「でっ。ちょっと、確認しておきたいんですけど!」

ずい。
いつにない気迫で迫り来るミケに、カイは多少気圧されたように答えた。
「な、なに」
ちなみに、ミケとアフィアを除くメンバーは、マルを含め一旦宿に退避させている。アタックするにしろしないにしろ、そろそろ夜になろうかという時間では迷惑も甚だしい。ミケとアフィアだけが、確認したいことがある、と残ったのだ。
「えっと…先程のでお分かりかと思いますけど。一応、マルさんなんですが、カイさんにちょっと特別な気持ちがあるみたいなんです」
「ああ、なんかそうみたいだね」
若干困ったように眉を寄せて、カイは頷いた。
「で、僕も遠まわしに聞けないんで、そのまま聞きますが、今、マルさんのこと、どう思っています?」
「うーん」
眉を寄せたまま首を捻るカイ。
「…父さんの友達の息子さん、かなあ。名前も忘れてたくらいだしね……一緒に食事したのに、悪いことしたなあ。つか失礼だよね、ごめん」
「いや、マルさんはここにいないんでいる時に伝えてあげて欲しいですが…まあ、それはいいです」
「いいのか」
「で、更にぶっちゃけて聞くんですけれど、もうちょっと彼はあなたにアタックする予定があるみたいなんですが、それが迷惑なのかどうか聞かせてほしいんです。……依頼人の都合はあるんですけれど、友達の都合も聞かせてほしいんです。迷惑なら、僕も色々考えたいんで」
「別に、やる分にはいいんじゃない?合わなかったら縁がなかったってだけでしょ」
眉を寄せたままで答えるカイ。
ミケは同じように眉を寄せた。
「…の割には、迷惑そうな顔してません?」
「いや、迷惑じゃないよ?でもさあ、あの聞き違いの状態だと……あたしのこと、なんか勘違いして好きになってるんじゃないかなと…だとしたらあたしはともかく、向こうが可哀想じゃん?」
「…ありえますね」
「ミケ、空気読む」
アフィアのツッコミに我に返るミケ。
「はっ。すみません。まあ、気持ちはわからなくもないです。というか、マルさんは、あなたが言ったものを持ってきたら結婚してくれる、と聞いた…と主張してるんですが」
「びっくりする聞き違いだよねえ」
「品物の聞き違いが聞き違いだけに、なにと結婚を聞き間違えたのかが気になるので、思い出せそうなら教えてくれます?」
「んー……正直、あんま良く覚えてないんだよねえ。本当に、家族単位の食事会としか思ってなかったからさ」
「け……決闘……とかじゃないですよね?」
「さすがに食事会の席でそんな不穏な単語は出さないよ」
「ジャッドバラ・アックスは不穏な単語ではないと…?」
「わかってないなあ。あの武器の機能美は1刻じゃ語り尽くせないよ?」
「ロープロープ。話、脱線、してます」
再びアフィアがツッコミを入れ、話を元に戻す。
「お食事会でご一緒した、マルさんのご家族ですが…お父様同士が友人だと言ってましたよね?」
「ああ、うん。スタインさんがうちに来た時に何度か挨拶したよ」
「どんな何つながりのご友人なんですか?カイさんのご家族のこと、そういえば聞いたことなかったですよね?」
「何つながりって、同じ赤竜族だからね」
当然のこと、というように、カイ。
「個体数が少ないから、離れたところで集落作ってても意外に横のつながりがあるんだよ。父さんとスタインさんは結構気が合うみたいで、行き来してたよ。なんでかはよく知らないけど。つか、ミケは家族の交友関係そんなに詳しいの?父親の友達とか知ってる?」
「あー……うー…うちはその、また特殊というか……カイさんは、ご家族とは仲いいんですか?」
「仲いいっつーか、普通だよ?離れて暮らしてるけど、呼ばれれば普通に行くし。家族だからね」
「ははー、仲いいですね」
「むしろミケの家族状況を確認したいよ……」
「僕のことはいいじゃないですか。話戻しますよ」
果てしなく脱線し続ける話をどうにか軌道修正して。
「では、アタックすることは別に迷惑ではないと」
「そうだね。縁があるかどうか、好きかどうかを判断できるほど、あたしはあの人の何を知ってるわけでもないからね。
何も知らないうちからシャットアウトするのは、失礼だしもったいないでしょ?」
「なるほど…つまり、アウトオブ眼中なんですね……」
多少絶望的な気持ちで呟くミケ。
すると、アフィアが淡々と訊いた。
「カイ、男の好み、知りたい、思います」
「好み?」
「ああ、そうですね、それは確認させてもらっていいですか?…今のままでは、あまりにマルさんが不憫なので……」
「好みかー。男の好みってことだよね、もちろん」
「ここで武器の好みを聞いても」
「そっちだったら語り尽くせるんだけど。うーん、そうだなー」
カイはまた眉を寄せてうーんと考え込んだ。
「んー、過去に付き合った奴は冒険者仲間なことが多かったから、さっぱりしてて逞しい奴が多かったよ。うじうじしててねちっこいのは苦手かな」
「そ、そうですか……」
絶望度がさらに深まった気がしてうなだれるミケ。
そこで、カイはぱっと快活な笑顔を見せた。

