さあ いっしょにあそびましょう

「おい……どうする」

ジリジリと近づいてくるゾンビたちに剣を向けながら、グレンは低い声で仲間たちに問う。
その横で同じくナイフを構えたまま、ユキも焦りの表情をにじませていた。
「えっと…ミケさんの予想が正しかったら、アリスちゃんの本体を壊せば、このゾンビたちはいなくなるっていうことでいいんだよね?」
「そのはずです。ただ、どれがアリスさんの本体かは……」
中庭いっぱいのゾンビとスケルトンの群れに、早くも絶望的な気分になるミケ。
「はっ!」
ジリジリと近寄ってきたゾンビの足をグレンが薙ぐ。
べしゃり。
片足を失ったゾンビは嫌な音を立てて地面に倒れ、今度は腕を使って移動しようとする。
そして、それを踏み越えて後ろから別のゾンビが近寄ってきていた。
「ちっ…キリがないな」
悔しげに舌打ちして、剣にこびりついたゾンビの肉片を払うグレン。
「はあっ!」
その隣で、ユキも同じようにゾンビの手足の付け根を狙って攻撃している。
やはり結果は同じだが、時間稼ぎにはなるようだ。
「あのね、僕、考えたんだけど…もし子ども部屋に戻れるのなら、あのオルゴールを持ってくることはできるのかな?」
用心深く構えながら、自分の考えを述べるユキ。
「オルゴール、ですか?」
「うん。大切なものだし、持ってたら下手に攻撃してこないかなって」
「それ、かえって逆上しないか?」
グレンのツッコミに、うっと言葉を詰まらせる。
「そう、だけど……」
「うち、やってみる、価値、ある、思います」
「えっ」
アフィアから思わぬ同意を受け、ユキはきょとんとしてから頷いた。
「そうだよね!アリスちゃんの大切にしてたものだから、十分品質になると思うんだ」
「ひんしつ?」
「しなじち、だろ。人質ならぬ」
「僕たち何語で喋ってるんでしょうね」
「それ久しぶりだな」
「とりあえず、僕も反対はしませんが……しかし、どうやって取ってくるつもりですか?」
「え、飛んで」
「ええっと……上にレイスもうようよしているようですが」
「………がんばってみる」
「がんばってください」
よくわからない会話を交わしてから、ナイフをしまって代わりに翼を出し、上を見上げるユキ。
するとそこに、アフィアが声をかけた。
「ユキさん、行く前、結界、お願いします」
「結界?」
きょとんとしてアフィアの方を向くと、彼は今までかばうように立っていたリタの方をちらりと向いた。
「うちたち、戦う、リタさん、危険。ゾンビ、相手、結界、有効、思います」
「なるほど、そうだね!」
ユキは翼を出したまま、リタの方に駆け寄って手をかざした。
ふわり、と暖かな光がリタの周りを包む。
「この外には出ないようにしてね」
「うん、わかった」
リタが頷き返したのに満足そうに微笑んで、ユキはばさりと翼を羽ばたかせた。
中庭の生暖かい空気を動かし、ふわりと体が浮く。ばさ、ばさ、と大きな音を立てて、小さな体は順調に3階に向かっているように見えた。
だが。
「うわぁっ?!」
途中で、ユキの体が何かに絡め取られたように動きを止める。翼の動きも止まっているのだから、空中に静止しているのは明らかに不自然だ。
「くっ……この、はな…せっ……わあぁぁっ!」
ユキはしばらく身をよじって抵抗していたようだったが、やがて何かに叩きつけられたかのように落下してきた。
「風よ、かよわきものの翼となりて守れ!」
そこにミケの風魔法が放たれ、ユキの体はふわりと軟着陸する。
「あ、ありがとう、ミケさん」
「いえ、どういたしまして。やはりダメでしたね……」
「オルゴール、持ってくる、魔力感知、する、チャンス、でした。残念」
「アフィアさんって、なにげに僕よりもひどいですよね…?」
「おい、いいからちょっと手伝ってくれ!」
地道にゾンビとスケルトンを薙ぎ払っているグレンが焦れたように言い、一同はそちらを向いた。
ユキが再びナイフを構え、ゾンビの動きを封じるメンバーに加わった。
「というか、まずは真面目な話、リタさんを外に出したほうがいいんじゃないかと思うんですよ」
風魔法でゾンビたちの動きを緩める合間に、そんなことを言うミケ。
すると、グレンが頭だけ振り返って同調した。
「ああ。もしかして、今なら玄関扉や窓などが開いているんじゃないか?」
「どういう、ことですか」
アフィアの問いに、グレンは再度ゾンビに向き合ったまま答えた。
「リタの先輩は今の俺達と似たような状況から脱出できたんだよな。ってことは、脱出できる状況を作り出せたって事だ。
“死霊は複数の命令を同時に実行する事はできない”等の制約があるかもしれない。『家を守れ』か『俺達を襲え』のどちらかしか命令できないとか……」
「なるほど…」
こちらもゾンビをなぎ払ってから、感心したように頷くユキ。
グレンは続けた。
「死霊術師について詳しく知らないが、確認してみるのもいいんじゃないか」
「そうですね。では、どうにか中庭から出て……」
「ちょ、ちょっと待って」
二人の会話を、結界の中から慌てて止めるリタ。
「せっかくだけど、私だけ外に出るのはちょっと」
「どうしてですか?」
意外そうなミケに、リタは困ったように眉を寄せた。
「ここまで来たんだから、最後まで記事にしないと。最後だけ私がいないっていうわけにもいかないでしょ」
「そんな、記事と命とどっちが大事なんですか」
「じゃなくてさあ、その言い方だと、私だけ外に出して、ミケ達は中で本体退治するってことでしょ?」
「まあ、そうですけど」
