「チャカ叔母様」 「……………」 「チャカ叔母様」 「……………」 「……………チャカお姉様」 「なぁにぃ?キルくぅん」 「このネタ前にもやりませんでしたか」 「細かいこと気にしてたらハゲるわよ。ていうか、ずいぶん久しぶりねぇ?アタシが貸したコ達は役に立ってる?」 「ええ、重宝させていただいております。おばさ…お姉様もずいぶんお楽しみのご様子ですね?」 「ええ、とっても楽しいわ?だからやめられない、生きることって…」 「お楽しみのところ真に申し訳ないのですが、そろそろお姉様にもお出ましいただきたいのですが」 「そうね、もうそろそろ…だし?あのコの様子はどうなの?」 「さあ、どうでしょうね…彼女の心中は、私には量りかねるものがありますから」 「ふふ…それでこそよ。何もかもわかっているモノなんて、つまらない…思い通りに行かないからこそ、面白いんだから」 「相変わらずですね…叔母様は」 「お・ね・え・さ・ま」 「………そう…思い通りに行かないからこそ、面白いんだから…ね」
嵐の予感
「何てことに…!」
だんっ。
ぎりっと握り締めたこぶしで、クルムが悔しげに机を叩いた。
「ルー姉ちゃん…そんな…そんな…」
わなわなと震えながら、かくん、とその場に膝をつくレティシア。
ポチを回収したミケから一部始終を聞いて、一行が宿で取っていた部屋は一気に重苦しい雰囲気に包まれた。
皆一様に厳しい表情で、それぞれに思いを馳せているようだ。
「私…やっぱり残っていればよかった…そうしたら、ルー姉ちゃんだって、出て行ったりなんかしなかったのに…!ルー姉ちゃん…どうして…どうして…?!一人だなんて…そんなこと、そんなこと絶対無いのに…!」
すくっ、と立ち上がって、きっ、とゼータを睨む。
「ゼータのせいよ!ゼータがあんなひどいこと言うから…っ!」
「おいおい、そこで俺に振るかね」
肩を竦めて、ゼータも厳しい表情をレティシアに返す。
「俺にどうしろってよ?あの傲岸不遜女の言うことへいへい聞いて、ロッテを無理やり閉じ込めとけばよかったのかね?」
言われて、レティシアはぐっと言葉に詰まった。
「そ、そりゃあ…ルー姉ちゃんのロッテに対する態度は、褒められたものじゃなかったわ。
けど、あんな風に言えば、傷つくってわからない?!
ゼータは、ルー姉ちゃんのロッテに対する態度に怒ってたけど、ゼータがルー姉ちゃんにしてることだって、同じじゃない…!」
はたり、涙が零れ落ちる。
ゼータはぎょっとした。
「ルー姉ちゃんがロッテにしているように、ゼータもルー姉ちゃんの気持ちを無視して、自分の考えを押し付けてるよ!押し付けて、傷つけて、自分の思い通りにさせようとしてるだけじゃない!そんなの…ルー姉ちゃんが、可哀想過ぎるよ…!」
再び、重苦しい沈黙が訪れる。
と。
くすっ。
その雰囲気を破る、小さな軽い笑いが室内に響く。
誰もがそちらの方に目を向けた。
口の端を皮肉げに吊り上げ、オレンジ色の瞳を楽しげにきらめかせて。
「ロッテ…?」
名前を呼ばれて、彼女はもう一度、くすりと笑った。
「そんで、レティシアちゃんも同じコトするわけだ。ゼータくんを同じように責め立てて、今度はゼータくんがいたたまれなくなって逃げ出す番だねぇ、きゃははは!」
「俺をあんな無責任姉ちゃんと一緒にすんな!」
楽しげに笑うロッテに、レティシアは哀しそうに反論する。
「…っでもっ!ルー姉ちゃんは絶対ヘンだったんだよ!責任感の強いルー姉ちゃんがこんなことするなんて、絶対おかしいんだもん!何か、事情があったんだよ…でなきゃ、こんな…」
「その事情は何だって、何度も俺らは訊いたよな?何でそんなに熱くなるんだって。だが、あいつは一向にそれを話そうとはしなかった。事情があってしていることなら、その事情を言ってくれりゃあ俺らにも何か出来たかもしれん。だがな、あいつはそれをしなかった。わかるか?」
なおもはたはたと涙を落とすレティシアに、ゼータは冷たい表情のまま言う。
「あいつは、自分から俺らの手を振り払ったんだよ。
心を開くことも、助けを求めることも、俺らの声を聞くことも何もしないまま。
自分が心開かねえで、相手にわかってください、言うこと聞いてください、それが受け入れられなければ勝手に『一人になった』とかほざいてトンズラかよ。ワガママここに極まれりって感じだな。
何度も言ってやるぜ。あいつを一人にしたのは、あいつ自身なんだよ」
「……っ……」
レティシアは返す言葉を失って黙り込んだ。
「はぁいはい、ちょっと二人とも落ち着いてぇ?」
パンパン、と手を叩いて、ンリルカがそれに割って入る。
「レティシアちゃんも、泣いてちゃお話しにならないわぁ?ゼータくんも、ちょっと大人気なさすぎ。ンリェンの、教育的指導という名のモーニングスターをお見舞いしちゃうわよぉ?」
「それはやめろ。切実に」
「ロッテちゃんは、そう思うのね?レティシアちゃんがゼータくんを責め立ててるって」
「ん?んー、何か、同じよーな場面を今朝まさに見たなーって思っただけだよぅ?ゼータくんがレティシアちゃんに、ルージュちゃんがゼータくんに変わっただけでさ。やってること大して変わんないじゃん?」
「けどっ!ルー姉ちゃんにはなんか事情があったんだよ!それを考えないで、あんなひどい言葉…!」
「じゃ、ゼータくんにはなーんも事情が無いと、レティシアちゃんは思うわけだ?」
再び声を上げるレティシアを、ロッテが軽くさえぎる。
「…っ」
「事情考えてないのなんて、レティシアちゃんも一緒じゃん?ただ自分のキモチ、抑えられなくて、とにかく相手に叩きつけたくなっちゃっただけだよね?そんなん、レティシアちゃんも、ゼータくんも、ルージュちゃんも、みんな一緒じゃん?」
頬杖をついて、にこりと笑って。
「勇気って、なんだろね?
何かをすること?
何かをしないこと?
自分のキモチを抑えること?
それとも、思い切って叩きつけること?
難しいよね、それって。勇気を出したと思ったって、方向が間違ってることなんてたくさんある。
けどさ、キミら、みんな同じコトして、同じ失敗してるよ。気づきな?
ゼータくんがひどいことしたと、レティシアちゃんが思うんだったら。
キミがそれをやるべきじゃない。もちろん、ゼータくんもね」
「………」
再び、沈黙するゼータとレティシア。
ロッテはそちらの方にはもう興味を失った風で、他の面々を見回した。
「つーかさ、こんなトコで誰が悪いかとか言い始めたってしょんないじゃん。先見よ、先。
勇気を出して、キミ達は何をすんのさ?これからどーすんの?
ルージュちゃんを探しに行くのん?」
ロッテの言葉に、ゼータがはっと顔を上げて、何かを言おうとする。
が。
「行きます」
今までずっと黙ったまま虚空をじっと睨みすえていたミケが、その姿勢のままポツリと、しかしはっきりと言った。
「行きます。彼女を…連れ戻します」
そこで初めて、仲間達のほうに視線を向けて。
「あれだけ目立つお二人です…どこに行かれたのかはすぐにわかりました。
長い金髪の女性と、銀髪の女性の二人連れが、ゼゾに向かう船に乗ったと…。
ゼゾ行きの船は、今夜もう一便あるそうです。それに乗って、行きましょう」
「ちょ、ちょ、ちょっと待てよ。おい」
ゼータが慌てて止めに入る。
「正気か?自分から依頼をおっぽり出して逃げ出したような女を追いかけて行くってか?
なぁ、俺らの目的は何だよ?ロッテの護衛だろうが?人探しなんざ、ロッテをセントスター島に送り届けたあとで、いくらでもしとけよ?だが今は、俺らにはやらにゃならんことがあるんだろ?惑わされんなよ」
「でも、ゼータくん…このままじゃ、みんなお仕事にならないよ」
リィナが心配そうに、割って入る。
「レティシアちゃんも、ミケちゃんも…心ここにあらずって感じだし。ゼータくんだって、このまま終わったら後味悪いでしょ?」
「俺は一向に後味なんぞ悪くないが」
「んもうっ!そういう事言わない!他のみんなだって心配でしょ?リィナだって心配だよ。
もう、みんなはチームなんだよ。こんな状況で行くのはヤダ!ゼータ君には悪いけど、リィナは行った方がいいと思う。ね?」
「だがなぁ…」
「終わった後でなんて…流暢なことは言ってられないかもしれないんだよ、ゼータ」
まだ渋っているゼータの言葉をさえぎって、クルムが厳しい表情で言う。
「ミケ…ルージュを連れて行ったのは、リーフ…だったんだね?」
無言で、クルムに向かって頷くミケ。
表情が曇るナンミン。
「リーフって…さっき言ってた、リフレ…何とかっていう人?」
相変わらずぼやっとした表情で問うクレアに、クルムは頷いた。
「リフレ・エスティーナ…かつて、ヴィーダを賑わせた事がある『怪盗ムーンシャイン』の正体。
そして…チャクラヴィレーヌ・フェル・エスタルティの仮の姿…でもある」
彼の口から紡ぎ出された名前に、表情を変える仲間達。
クルムは続けた。
「チャカの…手段なんだ。リリィたち…配下の4人だって、もとは人間だった。人間に追い詰められて傷ついた彼女達に近づいて虜にし、配下にする…その、人間を追い詰めるように仕向けたのは、当のチャカだっていうのに…」
苦々しげに言葉を吐いて、きり、と唇を噛む。
彼の脳裏に、深い森の奥、閉鎖された村の記憶が蘇る。人の酷い仕打ちに傷付き、悲しい思いを抱き、その思いで闇に取り込まれ暴走し、最後に自らの命を絶つような形で仲間に討たれた…
救えなかった、少女。
「今回は…チャカが原因を作ったわけじゃないけど…けど、傷ついて、自分は一人なんだって思い込んでるルージュに、リーフが何をするかわからない。もしかしたら、リリィたちのように…自分の配下にしようとしているかもしれない。
ほっとくわけには…いかないよ。オレたちが…彼女を追い詰めたのに…」
先ほどテーブルに叩きつけてすこし赤くなったこぶしを、再びぎゅっと握り締めて。
「…いや。違う。そんなことより。本当のルージュを知りたい。本心のルージュに会いたい。仲間に、戻ってきてほしい。ただ、それだけだよ」
再び、沈黙が落ちる。
「…その姉ちゃんは、確かに、チャカなんだな?」
静かに、ゼータが問うた。
「…間違いありません。ご自分で、名乗られていましたし…声も、同じものでした」
ミケが代わりに答えると、ゼータはそちらに向かって、もう一度訊いた。
「ロッテを。チャカに。近づけることになっても。
それでも…行く、って言うんだな?」
再び、仲間達に静かに衝撃が走る。
ロッテは頬杖をついたまま、様子を伺っている。
しばらくの沈黙の後、ミケはゼータから目を逸らさずに、答えた。
「…わかっています。罠だって言うことは。
ただルージュさんを連れて行きたいだけなら、わざわざリーフさんに扮する必要なんて無いんです。チャカさんの姿はルージュさんも知っていますから…リーフさんでなくとも、他の誰かに扮して連れて行けば、それでよかった。
わざわざ、リーフさんの姿になったのは。僕たちに、見せつけるためなんです。ポチが後ろについていたことも全部承知で、僕たちを、ゼゾに誘うために」
「そこまでわかってて、なお行くのか?正気とは思えないね」
「彼女の手のひらで踊らされてることはわかっています。正直、悔しいです。このままゼゾに行って、どんな危険が待ってるかもわからない。というか十中八九、危険でしょう。敵の罠に飛び込んで行くわけですから。
けど、それでも、行きたいんです。…行かせて、ください。お願いです」
ミケの声が、かすかに震えて。
そこで初めて、仲間達は気づいた。
彼の手が、ごくかすかに、カタカタと震えていることを。
ルージュが姿を消して、一番責任を感じているのは。一番哀しく感じているのは。
声を張り上げて嘆かない、彼なのだということを。
「僕は…彼女を、壊れそうな塔の上に追いやって、地震が起きる前に崩してしまった…今、行かなければ、僕は絶対に後悔するんです」
ミケは立ち上がって、ロッテの前まで歩いていった。
「すみません、ロッテさん。我儘を言っているのはわかっています。
ですが…ルージュさんを…僕たちを、助けてください。
…お願いします」
ロッテは頬杖を解いて姿勢を正し、ミケを見上げた。
「私からもお願い、ロッテ!本当は、ロッテを護衛するなら、ゼゾに行くのは危険だってわかるけど…でも、ルー姉ちゃんは私の大切な仲間なの!みんなで、ロッテをセントスター島へ送り届けたいの!今ならまだ間に合うはず…探しに行かせて!お願い!」
それに、レティシアが後ろから顔を出し。
「ロッテちゃん、リィナからもお願い!リィナが絶対に守るから!ね?」
リィナもこぶしを握り締めて力説した。
ロッテは苦笑して、手をパタパタと振る。
「あー、そんなに熱くなんなくても、わかったよぅ。そーしてくれて構わないよ?
ゼゾはおもろそーなとこだもんね♪楽しみぃ~♪」
「やったぁ!ありがとうロッテ、大好き~!!」
ぎゅうう。
感極まったレティシアがロッテを抱きしめ、ロッテは苦しそうにしつつも微妙に感触を楽しんでいた。
「あ~あ、俺は止めたからな。知らんぞ、どんなことになっても」
呆れたように肩をすくめるゼータに、クルムが向き直る。
「ゼータは、ルージュを助けに行くことに乗り気じゃないんだね?」
ゼータは面白くなさそうに、答える。
「ま、ぶっちゃけそういうこった。俺的には、ルージュを探しに行くっていう時点で問題外だね。話にならん捨て置け!ってか?
そもそも、『ロッテをセントスター島に届ける』ってことと、『逃げたルージュを追いかける』ってことが天秤にかけられてること自体が俺には信じられんがね」
むっとしてまた何かを言いかけるレティシアを制して、クルムは続けた。
「ゼータのルージュに対する気持ち、もう少し聞きたいと思ってた。ルージュに対して何故そこまで思うの?」
「仕事を放りだす事に、何の正義も無いっちゅー話かな 」
「ルー姉ちゃんは、放り出してなんか…!」
「放り出してるでしょ、実際」
反論しようとしたレティシアをさえぎったのは、ロッテ。
「ルージュちゃんのやってんのは、紛れもない仕事放棄だよ。しかも無断でね。意見が食い違ったからとか、みんなから見放されて一人にされたとか、そんなのはルージュちゃんの都合じゃん。これはおシゴトなんだよ。自分の意見が採用されなくて、無理やり押し通そうとして総スカン喰ったから何も言わずにやめますとか、そんなことされたら気分良くないゼータくんのキモチに無理はないと思うけどー?」
「ロッテまで、ルー姉ちゃんのことそんな風に思ってるんだ…」
悲しそうにレティシアが言い、ロッテは苦笑した。
「ボクは無理はないって言ってるだけで、そう思ってるわけじゃないよぅ。
一人にされてショックだったからフラフラ出てっちゃった、ルージュちゃんのキモチだって無理ないさ。
けどさぁ、ルージュちゃん、最初にこの依頼受けたときに、シアンくんに対して『依頼を受けた以上あんたには責任がある。私は真剣にこの仕事を受けている、甘えるな』って言ったんじゃん。その口で。そのルージュちゃんが、自分のショックに甘えて、受けた責任を放り出して逃げ出しちゃったら、カッコつかないよねぇ~。シアンくんだって、納得いかないっしょ?」
振られたシアンは、興味なさそうに肩をすくめた。
「さあね。僕に言えるのは、あいつはちょっとやりすぎた、認めることも必要だったのかもね、ってことくらいだよ」
「そうか…」
クルムは少し哀しげに俯いて、再びゼータのほうを向いた。
「オレには、ルージュが執拗なまでにロッテを閉じこめたがってたのと、ゼータがどうしてもルージュを追い出したいと思ってるのがなにか重なって見えて、二人とも行き過ぎてるって、思ってた。
お互いちゃんと本当の気持ち話し合えたら、なにか違う答えも出るのかもって。答えを出すのはそれからでもいいんじゃないかって思うんだけど」
ゼータは嘆息した。
「それこそ、さっきの繰り返しだ。
ルージュには、皆理由を聞こうとしたぜ? アイツは、何も言わなかった。今回も、アイツは黙ったまま出て行った。自分で皆の手を振り払ったんだ。…俺らのやる事は無い、以上。
っつー俺の意見は、どうやら採用されなかったようだが」
皮肉げに笑って、続ける。
「話す気のない奴に、何言ったって無駄だろ?納得できる答えを聞かせてもらえりゃ、俺だって鬼じゃねえ、別の手段だって取ったさ。向こうから手を振り払った奴に、こっちから聞きに行くことじゃないと思うぜ?」
「本当の理由を誰にも何も告げないでただ自分の意思を押し通そうしたルージュと、その彼女の本心を聞き出せなかった、彼女の心に近付けなかったオレ達には、お互い悪かったところがあると思う。
ゼータとルージュだけを取り上げるなら、全部が間違ってたわけじゃないけど、話し合っている途中の段階で相手の気持ちを決めつけて、それ以上の話し合いを無駄だと諦めちゃったのが行き過ぎだったんだと思うよ。どちらが、じゃなくて、お互いに」
「自分が絶対正しいとは思って無いけどさ、そりゃ。ただ、何をするにしても『正しい』って思ってないとな、ってのは有るかな。二人揃ってれば話し合いは出来たけど。逃げた相手とは、解りあえないだろ。逃げた奴を追う理由は、こっちには無いし」
「もう絶対分かり合えない、って決めちゃった?」
「決めるとか決めないとか、もうそういう次元の話じゃねえんだよ。あいつが逃げ出した時点で、あいつと俺の関わりは切れた。それだけのことだ」
クルムは少し哀しげに眉を顰め、ゼータに続けて問うた。
「わかった、じゃあオレは、オレ達はきっとルージュを連れて帰ってくるよ。だからルージュが帰ってきたらその時は、ゼータ、もう一度彼女と話し合える?」
「その時のルージュ次第、俺次第ってのも有るけど…あんまり自信はない。殴り合うなら簡単だが。戻って来て謝るなら、許してやるかー?」
少しおどけて言うゼータに、ロッテがきゃははっと笑って茶化した。
「あっはは、ゼータくん、えらそー!」
「そか?しゃーねーだろ、今回はあいつが全面的に悪いんだもんよー」
少し緊張がほぐれた雰囲気の中、クルムはふわりと笑った。
「今はそれで充分だよ。ありがとう」
そして、他の仲間達に向き直る。
「…それじゃ、行こう。ゼゾに」
全員の表情が引き締まった。
黒い海は黙して語らず
「もうすぐ出港だそうですよ」
もう日もだいぶ傾いた頃。
甲板で出港を待っている仲間達に、船室から出てきたナンミンが告げた。
「半日出遅れになりますが、ルージュさん達の足跡を追うことは出来そうです。ひとまずは安心ですね」
ほっと胸をなでおろす冒険者達。
「おっと、最後のお客さんかい?もうすぐ出港だよ、急ぎな」
と、昇降口の方から船員の声がして、皆何とは無しにそちらの方を向いた。
「ありがとうございます…間に合ってよう御座いましたわ」
聞こえてきたのは、妙齢の女性の声。
その声に宿った侵しがたい響きに違わず、昇降口に姿を見せたその女性は一種独特の雰囲気を放っていた。
ストレートの紅い髪に、同色の瞳。ベージュの旅装束に黒いマントを羽織り、剣を下げたいわゆる冒険者のスタイルをしていたが、その整った容貌にはどこか、貴族ででもあるかのような気品が感じられる。
彼女は船員にチケットを切ってもらうと、心配げに彼に尋ねた。
「あの…少し前に、ゼゾ行きの船に、長い銀髪の、20歳ほどの女性が乗ったと聞いて来たのですが…何かご存知ではございませんか?」
ぴく。
女性の発した質問に、冒険者達の表情が動く。
船員は眉を顰めた。
「んー、俺らの船に乗ったんでないなら、詳しいことはわかんねえなぁ…しかし、その銀髪の姉ちゃんは有名なのか?今日別の奴らに同じことを訊かれたが…」
「…本当ですか?」
「ああ、ほら、あいつらだよ」
言って船員は冒険者達を指し、彼女は一礼するとこちらに歩み寄ってきた。
「あの、失礼で御座いますが、あなた方がお探しになっている女性というのは…」
冒険者達は少し躊躇してお互いに顔を見合わせ、やがてミケが恐る恐る答える。
「ええと…ルージュ・ディアスという名の女性なんですが…」
「…真で御座いますか?!」
女性のただ事ではない驚きように、ミケはますます訝って彼女に尋ねた。
「あの…あなたは?」
女性ははっと身を引いて一息つくと、艶然と微笑んで見せた。
「あ…大変失礼をいたしました。私の名前はレビア・ディアス」
ディアス。
その響きにあっと口を開けた冒険者達に応えるように、もう一度微笑んで、彼女は続けた。
「ルージュ・ディアスの姉…皆様方には、そうご説明するのが解り易いかと思いますわ」
「私とルージュは、7年前に共に家を出…そして、そのまま離れ離れになってしまったのです。旅を続けながらルージュを探し続け…ようやく足取りを掴んで、こちらに参ったのですが…」
船室で。
腰を落ち着けて事情を訊くべく、集まった冒険者達の前で、レビアは表情を憂いに染めてそう言った。
「あの…失礼とは存じますが、皆様とルージュは、どのような…?」
問われ、冒険者達は言いにくそうに顔を見合わせた。
そして、やはりミケが、困ったように言葉を並べる。
「ええと…一緒に仕事を受けた、仲間…です」
「仲間…?」
眉を顰め、訝るレビア。
その瞳の輝きには、単なる疑問とは別種の、鋭い輝きがあったような気もするが…レビアが何かを言う前に、後ろに立っていたゼータが口を挟む。
「仲間、『だった』だろ?残念だが、あんたの妹さんは『仕事をほっぽりだして、逃げ』ちまったみたいなんでな?」
「…ゼータ、また…っ!」
彼の言葉にレティシアがまた眉を吊り上げるが、それ以上に表情が変わったのはレビアだった。
「あの子が…逃げた…?」
その厳しい表情に、レティシアも出しかけた言葉を思わず止める。
ゼータはレビアの剣呑な雰囲気に気づいてか気づかずか、肩をすくめて続けた。
「端的に言えば、俺らはここにいる嬢ちゃんの護衛の仕事をしているわけだ。が、あんたの妹は俺らとは違う護衛方針を最後まで押し通そうとして、その意見が通らなくて、一人でトンズラこきやがった。で、俺は止せって言ったのに、このお人よしな奴らがわざわざ連れ戻しに行こうとか言いやがるから、今からゼゾに行くって訳だ。
俺の個人的感情としては、あんたの妹は顔も見たくねえ。悪いがな」
その言葉と共に、レビアの瞳に一瞬だけ炎のような感情が灯る。
ゼータは驚いて身を竦めたが、その表情は一瞬でまたもとの憂いの表情へと戻った。
「そうですか…お話を聞く限りでは、ルージュに多大な問題があったようですね。
ですが…長らく会ってはおらず、今の性格がどのような物かはわかりませんが、放棄することはあっても、『逃げる』というのはディアスの人間ならば考えにくいことです。よほど、深い葛藤の元に追いつめられていたのではと…」
「そうなの!ルー姉ちゃんは…なぜかわからないけど、普通じゃなかった。何か悩んでる風だったの。それがなんなのか、私達には話してくれなかったけど…でも、私達も、そっとしとけばいつか話してくれるだろうって思って何もしなかった。だからルー姉ちゃんは…一人だって勘違いして、行ってしまったの」
必死になってルージュを弁護するレティシア。
「だから、私、今度は絶対にルー姉ちゃんを捕まえるの。体だけじゃなく、心も。いやだって言っても、聞き出すまで離れない。もう、何かをしないで後悔するのは嫌なの…」
再び泣き出さんばかりの勢いで。苦しそうに胸を押さえてレティシアは言う。
「…あたしは、よくわかんないけどさ」
ゼータの隣に立っていたクレアが、いつもの焦点の定まらない瞳でぽりぽりと頭を掻きながら、言った。
「しょうがないわねえ、とは思うわよ?でもゼータも、そこまで意地張らなくてもいいじゃない?
