「高次元プロンプター……?」

マルからその名を告げられた冒険者たちは、皆一様に眉をひそめてその名を繰り返した。
「なんだそれは」
「聞いたこともないわね……」
「高次元……高次元って何だろう……」
困惑顔で首をかしげる一同。
「うち、わからない。調べる、します」
早速立ち上がったのはアフィアだった。
「いって、きます」
「あ、はい。お気を付けて」
淡々と荷物をまとめて部屋をあとにするアフィアを見送って。
「ええと、高次元プロテクターってなんでしょう……高次元でプロテクター?」
首をひねるミケの言葉に皆一瞬沈黙した。
「?」
そのリアクションにさらに首をかしげるミケの肩をポンと叩くポチ。
そちらを見ると、ポチが器用に白い紙を咥え、そこには「ぷろんぷたぁ」と拙い文字で書かれている。
「え」
ミケは見る間に顔を真っ赤にして手を振った。
「はう!すすす、すみません、普通に間違えましたっ!」
ギャルゲーの天然キャラのようなリアクションをする横で、ポチが「落ち着け」と書かれた紙を差し出している。
「すみません、プロンプターがなんだか知らないので、調べてから探してきます!」
ミケは大慌てで荷物をまとめると、あっという間に部屋から出ていった。
それを無言で見送ってから、再び顔を合わせる一同。
「……じゃ、私は魔導タブレットでググってみようかな」
「レティシア、ミケが見たら泣くぞ……」
道具袋から薄い板状のものを取り出して操作するレティシアに、千秋が半眼でツッコミを入れる。
「まあまあ、硬いこと言わずに」
「そもそも大丈夫なのかそれ…?」
「スマホとかいうマジックアイテム作ってる鬼畜眼鏡がいるくらいだからセーフと思う」
何の話でしょう。
「…っと。出た出た。えーと……ふむふむ……そもそもプロンプターとは『放送・講演・演説・コンサートなどの際に、電子的に原稿や歌詞などを表示し、演者を補助するための装置・システムを指す。』
または『舞台演劇において、出演者が台詞や立ち位置、所作を失念した場合に合図を送る(プロンプトを行う)ことを役割とする舞台要員(スタッフ)のこと。』ねぇ……」
「電子的ってなにかな?」
「そこはうまくスルーするとして…今回の場合、最初の例が当てはまるのかしらね」
「演劇の道具なのか。聞いたことはなかったが…さらにその高次元なもの、か……」
千秋が便乗して唸ると、レティシアも眉を寄せた。
「高次元……高性能ってことかしら?」
「さあな。どこにあるのかも皆目見当もつかん……」
「ホント、どこで売ってるのかしら。家電量販店……げふんげふん。えっと、普通のマジックアイテムショップには売ってないわよね。
でも、マニアックなマジックアイテムなら、やっぱりアキバかしら……」
「あきば?」
首をかしげるユキに、レティシアは頷きを返す。
「うん。そういうマニアックなマジックアイテムとか、ゲームとか……大きなお友達向けのうにゃうにゃしたものが揃ってる一角があるのよ」
「へぇ……」
『大きなお友達』というものが明らかに分かっていない様子で相槌を打つユキ。
レティシアは立ち上がり、荷物を手に取った。
「とりあえず、私はアキバを探してみるわね」
「あ、うん、行ってらっしゃい」
レティシアも外出し、残るは4名となった。
「さて、ワタシたちはどうしようかな?何かいい案はあるかい、ネッくん?」
「高次元プロンプター……高次元プロンプターか……」
至極真面目な表情で記憶を探っている様子のネッシー。
「…そういえば、兄上がそんな名前の何かが景品になっている大会があるとか言っていたか」
「えっ、本当に?!」
驚いた様子のユキに、ゆっくりと頷いてみせる。
「兄上自身も、何やら珍妙なイベントを開くのが趣味でな、その辺には詳しいのだ。
俺も筋肉紳士に変身して、筋肉の素晴らしさを世に広めようとしていたのだが…」
「広めようとして自警団を呼ばれたんだな……」
「『シャーラッップ!一般人の前で許可なくコスプレを披露するのは、レイヤーとしてのマナー違反だよ!ネス!』
『コスプレは会場内で!着替えは更衣室、トイレでのメイクはご法度だ。過度の肌の露出もN・G!』
『会場によっては、女装禁止、長物の持ち込みも禁止などもあるから注意するように』
とまあ、そんな感じで長々と怒られてしまった。コスプレというものも大変だな」
おそらく兄の物真似であろう、少し芝居がかった口調で語ってみせるネッシーに、周りの面々は若干引き気味だ。
「口調はともかく……兄上殿の言うことは尤もだと思うぞ」
「千秋さん、やっぱり詳しいね……」
「誤解だ」
「ネッくん、お兄さんに会ったのかい?」
「うむ、桜色の白磁器を探して自警団連行された折に、兄上にとりなしてもらったのだ」
「ああ、そういえばそんなことを言っていたね……」
「その時、反省として次回開催イベントのチラシを配ってこいと言われたので持って来たぞ。そのイベントの景品が、その、高次元なんとからしい」
「本当か。ちょっと見せてみろ」
ネッシーが差し出したチラシを受け取って目を通す千秋。
色とりどりの配色が眩しいチラシには、でかでかとこう書かれていた。

『夏の暑さを吹き飛ばす!ドキッ!漢だらけの褌ベースボール大会☆デッドボールには気をつけろ』

沈黙が落ちる。
チラシを持ったまま固まる千秋の横で、ユキがネッシーの方を向いた。
「あ、あのっ……ぼ、僕も一緒に行かせて!僕、高次元プロンプターって心当たりがなくて……。
自慢の肉体はないけど、衣装なら、前に花売りのお姉さんたちから貰ったからあるから!」
「このタイトル見てその行動はなかなか勇気あるな、ユキ」
千秋が真顔でツッコミを入れるが、ネッシーは胸を張って頷いた。
「任せろ!参加人数は多ければ多いほど景品にたどり着ける確率が上がるからな!」
「そういうことならワタシも協力させてもらうよ」
楽しげな様子でンリルカも立ち上がる。
すっかりコスプレイベントに行く空気になってしまった室内で、千秋は嘆息してマルの方を向いた。
「……というわけらしいが、どうする、マル」
「う、ぅえっ?」
いきなり振られてキョドるマル。
そこに、ンリルカが満面の笑みで肩を抱き寄せた。
「もちろん行くよね?マルくん。キミの愛を全身で披露するチャンスじゃないか。景品をゲットできたら、胸を張ってキミの姫に高次元プロンプターを渡せるんだよ?」
「はっ…は、はいぃぃ、そうですねぇ……」
「よし、決まり。千秋くんはどうする?」
「俺は少し情報収集がしたいが、その景品とやらも気になるからな。あとで合流することにする。というかマルを離してやれ」
「え?いいじゃないか、減るもんじゃないし」
マルをさらにぎゅうと引き寄せて微笑むンリルカ。
千秋は嘆息すると、色々なものを諦めて立ち上がった。
「じゃあ、行くか」
「はいっ!」
「目指すは優勝あるのみだな!」
「ふふっ、楽しみだねぇ~♪」
「あ、あのぉ…そろそろ離してくださいぃ……」
残りの面々も次々と立ち上がり、意気揚々と宿を後にするのだった。

「こ、ここがアキバ……確かにちょっと、なんというか、雰囲気の違う一角ね……」
ヴィーダの大通りから少し外れたところにあるアキバと呼ばれる一角に足を運んだレティシアは、あたりの様相にちょっと引き気味に感想を述べた。
専門的なマジックアイテムを置いている一角だということだったが、何故か通りに出て客引きをしているのはヒラヒラとしたメイド服に身を包んだ可愛らしい少女ばかりだ。
「メイド服のお姉ちゃんとかでいっぱいねぇ……マジックアイテムとか売ってるところじゃなかったのかな…」
名前とどういう一角であるのかということは知っていても実際に来たことがなかったレティシアは、なぜこの一角がこんな状態になっているのかが全く理解できない。
「なんか……そう、あそこみたい。ハーフムーンの……」
「こんにちはぁ~!」
馴染みの喫茶店の出窓を思い出していると、客引きをしていたメイドの一人が唐突にレティシアに話しかけてきた。
「はっ、はいぃ?!」
「ご主人様…じゃないですよねぇ?あっ、もしかしてバイト希望の方ですかぁ?」
やや露出度の高い魔道士服を着ていたからか、アルバイト希望者だと勘違いされているようだ。
レティシアはきょとんとして首を振った。
「え?私?私は高次元プロンプターを探しに来たのであって、メイドのバイトがしたいわけじゃない……」
「うふふ、お姉さんならきっとすぐに指名が来ますよぉ。店長も即採用だと思いますっ。じゃ、行きましょう~♪」
「ちょ、ちょっと?!」
有無を言わさず腕を取られて最寄りの建物に引っ張り込まれるレティシア。
一種異様な雰囲気の店内を素通りし、バックヤードへ。
「てんちょーお、バイト希望の人ですぅー」
「だから、私はちが……」
そこまで言いかけて、バックヤードに吊るされている可愛らしいデザインのメイド服に目を止める。
そこに、店長と思しき男性が顔を出した。
「おっ。なんだ~、可愛いじゃん?まあちょっと、コレ着てみてよ?」
「いや、だから私は遊んでる場合じゃ……」
と口では言ってみるが、どうにもメイド服が気になって仕方ないレティシア。
「………ちょっとだけよ。着たらすぐ帰るからね」
折れた。

