ミアの悪夢-封印した過去
とす。とす。
ふわふわとした足取りで、ミアは廊下を歩いていた。
(どこだっけ……ここ)
なんとなく、辺りを見回してみる。
灰色の壁。
灰色の天井。
窓にはカーテンもなく、外にも灰色の空が広がるばかり。
殺風景なこの景色を、何故か懐かしいと感じる自分がいる。
(そうだ……孤児院)
自分でその単語に思い当たり、しかしミアはその言葉の違和感に首をかしげる。
(孤児院……って、こんなところだっけ?)
楽しかった孤児院。
先生と、お世話係の「お姉ちゃん」と、自分と同じ境遇を持つ数人の子供達。
毎日みんなで食事をし、みんなで一緒に寝て、みんなで遊んで……
(……遊んで?)
何をして?
楽しく、何をしたのだっただろう。
楽しかったという記憶がある。
みんなで魔法を使っていたという記憶も。
しかし実際に、何をして楽しかったのだろうか。
何を食べ、何を話し、どんなことをしたのだろう。
そのことに思いを馳せると、急に頭の中に靄がかかったようにぼんやりとする。
(………なん、だっけ)
うつろな瞳で辺りを見回すと、自分と同じくらいの背丈の少女とすれ違った。
「………あ」
『孤児院』で一緒に生活をした子だ。
さんばらな髪をひとつでくくり、水色のワンピースのようなシンプルな服を着ている。
名前は、確か。
「……なんだっけ」
やはり思い出せず、首をひねる。
少女は自分を振り返ることもなく、無表情のまま自分の隣を通り過ぎていった。
「あー……」
声もかけられずにそれを見送るミア。
なぜ、彼女の名前が思い出せないのだろう。
彼女の、名前。
(……あれ)
彼女を、何と呼んでいただろう。
それ以前に、自分は何と呼ばれていたのだろう。
ミア。
ミア、という名前。
その名前を、彼女が口にした記憶がない。
この殺風景な景色と、彼女の人形のような表情と、「ミア」という響きが、どうしても結びつかない。
「あれ、おかしいな……」
再び首をひねって、自らの体を見下ろす。
なぜか、自分も彼女と同じ、シンプルな水色の、ワンピース……を、身につけていた。
ワンピース、というよりは。
病院で患者が身に付ける、検査着のような。
しかしミアはそこまでは思い至らず、また首をひねる。
そういえば、自分はここではこの服をいつも着ていたような気がする。
気づけば、辺りには同じ服を着た子供たちが立っていた。
皆、『孤児院』で共に過ごした、『友達』。
懐かしさがこみ上げて、名前を呼ぶことも忘れ、ミアは彼らに駆け寄った。
「みんな……!ただいま、帰ってきたよ!」
帰ってきたらずっと言おうと思っていた言葉が口をついて出る。
「みんな…さよならも言えなくてごめんね。ミア、魔道士の学校で頑張ってるよ!」
元気良くそう言ってみる、が。
「…………」
「…………」
「…………」
子供たちはミアに返事を返すでもなく、それどころかミアの方を見ることもなく、ただ虚ろな目で空を見つめている。
「みんな………?」
ミアは彼らを不思議そうに見た。
どうしてしまったのだろう。
こんなに無表情な、まるで人形のような子供たち。
(………ううん)
違う。
ここで異質なのは、「自分」だ。
検査着を着せられた、人形のような子供たち。
かつては、自分も。
「ミア」という名前すら、なく。
ここで。
人形のように。
何を考えることもなく。
魔法、を。
魔法、の。
「何をしているの?!」
鋭い声が響き、ミアははっとして振り返った。
そこにいたのは、懐かしい顔。
とても大好きだった、あの時の気持ちが鮮明に甦る。
「お姉ちゃん……!」
ミアは思わすそう叫んで、一目散に女性の下へと駆けた。
無我夢中で彼女にしがみつき、ぎゅっと抱きしめる。
懐かしい、彼女の匂い。
「お姉ちゃん、ただいま……!」
抱きしめて頬をこすりつけるようにしてそう言ってから顔を上げると、何故か彼女はとても悲しげにミアを見下ろしていた。
「……『ミア』ちゃん」
噛んで含めるようにして、ゆっくりとミアの名前を呼ぶ彼女。
その表情は、悲痛ささえ感じられた。
「……どうして、帰ってきたの」
「え………」
そんなことを言われるとは思わず、きょとんとするミア。
「ミア、みんなに…お姉ちゃんに、ずっと会いたくて……さよならも言えなくて、ずっと謝りたくて」
「いいのよ、そんなこと」
彼女は悲しげに微笑んで、ミアの両肩に手を置いた。
「それよりも、もう、ダメだからね」
「…なに、が……?」
「もう、ここに帰ってきちゃダメ」
彼女はやはり悲しげに、言い聞かせるように、ゆっくりと言った。
「ミアちゃんは、しっかり勉強して、正しい魔道士になるんだよ」
「ただしい、まどうし……?」
「そう」
彼女はそう言って、くしゃりと微笑んだ。
「幸せになって、ミアちゃん。
うんと勉強して、しっかり魔法使えるようになって、正しい、立派な魔道士になって」
「……うん」
彼女の気迫に押されるようにして、頷くミア。
なぜここに帰ってくるなと言ったのか、それはなんとなく聞いてはいけないような気がした。
にこり、と微笑んでみせる。
「ミア、がんばって立派な魔道士になるよ!正しい、すごい魔道士になるから!」
「……うん、がんばって」
そう言って。
彼女は最後に、嬉しそうに笑う。
そこで、ミアの夢は唐突に終わりを告げた。
「………れ」
目を開ければ、豪奢な天井。
ゆっくりと覚醒した意識で、昨日の記憶をたどる。
見慣れぬ豪勢な家具に、ふかふかのベッド。
昨日、迷ってたどり着いた不思議なホテルだ。
会いたい人に、夢で会えるホテル。
「………へへ」
ミアは嬉しそうに微笑んで、うーんと伸びをした。
「わかんないこともあるけど、ま、いっか!
正しい魔道士になるために、いっぱい勉強頑張るぞー!!」
そう、元気に言い放って。
ミアの新しい一日が、今日もまた始まるのだった。