月の明かりに照らされて

アタシさぁ、思うわけよ。
何でそうなんだろうって考えるからややこしいことになるのよね。
ウサギは耳の長い生き物なのよ。
魚は水の中でしかいきられない生き物なのよ。
猫は気まぐれな生き物なの。
同じように、人間は自分勝手な生き物なのよ。
ワガママで、結局は自分のことしか考えてない生き物なの。
ホントはそうじゃないはずなのに、何でそうなんだろうって考えるから
裏切られたような気分になったり、嫌ったり憎んだりするのよね。
…ま、言ってみりゃそれだって自分勝手なんだけどね。
何で、なんて考えずに、最初からそういうもんだって思ってれば、
苦しまずにすむと思わない?
むしろ、愛おしささえ感じてくるものよ?

謎の女性が一人、二人、三人…四人?

「…セレ…と名乗ったのですね?その、森の番人と思われる少女は」
真面目な表情で、クライツはゴールドバーグを尾行した二人に問うた。
瑪瑙は無表情のままそっぽを向き、エルは慎重に声を潜めて頷いた。
さすがに、屋敷内でゴールドバーグを尾行していたなどという話を大声で報告するのはどうかと思われる。
かといって、屋敷をほっぽらかして全員で街へ出るというのもどうかと思われた。
「…ええ。目にも生気がなく、表情もなく、まるで魔法生物のような少女でした。ですが動きはとても俊敏で、残念ながら僕と瑪瑙さんのような力技がメインの戦士では、あの場では太刀打ちできませんでしたね」
口惜しげな表情で言うエル。
「不思議な話ですね…氏が森の中などに行って何をしていたのか、それを突き止めようとした者を排除しようとした番人…」
「あの森の話なんかは、クライツさんやジェノさんは聞いていないですか?」
エルが二人に問うと、二人とも首を横に振った。
「俺はただの用心棒だしなぁ…雇われたのもつい1、2ヶ月前で、その時はゴールドバーグさんの商隊の警護だったんだよ。その時に気に入られて、まあ俺だけその後もボディーガードやってるって訳だな。まあ、一介のボディーガードに、商売関連の話や、ましてやプライヴェートな事まで話すわけないよな」
頭をポリポリ書きながらジェノが言うと、
「私はこの家のご子息とご息女の家庭教師というだけですから…」
クライツはその先は続けず、やんわりとした笑顔で否定する。
「そうですか…」
そういって、エルは難しい表情のまま黙り込んでしまった。
「僕達は、自警団の方々にムーンシャインの事を少し聞いてきていました」
エルの話が一段落したので、今度はミケが報告を始める。
「今まで被害にあった方々の警備状況などを少しお聞きしてきたのですが、どうやら相手は相当やっかいらしいですね。睡眠薬入りのコーヒーを勧めたり、通風口など屋敷の構造を熟知していたり、用意はかなり周到です。おまけに、屋敷中の明かりの魔法を一瞬にして消してしまう魔力の持ち主でありながら、自警団の屈強な男性を投げ飛ばしてしまうほどの体術を使うそうです」
「ほんとか、それ?」
クルムが信じられないといった表情で相づちを打つ。
「ええ。それで、その方もちらりとしか見なかったそうですが、エルさんの仰有っていたとおり、長い金髪の女性だったようですよ。かなりボリュームがあったので、邪魔にならないのかと言っていました」
「なるほど…」
エルが難しい表情のまま頷いた。
「他に、何か有力な情報をつかんできた方はいらっしゃいますか?」
あたりを見渡しながらそういうと、クルムが渋い表情をした。
「いや、さっぱりだな。町の人の噂は、どう見てもガセなやつから多少は当たっていそうなものまで様々だけど、大した情報は手に入らなかったよ。そうだな、狙われてる人達が……ええと、最近急に成長した会社の社長…ってくらいだな」
さすがにこの屋敷の中で「成金」という言葉はまずいと思ったのか、クルムは多少言いよどんだ。
「案外、街の中にいるかも知れないって言われたぜ?」
自分で書いたメモを見ながら(一体いつの間に書いたのか)ルフィンが唐突に割って入った。
「ここ以外の街で出たって噂も聞かねえし、案外この街に普通の人間のフリして住み着いてるんじゃねーの?三姉妹で喫茶店とかやってさ。そんで恋人が自警団の人間だったりすんだよ」
何の話でしょう。
「言われたって、誰に?」
ルフィンの、核心ではない言葉を聞きとがめ、クルムが訊ねる。
「ん?大通りから一本離れた路地にある、妙な名前の薬屋のお姉ちゃんだよ。リーフって言ったかな。ふわっとした金髪の、変わった雰囲気のやつだったぜ」
「薬屋…?」
「ああ。昨日、ちょっとヴォイスがケガしてよ。世話になったんだ」
ヴォイスが憮然とした表情でそっぽを向いた。
「へえ…薬屋かぁ…」
「…そう…薬なんですよ」
ミケが唐突にそう言ったので、周りの者達は眉をひそめて彼を見た。
「どうも気になるんです。30人からの人達を眠らせるほどの睡眠薬を、彼女は一体どこで手に入れたのでしょう?」
「…そういやあ、そうだな。睡眠薬や毒薬なんて、そう簡単に手に入るもんじゃないし…もしかしたら、ムーンシャインはそういう方面にも詳しいヤツなのかもな」
クルムがうんうんと頷く。ミケはまたしばらく何か考えている様子だったが、やがてルフィンに向き直った。
「ルフィンさん、その薬屋さんにつれていっていただけますか。僕は薬のことはあまり詳しくないので、その方にお話を伺えないかと思うんですが」
「ああ、いいぜ。あそこ気に入ったしな。名前が。今日も行こうかと思ってたんだ」
「俺も行くよ。昨日は…色々世話になったしな」
あまり行きたくはなさそうな表情で、ヴォイスが言った。
「じゃあ、僕もミケ達についていくことにします。皆さんはどうされますか?」
続いてディーが言うと、残りの者達は少し考えた。
「私は、あの森が少し気になりますので、今日もう一度行って調べてみます」
エルが真っ先に自分の行動を宣言する。
「あ、じゃあ俺もそっちの方に行くよ」
それに続く形で、クルムも言った。
「私も連れていっていただけますか。その少女に、少し興味があります」
クライツがにっこり笑って言うと、エルも爽やかに笑顔で応えた。
どうでもいいけどクライツの行動指針が、少しわかってきたような気がしませんか。
「ええ、いいですよ。私一人では戦力に不安があったんです。よろしくお願いします」
「…俺は…そうだね、屋敷に残る、よ…一人も残ってないっていうのは、何かとまずいだろうし、ね…」
瑪瑙が薄く微笑みを浮かべて言うと、ジェノがそれに続いた。
「そうだな…俺はゴールドバーグさんの護衛に専念するよ。もし氏がどこかに行くようなら、俺もついて行くがね」
それは暗に、自分も森の方に行くかもしれないことを告げていた。
ちなみにランスロットは、真昼の月亭に待機中である。商談を持ちかけただけで、しかも街中に宿を取っている商人が屋敷に泊めてもらえるはずもなく。
「それじゃあ、朝食を食べ終えたら行動開始、ですね。今日もがんばりましょう」
小学校の朝の放送のようなセリフをさらりと吐いて、ミケはにっこりと微笑んだ。