「きゃー!やっぱ可愛いぃぃー!お姉さん、超似合ってますよぉぉ」
「そ、そう……かな?ちょっとバストがキツいんだけど……」
更衣室でメイド服に着替えてきたレティシアは、勧誘メイドの歓声に照れたように頭を掻いた。
メイドの隣で店長もうんうんと満足げに頷いている。
「うんうん、いいねえ、あっという間にうちの人気ナンバーワン間違いなしだね!」
「えー、ありすジェラっちゃうぅ」
悔しげに体をくねらせるメイド(ありすというらしい)に、メイド服を着て満足したレティシアは嘆息して言った。
「着たから、もういいでしょ。私本当に、これからやらなくちゃいけないことが……」
「まあまあ、そう言わずに!ちょっと接客してみてよ?」
「はぁ?!」
「まずはぁ、オムライスに絵を描いてぇ、最後にチュッvてラヴを注入するんですよぉ」
「えええなにそれキモい」
「それから、お客さんとジャンケンしてぇ、勝ったらあっちの魔導念写機で一緒にプリクラとるんですよぉ」
「ぷ、ぷりくら?」
「はいっ!一緒に魔導念写してぇ、らぶらぶvって字を書くんです。大好評なんですよぉ。でも、負けたら青汁なんです」
「なかなか厳しいのね……」
「ちなみにジャンケンは1回銀貨1枚です!」
「たかっ!」

などという会話を挟みながら、結局なんだかんだ言いつつ手伝いをしてしまったレティシア。
「いやぁ~助かったよ。これ、バイト代ね?」
「い、いや……バイト代はいいから、探し物手伝ってくれない?」
「探し物、ですかぁ?」
首を捻るありす。
レティシアはやっと話を聞いてくれそうな雰囲気に、嘆息して本題を切り出した。
「えっと、このあたりで『高次元プロンプター』っていうの、どこかに置いてない?」
「高次元プロンプター……?」
聞いたことがない、というように顔を見合わせる二人。
「普通のプロンプター、じゃなくて?自動でセリフが出る性能のいいのがあると思うけど…」
店長が困ったように言うと、レティシアも腑に落ちない様子で肩を竦めた。
「だよねぇ……でも、魔導を使った高性能なプロンプターってことで納得してくれないかなぁ……」
ブツブツ言いながら、レティシアは店長が教えてくれたマジックアイテムショップに向かい、魔道じかけのプロンプターを買うのだった。

「プロンプターとは、放送・講演・演説・コンサートなどの際に、原稿や歌詞などを表示し、演者を補助するための装置・システムを指す。または舞台などで俳優に台詞のきっかけを出すスタッフ……」
図書館にやってきたミケは、ふたたび暇そうな司書を捕まえて関連の書物を漁ると、書かれている事項を棒読みで読み上げた。
「演劇に使うものだったんですね…セリフ出しをする人、あるいは装置……持って来いというからには装置なんでしょうけど……高次元…」
うーむ、とまたそこで唸る。
「高次元のプロンプターってなんでしょうね、ポチ」
問いかけるミケに、ポチが首を傾げてにゃあと鳴く。
たまに忘れられるというかそろそろ完全に忘れられそうになっているが、ポチはミケの使い魔であり、ミケとは精神的につながりがある。ミケ以外の人間には猫の鳴き声としか響かないが、ミケには心で「猫なのでわかりません」と言葉が届いていた。
まあ、傍から見れば猫と会話をするやばい人なのだが。
「……ん、ちょっと待ってください……」
ふと気づく。
「つまり、さっきのポチが、プロンプター…ということでしょうか」
ミケの天然ボケを紙で訂正したポチこそが、プロンプターということになる。
「なるほど、使い魔なら、ある意味高次元ですよね、人知を超えたものですよ、うん」
「にゃ?!」
まさか自分を差し出すつもりなのか、と悲鳴じみた声を上げるポチに、ミケは笑顔で首を振った。
「そんなわけないじゃないですか、やだなあ。もちろん、マルさんにはご自分で使い魔と契約してもらうんですよ」
「うにゃ?!」
もっととんでもないことを言い出した主人にさらに素っ頓狂な声を上げるポチ。
ミケはニコニコしたまま、立ち上がって魔道書のエリアへ足を進めた。
「マルさんは確か、芸事の師範代をしてるって言ってましたね……そういえば何の芸事なんでしょうね。まあともかく、魔法関連ではないっぽいですから、魔導の入門書から……使い魔を持つまでに必要なスキルは、これと、これと……」
次々に本をピックアップしていく主人に、ポチはさすがにツッコミプロンプトの言葉も見つからずにうなだれるのだった。

「いらっしゃいませー♪あっ、千秋さんじゃないですか、ご無沙汰してますー」
真昼の月亭に入ると、看板娘のアカネが愛想良く出迎える。
千秋はカウンターに座ると軽く飲み物を注文した。
「今日はどうしたんですかー?」
「うむ、実は探し物をしていてな」
「探し物?」
「高次元プロンプターという物について何か聞いたことが無いか?」
「高次元プロンプターですね、ちょっと待っててくださいねー」
「あるのか?!」
仰天する千秋をよそに、アカネはいったんバックヤードに入ると、何やら箱のようなものをもってカウンターに戻ってきた。
「おまたせしましたー、高次元プロンプターです!」
「……まさか本当にあるとは思わなかった。何でもあるのだな、この店は……」
「うふふv」
アカネの満面の笑みがかえって何やら怖い気がするが、千秋はカウンターの上に置かれたその『高次元プロンプター』を興味深げに覗き込む。
蓋のない箱を横倒しにして、側面に回転式ハンドルが付いているような形をしている。
「これが高次元プロンプター?」
「はい、ハンドルを回しながら中を覗いてみてくださいね」
まずこの時点でプロンプターと違うのだが、あまり良く知らない千秋は言われるままにハンドルを回して中を覗き込んだ。

=====
名前 = 一日千秋だ。
高次元プロンプターの探し方 =

プロンプター……?
演劇の道具なのか?聞いたことはなかったが、さらにその高次元なもの、か……
皆目検討も付かんが、真昼の月亭で情報収集してから、ネッシーの心当たりとやらに付いていってみようと思う。
===

「待て。ちょっと待て。頼むから待て」
何かをこらえるような表情で手を止める千秋。
「おい、ギャグシナリオだからってやっていい事と悪いことがあると思わんか?
高次元ってどっちの高次元だ。誰が神の御業(プレイヤーの送付アクション)を呼び出せと言った!
確かに高次元(メタネタ)だが流石に限度ってものがあるだろうまったく!」
「確かに、これあまり晒しすぎるとどれだけいい加減に脚色してるのかバレちゃいますねえ」
「だからそういうメタな……おいだから続きを読むなというに」
「あっ。ハンドル逆に回すと遡れますよ!」
「お、おい!そんなに回すんじゃない!」
「あっこれ、ミシェルさんのところに侵入して設計図盗んできた時の話じゃないですか?」
「なぜお前がそれを知って……」

===
……ポケットに手をつっこむと、いつかゼルに創ってもらった指輪が爪先にひっかかった。
「柘榴、ちょっと言っておきたいことがあるんだが……」
===

「わーっわーっわーっ!?」
慌てて箱をアカネから取り上げる千秋。
「駄目だ!これは、だっ、ち、違う!こんなものは高次元プロンプターではない!
置いていこう!むしろ封印だ、封印!危険すぎ…」
「千秋さん……」
「見るな!そんな目で見るな!見るなあぁぁァァァ!」

その日、真昼の月亭に若い男の身も世もない悲鳴が響き渡ったという。

「結構人がいるんだねぇ…」
『夏の暑さを吹き飛ばす!ドキッ!漢だらけの褌ベースボール大会☆デッドボールには気をつけろ』の会場を訪れたンリルカは、物珍しそうに辺りを見回した。
ちなみに今の彼は以前のスーパー攻様スタイルから、ソフトハット+ジャケット+カーゴパンツにアクセサリーをジャラジャラとつけたカジュアル系チャラ男ファッションに身を包んでいる。シャツの隙間から覗く見事な腹筋が抑えようのないBL臭を醸し出していた。
「うむ、妙に男の参加者が多い気が…というか、ムキムキしてる…」
若干嬉しそうに呟くネッシー。
その言葉通り、会場には妙に筋骨隆々の男性が多いようだった。
ネッシーの隣で不安そうにユキが呟く。
「あれ…ひょっとして僕みたいなのは参加しちゃいけない大会だったかな……?」
「そんなことはないぞ!」
暑苦しく否定するネッシー。
「この大会のコスプレテーマは『愛』だそうだ。
『愛をテーマにしたコスプレをして、舞台上で愛を叫べ!』との事だぞ!」
「あ、愛?!」
初耳ですという様子で目を丸くするユキ。私も初耳です。
「そ、それじゃあ僕はなおさら出場なんて……!」
「何を気後れすることがある!愛を叫ぶというのはよくわからんが、オペラのようなものだろう。自らの愛を余すところなく舞台上でさらけ出せば良い!頑張るんだぞ、マル!」
「え、えぇぇ、僕もですかぁ……?」
腰が引けている様子のマルに、ネッシーはさらに暑苦しく迫った。
「大丈夫だ、やればできる!愛の対象はなんでもいいそうだから、俺はもちろん筋肉に対する愛をさらけ出すつもりだ!」
「あぁ、なんだ、そういうことでいいんだ……」
少しほっとした様子のユキ。
そこに、ンリルカが楽しそうに二人の肩に手をかける。
「さ、早く行こう?大会が始まってしまうよ?」
「うむ、そうだな」
「ち、千秋さんがまだ来てないみたいですけどぉ……」
「場所はわかってるんだから、きっと一人で来て合流してくれるさ。それともマルくんは、ワタシだけじゃ物足りない…のかな?」
「そ、そそそそんなことないですけどぉ……!」
「ふふ、わかっているさ。ワタシに任せて?マルくんのために素敵な衣装を用意したから…さ?」
「え、あのぉ、ンリルカさんが用意した服を着るんですかぁ……?」
「ん?大丈夫、怖くない。ちゃんと気持ちよくさせてやるよ♪」
「え、ええええぇぇ……」
「ところで、ネッくんのお兄さんはどこにいるんだい?」
「む?兄上か?兄上は俺にチラシを渡しただけで、今日は別のイベントに参加するようだぞ」
「そうなの?そっかぁ……残念。ネッくんのお兄さんに会えたらあーんなことやこーんなことをしようと思っていたのになぁ」
「どんなことだか知らんが、ンリが会いたがっていたと伝えておこう」
「ふふっ、よろしく頼むよ。あぁ、ネッくんの衣装も用意しているからね?楽しみにしてて」
「そうか!では任せたぞ、ンリ!」
楽しげに会話をしながら受付に向かうンリルカとネッシーに、ユキとマルは若干不安そうな表情でついていくのだった。

