あの子を、守って欲しいの。





一体、何から?

出会いは美少女戦士から

「完売でーすっ!みなさん、ありがとうございましたぁ~!」
妙に高いテンションで、散っていく人々に手を振る、妙な格好の乙女達。
折りたたみテーブルの前にかけられている垂れ幕は、「サロン・ド・ミシェル新作トリートメント『ルージュスーパーリッチ』お試し即売会」。お試しなのに売るというのはどういうことか。
そのテーブルに所狭しと並べられていた商品を、セーラー+ミニスカといういかがわしい店すれすれの格好で、営業スマイルをふりまきながら販売していた3人の少女たち。その後ろにマネージャーよろしくニコニコと座っていた銀髪の女性が、嬉しそうに立ち上がって歩み寄った。
「みんなー、ご苦労様ー。おかげで完売よー、あの女を出し抜けたわー」
のんびりとした口調で結構なことをさらりと言い、彼女は一番背の高い銀髪の少女に微笑みかけた。
「突然呼び出して、ごめんなさいねー、クルン。どうしてもー、今日売りたかったものだからー」
邪気の見えない笑顔と口調で言う女性に、クルンと呼ばれた銀髪の少女は露骨に眉をしかめる。
そうすることが、彼女の多少大人びた魅力を存分にかもし出せるのではないかといった雰囲気の少女…否、少女というには少し歳を重ねすぎているかもしれない。年のころは20歳前後、ツインテールにしたストレートの銀髪、鋭い光を放つ紅い瞳。いかがわしい格好とのミスマッチが初々しい。
彼女は不快であるということを隠そうともせずに、言った。
「だから、私はこれから仕事で、依頼人に会いに行かなきゃいけないって言ったじゃない。それを無理やりこんなところに引っ張ってくれて、依頼人が待ちきれなくて行っちゃったらどうしてくれるのよ」
「あらー、それはごめんなさいねー?知らなくてー」
知らないというよりは確信犯で聞いていない口調で、さらりと言う女性。
「でもー、大丈夫よきっとー。まだ話は終わってないわー」
更に根拠のない確信的な口調で、女性。クルンは首を傾げた。
「はあ?何であなたにそんなことが言えるのよ?」
「言ったでしょー?私に、わからないことはないってー。それよりも、そんなこといってる間にその場所に向かったほうがいいんじゃなーい?」
くす、と笑って、女性。クルンははっとして、踵を返した。
「それもそうね。じゃ、ベル、ラシル、お先」
一緒にトリートメントを売っていた二人の少女に挨拶をすると、クルンは駆け出した。
昼日中、たくさんの人でにぎわうヴィーダの大通り。そこをいかがわしい格好で全力疾走する乙女。
すごい光景である。
ところどころから「がんばってー!」という声も聞こえる。
彼女が目指すは、ヴィーダで最も大きく、最も多くの冒険者が集まる酒場・風花亭。
全力疾走でそこにたどり着いたクルンは、勢いよく扉を開けた。
ばたん!

いきなり現れたいかがわしい格好の少女を見て、中にいた何人かが声を上げる。
「あっ!キューティー☆クルンだ!」
と、クルンはもはや条件反射でびしっとポーズをとり、高らかに宣言した。

「金だ銀だととっかえひっかえ色を変え、自然乾燥と己を騙して髪を濡らしたまま寝るなんて!
髪を傷めるその悪意、この美髪戦士キューティー☆クルンが見逃せないわ!
髪に代わっておしおきよっ★」
そして、くるりと回転し、更にポーズ。
「ヴィーダの美と愛のために!」

店内に真っ白い空気が流れた。

ごめんね、私自然乾燥派です。

そのあと、妙に目立ってしまったため、彼女の依頼主と他の冒険者は別室をリザーブしてそちらに移った。
「…え、ええと…じゃあ、全員そろったところで、改めて依頼の全容を説明するわね」
多少毒気を抜かれた様子で、大きなテーブルの一番上手…つまり、お誕生日席に座った少女は言った。
年のころは14、5歳ほど。まっすぐに流れる銀髪を後ろでくくり、優しげな薄紫色の瞳には落ち着いた光が灯っている。白系で纏めた身軽そうな旅装束に、ピーコックブルーの小さなマント。彼女の清潔な雰囲気を際立たせていた。
「あ、まだあたしの名前を言ってなかったわね。あたしはミカエリス・リーファ・トキス。リーでいいわ。よろしくね」
少女…リーは、そう言ってふわりと微笑んだ。
「エスタルティから守ってほしい、って言ってたわね。エスタルティって、魔族のエスタルティ、よね?」
クルンの衣装を脱いで、普通の旅装束に着替えた先ほどの女性が、リーに問う。リーは真剣な表情になって、こくりと頷いた。
「ええ。おそらくあなたの言っているエスタルティで間違いないと思うわ。っていっても、知らない人もいるだろうし、あたしのほうで調べたことを、まず報告するわね」
リーは言って、冒険者たちを見渡した。
「エスタルティ家。魔界でも5本の指に入るほどの実力を誇る、名門貴族よ。
一族の特徴は、褐色の肌に尖った耳、黒い髪、それからブラックドラゴンのような蝙蝠型の羽と尻尾。リュウアンの民族衣装に良く似た衣服が一族の正式な衣装らしいわ。
現在の当主は、ツヴァイフェラウト・フォン・エスタルティ。前の当主とは正反対の、術を得意とした青年当主のようよ。
この一族の一人が、このヴィーダで派手に事件を起こしているようね。名前は、チャクラヴィレーヌ・フェル・エスタルティ。当主ツヴァイフェラウトの、末の妹に当たるわ」
その名前が出たところで、冒険者たちの何名かが、渋い顔をする。
リーは構わず続けた。
「チャクラヴィレーヌは、一族の中でも変り種の存在らしいわ。現世界に顔を出していることからも伺えるけど」
「どーしてぇ?」
冒険者の中の、お団子頭をしたかわいらしい少女が問い返す。リーはそちらに視線を向けた。
「現世界に出現する、ということはイコール、天使に目を付けられる、ということなの。天使は現世界の秩序を保つのが役目。それを、強大な力を持つ魔族が引っ掻き回したら黙っちゃいないわ。下手をすると、それがきっかけで天使と魔族の全面戦争ということにもなりかねない。さすがの魔族も、それをするには相当の覚悟と準備が必要だわ。だから、中途半端に現世界にちょっかいをかけて天界の神経を逆なでする彼女の存在は、魔族にとってはあまりありがたくないわけ」
「な、なるほどねえ…」
といいつつも、あまり良くわからないといった様子の、紅い髪の女性。
その隣に座っているざんばら髪の剣士は、全く聞いていない様子でしきりに己の剣の柄を手に取ったり戻したりしている。
「だけど、なまじ彼女に実力があるものだから、一族も他の魔族も見て見ぬふりをしているようね。今のところは」
「で、そのチャクラヴィレーヌとやらから、あなたの身を守ればいい訳ね?」
クルン(だったもの)が話を元に戻すと、リーは首を横に振った。
「いいえ。あなたたちに守ってもらいたいのは、この子よ」
と、自らの隣にいる少女を示す。
すっかり冒険者の一人だと思い込んでいたその少女は、リーと同じくらいの年齢のようだった。褐色肌に尖った耳。オレンジ色の愛嬌のある瞳。前髪だけに紅いメッシュの入った金髪を後ろで纏めている。そして、黒系の旅装束という原色バリバリの派手ないでたちだ。
彼女は自分を示されたのに気づくと、にこっと微笑んだ。
「やっほー♪ボク、チバ・ロッテ・マリーンズ。ロッテでいいよん。よろしくね♪」
「チバ・ロッテ・マリーンズ…?なんか、ふざけた名前だな…」
女性のような顔立ちをした少年が、結構失礼なコメントを返す。
「で、何でそのロッテが、よりによってそんな魔族に狙われてんだ?」
その隣にいた、頬に「Z」の文字のある青年が問うと、リーは神妙な顔つきになった。
「この名前は、この子のお母さんが、一族の追っ手から逃れるためにつけた名前…
本当の名前は、エリシエルロッテ・フェル・エスタルティ」
「なっ…」
栗色の髪の少年剣士と、その隣の長い髪の魔道士が、驚いて腰を浮かす。
隣のロッテは苦い表情をリーに向けた。
リーは構わず続けた。
「エスタルティ家の元嫡男、ティーヴェルダハト・ディ・エスタルティが、人間の女性との間に作った、娘よ」
「魔族と…人間の娘」
クルン(だったもの)が、呆然とした表情で呟く。
「ティーヴェルダハトは、リリシア・マリーンズという人間の女性と恋に落ち、一族を出奔した。だけど一族はそれを許さなかった。ティーヴェルダハトの弟であるツヴァイフェラウトが、彼を『処刑』の名の下に殺害した。だけど、リリシアの方は間一髪現世界に逃れて助かった。そしてロッテを生んだ…
ツヴァイフェラウトは、そのまま当時の当主であったシュヴァルツヴァルトをも殺し、今の当主の座に納まったそうよ」
「はぁ…なんだか、スケールのでかい話だね」
いまいち実感がなさそうな感じで、赤い髪の女性。
「…で、あたしはそのロッテと、ずっと旅をしてきたわけなんだけど…わけあって、離れて行動しなくちゃいけない状況になっちゃったの。だから、その間、ロッテを守ってほしいの」
リーの言うことに眉を顰めたのは、先ほどの髪の長い魔道士。
「…妙な言い方ですね。あなたといた時には、ロッテさんは安全であったということですか?魔族を相手に?」
人間のあなたが?と言外に言っている。
リーは一瞬躊躇したように視線を逸らし、やがて目を伏せてため息をついた。
「…黙っていてもしょうがないわね。
あたしの母親は、150年前に現世界へ降下した、天使。
あたしは、天使と人間の娘なの」
冒険者たちは、更に驚きに目を見開いた。
「ふえぇぇ…天使のハーフと、魔族のハーフかぁ…」
おだんごの少女が、感心したのかそうでないのかよくわからないため息を漏らす。
「…ま、天使のハーフがついてるんなら、魔族を何とかかわすくらいの事はできるってことか…なるほどね」
Zの頬傷の青年が、腕を組んでうなった。
「…そういうこと。で、あたしがいない間の護衛を、あなたたちにお願いしたいの。
ひとつの場所にとどまっていたら危険だろうし、今まであたし達がやってきたみたいに旅をしながらの護衛になるわね。一応…目的地を決めておきましょうか。
ここから南へ下っていって、パパヤ・ビーチから西方大陸へ。西方大陸を下ってもらって、その南端の岬からセント・スター島へ渡ってもらえる?
そこにロッテを、無傷…とは言わないわ。とりあえず生きてつれてきて。それが依頼内容よ。
もちろん、相手が魔族だし…無理にとは言わないわ。ここで降りる人は、降りてくれて構わない。この部屋を出て行ってくれていいわ」
リーは言って、冒険者たちの反応を待った。
誰も席を立とうとするものはいない。
彼女は満足したように微笑んだ。
「じゃ、まずはあなたたちに自己紹介をしてもらおうかしら」

