おもてなしはきちんとするのがれいぎなのよ。

「俺が前衛で盾になる」

真っ先に前に出て剣を構えたのはグレンだった。
「だから、遠慮なく動く鎧に攻撃を叩き込んでくれ」
「僕も前に行くよ」
それに続き、ナイフを構えて前に出るユキ。
「魔法を使う時は避けるから、声をかけてね」
「はっ、はいぃ!よろしくお願いしますっ」
上ずった声で返事をするミケは、リビングメイルの登場にすっかり及び腰になっているようだ。
「り、リタさん、下がっていてくださいね」
「う、うん、よろしくね」
お前が下がれと声をかけたくなる様子で促され、ミケと共に下がるリタ。
その前にアフィアがかばうように立ち、ミケは不思議そうにそちらを見た。
「アフィアさんも後衛ですか?」
アフィアは無言で頷いて、前衛の二人の方を見た。
「グレン、ユキ、お願い、あります」
「ん?」
「なに?」
前の方に注意を払ったまま答える二人に、アフィアは淡々と告げた。
「もし、余裕、ある、甲冑、ドア側、誘導、してみる、してください。
うまく、甲冑、ドア、壁、攻撃する、どうなるか、みてみたい、思います」
「なるほど……」
「わかった、やってみるね」
頷いて構える二人に、あくまで無表情で声をかけるアフィア。
「がんばっ!」
「…アフィアさんそういうキャラでしたっけ」
「うちの武器、勇気と知恵、です」
「……」
ミケは何か物言いたげにそちらを見やったが、流すことにした。
そんなことをやっている間に、早速ユキとグレンがそれぞれ1体ずつの甲冑に向かって駆け出す。
「はああっ!」
気合と共に斬りつけるグレン。
きんっ。
鋭い音がして、鎧が刃を弾く。
「ちっ…」
やはり一筋縄ではいかないか、と剣を持ち替え、もう一度斬りかかる。
きん、きんっ。
鋭い音が数度響き、グレンの鋭い刃が甲冑を執拗に打ち付けるが、ダメージを与えられているようには見えない。
だがその一方で、その動きはとても鈍く、繰り出される槍も容易く避けられるものだ。グレンは難なくそれを避けながら、ジリジリとドアの方へ誘導していった。

かしゃん。
かしゃん。

2体の甲冑の足音が、ぼんやりとランタンの明かりに照らされる玄関フロアに響き渡る。
一方でユキは、ナイフを甲冑につきつけて甲冑の注意を引きながら、グレンとは逆の壁の方へと誘導していく。こちらも時折繰り出される槍の攻撃は難なくかわすが、グレンと違い積極的に攻撃する様子は見えない。
ぎぎっ。
やがて、ユキを壁に追い詰めたと判断したのか、甲冑が大振りなモーションで槍を後方に引き、一気に突き出した。
「っ……」
素早く横に跳んでその一撃をかわすユキ。
ごっ。
甲冑の槍は鈍い音を立てて壁に突き刺さった。特に大げさに傷ついた様子も、かといって全く攻撃が効いていない様子もない。あえて言うならば、「普通に壁を槍で刺したらこうなるだろう」という様子だった。
アフィアはその様子をじっくりと観察してから、グレンの方を向く。
ちょうどそこには、ユキと同じようにドア前に追い詰められているグレンの姿。
ぎっ。
ユキの時と寸分違わぬ姿勢で、甲冑は大振りに槍を繰り出した。
「…っと!」
あっさり避けたグレンの場所を通り過ぎ、槍はそのまま扉に向かう。
だが。

ばちん!

壁の時と違い、槍は大きく耳障りな音を立てて弾き返され、甲冑は大きく体勢を崩した。
「…やはりドアはダメですね…」
「そのよう、です」
渋い顔で言うミケに冷静に頷いて、アフィアは二人に声をかけた。
「どうなるか、わかり、ました。倒して、ください」
「了解!」
「簡単に言う……なっ!」
がしゃん。
グレンが渾身の力を込めて大ぶりの剣を横に凪ぐと、鎧の継ぎ目にヒットして盛大に崩れ落ちる。がらがらと崩れ落ちるその中身は当然空だ。
一方でユキはナイフを収め、代わりに取り出した鞭を放っていた。
「やっ!」
気合と共に、槍に絡めた鞭を引く。
びん、と鞭が張られる鈍い音。ユキの力では甲冑の重さを動かすことは出来ないようで。
「くっ…!」
それでも、ぐらりと僅かに揺れた甲冑に向かって、鞭を手に持ったまま駆け出す。
「たぁっ!」
甲冑の傾きと跳躍の勢いで、ユキが繰り出した飛び蹴りは甲冑の胴にクリーンヒットし、こちらもがらがらと崩れ落ちた。
「やった!」
器用に着地して喜色を見せるユキ。
だが。

ふわり。

中身が空の甲冑は、バラバラのまま空中に浮かび上がり、再び形をとっていく。
「……ですよねー」
げっそりと呟くミケ。
できれば中に何かいてほしかったが、まあ見ての通りだ。
かしゃ、かしゃん。
甲冑は再び元通りの姿に戻ると、槍を振り上げた。
「…くそっ、こんなんどうやって倒すんだよ…!」
槍の攻撃を避けつつ、眉を寄せるグレン。
「バラバラにしても元に戻っちゃうんじゃ、どうしたら…!」
ユキも困惑しながら、それでも同じ攻撃を繰り出すしかないようで。
「…うーん、もともと動きが鈍いんですから、さらに鈍くしたり、逆にユキさん達に俊敏の魔法をかけてもあまり意味ないですよね…」
ミケは下がったまま風魔法で支援をしていたが、上手くいかずに唸っている。
アフィアはその隣で、動く甲冑をじっと見据えていた。
「……ちっ。ユキ、悪い、ちょっと相手しててくれ」
「了解!」
グレンが言って下がったのを、ユキが一瞥して頷く。何か考えがあってのことだろうと、再び鞭を繰り出して甲冑の動きを封じた。
その間に、グレンは剣を水平に構えて目を閉じる。
「……はああぁぁぁっ!」
気合と共に、彼の体の周りに仄かに赤いオーラが見えた。
少し驚いた様子でそれを見るミケ。
「…増幅の魔法ですか。火属性ですね…力が増している」
組まれた魔道の構成を感じ取り、こそりと呟く。
グレンは再び目を開けると、みなぎる力を振りまくようにひとつ剣を振った。
「行くぞ!」
「はいっ!」
グレンの掛け声とともに、甲冑と対峙していたユキが横に飛び退く。
グレンはまっすぐに2体の甲冑に向かい、その手前で、だん!と足を踏みしめると、2体を一度に薙ぎ払うように渾身の力で剣を振った。