「はぁ……恥ずかしかったぁ……」
ステージから帰ってきたユキは、まだドキドキとうるさい胸元を抑えて溜息をついた。
ステージの上では極度の緊張から変なことを言ってしまったような気がする。あまり何を言ったのか覚えていない。
「えっと……みんなはどこだろ」
女性がユキ一人であったため、更衣室が別々で受付後は別行動だった。どうやらほかの3人はまだステージには行っていないようだが…
と、ユキがきょろきょろしていると。

「ひいいぃぃぃやああぁぁぁ!!」

突如、向こうからものすごい悲鳴が聞こえ、直後に奥まった場所のドアがバタンと開く。
そこから、何やら着ぐるみを着た人物がバタバタとこちらに駆けてきた。
「……え、あれ、マルさん……?」
近づいてきてそれがようやくマルであることを認識したユキは、泣きそうな顔で駆けてくるマルに駆け寄った。
「ゆ、ユキさあぁぁん……」
「どうしたの、マルさん?!」
着ぐるみはよく見るとキノコのようだった。大きなキノコに手と顔だけがくっついているような、スタンダードなキノコの着ぐるみ。
すると、マルが出てきたドアからひょこりとンリルカが顔を出す。
「もぉ、マルくんたら恥ずかしがり屋さんだね?でも、よく似合ってるよ。それ着てがんばっておいで♪ワタシたちもあとで行くからねぇ~♪」
ひらひらと手を振って言ったあと、さっさとドアを閉めてしまうンリルカ。
それを呆然と見やってから、ユキはしげしげとマルを眺めた。
「ま、マルさん……その格好は……」
「え、エノキダケの着ぐるみだそうですぅ……ンリルカさんがぁ、これがいいってぇ……」
「ま、またなんでエノキダケ…?」
「よくわからないんですけどぉ、たけのこの里にはきのこの山だってぇ……」
「どういう意味だろうね……?」
ンリルカのハイブロウな洒落に二人で首をかしげる。
「…さっきの悲鳴は…?マルさんの声、だったよね?」
「…………」
何故か赤い顔で黙り込むマル。
「マルさん?」
「…え、えっとぉ、それよりぃ、ユキさんの格好はぁ……?」
強引に話をそらすと、ユキは自分の格好を見下ろした。
緑を基調としたドレスは、デザインこそ上流階級のそれであるように見えたが、ヘッドドレスもあわせてどこか人形のような可愛らしさを醸し出している。
「えっとね、衣装をくれた花売りのお姉さんは、『薔薇乙女』っていうお話の、『翠星石』っていう女の子の服だって……」
「へえぇぇぇ……」
「もうひとつ、『第七の地平線』の『磔刑の聖女』の服とどっちにしようか迷ったんだけど…可愛い方がいいかなって」
「そうですねぇ、よく似合ってますよぉ」
「そう?えへへ、嬉しいな。花売りのお姉さんは『マイナーってツッコミはなしで!』って言ってたけど、何のことかな?」
「ローゼンとサンホラがマイナーと言われてしまうと立つ瀬がないな」
後ろからかけられたツッコミの声に二人が振り向くと、若干げっそりとした様子の千秋が立っていた。
「千秋さん!」
「すまない、遅くなったな。受付は済ませてきたが…もう本番は済ませてきたのか?」
「あ、うん、僕はもう……」
「えっとぉ、僕はこれからですぅ……ンリルカさんとネッシーさんはぁ、着替えてから行くそうですぅ……」
「そうか。では俺も舞台袖に行こう」
「え、千秋さんは着替えなくていいの?」
「ああ、特に着替えは必要ないからな」
「そう……?」
首をひねりながら、それでもユキはマルと千秋についていくのだった。

「んー……ネッくんにはどれがいいかなぁ?」
ウキウキした様子で、何やらゴソゴソとカバンをあさっているンリルカ。ちなみに先ほどのマルの着ぐるみもこのカバンから出したらしい。明らかに体積がおかしいのだが。
「ンリ、筋肉を賛美するにふさわしい服を頼むぞ」
ネッシーの言葉に、ンリルカは笑顔で頷いた。
「そういうことなら、ネッくんはこのあたりでいいんじゃないかなぁ?」
カバンから小さな袋を出して手渡す。
「あと、短い靴下と革靴でも履いて、身体にラメ塗っとけば完璧?」
「よしわかった。早速着替えるとしよう」
ネッシーは何の疑問もなくそれを受け取ると、早速服を脱ぎ始めた。
「さーて、ワタシは、っと……♪」
ンリルカは再びカバンをあさり、楽しそうに服の物色を始めるのだった。

「眩しいあなたがぁ、大好きですーーーーーーー!!」
キノコの着ぐるみを着たマルが絶叫すると、会場は何故か盛大な拍手に包まれた。
大歓声の中、恥ずかしそうに壇上から舞台袖に戻ってくるマル。
ユキと千秋も拍手をしながらそれを迎える。
「マルさん、すごかったよ!かっこよかった!」
「うむ、よく頑張ったな」
「え、えへへぇ……」
照れたように頭を掻…こうとして着ぐるみに阻まれるマル。
「ち、千秋さんの出番はぁ……」
「俺は受付がかなり後だったからな。もう少しあとの……」
と、千秋が言いかけたところで。

きゃーーーー!

会場が再びどよめきと悲鳴に包まれた。
慌てて3人がそちらを見ると、そこには。
「ね、ネッシー?!」

「俺の愛はすなわち筋肉への愛!見よ!この素晴らしき筋肉を!!」

高らかに宣言し、壇上に上がったネッシーの姿は、真ん中に筆字で『ここに注目!』と書かれたショッキングピンクの褌に同色の靴下のみを身にまとい、全身にラメ入りオイルを塗って異様にてらてらテカテカと光っているという、まあどこからどう見ても変態ど真ん中というものだった。
会場からは歓声というか悲鳴がこだまし、あっという間に舞台に警備員が集まってくる。
「む。何をする。俺はまだ筋肉への愛を存分に語ってはいない、こら、人の体を持ち上げるとは何事だ」
妙に冷静にじたばたしながら、あっという間に警備員に連れ去られていくネッシー。
まだざわざわと異様な雰囲気に包まれる中、再び舞台袖から次の出場者が姿を現した。
「いやぁ、素晴らしい勇姿だったね。でもワタシも負けていないよ?」
かちっとしたタキシードに身を包んで現れたのは、ンリルカ。白髪をオールバックになでつけ、シルクハットとステッキまで持っている。
「ンリルカさんは普通ですねぇ……」
「いや、油断ならんぞ、なんといってもンリルカだからな」
「何への愛をさけぶのかな……」
固唾を呑んで見守る3人。
ンリルカは満面の笑顔で手を振ると、高らかに宣言した。
「さあ!ワタシのコト、すみずみまで見るといいよ!」
ばっ!とシルクハットを空中に投げ、華麗にターン。
その瞬間。

きゃーーーー!

再び会場に悲鳴がこだまする。
前から見れば何の問題もない完璧なタキシード姿だったが、まるで縦半分に切断されたかのように、後ろ半分は丸裸だったのである。
「び……びんぼっちゃま……!」
「びんぼっちゃま?」
「……こないだ本気で通じなくってジェネレーションギャップを感じたそうですよぉ……」
下着すら一切つけていない、前半分のタキシードをつなぎ止めるためのヒモだけのあられもない姿に、会場の悲鳴は更に高まる。ちなみに、キュッと締まったなかなかの美尻だ。
再び駆けつける警備員たち。
「おやおや、随分乱暴なんだね……?いいよ、激しいのも嫌いじゃないから……さ?」
こちらも随分余裕がある様子で楽しげに強制退場させられるンリルカ。
舞台袖でそれを見守りながら、3人は深い溜息をつくのだった。