「外に危険がないとは言い切れないんじゃないかな、この場合」
「……う。でも、死霊相手に戦うよりは…」
「それは冒険者の理屈でしょ。私は戦う手段がないんだから、例えば外に出て、暗い森の中を逃げて、野犬にでも襲われたら?だったら、動きが鈍いゾンビから確実に守ってくれるみんなといたほうが安全だと思うけど」
「うーん……」
「今はそれよか、早く本体をやっつける方が先じゃない?本体を倒せば、確実に外には出られるわけでしょ?」
「それは、そうなんですが……正直、本体がどれなのか……」
こちらも困ったように眉を顰めるミケに、ユキとグレンがゾンビに対峙したまま言った。
「僕は、あの天使像が本体なのかなぁって思う」
ナイフをわずかに動かし、噴水の中心にある天使像を指すユキ。
グレンも頷いて続けた。
「ああ。子供部屋の隣も怪しいが、中庭にいるならあの天使像だと思う」
「そうでしょうか?僕は、天使像は難しいかと思うんですが…まあ、僕も子供部屋の隣が怪しいとは思います。さっき、中庭から飛んでいくのは無理だとわかりましたから、中から行くしかありませんね…エントランス入ってすぐの聖母子像の絵というか、その後ろに死体隠したりしていなかったかな、と思うんですが。天使と言うなら聖母子像の子どもも天使っぽかったような気がして」
「気のせいだな」
「気のせいじゃない?」
「気のせい、思います」
「うう、総ツッコミ…」
「気がする、じゃなくて実際に1話を読み返せばいいのに」
「ストップ・ザ・メタ発言!ですからまあ、上に移動する時にとりあえず魔法で絵ごとどーんと魔法はなっておいてみようかなと思うんですよ!」
「とりあえず全部壊しておくってか。まあ、いつかは本物にぶち当たるだろうが…」
「ミケさん、何か嫌なことでもあったの…?」
「別に、止めません。家、壊れる、ミケの責任。うち、その時、魔導感知、するだけ」
「ああもう!だから、上に行くついででいいんですって!空から行くのは無理そうなので、まずは中庭から出て……」
「待って、中庭から出るのは本体がここにいないって確信してからのほうがいいよ」
近寄るゾンビの足を薙ぎ払って、ユキが力強く言った。
「僕、やっぱりあの天使像が本体かなって思うんだ。
ノートで、死んだ時のこと『冷たくて暗い』って言ってたし…『呼んだら来てくれた』お父さんが死んだのも中庭だし」
「僕もそれは疑いましたよ。ハイラムさんは、アリスさんを殺した訳ですが、死体は放置できない。だからどうにかした、はずです。
この家の外に死体を持ち出すのは難しいし、アリスさんによれば彼女は19日に亡くなって20日にはハイラムが死んでいる。でも、その間に魔法使いが何かを埋めているとしたら、時間はかなり短い。この屋敷内に隠したことになる。で、そうすると、大掛かりな工事は難しいのかな、と」
「うちも、考えにくい、思います。像、台座、くっついてる。石像、何か、入れる、不可能、思います。
けど、とりあえず、壊してみる、反対、しません。壊した、本体、ラッキー」
「うーん、そうかなあ」
結界の中で首を捻るリタ。
「あの像、石像っていうか、石膏像だよね。中に何か隠すって、定番じゃない?」
「像、台座、くっついてる、しても、ですか」
「うん。石膏なら、別々に作って接着することもできるでしょ」
「しかし……」
「ねえ、ミケは、なんでエントランスの聖母子像の絵が『天使っぽいから』死体を隠してると思ったの?」
「え。それは……」
唐突に質問され、手を止めて考えを巡らせるミケ。
「……客室で再生された、ハイラムがアリスさんを殺害するときの言葉に『天使にしてあげる』というのがあったから、ですかね。すごく腹の立つ言い方ですが…だから、天使のオルゴールや、天使が描かれた絵、あるいは中庭の天使像が関係している、と思ったんです」
「なるほど。つまり、ハイラムは、アリスを殺す前から、彼女を『天使にする』つもりだった、ってことだよね」
「……というと?」
足元にまとわりついたゾンビを蹴り飛ばし、グレンが続きを促す。
「ハイラムは、最初からアリスを殺して天使像に隠すつもりで、旅行に行くと偽ってメイベルや使用人を外に出し、無人の状態にしておいた。
あらかじめ似た像を用意してたのか、中庭の像をくりぬいて隠したのかは知らないけど、屋敷に誰もいなくて、あらかじめ道具とかを準備しておいたなら、成人男性が一人でやる作業としてはそれほど大掛かりでもないよね」
「魔法使いが何かを埋めたタイミングについては?」
「それこそ、殺したあとなんだから放置して他の準備しに行くことはあるでしょ。1日あるんだから、その間にアリスのところに行って、何かを埋めて、『お友達』を作る方法を教えた。魔法使いはここで退場。ハイラムが戻ってきて、中庭の天使像にアリスを埋めたか、入れ替えたかする。そのタイミングで、アリスは『お友達』にお願いして、悪いおじさんをやっつけてもらった……ハイラムの死体が出てないところからすると、死体も残らないくらいの状況になったか、まあ……この下に埋まってるか、ってとこじゃないかな」
「………」
冒険者たちは無言で、中庭の中央にある天使像を見つめた。
「……よし。とりあえず…壊してみるか」
グレンが剣を構え、それに続いてユキもナイフを構える。
「援護します。アフィアさん、サンダーブレスを」
「了解、しました」
アフィアがすうっと息を吸うと同時に、ミケがそれに呼応するように呪文を唱えた。
「風よ、浄化の雷を運び、地に縛られた哀れな骸を解き放て!」