私にとっての天使と悪魔

「ルージュ・ディアスよ」
先ほどいかがわしい服を着ていた女性が、少し不機嫌なように見えなくもない表情でそう言った。
ツインテールにしていた銀髪はもう降ろし、服も踊り子のような身軽な旅装束に着替えている。
「話を聞いたからにはほっとけないわ。ルージュ・ディアスの名にかけて、あなたの身は守る」
いつになく真剣な表情でそう言うと、言われたロッテはにぱっと笑った。
「んふふっ、あんがとねぇ。期待してるよっ♪」
続いて、その向かいに座る栗色の髪の少年が微笑んだ。
「オレはクルム・ウィーグ。クルムでいいよ」
ショートにした栗色の髪に、落ち着いた雰囲気をたたえた深緑色の瞳。年のころ14、5歳の見かけとは裏腹に、その印象は大人びていた。得物である大きな剣は今は外されて壁に立てかけられている。
「エスタルティが絡んでるならオレも放ってはおけない。魔族相手にどこまでできるかわからないけど…できる限りのことはさせてもらうつもりだよ。よろしくな」
そして、その隣に座っていた長い髪の魔道士が、続けて頭を下げる。
「ミーケン・デ=ピースと申します。ミケとお呼び下さい」
座ってしまえば地を這うかと思うほどの長い栗色の髪を、後ろで束ねて三つ編みにしている。青く大きな瞳と可愛らしい顔つきは、声の印象より幾分か若く、そして中性的な印象を与えていた。
わかりやすく言うと女顔の童顔。
「僕の力があの方々にどこまで通用するか自信はありません。それでもよろしければ…精一杯頑張りますので、よろしくお願いします」
彼がそう言うと、肩に乗った黒猫が後を追うようにみゃおぉん、と鳴いた。
続いてひょいっと手を上げたのは、どうやらこの中で最年長らしい男。頬に「Z」の形をした傷…否、火傷の痕だろうか。一番に目を引く。ぼさぼさの黒髪に、いつ洗濯したのか知れない、あまり綺麗とは言えない服。だが全く気にした様子もなく気さくににかっと笑うと、彼は言った。
「まぁ、ぴりぴりしても始まらんし。気楽に行こうな。俺ぁゼータね。剣を多少使えるかな? ホント多少だけど」
何かを誤魔化すようにはははー、と笑って。
「…あ、魔法の剣とか売ってねー?経費で買ってくれ。リー。旅立つ前に!!」
どさくさにまぎれて言いたい放題のゼータに、リーはにっこりと微笑みかけた。
「依頼が終わったら返してくれるなら。もちろん、現金でね」
ゼータは額をぴしっと叩いて苦笑した。
「あちゃー。やっぱダメか。ていうか、リーはなんで? 『ロッテが一人で危ない橋を渡る』ような真似する訳かな?」
いきなり問われて、リーはきょとんとする。ゼータは続けた。
「わけあって、じゃ納得できないわけよ。ちょっと、気になったんでね」
「一人で危ない橋を渡らないように、あなたたちを雇ってるんじゃない?」
リーがそう返すと、ゼータは身を前に乗り出した。
「魔族相手だったら、人間の盾程度にしかならないと思うんだよ。正面切ればな。正面からブツカル気も無いけど。…真っ直ぐに戦えば無事には済まない、解っちゃいるけど。困ってるお嬢ちゃんを見捨てれば、『騎士』を名乗る資格は無いわな!」
騎士を名乗る資格がないのは、何も精神だけの問題ではなさそうだが。
仲間達の無言のツッコミも跳ね返して、ゼータは続けた。
「が、まぁ戦わなきゃならないワケくらいは知って置きたいねぇ、ってさ」
口調は軽いが、目には真剣な表情が灯っている。
リーは肩を竦めた。
「…まあ、確かにね。命懸けで戦わされて理由も知らされず、じゃあ納得いかないでしょうし」
ただ、その表情はあまり気が進まなそうで。それでも仕方がないか、というように嘆息すると、切り出した。
「…天界に行くの。だからロッテは連れて行けない。簡単でしょう?」
「だから、その理由を聞いてるんだけどさ」
ゼータの口調は、軽いが容赦はない。リーは溜息をついた。
「…レディのプライヴェートを聞きたがるのは、騎士のすることじゃないと思うけどね?…まあいいわ。
天界へ行くのは、あたしのため。あたしが…この世界で生きていく理由を手に入れるためよ」
真剣な表情で、つかみどころのない話。しかしその雰囲気は、彼女にこれ以上つっこんで聞きづらい何かを与えていた。
ゼータは髪をくしゃっと掴むと、苦笑した。
「…わーったよ。悪かった。どの道俺らは理由がどうであれやらなくちゃならんわけだしな。ま、引き受けたからには最後まで責任持ってやらせてもらうよ」
「そうしてね」
リーはやっとにっこりと微笑んだ。
それを横目で見ながら…なんだか縁遠い世界の生き物を見るように…続いたのは、赤い髪の女性。
「…コーラル・クリア・ウォーター…クレアって呼んで」
素っ気がない…というよりは、幾分やる気もなさそうな表情。これがおそらく彼女の地なのだろう。人間種族なのだろうが、日焼けして真っ黒な肌。あまり手入れのされていない赤い髪。表情があまり伺えないが、まっすぐな青い瞳。粗末なマタギ服のどれひとつを取ってみても、彼女に女性らしい艶やかさを垣間見ることは出来ない。が…不思議と素朴な魅力を感じる、そんな女性だった。
「…普通のボディーガードだと思って受けてみたら…何だか話が大きくて…混乱してるところ。ま…あたしには難しい話はわかんないけど…できる限りのことはするから。よろしく」
いまいち焦点の定まらない瞳。その様子にリーはどこかしら不安も覚えたが、隣のロッテはよろしくね~♪などといってひらひらと手を振っている。
「…ちょっと、あなたの番だけど。起きてる?」
クレアは、自分の自己紹介が終わったのに全く動く気配を見せようとしない隣のざんばら髪の剣士をつついてみた。彼は煩そうにクレアを一瞥して、はあ、と溜息をついた。
「…話は、終わったっすか」
さらに輪をかけてやる気のなさそうな口調。いかにも適当に切ったような灰色の髪に、鋭いがどことなく焦点の合っていないような濃い緑色の瞳。黒系で統一された装束はいかにも戦士然としている…というよりは、戦士という認識しか与えない、と言ったほうが正しいか。
「…名前…名前は………はあ。…えっと……アレクス・モルテ…だったと思う。…魔族…魔族は…人間より強い、とか。血の色が緑とか……はぁ……聞いたことあるな。えっと…自分の剣で斬れる……はぁ……斬れるかどうか、興味ある。護衛……護衛、って、何だったっけ……とりあえず、近づくやつは斬っとく……それでいいっすか?」
ヤバイ。
その場にいた誰もが、そう思った。クレアだけはよくわからなそうにぽかんとしていたが。
ボディーガードとか、戦闘能力とか、そういう以前に人として。
リーは苦い顔をして一瞬迷い、断りの言葉を吐こうとした。が。
「きゃっははははは!キミ、おもろいねえ!うんうん、いーんじゃない?頑張ってボクに近づくヤツを斬ってよね!」
けたたましいロッテの笑い声がそれを遮る。
リーは眉をひそめてロッテを見た。
「ロッテ、正気?」
「いーじゃん、キミが一緒に旅するわけじゃないんだからさ。長い旅だもん、こーゆーおもろいコの一人でもいないと退屈でしょーがないよ。っちゅーわけでヨロシクね、アレクスくん♪」
アレクスはロッテには答えず、ただはぁ、という溜息をついた。
「はいはいはーいっ!次、リィナの番ね!」
続いて元気に手を上げたのは、お団子頭の少女。小ぶりで可愛らしい顔に、元気一杯の笑みを浮かべている。着ている物は少し変わっていて、このあたりの出身ではないことを思わせた。
「リィナはねぇ、リィナ・ルーファっていいます!ボディガードのお仕事ってはじめてかも!頑張って守るからね、よろしくねっ!」
その様子もあまり頼れそうなものには見えなかったが、もはや諦めてリーは苦笑した。
最後に残った仏頂面の少年が、めんどくさそうに言った。
「自己紹介?めんどくさいけどまあいいや…シアン・イーリス。旅をしてる」
青みがかった銀髪を後ろでひとつに縛っている。青い瞳は精一杯の強気な輝きを放っていたが、いかんせんその形と、その周りを形作る顔の造詣がそれについていっていない印象を受ける。小柄な体、小ぶりの丸顔、大きな瞳、長いまつげ、小さな口。そのどれひとつをとってみても、彼に男性という印象を抱かせる要因は皆無だった。
わかりやすく言うと女顔の美形。
素晴らしい。ビバ日本語。
シアンはやはりめんどくさそうに肩を竦めると、続けた。
「ま、適度に様子を見つつ連れて行くさ。傷ついても生きてればいいみたいだしね。俺も一つの町にとどまるのは危険だし、ま、ついでにね。まぁ、僕も常識はあるしまもる時はきちんと守るよ」
その言葉を聞いて、眉をひそめた人物がいる。
「…はぁ?あんた、何言っちゃってるわけ?」
ルージュは赤い瞳に剣呑な表情を浮かべて、シアンを見た。
「常識?適度に様子を見て、死ななきゃ良い、ついでだから、そんなこと言って、常識?バカ?礼儀も知らない女顔のガキが偉そうなこと言ってんじゃないわよ」
「…なんだって?」
シアンも眉をひそめて腰を浮かせかかる。
が、ルージュは頭から叩きつけるように、続けた。
「依頼を受けた以上あんたはこれに対して責任があるのよ。わかるわね坊や?今まで狭い世界で粋がってたのかもしれないけど、僕が思ってるほど世の中甘くないのよ?今までどんな生ぬるい生活送ってきたのか知らないけど、ついでで仕事が務まると思ってるんだったらさっさと帰ってママのオッパイでも吸ってなさい。
私達は真剣にこの仕事受けてんのよ。子供のお遊びになんか付き合ってられないわけ。中途半端な気持ちでやろうって言うんなら痛い目見ないうちに帰りなさい。これは私からの忠告」
ルージュはまるっきり馬鹿にした口調でひらひらと手の平を振った。
シアンはがたんと音を立てて椅子から立ち上がると、つかつかとルージュに歩み寄った。
「誰が女顔のガキだって?!」
怒る場所が微妙にずれている。
ルージュは鼻で笑った。
「あんたしかいないじゃない。なに、そんな可愛らしい顔して、女顔だって言われるのがそんなに嫌なわけ?はっ、だからガキってんのよ。あっちのミケを見てみなさい。あんたと同じくらいか、あんた以上に女顔の綺麗な顔立ちしてるけど、それを言われて怒ったことなんか一度もないわよ?」
「いえ、そこで僕を引き合いに出されるのも物悲しいものがあるんですが…」
ミケがぼそりとツッコミを入れる。
ルージュは完全に無視してシアンに向き直った。
「結局見た目でしか判断してないのはあんたじゃない。あんたがそんなんじゃあ女顔って言うような奴らしかあんたに寄ってこないのも無理ないわね」
「言わせておけば……!!」
シアンは怒りに顔を震わせて、今にも掴みかからんばかりの勢いだ。
「そこまでよ!」
高く鋭い声が、それを遮った。
いつの間にか立ち上がって二人のところまで歩いてきていたリーが、険しい表情で二人の間に腕を差し入れている。
「…ケンカはよそでしてちょうだい」
「あーん、何で止めちゃうんだよぅ。面白かったのに」
「ロッテ!」
不満そうに声を上げたロッテに一瞥をくれて、リーはルージュの方を向いた。
「ルージュ。ガキだって言うけど、あなたの態度もあまり大人気のあるものとはいえないわね?」
「…悪かったわ」
ルージュは目を閉じて、肩を竦めた。
リーはシアンの方に向き直った。
「シアン。あなたの言うことに問題があったのは、あたしもそう思うわ。あたしがもし、普通のボディーガードの依頼をするのなら、あなたのようなことを言ってる人は絶対に雇わない。あなたがそれを、常識だと、礼儀だと思っているのならそれは大きな間違いよ。それだけは言っておくわ」
シアンはリーを睨んだまま、それでも黙り込んだ。
「だけど、今回は相手が魔族。そして守る対象がこのロッテ。あたしも選り好みをしている場合じゃないの。引き受けてくれるっていうのであれば、人手は一人でも惜しいわ。ついででも、あなたに少しでも守る気持ちがあるなら、あたしはお願いするつもりよ」
「まーいーじゃん、適当に守ってもらえばさ♪」
緊張した雰囲気に、ロッテの呑気な言葉が水をさす。
「ロッテ…」
リーは複雑そうな表情で彼女を見た。ロッテは頬杖をついて、半眼で、まるで値踏みでもするような視線をシアンとルージュに向けて、続ける。
「ルージュちゃんがなにそんなにムキになってんのかはしんないけど…ま、『ついで』とかいってるよーなコにはなから期待なんてしてないよ。いーんじゃない?ついでに、適当に守ってもらえば。死ぬのはシアンくんなんだからさ。きゃははっ!」
冒険者のうちの何名かが、ぎょっとしたような視線をロッテに向けた。
「ついで、なんだからさ。辞めたくなったらいつ辞めてくれたって構わないし。どーせリー、依頼料はセント・スター島に着いてから払うつもりなんでしょ?途中で辞めても死んでも、ボクらの損にはならないよね♪」
「ロッテ!」
軽い口調で極端にビジネスライクで残酷な話をするロッテに、リーはさすがに叱咤の声を上げた。
ロッテは堪えた風もなく、にやりと口の箸をつり上げる。
「…そゆことじゃん。シアンくんが言ってること、ってのはさ。むこうがぶっちゃけてんだから、こっちもぶっちゃけちゃっていーんじゃない?もちろん、シアンくんはそんな言い方して、ボクやリーが腹を立てないって思ってるから言ってるんだよね?」
最後は無邪気ににっこりと、シアンに笑いかけるロッテ。シアンはぐっと言葉に詰まり、ややあって視線を逸らした。
「…………」
それでも謝らないところはさすがと言ったところか。
リーは嘆息して、冒険者達の方を向いた。
「…まあ、ロッテの言ったのは極論よ。ゼータが言ったような、盾になってこの子を守ってくれとは言わないわ。うまく、彼らの狙いをかわしてくれればそれでいい。もちろん、危険な分、報酬は弾むつもりよ。旅費も全額面倒見るわ。ただし、さっきロッテが言ったように、セント・スター島についてから全額精算っていう形になるけど」
横でゼータが小さく「ちぇー」と言っているのが聞こえる。リーはそちらに半眼を向けると、低く言った。
「…領収証はきっといてね」