仕事放棄して逃げるって、勇気要るよ。自分の心を抑圧しなきゃ出来ないことだよ?放棄しちゃいけないことくらい、ルージュもわかると思ってるんだけど」
クレアの言葉に、ゼータはなんとも言えない奇妙な表情をして、頭を掻いた。
「あんな。ロッテもさっき言ってただろーが。何かをするのが勇気なのか、しないのが勇気なのか、そんなことはわかんねえ。勇気を出してやったんだからいいことにされんのか?んなわけねーだろ。
俺はそもそも、何かを黙って放棄するって、その事が気にいらねえんだよ。もちろんその過程もな?
ロッテの命を守るための仕事だぜ?こんな『辞め方』ってあるかよ?!」
ゼゾに行くことに自分は最後まで納得していないんだ、ということを知らしめるかのように、激昂するゼータ。
それは、自分のやり方が通らなかったから、ではない。
「自分のプライドとロッテの命を秤にかけたら、プライドのが重かったんだろう?そう言う奴と、一緒に仕事はしたくねぇ。俺は間違ってるか?!」
『ロッテを守るため』。
彼がずっと言い続けてきたのは、それだった。ルージュを放っておけといったのも、ゼゾによりたくないといったのも、何よりもロッテを守ることを最優先させたかったから。
だから、口で何があっても守ると言っておきながら最後の最後でロッテをないがしろにしたルージュが、許せなかった。自分を否定されるよりも、ロッテを見捨てたことが、何より許せなかった。
そのゼータの気持ちが痛いほど伝わってきて、さすがにレティシアも口を閉ざした。
…が。
「ゼータ様」
レビアの声に彼女に目を向けると、そこには憂いの表情より、怒りの表情を色濃くにじませた彼女の姿があった。
「あの娘がそこまで貴方を怒らせる行為をしたことは、姉として謝罪いたします。
ですが私もルージュの姉です。
少々の言は甘受いたしますが、己のプライドを守るために逃げたなどという言の葉は、できればお控えいただきたく切に願います。
失礼な言い様とは、承知の上ですが…」
互いに怒りの表情で、しばしにらみ合うレビアとゼータ。
が、やがてゼータが、息を吐いて首を振った。
「…悪かった。身内の前で言うことじゃなかったな。それくらい腹が立ってたんだってことにしてくれや。ホント、悪かったな」
「…私こそ…ゼータ様のお気持ちも考えず、つい出すぎたことを申しました。ご容赦くださいませ」
レビアも怒りの表情を消し、済まなそうに頭を垂れた。
「ま、俺自身のことはともかくとして、こいつらはゼゾでルージュを探すことになってんだ。もしあんたがルージュを探したいっていうんであれば、協力できることはあると思うぜ?」
「本当ですか?」
レビアは言って、他の面々を見た。
「もちろんよ!ルー姉ちゃんは、私達で必ず探し出してあげるからね!」
ぽん、とレビアの肩に手を置くレティシア。
レビアはその手をしばし見やって、やがて笑みを彼女に向けた。
「…ありがとうございます、レティシア様。
私達は、あまりにも二人、離れ離れでいた時間が多すぎました…あの子も、とても孤独で辛い目にあってきたはず…出来ればこれからは二人、離れることなく、静かに暮らしていきたいと思います…」
「えっ…」
レビアの言葉に、哀しそうに眉を寄せるレティシア。
「ルー姉ちゃん…連れて帰っちゃうの?」
レビアは苦笑した。
「できれば…そうしたいと思っています。7年という歳月はあまりに長すぎました。私は、一刻を惜しんでその隙間を埋めたい…あの子もきっと、そう思っているはずです」
「でも…でもルー姉ちゃんは、私達と旅を…」
「…彼女の…いえ、僕たちの仕事は、あと少しで終わるんです。どうかそれまで、ルージュさんを僕たちに貸していただけませんか?」
哀しそうな表情のレティシアの横で、ミケが寂しそうに微笑む。
「彼女の受けた仕事です。一度受けた仕事から逃げるなんて、しない人なんですよね?お姉さんもさっきそう仰っていましたし、僕も彼女のことはそう思っています。ですから、ここで依頼をやめてしまったら、後悔するのはきっとルージュさんだと思うんです。
セントスター島に、ロッテさんを送り届けるまで…どうかそれまで、待っていただけないでしょうか?」
真摯なミケの瞳をしばしじっと見て。
レビアは、ゆっくりと頷いた。
「…わかりました。出来ればすぐにでも共に帰りたいのですが…出来るだけ皆様のご意向に沿いたいと思います。最終的にはルージュに任せるということで…よろしいですか?」
「もちろんです。ありがとうございます」
ミケが頷くと、レビアはやっともとのように艶然と微笑んで、礼をした。
「では…ゼゾまで、皆様、よろしくお願い申し上げます」
程なくして日も沈み、船は真っ黒い海の上をすべるようにゼゾへと向かっていった。
ミケは一人甲板で、黒と藍とで彩られた風景を見やっている。
はぁ。
一人ため息をついていると、後ろから声がかかる。
「なーにタソガレてんの、ミケくん」
振り返ると、闇夜に溶け込むような二人連れ。
「ロッテさん…クレアさん」
ミケに名を呼ばれた二人は彼の元に行くと、同じように甲板の手すりに手をかけた。
ミケは苦笑すると、再び海に目を向ける。
「仲間って、何かなぁ…とか。考えていました」
「なかま?」
反芻して、首を傾げるロッテ。
ミケは頷いた。
「例え、なにやっても喧嘩しても。どっかで繋がっている……互いの重要な部分を共感し合えるって言うのかな。そういう感じなのかなって」
そこで、ふっと懐かしそうに微笑む。
「僕にとっての『リー』さんは…今頃どうしているのかな。元気でやっているといいんですけど」
「ミケくんの、リー?」
「僕にも、ちょっとした事で行動を共にしたり、共に死線をかいくぐってきた仲間がいます。今は、別々に行動していますが…彼も、なかなか自分の心を開かない、わかりにくい厄介な人でしてね」
そこで、少し可笑しそうに笑って。
「迷惑も…たくさんかけてたし。本当に、どうしてこんな僕なんかに、呆れもせずに付き合ってくれるんだろうって、何度も思いました。言い合いになったことも、すれ違ったことも何度もありました…けど、彼は変わらず、僕の側にいてくれた。とても、感謝しているんです。本当に」
友の思い出を懐かしげに語って。
ミケは再び、表情を曇らせた。
「僕は…無意識のうちに、ルージュさんにもそれを求めていたのかなって。僕がどんな思いで、どんな考えを持っていて、彼女をどう思っていたか。言葉に出して言わなくても、わかってくれると思っていた。と同時に、ルージュさんのことも、彼女から何を聞いたわけでもないのに、すべてを知った気でいた。わからない部分も、彼女がいつか話してくれるだろうって、根拠のない憶測で自分からは何もしなかった。…それが、最悪の事態を招いてしまったんだと、思います」
はぁ、とため息をついて。
「結局、僕も彼女と大して変わらないんですね。自分の意見が聞き入れられなくて、ちゃんとわかってもらえるまで伝えようともせずに、実力行使。…子供の頃と全然変わってない。
だから、伝えに行くんです。はからずも、壊れそうな塔を建てて彼女を追いやり、地震が起こる前に壊してしまったんですから」
「それ、昼間も言ってたね。一体何の話?」
クレアが口を挟み、ミケはそちらの方を見た。
「ああ、クレアさんはあの場にいなかったのでしたね。昨日、リゼスティアルに来る時の船で、こんなお話をされたのですよ…」
と、ミケはロッテがチャカたちの行動を地震に例えた話をした。
クレアはわかっているようないないような表情で、しきりに感心して頷いた。
「はぁ…さすがは魔族のハーフねぇ。考えることが違うわ」
「でもね、ロッテさん。あの話を聞いて僕は思ったんですよ」
ミケはロッテに向き直り、真剣な表情を向ける。
「地震で家が倒れたら、哀しいです。けど、わざわざシロアリを放ってから地震を起こす人は、嫌いです。人の家の大黒柱にロープをつけて引っ張る人も、です。それで家が倒れるか倒れないか、わからないですけど。地震でただ倒れるだけならば、諦めもつきます。自分で倒してしまっても諦めがつきます。
でも、あの人たちのする干渉というのは、そういうのと違うと、思う」
やりきれない思いを湛えた瞳で、吐き捨てるように。
「わざわざ壊れやすい土台を作り上げて、倒れるのか、倒れないのか、笑って見てる。そうでしょう?そういう風に実験されること自体が、許せない。僕達はオモチャじゃないんだって、思います」
「そうねぇ…それも道理だし。あたしは、こう思うのよ、ロッテ」
続いて、クレアもロッテに向き直る。
「壊れない家は無いというか出来ないよねぇ。10の力に耐えるために20の強さの家を作っても30の力には負けるし、50を作っても100には負ける。かといって努力しないのはバカだけど、それだけに時間を使ってもいられないのよ。あんたと違って短い人生だもの、楽しいことや素敵なこと、たくさん経験しないと損でしょう?
負けない自信のあるあなたは、魔族の血を引くロッテだし、そこまでの自信は無いあたしは、人間のクレアな訳よ」
ロッテは黙ってクレアの話を聞いている。
「そのかわりというわけじゃないけど、潰れそうな家の人、潰れた家の人、あたしに出来ることはしたい。何が出来るか判らないけど、いつ、自分が潰れるか判らないから。
今回のルージュもそんな気がする。あの子を支えていた何かが潰れそうなのよ、きっと」
クレアの話が終わったあとも、ロッテはしばらくじっと彼女を見つめ、そしてミケに視線を移して。
目を閉じて、はあ、とため息をついた。
「ミケくんは、ボクがおばちゃんをかばったって思ったんだね?おばちゃんは悪くないって。そう言ったと思ったんだね?」
きょとん、とするミケから、クレアに視線を移す。
「クレアちゃんは、ボクが自分の力に自信があるから、ヒトも当然そうあるべきだと言ったって。そう思ったんだね?」
クレアが、こちらもぐっと言葉に詰まる。
「はぁ…まあ、スキに取ってくれていいけどさー。
いちおー自己弁護しとくとね。
ボクが言いたいのは、おばちゃんが悪いヒトじゃないとか、強くない人間がダメーとかそういうことじゃないっしょ。
地震のせいにしたいなら、しとけばいいじゃん?って。言ったじゃん」
肩をすくめて、続ける。
「ミケくんが、おばちゃんのこと許せないって、いいんじゃない?それで。許せないよねえ。そんなことするのねえ。実験動物に少しずつ薬飲ませて、いつ死ぬか病気になるか笑いながら眺めてる、実験動物にしてみたらこんなムカつくことないよ。許せないねえ」
そして、クレアの方に視線を移して。
「クレアちゃんが、人間は弱いんだから、強い家が作れなくてもしょうがない、っていうの、もっともだよねえ。誰だって自分の器以上の家なんか作れないさ。ボクだって魔族ったって所詮ハーフでしょ。生粋の魔族よか寿命は短いだろーし、力だって劣る。キルやおばちゃんに本気で叩かれたら、多分死ぬでしょ。そんなの、当たり前のことじゃん。今さらでしょ」
そしてもう一度、はぁ、とため息をつく。
「ボクが言ってるのは、そーゆーことじゃないでしょ。
誰がいいとか悪いとか、そんなことどーだっていいじゃん?違う?」
「どうだっていい…って…」
応えに困惑するミケ。
ロッテは続けた。
「家が潰れたのを、地震のせいにしたいならそれもいいさ。それが一番楽だもんね。ってナンミンくんに言ったよね。
地震が故意なのかそうじゃないのか、いいコトか悪いコトかなんて、問題じゃないでしょ。そこに潰れた家がある、それが事実で、それ以上のことじゃない。ボクの言ってるコトわかる?
けど、『地震さえ起こらなければ家は潰れなかったのに』って思ったり、『所詮人間には自然に抗うことは出来ないんだ』って思ってるんじゃ、何も変わらないんだよ。ボクは、そう言ってるんだよ?」
「………」
「シロアリ放たれよーが、大黒柱引っ張られよーが、カンケーないじゃん。家が潰れたら、今度はシロアリにもロープにも負けない家を作るように努力したらいい。また失敗したら、また作り直せばいい。
けど、そこに『シロアリさえ放たれなければ』ってゆー気持ちが入って、強い家が作れる?」
「…それは……」
言いよどむミケから、クレアに視線を移して。
「クレアちゃんはボクに比べたら人間の寿命なんて短いし、って言うけど、人間の寿命だって、犬や猫に比べたらとてつもなく長いよねえ。だけど彼らは、自分の寿命と人間の寿命比べて、どうせ自分は弱いし、寿命も短いし、なんてこと言わないよ。ただ自分に与えられた寿命を、自分の出来る限り精一杯生きてるだけ。本来、そうでしょ?ボクたちだって、同じなんだよ。
クレアちゃんのそれって、自分を受け入れてるように思えるかもしれないけど、ボクには卑屈になってるようにしか見えないな」
「卑屈になってなんか…なってるのかな」
「さぁね?ボクにはそう思えるってだけさ」
ロッテは再び、肩をすくめて。
「…僕らは…何も変わってないんでしょうか?」
ぽつりと言ったミケの方に視線を向ける。
「あの方達に翻弄されて、どうにも出来なくて、悔しくて…強くなりたいと思うのに、結局は何も変わっていないんでしょうか…?」
ロッテはしばしミケの表情を見つめて。
そして、おもむろにすっと腕を上げると、ぴん、とミケの額にデコピンをかました。
「いたっ…」
驚いて額を両手で押さえるミケ。
ロッテはにーっと笑うと、片目を閉じた。
「ミケくん、ルージュちゃんに対して、ダメだったから、今度は失敗しないよーにって言ってるじゃん。
だいじょーぶ、ミケくんはちゃんと前見てるよ。
前見るのって、しんどいよね。たまーに、しんどくってヒトのせいにしちゃいたい時あるよね。
でも、ミケくんはどこに向かって行ったらいいか、ちゃんと知ってるよ。
大丈夫だよ」
「ロッテさん……」
ミケは額を手で押さえたまま、ふっと微笑んだ。
「ありがとうござ……うわっ!」
がくん。
予期せぬ波でも来たのか。船体が大きく傾き、三人の体制が崩れる。
しかし、それ以上のことはなく、船はまた元通りの穏やかな航行に戻った。
「あー…べっくらこいた。大丈夫?二人とも」
「僕は何とか…クレアさんは…クレアさん?」
クレアの方を見やると、青い顔をして腹部と口を押さえているクレアの姿。
「く、クレアさん?大丈夫ですか?」
「ちょ…ゴメン、ダメみたい…っ」
クレアはこらえきれない様子で甲板の縁に駆け寄ると、海に向かって嘔吐した。
良い子は真似しないでくださいね。
「…ふぅっ…ゴメンね、平気だと思ったんだけど…」
苦笑して腹部を押さえながら、ミケたちに向き直るクレア。
ロッテは眉を顰めて、彼女に言った。
「…クレアちゃん、もしかして…」
クレアは悪戯っぽく笑って、ロッテの額に人差し指を当てる。
「…そう。妊娠してるの。あたしのあなたのあかちゃん、魔族のクォーター!産むからね、逃げないで責任取ってよ!」
…………。
沈黙。
クレアはため息をついた。
「…ちょっとは慌ててくれてもいいじゃない。冗談よ。もちろんマーシーの子よ。最大の夢が叶いそうなの」
そう言うクレアの表情は、どこか夢見るようで、誇らしげで。
「でね、頑張るけど、今までどおりというわけにはいかないかもしんない。気を使って欲しいとは言わないけど…やっぱり気を使って欲しいのかな。ま、それはロッテの自由だけど。
ともかく、もう少しで目的地だけど、残り僅かだけど、よろし……」
「やめなよ」
ぴしゃりとロッテに言われて、クレアの言葉が途切れた。
「えっ…?」
信じられない、というように、クレア。
ロッテは厳しい表情で、続けた。
「妊娠初期が、胎盤が一番不安定なんだよ。ホントはそんな状態で船に乗るってのも言語道断さ。なのに、これからボクを守って?ボクの盾になって?魔族と戦う?正気?!