ばりばりばりっ!

アフィアから放たれたサンダーブレスが、ミケの風魔法によって威力を増し、中庭中のゾンビとスケルトンに直撃した。
ゾンビの肉はまたたく間にこそぎ落とされるようにして崩れ落ち、スケルトンもがしゃがしゃとその場に崩れ、うぞうぞと蠢いている。
おそらくしばらく動けなくなる程度のものだろうが、そのしばらくで十分だった。
「はああっ!」
剣を構えたグレンが、まっすぐに像に向かって駆け出していく。
ひゅううぅ。
彼を邪魔したいのか、空を漂っていたレイスたちがこぞって彼に群がるのがうっすらと見えた。
「はっ!」
ユキの気合と共に、ぴん、と音にならぬ音が響く。
グレンの行く先を守るように張られた光の結界は、レイスたちをそれ以上寄せ付けなかった。
「でああっ!」
噴水の淵を蹴り、高く跳び上がったグレンは、そのままの勢いで剣を天使像に向かって振り下ろす。

ぼぐ。

鈍い音を立てて、天使像は思ったよりもあっさりと崩れた。
ガラガラと崩れる像のかけらの中からは、明らかに小さな人の骨と思しきものが見える。
ばしゃばしゃ。
噴水の水の中に落ちたそれを、グレンはひとかけらずつ丁寧に探した。
「グレンさん!」
後ろから仲間たちも追いつき、噴水に散らばった像と骨を見やる。
「うわっ……」
「これは……アリスさんの骨、ですかね」
「ゾンビ、まだ動いてる。核、探す、いい、思います」
確かに、像は壊れたがまだゾンビは動いている。
仲間たちは手分けして、噴水の中に散らばった像のかけらと骨を探した。
「ん……これか!」
グレンがキラリと赤く光るものを見つけ、ガサガサと周りのかけらをどけていく。
肋骨の中に隠されるようにしてあったそれは、小さなルビーのかけらに金色の蔦が巻き付いたような細工が施された、アクセサリーのように見えた。
「グレンさん、壊してみてください!」
「ああ!」
グレンは剣を逆手に持つと、水の中にキラリと光るそのルビーの細工に真っすぐに振り下ろした。

ぱきん!

物理的な破壊音だけではない、何か鋭く大きな音が、中庭中に響く。
と同時に。

おおおおおおおぉおおぉぉぉぉおおおおぉぉぉ!