「ああ、あたしより強い奴は無条件で好きだよ!」

もちろん、それは彼をより落ち込ませる結果になったことは言うまでもない。

「……ということなので、本腰を入れて対策に取り掛かろうと思うのですが」

アフィアと共に魔道学校から帰ってきたミケは、マルを含む一同にカイからの情報を伝え、重々しく告げた。
「うーん……」
眉をひそめて首をかしげるユキ。
「……時間がかかる方法だけど、まずはお友達からっていうのがいいと思うんだけどなぁ」
「お友達から、ですかぁ?」
不思議そうに首をかしげるマル。
ユキは頷いた。
「うん。カイさんはお見合いしてたって理解してなかったんだし、だったら急に結婚して!って言われても、はい、とは言えないだろうし。
お友達から初めて、少しずつカイさんの理想の人に近付けるように努力すればいいんじゃないかなって思ったんだけど……」
「……ユキさん」
ぽん、とユキの肩に手を置き、真剣な表情を向けるミケ。
「はっ、はい?」
その真剣な面持ちに気圧された様子のユキに、ミケはさらに真剣な様子で言った。
「そんなマジレスは、誰も望んでいないわけですよ」
「ま……マジレス?」
よくわからない様子のユキに、さらに言い募るミケ。
「お友達から始めましょう。正論です。おそらく模範的な回答でしょう。ですが!ここで求められているのは模範解答ではありません!このままだとユキさんの出番ここで終わりですよ?!」
「そっ、そうなの?!」
「もちろんです、アクションに書いてある以上のことは描写しませんからね。次に出てくるのは退場アクションの時ですよ」
「だっ、大丈夫、退場アクションには気合入れたから!」
「そうして退場アクション専用キャラクターで終わるつもりですか!ユキさんはまだ頑張れます!通常アクションで輝きましょうよ!」
「う、うん!でも、輝くってどうやれば…?」
「前回のあとがきを読みましたか?結果がどうなろうとも構わないから面白おかしくひっかきまわしてくれって言ってるんですよ?!」
「落ちつけミケ、誰もそこまで言ってない」
とりあえず止めに入ってみる千秋。
「というか、いつまでメタネタを続ける気だ、高次元プロンプター持ってくるぞ」
「そ、それは勘弁して下さい……」
とりあえずメタネタを終了し、千秋の方を向くミケ。
「というか、千秋さんはないんですか、アドバイスは」
「俺か?うーん…アドバイス、と言われても俺はあんまり役に立ちそうな話はできないぞ」
難しい顔をして言う千秋に、さらに押すミケ。
「そんなこと言わずに。千秋さんはこの中で唯一の経験者なんですから、実体験から含蓄のある話をお願いしますよ」
「唯一の経験者というくだりが引っかかるけどそれは私もぜひ聞きたいわ!」
レティシアにも言われ、さらに眉を寄せる千秋。
「う、うーんそうだな……いわゆる『胃袋を掴む』、食い物で接ぎとめるのはひとつの方法なんじゃないか?」
「胃袋を掴む、ですかぁ?」
不思議そうに首をかしげるマル。
「どう言う意味なんでしょう…?食べ物で、繋ぎ止める、ってぇ?」
「一般的には、女のコが美味しい料理を作って男のコをメロメロにする、っていう意味だよねぇ?」
ニコニコと楽しそうに解説するンリルカ。
「マルくんは、お料理は得意なのかな?」
「えぇっとぉ……あの、最低限、食べられるものしか……」
「だぁよねぇ、ワタシはマルくん自身を料理するのでも全然構わないけど、ね?」
「ひいぃぃぃ…」
ねっとりとしなだれかかるンリルカに、マルは青い顔をして震え上がる。
「ていうか、千秋が料理得意だなんて意外ね。どんな料理で彼女の胃袋を掴んだの?」
さらに興味津々に聞いてくるレティシアに、千秋は腕組みをして唸った。
「う、うむ。俺の場合はお互いに『胃袋を掴んだ』というか……」
「お互いに?彼女も料理得意なの?」
「いやその…『物理的』に『胃袋を掴まれた』挙句、その胃袋で相手の『胃袋を掴んだ』ような……」
沈黙が落ちる。
何故か青ざめた千秋は、手の平を仲間たちに向けて話を遮った。
「なんか変な震えが。変な汗が出てきた……この話しはやめよう」
「そうですね……突っ込んだら妙なものが出てきそうなんでやめときましょう」
「ぼ、僕、カニバリズムはちょっとぉ……」
「突っ込むなっつってんでしょーが」
良い子はググっちゃダメだぞ!
「他のみんなはアドバイスとかないの?」
「うむ。そうだな」
レティシアが問うと、ネッシーがおもむろに顔を上げる。
「マルの想い人は、殴ってもらいがいがありそうな女性だな。
なんというか、熱い拳を持っていそうだ。うむ。うむ…どうすれば殴ってもらえるだろうか… 」
「早速目的がズレてますね」
「そうだ、マルも一度彼女に殴ってもらってみてはどうだ?」
「あ、戻った」
「世の中には、愛を込めた拳で戦う魔法少女がいると聞いた事がある。プリ…なんとかキュアとか言ったか?」
「その『なんとか』の部分に何が入るのかだけは気になりますね」
「その拳には計り知れない愛が込められていて、巨大な宇宙生物やら闇の化身やらを浄化しているのだそうだ」
「そ、そうなんですかぁ……!」
感心した様子で頷くマル。
ネッシーは頷いた。
「世を正す熱き愛の拳…素晴らしいな」
「ところで、それってどこ情報?」
レティシアが何気なく突っ込むと、ネッシーは首をかしげた。
「…確か、よく俺の取り調べを担当する自警団員の青年がそんな話をしたような…」
「ああ、大きなお友達なのね……」
「まあ、いい。やはり愛とは拳という事なのだな!ほら、殴り愛と言うではないか!はっはっは!」
「マルさん、相手にしなくていいですからね」
「あ、えっと、はいぃ……」
「でもねぇ、相手がカイだとねぇ……」
はあ、とため息をつくレティシア。
「カイより強い人なら認めてもらえるんだろうけど……」
ちらり、とマルを見て。
「マル、ちっとも強そうじゃないんだもんなぁ……せめて見た目ネッシーみたいだったら、まだ誤魔化しようもあるってもんなのに」
「あ、あのぅ……すみませぇん……」
しょんぼりと肩を落とすマル。
そこに、ミケが身を乗り出した。
「そういえば、マルさんは舞をやっていらっしゃるんですよね」
「えっ。あぁ、はいぃ」
「男性メインの舞って、どんな感じなのか、教えてもらってもいいですか?
歌舞伎的な何かとか、能的な何か、とか。そんな感じなのかなー、と思ったのですが」
「カブキとかノウってぇ、ナノクニの伝統舞踊、ですよねぇ。
えっとぉ、あそこまでゆっくりじゃないですぅ」
マルは至って普通に解説をする。
「もともとはぁ、神様に捧げる舞だったのでぇ、神官の役割をしてた男性が舞い手だったって聞いてますぅ。今は、女性もいますよぉ。人口はうーん、やっぱり男性が多いですけどぉ」
「そうなんですね。一応確認しますが、舞ができるということは、基本的な身体能力は高い、と考えていいのでしょうか?」
「身体能力、ですかぁ」
困ったように眉を寄せて。
「…うーん?よくわかんないですぅ、僕なんかは父上と比べるとまだまだなんでぇ……
でもぉ、ミケさんよりは踊れる自信はありますぅ」
ははっ、と軽く笑うと、ミケも苦笑した。
「うん、まぁ、僕は走るのそこそこ早いけど耐久力ないですからねぇ……」
そこまで言ってから、ふむ、と考えこむ。
「なるほど……聞いたことがあります。現人神であるミカドに舞を献上したという……江倶座入(エグザイル)という舞手の集団が東の方の国には存在する、と……。今は女性も入れるそうですが、昔は男性しか入ることができなかったとか……。つまり、その下は体脂肪率一桁のマッチョなわけですね!つまり、運動も筋力もばっちりと」
「ええっ」
「で、自慢の戦闘技能はなんですか?格闘?」
勢いに任せて聞いてくるミケに、マルはぶんぶん首を振った。
「せ、戦闘なんてぇ、したことないですよおぉぉ!ていうかぁ、ミカドってナノクニじゃないですかぁ、僕ナノクニのことはよくわかんないですぅ」
「そこから突っ込まれるとは思いませんでした」
「そ、それにぃ、僕は武道家じゃなくてぇ、舞踏家なんでぇ……な、なーんて……えへへぇ」
「そのオチは予想してました」
「ううぅ……あ、でもぉ、体脂肪率は一桁ですけどぉ……」
「まあ、脂肪は薄そうよね……だからといって筋肉付いてるわけでもなさそうだけど」
マルの全身をしげしげと眺めながら、レティシア。ヒョロヒョロで猫背のマルが脱いだらすごいんです、だったらそれはそれで大変そうだ。
ミケは、ふう、とため息をついた。
「ま、カイさんご自身も、迷惑ではないとはおっしゃってたんで。僕たちももう少し、考えてみますよ。
今日はもう夜も遅いんで、マルさんはお休みください」
「あ、は、はいぃぃ……よろしくお願いしますぅ」
少し不安そうな顔で、それでも礼をしてロビーをあとにするマル。
その姿を見送ると、ミケは身をかがめて声を落とした。
「………で、みなさんにおりいってご相談があるんですが」
「えっ……なになに?」
内緒話の予感に、思わず声をひそめて顔を寄せる一同。
ミケは一同に聞こえる程度の小声で、計画を話し始めた。
「ええと、ちょっと卑怯かなーとも思うのですが、ちょっとお芝居する、というのはどうでしょう?」
「……お芝居?」
「はい。強さとは!腕力のみにあらず!心の強さというものもあると思います!」
小声ながらもびっくりマーク付きで主張するミケに、顔を見合わせる一同。
「……まあ、言葉面だけは間違っていないと思うが」
ぼそりと千秋が言うと、ミケは沈痛な面持ちで唸った。
「うーん、今から鍛えても時間ばっかりかかって、今回終了というシナリオ終わりに間に合わないとかレベルアップのために全員で鍛えたらシャレにならないとかそういう大人の事情諸々込みですが、精神的な強さアピールをするのがいいのではないかと思うんです」
「だからメタネタはやめいと言うに」
「精神的、強さ、お芝居、どう関係する、ですか」
アフィアがもっともなツッコミをすると、ミケは少し曖昧な顔をした。
「まぁ、なんていうか、顔を覚えてもらっていない位置からのスタートなので、インパクトが欲しいなぁとも思うのですが……王道な方向がいいかな、と思うのですが」
「王道」
「……あ、デキレースは、どっちにも失礼だと思うので、マルさんには内緒で。で、例えば絡まれているカイさんを助け……」
「無理、ありすぎ、思います」
「で、ですよねー…」
しゅんと肩を落としてみるが、ミケはめげずに顔を上げた。
「ですから、カイさんをどこかに呼び出してもらって、チンピラを仕込みでそこに遭遇させ、遅れて呼び出したマルさんにそれを助け出させるんです!」
「チンピラ、仕込み、出来レース、違いますか」
「あーあーきこえなーい!それじゃあそうですね、レティシアさんとユキさん、カイさんを呼び出してもらっていいですか?」
「うん、わかった」
「う~ん……上手くいくかわからないけど、僕も頑張って手伝うよ!」
頷くレティシアとユキの横で、ンリルカが楽しそうに手を上げる。
「それじゃあ、ワタシはカイちゃんにしつこく絡むタチの悪いナンパ男をやろうかな?」
ひらひらと手を振ってから、ネッシーの方を向いて。
「ネッくんもどう?一緒に」
「む。何だかよくわからんが、マルの好感度アップ大作戦に協力をすればいいのか?」
「そこまで分かっていれば十分だよ。ワタシたちでチンピラになって、カイちゃんに絡めばいいのさ」
「それがよくわからんが、なぜチンピラの格好をしなければならないのだ?」
「えーっとね………ああそうだ、カイちゃんはね、学生服の不良を見ると殴らずにはいられないみたいなんだよ」
「なに!そうなのか!」
がたん、と立ち上がるネッシー。
「ならば…ならば行かねばなるまい!」
あっけらかんと大嘘をつくンリルカと、まんまと騙されるネッシーに一同が呆然とする。
「…ならば、俺は頬とかに傷の貼り物とかで変装して、『先生!先生!』と呼ばれて出てくる用心棒風の男でもやろうか」
何故か全く動じていない千秋がそんな案を出し、ネッシーが鷹揚に頷いている。
「うむ。なんだかわからんが、それがいいだろうな」
「……え、えっと、じゃあ、チンピラはそれでいいですね」
どうにか気を取り直したミケが、再びかがんで声をひそめる。
「そのあとにですね……」
「ふむふむ」
「うんうん」

