賭けを、しましょうか。 …賭け? はい。 彼女が、どちらを選ぶかという、賭けです。 …悪趣味ね。 あの子があなたのほうへ行くと思うの? さあ、それはわかりません。 けれど、それを彼女に強いる権利は、貴女にもないのではないですか? ……っ。 貴女も、貴女の宿命を背負って旅立たれるのでしょう。 ならば彼女にも、それを自分で考え、選択する権利がある。 違いますか? …それで、具体的にはどうしたいの? 話が早いですね。 簡単なことですよ。 彼女自身に、どちらを選ぶか決めてもらうだけです。 貴女も、私もいないところでね。 ……あの子自身に考えさせるっていうことは、 もちろんあなたも、手出しはしないということね? いいですよ。 今までと同じスタンスでいましょう。 同じことだと思いますがね。 …あなたの言葉をあたしが信用するとでも思うの? やれやれ、仕方ないですね。 では、彼女に同行者でもおつけになっては? ただし、その同行者には、私達の本当の目的は話さないこと。 直接言葉で諭されるのでは、貴女が離れた意味がありませんからね。 魔族が狙っている、身を守ってほしいとでも言えば、カモフラージュになるでしょう。 …ある意味、間違ってはいないけどね。 その『魔族』の中に、あの子自身も含まれるっていうことだから。 あなたの分析力には感心しますよ。 人間をつけることで、彼女も理解するでしょう。 彼女が必死になって守ろうとしているものが、どんなにもろいものであるのか。 光に晒されることで、己の中の闇を再確認するでしょう。 自分が、本来は闇の中に生きるべきものだということを、思い知るでしょう。 あまり、見くびらない方がいいわ。 人間というものも…そして、あの子というものも。 さあ…それはどうでしょうね。 どちらに転ぶかわからないからこそ…賭けなんですよ。 ……本当に悪趣味ね。 お褒めに預かり光栄です。 では…刻限は、貴女が帰ってくるまで。 それまで…せいぜい足掻かせて頂きますよ。 刻限は…貴女が帰ってくるまで。
気まぐれ姫の思惑は?
「…んっ……ううっ……」
うっすらと目を開けると、最初はぼやけていて何も見えなかった。
徐々に深いところから戻ってくる意識を手繰り寄せながら、今の状況を把握しようと試みる。
ぴりぴりと、身体のそこかしこが痛い。しかしその痛みも、だんだん和らいでいるようで。
視界に入ってくるのは、森。それも、うっそうとしたジャングル。
ああ、そうだった。俺はここで、ロッテをつれて逃げていて……
……ロッテ……
「ロッテっ?!」
がば、と起き上がり、まだ完全に傷が癒えていなかったゼータは痛みに顔をしかめた。
「ってててて…」
「ゼータ、無理しちゃダメよ。私とミケが回復魔法かけ終えるまで、じっとしてて」
声をかけられてそちらのほうを見れば、レティシアが彼の足に手をかざして神経を集中させている。淡い光を放つ手のひらが足を掠めると、そこからじわりじわりと暖かさが伝わり、痛みが徐々に薄らいでいった。
「ゼータくん、ヒドい怪我だったんだよ。あたり一面血の海だったんだから!」
リィナが大げさに手を広げて説明する。改めてあたりを見渡すと、彼のものと思われる夥しい量の血が地面にしみこんでいた。
しかし、その血のことよりも、自分に命の危険を訴え続けている体の痛みよりも、優先しなければならないことが彼にはあった。
「ロッテ…ロッテは?!」
周りを見回しながら必死の様子で言うゼータに、一同は一度顔を見合わせて、そして言いにくそうに訊ね返した。
「ゼータ…ロッテとはぐれた、のか?」
その言葉が、決定的だった。
だんっ!
ゼータは地面に拳を叩きつけると、まさに血を吐かんばかりの勢いで叫んだ。
「ちっくしょおおぉぉぉっ!!」
傷の痛みも、地面に打ちつけた拳の痛みも、頬を伝う熱いものも。
すべてが、彼に痛々しい現実を痛感させる。
何よりも大事なものを守れなかった、という。
「………そんな……」
ゼータの説明を聞き終え、レティシアが蒼白になって呟く。
「ロッテのほうから…ロッテのほうから、チャカについていったっていうの…?なんで…どうして…?!」
混乱した様子で、うつろな表情のまま辺りを見回す。
「ゴメン、って言ったんだ、あいつ」
うつろな瞳で地を見つめたまま、ゼータが呟く。
「低く、ゴメン、って言って。チャカの手を取って…行っちまったんだ…」
がす。
再び、地面に八つ当たりをして、苦しげに言う。
「…っくしょおっ…ゴメンって、なんだよ…?!ちっともわかんねえよ…何か…何か、俺ぁ、間違ったのか…?!」
「ゼータさんを守るため…なんじゃないでしょうか」
厳しい表情で言うミケのほうに視線をやると、彼はゼータのほうを向いて続けた。
「そのまま、ロッテさんが何もせずにいたら、きっとゼータさんはチャカさんに殺されてしまう。だから、それを回避するために…自分が行くことで、ゼータさんが守れるならと、そう思ったのではないでしょうか」
「んなん、ロッテが向こう行っちまったんじゃなんも意味がねーだろうがよ!俺はロッテを守るために戦ったんだぜ?!そのためならこんな命、惜しくもなんともなかったのに…!」
「でも…でも、わかるよ、私にも、その気持ち」
横からレティシアがおずおずと言った。
「ロッテ、ゼータのこと『くん』ってつけずに呼んだのよね?それって、ゼータのことを認めて、大切に思ってたっていうことだと思うの。いくら自分を守ってくれるって言ったって、大切な人が目の前で傷ついて死んでいくのが平気なはずが無いわ。でも、自分からチャカのところに行くのは、そもそものゼータの気持ちに反する。ゼータの真剣な気持ち、一番わかっていたのはロッテだと思うの。そのことに対しての…ゴメンだったんだと思う」
まだ釈然としない様子で地を見つめるゼータ。
「ロッテさん…わたくしたちをかばって…なんとお優しい方なのでしょう」
横ではらはらと涙を流すナンミン。
「そうだね…あいつは、なんだかんだ言って結構僕らのことを考えてるんじゃないかって思うし、何か考えがあると思う。前に、考えなんか別に無いって言ったけど…ないわけないじゃないか」
苛々した様子で、シアン。
場に沈黙が訪れた。
「…そう…かしらね」
それをゆっくりと破ったのは、ルージュ。
「ゼータを殺したくないから、チャカの元へ行った?あの子がそんなに殊勝な真似をするとは、私には思えないんだけど」
「ルージュさん」
咎めるような視線を向けるミケに、ルージュは肩をすくめた。
「誤解しないで。別にあの子がどうこうって言ってるわけじゃないのよ。
けど、ゼータの話を聞いてる限り、チャカはゼータが突っかかってったから叩きのめしただけでしょう?
彼女の目的はあくまでもロッテと話をすることで、彼女を殺すことでも、ましてやゼータを殺すことでもなかった。ゼータは話をするのに邪魔で鬱陶しいハエだったから、叩き落としただけよ」
身も蓋もない言い方をされたゼータが、憮然として黙り込む。
「だから、ロッテは、本当にゼータを助けたいと思ったんなら、チャカの言うことを拒否して、ゼータを抱えて逃げればよかった。チャカの様子からして、ロッテを無理やり連れ去る気はなかったようだし…そういう手段もあったはずよ。あの子だって、そんなことがわからないほど馬鹿じゃない」
ルージュはいったん言葉を切って、冒険者達を見渡した。
「…じゃあ、何故向こうに行ったのか?チャカの言葉に、向こうに行く必要があると、『自分で』判断したからでしょう?」
ふぅ、とため息をついて、ルージュは続けた。
「考えてもごらんなさい。あの子の行動基準は、いつも自分が中心だった。私達のことを構っていたのは、余裕があったからに他ならないわ。そのあの子が、いくらゼータが死にそうだからとはいえ、『命を助ける』という目的で、愚にもつかないような解決策を取ると思う?私はそうは思わないわね」
「じゃ、じゃあ、何のために…?」
おそるおそる問うレティシアに、ぴしゃり、と宣言するように、ルージュは言った。
「自分のためよ。決まってるでしょう?」
ふむ、と息を吐いて、クレアがそれに続いた。
「そうね、周りへの配慮とか逃亡生活の疲れなんかじゃないことはわかるわ、そんなんだったらロッテじゃないし」
さっと髪をかきあげて、やれやれといったようにため息をつく。
「簡単に考えれば、決着をつけたい…気持ちの整理をしたい、でもいいや。そんなんなんじゃないかなって思うのよ。難しいこと考えるのは苦手だけど…深みからの脱出、ジレンマからの解放、うん、言葉はいいけど、何のこと?って自分でも思っちゃう。やっぱり、そう、するべき事をする決心がついたのよ」
いつものように、自分でも何を言っているかよくわからないといった様子で首を捻りながら。
すると、リィナがそれを引き継いだ。
「うーん…リィナも、何だか全然よくわかんなくなっちゃったんだけど…多分、シアン君に、逃げてちゃ駄目とか言ってたのとか、リーちゃんが、この世界で生きる理由がどうとか言ってたし、ロッテちゃんも、リーちゃんとこれからも、旅をしたいから、チャカ達と、話し合いにでも行ったんだと…」
よくわからない、と言ったそのままを口に出してから、あれっ、と首を捻る。
「でも、キルくんは、覚悟は…とか、言ってたね。何の覚悟だろ?向こうのやりたいことはわかんないや。そこが、不安だね…」
リィナがそう言って、クルムもふむと息を吐いた。
「そもそも…オレ達が思い込んでた、『チャカたちはロッテを殺そうとしているんだ』っていう前提から、おかしいんじゃないか?
ロッテ自身も言ってたことだけど、チャカたちにしてみれば、俺たちを出し抜いてロッテを殺す、なんていうこと、朝飯前なんだよな。でも、チャカはこうしてロッテを殺さずに、連れていった。…今になって考えれば、みんなそうかなって思うんだ。配下を差し向けて戦わせたり、召喚獣を残していったり…ロッテを殺そうとしているようには思えない」
「あ、そうよね。あたしもそれは思った」
クレアが手を挙げてクルムの話を遮る。
「本当は、心の何処かで、殺したくない、なんて気持ちあるんじゃない?自分で自分の本心を隠し、思い込もうとしてるんじゃない?あたしはそう思うんだけど…」
「そもそも、殺そうとしていた、という前提が間違ってたんじゃないか、って言ってるのよ、クルムは」
横から鋭く槍を入れるルージュ。
「…どういうこと?」
焦点の定まらない瞳で首を捻るクレアを一瞥してから、ルージュは仲間達をゆっくり見渡した。
「クルムも言ってたけど、彼らの行動は確かに不可解だわ。だけどそれが不可解なのは、『彼らがロッテの命を狙っている』という思い込みで彼らの行動を見たからじゃない?」
「…違うっていうの?だって、僕達は護衛をしろって言われたんじゃないか」
シアンも訝しげな表情で問うが、ルージュは目を閉じてかぶりを振った。
「よく思い出してみて。リーの依頼を。
ロッテはエスタルティの元嫡子が、人間との間に作った子供。
エスタルティの手から、ロッテを守ってほしい。
彼女は……そう言ったわよね」
あっ、と声を上げるクルム。
「そうだ…そうだよ。リーは一言も、『ロッテの命を狙っている』とは言っていない」
「そうね。ついでに言えば、『チャカやキルから守れ』とは言っていないわ。『エスタルティから守って』と言ったのよ。そして依頼の内容は『生きてセント・スター島に連れてくること』だった…」
彼らが紡ぎだした言葉に、仲間達の間に動揺が走る。
「どどど、どういうこと?リィナたちがロッテちゃんの命を守ろうとしてたの、全部無駄だったの?」
混乱した様子で問うリィナに、ルージュはまた首を振った。
「さぁ、わからないわ。私の仮定が正しいなら、彼女は明らかに、私達に誤解を誘うような言い方をし、誤解をした私達をあえて正そうとはしなかった。どういう意図かわからないけどね。
けど実際、チャカやキルたちが仕掛けた攻撃は、どう考えてもロッテの命を狙うような代物じゃない。そして、ロッテはチャカのところに行ってしまった…」
肩をすくめて、視線をそらして。
「…彼らの目的が、そこにあったのだとしたら?
ロッテの命を消すことではなく、彼女を取り込むこと。
ロッテ自身の意志で、彼らの元に行くよう仕向けること。
それが、彼らの目的だったとしたら?
それをリーも知っていて、ロッテを人間の側に留めておくために、私達を雇ったんだとしたら?」
ごくり、と誰かが唾を飲み下す音が聞こえる。
ルージュはゆっくりと続けた。
「…そう考えてみると、いろいろ説明がつくんじゃないかしら?
リーが『エスタルティから守って』なんていう抽象的な依頼をした理由。
チャカたちが、命を狙ってるとは思えない攻撃しかしてこない理由。
キルが、訳のわからないことをロッテに向かって言い続ける、理由」
「自分の側の人間であることを、認めたらどうか…」
クルムがぼんやりと言い、皆そちらに視線を向けた。
クルムは仲間を見つめ返すと、真剣な瞳で言う。
「…キルは、そう言ったんだ。リゼスティアルで、ロッテに対して。
確かに、ルージュの言ったことに当てはまる」
そして、再び俯いて、真剣な様子で考える。
「チャカの『逃げていても何も変わらない』という言葉で、ロッテは向こうに行ってしまった。
じゃあ、ロッテは何から『逃げて』いたんだ?
自分の中に流れる、半分の『魔族の血』から…?ロッテは、自分が魔族だっていうことを、受け入れられずに逃げていたのか…?
