月の明かりに照らされて

ヒトってさ、絵の具みたいなものだと思うわけ。
ヒトにはそれぞれ、そのヒトの色っていうのがあって、
ヒトは他のヒトの色を少しずつもらって、自分の色を作ってくの。
どの色にも左右されずに自分の色を作ることはとても難しいし、
全くの無からひとつの色を作るのは選ばれた人だけにしか出来ないことなの。
いろんな色に触れ合えばそれだけできる色の幅は広くなるし、
色を変えたくなくて閉じこもってると、やがてその色は濁ってしまう。
そして、その色が強烈であればあるほど、他のヒトはそれに染まりやすい。
でも、他人の色に染まるのは決して悪いことじゃないと思うわ。
それだけ一人のヒトを好きになるっていうことが、そのヒトの色なんだから。
でもね。
いくらそのヒトが好きでも、そのヒトの色と同じになっちゃ駄目。
少しでも、アナタの色が混じっていなきゃ。
誰かの色に、全て染まってしまったら。
その瞬間に、アナタはどこにもいなくなってしまうんだから。

まずは前回のハイライトから

「これは…!」
一面に咲き乱れる花に、ミケ達はは思わず息を飲んだ。
地面の下、光の一筋すら入り込む隙間のないところに、あでやかに咲き乱れる白い花々。
一筋の曇りもないほど清らかで、だがそこがかえって妖しげな香りを漂わせているように思える。
松明の明かりを注意深く掲げて、ミケは花を観察し始めた。
「ふむ…?」
一通り覗き込むと、ミケは松明を後ろにいたエルに渡した。
「ちょっと持っててくれますか?」
そして、花の一輪に手をかざして目を閉じる。こころもち髪がふわりと浮き、かざした手の内側がほんのり光を放ち…そして、ミケは再び目を開けた。
「…なにかわかりましたか?」
魔力感知をしていることを理解したエルが、興味深げに覗き込む。ミケは軽く溜息をつくと、彼らの方を振り返った。
「何ともいえませんね…ですが微かに、この宝石と同じ気配がします」
「宝石と同じ?」
ミケの瞳の輝きに真剣さが増す。
「…モンスターの気配です」
全員が息を飲んだ。
「…といっても、本当に微かですので、宝石や花自体にモンスターが封じられているとかそういうことではなく、むしろ残り香のようなものであると思います」
「だけど、こいつらがモンスターに関係してるかもしれない、ってことだろ?」
エルの後ろから、やはり厳しい表情で、リン。ミケは頷いた。
「その可能性も否定できません。断定は出来ませんが」
「用心深いこったね。何か話が大きくなってきたよ。あたしゃただ厄介な麻薬を追いかけてるだけのつもりだったんだがね」
「僕たちも、ただ怪盗を追いかけているだけのつもりだったんですけどね。どうしてこうなったのやら」
ミケはそう言って苦笑した。
「…部屋が、まだあるようだけど…?」
そのさらに後ろから、瑪瑙がぽそりと言った。松明を持ったエルが部屋の左手に光をかざすと、そちら側に粗末な通路が見える。
「…行ってみましょうか」
花を踏まないように注意しながら、一行は通路の方へと足を進めた。
細い通路の奥に、また小さな部屋がある。入って左手にいくつかの木箱が積み上げられており、その手前に空の麻袋が散らばっている。右手にはなにやら大仰な機械。
「…なんでしょうか、あれは?」
一同、首をひねってその機械を観察する。大きさはエルの背より少し小さい程度か。大きな受け皿のようなものと、吐き出し口のような物がついた箱型の機械で、鉄で出来ているため中の様子は伺えない。
「なんだかわかりませんか?」
「ちょっと…僕はそういうものにはあまり詳しくないので」
エルの問いに、ミケは困ったように首をかしげた。
「我が神にお伺いを立ててみましょうか?」
危うく忘れそうになっていたが、エルは知識神フェリオーネスの神官なのだった。
だが、ミケは首を横に振った。
「いいえ、それは後に取っておいてください。…想像はつきます」
そう言って、ミケはいつの間にか取っておいたあの花を一輪、受け皿の中に放り込んだ。そして、機械の真ん中についているスイッチやレバーなどを、かちゃかちゃといじり始める。ややあって、がこんという音と共に機械が動き始めた。
「…!…」
一同が驚いてその様子を見守る中、受け皿に放り込まれた白い花はあっという間に機械の中に吸い込まれてゆき…がりがり、ごぉぉっ、という妙に生々しい効果音が響いた後、吐き出し口から細かい粒がざらざらと吐き出された。
瑪瑙が駆け寄って、吐き出された粒を手に取る。最初に驚きの声を上げたのは、リンだった。
「これは…ムーンシャインじゃないか!」
「ええ。おそらくあの白い花はムーンシャインの原料。そしてこの機械は、それを麻薬へと精製する機械なのです。ムーンシャインを流した黒幕は、ゴールドバーグを始めとする4人の成金…おそらくは、まだ今のように成長はしていない彼らに、この洞窟に入ることができる鍵…あの像を渡し、中のものを自由にしていいと言ったのでしょう。そして…結果はご存知の通り、というわけです」
「なるほど…ゴールドバーグたちはここで秘密裏に麻薬を生産し、独自のルートでさばいていたという訳なのですね?」
エルも頷きながら同調した。その横でリンは渋い顔をする。
「ルートについてはわかったが、肝心の黒幕についての手がかりはさっぱりだね…」
「…そう、でもないかも…ね」
瑪瑙がぼそりと言い、リンは訝しげにそちらの方を向いた。
「…ほら…ミケが、言っていただろう…?あの花やあの宝石から、モンスターの気配がする、って…ね」
「ええ…こんなに陽のささないところで何の変わりもなく咲きつづけられる花…そしてその花から取れる麻薬の不思議な効力。微かに感じるモンスターの気配。断定は出来ないとは言いましたが、90%間違いないと見ていいでしょう」
それに、ミケが真剣な表情で続ける。
「この事件は…魔族、ないしはそれに関わるものが裏で手を引いている…とね」

とりあえず、明日の予定を決めてください

「くそっ…!」
ヴォイスがいまいましげに、拳を机に叩きつけた。机の上には、例の富豪暗殺の号外新聞。
その隣で、やはりクルムが苦い表情をしている。
「像が全部盗まれて、自分に道が繋がりそうになったらまずい証人は排除…か…なんて奴だ…!」
「ともかく…これで悠長なことは言っていられなくなったな」
多少は落ち着いた様子で、ジェノ。リーフはゆっくりと頷いた。
「そうね。本当はすぐにでも行きたいところなんだけど…行動を起こすのは明日にしましょう。今日はあっちもこっちもバタバタしてるだろうし…昨日の今日で、ゴールドバーグがアタシたちに会ってくれるとは思えないしね?」
「行動…というと?」
これはアレックス。リーフはそちらの方に顔を向けて、真剣な表情で答えた。
「当然、ゴールドバーグのところに行って、直接黒幕のことを聞き出すのよ。カレが殺されちゃう前にね」
「それしかないでしょうね。問題は、彼が僕たちに会ってくれるかどうか、ですが」
ディーが言い、一同はうーんと考え込む。
「いっそのこと、被害届出してないってどういうことだって正面切って問いただしてみるか?」
ルフィンの提案に、リーフは苦笑した。
「うーん、それもこれも、会ってから、のハナシよね。どうやって会うかを検討してるんだけど」
「ああ、そっか…」
「正面から会いに行って会ってもらえるとは思えない…だけど、裏からとか忍び込んでとかは余計に警戒させてしまう…か。むずかしいですね…」
寝ているぷちを片手に、イルシスも考え込む。
「…まあ、ここで悩んでいても仕方がないだろう。正面から当たってみるしかないなら、正面から行くまでだ。駄目だったらそのとき考えればいい」
千秋の一言で、その議題はとりあえず保留された。たしかに、打つ手が思いつかない以上そうするしかない。
「上手くいくかどうかはわからないが…俺はとりあえず、まだゴールドバーグに雇われている身だからな。それとなく煽って、会いやすいようにする努力はしてみる」
アレックスが言って立ち上がると、ジェノが声をかけた。
「おい、屋敷に戻るのか?」
「…そうだが?」
「…少し考えがあるんだ。俺も連れて行ってくれないか」
「…一緒に行くのか?」
「一緒に屋敷には入らんさ。だがちょっと協力して欲しいことはある。道々話すよ」
「…なんだか知らんが、わかった。ついて来い」
アレックスは言うと、少しだけリーフに視線を移した。
「…なぁに?」
「探し物は案外近くにある、と言ったな…お前、何か知っているのか?」
「何かって、何を…?」
ニヤニヤしながら、リーフ。アレックスの表情が少しだけ険しくなる。リーフはくすくす笑って、続けた。
「一般論よ…誰かじゃないけど、パターン、ってやつ…?根拠だってあるのよ…まったく見も知らないような赤の他人より、近しい人のほうがずっと、人を騙したり、傷つけたり、殺したりする理由がある、ってコト…そうでしょう?」
アレックスは言葉に詰まったようだった。少しだけ表情を歪ませると、吐き捨てるようにリーフに言った。
「…まあいい。事が済むまではお前に協力するが、その後は自首をすることだな。どう繕ったところで盗みは犯罪だ」
「努力してみるわ。いってらっしゃ~い」
リーフはにっこり笑って手を振った。ほぼ相手にされていない。アレックスはそのままジェノを連れて店を出て行った。
「じゃあちょっと僕も…朝には戻りますよ。失敬」
ディーが立ち上がってその後を追った。アレックスに少なからず興味があるらしい。ミケさん泣きますよ。
「さて…後は朝まで待機…ね。みんなはどうするつもりなの?」
「リーフはどうするつもりなんだ?」
リーフに逆に問い返すクルム。
「そうね…やっぱりとりあえず正面突破かしらね。今のカレには、意外と効果があるかもしれないわ」
「そっか…じゃ、俺もそれについていくよ。悪いことを悪いと認識しないまま死なせるわけには行かないからな」
「では俺も付いて行く。悪事を働いた奴には正当な裁きが下されるべきだ」
妙に「正当な」を強調して、千秋。
「会わないようなら、多少強引な手段を使ってでも…だな」
少し過激なヴォイス。
「…ひの、ふの、み…とりあえずここにいるコでゴールドバーグに会いに行くコは、これだけ?」
リーフが残りのメンバーを見渡す。
「俺は…その、殺された人のことを調べてみたいんだけど…。でもゴールドバーグのほうも気になるから、早めに屋敷に合流することにするよ」
まだぷちを片手で弄びながら、イルシスが言った。
「あ、じゃああたしもそっちに行って一緒に調べるよ」
「ええっ」
中にいた何人かが、驚きの目をルフィンに向ける。
「何だよその意外そうな顔は」
「ルフィンが…自分から頭を使う方を選ぶなんて!明日は槍が降るぞ!」
青ざめた顔でヴォイスが言うと、ルフィンは怒って立ち上がった。
「何だよそれ!あたしが調べものに行っちゃいけないのか!」
「まぁまぁ。じゃあイルシスとルフィンは殺された富豪の方に…と。後は…」
面白そうにルフィンをなだめて座らせてから、リーフは残りのメンバーを見渡し…
「…あれ。クラウンは?」
残りのメンバーも部屋をきょろきょろと見回す。
「おかしいですね…先程までわたくしの後ろで顔を書いていらっしゃったのですが…」
顔の後ろに描かれた落書きを消しながら、ナンミンも不思議そうに首を傾げる。
「ま…いないものはしょうがないでしょ。そのうち気が向けば現れるわよ。…あなたはどうするの?ナンミン…だったっけ?」
「わたくしは…また、あの森に行ってみようと思うのですが」
「え?あの森って…またセレに追いかけられるぞ?」
心配そうにクルムが言うと、ナンミンは何か重大な決心をしたような表情でこぶしを硬く握り締めた。
「何故あの方はわたくしを追いかけるのか…あの方とお話ができるようなら、してみたいのです…。あの方は、今回の黒幕の方の命令で動いているのでしょう。わたくしが話をして、情報を引き出すことができれば…!」
一人で盛り上がるナンミンに、ほとんどの者は「無理だろそれは」という視線を送っている。
リーフはおかしそうにくすりと笑うと、ふぅ、と溜息をついた。
「これで全部、ね。自警団側の動きが気になるけど…今となっては向こうも目的はこっちと一緒でしょう。何とか協力…できればいいんだけどね」
つい昨日まで協力し合っていた仲間のことを思い、クルム達の顔が少し沈む。
「それじゃ、明日のために少し眠っておきなさい。アタシとお話したいコは…つきあってあげるけどね?」
リーフはそう言うと、やっと落ち着いたようににやりと笑って、紅茶を一口飲んだ。