やはり物理的に空気を震わせるのとは明らかに違う唸り声のようなものが、地面と水面を揺らした。
そして。

『どうして?』

泣きそうな少女の声が、5人の耳に届く。

『どうして、みんないっちゃうの?
どうして、パパとママはわたしをおいていくの?
どうして、みんなおともだちになってくれないの?』

悲痛な叫び。
当たり前に注がれるはずだった愛情を渇望する、小さな少女の。

『どうして……』

やがてはその声も、か細くなり、悲しげな響きだけを残して消えていく。

そして、中庭には多くの骸の残骸が、正真正銘物言わぬ姿となって散らばっていた。
「あ………」
ユキが上を見上げ、目を大きく見開く。
「朝だ……」
西側の窓が、いつの間にか差し込んでいた陽の光を反射して輝いている。

この屋敷に、本当の夜明けが訪れたのだ。

わたしのたからもの

「開けますよ……」
かちゃり。
妙に緊張した面持ちでノブを回すと、予想通り、あかずの間だった子供部屋はあっさりと開いた。
「やっぱり、死霊の力を使って封印してたんだな」
ここに来るまでに、玄関を始め、外側の窓も全て開くことは確認済みである。きっちりと閉じられていたカーテンも開け、今は屋敷全体が太陽の光に明るく照らされていた。
「それで、ここまでかたくなに守ろうとしてた部屋の中身は、本人本体じゃないなら一体なんだったんだ……?」
ミケが開けたドアをさらに押し開いて、部屋の中を覗くグレン。
そこには。
「これは……」
ドアから差し込む光が、小さな部屋にたくさんのものがあることをわずかに照らしている。
窓のない部屋の入口にあるランプに火を灯すと、弱い光に室内が照らし出された。
「うわぁ……」
その光景に思わず声を上げるユキ。
そこには、小さな子供向けのおもちゃであろうものが所狭しと並べられていた。
反対側の勉強部屋にあるものとは明らかに一線を画す、ひと目でプレゼントとわかるおもちゃや人形、ぬいぐるみたち。
しつらえのいいベビーベッドや木馬、小さなピアノやキラキラとした子供向けのドレス。
赤ん坊の頃から7歳の頃までの、アリスに贈られた心のこもった贈り物であることが伺えた。
そして、その中央には。
「絵……か?」
たくさんの贈り物を見下ろすように、大きな肖像画が飾られている。
仲睦まじそうに寄り添う夫婦の真ん中に、守るようにして座る少女。
愛おしそうに娘を見つめる夫婦と、溢れんばかりの幸せそうな笑みを浮かべた娘の絵だった。
「これ……マークェイン一家の肖像画、ですかね」
「ああ……まだ、幸せだった頃の、な」
呆然と肖像画を見上げる一同。
アフィアがおもむろに絵を指差す。
「アリス、持ってる。あの、天使の、オルゴール」
「……本当だ」
アリス大事そうに抱えているのは、子供部屋に今も鎮座している天使のオルゴールだった。
そして、大きな肖像画の下には、絵のタイトルであろうプレートがひっそりと飾られている。

『たからもの』

その何とも言えない響きに、一同は沈黙した。
大切に、大切に。愛情を惜しまずに注ぎ、育てられてきた一人娘。
だがいつからか、父は家に帰らなくなり、母は父ではない男を引き入れ、その男は自分を亡きものにした。
どれだけの絶望が、たった7歳の少女の小さな肩に降りかかったことだろう。
「……アリスさんは、悪いことをしている、とは思ってなかったんでしょうね」
「ああ…ただ、寂しくて、誰かにそばにいて欲しくて、友達にすればいいという魔法使いの言葉のとおりに行動していただけだった」
「パパとママに帰ってきて欲しくて…寂しくて、冷たい場所が嫌で、お友達を増やして、中庭を暖かくして…お友達が離れていかないように、閉じ込めて…ただ、それだけだったんだね…」
悲しげな表情で肖像画を見上げる冒険者たち。
アフィアはしばらく黙っていたが、やがておもむろに口を開いた。
「…この部屋、宝物部屋。アリス、宝物、ここに置いた。このこと、変に、広まった。財宝、噂、なった、思います」
「なるほどねー。あーあ、財宝で臨時ボーナスは無しかー」
リタが苦笑して、さして残念でもなさそうに言う。
「ま、家の資産はこの屋敷って言うよか、会社の方に重きを置かれてたんだろうしね。そっちは親戚筋の方でもめた上に潰れたって言うし、親戚にしてみたらまだ宝があるってことにすがりついていたかったのかもね」
「な、生々しいですね……」
リタはすっきりしたようにうーんと伸びをしてみせた。
「どっちにしても、いい記事が書けそうでほっとしたよ。ありがとね、助かった」
爽やかな彼女の笑みに、冒険者たちもようやく緊張が解けた様子で息をつくのだった。

