってきて建物の陰に隠れた。
「…ふぅ、やれやれ。ちょっと気が引けるけど…でもちょっと快感かもね」
リュウアン風のシャツに、白いズボン。黒い髪の毛を後ろでまとめて三つ編みにした、少しきつい顔立ちの美しい女性。
メイの扮装をした、ルージュだった。
ちなみに、青い炎はレティシアの魔法である。
「うわあぁぁっ!」
遠くの方で男性の悲鳴が上がる。
「あっちでもやってるわね。…レティシアなんか、やけに楽しそうだったけど…ま、楽しいなら問題ないでしょ」
問題はあるような気がしますが。
「と…できるだけたくさんの人に、この幽霊見てもらわなくちゃね……ぉうわぁっ」
言って踵を返して、ガラスに映った自分の姿に少し驚く。
「…ああびっくりした。………いこいこ」
ルージュは気を取り直して、また走り出した。

「ふう…今日は色々とあったな…明日が山場だな。ゆっくり休もう…」
自宅に帰り、先に寝ていた妻を起こさないように自分の寝室に向かうと、町長は上着を脱いでひとりごちた。
一連の幽霊騒ぎですっかり帰りの遅くなってしまった彼は、せめて妻には心労をかけまいと、数週間前から別々の寝室で休むことにしていた。どうせすぐ寝るのだからと、部屋に入って明かりもつけずに、ひとまず服を脱ぎ、そのままベッドに向かう。
そして、布団をめくったそのときだった。
「はぁ~い♪」
そこに誰かが寝ていることに、そのとき彼は初めて気がついた。
「うわあっ!だ…もがっ」
ベッドの中に寝ていた人物は、素早く起き上がると彼の口を塞いだ。
「あんっ、大声出すなんてヤボな事しちゃイ・ヤv」
濃い化粧をした妻がいつも放っているのと同じ、独特の化粧臭。大きな眼鏡に、月明かりにうっすらと照らし出される白い髪。それとは対照的に、ぴったりとした黒いボディースーツのようなものを着ている。典型的な暗殺者スタイルだった。
口調もボディーラインもどう見ても女性のものだったが、耳に飛び込んできた野太い声だけが頑固にそれを否定している。
町長は名前も顔も知らないが、ンリルカその人だった。
彼女はベッドの上に立ち上がると(土足)、びしっとセクシーポーズで彼を指した。
「町長さん!あなたが真犯人ねぇ☆」

「………は?」
たっぷりの沈黙の後、町長はマヌケな声を出した。
「動機は‥そう、町おこしね!」
ンリルカはたっぷりと妄想に浸った表情で、「推理」を並べ立てていく。
「最近、経済状態がよくないチンロン。自分が町長の任期の内になんとか手柄を立ようと考えていた所、偶然114年前のメイちゃんの事…すなわち幽霊・魔物騒動の資料を見つけたキミは、この事件は使えると思ったのねぇ!幸いな事にこの事件を知っている人間はこの町にはもういない。そして、正体を隠していたけど、実は高名な魔術師のキミは得意技の幻術を使って、幽霊騒動を起こして『幽霊の出る街』としてこのチンロンを一大観光名所にしようと目論んでいたのねぇ。所が、あの事件を知っていた者がいた‥。事件解決の為にワタシ達冒険者を引き連れてこの街に来たカイちゃんの存在にキミは正直焦った。そして、どうせなら、街人達に嫌われている新参者のロンくんを『あの事件』のように魔物に見立てて殺害し、『恐ろしい魔物の呪いで今もなお幽霊が出る街チンロン』そして、ロンくんの住んでいる家―メイちゃんの家を観光ホテル『呪われた魔物の邸』にまでしようとしてるとは恐れ入ったわぁ。ウフッvでも、そうは問屋が卸さないわよぉv」
逮捕しちゃうぞvのポーズで、びしっと町長を指すンリルカ。
町長のただでさえ薄い髪がまた一本はらりと落ちた。
ンリルカは自信満々の笑顔でベルトの後につけている盗賊道具一式から縄を取り出し、
「ミドルヴァースに代わっておしおきよッ☆」
「な、何がですか?!」
「あらぁん、ちょっと古い?じゃあ、街の平和にご奉仕するわぁvでいいかしら?」
ンリルカは嬉々として、縄で町長を無理矢理、恥ずかしい縛り方で縛った。
「い、いたたたたっ!な、何をするんだね!」
「んふふふふv」
嬉々として縛り上げている途中で、遠くから悲鳴が聞こえた。
ンリルカはそれに気付くと、
「…ああ、そうだったっけ。じゃあ、ワタシも戻らなくちゃ。じゃあねーんv」
と、あっさり立ち上がり、窓から外へ出ていった。
町長は、しばらくそれを呆然として見ていたが、
「………おいっ!せめてほどいていけー!!」
町長の虚しい叫びが、夜の街に起こる幽霊を見た人々の悲鳴にまぎれていった。