嵐の前の静けさな一夜

「人体実験?」
昨日はクルムだったが、今夜はイルシスが残ってリーフと共に深夜のお茶会をしている。
そこでイルシスの発した少し物騒な言葉に、リーフは眉を顰めた。イルシスは真面目な表情で頷いて、続ける。
「もし、その黒幕とやらから麻薬を手に入れたとして…奴ら、人体実験とかしなかったかな、と思うんですよ。だって、本当に言われたとおりの効果があるかどうか試しておかないと、売人に流すにしても結構コワいと思うんですけど」
「そうね…売りつけてみて実は何てことないただのタバコでした、とかだったら騒ぎになるものね」
「うん。とすると、最初の方の中毒者たちが、その実験対象だった、って考えるのが当然ですよね。だったら何でその人たちが選ばれたのか…ゴールドバーグとはどういう関係だったのか。でもああいうヒトたちは疑い深そうだし、もし実験をせずに、あるいはできずに流したんだとしたら、その相手…黒幕さん、っていうのも見えてきませんかね?」
「なるほどねぇ…考え方としてはいいセン行ってるかもね。考えられる可能性としては…まず、その黒幕が、彼らの目の前で、実際にその麻薬を誰かに使って試した、とか。まぁ、そのとき使った麻薬と、実際あそこに植えてあった花が同じ物である確証はないっていえばそれまでなんだけど」
「なるほど」
「あるいは…もしアタシが、同じように誰かから麻薬を与えられたとして…試すとしたら、まず身よりも何もない、スラムの浮浪者を選ぶわね。楽になれる薬だって言って…売らずにそのまま渡すの。あとは様子を観察していればいい…元手はかからないし、あそこに行けばいくらでも手に入るんだもの。それで効果がなければやめればいいし、効果があれば流せばいい。簡単でしょう?」
「そうか。自分と繋がりがなければ、そこからたどられることもない、ですね。なるほど…」
イルシスは真面目な表情で頷いている。
「問題なのは、ゴールドバーグたち4人からその黒幕への繋がりが、このアタシが調べても全くつかめなかった、ってことなのよね…もしかしたら、その黒幕が彼らに接触したのは、あの像を与えたその一度きりだけなのかもしれないわ」
「そうか…こんな特殊な麻薬を知っていながら自分では流さずにゴールドバーグ達四人を選んで流させ、且つ四人がやすやすと信じるあるいは逆らえないひと…あるいは、そういう存在…とか。ついでに、もしもそれが身近な人物…例えば、護衛やメイドとかに化けてるんだとしても、きっとわからないんだろうな」
イルシスはどんどん自分の考えにのめりこんでいく様子だ。敬語も消えている。
「どうかしらね?案外近くにいて、指示を仰いでいるのかもしれないわ?」
「そうかな?でもそれだったらゴールドバーグ氏が縋らないわけないと思うんだよね。四体の像のうち三体も盗まれてるんだからさ、焦るでしょ?いつでも代わりを用意してもらえるものならわざわざあんなに冒険者雇わないだろうし」
「確かにそうね…アタシが調べても繋がりがわからないところからしても、黒幕はあの4人とあまり接していないと踏んでよさそうね…だいたい、人間じゃないかもしれないんだし」
「そうなんだよね…厄介だなぁ…」
顎に手を当てて考え込むイルシス。リーフはその様子を見て、くすりと笑った。
「アナタって、結構考えるコなのね…意外だわ」
「あ。その言い方なんだかショック」
と言いつつもさほどショックでもない様子で、イルシスはにこりと笑う。
「ところで、サインには握手と手形がつきものですよね」
リーフは珍しくげっそりと頭をたれた。
「覚えてたの…」

「や」
窓から入ってきたディーを、ミケは半眼で迎えた。
「どこから入ってくるんです…入り口はちゃんとあるでしょう」
「いいじゃないか。僕の勝手。…ひとりなんだ?」
「ええ。瑪瑙さんとエルさんはまだ隣の部屋で寝ているはずです。昨日はろくに寝ていませんから…」
「そう。ま、僕としても君一人を相手にしたほうが話しやすくていいけど」
ディーは部屋に入ると、ミケの正面の椅子に腰掛けた。
「それより…見た?大変なことになったね」
「ええ…夕方仮眠から起きて、号外を見ました。予測できたことなのに…僕の見方が甘かったようです」
ミケは苦い表情で頷いた。
「それで?どうするの?君は」
「ゴールドバーグ氏のところに行くしかないでしょう…少しでも面識があって、黒幕への繋がりが残されている方は…あの方しかいません。黒幕によって、最後の繋がりが消されてしまう前に」
真剣な表情で言うミケに、ディーは肩をすくめた。
「…だね。君とあの女の対決が見られなくなったのは残念だけど」
「見られなくなった?」
「彼女も、ゴールドバーグの屋敷に行こうとしているみたいだよ。どうする?妨害工作でもしてみようか?」
冗談めかしてディーが言うと、ミケはとんでもない、と首を振った。
「こうなったら目的は同じですからね。何とか協力できるよう打診してみますよ」
「言うことまであの女と同じとくるよ…」
うんざりしたようにディーは額を抑えた。
「どうかしましたか?」
「いいや、何でも。いいのかい?あれだけ派手に挑戦状を叩きつけておいて、その次の日に手を取り合って協力しましょう…なんてさ」
「そりゃあ…多少はばつが悪いですけど。でもいろんな人にあちこちからアプローチをかけられては、ゴールドバーグ氏を余計警戒させてしまいますし。それに…」
「…それに?」
ディーが反復すると、ミケは穏やかに微笑んだ。
「…あの人を追いかけるのは、事件が終わった後でも出来ますし」
「…呆れた。一生あの女を追いかけていくつもり?」
「一生は大げさですが…けれど、おとなしく捕まってくれるような方ではなさそうですしね」
「あ、そ…もう好きにしてくれ…」
ディーは再びうんざりと額を抑えた。
「それで…今日は僕にどんな情報を下さるんですか?」
嫌味なのかそうでないのか、無邪気にディーに微笑みかけるミケ。こちらも通じているのかいないのか、ディーは顎に手を当てて考えた。
「そうだね…例の花畑には君も行ったんだろう?あの女の見解は…君を混乱させるだけだろうし。…そうだ、森の中で新しいメンバーが加わったんだよ」
「新しいメンバー、ですか?」
「そう。道に迷っていた二人と、ゴールドバーグに像の奪還を依頼されたらしい冒険者。迷っていたうちの一人はイルシス・デューアっていったかな。剣士なんだけど、なんか世間知らずのボンボンが武者修行に出されました、って感じの、ちょっととぼけた男だよ」
鋭い。
「もう一人は、…なんていったかな。変わった響きの…そう、カズヒ・チアキだ。名前からしてナノクニの出身なんだろうな。剣士らしいけど、無愛想な男だよ。いかにも暗い過去を背負っています、みたいな。そういうのは表に出さない方がおしゃれだと思わない?」
あなたが言うとシャレになりません。
「そして、ゴールドバーグが雇った冒険者っていうのが、また面白いんだ…こっちも陰気そうな剣士でさ。なんていう名前だと思う?」
「…さぁ?」
「アレックス、だってさ」
「…ゴールドバーグ氏と同じ名前ですね?」
「だろう?どうしてもあのハゲデブおやじとかぶっちゃってさ。わかりにくいから苗字はないんですか?って聞いたら、苗字が必要か?では、今回はシルバーロードとでも名乗っておこう、って言うんだ」
「………なんですかそれ」
ミケが呆れた表情で呟くと、ディーはおかしそうにくっくっと笑みをもらした。
「傑作だよね。なんでそんな偽名だってバレバレの発言するのかな。よっぽどの策士か、よっぽどのバカかどっちかだよ。僕は面白そうだから、前者に賭けたいね。今はジェノさんと一緒にゴールドバーグの屋敷に戻ってるはずさ」
「ジェノさんと?」
「ああ。っても、ジェノさんのほうは正面切って戻るんじゃなく、何か策があるようだったけどね。しばらく2人の後つけてみたけど…話しを聞く限りじゃ、面白いことになりそうだよ…」
視線だけあさっての方向に向けて、ディーは面白そうに頷いた。ミケは溜息をついて、苦笑する。
「あなたも人のこと言えないんじゃないんですか、ディー?言ってること、リーフさんそっくりですよ」
「…そう?心外だな…ま、君が言うならそうかもね」
離れていても、培われた友情は一朝一夕で崩れるものではない。
心の通じ合った者たちを静かに見守りながら、嵐の前の一夜は更けていく。