作戦会議は綿密に

「さて…じゃあ、別れる前に、みんなで具体的に護衛の方針をまとめて欲しいんだけど」
元の席に戻り、ようやく落ち着いた一同に向かって、リーが言った。
「その前に、もう少しエスタルティ家のことについて詳しくおさらいしておくわね。
この中にも何人か関わった人がいると思うけど…まあ、まとめだと思って聞いててね」
そして、手元に置かれていた書類のようなものに目を落とす。
「この子を狙っているメインの人物は、現当主ツヴァイフェラウトの息子、キルディヴァルジュ・ディ・エスタルティ。年はこの子と同じくらい。父親と同じく術に長けていて、特に召喚術を得意とするわ。
それから、さっきも名前を出したけど、ツヴァイフェラウトの末の妹、チャクラヴィレーヌ・フェル・エスタルティ。こちらは全く術のようなものはダメで、もっぱら格闘術を得意としているらしいわね。
このチャクラヴィレーヌには、4人の配下がいるわ。こちらはもう身元は調べてあるの。っていうのも、彼女たちはもともと人間で、エスタルティに何らかの改造をされて長い命を得ているだけの存在だからね」
「人間?何でまた人間なのに、魔族の手下なんかやってんだ?」
不思議そうに問うゼータ。リーは肩を竦めた。
「ま、いろいろあったみたいだけど…そのあたりの事情は興味があれば事件に関わった人にでも聞いて。この人たちの中にもいるはずだから」
リーの言葉に、何名かが神妙な顔つきになる。
彼女は続けた。
「水の外法師、リリィ。本名はリレイア・イクス・ド・リゼスティアル。西方大陸の東、海中の人魚の王国、リゼスティアルの元皇女。臣下によって魔物に生贄に捧げられた過去を持つわ。魔法の効果を打ち消す『ディスペルマジック』を始めとする、様々な魔術の使い手よ。
風の変化師、キャット。もとはこのヴィーダにあるゼラン魔道塾の塾長、ルーイェリカ・ゼランの使い魔だった縞猫だったらしいわ。それを、変身能力を与えて、獣人に改造したようよ。変身術と、変身したものになりきる卓越した演技力が群を抜いているけど、戦闘能力は皆無。もっぱら情報伝達とかく乱の役目を果たしているようね。
大地の軽剣士、セレ。本名はセレスティナ・ミレイン。マヒンダで人形を抱いたまま衰弱死をしたサリナ・ミレインという女性の娘よ。生まれた頃から人形のように人格を否定されて育ったから、彼女には一切の感情がないわ。その身軽さと、精神がないゆえの精神感知能力で迅速・確実に目標をしとめることが出来る。ただ、感情がないから自分の判断で動くことはできない。チャクラヴィレーヌの命令で動く人形ってところね。
炎の拳闘士、メイ。本名はギョウ・メイリン。リュウアンで暮らしていたんだけど、この世ならぬものを見る能力のせいで街人から排斥された過去を持つわ。殴り技を中心とする体術の使い手よ」
リーが言い終わったところで、リィナがきょとんとした。
「はれっ?リュウアン?メイ?もしかして、こないだリィナ達が関わった事件の、メイちゃん?」
リーはにこりと微笑んだ。
「ええ、そうよ。そのメイ」
リィナは納得がいった表情でこくこくと肯いた。
「はぁぁぁ、そうだったんだぁ。リィナ、依頼書見たとき、エスタルティってなんかのお菓子かと思ってたぁ。リィナも関わったことあるんだねぇ。そっかぁ」
どことなく嬉しそうだ。単純に自分の経験とつながったことの喜びだろうが。
「しかし…よく調べたね。俺たちだって、直接事件とかかわってなかったら知らなかったようなこと…」
クルムが感心したように言うと、リーはふふっと笑った。
「それなりに、つてがね…事件に関わった人たちに、資料をお願いしたのよ」
そして、道具袋から4通の封書を取り出し、テーブルの上に並べる。
その差出人に記された名前を見て、何名かの冒険者達が驚きの声を上げた。
「…リゼスティアル王国親書…ラヴェニア・ファウ・ド・リゼスティアル…ラヴィの手紙?!」
「ゼラン魔道塾…ルーイェリカ・ゼラン…ルーイさん、ですね…」
「こっちはマリエルフィーナ・ラディスカリ…マリーよ。魔術師ギルド長が自ら手紙なんて、一体…?」
クルムと、ミケと、ルージュが呆然としてリーに視線をやる。リーは笑顔を崩さずに言った。
「ま、それなりに、ね」
その笑顔を、ルージュはどこかで見たような気がしたのだが…それも、ついさっき…
「じゃ、じゃあ、リュウアンの事件も?ええと…カイに…?」
クルムが言うと、リーはくすっと笑った。
「ああ、リュウアンは、ね…」
そしてさらに、道具袋からごそごそと何かを取り出す。
それは、濃い藍色の…カツラだった。
リーはそれをかぽっと頭にかぶせると、突然妙な口調で喋りだした。
「報告書だけじゃ真実見えてこないネ。直接アナタたち見に行ったアルよ」
「!………」
さらに目を点にして、ミケとルージュ。この姿の少女に遭遇したことがないクルムはきょとんとしていたが。
「リィ…さん………そう、ですか…そういう、ことですか…」
驚きと、納得と、不満の微妙に入り混じった表情で、ミケ。リーは苦笑して、カツラを道具袋にしまった。
「まあ、試すようなことをして申し訳なかったけど。だからこそ、あなた達なら大丈夫だって確信したの」
「さぁ…買い被りじゃないことを祈るわね」
肩を竦めて、ルージュ。
リーはきょとんとしている他の冒険者達に向き直ると、話を元に戻した。
「おそらくこの6人が、ロッテを狙ってくると思われるわ。旅立つ前に、作戦を練っておいたほうがいいと思うの。どういう風に、この子を護衛してくれるのかしら?」
言われて、冒険者達は少し考えた。
「…やっぱり、始終くっついて警戒してたほうがいいんじゃないの?」
ルージュが言い、クルムも肯いた。
「そう…だよな。つかず離れず、普通に護衛するよ」
「自分で出来ることは自分でしていただいて…言っても、魔族とのハーフなのですから僕達よりずっとお強いのでしょうし」
ミケが言うと、ロッテは「さあね~ん♪」と手をパタパタ振った。
「僕達は、側にいて出来るだけ襲撃をかわすことが出来ればいいのかな、と…」
「…自分は、ロッテさんの背後に……はぁ…背後にいて、近づくやつをみんな……はぁ……みんな斬るっす」
アレクスがため息交じりに言う。どうも、長いセリフを喋ると疲れてしまうようだった。
「…で、そっちのついで坊やも、『適度に様子を見つつ』一緒にいてガードするわけね」
ルージュがシアンの方に小馬鹿にしたような視線を向けると、シアンは厳しい視線だけを返して黙り込んだ。
「えっとねぇ、じゃあリィナは、ちょっと離れて、影からこっそりガードするねっ。風車のヤシチさんみたいに~」
リィナが嬉しそうに言い、クレアが首をひねる。
「…ヤシチ?誰、それ」
「えっとねぇ、前にナノクニに行った時に、そこで大人気のお話の中に出てきた人なの~!すっごくカッコいいんだよ!」
気分はすっかりミーハー乙女。
「それはともかくぅ、ちょっと離れてた方が敵も見つけやすいしね!斥候兵、みたいなやつ?リィナ身軽だからそーゆーの得意だし!がんばるね!」
「ま、俺はそんな小器用なことはできねーし、やっぱフツーに護衛かぁ?ま、出来るだけのことはやらんとな!」
ゼータがうし!と気合を入れて、ロッテの方を向いた。
「で、その魔界の貴族とやらは、何を頼りにロッテのことを追ってんのかな?それがわかれば、対策立てられると思わね?」
ロッテがきょとんとした表情になる。ゼータは続けた。