がしゃん!がらがら……

ぐしゃ、と金属がひしゃげたような音も聞こえ、再びバラバラに崩れ落ちる甲冑たち。
だが。
ふわり、と僅かに浮いた後、力尽きたように再び地面に落ちた甲冑は、そのまま動かなくなった。
「……ふぅ」
しばらく様子を観察し、完全に動かなくなったのを確認してから、グレンは息をついて振り返った。
「もう大丈夫そうだな」
「ほ、ホントですか?ホントに大丈夫ですか?」
まだびくびくしているミケ。
「あっ」
「ななななんですか?!」
びくびくしすぎて、ユキがあげた声にもいちいち反応してしまう。
ユキは申し訳なさそうに肩を竦めた。
「あ、ううん、ごめん。さっきアフィアさんが言ったこと、思い出してて…甲冑にドアを攻撃させてみて、っていうの」
「ああ……確かに、甲冑の攻撃もはじかれてしまいましたね。同じ原理で動いているなら、相殺もありえましたが……」
「うち、ずっと、魔導感知、してました」
戦闘中ずっと何もせずに甲冑を見つめていたアフィアは、淡々とそう言った。
「そうだったんですか。僕もしようと思いましたが…アフィアさんがなにかやっているようだったので。
それで、どうだったんですか?」
「結論、言う、魔力、感知されない、でした」
「え……そうなんですか」
少し驚いた様子で言ってから、急に震えだすミケ。
「……えと、っていうことは、やっぱりあの鎧を動かしていたのは……」
「正確、ちょっと、違う」
「え?」
「あの鎧、動かす、大きな魔力、感知されない。でも、微量、感じました。
あの鎧、魔力以外の力、動かしてる。でも、その力、操る、魔力、思います」
「えっと……つまり?」
ユキが首をひねると、ミケがまだ若干震えたまま解説した。
「あの鎧を動かしていたのは魔法以外の『何か』です。でも、その『何か』を操る魔法は存在した。だから、魔力は微量ながらに感知された、ということです」
言ってから、自らも甲冑の残骸の傍にかがみ込み、魔力感知を行ってみる。
「……そう、ですね。感じられなくもない、程度の魔力が残っているだけです。この重い鎧を動かせるほどのものとは思えません」
はあ、とため息をついて。
「むしろ、魔法がかかっていたら『あ、魔法なんだー』と安心できるのに…」
「なんか…難しくなってきたな」
剣を収め、頭を掻くグレン。
「まあとにかく、鎧はどうにかなったし、あの子供の声も聞こえない。どこか落ち着けるところで、今後の作戦会議でもするか?」
「こ、この屋敷に落ち着けるところなんてあるんですかね!」
まだびくびくしている、というかここに来てからびくびくし通しなのでそろそろびくびくしているという形容詞をとってもいいんじゃないかと思えるミケが震える声で訴えると、グレンは先ほど出てきた扉の方を見やった。
「さっき俺が調べてた部屋だが、とりあえずランプもあるし、中に何もいなかったし、あそこを拠点にすればいいんじゃないか?」
「出られない、以上、どこか、ベースにする、妥当、思います」
アフィアも頷いて言い、しぶしぶ頷くミケ。
こうして、一行はひとまず作戦会議をすることになった。