クレアちゃんは、マーシーくんとキミの子供、殺すつもりなの?!」
「……っ……」
ロッテの口から出た厳しい言葉に、クレアの表情が硬くなる。
「ろ、ロッテさん…詳しいですね」
ミケが微妙なツッコミを入れ、顔だけわずかにそちらを向けるロッテ。
「売春宿にいたことがあるからね…失敗しちゃうコも、流すコもけっこーいたし…ま、それなりにはね」
そして再度、クレアに向き直る。
「悪いことは言わないよ。子供を殺したくないんなら、今すぐこのシゴト、降りな。ま、どうするかはキミの自由だけどね」
「…………」
クレアは押し黙り、ロッテも厳しい表情で彼女を見つめている。
と。
「あーっ!ミケ、こんなところにいたー!」
船室の扉が開き、レティシアとレビアがこちらに向かって歩いてきた。
「レティシアさん。それに、レビアさんも」
レティシアは嬉しそうにミケに駆け寄ると、レビアの方をちらりと見て言った。
「レビアがね、ルー姉ちゃんのこといろいろ聞かせてくれるって。せっかくだから聞きましょうよ」
「あ…はい。僕もいろいろお聞きしたいことがあったんです」
「私でお答えできることでしたら、何なりと」
レビアはそう言ってにっこりと微笑んだ。
「ボクはいーや。ちょっと潮風に当たりすぎちゃった。中に戻るね」
ロッテはひらひらと手を振って、三人の横を通り過ぎていった。
レビアの横を過ぎざま、面白そうな視線をレビアに送り…そして一瞬だけ、レビアの表情が険しくなったような気がしたが…。
なんにせよ、ロッテは振り返ることなく、船室に消えていった。
「あたしも…少し、休むわ…」
続いて、クレアもよろよろと船室に戻っていく。
「ロッテ…やっぱりルー姉ちゃんのこと、よく思ってないのかな…?」
レティシアが哀しそうにそれを見送り、
「…いえ…ロッテさんは…思った以上に、僕たちのことをよく見ていると…思いますよ」
ミケがまだ紅い跡の残る額をそっと押さえた。
「さて…聞かせてください、レビアさん。ルージュさんのことを」
「…はい、何なりと」
「あっ、クルムくんだー!」
船内の廊下でクルムを見つけたリィナが、手を振って駆け寄っていく。
「リィナ」
「ねえねえクルムくん、訊こうと思ってたんだけど、剣、だいぶちっちゃくなっちゃったよね?何で何で?」
言われて、クルムは背中にかけた剣(鞘はナンミンが作ってくれたので、今は難なく持ち歩くことが出来る)を見やった。
「ああ…剣がオレを認めてくれて、オレが使うのにちょうどいいサイズに姿を変えてくれたんだよ」
「へっ?クルムくんの剣、サイズ変えられるの?」
不思議そうに首を傾げるリィナに、クルムはリゼスティアルの王宮で起こったことをかいつまんで話す。
「へぇぇっ、そうなんだぁ。リィナ、剣の精霊さんなんて初めて。はじめましてー?」
リィナが剣に呼びかけてみるが、応答はなく。
クルムは苦笑した。
「オレもそのとき初めて、剣に意思があるって気づいたからね。ナンミンは知ってたみたいだけど…相当に、気難しいヤツみたいなんだ。ごめんな」
リィナはにっこり笑って首を振った。
「ううん、気にしてないよー。じゃあさクルムくん、パワーアップした剣で、リィナと手合わせしない?」
「手合わせ?」
「うん!カイちゃんのときみたいにさ」
以前共に関わったリュウアンでの事件で、リィナは船の上で依頼主であるカイと手合わせをしていたことを思い出す。
しかし、クルムは苦笑して首を振った。
「…ごめんな、今そんな気分じゃないんだ。もう外は真っ暗だし…また、別の機会にな」
「うん!リィナ、楽しみにしてるね!」
言って、また二人はそれぞれの方向に歩き出した。
拝啓 カイ・ジャスティー様
温暖の候となりましたが、皆様にはますますご清栄のこととお喜び申し上げます。
カイ様はお元気でお過ごしのこととお慶び申し上げます。
わたくしも今回の旅が始まって以来、周りの皆様にはご迷惑のかけどおしですが、
こうして今まで無事に過ごせましたのも、
このお手紙を読んで下さるカイ様と皆様の御蔭と心から感謝致しております。
どんなに辛くとも充実した気持で仕事に対応できるということほど、
人生における歓びはないものと思っております。
今回わたくし達は、海中の流麗極まる都市リゼスティアルに行って参りました。
海に入るという話で、息はもつのかという心配もありましたが、
地上の生き物用に作り出された大規模な空気の球体施設があり、
人魚王国の魅力を余す所無く堪能できる素晴らしい場所でした。
王国ではリリィさんとキルさんが現れました。
キルさんは国の大切な樹に魔物を放っていきました。
しかし、毎回お土産のように放たれる倒せる範囲の魔物……
何かの意味があるのでしょうか?
兎に角、多少の波瀾が万丈だったりもしましたが
無事解決し、旅は続いております。
そういえば、わたくしが見た魔族の方々は皆黒い肌でした。
一般の魔族の方は黒い肌なのでしょうか?
そうすると天族の方々は白い肌だったりするのでしょうか?
陰陽の理として興味が湧きました。
しかし世界を旅して数年で
魔族、天族、竜族、そして森族の方に巡り会えるなんて
わたくしは大変感激しております。
大分、目的地も近くなって参りました。
わたくし達が辿り着くことで一体何が起こるのか……
最後まで手紙を送れる事を、願い、誓いたいと思います。
カイ様のますます御健康でご活躍のほど、陰ながらお祈りいたします。
敬具
「あーっ、ナンミンくんまた手紙書いてる~」
かり、とペンを止めて息をついたナンミンの後ろからにゅっと手が出て、書きたての手紙を奪っていった。
「あ、ろ、ロッテさん」
ナンミンが困ったように振り向き、楽しそうに手紙を読むロッテに向き直る。
「ナンミンくん、『およろこびもーしあげます』は何回も使うとクドいよ」
「あ、そ、そうなのですか?気をつけます…」
またロッテにどうでもいいことを指摘され、しゅんと肩を落とすナンミン。
「こら、ロッテ。人の手紙、勝手に見たらダメだろう?」
そのさらに後ろから、ひょいと手紙をロッテのてから取り上げ、ナンミンに返すクルム。
「ちぇーっ」
「い、いいのですよ、クルムさん…」
ナンミンは苦笑して、クルムから受け取った手紙を封筒にしまい、封をした。
「あ、ナンミンくん。エスタルティだけが魔族じゃないよ。カン違いしないようにね?」
さらっとロッテが言って、ナンミンは目を瞬かせた。
「え、あの、どういうことですか?」
「黒髪、黒い肌、赤い目。コウモリみたいな翼、細いしっぽ。これは、エスタルティ家の特徴。
天使と違って、魔族はいろんなのがいるんだよ。魔族がみんなこんなんだとは、思わないほうがいいねぇ」
「そうなのか?」
クルムも興味があるようで訊いてくる。
「クルムくんたちは、天使と魔族のカンケーって、詳しく知ってる?」
逆に問い返され、きょとんとするクルム。
「え?いや…世界を壊そうとしているのが魔族で、天使はそれを阻止するもの…なんじゃないのか?」
「んー、ま、大雑把にはそんなカンジだよね。これは、リーの受け売りだけど、正確には、天使は『世界の秩序を守る存在』なんだってさぁ」
「秩序を守る…?」
「そ。神様が作った世界を、壊さないように管理するために作られたんだって。だけど、大きな力を持って世界を管理してるうちに、自分が何でもできるような気になってきちゃったんだねぇ。神様に、取って代わろうとしちゃったんだって」
「はぁ…」
言い伝えの神話のような話に、曖昧な返事を返すナンミン。
「で、まぁ神様に勝てるわけないよねぇ。あっさり返り討ちにあって、反省してゴメンナサイってしたコは元通り天界で天使に。ざけんななめんじゃねえ、覚えてろよかーっぺ!ってやったコは、魔界に閉じ込められて魔族になっちゃった、って訳」
「そうなのか…じゃあ、もともと天使と魔族は、同じ存在だった、ってわけなんだね?」
「そそ。綺麗な世界できちんと管理された天使はそのままの姿を保ったけど、魔族はぶっちゃけ最悪の環境でほったらかしだからねえ。力を上げるためになんだってやっただろうし、弱肉強食の世界だろうし。エスタルティはそれでもまだ、天使としての姿を留めた方なんじゃないのん?魔族にはそれこそ、色んなのがいるって話だよ。強いのから弱いのから、天使そのままの姿をしたのから、実体のない精神だけの存在とか。アイドルオタクとか人形フェチとか」
誰でしょう。
「ま、そんなカンジ。これからも色んな魔族が出てくると思うよぅ。楽しみだよね♪」
「た、楽しみ…なのか?」
少し怪訝そうに、クルム。その隣でナンミンが、興味深そうに訊ねた。
「ロッテさんにとって魔族とは、なんですか?キルさんは嫌っていらっしゃるのに、他の魔族の方が出てくるのは楽しみなのですか?」
「んー?キルは、キルでしょ。魔族は魔族、かなぁ。なんですか?って言われても…魔族は、魔族だよ。それだけの存在でしょ。別に、どう思ってもないけど」
どう答えていいかわからない様子で、曖昧な返事を返すロッテ。
「今日、リゼスティアルで初めてキルに出会ったけど…ロッテは、今まで彼にどんな目に合わされたんだ?それだけ彼のことを嫌うってことは、よっぽどだったんだろ?」
クルムの問いに、ロッテは答えにくそうに眉を寄せた。
「んー、アイツ、なんつーの?陰湿なんだよねぇ。ボクもリーも、軽くあしらえるくらいの力を持ってるのに、わざわざ小細工して、ボクとリーを引き離そうとしたり、ケンカさせようとしたりとか。
別に、よっぽどなことされたってカンジじゃないんだけど、も、生理的に?ダメなカンジかなぁ」
「そうなんだ…」
「チャカさんとは、会われたことがあるそうですね?そのとき、何かされませんでしたか?」
再びナンミンが問うと、ロッテはふるふると首を振った。
「会った、っつーか、見た?キルを迎えに来てるのを見たよ。話をしたわけでもないし。特に何もなかったけど」
「そ…そうなのですか?」
聞いた話が正しければ、ロッテはチャカにとって、最愛の兄の娘であり、また兄を奪った憎い女の娘であるはず。何もせずに去ることなどあるのだろうか…?
とりあえずその疑問は横においておいて、ナンミンは次の質問をした。
「ろ…ロッテさんは、キルさんに捕まったら何をされると思いますか…?」
ロッテは少し押し黙って、そのあと両手で口をふさぐまねをした。
「そんなこと、ココで言っちゃっていいのかなぁ…?」
「い、言えない様な事なのですか?」
「うっそ。んー、順当に殺されるんじゃない?人間とのハーフなんて、目障りだろうしねえ」
「そうですか…ハーフ…ですがロッテさんは、チャカさんたちと同じように羽を出すことが出来ますよね?やたらと生々しい音がしますが、痛くはないのですか?」
「ん、別に痛くないよ?羽が切れたら、痛いけどね」
「興味深いことです…いろいろお聞きしていいですか?ロッテさんのお誕生日はいつですか?」
「おっ、何いきなり?んーと、マターネルスの第29日だよ」
「そうですか…いえ、お誕生日の贈り物を、と思いまして」
「やだなーそんなに気を使わなくてもぉ。実用的なものがいいな♪」
「気に留めておきます。そうですね…その一本メッシュは、自髪ですか?」
「ん、そぉだよ♪ママと同じなんだ。ママもこんな髪の色だったよ」
「そうなのですか。尊敬する人はどなたですか?やはり、お母様ですか?」
「んーっとぉ…難しいな。ボクが売春宿にいたときに、面倒みてくれた女主人のヒトがいてね、そのヒトかな?」
「どんな方ですか?」
「んー、そうだねぇ…あんま喋んないけど、いつも優しく包んでくれるみたいな。でも、やるときはやるんだよねぇ。怒ると怖かったし。まさに裏社会のアネさん!ってカンジのヒトだったよ」
「そうなのですね。その方は、今は…?」
「死んだよ?老衰で」
またさらりと答えられ、二人は絶句した。
つい忘れがちだが、彼女は自分達とは違う時を生きる種族。誰かと関わろうと思えば、そんな別れはいくらでもやってくるのだ。
何の葛藤もなく言えてしまうほどの月日を、彼女はどんな思いで過ごしてきたのだろうか。
船室に沈黙が落ちた。
「…なんなんだお前、その格好」
かたや、別の船室で。
呆れたような声を出したゼータの前で、ンリルカは満足げに微笑んだ。
「ゼゾって、ジャングルなんでしょお?ジャングルといえば、これよねぇ☆一度してみたかったのよぉ♪あっ、このコはアカーシャちゃんよ、よろしくねぇ♪」
そんな彼女の格好は、豊満な肉体(ニセ)を申し訳程度の獣皮で隠し、体に大きなニシキヘビ(アカーシャちゃん)を巻きつけたというもの。
ゼータはしばらく沈黙して、それからやはり呆れたような声で言った。
「妙ちくりんな格好…似合うな?」
「やだぁダーリン、そんなにホメないでぇ☆」
「褒めてないぞ。力いっぱい」
「ンリェンか弱いから筋骨隆々の男前の人食い族のオトコにさらわれちゃうかも~。いやん、こわ~いvそうなっちゃったらダーリン助けに来てね♪」
「お前なら、逆に食うんじゃねえのか…?冗談抜きで…」
呟いて、ゼータはなんとなくアカーシャちゃんに近づく。
と。
かぷ。
「………っっ!!」
声にならない叫びの数秒後に、室内にゼータの悲鳴が響き渡る。
「ヘビが!ヘビが俺のヘビを噛んでるー!!」
下品すぎます。
「レビア、私、ルー姉ちゃんのこと大好きなの。私の憧れのお姉ちゃんに似ててね、ルー姉ちゃんも私の憧れなの」
レティシアの言葉に、レビアは嬉しそうに微笑む。
「そうで御座いますか。あの子も、姉と慕われるほどに成長したのですね…7年という月日は、長いものです」
「うん、そうだよね…けど、私は、ルー姉ちゃんとまだほんの少ししか一緒にいないから、ルー姉ちゃんのことよく知らないんだ…どんな子供だったのかな?
7年前…どうして、レビアと別れ別れになっちゃったの?」
「そうですね…僕も、それは知りたいです。7年前に、何が?」
レティシアの疑問にミケも乗り、レビアは表情を曇らせた。
「そうですね…話が長くなるので簡単に言いますが、滞在していたところで事件に巻き込まれ生き別れとなってしまった次第です。まったく巻き込まれた形で、それだけに悔やまれます…」
悲しそうに目を伏せるレビア。
が、それ以上のことを話すつもりが無いのを見て取って、ミケは質問を変えた。
「あなたから見て、ルージュさんってどんな人ですか?僕らは少し……彼女のことを理解できていなかったので家族の目から聞いてみたくて…」
その質問には、レビアは眩しそうな笑顔を見せた。
「…愛しい妹です。それ以上のことがありますでしょうか?むろん身内としての贔屓目があることも事実ですが、文無きこの身にはそれ以上の言葉は……」
…微妙に質問に答えていないような気もするが。
気を取り直して、さらに質問を重ねる。
「先ほど、ディアスの人間なら、逃げることは考えない…と仰いましたよね。ディアス家というのは、どういったお家柄なのですか?」
この質問には、レビアは少し何か考えたようだった。
ややあって、おもむろに口を開く。
「…オルミナ王国、という国をご存知でいらっしゃいますか?」
「あ、知ってる知ってる!私、この旅をする前は、オルミナで仕事を受けてたの。水の都!っていう感じで、すごくいいところよね」
レティシアが嬉しそうにいい、レビアは微笑した。
「有難う御座います。ディアス家は、オルミナ王国に古くからお仕えする家系です。騎士というわけではないのですが、水の都のために命を賭して戦うと誓った家。精神的には騎士と同じだとお考えいただいていいと思います」
「そうか…ルー姉ちゃんは、オルミナの出身だったのね…」
言われてみれば、どこか雰囲気を感じさせる彼女は、あの水の都によく似合う。レティシアは納得して頷いた。
「そうですか…では、ルージュさんと共に、オルミナ王国にお帰りになるというわけですね」
このミケの言葉にも、レビアは少し沈黙した。
「…はい。もちろんですわ」
「どうしても、連れて帰らなくてはダメですか?」
少し苦笑してのミケの問いに、レビアも苦笑する。
「できれば、皆様の意向にできるだけ沿いたいとは思いますが……少なくとも、お仕事が終われば必ず連れて帰るつもりです。
あまりにも私達は、離れすぎていましたから……」
寂しさと愛しさが入り混じった複雑な表情で、レビアは黒い海の方を見やった。
相変わらず黒と藍とがゆったりと入り混じる風景は、心の不安を映し出しているように思える。
その先に、噂に聞くジャングルの国はまだ見えてきていなかった。
それゆけ、ジャングル捜索隊
「長い金髪と、銀髪の…女性の二人連れなんです。どちらも、とてもお美しくて…お二人で並んで歩いていたら非常に目立つと思うのですが…」
「うーん…知らないねぇ。ジャングルの方に行っちまったんじゃないのかい?」
「そうですか…ありがとうございました」
商店の女主人に礼を言って、ミケは通りへと戻る。
そこに、向こうの店で聞き込みをしていたレティシアが駆けてきた。
「ミケ、どうだった?」
「こちらの方にはいらしていないようです…ジャングルの方に行ってしまったのではないでしょうか?」
「そうね…もうちょっと探してみよう」
「わかりました」
「これ…かな。おっちゃん、これくれや」
「あいよ」
店の主人が商品と金と共に奥に引っ込んでいく。
ふぅ、と肩を降ろすゼータの後ろから、ロッテがひょいと顔を覗かせた。
「なーに買ったのん?ゼータくん」
「うわびっくりした。剣だよ、剣」
「剣?ゼータくん、アッシュくんに剣もらってないっけ?」
「ありゃー、マジック用のパチモンだ。そろそろ、こっちも対抗できるような武器を揃えとかないと、と思ってな」
「ゼータくん、剣使えるのーん?」
からかうようなロッテの言葉に、ゼータは苦笑してこつんとこぶしを当てた。
「バーカ、本当の剣豪ってヤツはな、肝心なときにしか剣を抜かんのよ」
「ホントの所は?」
「…金に困って質に入れましたごめんなさい」
「きゃははは!ま、これならリーも経費で落としてくれるだろーしね?どんなもんだか期待してるよ」
などと言い合っているうちに、釣りと剣を主人が持ってくる。
「あいよ。ありがとさん」
「お、サンキュ。じゃ、行くか」
剣を腰に下げると、ゼータはロッテを連れて外に出た。
「あとは…お、あれだな」
通りに出ると、道端の露店に足を向ける。
冒険用の小道具をそろえている店のようだった。
しゃがみこんでいろいろ見分するゼータの横に、ロッテもしゃがむ。
「何探してるのん?」
「ま、何か役に立ちそうなもんが無いかと思ってな?お、これなんかどうよ?」
取り上げたのは、黒い玉。
「なにそれ」
「コショウ玉」
「………ゼータくん、マジ?」
「うるせえな。こういうのが意外と意表をついて効くかもしれねーだろ!」
半ばヤケのように「にいちゃん、これ!」とそのコショウ玉を買い求めるゼータ。
ロッテは面白そうに、左のほうにある袋を手に取った。
「そんなら、ボクはこれにしよっかなぁ」
「なんだ、それ」
何か液体が詰まっているような、手のひらサイズの袋。材質は皮のようだが、少しの衝撃ではじけて中身がこぼれてしまいそうだ。
「血のり」
「あのなあ、芝居でもするつもりかよ」
「血がいっぱい出たら、向こうも勘違いするかもしんないじゃん?」
「…んー。まあ、買ってみたらどうだ?」
「そーする。お兄ちゃん、ボクこれね~」
それぞれにそれぞれのものを買い求め、仲間達と合流する場所へと赴く二人。
賑やかな大通りを面白そうに観察しながら横を歩くロッテを、ゼータは横目で見やった。
「…あのさ、ロッテ」
「んー?」
「まだ旅も終わってないのに、ちっと気が早いかもしれんが…ま、これからバタバタして言う暇もないだろうし。今言っとくよ」
「なになに?」
にこっと無邪気(に見える)笑みを向けられ、ゼータは気恥ずかしそうに視線をそらした。
「その…一緒に過ごせて、楽しかったよ。ありがとな」
きょとん、とするロッテ。
ゼータは続けた。
「……この仕事が終わって…ロッテとリーとが合流したら、俺の仕事も終りな訳だろ。だけど…出来れば、その後も一緒に旅を続けたいなー…とも思うんだけど。
まぁ、今の俺じゃ、足手纏いだしな。んなのは俺が我慢ならんし。そもそも、一緒に来るなって話かもしれんけどなー。ま、その辺は置いといて」
ロッテは黙ってゼータの話を聞いている。
「数年後…ロッテと肩を並べて戦える様になってるから。そうなるよう、ちょっと頑張ってみるから。
その時は又、一緒に旅をして貰えるかな?……数十年後、とかで爺になってないと良いけどな、俺」
最後は苦笑して。
ゼータは、ロッテの反応を待った。
ロッテは、しばらくじっと彼の顔を見て…
…なんともいえない、曖昧な笑みを見せた。
「…運命の女神の、気の向くまま…だね」
「…運命の、女神?」
「ボクとリーが出会ったこと。ボクとゼータくんが出会ったこと。それだけじゃない、今回一緒に旅をして、出会ったみんな、いろんな国の人たち。
ヒトがたっくさん、たっくさんいる中でさ?出会えたことって、すっごいカクリツだと思わない?」
「…まあ…そうだな」
「それは、ボクの意思でも、ゼータくんの意思でもない…あえて言うなら、運命の女神の意思。
いつだって、気まぐれに手を差し伸べる…そんな、女神のね」
何かに思いを馳せるように、目を閉じて。そして開いてから、いつもの陽気な笑みを見せる。
「もし、何年後かに…もう一度ゼータくんと会うことができたら。
そんな、運命の女神の気まぐれがあったら。
それに、つきあってみてもいいかな…って、思うよ?」
曖昧な。
どこまでも曖昧なロッテの答えに。
「…そっか」
しかし、ゼータは満足そうに微笑んで、足を進めた。
「ンリルカさん、その蛇…気持ち悪くないのですか?」
横で髪の毛のゆる巻き具合を確認していたンリルカに、ナンミンが素朴な質問をする。
「うーん、ちょっと気持ち悪いかもぉ。でもがんばるわぁ☆」
がんばられても。
心の中でツッコミを入れて、ナンミンはふと思い出したように卵ドセルを下ろす。
「あ…そ、そういえばンリルカさん、例のものをお作りしましたよ」
「例のものぉ?」
ンリルカは興味深そうにナンミンが卵ドセルから何かを出すのを覗き込んだ。
「こちらです!ナンミン特製・よせてあげない最強兵器・羽のような軽さで彼のハートをげっちゅ!黄金のゴールドブラです!!」
ババン!バン!ババン!
