その日、ヴィーダの大通りにはちょっとしたパニックが訪れていた。

「変態だーーーーーーーー!!!」

そんな叫び声とともに、まるで波が引くように人々がさあっといなくなっていく。
その中心には。
「どういうことだろうか。若者の心を打つにはコスプレなるものをするのが良い、という噂を聞いたからには、このコスプレで筋肉のすばらしさを広めるのが一番有効であるはずなのだが……何故か人々が一斉に逃げていく。うむう。兄上発祥の噂なのだから確かなはずなのだが」
ふむ、と首をかしげるひとりの男。
だが、彼はただの「ひとりの男」と形容したくない要素に満ち溢れすぎていた。
2m近い長身に、オイルでも塗っているのかてかてかと立派に輝くこれみよがしの肉体美を、なぜかノースリーブのタキシード(らしきもの)とホットパンツで包んでいる。あまりにもピチピチで、今にもそこかしこからこぼれてはいけないものがこぼれ出しそうだ。
極めつけにはシルクハットに仮面舞踏会のようなマスク。
どこからどう見ても不審者以外の何者でもありませんという様相の彼は、自分を中心に人がさあっと散っていくのを不思議そうに眺めている。
だが、そのうちに、誰かが呼んだのだろう、紺色の制服に身を包んだ自警団がわらわらと現れる。
「またお前か……!」
呆れたように言う自警団たち。どうやら常連であるらしい。常連になってしまったことが多少物悲しい。
む、と彼は心外そうに首を傾げた。
「また、とはどういうことだ。俺の名は筋肉仮面、世に筋肉の素晴らしさを伝えるために筋肉星からやってきた謎の人……」
「はいはい、いいから来てもらおうか、ネフィルス・アーティ!」
「なにっ。お前、なぜ俺の正体を知っている?!千里眼か?!」
「その出で立ちで正体を隠せてると思えるお前の脳内構造を知りたいよ。いいから来い、猥褻物をこれ以上公共の場で披露するな!」
「猥褻物とは失礼な、この肉体美がわからんのか」
「わからんしわかりたくもない!」
大通りのど真ん中で揉める自警団と変態。
しかしそこに、無謀にもつかつかと近づいてくる影がいた。

「あのぉっ!」

精一杯出したと思われるがなぜか間延びした声に、自警団と変態がそちらを向く。
そこには、胸元でぎゅっと荷物を握り締める少年の姿。
「え、え、えっとぉっ、そ、その人……」
何か懸命に言いたそうにする少年に、変態がぽんと手を打って返事をした。
「おお。お前はもしや、こんな追われたり捕まっていたりする俺を拾ってくれる仁義溢れる者だな!」
「ええぇ?!」
斜め上からすっ飛んできた変態の発言に驚く少年。
変態はもっともらしく頷いた。
「やはり、若者の心を打つにはコスプレなるものが有効だったということか…俺の信念と兄上の噂は間違っていなかった。では仁義溢れるお前にはこの、俺お手製の『ネッシーを殴っていい券』を2枚進呈しようと思う」
「え、えええぇ?!い、いりま」
「一人で二人分殴ってもよし。友人とシェアしてもいい。もちろん、殴るだけでなく蹴っても構わんぞ」
「だ、だから、いりませ……」
「なに。そうか、では仁義には仁義で返そう。何か困っていることはないか。全力で力になろう」
「え、え、あの、ちょっと、ええええ!」
わけがわからない様子で変態に連れ去られていく少年。
自警団はそれを呆然と見送ってから、ふと足元に目をやる。
「……おい、これなんだ?」
「ハンカチ…だな。足型が付いてる。さっきの変態が踏んでたんだろう」
「…ひょっとしてあの坊主、変態がハンカチ踏んでるから退いて欲しかったんじゃないのか……?」
少しの間。
「……まあ、変態がいなくなったしいいか……」
「…だな。一応、拾得物として保管しておこう……お、これが名前だな」
自警団の青年は、ハンカチに記されていた名前を読み上げてメモをした。