翌日。
昨日の幽霊騒ぎを起こしたグループも、ほぼ徹夜の疲れもどこへやら、意気揚々とロンの家へ向かっていた。
途中、ンリルカが道端のお地蔵様をいきなり恥ずかしい縛り方で縛り、『君が犯人ねぇ☆』などといいつつセクシーポーズで指差したようなこともあったが、概ね何事もなく、冒険者達はロンの家に辿り着いた。
そして、昨日相談した『時を越えた妄執 ~幽女対占い師~』作戦を話す。
「町長は今日にでも、自警団の人たちを連れてここに来るはずです。それを見た街の人たちが、あなたを犯人と思い込み、暴動になるのも確実でしょう。街の人たちの気を逸らし、あなたがこの町でこれからも暮らしていけるようにするには、この方法しかありません」
ミケが真摯な表情でロンに言い、レティシアが続いた。
「私達があなたの役をやってもいいんだけど、やっぱりこういうのは本人がやったほうがいいと思うの。安心して、本当に戦うわけじゃないし、あなたが怪我をするようなことは一切ないから。それっぽく戦ってくれれば、後は私たちが魔法でそれっぽく演出するわ!」
ロンは黙って考えているようだった。
ランスロットが一歩前に出て、ロンに言った。
「ロンさん、今の状況がわかっていますか?失礼ですが、街の方たちからしてみれば、ロンさんは、勝手に町外れに住んでて、『占い師』という胡散臭い職業で、幽霊までみれる変な人じゃないですか。疑われる下地は充分なんですよ」
「本当に失礼だな…」
後ろでラーラがぼそっとつっこみを入れる。ランスロットは続けた。
「ですが、それに対してロンさんは、何かをしましたか?自分はそんなことはしていないと言い、街の人に溶け込み、受け入れられる努力をしましたか?何もしてないのは確かに悪いことではないです….が、人間は一人で生きている訳ではないのです。『共存』は他人ではなく自分を生かす為の生態系ルールです。それに従いたくないのだったら、納得させるだけの何かを提示しなければいけません。
確かにこの計画は八百長劇のようで、良心や何かが痛むかもしれません。でも、真実を話せるようになったら自分から打ち明ければいいのです。
今、ロンさんは生きるか死ぬかという、普通に生きていれば遭遇しない境遇なのです。もう、話し合いの段階は『何もしない』間に終わってしまっているのです。何か行動しなければならないのです。だから、わたくし達が最大限に協力できる今、勇気をもって行動しましょう。目の前で人が死ぬのはイヤです。ここを乗り切って、自分の口から自分の事をちゃんと語れるようになって欲しいのです」
ランスロットはそこで言葉を切った。
沈黙が落ちる。
ややあって、ロンは苦笑した。
「…私に、本当にそんなことができるのでしょうか…」
「出来るのかじゃなくて、やるのよ。そうしなければ死ぬわ。人間死ぬ気になればなんだって出来るわよ」
ルージュが肩を竦めて言う。
「大丈夫、ロンなら出来るわ!いざとなったら私たちがサポートするし、大船に乗った気でいて!」
レティシアが励ますように言って、ロンはやっと腰を上げた。
「わかりました。私にどれだけのことが出来るかわかりませんが…出来る限り、やってみます」
冒険者たちの表情に安堵が広がった。
ただ一人、それを後ろで見ていたカイを除いて。

「ねえねえ、見た見た?さっき、自警団の人たちが大勢で!」
「ああ、町長もいたよな」
「あっちの方向って…確か、例の怪しい占い師がいるところだろ?」
「じゃあ…やっぱりあの人が、幽霊を操ってる…ってこと?」
「いや~、怖い~!」
「こりゃあ、自警団の奴らだけに任せておけないな。俺たちの街は、俺たちで守らなきゃ!」
「そのとおり!っていうことであなた、がんばってねv」
「おおお俺だけか?!」
「やだぁ、か弱い女に幽霊と戦えっていうの?私は後ろで応援してるからv」
「ま、マジかよ…」
「そういうことなら、俺だって協力するぜ!」
「私も及ばずながら、協力させていただきます」
「どうら、いっちょ死に花を咲かせてやらぁ!」
「やめて下さいお父さん、縁起でもない…」
「ううっ…みんな、ありがとよ!じゃあ街の有志を集めて、自警団の奴等の手伝いをするぜ!」
「おうっ!」

ロンの家が立っている小高い丘からは、街の景色が一望できた。
もちろん、街からこちらに向かっている自警団の一団も、その後ろに続いている町人たちの一団も。
「来たわよ、みんな、用意はいい?」
レティシアの問いに、一同は肯いた。
剣を持っているロン。
その両脇、少し離れた木の陰に、レティシアとリィナ。
ロンからやや離れた正面に、完璧なメイの扮装をしたランスロット。
その後ろの岩陰に、変声・拡声魔法担当のミケ。
ロンの家の傍に目立たないように待機しているのが、ンリルカとクルム、カイ。
そして、町人たちが歩いてくるであろう道の側に待機している、ルージュとラーラ。
レティシアは全員を確認すると、肯いた。
「じゃあ、街の人たちが適当なところまで近づいてきたら、合図して。派手に炎の魔法をぶっ放して、戦闘開始よ!」
「了解!」
ラーラは肯き、町の方を見た。
すでに、町人たちの一団はすぐそこにまでやってきている。
「よし、いいぞレティシア!」
「オーケー!」
レティシアは言って、手を空高く上げた。
「ファイアウォール!!」

小高い丘の上で突如起こった爆音に、町長を始め自警団の面々は驚いて上の方を見た。
「な、なんだなんだ今の音は?!」
後ろの方からかけられた声に振り向き、彼は街の男性達が自分に続いて登ってきているのにそのとき初めて気がついた。その後ろにやや離れて、女性たちが続いている。
「ど、どうしたんだね君たちは?」
町長が驚いて彼らに声をかけると、彼らは意外そうな表情で町長の顔を見返した。
「どうって、皆さんをお手伝いに来たんですよ。あのうさんくさい占い師をやっつけに行くんでしょう?」
「だ、誰がそんなことを?!」
「誰って、もう街中の噂ですよ。いや、そんなことより町長、さっきの音!」
「そうそう!きっとあの占い師のところですよ!行ってみましょう!」
今この場でロンを捕まえに行くのではないと訂正するべきのような気がしたが、町人たちの迫力に、町長は肯いた。
「そうだな…どちらにしても、行ってみなくては。さあ皆さん、急ぎましょう」
町長の号令で、合流した一団は丘の上へと急いだ。

