その昔。
この国にはたいそう美しい双子の姫がいらっしゃいました。
2人の姫は早くに母君を亡くされ、
姉君が王座につき国を治めることになりました。
姉君はその汚れない美しさから、
白百合姫と呼ばれ、皆に慕われました。
姫には遠方の国より取り寄せられた色とりどりの衣が着せられ、
世界中から集められた選りすぐりの御馳走が毎日振る舞われ、
あらゆる分野で名匠と呼ばれた者たちが姫に教育を施されました。
妹君は表に出ることさえありませんでしたが、
姉君と同じように育てられ、
姉君にも劣らぬ美しい姫に成長されました。

「ラヴィ。ラヴィ。起きなさい。今日はあなたの15歳の誕生日。王様に謁見する日ですよ」
窓から優しくこぼれる日差しが、朝が来たことを告げる。
母親が、いつものように優しく、ラヴィを揺り起こす。
「ママ…?」
ラヴィは目をこすりながら体を起こした。簡素な机。衣装ダンス。見慣れた、いつもの光景。母親はやさしくラヴィに微笑みかけると、言葉の続きを紡いだ。
「この日のために、女の子であるあなたを立派な勇者になるように育ててきました。さぁ、王様に謁見して、旅立ちの許しをもらいなさい。国中を困らせている、あの黒百合の塔の魔女を倒すために」
「黒百合の塔…魔女…?」
ラヴィはまだ寝ぼけた様子で、母親の言葉を繰り返す。
「あたしが…勇者…?」
今だ覚醒しない頭で、ラヴィは必死に記憶の糸をたどった。
黒百合の魔女…いつからか現れて、国中に恐怖を振りまいている魔女。
ラヴィの父は、その黒百合の魔女を倒すために旅に出て、帰らぬ人になった。
以来、母と祖父と3人で、ラヴィはこの街で暮らしているのである。
ラヴィは母に言われるままに、差し出された旅装束を身につけた。裾の短い、動きやすい装束。ラヴィの短く揃えたエメラルドグリーンの髪によく似合う、同色系統の服だ。
「さあ、王様に謁見に参りますよ」
母親は言うとラヴィの手を取り、ずんずんと進んでいった。
部屋を出、家を出て、大通りから向こうにそびえる王城へとまっすぐに。
(あ、朝ごはんは…?)
と、ラヴィは思ったが、口には出さないでおいた。

「おお、勇者ラヴィよ。亡き父のあとを継ぎ、勇者として黒百合の塔の魔女を倒したいというそなたの願い、しかと聞き届けた。わしからのささやかな贈り物だ。受け取るがよい」
王が言うと、傍らに控えていた従者が大きな箱を持ってきて、ラヴィの前に置いた。
ラヴィは恐る恐る、その箱を開けてみる。
銅の剣、皮の鎧、50G。
(うあ)
仮にも一国の王の贈り物とは思えないささやかすぎる内容。
しかも王は嬉しそうにラヴィに言った。
「どうだ、ここでつけてみてはくれぬか」
(ま、マジ?)
内心思いつつも、身軽な旅装束の上から言われた通りに鎧を身につけ、剣を下げる。
鎧は、何故かラヴィにあつらえたようにぴったりだった。ただ、あまり見栄えのいいものではなかったが。
「うむ、よく似合うぞ、勇者ラヴィよ」
王は鷹揚に頷いた。
(そ、それは喜んでいいことなのかな…)
「あ、ありがとうございます…それでは、行ってまいります」
内心を顔に出さぬように注意しながら、ラヴィは王に頭を下げた。
「うむ。期待しておるぞ、勇者よ」
ラヴィはくるりときびすを返すと、広い謁見の間の出口へと歩き出した。
「勇者殿」
階段を下りようとしたところで、大臣が声をかける。
「一人旅は何かと心細いもの。酒場で仲間を見つけていくとよいでしょう」
ラヴィは曖昧に頷いて、階段を下りた。
「酒場…仲間、ねぇ…」

「ダイールの酒場へようこそ!御用は何ですか?」
無意味に明るい看板娘に少し気後れした様子で、ラヴィは用を言った。
御用も何も、酒場なのだから酒を飲むだろうという気はするのだが。
酒を飲むという選択肢が見当たらないのが不思議なところだ。もっとも、ラヴィは未成年だが。
まだ朝ご飯を食べていないので食べたい気もしたが、とりあえず言われた通りにやってみる。
「ええと…仲間を、探してるんですけど」
「お仲間ですね?只今登録されている冒険者様はこちらになっております。2階でお好きな方を登録することも出来ますけど」
仲間を登録するってどういうことだろう。ラヴィは首を傾げる。酒場に登録された冒険者でないと仲間にしてはいけないということだろうか。しかも好きな仲間とは??謎は増えるばかりだ。
「あ…じゃあ、登録してきます。頼りに、なりそうな仲間…」
ダイールに訊くと、登録する場所は2階にあるとのことだったので、ラヴィは早速2階に向かった。
「お仲間の登録ですね?こちらにお願いします」
「うわっ!」
ラヴィは思わず驚いて声を上げた。
「どうしたんですか?」
ダイールは笑顔でラヴィに問う。
「い、いつのまに2階に来たんですか?!」
「企業秘密です」
ダイールはやはり笑顔で唇に指を当てた。
「さ、お仲間の登録はこちらです。どうぞ」
差し出されたペンと不思議な色の帳面。
ラヴィはペンを取り、帳面と向き合う。
唇をペンでつつきながら、彼女は気のない様子で唸った。
「うーん、とぉ…まず、名前は…」

やがて、白百合姫が15歳におなりの年。
約束の日はやってきました。
王城を、突如として黒い影が多い、女官たちは悲鳴をあげました。
影の正体は、黒雲かとも見間違えるほどに大きな、真っ黒い化け物。
化け物は言いました。
「約束の日が来た。姫をいただこう」
その瞬間、白百合姫の傍らで微笑んでいた従者が
いきなり姫の両腕を掴みました。
「何をするの!」
驚いて姫は抗いましたが、両側から屈強な男2人に腕を取られてはなす術がありません。
姫はたちまち化け物の前に引きずり出されました。
「美味そうな姫だ。では戴いてゆくぞ」
化け物は舌なめずりをすると、
その大きな手で姫の体を掴みあげ、そのまま去って行きました。

「名前は…クルム。男…戦士…っと」
ラヴィは思いつくままに、帳面にペンを走らせた。
なぜその名前にしたのか、なぜ戦士なのかは…彼女にもわからない。ただなんとなく、思いついたのだ。
「それから…ハティ。男…格闘家…。
エル…男。僧侶…。
ミケ…男…魔法使い…。
んー、男ばっかりだな」
ラヴィは眉を寄せて、唇をペンでつついた。
「じゃあ…キファ。女…で、盗賊!」
最後はカリッという音を立ててペンを止めると、ラヴィはダイールに向き直った。
「これで、いいです。お願いします」
「はい、承知いたしました。あ、勇者ラヴィ様ですね?王様から、ラヴィ様のお仲間にと5種類の種の贈り物が届いております」
「種?」
「はい。この種を飲むと、胃の中で根を張って芽吹き、やがて腹を食い破って恐ろしい食人植物に!」
「えぇぇぇっ?!」
「…というのは冗談で、この種を煎じて飲むとその方の本来の力を目覚めさせることができるんです」
「そ…そうなの…」
ラヴィはげっそりとしてため息をついた。つくづく不気味な店員である。
「力と、素早さと、体力と、知力と、運の種です。この中から、お1人につき5つまで選ぶことができます」
「…あたしにはくれないの?」
ラヴィは素朴な疑問を口にした。
「勇者様は、勇者なので、ご自分の力で頑張ってほしいとの王様からの伝言です」
「あ、そ…」
ラヴィは半眼で呟くと、あまり気乗りしない様子で種の選別を始めた。

「オレは戦士のクルム・ウィーグ、っていうんだ。君が勇者さまか、よろしくな。大変な使命を持ってるんだって?オレも力になれると嬉しいな」
最初に仲間にした戦士は、ラヴィと同じくらいの年頃の少年だった。短くそろえた栗色の髪に優しげな深緑の瞳。背には大きな剣を下げている。ラヴィは何となくほっとした。
「あたし、ラヴィ。…よろしくね」
ラヴィが言って手を差し出すと、クルムはにっこり笑ってそれを握り返した。
関係ないが、登録したはずのない苗字まで自分で名乗っているところを見ると、登録するというのは自分でその仲間を作るのではなく、酒場のほうで条件に合う仲間を探してくれるということなのだろう。名前まで指定するのが少し謎だが。
「えっと、じゃあ、次は…この、格闘家のハティを呼んでください」
ラヴィは再びダイールに向き直ると、言った。ダイールはやはり張り付いたような笑顔で返事をし、奥に引っ込む。やがて、奥の扉から一人の少年が姿を現した。
「初めまして!僕はハティ・フローズヴィトニルだよ」
元気よく右手を上げて挨拶をしたのは、やはりラヴィと同じくらいの年頃の少年。ただ、クルムが見かけの割に大人びた表情をしているのに比べて彼…ハティは少し子供っぽい表情をしているように思えた。肩までのびた茶色の髪の両脇から覗いている、毛の生えた大きな耳。獣が人の姿に進化した、ワービーストであると思われた。
ハティは軽快な足取りでこちらまで歩いてくると、満面の笑顔を浮かべた。
「君が勇者様?そっか~勇者かぁ~。すごいんだね!これから一緒にがんばろうね!」
言って、ラヴィの手を両手でがしっと握りしめ、ぶんぶんと上下に振り回す。ラヴィはちょっと痛かったが、苦笑してよろしく、と告げた。
「じゃあ…次は、僧侶のエル」
ダイールに名前を告げて、奥の扉から現れたのは、やたらとがっしりとしたガタイの青年だった。ラヴィは少しびっくりして彼を見つめた。
(僧侶を呼んだはずなんだけどな…)
と思ってしまうほどに彼はがっしりとした体つきをしていて、こんなことを言ってはいけないだろうがクルムよりよほど戦士らしいと思えた。年は20代前半といったところか。長い銀髪に、切れ長の紫の瞳。物腰はさすがに落ち着いていて、浮かんでいる微笑は嫌味がなく爽やかだった。
「エルダリオ=ソーン・フィオレットと申します。神に仕えるこの身を、神に選ばれし貴女に捧げましょう。よろしくお願いします」
と、言うからには間違いなく僧侶なのだろう。握手をするとハティ同様少し痛かったが、ラヴィは笑顔で挨拶をした。
「あとは…魔法使いの、ミケ」
続いて現れたのは、黒いローブを身につけたかわいらしい少女だった。
(…男で登録したはずなんだけどな…)
が、一瞬後にそれを口に出さなかったことをラヴィは神に感謝する。
「ミーケン=デ・ピースです。あなたが、勇者ラヴィさんですね?」
彼女…いや、彼は、間違いなく男性の声でそう言って、にっこりと微笑んだ。
長いブラウンの髪を後ろで三つ編みにし、青い大きな瞳、少し幼い感じの可愛らしい容貌のどれ一つをとっても彼が男性であるようには見えなかったが、男性なのだろう。
「あ…うん。よろしくね。ミケ…でいいのかな」
ラヴィが少しためらいがちに言うと、ミケはにっこりと微笑んだ。
「どうぞ、そうお呼びください。とりあえず、フォローはしますから、頑張りましょうね?」
とりあえず、というのが引っかかる。温和そうに見える外見とは裏腹に、存外に疑り深い性格なのかもしれない。
ラヴィは「とりあえず」笑顔で握手をすると、再びダイールに向き直った。
「じゃあ、これが最後、ね…盗賊の、キファ」
そして現れたのは、ラヴィより少し年上に見える、一風変わった雰囲気の女性。というのは、彼女はふわふわと浮きながら移動していたからである。ほとんど真っ白ともいえる肌に尖った耳。肩でそろえた金髪は一房だけ白髪が混じっている。容貌はどちらかというと温和な感じで、あまり盗賊という職業にはふさわしくないように思えた。
「初めまして。…わたしは、盗賊の、パノル・キファル。キファって呼んで…呼んで、くれていい、よ。きみ…あんたが、勇者様…かい?と、とりあえず格好良く頑張っておくれよ」
明らかに板についていない喋り方。ラヴィは首をかしげた。
「ちょ、ちょっと、キファさん」
後ろにいたミケが、慌ててキファの手を引いて酒場の隅の方へ連れて行った。
2人はラヴィには聞こえないように、こそこそと言葉を交わす。
「どうしたんですか、あからさまに不自然ですよ」
「だってえぇ、吟遊詩人っていう職業がなかったんだもん~」
「だからって盗賊はないでしょう」
「だってさ、わたしが使える武器なんてこのダガーくらいだし、ダガー使う職業っていったら盗賊くらいじゃない?だから、一生懸命盗賊っぽく演出してみたのに~」
「かえって怪しくなってますよ。たまには温和な盗賊だっているでしょう。エルさんをごらんなさい、あのガタイで僧侶ですよ?」
キファとミケはちらりとエルを見て、それからもう一度向かい合って頷いた。
「それもそうね」
「それじゃ、挨拶やり直してください」
ミケとキファは再びとてとてとラヴィの元まで歩いてきた。
キファはにっこりと笑ってラヴィの前に手を差し出した。
「演技指導が飛んだので…いつもの感じで行くね。わたしはキファ。よろしくね、勇者様」
先程よりは格段に自然に挨拶をするキファに、ラヴィもにっこり笑って手を握り返した。
「あたし、勇者ラヴィ。みんな、よろしくね」