「マーロウ・スタイン……っと」

「……で、その方も一緒に依頼を受ける、わけですね……」
「はいぃ……あのぉ、なんかそういう流れになってしまってぇ、僕にもちょっとよくわからなくてぇ……」
真昼の月亭。
待ち合わせた冒険者に、少年……マーロウ・スタインは肩を落としてそう説明した。
となりで陽気に笑っているのは、変態スタイルを解除した変態。どうにか説き伏せて服装だけは普通に戻してくれた。
手入れもせずに伸ばされた様子の赤紫の髪を適当にくくり、濃い紫色の瞳を大きく見開いて暑苦しい視線を周囲に投げかけている。ノースリーブのタキシードほどではないが、身軽そうな旅装束をまとい、黙って立っていれば冒険者に見えなくもなかった。
「はっはっは。まあ、細かいことはいいじゃないか。俺はもはやどうしてこいつについてきたのかすら忘れたぞ!」
「豪快に笑いながら威張ることですか」
冒険者たちの一人がつっこむが、旧変態は全く意に介する様子もない。
「まあまあ、とりあえず俺のことはネッシーと呼んでくれ。フルネームを書いた紙を着替えの時にどこかに落としてしまったらしくてな!」
「紙がないとフルネームも危ういのか…」
「名前など細かいことはどうでもいい。さあ、まずはお近づきの印に殴ってくれ!」
「はあ?!」
「親しくなるにはまず殴り合いからだ!もちろん殴られるのが嫌だと言うのならば一方的に殴ってくれて構わん。ストレスを発散したい時は呼んでくれ。そして殴ってくれ。蹴りでもいいぞ」
「マーロウさん、まずは順番に自己紹介していっていいですか」
「おいこら華麗にスルーするな。それによく見れば、そこにいるのは千秋じゃないか!」
ネッシーが嬉々として指差した先で、千秋と呼ばれた青年がうんざりした様子でため息をついた。
「忘れていそうなら黙っておこうと思っていたのだが……覚えていたか」
「千秋、知り合いなの?」
「残念ながらな。以前、同じ依頼を受けたことがある」
「はっはっは、懐かしいな!再会を祝してこの『ネッシーを殴ってもいい券』を贈ろう。遠慮はいらん。必殺技の練習台にしてもいいぞ。有効期限は無いからな」
「いらんから引っ込めろ」
鬱陶しそうに、ネッシーの突き出した券を手で避ける千秋。
名前の響きの通り、ナノクニの装束を身にまとった二十歳ほどの青年である。黒い髪を無造作に束ね、黒い瞳には落ち着いた輝きが湛えられている。その眼差しが、見かけの年よりもぐっと彼を年かさに見せていた。
「一日千秋という。千秋でいい。ネッシーとは別口で、依頼を共にした奴らも多いみたいだな。今回もよろしく頼む」
千秋の言葉に、この場にいるほぼ全員がふっと表情を緩める。どうやらネッシー同様、皆旧知の仲であるようで。
「次は僕ですね。ミーケン=デ・ピースといいます。ミケと呼んでください」
続いて言ったのは、千秋の隣に座っていた魔道士の青年だった。
青年、というには、彼は少々華奢で可愛らしい顔立ちをしているかもしれない。長い栗色の髪を三つ編みにし、大きな青い瞳は落ち着いた輝きを湛えている。黒いローブを身にまとい、肩には使い魔の黒猫という、どこから見ても魔道士ですという出で立ちだ。
「物探しの依頼は久しぶりですね。頑張りますのでよろしくお願いします」
「はぁ…相変わらず素敵だわ、ミケ……!」
丁寧に礼をするミケを、隣に座っていた少女が熱い眼差しで見つめながら心の声をダダ漏れにしている。
ミケはきょとんとして彼女の方を向いた。
「次、どうぞ?レティシアさん」
「はっ!わ、私ったらつい…よだれよだれ」
慌てて口元を拭ったのは、千秋より少し年下であろうと思われる少女だった。長い金髪をポニーテールにし、勝気そうな緑の瞳をしている。やや露出度が高い魔道士装束をまとう姿は、活発そうな様子と奇妙なミスマッチを見せていた。
「えっと、レティシア・ルードです。私ももの探しは久しぶり…っていうか、冒険者のお仕事するのもかなり久しぶりなんだけど、頑張ってかからせてもらうから!よろしくね」
「……次、うち」
短く言ったのは、レティシアの向かいに座った少年だった。
レティシアよりもさらに年下だろうか。青みがかった白髪に表情のない金の瞳、一般的な旅装束に身を包んでいる。幼げな顔立ちとは相反した、落ち着いて達観した様子がこちらも妙にアンバランスだ。
「アフィア、いいます。ミケ、千秋、ユキ、一緒の仕事、あります。よろしく」
「えっと、僕で最後かな?」
アフィアの隣に座っていた少女が遠慮がちに声を出す。
見かけの年はアフィアと同じくらいだろうか。襟足だけ伸ばした髪は鮮やかなブラウン、大きな黒い瞳は幼い印象を与えている。可愛らしい容貌に反して身に纏うものは全身黒ずくめで、酒の名前のコードネームが与えられていそうだった。
「ユキレート・クロノイアです。ユキって呼んでね。僕も一生懸命頑張ります、よろしく」
一通り挨拶が済んだところで、依頼人の少年がへらっと笑みを見せる。
「えっとぉ……じゃあ、改めて……あの、マーロウ・スタイン……ですっ。マルって呼んでくださいねぇ」
年のころは17歳程度といったところだろうか。赤茶けた髪の毛を無造作に伸ばし、前髪だけは邪魔なのか括っているのが何とも珍妙な印象を与える。大きな赤い瞳を分厚い眼鏡で隠し、目元に散らばるそばかすがさらに幼く見せていた。
男性とは思えぬほど華奢な体に青い民族衣装を纏い、きちんと立てば背は高いのだろうが何やら必要以上に猫背でもじもじしている。
「えっとぉ……その、今回は、僕の依頼を受けてくださってぇ、ありがとうございますぅ……」
「何やら、探して欲しいものがある、ということですが……?」
ミケが水を向けると、マルは深い溜息をついた。
「はいぃ……実は、その品物を持ってくることが、結婚の条件だって言われたんですぅ……」
「結婚の条件?」
目を丸くするレティシア。
マルはこくりと頷いた。
「はいぃ。あの、実は、先日、お見合いを……しましてぇ。その相手に……」
「にらみ合いで出会った相手…そうか、決闘か」
「はぁ?」
なんの前触れもなく斜め上から切り込んできたネッシーに、冒険者たちが素っ頓狂な声を上げる。
だが、ネッシーは納得顔でうんうんと頷いた。
「なるほど、そのために必要な特訓をするための秘密兵器、もしくは秘密の特訓機材を探すのだな。そうして相手と再会するまでに己を鍛えようというのだな…見た目によらず漢らしい漢よ。
そうか、今流行のギャップというヤツだな。秘められた力が覚醒するというヤツだな。普段は弱弱しでな少年が、戦闘が始まると禍々しいオーラを纏い、口調が仰々しく変わって高笑いを上げたりするアレだろう。素晴らしい」
「マルさん、この人は気にしないで話を続けてください」
「だからスルーするなという……むぐ」
ネッシーの隣に座っていたアフィアが無言でその口を塞ぐ。
マルは安心した様子で話を続けた。
「……僕、一目ぼれだったんですぅ……」
ぽ、と頬を染めて。
「でもぉ、彼女、これを持ってこないと、結婚しない、ってぇ……
どうしても、彼女に振り向いて欲しくてぇ……でも、僕、ずっと村で暮らしてたし、外のことはあまりよくわからなくてぇ……
だから、そのぉ……手伝って、欲しいんです」
ぎゅ、と手を握りしめて。
マルは顔を上げると、真剣な表情で冒険者たちに言った。
「お願いしますっ。彼女と結婚するために、僕の宝物探し、手伝ってくださいっ!」
がば、と頭を下げるマルに、一瞬沈黙が落ちる。
「えーっと……確認したいんだけど」
気まずげに口を開くレティシア。
「3つの品物を探すってことでいいのね?で、見つけてきたら結婚して『あ げ る』…と」