「何をしてるんだ一体、まったく……」
強制退場の末会場外へ追い出されたンリルカとネッシーを追って、残りの3人もとりあえず会場外へ出る。
「むう、愛を叫ぶのだから問題なかろうと思っていたが、なかなか難しいものだな」
「いいんじゃないかな?楽しかったし。ねえ?」
難しい表情で唸るネッシーと、対照的に楽しげにヒラヒラと手を振るンリルカ。ちなみに二人共元の服を着ている。
千秋は嘆息した。
「まったく……もう一度入れてくれるよう交渉しておいたから、おとなしくしているんだぞ」
「致し方あるまい」
「ふふっ、しばらくは…ね?」
千秋の言葉に頷く二人。
すると、マルがそわそわした様子で千秋に言った。
「え、えっと……そろそろ、千秋さんの出番…じゃないですかぁ?」
「む、そうだな。ではそろそろ行くとするか」
「でも、千秋さん着替えてないよね?
不思議そうに首をかしげるユキ。
千秋はゆっくりと頷いた。
「問題ない。取っておきの『ネタ』があるからな」
「とっておき……?」
さらに首をかしげるユキ。
千秋は頷いて、少し後ろに下がり、距離を取る。
「千秋さん……?」
ユキの声をよそに、俯き、低い声で不思議な呪を唱えた。
『私は問い、捧げ、答えを求む。水より濃く血より深い契約を』
普段の彼よりもずっと低く、地の底から響くようなその声と共に、彼の左手の薬指に噛み傷のような赤い筋が走り、そこからじんわりと黒い霧のようなものが彼の体を取り囲み始めた。
(日の高い時間に使うのは初めてだが……だからこそ制御もかけやすいだろう)
声には出さずにひとりごちて、ふう、と息をつく。
ぐ。ぐぐ。
筋肉が裂けて変形するようなくぐもった音がして、体の形が変わるのがわかった。
「ち、千秋さぁん……?」
マルがぎょっとしたように目を見開く。
尖って伸びた牙、赤く輝く瞳。黒い霧は翼のような外套に姿を変え、魔物のような一種異様な雰囲気が纏わりついていた。
「き、吸血鬼……?」
「千秋さ……」
突如異形に変化した千秋にどう声をかけていいか分からず、戸惑う仲間たち。
だが。

「……熱ッ!?直射日光熱っ!?」

千秋はあっという間に悲鳴を上げ、苦しそうにのたうちまわった。
昼日中に吸血鬼が陽光にさらされたらどうなるか分かりそうなものだが、シュウシュウと音を立てて煙まで上がっている。
「ま、まさかここまでダメージを受けるとは思わなかった…」
ぜえぜえと肩で息をしている千秋に仲間たちが駆け寄ってくる。
「千秋さん!」
「大丈夫かい?」
「も、問題ない……まだ制御は外れていない…」
「制御?」
「そう、これは暗黒魔法、制御を誤れば自滅する諸刃の刃。俺の場合は特に闘争心が増幅されて血の気が多くなるのが難点だ……やたらと喧嘩を売らないように気をつけなければ……」
「……大変だ、千秋くんが中二病になっちゃった!」
「違う!」
「そうか千秋、19歳にして中二病を患ってしまったのだな!そんな時には遠慮なく俺を殴るといい!」
「……ネッシー……」
「何だ!今なら出血大サービスでチケット不要だぞ!この俺の筋肉を思う存分殴ってくれ!」
「……お前は……」
「うん?」
「……お前は……俺は……おれは……そうだ、いちど おまえと」
がっ。
千秋の手がネッシーの肩を掴む。
「正面から殴り合いをしてみたかったんだよオオォォ!!」

「ファイアーボール」

千秋の意識は、そこで途切れた。

「……で、この黒焦げになってるのが千秋さんなんですね?」
「黒焦げにしたのはミケくんだけどね?」
「正直、俺は殴られていたほうが良かったのだが。とばっちりで黒焦げになったし」
たまたま通りがかったところで火魔法をかましたミケが、真っ黒になって転がっている千秋を一瞥して仲間たちに事情を聞く。
「コスプレの代わりに変身とは…相変わらず正体を明かしたいんだか秘密にしたいんだかわかんない人ですね……」
「正体?」
「いえ、こちらの話です。そうすると、千秋さんは棄権ということになりますかね…」
「そうだね……でも、困ったね?」
「というと?」
困り顔のンリルカに促すと、彼は眉を寄せて微笑んだ。
「ほら、だってワタシとネッくんは強制退場させられてしまっただろう?ユキちゃんとマルくんは無事出場できたけれど…コマは一つでも多いほうがいいと思わないかい?」
「そりゃあ……そうですけど」
「だから……ね?」
ウィンクするンリルカに、ミケはようやく彼の言わんとすることを理解した。
「え、ひょっとして僕に出ろと?!」
「その通り♪ほら、これなんか似合うと思うよ?」
ウキウキした様子でンリルカが出してきたのは、軍帽と軍ズボンとサスペンダー。
「…上着がないですけど?」
「そこは裸にサスペンダーに決まってるだろう?」
「おとこわりです」
「ミケさん落ち着いて」
「間違えた。お断りです」
「天丼は2回までだよ?」
「あっ。じゃあ、僕が花売りのお姉さんにもらった衣装とか、どうかな?」
ンリルカとの不毛なやりとりにまさかのユキが参戦する。
「え、ユキさんの衣装……ですか?」
「うん!きっとミケさんに似合う服があると思うんだ…!」
キラキラした瞳を向けられ、嫌な予感がしつつもなぜかンリルカのように断ることができないミケ。

そして、結局。

「優勝は、ミーケン・デ=ピースだあぁぁぁ!!」

茶色と黄色を基調としたヒラヒラの魔法少女服に身を包み、ご丁寧に髪の毛もくるくるに巻いたミケが、盛り上がる司会者の傍らで恥ずかしそうに俯いて立っていた。傍らのポチは白く色づけられた上に耳からフサフサのつけ毛を垂らされ、「僕と契約して魔法少女になってよ」という札を下げている。
「うううう……頭が食べられてしまう……」
なんだかんだ言いつつノリノリである。
拍手とともに盛り上がるギャラリーを煽るように、司会者はさらに大仰な身振りで後方を指さした。
「そしてこれがっ!優勝賞品の、『高次元プロンプター』!!」
おおっ、とどよめくギャラリー。
ミケも慌ててそちらを向き、壇上に置かれたものを見る。
が。
「……なんですか、あれ」
壇上のテーブルに仰々しく飾り立てられて置かれていたのは、一本の瓶だった。
「あれのどこが『高次元プロンプター』なんですか?」
調べた『プロンプター』とのあまりの違いに、思わず司会者に尋ねる。
すると、司会者は何を今更、というように肩を竦めた。
「おおっとぉ、優勝者が優勝賞品を知らないとはね。ではギャラリーのためにももう一度説明しよう!高次元プロンプターとは!」
ばっ!と再び大仰なしぐさで観客の方を向き。

「『「高」き「次元」を目指す漢のために「プロ」が「ン」時間かけて作った「プ」ロテイン入り「タ」マネギス「ー」プ』の略だあぁぁ!」

「その言葉の何をどう略したら『高次元プロンプター』になるんですか!!」
至極真っ当なツッコミをするミケ。
「なるほど……それで参加者にやたらとマッチョが多かったのだな……」
復活した千秋も舞台袖で納得する。
「うん、絶対違うとおもってた♪」
その隣で楽しそうに言うンリルカ。
「うう……せっかくこのためにこんな格好までしたのに……人違い、いやモノ違いだったなんて……!」
がっくりと膝をつくミケ。
すると。

「いらないのなら……俺によこせえぇぇぇ!!」

だっ。
突如舞台に乱入した男が、止める間もなく瓶の中の『高次元プロンプター』を一気飲みした。
「あぁ?!」
「何を…!」
慌てて駆け寄ろうとする一同。
だが。
「ぐ……ぐ……っ、ぐ、ぐぐぐぐおおぉぉぉっ!!」
一気飲みした男は、蹲って獣のような声を上げ始める。
「?!」
異常な様子に思わず足を止める一同。
「ちょっ……この『高次元プロンプター』、飲んでも大丈夫なシロモノなんでしょうね?!」
ミケが慌てて聞くと、司会者は大して慌てる様子もなく肩を竦めた。
「うーん、コスプレした商人から買い取ったものだから大丈夫だと思うんだけどー」
「めちゃくちゃ怪しいじゃないですか!」
「大丈夫!コスプレイヤーに悪い奴はいないから!」
「一生コス板から出てこないでください!!」
「おい、つっこんでる場合じゃないぞ」
焦った様子で千秋が言い、再び男に目をやると。
「ぐがあぁぁぁっ!!」
めり。ぼこ、ぼこぼこぼこっ。
男の背中が、腕が、そして全身の筋肉が不自然に盛り上がり、見る間に3倍近くの体積に膨れ上がっていく。
男は高々と両手を振り上げると、再び獣のような咆哮を上げた。
その表情はとても人のそれとは思えず、理性が残っているようには見えない。
「ちっ…!仕方ない、やるぞミケ」
「え、えええぇと…!流石に罪もない一般の方を黒焦げにするのはちょっと…」
「お前さっき俺を何のためらいもなく黒焦げにしただろうが」
「だって千秋さんは罪もない一般人じゃないですし」
「そこは『一般人』の否定だけにしてくれ」
グダグダなやり取りをしながら身構える冒険者たち。
だが、そこに。

「巨大化は基本的に針で刺すか爆発かのどっちかで解決だよね♪」

針を持ったンリルカがいつの間にか男に近寄り、笑顔でなんのためらいもなくその筋肉に針を刺した。
ぷす。
ぼふっ!
しゅううううぅぅぅぅ……
「……あー………」
あっという間にしぼんでしまう男。
冒険者たちは今度こそ、脱力して膝をついた。