「ほら、匂いとかさ。犬か奴らは。だったら、香水変えるとか。趣味のいいのに。経費で」
「ボク香水なんかつけてないよ?変えるも何も」
「んー…じゃあ、姿カタチか?あー。似た背格好の奴いねー?全身隠れる様なモン被せて、各々に護衛くっつけりゃ…。人目は避けると思うし。昼堂々魔族が出たーって話はそーそーきかねーからな。これだけでも、結構相手は手出しし難くなるんじゃー?」
ゼータの言葉に、クレアが手を上げた。
「あ、それじゃあ、あたし肌黒いし、ロッテちゃんに変装するよ。ま、背格好は違うけど、目晦まし位にはなるんじゃない?もちろんロッテも変装するんでしょ、そのままだと目立つもんね」
「へっ?変装?そっか、そゆのもありかもね~。なに、ボクがクレアちゃんに変装すんの?きゃははっ」
ロッテは楽しそうに笑った。
「バカねえ。肌黒いやつに変装したって意味ないじゃない。当然全然別の人間に変装するんでしょ」
ルージュが言い、ロッテは頬を膨らませた。
「えーっ。白く塗っちゃうの~?やだよぉ、ボクお化粧嫌いだもん。このピチピチのお肌が荒れちゃうv」
「あんたねえ」
「はいはい。まあ、悪くない案ではあると思うわ」
ルージュが呆れたような声を出すのを、リーが遮る。
「けど、さっきも言ったけど、自分の身を犠牲にして狙いを引きつけるんじゃなくて、うまくあの人たちの狙いをかわしてくれさえすればそれでいいの。全身を隠れるようなものをつけて護衛をしても、上手く引き寄せられるかどうかは怪しいし…それこそ、冒険者に護衛をされて旅をしてる人なんてごまんといるわけだしね。背格好だけで言ったら、この中にロッテと同じくらいの背丈の人はいないわね。この子、意外とちっちゃいのよ」
「ちっちゃいってゆーな」
気にしてるらしく、ぼそりと言うロッテ。
「…でもまあ、あたしはロッテちゃんの変装、することにするよ。複数いたらかえって迷ってくれるかもしれないしね」
「マジ?!じゃあ、ボクと一緒に着替えしよ、着替え~♪」
「ロッテ!」
リーが咎めるような視線を送ったが、どこ吹く風といった様子のロッテ。
リーは溜息をついた。
話が終わったと踏んだゼータが、続ける。
「ま、クレアが変装してくれるんならそれはそれとして…後はなんだ。気配?んな、厄介な…ん?魔界の貴族?ロッテって羽根とかってあるん?」
「ん?あるよ?」
ロッテが答え、ゼータはにかっと笑った。
「そーゆーの分けて貰えりゃ、ちったー眼くらましになるかも知れないって思ってよ。あ、似た背格好の奴、各自持っててなー。狙われっかもだけど。それに、ひょっとしたら、なにかご利益も有るかもだしな♪ 良かったら俺にもくれなー」
「んふふ、ちょっち待っててね」
ロッテは言って立ち上がり、目を閉じて俯いた。
「!」
ミケやクルムには、かつて感じたことのある気配があたりに立ち込める。
禍々しく、おぞましい…生きとし生ける者全てに恐怖を呼び起こさせる気配。
…瘴気。
ロッテがにやりと口元をゆがめると、ぐちゅっという音とともにロッテの背中から黒々としたものが生えてきた。
コウモリ…あるいは、噂に聞く黒竜族のような、真っ黒い羽根。爬虫類を思わせるその羽根は、ぬらぬらと謎の液体で濡れて光っていた。
ロッテはばさりと羽根を羽ばたかせ、その液体を弾き飛ばす。
そして再び目を上げた彼女の雰囲気は、先ほどまでの人懐こいものとは明らかに違っていた。鋭く値踏みするように射抜く視線は、恐怖さえ感じさせる。
ロッテはゆっくりと羽根を動かして自分の顔の前に持ってくると、その先を指で弄んだ。
「…この羽根、見てのとおりでさぁ。フィーザみたいなのを想像されるとちょっち困るんだよね。分けたげるには切るしかないんだけど…切ったらちょっち痛いんだ。それでも欲しい?」
妖しく微笑んでゼータに視線を送る。ゼータは少し気圧された表情で、呆然と首を振った。
「…い、いや…いいよ、悪かった…はは」
ロッテは微笑むと、またぐちゅっという音を立てて羽根をしまった。
何事もなかったかのように、元の人懐こい笑みを浮かべて、席に座る。
冒険者達の表情が幾分か硬くなったようだったが、彼女に気にした様子はなかった。
ゼータは何とか気を取り戻して、続けた。
「そ、そうだな…あとは…目印?特定の何か。魔法のアイテム。そう言うものが発する魔力を頼りにしてる?とか」
「んー、ボク魔法とかぜんっぜんダメでさぁ。そゆのもわっかんないんだよねぇ。もしボクがそーゆーアイテムを持っててそれを頼りにしてるんだったら、これはもーボクが子供のときとかにママがボクの体に埋め込んだとか!だったら、ボク自身にもそれがどこにあんのかなんてわっかんないしぃ。だからゼータくん、調べてよ♪別室でカラダのすみずみまで~♪」
意味ありげな笑みを投げかけられ、ゼータはうっと怯んだ。
さすがの彼も子供(年齢は彼より上だとしても)に手は出せない。それでは特殊な趣味の人だと思われてしまう。
「いいかげんにしなさい、ロッテ。彼をからかうのは」
横からリーにたしなめられ、楽しそうに笑うロッテ。ゼータはどう反応していいかわからず苦笑した。
「…で、あとできることったら…噂だな。ロッテと思わしい面々が、各方面へと旅立つ。そんな話を流して貰って。これも、金が有ればまぁ大丈夫だろ。逆に、人間が追いかけてくるか…? 魔族だけが敵とは考え無い方が良いわな。敵サンだって『ロッテを捕まえれば幾ら出す』って依頼は簡単に出せるだろうし。どうよ?」
「…そうね、そっちは手配しておくわ。あまり効果はないと思うけど…」
リーはあまり気が進まない様子だ。
「そか?なんで?」
「人間にしか効果がない…と思うから。魔族が人間のネットワークを当てにするとは思えないし…そもそも、人間に依頼を出すかどうかも、あたしはちょっと疑問ね」
「そう…かもしれませんね」
顎に手を当てて考えながら、ミケ。
「少なくとも、僕が出会ったチャカさんは…ああ、チャクラヴィレーヌのことですが…何故現世界にちょっかいを出すのか…というのが、混乱に陥れる…という目的のためではない、ように感じました」
「どういうことだ?」
シアンが訊ねると、それにはクルムが答えた。
「…そう、混乱に陥れるためだけなら、もっと別の手段を取ってもよかったんだ。わざわざ現世界なんかに来なくても。それこそ、さっきリーが言ったみたいに、天使に目を付けられるっていう危険を犯してまで、な。
だけどチャカはそうしない…それは、自分の手で、楽しみたいから…だと思うんだ」
「自分達の汚点を排除するって目的以上に、それが楽しみだ、っていうことね…反吐が出るわ」
吐き出すように、ルージュ。
「とりあえず、噂は流しておくようにするわ。まあ、どこまで広がるかはわからないけど。そっちは任せてちょうだい。あと何か、意見はある?」
リーが冒険者の顔をぐるりと見渡す。
これ以上の発言は無いようだった。
リーはにこりと微笑んで、方針をまとめた。
「じゃあ、少し離れて行動するリィナ以外はみんな、ロッテと一緒に行動するのね。
まあ…さすがに街の昼日中襲ってきたりはしないでしょうし、移動の時だけ気をつけてくれたらいいと思うわ。長い旅になるだろうし、街についたらそれぞれ観光を楽しむ余裕くらいはあると思うわよ」
そして立ち上がって、もう一度冒険者達に微笑みかけた。
「出発は明日。あたしも同時に旅立つから。今日はここに宿を取っておいたわ。各自、準備をしてね」