化け物に連れ去られた白百合姫は
化け物に奴隷のように働かされ
口では言い尽くせぬほどのひどい屈辱を受けました。
それでも、いつかここから逃げて、懐かしいふるさとへ帰りたい。
姫はそれだけを頼りに、毎日を生き抜いてきたのです。
するとある日、魔女が姫の元に現れてこう言いました。
「ここから逃げたい?」
姫は答えて言いました。
「もちろんです」
「でもアナタがここから逃げれば、あの化け物はアナタの国を攻め滅ぼすわ」
「ではわたくしはいったいどうしたらよいのでしょう?」
「あの化け物を倒せばいいのよ」
「わたくしにそのようなことが出来ますでしょうか?」
「できるわ」
魔女は自信たっぷりに笑いました。
「アタシが、力を与えてあげる」

「でもねぇ、魔女を倒すって…そもそも、魔女ってどこにいるの?」
続けて、ダイールの酒場で遅い朝ご飯を食べながら作戦会議をする勇者一行。
首をかしげながらのキファの問いに、ラヴィはもぐもぐと口を動かしながら、後ろのほうを指差した。
「ええとね…あっ…ちのほうにある島の、高い山のてっぺんに住んでるんだって」
「島…ですか。ではまず、その島に行く手段を手に入れなければなりませんね」
ミケが真面目な表情で頷いた。
「定期船…なんか、出てるはずないよな」
続けて、クルムが苦笑混じりに言う。ラヴィは頷いた。
「うん。なんでもその島は切り立った崖に囲まれてて、島っていうよりは海の上に立った塔みたいな感じなんだって。そのてっぺんに塔があって…黒百合の塔って呼ばれてるんだよ」
「黒百合の塔の魔女…ですか」
エルが難しい顔で唸った。
「変なところに住んでるんだねぇ。食べ物とかどうしてるのかな?」
チキンの足をかじりながら、ハティがどうでもいい疑問を口にする。
それにはとりあえず誰も答えずに、話は続いた。
「とりあえず、そこに行くにはどうしたらいいかを考えなければいけませんね…ラヴィさん、この国の地図はありますか?」
ミケがラヴィに尋ねると、ラヴィはこくりと頷いて道具袋をあさった。
「うん、あるよ。ちょっと待って」
食べ終わった食器を横に避けて、地図を広げる。
広大な領地が示された地図。その中心を指差して、ラヴィは言った。
「ここがね、王城領のリアリハン。で…ここが、黒百合の塔だよ」
指を左につつっと移動して、海の真中にぽっかりと浮かぶ島を指差す。
「ほんとにぜんぜん離れちゃってるのね…泳いでも無理そう」
キファが感心したように言う。
「ではまず、船ですか…」
「それにはまず、この地を離れるのが良いでしょう」
「うわぁっ!」
クルムの隣りにいきなりにゅっと現れた物体を見て、思わずラヴィは悲鳴をあげた。
大きさは、ラヴィの胸のあたりほど。形は…そう、たとえて言うなら肌色の卵に細い手足がついた感じだ。一応顔らしきものがついてはいるが、瞳は光っておらず少し無気味だ。顔の造作自体は非常に美形である。あくまで、顔の内容だけなのだが。
「な、ななな、何?!モンスター?!こんな街中に!」
慌てて立ち上がり剣を抜こうとするラヴィを、隣りにいたキファが止めた。
「ま、待って!違うから!」
「ち、違う?」
仲間に止められてとりあえず落ち着いてみる。
ラヴィがいきなり臨戦体制をとったので、すっかりおびえてクルムの後ろでぷるぷる震えている。ラヴィは物体をじっと見た。肌色のしっとりとした肌、こんな足でどうやってこの巨大なものを支えているのかと思うほどに細くしなやかな足…
「やっぱりモンスター」
「ひぃぃぃぃぃ」
ラヴィが言って剣を抜くと、モンスターはますます縮こまった。
「ら、ラヴィ、待ってくれ、こいつは…」
クルムがモンスターをかばうように立ち、ラヴィは意気を殺がれて剣先を下げた。
「…知り合いなの?」
クルムは困ったようにラヴィと後ろのモンスターとを交互に見た。
モンスターはラヴィの殺気が消えたので恐る恐る立ち上がると、やはり恐る恐る言った。
「わ、わたくしはナンミン…け、賢者です」
「賢者?!」
ラヴィは驚いて声を上げ、
「そんな怪しい賢者がいるわけないよ!」
再び剣先をナンミンに向けた。
「ひぃぃぃぃ」
「お、落ち着いてください、ラヴィさん。この方はこう見えても本当に…あの、賢者さまなんです」
いまいち説得力のない口調で、エル。
ラヴィは眉をしかめて、とりあえず剣をしまった。
ナンミンは安心したように息をつくと、まだクルムの服の端を握ったままで、恐る恐る言った。
「え、ええとですね、船は…この、王城領リアリハンでは作っていません…ので、他の領地に行って、手に入れる必要が…ある、のです…」
気弱な賢者だ。
「他の領地?」
「は、はい…ルポトガというところでは、航海用の船をたくさん作っていると聞きます…そこに行けば、黒百合の島にいける船も手に入るでしょう…」
「ふーん…」
いまいち信用できなかったが、仲間がみな知っているということはそれなりに有名な賢者なのだろう。
「わかった。ありがと、行ってみるね」
「ああ、ありがとうございます。それでは、わたくしはこれで…」
何故か礼を言って、ナンミンはダイールの酒場を…
「ねえ」
「はっ、はい?!」
出て行こうとしてラヴィに呼び止められ、オーバーリアクションで振り向いた。
「寒くない?服、着た方がいいよ」
ナンミンは一瞬きょとんとして、次にだーっと涙を流した。
「な、何?!」
「あああ、ありがとうございます…ラヴィさんは、いい方ですね…」
ナンミンは手を組んで感激すると、今度こそダイールの酒場を出て行った。
その後姿を見送って、ラヴィはぽつりと呟いた。
「…あのひと、何であたしの名前知ってたんだろう…?」
すると、ミケがこともなげに返す。
「賢者ですから」
「…そっか…」

白百合姫は、魔女に魔法を操る力を与えてもらいました。
もともと才があったのか、その威力は絶大。
化け物も一撃で倒してしまうほどです。
白百合姫は喜んで懐かしいふるさとへ帰りました。
ですが、どうしたことか。お城の門番に止められてしまいます。
「何者だ!許可のない者は城へは入れぬ」
姫は答えて言いました。
「わたくしは白百合姫。帰ってまいりました。ここをお開けなさい」
すると門番はいきなり険しい顔で、姫に怒鳴りつけました。
「戯れ言を申すな!姫がそのようなみすぼらしい格好をなさるわけがなかろう!」
「これは、連れ去られた化け物のところで着せられていたのです。
長いこと留守にしていましたね。でもわたくしは戻ってまいりました」
「いつまでもたわ言を申しているとその首跳ね飛ばすぞ!
白百合姫は化け物に連れ去られてなどおらぬ!
今もお元気にこの国を治めていらっしゃる!」
「なんですって?!」
「姫の名を語る不届き者め!成敗してくれる!」
姫は門番に打ちのめされ、貧民街へと捨てられてしまいました。

「ねえ…ちょっと、つかれたよ~。休まない?」
塔の階段の踊り場で、ついにラヴィは音を上げてへたり込んだ。
「だらしないぞぉ、ラヴィ!ほら、がんばれがんばれ!」
なぜかおたまを振り回しながら、階段の上で元気良くせきたてるハティ。
「…申し訳ありません、ハティさん。僕も少し疲れてしまいました、休ませていただけませんか?」
ミケが苦笑して言い、ハティは腰に手を当てて不満の表情を作った。
「もう、だらしないなあ。ちょっとだけだからね!」
ハティはとことこ階段を駆け下りて、踊り場でへたり込んでいるラヴィとミケのところに行った。
キファもその傍らに座る。戦士系2人と、あからさまに戦士系の僧侶は立ったままの休憩。
踊り場はなぜかモンスターが出ないので格好の休憩場所である。
「しかし、高い塔に住んでいますね」
エルが感嘆とも呆れともつかない様子でため息をつく。
「ナントカと煙は…っていうものね。それにしても、疲れたぁ」
座ったキファが天井を見上げて呟いた。
「しかし、王冠を盗むなんて…その盗賊も、大胆なことするなあ」
クルムがラヴィに向かって言うと、ラヴィはうんうんと頷いた。
「そうだねぇ。でも取り返してこないと、マロリア領の領主がルポトガに続く道を開いてくれないんだもん。がんばらなくちゃ」
「それでも、関所を通る旅人にいちいち見返りを要求しているのですかね、あの領主は」
エルが苦笑して言うと、ミケがそれに答えた。
「ラヴィさんは勇者ですから、力を試し半分、試練半分というところでしょう。田舎盗賊一つ倒せないようでは、世界を救うなんて夢のまた夢ですからね」
「そっかぁ~そこまで考えてるんだぁ。すごいな~」
ハティが妙に感心したように頷いた。
「…でもさあ」
不意に、ラヴィが疑問を口にした。
「何でみんな、ここに来ていちいち今までのおさらいしてるわけ?」
沈黙があたりを支配する。
やがて、またミケがこともなげに答えた。
「…それはまあ、お約束ですから」
「お約束?」
「ほら、悪のアジトに潜入したちょうど同じタイミングで、悪役が悪事の説明とか始めるじゃないですか。それと同じことです。それがないと、ギャラリーに不親切ですからね」
「ギャラリー?」
「ええ、読者とか視聴者ですとか」
「読者?」
「さ、疲れも回復しましたし、行きましょうか」
「あの…」
様々な謎を残しつつ、勇者一行は移動を再開した。