「ということで、成果品です……」
宿に戻り、それぞれの成果物を見せ合う。
まずはレティシアが持ち帰ったマジックアイテム。
「残念ながら高次元プロンプターっていうのがわからなくて…普通のプロンプターを買ってきたわ」
「まあ……そうなりますよね」
そして、ミケが持ち帰った魔導書一式。
「高次元プロンプター、すなわち使い魔と契約するために必要な魔術書です」
「お前、どれだけ時間をかけるつもりなんだ」
「愛があればこれくらいのことはできます!ねえマルさん!」
「え、ええっとぉ……」
結局、品物として用意できたのはその2点のみとなった。
「結局、ページの半分以上をかけてやったことが全部無駄になったということか…」
「ページとか言わない」
「はっはっはっ。まあ、誰にでも勘違いはあるものだ」
「そうだよねぇ、今度頑張ればいいさ♪」
「ご、ごめんなさい、マルさん…何の役にも立てなくて」
一人申し訳なさそうにしているユキ。
と、レティシアがあたりをキョロキョロと見回す。
「あれ……そういえばアフィアは?」
「あれ。戻ってないみたいですね……もしかしたら、アフィアさんが入手してくださるかもしれませんよ」
「そうね!」
がちゃり。
と言っていたところに、早速ドアが開いてアフィアが入ってきた。
「アフィア!」
「どうだった、手に入ったか?」
入りしなに仲間から詰め寄られ、アフィアは一瞬目を丸くして、それからわずかに眉を寄せた。
「高次元プロンプター、わからなかった。なので、調べました」
「へっ?」
「高次元、4次元以上を指す言葉。プロンプター、放送・講演・演説・コンサートなどの際に、電子的に原稿や歌詞などを表示し、演者を補助するための装置・システム。
つまり、4次元に存在する、演劇の装置、探せばいい」
「…………」
アフィアの言葉に、沈黙が落ちる。
この時、アフィアを除く部屋中の心がひとつになった。

残る宝物は、あとひとつ。

「蛇腹のアクセサリー………?」

残る一つの宝物の名前を聞いた冒険者は、再び不可解そうに眉を顰めた。
「今度はアクセサリー?」
「は、はいぃ…あのぉ、僕、男なんでぇ、アクセサリーには詳しくない、っていうかぁ…女の人だったら、どういうものかわかりますかねぇ…?」
オドオドと言うマルに、ンリルカがニヤリと笑ってしなだれかかる。
「ワタシはオンナじゃなくても、アクセサリーのコト、詳しいよ?」
「えぇっ、あ、あのその、えっとぉ……」
「ンリルカ、そこまで。まあ確かに、アクセサリーのことは女の子の方が詳しいわよね」
さりげなくンリルカをマルから引き剥がしながら、レティシア。
「蛇腹のアクセサリーなら私、作れると思うから」
「本当ですか、レティシアさん」
「うん。じゃあ早速、材料を仕入れてくるね」
早速立ち上がり部屋をあとにするレティシア。
「…うちも、蛇腹のアクセサリー、調べて、きます」
続いてアフィアも立ち上がる。
「アフィアさん、調べるだけじゃなくて手に入れてきてくださいね?」
「…アクセサリー、4次元、無い。手に入れる、可能、思います」
少しむすっとしたように答えて、アフィアもまた部屋を後にした。
「じゃばら……じゃばらとは何だ?」
全くわからないという様子で言うネッシーに、千秋が答える。
「蛇の腹のように互い違いに折り返された構造になっているものだ」
「…蛇の腹?蛇の腹を探せばいいのか?」
「おい、人の話を聞け」
「じゃばら…はて、どこかで聞いた名前だなぁ…」
もはや千秋の言葉は全く聞いていない様子で、ブツブツと呟きながら立ち上がるネッシー。
「近所の森のその辺に蛇の抜け殻とかが転がってそうだが。探して来ようか……」
「おーい……」
止める声も聞こえた様子はなく、ネッシーはブツブツと何やらつぶやきながら部屋を後にした。
千秋は嘆息して、仲間の方を向き直った。
「本当のアクセサリーへのアプローチはレティシアに任せるとして……そのようなマジックアイテムには心当たりがあるぞ」
「本当ですか、千秋さん」
「ああ、俺は魔術師ギルドに行って、そちらのアプローチを試みる」
そう言って立ち上がり、千秋もまた部屋を後にする。
残るはミケ、ユキ、ンリルカの3名。
「アクセサリーのことは僕も詳しくはないですね…ユキさんはどうですか?」
「えっ。うーん……二つ意味があるから両方でできてるアクセサリーを作りたいな……」
ミケの問いにユキはそう言って考えこむ。
きょとんとするミケ。
「二つの意味、って?」
「えっと、蛇腹で蛇腹型のアクセサリーを作りたい、っていう意味」
「ユキさん、さっきの千秋さんの話聞いてました?」
「えっ」
「まあ、いいじゃないか…ね?マルくんに色んな無理難題を押し付けてくる姫のことだ……単なる蛇腹型のアクセサリーではお気に召さないかもしれないよ?」
ンリルカがフォローを入れると、ミケは確かに、と頷いた。
「そうなると、とりあえず蛇皮とってきてから考えましょうか…」
「あ、僕も行かせて!蛇の捕まえ方なら知ってるから!」
「それは頼もしいですね」
ミケは笑顔で頷くと立ち上がった。
「ではまず、このあたりで蛇が出没する場所を調べないといけませんね…心当たりがないので、真昼にでも行って情報収集をしましょうか」
「じゃあ、僕も一緒に行くよ」
続いてユキも立ち上がる。
「ワタシはそうだなぁ、3人で同じところで情報収集していても仕方がないから、別口でいろいろ探してから合流することにするよ。真昼に行けばいいんだよね?」
「そうですね、お願いします」
「マルくんはどうするの?どうしたらいいのかわからないなら…ワタシがステキなトコロへ連れて行ってあげようか?」
「えっえっ、あのぉっ、僕もミケさんと一緒に行きますぅ……!」
「そぉ?ざーんねん♪それじゃ、あとでねー♪」
ひらひらと手を振って部屋を後にするンリルカ。
それを見送ってから、ミケたち3人も宿を出発するのだった。

「よーし、準備OK!」
宿に戻ってきたレティシアが机の上に広げたのは、2本の紙テープだった。
「蛇腹なら結構簡単に作れるのよね。これをこうして、交互に編んでいって……」
2本の紙テープの先端直角になるように貼り付けて、交互に折り返していく。
しばらくそれを繰り返すと、アコーディオンのような見事な蛇腹の状態になった。
「これを長くつなげればアクセサリーにもなるし……ちょっとビンボ臭いけど」
自分で口にしてビンボ臭さが気になったのか、レティシアはうーんと眉を顰めた。
「あ、でも今ってデコるのが流行だから、可愛くデコってみようかな!」
言って、自分の道具袋からゴソゴソと何やら出してくる。
「クマちゃんつけて~、キラキラのストーンつけてー、リボンつけてー」
およそ冒険者の道具袋とは思えないアイテムがボロボロ出てくるところは気にしない方向で、次々にゴテゴテとデコられていく蛇腹。
もはや蛇腹の形跡も見当たらない程にデコられたその紐状の何かを満足げに眺め、レティシアは笑顔で頷いた。
「どうだ!!少しはそれっぽく仕上がったよね!」

「じゃばら……じゃばら……うーん、確かにどこかで聞いたような気がするのだが……」
ネッシーは大通りを歩きながら、ブツブツと呟き記憶の糸を手繰っていた。
「じゃばら…あ!思い出した!」
ふとひらめいた様子で、足を止める。
「たしか、自警団の取調室で、例の桜色の陶磁器と名乗る怪人の名前が『ジャバラーノ・アクセサ・リー』だったと聞いたような気がするぞ!…たぶん」
びっくりするほど曖昧な記憶を自分に納得させるように頷く。
そして、目をきらりと輝かせた。
「目的の物は、やはり奴が持っているに違いない!」
もはや蛇腹のアクセサリーを持って来いと言われていたことはすっかり忘れた様子の発言をかましながら、ネッシーは意気揚々と歩き始めた。
「大丈夫だ。今度はイベント会場に到着してから着替えるからな。決戦場所=イベント会場という事でOKだろう。兄上。
…だが更衣室はどこだろう…」

もちろん、更衣室が見当たらずに外で着替えを始め、目撃した女性に自警団を呼ばれたのは言うまでもない。

「蛇腹のアクセサリー、ですか……?」
魔術師ギルドを訪ねた千秋は、早速受付の女性を困らせていた。
「ああ。『ナン・デヤ=ネン』のコマンドワードと共にその場の空気を吹き飛ばすというマジックアイテム、と聞いたが…なんかストラップとか付いてて手首にぶら下げられるからアクセサリー扱いだとか」
「ああ、サウザンドニードルのことですね」
「おお、それだ。思い出したぞ」
「ありますよ、少しお待ちください」
受付の女性はあっさりとそう言い、奥の部屋へと引っ込んでいく。
数分後、短めの棍棒ほどのサイズのものを持って再び現れた。
「はい、どうぞ。サウザンドニードルです」
「おお、意外に大きいな」
女性が差し出したそれは、アクセサリーというよりは扇のような形をしていた。
金属製ではあるが、一枚の薄い金属板を山折りと谷折りの交互に折りたたみ、片方だけを括っているために扇のように広がって見える。
「確かにこの山折りと谷折りの構造は蛇腹といえるが…ニードル、というから針なのかと思ったが、そうではないのだな。」
「そうですね、何でこれがサウザンドニードルなのか私も知らないんですけど」
「サウザンドニードル……千の針…針千…ハリセ………うっ、頭が痛い……」
また中二病臭いことを呟いてから、千秋は頭を振って女性に向き直った。
「では、これをいただこう。領収証を書いておいてくれ」