魔族のこと自体はそんなに嫌いそうでもなかったロッテが、キルのことはことさら嫌っていたのは、いつもロッテにそのことを突きつけ、決断を迫っていたから…?」
「そう…かもしれませんね」
ミケも考えながら、ぼんやりと言う。
「ロッテさんは、キルさんから『エリス』と呼ばれるのを、ことのほか嫌っていました。それは、それが『魔族としての』名だから…そして、それを押し付ける彼を嫌っているのかと、思っていましたが…彼女自身が、魔族であることを否定したかった、のかもしれませんね…」
「私はね、わかる気がするのよ」
ルージュは虚空を睨みつけたまま、言った。
「自分の中の、人間とは相容れない血。その血が自分にもたらす闇。自分は人間として生き、人間を愛し、大切にしたいと願うのに…自分の中の血が、確かにそれと正反対のことを叫んでる。
堕ちてしまえば、それは楽なのかもしれない。
自分の中の衝動に身を委ねて、心の赴くままに生きてしまえば、それは楽なのかもしれない。
それほどまでにその闇は大きくて、大きいがゆえに怖いわ。
誰かが、手を引いたなら…それに身を委ねてしまいたい。その気持ちは痛いほど、よくわかるわ」
「ルー姉ちゃん…」
レティシアが、痛ましげにルージュのほうを見やる。
ルージュが、他でもない最愛の姉に、闇へと誘われようとしたのは、半刻も経たない先程のことで。
しかしだからこそ、自らの意志でその手を跳ね除けたルージュは、決然と瞳を上げた。
「ロッテが逃げることをやめて向かい合うことにしたのか…それとも、『堕ちて』しまおうと思ったのか、それはわからないわ。
もし『堕ちて』しまうことを選んだのだというのなら。それがロッテの決断だと言うのなら、私にそれを否と言う権利はないのかもしれない。
でも、私はロッテに、そうなってほしくないんだわ。これは、私の個人的な感情だけどね。
だから、それを伝えに行くだけでも、私はロッテを追いかけたい」
ルージュの言葉に、仲間達の表情にも生気が戻る。
「…だな。難しい理屈はよーわからんが、ロッテを追っかける、このことだけはみんな、変わらねーよな」
ゼータが厳しい表情で立ち上がれば、
「そうだよね!ロッテちゃんに戻ってきてって、リィナ、言うよ!だって、リィナはロッテちゃんのこと好きだもん!」
リィナも張り切った様子で立ち上がる。
「そうよね。難しいことはわからないし、チャカたちが何を考えてるのかもわからないけど…私はロッテに戻ってきて欲しい。その想いをぶつけに行くわ!」
レティシアの瞳にも炎が戻り、
「わからないことだらけですが…わからないなら、ご本人にお聞きすればいいのですね」
ミケも吹っ切れたような笑顔で立ち上がる。
「あいつに本当のことを聞きに行くよ。このままじゃ気がおさまらないからね」
シアンはいつもの仏頂面で。
「そうだね、まずは行ってみなくちゃね。ロッテの本心を聞かなきゃ」
相変わらず焦点の定まらない瞳で、クレア。
「がんばりましょう…わたくしたちで、ロッテさんを取り戻しましょう」
ナンミンも嬉しそうに立ち上がり、
「ロッテ…今、行くからな」
クルムもそれに続いた。
「さぁさぁ、大予想大会は終わりぃ?ンリェン、そろそろ待ちくたびれそうな雰囲気よぉ?
今からならセントスター島行きの船にも間に合うんじゃないかしらぁ?急ぎましょう、ねっ☆」
ンリルカがモーニングスターを軽々と担ぎなおすと、ゼータが訝しげな瞳を彼女に向けた。
「つーか…お前はどう思ってんだよ?ロッテのこととか」
「ロッテちゃんのことぉ?そぉねぇ、大筋はルージュちゃんたちと一緒よ。自分の中の何かに決着をつけに行ったっていうのが最有力候補かしらぁ?」
「…最有力候補?」
微妙な響きに仲間からもツッコミの声が上がり、ンリルカは嬉しそうに解説を始めた。
「やっぱり1.自分の運命に決着をつけに、っていうのが一番有力なセンだと思うのぉ。次点は2.誰かを庇う為?これはミケくんやレティシアちゃんも言ってたわねぇ☆あとはぁ、3.大切なものを守るため。4.そのほうが面白そうだから?5.自暴自棄?6.なんとなく?って続くんだけどぉ」
「後ろに行けば行くほど胡散臭いですね…特に3番」
ミケがぼそりとツッコミを入れるが、聞こえていないようで。
「ああっ、でもぉ、7.実はラスボス?っていうセンも、捨ててないのよぉ?ンリェンの大予想、誰か買わなぁい?444倍の大穴よぉ?」
楽しそうに言うンリルカのことはすでに諦めた様子で、冒険者達はそれぞれに足を踏み出した。
セント・スター島へ。
さてさて 奪還大作戦
「あ~っ、ナンミンくぅん、いたいたぁ☆」
甲板の上でたそがれていたナンミンに、ンリルカが後ろから声をかける。
「ンリルカさん。それ、気に入ってくださっているのですね」
にこりと笑ってナンミンが示したのは、今もンリルカが見につけている「黄金のゴールドブラ」。
「えぇ、そりゃあもぉ☆お気に入りよぉ、ワタシのベストセレクションに登録したわぁ」
ンリルカは上機嫌で、ナンミンの横に立ち、海を眺めた。
「船は、いつ着くんですって?」
「明日の早朝だそうです。それでも、飛んでいったチャカさんのことを思えば、一刻の猶予もなりませんが…」
二人が…というか、冒険者達が乗っているのは、ゼゾで乗るのにギリギリ間に合った、セント・スター島行きの船。
もう日もだいぶ暮れてしまい、薄闇があたりを支配している。
ンリルカは息を吐いて、ナンミンに言った。
「まぁ…焦るのもわかるけどぉ。焦っても船は速くなったりしないからぁ、どうせなら船旅を楽しむのがいいと思うわぁ☆」
「ンリルカさんは…なんというか、そういうところはロッテさんに似ていらっしゃいますね」
苦笑してナンミンが言い、ンリルカはにこりと笑みを深くした。
「そぉかしらぁ?まぁ、そうかもしれないわねぇ」
「今さらですが…ンリルカさんは、どうしてゼゾでロッテさんと行動を共になさらなかったのですか?」
不思議そうにナンミンが問い、ンリルカはんー、と天を見た。
「そうねぇ、ロッテちゃんの邪魔しちゃいけないかなぁ、と思ったのぉ」
「邪魔?」
首を捻るナンミン。
「ロッテちゃんは、自分の悩みにのまれちゃうような、そんな弱いコじゃないと思うのよ。ロッテちゃんに対して、ワタシが出来ることは、何もないと思うの。だって、ロッテちゃんのちょっと変わった境遇も、辛いことも、哀しいことも、嬉しいことも、ロッテちゃんにしかわからないことで、最後にすべてを決めるのはロッテちゃんじゃない?
だから、ワタシが出来ることは、すべてを乗り越えたロッテちゃんを笑顔で迎えてあげることかなぁ、って思ったの。ロッテちゃんの決断の邪魔をしちゃいけないかなぁ、ってぇ」
「そこまで考えていらしたのですね、ンリルカさんは…」
それに比べてわたくしは…といったようにしゅんと頭を垂れるナンミンに、ンリルカはあぁん、と指を突きつけた。
「ナンミンくんがそんなに落ち込むことはないのよぉ?ワタシは、ワタシの立場で出来ることがそうだって判断しただけでぇ、ワタシじゃない人の立場でできることはたくさんあると思うのぉ。ロッテちゃんにイロイロ言いたいとか、イロイロしたいと思う人がいたら、それはその人がそうするべきなのよぉ。ワタシの言うこと、わかるかしらぁ?」
「ンリルカさん…」
ナンミンの表情が和らぐ。
「わかったらぁ、とりあえず着くまではリラックスしましょうよぉ☆ンリェンがナンミンくんに、セクスィの何たるかを教えてあげるわぁ!」
「せせせ、セクスィですか?!わたくしにわかるのでしょうか…」
「大丈夫よぉナンミンくん!ワタシの的確なア~ドヴァイスで、ナンミンくんをピッカピカのセクスィ☆ギャルにしてあげるうっ!」
「わ、わたくしがんばります!!」
ところ変わって、客室。
はふ、と息を吐いて、クルムは持っている剣に語りかけた。
「オレの考えって…合ってるのかな?ロッテは、何から逃げてるんだろう?」
ややあって。クルムの意識に、剣が語りかける。
『…30点、だな』
スレイの返答に、驚いて問い返す。
「スレイ、ロッテのことわかるのか?」
『人間とは、面倒な生き物だな。色々なしがらみが真実を見えにくくしている。もっと単純だぞ、あいつの思考は』
「単純…?」
『ま、あとは自分で考えろ。言っただろう。俺はお前に答えはやらん』
「…わかったよ。自分で考える。ヒント、ありがとな」
クルムが言い、剣は再び沈黙した。
「さて、と……」
立ち上がり、客室を出て談話室の方へと足を運ぶ。
と、自分より先に客室に入る影を見つけた。
(ルージュ…)
客室へと入っていくルージュを、別段追うつもりもなく自分も足を運ぶ。
なんとなく声をかけぬまま姿を追っていくと、ルージュは談話室の中央のテーブルに座っていたゼータのところまで歩いていった。
ゼータはルージュが部屋に入ってからややあって、彼女に気付いたらしい。嫌悪のような、気まずそうな、複雑な表情を彼女に向ける。
ルージュはゼータの前で足を止めると、何かを言おうと口を開いて…しかし、言葉にはならずに顔を背け、呟くように、言った。
「…ゴメン。なんか、色々と」
目を逸らしながらのその言葉に、ゼータは目を丸くした。
その様子に、ルージュは動揺して言葉を続ける。
「な、何よ。一応謝ってるでしょうが。私が謝るのが、そんなに変なの?反省してるのよ、これでも。どうかしてたわ。本当にゴメン」
先程のように目はそらさず、真摯な表情で。
しかし、ゼータは目を閉じて俯き、首を振った。
ルージュはムッとした様子で言葉を続ける。
「あのねえ、そりゃあ私のしたことはまずかったけど、謝ってるのにその態度は…」
「違うんだ」
ルージュの言葉を遮って、ゼータは俯いたまま言った。
「…違う。謝らなきゃならねえのは、俺の方だ」
ルージュは眉を顰めて訝る。ゼータは続けた。
「あんたが俺にしたことも、俺があんたにしたことも、それは『ロッテを守る』っていう目的のためであって…そのためにお互い傷つけあって、その点は俺とあんたは同類だ。考えが違うのは当然で、譲れないのも当然で、そこでいさかいがあったことは、そりゃお互い様ってやつで。謝ることじゃねえよ」
顔を上げて、ルージュの瞳を見て。
「俺は、あんたやみんなに対して、あれだけ…ロッテは任せとけとか、偉そうなことを言って…結局、守れなかった。俺じゃ、ロッテを止められなかった…悪い、悪い…ホントに、悪い…」
悪い、と繰り返しながら、また俯いてしまうゼータに、ルージュはなんともいえない居心地の悪さを感じていた。
ゼータは本当にロッテのことを、ロッテだけのことを想い、ロッテだけのために行動していたのに。
自分の傷と、自分が相手につけた傷しか見えていなかった…自分のことしか頭になかった自分がとたんに、矮小に思えてきて。
「それは違うよ、ゼータ」
突然横からかけられた声に振り向くと、いつのまにそこに立っていたのか、クルムがこちらに向かって歩いてくるところだった。
クルムは真剣な表情で、ゼータに向かって言葉を紡ぐ。
「ゼータは精一杯がんばってくれたよ。オレはロッテが身の危険にさらされることも分かっててゼゾに連れてきてしまったし、ロッテ側の戦力が薄くなるのも分かっていてでも、彼女の傍から離れることを選んでしまった。
離れることを選んだとき、目に見えて戦力不足だったから、申し訳なかったけど、最悪の状況もある程度予想していた…。その選択の結果に対する責任を、受け入れる覚悟も出来てた。
だからゼータが全部背負う必要なんて全然無い」
ゼータは鋭い視線をクルムに向けた。
「がんばったから何だよ?!がんばったってロッテは行っちまったんだ、それは変わらねえ!責任が誰にあろうと、俺一人にあろうと、そんなのは関係ねえんだよ!ロッテは今ここにいない、それがすべてだ!違うのか?!」
叩きつけるように言ってから、頭を振ってがん!と机に拳を打ち付ける。
「…すまねえ…お前に当たってもしょうがねえよな……ったく、何やってんだ、俺…」
「ゼータ…」
痛ましげにゼータを見つめながら、クルムはそれでも続けた。
「結論は、もう出ただろ。そうやって自分を責めていても、何の解決にもならない。
ロッテは行ってしまった。それがなぜかもわからない。オレ達の力は及ばなかった。それは確かにそうだね」
語気に力を込めて。
「だから、行くんだろ?ロッテの真意を問いに。ロッテのところに行って、何故だかを訊くために。
過去ばかり振り返っていても、ロッテは戻ってこないよ。そうだろ?」
ゼータはしばらく黙っていた。
が、やがて顔を上げて、パン!と頬を両手で叩くと、クルムに苦笑を向ける。
「悪い。そうだったよな。肝心なのは、これからだ。気ぃ引き締めていかねーとな!」
「ゼータくうぅぅぅんっ!」
「ゼータさあぁぁぁんっ!」
引き締めた気に水を差すように、無遠慮な声が談話室にユニゾンでこだました。
「なんだなんだ…なあぁぁぁぁっ?!」
ぎょっとしてそちらに目をやり、さらに目にしたものに仰天して声を上げる。
「はぁ~いんっ、紹介するわぁ、2Pンリルカちゃんよぉ☆」
「イヤ~ン、ダーリンさん☆」
ンリルカの隣で胸を寄せつつ微妙な腰のくねりを披露しているのは、ンリルカととてもよく似た、微妙に髪の色や鰭の色、服の色が違う女…いや、男…?いや、…女性?
しかし、その口から出る声は紛れもなくナンミンのもので。
「…なにやってんだ、ナンミン」
ぱっかーと口が開いたまま声も出ないクルムの代わりにゼータがつっこむと、ナンミンは慌てた様子で言った。
「ちちち、違いますゼータさん、いえダーリンさん!わたくしは…いいいえワタシはぁ、2Pンリルカさんなのぉっ、でございます」
ナン…もとい、2Pンリルカは微妙に素が出た様子で言い繕う。繕えていないが。
「いや、まあ、別に何でもいいが…なにやってんだ、二人で」
「ナンミンくんに、ンリェンがセクスィの何たるかを教えてあげてたのぉ☆ナンミンくんとっても飲み込みが早いからぁ、胸の谷間も腰のセクスィな動きもすぐにマスターしてくれたわぁ♪」
「わたくしの腰の動きを見てくださいっ、ダーリンさんっ!!」
誰か止めてください。
コメントに困った3人が立ち尽くしていると、騒ぎを聞きつけた(?)他の面々も次々と部屋の中に入ってくる。
「なになに、何の騒……な、ンリルカが2人~っ?!」
「2Pンリルカちゃんだね!いいなぁ、リィナもシャドウ対戦したい~!」
「…な、何をしているんですか、お二人とも…」
「あいかわらずあんたたちは緊張感が無いな」
「まあまあ、いいじゃない、楽しくて」
あっという間に談話室は賑やかになった。
「…っと、んじゃ、ご都合主義に揃ったところで、作戦会議といこうや」
ほっといてください。
ともかくゼータの一声で皆の表情が引き締まり、テーブルを囲んで席に着く。
「まず、セント・スター島をどう探索するかなんだが…誰か、セント・スター島についての知識があるやつ、いるか?