波乱だらけの森の中

「ク・レ・ア・ちゃん♪おっはよぉ~!」
後ろからかけられた声にクレアが振り向くと、満面の笑みをたたえたロッテが立っていた。
準備を終え、一晩を風花亭の宿で明かし、目覚めて洗面所にいってきたところである。
「ああ…おはよう、ロッテちゃん。どうしたの?」
「うう~ん、どぉしたのはないでしょ?ほらほら、クレアちゃん、ボクに変装してくれるんだよねっ♪」
言われて、クレアはああ…と思い出す。
「そういえば…そんなことも言ったね」
「で、一緒に着替えしよーねって言ったじゃん♪ほらほら、行こ行こ♪」
ロッテに強引に腕を引かれながら、クレアは少し首をひねったが…逆らわずについていくことにした。

「うっわぁ~、クレアちゃんって意外とないすばでーだねぇ!」
服を脱ぐと、ロッテが感嘆の声をあげた。
「…そう?」
「そぉだよぉ!マタギルックで隠しちゃうなんて、勿体無い無い!なんでぇ?」
「何でって…別に着飾る必要も無いし…」
のんびりとクレアが答えると、ロッテは楽しそうに彼女に近づいた。
「着飾んなくったってさ、こーのボディーラインを隠さないくらいはできるっしょ?」
言いながら、粗末な下着だけをつけた身体を、指先でなぞっていく。
「…こことか…こことかさ」
微妙なところから、きわどいところまで。触れるか触れないかの距離でなぞり、最後に上目遣いで妖しく微笑んだ。
「…ね?惜しいと思わない?」
「何…ロッテちゃん、あたしのこと誘ってんの?」
クレアは余裕ありげに微笑んだ。
「ま…その気は無いはずよね?あっても女の子なら誘われてもいいよ。男は…婚約者いるから無理だけど」
言って、意外にたくましい指先を、ロッテの顎にかける。
「可愛がったげるよ…」
ロッテはくす、と鼻を鳴らすと、
「そそそ♪女のコなんて、数のうちに入んないよね♪だいじょーぶだいじょーぶ」
言ってから、自分に伸ばされた腕をがしっと掴んだ。
「え?」
きょとんとするクレアに、満面の笑みをたたえて。
「ちなみに、可愛がられちゃうのはキミだから♪」

「あ、おはようございます、ロッテさん、クレアさん」
「おっはよーミケくん♪今日もいい天気だねぇ、絶好の旅立ち日和ってカンジ?」
「そうですね。あ、もうクレアさん、ロッテさんに変装されたんですね。よくお似合いですよ」
「………そう………ありがと」
「んじゃっ、ミケくん、ボク先に外行ってるねん♪集合時間に遅れちゃダメだよーん?」
「はい。必ず」
言って、ミケは二人に道を譲り、出口に向かっていくのを見送った。
朝っぱらから妙に上機嫌で肌もつやつやしていたロッテに比べ、クレアが妙にどんよりして、足元がおぼつかないように見えたのは、気のせいだろうか…?

それより少し、時刻は過ぎて。
場所は、ヴィーダ郊外。街と街を結ぶ街道の入口。
そこで、冒険者達とリーが向かい合っていた。
「それじゃ、あたしはこれで行くから。道中、くれぐれもロッテのこと、お願いね」
「任せて…とは、なかなか言い切れる自信ないけど。精一杯頑張るよ」
「リーも、天界行って何すんだか知んねっけど、がんばってな!」
クルムとゼータが言うと、リーはにこりと微笑んだ。
と、突然彼女の背後に、ふっと人影が現れる。
冒険者達は驚き、各自一斉に身構えた。
「………ひゅっ」
と、風を切るような音が聞こえたかと思うと、アレクスがものすごい速さで現れた影に近づき、抜いた曲刀を振り下ろした。
剣の動きが見えない。つまりはそれだけ、何度も斬りつけられるということだ。
しかし、現れた影に曲刀が届く前に、影は再び音もなく消えた。移動術なのだろう。その証拠にすぐにアレクスの背後に現れる。
現れた影は素早くアレクスの背中に手の平を当てると、
「ヴォルト!」
と呪文を唱えた。
瞬間、ばしっという嫌な音が響き、アレクスの身体がびくっと跳ねる。
感電の術であるらしい。アレクスはがくりと膝をついて、動けないようだった。命に別状は無いらしいが。
冒険者達は表情を厳しくした。
と、
「……雇われ人の教育がなってないんじゃないのか、リー」
影…正確には、山吹色の服を身につけた金髪の少年は、面倒そうにリーに向かって言った。
「…いきなりあたしの後ろに現れるあなたが悪いんでしょ」
リーが半眼でそれに答え、冒険者達はあっけにとられて戦闘体制を解いた。
「ごめんなさいね。彼はあたしの連れ。敵じゃないわ」
リーは苦笑して、冒険者達に言った。
「ほら、アレクスを治してあげて」
「仕方が無いな…ヒール」
金髪の少年は、やはり面倒そうにアレクスの背中に手を当て、治癒の呪文を唱える。
アレクスはすぐに起き上がって、再び剣を構えた。
「アレクス。彼はあたしの連れ。敵じゃないわ」
リーが大きな声でもう一度言うと、アレクスは「…そうっすか」と言ってのそりと剣をしまった。
「んーっ、おしい!アレクスくん!もー少しでコイツを闇に葬れたのに!」
ロッテが悔しそうに言い、少年は「言ってろ」と鼻で笑う。
まだ状況がよくわからない冒険者を尻目に、少年はリーに向かって言った。
「リー、いつまで油を売ってる。あの女も待ってる。早く行くぞ」
「わかったわ。ごめんなさい」
リーは少年に真面目な表情を向けると、もう一度冒険者達に向き直った。
「それじゃ、あたしは行くから。ロッテのこと、よろしくね。ロッテも、きちんとするのよ?」
「はいは~い♪」
真面目な表情のリーに対して、明らかにいいかげんな返事をするロッテ。
「では、いつまでものんびりしてても仕方がないですし、行きましょうか」
ミケが言い、他のものたちも肯く。
「じゃあね、リー♪がんばってねーん♪」
ロッテが手を振って、軽い足取りで街道を駆けて行く。
冒険者達もそれに続いて、街道を歩いていった。
リーはその姿が見えなくなるまで、その場に佇み見送っていた。
やがて、冒険者達の姿が見えなくなって。
「…大丈夫なのか、あいつら。あの様子だと、話してないんだろ、あいつのこと」
少年がリーに問い、リーは肩を竦めた。
「まあ、なんとかなるんじゃない?あれだけいるんだし…あたしだってたまには開放されたいわ。早速クレアが犠牲になったみたいだしね」
ふぅ、とため息をついて。
「苦労性だな。本当に大丈夫だったのか?人間なんかを護衛につけて」
「…ええ。あたしは、どんなことをしてもロッテに生きていてほしいの。そのために、護衛は必要だわ」
「魔族の手から人間が守り抜けると思うのか?」
「…守って欲しいのは、魔族の手からじゃない」
「…どういうことだ?」
少年が尋ねるが、リーは冒険者達が消えていった方向をじっと見つめたまま、その問いには答えなかった。
そして、しばしの後、目を伏せてため息をつく。
「…さ、行きましょう。ママとあの人が待ってるんでしょ?」
「…ああ」
少年がリーの肩を抱き寄せて、その一瞬後に、二人の姿は空に消えた。

「よっし、んじゃっ、リィナも行こうかなっ!」
それからやや離れた木の上で、リィナもガッツポーズをとった。
懐から、先の尖った風車を出して。
「やっとトキハルさんから貰った風車の出番!だね!」
ひゅっ、と風車を構える。
…………………。
そして。
「…で、風車で何すんだろ…?」
そこまでは考えていないようだった。ナノクニで読んだ絵物語も、あまり深くは読み込んでいなかったらしい。
「…ま、いっか。いこーっと」
風車を懐にしまって、リィナは木の枝から枝へと飛び移っていった。