「すみません、蛇の皮が欲しいんですけど、出そうな場所はありませんか?」
真昼の月亭を訪れたミケは、開口一番アカネにそう尋ねた。
「さっきは高次元プロンプターで、今度は蛇の皮ですかー?」
「えっ。高次元プロンプターを誰かが探しに来たんですか?」
「はい、千秋さんが」
「なるほど……」
「せっかくお渡ししたのに、これは高次元プロンプターじゃないって置いて帰っちゃったんですよー」
「ええっ?!アカネさん、高次元プロンプターを持ってるんですか?!」
「ありますよー、少々お待ちくださいねー」

少々の時間が経過。

「わーっわーっわーっ!?駄目です!これは、だっ、ち、違います!こんなものは高次元プロンプターではありません!置いていきましょう!むしろ封印です、封印!危険すぎ…」
「ミケさん……?」
「そんな目で見ないでくださいー!!」
「しょうがないですねえ。これはしまっておいてあげます」
妙に嬉しそうに高次元プロンプターを撤収するアカネ。
「それで、蛇の皮でしたっけ?」
「はい!アクセサリーを作りたいので、できるだけ大きな蛇がいいです」
「大きな蛇……大きな…うーん……」
アカネは眉を寄せて天井を見上げ、ややあって何かを思いついたように手を打った。
「ああ!……ミケさんならいけるいける!これです、頑張ってくださいねっ!」
「え……ええぇ?」
何やら地図を手渡され励まされたミケは、釈然としない表情のままアカネに背を押されて店を出た。

「いいところを教えてもらったみたいでぇ、良かったですねぇ」
「アカネさんのあの態度が引っかかりますが……まあ、向かってみましょう」
地図を見ながら、教えてもらった場所の確認をするミケ。
すると。

「アッーーーーー!!」

どこからか、何やら野太い悲鳴が聞こえてくる。
「……?なんだろ、だれかの悲鳴?」
「いつも思うんですけどこの悲鳴、どうやって発音したらいいんでしょうね?」
「アッー!って言えばいいんだと思いますよぉ……」
と、呑気な感想を垂れていると、悲鳴のした方向から妙にツヤツヤした様子のンリルカが手を振って駆けてきた。
「やあ、待ったかい?」
「ンりルカさん。さっき、何か悲鳴のようなものが聞こえませんでしたか?」
「んん?気のせいじゃないかなぁ」
「……あれ、その懐中時計は?」
ンリルカが手に持っていた蓋付の金の懐中時計を指差してミケが言うと、ンリルカは微笑んでそれを差し出した。
「あぁ、これ?掘り出し物があったから、お店のお兄さんと『交渉』して、キモチ良く譲ってくれたんだよ♪」
「………さあ、蛇を探しに行きましょうか」
ンリルカの言葉の含みと先ほどの特殊な悲鳴からあるひとつの結論を導き出したが、ミケはあえて気づかなかったことにした。
地図を見ながら歩き出すと、残る3人もそれについてくる。
「でも、ユキさんとンリルカさんがついてきてくれて良かったですよ」
「うん?ミケくんは蛇が苦手なのかな?ワタシのカラダにも、蛇に似たところがあるけど…嫌われてしまうのかな?」
「……その皮で作ったアクセサリーとか、それ、僕でも破談になるんじゃないかなってわかるんですが、どうでしょうか?」
いつもの調子でセクハラをしてくるンリルカに真顔で下ネタ返しをするミケ。
「作るとしたらマルさんから搾取することになりますかねえ」
「ふふっ、そうだね…やはり本人のものが一番愛がこもっているだろうしね?」
「うえ、ええぇぇっっ?!」
「……?」
下ネタがハイブロウ過ぎてユキにセクハラとして認識されていない。
ミケは何食わぬ顔で話を元に戻した。
「んー、蛇が好きか嫌いかで言ったら、嫌いなんですけど……それ以前に、魔術師はソロで行動するのは怖いですからねえ」
「前衛は任せてね、ミケさん!」
「えぇ、ワタシも戦力に数えられてるのか?戦いは二人に任せるよ、だって戦ったりしたら髪のセットが乱れてしまうだろう?」
「……ンリルカさんはそういう方でしたよね…」
そこまで言って、ミケはふと思い出したようにマルの方を見る。
「そういえば、マルさんはおうちで芸事の師範代をしてるって言ってましたけど」
「え、えぇ、はいぃ……そうです、けどぉ……?」
「芸事って、どういうものなんですか?」
「えっとぉ……簡単に言うと、舞、ですぅ」
「日本一!ですか?」
「ふ、古すぎますぅ……」
「失礼。舞というと、ダンスですか?男性なのに、珍しいですね」
「はいぃ。えっと、色々な要素を含む舞なのでぇ、男性の使い手の方が多かったりするんですよぉ。僕の師匠もぉ、父上ですしぃ……」
「そうなんですね。いろいろな世界があるんだなぁ……」
その話題はそこでひと段落したのか、ミケは再び地図に目を落とした。
「この位置だと…城壁の外ではないですね。住宅街でもないようですが…ちょっとした森、かな…」
地図の指し示す方向を見ながら呟いて、次にユキの方を見るミケ。
「ところでユキさん、蛇を捕まえる方法をご存知ということですが…」
「あっ、うん。蛇の捕まえ方、というか、対処の仕方は教えてもらったことがあるよ」
ユキの言葉にミケは軽く首をかしげる。
「教えてもらった?」
「うん、あのね、師匠がいなくなる前に、時々師匠に花売りさんがいっぱいいる場所に連れてってもらってたんだ」
「花売り…って、さっきの衣装をくれた人、ですか?」
「そうそう。師匠はね、花売りさんの中で一番人気のある人にいつもいろんな情報をもらってるんだけど、僕はいつも他の花売りのお兄さんやお姉さんたちにいつもお話してもらったり、遊んでもらったりしてたんだ。
他にも、僕が知らない人から花売りさんにならないかって勧誘された時も皆して追い払ってくれてたんだよ……ここ、僕にはよくわからないんだけど」
「ああうん、一生わからなくていいと思いますよ」
「その中の人の常連さんに大蛇を捕獲したことがあるっていう人がいて、その退治の仕方を聞いてたんだって。
それでね、僕にそれを教えてくれたんだ」
「どういう話の流れからユキさんに大蛇を退治する方法を伝授することになったのかは気になりますね…」
「確かね、蛇は暗いところが好きだから、狭くて暗いところを用意するとそこに入るんだって。
でね、そこに入ったらすぐに首を落とすんだって。そうしたらすぐ退治できるらしいよ」
「なるほど」
「でね、ちょっと考えたんだけど、どこかに穴を掘ってそこに蛇を誘導させようかなって思ってるんだ。どうかな?」
首をかしげて問うユキに、ミケは笑顔で答えた。
「いいと思いますよ。それじゃあ、この場所に向かったら、まずは穴を掘りましょうね」
「うん!」
そうして、一同は地図に示された場所へと急ぐのだった。

が。

「穴が一個じゃ足りないとかどういう事態なんですかー!!」
地図の場所に辿り着き、予定通りに穴を掘って誘導したはいいが。

ごわ!しゃー!ごおおぉぉぉ!

穴に入り込んだ蛇はいたものの、入り込むことができなかった8つの頭が火を吐き散らしながら周りを威嚇している。
「なんでこんな街の近くにヒドラが住み着いてるんですかー!?自警団とか騎士団とか何してるんですかー!?」
「ご、ごめんね、僕が穴をひとつしか掘らなかったから…!」
「あーもー、いいから、ユキさんは片っ端から首を切ってってください!」
「き、切っても切っても生えてくるよー?!」
「切ったところを速攻で焼けばもう生えないはずです、ファイアーボール!!」
「あははは、がんばれー♪」
能天気なンリルカの声援を受けながら、ユキとミケの死闘は続いた。