どんなとこかもわからんままだと、探すのも手間だろ」
「行ったことはありませんが…多少の知識なら」
ミケが手を上げて、皆がそちらのほうを向く。
「そうですね…実際に行ったことはないのですが、本などで拝見した知識でしたら…
セント・スター島は、文字通り世界の中心にある、星型の島です。大きさはさほどでもなくて、ヴィーダより少し大きい程度なんですよ。緑が豊かな、もっと言うと森だらけのところらしいです。港町に面してミドルヴァース神教の総本山があるそうです。もっと言うと、それ以外何もないようですが」
「小さな島かぁ…手分けして探せば、そんなに時間もかからなそうよね」
レティシアが言い、クルムも頷いた。
「そうだね。念のために2、3人組になって…ロッテの気配を追うことができれば、いいんだけど…」
「わたくしの卵をお使いください」
まだ2Pンリルカのままのナンミンが、強気な笑顔で卵を差し出す。
褐色で微妙にカラフルな卵は、「やっほー、やっほー」と鳴いていた。
「ロッテさんの気配が近くなると、鳴いてお知らせします。これをお持ちになって、後は皆さんでくまなくお探しになるのが良いかと…」
「それしか、ないですね。ローラー作戦ですか…誰かが発見したら、連絡するということで…」
「では、こちらの通信機卵人もお持ちください。ここを押して話しかけると、全員に伝わります。以後はその卵を探す発信機になりますので」
ナンミンが続けて出したものは、こちらはシンプルな白い卵人。真ん中に微妙なハート型のボタンのようなものがあり、おそらくそれを押せということなのだろう。
「じゃあ、あとは、どう分かれて行動するかですが…」
一通り仲間達を見回してから、沈黙するミケ。
と、レティシアががばっと手を上げた。
「私っ!ミケと一緒がいい!っていうか絶対ミケと一緒に行くから!」
その迫力に誰も反論できない。
すると、クルムが隣にいるナンミンに微笑みかけた。
「じゃあ、俺たちも一緒に行動しようか。な、ナンミン」
「はい、そうですねクルムさん」
こちらは別の意味で甘々だ。
「お、そんじゃ俺もご一緒させてくれんかね」
「ああ、いいよ。よろしくな」
チャレンジャーなゼータがその二人に向かって言い、二人は笑顔で了承の意を示す。
「戦力的には…ま、リィナが妥当かな」
本人にはあまり興味が無い様子でルージュが言うと、リィナは張り切って手を上げた。
「はーいっ!ルージュちゃん、よろしくね!」
「あぁんっ、ダーリンと一緒じゃないのが残念だけどぉ☆クレアちゃんの体も気になるし、ワタシと一緒にいかなぁい?」
ンリルカがクレアに向かって笑みを投げ、クレアも笑顔で頷いた。
「気を遣ってくれて嬉しい。あたしは多分何も出来ないと思うけど、ンリルカが一緒なら心強いよ」
シアンは肩をすくめて一同に言った。
「僕は空から探すよ。もっとも、森だからどこまで探せるか疑問だけどね…なんかあったら知らせる。それでいい?」
「わかりました」
ミケが頷いて、再度仲間達を見回す。
「では、僕とレティシアさん、ンリルカさんとクレアさん、ルージュさんとリィナさん、クルムさん、ナンミンさん、ゼータさんの4組が森の中を捜索、シアンさんは空からということで。
ナンミンさんのロッテさん探知機と通信機卵人を持って行動し、ロッテさんを見つけたら他のメンバーに知らせてください。戦力が偏っていますから、くれぐれもみんな揃うまでアクションを起こさないで下さい。ロッテさん以外の障害に遭遇しても、できるだけ逃げる方向で行きましょう。戦力は温存しておきたいですからね」
「わかった」
ゼータが声に出して頷き、他の仲間も同様に厳しい表情で頷いた。
「これが…最後の戦いになるでしょう。
がんばりましょう。ロッテさんを取り戻すために」
ミケの言葉に、レティシアが拳を握って続ける。
「ロッテを、絶対にリーに会わせてあげようね!」
彼女の言葉に、皆無言で同意した。
船は一路、セントスター島へと向かっていた…。
幽女の願い
「さーっ、行くよールージュちゃん!がんばろうね!」
「…そうねー…」
やる気満々のリィナに対して、全くやる気なさげなルージュ。
リィナは変わらぬテンションでルージュに言った。
「ルージュちゃん、元気なーいっ!そんなんじゃロッテちゃんを見つけられないよ?!」
それぞれのグループに別れてから半刻。森の入り口に立つまでに、早くもルージュはリィナのテンションに疲れ始めていた。
「そんなこと言われてもね…」
リィナはいても立ってもいられない様子で、眼前の森を睨む。
「どこにいるんだろ、ロッテちゃん…そういう時はっ!森のど真ん中を突っ切るしかなーいっ!」
「はぁっ?!」
さすがにこの発言は予想外、というか常識外だったので、驚いてそちらを向くルージュ。
「はあぁぁぁっ!エアスラストおっ!」
リィナの気合と共に、その手から風の刃が放たれ、眼前にあった木めがけて飛んでゆく。
が、うっそうとした森の太い木がそんなもので斬れるはずもなく、枝葉ばかりがバサバサと斬れて地面に落ち、ただでさえ狭い足場が余計に歩きづらくなる。
「あ、あれえぇっ?!何でこうなっちゃうのー?!」
「誰かこのバカをどうにかしてよ…」
ルージュはその後ろで、一人頭を抱えていた…。
「うーん、反応しないねぇ…」
「そうねー…」
ロッテ探知機を持って森をうろうろしながら、困ったように呟いたリィナに、ルージュが適当な相づちを打つ。
まあ無理もなかろうが、一人で妙にテンションの高いリィナがひたすら喋り、ルージュがそれに気のない相づちを打つという、微妙に噛み合っていない(のに気付いていないのはリィナだけだが)会話が繰り広げられていた。
リィナの手の中のロッテ玉は、依然として何の反応も見せない。
「ロッテちゃん、この近くにいないのかなぁ」
「鳴かないってことはいないんでしょ」
会話が弾まない。弾ませる気もないのだろうが。
「もうっ、ルージュちゃん探す気あるの?!」
「あんたみたいにしてたら見つかるっていうんならいくらでも喋ってやるわよ。ちなみに暴走禁止。ロッテ見つける前にこっちが騒いで二人だけの時に攻撃喰らってやられてたら世話ないわ」
「むー…」
言い負かされたようだが真実なので反論が出来ない。
「そんなことより…お客さんのようよ」
「お客さん?」
リィナがきょとんとし、ルージュは厳しい視線を前方に向けたまま立ち止まる。
「…出てきたら?どうせ止めるつもりなんでしょ?」
ルージュが声をかけると、視線の先にあった幹の後ろにあった影が動いた。
ゆっくり、陽光の下にその姿を晒す。
きっちりまとめられ三つ編みにされた長い髪。紺基調の身軽な、奇しくも彼女の故郷の民族衣装によく似たデザインの衣装。
彼女はいつもの、内面の見えない薄い笑みを浮かべて、二人の前に立ちはだかった。
「お二方とも、お久しゅう御座います」
「メイ…」
ルージュが苦い表情でその名を呼ぶ。
メイは少しだけ深く微笑むと、落ち着いた口調で言った。
「残念ですが、お二人をこのままお通しするわけには参りません。そのように命令を受けておりますので」
「命令、ね…」
相変わらず渋い表情のルージュ。
と、リィナがずいと前に出た。
「メイちゃん、ロッテちゃんはどこ?」
厳しい表情で言うリィナに、相変わらずの笑みのままで淡々と答える。
「その質問にお答えすることは出来ません」
「そう言うと思った。でもいーよ、リィナ知ってるもん。チャカのことだから、きっとあのあたりだよね、ねっ、ルージュちゃん」
突然振られて答えに困るルージュ。
が、メイの表情は変わらなかった。
「そうですか。しかし場所をご存知であろうと、ここを通さないことには変わりは御座いません」
「むぅ…ひっかかんないかぁ、誘導尋問には」
(今の誘導尋問だったの?!)
とりあえず静かに驚くルージュ。
メイは微笑を湛えたまま、続けた。
「わたくしはエリス様がどちらにいらっしゃるのか存じ上げません。ですからお答えすることは出来ませんと申し上げました」
「へぇ、あんたには居場所教えないんだ。部下を信用してないのね」
挑発するようなルージュのセリフにも、笑みを深くするばかり。
「有能な司令官は、部下に余分な情報は与えないものです。道具は道具としての使命だけを全うするべきですわ」
「道具…メイちゃんは、それでいいの?」
眉を顰めて、リィナ。メイの表情は、むしろ心外と言うようだった。
「何故そのようなことを?わたくしはあの方に道具として使われている。それ以上の光栄が御座いますか?」
「はっ、理解できないわね、あんた達の思考回路は」
「道具として、チャカに好きでいてもらえればいいってワケかぁ…んー、でも、あのブチキレの時の口調はあんまり、女の子として、良くないと思うなー」
いきなり見当違いのことを言いだすリィナを、また何言っちゃってんのこいつ、という目で見るルージュ。
「チャカも、そんなの聞いたら幻滅しちゃうんじゃない?」
「あのお方は、あなたのように表面だけしか見えない方とは違います」
静かに、しかし強い口調でメイは言う。
「貴女様が女性として相応しいと思うもので、表面をお飾りなさいまし。きっと、貴女同様、表面でしか人を判断しない方が貴女を愛してくださいますわ」
当たりのソフトな、しかし強烈な皮肉。
リィナは判ったようなわからないような表情で、とりあえずぐうと黙り込んだ。
ルージュはため息をついて、再びメイに向き直る。
「ああそうだ、メイ。いろいろ考えたんだけどね。やっぱあんたは理屈をごねて言い訳してるだけだわ」
メイは少し微笑みを深くした。
「いきなり何を仰いますの?」
「いや何、リュウアンであなたが言ったことは正しいわ。でもね、負けた言い訳をしてるだけというのも、私の中でまた正しいのよ。私らも同じ事をやってるから責める権利はない?違うわね、私が間違ってると思ったから責めたのよ」
吐き捨てるように言うルージュ。反論は聞かない、言い捨てる気満々の様子だ。
ややあって、メイは静かに言った。
「……仰りたいことは以上で御座いますか?」
む、とルージュの視線がまた厳しくなる。
メイは変わらぬ口調で、続けた。
「難しい理屈は抜きにいたしましょう?わたくしが勝つか、あなた方が勝つか…結論はシンプルですわ。
わたくしは、リュウアンでそう申し上げたはずです。
わたくしは、わたくしがわたくしとして生き残るために、全力で戦うのだと。
ならば、あなた方も、あなた方が生き残るために、全力でわたくしと戦いなさいまし」
す、と腰を落として構えを取る。
「戦わずにいけたらそれが一番良かったんだけど…そうも言ってられないみたいだねっ」
リィナも、同様に構えを取る。
ルージュが無言で剣を抜いた。
辺りの空気に緊張が漂い、一触即発の気配が充満する。
その時だった。
「あんたの相手はあたしだよ、メイ」
思いも寄らぬ方向から、新たな声がその空気に水をさした。
驚いて振り返るリィナとルージュ。
がさがさ。茂みを掻き分けて、厳しい表情で入ってきたのは。
「か…カイちゃん!」
長い朱色の棒を肩に担いだ、カイ・ジャスティーだった。
カイは勝気な笑みを二人に向け、淡々と言った。
「ナンミンから、手紙もらってさ。何か大変なことになってるみたいだし、力になれるかなと思って来たんだ。
メイの相手はあたしがするから、二人は早く先に行きなよ」
「悪い、恩に着るわ」
「ありがとー、カイちゃん!でも無理しないでね!」
ルージュとリィナは口々に言い、その場を離れようとする。
が、
「そう簡単にお通しすると思いますか?!」
そちらに向かって足を踏み出そうとしたメイを、
「はあぁっ!」
目にもとまらぬ勢いで駆け出し、振り下ろされたカイの棒が止めた。
がぎっ!
メイはそれを左腕で受け、横に逸らしてやり過ごす。
「あんたの相手は、あたしだって言ったでしょ」
カイが挑戦的に笑った。
と、メイの口元が先程とは明らかに違う笑みを湛える。
「…面白え。どこまでやれるか見せてもらおうじゃねえか、カイ」
その瞳は、先程のアルカイックスマイルとは全く違う、生き生きとした輝きを放っていた。
どこか、楽しそうな。
二人はそれを尻目に、急いでその場を去った。
人形の瞳に映るもの
「あぁ~ん、またみんなバラバラになっちゃって、ンリェン悲しいっ☆」
あまり悲しくもなさそうな軽い口調で言いながら森の中を歩くンリルカに、クレアが苦笑を投げた。
「ま、しょうがないよ。このほうが効率がいいのは確かだしね」
ロッテ玉を持っているのはンリルカ。今のところ何の反応も見せていない。
「でもぉ、クレアちゃんは身重なんでしょぉ?どうしてついてきたのかしらぁ?」
いつもと変わらぬ口調で、ずばりと訊ねてくるンリルカ。
クレアはしれっと答えた。
「別に戦うつもりはないよ。ロッテにも言われたしね。赤ちゃん大事なら仕事辞めろって、結構優しいところもあるんだね、あの子。照れ屋なんだ」
「照れ屋っていうかぁ、フツーみんなそう言うと思うわよぉ」
ンリルカはけらけら笑った。
「それに、ロッテちゃんは、『親の都合で子供が振り回されること』がすごくキライじゃなぁい?」
「!…」
それには思い当たらなかったらしいクレアが驚いて言葉に詰まる。
ンリルカは相変わらずの笑顔のまま続けた。
「パパとママを恨んでる風じゃないけどぉ、けど実際、ロッテちゃんにとってはすっごく重荷だったことは間違いないでしょぉ?
だから、クレアちゃんが平気でそういうこと言ったのが許せなかったんじゃないかしらぁ?