ないしょばなしはこっそりね。

「さて、厄介なことになったな……」
ひとまずは、応接室に何もないことを確認して、埃臭いソファに腰をかけて。
まずはグレンが苦い表情でそう言った。
その傍らで、ミケの目が完全に据わっている。
「幽霊なんて死ねばいいのに」
「ミケさん、幽霊はもう死んでると思うよ…?」
「こんな屋敷、外から火をつけてしまいたかった」
「放火、ダメ、絶対」
ぶつぶつとつぶやくミケに律儀にツッコミを入れてから、アフィアは一同に向かって淡々と言った。
「とりあえず、探索、開始する、いい、思います」
「ううっ…やっぱりそうですよね……」
相変わらず動揺しっぱなしのミケの方を向き、気遣うような無表情で続けるアフィア。
「大丈夫、出られます。
リタさん、先輩、見つかった、森、です。つまり、屋敷、出た、いうことです。安心、落ち着く、してください」
「屋敷出たって言っても、それ、自力で出たのか捨てられたのかわかったもんじゃないのでは……」
アフィアの言葉にさらに不安になった様子のミケ。
「まあ、子どもの声がしたから子ども部屋とか探すのがいいんでしょうかねぇ……」
だが、諦めた様子で、前向きに探索の手立てを考え始めたようだ。
「後は家人、使用人の私室、書斎など当時の情報が残っていそうな場所を調べるべきかな、と。
何があったのか、何が原因で子供の声がするとかドアが開かなくなってるとか鎧が動いているとかいう事態になっているのかを確認して、元凶をどうにかするのがいいな、なんて」
「うん、僕もそう思うよ」
頷いて同意するユキ。
ミケは更に続けた。
「お約束は、とりあえず1階を制覇してから2階、もしくは地階に移動するのがいいかと思いますが、どうでしょうか。
多分、この手のお屋敷だと、食堂とか台所、使用人の部屋なんかが1階なんじゃないかな、とは思いますが」
そこまで言って、しゅんと肩を落とす。
「それで…手分けをして探すよりも団体行動をお願いしたいんですよね……せめて二人組とかでないと何かあった時が怖……もとい、対処不可能だし、連絡取れないし、単独行動した奴から死ぬよね、こういう時!」
最後はかなりヤケクソ気味の言葉に、仲間はしかし真摯に頷いた。
「危険、あったです。集団、賛成、します」
「そうだな、俺もそのほうがいいと思う」
「二組に分かれるか…全員で一緒に探索するか、どうしようか?」
ユキが首をかしげると、アフィアがそれに答える。
「全員、一緒、探索、時間、かかります。
うち、2組、分かれる、提案、します」
「まあ…それが現実的でしょうね」
「前衛、後衛、ペアで。ミケさん、グレンさん、ペアなる、ユキさん、うち、ペア、します」
「俺はそれでいいぜ」
「僕も大丈夫だよ」
「リタさん、どちらか、ですが」
「はっ、はい!」
今の今まで話を振られなかったリタが、いきなり話を向けられて挙動不審気味に返事をした。
「主に、知識的バランス、とるため、うちたち、同行、してほしい、思います」
「うん、わかった。私はアフィアさんとユキさんについていけばいいんだね」
「次、探索、ですが」
アフィアは当初に書いた地図をテーブルに広げ、さらに続けた。
「1階、2階、別々、いい、思います。地図、紙、別にできます」
「別々、か?」
しかし、それにはグレンが難色を示す。
「全員が同じ階に居た方がいいと思うが、どうだろうか。
同じ階に居れば、万が一の時に合流しやすいし安全だろう。それに、見取り図完成までの時間には大差ないと思う」
「んー、僕は正直どちらでもいいんですけれども」
グレンの意見に困惑したように眉を寄せるミケ。
「その階が広くて部屋数少ないというなら、大人数で捜索したほうが早いし安全。小部屋がいっぱい、とかいうなら左右から同時に調べたほうがいいかもしれないし」
「なら、最初にざっと部屋数だけ数えてから1階から回っていくのがいいんじゃないかな。
グレンさん、勝手にドア閉まったとか家具揺れたとか言ってたし。風のせいとかならいいけど、もし幽霊の仕業だったら閉じ込められて何かされそでやだもん」
「だから怖いこと言わないでくださいよ」
改めて震えるミケ。
ユキは気にした様子もなく続けた。
「だから、僕もグレンさんと一緒で、二手に分かれて1階を調査したらいいと思う。何かあった時に駆けつけやすいし」
「わかり、ました」
アフィアも特に不愉快な様子も無く頷く。
「特別、理由、ない、です。ほかの人、意見、尊重、します。
最初、1~3階、部屋数、数える。そのあと、左右、分かれる、探索、する、ですね」
「わかりました、それでお願いします」
「探索内容、まず、屋敷、見取り図、完成、優先、考えます。
間取り、配置、わかる、隠し部屋、見つかる、思います。あれば、ですが」
「そうか、隠し部屋の存在を忘れていたな。それを考えると、日記等を探すよりも見取り図の完成を優先した方がいいのか……。
怖い話にはよくあるパターンだったな。
屋敷の見取り図と実際の部屋数が合わない。突き当りの変に真新しい壁を壊したら、その奥にもう1室発見。扉を開けて部屋に入ると――真っ赤な字で『助けて』という文字が壁一面に書かれていた…とか」
「だから、怖いこと言わないでくださいって!」
さらに震え上がるミケを無視して、アフィアが続けた。
「左右、特に、希望、ありますか?もし、ない、うちたち、左、調べる、します」
「え……別に、希望はないですけど。それなら、僕とグレンさんが右に行きますね」
ミケがきょとんとしてから頷くと、ユキもそれに続く。
「僕もそれでいいよ」
「俺もかまわないが……逆に、アフィアは何で左に行きたいんだ?」
不思議そうにグレンが問うと、アフィアはどうということもない様子で答えた。
「崖側、だから、です」
「崖側?」
「ミケ、パニック、窓破る、森側なら、落ちません」
「え」
まさかそこから矛先が向くとは思わなかったミケは、一瞬呆然としてから、首を縮めて俯いた。
「す、すみません……」
そちらは特に気にした様子も無く続けるアフィア。
「あと、照明、探します」
「照明って……そういえば、ランタンはトナカイ型になるのか?」
グレンが言うと、アフィアは不思議そうに首を傾げた。
「何のこと、ですか」
「いや、カボチャ型のランタンがトナカイに…」
「シリアスシナリオ、今回、ネタ、仕込み、ありません」
「そうか、それは失礼した。照明って、ランタンじゃだめなのか?」
何事も無かったかのように話を続ける二人。
「大きな、お屋敷。ろうそく、ランプ、ある、思います。
油、節約、なる。明かり、気にしない、探索、別々、できます」
「そうですね……僕の明かりも精神状態に左右されるので、それが出来るならありがたいです」
先ほどの崖発言が尾を引いているのか、ミケが少し憔悴した様子でそう言った。
「じゃあ、探索の方針はそれでいいとして……」
「状況確認、したい、思います」
ミケの言葉に続ける形で、アフィアがリタの方を向いた。
「リタさん、少し、確認、いいですか」
「うん、いいよ。何でも聞いて」
意気込んだ様子で答えるリタに、アフィアは淡々と質問を続ける。
「先輩、取材、出る、いつですか?森、見つかる、いつですか?」
「うーんとね」
リタは視線を上げて考えた。
「シュウ先輩が取材に出たのは、日付は詳しくは覚えてないけど、3週間くらい前だったと思うよ。
見つかったのは10日くらい前かな。地図はあの通りだったけど、取材メモとかは持ってなかったよ。屋敷の中にあるのかもね」
「なるほど。そうしたら、その取材メモを探すのもいいかもしれないですね」
「………」
アフィアは黙ったまま、リタから聞いたことを何かメモしている。
それから、おもむろにそのメモをテーブルの上に広げた。
「うち、見落としている、なにか、ありますか?」
地図と共に広げられたそのメモを、仲間達も興味深げに覗き込む。
そこには書き慣れていない様子の字で、しかし簡潔にメモがまとめられていた。

  • 声は「小さな女の子」だった。
    リタさんの情報からお屋敷の当時7歳の少女の死体は見つかっていないので、関連がある可能性がある。
  • 少女がいなくなる前から問題は起きていた。
    つまり少女自体は原因ではない。ボスかもしれないがラスボスではない、ということ。
  • 死亡した人は基本的に物理現象で死んでいる(流血、落下、ばらばらなど)
    例外は全身の血を抜かれたという執事さんだけ。
    物理的な危険が存在することは確実。逆に憑依など精神的な危険性は低い。
  • 「お客様はひさしぶり」という発言。先輩さんが最後のお客様だったとして、10日~程度。
    久しぶりというほどたっているかな?