ぜーはーぜーはー。
「や、やっと静かになった……」
ようやく首の再生が止まっておとなしくなったヒドラの亡骸を見下ろして、ミケはため息をついた。
「……蛇の腹って、どこまでなんでしょうか……これ、うまくいったら無限に皮が取れてたってことなのかな……」
「それはちょっと…僕も嫌だな……」
「ですよね」
戦った二人が、げっそりしながら焼け残ったヒドラの亡骸の皮を剥ぐ。
どうにか剥ぎ終わり、中身も処分したところで、二人は汗を拭いて立ち上がった。
「ヒドラの蛇腹なら希少価値もあるし、喜んで貰えそうだよね♪」
何もしなかったンリルカが満足そうに頷く。
「希少価値なら、例えば…竜を呼び出せるマジックアイテムも持ってるけど、どうだい??手足と羽と角取れば、カタチは結構蛇っぽくなるからいいんじゃない?」
「や、ややややややめてくださいぃぃぃぃ!」
ンリルカの言葉に、なぜかマルが苛烈な反応を示す。
ンリルカはきょとんとして、それから柔らかく微笑んで見せた。
「そう?それならしょうがないね……なんだ、マルくんは竜が怖いの…?…ふっ、可愛いね…」
「ひ、ひぃぃやあぁぁぁ……」
「ンりルカさん、竜を呼び出したとしても結局手足と羽と角を取るのは僕達なんですよね」
「やだなぁミケくん、人聞きの悪い。ワタシが何もしてないみたいに」
「さっきだって何もしてなかったじゃないですか」
「失礼な。ワタシだってちゃんと戦っていたよ?うっ!しまった!毒蛇に噛まれてしまった!すぐに毒を吸い出さないと!」
「いろいろとツッこむ気も失せますね……念の為に聞きますが、どこを噛まれたんですか?」
「……くちびる☆」
「はい却下」
「じゃあ、こっちでもいいけど?」
「ベルトを外さないでください!」
「え、えっちなのはよくないと思います!」
さすがにここまでくればセクハラと理解したユキも必死になって止める。
ンリルカはちぇーっと言いながら、先ほどの懐中時計を取り出した。
「じゃあ、こういうのはどうかな?」
「それは……さっきの懐中時計ですか?」
「うん。この中には、ある蛇の魔物の隠し子が封印されているんだって」
「蛇の…魔物?」
「うん。通称≪クロノドラコーン≫って呼ばれてる、時を止める魔力を持っている巨大な蛇の魔物」
「く、クロノドラコーン?!」
「強そうな名前だね……普通の蛇の捕獲方法でも捕まえられるかなぁ?」
ぎょっとするミケの傍らでのんきな感想を述べるユキ。
ンリルカはそちらに向かってにこりと微笑んだ。
「強いと思うよ?んっと…ブレス一発でで集落一個くらい消滅させるくらいのレベルの魔物だけどいいよね?」
「え、ええええ?!そ、それはちょっと……!」
「以前、コレの親?を倒した事あるんだけど、数人の凄腕の冒険者達、みんな死にかけたんだよね」
「うっ……なんか、色々ごめんなさい」
「なんでミケくんが謝るの?」
「いえ、なんかすごく謝らなければならない気が…ていうかこの蛇の皮は水晶だから腹の皮は取れない気がするんです…」
「よく知ってるね?」
「電波が舞い降りてきました」
「ああ、なんか、どっかでゼルくんが元気にやってそうな気がするんだよね」
「今はエンドレスサマー中ですよ」
「よく知ってるね?」
「電波が舞い降りてきました」
天丼は2回まで!
「じゃあ、遠慮なく封印を解いちゃおうか。えいっ!」
ぱか。
ンリルカは楽しそうに、懐中時計の蓋を開けた。
とたんに、あたりに雷鳴が響き、大風が巻き起こる。
「こ、これは……?!」

一方、その頃。
「しかし曰く物の割りにあんまりたいした物ではなさそうに見えるが、本物なんだろうか。
金属製の割りに紙のように軽いのはさすがだと思うが、ぱっと見それだけのようにも……」
千秋は買い取ったサウザンドニードルを手にとってしげしげと眺めながら、帰路についていた。
と、突如あたりが暗くなり、雷鳴とともに大風が巻き起こる。
「ん……なんだ…?」
千秋は辺りを見回し、風の中心となっているところへ駆けた。

「ミケ!どうした!」
「ち、千秋さん!」
雷鳴と大風に混乱している様子のミケが、千秋の姿を認めて駆け寄る。
「あの、ンりルカさんが、クロノドラコーンの封印を解いてしまって!」
「なに、クロノドラコーンだと?!もしかして、ルナイトで遭遇したやつか!」
「千秋さん、知ってるんですか?」
「まあな。何でこんなところに……まあ、そんなことはあとだ。早速このサウザンドニードルを試して……」
と、千秋がサウザンドニードルを構えたところで。

しゃー!

ンリルカの掲げた懐中時計の上では、全長25センチほどの小さな蛇が器用に鎌首をもたげて威嚇していた。
「あ、やっぱりガゼネタだったか♪」
楽しそうに言うンリルカ。
「な……」
千秋は振りかぶったままのハリセンを、ためらうことなく振り回した。

「何でやねーーーーーん!」

「おー、飛んだ飛んだ」
「見事ですねえ」
「雷も風もやんだね…よかった」
「ち、千秋さん、さすがですぅ……」
空の彼方へ消えていったクロノドラコーン(仮)を、ギャラリーは歓声を上げながら見送ったという。

「これ、ミケが取ってきたの?!すごーい!」
宿に帰ったあと。
ミケとユキがテーブルの上に並べたヒドラの腹の皮を見て、レティシアが感心したように声を上げる。
ミケは嘆息した。
「皮をとってきてから考えようとは言いましたが、よく考えたらこれをアクセサリーに加工しなくちゃいけないんですよね…」
「そ、そうだったね……」
ミケもユキもそこまで考えていなかったらしく、眉を寄せて思案する。
とそこに、ンリルカが笑顔で割って入った。
「だったら、ワタシが加工してあげるよ」
「ええっ、ンリルカさん、そんなこともできるの?」
「伊達に便利屋をやってないからね。任せてよ。どんなアクセサリーにしたい?」
「え……えっと、蛇腹のアクセサリー、としか考えてなかったから……」
そこも考えていなかったらしく、ユキは困ったようにミケを見上げた。
しかし、彼もまた同様であったようだ。
「僕はアクセサリーとかよくわからないんで……ンリルカさんのセンスにお任せします」
「了解♪じゃあちゃちゃっと作ってくるから……おとなしく、待ってるんだよ?」
ウィンクを投げて隣の部屋へと移動するンリルカ。
この時、彼らはまだ分かっていなかったのだ。
『ンリルカのセンスに任せる』ということが、どれほど危険なことなのかを。

「さあ、できたよ!でれでれでれでれ………」
四半刻後。
部屋から出てきたンリルカは、自分の口でドラムロールを奏でてから、じゃじゃん!とこれまた自分の口で効果音をつけ、作ったものを差し出した。
「ナノクニに宣教にやって来た、あの有名なトンスラヘアーの宣教師が首にしていた蛇腹のアレ~!!」
差し出したその蛇腹状の大きな円形の襟を、ンリルカは楽しげに自分の首につけてみせる。
ラッフルと呼ばれるその独特の形状の襟は、蛇柄と腹皮のツートーン柄で、チャラ男ファッションの彼となんともちぐはぐな印象を与えた。チャラ男ファッションでなくてもちぐはぐだろうが。
「…………」
唖然として言葉が出ない一同を尻目に、ンリルカは嬉々として説明を始めた。
「これはすごいぜ?襟に使えるだけじゃなくて、こうやってココとココを少し広げて、頭にのせれば……」
ひょい、とマルの頭に乗せて。
「なんと、シャンプーハットとしても使える代物なんだ!」  
たっぷりの沈黙が落ちる。
「……レティシアの用意したものはどんなものなんだ?」
「あっ、私はねえ、クマさんとラメとリボンでデコった……」
ンリルカの作ったものをなかったことにしようと強制的に話題を逸らす千秋。
そこに。

「帰ったぞ!」

ばたん、という音と共にドアが開き、ネッシーが帰ってくる。
「やあ、ネッくん。首尾はどうだい?」
「うむ、それがな。『桜色の白磁器』こと『ジャバラーノ・アクセサ・リー』に勝負を挑むべく決闘の場に向かったのだが、残念ながら更衣室が見つからず、仕方なく外で着替えていたらまた自警団を呼ばれてしまった」
「うん、そんなことじゃないかと思ったよ♪」
「だが、自警団からこんなものを預かってきたぞ、マル」
「えぇっ?」
ネッシーの差し出したハンカチを受け取って、マルはきょとんとした。
「お前のものだと言っていた。間違いないか?」
「はっ、はいぃぃ!僕のものですぅ!」
ネッシーに踏まれたまま有耶無耶になってしまったハンカチが戻ってきて、嬉しそうに微笑むマル。
すると、引き続き。

「かえり、ました」

かちゃ、とドアが開き、今度はアフィアが帰ってきた。
「アフィア!おかえりなさい。何かいいものは見つかった?」
「蛇腹、モチーフ、アクセサリー、買ってきました」
アフィアが差し出したのは、アコーディオンをモチーフにしたブローチだった。
「………」
「………」
「……………普通ですね」
「普通だな」
「普通だ」
「普通、文句言われる、納得いかない、です」
アフィアは不満そうな様子で、わずかに眉を寄せるのだった。

テーブルの上に並んだ「宝物」たち。

『桜色の白磁器』。
マルの手作りの器。
マルの書いたポエム。
ユキが用意した、桜模様の湯呑み。

『高次元プロンプター』。
レティシアが用意した、普通のプロンプター。
ミケが用意した、使い魔と契約するための魔道書一式。

『蛇腹のアクセサリー』
ミケとユキとンリルカが作った、ヒドラの腹の皮を使用したラッフル。
千秋が用意した、サウザンドニードル。
レティシアが用意した、手作りデコの蛇腹アクセ。
アフィアが用意した、アコーディオンのブローチ。

「………カオスだな」
思わず呟く千秋。

なんにせよ、宝物は揃った。

あとは、『姫』に捧げに行くのみ。

「嫌な予感しかしませんね……」
ミケの呟きはマルに届くことなく、虚空に溶けて消えた。

「え……こ、ここなんですか……?」
「はいぃ!彼女はここで寮生活をしながら、魔法を勉強してるんですよぉ」

マルが案内した建物を、冒険者の何人かは唖然として見上げた。
ヴィーダ東部を占める学生街「学びの庭」。中心にある広場の真正面に位置する「フェアルーフ王立魔道士養成学校」は、学びの庭の中でも特に有名な部類である。
「僕…こないだここに来たばっかりなんだけど…」
「奇遇ですね、僕もです」
「うちも」
「俺は割と久しぶりだな…」
「あ、私も私も。ルキシュ元気かなぁ」
「ワタシも来たことあるよ、可愛らしい友達の家庭教師をしにね♪」
「なんと奇遇だなンリ!俺もちびっこの家庭教師をしにやってきたことがあるような気がするぞ!」
奇しくも全員、この学校には縁があるようだった。そのことにも多少驚きつつ、ミケは思わず二度聞きする。
「ま、マルさん、本当にここに、その……お見合い相手が、いるんですか?」
「はいぃ!ここで一生懸命、魔法の勉強をしてるそうですよぉ」
「ま……まさかの顔見知りの予感……?」
「じゃあ、早速ぅ、プレゼントを渡しに行きましょうー!」
間延びしながらもやる気満々の様子で、マルは両手いっぱいのカオスな贈り物を持って意気揚々と足を踏み出した。
「ま、待ってくださいマルさん!」
嫌な予感しかしないミケは慌てて止めるが、意外に足の速いマルは止まる気配を見せない。
特に部外者立ち入り禁止ではなさそうな校内を、まるで居場所を知っているかの如く迷いなく突き進んでいくマル。
「……あっ!」
やがて、中庭の木陰に目当ての人物を見つけたらしいマルは、パッと目を輝かせて駆け出した。
自作のポエムを手に持ったままぶんぶん振り回し、喜色満面で相手の名を呼ぶ。