どこからか効果音も鳴り響き、さながらポケットから何かを出す某ネコ型ロボットのようにナンミンが取り出したそれは、不必要までにキラキラと輝く、形は確かに…ブラジャーそのものだった。
素材がなんなのかは非常に謎だが、とにかく金だ。無意味に豪華で細かい編み細工が施されたそれは、実際に胸に装着したら肌は丸見えかと思われた。頂点(…)にはンリルカの瞳と同じブラウンの宝石が施されている。
「きゃああんっ、ナンミンくんったらぁ、ンリェンが言ったことちゃんと覚えててくれたのねぇ!ンリェン感激ぃ☆さっそくつけるわぁ!」
感激した様子でいきなりつけていた獣皮を脱ごうとするンリルカを、ナンミンは慌てて制した。
「ん、ンリルカさん、このようなところで!」
ちなみにこのようなところとは、待ち合わせ場所のゼゾの港である。
「あぁんっ、いけずぅ。じゃ、あとでつけさせてもらうわねぇ☆」
ンリルカはあっさり脱ぐのをやめると、黄金のゴールドブラを道具袋に仕舞った。
ナンミンはほっとした様子で息をつくと、改めてしげしげとンリルカを眺める。
「ンリルカさんは男性なのに、どうしてそんなに立派な胸があるのですか?」
ンリルカは一瞬きょとんとし、それからけらっと笑った。
「無いからつけたのよぉ?それがどうかしたのぉ?」
しばし沈黙。
「…そ、そうなのですか…しかし、わたくしも、長い間この身を人間界に置いてきましたが…普通でないということは、大変なことなのではないのですか?」
「そうなのぉ?ンリェン、普通だからよくわからないわぁ」
また微妙な沈黙。
ナンミンはとりあえずぐっとこらえて流すと、また語り始めた。
「わたくし、今はこのように、ランスロットとして人間に変装するすべを心得、ヒトの社会の中に溶け込んでいますが…」
微妙に溶け込んでないような気もするけどぉ、というツッコミをこらえて、ンリルカは先を促した。
「変装の手段を用いていないわたくしの姿に驚かれる方が多いことに、わたくしは驚くと共に、少し哀しい気持ちになりました」
「そうなのぉ、ナンミンくんもいろいろ大変だったのねぇ、同情するわぁ」
まるっきり他人事で頷くンリルカ。ナンミンとしては、男性なのに女性の見かけをしているンリルカも同じだと言いたかったのだろうが。
気を取り直して、ナンミンは続けた。
「普通でないということは、とても大変なことだと思うのです。それは…ロッテさんも同じことではないかと思うのですよ。どこへ行っても、あの方は『普通』となることがない…それは、どれほど孤独なことでしょうか、と思うのです」
「ふぅん…?」
ナンミンは哀しそうに眉を寄せた。
「ロッテさんの仰ることが本心なら…何故あの方は、『相手の鏡』というスタンスを取り続けるのでしょうか?鏡として対応するという事は、確かにその鏡の相手にとって本心かもしれませんが、ロッテさんにとっての本心ではないという事ですよね?それを善い悪いという訳ではなく…ロッテさん自身が、本音を言わないということに対してストレスを感じているのではないかと…思うのですが」
「んー、そんな事ワタシもわかんないわぁ?でもねぇ、本心や求めているものってロッテちゃん自身にも解かんないかもしれないじゃなぁい?」
「それはそうかもしれませんが…『鏡』というスタンスを取ることで、みんなも自分も一緒と言うことで、言い訳にしているのではないかと…どうも、上手く言えませんね」
「んー、そうする事で周りがどうゆう反応をするのか見ては面白がっているんじゃないのぉ?だってぇ、彼女だって半分は魔族だものぉ」
「そう…なのでしょうか。結局は…。ロッテさんは、幸せなのでしょうか…?」
ナンミンは目を閉じて頭を振った。
「わたくしには理解を超えたことが多いです…血と肉で作られた生き物は、兎角様々な感情に溢れているのですね」
「そうねぇ、誰かの命奪って、その血肉を糧にして生きてると体に吸収してるものが多い分だけ、それだけ色んな感情に溢れるのは当然じゃなぁい?あんッ、ナンミンくんにはまだちょっと難しいかもしれないけどねぇ☆めんどくさい生き物なのよぅ♪」
「そうなのですか…まだまだ、世には不思議なことがあふれているようです」
しきりに感動しながら頷くナンミン。
「おーい、ナンミン、ンリルカ!」
その時、遠くから声がして、二人は振り返った。
「クルムさん」
ナンミンが名を呼んだ少年は、息を切らせて駆け寄ってくると、二人の前で足を止めた。
「他のみんなは?」
「んー、まだよぉ?クルムくんのほうは、何かいい情報は入ったぁ?」
「いや…残念ながら、あまりいい情報はなかったよ。他のみんなの情報を待とう」
「ていうかぁ、ワタシ達みんなでルージュちゃんのところに行くのぉ?」
「え…そうじゃないのか?」
きょとんとするクルムに、ンリルカはうーんと人差し指を顎に立てた。
「でもぉ、クルムくんたちの話だと、そのリーフって女、チャカなんでしょぉ?そんな、敵の親玉のところに、ロッテちゃんをほいほい連れてっちゃっていいわけぇ?」
「あっ…」
思ってもみなかったことを指摘され、クルムは絶句した。
「そうするとぉ、どうしてもロッテちゃんの護衛隊と、ルージュちゃんの捜索隊の二手に分かれることになるわよねぇ?まぁ、多分それが向こうの狙いなんでしょうけどぉ」
「…そう…か…」
きり、と唇を噛むクルム。
「っていうとぉ、ミケくんとレティシアちゃんは絶対にルージュちゃんの方に行くでしょぉ?ゼータくんは行く気なさそうだけどぉ…クルムくんもそっちに行っちゃうとぉ、ロッテちゃんの守りが手薄になっちゃうんじゃないかしらぁ?」
「ンリルカさんは、どうなさるおつもりですか?」
「ワタシはルージュちゃんの方に行くわぁ☆だからナンミンくん、ロッテちゃんをお願いねぇ♪」
「えっ、えええええっ?!今ンリルカさんの口でロッテさんが危ないっていったばかりじゃないですか~!」
オロオロとうろたえるナンミン。
俯いて何かを考えているクルム。
「あーっ、ンリルカさん、ナンミンくーん、クルムくーん!」
また遠くの方から声がして、3人はそちらの方を見た。
連れ立って歩いてくる、ゼータ、リィナ、ロッテの3人。
「3人とも、何かいい情報はあったぁ?」
「情報?なんのだ?」
きょとんとするゼータに、ンリルカは肩をすくめた。
「やぁねぇ、ルージュちゃんがどこに行ったかっていう情報よぉ」
「あ?俺が何で、あんな無責任極まりない姉ちゃんの行方なんて捜してやらにゃいかんよ。俺はロッテの護衛に使うモンを調達してきたんだよ」
「ぜ、ゼータさん…ええと、リィナさんは?」
「あっごめーん、リィナは特にすることなくて適当にぶらぶらしてたー」
するべきことの見当がつかなかったのだろう。申し訳なさそうに手を振るリィナ。
「それより、3人とも何の話してたの?」
リィナに問われ、かいつまんで今の話をするナンミン。
「リィナさんは、どちらに行かれるのですか?」
「リィナ?もちろんロッテちゃんのほうに行くよ。ロッテちゃんの護衛をするのがお仕事だもんね」
微妙な沈黙が落ちる。
「…そ、そうなると、ロッテさんのほうにはゼータさんとリィナさんと…わたくしが行くとして、3人…になるのでしょうか?」
不安そうなナンミンに、ゼータは、うーんと腕組みをした。
「ま、そんなことだろうがよ。ロッテは俺たちで守るから、としか言えんかね。いいからとっとと、あの無責任姉ちゃんを連れ戻してこいや」
「いや…オレ、やっぱりロッテのほうに行くよ。心配だし」
真剣な表情で、クルムが顔を上げる。
「クルムくん、ルージュさんに何かいうことがあるんじゃないの?」
リィナが心配そうに言うが、クルムは目を閉じて首を振った。
「いや…リィナの言うとおり、オレたちはロッテの護衛をするのが仕事だよ。それに、もしルージュが戻ってきてくれても、その時にロッテがいなかったら、一番悔やむのはルージュだと思う。だから…」
「言いたいことがあるんだろ?それを抑えて後悔したんじゃないのか?」
クルムの言葉をさえぎって、ゼータが言う。
クルムは眉を寄せて俯いた。
「…そう、だよ。オレは言うべきことが、言いたいことがあったのに、ルージュに言わなかった。それが彼女を孤独にさせて、出て行かせてしまった。それはわかってる」
「じゃあ、今度は後悔しないようにするこった。あまり周りに気を使いすぎてると、本当に大事なことを見逃すぜ?」
「でも、ロッテの事だって、本当に大事なことだよ」
「そりゃ、お前さんが二人いない以上、はかりにかけてどっちかを落とすしかねえ。『今』壊れそうで崩れそうなのは、ロッテとルージュとどっちだと思うんだ?お前さんが『今』助けてやらなくちゃ行けないと思うのは、どっちなんだ?よく考えて出した結論なら、俺たちは止めはしないし、お前さんの出した結論に協力してやれもするさ。ま、もともと俺は何が何でもロッテを守るつもりでいるがね?」
肩をすくめて、ゼータ。
クルムはしばし考え込んだ。
「あぁ、みんなもう来てたんだ」
そして後ろから、新たな声がして。
振り返ってみれば、ミケ、レティシア、レビア。それにクレアの姿。
「レティシアちゃんにミケくぅん。どぉ、収穫はあった?」
ンリルカが問うと、レティシアは苦笑した。
「さっぱり。でもね、クレアが鳥に訊いてくれたのよ」
彼女の紹介で、クレアがいつもの眠たそうな瞳を向ける。
「あたし、鳥語が話せるからさ?鳥さんたちに聞いたら、商店街を避けてジャングルに向かったって。詳しい道筋はわからないけど…ま、行く先々で鳥さんに訊いていけばわかるんじゃないかな」
「ジャングルの中で、そうそう鳥に遭遇できるとは思えませんが…」
その後ろで、レビアが微妙な表情をする。どうも、彼女はクレアがあまり得意ではないらしい。
「じゃ、これで揃ったかな…?ひの、ふの、み…あれ、一人足りないよ?」
人数を数えたリィナが、きょとんとする。
「シアンくんがいないよ」
ロッテが指摘すると、皆、ああ、という顔をした。
「ああ、そういえば、あの女顔兄ちゃんはいねえな」
「誰か、シアンと一緒に行動してた人はいないの?」
「……あの…」
「そんな奇特なヤツがいるとは思えねえがな…だいいち、アイツの方でお断りだろ」
「もう約束の時間は過ぎてるけど…どうしちゃったのかな?」
「あの…もし」
時折聞こえるか細い呼びかけにも、全く気づかないようで。冒険者は辺りをきょろきょろと見回し始めた。
「おーい、シアンくーんっ!」
「ご飯の時間ですよー、出てきてくださーい」
終いには駄々っ子をなだめる家族のような呼びかけ方になったところで、業を煮やしたように呼びかけが大きくなる。
「あのっっ!!」
ぴた、と呼びかけを止めて。
冒険者達が見やったのは、二十歳を少し過ぎたほどの女性。
白い肌に金色の巻き毛が可愛らしい、落ち着いた上品な雰囲気が漂ってくる。レビアに比べると、やや幼い感もあるが。
着ているものは旅装束のようで、彼女もまた旅をしていることをうかがわせた。
冒険者達の視線が自分に集まったことに満足したのか、彼女は表情を和らげて話し始めた。
「あの…失礼とは存じますが、皆様の仰っている『シアン』とは、シアン・イーリスのことですか?」
つい最近似たような場面に遭遇したような…と、デジャヴを感じる冒険者達。
ミケが代表して、狐につままれたような表情で応える。
「あ…はい。その通りですけど。あなたは?」
彼女はほっとしたような表情で微笑むと、一礼した。
「申し遅れました。私、リーリア・キャルロットと申します」
顔を上げると、意外に意志の強そうな瞳をまっすぐ冒険者達に向ける。
「シアンとは、母方の従姉妹に当たります。どうか、よろしくお願いいたします」
はぁ。
突然の、しかしどこかで見たような展開に、冒険者達はただ生返事を返した。
「私は、シアンの後を追って旅をしていました。あの子に会って、どこか安全な場所に連れて行くために」
「ますますどこかで聞いたような話ですね…」
「えっ?」
「いえ、何でもありません。安全な場所、とは?シアンさんは、危険な身の上なのですか?」
ミケの質問に、リーリアは表情を曇らせた。
「はい。シアンはどうせ、皆様にはそのことをお話ししていないでしょうから…率直に申し上げますわ。あの子は名家イーリス家の次期当主。世間を知る為に旅をしながらも、あの子をよく思わない者達に命を狙われているのです」
「ああ、それでねー」
「始終命を狙われてちゃ、人間不信にもなるわな。ま、理由としては30点かな」
「世間を知るためにしちゃ、世間知らずだよねえ。ああ、まだ旅をしてそんなに経ってないのかー」
ゼータとロッテが口々に言いたいことを言う。
そちらに一瞥をくれて、ミケはリーリアに先を促した。
「それで?あなたが来たことと、シアンさんが行方不明になってしまったことは、何か関係があるのでしょうか?」
リーリアはますます眉を寄せた。
「はい…私の話し方が不味かったのでしょうか。やっと会えたというのに、わたしの話を聞き終える前に、あの子は逃げ出してしまったのです」
「逃げ出した?どうして?」
首をひねるレティシアのほうにも、困惑の表情を向けるばかり。
「さあ…私にもまるでわからないのです。
ですが、皆様はシアンとともに旅をしておられた様子。私よりも、シアンのことはよくわかっておいででしょう」
「いやー、自信ないなー」
胸を張って否定するロッテ。
そちらは見事に無視して、リーリアはすがるような表情を冒険者達に向けた。
「お願いします。私もここで諦めたくはないのです。どうか、私と一緒にシアンを探していただけないでしょうか…?」
リーリアの願いに、冒険者達は顔を見合わせた。
「行方不明者が、一人増えてしまいましたね…」
「どうしよう…ルー姉ちゃんは心配だけど…シアンのことも気になるし…」
迷っている様子の冒険者達に、あっけらかんとした声がかけられる。
「はいはーい、ボク、シアンくん探すねー」
「ロッテ?!」
誰もがそちらの方を向いた。
ロッテは上機嫌で手を振って、言う。
「だぁって、ルージュちゃんとこいくともれなくおばちゃんがついてくるんでしょ?ボクが行くわけに行かないしさー。だったら、ただうろうろしてるのもアレだし、シアンくんがどこに行っちゃったのかもキョーミあるし。ボクそっちにいくよ」
「あ、ありがとうございます!」
見事に無視した相手から肯定の返事がもらえるとは思ってもいなかったのか、リーリアは嬉しそうに礼を言った。
「じゃ、当然俺もロッテと一緒にシアン探しだな。あー、かったる」
「リィナもリィナも!シアンくん、きっとなんか誤解してるんだよ!いつもの調子で!」
ゼータとリィナが同行の意を示し、ナンミンも控えめにそれについた。
「で、ではわたくしも…」
ふむ、と息をついて、ミケはそちらを見た。
「では、お願いします。シアンさんと…それに、ロッテさんも」
「私達は絶対ルー姉ちゃんを探して見せるから!そっちもがんばってね!」
「あ、では…わたくしは、通信係をしようと思うのです。これをお持ちください」
言って、ナンミンが卵ドセルの中からなにやら出す。
なにやらというか、それはいつもの顔のついた卵人だったりするのだが。
「こ、これは…?」
「ルージュさんの気配を感知して鳴く卵人、略してルーたまです!今ならもうひとつ、チャカたまもおつけします!」
「す、すっごいじゃないナンミン!これでもうルー姉ちゃんは見つかったも同然ね!」
「こちらはシアたまでシアンさんの行方を追うことにいたします。もし見つかりましたら、こちらでご連絡ください」
にゅ、と新たに出した卵人は、上に針のようなでっぱりがついていた。
「こちらは、通信用の卵人です。離れたところにいても、少しでしたら会話が出来ます。わたくしたちとミケさんたちと、ひとつずつ持っていて、どちらかが成功したらご連絡を差し上げればいいですよね」
「はい、とても助かります」
ミケが笑顔で頷いて、ナンミンは嬉しそうに微笑んだ。
「では、ンリルカさん、お持ちください」
「いやぁん、コレ気持ち悪いぃんv」
ンリルカは渡された卵人を、嬉し嫌そうに胸の谷間に仕舞う。
「では、合流の方法をですね…」
と、ナンミンはミケたちと詳しい連絡の取り方を相談し始めた。
ンリルカは一歩下がるとそれを静観する。
とそこに、ゼータがとことこと歩いてきた。
「やーれやれ、厄介なことになったな。俺たちゃ行方不明者捜索隊じゃないんだけどねぇ」
「んもう、ダーリンったらまたそんなこと言ってぇ」
「モーニングスターはカンベンしろ。アレはマジで痛い。
つーか、正直どうよ、あの二人」
「あの二人って?シアンくんとルージュちゃんのことぉ?」
ンリルカはんー、と唸って、言葉を続けた。
「ルージュちゃんは、ホスト遊びとかにハマって泥沼してそうよねぇ☆」
「…ホスト遊びにはまって借金できて。嫌々だけど接客業やらされてますって感じだよな、今の雰囲気だと。
…男に逃げられたけど、男が作った自分名義の借金が残ってるとかそんな感じで!」
言いたい放題だ。
ゼータはぽりぽりと頭を掻いて、続けた。
「シアンはなー。…良く解らんのだよな、俺。
無口なお方で、頭固そーっだしな。こっちから話しかける気も無いし…ってか、あっちがそんな感じだろ?