そして、彼らが丘の頂上へと辿り着いた時。
どおんっ!
また炸裂した爆音に、彼らは驚いて足を止めた。
煙に巻かれてよく見えないが、何かとんでもないことが起きているらしい。
「危ないわ!近寄らないで!」
煙の向こうから駆け寄ってきた姿に、町長は声をかけた。
「君は確か、ルージュ君。何が起きているのかね?」
ルージュは神妙な面持ちで町長を見つめると、言った。
「出たのよ、幽霊が」
町人達はどよめいた。
ルージュに続いて現れたラーラが、剣を抜いて爆発の起こったほうを向いて構え、ちらりと町人達を見る。
「アンタたちの手に負える相手じゃない。怪我をしたくなかったら、黙って見てろ」
町人達は顔を見合わせながら、それでもそんな爆発の起こったところには足を踏み入れたくないのだろう、不安げに様子をうかがっている。
ルージュとラーラは肯きあった。
爆発の煙が、次第に晴れていく。
煙の置くから現れたのは、一振りの剣を持ったロン。
そして、そのさらに奥に、青白い炎を伴った女性の姿があった。
と、その姿を見て、後ろの方にいた女性が悲鳴を上げる。
「あ、あの幽霊!昨日、私が見た幽霊だわ!」
すると、町人の中から、続々と声があがった。
「お、俺も見たぞ!」
「私も!確かに、あれとそっくりな幽霊を、昨日見たわ!」
「じゃあ…昨日聞いた話って…」
ざわざわとどよめく町人達。
町長は固唾を飲んで、幽霊と対峙するロンを見守っている。
ロンはそれを横目で確認すると、やや固い口調で、幽霊に話し掛けた。
「あなたが…街の方たちを騒がせている幽霊ですね?」
ミケの魔法で、ロンの声も町人達に届くように、やや大きくなっている。
町人たちのどよめきが止まった。
幽霊はゆっくり口を開いた。
『私の名は…ギョウ・メイリン……100年前に…この街に殺された者だ』
幽霊の声は奇妙に反響したように響き、それらしさを存分にかもし出している。
「この街に…殺された…?!」
ロンの縁起がやや硬いが、特に気にするものはいないようだ。
町人達は黙ってその様子を見守っている。
幽霊は続けた。
『100年前…この街に幽霊が現れた…街の奴らは、幽霊を見る能力があった私を、幽霊を呼んだ犯人だとしてつるし上げ…そして、私は殺された』
町人たちの間に、わずかにどよめきが走る。
『私は…何もしていなかった…街の奴らは…偽物の幽霊に踊らされ…自分たちの中に生まれた恐怖を、全部私のせいにして、私を殺した…』
幽霊は、ゆっくりとロンに歩み寄った。
『憎い…愚かな人間ども…憎い……!!』
幽霊の周りの炎が、激しさを増した。
「できれば、こんなことはしたくなかったのですが…あなたが、その憎しみをもって、関係無い人たちを苦しめるというのなら…私は、戦います」
ロンは言って、剣を高々と振り上げた。
すると、その剣の刃全体にに炎が灯る。
もちろん、レティシアの魔法だが。
ついでに言うと、少し熱そうだ。
「たあっ!」
ロンは勢いをつけて、幽霊に斬りかかった。
幽霊はそれを避け、回り込んで、ロンに向かって手をかざす。すると、幽霊の周りをとりまいていた火がひとつ、彼に向かって飛んだ。
「はっ!」
ロンがその火に向かって手をかざすと、火は掻き消えた。
なかなか凝った演出である。操っているリィナとレティシアも一苦労だ。
しばらく、そんな攻防が続いた。
ざわめく町人達。真実を知り、自分たちの間違いを悟り、動揺しているようだった。
すると、やおら町長が、町人達に向かって声を張り上げた。
「見ただろう!この事件を起こしていた幽霊は、私たちの先祖が、今と同じような過ちを起こして生まれたものだ!今、私たちがロンを殺しても、解決にならないどころか、また新たな災いの種を生むに過ぎない!
私たちのために!そして、子供たちのために!
こんな過ちは、繰り返してはならないのだ!」
町人たちのどよめきがさらに広がった。
そして、ロンと幽霊は再び距離をとって対峙する。
ロンは肩で息をしながら、幽霊に語りかけた。
「聞いたでしょう。人間は…過去の過ちを学ぶことが出来る。あなたは確かにつらい目にあいました。だけどこの方たちは、二度とあなたのような人間は作りません。もう…許して、あるべきところへ還ってください」
ロンは剣を捨てた。
そして、ゆっくりと幽霊に歩み寄る。
二歩、三歩。なぜか攻撃する気配のない幽霊の傍までくると、ロンは優しく彼女を抱きしめた。
「ううっ…う…ぅぅぅうあぁぁぁあああ!」
幽霊は苦しげな声を上げ、同時にものすごい風があたりに吹き荒れた。
そのあまりの激しさに、町人達は思わず顔を伏せる。
すると、その風がふっとやんだ。
町人達が顔を上げると、そこにはロンだけが佇んでいた。
寂しそうに、彼らに笑顔を向けて。

そして、近くの岩陰に、風に飛ばされて岩壁に激突したナンミンが、元の姿に戻って気絶していたのは言うまでもない。

「いやー、上手く行ったわね。街の人たちも納得して帰ったみたいだし、これでロンもこの街にずっといられるでしょ」
ほくほく顔のレティシア。
他の冒険者達も皆一様に満足した表情で、ロンの家でくつろいでいた。
「こんなに上手く行くとは思いませんでしたね。昨日の幽霊騒ぎも、上手く効果を出してくれたようですし」
ミケが言い、ラーラが肯いた。
「ああ、最初はこんな八百長が通じるのかとも思ったが…下準備がよかったんだろうな」
「街の人たちも、自分たちの間違いをわかってくれたみたいだったし…本当によかったよ」
クルムもにこにこと肯いた。
「本当はイフちゃんとジンちゃんも呼んであげたかったけど…ま、上手くいったからいっか♪」
リィナは少し心残りのようだ。
「ま、終わりよければすべてよし、ってね…」
ルージュがしめて、ロンは笑顔で頭を下げた。
「本当に…ありがとうございました。これで、もうしばらくはここにいることが出来ます」
「ん、たいしたことじゃないよ。メイのような人は、もう作りたくなかったからね」
カイは苦笑して言い、冒険者達を見渡した。
「さってと…事件も片付いたし、そろそろ行こう」
カイの言葉に、冒険者達は腰を上げた。
ロンに挨拶し、それぞれに家を出て行く。
気絶したナンミンを介抱しているつもりがいつの間にか恥ずかしい縛り方をしていたンリルカも、カイのツッコミを受けて、目覚めたナンミンとともに家を出た。