障害物

「瑪瑙さん」
背後から呼び止められ、瑪瑙はゆっくりと振り向いた。
声の主は、森に出かける前のクライツである。明らかに、瑪瑙が一人になるのを見計らって声をかけたと思われた。
「…何?」
例によって男性に対しては大して興味なさそうな表情で、瑪瑙が問い返した。
「少し、お話があるのですが…よろしいですか?」
それに気付いてか気付かずか、クライツは相変わらずやわらかく微笑みながら、話を切りだした。
「以前にムーンシャインの被害に遭われた、アインシェル氏のお屋敷のメイドさんで、サツキ・トコハナという女性がいるのですが…昨日お会いしたところ、ただならぬ気配を感じたのですよ」
メイドの女性、という言葉に、多少の興味がわいたようで、瑪瑙は体の向きを完全にクライツに向けて先を促した。
「昨日はそれ以上話を聞くことが出来ないと判断して、戻ってきたのですが…彼女には、ルームメイトというのですか?一緒に部屋を借りて同居している友人がいるらしいのです。彼女の持っている情報も、彼女自身のことも気になるので、彼女から聞き出せないのなら、その友人から…と思いまして」
「…それで、俺に、何を?」
少々まわりくどいクライツの物言いに、少し眉を寄せて瑪瑙が促した。
クライツはにっこりと笑って、ゆっくりと言った。
「ユリ・フジヤマ、と言うそうです、その友人は」
瑪瑙はその名前に一瞬言葉を詰まらせたが、大して驚いた様子も見せず、小さく笑った。
「…それで…ね。了解、それとなく、訊いてみる…何か言ってくれたら、貴方に伝えるよ…それで、いい?」
「ありがとうございます。では」
笑顔で一礼すると、クライツはいつもより急いだ様子で玄関の方に向かっていった。

「ジェノさん」
時を同じくして、やはりジェノが一人になるのを待っていたミケが、彼を呼び止めた。
「おお、ミケか。どうした、薬屋に行くんじゃなかったのか?」
「ええ、これから。ですが一言、貴方に謝っておきたかったので」
「謝る?何をだ?」
きょとんとした表情で、ジェノは問い返した。
「昨日ののフェイクの件で。少なくとも、僕が巻き込んでしまったわけですし…ゴールドバーグ氏の信用も失われてしまったのではないかと…」
「なんだ、そんなことか」
ジェノは苦笑した。
「心配しなくても、こうしてクビになってないって事はまだそれなりに信用あるって事だろ?それに、あのことには俺だって賛成してやったんだ。ミケの責任じゃねえよ」
「そう言って下さると、助かります」
「しかし、何で偽物だってばれたんだろうな?」
「それは、まだ何とも…氏にいろいろ伺ってみたい気もしますが、今日はおとなしく薬のことを聞きに行きます」
「そうか、がんばれよ」
「ええ、そちらも」
軽く会釈を交わして別れ、ジェノはゴールドバーグの書斎の方へ、ミケは玄関へと足早に向かった。