彼らの「マルさんのイメージアップ大作戦」会議は深夜まで続くのだった…。

「やっぱモテ男は小麦肌じゃないか?そうだよそう思うだろう?ということで、ここだ!」

翌日。
上機嫌な様子のンリルカがマルを連れ…もとい、引きずって現れたのは、日焼けサロン「デポ」という店名が眩しい建物だった。
ちなみに今日の格好は、ターコイズをあしらった茶革のチョーカーにベージュの柄シャツ、オリーブ色のゆったりとしたパンツにオレンジグラデ色のパーカーをひっかけた、アースカラーのゆるゆるファッションである。
「ぼ、僕ぅ、日焼けはちょっとぉ……」
明らかに気が進まない様子のマルの肩をバシバシ叩き、ンリルカは上機嫌で彼に言った。
「だいじょうぶ、ワタシも一緒に入ってあげるか・ら☆さぁ、マルくん、脱いで脱いで♪」
「う、うわぁぁ、こ、ここで脱がさないでくださいぃ!は、入ります、入りますからぁ!」
そうしてなし崩しに日焼けサロンに入らされてしまうマルなのであった。

「あのぅ……」
「うん?」
通された部屋は、最新式の魔導技術を用いてギラギラと熱い擬似太陽が浮かぶ個室だった。
ジリジリと指すような熱さは本物の太陽と遜色ない。
部屋にはほかにも何人かが、思い思いのポーズで肌を焼いている。
のだが。
「ンりルカさん……」
「なんだいマルくん。ワタシの小麦ボディに見とれてしまった?」
「い、いや、そうではなくてぇ……」
「ふふっ……罪な子だね。ここは少し暑すぎるし、ギャラリーの目もあるから…大丈夫だよ、出たら思う存分、可愛がってあ・げ・る」
「だ、だだだからそそそそうではなくてえぇぇ!」
伸びてくるンリルカの手をどうにかかわし、マルは用心深く声を潜めた。
「あ、あのう……」
「なんだい?」
「さっきから、お魚が焼けるいい匂いがするんですけどぉ………」
「………ふふっ、どうしてだろうね?」
ンリルカの笑顔に、それ以上深く探ってはいけないと本能的に感じたマルは口を閉じるのだった。

「んー残念、なかなか焼けないねぇ」
日焼けサロンを出てすっかりこんがりと焼けたンリルカは、まだ微妙に美味しそうな匂いを放ちながら、表情は逆に不満げだった。
一方のマルは、入った時と全く変わらない青白さである。
「体質なのかなあ?」
「そ、そうですねぇ……ぼ、僕ぅ、レッドドラゴンなんでぇ、基本、熱さには強いんですよぉ……」
「なるほどね。んー残念残念」
さほど残念でもなさそうな表情で、ンリルカはあたりをキョロキョロと見回した。
と、向こうに探していた人物の姿を見つけ、ひらひらと手を振る。
「あ、いたいたミケくーん、こっちこっち♪」
それに気づき、通りの向こうを歩いていたミケがこちらに駆け寄ってくる。
「お疲れ様ですー。うわ、黒くなりましたねー」
「ふふっ、どう?似合う?」
「えっと……なんかいい匂いしますね。うちのポチがヨダレ垂らしてるんですが」
「ははは、ポチちゃんにはまだ早いかな?そのうち……ね?」
(そのうち…何をされるんだろう…)
という内心を声に出せずに、マルはミケの方を見た。
ミケはそちらに向かってにこりと微笑み返すと、ンリルカに向き直る。
「じゃ、ここからはバトンタッチで」
「了解。あとはよろしくね?」
ンリルカはウィンクと投げキッスを残し、ミケが来た方へと歩いていく。
「あ、あのぅ……ミケさんは、なにを……」
と、問おうとしたマルにすっと真剣な表情を見せるミケ。
「マルさん、ちょっと思うんですけれど」
「はっ、はいぃ」
唐突にシリアスな雰囲気が始まってキョドるマル。
ミケは続けた。
「……今、顔も覚えてもらえていない状態からのスタートでしょう?まずは自分を印象付けるところから、だと思うんです」
「印象、ですかぁ?」
「カイさんは、強い人が好きだと言ったけれど……彼女自身は武術が得意で、物理的に強い人ですけれど……あなたは、戦闘技能はないんですよね?」
「は、はいぃ。そうですねぇ」
「ならば、あなたには、あなたのやり方で、自分の魅力を見せる必要があるんじゃないかな、と思います」
「僕のやり方、ですかぁ?」
「あなたは師範代の踊り手なんですから、まずは踊って見せるのがいいんじゃないですかね?」
「お、踊りですかぁ?」
唐突に飛び出した言葉に驚くマル。
ミケは至って真剣に頷いた。
「そうです!自分の得意なことでアピールする、それが一番いいに決まっています」
「で、でもぉ、うちの舞術はぁ……」
「さ、そうと決まれば行きますよ!知り合いの魔道士さんに相談して、いい感じの音楽も借りてきました。善は急げです、カイさんのもとに行きましょう!」
「えぇえ、ちょ、ミケさあぁぁん?!」
反論しようとするマルを、ミケはンリルカと同様に引きずっていくのだった。