ふう、と息をついて。
「ずいぶん上から目線のお相手なのねぇ…。一目惚れに関しては、私も偉そうなことは言えないから言わないけど……
……ねぇ?本当にそんな相手と結婚したいの?」
「も、もちろんですよぉ!」
はなからかなり乗り気でないレティシアの問いかけに、マルは拳を握りしめて力説した。
「彼女は、素晴らしいひとなんですぅ!彼女が結婚してくれるなら、僕は何だってぇ……!」
「…そうなんだ、そこまで思ってるなら止めないけどさぁ……」
釈然としない表情で肩をすくめるレティシア。
そこに、ユキが首を傾げて言った。
「えっと、その、一目惚れした人ってどんな人?」
冒険者たちがそちらを向き、さらに続ける。
「こう、知的な人、とか、珍しいものが好き、とか」
「そうだな、相手のことについては少し聞いておきたい」
同意したように千秋も頷く。
「相手とはお見合いで知り合ったのか。初めて会ってからどれくらいなのかはちょっと聞いてみたいな。
……まあ、無理難題を聞いてやるだけの相手なのか、とかな。
他人事ではあるが、一応」
「えっとですねぇ……」
マルは照れた様子でもじもじと指先を動かしながら、話しだした。
「お見合いをしたのはえっとぉ……確か、先月のことですぅ。ちょうど1ヶ月くらい前、ですかねぇ……」
当時のことを思い出すように遠い目をしながら。
「どういう人、って言われるとぉ……そうですねぇ、太陽のような人、かなぁ…」
陶酔しきった瞳で言うマルに、一同のほとんどが若干げんなりした表情を見せる。
マルは構わず続けた。
「明るくてぇ、ハキハキしててぇ、僕の道を照らし出してくれるようなぁ、そんな人ですぅ……」
フィルターがかかりすぎて全く要領を得ないマルの描写に、ユキが根気よく尋ねる。
「でも、冒険者に依頼を出して探さなきゃならないような、珍しいものが欲しい、って言ってるんでしょ?」
「はぁ……そうなんですよねぇ。村のみんなに聞いても知らないって言うしぃ…彼女は都会暮らしだからぁ、都会の方に聞けばわかるかと思ったんですけどぉ……」
「都会暮らし?その彼女は、ヴィーダに住んでるの?」
レティシアの問いに頷くマル。
「はいっ、ヴィーダに住んでてぇ……それで、ヴィーダに来れば売ってるものなのかと思ってぇ…でも、どこに行ってもそんなものはないって言われちゃってぇ……」
「成程な…」
ふむ、と頷く千秋。
「まあ、具体的なことはわからんが、お前がその彼女をそこまでして好きなのはわかった。
ところで…村から出たことは無いと言うがどこの出身なんだろうな?民族衣装とかだとリュウアンのようにも思えるが……」
「あっ、はいぃ、よくご存知ですねぇ。リュウアンというかぁ、あそこは多分リュウアンじゃないと思うんですけどぉ……まあそのぉ、リュウアンの近くですぅ。山奥でぇ、あんまりよその人も来ないんですよねぇ」
何故か嬉しそうにへにゃへにゃと話すマル。
そこに、ミケが質問を重ねた。
「お相手の方も同じ村の方ですか?」
「ええっとぉ…同じ村、では…ないですぅ。うちの村と、昔から仲良くしてるところでぇ……その縁もあって、お見合いっていう運びになったんですよねぇ……」
「マルさんご自身は、どんな仕事をして、どんな家の方なんですか?」
「えっとぉ……僕は、父の見習いのようなことをしてるんですよぉ。父はある芸事の師範をしていてぇ…僕はまだ、師範代、ってところですかねぇ…」
「へぇ、そうすると、割と由緒正しいお家なんですか?」
「そうなんでしょうかぁ?うちくらいのところならぁ、結構あると思いますけどぉ…」
「そういう難題を出してくるって、向こうの人の方が身分が上とかそういうことなのかな、という純粋な疑問ですが」
「ええっ。難題……ですかぁ?」
マルはぎょっとしたように言ってから、眉を寄せて首を傾げた。
「僕としてはぁ、難題っていうことではないと、思うんですけどぉ…プレゼントが欲しい、っていうことですよねぇ?可愛いと思いますぅ……」
「そ……そうですか?では、身分的には……」
「別にぃ、特別身分が高い人ではないですよぉ?まぁ、僕の中では太陽なんですけどぉ」
「そ、そうですか……では、お見合いしたとき、お相手の方の、あなたとの結婚に対する感触って、いかがなものだったんですか?」
「感触、ですかぁ?」
きょとんとして首をかしげるマル。
ミケは言いづらそうに眉を寄せた。
「乗り気だったのか、それとも嫌がっていたのか……難題を突きつけてきたっていうことは、後者かなと、ちょっと思ったのですけれども」
「難題、ですかねぇ?」
「一般的に、特に身分の差のない見合い相手に対して、これを持ってきたら結婚してやる、と言うのは、難題だと思いますが…」
「そうよねぇ」
同意して頷くレティシア。
マルは眉を寄せて唸った。
「うーんん……特に、嫌がってた様子では、なかったと思うんですけどぉ…普通に、笑ってお話してましたしぃ…」
「そうなんですか……?」
半信半疑のミケ。
そこに、ネッシーの口を塞いだままのアフィアが淡々と言った。
「疑う、しても、本当のこと、わからない。そこ、追求する、無意味、思います」
「まあ……うん、そうですね」
「それより、現実的な話、する」
アフィアはやはりネッシーの口を塞いだまま、マルの方に向き直った。
「品物、探す、期日、ありますか?あと、予算、どれくらい、ですか?」
「あ、それは僕も気になってました」
同調して言うミケ。
「いくらまで出せますか?……必要経費をですよ?」
「あとから付け足すと余計に怪しいぞ」
千秋のツッコミをよそに、マルは嬉しそうに頷いた。
「もちろん、皆さんの報酬の他にぃ、手に入れるためのお金も用意してますよぉ。金に糸目は付けませんからぁ、じゃんじゃん探してくださいねぇ」
「結構おぼっちゃまなんですかね……」
「いかにも世間知らずそうだしね……」
こそこそと言い合うミケとレティシア。
マルは更に続けた。
「彼女からはぁ、いつまでに持って来いっていうのは、言われませんでしたからぁ……あの、期限も、特に設けませんねぇ。
ひとつずつ、みんなで探していきましょぉ」
「わかりました」
笑顔で頷くミケ。
「大丈夫、手伝いますよ。だから、背筋伸ばして頑張りましょう」
「そうだぞ!猫背はいかんぞ猫背は!」
アフィアの手を難なく外し、何の前触れもなく立ち上がったネッシーが誇らしげに胸をそらす。
「背骨にも筋肉にもよろしくはないからな。まずは腹筋を鍛える事だ。なに、腹筋運動をする他にも、鍛える方法はある。
楽しみながら腹筋を鍛える方法、それは、腹の底から歌う事だ。さあ、歌え。周囲の目は気にするな。じきにそれも快感になる。お前の想いを、筋肉への賛美を、全力で叫ぶのだ!」
「え、え、ええぇ?」
いつの間にか猫背矯正が筋肉への賛美に摩り替わっている。
マルの戸惑った様子に、アフィアが再び強引にネッシーを座らせた。
「少し、静かにする、いい、思います」
「むう。何故か俺の周りにいるやつは皆一様にそう言うのだが、まあいい、静かにしていよう」
「え、えぇぇとぉぉ、あの、ネッシーさんも、僕が彼女とうまくいくように、アドバイスしてくれたんですよねぇ」
へらっと笑ってスーパーポジティブ解釈をするマル。
「あの、よかったら、皆さんも……聞かせてもらって、いいですかぁ?」
「ん?何を?」
レティシアが首をかしげると、マルは嬉しそうに笑みを深める。
「えっとぉ……皆さんには、結婚したいなぁっていうひとは、いるんですかぁ?
それかぁ、こういう人と結婚したいなぁ、っていう人とかぁ」
マルの発言に、何故かレティシアが千秋を見た。