「よく来たな、勇者ラヴィとやら。待っていたぜ」
塔の最上階で待っていたのは、頭のてっぺんから足の先まで黒ずくめの、若い男だった。
長い黒髪を無造作に伸ばしていて、頭にはやはり黒いバンダナを巻いている。鋭い真紅の瞳に、瞳と同じ色をした刺青が頬に走っている。
あからさまに悪役然とした男だ。
「あんたが、盗賊ジェノね?!マロリア領主が国王から賜った王冠を、返しなさい!」
ラヴィは厳しい表情で言って、予告ホームランよろしく剣で男をびしっと指差した。
男はふん、と鼻を鳴らして、構えもせずにこちらを睨む。
「ああ、そうさ。俺はジェノサイド・ルインワージュ。俺の通ったあとに金目のものは一つも残らない、『滅びの風』と謳われた盗賊だ。勇者だかなんだか知らないが、俺の金儲けの邪魔はいただけねえな。覚悟しろ!」
「…みんな、いくよ!」
ラヴィが言って、仲間たちも一斉に剣を抜いた。
「でぇあっ!」
最初に飛び掛ったのはハティだった。持ち前の体のバネと獣人特有のパワーで繰り出す拳は強力の一言。ここまで出現したモンスターは、大抵ハティの先制攻撃で沈黙していた。
だが、いかんせんその動きは洗練されておらず、無駄が多い。ジェノは避けきれない攻撃を最小限にとどめる形で受け流すと、大きな槍を振りかざしてハティの胴を打ち据えた。
「がふうっ!」
ハティは苦しげに腹を抑えて、後ずさる。
そこにクルムが、上段から剣を構えて斬りかかった。
「たあっ!」
「遅いな!」
ジェノはあっさりその剣をはじき返すと、後ろに飛んで槍を構えた。
「お前ら、ぞろぞろと鬱陶しいぞ!少し黙ってろ!」
槍を後ろに大きく振りかぶって。
「切り裂け、刃よ!」
下から上にすくい上げるように、刃を振るった。
たちまち、黒い色をした衝撃波が3つ、勇者たちに襲い掛かる。
「きゃあっ!」
「風よ、か弱きものを守れ!」
思わず悲鳴をあげたラヴィを、ミケの声と、ごうという音と共にものすごい風が包み込んだ。
衝撃波はその風にかき消された。
「たあっ!」
衝撃波を放ったばかりで隙の出来たジェノに、エルが斬りかかった。
ぎんっ!
しかたなく槍の柄で受け止めるジェノ。ぎりぎりとつばぜり合いの音が響き、その音に隠れるように小さな声で、エルはジェノに話し掛けた。
「どういうつもりですか、ジェノさん!殺してしまっては意味がないでしょう?!」
「心配するな、そんなへまはしない。お前たちこそ、そんなに蝶よ花よと育てていて意味はあるのか?」
「…物事には、順序というものがあります。いきなり強い敵に向かわせても、命を落とすだけです」
「そーかいそーかい。だが俺は、あの嬢ちゃんと話がしたいんだ…邪魔は…してくれるなっ!」
最後は吐き出すように言って、ジェノはエルの剣を弾き飛ばした。
そして、槍の穂先をラヴィの方に向けると、大きな声で怒鳴りつけた。
「どうした、勇者!仲間にばかり戦わせていないで、お前がかかって来い!」
ラヴィはきっとジェノを睨むと、買ったばかりの鋼の剣を構えてジェノに斬りかかった。
「でえぇぇいっ!」
「甘いっ!」
ぎんっ!
甲高い音と共に鋼の剣は弾き飛ばされ、宙を高く舞ってラヴィの遥か後方に突き刺さった。
勢いでしりもちをついたラヴィの左頬を、槍の穂先が掠める。
「!」
槍はそのまま、ラヴィの横を通り抜けて地面に刺さった。
あまりの恐怖に声も出ない。ラヴィは目を見開いて、目の前のジェノの顔を見た。
ジェノはにやりと笑って、低い声でラヴィに話し掛けた。
「ずいぶんな勇者様だな…お前、向いてないんじゃないのか?」
「そ…そんなことないもん」
「そもそもお前、何で勇者になったんだ?」
「な…なんでって…」
「…お前、自分で勇者になりたくてなったのか?お前の中の『勇者』ってのはどんなだ?」
「………」
問われて、ラヴィは沈黙した。
ジェノはしばらく真剣な表情でラヴィの顔を見ていたが、やがて立ち上がって床に突き刺さっていた槍を抜いた。
「次に会う時までに、考えておきな」
そして、くるりと踵を返し、後ろの宝箱まで歩いていくと、その箱を開けて何かを取り出し、ラヴィに放った。
それは、まばゆいほどに光り輝く、金の冠だった。
「これ…!」
「俺はそんな成金物に興味はない。ほしけりゃくれてやる」
「え…でも…」
「いいか。また会う時までに考えておきな。勇者とは何か、ってな」
ジェノはそう言い捨てると、あろうことかいきなり塔の窓を乗り越えて外へいってしまった。
「………」
ラヴィは呆然とした表情で、仲間達は複雑な表情で、その後姿を見送った。

「なぜ…なぜ?」
痛むからだを魔法で治し、白百合姫は考えました。
自分は連れ去られていないことになっている。
それどころか、自分ではない「白百合姫」が
今はこの国を治めているらしい。
姫はすぐにピンときました。
あの時。
まるでそのことがわかっていたかのように、
姫を魔物の前に引きずり出した従者。
魔物の「約束の日」という言葉。
そして、自分と全く同じ教育を施された妹姫。
自分は、あの日のために。
魔物に献上されるためだけに育てられた姫であったのだと。
そして、真に女王となるべく育てられたのは、妹姫の方であったのだと。
姫はさめざめと泣きました。
「何をそんなに泣いているの?」
姫の前に現れたのは、あの時の魔女でした。

「な、なんでえぇ?」
ラヴィは、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
「申し訳ない…私たちが不注意だったばかりに」
関所の門番は、ただうなだれてそう言うばかりだった。
あの後、マロリア領主に冠を渡し、ルポトガへの通行の許可をもらって、いざルポトガへの関所に来てみれば。
関所はボロボロ。まさに昨日、モンスターに襲われて見る影もないほどに破壊されてしまったのだ。
幸い、ルポトガへ続く頑丈な扉は壊されなかったが、その扉を開けるカギは行方不明。合鍵も存在しない、貴重なカギであったという。
「ど、どうしたらいいのよぉ…」
「僕たちだけでなく、これから先ルポトガへ渡る人すべてがここを通れなくなってしまう…ということですからね…これは、困りました」
ミケも思案顔で唸る。
「なんとか、カギさえ開けばいいんだけど…」
と、クルムが言ったその時。
「では、魔法のカギをお探しください」
「うわぁぁぁっ!」
にゅっ、と彼の後ろから現れた物体に、再びラヴィは悲鳴をあげた。
「あ、あなたは確か…賢者の…ええと…タンメン!」
「ナンミンです…」
ナンミンは再びだーっと涙を流しながら手を組んだ。
「あ、ごめん…で、ええと、ナンミン?魔法のカギ、って?」
ラヴィが尋ねると、ナンミンはぱっと表情を輝かせて説明を始めた。
「どんな扉もたちどころに開いてしまうという、まさしく魔法のカギです。スイシ領に古くからある古代王家の墓…ミラピッドに隠されているという話です」
「えー…なんか、うそくさーい」
「ななななな何を仰るんですか!勇者ともあろうお方が人を疑ってはいけません!」
ナンミンは慌てて手をぶんぶん振った。確かに怪しい。そしてうそくさい。
「んー…わかった。確かにそれしか手がかりはないし…行ってみるね、そのミラピッドっていうところに」
「ああ…それでこそ勇者様です。それでは、がんばってください!」
しゅたっ、と手を上げてその場を去ろうとするナンミンを、
「ねえ」
再びラヴィは呼び止めた。
「ななな、なんでしょう?」
「…なんで、靴下だけなの?」
そう。ナンミンは、いつものつるんとしたボディに靴下のみを身につけていたのである。
「あ、ええ…確かに仰るとおり、何も身につけないのは寒いですから…それに、恥ずかしいですし」
ナンミンはぽっと顔を赤らめた。
「ですので、ラヴィさんのご忠告に従って、靴下を身につけることに…」
「…裸に靴下だけって…よけいやらしいと思う…」
「えぇぇぇっ?!そ、そ、そうでしょうか?!」
ぽつりと言ったラヴィのセリフに、大仰に驚くナンミン。
「そ、そうですか…わかりました。次はもっと工夫を…」
ぶつぶつ言いながら、ナンミンは去っていった。
「じゃあ、早速行こうよ。そのミラピッドってところに」
「待って。ここ…このままにして行くつもりかい?」
ラヴィが意気揚々と出発しようとしたところで、クルムが眉を寄せてそれを止めた。
あたりにはモンスターに破壊され尽くした関所の惨状が広がっている。
「…かたづけるの?」
ラヴィが首を傾げて言うと、クルムは苦笑した。
「そうじゃなくて。またモンスターに襲われるかもしれないだろ?その元凶を絶っておかないと、って言うことさ」
「あ、そっか…」
わかっているようないないような表情で、ラヴィ。
仲間達は不安そうに顔を見合わせた。
その時。
「待ちな!」
どこからか響いてきた声に、勇者たちはあたりをきょろきょろと見回した。
「あそこ!」
ハティが崖の上を指差して言い、勇者たちは一斉にそちらを向いた。
逆光でよく見えないが、誰か立っているようだった。
その人物は少し反動をつけると、勢いよく崖から飛び降りた。
「とうっ!」
くるくるくるくるくる!