お友達になり難いタイプだよな、シアンって?」
多少の毒を含んでのゼータのセリフ。ンリルカは興味なさそうに毛先をいじっている。
「ワタシにとってあんまり有望株じゃないわねぇ。女顔はイマイチタイプじゃないのよぉ?」
「そういうことじゃないだろが」
一応ツッコミをくれて、しかし自分もシアンに興味が無いのは同じなのでそれ以上のこと話さず。
「でー?クルムは、結局どっちにいくんだ?」
ゼータの問いかけに、クルムは意を決したように顔を向けた。
「ルージュのほうに、行くよ」
その瞳には、揺るぎ無い光が宿っていて。
「もう、後悔したくないんだ」
ゼータは眩しそうに笑った。
「…わかった。じゃ、俺らは、クルムがルージュのほうに行ったことを後悔しないように、気合入れてロッテを守るからな」
「うん、わかった。こっちも、精一杯がんばるよ」
話がまとまったところで、通信の相談をしていたグループもまとまったらしく、ミケが全体像を取りまとめる。
「では、ルージュさんの捜索には、僕と、レティシアさん、クルムさん、ンリルカさん、クレアさん。
シアンさんの捜索には、ロッテさん、ゼータさん、リィナさん、ナンミンさんということで。
みなさん、よろしいですか?」
皆異論はないらしく、こくりと頷く。
それぞれの関係者であるレビアとリーリアも、それぞれのグループに身を寄せて。
「では、健闘をお祈りしています」
その言葉で、パーティーは二つに分かれて行動を開始することになった。
それに合わせて、ひとつところにいたンリルカとゼータも、別れて歩き始める。
「じゃ、ワタシはルージュちゃんの方に行くわねぇ☆しばらく会えないけど、ワタシがいなくても寂しくてリィナちゃんとか襲ったりしないでねぇ?」
「誰がだ!つーか寂しくない!」
いつものボケと突っ込みの応酬のあとに、ンリルカの瞳がふっと真剣な輝きを帯びる。
「そうそう、ゼータくん」
体を進行方向に向きかけたゼータが、名を呼ばれて顔だけ振り返る。
「…信じてるから」
いつもの人を食ったような微笑とは違う、強く、安らかな笑み。
ゼータは体をこわばらせて、一瞬の後に歩いていこうとするンリルカの腕を取って、引き寄せた。
「…えっ…ちょっ…」
制止の声もかけられればこそ。
ゼータは大柄なンリルカの体を抱きしめると、その唇に自分の唇を重ねる。
が、それも一瞬のことだった。さすがに面食らっているンリルカに、にっと笑みを向けると、ゼータは言った。
「さっさと、あの馬鹿連れ戻して来いよ!で、今感じた熱さの分、馬鹿殴っといてくれなっ?」
「…えっ?!」
「じゃあな」
今度こそ、ゼータはくるりと背を向けて、やはり少し面食らっている様子の仲間と共に、歩いていく。
その背中を見送って、ンリルカはぽつりとつぶやいた。
「まさか…ね」
おねえちゃんとわたし
わたしはひとりぼっち
もうなにもかんがえたくないの
わたしはだれからもあいされない
だれからもしんじてもらえない
わたしなんていないほうがいいの
だから、おねがい
いまはなにもかんがえたくない
ただあたたかくつつまれて
きえていってしまいたい
「ワタシ、少し前に気がついてしまった事があるの…」
ジャングルの道すがら、突然シリアスに話し出したンリルカを、仲間達はきょとんとして見やった。
ンリルカは階段を離すときのような青ざめた表情で(実際にはメイクだが)、恐ろしげに語りだした。
「…実はこの依頼は全てロッテちゃんが仕組んだ虚言で、リーちゃんもエリーくんも幻術でぇ、そんな子はきっと始めからいなかったのぉ。そしてロッテちゃんはなぜこんな依頼をしたかというと…魔族に返り咲いて、魔界及び天界、即ちこの世界をも支配するあらぶる魂を手に入れるために清く正しく美しい魂を生贄に完全な魔族に生まれ変わろうとしていると思うの!その清く正しく美しい魂の持ち主を探す為、解りやすい人間を雇ってこんな意地悪な事を仕組んでどの魂か一番なのか探していたのよ!嗚呼、なんて恐ろしい事なのかしらぁ!さすがだわぁ、魔族はやる事が違うわぁ☆」
話しているうちにだんだんエキサイトしてきたらしく、手をわきわきとわななかせながら、どこかの宗教団体の教祖のように声高らかに語りだす。
「…そしてどの魂が一番清く正しく美しいか……そう即ちワタシが狙われていると思うの!!その結論に達したワタシは今回ルージュちゃんを探しに行くという名目でトンズラ…いえ、オホンッ。魔の手から逃れようと思っているわけなのよぉ☆んふふ…魔の思惑通りになんてそうはいかなくってよ!をほほほ!
…ってそんな冗談は置いておいてぇ、ルージュちゃんの反応はまだぁ?」
いきなりエキサイトしたかと思えばいきなり現実に帰られて、仲間達はどう反応していいものか困惑した様子だった。
「一応…近い、ようですね…このぶんだと、見つかるのもすぐだと思いますよ」
ミケが嬉しそうに言って、手の中のルーたまを見やった。
「ぼんそわー、ぼんそわー」
卵はミケの手の中で、奇妙な鳴き声をあげていた。
「私は…がんばったのよ…私なりに…」
「そうね…アナタはよくやったわ…?」
「なのに…私は受け入れてもらえなかった…」
「そうね…ヒドイことだわ。アナタはあんなにがんばったのにね…?」
ジャングルの奥深く、木々の陰に隠れるように建てられた、草木の小屋で。
銀髪の女性が、金髪の女性の胸にもたれかかるようにして、呆然と呟いていた。
金髪の女性は穏やかな表情で、優しく彼女の頭を撫でてやりながら、話を聞いている。
「もう…何も考えたくない。何もかもどうでもいい。このまま…消えてしまいたい…」
「辛い思いをしたのね、ルージュ…」
金髪の女性は胸に抱いた彼女をルージュと呼び、綺麗な銀色の髪をゆっくりと梳きながら、彼女の耳元で囁いた。
「もう、辛い思いはしなくていいのよ…?何も考えなくていい…ゆっくりと眠ってしまいなさい…」
「リーフ…」
ルージュはうっとりと金髪の女性を見上げ、その名を呼んだ。
リーフは艶然と微笑むと、すい、と視線を移す。
「けど…アナタが眠ってしまうのを、納得行かないコたちがいるようね…?」
つられて、ルージュもぼんやりと視線を移した。
がさ。
草木を掻き分けて、何人かの人間が連れ立って姿を現す。
「……ミケ……」
ルージュはなおもぼんやりと、一番先頭に立った青年の名を呼んだ。
その名にも、その姿にも…もはや、怒りも、悲しみも湧かない。
自分はもう何も考えずに、眠ってしまうのだから。
ルージュは無表情で立ち上がり、一歩前に進み出た。
ミケは厳しい表情をルージュに向けると、やおらずんずんと彼女に向かって足を踏み出した。
他の仲間もあっけに取られながらそれを見守る中、ミケはルージュの前で立ち止まると、いきなり平手で彼女の頬を打った。
ぱんっ!
乾いた音が辺りに響き渡る。
仲間達は一様に度肝を抜かれ、言葉も出ない様子だ。が、ルージュの表情は相変わらずだった。
それに気づいてかそうでないのか、ミケはルージュに向かって怒鳴りつけた。
「勝手にいなくなるって言うのは、どういう了見ですか!せめて一言言い置くとかしないと心配するでしょう!自分が一人だとか変な誤解して飛び出して、そんなこと直接言いなさいよ!それにね、『甘いお菓子と言葉をくれるひとにはついて行っちゃいけません』って今日び子どもでも知ってる常識ですよ!?しかも、うちの可愛い猫は置き去り、無視ですか、あなたに動物愛護の精神はないんですか、ええ、可哀相じゃないんですか、この子は!とりあえず、ポチにあやまっときなさい!」
だんだん怒るポイントがずれてきている。
「ミケくぅん?女のコには優しくしないとダメよぉ?扱い方を知らないなら、ンリェンが教えてア・ゲ・ル」
ンリルカが楽しげに後ろで茶々を入れ、ミケは複雑そうな表情で息を吐いた。
リーフは面白そうにそれを眺めていたが、ルージュは相変わらずの無表情で、ぼそりと言った。
「…言いたいことは、それだけ?」
「っ…」
ミケが言葉に詰まる。
「…もう、疲れたの…何もかもどうでもいい…どうせ私のことなんて、いらないんでしょう?ロッテをほっぽってないで、さっさと護衛に戻りなさい…」
言って、くるりと背を向け、リーフの方に戻ろうとする。
「…っ、だから、誤解だと言っているでしょう?!誰がいつ、あなたのことをいらないなんて言ったんですか!」
「眠らせた人間を置き去りにして出かけてしまうことが、そう言ったことにならないとでも?」
顔だけ振り向いて、冷ややかに言うルージュ。
「あれは…っ!」
「…もういいわ。もう、何も聞きたくない…私のことなんか気にしてないで、帰って…」
「ルー姉ちゃん!」
なおもリーフの元に戻ろうとするルージュのもとに、ミケの後ろからレティシアが駆け寄ってきた。
ルージュの腕を取って、自分のもとに引っ張る。
「レティシア…」
ルージュは困ったように彼女を見たが、彼女は厳しい表情で、強い口調で、言った。
「ルー姉ちゃん、この人から離れて!!」
「…え…?」
予想外のことを言われてきょとんとするルージュに、レティシアはなおもその腕を引き寄せながら、言った。
「この人は、チャカなのよ?!」
その場の空気が凍りついたかのように、緊張した沈黙が落ちる。
「………え……?」
レティシアの言った言葉の意味を図りかねて、ルージュは弱々しく声を漏らした。
レティシアはなおも強い語調で、言った。
「だから、チャカなの!ミケたちが前に関わった事件で、チャカはその、リーフっていう人に化けていたの!」
「…う………そ…」
呆然とした表情で、ゆっくりとリーフのほうを見るルージュ。
リーフは変わらず、薄い笑みをたたえていて。
彼女の問いを、肯定するでも否定するでもなく。
「はぁい、初めましてぇ」
不気味な沈黙を、ンリルカの軽い声が破る。
彼女はレティシアの後ろで、満面の笑顔で手を振っていた。
リーフに向かって。
「貴女のお噂はかねがね聞いているわぁ♪何もかも上手くいかない、仲間から外されて孤立したと勘違いして勝手に追い詰められた可哀相な若い女の子を作り上げてペットにするのか趣味なんですってねぇ。今のルージュちゃんもいいセンいってるけどぉその候補なのかしらぁ?」
ぴき。
先ほどとはまた別の意味で空気が凍る。
ルージュは相変わらず呆然と、しかしミケとレティシアはこれから起こる惨劇を予想して、絶句した。
が、リーフは変わらぬ微笑を湛えたまま、口を開く。
「あら…まるで見てきたことみたいに。人づての話だけで勝手な判断を下すのは、間違いの元よ…?」
「いやぁんっ、ンリェンこわぁいっ☆」
ンリルカは笑顔のままそう言ってミケの背に隠れた。
「お久しぶりですね、リーフさん」
ミケは微妙に苦い表情をリーフに向けた。
「チャオ、ミケ。元気そうね」
リーフは相変わらずの笑みだ。ミケは眉を寄せたまま、彼女に問うた。
「ロッテさんを追いかけるのはやめたんですか?暇なんですか?それとも罠なんですか?
…ルージュさんが落ち込んでいるのを見て、格好の獲物だと思ったんですか?」
「獲物だなんて、人聞きの悪い」
可笑しそうに肩を揺らして笑って、リーフは言った。
「そっちの可愛らしいオカマさんも言ってたけど、別にあの子達を配下にするために事件を起こしたんじゃないわ…?撒いた種が芽を出して、結果としてそうなっただけ…そうならない可能性だって、あったわけでしょう…?
それに…今回の種は、アタシが撒いたんじゃない…アナタたちが彼女に何もしないまま放っておいたことが、この結果を招いたんじゃなくて…?その責任までアタシに押し付けるのは、あまりよろしくないと思うわよ…?」
その言葉に、ミケの眼光が鋭くなる。
それこそ、ロッテの言った地震の話だった。人間がもっと強くさえあれば、あの悲劇は起こらなかったと。
しかし、ミケはそれについては議論をするつもりはないようで、沈黙を守る。
が。
「そん…な…」
ルージュは呆然と呟いて、ぺたんと座り込んだ。
今のリーフの言葉で、リーフ自身が肯定してしまった。
自らがチャカであり、傷ついた少女達を取り込んで配下にしているということを。
傷ついて、自分の支えが崩れそうになって、どうしていいかわからなくて…
そんなときに、優しく包み込んでくれた、心のよりどころになってくれた存在が、すべて偽りだったと。
自分をかろうじて支えていたものが、残らず音を立てて崩れていく音が聞こえる。
頭が真っ白になっていく。文字通り、何も考えられない。
「ルー姉ちゃん……」
レティシアが心配そうに、ルージュの両肩に触れる。
「聞かせてくれないか、ルージュ」
クルムが一歩前に進み出て、ルージュに向かって言った。
「リュウアンやマヒンダ、ゼラン魔道塾でのルージュは、割と仕事に対して冷静だったと思う。
でも今回のルージュは何か…違った。とても必死だったんだ。
自分の思うようにいかないロッテの護衛…ロッテが嫌がってても、言うことを聞かないのなら強硬手段で足止めさせて…そんならしくないやり方をしてまでロッテを守りたかったのは、一体何故?」
そこで一呼吸おいて、囁くように問いかける。
「本当は…一体何を守りたかったの?」
しかし、彼の真摯な問いにも、ルージュはなおも呆然と空を見詰めるばかり。
再び、奇妙な沈黙が落ちた。
「……自分の尊敬している存在と同じ境遇で、どんなことをしてでも守ってあげたかったのよねぇ?」
ぴく。
ルージュの肩が震える。
リーフは面白そうにくすくす笑うと、冒険者達の間をゆっくりと歩き出した。
「人間を愛した魔族…魔族との混血…そのこと自体が、カノジョにとっては大事な大事な事実だったワケ」
「どういう…ことだ…?」
眉を顰め、いぶかしむクルム。
リーフはにっこりと笑うと、昔話を語るように話し出した。
「むかし、むかしの話よ。アタシたちの間でも、この話は結構有名…アタシのにいさまと同じくらいにはね?」
悪戯っぽくくすりと笑って、リーフは続けた。
「魔界に、とある変わり者の魔族がいたの。
名前を、ヴェアトリーチェ・ル・ベリエ・ブリュンヒルディア。
何が変わり者かっていうとね、彼女は、人間を愛し、人間と結婚し、人間との間に子供をもうけたの。
魔界を捨てて、ね」
誰も、彼女の話をさえぎるものはいない。
「ヴェアトリーチェが愛した男の名は、アリアバード・ディアス。
彼らはごく普通の恋をして、ごく普通に結婚し、ごく普通に家庭を持った。
ただふたつ…彼女が魔族であった、ということと」
そこで思わせぶりに間を空けて、低く付け足す。
「彼が、代々王家に仕えてきた、暗殺者の家系であった…ということのほかにはね」
冒険者達が息を飲む。
ディアス、ということは、ルージュの先祖であるということだ。
ということは、ディアス家というのは、暗殺者の家系である、ということ。
驚きと、そしてどこか納得の表情で、仲間達はルージュを見た。
くすくす、とリーフの笑いだけが、辺りにこだまする。
「ヴェアトリーチェの血は、ディアス家に魔族の力という大きな幸運をもたらしたわ。
ディアスの人間は、ある年齢になると自らの中に潜む魔族の血が力を飛躍的に伸ばすようになるの。
その力で、ディアス家はますます功績を上げ、王に信頼され、繁栄を続けていった…」
ふわり、と金髪が揺れて、リーフは立ち止まった。
「魔族であるヴェアトリーチェはアタシと同じ…一万年の寿命と強大な力を持っていたけれど、愛する者と共に死ぬために、その二つを捨てたそうよ。だから、ヴェアトリーチェはもうこの世には、いない…。
アリアバートを誰より愛し、そして人間をこよなく愛したヴェアトリーチェは、人らしい人であろうとし、人らしい人を受け入れ、人であることを誇りとすることを、一族の家訓とした。
ディアス家は、今でもその家訓を大事に守りながら、日々お仕事に励んでいるそうよ…」
そして、くるりと冒険者達のほうを振り返る。
「…アタシの調査は、間違っていないかしら?
レビア・ル・ベリエ・ルーベルドラクロア・ディアス?
いいえ…今は、オリヅルと呼んだほうがいいのかしら?」
リーフの口から紡ぎだされた長い名前に、ルージュがはじかれたように顔を上げた。
レビアは皮肉げに唇の端を上げて、応える。
「魔族というものは、想像以上に現世界に干渉できるようですわね。
とりあえずは、概ね違わぬ、とだけ申し上げておきますわ」
レビアはそれきり口を閉じたが、ルージュはかたかたと震えながら、じっとレビアを見つめた。
「ね……姉さん………」
が、ルージュの反応は無視して、リーフがくすりと笑う。
「そして、ディアス家に生まれたとある少女…ルージュ・ル・ベリエ・ブリュンヒルディア・ディアスは、たまたま受けた護衛の仕事で、守る相手が魔族に狙われたハーフ、という事実に、俄然やる気になってしまった。ヴェアトリーチェの再来、この子は絶対私が守ってあげなければ…そう、思い込んでしまったのね」
何人かが、はっとしたようにリーフを見る。
リーフは歌うように、続けた。
「だから、あのコの態度が気に喰わなかった。魔族と人とが愛し合って生まれた大切な命なのに、その命をどうでもいいと言うようなあのコが。このまま放っておけば、いずれあのコ自身があのコの命を断ってしまうことになる。魔族の手からも、あのコ自身の手からも、あのコの命を守ってあげなければならない。
…それが、自分でケガをさせてまで、あの子を引き止めて、手中に収めて守ろうとした、理由」
くすくすと笑って、リーフはルージュを見た。
「ねぇ?本末転倒だわ?命を守ろうとしている相手を傷つけることで、命を守れると思っているところがね?
さすがは、音に聞こえたヴェアトリーチェの子孫、というところかしら」
その言葉に、ルージュはさっとリーフのほうを向いた。
「……どういう意味かしら」
リーフはくすっと笑うと、首をかしげた。
「よりにもよって、人を殺すことを生業とする家系の家訓に、人であることを誇りにするなんていう戯言を持ってくるなんてね?
人を受け入れ、誇りに思うなら、何故人を殺すの?
そして、その人を殺すのを最も容易になしえているのが、彼女の残した魔族の力だっていうのにね?