「よし、これで幽霊退治終了です。良かったぁ。先生来る前にどうにかできて、良かったです。……人食い屋敷の噂も今日まで、と」
屋敷の玄関から外に出たところで、ミケは清々しい表情で手を広げた。
「そういえば、事情があって殲滅しなくちゃいけないとか言ってたね?」
リタの言葉に、ミケはうんうんと頷いて、懐から手紙を出した。
「僕の師匠から、このお屋敷の幽霊が本当かどうか確かめるように、そして本当なら殲滅してくるように命令されたんですよ。
幽霊は怖いですが、師匠に逆らうともっと怖いので……」
「た、大変だね……」
若干引き気味でそう言って、ミケの手紙を覗き込むリタ。
と。
「ん?」
不思議そうに首を捻る。
「この住所、このお屋敷じゃないみたいだよ」
「え?!」
慌てて手紙を見るミケ。住所は確かに記されているが、地元民ではない彼に分かろうはずもなく。
「……は。…………はぁ?!ちょっと、なんでこの街はそんなに幽霊屋敷が転がっているんですか!?っていうか、え、この苦労と恐怖は水の泡!?」
泡を食った様子であたりをウロウロするミケを嘆息して見やり、グレンはリタに向かって言った。
「話が済んだところで悪いが、俺の探し物はまだ見つかってない。しばらく探していくから、ここでお別れだな」
「え、そうなんだ…残念。グレンにも報酬あげたかったのに」
「いや、俺はもともと雇われたわけじゃない。この屋敷に探し物を……ん?」
ひらり。
踵を返そうとしたグレンの目の前に、どこからか紙が一枚落ちてくる。
「なんだこれ……『おーい、落し物をしたのはその屋敷じゃないぞ?』……はぁ?!」
走り書きを読んだとたん、両手で紙をつかみ直して食い入るように見つめるグレン。
走り書きのしたには地図と住所が書かれており、勿論、示されているのは今いる屋敷とは別の場所だ。
「あのオッサン……前の手紙にはここの住所が書いてあったのに…というか、そもそも何で俺の居所が分かるんだ……!」
吐き捨てるように言うグレン。
と、そこに、まだあわあわしていたミケが、泣きつくように仲間たちに言った。
「あ、あの。皆さんの中にお手すきの方はいらっしゃいませんか?このもらった依頼料をそのまま横流しにすることになるのですが。……もう一軒、幽霊屋敷の幽霊を退治しに行きませんか?っていうか、来てください、お願いします!」
タイミングのいいそんな話に、グレンはミケの手に握り締められた手紙に目をやった。
「その幽霊屋敷ってのは、どこなんだ?」
「えっと、ここです」
くしゃくしゃになった手紙を広げ、グレンに差し出すミケ。
グレンの目がわずかに見開かれる。
「なんだ、同じ場所じゃないか。またこんな面倒なところだと困るからな、同行させてもらおう」
「本当ですか!」
救いの神、とばかりに喜色を笑みに広げるミケ。
すると。
「僕も大丈夫だよ」
ユキもあっさりと返事をして、ミケは嬉しそうにそちらへ顔を向ける。
「ユキさんまで…!ありがとうございます!」
「幽霊が怖いのは僕にもよくわかるからね」
ユキはにっこり笑って、ミケの手を取った。
「大丈夫、ミケさんは僕が守るからね。
一緒に頑張ろ?」

ぞわり。

「…あれ、なんだか今幽霊のものとは明らかに違う悪寒が……」
「え?」
「なんでもありません。ありがとうございます。できればちょっと離れたところで僕を守ってください」
「え、う、うん……?」
よくわからない様子でミケから離れるユキ。
リタは微笑ましそうにその様子を見ていた。
「幽霊ネタの取材に行きたいのはやまやまだけど、さすがに徹夜して疲れちゃったし、記事もまとめなきゃだから、私は一旦帰るね?」
「うち、リタさん、送る、します」
「ああ、はい。お疲れ様です」
「報酬はまた後日改めて。ついでに新しい幽霊屋敷の話も聞かせてね!そっちも取材料払うからさ」
「はは、ちゃっかりしてるな」
「リタさんもアフィアさんも、気をつけて帰ってね!」
こうして、リタとアフィアは、ミケ、ユキ、グレンと別れ、それぞれの目的地へと歩き出したのだった。

「ここ、か……?」
見上げた屋敷は、マークェイン邸の数倍は怪しい雰囲気が立ち込めていた。
先程までは晴れていたのに、ここ一帯だけに押しとどまったような暗雲。なぜか漂う霧。すえたような謎の匂い。窓は割れ、外壁は腐食してボロボロで、その隙間を縫うように蔦がびっしりと生えている。
「さ、さっきよりも手ごわそうだね……」
「は、はい……というか、ここはもう幽霊いる一択ですよね……」
あからさまに青ざめたミケの前で、さすがのユキとグレンも絶句している。
と、そこに。