「ふむ……」
「なるほど……」
アフィアの書いたメモを見て、仲間たちは考え込んだ。
「うーん……見落としてる、とかじゃないんだけど、個人的に気になることはあるかな」
若干自信なさげに言うユキ。
「うまく説明できないけど、『遺産』のこと。
被害者は主人と、『遺産を継いだ』夫人、『遺産を持って逃げようとした』執事、『遺産を受け継ぐはずだった』娘さん。
全部遺産が絡んでるなぁって。
取り壊し以降を抜いて、それ以外に被害者っていないんだよね?それってやっぱり遺産が絡んでるからなのかなって。
だったらやっぱり『遺産』がキーポイントなのかな?って」
「そうですね、それは確かにキーになってくると思いますよ」
「結局娘さんは『遺産』を受け継げたのかな?」
「さあ…『わたしのおうちへようこそ』って言ってもらった感じから、遺産の1つはこの家で、『何か』が既に相続している、ということは分かりますかね。
執事さんが『持って』逃げようとした遺産は、きっと動産関係の何かで、今回探すことになっているのはそれですよね」
「うーん、でも、受け継いだっていうか、『自分のもの』じゃない家だったとしても、普通に住んでたら『私の家』って言わない?」
リタが首を傾げて言うと、ミケはうーんと唸った。
「そうか、それもそうですね……」
しかし、それ以上の答えは出ずに黙り込む。
そこに、ユキがさらに続けた。
「あとは……取り壊し前は荒れ果ててたのに今はまだ綺麗な方なのはなんでなのかな、とか」
「そういえばそうだな。荒れ果ててたって、確か言ってたよな、リタ?」
「えっ、あ、うん。まあ…ずいぶん前のことだから、私が直接荒れてたのを見たわけじゃないけどね」
慌ててリタが答えると、ミケがふむ、と頷いた。
「確かに古いですけど、荒れている、という感じではないですからね。誰かきれいにしている人がいた、ということでしょうか……」
「そこは…うーん、なんともわかんないけど。
あとは、主人の前は何も起きてなかったから、20年前に何があったのか、とか?かな」
まだ疑問の域を抜けていない様子でユキが言うと、グレンもそれに頷いた。
「そうだな、そこは気になるところだ。20年前に何が起こったのか……家人は何に怯えたのか、っていうところか」
「そこは、調べるしかないでしょうね。わかればいいんですが……」
呟いてから、ミケは改めてメモを見た。
「この、少女はラスボスではない、っていうところなんですけど」
アフィアのメモの2番目を指差して、アフィアを見て。
「もしかしてご主人が亡くなるより前に、お嬢さんが亡くなっていた、という事はないでしょうか?ご両親の手によって、というのはうがちすぎかもしれませんが、死んだはずの娘さんが出てきたら、吃驚して窓を突き破って落ちるかもしれないかな、とか」
「…なるほど。そういう、考え、あります」
特に反論することなく頷くアフィア。
ミケはさらに続けた。
「あとは、この、精神的な危険性、というところですかね」
3番目を指差して、げんなりしたように表情を暗くする。
「僕は十分に精神的にダメージ来てるんですけども…というのはまあおいておくとして。
精神的におかしくなっている人がいるから、凄く怖い思いはするんだろうなぁ、という予測はしているのです……鎧からしても命の危機は十分ありそうですが」
「怖い思い、イコール、精神的な危険性、いうことなら、そう思います。うち、意識乗っ取り、精神攻撃、いう、意味、言いました」
「ああ……なるほど。まあ…おかしくなった人がそういう攻撃を受けていないという確証は無いので、決め付けるのは危険かもしれないですね」
言ってから、さらに4つ目を指差すミケ。
「あとは、この最後の…これは、僕も気になっていました。後は、前任者とかが『お客様』という認識ではなかった、とか」
「お客様、ですか」
「ええ。例えば、さっきユキさんが言っていた『遺産』を求めて、何か不法な手段で侵入しようとした人がいたとしたら…それは『お客様』ではない、という認識であったとしても不思議はないと思うんですよね」
「なるほど」
「えっと…編集長が言っていた『財宝』っていうのがその『遺産』のことだったとしたら……そ、それを持ってこうとしたら、先輩と同じ目にあうかもしれないってこと?!」
戦々恐々とした様子のリタに、ミケは苦笑した。
「僕たちの場合は、正面玄関から『ごめんください』って入ったのが良かったとか、ですかね。何か盗ろうとしなかったのが良かったとか。
ひとまず不用意に物を持って帰ろうとしないつもりでいますけども」
「そうなると、財宝を持って帰るのは無理かもしれないよねぇ…」
少ししゅんとした様子のリタに、あたりの空気がふっと和む。
「まあ、どちらにしても、ここから出るためには、そのあたりのことをきちんと調べないと……リタさんの先輩と同じ『出方』をさせられるおそれがありますから」
「ああ、まずはそこからだな」
全員の意見の一致を見たところで、冒険者たちは立ち上がった。

「じゃあ、まずは全体の部屋数から数えますか!」

たんけんしたいの? しかたがないわね。

「思ったより、部屋数は多くないようですね」

2階と3階の廊下を一巡りし、ざっと部屋数だけ数えた冒険者たちは、再び玄関前の吹き抜けフロアに戻ってきていた。
「2階が5部屋、3階が4部屋と…見取り図を完成させることを優先して調べるなら、それほど時間はかからなそうです」
「廊下のろうそくにも火をつけられたし…とりあえず、廊下を歩く分にはランタンはいらなそうだね」
満足げなユキの言葉通り、廊下に一定間隔で配置されているろうそくには火が灯されていて、廊下は明るくなっていた。
「よし、じゃあちゃっちゃと調べるか」
「見取り図、完成、優先、です。中の調査、ほどほどに」
そして、冒険者たちはあらかじめ決めていた通り、二手に分かれて1階の探索を始めた。

「うう……やっぱり、開きませんよね……」
廊下の外側に点在する窓には厚いカーテンがかかっていたが、それは問題なくめくることが出来た。
が、かたかたと取っ手を動かしてみてもやはり窓が開く気配はない。
外はすでにとっぷりと日が落ちていて、手前の木々が中のろうそくの明かりに照らされてうっすらと見えるだけだ。
「…ちょっと魔法ぶつけてみていいですか」
「ん?ああ。待ってろ、ちょっと離れる」
「あんまり遠くに行かないでくださいね!」
「どうしろと」
グレンが少し離れたのを確認して、意識を集中させるミケ。
「ファイアーボール!」
ぐおん。
炎が巻き起こる音がして、大きな火の玉が窓に直撃する。
だが。
「……やっぱりダメですか…」
窓は壊れるどころか、カーテンに焦げ目ひとつつかない。
「よくわからんが、何をそんなに怖がってるんだ?」
「怖いじゃないですか!幽霊ですよ?!」
「幽霊なんていないだろう、そもそも。いないものは怖くない」
「えええええ?!」
この期に及んでのこの発言に、ツッコミもかねて悲鳴のような声を上げるミケ。
「え、な、えええ?!な、何でそう言いきれるんですか?!」
「逆に、何でいると思うんだ?」
「だ、だって、この窓もドアも開かないし、さっきは鎧が動いて!!」
「うん?何かの力で動かしてるとさっき言ってたじゃないか」
「はしょりすぎです!じゃ、じゃあ、さっきの女の子の声は?!」
「風の音とか建物の軋みが人の声に聞こえただけだろう?」
「ええええ?!ていうか、さっきの作戦会議で、あの声について話してたじゃないですか」
「ああ……風の音について何であんなに長々と議論してるんだと思ってた」
「いや、それはちょっとあまりにも……」
「百歩譲って、幽霊が実在するとしても、だ」
グレンは腕を組んで、首をかしげた。
「家人が亡くなった当時は、娘も使用人もまだ生きていたはずだから……幽霊候補は居ない」
「え……」
「家人が『何を見て何に怯えたか』は疑問のままだ。
色々と推測は出来るのだろうが……確かな情報が欲しい。
当時の状況が記されている物があるなら読みたいと思う」
「そ、そうです、ね……?」
勢いをくじかれて、何か反論したいのだがうまく言葉にならない。
グレンはひとり納得した様子でで頷くと、踵を返した。
「よし、行くぞ。次はこっちの部屋だ」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
さっさとすぐ近くのドアに向かって歩き出したグレンを、ミケは慌てて追いかけた。