「なんか、急にごめんね?連れ出しちゃったりして」
一方、大通りのカフェ。
首尾よくカイを連れ出したレティシアとユキは、テラス席でパンケーキを注文し、カイと向い合わせに座っていた。
申し訳なさそうに言うレティシアに、さほど気にしていない様子で手を振るカイ。
「ん?いいっていいって。どうせ昨日の話でしょ?こっちこそ悪かったね、うちのことで面倒かけちゃって」
「あ、ううん、なんていうか、一応仕事だしね……」
気まずそうに視線をそらすレティシア。
ユキは何を言えばいいか分からない様子でアイスティーを飲みながら二人のやり取りを見守っている。
「…ていうか、カイはどう思ってるの?マルのこと」
「んー、昨日ミケにも話したけど、どう思ってると言われると、どうも思ってない、っていう感じになっちゃうなあ」
「ですよねー……」
そんな微妙な乙女トークが交わされているところに、近づく不穏な影。

「よーよーねーちゃんたち、女ばっか3人でガールズトーク?俺らも混ぜてくんね?」

そんな軽々とした声に顔を上げると、スウェットにサンダルでタバコを咥えたいかにも柄の悪そうな青年3人が、下品な笑みを浮かべながら顔を近づけてきていた。
「…間に合ってます」
打ち合わせ通りのメンバーではなく、どうやら本当にナンパ目的の他人であることを察し、警戒してぴしゃりと言うレティシア。
だが、この手の輩がそんなことで引き下がるはずもなく。
「そんなつれないこと言わないでさー、いいとこ連れてったげるよー?」
ぐい。
馴れ馴れしくレティシアの肩を引き寄せる男に、女性3人がさっと気色ばむ。
百戦錬磨(?)の冒険者3人を相手に自殺行為とも言えるこの状況。だが、ここで騒ぎにしてしまっては本来の計画が台無しになってしまう。
どうしようか、と考えあぐねていると。
「んーダメだな、スマートじゃないね?女の子にはもっとジェントルに行かないとダメだよ?」
ひょい。
レティシアの肩を抱いていた手が、不意に引き剥がされ、あっという間にひねり上げられる。
「いでででで!な、なにす……」
文句をつけようとして絶句する青年。
彼の手をひねりあげていたのは、彼より頭一つ背の高い褐色肌のイケメンだった。
全身を黒のレザーで固め、ポニーテールにしたドレッドヘアにサングラスというその出で立ちは、いかにもその筋の人ですという感じで普通に怖い。
「すっ、すすす、すいませえぇぇぇん!」
青年たちはそう叫ぶとあっという間にその場を去った。
ぽかんとしてそれを見上げるレティシアたちに、ウィンクをするイケメン。
「……、ン……!」
リルカ、と言いそうになって慌てて口をつぐむレティシア。
ンリルカはそのまま、カイに向かって微笑みかけた。
「危ないところだったね?」
「あ、うん……ありがと」
「じゃあ、助けてあげたお礼にワタシに付き合ってもらおうかな?」
「はあ?」
いきなり180度ひっくり返った話の展開に思わず眉を顰めるカイ。
レティシアとユキはようやく本来の流れに戻ったことに、顔には出さずに安堵の息を漏らしている。
ンリルカはニコニコしながら続けた。
「いいだろ?ワタシがイイトコロに連れて行ってあげるからさ…」
先程の男たちと全く同じセリフで詰め寄るンリルカ。
だが、そこに。
「先生!こちらですぜ!先生ー!」
妙な作り声でそう叫びながら、千秋がこちらに駆けてくる。本人が言っていた通り、頬に傷のメイクをしているようだ。
そして、その後ろからのっしのっしと歩いてきたのは。

「YOU、YOU、お嬢サン。一つ俺を殴ってみないかい?フォウ!」

うわあ。
という顔をしてそちらを見やるレティシアたち。
派手なラメ入りの学ランを身にまとい、長い髪の毛を無理やりリーゼントにしたので何やら大変なことになっているネッシーが、ゆっさゆっさとリーゼントを揺らしながら奇妙なラップめいたセリフを吐いている。
カイはといえば、この超展開に二の句が告げない様子で完全にあっけにとられている。
ふっ、とンリルカが微笑んでドレッドヘアをかきあげた。
「あとから出てきて何を言ってるのかな?このお嬢さんはワタシが先に声をかけたんだから、ワタシが好きにしていいはずだよ?」
「YOU!何言ってんだYOU!このお嬢サンに殴ってもらうのは俺なんだYOU!」
「ヨーじゃなくユーなのがポイントね…」
ぼそりとツッコミを入れてみるレティシア。
するとそこに。

「わ、わぁー。大変だー!カイさんたちが、絡まれてるヨー」

ものすごい棒読みで、ミケが遠くからカイの方を指差して叫んでいる。
その隣には当然マル。
「早く、助けなきゃー!でも、僕、どうしたら、イインダロー?怖いナー」
うわあ。
という顔をしてそちらを見る一同。
なんだそのカタコトリュウアン訛りかよ、お前昨日ヒドラざっくり倒して来ただろといったツッコミが渾然一体となって表情に現れている。
だが。
「か、カイさあぁぁぁん!」
あっさり騙されてくれたマルは、泣きそうな表情でンリルカたちに向かって走り出した。
「か、カイさんからぁ、はなれろおぉぉぉ!」
だだだだ、と駆けてきて、ンリルカを殴るべく拳を振りかぶるマル。
だが。
「にゃー」
「うわぁ?!」
突然足元を駆けていった猫を避けようとして、マルは盛大に体勢を崩した。
どすん。
ぼわん。
勢いでンリルカに激突し、何故か黒い煙が上がる。
「ちょっ、マル?!」
「マルさん!」
驚いて腰を浮かす一同。
黒い煙はすぐに晴れ、そこに現れたのは。

「いやぁーん♪」

マルが体当たりした衝撃で何故か呪いが解けてしまったンリルカの、何故かピッチピチになっているシャツに収まった巨大な胸の谷間に、ダイレクトに顔を突っ込んでいるマルの姿だった。
あちゃー、という顔をする一同。
「ま、マルさん、大丈夫ですか?!」
さすがに我に返って駆け寄ってくるミケ。
マルは顔を上げると、パニックになって辺りを見回した。
「あ、ええ?!僕ぅ、あれ、今ぁ、男のぉ、えぇ?!一体ぃ、何がどうなってぇ?!」
「マル、落ち着いて」
マルの肩を抑えて落ち着かせようとするレティシア。
そして、そこに。

「……つうかさ、あんたたちさっきからなにやってんの?」

不思議そうな顔でカイが覗き込んできて、一同はぎくりとしてそちらの方を見た。
カイは不審がっている様子はなく、ただ単純に状況が把握できないという様子で首をかしげている。
「ミケもそうだし、そっちのチンピライケメン……いや、なんか女……女?の子に変わっちゃってるけど…まあさっきイケメンだったのと、そっちのリーゼント、ついでにその頬傷メイクの人も、みんな昨日ミケたちと一緒に来た人たちだよね?
なにやってんの?街頭小芝居パフォーマンス?」
「いやぁん、バレてたのねぇ」
「まあ、そりゃバレますよね……」
「バレないわけはないと思ってはいたがな……」
「むしろなんでバレない前提で話が進んだのかが不思議よね…」
次々に現実に返る冒険者たちに、マルだけが一人、わけがわからない様子で目を瞬かせているのだった。

「そ、そんなぁ……みんな、お芝居だったっていうんですかぁ…?」
ミケたちから説明を受けたマルは、わなわなと手を震わせながら震える声でそう言った。
申し訳なさそうに顔を覗き込むレティシア。
「ごめんね?あっ、でも、マルは事情を知らなかったんだから、カイを騙そうとしたわけじゃないのよ?」
フォローするようにカイに言うが、カイが何かを言うより早くマルが大仰にテーブルに突っ伏して声を上げる。
「もう駄目だ~!!ますます最悪ですぅぅ~!!」
気まずそうに顔を見合わせる冒険者たち。
だが、ミケだけが真剣な表情で、マルの肩を叩いた。
「マルさん。確かにこの小芝居はダメでした」
「あ、認めるんだ」
「でも、諦めないでください!誤解を解く為にも得意分野で想いを伝えましょう!」
「…得意、分野、ですかぁ?」
顔を上げるマルに、頷くミケ。
「はい。さっき言ったじゃないですか。マルさんの得意分野、すなわち踊りで、カイさんに愛を伝えるんですよ!」
「ええぇぇ?!だ、だから、僕の舞はぁ」
「ちょうどここに、音源があります!」
ぽちっとな。
マルの反論を聞く気もない様子で、ミケは先程から持ち歩いていた奇妙な箱の上についていたスイッチを意気揚々と押した。
とたんに、その箱から音楽が流れ出す。