矛盾も甚だしいわ?」
その瞬間。
ルージュは立ち上がり、今までの呆然とした表情とは一変した、鋭い瞳をリーフに向けた。
「今の言葉、取り消せ」
その口調も、その身にまとうオーラも、今までの弱々しいルージュのものとも、かと言っていつものクールなルージュのものとも違う。
完全に別人になってしまったかのようだった。
「この身が愚かなのは知っている。だがな、ヴェアトリーチェ様を侮辱するのは許さない。
なお言うなら、いいか、命を懸けろ」
ルージュは静かに、しかし確かに意志のこもった声で、リーフに言った。
緊迫した空気の中、仲間達とレビアは固唾を呑んでそれを見守っている。
二人はしばらくにらみ合っていたが、ふいにふっとリーフが目を閉じた。
「…面白いわ。
アナタの掲げる『ヴェアトリーチェの理想』とやら…
そんな寝物語がいつまで続くか…見せてもらうとしましょう」
「まだ言うかっ!!」
ルージュは目にもとまらぬ速さで剣を抜くと、リーフに踊りかかった。
リーフは後ろに跳んでそれをかわすと、がさりと茂みの中に着地する。
「…なかなか、楽しかったわ?ディアス家のお嬢様。
また、会いましょう…チャオ」
最後に、ウインクだけを残して。
リーフは瞬く間に、茂みの中へと消えていった。
「ふぅ…」
リーフが茂みに姿を消した後、ルージュは大きく息を吐いた。
先ほどのオーラはすでにない彼女の背に、優しく声をかけるレビア。
「ルージュ…大きくなったわね…」
「姉さん…」
ルージュは振り返ると、紅い瞳に大粒の涙を湛えて、レビアの元に駆け出した。
「姉さん…!やっと会えた…!」
レビアの胸に縋りついて、堰を切ったように泣きじゃくる。
レビアはその頭を、優しく撫でた。
「ええ……ルージュ、ずっと会いたかったわ……」
「姉さん、姉さん、姉さん………」
ようやく果たせた姉妹の再会に、仲間達も目頭を押さえる。
「ルー姉ちゃん…」
レティシアが涙を拭ってルージュに歩み寄り、そっと言った。
「みんなの所に帰ろう。きちんと話し合って、みんなでロッテを送り届けようよ。お仕事を投げ出すなんて、ルー姉ちゃんらしくないよ。」
「そうだよ、ルージュ」
それに、クルムも続く。
「帰ろうルージュ、みんなの所へ。ロッテの護衛に対してのルージュは、行きすぎてたところもあったけど、気持ちの全部が間違ってたんじゃない。
みんなそう思ってたんだよ。
だから、ルージュが一人で行ってしまって、皆ショックを受けてた。
ゼータも、あの時は途中でルージュの気持ち決めつけてちゃんと話し合わないで終わってしまったから、ルージュが帰ってきたらもう一度腹を割って話す、って言ってたよ」
実際はそこまで言っていないのだが。まあおおむね、そんなような感じだと思っていいかもしれない。
ゼータは怒るだろうが。
「でも…」
ルージュはなおも、躊躇しているようだった。
すると、クレアが優しい微笑を浮かべてルージュに歩み寄った。
「なんか辛いね、信じていたものが崩れるというか否定されるって…。そんなに重いもの、背負ったこと無いからどうしていいかよく判んない。矛盾なんか有って当然だと思ってるから、深く考えたこと無かったもの。ひらきなおったら、って、あたしコレばっかしよね。呆れた?」
呆れた、というよりは、よくわかっていない表情で、きょとんとするルージュ。
クレアは続けた。
「でも、あなたは身も心も疲れていて休みが必要なのは間違い無いと思うわ。だから、何も言わないで、何も考えないで。あたしが、何も言わさせない、考えさせない!」
クレアは言うと、いきなりルージュを抱きしめ、押し倒し、その唇に口付けた。
「?!」
「く、クレアさん?!」
「な、何してるのクレア?!」
「やぁん、クレアちゃんったら大胆っ☆」
仲間が驚いて駆け寄るが、クレアの力に対抗できるものはいない。
クレアは唇を離すと、ルージュを組み敷いたまま、そっと囁いた。
「さぁ、全てを忘れて、今は眠りなさい。それから悩んでも遅くは無いのよ、幻のように儚い人間の命でも、それくらいの時間はあるから」
あくまで一方的なクレアの行動と言動に、さすがのルージュも眉を顰める。
「ちょ、あのねぇ…」
「いつまでその汚い手でルージュに触れているつもりだ、いいかげんに離せ、下郎!!」
が、ルージュが何か言うより先に、二人の間に割って入り、力ずくでクレアを引き剥がしたものがいた。
「ね、姉さん…?」
いきなりの姉の豹変に、ルージュは呆然とレビアを見る。
レビアはルージュのほうを見ると、にこりと…しかし、先ほどの慈愛に満ちた笑みとは明らかに違う、冷たい笑みを浮かべた。
「貴女のところに案内してもらうのにちょうどいいから、こんな下賎の輩にも我慢して馴れ合ってあげていたけれど…もうその必要も無いようね。
ルージュ、貴女はこんな下賎の言うことに惑わされて行く道を見失っては駄目よ。
私と一緒に来なさい」
「姉さん…何を言っているの?」
自分から切り捨てた仲間とは言え、下賎呼ばわりされて眉を顰めるルージュ。
しかし、レビアの口調はにべもなかった。
「ヴェアトリーチェのこともそう。あの信仰は捨てなさい、あれは良くない物だわ」
「えっ……?」
「偽善なのよルージュ。人を愛せなどというのは、私達が行うにはあまりに偽善的すぎることだわ」
「………ちょ、ちょっと、ヴェアトリーチェ様を否定すると言うの?」
優しかった姉が、尊敬するヴェアトリーチェのことを悪し様に罵るのが信じられず、ルージュはレビアにくってかかった。
が、レビアは冷たい表情で言い放つ。
「間違っている物を否定するのは当然のことよ」
ルージュは立ち上がり、首を振ってそれに反論した。
「な……!間違ってなどいないわ!私達は魔族と人との子でありながら、何よりも人と言うものを愛し誇りとすることを望んだ、それが間違っているだなんて!」
「そう言い続けて、ディアスは一体どれだけの人間を殺してきたというのだ、ルージュ」
「な………!」
レビアの口調が、先ほどリーフに対して豹変したルージュのそれと同じように変化する。
同じように、まとうオーラも。触れれば切れかねない、刃のようなオーラに。
「ルージュはそれを間違っていないと言う。ではその行動はどうだ?お前は一体何人殺してきた?100や200では効かないのだろう。その矛盾を内包しながら、人間を誇りに思い、全て愛すなど痴夢に等しい理想を持つなどと言うのは愚かとしか言い様がないな」
「だ、だけど私は人間を守ることを、魔さえも愛することを……」
「言行不一致甚だしいな、ルージュ。守りたいとした人と魔族のハーフにでさえ、お前はどのような行動をとった?」
「…っ…」
ルージュは言葉に詰まった。
確かに彼女がロッテに対して取っていた行動は、愛するということとは程遠いもので。
レビアは微笑し、続けた。
「信じることも愚かと言うべきであり、その教えもまた愚かだ」
「そんな……姉さん、姉さんは信じてたんじゃ……なんでそんな酷いことを……」
「全ての者に微笑みを、誰もの顔に微笑みを、ただそれだけを願う、か………私が許し難いのはだな、その偽善だ。幾人もの命を奪いながら、なお綺麗すぎる理想を追い求めるその偽善。
私達は良い、だが殺された人間が何を許すというのだ?お前だって罪も無い者の命を奪ってきたのだろう、その者達が何という?許すはずがない、そのような理想を私達が追い求めることを許すはずがない。追い求めることそのものが、殺してきた全てに対する冒涜だ」
口元には微笑を浮かべながら、しかしその瞳は、明らかにヴェアトリーチェへの憎悪をはらんでいて。
ルージュは混乱した。
「そんな………そんな…人が、愚かさ故に人を殺めることだって……」
「私達は人ではない。いくら血が薄くなったとはいえ、所詮私達は魔族だ。心にある闇が確かである故に、人を斬ることを楽しむ。ルージュ、お前も私もディアスだ。そもそもヴェアトリーチェ・ル・ベリエ・ブリュンヒルディアとディアスはそれ自体が矛盾している。ヴェアトリーチェは理想を求めながら、ディアスは人を殺める一族だ。不純物などいらん、偽善などなお不要。心の赴くままに、魔として生きればいい。それこそがディアス。ヴェアトリーチェが如き魔族の身でありながら人に堕した存在なんてものは、忘れてしまえばいい」
レビアは言って、ルージュの頭を撫でた。
「……ルージュ、愚かな妹だが、私はお前を愛してる。私にとって、何にも代え難い、何よりも美しく愛しい妹だ。だからこそ、その偽善に身を落とすのは耐え難い」
「そんなもの………認められるわけがないわ!ヴェアトリーチェ様は信じろと言った!救えと言った!誇れと言った!愛せと言った!私は人間よ、そんなものを受け入れられるわけがない!」
ルージュの言葉に、レビアは我儘な子供を叱る親のように呆れた表情を取った。
「まだ気付かないと言うのか。お前はヴェアトリーチェの教えなど守れていない」
「なんですって!?」
きっ、とレビアを睨むルージュ。
が、レビアはひるまなかった。同じ調子で、続ける。
「ヴェアトリーチェは光と闇を混在させ、その強さも弱さも愛し誇れと、そして微笑みを持って、最も普通のか弱き人間になれと、そう願った」
「今更、何を……」
「微笑みをもたらすために、お前は人を逸脱する力を求めている。最も理想とする人間よりかけ離れようとしている。お前はそのことに気付いていない。人であることを望みながら人を超える力を求める。わかりやすい矛盾だな」
「あ………」
ルージュは姉の指摘に、呆然と言葉を失った。
ロッテを守るために、ロッテに微笑をもたらすために、彼女は人としての『心』で接するのではなく、『力』で彼女を押さえつけようとした。
それこそが、ヴェアトリーチェの理想に反するものであり、彼女が抱いていた、気づきながらも見ない振りをしていた、根本的な矛盾であったのだ。
レビアは厳しい瞳をルージュに向けたまま、言った。
「何度も言うが、お前は愚かだ。私の教育も、かの故郷で受けた教えも中途半端なままでお前は育った。だがまだ間に合う、私のところへ来い」
「ちょっと待ちなさいよ、あなた何様のつもりよ」
しかし、レビアの言葉をさえぎったのは、クレア。
彼女は強い語調で、言った。
「確かに、人間は弱くて愚かだけどさ、それが誇りに出来ないってなにさ。あたしはさぁ、人間以上のものになりたいともなれるとも思わない。それが誇りよ!
いろいろな考えを持っている人間、それでいいじゃん。幸せの為に人を殺す、それ結果よね。逆に殺されるかもしれない。お互い様じゃん。考えが違うのはしょうがないよ、だから面白いのよ」
「クレアの言うこととはちょっと違うかもしれないけど、私もヴェアトリーチェの考えは、根本では間違ってない…と思うわよ?」
おそるおそるといったように、レティシアが続く。
「確かに人は時々バカなことをするわ。私は、冒険者になって日が浅いけど…依頼を受けるたびにそんな場面に出くわしてる。
その度に、確かにバカな事をして…それを繰り返していたり、過ちを犯したり…そんな人たちを見てきたわ。
でも、人ってそういう生き物よ。
光があって影があるように、強さがあるから弱さもあるんだと思うの。
人を殺めたり傷つけたり…そういうのは…正直賛同できないけど、でも、さっきも言ったけど、根本は間違ってないよ?それを思い続けていくことって、大事だと思うわ?」
「愚かなことを」
が、レビアは鼻で笑って一蹴した。
「お前自身が殺すことに賛同できないと言っておきながら、理想を抱くのは大事だと?殺すこととその理想が相反していると言ったばかりではないか。所詮は低脳の下賎だな。
幸せのために人を殺しておきながら、人を愛し誇りを持てということそのものが愚かしいと言っているのだ。もっとも、お前の脳では理解できないのかもしれんがな」
あからさまに彼らを見下して、嘲笑する。
「お前たち下賎の者は矛盾に気づいていながら見て見ぬ振りをする。が、矛盾は迷いを生み、迷いは弱さを生む。お前たちはその弱さに甘えて満足しているかもしれんが、私達とお前たち下賎をひとくくりにするな。虫唾が走る。ルージュがお前たちのような下賎と共にいて、すっかりお前たちの、そしてヴェアトリーチェの愚にもつかぬ理想に染まってしまったのは、嘆かわしい限りだ」
レビアの口調は、頭から愚かと決め付けた、ゆるぎないもので。
「…それで、あなたはどうするんですか?」
ミケが静かに、レビアに問うた。
「今となっては、どこまでが嘘で、どこまでが本当だったのか…あなたに確かめるしか、ありませんが。
でも、あなたのその談だと、ルージュさんを連れて帰って二人でひっそりと暮らす、というのは、嘘でしょう?」
レビアはまたつまらなそうに鼻を鳴らした。
「当然だ。このような愚かな思想に染まってしまった妹は、この私の手で再び一からディアスのやり方を叩き込む。ヴェアトリーチェの中途半端な理想など抜きにした、ディアス本来のやり方をな」
それから、にっ、と口の端を吊り上げて。
「もともと、私はそのつもりで、両親を殺し、ルージュをディアス家から連れ出したのだからな」
レビアの言葉に、冒険者達は息を飲んだ。
ルージュは目を見開いたまま、微動だにしない。
「ルージュ…」
呆然としたルージュに、クルムは語りかけた。
「ルージュもその矛盾に、気付いてたんだね。だから行動がチグハグしてきて、混乱して、自分が制御できなくなってたんじゃないかな。
でも、正しいと思うことを決めるのは過去の人々の価値観じゃない。もちろんレビアでもない。
ディアス家を離れて、旅をして色んな人に会って、色んな経験をしてきた、今を生きてるルージュ自身だよ。
ルージュが自分で正しいと思って、自分で決めたことなら…俺たちは止めない。
それを決めるのは…ルージュだよ」
沈黙が落ちる。
ルージュは考えた。
きっと姉の指摘は正しい。正しい故に、反論できないのだ。
だがそれでも姉の手を取ることはできない。だって、姉さんの言うことは確かに正しいけど、やはりそれは、最も大切な部分で間違っている。
私は何故、ヴェアトリーチェ様の教えを大切にしようとした。
裏切られ、全てを否定され、間違いだらけの私は、なぜそれでも人間を愛した大いなる母を信じるのか。
…だって。
「……それでも」
ルージュは空を見つめたまま、言った。
「……………それでもなお、願うわ」
だってそれは、とっても素敵なことだと思ったから。
ルージュは立ち上がって、レビアに向き直った。
その顔に、穏やかな笑みを湛えて。
「姉さんの言う通りよ。私は愚かで、間違いを続け、たくさんの人を傷つけて、ベアトリーチェ様の教えすら守れていない」
レビアは黙って、ルージュを見つめている。
「だけど、謝ることはしない、改める気もない。いくら偽善と言われようと、誰もの顔に微笑みを……それを願うことは、決して間違っていないと、信じている。そしてそれを信じ続け生きてきた私もまた、誰にも否定させない」
その口調も、その瞳も。
先ほどまでのうつろさは微塵も残さない、まっすぐなもので。
「ルージュ・ル・ベリエ・ブリュンヒルディア・ディアスの名に誓って、誰もの顔に微笑みを……ただそれだけを願う」
レビアは少し沈黙し、やがてゆっくりと問うた。
「………そのような愚かな偽善を守って、姉である私から離れるのだな?」
ルージュは目を閉じて、首を振る。
「私の中で、姉はもう死んだわ」
レビアはふっと鼻で笑った。
「……愚かな妹。あえて自ら堕ちるか」
「あなたほど、世界に絶望してないから」
ルージュの応えに時間はかからなかった。
レビアはしばし、ルージュを見つめ…そして、冷たい笑みを浮かべた。
「………ならば己に宿る闇と信じ続ける理想の二律背反に苦しむがいい。
そうしてそれがお前を壊したとき、ルージュを私の物としてやろう。
今度こそ、私が正しい道に導いてやる」
レビアはそれだけ言って、くるりときびすを返した。
冒険者達が見守る中、もと来た道をよどみない足取りで戻っていく。
「………お姉ちゃん」
ルージュはレビアに背を向けたまま、彼女を呼び止めた。
「………なんだ」
レビアは顔だけ振り向いて、その呼びかけに応えた。
ゆっくりと。
ルージュの顔に、哀しげな微笑みが浮かんだ。
「…さようなら。お元気で」
レビアはそれには応えず、再び歩みを進めていった。
彼女が振り返ることはなかった。
「ルー姉ちゃん……」
レティシアの呼びかけで、糸が切れたように、ルージュはぺたんと座り込んだ。
その瞳から、大粒の涙がぽろぽろと零れ落ちる。
両腕でその涙を拭い、それでもあふれ出る涙が服を濡らしても、彼女はまるで童女のように泣き続けた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…」
「ルージュさん…」
仲間達が哀しげな、そしてどこかほっとしたような微笑を浮かべ、ただ彼女の傍らで、鳴き続ける彼女を見守っていた。
これからは、自分の足で歩いていかなければならない。
他人の理想…尊敬する先祖のものや、優しかった姉のものに寄りかかって自分を支えるのではなく。
自分の目で見、自分で感じて、自分で築いた理想を、守るために。
その理想が、どんなに自分の行動と矛盾したものであっても。
その理想のために、私は生きていく。
ぼんやりとした意識の中で、ルージュは改めて、そのことを誓った。
るおおぉぉぉんっ!
遠くの方で、獣の鳴き声のような音がする。
冒険者達ははっと顔を上げると、そちらのほうを見やった。
「あの声は…」
「もしかしたら、ロッテたちが危ないのかも!」
「行くわよ」
ルージュは腫れた目元もそのままに、厳しい表情で立ち上がった。
「ロッテを守るために…無事にあの子を、セントスター島まで連れて行くために!」
ルージュの言葉に、仲間達は満面の笑みを浮かべて頷いた。
「行きましょう!」
命の重さと命の意味
みんな信じられないって
そう決め付けるのは簡単だった
決めてしまえば何も考えなくて済む
決めてしまえば不安にならなくて済む
決めてしまえば自分が間違ってると思わなくて済む
それで誰が傷つこうが知ったことじゃない
お前達が信用に値しないのが悪いんだ
ずっと、そう、思ってた
「ね、これってシアンくんのピアスじゃない?」
シアたまでジャングルを捜索していると、不意にロッテが地面にしゃがみこんで何かを拾った。
よくもまあこんなものが落ちているのに気がついたと思うほどの、小さなピアス。銀の土台に赤い石が戴かれ、不思議な輝きを放っている。
「はい、間違いありません、あの子のものですわ」
リーリアが真摯な瞳で頷く。ゼータは半分呆れたような声で、言った。
「お前、よくあんなののピアスのことまで覚えてるよな?」
「んふふー、注意力と観察力の違いだねぇ♪」
ロッテはにまりと笑うと、ピアスを道具袋に仕舞う。
「あ、あの、私が…」
リーリアがピアスを渡して欲しそうに申し出るが、ロッテはそちらを一瞥するとくすっと笑った。
「ボクが拾ったんだからねぇ、ボクがシアンくんに渡して1割もらわないとー♪」
「もう、ロッテちゃん、そういうの目当てでシアンくんのピアス拾ったの?」
「そんなことないよぉん?ま、いーじゃんいーじゃん♪」
リィナがとがめるように言うが、どこ吹く風といった風で。
結局なし崩しに、ピアスはロッテが持っていることになった。
リーリアは納得行かない表情だったが、気を取り直して冒険者達に訊いた。
「みなさんは…あの子とご一緒に旅をされているのですよね?よろしければ、あの子の事、何かお聞かせ願えませんか…?」
問われて、冒険者達は微妙な表情をする。
「んー、何か語れるほど、親しい付き合いはしてないよ。
ちゅーかさ、彼、ヒト嫌いじゃん。あっからさまに近づくなオーラ出してるし。
まー、そんなヒトにイヤミ言われるのわかっててこっちから話しかけるほど、ボクらも優しくないしさ」
ロッテが言うと、ゼータも頷いた。
「…ま、ぶっちゃけそうだよな。従姉妹の前で言うのもあれだけど、人嫌いだし、態度もよかねえしな。
まあ、そういう事情なら無理もないが…俺は王族だの貴族だののゴタゴタに巻き込まれるのは正直カンベンして欲しいんでね?それ以上詳しい話、すんじゃねえぞ?」
「そうそう、次期当主とかよくわかんないけど、シアン君はシアン君だもんね!」
微妙にずれた同意をしたリィナが、次にうーんと唸る。
「そうだねぇ、リィナもやっぱり、シアン君はリィナたちのことあんまり好きじゃないみたい…あと、殺したり殺されたりってことに、ちょっと敏感だよね?」
「あっ、そーそ。そらもう、不必要なくらいに」
ロッテも同意し、リィナは何か恐ろしいものを語るときのように肩をすくめて見せた。
「こないだステックで、ゼータくんが殺したーってもう大騒ぎだったもんね、すごかったよ」
「ま、どっちかっつーと、『命を大事にしたい』っていうよか、そう言うことで何かから逃げてるだけの気もするけどねー」
こちらは興味なさそうに肩をすくめて、ロッテ。
リーリアは表情を曇らせた。
「そうなのですか…あの子はやはり、皆様にそんな態度を…私の方から、謝罪いたしますわ」
「リーリアちゃんが謝ることじゃないっしょ。シアンくんがそうすべきだと思ったことなら、それはそれでいいんじゃないのん?」
謝罪をしたのに微妙な返事を返すロッテを、リーリアは少し鼻白んだ様子で見やる。
「シアンさんは…とても綺麗な顔立ちをされていますよね。そして、それが少しコンプレックスのようですね」
シアたまで気配を探りながら、ナンミンも話に加わる。
リーリアは少し嬉しそうに微笑んだ。
「そうですね、あの子の顔、本当に綺麗ですものね」
そちらもまた少しずれたコメントだ。
「顔についてでしたら、わたくしがいくらでも相談にお乗りしますが…男らしく見えるメイクをですね。素材がいいのですから、きっとシアンさんのお顔も映え、男らしくも見えますよ」
「そうなのですか。是非、今度会うときには相談相手になってくださいませ」
「ああ、シアンくんって言えば、いつも鳥と仲良しだよね?確か…えっと、トキワ、だっけ?」
リィナが言うと、リーリアはそちらにも嬉しそうな笑顔を向けた。
「ああ…あの、鳥ですね」
「あの鳥って、どうしてシアンくんと仲良しなの?」
「さぁ…でも、あの鳥は本当にあの子によくなついていますわね」
ほのぼのとした会話が続く中、不意にロッテが彼方を指差す。
「そのトキワくんって、あれ?」
仲間達は驚いて彼女が指差した方向を見やった。
一面のうっそうとした緑の木々の中、かすかに白い影がすいっと横切っていく。
「あっ、そうだよ、あれ!」
リィナが興奮した面持ちでぴょんぴょんと跳ねた。
「追っかけよう!」
冒険者達は一気に駆け出した。
「師匠、なぜ生き物は生きる為以外にも殺すのでしょうか?何故、無駄に殺そうとするんでしょうか」
それが、本当に理解できなくて。
真剣に問うシアンに、師匠は少し押し黙り、そしておもむろに口を開いた。
「そうだな。それを考え、答えを見つけるのがお前の課題だよ。それが本当に無駄な行為なのか、必要な行為なのか、それを考えるのが。そして、それは俺の課題だ。誰もが考える課題だよ。」
返ってきた師匠の答えは、とても曖昧なもので。
一言で理解できる真実を期待していた彼は、少し鼻白んだ。
「シアン。答えというものは、誰かに求めるものではない。自分で経験し、自分で考え、自分で結論を出すものだ。それが人それぞれ、違っていてもいいのだよ」
「それはおかしいです。命は尊いものだ。むやみに殺していいものじゃない。そんなのは、誰にだってわかる理屈で、万人に共通の真実です」
「万人に共通の真実など、存在しないよ、シアン。答えは、お前が探すものだ…」
師匠はただ、それだけを繰り返した。
「………夢」
大きな木の洞に隠れるようにして眠っていたシアンは、頬に落ちた水のしずくで目を覚ました。
「あの頃の…夢を見るなんて…」
師匠の元を離れて、こうして一人で旅をするようになったけれど。
師匠が言うような答えは、まだ見つけられていない。
ただ、命は大切なものだと思う。それは、どんな経験をしても、どんな思いを味わっても、変わらない。
どんな極悪人であろうと、命を持っている。それを無為に踏みにじるような真似は、絶対に許されるべきではない。
生きるために、他を殺し、屠る。それは確かに、自然の摂理である。
しかし、他を殺し、その命を自分のものとして吸収することは、その命を背負って生きていくことだ。
その覚悟なくして命を奪うべきではないし、まして身勝手な都合や、快楽のために殺すなど言語道断だ。
「…師匠……僕は…まだ、答えを見つけられない…」
ポツリと呟いたシアンのもとに、すい、と白い鳥が舞い降りた。
「あ、ああ…トキワ…ピアスは、見つけてきてくれたかい…?」
とシアンが言うと同時に。
「シアンくーん!」
耳慣れた声がして、彼の体はこわばった。
これは確かに、旅を共にしてきた仲間の声。
「シアンー、隠れてねーで出てこーい。誰も怒ってないぞー?お菓子あるぞー?」
「んもうっ!ゼータくん、やる気あるの?!」
「あると思うか?」
声は正確に、彼に向かって近づいてきている。
「ああ、卵の反応が近くなってきましたよ。近くにいると思います。シアンさん、シアンさーん?」
ナンミンの声。確か以前、気配を感知する卵というものを持っていた気がする。
ということは、どっちにしろ、逃げても追いつかれる。
彼は覚悟を決めて、木の洞から出た。
がさ。
茂みが動く音がして、冒険者達はそちらを見た。
がさ。がさ、がさがさがさっ。
「フフ…見つけましたよ」
どこからか響く、低くよく通るテノール。
茂みの動きは、まっすぐに奥にいる少年に向かっていった。
右に左に。とてもひとつのものの動きとは思えない。
やがて、その動きが少年の元へと収束した、そのとき!