用意はなるだけ周到に

少しだけ。どこが変わったかわからないほどに、ほんの少しだけ欠けた月が、静かに夜の町を照らしていた。
月の光は富める者も貧しき者も平等に照らしだす。
もちろん、自室の机で青ざめた顔をして小刻みに震えているこの大富豪にも、その光は降り注いでいた。
彼の名はアレックス・ゴールドバーグ。
数年前まではただのぱっとしない子会社の社長であった彼が、たった数年でここまでにのし上がったのは、ひとえに彼に降り注いだ「ムーンシャイン」という幸運のおかげだった。
だが今は逆に、そのムーンシャインが彼の幸運の全てを奪おうとしている。
周りの空間からじわじわと滲み、自分の体をすべて腐食していくような恐怖感に、彼は今必死に耐えていた。
その時。
ちゃきっ。
彼の首筋に、何かが突きつけられる…おそらくは、刃物が。彼の体が瞬時に硬直した。
「俺の質問に答えろ。でなければ、お前を殺す」
背後に突然現れた気配は、低い声でそう告げた。
冷や汗が流れ落ちる感覚は、これで何度目だろう。彼はもはや、正常な判断力を失いつつあった。
「私を…殺す、のか?」
「質問に答えれば殺しはしな…」
「頼む!もう少し待ってくれ!」
背後の気配の言葉を遮って、ゴールドバーグは硬直したまま叫んだ。
背後の気配はそれに押された様子で眉を顰める。
「冒険者を雇った…あの像を取り戻すために。後3日…いや、明日!明日まで待ってくれ!それまでに像を取り戻す!お願いだ、見逃してくれ!」
(どういうことだ…?)
黒幕の正体から魔族とのつながりまで、洗いざらい吐いてもらうつもりだった。だがどうやらこちらを、黒幕の送り込んだ刺客だと思っているらしい。ゴールドバーグは怯えている。それも尋常でない怯え方だ。ともにムーンシャインを握った者たちが二人も殺されているのだからわからなくもないが、それにしてもこの怯え方は異常だ。
(何故、こんなに怯える…?)
背後の気配は槍をゴールドバーグの首に突きつけながら考えた。相手の正体がある程度わかっていれば、力の差はあっても心理的にそれほどの恐怖感はないはずだ。人間が一番恐れるのは、未知なるもの。相手の正体が、能力が、目的が、どこから来るのかが全くわからなければ、いつ襲い掛かってくるとも知れぬ恐怖に耐えなければならないのである。
(まさか…こいつらも、黒幕の正体を知らない…?)
背後の気配が、そこまで考えたそのときだった。
こんこん。
部屋のドアがノックされ、ガチャリという音と共に開く。
「失礼しま…きゃあぁっ!」
入ってきたメイド…ユリは、部屋の様子を見て悲鳴を上げた。
主人ゴールドバーグの後ろに、大きな黒い槍を突きつけている黒ずくめの覆面の男。その額の上には、短い角が一本生えている。
「…ちっ…!」
覆面の男は舌打ちをして身を翻すと、入ってきた窓から外へひらりと身を投げた。
「大丈夫ですか、ご主人様!」
ユリは慌ててゴールドバーグに駆け寄った。
ゴールドバーグはまだ顔を真っ青にしたまま、うつろな目で前を見つめていた。

「アレックスのやつ…あの部屋に近づく奴を足止めしてくれって言っておいたのに」
屋敷を脱出し、とりあえず安全なところまで来た覆面の男は、顔を覆っていた黒い布を取り去り、息をついた。
頬に走る、奇妙な赤い模様。
ジェノ。
彼は顔を覆っていた布を再び頭に巻きつけ、中央の角を覆い隠した。
この角が、何故生えているのかはわからない。顔から体中に走る赤い模様が、何故ついているのかも。
そもそも自分が人間であるのかどうかさえもわからない。
彼には記憶がなかった。気がついたらこの大きな黒い槍を持って、旅をしていた。覚えているのは名前と、この槍の扱い方だけ。
時折自分を狙って得体の知れない者達が襲いかかってくるところからしても、なにやら自分は大変なことに巻き込まれていることはわかるが、それ以上のことはやはり何もわからない。
「魔の者、か…」
自分を狙う者達も行動が尋常ではなかった。もしかしたら彼らも…それならばおそらく自分も。魔のものに関わっているのだろうか、とふと思う。
ならば自分が、この事件から手を引く気になれない…どうしても気になって仕方がないのも頷ける。
この事件が自分と…自分の過去と関わりがあるかと問われれば、それは違うだろう。だが魔のものに近づくことで、自分の過去に少しでも近づくことができるなら。
「ま、なるようになる、か…目的は達成できなかったが、多少は収穫もあったし…明日の足しにもなるだろう。…帰るか」
ジェノはそういって踵を返すと、裏通りの方へと消えていった。

「御身を守れず申し訳ない。お怪我はないか」
アレックスは浅く頭を下げると、まだ青ざめて微かに震えているゴールドバーグに言った。
ジェノに「ゴールドバーグの部屋を襲撃するので人を寄せ付けないように、且つ怪しい者が進入しないように見張っていてくれ」というよく考えるとやたら難しいことを頼まれてゴールドバーグの部屋周辺を巡回していたのだが、ユリの悲鳴で慌てて部屋に来てみると彼はもう姿を消していた。まあ、進入したのがジェノだと言う保証はないのだが、ユリが言った「頭に角が生えていた」という証言からするとジェノだとみて間違いないだろう。彼も最初に見て驚いた。あれは…いや、気のせいかもしれないが。
「刺客」に襲われたらしいゴールドバーグは傍で見ていて気の毒なほどに青ざめ震えていた。
「何があったのだ?襲われた相手に心当たりはあるか?」
白々しいと自分で思いつつも、一応訊いてみる。
どうでもいいが雇い主に対するものとはとても思えない態度だ。
ゴールドバーグはうつろな目で一点を見据えたまま、しばらく口の中でぶつぶつと何かを呟いていたが、その視線をふらりとアレックスに向けると、言った。
「…こんなはずではなかったのだ」
「…?」
眉を顰め訝るアレックス。
「降って湧いた幸運…元手のいらない金儲け…そう思っていた…だが美味い話には必ず裏があるのだ…それが美味ければ美味いほど…賭けなくてはならないものは大きくなってくる…私は…私は命をかけるつもりなどなかった…こんなはずでは…」
「落ち着け」
アレックスは鋭い瞳を向けて低く言った。
「貴公の命は俺が守ってやる。だが相手が何者かわからなければ対策の立てようがない。…大方、昼間殺された他の2人と犯人は…命令した者は同じだろう?ここは俺を信用して、全てを話してみる気はないか?どちらにしろ、それほどの奴が像を取り返したところで貴公の命を救うとは到底思えないが」
「そう…だろう…か…?」
アレックスは少し考えて、一応ダメモトで言ってみた。
「…貴公の元から離れていった冒険者も、事情を話せば貴公を守ってくれるのではないか?」
「!…なぜ、それを…?」
「俺の情報網を甘く見てもらっては困る」
実はもうそいつらと接触して一緒に行動していますとは言えない。
「俺は貴公の行いについてあれこれ言う権利はない。だがどう取り繕っても、貴公のしたことは許されることではない。何より命を大事にするならば、罪を償うくらいの犠牲は払ってもよいのではないか?命を無くしてしまっては元も子もないのだから」
ゴールドバーグはうつろな目をゆっくりとそらして、またしばらく何かぶつぶつと呟いた。
時折辛そうに目を閉じ、青冷めた額に脂汗をたくさん浮かばせる。
傍らではユリが心配そうに主人を見守っている。
やがて、ゴールドバーグは何かを決心したように、アレックスに顔を向けた。
「明日、出て行った連中と、何とかコンタクトを取ってもらえないか。全てを…話す」
「了解した」
正直、ジェノが作戦を話したときには疑問を禁じえなかったが、思わぬ方向に話が向いたようだ。
アレックスは一礼すると、ユリとゴールドバーグを置いて部屋を出た。