「さーて…お疲れ様。今日のところは宿に帰ってゆっくり休んで、明日出発しましょう」
ロンの家から街に下りてきたところで、カイは冒険者達を見渡した。
「それまでは、みんな自由にしてていいよ。どうする?」
カイの問いに、レティシアがまだまだ元気な様子で答えた。
「あーっ、じゃあ私、ンリルカと一緒に服とか見に行きたいなぁ。一緒に選んでくれるって言ったのよね、ンリルカ」
「もっちろんよぉ☆レティシアちゃんのために、ワタシがとっておきのセクシードレスを見立ててあげるわぁ」
「やったー!ね、ミケも一緒についてきてくれるでしょ?」
「ええっ、ぼ、僕ですか?」
「ダメ?」
下がり眉でうるうると詰め寄られて、ミケは動揺した。
「だ、ダメではありませんが…僕がついていってもあまり役には…」
「新しい服、ミケに見て欲しいの~!ね?決まり!」
半ば強引に、レティシアはミケの腕を取った。
「では、わたくしもお供させていただきます」
再び変装をしてランスロットに戻ったナンミンが、そちらに歩み寄った。
「ああ、じゃあアタシもついてくよ。どうせすることもないしな」
「はいはーいっ、リィナもリィナも!」
ラーラとリィナも、それに続く。
「そっか…じゃ、あたしちょっと行くところがあるから、ここで別れるね。夕飯までには戻るから、宿に戻ってて?」
カイは言って手を振った。
「わかりました」
「あ…じゃ、オレも…ちょっと、野暮用があるんだ。みんなとは別行動を取らせてもらうよ」
「ええっ?クルムさんも行ってしまわれるのですか?」
ランスロットが少し淋しそうに言った。クルムはそちらに苦笑を向けると、
「みんなで、買い物楽しんでくれな。それじゃ、また後で」
手を振って、踵を返した。

街の中心街へ行くには、まだもう少し歩く必要がありそうだった。
人気のない住宅街を、中心街へと向かって歩いていく冒険者達。
と、横手から、甲高い声がかかった。
「ヨーホー!やったアルな、冒険者サンたち!」
驚いてそちらの方を見ると、紺色の髪をした少女がにこにこと立っている。
「リィさん…」
ミケとレティシアは複雑そうな表情をした。ルージュは一瞬後に誰のことだか理解した様子だ。リィナはきょとんとしている。
「幽霊、倒した聞いたアルよ。しかも疑われてた人が倒したそうアルな。これで万事解決アル、さすがは冒険者サンアルな、見直したネ」
にこにこと笑顔を投げかけてくるリィに、ミケは厳しい視線を向けた。
「いいかげんに、化かし合いは辞めましょう。メイさんはどこですか」
リィはきょとんとした。
「…めい?」
「とぼけても無駄です。メイさんが、マジックアイテムなどを作り出して器用に使いこなせる人物でない以上、誰か協力者がいたはずです。キャットさんか…あるいは、名前が似ていますから、リリィさんか…どちらにしても、チャカさんの配下の方なのでしょう?」
チャカ、の名前に、リィはわずかに眉を寄せて目を細めた。
真面目な表情になって、声を少し低めて、問う。
「…待つアル。アナタたち、幽霊倒した違うカ?なのにまだ犯人探してるアルか?」
「そうよ。私たちがやったのは、街の人たちの前で、ロンに偽者の幽霊を倒してもらうことだけ…って」
レティシアも、何かに気付いたようだった。
リィは顎に手を当てて横を向き、何かを考えていたようだった。
そして、はっと何かに気付いたような顔をすると、やおらミケたちに詰め寄った。
「大変!今すぐロンの家に行かないと!」
ミケたちは、いきなり豹変したリィの口調と態度に驚いた。
「ろ、ロンさんの家…?」
「考えてもみて?
あなたたちは、『幽霊を退治したわけじゃない』のよ?」
諭して言い聞かせるように、もどかしげに、だがゆっくりと言うリィ。
「っていう事は、わかるでしょう?
幽霊は、また出る可能性があるのよ!
当然だわ、幽霊騒ぎを起こしていた本人を突き止めていないんだもの!」
冒険者達は、互いの顔を見合わせた。
リィは続けた。
「確かに、あなたたちのしたことで、村人の疑惑はロンからは逸れたわ。
でも、原因を排除したわけじゃない。
例えるなら、魚を釣りに行って、釣れないから魚屋で買って誤魔化したみたいなものよ。
そして、あなたたちが安心して、この街を去って。
そして、本当の犯人が、また幽霊を人々に見せ始めたら、どうなると思うの?!」
ランスロットの表情がこわばる。
「そう…でした…あの時、ロンさんに言われていたはずなのに…!」