「昨日は失礼いたしました、急な用事が入りまして、応対できませんで…」
ランスロット青年を前に、ゴールドバーグは鷹揚にそう言った。
「いいえ、お気になさらないで下さい。私は商品を買っていただければそれで充分ですよ」
ランスロットは人畜無害な笑顔でそう言うと、いそいそとリュックサックの中から彫刻品を取り出した。どれも細部にまできれいな彫刻が施されていて、なかなか見ない逸品である。
ゴールドバーグも、それらには目を見張ったようだった。身を乗り出して、彫刻品をまじまじと見る。
「ほほう、これは見事なものですな。うちの、雑貨屋で取り扱うことが出来るかもしれません…まあ、店の方の主任達にも話を聞いてみなければならないでしょうが…」
「本当ですか!ありがとうございます、では早速サンプルの方を用意して…」
ランスロットは言いながら、後ろに置いておいたリュックの方に行って、中をごそごそと探った。そして2、3個置き物を取り出すと、いそいそとゴールドバーグの方へ…
行く途中で、ソファの足につまずいて、派手に転んだ。
「おうわあぁぁっ!あああっ!」
その派手な転び方と、置き物が壊れてしまったショックでかどうかは、定かではないが。
ぼよんっ!
ランスロット青年は、一瞬にして卵形の奇妙な物体に戻ってしまう。
「ああああああ」
ランスロット…ナンミンは、どうしていいか分からない様子でおろおろと辺りを見回した。
ゴールドバーグは、突然の出来事にしばらく固まっていたが、やがて沈痛な面もちで目を閉じ、後ろに控えていたジェノに低く言った。
「…つまみ出せ」
ジェノは目を閉じて小さく溜息をつくと、ナンミンをリュックサックごと廊下に出し、外の者に何事か指示をして、また部屋に戻ってきた。
「…まったく、つまらんことで時間をつぶした」
そう言う割には、ナンミンが机の上に並べた彫刻品は大事そうに箱に入れている。
入れながら、ゴールドバーグはジェノの方を見ずに、彼に問うた。
「ムーンシャインの方は、どうなっていますかな?」
「それならご心配なく。調査を続行しております」
ジェノは涼しい顔でそれに応える。
「ジェノさんは、調査には行かないのですか?」
「俺は貴方のボディーガードですからね。これからは、貴方がどこへ行こうとも、貴方についていくことにしますよ」
ゴールドバーグはジェノの方を見て、迷惑そうに顔をしかめた。
「それとも、ついてこられてはまずい事情がおありですか?」
ジェノが冷たい表情で言うと、ゴールドバーグはぷいと横を向いた。
「わかりました。だが、今日はどこへも外出はしませんな。終日、家で仕事をしている予定です」
「そうですか」
やはり冷たく言い放って、ジェノはまた普通のボディーガードよろしくゴールドバーグの後ろに控えた。