べしっ。

やたら景気のいい音を立てて、鼻から地面に着地する。
…あたりを沈黙が支配した。
とりあえず地面に突っ伏している顔は見えないが、体つきと、長い銀色のポニーテールからして少女なのだろう。身軽そうな服を身にまとっている。
彼女はしばらく地面に突っ伏したままぷるぷるしていたが、やがてがばっと起き上がると、びしっとこちらを指差した。
「あんたが勇者ラヴィとか名乗ってる奴だね!残念だけど、ここを襲った奴らはお先に片付けさせてもらったよ!本当の勇者である、このルフィン=シーズ様がね!」
年のころは、やはりラヴィと同じくらいかと思われる。勝気そうな瞳をまっすぐこちらに向け、ルフィンと名乗った少女は続けた。
「あんたみたいなボケっとしたのが勇者なんて、片腹痛いね!本当の勇者は、このあたしだよ!黒百合の魔女も、先にあたしが倒させてもらう!悔しかったら、早くあたしに追いついてみな!」
「…………」
…無反応。
びしっと指差したポーズのまま、ルフィンの頬に一筋汗が垂れる。
「…こういう時は、『なんだと!おのれ、見ていろ、今は出し抜かれたが、必ずお前を超えて私が本物の勇者だということを証明してやる!』とかなんとか言うもんなんだよ!」
まだそのポーズのまま、ルフィンは小声で言った。
ラヴィはちょこ、と首をかしげて、ルフィンを指差した。
「なんだと!おのれ、みていろ、いまはだしぬかれたが、かならずおまえをこえてわたしがほんもののゆうしゃだということをしょうめいしてやる!」
棒読み。
だがルフィンは満足したらしく、がばっとマントを翻すような仕草をすると(実際はマントなどつけていないのだが)、腰に手を当てて哄笑した。
「ふん!やれるもんならやってみな!あたしは一足お先に行かせてもらうぜ!じゃあな!」
「ルフィンさん…やりすぎです…」
後ろで、ミケが額に手を当ててこっそりと呟く。
そして、くるりと踵を返したルフィンの背中に、
「ありがとう」
ラヴィが声をかけて、ルフィンは振り向いた。
「へ?」
ラヴィはにっこり笑って、もう一度ルフィンに言った。
「モンスター、倒してくれて、ありがとう」
ルフィンはちょっと顔を赤くして、それをごまかすようにラヴィにくってかかった。
「お、お前なあっ!勇者なんだろ?!そうじゃなくて、自分で倒せなくて悔しかったなー、とかそういう気持ちはないのかよっ!」
「うん、次からは自分で倒せるといいな。でもここの人たちはもう、いつまたモンスターが来るかって怯えなくてすんだでしょ。だから、ありがとう」
ルフィンはさらに顔を赤くしてぐっと言葉を詰まらせると、
「…じゃあな!」
とだけ言って、また踵を返して走っていった。

「アナタはふるさとへ帰ってこれたのでしょう?」
「いいえ、ここにはわたくしの帰る場所などなかったのです。
あの方たちはわたくしを最初から化け物に捧げるためだけに育てていたのです。
用済みのわたくしに帰る場所などないのです」
「何をそんなに弱気になっているの?」
魔女は優しく姫に語りかけました。
「あそこはアナタの家でしょう?
この国の女王はアナタなのでしょう?
何を遠慮することがあるの?
あれだけの化け物を一撃で倒したアナタが」
「帰っていいのですか?
…わたくしは帰っていいのですか?」
「あたりまえじゃない。
ヒトはありたいと思うように生きる権利を持っているのよ。
何も怖れることはないわ。
アナタにはその力があるんだから」

「毎度ありです~!ふふふ、これでお馬さんの軍資金が出来ました!」
「きゅ~、きゅきゅ、きゅ~?」
「何言ってるんですか、お馬さんは一発逆転、穴勝負に決まってます!さあ行きますよ~!」
多分キファと同じ種族らしい商人の少女は、ホクホク顔でラヴィの払った金貨を懐に入れると、ぱたぱたと飛んでいる白い犬のようなペットを連れてふわふわと向こうへ行ってしまった。
「ラヴィさん、どうしたんですか?」
後ろからミケに声をかけられて、ラヴィは振り向いた。隣にはエルもいる。
「薬草買ったの…この辺のお店って、高いんだね。すごく負けてもらったんだけど、それでも100Gもしちゃった」
「100Gっ?!」
ミケとエルが驚きの表情を見せたので、ラヴィは不思議そうに首をかしげた。
「ラヴィさん、それ…あの、騙されてるんですよ」
「ええっ?!」
「私たち、向こうの道具屋に行きましたが…薬草は、普通に8Gでしたよ?」
「そ、そんなあ…」
ラヴィは呆然と、相場の10倍以上の値段で買ってしまった薬草を見下ろした。
ミケは苦笑して言った。
「…本当に、ラヴィさんは世間知らずなのですね…買ってしまったものは仕方がありません。とりあえず宿に戻りましょうか」
ここはスイシ領の玄関口、アッサラマレコム。王城領リアリハンと並ぶほどの規模の商店街が有名だが、全体にまとわりつくいかがわしさがあきらかにリアリハンと一線を隔していた。頭の悪い奴が損をする。この街全体が、そういう主張をしているかのようだった。
ラヴィたちは宿に戻ると、部屋でお茶をいれて一服した。
「これからは、買い物をする時は僕たちも連れて行ってくださいね。あまり、一人で行動しないようにしてください」
「はぁい。あ~あ、こんな調子で本当に黒百合の魔女を倒せるのかな…?」
「勇者様が、何をそんなに気弱なことを言っているのですか。頑張ってもらわなければ困りますよ」
ミケが苦笑しながらラヴィに言った。
「…そもそも、なぜ黒百合の魔女を倒さなければならないのですか?」
その傍らで、真剣な表情をしたエルが、重々しく口を開く。
「えっ…」
ラヴィもミケも、きょとんとした表情をエルに向けた。
「黒百合の魔女は、何をしたのですか?なぜ彼女が、王国の脅威であるのですか?」
「エルさん…!」
ミケが咎めるような口調をエルに向けるが、無視してエルは続けた。
「貴女は、なぜ黒百合の魔女を倒そうと思ったのです?貴女は本当に、勇者として魔女を倒したいと思っているのですか?」
「え…え…」
矢継ぎ早の質問に、ラヴィは泣きそうな顔で眉を寄せた。
「どうなんです?ラヴィさん」
エルは真剣な表情で、ラヴィに詰め寄った。
ラヴィは何も答えられずに、ただ泣きそうな顔でエルを見つめるばかりだった。

「ラ・ヴ・ィ・ちゃん♪」
星空を見上げながらベランダにたたずんでいたラヴィに、後ろから声をかけたのは、キファだった。
冒険をするようになって知ったのだが、キファの肌は夜になると金色に発光する。その肌でふわふわと浮いて移動するその様は、神秘的といって差し支えなかった。
「どうしたの?元気ないわね~」
キファはラヴィの顔を覗き込んで、頬をつねって無理やり笑顔にしてみた。
「いたひよ、ひふぁ…」
ラヴィが言うと、キファはにっこり微笑んで、ベランダの手すりに座った。
「あれ、ラヴィさんとキファさんだ~。こんなところでなにしてるの?」
やってきたのは、ハティとクルム。
ラヴィは苦笑して、3人に言った。
「ちょっと、落ち込んでるの」
「落ち込んでる?」
ハティが首を傾げて言って、ラヴィは再び星空を見上げた。
「エルにね…、何で黒百合の魔女を倒すのか、何であたしは勇者やってるのか、って言われたの…」
苦笑して、俯く。
「…あの盗賊…ジェノに言われた時も、そうだった…なんで?なんて…そんなの、ぜんぜん考えたことなかったよ…ただ、勇者だって言われて、悪を倒せって言われて、そうしなきゃいけないと思ってただけ…なんであたしが勇者でなくちゃいけないのか、なんで黒百合の魔女を倒さなきゃいけないのか、なんて…考えたことなかった」
ラヴィが言葉を終えて、しばらく沈黙があたりを支配した。
と、ベランダに座っていたキファが、突然夜空を見上げ、目を閉じて歌いだした。

ひとりじゃないよ
ひとりじゃないよ
てをのばせば いつもそこには
あたたかいてがあるから

ひとりじゃないよ
ひとりじゃないよ
めをひらいて みえるものたち
きっとほほえみかけてる

ひとりじゃないよ
ひとりじゃないよ
てをのばして めをひらいてよ
せかいはきっとぼくたちを
やさしくつつみこんでる

「…うっわぁ~!すごいすごい!キファさん、じょうず~!!」
ハティが目を輝かせて拍手をする。隣にいたクルムも、笑顔で拍手を送った。
キファは少し照れた様子でぺこっと頭を下げ、ラヴィのほうを向いた。
「わたしね、本当は吟遊詩人になりたいの。みんなの心に残るような…『世界の詩』を作りたいの。でも、なんで?って言われると…困っちゃうな。わたしの親代わりだった人が吟遊詩人だったから…かな?ラヴィも、そうでしょ?お父さんが、勇者だったんだよね?」
「うん…そう。パパは、黒百合の魔女を倒しに行って、死んじゃったんだ…」
「うん。わたしの親代わりだった人も、もう死んじゃっていないの。だから、そのぶん、わたしが一生懸命歌って、その人がやり遂げられなかったことを実現させたい…なんで?って、わたしは、その人が大好きだったから」
キファはにっこり笑って、続けた。
「ラヴィも、お父さんのこと大好きでしょ?お父さんのやってたことは、間違ってないと思ってるんでしょ?だったら、それでいいじゃない?ね?」
「………」
ラヴィは黙って、キファを見つめた。
「誰もが、何で生きてるか、なんて、わからないものじゃないのかな。もちろん、エルだって、そう訊かれたら本当には答えられないと思うよ」
今度は、クルムが優しい表情でラヴィに言った。
「だけど、わからないから、生きていちゃいけないのか?そんなわけないよな。わからない、みつからないうちは、まだ誰かの言うことに従って行動しててもいいんじゃないのかな。そうして生きていって、それが間違ってると思ったら、その時何度でもやり直せばいい。今回の事だって、そうだよ」
「ん~、僕は難しいことはよくわからないけど…」
続いて、ハティがぽりぽり頭をかきながら言う。
「黒百合の魔女さんは、ラヴィさんのお父さんを死なせちゃったんだよね?それって十分、戦う理由になるんじゃないのかな?それでも、何で黒百合の魔女さんを倒さなくちゃいけないのかわからなかったら、黒百合の魔女さんのところに行って、訊けばいいんだよ。何で僕たち、戦わなくちゃいけないんですかー、って」
「そうだね。それでその理由が納得いかなかったら、魔女と戦うのをやめればいい。そうだろ?何で魔女と戦わなきゃいけないのか?そう思えるようになったのはとてもいいことだと思うよ。だってもしかしたら本当に、その魔女には何の罪もないのかもしれないんだから。もしかしたら倒してから後悔するかもしれなかったから。そしてその時、『人に言われたから倒した』のと、『自分で決めて倒した』のとでは、後悔の種類が違うだろ?エルはそういう意味で、ラヴィにそういう問いかけをしたんじゃないのかな」
クルムがそう言っても、ラヴィはまだよくわからないといった表情で首をかしげた。
父の遺志を継ぐということ。
誰かに命令されるということ。
運命に従うということ。
自分の意志で決めるということ。
「んー…ごめん、まだよくわかんないや」
ラヴィは苦笑して頭をかいた。
「もう少し…自分で、よく考えてみるね」
そして、もう一度夜空を見上げる。
満天の星空の下で思索を広げるラヴィは、しかし気付いてはいなかった。
クルムの言い回し。
『もしかしたら』
『罪はないかもしれないんだから』
…それは、『黒百合の魔女に罪がある』ということを前提とした言い回しであることに。
彼が明らかに、魔女を悪と認識していることに。

白百合姫は決心をしました。
魔女はにっこり微笑んで言いました。
「じゃあ、アタシがお姫様にふさわしい格好にしてあげる」
魔女が杖を一振りすると、
たちまちボロ雑巾のようだった服は金糸銀糸を織り合わせたドレスに、
すすけて汚れていた髪も体もあっという間に綺麗になって、
髪にはきらびやかな飾りが施されました。
「ありがとう。行ってまいります」
白百合姫は丁寧に頭を下げて、ふわりと浮き上がりました。
門番の目が届かないところから。
空から。
姫はようやく、ご自分のお住まいに戻られたのです。