「なぜそこで俺を見る」
「いや、どうなったのかなぁと思って。あの饅頭全力投球のお姉様と」
詳細は「Hide and Seek!!」をご参照ください(宣伝)
「千秋さんにはぁ、そういう方が、いるんですかぁ?」
目をキラキラさせて言うマルに、千秋は気まずげに嘆息して答える。
「俺の方は……あー……んー……
まあ、マルと似たような状況ではあるが……一緒にして良いのか……うーん。
いずれは求婚したい相手というのは確かにいるにはいるが、結婚するために必要な物があるので、それを探して旅をしているようなものだな」
「……はぁ!?千秋さん、そんな相手が!?どんな人ですか?」
「もうそんなところまで話が進んでるの?!私がちょっと留守にしてる間に…!」
食いつきのいいミケとレティシアにさらに苦笑して、続ける千秋。
「相手は色々特殊な事情があって、俺も一緒になるには今のままだと気後れがある。
その『必要な物』を見つけて持って帰ることが出来れば、その功績でもって大手を振って結婚の申し込みはできるんだが、存在するかも分からん物だ。
相手の方はあんまり期待してないようだが、待ってくれてはいるのだし、その気持ちには応えたいな」
「そうなんですねぇ……なんか、親近感湧いちゃいますねぇ…」
マルはやはり目を輝かせながら、うっとりと千秋の話を聞いている。
そこに、ユキがちょっと気になったという様子で言葉をはさんだ。
「必要なもの、って?」
「んー……ざっくりと言うなら、『衝動を抑えることが出来る物を、一つだけではなく、安定して確保できること』という感じか。
漠然としすぎていてどう探せばよいかも分からんが、探し始めない限り見つけることも出来ん。地道に世界を回るさ」
「ふーん……大変なんだね……でも、愛する人のためにそこまで出来るって、すごいと思うよ!」
満面の笑みを見せるユキに、逆に千秋が問う。
「そういうユキはどうなんだ。結婚したい相手とかはいないのか」
「け、結婚!?」
ユキはそのワードにまたたく間に顔を朱に染めた。
「そ、それは、えっと……好きな人は、いる、けど……」
「えっ、ユキ、好きな人がいるの?」
ふたたび食付きの早い乙女のレティシア。
ユキは慌てて首と手を振った。
「えっ、でもあの、そんな、恋人、とか、そんなんじゃないし、えっと……。
そ、それに、その人、すっごくかっこいいし大人だしもてるから、ぼ、僕みたいな、平凡で子どもみたいな人なんて、きっとつりあわないし……」
「そんなの関係ないわよ!ユキ可愛いんだし、アタックあるのみ、じゃない?」
「ええっ、いや、その……でも、うぅ……だ、だから、結婚とか、付き合うとか、おこがましいかなぁ……なんて。
傍に置いてくれるだけで、すっごくすっごく幸せだから、それ以上はわがままだもん」
「そんなことないと思うけどなぁ……」
「まあ、こればかりは当人のペースというものがあるからな。外野がどうこう言うのは得策ではないだろう」
残念そうなレティシアをなだめるように言う千秋。
「アフィアやネッシーはどうなんだ?…あまり、興味なさそうだが」
言葉の通り、アフィアとネッシーは興味なさげに話を聞いているようで。
アフィアはわずかに首を傾げた。
「結婚、よく、わからない、です。もっともっと、先のこと、思います」
「まあ、そうよねえ」
「でも、姉様、よく、愛の歌、歌ってました」
「お姉さんが?」
「確か……『たとえ二人をつなぐものがよくある偶然だとしても、そばにいてずっと見つめてたい』とか……」
「…それ、相手が行方知れずな歌じゃなかったか…?」
「千秋さんよくご存知ですね」
「いや……ならば、ネッシーはどうだ?」
すっかり進行役になっている千秋。
ネッシーは渋い顔をして腕組みをした。
「むう…色恋話はよく分からんのだがなぁ…」
「結婚するならこういうタイプ!っていうのはいないの?」
「結婚するならか…おお、そうだ。よく言うではないか。
互いに素直にぶつかり合い殴り合える相手がいいと」
「殴り合うは余計じゃないですかね……」
「ん?そうか?うちの両親はそんな感じだったぞ。そうやって、よく自宅を含む近隣の土地建物を衝撃の余波でボコボコにしていたなぁ…確か」
「その親にしてこの子ありなんですね…」
「殴られる事に耐えうる筋肉をつける事ができれば、その痛みはやがて快感へと変わるぞ。
お前にも、殴られ蹴られ凹まされた時、朦朧とした意識の中で、筋肉の声が聞こえるようになるはずだ。
『キモチイイ』『モットヤッテクダサイ』『ゴホウビデス』と」
「幻聴だと思いますよ」
「いや、そんなことはないぞ!」
「筋肉が喋るのはネッシーさんだけです」
収拾がつかなくなってきた話を元に戻すべく、ミケは軽く咳払いをして話題を戻した。
「まあ、結婚のイメージがわかないのは、僕も同じですけどね」
「そ、そうなの?」
こちらも興味津々な様子のレティシア。
ミケは苦笑した。
「んー、正直自分が結婚する、というイメージをしたことがない、だろうなーと思うんですよ。
恋をしたくないとかいうわけではないけれど、今は自分のことで精いっぱい、という気がしています。
まぁ、結婚話するより先に、僕は恋人がほしいという本音はありますが……具体的にどんな、と言われると困っちゃうかな。
気になる人がいないわけじゃないんですけども、難しい質問だと……」
「き、気になる人って?!」
眼前に迫る勢いのレティシアに微妙に気圧されるミケ。
「え、ええと……僕のことより、レティシアさんの話を聞かせてくださいよ」
「逃げた」
「逃げたな」
「私の話?私の結婚の話よね?!」
ぼそりと突っ込むアフィアと千秋をよそに、レティシアは意気揚々と言ってから両手を組んで語り始めた。
「結婚したいくらい好きな人……ミケ……ミケしかいないわ!!」
高らかに大告白。
唖然とする冒険者たちをよそに、レティシアはマルの方を向いた。
「私もね、マルと一緒で一目惚れだったの。
そして、お話して、一緒に仕事したりして一緒にいるうちにその優しさや、でも芯のある強さにますます惚れちゃったのよ。
そう、ただ優しいだけじゃない……。時には厳しい言葉も与えてくれる。そんな素敵な人よ。
そんなミケとなら、素敵な家庭が築けると思わない?」
そこまで言ってから、胸の前で組んだ手を顎に当てて、あらぬ方に視線をやるレティシア。
「そうねぇ、子供は多い方がいいわ。スポーツのチームが作れるくらい多くてもいいと思うの。ミケにそっくりな子がいいなぁ~。だって可愛いもの!!そして、真っ白な家に黒い猫、庭には手作りのブランコ。子供たちに囲まれて、微笑む私とミケ……」
うっとりとそこまで言って、それからブンブンと頭を振る。
「ああーん!!!幸せすぎて鼻血が出そうー!!!」
フロア中に響き渡るかと思うほどの叫びに、一同がぽかんと彼女を見上げる。
「……だ、そうだが、どうなんだ、ミケ」
「え?いや、なんで僕に振るんですか」
「なんでも何も、きっぱりお前を名指ししていたろう」
「あはは、レティシアさんも毎回冗談がお好きですよねー」
「えっ」
ここまでの大告白を完全に冗談として流しているミケに、若干引き気味で彼の方を見るユキ。
「じょ、冗談…なの?」
「え、だって僕には優しさとか芯のある強さとか、あまり縁のない言葉ですし……あ、でも、レティシアさんはそういう方を結婚相手にしたいんですね」
「レティシア……まだここで停滞していたのか…なんというか…不憫だな……」
まだまだ高らかに結婚後の妄想を語り続けるレティシアを、千秋は何とも言えない表情で見上げるのだった。