自分の勝手で子供が振り回されるっていうことに本当に気付いてるのか、ってねぇ~」
ンリルカの口調は軽いが、内容は辛辣で。
クレアは俯いた。
と。
「あらぁ、あそこにいるのってセレちゃん?」
依然として楽しそうなンリルカの声にはっと顔を上げると、少し木々が割れて開けているところに、木々に溶けてしまいそうな褐色肌の少女が見える。
クレアは驚いて足を速め、セレがよく見える場所まで足を進めた。
「セレ…」
呟くように名を呼ぶと、セレは無表情のまま淡々と告げた。
「ここを通すことはできない。そう命令されている」
「あらぁんセレちゃん、やっほぉ☆早速で悪いけどぉ、ロッテちゃんの居場所教えてくれないかしらぁ?」
後ろから変わらぬ歩調で追いかけてきたンリルカが、気楽に手を上げてあっけらかんと尋ねる。
「その質問には答えないよう命令されている」
セレの答えは予想通りのもので。ンリルカは大仰に落胆のポーズをとった。
「あぁんっ、やっぱりぃ?残念☆」
そちらからセレに視線を戻したクレアは、決然とした表情で、セレに語りかけた。
「あたしねぇ、赤ちゃん生んで『かあさん』になるの」
言うが早いか、突然着ていたマタギ服を脱ぎ始める。
隣のンリルカが、いきなりなにぃ?という表情でそれを見守る中、あっという間にクレアは一糸纏わぬ姿になった。
「そして大好きな人と一緒に、この子を育てるの。
あなたは、父親の裏切り・母親がそれを許せなかった・あなたへの偏愛、それらの不運、決して不幸じゃなく不運が重なって、感情が無い・自我が無いって聞いたわ。
あなたがあなたの感情や自我で、チャカについていくなら、それはそれで勝手だけど、今のままじゃ勿体無いわ」
素っ裸のまま仁王立ちになり、腹をさする。
「触ってもいいのよ。
これが女の体、母親の体。このおなか綺麗でしょう。
あなたもなってみない?あたしより、もっと綺麗になると思う」
沈黙が落ちた。
反応が無いのを見て、説明不足だと思ったのか、クレアがさらに言い募る。
「あなたも、生まれたときから感情が無い・自我が無いという訳じゃなかったはずよね。たとえ、生まれて直ぐに母親が錯乱したとしても、楽しければ笑い、おなかがすいたら泣き、母親に抱かれたら安心して眠りに落ちる。そんな普通の赤ちゃんの時もあったはず。
母親の、子供に対する愛を受けていたはずなのよ。
あなたの母親の偏愛も、子供には迷惑かもしれないけど、愛なの。
あたしの体を見て、愛を思い出して欲しい。そりゃぁ産む前と産んだ後じゃ、体型は違うわよ。でも母親なのは同じ。
見るだけで思い出せないなら、触れてもいいわよ。それでもだめなら、胸に顔を埋めてもいいし、抱きしめてもいい。
赤ちゃんに戻っていいのよ。生まれ変わっていいのよ」
クレアは優しい表情でセレを見つめるが、セレの反応はない。
さらに沈黙が続いた。
「ねーえ、クレアちゃん、服着たらぁ?セレちゃん、何もしないみたいよぉ?」
クレアは苦笑して肩を落とした。
「…そうみたいね。あの子にあたしの言葉は、届かない、か」
もそもそと服を身につけるクレア。ンリルカも苦笑してセレに言った。
「セレちゃんも、何かしてあげれば良いのにぃ。せっかくクレアちゃんがこう言ってるんだからぁ☆」
セレは淡々と答えた。
「彼女の使命は冒険者達を足止めすることであり、彼らの腹に触ることではない」
「あなたはそれでいいの?」
「質問の意図が理解できない」
責めるようなクレアの言葉にも、淡々と答えるのみ。
「彼女の使命は冒険者達を足止めすること。動かないのであれば、彼女が動く必要は無い」
「動くならぁ?」
「動けないようにするまで」
軽いンリルカの質問に、ぴしゃりと言い放つ。
ンリルカは腰をくねらせて、困ったような表情になった。
「ん~困ったわぁ。ンリェンあんまり戦いたくないのよねぇ。戦ってお化粧が落ちるのも爪が欠けるのもやだしぃ」
「ンリルカ…」
呆れたようにクレアがンリルカを見る。
と、その時だった。
「構わないよ、先に進んで」
後ろからかけられた声に振り向くと、森の入り口の方から一人の青年がこちらへ歩いてきた。
褐色肌にくすんだ緑色の髪。女性かともまごう美貌だが、着ている服と先程の声から男性であることが窺える。
ンリルカとクレアはきょとんとして突然の来訪者を見つめた。敵ではないようだが…
彼は柔らかく微笑すると、言った。
「ミケの仲間の冒険者だろう?私はフィズ。ナンミンから手紙を貰った評議長の命を受けて、君たちを助けるために来たんだ。
ここは私が引き受ける。君たちは一刻も早く、目的を果たして」
ミケとナンミンの名が出たことにひとまず安心の表情を見せると、ンリルカはフィズに歩み寄りしなだれかかった。
「あらん、そうだったのねぇ☆助かるわぁ、ホントはもっと根掘り葉掘りカマ掘りお話聞きたいんだけどぉ、そうも言ってられないからぁ、お言葉に甘えてお任せするわぁ♪」
いきなり自分よりも大柄なオカマにしなだれかかられたフィズは多少面食らったようだが、すぐに何事もなかったかのように微笑する。
「そうだね、ここは私に任せて。がんばって」
「ありがとう、フィズ。じゃあ、あたしたち行くね」
クレアも言い、ンリルカと共にその場を駆け出した。
セレはそれを見て無言で足を動かし…
「ルートビースト、ゴー!!」
次の瞬間、フィズの号令と共にセレの足元から植物の根のようなものがぼこりと顔を出し、あっという間に彼女の足を絡めとった。
「君を行かせるわけにはいかないよ。私も、彼らの仲間だ。君が受けた命令の対象内だよ」
セレは無言でフィズの方を見ると、右手に持っていたナイフで素早く足に絡み付いていた根を斬り散らした。
そして、改めてフィズに向かって構えを取る。
それを確認して、ンリルカとクレアはその場を離れた。
使い魔の信じたもの
「反応なし、かぁ…あー、くそっ!」
手の中のロッテ玉をイライラした様子で見つめながら、ゼータは悔しそうに言った。
「ゼータさん、どうか落ち着いて…」
「そうだよゼータ、焦っても事態は変わらない。むしろ余計に精神力を消耗するだけだ。
ロッテが見つかるまで、慎重に、冷静に、ね」
ナンミンとクルムにたしなめられ、しゅんとなる。
「だけどよー……」
「ゼータがロッテを心配する気持ちは、わかるよ。だけど焦ったら向こうの思うつぼだ。
ロッテを思うなら、なおさら冷静にならないと」
「あーあ、10以上も年下の奴に言われる俺ってさー」
ゼータは苦笑しながら頭をかいた。クルムが慌ててフォローに入る。
「ご、ごめん。偉そうなこと言って」
「いや、いいってことよ。確かに俺もちょいと熱くなってたからなぁ」
と、苦笑したゼータの表情が、固まった。
「…ゼータさん?」
ナンミンの呼びかけにも反応しない。魔法でもかけられたように、正面の何かに見入っている。
二人は自然と、そちらの方に目をやった。
森の奥からこちらに近づいてくる、黒い影。近づいてくるにつれ、だんだんと姿がはっきりしてきた。
この気候にはあまり似つかわしくない、暑そうな黒いローブ。長いストレートの銀髪に、翳りをおびた美貌。
一度はその姿を目にしたことのあるクルムやナンミンも、あっと息を飲んだ。
「ローズ…よかった、追いついて」
ほっとしたように相貌を崩す。ゼータはまだしばらく固まっていたが、不意にふっと表情を崩した。
「アッシュ…来てくれたんだな!この野郎!」
青年に駆け寄っていくと、その背中をばしんと叩いて引き寄せた。
そう、ステックの街で再会した、アッシュその人であったのだ。
「どうやら、お前が大変なことになっているようだったからな…少しでも、力になりたいんだ」
「アッシュ………サンキュ」
ゼータは複雑そうな笑みを投げて、涙を拭くような動作をした。
が、その動作がそこで止まる。
「……ローズ?」
不思議そうな表情でそれを覗き込むアッシュ。
ゼータはばっと腕を上げて彼を突き飛ばすと、挑戦的な笑みを彼に投げた。
「なーんて、な。
変身は得意でも、人の事は余り解ってねーみたいだな…俺がアッシュを間違える筈、無いだろ?」
「ゼータ、それじゃ」
クルムが慌てて言い、ゼータはアッシュの方を見たまま頷いた。
「ああ、ニセモンだ。おそらく、あのキャットとかいう変身の得意な猫娘だろ」
ふん、と鼻で笑って。
「…姿や仕草は似てたけどな。ふたつ、お前の知らない情報があった。
ひとつ、あいつは追っ手を撒くために、そのうざったい髪を切ってるんだよ。
そしてもうひとつ……あいつは俺の今を認めてくれた。もう『ローズ』とは呼ばねえんだよ!」
親友を侮辱された怒りがこみ上げる。厳しい表情のまま、ゼータは挑発するように笑った。
「まぁ、40点ってとこかね。偽者でも…元気な姿を見せて貰って嬉しかったから、少しだけ…付き合ったけどな…」
少し感傷的な表情になるも、またもとの表情に戻って、告げる。
「が………悪ぃな! 先を急ぐんで、ココまでにさせて貰うぜっ!!」
調子よく活を入れるが、構える武器が無いのが微妙にかっこわるい。
クルムは眉を顰めて、アッシュの姿をしている人物に向かった。
「ダメだよ、キャット。彼はゼータの大切な人だから…表面上の変化だけでは、彼を騙すことは出来ないよ」
「…そのようだね」
アッシュの姿をしている人物がそう言って薄く笑うと、ぐにゃりとその輪郭が曲がった。
そして、あっという間に金髪の少女の姿になる。虎縞の耳としっぽが、彼女が猫獣人であることを語っていた。
「マ、キャットにでキル足止めハコんなこトクらいしカナいかラネ」
「ルージュを迎えに行ったとき、チャカの姿に化けていたキャットにはすっかり騙されたよ。本当に、彼女にそっくりで。
キャットは心から、チャカのことを慕っているんだな」
どこか羨ましげに語るクルムに、キャットは心底嬉しそうな表情をした。
「あたリマえヨ。チャカ様の演技だッタら、キャットは他の誰ニモ負けなイワ」
「…聞いてもいいか」
クルムはややためらった様子で、言った。
「オレは、キル達は、前当主と、こともあろうか人間との間に生まれたロッテを、一族の汚点として抹消しようと、『刺客』として、彼女を狙っているんだとずっと思っていた。
でも殺すつもりなら、力の差は歴然、本気を出せば、浚ったり殺したりは簡単で。
なのに、いつもそうはしてこなかった。ちょっかいは出してくるけれど、肝心なところで手を止める程度だった」
ゼータとナンミンは、黙ってクルムを見守っている。
「俺とロッテがリゼスティアルでキルに対面した時もそうだ。ロッテに攻撃を仕掛けたり、無理やり連れ去るでも無い。むしろ彼女に、どうするのか、聞いてきた…」
そうかもしれない、でもそんなことってあるのか?
半信半疑の表情で、しかしクルムはまっすぐにキャットを見た。
「オレはずっと間違っていたのか?キル達は、彼女の「刺客」では無いのか?
そうではなくて、彼等は彼女を待っていたのか?
彼女の選択を?
ロッテが自ら、オレ達の元から離れて、自分達の所に来ることを?
ロッテが自分の気持ちに向き合って自分側に来てくれることを…?」
「そうです。わたくしもそれはお伺いしたかったのです。
あなたがたは、ロッテさんを、どうなさるおつもりなのですか…?」
ナンミンもその問いに便乗して、キャットの答えを待った。
キャットはにぃっと笑うと、言った。
「キャット、知らなイワ。何も。だっテソうでショう?チャカ様のすルコとの真意を、キャットが知っテイてどウスるの?」
「では、キャットさんはロッテさんのことをどう思っていらっしゃるのですか?」
重ねて問うナンミン。が、キャットは肩をすくめた。
「どウ、ッて?キャットはチャカ様ガイればいイノ、他のもノニは興味なイワ」
はぁ。
後ろでやり取りを聞いていたゼータがため息をついた。
「なぁ、こいつに何を聞いても無駄だぜ。さっさと先いこや」
クルムは少し残念そうな表情になるも、頷いた。
「そうだね。
どうしてチャカと行ってしまったんだろう。ロッテの本意は何だろう。オレはそれを知りたい。だからロッテに会いに行く。
だからどうしても、そこを通してくれ、キャット」
「通せト言わレテ、通すと思ウノ?キャットは、チャカ様のたメダったら、死ンデも構わなイノよ?」
怯みを見せずまっすぐに言うキャットに、クルムのほうに逡巡の表情が浮かぶ。
おそらく、彼女は本気だろう。彼女に戦闘能力が無いことはわかっている。しかし、彼女は主人のために、命を顧みずに飛び込んでくるだろう。
それを情もなく切り捨てるには、彼は優しすぎた。
と。
「そこまでにしておきなさい、マオ」
突如空に声が響いたかと思うと、クルムたちとキャットの間に音もなく人影が現れ出た。
ふわり、となびく金の髪。青い、独特のデザインの服。そして、ぬけるような白い肌と長い耳、類稀な美貌。
「…ルーイ!」
「ルーイさん!」
彼女をよく知るクルムとナンミンが、その名を呼ぶ。
ルーイは彼らに向かってにこりと微笑んだ。
「ナンミンさん、お手紙ありがとうございました。私でお役に立てることがあればと、参上いたしました。
ここはどうぞ私に任せて、先に進んでください」
「ルーイさん…」
ナンミンは感激に打ち震え、そしてキャットのほうを向いた。
「キャットさん。ルーイさんともう一度お話をしてあげられませんか?」
「ご主人サマと?」
きょとんとして問い返すキャット。
「はい。ルーイさんは、本当にあなたのことを思っておられました。わたくしは、そのことをあなたが間違って認識しているのが、とても残念です。
あなたは、裏切られたというひとつの結果をひきずって、今があるのでしょう?」
真剣な表情で、ナンミンはキャットに語りかけた。
「わたくしたちは、色々な経験をして、成長し続けてきました。速度や規模が違っても、ひとつ考えたり立ち止まって辺りを見たりして一歩一歩前へ進んできたと思うのです。
キャットさん達はどうですか?
このまま、ルーイさんの本当の気持ちから目を逸らして、チャカさんのところで停滞をしているおつもりですか?」
沈黙が落ちた。
キャットはくすくすと笑うと、言った。
「キャットはチャカ様ノトころがいイノ。それガスべて。そレヲ停滞って言うンナら、勝手に言っテレばいイワ。
ご主人サマとお話をしてモイいけド、何かが変わルトは思えなイワ?」
「キャットさん…」
「いいのです、ナンミンさん」
さらに言い募ろうとするナンミンを、ルーイは優しく制した。
「ナンミンさんのお気持ち、ありがたく受け取りました。ですが今は、ナンミンさんのするべきことを果たしてください。ここは私に任せて、早く」
「ルーイさん…わかりました」
ナンミンは真摯な表情で頷くと、クルムたちと共に足を踏み出した。
「逃がサナいわ!」
それを追おうとしたキャットだが、
「大地の束縛!」
鋭いルーイの呪文と共に、キャットの足元の土がぼこりと盛り上がり、まるで意志を持っているようにがっちりとキャットの足を固めた。
キャットはもどかしげにルーイの方を睨む。
ルーイはひるむことなく言った。
「行かせません。あなたの相手は私です」
「マたキャットを裏切るノ?」
「あなたがそれを裏切りと言うなら、私はそれは違うと言い続けます。
あなたが選んだ道を私にどうこう言う権利はない。ですが、私の大切な方々を傷つけ、邪魔をすると言うなら、私は全力でそれを阻止します」
「……っ」
ルーイの厳しい視線とキャットの眼光が火花を散らす。
それを横目で見ながら、クルムたちは先を急いだ。
黒百合姫の愛
「ここでロッテさーんと呼んで、返事があったらいいですねえ…」
ロッテ玉を見つめながら、気鬱な表情で歩みを進めるミケ。
「そうだね…でも、ミケがいてくれてよかったわ。こんな森の中、私一人だったら不安で泣いちゃってたかもしれないもの。こんな森の中で迷子になったら…」
鬱蒼とした森の中をあてもなく歩いているうちに暗い気分になってしまったらしく、レティシアが俯いて呟いた。
慌ててミケがフォローを入れる。
「え、えと、大丈夫ですよ、多分!」
肩でみぃと不安そうにポチが鳴く。
さすがに今のは自分でも白々しいと思ったのか、こほんと咳払いをすると、ミケは改めて優しげにレティシアに微笑みかけた。
「僕も、明るいあなたがいてくれてよかったと思っています。本当に」
「ミケ……」
自然に熱くなってしまう頬をごまかすように、レティシアはきょろきょろとしながら急にハイテンションで叫び始めた。
「こ、これでロッテが見つかればもっといいのにねぇ!