「ていうか、なんであたしたちが行かなくちゃいけないのかな~?」
ぶつぶつ言いながら、勇者ラヴィ一行はなだらかな平地を東へと急いでいた。
「仕方がないですよ。僕たちの収入で船を買おうと思ったら、ラヴィさんおばあちゃんになっちゃいますよ」
「そうそう。黒胡椒を買ってくるだけで船を1隻もらえるのですから、むしろ感謝しなくては」
ミケとエルがそれぞれフォローを入れる。だがラヴィの怒りは収まらないようだった。
「それにしたって、仮にも領主なんだからいくらでも取り寄せられるでしょー?魔女を倒すのと肉に味付けて食べるのと、どっちが大事だと思ってるわけ~?!」
「そーよそ-よ。あの領主、絶対わたしたちのこと舐めてるよね!」
最後は、ねー、とキファと顔を見合わせて頷き合う。同じ女性ということもあるのだろう、いつのまにかすっかり意気投合していた。
「まあまあ、そうこぼさない。いいじゃないか、これも修行のうちだよ」
「そうそう、長いものには巻かれろってね~♪」
クルムがなだめ、ハティが続ける。
「ハティさん、それは合っているようで微妙に違っているのでは…?」
エルがツッコミをいれて、ハティは首をひねった。
「へ?そうなの?」
「ええ…それは、権力を持ったものには逆らわないほうがいいという意味ですよ」
「へ~、長いものって、えらい人っていう意味なんだ?」
「…でも、なんでえらい人が長いの?」
今度はラヴィが首をひねった。エルは困惑顔で言葉に詰まる。
「さあ…そこまでは」
そこで、くすくす笑いながらミケが言葉をはさんだ。
「長いもの、というのは、象の鼻のことなんですよ」
「えっ、そうなのか?」
これはクルム。そちらに頷いて、ミケは続けた。
「ええ。昔、象の鼻に巻かれて身動きが取れなくなってしまった男が、そのままおとなしくしていたら象が宝のありかへと男を連れて行ってくれたそうなんです。今はエルさんが仰ったような意味で定着していますけれども、本来は『果報は寝て待て』と同じ意味なんですよ」
「かほうはねてまて…どういう意味?」
「無闇にじたばたせずになすがままにしていれば、幸運が向こうから転がり込んでくる、という意味ですよ」
「ふぅん…」
ラヴィの問いにミケが笑顔で答え、ラヴィは俯いて考え込んだ。
「私はそういう考えは、あまり好きにはなれませんけどね…幸運は待つものでなく、自分の手でつかむものでしょう」
「うん、そうだよな」
エルが眉を顰めて言い、クルムもそれに頷いた。ミケは苦笑してそれに答える。
「そりゃあ、何もしないでただ漫然と待っていれば幸運が来るというわけではないでしょう。ただ、どうしたらいいかわからない時には思い切って流れに任せてみると、意外といいことがあったりもするものですよ」
「そんなものですかね…」
エルはまだどこか釈然としない表情だ。
ラヴィは俯いて、また考え込んだ。
「どうしたらいいかわからない時は…流れに任せてみる…か」

「ええっ?!お嬢さんがさらわれた?」
黒胡椒の生産で有名なハバラタの町。その中でも一番大きな店構えの建物の中。
店を訪れた勇者一行は、いきなり遭遇した事件に言葉を失った。
思わず大きな声で聞き返したクルムが、言葉を続ける。
「それは…本当なんですか?」
クルムに問われた店の主人は、うなだれたままこくりと頷いた。
「ええ…昨日の夕方、買い物に行くと出かけたきり戻らないと思ったら…今朝、このようなものがドアに」
差し出したのは、一枚の紙。殴りつけるような文字で、
「娘を預かった。返して欲しくば、店中の黒胡椒を集め、北の洞窟まで来い。 滅びの風」
と書かれている。
「滅びの風、って…こないだ会った、ジェノとかいう盗賊のことじゃないの?!」
ラヴィは脅迫状につづられていた名前を見て、仲間達を振り返った。
仲間達は複雑な表情で顔を見合わせると、あいまいにああ、とかええ、とか返事を返した。
ラヴィはその様子を不審に思いながらも、娘をさらわれた気の毒な主人に向き直って、意気込んだ。
「あいつにさらわれたら、大変なことになるよ!まかせといて、あたしたちが必ず、娘さんを助けてきてあげるから!」

「ずいぶん張り切ってるね、ラヴィさん」
暗い洞窟の中をゆっくりと歩きながら、ハティが楽しそうにラヴィに言った。
「ん?そ、そうかなあ」
ラヴィは少し照れたように言って、歩みは止めずに続ける。
「なんだか…あの人、悪い人なんだけど…悪い人なんだけど、悪い人じゃないような気がするんだ」
「悪い人だけど、悪い人じゃない?」
「うん…だって、こないだだって、せっかく盗んだ王冠をあっさり返しちゃったし…今だって、一応おじさんに言われて黒胡椒だけは持ってきたけど、本当は胡椒が目的じゃない…気がするんだ」
仲間たちは黙して語らない。語る言葉が見つからない…というよりは、そんなことは宣告承知だといった様子だった。
ラヴィは続けた。
「だから、あの人、何が目的なんだろう…って。それを知るために…あの人のところに行くんだと思う…んだ」
ラヴィはそれきり口を閉ざし、仲間たちも黙して語らぬまま、勇者一行は洞窟を奥へ奥へと進んでいった。
洞窟といっても天然のそれではなく、壁もレンガで作られていて、どちらかというと戦争のために使われていた隠し要塞のようなイメージがある。所々に配置されたランプにはさすがに火は灯っていなかったが、奥に入っていってもまったく景色が変わらない整然としたつくりになっていた。
逆に言えば、目印がないので迷いやすい、ということだ。
ちなみに、洞窟は明かりもなく真っ暗だったが、暗い中で光るキファの肌のおかげで魔法も松明もいらなかった。代わりにモンスターが襲ってきやすいという欠点はあったが。
キファが用心深く壁に印をつけて、迷わないようにしていく。時折現れる、洞窟に住み着いたモンスターを倒しながら(この頃にはだいぶラヴィも一人でモンスターを倒せるようになっていた)勇者一行はついに洞窟の最奥にある下り階段にたどり着いた。
「…階段…だね」
ハティがどこか楽しそうに覗き込むと、ミケが頷いた。
「そうですね、おそらくここでしょう。作りからして、ここは昔戦争で使われた要塞のようです。そうすると、一番奥にある地下室、というのは…」
「…捕虜を収容しておく地下牢、ということですね」
エルが続けると、ミケはそちらを向いて頷いた。
「準備はいいか、ラヴィ」
励ますようにこちらを見つめるクルムに、気合の入った表情で頷き返して、ラヴィは先頭に立ち階段を下りていった。
ぴちゃん、と、どこからか漏れた水滴の音が響く。
降りていった地下室は、先程より確実に湿度が上がっていた。
地下室に据え付けられたランプには、明かりが灯っていた。だがそれも辺りを明るく照らし出せるというほどのものではなく、かえって地下牢独特の不気味な雰囲気を際立たせている。
そして、足音を立てぬように身長に奥へと歩いていくと、やがておくからぼそぼそと話し声が聞こえてきた。
(あそこだ…)
ラヴィは声を出さずに仲間達を振り返り、仲間達が頷き返したのを確認すると、さらに忍び足で声のする方向へと近付いていった。
そして、声のしている部屋のドアにぴったりとはりつくと、中の様子をうかがった…

白百合姫が王の間に降り立った時、
その場にいた家臣たちは身を震わせました。
「ただいま帰りました。皆、わたくしの留守を守ってくださって、ありがとう」
白百合姫は以前と少しも変わらぬ清楚な微笑みを浮かべて、
穏やかに言いました。
そして玉座に向かってゆっくりと進みました。
玉座には、恐怖で顔を真っ青にした妹姫。
白百合姫は再びにっこりと微笑みました。
「街でわたくしの名を騙るものが国を治めていると聞いたのですが…
あなただったのですね」

中からは、男の声と女の声がぼそぼそと聞こえていた。
よく聞き取れないのでもどかしく思っていると、後ろにいたキファがとんとんと肩を叩く。
振り返ると、彼女はウインクを一つしてラヴィをドアの前から退かせ、懐から針金のようなものを出した。そして、ドアの鍵穴にそれをそっと差し込むと、慣れない手つきでそれを動かし始める。ややあって、ピン、という小さな音と共に、キファは再びラヴィに向かってウインクをした。
キファが音を立てないようにドアを少しだけ開けて、ラヴィたちはそこに耳を近づけた。
「…つーわけだな。まあ、俺はとりあえず胡椒なんかはどうでもいいんだが、金よりはいくらか軽いだろ。それにどうせ、あいつら胡椒がいるんだろうし、手間を省いてやったんだよ」
「にしても、何でわざわざそんなめんどくさいことするんだよ?わざわざこんな洞窟におびき出さなくたって勝負はできるだろ?…それも、わざわざ女をさらってきたりしてさ」
ジェノの声と…そして、女性の声。どこかで聞いたことがあるような…
ラヴィが首をひねっている間にも、話は続いた。
「何を言う。中ボスはダンジョンの奥で待ち構えているのがお約束だろう」
「何だよその、お約束って」
「それに、さらわれた娘を助け出せば感謝をされる。勇者は感謝されるものだ。むしろそうでなくてはいかん」
どこかで聞いたことがあるような…
「……あーっ!」
叫び声と共に、ラヴィは一気にドアを開けた。
仲間達はそれについていけずにまだ盗み聞きの体制のまま硬直して、中に入っていったラヴィを見つめている。
中で会話していたのは、ラヴィの予想通り。「滅びの風」ジェノサイド・ルインワージュと…
「あんた確か…ルフィン!何でこんなところにいるの?!」
そう。自称「勇者」の、ルフィン・シーズだった。
ルフィンはあからさまに慌てた様子で立ち上がり(向かい合って座っていたのだ)、ジェノの側を飛び離れた。
「ななな、なんだよ!入る時はノックぐらいしろよな!」
「敵地に潜入するのにノックする人がいますか…」
もっともなツッコミをぼそりと、ミケ。
「何?!ルフィン、ジェノの仲間だったの?!」
「ちちち、違うぞ!お前らがあんまり遅いから、あたしが先にジェノを倒してやろうと思ったんだよ!」
慌てた様子で言うルフィンに、ラヴィは妙に冷静に言った。
「すごく仲良さそうに話してたけど…」
「そしたら返り討ちにあって、今まさしくとどめをさされようとしていたところなんだよ!」
「傷ひとつないし…」
「見えないところについてんだよ!見えるものだけが全てではないとかなんとか、なんかこう偉そうな奴が言ってるだろ?!」
「偉そうな奴って…しかもそれ微妙に関係ないし。苦しい言い訳…」
「全然苦しくなんかないぞ。だって苦しくないからな全然。つーことであたしはこいつを倒せなかったから撤退するからな」
一方的に宣言してその場を去っていくルフィン。
それはまあ、どうでもいいことなのだが…
ラヴィはジェノに向き直って、彼をきっと睨みつけた。
「…来たよ。もういいでしょ、娘さんは返してあげてよ」
ジェノはにやりと笑って、立ち上がった。
「察しがいいな。だが娘を返すのは…俺に勝ってから、ということにしてもらおうか」
言って、大きな槍を一振りし、構える。
ラヴィも剣を抜き、仲間達もそれぞれに武器を取って構えた。
「行くぞっ!」
前回は一人でつっこんで返り討ちにあったハティが、隣にいたクルムと目配せをして2人で一斉に向かっていく。ハティが右から、クルムが左から。一瞬ハティのほうが早い。飛びかかっての攻撃を前回と同じように受け流し、その流れでクルムの剣を槍の柄で受ける。ジェノはさすがに2人同時には受けきれないと思ったのか、即座にはじき返すと後ろに跳び退がり、槍を大きく振るって衝撃波を飛ばした。
「風よ、か弱きものを守れ!」
再び、ミケの風魔法で事なきを得る。どうでもいいが、彼は魔法使いではなかったか。防御・回復魔法が専門のはずのエルは攻撃に専念し、彼が専ら防御魔法を使っている気がする。
それはどうでもいいとして、吹き散らされた衝撃波の合間を縫って、ラヴィが剣を構えて駆けた。
「たぁっ!」
ぎんっ!
前回と同じように、剣は軽々とジェノの槍に受け止められてしまう。が、今回はラヴィも諦めなかった。ジェノの力を別方向に受け流すと、即座に刀を反して下からすくい上げるように斬りつける。
きんっ、ききんっ、かんっ。
しばらく、剣の応酬が続いた。といっても、どちらかというと必死のラヴィに対し、ジェノはまだまだ余裕の表情といった様子で、戦っているというよりは剣の稽古をつけているように見えたかもしれない。
しばらく切り結んだ後、ジェノがひときわ大きく剣を跳ね上げて、後ろに跳んだ。
「…腕をあげたな」
ジェノは唇の端をつり上げて、皮肉る様子もなくそう言った。
ラヴィは息を整えるのに必死で、答えることができない。
「…宿題はできたか?」
「宿題…?」
槍をとん、と立てて問うジェノに、ラヴィはやっとそれだけ答えた。
「勇者とは何か…だ」
「………」
「その様子だと、まだできてはいないようだな」
ジェノは言って、ゆっくりとラヴィの方に歩いて来た。
仲間たちは、一応戦闘の体制は取っているものの、ジェノに攻撃を仕掛ける様子はない。
「お前は、何故勇者になったのだ?」
「………」
「何故、黒百合の魔女と戦う?」
「………」
「勇者になっていなければ、なりたかったものなどはないのか?…断ることもできたのに、何故勇者になった?」
「…わかんない…」
ラヴィは低く言って、それからジェノをきっと睨み付けた。
「わかんないよ!何でそんなこと訊くの?!何でそんなことに答えを出さなくちゃいけないの?!
いいじゃん!言うこときかないで怒られるならともかく、何で言われたこと文句言わずにきちんとやって怒られなきゃいけないの?!
何で勇者やってるかって?!ママや王様にやれって言われたからだよ!
それで悪い?!それ以上の理由なんて、必要なの?!」
いつの間にか、仲間達も構えを取るのを忘れて、ラヴィを見守っていた。
ジェノは真剣な表情で、ラヴィを射るように見つめた。
「…お前がお前の意志で行動しないなら、お前は一体誰だというのだ?」
「え…?」
「お前が、他の誰とも違う『お前だ』と言うことを、おまえ自身の意志によらないならどうやって示す?
お前は何が好きで、何が嫌いなのか。
どんな人間と馬が合い、どんな人間と反りが合わないのか。
どんな思いを抱き、どんな夢を見て、どんなことを許せないと思うのか。
そんなこともはっきり主張できずに、どうやって『お前』を示すのだ?
誰かの言われるままに動き、自分の意志などまるでない…
そんなものは、勇者ではない。
いや、人間ですら…ない。
名前を与えられただけの、ただの糸繰り人形だ」
場が、静まり返った。
ラヴィはだらりと剣を下げ、放心したような表情で何も言えずにジェノを見つめている。
ジェノは小さく嘆息すると、すっとラヴィの横を通り過ぎた。
「…娘は奥の部屋だ。鍵はかかっていない。連れて行け」
ぼそり、と言い残して。