「街道を行くのは危険ですね。森に入りますか」
ミケの指示で、街道沿いの森の中へと足を踏み入れる冒険者達。
「なーんか、のんびりだよなぁ。魔物もでねぇし。ロッテ、本当に狙われてんのかぁ?」
冗談交じりにゼータが言うと、ロッテはきゃははっ、と笑った。
「さぁねーん。ま、ボクをセント・スター島につれてけば報酬はもらえんだからさ、出てこないほうが楽っちゃ楽っしょ?」
「まー、そーだがな。黙っていくのも何だし、んーと、ミケ、クルム?それにルージュ、だったっけ。あいつらと関わったことあんだろ?ちょいと、話聞かせてくれん?」
言われて、名を出された3人がきょとんと顔を見合わせる。
そして、ルージュがカリカリと頭を掻きながら、言った。
「私は…その、4人の配下の事件に関わっただけだからね。ま、最終的にはそのチャカだかハジキだかっていう女の命令でやったことだろうし、その4人があいつの配下になったのだって、あいつの作為的なものが感じられるんだけどね…どっちにしろ、いけ好かないやつってのには変わりはないわ」
軽く肩を竦めて。
「自分で手を下さない、それがあいつのやり口なのよ。弱さを持つ人間に少しだけ手を出して、人が弱い方向に流されるのを笑って見てる。確かに弱さを認識させるのは、私は間違ってないと思うわ。けど、人の弱さを、罪悪感、無力感と共に認識させるやり方は納得いかない。しかもそれを楽しんでいるなんてね」
ルージュの話を興味深げに聞いているのはゼータだけのようだった。
シアンは興味なさそうにそっぽを向いているし、クレアはわかっているのかいないのか焦点の合わない瞳を彷徨わせている。アレクスは最初から聞く気も無いらしく、ひたすらロッテの背後にぴったりくっついている。
「そーだなー。いろんなモノが歪んでる感じ?人間とは違う感性で生きてる感じだから、理解できないイキモノ、ってか。出来れば関わりたく無く、お目に掛かる事の無い人生ならスバラシイ!」
ゼータが言うと、ロッテが笑った。
「じゃーなんでこんな依頼受けたのさー」
「うっ…それは言わない約束でしょ、おとっつぁん」
「誰がおとっつぁんだよぅ」
再び可笑しそうに笑う。
「ま、未知の世界…かな。話して解る人の訳無いしね…許せる許せないの問題じゃないけど、邪魔はしないでほしいな」
けだるそうに、クレアが続く。
「そうですね…まあ、やることは気に入らないですけど。僕はチャカさんは…嫌いじゃないんですよね。追いかけてみたいなーと思ったくらいですから。今はそんな危険なことはやりたくないですけど」
ミケが苦笑して、その先を続けた。
「どんな人なのかなって、一番分からないから、興味はありますね。何考えているんだろうって。
リリィさんは…『被害が来ないうちは見ていて面白い人』ですね」
なにやら嫌な思い出でもあったのか、そこでやや沈黙する。
「キャットさんは……あり得るかも知れないポチの未来。ああ、ポチってこの子ですけどね。なんか、見ていて、ふと悲しくなる気がします。使い魔を持つ身としてゼラン塾長の気持ちも分かるし……不思議な気分です」
複雑そうに苦笑すると、肩に乗っていた黒猫、ポチがにゃおんと鳴いた。
「セレさんは、透明な人です。自分色って言うのがなくて澄んだイメージがありますね。前は空っぽの人形って感じがしたんですけど…『透明』っていう色も存在するんだなぁって、思いました。
メイさんは、やっぱり人間なんだなぁって思いました。僕自身、最初の彼女の印象で彼女に勝手なイメージを持ってしまっていたようで…でも、そういう生き方も有りなのかもしれないなと。多分、理解できて、実体験もして、だからそういう生き方は嫌なんだと思った部分もあるかもしれません」
そこまで話して、きょとんとしている他の面々に、ミケは再び苦笑を投げかけた。
「あ…すみません。事件を知らない方々にはあまりわかりませんよね。今、ここで話すと長くなりそうですし…いずれ、機会があれば事件のことをお話しますよ」
「そうだな…思えば、ムーンシャインの事件のあと、受けた依頼はどれもチャカに関わるものだったな。彼女のしもべが次々と表れ、そして今回は、チャカと再会する」
妙にしみじみと、クルムが続く。
「オレの力は彼女にはるかに及ばないことは解っている。でも彼女がまた、罪のない誰かを陥れたり、傷付けようとするなら、俺は止めたい。いつも、何度でも。
彼女に守りたい物があるように、オレにも守りたい物があるから」
なんとなく、誰もその次の句を告げられず、沈黙が落ちる。
それを遮ったのは、ロッテのひゅうっ、という口笛だった。
「クルムくん、かっこいー!ま、でもそんなにキバんなくても大丈夫だよん♪明るく楽しく、お気楽にいこーよ、ね♪」
クルムはそちらに笑みを投げると、ロッテに問うた。
「ロッテは、お父さんのこととか…何か聞いてるの?」
「ん~?さっきリーが話したので全部だと思うよ?」
「そうじゃなくて、ロッテ自身のことだよ。お父さんは…ロッテが生まれる前に亡くなったんだろ?お母さんから、何か聞いてないのかい?」
ロッテは少し黙って、クルムを上目遣いでじっと見て…それから、くるりと背を向けて、頭の後ろで腕を組んだ。
「しーらない。ボクにはカンケーないし」
「ロッテ?関係無いって、自分のお父さんのことだろ?」
「何で?ボクが生まれる前に死んじゃったヒトの事なんか知らないよ。しょんないじゃん」
静岡弁。
クルムはロッテの背中を見ながら、かつての事件でチャカ…あの時はリーフと名乗っていたが、彼女とした話を思い出していた。

「…いいえ。一人だけ…アタシが心から好きになったヒトがいるわ」
「にいさまよ。アタシの、一番上のにいさま」
「にいさまは強かったわ…アタシが知るほかの誰よりもね」
「もういないわ」
「死んだの。もうずいぶん前にね」

あの時のリーフの話が、チャカ自身の話であったとするなら。
その「にいさま」というのは、ロッテの父親だったのだろうか。
そんなことを思う。
ロッテは再びくるりと振り返ると、満面の笑みを浮かべてクルムに駆け寄った。
「そんなことよりさぁ、ボク、クルムくんのコトが知りたいな~♪ね、いいでしょ?」
左腕を取って、自分の腕に絡めると、上目遣いにそう聞いてくる。
「えっ、あの、何?」
クルムはなんとなく居心地の悪さを感じ、辺りをきょろきょろと見回した。
すると、進行方向より少し右手に、川が流れている。
「あっ!か、川がある。ちょっと喉が渇いたな、水飲んでもいいか?」
そうしてさりげなくロッテの腕をほどくと、その川に向かって走っていった。
そのクルムの後姿を見ながら、ロッテがくす、と鼻を鳴らす。
クルムはいそいそと川にかけより、しゃがんで水をすくおうとして…
「………?」
川上から、何かが流れてくるのを見た。
クルムの不審な様子に、残りの冒険者達も彼に駆け寄った。
クルムは川上から流れてくるものを、目を凝らして見つめる。
丸い…ピンク色の…
「…桃?」
どんぶらこ、どんぶらこと…
近づいてくるにつれ、その輪郭ははっきりとしていった。確かに大まかな形は桃のようだが、ピンク色ではなく肌色の丸い物体。細い手足がついている。水の流れでくるりと向きが変わると、そこには端正な顔立ちが。
クルムは驚いて、その物体に駆け寄った。
「な、ナンミン!!」
慌てて皮の中に手を伸ばし、軽々と引き上げる。
クルムにナンミンと呼ばれたその物体…物体としか言いようがない。少なくとも人間ではないようだった。
物体は、どうやら気絶しているらしかった。彫りの深い端正な顔は、今は目が閉じられて表情が伺えない。
が、あくまでも顔だけが端正なのである。その他には何もない、のっぺりとした体。彼が側を通ったら誰もが振り返りそうだった。別の意味で。
ナンミンのことを知っている冒険者は心配そうに、そうでない者は興味津々でその様子を見つめている。
と。
「………訳がわからん。斬る」
アレクスがいきなり剣を抜いたので、クルムは驚いて立ちはだかった。
「す、ストップ!え、ええと、俺たちの仲間だから!そうは見えなくても!」
つい本音が出るクルム。
アレクスは逡巡してロッテの方を見た。ロッテが「…だって♪斬っちゃダメだよ」と言うと、しぶしぶ剣をしまった。
「それにしても…どうしてこんなところに…?」
冒険者達は困ったように顔を見合わせた。

森とオカマと正体不明

「ランスロット・D・ナンミンと申します…ナンミンとお呼び下さい」
川上から流れてきた桃…いや、物体は、目を覚ますとそう言って丁寧にお辞儀した。
「それにしても、どうして川から…?」
クルムのもっともな疑問に、ナンミンはうなだれた。
「それがですね…話すと長くなるのですが…」

ナンミンの話はこうだった。
いつものように人間に変装し、ランスロットという名前で「気」探しの旅を続けていたのだが、とある宿屋で「ナンミン」に戻ったのを目撃されてしまった。
目撃した娘は神経が細かったのかそれとも必然か、彼の姿を見て卒倒してしまう。
驚いた彼は慌てて助け起こしたのだが、その娘はなんと村長の娘だった。
ナンミンが娘を助け起こしているのを誘拐しようとしたと勘違いをした目撃者が、大声で触れ回りながらそのことを村中に伝えたため、哀れ彼は誘拐未遂の化け物として村中の人間に終われる羽目になったのである。
そして、逃げているうちに滝壷に落ちて気を失い、そのまま川に流されてきたというわけだ。

「相手の事を知るというのには、時間がかかるのですね…」
ナンミンははぁ、と溜息をついた。
問題はそこには無いような気がするが。
「それにしても、このようなところでクルムさん達に再びお会いできるとは…これはもはや、運命…ですね」
ご都合主義という名の。
手を組んでキラキラと目を輝かせるナンミン。
「皆さんは、どうしてこのようなところに…?」
さらに問うと、クルムは肯いて話し始めた。
「実は…」