薬屋さんと薬師さん

「あらあらあら、今日はまたずいぶんな大所帯ね?それで全員ウチのお薬を買ってってくれるんなら嬉しいんだけど」
本当に嬉しいとも、からかいともつかぬ表情で、ドラッグショップ『アサシンギルド』店主・リーフは狭い店に入ってきた4人の冒険者たちを見回した。
「よう、リーフ。昨日は世話になったな」
ルフィンが屈託のない笑みを浮かべて手を上げた。続いてヴォイスも無言でぺこりと礼をする。リーフは彼の方を向くと、にこりと微笑んだ。
「ヴォイス、だっけ?ケガは大丈夫?アタシの塗ったお薬が効いてくれたらいいんだけど」
「ああ、大丈夫だ。世話をかけたな」
相変わらずそっけない表情で言うも、わざわざまたリーフの店に来たということは、それなりに感謝をしているということなのだろう。
と、その隣で店内を見回していたルフィンが、驚いて店の奥を指さした。
「あーっ!クラウン!お前またここにいんのかよ?!」
彼女の言う通り、薄暗い店の奥には、その闇に溶けてしまいそうな漆黒の衣装を纏った男が一人。彼は右手を上げると、陽気な調子で声をかけた。
「あ、やあ、ルフィン。それにミケもいるね。それと昨日の人と…あ、ゴールドなんたらの屋敷で僕を捕まえた人だ。ヴォイスと、ディー、だっけ?」
「こんにちは、クラウンさん。貴方も昨日こちらに来ていたのですね」
ミケが笑顔で応える。ディーも微笑して会釈を返した。
「アナタがミケ、で、そっちのアナタがディー、ね?アタシはリフレ・エスティーナ。リーフって呼んでね。よろしく」
リーフが笑顔で手を差し出すと、ミケは慌ててその手を握り返した。
「あ、これはどうも、初対面の方に対して失礼を致しました。ミーケン=デ・ピースです。ミケとお呼び下さい」
「僕はディーです。よろしく」
ディーも握手をすると、リーフが出した椅子に腰掛けた。
「で?アタシの薬を買いに来たって様子じゃなさそうね?アナタ達、ゴールドバーグに雇われてるんだっけ?なに、アタシに聞きたいことでもあるの?」
「お話がわかるようで助かります。僕は薬のことにはあまり詳しくないので、専門家のお話をいろいろとお伺いしようと思いまして」
「アタシは専門家ってほどじゃないけど。何を訊きたいの?」
リーフは苦笑して先を促した。
「睡眠薬についてなんですが…この手の薬は、簡単に入手できるものなのでしょうか?」
「睡眠薬?そうね、ウチに来た不眠症の患者さんには、割とホイホイ出してるわよ。ちゃんとしたお医者さんの処方箋がない場合は、症状を聞いて割と軽めのモノを出してるわね」
「客、くんのか?!この店」
ルフィンが心底驚いた様子で訊ねると、リーフは半眼で言った。
「しっつれーねぇ、来なかったら商売にならないじゃない」
「お医者様の処方箋といいますと、どんなものでしょうか?」
ミケが続けて質問をすると、リーフは眉を寄せて天井を見た。
「うーん、まぁ、医者の方からこの薬を出してくれっていうことなんだけど…けど、眠れないんですって言っただけで、大して調べもせずに睡眠薬の処方出すところも多いわね」
「というと、不眠症の振りをして睡眠薬を入手することも可能だと?」
「そうねー、やろうと思えば」
「それで、30人分くらいの薬を手に入れることは可能でしょうか?」
「30人分?」
リーフは不審げに眉を寄せた。
「どういうこと?詳しく話してくれない?」
ミケは頷いて、昨日フレッドから聞いた話を掻い摘んで説明した。
リーフはしばらく眉を寄せたままでうーんと考え込んでいたが、不意にミケの方を見て、
「ね、それって、30人分必要なのかなぁ?」
「え?」
ミケがきょとんとして問い返す。
「確かに、屋敷のあちこちに警備の人はいただろうけど、問題の、宝物がある部屋にいたのはどうせほんの5、6人でしょ?その人達だけ眠らせることが出来れば、ムーンシャインはメイドの格好してたんだし、宝物盗んでそのまま出てくこともできたんじゃない?」
「あっ…」
虚をつかれたように、ミケが声を漏らした。
「…そういえば…そうですね。わざわざ30人を眠らせなくても…」
「でしょ?」
リーフはにっこりと笑った。
「30人分の薬…は、まあ、不可能じゃないでしょうけど、知っての通り、睡眠薬ってたくさん飲むと永久に眠っちゃうのよね。だから一気に出すとは考えにくいし…まあ、アタシみたいに薬の知識のあるヒトなら、自分で調合することもできるけど?」
「そうですね…おや、そう言えばちょうど貴女は、ムーンシャインと同じ、金髪をしていらっしゃる。もしかして…」
ディーがゆっくりとリーフの瞳を覗き込むと、
「アタシがムーンシャインなんじゃないか、って?」
リーフは上目遣いで艶然と微笑み、そして突然はじかれたようにけらけらと笑いだした。
「きゃはははは!んーなわけないじゃなーい、そんな三流絵物語みたいなハナシ、アタシだったら即却下よ?銀のゆり賞どころかCランクにもひっかかんないってカンジ?」
「冗談ですよ。確かに、あなたがムーンシャインだったら事件も早く片づいていいんですけどね」
ディーも何事もなかったかのように薄く微笑んだ。
「いいわいいわ~、アナタ達、おもしろいじゃない?しばらくゴールドバーグのところにいるんでしょ、また遊びに来てよね。ここはこの通りヒマだし、アタシは薬の材料を取りに行くとき以外はここにいるから」
「そうですか。…まあ、雇われた身ですのであまり入り浸るのもどうかと思われますが、また街に出ることがあれば、寄らせていただきますよ」
ディーは薄く微笑んだまま、流麗な口調でそう言った。
何というか、ミケと同じ口調ではあるのだが、彼の方が洗練された響きがある。それはとりもなおさず、彼の口調が「対外用」に「作られた」ものであることを物語っていた。整った、上品な響きを持ちながら、肝心なものが抜けている。陳腐な言い回しではあろうが、その肝心なものとは、彼の「心」だった。
「そーいえば、しばらくあそこに行ってないけど、ゴールド何たらって人、どうしてる?」
唐突にクラウンが話に割って入ってきた。
「どうしてるといわれましても…あの方はご自宅でデスクワークということが多いようですね。特に先日の火事以来、雑務で書斎に閉じこもりきりのようで、あまり僕達とも話をしてくれません」
苦笑しつつ、ミケがその質問に答える。
「ああ、でも昨日、お一人で出かけられたようです。その様子が不審だったので、エルさんと瑪瑙さんが後を付けたのですが、郊外の森に入ったところで邪魔が入って、結局どこへ行ったかは判らなかったそうです」
ミケは掻い摘んで昨日の経緯を説明した。それは、以前冒険を共にした仲間という安心感からであろうが、今回、クラウンは、ゴールドバーグの依頼を受けた彼等の仲間…ではないのである。
「ふーん、そう…森に、一人で、ね…」
クラウンはゆっくりと視線を泳がせながら、そう呟いた。