「お…お姉様…」
「いいえ…わたくしの方が化け物に捧げられたことから考えると、
わたくしの方があとに生まれたのやもしれません。
…ですが」
何も変わらない。
優しげな笑みと、穏やかな口調で。
「ここはわたくしの家です。
この国の女王はわたくしです。
最初にそう言ったのは、あなた方なのですからね」
「お姉様、待っ…!」
「おいたをする子には、お仕置きをしなくてはなりませんね」
白百合姫はにっこり微笑んでそう言うと、
指一本触れずに妹姫を玉座からひきずりおろし、床に叩きつけました。
白百合姫は眉ひとつ動かさずににこにこと玉座に座りました。
そしてゆっくりと妹姫と家臣たちを見渡すと、
再び優しげに微笑みました。
「わたくしはあなた方を許しません。
どんなに時が過ぎようと、どんなに人が変わろうと。
この命ある限り、わたくしはあなた方を許しません」

「見えてきたよ!あれが、黒百合の魔女の島だね~!」
マストの最先端で望遠鏡を覗きながら、ハティが楽しそうに大声を張り上げる。
見れば、水平線に小さな影がちらついている。肉眼では確認できないが、あれが島なのだろう。
ルポトガの領主に、黒胡椒と引き換えにもらった大きな船で、勇者たちは一路黒百合の魔女の島を目指していた。
ラヴィは遥か向こうに見える島影を見つめ、沈鬱そうに溜息をついた。
「どうしたんだ、ラヴィ?元気ないな。いよいよ敵の本拠地だっていうのに、勇者がそんなんじゃダメだろ?」
後ろからクルムが声をかけて、ラヴィはそちらを振り返らずにもう一度溜息をついた。
「…ジェノの言ったこと、気にしてるのか?」
横に並んだクルムが心配そうに言い、ラヴィは少しだけそちらに目をやった。
「んー…ちょっとね。クルムは…どう思う?」
「どう、って?」
「…あたし、勇者にふさわしくないかなあ」
やや沈黙。
「…それで、俺がふさわしくないって言ったら、ラヴィは勇者をやめる?」
「え…」
ラヴィは問われて考え込んだ。
「…うん…そう…かもしれない」
「ジェノは、ラヴィに勇者をやめろって言ってるんじゃないんだと思うよ。自分の意志で勇者をやれって言ってるんだ。今、ラヴィがそれで勇者をやめてしまったら、それこそジェノの意志で動く操り人形になっちゃうんじゃないのか?」
「…それは…」
俯くラヴィに、クルムは微笑した。
「オレたちはさ、ミケやエルや…ハティ達だってそうだけど、みんな自分の意志で旅に出たやつらばっかりだろ。だから余計に、ラヴィみたいのは歯がゆく感じるんじゃないのかな。でも…広い目で見たら、むしろオレたちみたいなのが普通じゃないだろ。みんな大体は、親の言うことをきいて、学校の言うことを聞いて、それに疑問を持つことで大人になってく。生まれた時から自分の意志を持ってる奴なんかいないよ。オレたちは、ただそれがちょっと早いだけだ。だからラヴィがそうだからって、本当は何も責められることなんかないんだよ」
クルムの言うことは少し難しくて、ラヴィは首をひねった。
「ただ…事態が事態だからね。ラヴィが自分の意志を持って戦わないことで、きっとラヴィ自身が傷つくことがある。だからジェノはああ言ったんだと思うよ。あいつ、悪いやつじゃない。それは、オレもそう思う」
ラヴィは天を仰ぐと、目を閉じた。
「…わかんない…まだ、わかんないや…あたし…どうしたらいいんだろう…」
「…長いものにはまかれろ、だっけ?」
「…え…?」
クルムのほうを向くと、彼はもう一度にっこりと微笑んだ。
「ミケが言ってたろ。どうしたらいいかわからないときは、思い切って流れに身を任せてみると、案外いいことがある、ってね…オレやエルはあまり賛成できないけど…でも、ラヴィがそうするかどうかもまた、ラヴィの意志だもんな」
「あたしの、意志…」
ラヴィは呟いて、もう一度水平線に目をやった。
島影は、先程よりかなりはっきりと、その姿を現していた。

黒百合の魔女の島は、近づいてみると本当に海に生えた断崖絶壁という様相だった。島の大きさ自体はさほどでもないが、高さは相当なもので、頂上に建っているという黒百合の塔は全く見えない。
船で島の周りをぐるりと一周すると、かろうじて船がつけられそうな岩壁に洞窟の入り口らしきものがあり、勇者達はそこから島の内部へと侵入した。
洞窟はじめじめしていて、きつい潮の香りがした。造りは入り組んでいたが、緩やかに上に登っていっているようだったので、勇者達はこれが頂上に続く洞窟だろうと確信していた。
中を徘徊するモンスターもさすがに強い。が、今までの戦いで勇者達もかなり腕をあげていた。おそらく、黒胡椒を取りに行かずにそのまま船をもらってここに辿り着いていたら、到底敵わなかっただろう。無駄足に思えたことも無駄ではない。
モンスターたちを倒しつつ、上へ上へと登っていく。永遠に続くかとも思われた洞窟も、唐突に差し込んできた光によって終わりを告げた。
「出口だ!」
どこにそんな体力が残っているのか、ハティが嬉しそうに光のさす方向に向かって駆け上がっていく。続いてエルとクルムが。ラヴィとキファは、体力の尽きかけているミケを引っぱりながら、それに続いた。
が、洞窟を出たところで仲間が立ち止まっている。
「どうしたの?」
ラヴィが不思議そうに問うと、エルがこちらを向いた。
「…見てください」
苦々しげに言って、もう一度前に目をやる。
ラヴィはミケの手を離し、エルの横へ歩いていき…そして、目の前の光景に唖然とした。
「嘘、でしょ…」
目の前には、黒百合の塔と思しき、真っ黒な石造りの大きな建物があった。
ただし、その周りをぐるりと、大きな裂け目が囲んでいる。橋もかかっていない。空でも飛ばなければ、向こうへ行くことは不可能だった。
「せっかくここまできたのに…」
ラヴィに続いて洞窟を出てきたキファも、途方に暮れたように呟く。
「こんなに大きいと…さすがに僕も飛び越えられないなあ」
ハティが残念そうに呟く。
「キファはいけそうだけど…」
「わたしひとりだけ行ったってしょうがないじゃん…他の人抱える力なんて、わたし、ないよ?」
クルムがキファを見、キファは困ったように肩をすくめた。
「ミケさん、確か風魔法で空を飛ぶことができませんでしたか?」
エルがやっと辿り着いたミケを振り返ると、ミケも困ったように首を傾げる。
「出来ないことはないですが…やはり、6人全員は無理ですね。キファさんと同じように、他の方を抱える力は僕には無いですし…他人に飛行の魔法をかけることはできますが、制御が難しいので…向こうに運んでいる間にモンスターに襲われたら、アウト、ですね。術が切れて裂け目にまっさかさまです」
「どうしたらいいんだろう…」
ラヴィが困り果てて呟くと、
「では、伝説の鳥アミーラを甦らせてください」
「うわぁっ!」
いきなり下からにゅっと現れた物体に、ラヴィはみたび悲鳴をあげた。
「あ、あなたたしか…ワンタンメン!」
「ひょっとしてわざと間違えてませんか…?」
ナンミンはまた手を組んで、だーっと涙を流した。
「あ、ごめん…ええと、ナンミン?ていうかあなたいつもどこから沸いて出るの…?」
「ひとをボウフラみたいに言わないでください…賢者は神出鬼没なのです」
訳のわからない説明をしてひとりでうなずくと、ナンミンは再びラヴィを見て言った。
「ラヴィさん、伝説の鳥アミーラを甦らせてください。かの鳥ならば、あなた達全員を背に乗せて飛び、黒百合の塔まで運ぶことができるでしょう」
「アミーラ…?それ、どうやって復活させるの?」
「アミーラはその昔、神をその背に乗せて飛んだといわれています。そしてその役目を終え、この地上に卵の形で降り立ったと…アミーラを目覚めさせるには、彼の鳥の主人であった神の力をもってするしかありません」
「神の力…って…じゃあ、あたし達じゃ無理ってことじゃん」
「落胆するのは早いです。この世界には、神の力を封じた6つのオーブが散らばっているのです。そのオーブを全て集めれば、アミーラを甦らせることができるでしょう。さあ、ここにオーブのひとつ、シルバーオーブがあります。持っていってください」
ナンミンはそう言って、どこからか銀色に輝くまるい玉を取り出して差し出した。
ラヴィはそれを受け取ると、首をかしげた。
「…あ、ありがと…でも、そんなもの持ってるなら最初から出してくれればいいのに…」
「そ、そそ、それはですね、あの、お話の進行上の都合と申しますか…」
「お話?」
「と、ともかく、オーブもお渡ししましたのでわたくしはこれで…」
立ち去ろうとするナンミンに、
「ねえ」
「ははは、はい?!」
呼び止めると、再びびくびくしながらこちらを向く。
「…なんで…ローブだけなの?」
ナンミンは、前回の靴下に加え、ローブを羽織っていた。
ただし、ローブの下には何も着ていない。
ナンミンは得意げに胸を反らせると、言った。
「ええ、前回ラヴィさんにやらしいと言われましたので、服を着てみました。いかがですか、似合いますか?」
前開きローブに素肌に靴下のみ。
「…もっとやらしくなったと思う…」
「えぇぇぇぇっ?!そ、そうでしょうか?!」
再び大仰に驚くナンミン。
「ともかく…ありがと。世界中にあと5個、オーブが散らばってるんだね。探してみるよ」
「はい、がんばってください」
ナンミンはにっこりと微笑むと、その場を後にした。
………
「…ナンミンさん、洞窟の中に入っていっちゃいましたね」
「大丈夫なのかなあ」
あまり心配ではなさそうな声で、ミケとキファが言う。
ややあって。
「ひぃぃやぁぁぁぁぁぁぁ……」
というか細い悲鳴だけが、洞窟からこだました。
再び、やや沈黙。
「…行こっか」
「そうですね」
淡白にそう言って、勇者達はもと来た道を引き返し始めた。