「リタさん、あまり窓側に寄らないで……僕のそばにいてね?」
「うん、ありがとう、ユキ」
リタをかばうように歩くユキの前を、複写したマップを見ながらアフィアが歩いている。
がちゃり。
「……ここ、書斎、みたいです」
何のためらいも無く扉を開けて覗き込むアフィアの後ろから、ユキもひょいと顔を覗かせる。
「…本当だ。中、調べてみる?」
「今、見取り図、作る、優先。詳しく、調べる、後にします」
「そうだったね。ちょっとだけならいい?」
「うちも、ちょっとだけ、調べます」
アフィアは頷いて、ユキと共に足を踏み入れた。後からそろりとリタもついてくる。
踏み入れた足が床のほこりを舞い上げ、独特の匂いを漂わせた。
「だいぶ…古いみたいだね」
「特に、新しいもの、ない、思います」
「荒れた様子もない…よね。荒れ果ててたっていうのはなんだったのかな…?」
「誰か、整えた。荒れ果てた、嘘だった。両方、考えられます」
「そうだね……」
きょろきょろとあたりを伺うが、何か変わった様子も見られない。整然と本が並ぶ、ごく普通の書斎のようだ。
「詳しく調べることは出来るけど…今は見取り図の作成が優先だね」
「そう、ですね。行きましょう」
アフィアとユキはリタを連れてあっさりと書斎を後にした。

「こっちは使用人のお部屋みたいですね」
グレンに続いて恐る恐る扉の中を覗き込んだミケは、中の様子をランタンで照らしてそう言った。
淡く照らされた室内は若干狭く、小さなベッドやデスクがあるのみで、この屋敷の規模からすれば粗末な部屋と言わざるを得ない。
「中庭が見えるようになっているんだな」
ためらい無く中に入っていったグレンは、ドアとは反対側についていた窓のほうを見て言った。
「何か見えますか?」
「いや、暗くて何も見えないな……応接室にも窓はついていたが、構造からして中庭が見えるつくりになっていたんだろう」
「そうですね、大きな長方形で中庭を囲っているようなつくりだったから…整ったお庭がどこの部屋からも見えるようになっていたんでしょうね」
ミケも恐る恐る窓をのぞきこんでみるが、やはり暗くてよく見えない。
「ここには…何もなさそうですね。次に行きましょうか」
「ああ」
そして、ミケとグレンも部屋を後にした。

「ここは…お風呂、かな?」
ユキとアフィアがドアを開けて中に入ると、タイル張りの壁に囲まれた部屋になっていた。
ランタンで照らせば、シャワーやバスタブの影がぼんやりと見える。そのそばには便器のようなものも見えた。
「風呂、トイレ、粗末、です」
「え、そうかな?」
首を傾げるユキに、頷くアフィア。
「屋敷、規模、比べると、粗末、です」
「だよねー。これだけ大きなお屋敷の主人なら、もっとひろーいお風呂にゆったり浸かってそうな感じ。知らないけど」
リタも頷いて同意すると、ユキもそんなものかと納得する。
「1階、使用人の部屋、多かった。このトイレ、風呂、使用人のもの、思います」
「なるほど…でも、使用人専用のお風呂とかあるなんて、やっぱりすごいんだなあ」
感心したように言うユキの横で、シャワーのコックをひねってみるアフィア。
しかし、水が出てくる気配はない。
「水、通ってない。使った形跡、無い、です」
「変に使った形跡があっても怖いけどねー」
苦笑するリタをよそに、アフィアはぐるりと周囲を見渡し、そして2人に言った。
「次、行きましょう。見取り図、完成、先、思います」
「あ、うん」
そして、3人は使用人用の浴室を後にした。

「ここは…キッチンですか」
「そのようだな」
いくつかの使用人部屋を経てたどり着いた角部屋は、開けると少し広い空間が広がっていた。
ランタンで照らせば、中央に腰の高さほどの広い台、周りの壁には丸いものや細長いものが所狭しと吊るされている。
「そうだ、キッチンなら…食料とか水とか、あったりしませんかね」
「何言ってるんだ?」
ミケの発言に眉を顰めるグレン。
「20年前に廃墟になった建物に、食料や水があるわけないだろう」
「いや、だから、あれば人がいる証拠になるかと思ったんですよ!」
「……なるほど、一理あるな」
「でしょう」
「だが……無いようだぞ」
グレンはランタンで室内を照らしながら、そこかしこにある棚や箱をぱかぱか開けている。
水道の蛇口もひねってみるが、当然ながら何も出ない。
「うう……」
ますます絶望的になっていくミケに、再びグレンが不思議そうな顔をする。
「どうした。食料を持ってないのか?」
「いや、そういうことではなくてですね……というか、グレンさんは持ってるんですか?」
「俺は一応探検に来てるんだし、最低限の携帯食料は持ってるぞ。ミケは違うのか?」
「いや、僕も持ってますけどね?現実に閉じ込められて外に出られない以上、そういう方面の心配もしたほうがいいのかなって」
「まあ、食料が切れるほど長く閉じ込められるならそうなるな」
「リタさんの先輩…シュウさん、でしたっけ。彼は何日捕獲されてたんでしょうね?
一晩でああなっちゃったのか。いきなり館に突入したわけじゃないだろうから、3週間前に出て、地図とかいろいろ調べて、ってやっての日付だと思うんですよね」
「そうか……そう言われてみると、そうだな。3週間前に出たからといって、3週間屋敷に閉じ込められていたとは限らない、ということか」
「10日間捕獲とか、ぞっとしますよ。食糧事情はどうなんだろう」
「うーん……まあ、あれだ。どうしても食べ物がないなら、屋敷の中をうろついてる犬とかを…」
「そんなどでかい死亡フラグに食いつくほど飢えるのは嫌です」
「使用人の日記に『かゆい うま』とか書いてあったりするのか」
「一万回と二千回は使われているネタを恥ずかしげもなくまた使いましたね」
何のことでしょう。