「えっ」
「ん?!」

すると、箱から流れ出した軽快な音楽に合わせ、あたりにいた面々の体が動き出した。
もちろん、マルと、そしてそこにいたカイの手足も勝手に動き出してしまう。
「な、なにこれ?!」
「ふふふ、ミシェルさん特製、聞くと体が勝手に踊りだしてしまうジュークボックスです!」
自らも踊りながら箱の説明をするミケ。
「呪いのオルゴールじゃん?!」
「そうとも言います!」
そして、カフェの中心部で踊りだした一同に合わせるように、周りにいた人々も次々に音楽に合わせて踊りだした。
それどころか、いつの間にかどこからかわらわらと人が現れ、音楽に合わせて軽快に踊っている。いわゆるフラッシュモブダンスというやつだ。
「い、いつの間にこんなに人がぁ?!」
なおも踊りながらマルが言うと、ネッシーがやはり踊りながら答える。
「ふ、俺が懇意にしている『筋肉愛好会』に協力を頼んだぞ。
『世紀に残るボディビルダンスで愛を告白しようとしている同志がいるから協力を』と言ったら皆快く参加してくれた」
ネッシーの後ろで汗をほとばしらせながら華麗に踊り狂う一団は、なにかそこだけで異様な熱気を放っている。
「そ、そちらの方々はぁ…?」
恐る恐る聞いてみると、それにはンリルカがやはり踊りながら嬉しそうに答えた。
「ワタシのお店のオトモダチをいーっぱい呼んじゃったわぁ☆徹夜明けでみんなゾンビみたいだけどぉ、そこは大目に見てね♪」
ンリルカの言う通り、徹夜明けでメイクが若干剥げ気味のオネニーサマたちは、まあ控えめに言ってゾンビのような形相である。だが、彼(女)らは最高に息の合ったキレキレなダンスを踊っていた。
呼び集めてきた人々と楽しく踊るユキ、ピンク色の羽が大量についた扇を閃かせながらジュリアナダンスを踊るレティシア、二刀流演舞を渋く踊る千秋など、もうあたりは何がなんだかわからないカオスな状態だ。
もちろん、音楽を流した張本人であるミケも、体力がないゆえにぜえぜえと息を切らしながら踊っている。
半ば踊らされているカイはさすがと言おうか、息が乱れた様子はない。マルも舞踏が本職であるからか、困惑はしているものの疲れた様子は見えなかった。
徐々に盛り上がっていく音楽、人が爆発的に増えていってさながらインド映画のような様相になってきたカフェ。
そして、音楽が最高に盛り上がったところで、華麗にフィナーレを迎えた。
じゃーん!
音楽の終りと同時に、人々が思い思いのポーズを取ってダンスを終える。
「い……いまです、マルさん……プロポーズを……!」
既にバテバテのミケが、震える手をマルに伸ばして促す。
マルはヤケクソ気味に、ファイナルポーズからターンしてカイの前に跪いた。

「カイさん!僕とぉ、結婚してくださいいぃぃ!!」

沈黙が落ちる。
全員が固唾を呑んで見守る中、カイが出した答えは。

「………いや、ごめん、意味わからん」

「ですよねー!」
べしゃ。
カフェに集まった大勢の人々は、疲れからか脱力からか、一斉に崩れ落ちるのだった。

「………で、何か言いたいことは?」
「ごめんなさい」

再び、魔道学校。
収拾がつかなくなっていたカフェの様相をどうにか片付けて、協力してくれた人々と巻き込まれて踊らされた人々に謝り、全員で戻ってきたところである。
腕組みをして呆れ顔のカイに速攻で頭を下げるミケ。
「まったく、なんであそこまで話を広げるかなあ」
「面白そうかなと思って」
「あんたねー」
「すいません本音が漏れました」
「なお悪い」
カイは嘆息してマルの方を向いた。
「あんたは巻き込まれた方なんだから、そんなに落ち込まないの」
「は、はいぃ……」
しょぼくれているマル。
冒険者たちも気まずそうに顔を見合わせている。
レティシアがおそるおそる、カイに問うた。
「カイ……えっと、その。マルのこと、少しは見直してもらえたり……」
「いや、あの流れで何をどう見直せと」
「ですよねー」
はあ、というため息が溢れる。
と、そこに。
「終わり、ましたか」
いつの間に現れたのだろう。先程のフラッシュモブダンスの際にはいなかったアフィアが、音も立てずぬっと現れた。
「アフィアさん。どこに行ってたんですか」
「小芝居、終わる、待ってました」
「うう……」
またしょぼくれるミケをよそに、アフィアはカイとマルの方を向いた。
そして、すう、と息を吸うと、驚くほど大きな声を出す。

「~~~~!!」

言葉を発した、というよりは、発音としても言葉に起こしづらい叫び声を上げた、というのが近いかもしれない。
彼の発した言葉を理解できず、きょとんとする冒険者たち。
だが、マルとカイには通じたようで、顔を見合わせる。
「えっとぉ……」
「うーん」
「あ、あの、アフィアさんは何て?というか、今の何語ですか?」
ミケが慌てて聞くと、カイは片眉をひそめて首をかしげた。
「ああ、あたしたちの言葉で言ったんだよ。竜族の共通語みたいなもん」
「へぇ……」
なぜアフィアが竜族の言葉を話せるのかよりも、今は内容の方が気になった。
「そ、それで、アフィアは何て言ったの?」
レティシアが言うと、カイはうーんと首をひねる。
「人間の言葉にあえて訳すとしたら……『どつきあえ』かな」
「ど、どつきあえ?!」
カイの口から飛び出た過激な発言に、思わず顔を見合わせる一同。
その中でネッシーだけが、うんうんともっともらしく頷いている。
「やはりそうだな。人間、どつきあわねばお互いのことなどわからない。下手な求愛よりもまずは殴り愛!どつき愛だ!アフィアはわかっているな!」
はっはっは、と高笑いするネッシーをよそに、他の面々は困惑気味だ。
「確かに、カイさんより強ければ認めてはもらえるでしょうが…」
「マルがボコボコにされておしまい、よねえ……」
「そ、そんなぁ」
マルは困惑気味に眉を寄せ、首を振る。
「ぼ、僕ぅ、カイさんのことを殴ったりなんか、できませんよぉ……」
「殴れる前提の発言が微妙に腹立たしいな」
千秋がぼそりとつっこみ、うんうんと頷く一同。
だが。