障害物再び

「はぁ…」
卵ドセルを背負ってとぼとぼと歩きながら、ナンミンは深い溜息をついた。
歩いているのは、郊外にあるうっそうとした森。彼は知らないが、ゴールドバーグが昨日訪れた、あの森である。
あの後、屋敷の執事(にはあまり見えない妙に筋肉質の大柄な男)によって「放り出された」場所が、この森であった、ということである。
あれよあれよという間につれてこられて適当に放り出されてしまったので、どちらに向かったら森を出られるのか皆目見当もつかない。ナンミンは途方に暮れていた。
ちなみに、彼は朝の「会議」には参加していないため、ゴールドバーグが怪しげな様子でこの森に踏み入っていったことも、この森の番人の少女のことも知らない。
と、不意に辺りに茂っていた低木が途切れた。その先には小さな泉が見える。
木漏れ日をあびてキラキラ輝く、森の中の秘密の泉と言った感じで、とても幻想的な風景だ。
その風景にとけ込んでしまうかと思うほど自然に、傍らの木に寄りかかる人影があった。
白を基調とした、シンプルで身軽そうな短衣。腰には短剣がクロスして装着してあり、ぱっと見で判るような防具は一切つけていない。
ディセス特有の浅黒い肌に尖った耳。ウエーブのかかった淡いブラウンの髪を後ろでひとつにまとめている。瞳を閉じたまま俯いて、座った姿勢で木に寄りかかっていた。ひょっとしたら眠っているのかもしれない。
ナンミンは音を立てないように彼女に近付くと、完成された彫刻品のような美しい少女に見入った。
と、少女が顔を上げ、ゆっくりと瞳を開き、彼の方を見る。
美しい琥珀色の瞳。
二人はしばし、恋人同士のように見つめ合い…
…ぽっ。
とか。
やりませんって。いくらなんでも。
少女はゆっくりと立ち上がると、ハスキーな声でぽそりと呟いた。
「正体不明の障害物発見。排除を開始する」
「ひゃああぁぁぁぁぁ」
無表情のままとんでもないことを言う少女に、ナンミンは一気に青ざめて一目散に逃げ出した。

「ゴールドバーグ氏は今日はお出かけのご様子はないようですので、私達だけでこの森を調べていかなくてはなりませんね」
同じく、その森の中を歩きながら、エルは他の二人の顔を交互に見た。
若干14歳ながら、不釣り合いなほどの大剣を背に構えたクルム。
神に仕える身であるので人を傷つける手段は持たないと公言していたクライツ。
どちらも、この森であの少女を相手にするには少々難があるようにも思われる。
「その際に留意しなくてはならないのが、例の…」
「セレ、という少女のことですね」
エルの言葉を引き継いでクライツが真面目な表情で言った。エルも同じ表情で頷く。
「はい。彼女はかなりの手練れで、しかも命令を遂行するのに躊躇いを持ちません。倒さなくともよいのです。何とか調べ終えるまで気を逸らすことができれば…」
「私に考えがあります。ここは任せていただけませんか?」
クライツはにっこりと微笑んで言った。彼の自身の源が読めずに一瞬ためらったが、エルは素直に頷いた。
「わかりました。それではセレさんが現れたらクライツさんにお任せしますね」
敵に「さん」をつけるのもどうかと思うが。
「でも、調べるって言ってもどうやって調べるんだ?昨日さんざん調べて何も見つからなかったんだろ?」
クルムが横からエルに問う。エルはきっと表情を引き締めると、ゆっくりと森を見渡した。
「我が神、フェリオーネスのお力をお借りして、この『森』が持つ『記憶』を視ようと思います」
「それって…カティが持ってるムーンシャインの記憶を探ったのと同じヤツか?」
「そうですね。フェリオーネスは知識を司る神…知識と記憶は密接な関わりがありますからね。ただ、少し大掛かりなものになりそうですので、私の精神力が保つかどうか…」
エルの神妙な表情が、その術がかなりの危険を伴うものであることを物語っていた。
クルムは少しうつむいて考えると、ためらいがちに口を開いた。
「…オレ、ある魔道士の元で少し修行してたことがあるんだけど…いや、オレにはあんまそういう素質がなかったみたいなんだけどさ、兄貴…兄弟子たちがやってた術で、他の人の術の効果を上げる術があるんだ。オレは師匠から教わったわけじゃないから、上手くいくかどうかはわからないけど、何かの助けになれば…」
少し自信なさげな表情。
エルはにっこり微笑むと、頷いて言った。
「ええ、ぜひお願いします」
多少不安そうな表情をしていたクルムは、その言葉にぱっと顔を輝かせた。
そして何事か言おうと口を開きかけた時。
がささっ。
茂みを踏み分ける音がして、三人は音のした方を振り返った。
その表情が緊張に引き締まる。
褐色の肌にとがった耳。意思の宿らない琥珀の瞳。
「あれが…セレ…?」
クルムがぽつりと呟いた。
セレは、昨日と同じ魔法人形のような無表情でその場に佇んでいた。
その手に、軽々とナンミンを抱えあげて。