「あ」
「お」
「お疲れ様です。そっち、終わりました?」
部屋を出て廊下の角を曲がったところで、二手に分かれていたグループがちょうど合流した。
「こっち、書斎、使用人部屋、使用人用風呂、ありました」
アフィアが淡々と言うと、ミケは納得した様子で頷いた。
「こちらも使用人の部屋が並んでいました。そこの端はキッチンのようです。そうすると、ここは……」
キッチンと使用人用の風呂に挟まれた大きな空間には二つのドア。
「普通に考えれば、食堂だろうな。厨房の隣にあったほうが効率がいい」
「そうですね。配置的にも妥当だと思います。
とりあえず、こっちのドアから入りましょうか?」
「うん、わかった」
頷いて、真っ先にドアノブを握るユキ。
かちゃり。
ドアを開け、中を覗くと、予想通りそこは食堂のようだった。
中央に大きなテーブルが置かれ、向かい合うようにして椅子が配置されている。テーブルクロスはきちんと整えられ、上には燭台。こちらも埃をかぶっていて、何年も使われた形跡がない。
「とりあえず、火、つけます」
アフィアが言って、ランタンからテーブルの上の燭台に火を移していった。
広いテーブルの上の燭台全てに火を灯すと、部屋はかなり明るくなる。なかなかの広さだ。おそらくはキッチンと使用人風呂に挟まれた空間は全て食堂となっているのだろう。
「えーと……あれ?」
中庭に面した窓辺に立ったミケが、不思議そうにガタガタと窓枠を動かしてみる。
「どうしたの、ミケ?」
「ええっと、中庭には1階のどこかから出るのだと思ってたんですが、今までそれらしき通路がなかったので、てっきりここから出られるのかと思っていたんですけど…この窓、はめ殺しですね。ドアもないようですし……」
「ホントだ」
リタもその隣に立ってコンコンと窓を叩いてみる。
「ぶっ壊せば外に出られるんじゃないのか?」
「いや、今外に出たいという話ではなくてですね。屋敷の人はどうやって中庭に出ていたのかな、と」
「じゃあ、特に中庭に出られるような作りになってなかったっていうことかな?」
「だって、ご主人と奥様は中庭で遺体となって発見されたんでしょう?」
「そういえばそうだったね」
ふむ、と考えこむユキ。
「どこか、僕たちが見落としてる部屋があるとか?それか……隠し通路とか」
「どこの部屋からも見られる作りになっている中庭への通路を隠す意味がわかりませんが…詳しく調べればわかるかもしれませんが、今は見取り図の作成が先ですね。見取り図が完成すれば、中庭への通路もわかるかもしれませんし」
「そうですね」
アフィアも淡々と言って、中庭の方を向いた。
ロウソクやランタンの明かり程度では、真っ暗な中庭に何があるのかはあまりわからない。
だが、うすぼんやりと何かがあることだけは見て取れた。
「…噴水、ですか」
「よくわからないけど、そんな風に見えるね」
リタも頷いて同意する。
どちらにしろ、ここから中庭には出られない。中庭にあるものも、そしてそこに至る通路も、確認することはできなかった。
「じゃあ、1階はこれでいいとして…2階の方に行きましょうか」
「了解、です」

こうして、冒険者たちは調査の範囲を2階へと移すのだった。

おへやはいっぱいあるのよ、ゆっくりしていってね。

「ひ、広いお風呂ですね……」

食堂の近くにあった階段から2階へ移ると、ちょうど食堂の上にあたる位置に広い浴室があった。
「使用人さんのお風呂とは比べ物にならないね……リタさんの言ったとおりだったね」
感心したように言うユキ。リタは少し照れた様子で苦笑した。
「イメージで言っただけだったんだけどねー。お金持ちの考えることって一緒なんだね」
浴室はやはり使われた形跡はなく、当然湯も張られていない。大理石の床には埃が積もっていて、歩くと新しい足跡をつけていた。
大理石造りの浴槽はかなり豪奢で、流石に浴室に窓はついていないが、その代わりというように凝った彫刻が施されている。
「こっちはサウナみたいですよ」
1階の探索で何も出てきていないのでかなり順応した様子のミケが、奥の部屋を覗き込んで言う。その言葉の通り、火山岩で作られたらしい部屋はサウナになっているようだった。
「豪華なお風呂だということ以外、特に収穫はありませんでしたね……」
「じゃあ、また二手に分かれて、崖側と森側を捜索しようか?」
「了解、です」
冒険者たちは頷いて、早速二手に分かれて調査を開始した。

「ここは……プレイルーム、かな?」
2階、崖側の部屋。1階の使用人部屋の上の位置は、かなり広い部屋となっていた。
中庭を見下ろせる大きな窓、ぱっと照らしてもわかるビリヤード台にダーツの的、壁には動物の剥製や猟銃のようなものもある。
奥を見ればルーレットやポーカー台などもあり、ここは個人の趣味というよりは、客人を招いて遊びに興じるための部屋であることが伺えた。
「ここも、新しいもの、特に、ない、ですね」
注意深く辺りを見回しながら言うアフィア。
ユキも頷いて、埃の積もったポーカー台に指を滑らせてみる。
「そうだね……アフィアさん、さっきから新しいものを探してるみたいだけど、何かあるの?」
「新しいもの、違います。周り、比べて、時間、食い違い、あるもの、探してます」
「あ、そっか……新しかったり、逆に古すぎたりするものが怪しいってことだね」
アフィアは頷いて、もう一度辺りを見回す。
「ここ、埃、積もり方、同じ。人、入った、動かした、形跡、無いです」
「うーんと、そうすると……」
「考察、あと、します。まず、見取り図」
「あっ、そうだったね。じゃあ、次に行こう、リタさん」
「あっ、はい!」
そして、3人は早速次の部屋へと移った。