ざっ!
「ぎゃー!」
「ぎゃー!」
「シアンさあぁぁぁんっ!!」
左右からは卵人が。そして正面からは…
「じ、人面草?!」
付き合いのいいゼータが、指差して驚愕したように叫ぶ。
そこには、緑色のゆっさゆっさしたナンミンが、さながらお化け屋敷の如く、卵人と共にシアンを脅かしにかかっていた。
「う、うわあああぁっ!」
さすがのシアンも驚いて、トンファーで人面草を殴る。
「ひ、ひどいですぅぅシアンさぁぁん…」
吹っ飛ばされながら涙声で言うナンミン。どちらがひどいのか。
「ふぅ…」
一息ついたシアンを、リィナは呆然と指差した。
「シアンくん…その、羽…」
名前を呼ぼうとして、驚いて足を止める。
茂みから出てきたのは、確かにシアンだった。
が、彼らが知っているシアンとは、明らかに違う特徴を持っていた。
その背に広がる、青みがかった白い羽。
そして、右目だけがいつもと違い銀色に光っている。
「す、すごーいっ!シアンくんって、天使だったの?!」
いきなりのボケに冒険者達が肩を落とし、ゼータが呆れたように言った。
「バーカ。どう見ても翼人だろ。多少妙な色の翼だがね」
が、シアンはそれには応えない。
明らかな嫌悪の表情を持って彼が見つめるのは、冒険者達の後ろにいる、女性…
「…やっと出てきていただけましたわね、シアン・イーリス」
「り、リーリアさん?」
先ほどまでの穏やかな表情とはうって変わった、強気な笑みを見せて。
リーリアは、やはりシアンと同じように冒険者達には目もくれない様子で、歩み出た。
「存外に勘が強いので、取り逃がした時には焦りましたわ…けれど、こうしてあなたのお仲間が案内してくださったことですし?そろそろ、観念していただけますこと?」
シアンは黙ったまま、リーリアを見つめている。
「え?え?なに、どういうことなの?」
状況が把握できないリィナがきょろきょろと二人を交互に見回す。
興味なさそうに頭の後ろで腕を組んで、ロッテが言った。
「シアンくん、次期当主で色んなコから狙われてるってゆってたしょ?リーリアちゃんも、その狙ってるコたちの一人、だっつー話なんじゃない?」
「え、えええええっ?!」
「わ、わたくしたちを騙していたのですか?!」
驚きのあまりムンクの表情になってしまうナンミン(変装し直し済み)。
リーリアが、忌々しげにそちらの方に視線を送った。
「…最初から気づいていましたの?」
「んー?なんとなく、ねぇ。
シアンくんのこと、心配してる割には…キミの口からシアンくんについて出てくることは、ぜんぶ外見のことだけだったもんね。離れてずっと見ていても、手に入れられる情報…それが、ちょっち気になったかな。
たぶん、次期当主云々ってのはホントのことでしょ。でもまあ、次期当主が命狙われてるって、よーするにお家騒動だよね?イトコなんて、一番あやしーじゃん。そじゃない?」
「はぁ…そ、そうかぁ…」
感心したのと気が抜けたのが半々の様子で、リィナが相づちを打つ。
「従姉妹なんかじゃない。そいつは、僕の従兄弟達が雇った、殺し屋さ」
苦々しげにシアンが言うと、リーリアは楽しそうな表情をそちらに向けた。
「そういうことですわ。一人になったところを狙って近づきましたのに、このお坊ちゃまは間一髪のところでジャングルに逃げ込んでしまいましたの。
ですから、お仲間さん達にご助力をお願いしたのですわ。私よりもこのお坊ちゃまの隠れそうなところはご存知でしょうし、このお坊ちゃまもお仲間さん達に呼ばれればのこのこ現れると思いまして」
「やー、多分どっちも当てはまらんぞ」
妙に落ち着いた様子で、ふるふると手を振るゼータ。
「あんまこいつ、俺達の事仲間だと思ってねぇし」
が、やはりシアンとリーリアはそちらの方は意に介さない様子で、にらみ合っている。
「スルーかよ…」
ゼータがこぼすがやはりそれも無視で、シアンは厳しい表情でリーリアに言った。
「僕は、あんたや…あいつらのような、権力や、金や…そんなくだらないもののために簡単に命を奪える奴らが、大嫌いだ」
リーリアはふん、と鼻で笑って、肩をすくめる。
「価値観の違いですわね。別にあなたに好かれようなどとは思っていませんわ。
あなたを殺すことで手に入るお金に好かれれば、それで結構です」
「…っ!」
激昂したシアンが、一気に駆け出してリーリアとの距離を詰める。
かんっ!
腕に装着されたトンファーが、リーリアの持つダガーに触れて鋭い音を立てた。
リーリアは余裕の表情で後ろに跳び、距離を取る。
「大嫌いなら、どうなさるというのです?その嫌いなものから逃げることしか出来ない、腰抜け次期当主様は?!」
「うるさい!」
シアンはトンファーを仕舞うと、槍を取り出して構えた。
「ね、ねえねえ、手を貸してあげないと、シアンくんが!」
おろおろしている様子のリィナに、ロッテとゼータは興味なさそうに肩をすくめた。
「んー、シアンくんの問題でしょ?」
「だな。俺たちに手を貸す義理はないし」
「んもうっ!!」
リィナはぷいと二人に背を向けると、シアンのほうに歩いていった。
「ああああ…わたくしはどうしたら…」
ナンミンは一人でオロオロしている。
「シアンくん、手を貸すよ!」
が、そう言って近づいてきたリィナに向けるシアンの視線は、リーリアに向けるそれと同じもので。
「し、シアンくん?」
少し傷ついた様子で言うリィナから目をそらすと、シアンは再びリーリアに躍りかかっていった。
「たあぁっ!」
目にも留まらぬ速さで繰り出される槍を、しかしリーリアは正確にダガーではじいている。
きんっ、きん!
ハイテンポで繰り広げられる攻防は、シアンの方が押しているように見えて、しかし余裕があるのはリーリアのほうに見えた。
繰り出されるシアンの槍をダガーではじきながら、余裕の表情で彼の隙を窺っている。
やがて、防戦一方だったリーリアが足を地面に踏みしめ、攻撃の態勢を取った。
「防御がお留守でしてよ!」
槍を繰り出したその瞬間を狙って、リーリアがシアンの心臓めがけてダガーを繰り出す。
不意をつかれたシアンは、その攻撃をかわす手段を持たなかった。
が。
「シアンくん、危ないっ!!」
声と共に、リィナが素早くリーリアの懐にもぐりこんで、彼女の胴にタックルする。
「ぐうっ!」
攻撃を繰り出していた勢いもあってまともに喰らってしまったリーリアは、苦悶の表情で後ろに跳んで距離を取る。
が。
「きゃあっ!」
着地した場所にたまたまいたロッテが、さらりと彼女の足を引っ掛けたために、まともにバランスを崩して後ろに倒れこんだ。
「たあっ!!」
その隙を逃さず、リィナが追って無防備になった腹部にこぶしを叩き込む。
「うあぁ…っ…!」
苦しげな悲鳴をあげて、リーリアはがくりと気を失った。
「ふぅ…もう安心だよ、シアンくん」
リィナは立ち上がると、シアンに笑顔を向けた。
が。
「シアンくん…?」
彼がリィナに向ける視線は、相変わらずの冷たいもので。
彼はおもむろに口を開いた。
「それで僕を安心させて…今度はあんたらが、僕の命を狙うつもりだろう?」
場に、沈黙が落ちた。
「………はぁ?」
ゼータの間抜けなツッコミが、シアン以外の全員の気持ちを代弁していた。
「どうせ、あんたらも同じなんだろう。この暗殺者に、殺せば分け前をやるとか何とか言われて、僕を安心させるために口裏を合わせて、僕を殺すつもりなんだろう?」
どうやら、シアンは自分達もこの暗殺者の仲間だと思っているらしく。
はぁぁぁぁ。
深い、深いため息をついて、ゼータは呆れたように言った。
「あのな。自意識過剰もその辺にしとけよ、坊や。
世界中のすべてが自分を狙ってるとか思ってんだろ?
アホか?イーリス家だか何だか知らんが、そんな田舎貴族、俺らは知らんし。関わりたいとも思わないね」
「シアンくん、ひどいよ!シアンくんがいなくなって、みんなすっごく心配したんだよ?今まで旅を共にしてきた仲間のために、一生懸命さがして…シアンくんがピンチの時は助けてくれたのに…そんな言い方って…!」
懸命なリィナの訴えも、シアンは肩をすくめるばかり。
「あんた達の仕事はロッテを守る事であって僕を探す事じゃないだろ?黙って出て行ったのは悪かったよ。でも、僕を心配する事ないじゃないか。ただの偽善だろ?僕を探しているのも。自己満足だろ?気に入らないんだろうし、ほうって置けばいいじゃないか」
「仲間を放っておくなんて出来ないよ!」
迷いのないリィナの反論。
シアンはぐっと言葉に詰まるが、やがて搾り出すように言った。
「仲間…?どうせあんたらだって、僕のことを知れば、僕を忌み嫌い、殺そうとするくせに…!」
そして、ばっと手を振って、大声で訴える。
「他のものとは違うこの姿!あんた達は平気なわけ?!こんな、気味の悪い青い羽根に、銀の瞳…
それに、それに、生まれたときから持っていた、この呪わしい力を!」
仲間達は唖然としてシアンの様子を見守っている。
「何故か知らないけど、僕は昔から生き物の心を感じる力がある。
今は力の制御が出来るし、人の思考を読むには力を消耗するからあんた達の心は見たことが無いけど。
どうだよ?こんな僕が内心気味悪かったりするんじゃないの?」
この力のせいで、そして次期当主という肩書きのせいで。
幼い頃から親族達の黒々とした感情ばかりを感じて育ってきた。
自分を疎み、気味悪がり、殺してしまいたいという感情にばかり囲まれて育ってきた。
うんざりだった。
シアンは嘲笑を浮かべると、吐き捨てるように言った。
「人間なんて信じられる訳無い。欲とエゴの塊だ。
僕自身を必要とする奴がいるとも思えない。何故信じられる?
あんた達にはこの力が無いから信じられるんだ。小さいころからあの家の当主だからと育てられた。
僕自身を必要とする人間なんて師匠と動物達くらいだった。
家にいて聞こえてくるのは口で言っているのと裏腹な醜い心の声だけだった。
そんな中でどう信じられると言うんだ」
沈黙が落ちる。
仲間達はどう言葉をかけていいかわからぬ様子で、互いに顔を見合わせていた。
が。
ぱち、ぱち、ぱち、ぱち。
不意に聞こえた拍手に、冒険者達はそちらに目を向ける。
それは、リーリアの傍らでしゃがみこんでいたロッテの手を叩く音だった。
「はいはいはい、よく出来た一人お芝居でしたー。満足した?」
「…っ?!」
シアンは激昂した様子で目をむいたが、ロッテは興味なさそうに頬杖をついている。
「青い羽根に、オッドアイの銀の瞳。それに、リードマインドの力、何だか知らないけどローカル貴族の跡取り息子、ねえ。
ま、ヒトを信じられなくなる理由としては、10点、かな」
ふん、と鼻で笑って。
「それくらいの外見で、それくらいの能力を持ってるコなんて、ごまんといるよ。ヒトと違う見かけや能力が気になるよーなコたちなら、ボクやナンミンくんのほうがよっぽど気味悪くて一緒に旅なんかしてらんないじゃん。そじゃない?」
「そ、そこでわたくしが出るのですか…た、確かに、変装するほど不思議な容姿ではないと思うのですが…」
複雑そうに同意するナンミン。
「それに、んなことどーでもいいよ。キミの自意識過剰で悲しみに酔っ払ってる身の上話なんか聞いたって、腹の足しにもなんないし」
あくまで興味なさそうに言って、ロッテはリーリアを指差した。
「それよりこのコ、どーすんの?ほっといたらまたキミの命狙うっしょ。今のうち殺しとく?」
さらりと言ったロッテの言葉に、シアンはまた激昂した。
「殺すとか死ぬとか、そんなに簡単に言うなって言ってるだろ?!
何度言えばわかるんだ、命は大切なものだ!いくら人殺しだからって、命を奪うのは許さない!」
ロッテは眉を顰めた。
「じゃー、どうすんのさ。このままほっといて、また襲われて、また倒すの?堂々巡りじゃん」
シアンははぁ、とため息をつくと、面倒そうに言った。
「さっき言っただろ?僕の力のこと。
死ぬ直前の声は、特に殺された時の声は凄く響くんだよ。
あの声をあまり聞きたくは無い。聞くたびに、それが重荷になるから…」
「はぁ~ん?シアンくん、人間のことキライなんでしょ?だったらいーじゃん、生きようが死のうがどうだって。このコはシアンくんを殺そうとしてるんでしょ?じゃー、シアンくんは生きるためにこのコを殺すのは別に不自然じゃないじゃん」
「確かに、殺すということは生きるための手段だけど、生きるためだからって簡単に殺していいとは思わない。殺すということは、殺した相手の命を背負って生きるということだ。こんな背負う価値のない奴の命なんか命まで背負う必要は無いだろうし、別の方法で解決できるならすればいいじゃないか。
特に人間はそのために知恵というものがあるじゃないか。なぜ、すぐに殺そうとするんだ。
だから人は嫌いなんだ。すぐに自分の欲のために、短絡な手段で人の命を奪おうとする。
どうせ、こいつが死んでも、別の奴をまた送り込む。そんな事を繰り返されるなら、そのたびに殺してもきりが無いだろ」
「っきゃはははははは!」
ロッテは急に甲高い声を上げて笑い出した。
「なにそれぇ?おっかしいの!シアンくん、自分ですっごいヘンなこと言ってんの、わかってる?」
シアンは面食らった様子で言葉に詰まった。
ロッテは続けた。
「殺したって、次の刺客が来るだけ?別の方法で解決?そのための知恵があるのにどうしてやらない?」
はっ、と嘲け笑って、ロッテはシアンに指を突きつけた。
「そのセリフ、そっくしそのままキミにお返しするね」
「なっ…」
「じゃあキミは、そのための知恵を使って何かしたの?
刺客が狙ってくるような状況を何とかするために、『解決するための知恵』とやらを使って何かしたの?
キミの言う『別の方法』とやらを考えたの?」
「…っ…それは…」
「なーんもしてないじゃん。ただ逃げて逃げ回って、『殺すなんてあいつらは酷い、僕は殺さないから酷くない』って言ってるだけでしょ?
それで、何か変わるの?」
いつになく強い語調で、腰に手を当てて、ロッテは続けた。
「キミは、断末魔の絶叫を聞きたくなくて、でも断末魔の原因になるものからもただ逃げ回って、ただ殺すのは嫌だって駄々こねてるだけじゃん。
本当に殺したくない、殺しあうような状況は嫌だって思うなら、まずその原因をどうにかするべきでしょぉ?
そんなの、ただ何も考えずに殺すやつらと大して変わんないよ」
「…………」
シアンはロッテの瞳を見つめたまま、微動だにしない。
「人間が信じられないとかだって、そーじゃん。
僕自身を必要とする人間はいない?だから信じられない?