「カイさあぁぁぁぁぁん!!」

「はぁ?!」
「え、えぇぇ?!」
名前に聞き覚えのあるミケとレティシアが仰天して声を上げる。
マルの駆けていく先、中庭に設えられた木陰のベンチに、おそらく彼と同じくらいの年代であろう少女が座っていた。
赤い髪を短く揃え、髪と同系色の動きやすそうなボーイッシュな服装に身を包んでいる。小柄で華奢ともいえる体格をしていたが、耳の後ろに見える3対の角が、彼女が竜族であることを伺わせた。
カオスなプレゼントを振り回しながら駆けていくマルを慌てて追いかける冒険者たち。
カイと呼ばれた少女は、自分に向かって走ってくる人物を認め、目を見開いて腰を上げる。
「……あれ……あんた……」
「カイさあぁぁん!!」

「………誰だっけ?」

ずべがしゃーん。
お約束の展開にマルがプレゼントごと派手にずっこける。
ついでに彼のあとについて走ってきた冒険者たちも見事にこけた。
「か……カイさん……」
「あれっ。ミケじゃんどうしたのそんなところで足ズッコケして」
「ほ、本当にカイがマルのお見合い相手なの?!」
いち早く立ち直ったレティシアがカイに詰め寄ると、カイは更に目を丸くした。
「お見合い?!何の話?!」
「ちょっとマルさん、話が違うじゃないですか!」
「うーんやっぱりねぇ、そんな気がしてたんだ♪」
「睨み合いは行われていなかったというのか…残念だな」
「プレゼント、用意しても、ストーカー、よくないです」
「マルさん……変態じゃないと思ってたのに……残念だなぁ…」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいぃぃ」
マルはようやく起き上がって、泣きそうな顔で訴えた。
「カイさあぁん!僕ですぅ、マーロウ・スタインですぅ!!」
「マーロウ・スタイン……」
名前をつぶやきながら、マルをしげしげと眺めるカイ。
ややあって、ああ、と手を叩いた。
「スタインさんとこの息子さん!」
「なんだその、近所のお子さんみたいなノリは……」
千秋が呟くと、カイはそちらを向いて眉を寄せた。
「だって、父さんの友達のお子さんだもん」
「お父様のお友達…?」
「うん。こないだのウォークラリー、ほらミケたちも参加したでしょ?」
「ああ、はい。そういえば、オルーカさんは別の方と参加してましたね。カイさん出られなかったんですか?」
「それがさー、父さんが急に帰ってこいって呼び出すから何かと思ったら、友達と食事するからって。あたしの両親と、スタインさんご夫妻と、そこの……えっと、名前なんだっけ」
「ま、マルですぅ………」
割と泣きそうな表情で言うマル。
カイは気に留めた様子もなく、そうそう、と頷いた。
「マルの6人で食事したのよ。で、今なにしてるとか、趣味はーとか、好きな食べ物はーとか、将来の夢はーとか、いろいろわけわかんない話してさ」
「………あのさ、カイ」
「ん?」
レティシアが神妙な表情でカイに尋ねる。
「ひょっとして、カイのご両親と、マルのご両親、途中で退席しなかった?」
「え?ああ、そういえば。もうお腹いっぱいになったって言って、あとは若い二人でゆっくりしなさいって出てったよ。よく知ってるね」
「カイ………」
レティシアは何かをこらえるような表情で、ぽん、とカイの肩に手を置いた。
「一般的に、そーゆーのをお見合いって言うんだと思うわよ?」
「えぇ?!」
驚くカイ。
「なんだかマルさんが可哀想になってきたよ……」
「むぅ……睨んでいたのはマルだけだったということか。切ないな」
「あはは、じゃあお見合いしたっていうのもあながち嘘じゃなかったんだねぇ」
憐れむような視線をマルに送りながら口々に感想を述べるギャラリー。
「え、えぇっと……じゃ、じゃあ、マルさんに宝物を要求した、っていうのは……?」
ユキが恐る恐る尋ねると、案の定カイは眉を寄せて首をひねった。
「宝物?」
「うん。マルさん、僕たちを雇ってそれを一生懸命探してたんだ……」
「宝物、持ってくれば、結婚する、言った、聞いてます」
アフィアがさらに言うと、カイは驚いて首を振った。
「い、言ってないよそんなこと!」
「マルさん、話、違う、なぜですか」
今度はマルの方を向いて淡々と問うアフィア。
マルはさらに泣きそうな表情で、カイに言う。
「そ、そんなぁ……カイさん、言ったじゃないですかぁ。桜色の白磁器が好きだって、欲しいってぇ……」
「桜色の白磁器………?」
マルの言った言葉に、カイは盛大に眉を顰めて考え込んだ。
「うーん………」
たっぷり3分考え込んだあと、自信なさげな声を、首をひねりながら絞り出す。
「ひょっとして……あれかな……?」
「な、なんですか?」
「最近ハマってるんだよ。なかなか手に入らないから、あったら買っといて欲しいな、って言った覚えはある…かも」
「だから、何を」

「……桜肉のジャーキー」

沈黙。
「………全然違うじゃないですか!!」
「え、ええぇぇぇ?!」
「ねえ、桜肉って何?」
「馬肉のことだ」
「馬肉のジャーキー……」
「干してる段階で溶けてなくなりそうだね」
「じゃ、じゃあ、高次元プロンプターっていうのは?!」
「こうじげんぷろんぷたぁ?」
さらに盛大に眉を顰めるカイ。
「うーん………」
さらにたっぷり5分は考え込んでから、はっと何かを思いついたように顔を上げた。
「……ひょっとしたら」
「今度は何だ……」
「いや、これも最近好きでよく買ってるんだけどね…こないだ切れちゃってて、帰りに買ってこうかなって話してて」
「な、なにを……?」

「……コーヒー味のプロテイン……」

さらに沈黙。
「…………全然違うじゃないですかーー!!!」
「ええぇ、えぇぇぇええぇ?!」
「ふむ、すると俺が持ってきた情報が一番近かったというわけだな」
「さすがネッくんだね☆」
「じゃ、じゃあ、じゃあ!!」
大混乱の様相を呈してきたところで、やはり混乱している様子のユキがさらにカイに問うた。
「蛇腹のアクセサリー、っていうのは?!」
「あっ、それならわかる!」
カイは直ぐに思い当たった様子でぽんと手を打った。

「ジャッドバラ・アックス!」

「………は?」
「クロソア地方の伝統的な鉾槍なんだよ!斧刃と鈎爪がついた槍みたいな形しててさ、近代武器のシャープさはないんだけど無骨な作りが『だがそれがいい』って感じでさ!こないだたまたま入った武器屋にあったんだけどその時持ち合わせ無くってねー、あとでお金持ってきたんだけどもう買い取られてたんだよ、惜しいことしたなー。アレは割と真剣に欲しかったよ」
「………カイさん、お見合いの席で何話してるんですか……?」
逆にカイを憐れむような視線でミケが言うと、カイも不本意そうに眉を顰めた。
「だから、あたしはお見合いだってわかってなかったんだって……」
「……つまりは」
頭痛をこらえるように頭を抑えて、千秋。
「マルが言ってきた『宝』とやらは、全て奴の聞き違いで……俺たちは、全く見当違いのものを必死になって探してきた、というわけか……」
「まあ、『持ってきたら結婚する』っていうのも、この分だとマルくんの聞き違いだろうねぇ」
「あ、あんなに苦労したのに……」
「うちらに、瑕疵、ないです。聞き違いした、マル、責任、取るべき」

「そ、そんなあぁぁぁぁ……」

マルは絶望的な表情で顔を覆った。
責任を取ることよりも、自分のプレゼントがまったくもって彼女のハートにかすりもしなかったどころか、名前を覚えられてすらいなかったことが相当ショックだったようで。
「マル……」
レティシアが心配そうにマルを覗き込む。

だが。

「……ぼ、僕は諦めませえぇぇぇんっ!!」

唐突に、マルはメラメラと闘志に燃えた瞳で立ち直った。
おぉ、と驚きの声を上げる冒険者たち。
「僕はっ、こんなことでぇ、くじけませぇんっ!
か、必ずっ、カイさんを振り向かせてみせますぅっ!!」
まだ若干頼りなさげな口調で、それでもたからかに宣言するマルを、見直したような視線で見上げる一同。

すると、マルは一同をくるりと振り返って、満面の笑みを向けた。

「だから、皆さん、協力してくださいねぇ!」

「いやそこは自力で頑張れよ!!」
即座にツッコミの嵐がマルを襲ったという。

やっとたどり着いた姫君は、難攻不落の戦いの女神。

女神に魅入られた哀れな求婚者は、果たして想いを遂げることができるのか?

その運命は、あなたにかかっている。

………たぶん。

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