「いいね。やってみようよ」

意外にも、カイが乗り気な様子で言った。
驚いてそちらを向く冒険者たち。
「カイさん?!」
「そんな、勝負にならないよ!」
「そんなのわかんないじゃん?」
軽く肩をすくめて、カイはマルの方を向いた。
「さっきのダンスさ、ダンスという意味では別に感動はしなかったけど、ちょっと気になったんだよね」
「え、ええぇ?」
戸惑うマルに、カイはにこりと微笑みかけた。
「手合わせしようよ。手加減はなしでいいからさ」
「そ、そんなぁ、僕ぅ、カイさんを殴ったりなんかぁ……」
「あんたが『いつもやってるように』やればいいんだよ」
「へっ?」
きょとんとしたのはマルだけではなかった。
冒険者たちもぽかんとした表情で二人のやり取りを見守っている。
「あ、あのぉ、いつもやってる、ってぇ……」
「あんたが、いつもやってるようにやってくれればいい、ってこと」
「そ、それってぇ……舞えばいい、ってことですかぁ?」
「そうそ。あんたの舞を見せてよ。んじゃ、始めよっか」
「ちょ、ちょっと、カイさん!」
止めようとする冒険者たちを意に介する様子もなく、カイは中庭の開けたところに歩いていく。
マルも仕方なさそうに、そのあとについて歩き出した。
「マル、無謀だよ、やめたほうがいいよ!」
止めるレティシアに、マルは一旦首をかしげて、それからおもむろにメガネを外した。
「すいませぇん、これ、持っててもらっていいですかぁ?」
「へっ?い、いいけど……」
レティシアの制止など聞こえていなかったかのように何気なくメガネを渡してくるマルに、思わず受け取ってしまうレティシア。
「舞の時は外すんですよねぇ。邪魔になってしまうんでぇ」
「あ、そ、そうよね、外れちゃうかもしれないし……」
「いえ、壊してしまわないように、ですぅ」
「こ、壊す?」
「あの、メガネなしで、見えるんですか?」
戸惑っているレティシアの横で、もっともな質問を投げてくるユキ。
マルは頷くと、目を閉じた。
「はいぃ、気配でわかるんでぇ」
「け、気配…?!」
目を丸くしているレティシアとユキを置いて、マルは踵を返し、中庭の中央に歩いていく。
もちろん目は閉じたまま、しかし正確にカイの向かい側に立つと、すっと手を合わせて礼をした。
「………」
深い礼から顔を上げたマルは、先程までとは別人のように背筋を伸ばし、目は閉じているがまっすぐにカイの方を向いていた。
携帯用の棒を長く伸ばして構え、表情を引き締めるカイ。
「行くよ?」
「お願いしますぅ」
相変わらずの間延びした声ではあるが、その全身から緊張感が漂っている。
一同は固唾を飲んで二人の様子を見守った。
ぐ、と足を踏み込み、いっきに駆け出すカイ。
「はああぁぁっ!」
棒を振りかぶり、目にも止まらぬ速さで駆け寄ったかと思うと、一気にマルに向かって振り下ろす。
マルが受けるであろう衝撃を予測し、思わず目を閉じる冒険者たち。
だが。
がっ。
がががが、がっ。
予想以上に続く打撃音に、驚いて目を開くと。
「え、ええええええ?!」
カイが目にも止まらぬ速さで繰り出す棒の攻撃を、マルは目を閉じたまま、適度な距離を保って一つ一つ正確に弾き流していた。
「どういう…ことだ……?!」
流石に驚いている様子の千秋。
「こ、これって………舞、なの…?」
カイが踏み込むのと同じタイミングでマルも正確に距離をとって退がり、払いは腕を使って同じ方向に受け流し、突きは体を動かしてギリギリのところでかわす。それは確かに、美しい舞を見ているようだった。
なおも攻防を続けながら、カイが踏み込む分だけ退がっていくマル。
だが、広い中庭といっても限度がある。すぐ後ろに校舎の壁が迫ったところで、カイは一段と気迫を込め、渾身の突きを繰り出した。
「はあっ!」
「せいっ」
それをかわしてマルが高く跳躍する。
空中をくるくると軽やかに回り、カイの頭に手を当ててふわりとその後ろに着地した。
「せやあぁっ!」
そこを見逃すことなく棒を後ろに振り上げるカイ。
マルは仰け反ってそれを躱し、そのままの勢いでバク転、宙返りと素早く身を翻す。
ゆったりとした民族衣装が美しく弧を描き、ふわりと空中になびいていった。
「はあっ!」
そこを狙ったように繰り出されるカイの突き。
「はっ!」
マルはくるりと身を翻してそれを躱すと突き出された棒を脇でガッと固定し、一旦引いてから唐突に押し返した。
「っ?!」
予想もしない動きに、逆に脇腹を突かれぬよう体をひねるカイ。
体のバランスが崩れたその一瞬を見逃さず、マルは一気に棒を引いてカイから武器を奪った。
「うわ!」
ぐらりと崩れたカイの体を下から掬うように持ち上げ、まるで重さなどないかのように空中に放り投げる。
さらに自らも高く跳んで、空中でカイの肩と膝を捉えると、そのまま体重をかけて地面に背中から叩きつけた。
どすっ。
鈍い音がして、打撃音の応酬が止む。
「くうっ……!」
カイの痛そうなうめき声のすぐ上で、衝撃からか、頭上で止めていたマルの髪の毛がはらりとほどけ、ふわりとその顔にかかった。
「…大丈夫、ですかぁ?」
閉じていた目を開けて、よく見えないからだろう、鼻先が触れそうなほど顔を近づけ、心配そうに問うマル。
「女の子ですからぁ、顔は傷つけないように気をつけたんですけどぉ…ここの地面もぉ、土が柔らかいのでぇ、骨までは痛めてないと思いますぅ」
「………」
目を丸くしてその顔を見つめ返すカイ。
そこに、我に返った冒険者たちが駆け寄ってきた。
「ま、マルさん!カイさん!」
「カイ、大丈夫?!」
「おい、どういうことだ、マル!あれのどこが舞なんだ!」
詰め寄る冒険者たちに、マルは立ち上がって困ったように首をかしげた。
「だからぁ、ウチの舞は、神に捧げる舞なんですよぉ。
武具の神エミリアスに捧げる舞でぇ、命をかけた戦いを表現するんですぅ。決められた振り付けで舞うと闘気が足りないんでぇ、基本は振りなしでぇ、お互いの動きに合わせてその場で型をとっていくんですよぉ。昔は武器も使っていたそうなんですけどぉ、怪我人どころか死者も続出しちゃってぇ、武器は形式上だけのものになったんですよねぇ」
「な……だ、だって、そんなこと、一言も」
完全にあっけにとられた様子のミケに、マルは不服そうに口を尖らせた。
「だから、何度も言おうとしたんですよぉ。ウチの舞はぁ、広い場所とぉ、同じくらいの使い手が相手をしないと危険だからぁ、踊れませんってぇ。カイさんが同じくらい舞える人だったからよかったですけどぉ、普通の人とやったら死んじゃうんですからねぇ?」
確かに、どんな舞かも詳しく聞かずに躍らせたのはミケ本人だ。だが。
「だ、だって、マルさん、戦闘技能なんてないって言ったじゃないですか!」
「僕のやってるのは舞なのでぇ、戦いの技術ではないですしぃ、戦ったこともないですよぉ?」
「な……なんなんですかその屁理屈はー!!」
この場にいる全員の心情を代弁するかのようなミケの叫び。
と、そこに。
「……くっ、は、はは、あははは、あっはははは!」
地面に倒れていたカイが身を起こし、おかしそうに笑い出す。
「ははは、確かにね、マルにとってあれは『舞』だから、『戦い』じゃないんだよ。だからさっき『手合わせ』って言ったら難色を示したでしょ?でも、『いつもの通りに舞えばいい』って言ったらすんなりOKしたよね。つまりは、そういうこと。あたしやミケたちにとっては『戦闘技能』でも、マルにとっては『いつもやってること』で『舞』なわけ。ははっ、おかしー」
「そ、そんな……」
がっくりと崩れ落ちるミケ。
マルはようやく我に返ったレティシアからメガネを返され、元通りにメガネをかけて前髪も結い直している。
カイはひとしきり楽しそうに笑うと、立ち上がってマルのところに歩いてきた。
「マル」
「はっ、はいぃ!」
カイが呼びかけ、びしっと姿勢を正すマル。
カイはにこりと微笑むと、すっと手を差し出した。
「あんた、面白いね。悔しいけど、負けたよ」
「えっ……」
きょとんとするマルに、カイは気さくに笑みを深め、さらりと言った。

「気に入った。結婚を前提のお付き合い、ってやつ、しよ?」

僅かな沈黙のあとに。
「えええええええ?!」
一瞬で真っ赤になって声を上げるマル。
「ほ、ほ、本当ですかぁ?!」
「こんなことで嘘は言わないよ。あんたたちの『舞』も面白そうだし、あたしにも教えてよ」
「はっ、はいぃぃ!もちろんですぅ!」
カイが差し出した手を両手で握り締め、ぶんぶんと振るマル。
「カイさんならぁ、素質がありますからぁ、すぐに一流の舞い手になれますよぉ!」
「そっかな?あのさ、さっきの腕の振りなんだけど……」
「はいぃ、あれはですねぇ……」