ひらり。

「あん、またか……って、うわ、とと」
また唐突に目の前に降ってきた封筒を受け取り、その意外な重量に取り落としそうになるグレン。
「また、お師匠様からの手紙ですか」
「ああ。なんだ、今から入ろうって時に……って、ん?」
じゃらり。
封筒から溢れ出たのは、銀色のネックレス……いや、ペンダントのようだった。ようだった、というのは、あまりにもシンプルで、悪い言い方をすれば無機質であり、あまりアクセサリーのようには見えないからで。
ネームタグのようなそれは、手彫りと思しき美しい書体で、名前のようなものが書かれていた。

『Adelaide』

「これは……!」
グレンは慌てて、中に入っていた手紙を引っ張り出した。

『いやあ、ごめんごめん、落としたって勘違いだった。ポケットに入ってたから送るね。
いやー、こんなのがポケットに入ってたから一緒に居たロゼッタに見つかって問い詰められちゃって』

ぼっ。
一通目と同様に手紙を燃やしたグレンは、再び吐き捨てるように言った。
「一緒に居たのはシェリーとか言う人じゃないのか?
本当にどうしようもないな、あのオッサン……」
「ど、どうしたの?」
恐る恐る問うユキに、グレンは肩をすくめた。
「いや。探し物がこの屋敷にあるっていうのは勘違いだったらしい。見つかった」
「え、ええええ?!」
そこで大仰に驚くミケ。
「じゃ、じゃあ、もう一緒に行ってくれないってことですか?!」
ミケなのに子犬のような目で訴えられ、グレンはぐっと言葉を詰まらせ、ややあってふうとため息をついた。
「……いや。ここまで来たんだ、最後まで付き合ってやるよ」
「グレンさん……!ありがとうございます!」
感激して手を取りぶんぶんと振り回すミケ。
しかし、彼の顔に再び笑みが戻ることは、まあ、しばらくは無かった。