ユリ科の多年草

「サツキちゃん、ですか?ええ、確かに一緒にお部屋を借りてますよ。ちっちゃいころからの幼なじみで、ヴィーダへも一緒に来たんです。メイドの養成学校に一緒に入るために」
瑪瑙の前だから、というよりは、仲の良い親友を語る表情で、嬉しそうにユリは言った。
どうでもいいですが、メイドの養成学校という言葉に妖しげな響きを感じるあたしは変でしょうか。
「…そう。…彼女は…その、どういう、人なの…?」
いつもの口調だが、多分にどう聞いたらいいかわからないといった様子で瑪瑙が再び問う。
ユリは再びにっこり笑って、はきはきと答えた。
「サツキちゃんは何でもできてすごいんですよー。学校の成績も私なんかより全然良かったんです。なのにそれを鼻にかけるようなところもなくて、誰にでも優しいんです。よく気がつくし、親切だし、上品だし、私もあんな風になりたいなっていつも思うんですよ」
一歩間違えればそっちの趣味があるのかと思われるほど嬉しそうにサツキを誉めちぎるユリ。瑪瑙は彼女に不審がられぬように用心深く質問を重ねる。
「…そう。優秀な人、なんだね…。家が、厳しいところだったの…かな?」
「そうですね、サツキちゃんのお家は、お寺…あ、ええっと、こっちで言う教会みたいなところなんですけど、お寺さんなんですよ。だから礼儀作法とかもすごく厳しくて、精神修養とかも…あ、ナノクニでは結構ちっちゃいころからみんな精神修養やるんですけど、サツキちゃんのところは特に厳しかったみたいです。わたしと同い年なのに、すごく落ち着いてるんですよ」
確かに、ユリの喋り方はたどたどしくて、いまいち要領を得ない。話し方からしてもユリとサツキが同じ教育を施されているとはあまり思えなかった。
「…そう。ずいぶん色々と出来る人のようだけど…メイドの仕事以外にも、何かやっていたりは…するの、かな?」
ユリはきょとんとして瑪瑙を見た。
「お仕事以外に、ですか?それって、趣味、とかってことですか?それとも、メイド以外のお仕事、ってことですか?」
「…いや、いい…忘れて」
瑪瑙は顔を背けた。大体彼自身サツキを知らないのだから、質問もいまいち要領を得ないのはあたりまえだ。瑪瑙はクライツの頼みを引き受けたことを少し後悔した。
「でも、どうして瑪瑙さんがサツキちゃんのことを知ってるんですか?」
ユリは不思議そうな表情でもっともな質問をする。
瑪瑙は動じたそぶりも見せずに、優雅に微笑んだ。
「仲間が、ね…ムーンシャインのことを調べているときに、彼女に会ったらしくて、ね…彼女が勤めてるところも、被害に遭ったって言うでしょう?仲の良い友達が、そんなことになって…君が、心を痛めてやしないか、と思って」
「…あ、ありがとうございます」
ユリはまたぽっと頬を染めた。
「…その、サツキという娘にも、少し興味があるし、ね…」
多少の意地悪い響きを含んだ瑪瑙の言葉に、ユリの表情が歪む。クライツがもしこの場にいたなら、サツキとは対照的な娘だと思うことだろう。表情から思っていることが丸わかりだ。
『サツキちゃんが相手じゃ私は適わない』
その表情は雄弁にそう語っていた。
瑪瑙は目を細めて、ユリの頭を優しく撫でた。
「…そんな顔、しないで…そういう意味で言ったんじゃ、ないから…ね?」
ユリはすがるような目で瑪瑙を見た。
「それに…その娘が、どんなに優秀かは、知らないけれど…君には、君にしかない魅力がある…それを、忘れないで…大事にして…もっと、自信を持って…」
ユリは泣きそうな顔で、それでもくしゃっと笑ってみせた。
瑪瑙は彼女の前髪を掻き揚げて、その額に軽くキスした。
だが、そうしながら瑪瑙は別のことを考えていた。
サツキに興味があるといったのは本当のことだ。
彼をして得体の知れない、只者ではないと思わしめるクライツが、ただのメイドではないと言う少女…
瑪瑙は顔を上げると、ユリに家の場所を尋ねた。