「え、えぇぇぇええっっ?!ま、魔族からのボディーガード?!」
クルムから事情を聞いて、ナンミンは飛び上がって震えだした。
「み、皆さん、正気ですか?!相手は魔族なのですよ?!護衛なんて…命は大切になさってください!」
周りに並ぶ冒険者達の顔を、諭すように見渡して。
「ナンミン…そうは言うけど、相手はナンミンも知ってるあのチャカだよ。オレたちがやらなかったら、多分ロッテは殺されてしまう。ほっとけないよ」
「ですがクルムさん。そのロッテさんだって…半分はその、魔族なのでしょう?」
つまりは、どちらも人外。
ナンミンはナンタイ。
「半端じゃない強さを持っていらっしゃるロッテさんでも敵わないような相手では、わたくし達風情では荷が重過ぎるのではないかと…」
ふるふる震えながら訴えるナンミン。
「確かに、ぶっちゃけそーなんだけどよ…」
困ったようにポリポリ頭を掻くゼータ。
「ま、やつらの攻撃かわすのと、最悪身代わりに死ぬくらいは出来んじゃねーの?って話?」
茶化してそう言うが、ナンミンの震えは治まらず。
「恐ろしいです…」
クルムは困ったような表情をして仲間を一瞥し、もう一度ナンミンに向き直った。
「なあ、ナンミン。護衛って、何も襲ってくる相手と戦って勝つことばっかりじゃないんだよ。ナンミンには変身能力だってあるし、『卵卵乱舞』みたいなすごい技ももってるじゃないか。きっと、一緒に来てもらえば助かると思うんだ。ほら、オレたちと一緒にいれば、もう元の姿に戻って追いまわされるようなことだってなくなると思うし…」
クルムの言葉に、ナンミンはしばし考え込んだ。
「いいよな、ロッテ?ナンミンが加わっても」
クルムがロッテを振り返って訊くと、彼女はにこっと笑った。
「いーと思うよ?リーはもっとたくさん来たら来ただけ雇うつもりだったみたいだし」
「な?ナンミン。一緒に行こう」
「………わかりました」
ナンミンは何かを決意したように顔を上げ、立ち上がって言った。
「ロッテさんを助けるためにわたくしが力になれることがありましたら、喜んで力になります。
それに、セント・スター島の『気』にも興味がありますし…」
「気?」
シアンが首をひねると、ナンミンはそちらの方を向いた。
「わたくしは、実は人間ではないのですよ」
実はも何も。
「わたくしは、大気中に流れる生きとし生ける者の『気』を集めて暮らしているのです。このようにですね…」
言って、目を閉じ、手の平を上に向けて差し出して、意識を集中させる。
すると、その手の平の上の空気がだんだんと白っぽく色づき、ぐるぐると渦を巻いて一点に収束する。
そして。
ぽん!
という景気のいい音とともに、その手の平の上に卵のようなものが生まれ出た。
「ぎゃー」
可愛い…と言えなくもないかもしれない顔のついたその卵は、妙な叫び声で自己主張をする。
ナンミンはその卵をごそごそと赤い卵ドセルに入れると、続けた。
「このような卵を作っているのです。ご理解いただけましたか?」
「あ、ああ…そう。わかった」
さすがのシアンも毒気を抜かれた様子で言う。
「セント・スター島は、天界と魔界に通ずる門があると聞いたことがあります。そのような場所に漂う『気』を集めて卵を作ったら、どのようなものができるのか…とても楽しみです」
うって変わってうきうきした様子のナンミン。
ロッテはにこりと笑って、彼に手を差し出した。
「ナンミンくん、って呼べばいいよね。ボクロッテ。改めてヨロシクね♪」
ナンミンはその手を握り返すと、やはり軟らかい笑み(誤植にあらず)を浮かべて答えた。
「よろしくお願いします、ロッテさん」

「と、いうことで、わたくしもロッテさんに変装してみました」
冒険者達の目の前でキュッキュッと体の形を変え、「がんぐろ」ファンデーションで体を褐色肌にし、何故もっていたのかは不明だが赤いメッシュの入った金ヅラをかぶり、ロッテの替えの服を着て。
じゃじゃーん、とポーズをとると、冒険者の中の何人かからおおおおっ、という感嘆の声とともに拍手がこぼれた。
どこからどう見てもロッテそのもの。クレアのように背丈も違わない。
「いかがでしょう?」
ただし、声だけは野太い男性の「いい声」。ギャグだ。
「んーっ、やっぱり声かな~。なんか変なカンジ」
ロッテが苦笑して言う。
「じゃあ、僕が魔法で声を変えてみますよ」
すると、ミケがそう言って呪文を唱えた。
ひゅう、という微かな音とともに、ナンミンの周りに風が纏う。
「…こんなカンジってやつ?でございますか?」
「…いや、口調は無理しなくていいから」
「では、ロッテさんもメイクをして別人に変装いたしましょう♪」
ナンミンはにっこりと微笑んで、手をわきわきさせながらロッテに向けた。
「ボク?ボクはいいよ~。お化粧なんかしたらお肌荒れちゃうしぃ」
「そんな!ロッテさんの姿が変わらないのでしたらわたくしやクレアさんが変装した意味がないではありませんか!」
「でも、ボクが別のヒトのカッコになったら、キミが真っ先にばっさりやられちゃうわけだよね♪それでもいーわけ?」
「うっ…い、いえ、そのためにやっているのですから…」
ちょっと逃げ腰になったナンミンに、ロッテはくす、と鼻を鳴らした。
「まーまー。べっつにいいじゃん。同じカッコのやつが3人もいたら、向こうも混乱するって。それより、そんなのに手間かけてる暇があったら早いトコ次の街行っちゃったほーがいいよ♪」
「そうですか…?」
少し残念そうなナンミン。
ともあれ、同じ格好をした3人のガングロを従え、一行はさらに森の奥へと入っていった。

ちゃぷ…
遠くに響いた水音に、冒険者達は足を止めた。
「何だ…?近くに池でもあるのかな?」
クルムがきょろきょろと辺りを見回す。
「あちらのようですよ」
ミケが指さすと、確かに水の輝きのようなものがちらちらと見て取れる。
しかも、水音がするということは…
「森の奥でひっそりと暮らす絶世の美女が水浴びしてると見たっっ!!」
いきなり、そちらの方向を指差して元気一杯に叫ぶゼータ。
「…バカか?どういう思考回路だったらそういう結論になるんだよ?」
呆れたようにシアンが言うが、ゼータは怯まない。
「どういうもこういうも、俺が今そう決めたからそうなんだ!待ってろよ美女!俺が本当の愛を教えてやるぜー!!」
すでに妄想たっぷりである。
ゼータは軽い足取りで水音のした方向へと駆けてゆき、ロッテが面白そうにその後を追ったので、冒険者達は慌ててその後を追った。
水音の正体は、やはり池のようだった。近づくにつれその姿がだんだんはっきりとしてくる。
そして、その池のほとりで、誰かが今水からあがったばかりという風情で体を拭いていた。
(おおおおぉっ?!神様!ありがとう!ありがとう!)
ゼータは心の中で神への感謝の言葉を繰り返した。
流れるような白い髪。なめらかな首から肩にかけてのライン。真っ白く透き通るような肌。何の穢れも知らなそうな、綺麗な背中。
少し大柄ぎみ、という事実は、綺麗さっぱりゼータの頭の中から排除された。
ざっざっざっ、という、草を踏み分ける足音に、池の中の女性はゆっくりとこちらを振り返った。
「ああ、お嬢さん!怪しい者ではありません。こわがらないで」
と、真っ先に駆け出しておきながら紳士っぽいセリフで決めようとするゼータを遮って、振り返った彼女の顔を見たルージュが、声をあげた。
「あんた、ンリルカ?!」
女性は声に反応して彼女の声を見ると、嬉しそうに上半身だけ振り返った。
豊かな胸が揺れるが、微妙に髪の毛に隠れて見えない。
「あらっ?あららぁっ?!ルージュちゃん?それに、ミケくん、クルムくんもいるわぁ?きゃああんっ、お久しぶりぃ~っっ!!」
その声を聞いた瞬間、ゼータはがっくりと顎を落とした。
興奮した様子の声は…脳が聞こえたという事実を拒否するほどに、見事な野太い男性のもので。
彼女(?)は嬉しそうな顔で体ごと振り返り、こちらに向かって走ってきた。
「ぅわぁぁあああぁぁっっ?!」
ほぼ全員からけたたましい悲鳴が上がる。
豊かな胸が揺れて露になるが、それ以上に二本の足の間揺れる別の何かに視線は釘付けだ。
ンリルカはそれに気付き、恥ずかしそうに両胸を手で隠した。
「いやぁん」
隠すところが違うだろ。
冒険者の誰もが、心の中でそうつっこんだ。

「ンズーリルカ・ド・レンリェンよ。ンリルカでもンリェンでも、お好きなほうで呼んでちょうだいねぇ」
きちんとリュウアン風のドレスに身を包んでから、改めて彼女…彼女にしておこう…ンリルカは挨拶をした。
「そっちのクルムくんとミケくんとぉ、ルージュちゃんとナンミンくん、それに、リィナちゃんもいるんですってぇ?前のおシゴトで一緒にキ・ケ・ンを分かち合った仲なのぉ。うふふっ」
誤解を招くいい方をわざとして、奇妙にしなを作ってウインクをする。
ゼータはたまらずに目を逸らした。
「ンリルカさんは、どうしてこのようなところに?」
ミケが問うと、ンリルカは困ったように眉を寄せた。
「それがねぇ、お仕事の最中にね、依頼者が死んじゃって全部パァー。しょうがないから、そこで返り血を洗い流してたところなのぉ」
言われてみると、池はずいぶん赤く汚れている。
というかそれ以上に、そんなことをさらっと話す彼女も彼女だが。
「キミ達の事情はさっき一通り聞いたわぁ。ね、旅は始まったばかりなんでしょ?ワタシも雇ってみない?」
「断固、反対っっ!!」
びしっと手を上げて、ゼータ。
「あらぁん、どぉしてぇ?ンリェン哀しいわぁ」
「だからシナを作るな、気色悪い!俺の願望をものの見事に打ち砕きやがって!返せ、俺の美女ー!!」
「ゼータさん、それは逆恨みでは…」
ロッテ声で呟くナンミン。
「それにぃ、雇うかどうかはキミが決めることじゃないでしょぉ?えっとぉ…ロッテちゃん、だったっけ?」
ンリルカは、正確にロッテ本人の方を向いて、上目遣いで語りかけた。
「ワタシのこと、雇ってくれなぁい?こう見えてもそれなりに使えるしぃ、損はさせないわよぉ?」
ロッテはしばらくじっとンリルカの顔を見て…
やがて、おもむろに右手を差し出した。
「…もっちろんだよ♪ボクロッテ…あらためて、よろしく、ね…?」
そうして、ンリルカがその手を握り返したその時。
二人の顔に、どちらからともなく意味深な笑みが浮かぶ。
この時、二人はあらゆる物理法則を超えて、確信したのだ。

こいつは、同類だと。

昼間以上にどきどきナイト

「拝啓、ラヴィ様…桜の花も散り、青葉が萌える今日このごろ、いかがおすごしでしょうか…」
ぶつぶつと呟きながら机の上で何かを書いているナンミンに、クルムが後ろから声をかけた。
「ロッ…いや、ナンミンか。何書いてるんだ?」
「これはこれはクルムさん。お風呂はもうお済みですか?」
クルムを見れば、旅装束から多少ラフな格好になり、肩にタオルをかけている。肌から立ち昇る湯気も、風呂上りであることを示していた。
「ああ。よかったな、日が暮れる前に宿場町について」
「皆さんはどうしておられますか?」
「適当に、それぞれの部屋でくつろいでるよ。リィナも無事合流したしね。ゼータが何かやってたみたいだけど…」
先ほどいそいそと何かをやっていたゼータに遭遇したほうを向いて、呟く。
「で、ナンミンは何を書いてたんだ?」
「わたくしはですね、今までの事件で遭遇した方々に、お手紙を書こうと思いまして…」
「手紙?」
クルムは首を傾げて、すでに書きあがって脇に置かれていた紙を手にとる。