ここはひとまず手を組みましょう

「…と、リーフさんはそう仰っていたそうですよ」
次の朝。
真昼の月亭の一室で、ミケはリーフが協力したがっているという旨を瑪瑙とエルに伝えた。
「どうされますか?僕個人としては、ゴールドバーグ氏にもう一度会ってみたいと思いますし、そのために彼女たちと無駄な争いをして手遅れになるのは望みません。氏も、色んなところから会いたい会いたいと言われれば警戒もするでしょうし」
エルの表情は微妙なところだ。瑪瑙は例によって薄い微笑みを浮かべているだけで、心の中は窺い知れない。
「エルさんたちは、自警団に雇われたという立場上やりにくいこともおありでしょう。ですから、ついてきてくれ、とは言いません。ただ僕は今日、彼女たちと一緒に氏のお屋敷に行きます。それだけを宣言しておきたくて」
たっぷり3分間。2人は黙ってミケを見つめた。
そして、先に口を開いたのは瑪瑙の方だった。
「…君は、強い人…だね」
思いもよらない言葉に、ミケは目を瞬かせる。
「…リーフに…ついていかない、と言った時も…そうだった。君は、周りに左右されない…自分の納得の行かないことは、納得できないと…自分のやりたいことは、やりたいと…そうはっきり言い、それを実行できる…人だ。相手がどんなに仲のいい友人でも…強力な敵であったとしても」
珍しく長いセリフ。瑪瑙の瞳は、どこか遠い過去を見つめているようでもあった。
「…いいよ…俺も、行こう…彼に話を聞けば…黒幕に近づけることは、確かだから、ね…」
「ありがとうございます」
ミケは笑顔で礼を言った。
「私は…そうですね、殺されたという富豪の調査に行ってみましょうか」
目を閉じて静かにエルが言った。ミケがそちらを向くと、やさしい微笑みを彼に向ける。
「手分けをして調べた方が効率がいいでしょう?もう自警団の方が調べ終わったあとでしょうし、それほど時間はかからないと思います。終ったら、私もゴールドバーグ氏のお屋敷に向かいますよ」
「…ありがとうございます」
ミケはほっとしたように微笑んで、また礼を言った。
「なんだい、男3人が朝っぱらから顔つき合わせて。暑苦しいねぇ」
そこに、入り口から女性の声が投げかけられる。ミケがそちらを向いて、彼女の名前を呼んだ。
「リンさん。おはようございます」
当然だが、彼女は自分の家に戻って寝ていたのだ。リンは微笑んで、部屋の中に入ってきた。
「ま、ミケと瑪瑙はあまり暑苦しい顔をしてるとはいえないけどね」
「それは私が暑苦しい顔だということですか」
「そんなことは言ってないだろ。まぁ、そうじゃないとも言ってないがね」
意地悪げにエルに言って、リンは笑った。
「ところで、大変なことになったね。こりゃあ、急いだ方がよさそうだよ」
「ええ。今それを話していたところです。私は殺されたという富豪の方に、ミケさんと瑪瑙さんはゴールドバーグ氏のところに話を聞きに行くつもりです」
「おや、もうそこまで話が進んでいたのかい」
リンはきょとんとして、それから考え込んだ。
「そうだね…じゃああたしも、ミケたちについて行くことにするよ。一刻も早く、黒幕の手がかりをつかみたいからね」
「わかりました。ではさっそく、僕たちはリーフさんのお店に向かいます」
「では私は、殺された富豪が泊まっていたという宿屋に向かいます。調べ終えたら、氏の屋敷に向かうことにします」
「…了解…気をつけて…お互いに」
「さ、それじゃ行くとするかね!」

「…さてと。それじゃあ、行きましょうか」
簡単な朝食を済ませたあと。
食器を洗い場に放り込んで、リーフは残りのメンバーを見渡した。もちろんジェノもいる。
「ゴールドバーグの屋敷に行くのは、アタシと、クルム、ヴォイス、千秋…イルシスとルフィンは殺されたアインシェルとブルーゲルの方へ。ナンミンは森にセレに会いに行くのよね?ジェノとディーはどうするの?」
「俺はもちろん、あんたの方について行くさ」
ジェノは言って、にやりと笑った。続いてディー。
「イルシスさん達は、どちらの方にいかれるのですか?」
「え?ああ…別に、特に決めてないですけど」
「では僕と手分けをして調べましょう。そのほうが効率がいいですし」
「わかりました。じゃあ俺はアインシェルさんの方に行きますね」
「では僕はブルーゲル氏の方へ」
「話がまとまったようね」
リーフがにやりと笑って言ったところに、まるでタイミングを図ったかのように店のドアが開く。
「おい」
ドアの向こうから現れた男は、挨拶もせずに店に入ってきた。
「あら、アレックス。おはよう」
アレックスはリーフを一瞥しただけで、本題に入る。
「ゴールドバーグが、お前たちに会いたいそうだ」
冒険者たちは一斉に息を飲んだ。
「な…どういうことだ…?!」
「自分の命と保身を秤にかけたら、大抵の奴は命を選ぶだろう…そういうことだ」
ヴォイスの問いに、淡々と答えるアレックス。
「要するに…さすがのゴールドバーグもむざむざ殺されるよりは罪を償ってでも生きたいと思ったわけね」
リーフが横から注釈を入れる。アレックスは彼女も含めて冒険者たちを見渡した。
「…それで、どうするんだ?」
リーフはにやりと笑って問いに答える。
「もちろん、行くに決まってるじゃない。向こうの方から会いたいって言ってくれてるんだものね」
「それは好都合ですね」
声は、また別の方向からかかった。
入り口の方を見ると、また新たな人物がドアを開けて立っている。
ミケと瑪瑙、それにリン。
「お前ら…」
呆然と呟いたのは、ルフィン。その声には、どこかしらほっとしたような響きが含まれていた。
「よろしければ、僕たちも同行させてはいただけませんか?」
ミケはひとかけらの曇りもない笑顔で、そう言った。
彼らの顔を知らない新メンバー。イルシスはきょとんとし、千秋は無表情で見つめ、アレックスは二派の間に入るように移動して厳しい瞳をミケたちに向けた。
「アレックス」
その後ろから、リーフが声をかける。
「いいのよ、そんなに警戒しなくて。こんな事態だもの。臨む敵は一緒なのに、アタシたちがいがみ合っていても意味がないわ。…もともと、アタシはあなたたちに一緒に来るように勧めたんだから。ね?」
ミケが複雑そうに苦笑した。アレックスは身を引いて、リーフの方を見る。
「…お前が、そう言うのなら」
「それじゃあ、ミケと、瑪瑙と…アナタとも一度会ったわね。確か…リンクス、だったかしら?」
「あの時は手間をかけたね。あんたがあのムーンシャインだとはね。驚いたよ」
リンは一度、ムーンシャインの鑑定をリーフに依頼したことがあるようだ。リーフは嬉しそうに目を細めた。
「行きましょう。ゴールドバーグの屋敷へ。他のコたちも、調べものが終わり次第合流してね」
その言葉に、冒険者たちは表情を引き締めて立ち上がった。
「面白いことになりそうよ…」