おーい、ロッテー!!」
と、その呼びかけに声が返ってくる。
「呼んだー?」
ロッテの声を真似た、しかし明らかに作り声の。
ミケの表情が急に渋くなった。
「似てないです」
「あら、不評ですね」
高く澄んだ声が響き、同時に二人の目の前に桜色の人影がふっと現れる。
長い亜麻色の髪に、豪奢な桜色の衣装を着たその女性は、二人の前で優雅に礼をした。
「御機嫌よう、ミケさん、レティシアさん。先日はお世話になりました」
「り、リリィ…」
彼女の姿を見たとたん、嫌な汗がにじむレティシア。
リリィはにこりと笑うと、続けた。
「チャカ様からあなた方を阻むようにご命令を受けて参上いたしました。申し訳ありませんが、先に進んでいただくことはできません。御覚悟くださいね」
「そうくると思っていましたよ。ですが、あなたが現れたのは好都合でしたね」
ミケが唇の端を上げて言い、リリィは楽しそうに驚きの表情を取った。
「まあ。ミケさんの口からそんなお言葉が聞けるなんて意外ですね」
「そうですか?あなたが現れたということは、目的の場所に近いということでしょう?好都合ですよ」
「こんな狭い島ですもの。歩いているうちに行き当たります。私に下された命令は『足止めをしろ』ということであって、『どこそこに行かせるな』というものではありませんから」
こともなげに言われて、黙り込むミケ。
「ロッテは…ロッテはどこにいるの?!って…訊いてもどうせ答えてなんかくれないよね…」
レティシアが威勢良く問い…かと思うと急激にしぼむ。
「ふふ、教えてほしいですか?」
リリィはにこりと笑って首をかしげた。
「お、教えてくれる…の?」
おそるおそる問うレティシア。リリィは顎に袖を当てて何か考えるようなしぐさをする。
「うーん、そうですねぇ…レティシアさんは、何をしてくれます?」
「えっ?!や、やっぱりタダじゃ教えてくれない?」
「そりゃそうですよぉ。渡る世間は鬼ばかり。社会は何でもギブ・アンド・テイク。鬼さんに何かしてもらおうと思ったら、それ相応の犠牲を払ってもらわなければ」
「で、でも、私に出来ることっていったら、ご飯を作ることくらいよ?!」
半ばヤケで胸を張るレティシア。リリィはうーんと唸った。
「そうですねぇ、ご飯は私でも作れますしぃ…あ、そうだ」
ぽん、とそでと袖を打ち合わせて、リリィはにっこりと笑った。
「ミケさんを下さい」
一瞬の沈黙。
「………は?」
間の抜けた声を出すレティシアに、リリィは再度言う。
「ですから、ミケさんを下さい。そうしたら、チャカ様のいらっしゃる場所をお教えします」
「だ………」
レティシアの形相が一瞬で引きつった。
「ダメダメダメえぇぇぇっっ!!」
がばっとミケを守るように前に出て、レティシアは力の限り叫んだ。
ミケはびっくりしてその様子を見守っている。
「って、私のものってワケでもないんだけど…」
ごにょごにょと口の中で言って、再びリリィを睨む。
「いい機会だわ!前から訊きたいことがあったのよ」
「なんですか?」
余裕の表情のリリィに、少し言いにくそうに、レティシアは言った。
「り、リリィとミケって……ど、どういう関係なの?!」
「はあっ?」
さすがにこれにはミケも声を上げた。
しかし、リリィはお構いなしに、にっこりと言い放つ。
「そういう関係です」
「えっ、えええええっ?!そ、そそそそそういうって、も、もしかして、恋人同士……とか?」
「恋人同士は『ミケさんを下さい』とか言いません!」
ツッコミを入れるミケ。しかし彼の思惑とは関係無しに、どんどん会話は展開されていく。
「恋人同士だなんて、そんな、じれったい。愛人です。読み方はアイレンです」
「そっちもさらに煽るようなことを言わないで下さい!」
いいんでしょうか。
「ミケさんは私にくびったけなんですよぉ。きゃっ、久しぶりに聞きました、くびったけ」
「そのネタもやめてください」
「そ…そんな…そんな、いくらリリィが可愛いからって、そんなあぁぁぁ!!」
頭を抱えてへなへなと座り込むレティシア。
(そうよそうよ、あの二人の雰囲気はただごとじゃなかったわ!きっと私の知らない小さな頃とかに、二人でお花畑で可愛く結婚式あげちゃったりしたのよ!)
いや、年齢的に無理だと思うんですが。
(ミケくん、リリィのことすき?うん、ぼくおおきくなったら、リリィのことおよめさんにするんだ!じゃあ、こんやくゆびわがいるわね。そっか…あっ。どうしたのミケ?これをこうして…はいっ!わぁ、きれいなこんやくゆびわ!これで、リリィはミケのおよめさんになれたのね!とかなんとかいっちゃって……ああっ!)
妄想大爆発です。
(そ、そんな頃から二人には絆が…そんな絆に、私が勝てるのかしら…せ、切ない…!)
くっ、と涙を飲んで。やおら立ち上がると、二人に背を向けて駆け出した。
「し、シロツメクサで作った結婚指輪なんか、もうないんだからー!!」
「れ、レティシアさーん?!」
いきなりわけのわからないことを言って駆け出すレティシアに、ミケも驚いて駆け出そうとするが。
べち。
レティシアは木の根っこにつまずいて、鼻からこけた。
「うわ痛そう」
冷静に感想を述べるミケ。
そして、リリィに冷たい視線を向けた。
「ロッテさんはどこですか、リリィさん」
「あら、ミケさん、約束が違いますよ?ミケさんを下さったら、エリス様のいらっしゃる場所をお教えして差し上げる、というお約束なんです。約束は守らなくちゃいけませんよね?」
「じゃあいいです、レティシアさん、行きましょう」
くるりときびすを返して、ミケはレティシアの方まで歩いていく。
「え、い、行っちゃっていいの?」
驚いて立ち上がるレティシア。が。
「翔・封」
リリィの魔術文字と共に、ひゅうと巻き起こった風が、まるで鎖のようにミケの体を縛り、捕えた。
「いけませんねぇ、ミケさんともあろうお方が、私の言ったことを覚えていらっしゃらないなんて」
にこにこと、身動きの取れなくなったミケに歩み寄るリリィ。
ミケは動きを封じられたまま、ため息をついた。
「…僕らが進むのを、妨害する、でしょう?……覚えてますよ、一応」
くすくすと笑いながら、リリィはミケの前まで来ると、その顎に手をかけた。
「ミケさんをくださったら、私はエリス様の居場所を教えて差し上げます。そうでなければ、私はあなた方をここから動かしません。まあ、素敵な二択」
レティシアの方へ視線を向けて、にこりと微笑んで。
「エリス様奪還のために、どちらを選んだらいいか。賢いレティシアさんなら、お分かりですよね…?」
「……っ」
言われ、逡巡するレティシア。
確かに、ロッテを奪還するためには、何としてでも彼女の情報がほしい。だが…
「…っでもっ、そのためにミケを犠牲にするなんて…!」
「じゃあ」
ミケの顎にかけていた手でまっすぐにレティシアを指して、リリィは言った。
「レティシアさんでも良いですよ、私」
「………っはぁ?!」
ミケとレティシアの声がハモる。
「ですから、レティシアさんでもいいです。どちらかを私に下されば、エリス様の居場所を教えて差し上げます」
「そ、そんな、でも私……」
レティシアが困ったように視線を泳がせる。リリィはにこりと笑った。
「レティシアさんがミケさんを大切に思っていて、私に渡したくないと思っているのはとてもよく判ります。
けど」
その笑みを、少しだけ鋭いものにして。
「渡さないとか、逃げるとか、あなた方は口でそう言っているだけで、何にもしないじゃないですか。
だから、エリス様も連れて行かれてしまったのではないんですか?
そんな状態で、本当に私達に勝てると思ってるんですか?」
雷に打たれたように、レティシアの表情が固まった。
しばらくして、決然と顔を上げる。
「…わかったわよ。ミケは渡さないわ。誰が何と言おうと。私が何でも言う事聞けばいいのね?そしたら、ロッテの居場所、教えてくれるのね?」
「だ、ダメですよ、レティシアさん!」
束縛されたまま、ミケが焦って言い募る。
「で、でも、私が犠牲になれば、ミケもロッテも…」
「ダメです。そんなことをして、僕が喜ぶとでも思ってるんですか。
僕もついさっきまで、多少のことなら僕が我慢すればと思っていました。ですが、今目が覚めましたよ。
自分一人が我慢すればすむ。死んだっていい。犠牲になればみんなが。そんなものは、絶対におかしいんです。助かった方だって納得できない。
僕らは、誰一人傷つかずに目的を達成しなければいけないんです」
そして、リリィの方に視線を移して。
「あなたは情報と交換での選択肢をくれただけですよね。僕はその選択肢はいらないから。だから、魔法を解いてください。僕にはあなたと話すよりもやりたいことがあるから」
リリィの表情は変わらない。
「先ほども言いましたね?渡る世間は鬼ばかり。社会はいつでもギブ・アンド・テイク…」
その笑みが、さらに鋭さを増す。
「犠牲を払わずになしえるものなど、所詮その程度なんですよ」
ミケとレティシアの表情が厳しくなる。
リリィは続けた。
「渡さないと言うのなら、力ずくで奪ってはいかがですか?
耐え難い、否定したいものなら、力の限り否定したらいかがですか?」
挑発的なリリィのセリフ。しかし、レティシアは首を振った。
「ゴメン、私もそこまでバカじゃない。私がリリィを相手に、力ずくでどうにかなるとは思わないの。だけど、ミケがリリィに何かされるのもイヤ。だから、私が言うこと聞いて何とかなるなら…と思ったんだけど…」
「ダメですよ」
ぴしゃりとミケが言う。
リリィは表情を変えずに、言った。
「口で言うだけしかしないのと、力を行使するのと、どちらが変化をもたらすか。あなた方はその身を持って、ご存知なのではないです?
何もしないで諦めるんですか?失敗するならやらないほうがましなんですか?
その程度の覚悟なら、その程度の覚悟でしか彼を思えないのなら、そんな想いはさっさと捨ててしまった方がいいですよ?」
二人の表情が固まる。
呆然とした表情に火がともったのは、レティシアが先だった。
「イヤよ…想いは捨てられない。彼は渡せない!ロッテも取り返す!
私の大切なもの、何ひとつだってあなたになんかあげない!!」
「風よ、我が意に従え!」
ミケの声と共に、ミケを縛していた風の鎖が吹き散らされる。
「ミケ…!」
レティシアが嬉しそうにそちらの方を見て。
「…やってみもしないうちから、出来ないと決め付けて。戦う前から負けると決め付けて。
そうです、僕はあなたから逃げたかった。でも、違う」
きっぱりと、ミケはリリィを睨みやった。
「自分の望みをかなえるためには、自分の力で立ち向かっていかなければならないんです。
安易な妥協も、姑息な工作も、そんなものは何の解決にもなりはしない。
僕はあなたと戦う。出来ないかもしれなくても、僕自身の望みのために、全力で」
リリィの笑みが深くなった。
「……やっと面白くなってきましたね」
その手が、すい、と空に向かい、文字を描き始めて。
レティシアもミケも、呪文を唱え始めた。
その時。
「待って!!」
どこからともなく澄んだ高い声が響き、三人の魔法は中断された。
がささっ!
上に覆い繁っていた枝が動いたかと思うと、そこから緑色の影が舞い降りる。
短く整えられたエメラルドグリーンの髪。背に見えるのは同色のマント。
その手に握られた、虹色の剣。
「ら………」
「ラヴィさん!!」
ミケに名前を呼ばれ、ラヴィは顔だけ振り返って微笑んだ。
「遅くなってゴメン!ここはあたしが引き受けるよ、二人は早くロッテのところへ行って!」
「で、でも、ラヴィ!」
「大丈夫!あたしのご先祖様だもん…あたしに呪いをかけた人だもん…あたしの手で決着をつけなくちゃ!
だから、ミケたちは、ミケたちが決着をつけるべきことに全力で向かってって!」
リリィと対峙したまま言うラヴィに、ミケとレティシアは顔を見合わせ、頷いた。
「ありがとうございます、ラヴィさん!」
「終わったら加勢しに来るから…がんばって、ラヴィ!」
急いでその場を離れるミケとレティシア。
ラヴィとリリィは厳しい視線で対峙した。
「……ずいぶん成長されましたね、王女様」
「あなたは成長してないみたいだね、元王女様」
ラヴィはリリィを睨みやって、改めて剣を構えた。
「あたしにしたことも、あたしの国にしたことも、もう過去のことだよ。こだわるつもりはない。
でも、あたしはこれ以上、あなたに何もあげるつもりはない…!」
「上等です。見せていただきましょう、あなたの覚悟を!」
リリィは高らかに言って、空に魔術文字を描いた。
探し物は空から
「……っても、森ばっかりじゃ、空から探したってあんまり意味ないじゃないか…」
セントスター島の上空を一周したところでそのことに気付き、シアンはげんなりした。
「それじゃあ、低めに飛んで、これの反応を待つしかないか…」
言って、ロッテ玉を手に取り、高度を下げる。
鬱蒼と茂る木々すれすれのところをゆっくりと飛びながら、ロッテ玉の反応を待つ。
どれくらい時間が過ぎただろうか。
「………っほー、やっほー」
「!」
手の中のロッテ玉が反応を始めた。
「この近く…よし!」
シアンは適当な枝の隙間から地面に降り立ち、通信機のスイッチを入れた。
本当の胸のうち
「…そういえば、アナタとサシで話をしたことはなかったわねぇ」
「…そだね」
森の中。
少し開けたところにぽつんと放置された切り株に座っているロッテは、チャカの言葉につまらなそうに返事を返した。
「アナタは、にいさまのことは覚えてないんだっけ?」
「にいさま?……ああ、パパのこと?そだね。ボクが生まれる前に死んじゃったって、ママは言ってたよ」
「リリシア・マリーンズ…」
チャカの周りの空気の温度が下がったような気がして、ロッテはそちらの方に目をやる。
「一度だけ、会ったことがあるわ。ちいにいさまの狩りで捕まった人間。
あんなにちっぽけで、弱いくせに……炎のような目をしてた」
「………」
「アナタはあるの?周りも焼け焦がしてしまうほど、激しい恋をしたことが」
「………そんなん、わかんないよ」
面倒げにロッテが答えると、チャカはくすりと笑った。
「自分の気持ちには、素直になった方がいいわ…?でないと、アタシのように後悔することになるから…」
「…後悔?」
「アタシは、何故あの時、にいさまを追っていかなかったんだろうって、今でも思ってる。
アタシがにいさまに出来たこと、きっともっとたくさんあった。それが何も出来なかった…
したいことが出来ないって、一番嫌なことだと思わない?」
「…………」
「何が邪魔をしているのかしらね?
本当にこだわらなければならないことなんて、実はそんなにたくさんもないものだと思うわよ……?」
ロッテは顔を上げて、チャカを見た。
チャカはくすりと笑った。
「もっとお話していたいところだけど…そうも言っていられないようね」
チャカが送った視線の方に目をやると。
がささっ。
茂みをかきわけて、見覚えのある面々が登場した。
「みんな……」
ロッテは眉を寄せて呟いた。あまり歓迎をしているとは言えない表情だ。
「ロッテ!」
先頭にいたゼータが、怒りの形相でロッテに向かって叫んだ。
「おらぁ!帰るぞ、ローッテ!!何トボケた事してんだ、このスカっ!!