再び白百合姫の統治が始まりました。
しかし白百合姫は、
妹姫や家臣たちを処刑したり追放したりということは
一切なさいませんでした。
妹姫には連れ去られる前と同じように自分と同じ物を与え、
家臣たちには今までと同じ仕事をさせました。
いつも変わらない、あの穏やかで清楚な微笑みを浮かべて。
それでいて、彼等が少しでも気を許しかけると、
同じように美しい微笑みを浮かべて言うのです。
「わたくしは、まだ許していませんよ」
優しく気高く、たった一人で高い峰に立ちつづける。
姫はまさしく百合の花のような方でした。
ですが、姫の強さと美しさは、
周りの方々にはあまりに残酷だったのでした。

「だぁっ!もぉう、うっとうしいなぁ!」
モンスターの最後の一匹に止めをさして、ラヴィは毒づいた。
「こっちは一人しかいないんだから、手加減してくれたっていいのに!」
誰に対して言っているのやら、剣を収めながらぶつくさと呟く。
ここは、「試練の洞窟」と称されている場所。
世界中を回ってオーブを集めたラヴィたちは、そのひとつがここ、試練の洞窟にあると聞いてやってきたのだった。
ところが、洞窟の入り口にある神殿を訪れたところ、ここは試練の洞窟であるがゆえにたった一人で赴かなければならないと宣告された。
それで、ラヴィは単身、この洞窟に乗り込むことになったのである。
正直、なら格闘に長けたハティやクルム、防御・回復魔法に長けたエルやミケが行けばいいとも思ったが、彼らを振り返ったらラヴィが行くことを信じて疑っていない表情であったので言い出せなかった。
幸いモンスターのレベルは黒百合の島より若干低かったが、数は6人で戦っていた頃と同じ程度出てくる。単純計算で6倍。いいかげんうんざりしていた。
洞窟は神殿の延長上のようなつくりになっていて、ところどころにランプの明かりが灯っている。
道自体は迷うような作りにはなっていない。別れ道もさほどなく、あっても少し行った所に宝箱がある程度でわかりやすい作りだった。
ラヴィが道なりに進んでいくと、遠くから誰かが戦っているような音が聞こえた。
「であぁっ!」
遠くて小さくしか聞こえないが、確かに誰かがモンスターと戦っているようだった。
「?ここ、あたししかいないんじゃなかったのかな…?」
ラヴィは首を傾げつつも、音のした方向に向かって走った。
やがて。
「…ふぅ。さすがに1人はキツいな…」
累々と積み上げられたモンスターたちの側で、そう言って額をぬぐっている少女の姿を見つけた。
長い銀のポニーテール。
「ルフィン!」
ラヴィが名前を呼ぶと、彼女はぎょっとしたようにこちらを見た。
「お、お前、もうここまで来たのか?」
「うん。ルフィンもブルーオーブ探しに来たの?」
屈託のない笑顔で問うラヴィにルフィンは少しうろたえたように視線を逸らせた。
「あ、当たり前だろ。勇者なんだから。アミーラを甦らせて黒百合の魔女のところまで行くんだ。あんたなんかに負けないからな」
「そうなんだ。がんばろうね」
「お前なあ!」
「何?」
「お前、ちょっとは対抗心燃やすとか何とか、しろよ!あたしは、お前なんか勇者じゃないって言ってるんだぞ?!」
「うん、そのくらいならジェノにも言われたもん」
さらりと言い返すラヴィに、ルフィンは言葉を詰まらせた。
「ね、せっかくだから一緒に行こうよ。ブルーオーブをどっちが手に入れるかはあとで考えることにしてさ。ここ、ひとりじゃきついでしょ?」
「そんなことないぞ。あたしは平気だよ」
「うっそ。さっき『ひとりはきつい』っていってたじゃん」
「うっ…」
「さ、行こ行こ。こんなところ早くクリアして出ようよ」
ラヴィは半ば強引にルフィンの腕を引っぱって先に進み始めた。
「お前って…変なやつだな」
ルフィンは苦笑して、ラヴィに言った。ラヴィはにっこり笑うと、
「そうかな?…ねえ、何でルフィンは、勇者やってるの?」
「は?」
「何でルフィンは勇者なの?って訊かれて、何て答える?」
「そりゃあ、それが役目…いやその」
「?」
言いよどむルフィンに首を傾げる。ルフィンはごまかすようにラヴィに問い返した。
「お前はどうなんだよ。お前は、何で勇者やってるんだ?」
「それがねえ、わかんないんだ」
「わかんないだぁ?」
ルフィンはあきれたような声を上げた。
「だって、ママや王様に『お前は勇者だ、黒百合の魔女を倒して来い』って言われて…言う通りにしてるだけ、っていうのが本当かな。確かに、パパは黒百合の魔女を倒しにいって逆に死んじゃったし、魔女は国中を困らせてる…っていうけど、なんだか、実感なくて。パパが死んだのはあたしがすごくちっちゃい時だし…でも、ジェノはそれでいいのか、って言うの。あたしの意志で行動しないなら、あたしは勇者じゃない、ただの操り人形だ…って」
ラヴィが言葉を切って、しばらく沈黙が流れた。
「あのさあ」
ルフィンが切り出して、ラヴィはそちらを向いた。
「お前、勇者やってるの、嫌か?こうして旅してるの、嫌か?」
問われて、ラヴィは少し考えた。
「……嫌じゃないよ。ちょっと辛い時はあるけど…仲間のみんな、優しいし。事件を解決した時、街の人がすごく喜んでくれるのが、嬉しい…」
「じゃあ、いいじゃん」
ルフィンはさらりと言った。
「…え…」
「嫌じゃなきゃ、それでいいじゃねえか。それ以上の理由が要るのかよ?」
ラヴィは立ち止まって、ルフィンをじっと見つめた。
「………そうだよね。ありがと、ルフィン!」
そして、満面の笑みを浮かべる。
「さあ、いっくよ~!」
ラヴィは言うが早いか、ルフィンの腕を取って走り出した。洞窟の奥へ奥へと、どんどん走っていく。途中現れたモンスターも、向かう方向を切り開いてあとは逃げ去るような形でやり過ごし、途中壁についていた顔が何か言ったような気もしたが、気にせずどんどんと突っ切っていった。
「到着!」
一番奥の部屋は神殿のようになっていて、祭壇のようなところに大きな宝箱が置かれていた。ラヴィはルフィンを引っぱってそこまで来ると、勢いよく宝箱を開けた。
中には、手のひらほどの大きさの綺麗な蒼い宝玉が安置されている。
「ビンゴ!ブルーオーブ、ゲット~!」
ラヴィはテンションが高いままそのオーブを右手で高く持ち上げた。
そして、後ろにいるルフィンをくるりと振り返る。
「ねえ、ルフィン、一緒に行こうよ!」
「はあ?」
ルフィンは驚いて声を上げた。ラヴィはにっこり笑って続ける。
「だって、残りのオーブはどうせあたし達が持ってるしさ、オーブは6つ全部揃わないとアミーラは甦らないでしょ?だったら、ルフィンも一緒に行こう!勇者が2人もいるもん、絶対魔女を倒せるよ、ね?!」
ルフィンは、あっけに取られて声も出ない様子だった。
が、やがて苦笑して頭を掻くと、
「…あんたには、負けたよ。わかった、一緒に行ってやるよ」
「やったあ!じゃあじゃあ、早く上に戻ろう!みんなに紹介するよ!」
ラヴィは飛び上がって喜ぶと、待ちきれない様子でもと来た道を戻り始めた。
「ねえ、早く行こうよ~!ほら!」
ルフィンは苦笑したままゆっくりとラヴィの方へ歩みを進めながら、ぽつりと呟いた。
「あいつはもう…立派に勇者なのかもしれねえな」

家臣たちに言われるがままに白百合姫を名乗り国を治めていた妹姫は、
白百合姫にそう言われるたびにその小さな胸を痛め、
ついには気がふれてしまいました。
いっそ、直接罵られ、位を剥奪され処刑された方がどれだけましだったか。
白百合姫が微笑んでそう言う度に、家臣達の心は罪悪感にさいなまれます。
そして、今はこうして微笑んでいるけれど、
いつ姫の気が変わって自分をクビにするか、処刑するか。
それとも妹姫に使ったあの不思議な力で殺されてしまうかと。
怯えながら毎日を過ごさなければならなかったのでした。
そして、国を守るため魔物と戦おうともせず姫を差し出した気弱な家臣たちに、
そのような毎日が耐えられるはずもなかったのです。
家臣たちは愚かにも、白百合姫に汚職の罪を着せ、
国を追放することを画策しました。
そして、そのたくらみは成就したのでした。