「桜色の白磁器……ですか」

マルに告げられた最初の品物は、少し耳慣れない響きだった。
まずは町を回って聞き込みをしてみようということで、全員で町に出てみることにする。
「白磁器って、焼き物の白磁器のことだよな……
青い白磁器というのは知っているが、桜色をした白磁器もあるのか。なるほど……」
「そうなんですよぉ…僕にも、よくわからなくてぇ……」
「ググれ」
「ミケ、そのツッコミはちょっと……」
「何を言うんです。これにはれっきとした由来があるんですよ?」
「由来?」
「昔、魔導士ギルドにはググールさんという大変勉強好きな方がいたそうです。
最終的には図書館中の本を読み漁り、知らぬことはないと言われるようになり、彼に聞けば全て事足りるようになったのですが、他の人は本を読んで調べるということがなくなったのだそうです。
晩年彼はそれを嘆き、聞かれた時には、本を読みなさい、と指導したそうです。その故事と彼の偉業に敬意を表し……、魔導士内では『てめぇ、まず自分で文献読んで調べたのかよ!?』という時には『ググれ』と言うようになりました……」
「それ、今考えた、違いますか」
「バレました?」
「桜色の白磁器、かぁ……私も聞いたことないなあ」
「『桜色の白磁器』…聞いたことがある」
「えっ」
ネッシーの言葉に、一同がぎょっとして振り返る。
ネッシーは真剣な表情で考え込みながら、続けた。
「街の近くの森に、そんな名前の怪人がいるという話を。
姿は確か…マスク姿にマントを羽織り、ポージングを決めながら迫ってくる、ブーメランパンツ姿のゴリマッチョだとか。
そういえば、うちのじーちゃんもそんな恰好で近所の森をうろついていたなぁ…」
「どこから突っ込むべきですかね」
「一分の隙もない変態ね……」
「そんな怪人が森をうろついては、道行く旅人に勝負を挑んでいる…はずだ」
「……その話が本当だったとして、なぜ桜色の白磁器の名を名乗っているんだ?」
千秋が冷静なツッコミをいれると、ネッシーは真顔で断言した。
「知らん」
「おい」
「…カッコいいからじゃないのか?」
「カッコいい……かなあ?」
首をひねるユキに構わず話を続けるネッシー。
「奴に出会ったのなら、勝者が誰なのかよく分からない勝負を挑まれるのではないだろうか」
「……というと?」
「例えばコスプレ対決とか…恥ずかしいセリフコンテストとか…」
「……とりあえず審判は必要になるだろうな」
際限無く脱線する話を、千秋が強引に元に戻した。
「まあ、あるとすれば骨董市かとは思うのだが。
例えば掘り出し物とかでそれらしき白磁器が手に入るかも知れん」
「うちも、そう、思います」
同意して頷くアフィア。
「市場で聞き込む、いい、思います」
「そうだな。だが気をつけなければならない」
「え、どうして?」
レティシアが首をひねると、千秋は真面目な表情で腕を組んだ。
「このような青空市では盗賊ギルドとかの後ろ暗い連中が違法な物品の取引に使っているという噂もある」
「えっ、青空市で?!こんなに明るいところなのに?そういうのって、もっと暗くていかがわしいところでやってるんだと…」
「いや、意外にこういうところの方が目立たなかったりするんだよ。……といっても連中も慎重だ、符丁で示し合わせて無関係な者が割り込んでくることを避けていると聞く」
「符丁?」
「ああ。店で交わされそうな不自然ではない、だが一定のやり取りをあらかじめ決めておくんだ。例えば、『並んでない物をわざわざ欲しがる客』『一旦断る店主』『食い下がる客』に見える合言葉を言い合う……とかな」
「え、じゃあ普通のお客さんが偶然そんな会話をしちゃったらどうするの?」
「まあ、知らない人間にはどう考えても出てこない代物だろう。よほどのことが無ければ巻き込まれないだろうが用心は必要かもしれないな」
そんな話をしながら、一同はまさに千秋の言う『青空市』に差し掛かっていた。中央広場で開催されているフリーマーケットであるらしく、たくさんの人で賑わっている。
その一角に、骨董品を扱っているらしきブースがあった。
「ちょうどいい、あそこで聞いてみよう」
千秋はそう言って、骨董品のブースに足を進めると、店主に聞いた。
「ちょっと聞くが、『桜色の白磁器』は置いてないか?」
「………」
じろり、と胡散臭げに見上げる店主。
「…いや、置いてないが?」
「本当だろうか?失礼だが、手持ちの骨董はここにあるだけか?もしまだここにはないものを持っているのなら、探させてはもらえないだろうか?」
「………」
押す千秋に、店主はたっぷり黙って彼を見上げたあと、おもむろに立ち上がった。
「……来な」
こちらの返事を待たずに歩き出す店主。
一同は顔を見合わせ、それでも店主についていった。
フリマの会場を離れ、大通りから脇道へ入り、だんだんと暗い通りに入っていく。
「ねえちょっと……これって……」
さきほど千秋が言っていた状況の通りになっていく展開に、眉をひそめて呟くレティシア。
すると、男はおもむろに立ち止まり、すぐそばにあった木戸をトントン、トトン、と叩いた。
ややあって扉が開き、中にいる誰かと二言三言交わしたあと、中の人物から受け取ったであろう、手のひらサイズの箱を差し出してきた。
「……確認するか」
「?いや、俺が欲しいのは桜色の白磁器で……」
「なんだと?」
眉を顰める店主。
ここで、後ろに控えていたミケが警戒の姿勢を取った。
「…どうやら、偶然『符丁』に合致してしまったようですね…」
「…そんなこともあるんだな。さて、どうしたものか」
その場にいた冒険者たちの間に、緊張が走る。
すると。

「はいはーい、そこまで。やっとしっぽを出してくれたね?」

唐突に響いた陽気な声に、店主を含む一同がきょとんとして声の主を探す。
ひょい。
いつの間にそこにいたのか。
店主より頭ひとつ高い男性が、店主の持っていた箱をあっさりと取り上げて高々と掲げる。
「な、何をする?!」
「何をする、はこっちのセリフだよ?まさかその盗品、この人たちに売りさばくつもりだったんじゃないよね?」
にこり。
男性が意味深な笑みを浮かべると、店主はちっと舌打ちをして突如大声を上げた。
「おい!バレた、ズラかれ!」
その声を合図に、先ほど叩いた木戸の向こうでバタバタと人の動く気配がした。
それに気を取られているうちに、店主も身を低くしてあっという間に男性の脇をすり抜け逃げていく。
「あっ!」
「……逃げちゃった」
「い、いいんですか?」
店主を追いかける素振りもない男性にユキが問うと、男性は手をひらひらさせながらあっけらかんと答えた。
「うん?いいんだよ、ワタシの仕事はこの盗品を見つけることであって、窃盗グループを捕まえることではないからね」
言いながら、店主から取り上げた箱を仕舞っていく。
「助かったよ。このあたりに潜伏していることまではわかったんだけどね、連中、用心深くてね。取引の『符丁』が判らなくて困っていたんだ。キミ達のおかげかな」
軽くウィンクするその様子は、惚れ惚れするほどのいい男だった。
短く揃えた白髪をぴっちりと整え、軽くウェーブのかかった前髪だけ少したらしており、髪から覗く黒い鰭が、彼が人魚であることを示している。細いフレームの眼鏡の奥には切れ長のブラウンの瞳、口元の艶ぼくろが何とも言えない色気を醸し出していて。仕立ての良さそうなベージュ系のフロックコートに、同系色のアスコットタイとスーツ、ちらりと見える鈍色のスカルアクセサリーがアンバランスで、それもまた彼の色気を引き立たせていた。
まあ、一言で言うならば。
「スーパー攻様……!!」
目を丸くして言うレティシアの後ろで首をひねるユキ。
「すーぱーせめさまって何?」
「よくわからんが、多分知らなくても一生平穏に過ごせるたぐいの単語だと思うぞ」
「えっと……あの、あなたは……?」
念のため問うてみるミケに、男性は眉を寄せて苦笑し、かつかつとブーツのかかとを鳴らして彼に歩み寄った。
「やだなぁ、ワタシのコト忘れたのか?」
「え、え?あの、どこかでお会いしましたっけ?」
「つれないな……」
ふわり。
男性はいきなりミケの正面から腕を回すと、膝裏と腰に手をかけて軽々とその体を抱き上げ、眩しそうに彼を見上げた。
「こ、これは……BL抱き……!」
さらにテンションの上がるレティシアの横で、さらに首をひねるユキ。
「びーえるだき?」
「だから、知らなくてもいいと言うに」
「千秋、詳しそう」
「誤解だ」
ギャラリーの呟きを全く意に介することなく、男性はうっとりとした笑みを浮かべてミケに顔を近づけた。
「何度も夜も共にした仲だというのに…悲しいモノだな」
「な、ななな何を言うんですかいきなり!つかおろしてください!誰なんですかあなたは!」
「本当に忘れてしまったのかい?あの熱い夜を……」
「み、みみみミケったらあんなスーパー攻様と熱い夜を……?!」
「ご、誤解ですレティシアさん!僕はこんな人知りません!」
ミケへの思いはひとまず横に置いておいてすっかり腐目線になっているレティシアに、ミケが慌てて言い募る。
と、そこに。
「おお、どこかで見たやつだと思ったら、ンリじゃないか!どうしたんだ、お前もコスプレとやらで筋肉のすばらしさを広めているのか?」
唐突に聞こえたネッシーの声に、一同がそちらを振り返る。
ンリと呼ばれた男性はにこりと微笑んで、ミケを地面に降ろした。
「やあ、ネッくんも一緒だったんだね?ミケくんやレティシアちゃん、それに千秋くんにアフィアくんも一緒とは、世の中は狭いものだ」
「えっ」
「え?」
「え……」
「ンリ……って、まさか」
次々と名指しされた3人が、きょとんとしてもう一度男性の方を見る。
大きな黒い鰭に、片耳(片鰭?)ピアス。白髪にブラウンの瞳。スタイルは違うが、メガネと艶ぼくろ。
「ま、まさか、ンリルカさん?!」
「うそっ?!」
「ようやく思い出してくれたんだね?ほんの一瞬でもキミの記憶から抜け落ちていた時間があっただけで、ワタシの胸は張り裂けそうだったよ…」
苦笑して前髪をかきあげる男性……ンリルカ。
「ほ、本当にンリルカなのか……?」
「だ、だって……男の人じゃないですか!」
「落ち着いてミケ、ンリルカは元から男よ」
「それが、聞いてくれるかい?」
ンリルカは困ったように肩をすくめて、事情を語りだした。
「前の仕事の最後で、ある魔女を怒らせてしまって『男になる呪い』をかけられてしまったんだ。それでこの有様さ」
「男になる呪いって……元から男じゃないですか」
「ミケ、ツッコミの二番煎じはいただけないわ」
「ほっとけば解ける呪いらしいけど…早く直らないとストレスで脳が溶けそうだよ」
「そりゃあそうでしょうねえ……」
一通り事情を理解してから、レティシアは置いてけぼりにされているユキとマルにも事情を説明し、互いに自己紹介を済ませる。
「なるほど。つまりは一目惚れのお姫様に貢ぎまくってなんとかしたいってコトだろ?」
ンリルカは顎に手を当ててふむと頷くと、マルに向かって軽くウィンクを投げた。
「恋愛研究所副プロジェクトリーダーのこのワタシに、泥船に乗ったつもりで任せろ」
「任せられる気のしない発言ですね…」
「プロジェクトリーダーは誰なのかしら……」
「え、えっとぉ……それってぇ、ンリルカさんも、僕の依頼を受けてくれるってこと、ですかぁ……?」
不思議そうに首をかしげるマルに、にこりと微笑み返して。
「もちろん。キミ達のおかげでワタシの仕事がうまくいったようなものだからね。ま、これは、お礼、ってヤツさ」
「あ、ありがとうございますぅ……」
嬉しそうにへにゃっと微笑むマル。
「ふふっ……」
ンリルカは綺麗な笑みを見せたまま、またかつかつとマルに歩み寄った。
「え、ど、どうしたんですかぁ……?」
その迫力に身を引くマル。
とす、と寄りかかった壁に、ンリルカがドン、と拳を叩きつけた。
「…ところで、そのお姫様のコトは一旦置いといて、ワタシと恋のアバンチュールを愉しんでみないか?」
「え、ええええ?!」
唐突な展開に再びレティシアが目を輝かせる。
「壁ドン……!」
「かべどん?」
「だから気にするなと」