どうぞ、お入りくださいませ

「お待ちしておりました。どうぞお通りください」
ユリは丁寧に礼をして、一度は屋敷を出た冒険者たちを出迎えた。
「只今ご主人様にお知らせいたしますので、応接室でお待ちいただけますか?」
冒険者たちはぞろぞろと、屋敷の中に入っていく。
列の最後にいた人物を見止めて、ユリは表情をほころばせた。
「瑪瑙さん…」
瑪瑙は柔らかく微笑むと、ユリの頬にそっと手を当てる。
「…心配を、かけたね…すまない」
「いいえ…昨日起きたら急に、ご主人様がお雇いになった冒険者様たちが全員いなくなっていて…ご主人様はそれについて何も仰らずに、新しい方をお雇いになりますし…私…私、瑪瑙さんがどうなったのか、心配で…」
表情を歪ませるユリの頬を、瑪瑙は優しく撫でた。
「…俺は、大丈夫だから…あとで、また…ね?」
ユリは泣きそうな表情になりながらも、微笑んで頷いた。
少し送れて冒険者たちの後に続く瑪瑙を、リーフが上半身だけ振り返って面白そうに見つめている。
「…あらあら。女のコ泣かせね」
「…君ほどじゃ、ない…」
多少警戒しつつも、薄く微笑みを返す瑪瑙。
ユリはすでにゴールドバーグの部屋に向かっている。先に行った仲間たちにもこの会話は聞こえないだろう。リーフは瑪瑙のペースに合わせるように並んでゆっくりと歩いた。
「アナタのその魅力は…アナタ自身のもの?それとも…左腕の、そのコのせいかしら?」
瑪瑙は、少しだけ鋭い視線をリーフに向けた。
「………」
「面白いものを飼っているようね…耳にしたことだけはあるわ。グラウンド・ヘルとワールド・ヘヴン…まさかこんな所でお目にかかるなんてね。人間のその身には、辛いでしょう…?」
瑪瑙の表情から微笑みが消える。リーフは彼に顔を寄せて、低く囁くように、続けた。
「現世界に封印されてからずいぶん経つけど…誰かが封印を解いていたのね。解いたのは誰…?アナタじゃないでしょう?好きこのんでそんなもの、自分のカラダに住まわせる人はあまりいないわ…」
「…君には、関係ない…」
ぼそりと。瑪瑙が口を開く。リーフは面白そうに彼を覗き込んで、くすくす笑った。
「アナタのその寂しそうな笑みは…その力のせい?身に余る力は自分だけじゃなく、周りも不幸にするわ…いいえ、もう誰かを…それも大切な人を…不幸にしてしまったのかしら?」
瑪瑙は、今度ははっきりと、リーフを睨んだ。
「あらあら…怖いわねぇ。図星?それでも、ああやって女の子を引っかけているところを見ると、寂しいんだ…。アナタの笑顔…たしかに綺麗だけど、それだけ…。心が見えてこないの。アナタの心は凍り付いてる。それをカラダのぬくもりで癒そうとして…でも癒されなくて。でも寂しいから、求めずにはいられない…その堂々巡り。可哀想ね…」
瑪瑙は厳しい視線をリーフに向けたまま、低く呟いた。
「…君…一体、何者…?ただの人間じゃ、ないね…?」
リーフはふふ、と笑って、上半身を瑪瑙に向けたまま、足を速めた。
「…アナタには、関係ないわ…?」
瑪瑙と同じセリフを残して。

応接室でしばらく待っていると、ユリが入ってきてゴールドバーグの部屋に来るよう伝えた。ユリの案内で、一行は2階のゴールドバーグの部屋へと向かう。
二回の中央にある部屋のドアをノックして、ユリはよく通る声で言った。
「冒険者様方をお連れしました」
「通せ」
中からくぐもった声が聞こえ、ユリは一礼してドアを開けた。
「どうぞ」
深く頭を下げ、冒険者たちを促す。
冒険者たちはぞろぞろと部屋の中に入っていった。
ユリが一礼して部屋を出、扉を閉めると、正面の椅子に座っていたゴールドバーグが、お約束のアクションで椅子をくるりと回転させ、こちらを向く。
彼はすっかり憔悴した様子だった。相変わらず太ってはいるが。
「…多少、足りないようですが…?それに…見たことのない顔ぶれも…」
「縁がありましてね。今は行動を共にしているのですよ」
ミケが厳しい表情で答える。ゴールドバーグは大して興味もない様子だったが、初顔合わせの千秋は一応自己紹介をした。
「…一日千秋だ…縁あって行動を共にしている」
そして…リーフ。
「リフレ・エスティーナよ…」
そこで、にやりと笑って。
「…アナタたちが『怪盗ムーンシャイン』と呼んでいる者よ」
ゴールドバーグの表情が一変した。がたりと音を立てて、椅子から立ち上がる。
「お前が…!!」
「アナタの像を盗んだときに、アナタがやっていることをみんな彼らにばらしたのも、アタシ。それで彼らはアナタを見限って、アタシと一緒に来たってわけ」
「お前が…お前が…!」
今にも掴みかからんばかりの形相でガタガタと震えるゴールドバーグ。リーフは余裕の表情で、指を彼に突きつけた。
「逆恨みはよしてよね。それ相応のリスクを背負ってこそのビジネスでしょ?アナタは、ビジネスに負けたのよ。負けたくなかったら、リスクの高いビジネスには手を出さない…常識じゃない?」
「うるさい!お前さえ…お前さえいなければ…!」
ゴールドバーグはすっかり錯乱した様子で、ガタガタと震えている。リーフは指を突きつけたまま、視線を鋭いものに変えた。
「うるさいわね!アナタのばらまいた麻薬で、何人の人が死んだと思ってるの?!アナタはそれ相応のことをしたのよ!これはその報いなの!それを他人のせいにしようだなんて、甘すぎるのよ!」
珍しいリーフの激昂ぶりに、冒険者たちは驚きの目を彼女に向ける。
リーフは腕を下ろして組み、なおも厳しい視線をゴールドバーグに向けた。
「本当ならアナタみたいな小悪党、殺されたところでアタシは痛くも痒くもないんだからね…それを、黒幕の情報と引き換えに守ってあげようっていうんだから、感謝されてもいいくらいよ…ねぇ?」
言って、冒険者たちの方を見る。さすがにそこまで過激な表現で同意するものはいないが、皆おおむねそう思っているようだった。
ゴールドバーグはしばらくそのまま震えていたが、やがて大きく息をつくと、いまいましげに再び椅子に腰掛けた。
「…わかりました。そこまで知れているなら、あえて深く説明する必要もありませんな…もとより、あなた方に全てを話すと決意した時点で、裁きを受ける覚悟は出来ておりました」
その割には表情は思い切り不本意そうだが。
「だが、私があなた方に話せる情報はあなた方が思っているほど多くはありません…何しろ私も…私たちも、私たちにムーンシャインをお与えになった方が誰なのか、知らないのですから」
「知らない…とは、どういうことです?」
ミケが尋ねると、ゴールドバーグは少し表情を暗くした。
「2年前のある朝…起きると、枕元に例の像…怪盗が盗んだ像が置かれていて、かたわらに『これを持って郊外の森に来い』というメッセージが残されていました。私は不審に思いつつも、メッセージの通りにあの森に行き…そして、彼らに出会ったのです」
「彼らというのは…像を持った残りの3氏、アインシェル、ネグリア、ブルーゲル氏のことか?」
ジェノが問うと、ゴールドバーグは視線を動かさずにこくりと頷いた。
「当時、私たちはまだ小さな貿易会社の社長でした。お互いライバルの会社ですから、親しく話したことはなくとも顔は知っています。私たちはそれぞれが似たような宝石を頂く像を持っていることを不思議に思いましたが、とりあえずメッセージの示すとおり、その像を持って森に入っていきました。森の奥に何があるかは…もう皆さんご存知のことと思いますが」
リンが厳しい表情になるが、何も言わなかった。
「あの日…一面に咲き乱れる白い花の上に、奇妙な黒い影がふわふわと浮いていました。その影は、男のものとも女のものともつかない声で、私たちに語りかけてきました。この花の効用、麻薬の作り方、あの像の力…そして、私たちにこの花を好きに利用していいと。私たちは互いに牽制しつつも、互いの邪魔はせずにあの花を麻薬にして売りさばき、それを元手に商売を広げ、短期間のうちにここまでのし上がって来ました。ムーンシャインはじわじわとスラムを中心に浸透していき…1年程前にブレイクし、今では麻薬の売上は表の商売の売上に匹敵するほどになっています」
「ひとつ質問していいですか」
ミケが手を上げた。
「この1週間ばかりで、僕はあなたにとても用心深い人だという印象を受けました。そのあなたが、ある朝突然置かれていた怪しいメモのメッセージにすんなり従ってあの森にいったのは何故ですか?」
ゴールドバーグは一瞬きょとんとして、それから考え込んだ。
「そういえば…なぜ、私はあの森に行こうと思ったのだろう?何故か、それがとても、あたりまえのような気が…」
「精神干渉術の一種かもしれないわ」
横からリーフが言う。
「ベッドの傍らにおいてあったっていうことは、寝ている間に部屋に入ったっていうことでしょう。寝ている間は特に精神が無防備になるわ。暗示をかけるくらい、術者ならわけないかもしれない。あの花の効用とか…その『影』の言うことをすんなり信じたのも、そのせいかもね」
「なるほど」
ミケは納得した様子で、話の続きを促した。
「だが、黒い影はこうも言っていました。その像が私達を守ってくれる。だからその像を失ったとき、それが私たちの最後だ、と。その言葉を私達は、像を失ったら麻薬も取れなくなり、他の3人に蹴落とされる、という意味だと思っていました。ですから、他の者達が像を盗まれた折も、私は手など差し伸べなかったし、関係ないふりを装いました。だが、違ったのです…それは、私たちの命そのものがなくなると…そういう意味だったのです…」
ゴールドバーグは言って頭を抱え込んだ。
「今まであなた方に真実を告げぬまま像を守らせていたことについては謝罪いたします。だが私は命が惜しい。自警団に出頭したとしても、牢の中で殺されないと言う保証はないのです。私の命を狙うものを突き止め…倒していただけないか。謝礼は前回の倍は出しましょう。…お願いします…」
ゴールドバーグの身勝手な、だが切実な頼み。
冒険者たちは顔を見合わせた。