『それは…私の身は安全かもしれませんが、この幽霊事件が私の仕業でない以上、私がこの街を去っても幽霊は出続けるのですよね?』

「幽霊はロンが倒したはず。なのにまた幽霊が出る。
じゃあ、あの時ロンが倒したのは、なんだったのか。幽霊が出ないといったのは嘘だったのか。自分たちを騙していたのか。
街の人たちがそう思うのは、当然のことだわ。
そして、彼らは今度こそ本当に、自分たちを確信的に騙した人間を、排除しに行くでしょうね」
リィは腕を組んで、冒険者達に鋭い視線を向けた。
「たぁいへぇん!早くロンくんのとこに行かないと!」
ンリルカが慌てた様子で言い、ルージュもそれに肯いた。
「そうね…ロンの身が危ないわ」
その言葉に、リィはもどかしげに首を振った。
「違うわ、まだわからないの?!」
右手を、払うように振り下ろして。

「危険なのは、街の人たちの方よ!!」

リィの言葉に、冒険者たちの表情が、雷を打たれたように固まった。
恐ろしげな表情で、互いの顔を見合わせて。
やがて、はじかれたように踵を返して駆け出した。
「えっ、おい?!」
「あーん、なになにっ?!リィナにも教えてよぉっ!」
きょとんとした顔のまま乗り遅れたラーラとリィナが、慌ててそれを追った。
リィはその後姿が見えなくなるまで見送ると、溜息をついた。
「まったく…やれやれね」
と、そこで初めて気付いたように、唇に指を当てる。
「あ、口調…………まいっか」

家の前に来ては見たものの、彼はまだ迷っていた。
言うべきだろうか。
だが言わなければ、また新たな悲劇が起こる。
だが…
彼は戸口の前で逡巡していた。
と。

「………クルムさん」

後ろから声をかけられて、クルムは振り向いた。
仲間たちの顔が、ずらりと並んでいる。
彼は苦笑した。
「…そっか…みんなも、同じ結論に達したんだな」
「ということは、クルムさんは最初から…?」
「…うん…そうとしか、考えられなくて…でも、何か…入っていけなくて」
ドアの前で俯き、ややあって決断したように顔を上げる。
「逃げてちゃ…いけないんだよな。みんなも来てくれたし…」
そして、もう一度仲間の方を振り返って。
「行こう」

きい、と扉が開いて。
再びぞろぞろと入ってきた冒険者たちに、ロンは目を丸くした。
「皆さん…どうされたんですか?」
ロンの問いに、ンリルカが彼に駆け寄って、首に手を回した。
「あんっ、そうよねぇ、いったんサヨナラしたのに、またこんなにぞろぞろ来ちゃったらぁv」
耳元に唇を寄せて、囁くように、続ける。
「またメイちゃんに、『俺の家を荒らすな~』って言われちゃうわねぇ?」
ロンは、ゆっくりとンリルカに視線を向けた。
すると、ランスロットが前に進み出て、続けた。
「おかしいですよね?あそこに初めて入ったわたくし達が『荒らすな』と言われて、それより前にここに引っ越していたはずのロンさんが、何も言われないというのは」
そして、ルージュが腕を組んでロンの方を向き、その続きを紡ぐ。
「タイミングがよすぎたのよ。私達がたまたまこの街を訪れて、たまたまロンの話を聞いて、たまたま入ってきたその日に、あなたも初めてメイの幽霊を見た?はっ、よく考えてみたら出来すぎだわ」
ミケが肯いて、その後に続いた。
「そう考えてみると、奇妙なことだらけなんですよ。100年前と同じ状況。100年前と同じ家。それに、100年前の被害者と同じ能力を持った人間が、100年前と同じように疑われて暮らしている」
レティシアは胸の前で手を組んで、ゆっくりと言った。
「一つくらいは偶然があるかもしれない。でも、これだけ偶然が続くと…それは偶然じゃないのよ。誰かが、故意にその状況を作り上げたって考えた方が、自然だわ」
そして、ロンの首に腕を絡めていたンリルカが、再びくすりと鼻を鳴らした。
「それはぁ…キミが犯人だって考えるのが物事の道理じゃなぁい?」
ロンは黙っている。
ラーラとリィナは、その様子を後ろで固唾を飲んで見守っていた。
中央にいたクルムは、悲しげな、しかし強い意志を秘めた瞳で、言った。
「そうなると…すべての辻褄があってくるんだ。
まず…占い師で幽霊が見えるっていう、少し怪しい人物『ロン』として、この街に引っ越してくる。
そして…チャカか…あるいは、リリィあたりが作った『幽霊を見せるマジックアイテム』を使って、痕跡も残さずに人々に幽霊を見せて回る。
昔の事件に関わったカイがこの噂を聞いて、一人で、あるいは冒険者を連れてここにくるのは予測済み。
そして、ロンが同じ立場にあると知って、ここに来るのも予想の範疇内だ。
そしてオレたちがここに来て…絶妙のタイミングで『メイ』の亡霊をマジックアイテムで見せれば…自分から疑いの目を逸らしつつ、冒険者の動向を探ることができる。
そんなところじゃないのかな?」
そこで、一息ついて。
「そうだろ…?………メイ………」