障害物増加

三人は固唾を飲んでセレの次の行動を見守った。
ちなみにナンミンは彼女に猫のように首(?)の後ろをつかまれて抱えあげられたまま気絶している。
セレはナンミンを三人の方に突き出すと、抑揚のない口調で言った。
「彼等の知り合いか?」
彼等というのはもちろん三人のことだ。エルは予想外の質問に戸惑いながらも、用心深く答える。
「え…ええ、そうですが」
「彷徨っていたので捕獲した。返却する」
ペット扱いである。
と、セレは何を思ったか、いきなりナンミンを頭上に抱え上げて、
「障害物増加」
と言って三人に投げつけた。
ナンミンはエルに当たってぼよんと跳ね返り、クルムがはしっと受け止めた。
エルたちは慌てて身構えたが、それをさえぎってひとつの影が間に立ちはだかった。
エルとクルムはぎょっとして彼を見る。
禿げ上がった頭にでっぷりとした身体。猜疑心に満ちた慇懃な目つき。
「ゴールド…バーグ…さん…?!」
クルムが信じられないといった表情でその名前を呟いた。
ゴールドバーグはわずかに二人を振り返ると、セレに見えないように軽くウインクする。
その時、エルがその場にいない一人に思い当たり、クルムの腕を引っ張った。
「クルムさん、行きましょう!」
クルムは困惑したままだ。
「え?あ、で、でも…」
エルはクルムの耳元で小声でささやいた。
「クライツさんです」
「えっ?」
クルムは驚いて辺りを見回した。確かにあの妖麗な地人が見当たらない。
と、いうことは、本当にこのゴールドバーグに見える人物がクライツなのだろうか。
(幻術…か?いや、とにかくこの場は…)
クルムはナンミンを抱えたまま、エルと一緒に足早にその場を離れた。
あとにはゴールドバーグの姿をしたクライツと、セレが残される。
ゴールドバーグはゆっくりと左手を横に払うしぐさをすると、言った。
「よい。下がれ」
セレはしばらく黙ったままゴールドバーグを見つめていたが、やがて淡々と言った。
「彼は彼女に命令する権限がない」
ゴールドバーグはわずかに驚愕した表情になり、ややあって自嘲気味に苦笑した。
「…やれやれ、上手くいかないことばかりですね」
そう言って、幻術を解く。自分以外の者の感覚を支配する術。クライツ自身の身体に変化があったわけではないが、かかった者には一瞬にしてハゲデブのオヤジが絶世の美青年に変化したように見えるだろう。
だが、それでもセレは眉一つ動かさなかった。しばらくじっとクライツを見ていたが、ふいと後ろを向いて歩き出した。
「彼らを追わないのですか?」
引き止めるような、普段よりやや大きなクライツの声。セレは振り返ると、やはり淡々と答えた。
「命令の範囲外である」
クライツはにこりと優しい微笑をセレに向けた。
「私を排除しないのですか?」
だが、その質問にも同じ答えが返ってくるのみだ。クライツは思い切って核心を突く質問をした。
「あなたは、誰に、どのような命令を受けているのですか?」
答えは単純で、しかも即座に返ってきた。
「その質問には答えないよう命令されている」
クライツは真剣な表情でセレを見つめた。そうして、一歩、また一歩とセレに近づいていく。相手を刺激しないように、ゆっくりと。クライツに攻撃の意思がないと見て取ったのか、セレはクライツを見つめたまま微動だにしない。クライツはやわらかく微笑むと、ゆっくりとセレに右手を近づけた。
「そんなことを言わないで…同じ地人同士ではないですか」
取って付けたような説得のセリフも、セレに効かないことは承知の上だった。
彼の目的はただ…セレに触れること。
そして、無警戒のセレに、その目的は容易に達成された。
だが。
「…」
クライツの表情が僅かに動く。サツキの例で予想していたことだったのか、明らかな驚愕の表情ではないが、意表をついたものであったのは間違いない。
クライツの手を振りほどくでもなく、無機質に踵を返すと、黙って立ち尽くすクライツを残し、セレは森の奥深くへと消えていった。
(…どういうことだ…?)
クライツは自問する。
セレの心…もちろん、彼自身の精神走査の力もそれほど及ぶわけではないが、相手が今思っていることを読むくらいは出来る。
だが、セレの心は…相手の精神力をガードしているサツキとはまた違った。
…何も、ない。空っぽの心。およそ心有るものに触れているとは思えない、空虚さ。
まるで、人形に触れているような…
クライツはセレに触れた手をぎゅっと握り締めると、踵を返して外の方向へと歩き出した。