そのまま楽しそうに『舞』の話を始める、今出来上がったばかりのカップルを、呆然と見つめる冒険者たち。
何とも言えない空気の中、ミケがぼそりとつぶやいた。
「……一言だけ言っていいですか」
無言の空気が、どうぞ、と促す。
ミケは何かをこらえるように押し黙り、それから脱力したように言った。

「………なんじゃこりゃ………」

「ほんっっっっっとおぉぉぉぉに、ありがとうございましたあぁぁぁ!」

翌日、真昼の月亭。
これ以上ないほど満面の笑みを浮かべて、マルは冒険者たちに改めて礼を言った。
「これぇ、依頼料ですぅ。ありがとうございましたぁ」
ずい。
ずっしりと効果が詰まっているだろう金袋を冒険者に差し出し、ホクホク顔のマル。
もはや脱力しきって、一周回って乾いた笑いの冒険者たちは、お役にたててよかったです、と乾いた声でコメントをし、依頼料を受け取っていく。
「それで……カイとは結婚できそうなのか」
千秋が問うと、マルはえへへぇと照れ笑いをした。
「今はぁ、まだぁ、カイさんはあの学校で学びたいことがあるようなんでぇ、結婚を前提のお付き合いってことでぇ、これからお互いのことを知っていこうと思うんですぅ」
「…そうか」
千秋はどこか安心したように嘆息した。
「カイに認められることだけが目的になっているような気がして気になっていたのだが、そういうことなら心配ないかもしれないな。
婚約も結婚も到達点の一つであることは事実だが、その先はまだまだ道がある通過点にしかすぎない。まだまだ大変なことはたくさんあると思うが、まあ、頑張れ」
「はいいぃぃ!」
「千秋さんが言うとなんか深いですよね」
「ねー、実感がこもってるっていうか」
ひそひそと囁き合うミケとレティシアはさておき、アフィアも淡々と問う。
「マル、家、帰る、ですか。リュウアン、近く、聞きました。ヴィーダ、遠い、思います」
「あっ、はいぃ、僕もぉ、家でまだまだ稽古をしなきゃいけないんでぇ、家を離れられないんですけどぉ、ゆくゆくは、こっちの方に稽古場を構えてもいいと思うんですよねぇ。それにはぁ、早く父上を超える舞い手になってぇ、一人前にならないとと思うんですぅ」
「えらいなあ、ちゃんと考えてるのね」
感心した様子のレティシア。
マルは頷いて続けた。
「しばらくはぁ、うちとこっちの行き来になると思いますけどぉ、カイさんに会うためならぁ、僕、がんばりますぅ」
デレデレと言うマルに、もはや苦笑しか出ない冒険者たち。
まあ何はともあれ、依頼人の希望は叶い、報酬も得た。大団円、といったところだろう。

「やっだぁ~!もぉこんな時間~☆タイムサービスはじまっちゃうわぁ~v」

唐突にンリルカが時計を見て慌てて立ち上がる。
「じゃ、みなさぁん、お元気でぇ~♪また遊びましょう~☆」
突然のことに言葉も出ない一同に濃厚な投げキッスを送り、ンリルカはうきうきとした足取りで真昼の月亭を後にした。
ちりんちりん、と自転車のベルの音が遠ざかっていく。
「……ンリルカさん、自転車になんて乗ってきましたっけ?」
「外に放置自転車があったけど、あれに乗っていったのかしら…」
「え、えっとぉ……ンリルカさんってぇ、結局ぅ、男の人と女の人、どっちだったんですかぁ?」
「答えはあなたの心の中にあるのよ、マル……」
「ええっとぉ……」
マルはしばし目を泳がせて、そしてこれ以上触れるのをやめたようだった。
「さて……俺も一度、またナノクニに帰るかなぁ」
千秋が疲れたように嘆息する。
「依頼人の前で言うのもなんだが、今回の仕事は妙に疲れた……まあ、土産話にはなったかな」
「誰への土産話、というのはつっこんで欲しいポイントなんですよね?」
「考えすぎだ」
さて、と千秋が立ち上がろうとしたところで。

「いたぞ、ここだ!」

ばたん。
乱暴に扉が空いたかと思うと、わらわらと制服姿の青年が押し入ってくる。
「おお、自警団の諸君ではないか」
見知った顔であったのか、フレンドリーに手を上げるネッシー。
すると、自警団の面々はぎろりと彼を睨み、あっという間に取り囲んだ。
「昨日、大通りのカフェを占拠した筋肉集団とオカマ集団について、取り調べを行っている!どうせまたお前だろう!いいからとっとと来い!」
「む。『筋肉愛好会』に呼びかけたのは確かに俺だが、オカマ集団はンリが……」
「……なるほど、逃げたんですね」
「毎度ながら本当に鮮やかよね……」
ぼやくミケとレティシアに見送られながら、両腕を自警団に掴まれ連行されていくネッシー。
「待て、展開が早すぎるぞ。行くのは構わないが、行く前に仲間たちに餞別としてこの『ネッシーを殴っていい券DX』を」
「いいからとっとと来い!」
券を渡すまもなくずるずると引きずられていくネッシー。
「むう…自警団に連れて行かれたら、また兄上に迎えに来てもらわんといかんかもしれんな。
どうせまた長々説教されたあげくチラシ配りに駆り出されるだろうな。次のイベントは確か…
『第28回・漢と漢のKINNIKUのど自慢大会2014-愛を取り戻せ-』…だったかな……」
ぽつぽつとそんなことを呟きながら、もはや慣れた様子で自警団に引きずられていくネッシーだった。
「………さて、俺も帰るか」
「あっ、じゃあ僕も、失礼します」
それを見送ってから、おもむろに立ち上がる千秋とユキ。
それに続くように、マルとアフィアも立ち上がった。
「あのっ、本当にありがとうございましたぁ!じゃ、じゃあ、僕も行きますぅ。もう一度、カイさんに会っていきたいんでぇ……」
「なら、うちも、行きます。魔道学校、用、ある」
「あれっ、アフィアさんもぉ、カイさんにご用ですかぁ?」
「うち、用、別の人。学校、一緒に、行く」
「わかりましたぁ」
へにゃっとマルが笑い、アフィアたちとともに宿をあとにする。
残されたミケとレティシアは、仲間が去るのを見送ったあとにふっと顔を見合わせた。
そして、ふっと苦笑するミケ。
「なんだか、疲れちゃいましたね」
「あはは、そうね。最終的にうまくいったから良かったけど…なんか、どっと疲れちゃった」
誘われるように苦笑するレティシア。
ミケはふっと柔らかく微笑むと、彼女に言った。
「レティシアさん、良ければお茶していきませんか?ほら、前に一度お誘いしてからなかなか機会がなくて」
「えっ」
驚きに目を丸くするレティシア。
ミケは照れくさそうに視線を泳がせながら、続ける。
「なんだか、よく一緒にいるような気がしているのですが、ちゃんと話をしたことってあんまりない気がして。
……僕のことは聞かれて話しているような気がしているのですが、僕はあなたのことももっと聞いてみたいなって」
「…私の、こと?」
「はい。何が好きで、嫌いで、普段どんなことをしていて、最近どんなことをしていたのかとか。
……別にお話しする内容は何でもいいんですけども、良ければ、お茶しませんかー、とか、ええと」
「あ、あの!」
がたん。
レティシアが興奮した様子で立ち上がる。
「じゃあ、じゃあね!えっと、今夜花火大会があるから、一緒に見に行かない?」
「花火大会……ですか?」
ミケはきょとんとしてから、またふっと微笑んだ。
「いいですね。花火、久しぶりです。一緒に行きましょう」
「ああ!!よかったぁ~!!」
手を叩いて喜ぶレティシア。
「じゃあじゃあ、夜までの間、お茶しましょう!」
「いいですね、どこに行きますか?」
「あ、私ね、この間アルバイトしてね、その時にやったこと、ミケにしてあげたいの~!」
「アルバイト、ですか?」
「うん!オムライスにね、絵を描いて~、最後にチュッvてラヴを注入するの。あとね、あとね、魔道念写で一緒にプリクラ撮るの!」
「ラヴ注入……」
「そこだけ抜き出さないで」
「あ、ええ、すいません。なにか聞きなれない単語ばかりで……きっと、僕の知らないところなんでしょうね。楽しみです」
「うん!私も楽しみー!!」
レティシアは楽しそうに手を合わせると、早速ミケの腕を取って促した。
「そうと決まったら、早速行きましょう。ミケとデート、うれしいなっ♪」
「で、デート……」
デートという響きに苦笑しながら、レティシアに引っ張られその場をあとにするミケ。
彼が『僕の知らないところ』のカルチャーショックに固まるまで、あと四半刻。