『拝啓 ルーイ様
桜の花も散り、青葉が萌える今日このごろ
いかがおすごしでしょうか

先日に起きた一件では大変お世話になりました
ランスロット=D=ナンミンです。
覚えていらっしゃいますでしょうか。

ただ今わたくしは、ちょっと訳アリの旅をしております。
この旅には多分、チャカさん、
そしてその配下の方キャットさんがからんでいるようです。
そう、もう一度彼女とあいまみえる事となるでしょう。

もし、何かお伝えしたいことがございましたら
この卵にしたためて下さい。必ず本人にお届けしましょう。。。』

「…なるほどな」
読み終えて、ふむ、と息をつくクルム。
「今後も、定期的にこのお手紙を皆さんに送っていこうと思っているのですよ。クルムさんも、どなたかに何かお伝えしたいことがありましたら、ご遠慮なく仰ってくださいね」
「ああ、わかったよ。よろしくな、ナンミン」
クルムは言って、にこっと微笑みかけた。

「………でね、……を、…してぇ……」
「…きゅふふふっ、それいーじゃん!でさぁ……」
食堂で、ロッテとンリルカが楽しそうに声を潜めて何事かを話していた。
ロッテの後ろには、やはりぴったりとアレクスが付き添っている。
聞いた話によると、トイレの中までついていきそうになって、さすがに止められたらしい。ロッテにではなく、周りの面々に。
といっても、ガードのためについているだけで、特に二人の話を聞いているわけではないらしい。
街の中なら多少は安全だから好きに行動してもいいと言っても、ロッテの側を離れない。まあ、離れても特にすることもないのだろうが。
と、そこにクレア(変装解除済み)とシアンが現れた。
「…なーに、何二人でコソコソ話してんの?」
クレアが面白そうに問うと、ロッテは人差し指を唇に当ててウィンクをした。
「な・い・しょ♪んじゃっ、ンリルカちゃん、いこいこ♪」
「はいはぁい♪」
ロッテとンリルカは連れ立って食堂を出ていった。もちろん、その後にぴったりくっついてアレクスが。
それを見送って、クレアは肩を竦める。
「…なんだか、つかめない子ねえ」
「…まったくだね。僕もついでとか言ったのは認めるけど…あいつをガードするのは正直骨なんじゃないかな」
シアンの言葉に、クレアは首をひねった。
「…なんで?」
「あいつ、僕たちを信用してないからさ。気がつかなかったかい?呼び方」
「呼び方?」
「くんとかさんをつけて呼ぶだろ」
「…まあ、そうだね。でもそんなの、ミケやナンミンだって…」
「そう、シアンでいいって言っても、癖だから気にするなって言われたんだ。だけど、リーのことはあいつ、なんて呼んでた?」
「……………?」
思い出せないらしいクレアに、シアンは苛々したように言った。
「リー、って呼び捨てだったんだよ!つまり!あいつは信用してないやつは、つっこんだ質問されたって適当にはぐらかすし、呼び捨てで呼ぼうともしないってことさ!」
「ああ…なるほどね。……気のせいじゃない?」
呑気な様子のクレアに、シアンは、まあ僕には関係無いけどね、と言い捨てて食堂を出て行った。

そして、日もとっぷりと暮れ、冒険者が床についた頃。
ぎしっ…ぎしっ…
自分に向かって近づいてくる足音に、ゼータは目が覚めた。
近づいてくる影に、自分が目を覚ましていることを悟られないように気配を殺す。
やがて、足元名自分のベッドの傍らで止まった。
いつでも飛び出せるように、じりじりと足と腕の位置を調節するゼータ。
と。
突然ひんやりとした手が、ゼータの頬を覆った。
「ゼータくぅん…」
そして、一番耳元で囁かれたくなかった声が、耳元で囁く。
うぞぞぞぞ、と背筋に悪寒が走り、ゼータはがばっと起き上がった。
「んななななっ?!」
「あん、大声だしちゃイ・ヤ♪」
声の主…ンリルカは、ゼータにさっと顔を近づけると、低く囁く。
「な、ななななんなんだ?!お前の部屋は一番端っこだろーがよ!!」
めちゃくちゃ狼狽した声で、ゼータ。ンリルカはくす、と鼻を鳴らした。
「あん、ゼータくんに会いに来たに決まってるじゃない。ヤボねぇ」
「ヤボでいい!」
「あんもぉ、照れちゃって。かっわいい」
「照れてないしかわいくなくていい!」
「あらそうよね、ワタシが可愛ければいいのよね♪」
「だから違うだろーが!っつーかお前、俺に構ってる場合ちゃうだろ!仕事はロッテの護衛だぞ?!」
「あん、大丈夫よぉ、今ごろロッテちゃんもお楽しみだからぁ♪」
「はぁ?!」
ゼータが眉をひそめて問うと、いきなりにゅっと二人の間に割って入る者がいた。
「うわっ」
暗くてよくわからないが、このざんばら髪は…
「…アレクスくぅん?」
ンリルカが名を呼ぶと、アレクスはぼそりと言った。
「…部屋の中が騒がしい……はぁ……でも、あれに、入っちゃいけない……はぁ…いけないって言われてるから、入れない……はぁ…」
「えっと…」
ゼータはアレクスが何を言いたいのかを推量った。あれ、というのは、依頼人の名前を覚えられないアレクスがロッテを指して言う言葉であることは了承済み。
そして、ンリルカが言った「ロッテちゃんもお楽しみ」という言葉を踏まえると…
「…あいつっ!」
ゼータは急いでベッドから降りると、部屋の外へ出た。

がらんがらん。
ゼータが女性用の部屋に仕掛けておいた、侵入者があるとガラガラと音がする鳴子が、これでもかと言わんばかりに音を立てている。
それに習って、ではないだろうが、その部屋の主も、ベッドの上でよくわからないが激しい格闘を繰り広げていた。
「ダメダメダメ、ダメだってばぁ!!」
「いーじゃん、減るもんじゃないし♪」
お団子頭をほどいて寝間着に着替え、幾分か可愛らしい印象が増したリィナが、ロッテに組み敷かれる形でベッドの上で暴れている。
「うっ~リィナはお兄ちゃんしか眼中にないの!リィナはお兄ちゃんとしかしたことないし…って!い、今の無し~!!」
どさくさにまぎれてきわどいことをリィナが言っていると、ばたん!とドアが開いた。
「くぉら~っ!何やってんだロッテ!」
殴りこんできたのはゼータ。後ろにアレクスと、ンリルカも続いている。
ロッテは微かにちっ、と舌打ちすると、リィナの腕を掴んだまま、ゼータにウインクをした。
「何って、ヤボだなぁゼータくん。よ・ば・い♪に決まってんじゃん」
「開き直るな!早よリィナから離れろ!」
「ちっ…しょんないなぁ…」
ロッテはしぶしぶベッドから降りた。
その頃になると、他の部屋からも続々と見物人が部屋の前に集まっている。小さな宿なので、泊り客はこの一行だけなのが幸いだが。
ゼータはつかつかとロッテに歩み寄ると、かなりの身長差のある上から怒鳴りつけた。
「お前なあ!もー、こー、なんだ、ケツ叩くから、出せ!」
「あん、優しくしてね♪」
ロッテには全く堪えた様子はない。
「だからなあ!」
「あんた、自分の立場わかってんの?守ってもらってんだから、少しは大人しくしてなよね」
苛々した様子で、シアン。
「そうですよ。せっかくナンミンさんやクレアさんがあなたに変装して頑張ってくださってるのに、あなたがそんな様子では、守る命だって守れませんよ」
心配そうに、しかし少したしなめるように、ミケ。
「あー、だいじょーぶだいじょーぶ、多分変装、ムダだから」
ロッテはパタパタと手を振り、冒険者達はぎょっとした。
「どーゆーことだよ、おい!」
ゼータが詰め寄ると、ロッテはけろりとした表情で言う。
「だってさぁゼータくん、人間に、サルと、人間のフリしたサルの見分けがつかないと思う?」
ロッテの言葉に、冒険者達の表情が固まる。
ロッテは続けた。
「何を頼りに、じゃないんだよ。あいつらはボクがどんなカッコしてたって、ボクを見つける。ボクと似たようなカッコしてたって、目もくれずにね」
「…じゃあ、何でそれを言わないのよ?」
眉をひそめて、クレア。
ロッテはにっこり笑って、けろりと言った。
「おもしろそーだから♪」
冒険者達は絶句した。
「ロッテ…そんなんじゃ、本当にチャカたちに殺されちゃうぞ?それでもいいのか?」
クルムもさすがに眉をひそめて言うと、ロッテはやはりけろりとした表情で、
「いーんじゃない?」
と言った。
「じゃっ…じゃあ、何で護衛の依頼なんてしたのよ?」
ルージュが苛々した様子で言うと、ロッテはくすっと笑った。
「護衛の依頼をしたのは、リーだよ」
ベッドに座って、足を組んで。その足に肘を乗せて、頬杖をついて。面白そうにくすくすと笑いながら、ロッテは続けた。
「キミ達を雇って、あいつらの攻撃をかわしつづけられたら…それはそれで面白いし、ここでボクが死んじゃっても…それはそれで、面白いんじゃない…?」
言ってから、上目遣いで、にやりと笑う。
その瞳に、昼間の人懐こい表情は微塵もなく。
むしろ、昨日羽根を出した時の…魔族としての表情に、よく似ていて。
(ああ……忘れていました)
ミケは、ぼんやりと思っていた。
(彼女も…魔族であるということを。チャカさんたちと、同じ…)

あの子を、守って欲しいの。



…守って欲しいのは、魔族の手からじゃない。



自分の命を命だと思っていない、あの子自身の手から。
あの子を、守って欲しいの…。

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