登場2回目にしてようやく

「こちらが、そのお部屋になりますが…自警団の方々が荒らして…いえ、調べていった後です。どうせ何も見つからない思いますが…」
そう言うと、陰気そうなボーイはあまり中を見ないようにしてドアを開け、そのまま小さく礼をして立ち去っていった。
中を見て、確かにあまり見たくはないだろう、と思う。部屋中に飛び散った血の痕。かなり何度も、被害者を傷つけたことがわかる。まさしく神をも怖れぬ所業に、エルは眉を寄せた。
ここは、王宮に近いところにある、少しお高めの宿屋。真昼の月亭をビジネスホテル静岡だとするならば、ここはホテルニューオータニ。まさしく金持ち専用の宿屋といった感じの、とても豪勢な内装だ。血の痕を除けば、だが。
先日の大火事の後、家を焼け出された富豪アインシェルはここにひとまず身をおき、そして昨日、惨殺死体で発見された。
自警団にすでに調べ尽くされたであろうここにエルがやってきたのは、もちろん。
この空間の「記憶」を「見る」ためだった。
「以前は大幅に体力を消耗してしまいましたからね…あれから毎朝筋トレをして、体力をつけました。今度こそは上手く行くはずです」
それはもう。親指だけで腕立て伏せとか、壁にぶら下がって腹筋とか、8つに割れた腹筋を惜しげもなくさらしてトレーニングしていたのです。都合で書けませんでしたが。
エルはさっそく部屋の中央に立って、目を閉じた。
「我が神フェリオーネスよ…お力を…」
長い銀髪がわずかに浮き上がる。やがて目を開けると、エルの目の前には血に染まる前の部屋の光景が現れた。
ベランダに面した窓にはきっちりとカーテンがしかれている。壁よりに置かれた椅子には、40代後半ほどの男性が暗い表情で本を読んでいる。この男がおそらくアインシェルなのだろう。
エルはゆっくりと部屋を見渡した。カーテンを開ければさぞすばらしい光景が広がっているであろう、大きな窓。確かここは地上5階。あまり登ってくるのに愉快な場所ではない。出入り口は先ほど入ってきたドアのみ。
と、その時。
きぃ、と窓が開く音がして、エルはそちらを見た。
窓から入ってくる風に、カーテンがふわりと浮き上がる。そのカーテンには、いつの間に現れたのか、ほっそりとした影が映っていた。
ぎょっとして椅子から立ち上がるアインシェル。カーテンはさらに風に吹かれ大きくなびいて、その向こうにいる人物の姿をあらわに…
しゅんっ!ごすっ!
突然後頭部を襲った鈍い痛みに、エルは不覚にもばったりと倒れた…

「…ル…エル………エル!」
聞こえてくるのは、懐かしい友の声。
別れてからしばらく経つ。元気でいるだろうか。彼は…
エルは薄目を開けて、浮かんできた懐かしい友の名を呼んだ。
「…イルシス…さん…?」
目の前には。
ふよふよと浮かぶ、小さなまんぼう。
エルはがばっと起きて、わしっとまんぼうを掴んだ。
「ああ、イルシスさん!なんて変わり果てた姿に!」
「ちっがーう!」
まんぼうに向かって涙するエルに思いっきりつっこむイルシス。
エルはそちらに向かってにっこり微笑んだ。
「やだなぁイルシスさん。本気にしたんですか?この私がイルシスさんを見間違えるはずないじゃないですか」
ものすごくウソっぽい作り笑顔。
「エルだから、だよ…」
だから、を強調して言い、イルシスはげっそりとうなだれた。
「…なんだおまえら、知り合いなのか?」
イルシスの後ろから、ルフィンがひょこんと顔を出す。
「おや、ルフィンさん。お久しぶりです。…と言うのも変ですが」
エルは苦笑して立ち上がった。
「イルシスさんとは、以前何度か冒険を共にしたことがありましてね。何か妙に、気が合いまして」
「うん、腐れ縁って言うのかな。なんか会っちゃうんだよね。そうか、自警団に雇われてた冒険者って…エルのことだったんだ」
「…ということは、イルシスさん、リーフさんと行動を共に…?」
「うん。森で迷ってるところを助けてもらってさ。その恩もあるし、この事件自体も面白そうだったし」
「そうだったのですか…ってあぁっ!」
ほほえましい会話を急に中断させて、エルは叫んだ。
「なっ、何?」
「ご…ご加護が!」
エルは先ほどまで空間の記憶を読んでいたのを思い出して顔を青くした。
フェリオーネスの力を一時的に借りて、知識に関する特別な力をもらう「加護」は、一日に1回しか使えない。
「さては…我が神の力を恐れて私を殴り気絶させましたね。敵もなかなかやるようです…」
真剣な表情で腕を組むエルを、イルシスはきょとんと見つめ、ルフィンは目をそらした。
あんたが未だに持っているまんぼうの仕業ですとは言えない。
「とりあえず…被害者はナイフのような鋭利な刃物で体中を切り刻まれて死んでいたこと。犯人はこの5階の部屋の、あろうことかベランダから進入したらしいこと。それだけはわかりました。これ以上ここにいてもあまり収穫はないでしょう。できるだけ早くゴールドバーグ邸の方に合流しましょう」
エルがわかったことを整理すると、ルフィンはおもむろに懐から手帳を取り出して、一言一句たがえずにメモした。
「ミケさん…と、瑪瑙さんだったよね。自警団に雇われてた人たち。あの人たちとリーフさんたちが先に行ってるはずだね」
「ミケさんは雇われた方とは違いますが…そうですか、合流することが出来たのですね。ここは協力して、一刻も早く黒幕の正体を突き止めましょう」
「そうだね!俺もゴールドバーグ邸まで案内してくれる人が増えて心強いよ!」
「…方向音痴、まだ直ってなかったんですね…」
エルはげっそりとうなだれた。
そして三人は宿屋を出ると、ゴールドバーグ邸の方に向かって歩き出した。
「でもいいなぁエル、あんな綺麗な人たちと一緒に仕事できて」
「…そうですか?リーフさんのところにいたディーさんや…リーフさんご自身だってとても綺麗な方ではありませんか」
「あたしは抜きかよ」
「は、これは失礼しました。ルフィンさんも健康的な美しさを持っておられますよ」
その笑顔もまたウソっぽい。
「そうじゃなくてさー。瑪瑙さんとミケさんとエルで三人だったんだよね?何か…美女たちと野獣って感じ」
けらけら笑うイルシスに、エルは深い溜息をついた。
「イルシスさんまで、私の顔が暑苦しいと仰るのですね…」
するとイルシスは大仰に驚いてみせる。
「まさか!そんなこと言ってないよ!エルの顔は爽やかだよ。ねぇルフィンさん?」
「そうだよな。むしろ顔より体が暑苦しいって言うべきだよな」
「そうそう。腹筋8つに割れてるし」
「細腰の瑪瑙やミケに比べたら一回りガタイが違うって言ってもいいな」
「むしろ美女2人にぴったりついたボディーガードとか」
「ボディーガードって言うよりは、盾だな」
およそ昨日初めて会ったとは思えない調子で話を進めていく2人に、エルは冷たい視線を向けた。
「あなたたち…好き勝手言ってますね…」
これ以上やると弟切草の洗礼が待っていますのでほどほどにしておくように。

一方その頃

「…ディー様ではございませんか?」
突然後ろから声をかけられて、ディーは振り向いた。
「…サツキさん」
すでに見知ったアルカイックスマイルの女性を見止め、ディーは薄く微笑む。
「先日はお疲れ様でございました。相変わらず大変なご様子ですわね」
「ええ。大変なことになっていますね…」
「今日は…ブルーゲル様のお屋敷に?」
「ええ。ですがガードが固いですね。屋敷にはもちろん入れてもらえませんでしたし、たまに外に出てくる関係者に話し掛けても硬く口止めされているらしく、無視されてしまうのですよ」
「そうですわね…あちら様にしてみれば素性の知れない方に内情を話してしまうわけには行かないのでしょう」
「ですね…所詮、その日暮らしのならず者みたいなものですからね、僕たち冒険者は」
「そこまで引いてお考えになることはないと思いますわ。ディー様はご立派な方ですもの」
サツキがにこりと笑うと、ディーは微笑んで礼を言った。
「ですが…貴女は、初対面の僕にもお屋敷の内情を話してくれましたね?…それは、何故ですか?」
「ディー様は綺麗な気の色をしておられましたから」
サツキは言ってまた微笑んだ。
「とても冷たく澄んだ気の色ですわ…この方だったら、ムーンシャインを捕まえてくださると…そして一連の事件に終止符を打って下さると…そう思えましたから」
自分の心を覗かれているようで、思わずディーは苦笑した。
「それに…わたくしの…」
「…え?」
「…なんでもございませんわ」
語尾がよく聞き取れずに問い返すと、サツキはまた変わらぬ薄い微笑みを見せた。
「新聞で拝見いたしました。ブルーゲル様は毒殺であったそうですわね」
「そうらしいですね。昼に食べた食事の中に毒物が含まれていたとか…お屋敷にはお抱えのコックを始め食事を運んだメイドにしても、食事に関するだけで十数名の人間が関わっている。犯人を特定するのは難しいと…」
「大変な事件になりましたわね…」
サツキは言って表情を曇らせた。彼女の主人も、すでに滞在先の宿屋で殺害されている。
「あ…サツキさんのご主人様にも…お悔やみ申し上げます」
「気を遣って頂いてありがとうございます。ですがやはりご主人様も…許されないことをしていたのでしょう。その報いなのですわ…きっと」
サツキはディーに苦笑を返すと、また表情を曇らせた。
「それよりわたくしが心配なのは…」
「ゴールドバーグさん…そのお屋敷にいらっしゃる、ユリさんのことですね」
「…はい。このような事態になって…ゴールドバーグ様のお屋敷にも、いずれ刺客の手が伸びてくることになりましょう。ユリがそれに巻き込まれはしないかと、心配で…」
サツキは思いつめたように目を閉じると、再びディーの方を向いた。
「…不躾なお願いで申し訳ございません。これから、ゴールドバーグ様のお屋敷に行かれるのでしょう?どうか、わたくしも共に連れて行ってはいただけませんでしょうか?」
「もちろん、いいですよ。貴女には手助けをして頂いていますからね。恩返しというやつですか」
「ありがとうございます」
サツキは言うと、少しだけ柔らかい笑みを見せた。

