月の明かりに照らされて

こないだね、アタシに
 「人間はあなたが考えるほど弱くも汚くもバカでもない」
 って言ったヒトがいたの。
 笑っちゃうわよね。
 ヒトを平気で傷つけて、
 でも傷つけた自分を悪者にしたくなくて、
 自分で自分に嘘をついて、その嘘を信じて。
 人間ってホントに、どうしようもない生き物。
 でも、弱くて、汚くて、バカだから。
 だからこそ、アタシは人間がすっごくスキ。
 ホント、面白くてたまらない生き物よ。人間って。 

さて、どう出ますか?

「次の満月の日といいますと…あと…」
「6日ですね」
指折り数え始めた(満月の日を指折りで数えられるかどうかはともかく)ミケに、クライツがにっこり微笑んで答える。
「あ、ありがとうございます。そうなると、ただその日まで手をこまねいているだけというのも芸がありませんね」
「そうですね。ムーンシャインのことを調べることや、この屋敷の構造を把握して警備に手抜かりの無いようにすること…僕たちに出来ることは、いくらでもありそうだ」
ディーも穏やかに同意する。
「じゃあそうだな、予告の日までは、各人これだと思う行動をとることにしよう。俺は屋敷に残って、警備の計画を練ることにするよ。もともと護衛で雇われたんだし、ゴールドバーグさんのそばを離れるわけにもいかないからな」
ジェノが先陣を切って行動を宣言すると、皆顔を見合わせた。
次に口を開いたのは、ヴォイス。
「…そうだな、俺も屋敷にいることにする。まだ完全には構造を把握してないからな」
続いて瑪瑙。
「…俺も、屋敷に残る、よ…色々と、調べたいことも、ある」
そして、ミケ。
「僕は…そうですね。この部屋にあるものをもう少し詳しく調べてみようと思います」
この部屋とは、今彼等がいる宝物室のことだ。
ムーンシャインが狙っていると思われる翡翠の像の他にも、色々と珍しげな品々が並んでいる。
「あ、それでは、僕はミケさんのお手伝いをしますね。この像の事ももっと詳しく知りたいですし…」
エルの言葉に、一部の人間の顔色が微妙に変化した。
「…それは、この像が一体どういうルートを経てここにやってきたのか、ということですか?」
先程と変わらぬやわらかな微笑みをたたえ、クライツがエルに向かって言う。
(…しまった、失言だったか…?)
クライツはこの家の子供の家庭教師をしている。それも、教会への多額の援助の見返りとして、だ。そのクライツのいる前で、ゴールドバーグの不正を半ば公言するような発言はまずかったかもしれない。
だが、クライツの発言は意外なものだった。
「…そうですね。これほどのものが、個人の所有物としてこんなに数多く保管されているのは、不自然な点があるかもしれません。幸い、私はゴールドバーグ氏とも少々おつきあいがあります。それとなく聞き出せるかもしれません。私もこの屋敷に留まることに致しましょう」
「…く、クライツさん…」