あ・と・で!しっかり理由聞かせて貰うぞ!? ちゅーか無理矢理にでも吐かせるッ!!」
「ゼータさん、説得する気ありますか?」
「ない!」
はぁ。ミケはため息をついた。
「ロッテさん、わたくしたちのためにその身を犠牲にするなど、おやめくださいぃぃぃ!」
ナンミンは一人で意味不明なことを言っている。
ミケは気を取り直すと、ロッテに向きあった。
「……何にもしようとしなかったかもしれないけど。しなかったけど。でも、僕はあなたを知りたかった。
だって、分からないから。どうしてそう思うんだろう。どうしてそう行動するんだろう。
『あなたの気持ちが分かる』とか『辛かったよね』『苦しかったよね』とか絶対言えないし。僕は、あなたじゃないから。……んー。そんなの他の誰でもそうですけど。あなたと同じ体験はしたことないですし、あなたがどう思って何をしているのかは、あなたじゃなきゃきっと分からない」
真摯な表情で、ロッテに語りかける。
「だから、教えて欲しかった。
どうしてチャカさんについていったんですか?
僕はなんかとても鈍いみたいなんで、言ってもらわないと分からないんです」
「全くその通りだよ。言ってくれなきゃ、わかんないだろ。あんたの考えてることなんてさ」
その横で、厳しい表情で、シアンが続く。
「本当は、あんたはどうしたいんだよ?何故なんだよ?きちんと言えよ、言わなきゃわかんないだろ?!」
駄々をこねる子供のように、同じことばかりを繰り返して。
と、ミケが再び口を開いた。
「今の僕の願いっていうのは……きっとこの仕事の一番最初からなんですけど。
あなたとリーさんは、すごく仲が良くて、羨ましいくらいちゃんと心が繋がってて。またあんな風に笑って旅をしていて欲しいなって、そう思ってました。
だから『久しぶり』って、笑って二人に再会して欲しいなって、思います」
そこで、何か言葉を探すように、視線を泳がせて。ややあって、上手く言葉が出ない様子で、ロッテのほうを見た。
「だから……えーっとー。一緒に、行きません?」
「そうだよ、ロッテちゃん、一緒にリーちゃんとこに帰ろう?!
リーちゃんも、きっとそれを待ってるよ!」
うしろで、必死に語りかけるリィナ。
すると、レティシアが思いつめたような表情で一歩前に出た。
「ロッテ…。戻ってきて。みんなの所に。みんな心配してるよ。
それに、リーだって待ってる。
リーの所に戻らなくていいの?このまま、チャカのところにいるつもりなの?それで、ロッテは幸せなの?もう、リーと一緒に旅をしなくていいの?!」
次第に強い語調になって、ロッテに訴えかけて。
「ロッテにとって、リーってそんな軽い存在じゃないんでしょ?!大切な人なんでしょ?!」
辺りが沈黙に包まれる。
ロッテは仲間達から目を逸らして、ぽつりと言った。
「……リーだって…同じだよ」
「え?」
レティシアが問い返す。
ロッテは目を逸らしたまま、目をぎゅっと閉じて、苦しげに叫んだ。
「リーだって同じだよ!
自分の運命を決めるのは自分だって、迷うことなんかないって、そう思っていたって!
抗えない力がある!だから彼女は天界に行ったんじゃないか!」
冒険者達は、一様に混乱の表情を浮かべた。彼女が何を言っているのか、判らない。
と、それまでロッテの後ろでそのやり取りを見ていたチャカが、手を叩いて前に歩み出た。
「はーい、説得はその辺りでいいかしら?
このコもこう言ってることだし、アナタたちも無駄だって判ったでしょう?」
くす、と楽しげに鼻を鳴らして。
「アタシとしても、気まぐれなお姫様をやっと捕まえたんだから、キルくんが来るまでお返ししたくないのよねぇ」
と、ゼータがチャカに厳しい視線を向ける。
「あのな。退屈なら、しばらく寝てろや?後10年もすりゃ、こっちからお前らぶん殴りに行ってやるから…」
それが精一杯らしい。ゼータは続けた。
「それか、身内同士で殺し合ってろや?――ロッテを巻き込むな。巻き込めって話がアンタ達より上から来てんなら、逆らえ。ロッテの為にな。それで、十分退屈しのぎになるだろうが!」
「あら、どうしてアタシがこのお姫様のために何かしてあげなくちゃいけないの?
アナタがカノジョを大事に思うのは勝手だけど、それをアタシたちにまで押し付けられるのは感心しないわねぇ」
チャカは肩をすくめた。歯牙にもかけられていない。
「エスタルティってのは色々と理屈つけるのが好きなのかしら?」
呆れたようなルージュの声に、チャカはそちらに視線を移した。
ルージュは腕を組んで、軽蔑したような視線を彼女に投げている。
「もっとバカになってもいいんじゃない?正直、いろいろ考えすぎな印象だけど。ま、私もだけどさ。
チャカ、あんた結構寂しいのかしらね」
チャカは少しだけ笑みを深くした。
「そう思うのは、アナタが自分を寂しいと思っているからだわ」
ルージュがムッとして何かを言いかけるが、チャカはさらに続けた。
「自分で言うからには、アナタは色々理屈をつけたりしないわよね?
自分に正直になってごらんなさい?
自分の欲望をさらけ出してごらんなさい?
つまらない虚栄心や見栄で、自分の本当にしたいことを封じ込めるのは勿体無いわ?」
「私が何に見栄をはってるっていうの?」
「そうね、自分が常に正しくありたいという見栄かしら?」
「…っ」
ルージュは言葉につまった。
「…あなたたちは結局、何がしたいんですか?」
ミケが静かに問う。と、レティシアもそれに続いた。
「そうよ!どうしてロッテを連れて行こうと思ったわけ?憎い女の血を引いた子供だからって、殺したがってるようには見えないの。私たちをからかって楽しんでいるだけなの?それとも…愛した人の子を、そばに置いておきたいの?」
チャカは微笑んだまま、何も語らない。
他の仲間達も訊きたいことは同じようで、真剣なまなざしで答えを待つ。
レティシアは少し視線を落とした。
「ホントいうとね、チャカの本当の気持ちも知りたい。あなたの心の奥に何があるのか…教えて欲しい。
でもきっと、チャカは話してはくれないでしょ?」
「どうしてそう思うの?」
チャカが答えて、レティシアははっとして顔を上げた。
「それは…」
「アナタたちは、どうも自分たちだけの思い込みでアタシたちを動かそうという気持ちが強いようね。
アタシがお姫様を殺す?側に置いておく?そうね、それも楽しそうだけど、そのどちらでもないわ」
レティシアは眉を顰めた。
チャカは笑みを深くして、続けた。
「アタシは、自分がしたいことが出来なくて後悔する…そのことがイヤなだけよ」
「…だからそれは、ロッテの父親の変わりにロッテを愛するっていうことなんじゃないの?」
ルージュが言うと、チャカはぷっと吹き出した。
「やぁだ、アナタたちそんなこと考えてたの?なるほどねぇ、そういう考え方も、アリね…」
チャカはそう言って、ロッテのほうを見やる。
「バカ、寝た子を起こしてどうすんだ!」
ゼータがルージュに向かって言った。その様子にまた可笑しげに笑うチャカ。
「ふふ、それも面白いけど、って言ったのよ。
でもアタシの言っているのは、終わってしまったことを今になってどうにかして取り返そうっていうことじゃないわ?
にいさまはもう死んでしまったの。それは覆せないし、他のものでは埋められない。にいさまは一人しかいないんだもの」
冒険者達は黙ってチャカの言葉を聞いている。
「自分のしたかったことが出来ないで、愛する人を永遠に失うのは、勿体無いことだわ?
だから、アタシは、もう後悔しないように、自分のしたいことをするの」
「だから、それはどういう…」
「そのあたりにしていただけますか」
重ねて問おうとしたミケを、別の声が遮った。
聞き覚えのあるハスキーな声に、冒険者たちの身が竦む。
と、音もなく、チャカの隣に黒い影がにじみ出た。
「退屈なのは判りますが、あまり余計なことまでペラペラ喋らないで下さい、叔母様」
「お姉様」
いつものように訂正して、チャカは現れた影…キルのほうを向いた。
「ご所望のお姫様、確保しておいたわよ、キルくん」
「ご苦労様でした。…では」
キルはにっこりと微笑んで、冒険者達の方を向いた。
「うるさいハエを片付けてしまいましょう。話はそれからです、エリス」
ロッテの身がぴくりと震える。
冒険者達はおのおのの武器を取り、身構えた。
キルが左手を上げると、その先に竜の頭をかたどった杖が現れる。
キルはそれを振るうと、凛とした声で呪を唱えた。
「龍華」
それとともに、杖の先から青い光がまっすぐに冒険者達の方へ飛んでいく。
冒険者達はぱっと四方に散ってその光を避けると、武器を持つ者は一斉に二人の魔族に向かっていった。
武器を持たないナンミンとゼータ、身重のクレアは、魔道を使うミケとレティシアと共に後方へ下がる。なぜか武器を持っているンリルカも一緒に下がっているが。
ミケはまず、ファイアーボールを空に向かって放った。
「リーさんが、これを見てこちらに来てくれるといいのですが…」
その間に剣を持ったルージュとクルムが二人でチャカに飛び掛っていくが、さらりとかわされた。
「くっ!」
ルージュは無理な体勢からさらに追撃を繰り出そうと体をひねるが、チャカは先手を取って彼女の手首を掴むと、ひねり上げて地面にたたきつけた。
「ぐあっ!」
悲鳴をあげて倒れこむルージュにチャカはさらに肘を繰り出そうとするが、
「フレイムボンバーっ!」
リィナが横から炎の魔法を繰り出し、その一撃を遮る。
「…っ、サンキュ、リィナ」
その間にルージュは体制を整えた。
「やぁっ!」
槍を持ったシアンもキルに攻撃を繰り出すが、杖であっさりとはじかれ、
「炎舞」
杖から発動された炎の魔法で追い撃ちをかけられ、からがらに距離を取る。
「…っ、ロッテ!」
クルムは魔法の攻撃を何とか剣で防ぎながら、ロッテに向かって叫んだ。
「ロッテは、本当にそれでいいのか?!それがロッテの選んだ道なら、俺は祝福してあげたい、けど!
これからどうするつもりなんだ?!自分に流れる魔族の血を認めて、キルたちと一緒に行ってしまうのか?!
俺たちや、リーとも別れて?!」
ロッテの反応はない。
そこにキルの魔術が放たれ、クルムは距離を取った。
「ロッテ、黒い羽だろうが白い羽だろうが、尻尾が有ろうが無かろうが、関係無いでしょ。あなたとあたし、こうやって話が出来ているじゃない。見た目でも、手足が有る、顔には目鼻口耳が有る、豊かな胸もある、似てるじゃない。
たとえ、それらが違っていても、あたしもあなたも、死ぬまでは生きている、生きようとしている。自分の意志で活動している。心を持っている。ほら、同じでしょ!」
後方から、クレアもロッテに声をかける。
キルがそちらの方に魔法を放つのを、ミケが防護魔法で散らした。
「ファイアーボール!」
と同時にレティシアがキルに魔法を放つが、こちらもあっさりと散らされる。
「ロッテ、あんたがどうしようと、私に何を言う権利もないかもしれない、けど!」
ルージュはなおもチャカに斬りかかりながら、ロッテに向かって叫んだ。
「あんたが逃げようが、闇に堕ちて魔に染まろうが、それがあんたの決めたことならしょうがないかもしれないけど!
私は、あんたにそうなって欲しくないのよ!」
チャカに剣をはじかれ、距離を取って。それでも、力いっぱいに叫ぶ。
「私の勝手な希望だけど!私はロッテに戻ってきて欲しい、私は、あんたのことが、…っ、その、さして嫌いではないから!」
こんな時にも素直になれないのはルージュたるゆえんか。
しかし、ロッテの表情は未だに暗いままで。
「ロッテ!」
クルムが、体勢を立て直して再び呼びかけた。
「人間側の『自分』を切り捨てて、魔界へ行ってしまうのか?!
人間が半分、魔族が半分、それが『ロッテ』だろ?!」
どの言葉が引っかかったのか。
ロッテははっと顔を上げて、目を見開いた。
クルムは続けた。
「確かに、ロッテには魔族の血が流れてるよ。
でも、今のロッテがあるのは、ロッテの中に人間の血も流れてるからだろ?!
どっちかにならなくちゃいけないのか?!
今のロッテのままじゃ、ダメなのか?!」
クルムの言葉を止めようと、キルは杖を振りかぶり、
…ひゅんっ!
ロッテの放った矢が彼の頬を掠め、その動きが止まった。
ロッテが矢を放ったことで、全員の手が止まり、チャカも手を止めてそちらを見やる。
キルは地に降り立つと、ロッテのほうを向いた。
「…どうしたのです、エリス」
「ボクはね」
ロッテは構えていた矢を下ろして、キルに言った。
「ボクはずっと、この気持ちを認めたら、おしまいだって思ってた」
その瞳は、先ほどまでの迷いをたたえたものとは違う。
いつもの、堂々として自信に満ちた、生命力の溢れる彼女の瞳で。
「ボクの中には、パパの血が流れてる。それは変えられない事実で、抗えるものじゃない。
でも、心は。
心だけは、ママと一緒の、人間のものだって思ってた。
違う、思いたかった。
だからこそ、この気持ちを肯定するのが、怖かった。
肯定してしまったら、ボクは身も心も魔族なんだって、パパを殺して、ママを追い詰めたやつらと一緒の存在なんだって、認めてしまうような気がしたから。
だから、ずっと否定してた。キミのことも」
キルは微笑しながらロッテの言葉を聞いている。
冒険者達も固唾を飲んでその様子を見守っていた。
ロッテはしばし目を閉じて黙考すると、再び目を上げてキルを見た。
「でも、抗えない大きな力がある。
それに抗えないのは、力が大きいからじゃない。その力に身を任せたいと思ってるボクの心があるからさ。
それが判ってたから、必死にそれを見ないふりをしようとしてた。
でも、そこのオバちゃんが」
と、チャカの方を見ると、チャカが壮絶な微笑をたたえていたので、なんとなく言い直す。
「……おねーちゃんが、逃げててもしょうがないっていうから。
だから、向き合う決心を…したつもりだった。
でもやっぱり、迷ってた。
つまんないこだわりを捨てて、自分のしたいことをすればいいと思ってても…
パパとママの存在は、簡単に切り捨てられるものじゃなかったから」
そこまで言って。
ロッテは唐突に、微笑んだ。
いつもの、挑戦的な勝気な笑みを。
「でも、クルムも言ったじゃん。
ボクは、魔族が半分、人間が半分、だからボクなんだって。
魔族の血を認めたからって、ボクが全部魔族になっちゃうわけじゃ、なかったんだよ。
ボクのこの気持ちは、ママが人間だったからこそ、受け継がれてきたものなんだからね」
ロッテは眩しそうに微笑むと、一歩、二歩とキルに近づいた。
「だから、もう否定しないよ」
彼の目の前に立って。
そして。
その首にするりと腕を回すと、その唇にキスをした。
「…キミがスキだよ、キル」
それは小さな恋の物語
恐ろしいほどの沈黙が落ちた。
誰もが自分の耳を疑った。否、魔族の二人はそうでもないのだろうが。
事態を整理し、何とかこの固まった空気を動かさなければ。
と、ぐるぐるした頭で必死に考え、口をついて出たのは。
「………っはあぁぁぁ?!」
とりあえず、ゼータの声が一番大きかったように思われる。
ロッテはキルの首にかじりついたまま、苦笑して右手を振った。
「やー、んー、ゴメンね?そゆことだからさぁ。
なーんかみんな真剣になってんのに、こんなことでおっかけっこしてるってわかったらウツになるんじゃないかと思って一人で来たんだけど…みんな、追っかけてきちゃったし。イミなかったね…ごめーん」
仲間達は返す言葉がない。
「…ということは。やはり貴女は、私の元に来るということですね?」
微笑してキルが言うと、ロッテはきょとんとした。
「は?なんで?」
「…私のことが好きなのでしょう?」
「キミも、ボクのことスキでしょ?」
「…………ええ、そうですね」
少し眉を寄せて、それでもすんなりと言ったキルに、冒険者達の顎がさらに落ちる。
「確かにキミがスキだとは言ったけど?それは、キミのものになるってゆー意味じゃないよ?」
「違うのですか?」
キルの声はやや不満そうだ。
ロッテはふふんと鼻を鳴らすと、キルの首に回していた腕をするりと解いて、ちちち、と指を振った。
「キミにくっついてって、従順にキミのいうことを聞いて、キミにかしずくボク?