「ここが、アミーラの神殿だね」
リアリハンの南に浮かぶ、氷に閉ざされた島。
その真ん中にひっそりと建つ、氷でできた神殿。
新たにルフィンを加えた勇者一行は、その前に佇んでいた。
「さあ、行きましょう。オーブも全部揃いましたし、これでアミーラが復活するはずです」
傍らでエルが言い、ラヴィは無言でそちらに向かって頷くと、神殿の中へと入っていった。
神殿は、見た目は大きいが中は案外狭くシンプルな作りになっていた。中心にある大きな卵状のものを囲んで、おそらくはオーブを置くのであろう祭壇が6つ。
そして、アミーラの卵の前に立つ、黒い影。
勇者達はその影を見止めると、緊張した面持ちで足を止めた。
頭の先から足の先まで全身黒ずくめ。頬に走る赤い刺青。そして、右手に光る大きな黒い槍。
「ジェノ…」
ラヴィが油断なく彼を見つめながら、低くその名前を呟く。
ジェノは唇の端をつり上げると、槍でとん、と床を突いた。
「…答えは、見つかったか」
ラヴィは黙ったままジェノを見つめている。
だが、その瞳に、もはや迷いや恐れの色はなかった。
ジェノはゆっくりと、ラヴィに問うた。
「…お前は、何故、勇者なのだ?何故、黒百合の魔女と戦う?」
しばらくの沈黙。
ラヴィは軽く深呼吸をすると、まっすぐにジェノの瞳を見つめた。
「わかんないよ」
答えは、前回と同じ。
だが、答える様子は、前回と全く違っていた。
ラヴィは続けた。
「何で、黒百合の魔女を倒さなくちゃいけないのか…それは、ホントいってあたしにはぜんぜん実感が沸かない」
エルを見ると、彼は複雑そうに、それでも微笑を返した。
「…だったら、直接魔女のところに行って訊けばいいんだよ。それで納得がいかなかったら、やめればいい」
ハティに目をやると、彼は嬉しそうに笑って手を上げた。
「…あたしは、パパがやり遂げられなかったことを実現させたい。だって、パパが大好きだから」
キファに顔を向け、微笑みあう。
「それに…どうしたらいいかわからないときは、思い切って流れに身を任せると、案外上手くいくんだよ」
ミケに視線を送ると、彼は優しく微笑み返した。
「そうするかどうかを決めるのは、あたしの意志…そうでしょ?」
クルムのほうを向くと、彼は力強く頷き返した。
「それに…あたしは、勇者やってるの、好きだもの!やめたくなんかない!」
ルフィンがガッツポーズをとったので、そちらに笑顔を返す。
「確かに、あたしは誰かの言うことに従ってるよ」
最後に、ジェノに力強い視線を投げかけて。
「でも、従うかどうかを決めてるのは、あたしの意志だよ。それは、あんたにどうこう言われることじゃ、ない…!」
ふたたび、場に沈黙が訪れた。
永遠かとも思えるほどの、長い沈黙。
やがて、ジェノは豪快に破顔した。
「よく…答えを出した。いい仲間を持ったな」
ラヴィは一瞬何を言われたかわからずにきょとんとしたが、やがて満面の笑みを浮かべた。
「うん!みんな大好きな、自慢の仲間だよ!」
仲間達も、それぞれに微笑を浮かべてラヴィを見た。
ジェノはもう一度槍で床を突いて、言った。
「この勇者なら、世界の命運を任せてもよさそうだ。俺もついていこう…いや」
そして、片膝を突き、槍を傍らにおいて、深々と頭を下げる。
「…勇者ラヴィ殿。今まで数々の無礼、真に申し訳ない。世界を救う貴女の偉業に、僭越ながらこの俺も力を貸したい。貴女のお仲間に、加えては下さらんか…?」
ラヴィは笑顔のまま頷いた。
「もちろんだよ!ジェノ、すっごく強いもん!絶対勝てるよ、ね、みんな!一緒に行こう!いいでしょ?」
「ええ、もちろん」
「強い人がくわわって、パワーア~ップ!だね!」
「盗賊だと、わたしの出番なくなっちゃうなぁ」
「いいじゃないですか、仲間は多い方が心強いですよ」
「一緒にがんばろうな、ジェノ!」
「また寝返んじゃねえぞ?」
仲間達も口々に、新たな仲間を歓迎する。
ジェノは立ち上がると、ラヴィに手を差し出した。ラヴィは笑顔で、その手を握り返す。
「さぁ、そうと決まれば、さっそくアミーラを甦らせるよ!」
「はい!」
仲間達は頷いて、それぞれにオーブを手に取ると、6つの祭壇に散らばって、その上にオーブを置いた…

家臣たちは罪状を書き記した書を玉座の白百合姫の前で読み上げました。
姫は相変わらずの笑顔で黙ってそれを聞いています。
家臣たちはその様子に少し怯みましたが、
やがて罪状を読み終えると姫に追放を言い渡しました。
姫は微笑んだまま、静かに玉座を立ちました。
「あなた方がそう言うのを待っていました」
家臣たちは驚いて白百合姫を見ました。
「わたくしはこの国を出て行きます。
あなた方の画策によってではなく、わたくし自身の意志で。
わたくしはここに帰ってきたときから、
この方についていくとずっと心に決めていました」
姫がそう言うと、姫の傍らにあの魔女が姿を現しました。
「でも、その前にあなた方に知ってもらう必要があると思い、
わたくしはこの国に留まったのです。
あなた方の弱さを。醜さを」
白百合姫は再びにっこりと微笑みました。
「さようなら。
魔物怖さにわたくしを売り、
あまつさえその事実を民に知られるのを怖れ隠蔽し、
わたくしの報復の恐ろしさにわたくしを罪に陥れた方たち。
あなた方がそれほどまでに恐れたわたくしよりも、
はるかに己の方が恐ろしく、残酷で、利己的であると知りなさい。
わたくしはあなた方に何もしなかった。
あなた方をそれほどまでに恐れさせたのは、
わたくしではなく、あなた方自身であると知りなさい。
そして自分の犯した罪を一生抱えて生きていきなさい。
民は欺くことは出来ても、自分を欺くことは決して出来ないのだから」
白百合姫は傍らの魔女にいとおしげに口付けて、
そのまま魔女と共にすうっと消えてゆきました。
「わたくしはあなた方を許しません。
どんなに時が過ぎようと、どんなに人が変わろうと。
この命ある限り、わたくしはあなた方を許しません」
最後まで、呪詛の言葉を残して。

そして、白百合姫と呼ばれ親しまれた美しく清らかな姫は、
いつしか黒百合姫と呼ばれるようになったのでした…

「…そうして、その姫は以来、我が国の代々の後継の姫が15歳になると、悪夢をその姫に見せるのだそうです」
年のころは二十歳前後。透けるような白い肌に、淡い桜色の髪。両脇からはマーメイドの証である薄紫色の大きな鰭が覗いている。髪と同じ色の瞳は憂いがたたえられ、整った容貌も暗く沈んで見える。
ティア…ティーアメル・リーセスと名乗った依頼者は、そう言って傍らのベッドに眠る少女を心配そうに見つめた。
「悪夢、と言いましても、精神干渉術の一種であると思われます。過去何人もの姫が、眠りについたまま目覚めなくなったと聞いています。そして必ず、妹姫が後継の姫となり、王位を継いでいったと…」
「そうなんだ…それで、そのお姫様の呪いだって…言ってるんだね」
ティアの傍らで同じように少女を見つめながら言うのは、見たところ13歳くらいのボーイッシュな地人の少女。
名をセアシィという。
白茶けた金髪を短く刈り上げ、肌と同じ褐色の瞳。身軽な衣装に身を包み、いつもは明るくはずんでいる表情も、今日ばかりは暗く沈んでいた。
ティアはセアの方を見て、こくりと頷いた。
「ええ。このままでは、我が国はその姫に末代まで呪われることになるでしょう。どうにかしなくては…と思い、藁にもすがる思いで、我が王家に伝わる、人の夢の中に入っていけるという秘宝の封を開けたのです。強い心を持つ冒険者様たちに、我が姫を救っていただくために。…私達人魚の王国、リゼスティアルの現後継者…ラヴェニア・ファウ・ド・リゼスティアル様を」
ベッドの上ですうすうと寝息を立てて眠っているのは、エメラルドグリーンのショートヘアが可愛らしい少女。
夢の中で、ラヴィと呼ばれていた勇者その人だった。
もっとも、現実のラヴィは、ティア同様マーメイドの証である大きな鰭がついてはいたが。
ティアは心配そうな表情で、続けた。
「姫…ラヴィ様も、15歳におなりの日、お誕生日パーティーの最中に急に倒れられ、それ以来ずっと目をお覚ましになりません。ですから、強い冒険者様が集まられるというこのヴィーダに、ラヴィ様をお連れしたのです」
セアはラヴィの安らかな寝顔を見つめ、唇を噛み締めた。
「ゴメンね…セアの心が弱いせいで、ラヴィさんのこと助けてあげられなくて…」
そう、セアも、生来の好奇心から風花亭のこの依頼に興味を引かれ、ちょうど依頼を受けるところだった冒険者たちに付いて依頼を受けたはいいものの、万一のために誰かが残ったほうがいいという話になった。精神世界の中に入っていくのだから、精神力が弱いのはそれだけで命取りになる。ゆえに、最も精神力の弱いセアが残ることになったのだった。
ティアは苦笑してセアに言った。
「いいえ。こうして私の側にいてくださるだけで、心が休まります。それに、姫の心に向かわれた冒険者様方が首尾よく姫のお心をお救い下さった時に、暖かく迎えるのも立派な役目だと思いますよ」
「そ、そうかなあ…うん、そうだね。クルムさんたちを信じて、頑張って待とうね、ティアさん」
セアはやっといつものように明るく笑うと、ティアに言った。
「それにしても、そのお姫様もずいぶん…何か、逆恨み、だよねえ…ラヴィさんは何もしてないのにさ。そりゃあ、いくらその家臣の人たちが、悪いことしたからって…」
「そうですね…あまつさえ、その家臣たちですらもうとうに寿命を全うし、直接その姫に接した方はもうひとりも生きてはいないというのに…私もその時代には生きていませんでしたから、人づてにしか聞いたことがないのです」
「ちょ、ちょっと待って。その人たちもとっくにいない…って…そのお姫様、いつの人なの?」
セアは慌ててティアに問うた。ティアは真面目な表情でセアに答える。
「記録によれば、およそ100年程前のことであったと聞いております」
「100年…」
セアは絶句した。
100年もの間、その姫は自分の王国を呪い続け、姫に呪いをかけ続けたというのか。
それほどまでに深い憎しみなど、セアには想像もつかなかった。
ティアは再びラヴィに目をやると、続けた。
「100年前…娘を差し出せとの魔物の要求に、心労のあまりお亡くなりになられた母君の後を継ぎ、若くして即位された姫君がいらっしゃいました。その姫はとても清らかに美しく、当時の民はこう呼んでいたそうです」
ティアはそこまで言うと、遠い目をして窓の外を見た。
「リレイア・イクス・ド・リゼスティアル陛下…」

「プリンセス・ホワイトリリィ、と」

「ふふふ、ようこそいらっしゃいました。勇者ラヴィ様。お待ち致しておりましたわ」
暗く、無気味な静けさが広がる塔の中に、高く澄んだ声がこだまする。
ラヴィとそれに続く仲間たちは、声のした方向を振り仰いだ。
塔の内壁を走る螺旋階段。その中央に浮いている、黒衣の魔女。
といっても、年のころはラヴィと同じくらいに見えた。淡い亜麻色のまっすぐな髪は一旦頭の上で結い上げられ、膝ほどまでに広がっている。愛らしい容貌、大きなはしばみ色の瞳には、邪気などカケラもないように見えた。それが、大きく裾の広がる漆黒の衣装と危うげなバランスを保っている。
そして…仲間の中の何名かが…低く、だがはっきりと、彼女の名前を呟いた。

「リリィ…」

黒百合の魔女は、それを知ってか知らずか、邪気のひとかけらも無い…ように見える笑みを、ラヴィに向けた。
「さあ…塔を登ってきて下さいな。あなたは…わたくしを倒すためにここにいらしたのでしょう?」
そして、彼女の姿は、霧のように掻き消えた。
ラヴィはしばらく唖然としてその様子を見つめていたが、やがて意を決したように仲間達を振り返った。
「行こう!黒百合の魔女を、倒すよ!」
冒険者たちは無言で、だが強い意志を秘めた表情で、ラヴィに頷きを返した。

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