その屋敷がマジガチの幽霊屋敷で、マークェイン邸のようなぬるいゾンビとは比べ物にならないようなものと遭遇したのは、また別の話である。

「しばらく、この手の依頼は受けるもんかーーー!」
聞こえるか聞こえないかの遠くで、ミケの絶叫がこだまし、そして消えるのだった。

わたしのまほうつかい

「おかげさまで、大好評なんですよぉ!」

時と所は変わって、ヴィーダ。
目を覚まし、ようやく起き上がれるようになったシュウの病室を訪れたリタは、嬉しそうに自分の書いた記事を広げて見せた。
「増刷が決まって、売れ行きも好調です!シュウ先輩が犠牲になった甲斐がありましたね!」
「おい、殺すな。ったく」
シュウは苦笑してリタに言うと、共に訪れていた冒険者たちの方を向いた。
「なんだか、ご迷惑をかけてしまったみたいで、すんません。お見舞いにまで来てもらって」
「いえいえ、僕らは報酬をいただきついでに、回復されたって聞いたので来ただけです」
「良かったですね、元気になって」
ミケとユキが口々に言い、シュウは苦笑して頬を掻いた。
「いやー、冗談抜きで死んだかなと思いましたよ。バルコニーから引きずり落とされそうになって。おともだちになって、って」
「あぁ……やっぱり」
「どうにか部屋の中に逃げたんだけど、やっぱり霊たちがうようよ集まってきて。どうにかしてベランダの方に引っ張っていこうとするんっすよね」
「ど、どうやって帰ってこられたんですか」
「念のためって、聖水を持っていったのを思い出して。体にふりかけたら、とりあえず掴まれるのはなくなりました。
で、1階まで逃げたんっすよ。どうやら、霊たちが動いてるあいだは、ドアをがっちり閉めておくことはできないみたいで、ダメもとでドアを開けたらあっさり開いたんで、あとは必死に逃げてきました。
でも、その時点でもう3日間まともに食べてなかったんで、ウェルドに帰り着くまでに気ぃ失っちゃって、目覚めたらこのとおり」
「災難でしたね……」
ミケは苦笑してから、気になっていたことを聞いてみた。
「ところで、幽霊って言ってましたけど、ゾンビは出なかったんですか?」
「ゾンビ?いや、俺が会ったのは幽霊だけだけど…なんで?」
「っていうことは、中庭には行ってないんですね」
「ああ、そういえば、中庭にはどうやっても入れなかったなあ…行ったんっすか?」
「はい、とりあえず空が飛べる人員で。そのあと、中庭に続くドアが外側から塞がれてるのがわかったんですよ」
「へぇ、そうだったんだ」
シュウの軽い返事に、ミケは嘆息した。
「結局バタバタして調べられませんでしたが、あれ、どうしてアリスさんは突破できなかったんでしょうね。僕の魔法でもぶち破れるものが、壊せなかった理由が何かあると思うんですよ。護符とか。それが見つかれば、何らかの武器になると思ったんですが」
「アリスは結局、中庭にいたってことっすか?」
「はい。中庭の天使像の中に。おそらくは、母親の浮気相手のハイラムによって、死体が隠されていたんだと」
「なるほどねぇ……」
「そもそも、誰があのドアを塞いだかも疑問です。執事の日誌には、中庭のドアを塞いだ記録はありませんでしたし」
「うーん、それはまあ、推測にしかならないっすけど。執事が死んだ後の話じゃないっすかね」
「後?」
「ええ。ほら、誰もいなくなった屋敷を取り壊して財産を回収しようと、親族が人をやって…って話、覚えてません?」
「ああ……そういえば、そんな話を聞いた気も」
「その時に、不気味なことが続く中庭を塞いでしまえ、となったとしてもおかしくないかなって思うんっすよ」
「なるほど……」
「そこに、幽霊が怖がる何かが埋められてたかどうかは分かんないっすけど、けどそもそも、あそこんちの幽霊って、そこまで強くなくないっすか?」
「え」
きょとんとするミケに、肩をすくめるシュウ。
「ぶっちゃけ、聖水程度で逃げてく幽霊とか、マジ殺しにかかってんのかビミョーなリビングメイルとか。ゾンビは強かったんすか?」
「それは……」
正直、あの屋敷のゾンビはヌルかった。あの屋敷の中にいて、物理的に怪我をするような驚異は結局なかったと言える。
「でも、僕らがどれだけやっても、外には出れないほどの強力な力があるのに…」
「守りには特化してたけど、攻めはてんでダメだったっつーことっすかね。いるでしょ、そゆヒト」
「うーん……」
まだ納得いっていない様子で、ミケ。
すると、今まで黙っていたアフィアが口を開いた。
「すっきり、しない、もうひとつ」
「え?」
「魔法使い、何者、結局、わからない」
「ああ……そういえば、そうだね」
ユキも眉をひそめて首を捻る。
「魔法使いが出てきたのって、アリスちゃんが殺されて、体の中に何かを埋めて、お友達のつくり方を教えてくれた…結局、それだけ、ってことだよね?」
「魔法使い、目的、わからない。不気味、です」
「………」
ミケは黙ったまま二人の話を聞いている。
「ま、考えても結論の出ない問いをいつまでも考えててもしょうがないでしょ!
とりあえず、今回は、おつかれさま!ありがとね!」
二人の思考を断ち切るように、リタが明るい表情で告げる。
3人は曖昧に微笑んで、それでもその話はそこで終わらせ、病室をあとにした。

そして、病院の門の前。
リタが明るく挨拶をして去ったのを確かめてから、ミケはアフィアとユキに切り出した。
「あの。さっきの、魔法使いの件、ですが」
少し硬い彼の声に、きょとんとして振り返る二人。
「アリスさんの体の中に埋まっていた、『核』。グレンさんが壊したあとに、取り出して持って帰ってきたんです」
「え……いつの間に」
驚くユキの前に、小さな袋に入れていたルビーのかけらを取り出してみせる。
小さく砕けたそのかけらは、金色の蔦のような細工も切れ切れに絡まっていた。
「これ、何か、ありましたか」
アフィアが聞くと、ミケは硬い表情で答えた。
「この金……フォラ・モントの金です」
「!……」
「フォラ・モントって…!」
3人がかつて、依頼を受けて訪れた…呪われた村、フォラ・モント。
今はその呪いは瓦解し、村人は慎ましく平和に暮らしているが……その村の呪いの中心にあったのが、この金だった。
「金、魔力、残ってた、ですか」
渋い無表情でアフィアが問うと、ミケは嘆息した。
「ええ。本当にわずかですが…彼の…ロキさんの魔力と、ほかにも良く似た、しかし別の魔力を感じます」
「別の……?」
「ロキさんは学者さんです。それも呪いが専門だったはず。死霊を操る力は畑違いでしょう。つまり、ロキさんの魔力はこの金を生成した時の残り滓です。死者に死霊術士の力を与えた魔力は、もうひとつの別の魔力……よく似ていますから、おそらくは、彼の血縁の」
「兄弟、いる、ですか」
「僕の知っている限りで、男性が5人、女性が4人。男性のうち一人は亡くなっていますから、全部で8人。それから甥御さんと姪御さんが一人ずついます」
「こ、子沢山だね…」
「子沢山というよりは……まあ、そこはいいです。そのうち、僕が知っているのはロキさんを含め、男性二人、女性一人。甥御さんと姪御さんも知っています。そしてそのうち、魔法を使うのはロキさんともうお一人の男性、そして甥御さんの3名。そのどなたとも違う魔力です」
「つまり、残り、男2人、女3人の、どれか、いうことですか」
「そういうことです。それ以上は、ちょっと……聞いてみてもいいですけど、ちょっと抵抗があるかな…」
「聞く?誰に?」
ユキがきょとんとして聞くと、ミケは曖昧に微笑んだ。
「まあ、いいじゃないですか。とにかく、魔力の正体がわかった以上……魔法使いの目的は、ひとつです」
「……実験、ですか」
忌々しげに呟くアフィア。
ミケは嘆息した。
「そういえば、ロキさんが言っていましたね。民話や伝承に登場する『魔法使い』は魔族の比喩だと。なんですかね、たぶらかす時の約束事でもあるんですかね」
半ば自棄のようにそう言って、もう一度ため息をつく。
「とにかく。記憶にとどめておいたほうが良さそうですよ。彼らの血族に、死霊術士がいる、ということを」
「………」
沈黙が落ちる。
よく晴れたヴィーダの、ひとけのない病院の門の前で。
3人はしばらくそうして、物思いにふけっているのだった。