「……ここが財宝部屋なんじゃないのか?」
グレンとミケが入った部屋には、何やら豪華そうな彫刻や絵画や壺が配置された部屋だった。
中央にはソファとローテーブルもあり、一応くつろげる空間として用意されてはいるようだ。
「これが財宝というのはちょっと……まあ、コレクションルーム、というところでしょうかね」
置物として、というよりは、多分に見せつけるように配置されている美術品のおかげで、庶民には落ち着けない空間になっている。当然、ミケにもグレンにもその真贋や価値などは全くわからない。
「成金と紙一重だな……」
「まあ、僕には成金と昔からのお金持ちの違いなんてわかんないですけど……って、あれ?ポチ?」
ふっと、今まで肩にかかっていた重みが軽くなったので、ミケは自分の使い魔がいる方にランタンを向けた。
すると、使い魔の黒猫ポチが、彫刻の下で何もない虚空に向かってちょいちょいと猫パンチを繰り出している。
「…ぽ、ポチ?」
ミケが恐る恐る呼びかけると、ポチは振り返り、ミケだけに通じる心の声で答えた。
『ご主人様、今、そ こ に ね ……あ、いなくなった。何でもないですー』
「ちょっとおおぉぉぉ?!」
使い魔にまでおちょくられてパニックに陥るミケ。
と、その拍子に、傍らにあった金属製の皿のようなものが、ミケが後ずさった衝撃で床に落ちてしまう。

からーん!

静寂の中に思うより大きく響いたその音は、ビビっているミケをさらにビビリ上がらせるには十分なものだった。
「んにゃああぁぁぁ!!」
思わずそばにいたグレンのマントにしがみついてしまうミケ。
だが。

「うわ?!」

びたーん!

あっという間にグレンにその腕を取られ、投げ飛ばされてローテーブルの上に背中を打ち付けてしまう。
「…っつー………」
「あ。悪い、つい反射的に」
あまり悪いと思っていない様子で謝るグレン。
ミケは自分に回復魔法をかけてから、涙ながらに起き上がった。
「うえー、痛いです……」
「ここには特になにもなさそうだな。次に行こう」
「うう……待ってください……」
後を追うミケの様子を気にした風もなく、グレンは部屋を出るとすぐ隣のドアに手をかけた。
「ここが角の部屋だな。開けるぞ」
「……はい……」
もう何を言う気力もないミケがうなだれてそう言うと、グレンはあっさりとドアを開ける。
「ここは……客用の寝室か?」
ランタンを持って覗き込むと、使用人の部屋の5倍はあろうかという広さの部屋だった。ダブルサイズのベッドに大きなクローゼット、機能的なデスクにソファーとテーブルまである。どれも埃が積もっていることを除けば一流ホテルの客室のようにぴっちりと整っていて、逆にそこに誰かが息づいていた匂いを感じさせない。
「…使ってない様子ですね。少なくとも、最近は」
「まあ、最近というか、事件前後、だろうな」
ベッドに積もっていた埃を姑のように指で掬って、グレンは淡々とそう言うのだった。

一方、反対側の角部屋では、それと正反対の光景が繰り広げられていた。
「うわっ……なに、これ……」
青ざめた表情で思わずそう呟くリタ。
反対側の角部屋も、まだミケたちと合流していないので彼らには知る由もなかったが、対称的なつくりになっている客室であるようだった。
であるようだった、というのは、20年前という時間の経過という意味合いからではない。
その室内は、強盗でも入ったのかと思える程に、派手に荒らされていたのだ。
切り裂かれたベッドカバー、扉が壊され、中の服が散乱しているクローゼット。ソファは倒され、机もソファの配置からするとかなり不自然な位置に移動している。
「……これなら、荒れ果てた、表現、ぴったりです」
「そうだね……この部屋のことを言ってたのかな?」
「決め付ける、危険、でも、可能性、あります」
アフィアは言いながら、慎重に部屋の中に脚を踏み入れた。
先程までの部屋とは明らかに違う様子。
「……埃、あまり、舞いません」
先程は歩くと足跡がつくほどに埃をかぶっていた部屋があったのに、ここはその気配がない。埃の匂いはするが、積もり方に差異があるようで。
しかし、その疑問はすぐに解決した。
「あっ!これだよ、これ!」
窓際にしゃがみこんだリタが、何やらメモ帳のようなものを拾い上げて二人に示す。
「これ!シュウ先輩の手帳!私、見たことある!」
「ホントに?!」
驚いてリタに駆け寄るユキ。
「きっと、先輩がこの部屋に入ったんだよ。で、部屋を色々調べてる時に、このメモを落としたんだね」
リタはメモをパラパラとめくると、内容に慎重に目を通し始めた。
「えっと……ここまでは別件のやつでしょ……あ、ここからかな」
アフィアもリタのそばまで歩いてきて、その発言を注意深く聞いた。
「えーっと…屋敷の主人、ダグラス・マークェイン…当時36歳、貿易会社社長……うわ、結構調べてあるんだ……」
メモの内容に驚きながら、リタはさらに読み上げていく。
「現存するマークェインの親族から聴取……当時、ダグラスの会社は難しい案件を抱えており、滅多に屋敷に帰ることはなかった…妻メイベル、娘アリスは数人の使用人とともに暮らしていたが、メイベルはよく友人を招いてパーティーなどをしていたらしい……えっ」
メモの内容に驚きつつ、リタは続きを読み上げた。
「招いていた友人の中には、メイベルの浮気相手もいたと考えている……って!」
リタの発言に、アフィアとユキは顔を見合わせた。

「…っていう、親戚の証言があった、っていうことなんですね」
客室のそばで再び合流した冒険者たちは、3階へ上がる道すがら、先ほどリタが見つけたメモの内容を情報共有していた。
「こっちの客室は荒らされていなかったのに、そっちだけ荒らされてるってのも妙な話だな…」
グレンの発言にも神妙に頷く一同。
「ま、考えるのは見取り図が完成してからだ。先にちゃっちゃと調べてしまおう」
「了解、です」
3階に上がると、まずは玄関側に面している部屋を全員で調べることにした。
ちょうど客室の真上に位置する部屋。吹き抜けのエリアがない分、広い部屋になっているようだ。
玄関側に面する窓からは、カーテンをめくってみてもやはり真っ暗で何も見えない。街の灯りすらも森で陰になって見えないようだが、月と星のあかりは見て取れた。
その窓の正面に両開きの大きな扉。それに続く部屋も大きいのだろうと予想できる。
ユキとグレンは頷きあうと、両開きの扉を片方ずつがちゃりと開けた。
「わっ」
あっさりと空いた扉から、なぜか風が入り込んでくる。
「えっ……」
両開きの扉に続く部屋は、どうやら寝室のようだった。扉の反対側、つまり中庭に面して、大きな窓が開け放たれている。その向こうはバルコニーになっているようだ。
「窓が……空いている?」
これも今までとは違う部屋の様子に、ミケは眉を寄せながらゆっくりと辺りを見回した。
大きな部屋は、どうやら寝室のようだった。窓のそばには、おそらく夫婦で使うと思われるキングサイズのベッド。古く埃はかぶっているが、しつらえの良いソファとローテーブル、暖炉もある。寝室にしては面積が広く、そして向かって左右の壁にはどこかに続くと思われる扉があった。
「ひとまずはさっきと同じように、俺たちがこっち側、アフィアたちがそっち側を調べるってことでいいか?」
「了解、です」
冒険者たちはここで二手に別れ、それぞれの部屋へと入ることにした。