自分を必要として欲しいんだったら、必要とされるために自分で何とかすればいいっしょ?」
ロッテは半眼でシアンを見下ろすと、ちちち、と人差し指を動かした。
「自分が望むもののために努力するのは、アタリマエ。
自分で努力もしてないくせに、ああしてくれない、こうしてくれない、だから信じられない。
そこが、オ・コ・サ・マ、だっつってんの、キミは!」
その指で、びっ、とリーリアを指差して、怒鳴る。
「殺すやつらが気に入らないなら、そいつらをキミの考えで納得させてみなよ。
キミを狙うやつがうっとおしいんだったら、そいつをキミの言う『平和的手段』で改心させればイーじゃん」
「そんなの…無理に決まってる」
「やってみて無理だったの?」
「…それは…」
「お話にならないねー!」
呆れたように首を振って、ロッテは肩を竦めた、
「キミの言うことは確かに正しいね。
誰も殺し合わない世界ができたら、それは理想だね。
でも、その理想のために、キミはなーんもしてない。キミは、言うだけ言って、人を否定するだけしといて、自分は何もしないで逃げてるだけだよ」
シアンは黙り込んだ。
ロッテの話が終わったのを見て、ゼータが嘆息する。
「信頼と愛情が欲しい。でも、自分からそれを相手に与えることはない。
愛してくれる相手なら愛せる。信頼してくれる相手は、信頼できる。
…いーかげん、自分が甘えてることに気付けよ、坊や」
その瞳は、いつになく鋭いもので。
「自分はカケラも信用しちゃいねえくせに、それでこっちには『信頼しろ』ってのは、ムシが良すぎ」
シアンは苦悶の表情で首を振った。
「あんたらが言いたいことはわかる。
分かってるんだ。僕が言っていることは逃げなんだ」
そして、すがるような瞳をロッテのほうに向ける。
「僕にはどうすればやつらを止められるかなんて分からないよ。
どうすれば僕自身を必要としてくれるかなんて分からない。
分からないんだ。
分からないまま、変われないままなんだ」
ロッテは黙って、シアンを見つめている。
「僕の考えは間違ってるのかもしれない。でも、生まれてきた命っていうのは尊いものなんだ、それだけは信じていたいんだよ」
「シアンくん…」
リィナが悲しそうな瞳で、シアンに歩み寄った。
「どうして…?シアンくんは、こんなに長い間、リィナたちと一緒に旅をしてきたのに…
ずっとリィナたちを見てきたのに、それでもリィナたちが、シアンくんを殺そうとしてるお家の人たちと一緒だって思うの?シアンくんの、その目で見て、本当にそう思うの?」
「………」
シアンは困惑の表情で、リィナを見つめた。
「世界って、黒いところもあるけど、白いところもあるはずだよ?力を怖がる人はいるかもしれない…でも、その力も一緒に、シアン君を受け止めてくれる人はぜーったいいるはずだよ!」
「シアンさん」
リィナの後ろで、ナンミンも穏やかな笑みを浮かべる。
「わたくしは、もうずいぶん長い間、人間を観察してきました。その上で思うのですが…
心底悪人の方なんて、本当に少ししかいないんですよ。
そして、心底善人の方も、本当に少ししかいないんです。
みなさん、その間をゆらめきながら生きているんですよ」
リィナとは対照的な、優しく落ち着いた物腰。
「確かにシアンさんは、哀しい出来事をたくさん経験していらっしゃるかもしれません。しかし、それが人のすべてではありませんよね?
人間を嫌っているシアンさんがすべてではない。シアンさんは動物と心通わせる優しい心を持っていらっしゃいます。それと同じことです。
たとえ、シアンさんの周りの方がそうであったとしても、みんながそうかどうかは、みんなに会ってみなければわからないのです。
だから…人間はエゴの塊で信じるに足らないなんて、そんな哀しい結論を出さないでください」
シアンは困惑の表情のまま俯いた。
と、リィナが不意にシアンの手を取ったので、彼は顔を上げた。
そこには、哀しそうに、しかし確かに微笑む彼女の顔があった。
「ねぇ、リィナはシアンくんを仲間だと思ってるよ。シアンくんのこと、気味悪いとか嫌だとか思ってない。
…その証拠に」
ワンテンポおいて、大切なことを伝えるように、ゆっくりと囁く。
「リィナの心、読んでみて」
リィナの言葉に、シアンの表情がこわばった。
人の心を知るのが嫌で、人に疎まれるのが嫌で、自らコントロールし、封印した能力。
しかし、彼女はそれを使えという。自分の心を読めと言う。自分のこの力を、恐れずに。
「…っ」
シアンはためらった。
また、あの嫌な、黒々しい感情を知ってしまうかもしれない。また、裏切られるかもしれない。
「…シアンさん」
ナンミンが優しく名を呼ぶ。
シアンは意を決して、目を閉じた。
輪郭のない精神世界で、おそるおそるリィナの表層意識に触れる。
「!……」
その心に触れて、シアンはびっくりしたように顔を上げた。
リィナはにっこりと微笑む。
「ね?リィナは胸張って、シアンくんを仲間だって、信頼してるって言えるよ。
その羽も銀の瞳も、とっても綺麗だよ。その力だって、恐ろしくなんかない。だって、その力があったから、シアンくんはトキワくんと仲良しになれたんでしょ?」
「トキワ…」
「そうだよ!それなのに、シアンくんがその力を否定しちゃったんじゃ、シアンくんと友達になれたトキワくんはきっと哀しいよ」
「………」
ナンミンは優しく微笑んで、シアンの肩に手を置いた。
「青は、幸せの色ですね。その翼はとても綺麗です。銀と青のオッドアイも、とてもいい色ですね。
そして、その心に触れる力は…大切な人と心を通わせるために、大切な人の哀しい気持ちや嬉しい気持ちを敏感に感じ取るために、神様がシアンさんにくださった、素晴らしい力…ですよ」
「素晴らしい…この、力が…?」
嫌悪しか感じなかった。
持って生まれてこなければ、と何度も思った。
この力が、素晴らしいものだと思ったことなど、一度もなかったのに。
「シアンくん」
ロッテの声がしてそちらを振り向くと、彼女はいつもの表情でこちらを見やっていて。
「人を信じることなんて、どうやればいいってもんじゃないでしょ。
ただ、差し出されたその手を…取ればいいんだ」
シアンは自分の手に触れたリィナの手と、肩に触れたナンミンの手を見た。
「勇気はいるかもしれないけど…カンタンなことでしょ」
ロッテは言って、にこりと微笑んだ。
いつもの人を食った笑みではない、柔らかい笑みを。
「…ロッテ……」
シアンは呆然として彼女の名を呼んだ。
彼女は今度は満面の笑みを浮かべると、改めてリーリアを指差す。
「んでっ?!シアンくん的には、このコをどーしたいわけ?」
まだ意識を失ったままのリーリアを見て、彼は強い表情で頷いた。
「…そのことが必要なら、僕が、殺す」
彼の口から出てきた言葉に、冒険者達は息を飲んだ。
「…だけど、それが必要とは思えない。だから、殺さない。
だけど、証拠品…そうだね、彼女のダガーならいいかな。それを持っていくよ。
この仕事が終わったら…僕は本家に戻って、彼女を差し向けた従兄弟と話をするつもりだ。
もうこんなこと、絶対に起こさせないように」
きっぱりと言い切ったシアンに、冒険者達はほっとしたような表情を浮かべた。
「そう来なくっちゃ、シアンくん!地位のために人を簡単に殺しちゃうようなヤツ、ぎったんぎったんにしてやって!」
リィナが言い、シアンは複雑そうに、それでも微笑んだ。
「さーてと…んじゃ、とりあえずボクたちを当面追ってこれないように、足でも折っておきますか…」
と、さらりと過激な発言をして、ロッテがリーリアに近づこうとした、そのとき。
「…茶番は終わりましたか」
突然辺りに響き渡った声に、冒険者達の表情がさっと変わった。
ロッテが厳しい表情で振り返り、身構える。
そして、彼女の視線の先に、音もなく、黒い影がにじみ出た。
もう見慣れた感のある、紫色の異国風のローブ。
「キル…!」
ゼータが彼の名を呼んで、ロッテの前に立ちはだかった。
キルはにっこり微笑むと、とん、と杖を地面についた。
「覚悟は出来ましたか、エリス」
「…何の覚悟だよ」
ロッテは厳しい表情でキルを睨んでいる。
「その様子では、まだのようですね…私としては、できるだけ早いほうがいいと思ったのですが」
「だから、何が!」
苛々した様子で怒鳴るロッテを、キルはおかしそうに笑って見やった。
「もうすぐ、刻限です…あとは、お決めなさい。貴女自身の、意思でね」
キルが地面についた杖が、かっ、と光を放ち、がりり、と地面を滑って、複雑な陣を描く。
「では、御機嫌よう」
声と共にキルの姿は消え、杖が描いた魔法陣だけが異様な光を放ち始めた。
「やべえっ、逃げろ!」
めき、めきめきめきっ。
地面が盛り上がり、辺りに生えている木が音を立てて裂けていく。
ぐぎぇぇああぁぁっ!
体を伸ばして咆哮を上げたその魔物は、真っ黒い毛に覆われた、巨大な四足の獣だった。
そして、聖なる星の島へ
「くっそおぉぉっ!」
突如目の前に現れた黒い獣に、リィナは敢然と立ち向かった。
が。
「よせリィナ、こっちは人数も少ないんだ、闇雲にぶつかってっても消耗するだけだ!」
ゼータの言葉で、踏みとどまる。
悔しげに振り返って、リィナは叫んだ。
「でもっ!!」
「お前、戦いながらイフやジンを出すことはできねえんだろ?!いくらなんでも戦力が少なすぎる!
おめえの自己満足じゃねえ、ロッテの身の安全が第一だってこと考えろ!」
ぐっ、とリィナは言葉に詰まった。
確かに、現時点での戦力は、リィナとシアンだけ。ゼータとナンミンは逃走要員であり、戦力を期待するのは難しい。
「~~っっ!」
仕方なく、リィナは踵を返し、魔物に背を向けた。
一目散に逃げ出す冒険者達を、ばきばきと木をなぎ倒しながら追いかけてくる獣。
追いつかれはしないものの、決定的に引き離すことも出来ず、ゼータたちは焦った。
その時。
「ロッテ!無事?!」
横手から聞こえた声は、ルージュ。その後ろに、他の仲間達の姿も見える。
冒険者達は表情を輝かせて、彼女を迎えた。
「ルージュちゃん!戻ってきてくれたんだね!」
「悪かったわね、心配かけて」
リィナが駆け寄り、ルージュは言って微笑んだ。
「俺は別に、戻ってきてくれなくてもよかったんだがね」
皮肉げに笑いながら憎まれ口を叩くゼータを、しかしルージュは苦笑して見やった。
「文句ならあとでいつでも受けるわよ。それより、今はコイツを!」
「おうよ!俺はとりあえずロッテを連れて逃げる!頼んだぜ!」
黒い獣に立ち向かうルージュ。ゼータはロッテの手を取って、再び獣に背を向けた。
「ま、待ってくださいゼータさん、わたくしも参りますうぅ~!」
ナンミンが慌ててそれを追う。
残った仲間達は、そろって黒い獣と対峙した。
「これだけいれば楽勝ね!さっさと倒して、ロッテのところに行くわよ!」
レティシアが意気揚々とそう言ったが。
「そう簡単にいかれては、こちらとしても面白くないんですよね、これが」
高く澄んだ声が、それに異を唱え。
冒険者達がぎょっとして辺りを見ると、すっ、と三つの影が、音もなく現れる。
「もうすぐクライマックスですし?私達としても、精一杯盛り上げたいと思ってるんですよ?」
「リリィさん…」
ミケが苦い表情で、彼女の名前を呼ぶ。
彼女はそちらに向かってにっこりと微笑むと、さっ、と手を上げた。
それを合図にしたかのように、彼女の傍らにいたメイとセレが、さっと左右に散る。
「…始めましょう」
ぐぎぇぇああぁぁっ!
黒い獣も再び咆哮を上げ、ルージュは舌打ちをした。
「コイツは私が何とかするわ!あんたたちはそっちをどうにかして!」
言いながら、剣を抜き放つ。
「…僕もこいつの方に行くよ。あんたたちはそっちを頼む!」
シアンも槍を構え、ルージュの後ろについた。
「わかりました!」
ミケが頷き、レティシアと共に後方に退がる。リィナとクルムがその前に立ち、戦闘の体制をとった。
ンリルカとクレアは少し離れて、戦いの様子を窺っている。
「でああぁぁっ!」
ルージュが構えた剣を振り上げて躍りかかり、戦いは始まった。
はぁ、はぁ、はぁ。
ロッテの手を取って走り、そろそろ獣の声も聞こえなくなった頃。
ゼータとナンミンは、ようやく足を止めて、息を整えた。
「ここまでくれば、もう大丈夫ですね…」
「さあ、それはどうかしら」
突如聞こえた声に、二人はぎょっとしてそちらを見た。
がさり。
茂みからゆっくりと姿を現した、黒い影。
長い長い黒髪を、二つに結い上げ。濃いオレンジ色の瞳と、赤い紅で彩った大きな唇。紫色の、異国風の装束。
「…チャオ。挨拶をするのは初めてね。チャクラヴィレーヌ・フェル・エスタルティ…チャカ、よ。よろしく」
ゼータに向けてか、それともロッテに向けてか。
チャカは艶然と微笑むと、丁寧にお辞儀をした。
「ちゃ、ちゃ、チャカさん……ろろろロッテさん、ここ、ここはわたくしが!」
明らかに泡を食った様子でナンミンは両手を広げ、高らかに叫んだ。
「ま、参ります!卵卵乱…」
「てい」
「はうっ」
卵卵乱舞を発動しようとしたナンミンは、素早く背後に移動したチャカに当て身をくらい、あっけなく昏倒する。
ゼータはロッテをかばいながら、チャカに言った。
「…やっぱり…ルージュを連れてった、リーフってのは…偽物だな?」
「あら、気付いてたの?」
少し楽しそうな表情で、チャカは目を見張った。
「その可能性もあるってこった。変身が得意なヤツがいたろ、アイツじゃねえのか?」
「ふふ、ご名答。キャットはアタシを演じるのはことのほか好きで、得意だから…素敵なお芝居が出来たと思うわ?」
けっ、と履き捨てて、ゼータは言った。
「鬱陶しいチョッカイばっか掛けて来やがって…んな事だから、兄貴を人間に寝取られるんだ、スカっ!!」
一瞬、沈黙が走る。
が、その後にチャカが見せたのは。
「…そうね」
前と変わらぬ、否、むしろ優しげとさえ思えるほどの、微笑だった。
「?!……」
ゼータは意表をつかれて、息を飲む。
チャカはうっとりと、言葉を続けた。
「にいさまは…行ってしまったの。それはもう否定できない、動かせない事実。
だったら…せめてこれからは、後悔しないように、精一杯やって行かなくちゃ、ね…?」
ぞくり、とするほどの、凄絶な笑みを浮かべて。
(…違う)
ゼータは体がこわばるのを感じながら、胸中で強くそう思った。
(コイツには、どんな脅しも、どんな挑発も、意味がねえ…コイツの目的を変えることは、できねえ…)
たらり、と汗が頬を伝って落ちるのを、ゼータは感じていた。
が。
ちゃきっ。
剣を構えて、ゼータは引きつる筋肉を無理やり吊り上げて、笑みを作る。
「ロッテは守る、そういう仕事だからな?
勝てるたぁ思って無ぇけど…人間風情が何処まで食い下がれるか、ちょーっと見ていけや。
好きな女の為に命を賭けた男ってのは強いぜ? 楽に此処を通れる、そうは思うなよっ!!」
ゼータは、一気にチャカに躍りかかった。
「っせいっ、でぇっ、たあぁっ!」
獣に向かって剣を振り下げるルージュは、それこそ窮地に追い詰められた獣のようだった。
自らが獣に受ける傷を、拭うでも気にするでもない。地面に血飛沫が飛び、赤黒い液体が黒い獣の毛をさらに黒く染めても、彼女は狂ったように獣に向かって斬りつけていた。
「くっ……たあっ!」
シアンは一歩退がったところから、槍で攻撃を繰り返す。
しかしどちらの攻撃も、獣に決定的なダメージを与えてはいないようだった。
「…っ、きりが無いわ!なにか、コイツを足止めする方法はないの?!」
地面に降り立ち、獣のほうを向いたままでルージュは言う。
シアンはその言葉に一瞬ためらったが、頭を振ってルージュのほうを向いた。
「…少し、あいつの気をそらしてくれ」
その声が確信に満ちていたので、ルージュはあえて何も問わずに、再び獣に躍りかかる。
シアンはとん、と槍を地面につくと、それに向かって手をかざし、目を閉じた。
彼の背から、再び青い羽が生え、かっと見開かれた瞳が片方だけ銀色に光る。
「大地と水の精霊よ、我が呼びかけに応え出でよ!」
シアンの声と共に、シアンの周りにまばゆい光が2つ、現れた。
シアンは再び杖を持ってなぎ払うと、二つの精霊に命を下す。
「その力により育まれし生命、邪悪なものを封ずるために貸し与えよ!」
シアンの命に、二つの精霊の光が増した。
そして。
ぼごっ。
獣の下の地面が突如盛り上がり、その土を割る。
「うわわっ」
ルージュは突如出現したものに、慌てて地面を蹴って後ろに退がった。
ぼごっ、めき、めきめきめきっ。
大地を割って姿を現したのは、うねうねと蠢く、植物の根。
ぐぎゃあっ!
根は見る見るうちに自身を伸ばすと、黒い獣の手足に絡みつき、その動きを封じた。
「サンキュー、シアン!」
ルージュは喜色満面で再び剣を構えると、高く飛び上がって、一気に獣に剣をつきたてる。
ぐぎぇぇああぁぁっ!
剣は深々と獣の眉間に突き刺さり、獣は苦悶の表情でその体を大きく揺らした。
やがて、ひときわ大きいその方向がおさまった時。
剣が突き刺さった眉間から、さあっと黒い塵になり、獣はその姿を永遠に消した。
「ふぅ…」
ルージュは剣を拾い、一息つくと、他の面々と戦っている仲間の方に向き直る。
シアンもそれに続いた。
「さぁ、でかいのは倒したわよ!観念することね!」
ルージュ同様、戦いに傷を負った仲間達。それに、同じように傷を負った、3人の少女達。
中心にいたリリィは、ルージュの言葉にくすりと微笑んだ。
「あぁ、構いませんよ。どうせ私達は、足止めの命を受けているだけですし」
「…足止め…?」
眉を寄せて訝るミケ。
リリィはくす、と笑うと、ミケたちの遥か後ろのほうを見た。
「そろそろ…ですかしら?戦いを長引かせるのも、楽じゃないですね」
彼女の言葉に、はっとするレティシア。
「……ロッテが!」
冒険者達はさっと表情を変えると、ロッテたちが姿を消した方向に一斉に走って行った。
残されたリリィたちが、ふぅ、と息をつく。
「…任務、遂行」
「下っ端は辛いわねえ、メイ?」
「また、そのようなことを…とりあえず、ここまではシナリオどおり、ですね」
「ええ。でもシナリオは、どんでん返しがあるから、面白いのよ…?」
再び、くすりと笑って。
リリィは楽しそうに、冒険者達が消えていった方向を見つめていた。
どさっ。
血まみれで地面に倒れ、ゼータはうめいた。
「ちく…しょおっ…!」
剣も折られ、体は打ちのめされ。
わかってはいたが、自分はこんなにも、無力で。
「…っ、まだ、手は動く…足も、動く…っ!…俺は、最後まで、あきらめねえ…っ!」
ゼータはかすれた声で言って、がし、とチャカの足を掴んだ。
「…っ、ロッテ……逃げろおっ…!」
チャカは面白そうにそちらに目をやり、しかし足に絡みついた腕はそのまま、ロッテに目をやった。
「…ですってよ?どうするの…?」
ロッテは動かない。
その表情には、焦りも苦悶もない。ただ無表情に、チャカを見ている。
チャカはくす、と微笑むと、低く言った。
「…何もしないで逃げてちゃ、ダメなんでしょう…?」
ぴく。
ロッテの頬が、わずかに動く。
「誰かを否定するだけしといて、自分は何もしないで逃げてるだけ…そんなのは、ダメなのよね?」
くすくす。
先ほどシアンに言ったロッテのセリフをそのまま繰り返して。
ゼータの腕を絡みつけたまま、チャカはゆっくりと、ロッテに向かって歩いた。
「逃げていても、見ない振りをしても、何も変わらない…
そう言ったのは、アナタよ…?」
にこり、と笑って。
「………ロッテ。アナタは、どうするの……?」
その言葉に、ロッテの表情が微妙に変わった。
チャカは、彼女のことを「エリス」ではなく、「ロッテ」と呼んだ。
ロッテは呆然と、チャカを見つめる。
「……くっ……そおぉぉぉっ…!」
足元で吠えるゼータを気にも留めずに。
チャカはなおも、ロッテに向かって言った。
「決めるのは、アナタよ。
さぁ…どうするの?」
沈黙が落ちる。
風が、さぁっと木々を揺らした。
長い、長い沈黙の後、ロッテは決然と顔を上げた。
「…ゴメン、ゼータ」
ゼータのほうは見ずに、そう言って。
ロッテはすっと、チャカに向かって手を差し出す。
チャカは満足そうに微笑んで、その手を取った。
「………っロッテえぇぇぇっ!!」
苦しげに叫ぶゼータの手を、こともなげに振り払って。
チャカはそのままロッテを抱きかかえると、ぐちゅり、と羽を出し、ばさばさと生い茂る木々の葉を薙ぎ払って飛んで行った。
あとには、昏倒するナンミンと、血まみれのゼータだけが、残った。