「何か?」
やはり変わらぬやわらかい微笑みで、クライツは言った。
「…その、いいんですか?ゴールドバーグ氏はあなたの…」
「…仰有りたいことは解ります。ですが、私も神学を志す身。たとえ懇意にしている人間とはいえ、不正が行われるのを黙って見過ごすわけにはまいりません。私一人に出来ることはわずかですが、少しでも皆さんのお力になりたいと思いますよ。それはもちろん、ゴールドバーグ氏の依頼の範囲に留まらず…です」
クライツの言葉に、冒険者たちは顔を見合わせた。
「…意外だな。おカタい教会の先生だとばかり思っていたが、結構話が分かるじゃないですか、先生」
ジェノが目を丸くしてクライツに言う。
「実を言えば、俺もゴールドバーグさんにはあまりいい印象を持ってねえんだ。…まぁ、これだけの金持ちだ、そりゃ綺麗なことばっかりやってる訳じゃねぇだろうってのも解るし、相手が何者だろうと依頼人は依頼人だからな、今まで見て見ぬ振りを決め込んでいたが…みんながそのつもりだって言うんなら、俺も手伝うぜ」
ゴールドバーグ側と思われていた二人の言葉に、冒険者たちはしばし考えた。
そして、ディーがミケの方をちらりと見やってから、口を開く。
「…そうですね。確かに半分はそのつもりでここに来ました。…ですが、失礼ながらまだあなた方を…というか、顔見知り以外の人間を信用したわけではありません。こんな事を言ってお気を悪くされるでしょうが…しばらくは、僕は僕で色々とやってみようと思います」
「…そう、か。まぁ、そうだよな。しばらく一緒に過ごして、俺のことが信用できそうだと思ったら、何でも頼ってくれよな」
「ええ、それはもちろん」
言って、ディーは薄く微笑んだ。
「僕は…今まで被害にあった方達のことを調べてみようと思います。盗まれたものに共通した点がないか…それを探ってみようかと」
「俺は、街に出ていろいろ噂を集めてみようと思う。屋敷の方にはたくさん残るみたいだしな」
クルムがそういうと、ルフィンが小さく手を上げた。
「あ、じゃあ、あたしも外に出るよ。クルムとは別口で。手分けした方がたくさん情報集まるだろ」
「そうですか。それではクラウンさんは…」
ミケは笑顔で頷きながら、先程捕らえられた黒ずくめの侵入者を振り返った。
いない。
「…逃げ足は天下一品ですね」
「…ま、どっちにしろ今日はもう遅い。行動は明日からってところだな」
ひととおり行動を宣言し終わったので、ジェノがそう締めくくった。
「皆さん、今日はここにお泊まりになられるのですか」
クライツの言葉に、ミケが頷いて答えた。
「ええ、そうですね。ゴールドバーグ氏がお部屋を用意して下さったようです」
「そうですか。…私は、今日のところはひとまず教会に戻ることに致します。連絡もしなければなりませんしね。…それでは」
クライツはそう言うと、ぺこりと一礼して部屋を出た。
とりあえずは、明日から。