沈黙が落ちた。
ロンはゆるりとンリルカの腕をほどいて、立ち上がる。
「どう…でしたかねえ…」
胸元に赤く光るペンダントに手を触れて。
「確か…こうです。…解・放…」
と、呪文を唱えた瞬間。
あたりは、目もくらむほどの赤い光に包まれた。
冒険者達は突然のことに思わず目をつぶり、そして開いたあと。
目の前にいた青年が、少女になっているのを見た。
昨日ここで見たのと寸分違わない、長く黒い髪を後ろで束ねて三つ編みにし、リュウアン風の紺色のシャツと白いパンツとに身を包んだ少女。
ただ、昨日と違ったのは、その顔はいたって血色がよく、表情の窺い知れない張り付いたような笑みを浮かべていたということだったが。
少女…メイは、少しだけ笑みを深くすると、言った。
「…あのまま帰っていただければ…計画は続行できたのですけれど。残念ですわ」
「…何故ですか…?」
悲しそうな表情で、ミケ。
「……人間は過去をきちんと把握しないと進めないと思うんですよ。あなたの存在はなかったことになっている。魔物が現れて退治されただけ。……ならば全く同じ事態になれば全く同じ事が起きるって、分かっているはずなのに。どうしてこんな事件を起こしたんですか?復讐にだってならないじゃないですか」
吐き出すように言って。
意味が無いと。
あなたの意図するところがわからない、見出せないと。
「あなたを理解したい、なんて無茶なことは言いません。ですけど、僕は思ったんです。どうして、あなたがこういう事件を起こしたんだろうなって」
「私も…わからない」
レティシアは胸の前で手を組んだまま、辛そうな表情で言った。
「人間って、あなたが思ったとおり今も愚かだった?あんなにあなたの事を思ってくれてるカイのことを悲しませて平気でいられるの?それでもまだ、復讐を続けるの?あなたが辛い思いをしたことは、カイから聞いて知ってる。その時の街の人を許せ、なんて言わないわ。だって街の人たちは、何の罪もないあなたにひどい事をしたんだから。
でも、その復讐を何故今するの?今の街の人たちもそいつらと同じだって事を証明したいの?
私には『メイの気持ちが解るわ』なんて軽々しく言えない。だって、私が体験した事じゃないから…メイの苦しみは想像はできたって共有はできないものね。でも…」
そこから先は言葉に詰まって、レティシアは俯いた。
メイはそれを聞いて、笑みを少しだけ深くした。
「復讐……でございますか」
珍しく、可笑しそうにくすりと笑って。
「レティシア様はともかく…ミケ様にまでそう思われていたとは…意外ですわ。
わたくし達が、そんな底の浅い感情で動いていたなどと…まだお思いでしたのね」
「復讐以外の何だって言うのよ。どっからどう見たってそうじゃない」
苛々したように、ルージュ。
「それにさ、あなたはその悲劇を何とかしようとしたの?
そりゃ私だって偉そうに言えるもんじゃないけどさ、こんな愚かな女だから。けどね、あんただって自らに降りかかる悲劇を回避できたじゃない?何が目的か知らないけどさ、少なくとも昔にカイの言葉に従えば避けれた悲劇であったかもしれないわ。そのなのに復讐だのなんだのは、筋違いだわ。逆恨みじゃない」
「まったくその通りだと、わたくしも思います」
ランスロットが強い口調で割って入った。
「先ほどの作戦をここでお告げしたときも申しましたが、あれがわたくしのすべてです。あなたは街の方々に受け入れられようと努力をしましたか?あなた自身にかけられる疑いを撥ね退けるよう、あなたにできる精一杯の努力をしましたか?確かに街の方々も、さしたる根拠もなしに犯人を決め付けたのは誉められるべきことではありません。しかし、最終的に悲劇を招いたのは、あなた自身でもあるのですよ。
『ここで自分が何もしていないのにこんな目に遭うのだから、この後どこにいっても同じ結果だから殺すなら殺すがいい』、ですか?変わる努力を怠って、悲劇のヒロインぶるのはおよしなさい」
いつになく強い口調。ルージュは肯いて、
「その通りね。あなたは、努力しなかった。自分に憎悪が向かった時に、その憎悪から逃れる努力は。カイに逃げろと言われたのに。どこに行ったって同じだって言う、一種の諦めに入ったわ。避けられることを避けようとしなかった。それを恨むのは、筋違いなのよ」
メイはわずかに微笑んで、穏やかに言った。
「力を持つということは、時に悲しいものですね…あなた方は、わたくしにもそれができるという前提でお話をなさっている。
それが驕りだという事に、あなた方ははお気づきにならないのですか?
それが、自分たちの尺度で物を測り、恐怖に駆られ、罪の確証も取れていないものを貶め、排除するあの方たちと、何の変わりがありましょうか?」
ゆっくりと、歩みを進めて。
「人の輪の中に入ってゆけぬもの。
あなた方には理解できぬかもしれませんが、それは確かに存在するのです。
もちろん、貴方様の言を借りるとするならば、努力の末にそれを成功させることもできましょう。
ですが、それには血を吐くほどの孤独感と、挫折感と、猜疑心に打ち勝たねばならない。
貴方様は、わたくしにそれを要求するのですか?
不器用な者に器用たれと言うのは、罪ではないのですか…?」
メイはわずかに苦笑した。
「…………」
ランスロットは、ムーンシャインの事件の時に彼女が言った言葉を思い出していた。
『わたくしたちが、あなた方より不幸などとは申しません。ですが、それをわたくし達に求める残酷さを、わかってください。わたくし達はもう、疲れてしまったのです』
強くあれと、負けずに強くあって立ち向かえと言った時に、彼女が寂しそうな笑みと共に漏らした言葉だった。
強いものが、強くあれという。
それは、自分ができるのだから、相手もできて当然だという驕りでなくてなんだというのか。
その驕りが、強くあることが出来ないものにとってさらに心を苛む事になっているというのに。
ランスロットは沈黙した。
メイは続けた。
「よしんばそうして自分を押し殺し、望まぬ顔を作り、無理をして人の輪の中に入ったとして、自分でないものに成り下がってまで生を続けることに、何の意味がありましょうか?
あなた方も、あるがままの心で生きたいと願うからこそ、故郷を捨て、冒険者になられたのではないのですか?」
冒険者達は、無言で自らの過去を思った。
決して、人に言えないような過去を持っている者もいる。だが、それもすべて、「自分らしくあるために」取ってきた行動だった。
メイは薄く微笑んだ。
「街の方たちの恐怖は、理解できますわ。
あなた方の仰います事も、心から理解できます。
ただ、それをわたくしに押し付けることは罪であると、お知りなさいまし」
それから、俯いて瞼を閉じ、続ける。
「わたくしの望みは、ただ、わたくしがわたくしであり続けること。それだけでございました。他の方にも、何ら危害を加えた覚えもなければ、迷惑をかけたこともございません。彼らと馴れ合い、共に生きて生きたいとも思いません。
ですから、己の中の些細な恐怖心から、他人の生を、生きる環境を奪う者があるとするならば、わたくしはわたくしの持てる全ての力をもって、それに抗い続けましょう。