そんなの、ボクじゃないね。そうでしょ?」
キルは少しだけ首をかしげた。
「ボクが、キミのものになるんじゃないよ。
キミが、ボクのものになって?
それが嫌なら、力ずくでボクをキミのものにするんだね!」
言いざま、腿のナイフを抜き、至近距離でキルに投げ放つ。
キルは難なくそれをかわすと、すでに後ろに跳んで距離を取っていたロッテに向かって嬉しそうに微笑んだ。
「それでなくては、面白くありませんね」
「でしょ?」
きゃはっ、とロッテは笑うと、ぐちゅり、と音を立てて翼を出した。
「ハンデアリでしょ?!ほらみんな、ボーっとしてないで手伝って!」
ロッテの声で、呆然としていた仲間達がハッと我に返る。
「チャカは物理、キルは魔術が得意!逆に言うと、逆のものをぶつければ、そうでないのより多少は効くんだよ!」
ロッテは空を舞いながら、仲間に声をかける。
「ルージュ、クルム、リィナ!接近戦でキルに攻撃!反撃されそうになったら距離を取って、別の人が攻撃っていう風に、順々に行って!とにかく、アイツに召喚陣を書かせちゃダメ!」
「わかった!」
「わかったわ」
「わかったよ!」
ロッテの指示に素直に頷き、それぞれに散っていく3人。
「シアン、ナンミン!精霊魔法と卵で、とにかくチャカの動きを鈍らせて!その間にミケとレティシアは攻撃魔法!効果は少なくてもいいから、出来るだけ広い範囲で!キルのほうに加勢させないように、牽制の意味もあるからね!」
「わかったわ!」
「わかりました!」
「しょうがないね…」
「わたくしにお任せください!卵々乱舞~!!」
言うが早いか、ナンミンの周りからぽこぽこと卵人が生まれ、次々にチャカに向かって走って(?)いく。
「ンリルカは、クレアを守って!」
「了解~ん♪」
「ごめんね、ロッテ、戦えなくて」
「ゼータは………応援してて!」
「………おーう」
戦闘要員に数えられなかったことよりも別のショックがあるらしく、控えめに答えるゼータ。
ロッテは地に降り立つと、再び弓を構えた。
ぎりぎりとひきしぼり、キルに向かって放つ。
狙いは正確。上手く仲間達の間を通り、キルへと向かう。
矢は直前で黒い塵にされたが、気を逸らすのには充分だったようで、攻撃を受けかけていたリィナは上手く逃げ切り、別の方向からクルムが斬りかかった。
戦闘にロッテが加わったことで、仲間の士気も上がり、優勢とまでは行かずとも先程よりは順調に戦いを展開させていた。
ように見えたが。
がしゅっ。
突如聞こえた鈍い音に、仲間達がそちらの方を向くと。
キルにナイフで向かって行ったロッテが、彼の杖で高々と弾き飛ばされたところだった。
胸元から血しぶきをあげながら宙を舞う彼女は、どこか絵画を見ているようで。
その場にいた全員が、動きを止めてそれに見入った。
どさ。
呆れるほどあっけなく、ロッテは地に落ち、胸からあふれ出た血が地面を濡らしていく。
「赤い血に彩られた少女…望まない結末…」
ナンミンが呆然と呟いたのは、シェリダンでムーンリリィが語った占いだった。
ロッテは地に横たわったまま、ぴくりとも動かない。
冒険者達は凍りついたように、それを見守った。
と、地に下りたキルが、静かにロッテに向かって歩いてきた。
血まみれになった彼女を、冷たい目で見下ろし。
「………なかなか、楽しい余興でしたね。帰りましょうか、叔母様」
「お姉様」
もはや条件反射で訂正するチャカに向かって、くるりときびすを返した。
「ま…待ちなさいよっ!」
レティシアが必死で、その背に向かって叫ぶ。
「ロッテのことが好きなんじゃないの?!どうして殺すの?!
どうしてそんなに冷静に、ロッテのこと殺せるの?!」
頬を伝う涙が、はたはたと地面に落ちる。
キルは上半身だけ振り返ると、にこりと微笑んだ。
「ええ、彼女のことを愛していますよ。
だから、他のものに彼女を傷つけられるのは、許さない。
彼女に傷をつけられるのも、殺せるのも、私だけです。
だから、私は満足なのです。
そういう愛の形もあるということですよ…貴女には理解できないかもしれませんが」
「理解できない…したくもないわよおっ…!」
地面にへたり込んで泣き出すレティシアにそれ以上は構わず、再びくるりときびすを返すと、再びチャカのほうへと歩いていく。
「さぁ、行きましょう、叔母様。父上に報告します」
「だから、お姉様」
チャカの訂正には構わず、キルは龍頭の杖を地面につきたてた。杖はひとりでに動き出し、キルとチャカの周りをぐるりと一周して円を書く。
「じゃあね、また会いましょう…チャオ」
チャカが楽しそうに冒険者達に向かって手を振り、そこで二人の姿は消えた。
場に再び、静寂が落ちる。
回復魔法が使えるはずのレティシアやミケも、呆然とロッテの姿を見ているばかり。
皆一様に、目の前の出来事が信じられずに、それを眺めていた。
と。
「ロッテ!」
上空から声がして、冒険者達はそちらを見た。
青く澄んだ空に白く大きな翼を広げてこちらに降りてくる、銀色の髪の天使が見える。
「リー…さん…」
ミケはいたたまれない表情で彼女を見た。
「こっちの方の空でのろしみたいなのが見えたから、来たんだけど…少し遅かったようね」
リーは地に降り立つと羽をしまい、ロッテのほうに歩いてきた。
「ご…ゴメンね…リー…私達…」
しゃくりあげながらレティシアが言い、クルムがそれに続いた。
「ロッテを…守れなかった…ゴメン」
リーはしばらく、立ったままじっとロッテを見下ろし。
やがて、半眼になって冷たく告げた。
「……いつまでやってるのよ。早く起きなさい。行くわよ」
予想外の反応に、冒険者達の目が点になる。
リーはそれには構わずに、くるりときびすを返すとスタスタと歩き始めた。
すると。
「やー、バレたか。ちょっとは驚いてくれるかなーと思ったのにー」
陽気な声と共に、むく、とロッテが起き上がる。
「ろ、ロッテ?!」
冒険者達は皆一様に驚きの表情を見せた。
「ろ、え?お、お前、ケガは?」
混乱した様子のゼータに、ロッテは襟元からごそごそと手を入れる。
「やっだなー、ゼゾで買ったじゃん、血糊」
もそ、と出したのは、一部が切り裂かれ、そこからぽたぽたと血のような液体が滴り落ちている、皮袋。
ゼータは脱力して、次にものすごい形相でロッテを見た。
「………てめえこの野郎ッ!!死ぬほどびびったじゃねえか~!!」
「きゃっはは、ゴメンゴメーン」
他の冒険者達も、安心したような表情でその様子を見て。
感極まって、ロッテに抱きつく者もいた。
リーは足を止めてそれを見て、やはり安心したように苦笑した。
長い旅の終着地
「ひとまずは、お疲れ様。無事にロッテを連れてきてくれて、嬉しいわ」
セントスター島の玄関口、港町にある宿屋で。
落ち着いた冒険者達に、リーは笑顔で挨拶をした。
リーの隣にはロッテ。反対側の隣には、出発する時に見た、あの金髪の少年が座っている。クルムとの話に出た、エリーという少年だろう。
「しっかし、結局チャカは、何が目的だったんだろうな?」
腑に落ちない様子でゼータが言うと、ルージュも頷いた。
「そうね。後悔しないようにしたいことをする、って言ってたけど…どうやらロッテをどうこうするっていうことじゃなかったみたいだし…」
首をひねる二人に、ロッテが肩をすくめた。
「よーするに、やりたいことをやる、ってのと、ボクのパパやボクはカンケーない、ってことでしょ?」
「どういうこと?」
レティシアが問い、ロッテはそちらの方を見た。
「んー、ボクの言うことがすべてじゃないだろけどさ。
あのオバちゃんの言ってた『後悔しないように』っていうのは、『後悔したことを修正するために何かをする』んじゃなくて、『もうその思いをしないように、今やりたいことを精一杯やる』ってゆーふーに聞こえたよ?」
「けどぉ、そのやりたいことっていうのが結局判らないからみんな混乱してるんじゃなぁい?」
ンリルカが言い、他の面々も頷いた。
「だから………くっつけババアがやりたかったんでしょ?」
ロッテの言葉に、一瞬皆が沈黙し。
「……はぁ?」
先ほどと同じ反応を、満場一致で返す。
「だからー、素直になってないボクにちょっかい出して、キルとくっつけたかったんでしょ?
折りよく、キルからも命令がきてただろうしね」
「ちょっと待って、じゃあチャカは、ロッテとキルの仲を取り持つために行動してたってことか?」
心底意外そうな表情で、クルム。
「まあ、ぶっちゃけそういうことじゃない?自分が果たせなかった愛を、可愛がってる甥に果たしてもらう…っつーと、ちょっと聞こえが良すぎるかなー」
「そうなのか……オレはチャカへの考えを、少し変えなきゃいけないかもしれないな。
今まで彼女が起こしてきた行動にばかり目がいって、チャカ自身を、ちゃんと見ていなかった気がする…」
クルムがうーんと考え込み、ロッテは苦笑した。
「だから、聞こえがよすぎるって。そんだけじゃないっしょ、きっと。
なんだか、みんなはチャカがメインでたくらんでて、キルはそのおまけって思い込んでたみたいだけどさ。
チャカとキルだったら、キルのほうが立場は上なんだよ。さっき、『命令が来てた』って言ったけど、キルは、チャカに命令する権限があるわけさ。まぁ、チャカも楽しめると踏んだからこそ命令も聞いたし、もっと面白く引っ掻き回すために部下を使ったんだろうけどね」
「はぁ…そういうことだったのかー…」
いまいちわかっていない表情で、リィナ。
「ま、あとはアレでしょ。ボクのパパをスキだったチャカにしてみれば、キルパパはあんまり楽しい存在じゃないよね。
キルとボクをくっつけちゃえば、ボクを目の敵にしてるキルパパ大激怒、まーた楽しいパーティーの始まり♪っていう思惑もあったんじゃないのかな?」
「そ、そう考えると、あまり美化してもいられないか…」
少し気を取り直して、クルム。
「でも、キルはロッテのこと、殺したと思ってるのよね?」
レティシアが言うと、ロッテはくすっと笑った。
「リーがわかったこと、アイツがわかんないわけないじゃん。
言ったでしょ?『父上に報告をします』って」
あっ、とレティシアが口を塞ぐ。
「ボクも、まだまだアイツと遊んでたいからね。ヘンな確執やしがらみは邪魔だよ。
ま、そーゆーイミでは、オバちゃんのたくらみを阻止できたって言っていいのかな」
キルが父親に「ロッテは死んだ」と報告すれば、一族の中では彼女は死んだことになるのだろう。少なくとも、しばらくの間は。
キルはそのために、帰ったのだ。
「でも、よかった。二人がこうしてまた、並ぶことが出来て」
クルムが微笑してリーとロッテに言った。
「ロッテとリーが一緒に並ぶと実感する。ロッテとリーは、いつか会う約束をして生まれてきたんだなって。
対になって、この世界に降りてきたんだなって思う。すごく素敵な関係だね」
クルムの言葉に、照れたように笑顔を浮かべるリー。
クルムは続けた。
「リーが『ロッテを守って』と言った本当の意味に、旅の終盤まで全然気づけなかった。
凄く…ビックリしたよ」
責めるような様子ではなく、嬉しそうに微笑んで。
「ロッテと旅が出来て、楽しかった。見守るつもりで遠巻きにしていて、ロッテの本当の気持ちに気付けたのは…オレの本当の気持ちを伝えられたのは旅も終わり頃になっちゃったけどね。
今回はロッテの護衛だったからなんだかんだでロッテの行動制限しちゃっていたね。
いつかまた、今度はロッテも心から楽しめるような旅、冒険が一緒に出来たら凄く嬉しいな。
ロッテと、今度はリーとも、ね」
「そうですね、ロッテさんと旅が出来て、本当に楽しかったです」
ナンミンも、同じようににこりと微笑む。
「何百年後でも構いません。 いつかナンミン村に遊びに来て下さい。また、御会いしたいです」
「いや、ナンミン村ってどこよ」
「そ、そうですね、後で地図をお渡しします…と、とにかく、ロッテさんと冒険できて、本当に良かったですよ」
「リィナも!ロッテちゃんと旅が出来て、すっごく楽しかったよ!」
リィナが便乗して、しゅたっと手を上げる。
「確かに、襲われちゃったり、叩いちゃったり、温泉入ったり、ルージュさんが家出しちゃったり、シアン君も居なくなっちゃったり、いろいろあったけど、ロッテちゃんや、みんなと一緒に旅した事忘れないと思う♪いろいろ、勉強にもなったしね。楽しかったよ。ロッテちゃん。ありがとう…」
「おけー、リィナも…っ、元気でねー…!」
リィナが手を差し出し、席が遠かったのでギリギリだったが、ロッテもその手を握り返した。
「って、そういえばリーちゃんは、生きていく理由っていうのはできたの?」
突然自分に振られ、一瞬何のことかわからずきょとんとしていたが、やがて思い出して、リーは微笑した。
「あ、ああ。まあ…ね」
なぜか隣のエリーの方を見て、頬を染める。
「わーっ、よかったね。ロッテちゃんも、一緒に来れたし、めでたしめでたしだね!」
その微妙な変化は感じ取れない様子のリィナは、能天気に喜んだ。
「ありがとう、ロッテ」
次にクレアが、いつもの焦点の定まらない瞳で微笑んだ。
「あなたの生き様、最後まで見届けたいけど、それは無理よね。あなたが死ぬとき、どんな顔で死ぬのか見たかった。あたしは、やっぱり『こんなもんよね、まぁ、たのしかった』で死にそう。
はっ、別れの場で死ぬなんて縁起悪いね」
苦笑して、それからお腹を撫でて。
「そうそう、あたしのこの子に、あなたの話を聞かせて育てるわ。どこかで、この子に逢ったら、話を聞かせてあげてね。夜の話もいいから、お願いね」
言われて、ロッテはくすぐったそうに微笑んだ。
「子供、大事にしてあげなよね。親の接し方ひとつで、子供ってうんと違うから」
「もちろん。……ロッテ、まだ両親のこと、許せない?その境遇は、あなたにとって重荷だった?」
突然心配そうな表情で問われ、ロッテはきょとんとする。リィナやシアンも、同じような表情になった。
「なんで?ボク一度でも、ママやパパのこと、許せないって言った?重荷だって言った?」
「だって、ロッテちゃん…」
「そりゃ、客観的に見れば、後先考え無しに感情に任せるのは、利口とはいえないよね。
けどさ。もー、許すとか許さないとか、そんなんじゃないでしょ」
にこり、と笑って。
「ボクの、ママとパパだもんね」
その言葉に、一同の表情に安心が広がった。
「まあその…上手く言えないけど」
ルージュは本当にどう言っていいかわからない様子で、ロッテに言った。
「ゼゾまで、知ってたのに気付こうとしなかったわ。ゴメン。
……怖いものだもんね、自分の暗いところって。ああもう、とにかく、上手く言えないけど……おかえり」
「ルージュ、知ってたの?!ロッテがキルのこと好きって!」
レティシアにツッコミを入れられ、ヤケ気味に言い返す。
「そっちじゃないわよ!だからその、ロッテが自分の中の魔族の血を否定したがってる、っていうのが」
「んーまー、それだけじゃないんだけどねぇ。難しいんだよぉ、オトメゴコロってのは~」
ロッテはけらけら笑いながら、ひらひら手を振った。
「ところで…さっきから気になってたんだけど、彼女と彼女は?」
レティシアとンリルカを指し示して、リー。と、仲間の全員がそこであっと思い出したような顔をした。
「そうか、ンリルカとレティシアは、リーと別れてから仲間になったんだな」
「ごめんなさいねぇん、ご挨拶が遅れちゃってぇ。ワタシ、ンズーリルカ・ド・レンリェンっていうのぉ、ンリェンでもンリルカでも好きなほうで呼んでねぇ☆あぁん、リーちゃんって結構可愛い服着てるけどぉ、もぉっと似合う服がありそうよぉ、特攻服とか」
「そ…それはちょっと」
多少ンリルカの迫力に気圧されるリー。
「あ、そうそう、はぁい、これ領収証。よろしくねぇ☆」
そして、今までの冒険で溜めた領収証をばさっとリーに渡す。リーは気圧されつつ素直に受け取った。
代わってレティシアが挨拶をした。
「初めまして、レティシアよ。ワケあって、シェリダンから仲間に加えてもらったの」
「ありがとう。あなたたちにも依頼料は払うわね。みんなもお疲れ様。後払いなのに、がんばってくれて有難う」
言って、じゃらりと少し大きめの金袋を机の上に置くリー。
が、それにミケが待ったをかけた。
「あ、あの、リーさん。僕は何もしてないので、報酬は0で結構です」
「ええっ?!」
リーよりも驚く冒険者達。
ミケは申し訳なさそうに言った。
「だって、結局ロッテさんはさらわれてしまったわけですし、ロッテさんの思惑も、リーさんの本当の依頼も、チャカさんたちの思惑も何もわからなかったわけですから…」
「そ、そんなこといったら私達全員報酬ゼロじゃない!」
レティシアが言い、他の面々もうーんと考え込んだ。
しかし、リーは笑顔で首を振った。
「あたしがあたしの思惑をあなた達に伝えなかったのは、あたしの考えであって、あなたが責任を感じることじゃないわ。ロッテのことが判らなかったのも、あの人たちの思惑が読めなかったのも、あたしが充分な情報をあなた達に伝えなかったから。それは、あなたが気にすることじゃないわよ」
「でも…」
「それに、ロッテが戻って来てくれたのは、あなた達との心の繋がりがあったからでしょう?