しゃらん。

しゃらん。

薄暗い廊下を、小柄な影が歩く。
ゆっくりと一歩踏み出すごとに、髪飾りについた鈴が甲高い音を響かせた。

しゃらん。

しゃらん。

やがて、大きな扉の前で足を止める。
その影が扉の前に手をかざすと、ぎぃ、と音を立てて大きな扉が空いた。

しゃらん。

部屋の中に一歩入り、その影は高く澄んだ声で、部屋の主に声をかけた。

「兄君様」

敬称が二重になっている。
呼びかけられた主の返事はない。
しゃらん、と音を立てて、声の主はさらに部屋の中へと進む。

「兄君様。ロキ兄様」
「やかましい」

呼び方を変えると、部屋の主は鬱陶しそうに声を返した。

「研究中だ。手短に済ませろ」
「では」

訪問者は恭しく礼をすると、淡々と報告した。

「兄君様がくださいました、死を司る力を留める触媒が、破壊されました」
「……そうか」
「劣化しない環境にあったとはいえ、物理的に破壊されるまで崩壊しなかったとは、さすが兄君様がお作りになった触媒。
おみごーと、で・ございます」

若干馬鹿にされているような物言いにも慣れているのか、部屋の主の反応は薄い。

「……イシュ」
「はい」
「それだけを言いに来たのか?」
「もちのろん、で・ございます」
「帰れ」
「おやおや。これはまたすげない」

不気味なのは。
ここまで馬鹿にしたような口調で言葉を並べ立てるその表情が、口が動く意外の変化を見せないところだった。
部屋の主と同じ、褐色の肌に、黒い髪。両側で複雑に編みこまれた髪を、鈴のついた髪飾りで結い、短く垂らしている。部屋の主とよく似た、ある種可愛らしくもある美貌は、表情が動かないことも相まって人形のような不気味さを醸し出していた。
イシュ、と呼ばれた訪問者は、ロキ、と呼んだ部屋の主に、更に続けた。

「兄君様の触媒を破壊いたしましたのは、兄君様の金を無にした人間でしたので、報告にまいりました、というのに。
ああ。イシュの心尽くしは兄君様には届かなかったというのですね」

芝居がかった言葉もやはり無表情であるがゆえに不気味だ。
ロキはわずかに目を細め、イシュを振り返った。

「あの人間どもか」
「はい。全く同じメンバー、ではございませんが」
「……そうか」

ロキはそれきり、興味を失ったように口を噤み、再びデスクへと視線を向けた。
イシュは再び恭しく礼をすると、くるりと踵を返す。
しゃらん、という鈴の音がまた響いた。

「今回の触媒は、とても楽しませていただくことができました。また機会がございましたら、よしなに、お願い・申し・上げます」
「機会をくれてやるつもりはない。帰れ」
「はらはら。イシュの心はガラスのように粉々になってしまいそう・でーす」
「帰れ」
「では、ご機嫌よろしゅう」

しゃらん。
しゃらん。
部屋から鈴の音が遠ざかり、やがてばたんと扉が閉まる。
ロキはその音を聞き、小さく嘆息した。

しゃらん。
しゃらん。

薄暗い廊下に、鈴の音が響く。

「ひとつ、観察対象がなくなってしまいました」

淡々とした呟きが、誰に聞かれるでもなく鈴の音にかき消されていく。

「久しぶりに、遊びに行ってみるのも、面白いかもしれませんわ・ね?」

無機質な表情からこぼれ落ちた、うっすらと楽しそうな声音は、しかし誰に受け取られることもなく、薄暗い廊下に溶けて消えていった。

“My Home” 2015.6.28.Nagi Kirikawa