「うー……告白、かぁ……」
ユキは帰りの道すがら、眉根を寄せて悩んでいた。
意中の女性に告白をし、受け入れられて幸せそうだったマル。
はあ、とため息をつく。
「一緒にいられるだけで……いいって思ってたんだけどなぁ……」
「誰とだ?」
「もちろんリグ…………え?」
唐突に後ろから問われ、思わず答えてしまってからきょとんとして振り向く。
そこには。
「え、あ、アルさん!?」
アルと呼ばれた金髪の美丈夫が、親しげな様子でユキに微笑みかけていた。
アルの後ろには、黒いフードを目深にかぶった大柄な男性が佇んでいる。
「そっちは……お客さん?」
「……っああ。今回の依頼主だ」
何故か少し慌てた様子で目を泳がせ、それより、とアルは話題を変えた。
「また考え事か?危ないぞ」
優しくユキの頭を撫でるアルに、今度はユキが戸惑ったように頬を染めて視線を泳がせる。
「あ、それは、えっと……」
その様子に何かを察したのか、アルは後ろのフードの男性に視線だけで何かを促した。
浅く頷き、少し離れたところに移動するフードの男性。
アルはそれを確認すると、声を潜めてユキに訊いた。
「……リグのこと、か?」
「あ、う、うん……あのね、今回受けた依頼のことと、一緒に依頼を受けた人から話を聞いて、ね……。
…………好きな人に、アプローチした方がいいの、かなって……。
一緒にいられるだけで幸せだって、思ってたのに……」
「心が揺らいだのか?」
「……うん……」
涙目で頷くユキ。
アルはしばらく困ったようにそれを見下ろしていたが、やがて優しく微笑んだ。
「……俺は、お前の気持ちを優先したい。
けど、お前はもっと自信を持ってあいつにぶつかっていいと思うぞ?」
「?」
涙目のまま、不思議そうにアルを見上げるユキ。
アルは苦笑して、続けた。
「献身的なのも結構だけどな、もっと気持ちを伝えてもいい。
少しは、自分の本音をぶつけてみろよ」
「そう……かな」
少し頬を染めてうつむくユキ。
「…あの…ありがとう。もう少し、よく考えてみるね」
「ああ。もう考え事しながら歩くなよ。転ぶぞ」
「もうっ、いくらなんでもそこまでじゃないもん…!」
むっとした表情を作りつつも、すぐに笑顔になって手を振るユキ。
その姿が見えなくなるまで見送ってから、アルはぼそりと呟いた。
「……お前も、見守り続けるのも結構だが、少しは自分に正直になったらどうだ?」
誰宛ともしれぬその呟きに、何故か先ほどのフードの男性が憮然として答える。
「…………余計な世話だ」
交わるようで交わらぬ二人の言葉は、路地裏に一足早く訪れた夕闇に溶けて、そして消えた。

「まさか、本当に、殴り合いする、しかも、上手くいく、思いませんでした」
アフィアが訪れたのは、少し前に魔導学校主催のウォークラリーでボディーガードをしたミディカという少女のもとだった。
「んまー、人は見かけによらないものでちゅからねえ」
依頼人のプライベートがわからない範囲での話を聞き、ミディカはもっともらしく頷いた。
そういう本人が、小さな見かけによらず莫大な魔道力を誇る魔導学校院生だったりするのだが。
「見かけ、よらない、本当、思います」
「ま、見かけによらないとゆーならあーたもそーでちゅけどね」
「うち、ですか?」
意外なことを言われた、というように、ミディカの方を向くアフィア。
ミディカは頷いた。
「ひょろひょろした見た目に反して、実は物理攻撃が得意でちゅ」
「…まあ、そう、思います」
「そりから」
にや、とドヤ顔で笑って。
「クールそうに見えて、実はアツくて負けず嫌いでちゅ」
「………」
思ってもいなかったところから降ってきた評価に、アフィアは無言で視線を逸らすのだった。

「じゃあ、じゃあ、また、会いに来ますねぇぇ!」
「うん、待ってるよ。調整ついたら連絡して。空けとくから」
「はいいぃぃ!」
「あたしも、長い休みになったらできるだけ家に帰るからさ。そうしたら、あんたん家にも行くね。スタインさんにも挨拶したいし」
「は、はいいぃぃ!あの、父上も、喜びますぅ!」
「よろしく言っといて」
「はいっ!」
「それじゃあね」
「また来ますうぅぅ!」
互いに名残惜しそうに手を触り合いながら、夕日の中に消えていくマルと、それを見送るカイ。
そこに、ひょこひょこと後ろから人影が近づいてきた。
「カーイちゃん♪」
「パスティ。どしたの?」
「どーしたのはこっちのセリフよぉぉ」
パスティ、と呼ばれたロリ服の少女は、力説してカイに詰め寄った。
「だぁれ?あのヒョロヒョロの男の子」
「んーと、婚約者」
「婚約者ぁ?!」
全力で驚くパスティ。
カイはあっけらかんと頷いた。
「うん。ついさっき婚約者になった」
「へええぇぇ、詳しく聞きたいわ?ミルカちゃんが帰ってきたらお話しましょ?ね?ね?」
「そういえばミルカ遅いよね。何してんだろ」
ここにはいないルームメイトのことを思ってみるが、パスティはふふふと笑って話を引き戻した。
「それにしても、カイちゃんが婚約者かぁ」
「なによそれ」
「だってぇ、カイちゃんそゆの興味ないと思ってたわ、パスティ」
「失礼な。恋人いたことあるって言ったじゃん」
「恋人っていうかぁ、旅のツレって感じじゃなかった?」
「旅のツレ、兼恋人だよ」
「でもぉ、ひょろひょろしててあんまりカイちゃん好みじゃなさそうな感じじゃなぁい?」
「ま、見た目はね~」
ふふん、と楽しそうなカイ。
それを見て、パスティは嬉しそうに微笑んだ。
「ふふ。結構ほんとうなのね、婚約者って」
「どういう意味よ」
「だって、カイちゃんとっても楽しそう」
「そう?ま、楽しいのは事実だよ」
カイはもう一度、マルが去っていった方を見た。

「結婚とか、いまいちピンとこないのも事実だけどさ。
 一生を共にするなら、一緒にいて楽しいやつじゃないとね」

感慨深げに言ったカイに、パスティが満面の笑みを見せる。
「うふふふ、次の女子会が楽しみね!」
「お手柔らかにね」
「それはそうと、晩御飯できたわよ?今日はハンバーグかエビフライですって」
「マジで?ちょ、早く行って肉確保しなきゃ!」

ぱたぱた。
パスティとカイの足音が遠ざかっていく。

そして、夕日の差し込む魔道学校の正面玄関に、再び静寂が戻るのだった。

“NAYOTAKE” 2014.8.31.Nagi Kirikawa