わたくしが、わたくしとして生き残るために」
そして、パッと顔を上げ、毅然とした表情を冒険者に向ける。
「これは、戦いなのですわ。弱者は、滅びるが定め。そのことに、何の依存もございません。
あそこでわたくしが街の方々に「殺され」たのは、ひとえにわたくしに力がなかったから。それを恨む気持ちも、憎む気持ちもございませんわ。
ただ…わたくしはあの方に、今一度生をいただきました。
今のわたくしには力があります。
わたくしの力をもって…あのころのわたくしに打ち勝つこと。
わたくしの目的があるとするならば…そういうことなのでしょうね」
そして、再び薄く微笑むと、穏やかに言った。
「あの時と同じように、街の方たちがこの家に攻め入ったならば、わたくしは、今度こそわたくしのもてる全ての力を持って、わたくしを廃除しようとする力を滅するつもりでした。
残念ながら、それはあなた方が阻止なさいましたが…」
そして、少しだけ、陶酔したような笑みを浮かべる。
「…ですが、あの方がお喜びくださいましたから、良しといたしますわ」
あの方とは…言うまでもなくチャカのことなのだろう。
ランスロットは歯噛みした。
「どうしても…そうすることでしか結論を出せないのですか。お互いに歩みより、認め合うことは出来ないというのですか」
メイはくすりと鼻を鳴らした。
「…いつぞや…どなたかにも申し上げましたわね…」
そして、やおらギッと鋭い視線をランスロットに向け、激しい口調で言い募る。
「口で奇麗事並べんのは簡単なんだよ。じゃあお前にどれだけのことができるっつーんだよ?自分にも出来ねえことを、他人に押し付けてんじゃねえよ!反吐が出るんだよ!」
そのあまりの変貌振りに、冒険者達は少し驚いたようだった。
メイはすぐにもとの穏やかな表情に戻ると、言った。
「…口で言うのだけは、どなたにだって出来ることですわね。貴方様は、人の輪の中に入っていくためにおのれを変えています。それはひとつの行き方です。ですが…お仲間の中で、そうしなかった方がいると言い切れますか?」
「…どういうことです…?」
「あなた方が…自分に与えられた納得の行かない状況を打破するのに、暴力を決して使わなかったと…本当にそう言いきれますか?」
冒険者うちの何名かが、俯いた。
望まぬ境遇から脱するために、暴力を使う…あるいは、殺す。やってはならないことだとわかっていても、止められなかった。
自分が自分であるために。
メイはまたわずかに微笑んだ。
「口で奇麗事を言うのは、本当に簡単なことです。しかし、あなた方のうちのどれだけが、本当にそれを実践できていますか?わたくしにお申し付けくださる前に…ご自分の身をお振り返りなさいまし」
「カイの気持ちは…考えたことがある?」
突然のクルムの言葉に、メイは笑みを消してそちらを見やった。
「昔メイに降りかかった悲劇がまた繰り返されないよう、ここから遠く離れた留学先のヴィーダから冒険者に依頼してまでやってきたんだよ。大切な友達だった、メイのことを思って。
それなのに、今回の幽霊騒ぎは本当にメイが起こしてしまった。カイが知ったら、ここに来ることはきっと予測していたんだろ?今回事件を起こすことで彼女はどう思うと思ったの?」
その言葉に、レティシアもはじかれたように顔を上げた。
「そう…そうよ!あんなにあなたの事を思ってくれてるカイのことを悲しませて平気でいられるの?」
後ろから、リィナも鋭い視線を投げる。
「自分の意思を貫くのは勝手だけど、心配してくれるカイちゃんのことも、もうちょっと考えなよ!酷すぎるよ!」
「そうねぇ、カイちゃんのこと、アナタはどう思ってるワケぇ?」
ンリルカも、面白そうにこちらにそんな問いを投げかける。
メイはしばらく黙っていた。
…が、ややあって、くす、と鼻を鳴らす。
それは彼女にしては珍しく、嘲るような笑みだった。
「彼女は…この事実にうちひしがれ、立ち向かうことも出来ない様子でしたか…?」
冒険者はきょとんとして、思い返す。
確かに、ショックは受けていたようだったが、そのあと割とすぐに、メイと対峙する決意を固めていたように思う。町長に、メイが本物の幽霊になった、と告げたことが、何よりの証拠だった。
「彼女は…あなた方よりははるかに、わたくしを理解しています。そして、わたくしも彼女を。
あの子は、見かけよりもずっと強い…自らの勝手な思い込みに左右されることなく、わたくしを心から理解しています。ですからわたくしも、彼女に遠慮することなく、自分のすべてをぶつけられる…」
『どこか、予想してたかもしれない、こういうこと』
カイは、ショックにも負けない強い瞳で、そう言っていた。
「あなた方にはご理解いただけないかもしれませんが…わたくし達には、そういう不思議な絆があるのですわ。ご心配には及びません」
メイは言うと、出口に向かって歩き出した。
さっと気色ばむ冒険者たち。
メイはそちらの方に、あの張り付いたような笑みを向けた。
「わたくしを、お殺しなさいますか?どうぞ、お好きになさいまし。
力も持たぬ輩が集団でいらしてもなんの威もございませんが、これだけの冒険者様が集まっていらっしゃれば、わたくしの力など到底及ばぬでしょう」
ゆっくりと、穏やかに目を閉じて。
「自分の意に沿わぬものは、排除する。あの街の方々と同じように……どうぞ、お殺しなさいまし」
誰も、何も言わなかった。指一本、足の一歩も動かさなかった。
メイは満足したように微笑むと、ドアを開けた。
「!」
冒険者達が、ドアの向こうに立っていた人物を見て息を飲む。
「カイ………」
レティシアが、その名前を呼んだ。
カイは複雑そうな、だが強い瞳をメイに向けていた。
「…迷ったけどね、やっぱり来ちゃった」
苦笑して言うと、メイは微笑んだ。
「気付いてたか、やっぱり」
「当たり前でしょ?あたしがあんたの事、間違えるわけないじゃん。最初は訳わかんなくて、戸惑ったけど」
カイは言って、右腕をすっと上げ、メイの眉間を指差した。
「あんたの選んだ生き方だよ。あたしは何も言わない。けど、これからもこういうことをするつもりなら。
あたしは、何度だって止めてやる」
メイはしばらくその瞳を見返していたが、やがてくっと短い笑みを漏らした。
「やれるもんなら、やってみな。いつだって受けてたってやるぜ」
「言ったね?あたしを敵に回したこと、後悔させてやるからね」
カイが拳を突き出し、メイがそれを手の平で受ける。
そのやり取りは、まぎれもなく親しい友人同士のもので。
冒険者達は複雑な表情で、その様子を見守っていた。
メイは目を閉じると、歩みだした。
カイの横を通り過ぎざま、
「待ってるぜ」
と低く言い残して。
カイはその足音が聞こえなくなるまでじっとそこに立っていたが、やがて悲しそうに苦笑すると、冒険者達の方へと歩み寄った。
「…………ごめんね」
「何でカイが謝るの?カイは全然悪くないよ!」
レティシアが悲しそうに、カイの肩を抱く。
カイはその胸に頭を預けると、もう一度だけぽつりと言った。