常緑の森の記憶

「セレさんは、どうやら追っては来ないようですね…」
後ろを確認して、エルはほっとしたように言った。
正直言って、彼女のような者に傍にいられては、神との交信が上手く運ぶとは思えない。
「ああ。クライツが上手く止めてくれてるんだろうな」
「では…また邪魔が入らないうちに、はじめましょうか」
エルは真剣な表情でクルムにそう言うと、緑の生い茂る森をゆっくりと見渡した。
意識を普通に交わすことの出来る人間の「記憶」を見るのとは訳が違う。相手は森で、しかも時間も詳しい場所も曖昧で不確定だ。
「クルムさん、お願いできますか?」
エルがクルムの方を見て訊ねると、クルムもまた真剣な表情で頷いた。
「見よう見真似だから、上手くいくかどうかわからないけど…」
そう言って目を閉じ、エルに手のひらをかざす。そして口の中で小さく呪文を唱えると、手のひらから不思議な光が発せられ、やがてそれはエルの身体をとりまいた。体中に力がみなぎるような昂揚感を覚え、エルは恍惚にも似た表情で目を閉じ、意識を飛ばす。
(知識を司る神フェリオーネスよ…ご加護を…)
昨日の同じ時間…この場所で…ゴールドバーグが向かった先を…。
目を閉じているエルの脳裏に、鮮やかなイメージが浮かんでくる。うっそうと緑の生い茂る森。時折聞こえる河のせせらぎ、鳥の小さな鳴き声。それは、エルに力を分け与えているクルムの脳裏にも、ありありと映った。
目を閉じたまま、足を踏み出す。すると、頭の中の情景も、それに合わせて移動した。
最初は恐る恐る、そしてだんだん普通に歩くのと変わらない速さで、森の中を…森の「昨日の記憶」の中を探索していく二人。
(…!)
そしてやがて、目当ての人物を見つける。先ほど見た(といってもあれは幻影だが)のと寸分たがわぬ、でっぷりとした身体に、禿げ上がった頭、陰険な目つき。
二人はゴールドバーグの後ろへと歩みを進めた。当然これは昨日の「記憶」であるため、ゴールドバーグが二人に気づくということはない。
ゴールドバーグは、手のひらより少しい大きめのサイズの「何か」を大事そうに布にくるんで抱えており、しきりに辺りをきょろきょろしながら歩いていた。
二人も、同じペースで後をつけていく。
ゴールドバーグは、そわそわと落ち着きのない様子で、さ迷い歩いている風だった。あっちへ行ったかと思えば、また引き返したり、同じところをぐるぐると回ったり。二人もそれに倣ってうろうろと森を歩き回る。
そんなことが半刻ほど続いただろうか。
ゴールドバーグは突然、何かに思い当たったように腕に抱えていた包みを見、そして忌々しげに舌打ちをすると、いたく憤慨した様子で一直線に歩みを進めていった。
二人も慌ててそれについていく。
そして、たどり着いたのは…
「…そ…外…?」
エルがか細く呟いた瞬間。
脳裏の映像がぐにゃりと歪み、二人ははっと現実の世界に戻った。
森の外。森を出てしまったために、記憶を探るのが不可能になってしまったのだろう。
「…どういうことだ…?結局、何もしないで森を出ちまったってことか…?」
クルムは不思議そうな表情で、「昨日」ゴールドバーグが消えていった方向を見た。
当然ながら、今日はそこには誰もいない。
「…どういう…こと…でしょう…か…?いっ…た…い……」
エルの声がだんだんとかすれていくのに気づき、クルムは驚いて彼を見た。
それと、エルが衰弱しきった様子でふらりと倒れこむのが同時だった。
「エル!!」
クルムは慌てて、彼の体を支える。
長い間の無理な術がたたったのだろうか。
エルは完全に気を失っていた。

ネコとネコ

みゃおぅ。
外から聞こえてくるか細い声に、ミケは振り返った。
「ポチ?」
ミケが使い魔の名を呼ぶと、僅かにあいたドアの隙間から黒いネコが顔を出す。ネコはミケの呼びかけに答えるように、もう一度みゃおぅ、と鳴いた。
みぃ。
さらにポチの後ろから、もう一匹ネコが顔を出す。黄色地に茶色の縞の入った子猫。子猫はポチと一緒に店に入ってくると、一目散にリーフの元に駆けていった。
「うふふ、おかえり」
リーフは嬉しそうに子猫を抱く。同じくポチを抱いたミケが、にっこり笑って言った。
「リーフさんの猫ですか?」
「ええ、そうよ。かわいいでしょ」
「お名前は?」
「カッツェよ。メス。あまりここでじっとしてない子なんだけど。お友達を見つけて上機嫌なのかしらね」
リーフが撫でると、カッツェは気持ちよさそうに喉を鳴らした。
「もうすぐね」
そうしながら、リーフはミケたちのほうを見て、妖しく微笑む。
「は?」
「ムーンシャインは、満月の晩に現れるんでしょう?もうすぐ、満月ね」
「ええ、そうですね。僕たちも、気を引き締めていかないと」
「おシゴト、上手くいくといいわね。応援してるわ」
「ありがとうございます」
素直に礼を言うミケに、リーフは楽しそうにくすくすと笑った。
ミケを始め、その場にいた冒険者たちは、彼女の反応に不思議そうに首をひねる。
クラウンを除く。
リーフの腕の中のカッツェが、彼女の笑いに同調するように、みぃ、と鳴いた。
予告の日まで、あと二日。

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