「そうと決まれば、一旦手分けをして探しませんか?」
とりあえず話がまとまり、薄暗い路地から再び大通りに戻ってきたところで、ミケが一同に提案をした。
「その方が効率がいいと思いますし」
「そうだね、僕も賛成」
ユキが頷いて同意する。
「手分けして探して、マルさんのところに持って帰ってくればいいんじゃないかな?」
「まあ、それが手っ取り早いだろうな。俺も他を当たってみることにする」
「了解、しました」
「よし、では俺は早速、怪人・桜色の白磁器に勝負を挑みに行ってこよう!」
「えっ、それ引っ張るネタなんですか」
「桜色の白磁器と戦えば、精神的、肉体的…いや、筋肉的に鍛えられるはず。ふははは。楽しみだ」
「ネッシーさん、目的忘れてないよね……?」
「もちろんだとも。なぜそんな怪人が必要なのかは分からんが、倒して連れてくればいいのだろう?
あるいは、ヤツの身に着けている何かを持って行けばいいのか…?」
「中途半端に覚えてるのも厄介ね…」
「よし、怪人の情報を聞きつけた自警団に先に確保されるかもしれんから、俺は先を急ぐぞ!さらばだ!」
言うが早いか、ダッシュでかけていくネッシーを呆然と見送る一同。
「…たぶん先に確保されるのはネッシーさんですよね……」
「私もそう思う……」
「じゃあえっと……僕も、ありそうな骨董屋さんとか、探してみるね」
気を取り直してユキが言い、レティシアもそれに続く。
「そうね、私も古美術商とかあたってみるわ。マルも一緒に来ない?本人がいたほうが『これ』ってわかると思うし」
「あっ、は、はいぃ…じゃあ、ご一緒しますぅ……」
マルが頷いたところで、ミケがふむと考えこんだ。
「では僕は……素直にググってみますかね」
「それ引っ張るネタなのか」
「ちゃんと文献で調べるんですよ?目の前の魔法の箱は飾りじゃないですからね」
「では、ワタシもいろいろ調べてくるよ。集合場所は真昼でいいんだよね?」
ンリルカが言い、マルは慌てて頷いた。
「あっ、はいぃ。夕方ごろにぃ、落ち合いましょうねぇ」
「了解しました」
「ではな」
「いってきます!」

こうして、「桜色の白磁器」探しが始まったのだった。

「うーん……ないわねぇ……」

マルと一緒に古美術商を回っていたレティシアは、目的のものが見つからないことに溜息を付いた。
「本当に桜色の白磁器なんてあるのかしら?そもそも桜色なのか白いのか、ハッキリしないし……」
「そうなんですよねぇ……やっぱりぃ、都会の方でも、わかんなかったんですねぇ……」
「いや、私も都会の人かと言われるとあまり自信はないんだけど……」
レティシアは渋い顔をして、次にはっとひらめいた。
「そうだ、ないなら作っちゃおうか?」
「つ、作る……ですかぁ?」
「そうよ!陶芸の窯元に行って、作らせてもらおう!!
桜色になるかどうかはわからないけど、とりあえずやってみないと始まらないでしょ?」
「そ、そうですけどぉ……」
「そうと決まれば善は急げよ!さっそく陶芸の窯元、あたってみましょう!」
レティシアは早速マルの手を引いて歩き出す。
マルはオロオロした様子で、それでもレティシアについて歩き出すのだった。

「ん~このろくろって面白いねー」
レティシアは上機嫌で、ろくろを回しながら器の形を整えていた。
冷たい泥を回しながら、指先の微妙な加減で器の形が作られていくことが妙に楽しい。
皿にしようかカップにしようか、いっそ壺に……などと考えていると。
「……ん?」
自分の隣で奇妙な動きをしているマルに、ろくろを止めてそちらを向くレティシア。
「…マル、何してるの?」
見れば、回しているろくろに触りもせずに、手を近づけたり引っ込めたりしている。
「ええとぉ……こうすればぁ…ここがこう……へこんでぇ……」
「…ひょっとして、シミュレーションしてるの……?」
「はっ……はいぃ……自分、不器用ですからぁ……」
「いいのよ別に!変な形になってもやり直せばいいんだから!さ、思い切ってやるのよ!」
「はっ……はいぃ……!」
マルは意を決したように視線を鋭くし、やがておもむろに手を伸ばした。
「でっ……でりゃああぁぁぁぁ!」
「ああああああーーーー!!!!」
いきなりろくろの周りを回りだすマルに、仰天して声を上げるレティシア。
「なに、ろくろと一緒に回ってるの?!あなたが回るなら、ろくろ止めようよ!!」
「はっ……そ、そぉですねへえぇぇ……あれぇぇ…?」
大回転していたためフラフラになりながら、マルはそれでも回転を止めた。
「もう……ほら、ここにちゃんと座って。で、ろくろを回す!」
「はいぃ……」
「最初はちょっとずつ触っていって、慣れてきたらだんだん深くしていけばいいから」
「はっ、はいぃ……」
レティシアの指導のもと、おっかなびっくりながらも器を形作っていくマル。
レティシアは満足げに頷いた。
「うんうん、思ったより上手じゃない」
「えへっ、えへへぇ……き、気持ちいいですねぇ……」
「……確かにそうだけど、薄ら笑い浮かべながら作られると怖いんだけど。あと主語入れて。『泥が』って」