それを作ってくれることが、あたしがあなたたちにお願いしたいことだったの。
だから、ミケは充分依頼を達成してくれているわ」
「…………」
リーは優しく微笑んで、ミケに言った。
「受け取って?あなたががんばってくれたことへの、あたしにできる御礼だから」
「リーさん…」
ミケはやはり申し訳なさそうに苦笑して、頭を下げた。
「どうもありがとうございました。ちょっとだけ、色々教えてもらったから。この旅は……楽しかったから。
そして、ごめんなさい。今ひとつお役に立てなくて。
今度、もし会えたら…今日よりももうちょっと前に進めた僕で、会えるようにがんばってきます。
今日何も出来なくても、明日は何かできるように、がんばるから。
そしたらもっと、いっぱい話ができるといいなと、思います。
知り合いじゃなくて、友達になれるように。
よろしくお願いします」
「ミケはなんもできなくないよ~。もっと自信もちなよ♪」
ロッテはくしゃっと微笑んで、ミケに手を振った。
冒険者達の表情も、自然と穏やかになる。
ロッテが敬称無しで、呼び捨てで名前を呼んでいる。あの戦闘の時からだ。
それだけ自分たちを信頼してくれている。そのことが何より嬉しかった。
さて。
報酬も無事払い終わり、領収証の清算も済んで。
「さー、終了終了。お疲れー。
さて、どうしようかな」
「ルージュさんっ!」
宿屋の出口で伸びをしているルージュに、ナンミンが飛びつく。
「な、何」
「依頼終了記念・酒池肉林のダンスパーティーをやりませんか?!」
「な、何いきなり言ってんのよ」
「わたくし、ルージュさんと一度踊りたいという野望が…!
見てくださいっ、ンリルカさん直伝の腰の動きをっ!!」
「いや、見たくないから。いいから。つーか私の踊りをただで見ようっていう根性なわけ?」
「お、お金を取るのですかあぁっ?!」
「当たり前じゃない。ちなみに1ステージ金貨100枚ね」
「ぼ、暴利です~」
「なら諦めなさい」
「ルージュさあぁぁぁん…」
「ま、まあ、酒池肉林ダンスパーティーはともかく、打ち上げはいいよな。
オレは酒とか飲めないけど、みんなで楽しむのは悪くないよ」
クルムが苦笑いでフォローを入れ、ナンミンは彼のほうを向いて微笑んだ。
「そうですよね、こうして人と人とが出会って、楽しいことが増えるということはとても素晴らしいことです」
「まあ、打ち上げは打ち上げとして、みんなはこれからどうするつもりなの?」
後ろからレティシアも話に加わって。
「そうだね。僕は一度、実家に帰ろうかなと思う。一族の奴らに文句でも言ってやろうかなって」
「そうなんだ、がんばってね、シアンくん」
リィナが励ますように微笑み、そしてあっと何かを思い出す。
「そうだ、リィナ、リーちゃんに訊きたいことがあったんだった…」
と、リーのいる方に歩いていった。
シアンはそれを見送ると、少し恥ずかしそうに、それでもまっすぐに言った。
「その後はまた旅でもしようかと思う。今回の経験で僕の世界はまだ狭い事が分かったしね。
あんたたちには一応お礼を言っておくよ。
あんたたちといて、いろんなことを考えさせられたからね。その…ありがとう」
仲間達は暖かい微笑でシアンの礼を受け取った。
「僕は…また一から修行ですね。旅をしながら」
ミケが言い、ナンミンも頷いた。
「わたくしも、また旅をして、色々な人々を見て回りたいと思います」
二人の言葉に、レティシアはうーんと唸った。
「そうね~…私も、マヒンダに戻ってもいいんだけど…何か今帰ると、ずっと家に居たくなりそうだし…
とりあえずヴィーダに戻って、落ち着いたら家に手紙でも出そうかな」
懐かしそうに微笑んで、そう言って。
「でも、みんな離れ離れになっちゃうのね…何だか寂しいな。でもまたいつか、会えるよね。
…あ、ヴィーダに戻る人いる?いるなら一緒に帰ろうよ。なんだか、今一人になっちゃうの寂しくて…誰かいない?」
誰か、っていうかミケ。
という熱いアピールにも全く気付かないミケが、笑顔で頷く。
「そうですね、みんなで一度ヴィーダに戻りましょう。そこで楽しいことがあるかもしれませんしね」
「わかりました!そうと決まれば早速、酒池肉林のダンス・パーティーですね!わたくし、会場を確保してまいります!」
「それはもういいってば…」
嬉々として出て行くナンミンに、ルージュがげっそりと呟いた。
「ねー、リーちゃんリーちゃん」
後ろから呼びかけられ、リーは振り向いた。
「あらリィナ。どうしたの?」
「あのね、リーちゃんに質問があるんだけど、天界と魔界って転移魔法使うんだってね。そういう、転移魔法の使い手とか、マジックアイテムってあるのかな?」
「ええと、魔界はともかく、天界に行くにはこの島にある特殊な『門』を通らないといけないの。その門を開けられるのは、天界にいる門の番人だけで、天使たちは基本的には現世界に転移できるような魔法や道具の開発は禁じられているそうよ」
「え、そ、そうなんだ…」
「でも、どうして?」
眉を顰めて訝るリーに、リィナはしゅんとして答えた。
「リィナね、実はこの世界じゃないところから来たの。で、帰る方法を探してるんだけど…もし、そういう魔法やアイテムがあったら教えて欲しいなって…」
「そうなの。ごめんなさいね、お役に立てなくて」
「ううん、ありがとう」
リィナは首を振って微笑むと、また仲間のところに戻っていった。
「リー」
また後ろから呼びかけられて振り向くと、クレアが立っていた。
「さっきはあなたに挨拶しそびれちゃった。楽しかったわ、ありがとう。
最初のロッテの行動には面食らっちゃたけど、いい経験ができたわ。最初っから言ってくれても、相手してたのに、騙されたようで、ちょっと不満かな」
何を言われているのかわからず首を傾げるが、クレアはお構い無しに話を続けた。
「でも、個人じゃ行けないようなところにも、数々行けたし。マーシーとも会えたし。結果オーライよ。ありがとね」
そう言って微笑むと、顔を耳元に近づけて、耳元で囁く。
「最後に一つ、あんなだと毎晩は疲れるわね。お相手ごくろうさん」
そのセリフで、やっと「相手」の意味が判ったらしく、リーは赤面した。
そのリーの唇に、クレアは自分の唇を近づけて…
「おっと」
何かに頭を抑えられて、止められた。
「そこまでにしてもらおうか。一応、俺のだから」
という声に顔を上げると、先ほどリーの隣に座っていた、エリーという少年がいて。
「ふぅん…」
クレアは面白そうに、二人の顔を見比べた。
「ま、いいや。じゃね、お二人さん。お幸せに」
「…あなたもね」
ひらひらと手を振って出口に向かうクレアに、リーは赤面しつつも手を振った。
「なー、ロッテ」
宿の外で海を見ていたロッテの隣に座って、ゼータは言った。
「ん?なにー?」
海のほうを見たまま返事をするロッテに、ゼータも海のほうを見て、ぼんやりと呟く。
「な、しばらく、一緒に暮らしてみねー?」
唐突に湧いて出た言葉に、目を丸くしてゼータのほうを見るロッテ。
「…なんてな。今日のことがなかったら、言おうと思ってたんだけどな」
ゼータは苦笑をロッテに向けた。
「驚いた、っつーか…ショックだったよ、やっぱ。それなりに、本気だったんだけどな」
ロッテは何も言わずにゼータを見ている。
ゼータは、真顔になって、問うた。
「…アイツじゃなきゃ、だめか?」
「ダメ」
即答。
ゼータは撃沈してうなだれた。
ロッテは苦笑して、彼に声をかける。
「ゴメンねゼータ、ボクがドキドキするのは、やっぱアイツしかいないんだよ」
「魔族でもか?」
「そんなのカンケーないっしょ?キミは、魔族のハーフじゃなくて、ボクをスキになってくれたんでしょ?」
「……違いねえ」
完全にやられて、ゼータは額を押さえた。
「でも、ま。いつかロッテに追いついて、一緒に旅をって目標は、取り下げてねーし!
見てろよ!そん時にゃ、あのわさびアイスクリーム魔族から、お前を奪ってやるからな!」
「きゃはは、期待してるよ。つーか、その時はゼータはマジモンのオッサンだろうけどね」
「オッサン言うな!つーかマジモンってなんだ、今もプチオッサンってことか?!」
「おっ、察しがいいねぇ」
「うがー!!」
調子のいい漫才を繰り広げていると、向こうのほうからンリルカが走ってきた。
「あらぁ、二人ともこんなところで何してるのぉ?向こうで酒池肉林・阿鼻叫喚・ご意見無用のウキウキ・モジモジ・ヌルヌルダンスパーティーが始まるそうよぉ?無事に戻ってきたフィズくんやカイちゃんたちも来るんですってぇ」
いつの間にかタイトルがすごいことになっている。
「マジ?そんじゃ、ボクいこっかなぁ~♪」
ロッテはすっと立ち上がると、ンリルカの指差した方向にとてとてと歩いていった。
「ンリルカ…」
「ダーリン…」
残った二人が、唐突にピンク色の世界を展開させる。
「ンリルカ…もう、俺にはお前しかいないっ!」
「ああダーリン、ワタシもよぉっ☆」
ひし。
という効果音が聞こえそうなほどに抱き合う準備万端だった二人だが。
「オー、ソコニイルノハンリルカサーンジャアリマセンカー?!」
「あらぁんっ、スチュワートぉっ?!」
すか。
ゼータの腕が空を切り、思いっきり彼を避けたンリルカは嬉しげに金髪碧眼の美青年の方に駆けていく。
「ンリルカサーン!逢イタカッタデース!」
「あぁん、ワタシもよぉ、スチュ☆」
一気に濃厚なピンク色の世界をかもし出した二人は、そのままゼータには目もくれずに港に停泊している船の方へと歩いていった。
ぽつん。
一人残されたゼータ。
「な………」
海風が目にしみる。
「なんでこうなるんだぁぁぁっ?!」
港町に、プチオッサンの絶叫がこだました。
「ロッテ」
ダンスパーティー会場に向かう道すがら、後ろからロッテが歩いてくるのに気付き、リーは足を止めた。
「あれ、性悪天使は?」
「……パーティーには付き合ってられないって、部屋で寝てるわ」
ロッテが隣に来るのを待って、一緒に歩き出す。
「…戻ってきてくれて、良かったわ」
「キミもね」
「あたしが戻ってこないと思ったの?」
「キミもそう思ったから、ボクに護衛つけたんでしょ?」
「……あなたが、あなたでないものになってしまうのは、嫌だったのよ」
「それは、キミがキミじゃないものになっちゃいそうだったから、でしょ?」
沈黙。
「…そうね。人を好きになるって、こんなに大きな力なのかって思った」
「抗えない大きな力…か。でも、その力に流されちゃいたいんだよねぇ」
「でも、流されちゃったら、あたしはあたしでなくなるわ」
「でも、キミは戻ってきたじゃん」
「あなたもね」
「そりゃね」
くす。
二人で笑いあって。
「また、旅が出来るのね」
「そだねー、今度はどこにいこっか。あ、マヒンダとかどぉ?ボク久しぶりに行きたいかも~」
「いいわね。総評議長にはお世話になったし…」
「ああ、あの厚塗り化粧のエルフのおねーちゃんでしょ?」
「あなた、そんなこと言ったら怒られるわよ…?」
暮れかけた、セント・スターの空の下。
久しぶりに再会を果たした親友同士の会話が、いつまでも続いていった…。
“Niece” the end 2004.8.2.Nagi Kirikawa