「………ごめんね………」

「……まあ、こんなところかしらね」
全てが終わり、皆が去ってしまった後。
家のそばの木陰から、一人の少女が姿を現した。
うなじで揃えた藍色の髪。優しげな中に強い意志を宿した紫色の瞳。
ホン・リィファと名乗っていた、墓守の少女である。
「途中であらぬ方向に脱線しちゃったときはどうしようかと思ったけど…ま、これなら文句なしの合格点でしょ」
彼女は、墓場にいた時とは全く異なる口調で言って、嘆息した。
その手には、4通の手紙。
それぞれのタイトルには、こう記されている。

「『怪盗ムーンシャインと一連の連続殺人事件に関する報告書』ヴィーダ自警団長 フレッド・ライキンス」
「『リゼスティアル王国親書』 ラヴェニア・ファウ・ド・リゼスティアル」
「『魔道塾内で発生した対立事件の全貌』ゼラン魔道塾塾長 ルーイェリカ・ゼラン」
「『呪いの人形とその被害者の調査報告書』魔術師ギルド総評議長 マリエルフィーナ・ラディスカリ」

「これなら、彼らにお願いしてもよさそうね」
安心したように軽く微笑んで、リィは自らの髪の毛を掴んで、引いた。
ずるり。
きれいに揃えられた藍色の髪が、たやすくその頭からずり落ちる。
その下から零れ落ちたのは、日の光を浴びてきらきらと鮮やかに輝く、銀髪。
どんなに上手い具合にそのカツラの中に納まっていたのかはわからないが、長い銀髪を首を振ってさらさらと流すと、彼女は一呼吸ついた。
「あー、きつかった。確かにぜんぜん印象は違うけど、ママももうちょっと違うカツラを用意してくれたっていいのに…」
「やっほー。観察終わった?」
後ろから声をかけられて、リィは振り向いた。
その先には、いったいいつからいたのか、褐色肌に紅いメッシュの入った金髪という派手な様相の少女が立っていた。
リィは彼女に向かって微笑みかけると、頷いた。
「ええ、とりあえず自分の目で確かめておきたかったんだけど…あの様子なら大丈夫でしょ」
「へいへい、そりゃようございましたー」
「あのねえ、いったい誰のためにやってると…」
「それより、何回見ても笑うね、その服」
少女に指差されて、リィは意外そうに来ていた服を見下ろす。
「そう?でも、リュウアンの服ってこんな感じじゃないの?」
「いや、確かにテイストはそんな感じなんだけど…なんかすごくハズしてるよ」
「そ、そうなの…?」
「それに、何?あのアルアル口調…ボク後ろで聞いてて、吹き出すのこらえるの必死だったんだからね!」
まだ可笑しいらしく、笑いを堪えながら、少女。
「え、リュウアンの方言ってこんなのじゃなかった?!」
「んーなわけないじゃん!リュウアンのヒトであんな口調のヒトいた~?」
「…い、いないけど…」
「ぷっ…きゃははは!あいかわらずキミってば、チョー面白いね!ほら、荷物」
言って、少女は持っていた袋をリィに渡した。
リィは釈然としない表情でそれを受け取ると、ひとまず地面において、着ていた服を脱ぎ始めた。
やたらとひらひらしたスカートとリュウアン風の上着を脱ぐと、白い旅装束が現れる。
そこに、荷物の中から取り出した短めの剣を装着し、ケープをかぶり、その上から緑色のマントを羽織った。
「ん、やっぱりこの服が一番落ち着くわね」
リィは着ていた服を先ほどの袋の中に詰めると、傍らで見ていた少女に手招きをしながら、歩き出した。
「さ、あたしたちも行きましょう。ヴィーダに」
ひらひらと、一枚の紙を風に躍らせて。
「この依頼の紙、張り出さなきゃね」

『ボディーガードの依頼です。エスタルティの手から、一人の少女を守ってください』

“The tale of ghost in Ryuan” The End 2003.3.25.Nagi Kirikawa