そんなこんなでどうにか形は整った。
「あとは絵付けね」
「絵付け……ですかぁ?」
「そうよ。ここにある筆で絵を描いていくわけ」
「なるほどぉ……なんの絵がいいですかねぇ…?」
「そうねえ…じゃあ私は名前にちなんで桜の絵にしようかな」
レティシアは言うが早いか早速筆に染料をつけて絵付けを始めた。
マルも、隣で真剣な顔をして皿に筆を走らせている。
さらさら。ぴちゃぴちゃ。さらさら。
しばし、無言で作業をする音だけが部屋に響いた。
やがて。
「……よし、出来た!うーん、我ながら会心の出来栄え!」
レティシアは器に描いた桜の絵に満足げに頷き、マルの方を振り返った。
「マルの方は……」
「えへへぇ……ど、どうですかぁ……?」
おずおずと差し出してきたのは、皿に描かれた何やらくちゃくちゃの毛玉のような何か。
「……なにそれ?まあ、ある意味芸術的ではあるけど……前衛的というか」
「えっとぉ……く、黒猫…ですぅ……」
「猫ぉ?!」
くわ、とレティシアが目を剥いた。
「猫に謝れ、ていうかポチに謝れぇぇぇぇーーーー!!!」

そんなこんなでどうにか餌付けも完了し、二人の作った焼き物は窯の中へ。
「とりあえず、これを焼いてもらって完成ね」
「えへへぇ、そうですねぇ……」
「どんな風に出来上がるのか、完成が楽しみね。
無事桜色になりますように……」
祈るように手を組んでから、レティシアは再びマルの方を向いた。
「さ、焼くのにはもう少し時間がかかるそうだし、先に帰って出来上がりと他の人の報告を待ちましょうか」
「は、はいぃ……あの、ありがとうございましたぁ……」
弱々しく、しかし真面目に礼を言うマルに、レティシアはふっと微笑んで背中を叩く。
「何言ってんの!お礼は、意中の彼女を落としたあと!でしょ?」
「はっ……はいぃ。僕、がんばりますねぇ」
相変わらずの様子で、しかしマルは嬉しそうに微笑むのだった。

一方、その頃。
「桜色の白磁器、かぁ……」
ユキは大通りから少し裏道に入ったところにあった小さな食器店にやってきて、店頭にズラリと並ぶ陶器を一つ一つ見ていた。
「うーん……桜の模様の白い磁器じゃないかなぁ……桜色だったらもうそれ、『白』磁器じゃないしね……」
首をかしげながら、至極もっともな意見をつぶやく。
とはいうものの、あちこち店をあたってもどこにもそのようなものはなく、この店で既に3軒目だ。
「あっ……あれとかどうかな……?」
棚の上の方にある白い器に手を伸ばすユキ。
だが、手が届きそうにない。
「うーん…飛ぶほどでもないしなぁ…ていうかこんな狭いところで羽根出して飛んだらたいへんなことになるしなぁ」
ユキはきょろきょろと辺りを見回し、そして手頃な踏み台を見つけた。
「よーし、これを借りて……っと」
踏み台の上に乗り、再び手を伸ばすユキ。
どうにかぎりぎり手が届き、ユキはほっとして膝を緩めた。
だが。
ぐらり。
「うわっ…!」
不安定な足場でバランスを崩し、食器を手にしたまま倒れてしまう。
(転ぶ…!)
ユキはそれでも食器を守るように抱えたまま、目を閉じて衝撃に備えた。
どすん。ばたん。
「……あ、れ……痛くない」
おそるおそる目を開けると。
背の高い男性が一人、ユキの下敷きになって転がっていた。
「うわあぁぁっ?!ご、ごご、ごめんなさい!」
あわてて立ち上がり頭を下げるユキ。
「……っ、この、馬鹿弟子……!」
「えっ?」
「っ」
かすれた声で何かを言いかけた男性に、ユキはきょとんとして首をかしげる。
すると、男性は慌てたようにゴホゴホと咳払いをし、低い声でぼそりとつぶやいた。
「……大丈夫です、気にしないでください」
「でも……!」
「では」
なおも心配そうに言うユキを振り切るようにして、男性は踵を返すと店を出て行く。
「…悪いことしちゃったなぁ……」
ユキはそう呟きつつ、死守した器を見下ろす。
白地に桜の模様が描かれた湯呑み。
「……うん、たぶんこれ……だよね?」
半信半疑の様子で、それを会計に持っていく。