「何とか森に来てはみたものの…ですね」
ナンミンは不安そうな表情で、辺りをきょろきょろと見回した。
「何だか改めて来てみると、気味の悪い森ですね…あまり良くない精霊が住んでいそうです」
言って目を閉じ、精神を集中させる。
すると、細い腕の先についた小さな手の中に、どこからともなく白い霧のようなものが渦を巻いて集まり…やがてしゅるしゅると渦を巻くと、ぽんっ!という音と共に手の中に白い塊が現れた。
「ぎゃ-!!」
卵形をしたそれは、凶悪そうな表情でナンミンに食ってかかる。
これがナンミンの能力。あたりの気を集めて卵を作る。そこにある気が良いものであれば良い卵が、悪いものであれば悪い卵が出来上がる、というわけだ。
さらにそれにアレンジを加え、攻撃用の卵や、通信用の卵なども作ることができる。実はすごい能力を持っていたナンミンだったが、攻撃用の卵は使う前に本人が気絶してしまうのであまり役には立っていないようだ。通信用の卵に至っては、耳に当てると耳が食いちぎられそうなのでこれもあまり役には立っていない。
「やはり…あまり良くない気が漂っていますね…あの花のせいでしょうか?」
今日は例の宝石を持っていないので、あの秘密の花畑(意味深な響きだ)に行くことは出来ない。だが土着の精霊であるナンミンでも、あの花のことは全く解らなかった。やはり、魔のものが関係しているということなのだろうか。
ナンミンは出来た卵を卵ドセルの中に押し込むと、再び歩みを進めた。
すると。
突然茂みが開け、いつか来た小さな泉へと出る。
その傍らでは、いつかと同じように地人の少女が、眠るように木にもたれかかって座っていた。
ナンミンは恐る恐る少女の前まで歩いてくると、感情の一切うかがえないその顔を覗き込む。
地人特有の褐色肌に尖った耳。額には小さな黒い宝石が埋め込まれている。淡い栗色の髪は後ろで一つにまとめられ、布で団子状に包まれている。
冷たい彫刻のように整った容貌をしげしげと見つめていると、やがてその瞳がゆっくりと開かれた。
冷たい琥珀色の瞳。
ナンミンは思わずたじろいだが、勇気を振り絞って少女に話し掛けた。
「せ…セレさん。今日は、あなたとお話がしたくてこの森にやってきました…」
セレの表情は動かない。いつもは真っ先にナンミンを追いまわすのに、今日はそれすらもしない。
「あなたは…何故そんなに冷たい表情をしておられるのですか?何故この森で番人をしていらっしゃるのですか?」
その琥珀色の瞳は虚ろで、ナンミンを見てすらもいないようだった。
「あなたに命令をしているのは、誰なのです?…なぜ、何の目的で、そんなことをしているのですか?」
珍しくシリアスに決めているナンミン。
だが想いは空回り。
セレは何の前触れもなくすっくと立った。
ナンミンは驚いて後ずさる。
だがセレは、怯えるナンミンに目もくれずにすっとその横を通り過ぎる。
「………?」
かと思うと、いきなり走り出した!
「せっ、セレさぁぁぁぁんっっ?!」
ナンミンは慌てて、その後を追って走り出した。

ここからが正念場です

「さて、どうしたものかしらね…」
応接室のソファーにもたれかかりながら、リーフは溜息をついた。
もう日も暮れかかった頃だ。ゴールドバーグの新たな依頼を受けて彼の警護をしているはいいが、それきり何の音沙汰もない。
ひとまず休憩と作戦会議を、ということで、肉体派のジェノ、アレックス、千秋、ヴォイスを残して、残りのメンバーは1階の応接室へと戻ったのだった。
「護衛を受けたはいいものの…いつ来るかなんて、向こうの意志次第だし。案外、アタシたちが痺れを切らすのを待っているのかもしれないわ」
「そうはいっても、護衛を止めるわけにはいかないからね…辛抱のしどころ、ってところかな」
クルムが苦笑してリーフに言う。
「むしろこっちから攻めていった方がいいんじゃないのかね?」
「それは少し考え物ですよ、リンさん。相手を特定する材料も時間も足りなさすぎます。ここは慎重に、迎え撃った方が得策というものですよ」
ミケが真面目な表情で言うと、リンは肩をすくめて黙った。
「それにしても退屈ねぇ…のども渇いちゃった」
「ああ…それでは、お茶でも入れてきましょうか。皆さんはどうされますか?」
ミケが残りのメンバーに問うと、まずリンが手を上げた。
「あたしはコーヒーがいいね。ブラックで」
「アタシ、ウィンナティーがいいな♪」
「それじゃあ…オレはストレートで」
「…ロシアンティーで」
続けてリーフ、クルム、瑪瑙が注文を出す。
「はいはい、わかりました。少々お待ちくださいね」
バイトのウエイター(ウエイトレスではない)時代を思い出して苦笑しながら、ミケは部屋を出て従業員棟の方へ向かった。
本館との連絡通路を越え、従業員等に入ってすぐ右に折れると厨房がある。
そこにはいると、よく見知ったメイドが彼を迎えた。
「ちょっとよろしいですか、ユリさん」
「あっ、ミケ様!」
ユリはうたた寝していたところだったらしく、声をかけられて慌てて立ち上がった。
ミケはくすくす笑いながら、
「お休みのところ申し訳ありません。皆さん少し疲れておいでのようなので、お茶を入れていただけますか。僕も手伝いますので」
「お、お茶ですか?かしこまりました。いえ、で、でも、ミケ様に手伝っていただくなんて!私がやりますので、ミケ様はお先にお戻りください!」
「いえ、僕も一緒に手伝いますよ」
ミケは笑顔でユリの横に並び、口には出さずに付け加えた。
(…あなたが、僕たちのお茶の中に何かを入れないとも限らないですから)
信用しないわけではない。だが可能性を捨ててはならない。
ミケはそんな自分に、少し嫌な気分になる。
「皆さん、紅茶でいいのでしょうか?」
「ああ、そうでした。ええと…リーフさんがウィンナティーで、リンさんがブラックコーヒー。クルムさんがストレートティーで、瑪瑙さんがロシアンティー。僕は…ミルクティーでいいです」
「じゃあ、僕もそれで」
声は後ろの方からかかった。
2人がぎょっとして振り向くと。
「…サツキちゃん!」
ユリが嬉しそうに目を輝かせる。
「ディー!」
ミケも驚いた様子で、裏口から入ってきた二人に駆け寄る。
「どうしたんですか、そんなところから」
「サツキさんが連れて来てほしいと言うものですから…前回のこともありますし、念のため裏口から」
「そうですか…では、また前のように、ここのメイドの服を着ていただいて…そうですね、では2階の方たちにお茶を運んでもらえますか?僕は1階にいる方たちに運びますから」
「2階にいる方たち?」
「ええと、ゴールドバーグさんのお部屋に…アレックスさん、ジェノさん、ヴォイスさん、千秋さんがいらっしゃいます。ゴールドバーグさんも含めて、5人分のお茶を持っていっていただけますか」
「かしこまりました。ではわたくしは、ユリの部屋を使って着替えさせていただきますね」
サツキが一礼して、厨房を出たところにある階段を上っていく。
「でもサツキちゃん、どうしてここに…?」
「あなたが心配だから、だそうですよ」
ユリが首をかしげると、ディーが微笑みかけた。ユリは一瞬きょとんとし、それから嬉しそうに微笑む。
「さてユリさん、できました。一緒に応接室まで運んでいただけますか」
「あっ、ミケ様!とんでもないです!私が運びますから!」
ユリは慌ててミケからお盆を奪うと、恥ずかしそうに厨房を出て行く。
ミケはディーの近くによると、低い声で囁いた。
「…ディー、サツキさんと一緒に2階までお茶を運んでいただけますか」
「…いいけど…何で?」
「いえ。彼女を一人にするのは危険かと思いまして」
「…それは、どう言う意味で?」
意味深なディーの問いに、ミケは一言だけを返した。
「…頼みましたよ」
そして、慌ててユリの後を追った。

「お待たせしました…って。あれ」
応接室のドアを開けると、先程よりメンバーが増えていた。
ルフィンに、エル。そして先ほどリーフの店で少しだけ顔を合わせた新メンバー。確かイルシスといったか。ミケは部屋に入ると、ソファの側に歩み寄った。
「来ていたんですか、エルさん、それにルフィンさん、それから…イルシスさん、でしたっけ?」
「おお。調べに行ったらエルがいたから、ついでに一緒にここまで来たんだ。イルシスがエルの知り合いだったもんで、驚いたよ」
ルフィンが言うと、ミケは目を丸くした。
「本当ですか?それは…世間は狭いものですねぇ」
単にあなたたち周辺が狭いんだと思うんですが。
「さっき、リーフさんのお店で会った人ですよね?あの時はろくに挨拶もしないですみません。俺、イルシス・デューアっていいます。エルとは何回か一緒に仕事したことがあるんですよ」
イルシスが立ち上がって手をさし出す。ミケは微笑んでその手を握り返した。
「僕はミーケン=デ・ピースといいます。ミケとお呼びください。よろしくお願いします」
「…それじゃあ、新しいお客様のお茶を用意してこないといけませんね。私、行ってきます」
お茶やらコーヒーやらを配り終えたユリが言う。
「あ、待ってください。僕も…」
ミケは慌ててユリの後を…
がっしゃぁぁぁんっ!
2階からガラスが割れる派手な音がしたのは、そのときだった。
冒険者たちは驚いて上の方向を見た。
その時、ばたんと大きな音を立ててドアが開く。
入ってきたのは。
「ナンミンさん!」
半ば倒れるようにして、大きな丸いからだが部屋の中に入って来る。
ナンミンはぜーぜーと息を切らせて、絶え絶えに告げた。
「せ…セレさんが…いきなり、森を、飛び出して…さ、最初は…違うお屋敷の…おそらく…ネグリアさんという方を…ナイフで……そして、そのまま、このお屋敷の…2階に…!」
「なんですって?!」
冒険者たちは、慌てて応接室を飛び出した。