「こちらは……女性の私室のようですね。夫婦の寝室につながっていることを考えると、奥様のメイベルさんのお部屋でしょうか」
ミケたちが入った部屋は、いかにもお金持ちのマダムの部屋といった様子の、洗練された雰囲気の部屋だった。淡いパープルを基調としたカーテン、化粧台、デスク、クローゼット、その他、女性の部屋らしい家具が配置されている。どれも埃をかぶっていて、最近人が入った形跡はなかった。
扉は寝室からのものと、森側の廊下につながっているものがひとつ。
それに加えて。
「まだ部屋が続いているみたいだぞ」
グレンはその部屋の更に先にあるドアを開け、さらに奥へと進む。
「っと、これは……衣装部屋か?」
とたんに目に飛び込んできた部屋いっぱいの服に、面食らった様子で立ちすくむグレン。
続いて入ってきたミケも、圧倒されたような表情になる。
「うわー……お金持ちの女性ってこんなに服を持ってるものなんですね……」
庶民丸出しの感想を述べるミケに、若干げっそりとした様子のグレン。
それでも、中に入って部屋の様子を確かめる。
「すごいな……これ、全部着るのか?」
「着るから置いてあるんですよね……っと、この部屋に続く扉はこれだけのようですね」
「廊下に直接つながる扉はないんだな。まあ、メイベルしか用はない部屋だろうしな」
「よし、じゃあ廊下に出て残りの部屋を調べましょう」
「ああ、わかった」
言って、ミケとグレンは早々にメイベルの部屋を後にした。

一方、アフィアとユキ、そしてリタの方は。
「これは……旦那さんの部屋かな?えっと、ダグラスさん、だっけ?」
森側の私室がメイベルの部屋ならば、崖側の私室は当然ダグラスのものだ。木目も整った上質な家具が並び、窓側の大きなデスクの傍に並ぶ本棚には、難しそうな経済学の本が並んでいる。こちらも、埃が積もっていて動かされた形跡は見当たらなかった。
「廊下側の部屋と…こっち側にも部屋があるみたいだね」
リタに導かれ、メイベルの部屋では衣装部屋に当たる部屋への扉を開ける一同。
そこには。
「わぁ……これ、2階にもあったよね?」
決して広くはない部屋に所狭しと並べられた、動物の剥製が目に入る。
「ダグラスさんの趣味…だったのかな」
壁には同じように猟銃がいくつも並び、ガラスケースにも入れられていた。剥製はおそらく、自分で仕留めた動物のものなのだろう。
「趣味部屋、みたいです。趣味、狩り、だった、思います」
「うん、そうみたいだね」
きょろきょろと辺りを見回すユキ。
「この部屋のドアはこれ一枚みたい……ほかに何もなさそうだし、続きの部屋を探そうか」
「了解、です」
アフィアとリタは頷いて、ダグラスの部屋を後にした。

「あっ」
「お疲れ様です」
再び、冒険者たちは山側の廊下で合流した。
「そっちも終わったんだ。ひょっとして、奥さんの部屋だった?」
「ああ。ってことは、そっちは旦那の部屋だったんだな?」
「うん。っていうことは、残りは……」
言葉を切って、全員がそこにあるドアの方を向く。
「娘の部屋、ってことだな……」
重々しく呟くグレン。
「ねえ……なにか音がしない?」
「え?」
リタに言われ、耳を澄ますと。
「何かの音楽……ですかね?」
「オルゴールの音、思います」
「まさか……ここから?」
再び娘の部屋と思われるドアを見やる一同。
「ちょ、ちょっと……怖いこと言わないでくださいよ」
再びびくびくし始めるミケ。
しかし、そんなミケの様子をよそに、アフィアはあっさりとドアノブに手をかけた。
「音、正体、確かめる、わかります」
「そ、それはそうですけれども!」
慌てて止めようとするミケを全く気に止める様子もなく、アフィアはやはりあっさりとドアを開けた。
がちゃり。
ドアを開くと同時に、先程までかすかに聞こえていただけだった音楽ははっきりと空気を震わせて耳に届いた。
「あ……あれだよ!」
リタが指さした先は、ドアの正面に置かれた可愛らしいテーブル。
その中央に、オルゴールの音と共に回りながら踊る人形が置かれている。どうやら、全体がオルゴールの仕掛けになっているようだ。それ自体はよくある人形じかけで、何の問題もない。
問題は。
「誰があのオルゴールのネジを巻いたか、だな……」
あたりを見渡すが、当然誰もいない。
今更ながらに部屋を見渡すと、予想通り、そこは見事な「子供部屋」だった。
ピンク色を基調としたフリルたっぷりのカーテンに、可愛らしい家具。天蓋付きのベッドに並べられた可愛らしいぬいぐるみたち。
床に敷かれたふわふわのラグ。壁にかけられたタペストリー、優しいタッチの水彩画。
ドアの正面、オルゴール人形のさらに向こうには、ちょうど真向かいの夫婦の寝室のバルコニーが見える大きな窓。こちらもその向こうはバルコニーになっているが、窓自体は閉じられている。
いかにもな子供部屋だが、一点だけ、冒険者たちを戦慄させる十分な理由があった。

「この部屋………なんでこんなに、綺麗なの……?」

リタが呆然とつぶやく。
そう。ピンク色に整えられたカーテンも、家具も、ベッドも、ぬいぐるみも、ラグも。
テーブルの上でオルゴールの音色に合わせてくるくると踊る人形も。
これまでの部屋とは違い、埃を一切かぶっていない、綺麗な状態であったのだ。

呆然とする冒険者たちを前に、テーブルの上の人形はなおもくるくると踊り続けていた……。

第3話へ