夢魔の語らい-変わり者同士の会話

ぎぎ、ぎ。
無駄に豪奢な作りの扉が、重い音を立てて開く。
足を踏み入れた客人を、執事服を纏った男性が出迎えた。

「いらっしゃいませ。ようこそ……おや」

顔を上げた支配人は、扉の向こうから現れた来客に瞠目し、それからにこりと微笑んだ。

「お待ちしておりましたよ。さあ、どうぞ」
「じゃ、遠慮なくお邪魔しま~っす」
軽い調子でそう言って入ってきたのは、支配人に負けず劣らずの美男子だった。
褐色肌に尖った耳、赤い瞳を大きな眼鏡で守っている。纏っているのは支配人と同じようなフォーマルな服装だったが、彼の方はベストにロングエプロンという出で立ちで、どちらかというとカフェのウェイターという風貌だ。
支配人はリビングに彼を招き入れ、手際よく茶葉とポットの用意を始める。
「ベルガモットでよろしいですか?」
「ん、おねがーい」
軽い調子で交わす言葉には、彼らがごく親しい間柄であることを思わせる。
支配人はハーブティーを彼に出すと、自らも傍の椅子に座り、同じ茶を飲んだ。
「お久しぶりですね、カーリィ」
「アルヴんも元気そうでなによりだねー。
どお、お客さん来てる?」
「ええ、昨夜はいつもより賑やかでございましたよ」
「そなんだー、そら良かったねぇ。僕んとこなんて相変わらずの閑古鳥でさー」
微笑みを交わす美男子二人。それだけでかなり絵になる光景だ。
支配人……アルヴは、カップを置くと早速というように言った。
「それで、いつものものは?」
「ん、持ってきてるよ。はい」
カーリィと呼ばれた男性は、持っていた荷物の中から紙袋を取り出して、テーブルの上に置く。
「僕特製のブレンドハーブ。お肉にもお魚にもピッタリ、やすらぎ効果もバッチリ。
どんなにテンション上がっててもこのハーブでぐっすりお休みだよー」
「貴方のハーブの優秀さは心得ておりますよ。いつも有難うございます」
「やだなー僕とアルヴんの仲でしょー」
カーリィはぱたぱたと手を振って、ハーブティーをもう一口啜る。
「しっかし、アルヴんも変わり者だよねぇ。ま、僕に言われたくないだろうけどさ」
「左様でございますか?」
「んー、変わり者っつーか、悪食?
言われるでしょ、仲間には」
「これは心外でございますね。グルメと仰っていただきたいものです」
アルヴは楽しげににこりと微笑んだ。
「わたくしたち夢魔は、悪い夢を見せて生気を喰らう存在。
しかし、わたくしは飽きてしまったのですよ。悪い夢を見た時の、ひとの恐怖など。
美味しくも何ともない」
嬉しげに細めた黒い瞳には、少しだけ恍惚の色が見える。

「会いたいと願う者に会えた時の喜び。
失われていた記憶を呼び覚ました嬉しさと、切なさ。
夢に見るほどに焦がれた幸せを得た時の、胸に広がる幸福感」

ふ、とその瞳が、昏く翳った。

「目覚めた時に、現実の前にその全てが霧散する。
その時の言い知れぬ喪失感が、わたくしにとっては何よりも美味と感じるのですよ」

にこり、ともう一度カーリィに微笑みかけて。
「その為にでしたら、最高のおもてなしを差し上げますとも。
お料理は、手が込んでいればいるほど、美味しく仕上がるものでございますから」
「ははっ、やーっぱ変わってるね、アルヴんは」
カーリィの軽い笑い声が響く。

今も、どこかで誰かを待っているのだろう。

不必要なほどに豪奢な内装の建物で、不必要なほどに行き届いたもてなしを用意して。

そうして、たどり着いた客人は、夢を見る。

夢でまで会いたいと願う、心の中の大切な誰かが出迎える、

幸せな、悪夢を。

HOTEL “Nightemare”2013.3.31.Nagi Kirikawa