血塗られた地人の少女

「ゴールドバーグさん!」
クルムが2階のゴールドバーグの部屋を空けると、そこには緊迫した空気が漂っていた。
ゴールドバーグが座っていた書斎机の前に立ちはだかる、ジェノ、アレックス、ヴォイス、千秋。4人とも武器を構えている。
そしてその4人と対峙して、2本のナイフを構えた、無表情な地人の少女。
そのナイフ、白い服、そして褐色の肌のあちこちに、べっとりと血のりがついている。おそらくネグリアという富豪のものであろう。
エルはその様子から、ブルーゲルも彼女が殺したであろうことを察した。2階のこの部屋に軽々と来られた彼女なら、5階のベランダから進入することも難くないかもしれない。
クルムたちがドアから入ったことで、冒険者たちはセレを囲む形になった。ゴールドバーグの姿は見えない。おそらく机の下にでも避難しているのであろう。
無意味に広い書斎に、冒険者たちはそれぞれ武器を構えて散らばった。武器の使えないミケは一歩下がって、呪文を唱え始める。
「たぁぁっ!」
最初に動いたのは、ルフィンだった。反動をつけて一気に飛びげりを食らわす。
セレは無表情のままそのけりを半身ずらして避けると、そのままくるりと身を翻してルフィンにナイフを振るった。ルフィンは何とかそれを避ける。
「っていっ!」
ルフィンが身をかわした瞬間、絶妙のタイミングで後ろからジェノが槍を繰り出した。
セレはそちらを見ようともせずに、上に高く飛ぶ。
セレが滞空したその瞬間。
「ファイアーボール!」
ミケが空中のセレに向かって呪文を放つ。
空中では身をかわすことは出来ない。そう思った瞬間。
セレはナイフで向かい来る火の玉を切った。火の玉はあっけなく散る。
「…魔力剣!」
ミケは驚いて呟いた。もともと屋敷の中なので威力は弱めにしたため、ちょっとした魔力剣であればあっさり散らすことができる。
セレはくるりと宙返りをして、書斎机の上に着地した。
そして淡々とした口調で、告げる。
「…任務の遂行は不可能と判断。撤退する」
「逃がしませんっ!」
声と共に、開いたままのドアからナイフがセレに向かって飛んだ。
ぎんっ!
セレはナイフをこともなげにはじき返すと、そのまま割られたガラス窓から外に出て行った。
「…ダメでしたか」
ナイフを投げたディーは、悔しそうにはじかれたナイフを回収した。
他の面々も似たような表情で武器を納める。特に、セレの身のこなしの前にろくに攻撃も出来なかった面々はなおさらだ。
「…行ったのか?」
ゴールドバーグが恐る恐る、机の下から顔を出した。
「…ああ。とりあえず追い返した」
アレックスが答えると、ゴールドバーグは溜息をついて立ち上がり、疲れたように椅子に座った。
「ふぅ…しかし、こんなことが頻繁にあったのでは身がもたん…」
「ちったぁがまんしろ。だいたいおめーなんにもしてねーじゃねーか」
ルフィンがもっともなセリフを吐く。ゴールドバーグは少しむっとしたようだったが、何も言わなかった。
「…おや、ゴールドバーグさん。怪我をしているようですよ」
ミケがゴールドバーグの手の甲を指さして言う。ゴールドバーグは初めてそれに気がついたようだった。
「…ああ…さっきガラスを割られたときにその破片か何かで切ったのでしょう」
「では、回復魔法を…」
「そんなにたいした傷ではないですよ。消毒でもしておけばすぐに治ります。おい、ユリ」
「はっ、はい」
心配そうにドアの向こうから見つめていたメイドに、ゴールドバーグは薬箱を取るよう命じた。ユリは入って右側の棚の一番上から薬箱を取ると、手際よく消毒薬を傷口に塗っていった。
「それにしても…やはりセレさんが来ましたか。ブルーゲル氏を殺した陰惨な手口からして、もしやとは思いましたが…」
エルが腕を組んで呟いた。
「彼女は、人を殺すことなど…何のためらいも、ないから…ね」
妙にわかったように、瑪瑙が続く。
「今のところ、黒幕に繋がる手がかりで一番近いのは、セレだからな。あの森と番人は、黒幕が用意したものだったのだし」
ジェノも納得したように頷いた。
「じゃあ…もう一度あの森に行って、彼女に会うか…もしくは、またここに来るのを待つか…どっちにしてもしんどいことになりそうね」
リーフが苦笑して頭を掻く。
「あの…」
ドアの方から声がして、冒険者たちは振り返った。
「お茶を…お持ちしたのですけれども…」
そこには、5人分のお茶を持ったサツキ。すでにここのメイド服に着替えて、困ったような顔で佇んでいる。
「ああ…ありがとうございます。とりあえず、皆さんにお出ししていただけますか。僕たちの分は、下から取ってきますから…どちらにしろ、僕たちもここにいた方がいいでしょうしね」
「あ、じゃあ、私が取ってきます。ついでにエル様たちの分もお入れしてきますね」
ミケの言葉に、消毒を終えたユリが立ち上がってぱたぱたと出て行った。
「それでは、ジェノ様と、ヴォイス様と…アレックス様と、千秋様。それに…ゴールドバーグ様」
「ちょっと待った」
ゴールドバーグにお茶を出そうとしたサツキの手を、アレックスが止めた。
そのまま、ゴールドバーグのお茶をティースプーンでよくかき混ぜ、少しすくって口に入れる。
ためらうことなく飲み下し、しばらくしてサツキのほうを向いた。
「…毒は入っていないようだな」
かなり失礼な行動にサツキは嫌な顔ひとつ見せず、にっこり笑うとそのお茶をゴールドバーグに出した。
むしろゴールドバーグのほうがいやな顔をした。本当は砂糖を入れるはずだったのだろうが、何も入れずに、ティースプーンはそのまま、その紅茶を飲む。
他の冒険者たちも、次々に出されたお茶を飲んだ。
「とりあえず、今夜は俺たちが寝ずの番をします。明日はおそらくここに残る者と、森に向かうものの2班に分かれて行動することと思いますが」
ジェノが真面目な顔で言うと、ゴールドバーグは溜息をついた。
「…どちらにしても、早くことを片付けていただきたい…私を安心させてく…ぐっ…?!」
と、突然ゴールドバーグは喉を抑えて苦しみだした。
「?!」
冒険者たちは一斉に立ち上がって駆け寄る。
「そんな…まさか?!毒見はしたのに!」
アレックスが呆然と呟く間にも、ゴールドバーグは苦悶の呻き声を上げて椅子に座ったままバタバタと苦しみもがいている。
「ぐっ…がぁぁっ!ぐわっ、ぐわぁぁぁぁぁっ!!」
やがてひときわ大きく叫ぶと、口からごぼりと血を吐き出し。
そのまま、かくんとうなだれた。
がしゃんっ!
入り口からの音に振り向くと、ユリが青い表情で持ってきたお茶を床に落とした音だった。
ユリは頬に手を当て、ガタガタと震えだした。
「きゃぁぁぁぁぁっ!!」

果たして真の犯人は

「きゃあぁぁぁっ!!」
ユリの悲鳴があたりに響き渡り、冒険者たちの間ににわかに動揺が走った。
「何故だ…?!毒見はしたのに!一体…!」
「まさか…まさか、アレックス?!」
「バカをいうな!俺が何故依頼人を殺さねばならん!」
「じゃあ誰が殺したっていうんだよ?!最後にティーカップに触ったの、あんただろうが!」
そのまま放っておけば、殴り合いに発展しかねない緊迫した空気を。
「皆さん、そこから動かないでください!!!」
ミケの大きな声が、一瞬で凍りつかせた。
悲鳴を上げたユリでさえ、びっくりしてその場に立ちすくむ。
「闇雲に動いては犯人の思うつぼです。いいですか。今動けば証拠隠滅をしようとした犯人とみなしますからね」
「ミケ…お前、犯人がわかってるのか?」
ルフィンが呆然と言うと、ゴールドバーグの死体をじっと見つめていたミケは冒険者たちの方を向いた。
「ええ。きわめて簡単なトリックです。ですがこのまま騒いで混乱していては、犯人は証拠を隠滅し、永久に暴くことは出来なくなってしまう。その前に、さっさと解いてしまいましょう」
ミケは体の向きを変え、静かに告げた。
「犯人は、この中にいます」

「…は。もしやわたくし、また蚊帳の外でしょうか…?」
何とか息を整えてナンミンが2階に上がってきたときには、すでに皆「動くな」状態だった…。

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