そしてその様子を窓の外からじっと観察しながら、先ほどの男性がほっとしたように息を吐き出すのだった。

「ただいまぁ~……あっ、ミケ!みんなも!」
レティシアとマルが真昼の月亭に戻ってくると、既に冒険者たちは戻ってきていた。
「どうだった?」
集まっているテーブルに座り首尾を聞くと、アフィアと千秋は残念そうに首を振る。
「やはり、心当たり、ない、言われました」
「他の店も回ってみたんだがな……桜色の白磁器に心当たりはないそうだ」
「ネッシーは?その……いたの?怪人」
「うむ、奴に正々堂々と決闘を申し込むべく、俺も同じスタイルで奴を探していたのだがな」
「同じスタイルって……」
「言うまでもなく、ブーメランパンツにマスクとマント姿だが」
「どこからどう見ても変質者ね」
「うむ、何故か自警団にそのような誤解を受けてな、奴との決闘の地に赴く前に取調室に連行された」
「まあ、ほぼ誤解ではないと思うけどね……」
「そういうわけで、すまん。俺の方の『桜色の白磁器』は残念ながら捕らえることはできなかった…」
「ま、期待はしてなかったけど。えっと……ユキの方は?」
「あっ、僕は……これを買ってきてみたんだけど…どうかな?」
こと。
ユキは食器屋で手に入れてきた桜模様の湯飲みをテーブルの上に置いた。
「おお……」
「これは……かなり近いかもしれませんね」
「白磁器だが……桜色というよりは桜模様なのでは?」
「うーん……でも、桜色ならもう『白』磁器じゃないよね?だから、桜の絵が描いてある磁器を探せばいいと思ったんだけど……」
うーん、と唸る一同。
「……そういえば、ミケはどうだったの?ググって成果あった?」
「ああ、ええと、一応図書館に行って調べてみたんですけどね」
問われたミケは、真面目な表情で調査の報告をした。
「暇そうな司書さんに白磁の資料を探してもらって」
「暇そうとか言うな」
「桜色、は色だからわかるとして、白磁器ってナノクニやリュウアンのものが有名ですよね。
白磁器が白い器の総称だと、困っちゃうなあと思いながら調べてたんですけど……」
そこで、本当に困ったように眉を顰める。
「実際白いんですよね。白い土で作ったものに透明の釉薬をかけるのが白磁、と。ユキさんの言うように、桜色をしていたらもうそれは白磁器ではないわけですよ。
とするなら…」
「……だと、するなら?」
「存在しないもの、ということになるのかなぁ、と思うんですよね」
「存在しないものを、持って来いと言っている……ということか」
千秋の言葉に、ゆっくりと頷いて。
「まあ、それでも頑張って探す姿勢を問われているのか、お断りなのか、ユーモアを試されているのか。……求婚される女の子の気持ちなんてものが、そして恋の駆け引きとかそんなものが、僕にわかるはずもないんで。
帰り道に猫と相談しながら、色々と考えたんですけどね」
「猫と相談、淋しい人、思われます」
「ほっといてください。で、この世にないものを要求されているということは、持っていくものが偽物だったりすると誠意自体が疑われそうじゃないですか」
「確かに……」
「じゃあ、自分で作ってしまえばいいんじゃないかと思うんですよね」
「あ、やっぱりミケもそう思う?」
少し嬉しそうに、レティシア。
ミケはゆっくりと頷いて、更に続けた。
「だから、作ってみればいいと思うんですよ。『桜色の白磁器』というタイトルの詩集を」
「はぁ?!」
そこで予想外の方向に急展開した話に、一同が目を剥く。
ミケはあくまで真面目な表情で、続けた。
「これならば、あくまでもモノは『桜色の白磁器』です。嘘はついていませんよ?」
「しかしなぁ……」
「さ、マルさん!紙とペンは用意しました!
書こう、今から!」
紙とペンを持って、シューゾーばりの勢いで迫るミケに、マルは口をぱくぱくさせながら固まっている。
「さあ、僕も手伝いますから!」
「で、でもぉ……し、詩なんて、どうやって書いていいのかぁ……」
「あなたの彼女への思いを、そのまま文にすればいいんです!さあ!」
「え、ええぇぇとおぉぉぉ……」
無理やり紙とペンを持たされたマルは、首をひねりながら紙にポエムを綴り始めた。
「え、えっとぉ…太陽のような、あなたの笑顔にぃ……」
「いいですね、それから?」
「マブなお前にゾッコンLOVE」
「何でいきなりショーワ臭が……」
「何度も言うよ 君は確かに 僕を愛してる」
「著作権、大事、思います」
「べ、別にあんたのためにやってるんじゃないんだからねっ」
「いきなりツンデレ?!」
「君の心を占める、そんな桜色の白磁器に、僕はなりたい」
「すごく無理やり付け足した感が……」
ワイワイ言いながら、どうにかポエムを完成させるマル。
「こっ……これでぇ、大丈夫……ですかねぇ……!」
「うーん………」
言い出した本人が腕組みをして唸っている。
「ま、気持ちは伝わるんじゃないですかね?」
「そ、そんなあぁぁぁ……」
泣きそうになるマルの横で、ふっ……と微笑む人物がいた。
「可愛らしいね……そんな姿を見れば、キミの想い人もきっと振り向いてくれるさ…ちょっと、妬けるけどね」
「え、っと、ンリルカ…さん?」
唐突なンリルカの言葉に首をかしげるマル。
ンリルカは更に続けた。
「ワタシも色々と調べてみたんだけどね?やはり……桜色の白磁器、というのは、これじゃないかと思うのさ」
「え、な、なんですかぁっ?」
必死な様子でンリルカに詰め寄るマル。
ンリルカは、ふっと妖艶な笑みを見せた。
「桜色……とはすなわち、ピンクのことだろう?そして、白磁器とはなめらかな白色のもの…間違いないね。これは……『セクシーに紅潮している白い肌』、そう、キミ自身のカラダのことだよ!」
「えええええっ?!」
マルだけでなく、その場のほぼ全員が、斜め上すぎる意見に驚愕の声を上げる。
ンリルカはにぃっと笑みを深めると、詰め寄っていたマルの首筋に、つつつっ、と指をすべらせた。
「うひゃあぁっ?!な、何をするんですかあぁっ?!」
たちまち真っ赤になって飛び退くマル。
ンリルカは嬉しそうに目を細め、くつくつと喉の奥で笑みを漏らした。
「可愛いね…真っ赤になっちゃって。そう、その艶かしく紅潮した肌が、彼女の望む『桜色の白磁器』なのさ。さ、邪魔な服なんか取り払って、身一つで彼女のもとにダイブしてご覧…?きっと、彼女も君を受け入れてくれるさ……ね?」
「いやいやいやいや!!受け入れてくれる前にネッシーさんと同じ末路を辿りますよ!」
慌てて止めるミケ。
ンリルカは心外そうにそちらを見た。
「どうしてだい?あぁ……そうか、数が足りないよね?そうだな…ネッくんに、ミケくんと千秋くん、それにアフィアくんも揃えば、選り取りみどりの『桜色の白磁器』だね。さ、みんな……おいで?」
「おとこわり、です」
「落ち着け、アフィア」
「間違えました。おことわり、です」
ンリルカの爆弾発言で騒然とする真昼亭。
と、そこに。
「すいませーん。シライト陶房ですけどー」
小箱を持った男性が酒場のドアを開け、中を覗いてきた。
「あのー、先ほどの焼き物、焼きあがりましたんでお届けにあがりましたー」
「あっ、はいはーい、こっちです!」
レティシアが嬉しそうに駆け寄り、代金と引き換えに男性から小箱を受け取る。
ホクホク顔で戻ってきたレティシアに、ミケが不思議そうに問うた。
「それ、レティシアさんが探してきたものですか?」
「うん、私もミケと同じで、自分で作っちゃえばいいと思ったのよ。桜色の白磁器!」
「ええっ」
「自分で作ったの?!」
驚きの声を上げる仲間たち。
レティシアは嬉しそうに頷いて、早速箱を開けた。
「桜色に焼きあがってるといいんだけど……」
紙に包まれた器と皿らしきものを取り出し、ばっと紙を取り去る。
「じゃじゃーん!」
「おお………」
「これは……」
桜の絵付けがされた、真っ白い磁器の器と。
そして、何やらよくわからない黒いモジャモジャしたものが描かれた、薄桃色の皿。
「うわぁ……桜色になってるわよ!やったわね、マル!」
「で、でもぉ……こ、これで大丈夫、なんでしょうかぁ……?」
「大丈夫なんじゃないですかね?」
「そうだよ!自分で作ったものだし、桜色してるし、きっとマルさんの気持ち、伝わると思う!」
頷くミケに、嬉しそうに同意するユキ。
「じゃあ、僕が用意したこの器……」
「それと、ポエムと……」
「それから、マルくんのカ・ラ・ダvもね」
「それも数に入れるのか」
「どうする?マル。このお皿だけ持ってく?」
「……いえぇ……っ」
マルはたるんだ表情を精一杯引き締めて、宣言した。
「みなさんがぁ、せっかく用意してくださったものですからぁ、全部、持っていきますっ…!」
「だ、大丈夫なの?!」
流石に慌ててユキが言うと、マルは力強く…見えるような感じで頷いてみせた。
「はいぃっ…!僕の気持ちと一緒にぃ、皆さんの気持ちもぉ、彼女に届けますぅ…!」
よくわからない決意をみなぎらせて、マル。
「この調子でぇ、残り二つの品物もぉ、見つけちゃいましょうねぇ…!」
へにゃっと笑ってみせた彼に、冒険者たちも力強い笑みを返す。

『桜色の白磁器』は、調達。

姫の求めるお宝は、あと、2つ。

To be continued….

「ところで、このお皿のモジャモジャした模様ってなんですか?」
「あ、それはぁ……えっとぉ、黒猫ですぅ……」
「ね、猫に謝れ、ていうかポチに謝れぇぇぇぇーーーー!!!」
「ミケ、もうそれ私が言っておいたから」

第2話へ