黄金色のお菓子

「火事だって?!」
今朝出会った最初の人間…ジェノに、ヴォイスは慌てた様子で詰め寄った。
ジェノの様子も少し落ち着きがない。朝起きてすぐにこの騒ぎだ、無理もないが。
「ああ、ここには被害がないが、近くで断続的に火の手が上がっている。商業地区と、有産階級の屋敷周辺が主らしい。放火の疑いが濃厚だ。この街全体が焼けて無くなる心配はないだろうが、混乱に乗じてスラムの奴らが物欲しさに暴れ出すのが心配だな。自警団は鎮火と騒ぎの鎮圧でてんてこ舞いらしい」
「大変なことになりましたね」
「先生!」
入り口の方から、少し厳しい表情をしたクライツが姿を見せる。
「教会の方も、朝から避難された人々のお世話に追われています。私はこちらの方が心配でしたのでこうして駆けつけましたが…こちらのお屋敷に被害はないようですね」
「ええ。いま一応、みんなにあちこち見て回ってもらっていますが、今のところ被害はないようです」
「それは何よりです。ところで、ゴールドバーグ氏は…?」
「なんか、色々大変みたいですよ。火事があったのは商業地区でしょう、その中にはゴールドバーグさんの店や倉庫だってあったに違いない。朝から仕事部屋で難しい顔してます」
「…そうですか。では私は少し、そちらへ行ってみることにします」
クライツは浅く一礼すると、ジェノの横をすり抜けて屋敷の奥へと消えていった。
「…さ、俺達もここに異常がないか見て回ろう。何にもないことを確認してから、朝飯だな」
「わかった」
ジェノとヴォイスは頷き合うと、それぞれ別の方向へ歩き出した。
「おはようございます」
「これは先生!」
部屋に入ったクライツを見て、ゴールドバーグは笑顔で立ち上がった。
「昨日はろくにご挨拶もせず、勝手な真似をしてしまい申し訳ありません」
「は?ああ、依頼の件ですな。とんでもない、先生に協力していただければ、得体の知れない女怪盗など恐るるにたりません。こちらこそ、依頼を受けていただいたのにご挨拶も出来ず、失礼を致しました」
「いえ、こちらこそ。…ところで、火事の被害のほどは?」
「ああ、今被害状況を聞いて計算をしていたところですが、私どもの系列の子会社、倉庫、店舗などはそれほど大した被害はなかったようですな。不幸中の幸いというところです」
「そうですか。住宅街に被害が無くてよかったです。死者が出たという知らせも今のところ聞いていませんし…ですが、この火事で多大な被害を被った会社や店は少なくないでしょうね。その方達や、その家族の生活を思うと、心が痛むばかりです」
クライツは辛そうに目を閉じて、胸に手を当てた。
「もし、氏の経営に支障がなければ、そうした方々に心ばかりの援助を差し上げてはいかがでしょうか?皆さん、氏に感謝の意を表することでしょう。…言葉だけではなく、ですね。もちろん、直接氏に援助を受けていない方々にも、氏の援助はこころよく映ることと思いますよ」
そう言って、にっこりと微笑む。まわりくどい言い方をしているが、要するにここで施しておけば仕事の面でもいろいろとやりやすくなるし、市民の好感度もアップしますよ、と言っているのだ。
「…そうですな。さすがは先生。常に人々のことを思っていらっしゃるのですな」
「私に出来るのは、憂えることだけです。彼等を本当に助けていらっしゃるのは、氏に他なりませんよ」
だが、そんなことはおくびにも出さない様子で、二人は笑顔を交わし合う。
その様子は、お代官様と越後屋といった風情だった。
「わかりました。そちらの方も、今日中に手配をしておきましょう。怪盗の方は、先生方にお任せしてよろしいですかな?」
「そのことですが、ゴールドバーグさん」
笑顔を崩し、真面目な表情になると、クライツはゴールドバーグをまっすぐ見つめた。
「とうに察していらっしゃることと思いますが、彼等はおおむね、氏にとりまして敵とお思いでいらした方が良いと思います」
クライツの言葉に、ゴールドバーグの眼光も鋭いものに変わる。
「…そのようですな。だが私は、あれを守ることが出来るのなら彼等が私をどう思っていようと構わないと思っております」
「もちろん、氏のお考えも解りますが…彼等がいつ、氏を裏切り外部と接触するか分からない以上、公になっては何かと厄介なものは彼等の目に触れぬところに保管するか、処分なされた方がよろしいかと」
「…念には念を、というわけですな。わかりました。それも今日中に手配しておきましょう」
「私は、彼等と行動を共にし監視をしておくつもりです。もちろん、例の怪盗から氏の大切なものを守るというご依頼も、忘れてはいませんので」
「頼もしいですな、先生。これからもよろしくお願いします」
薄く微笑みを浮かべて、鷹揚に頷くゴールドバーグに、クライツもにっこりと微笑みを返した。
「では、私はこれで」
そして一礼すると、部屋を辞する。
ドアを閉じ、それにもたれかかると、小さく溜息をついて、低く呟いた。
「…おもしろくなってきたな」
誰にも聞こえないような、小さなつぶやき。
誰にも見せない、妖しい微笑みをたたえて。

サニー・サイド・アップ

「ムーンシャインを助ける依頼…ですか?」
きょとんとした顔でクルムにそう訊ねたのは、朝食の目玉焼きをナイフとフォークで綺麗に切り分けている途中で手を止めたエル。半熟よりやや柔らかめに焼かれた目玉焼きは、黄身だけがだらしなく皿に流れ始めていた。
「そうなんだ。どうしようか迷ったんだけど、昨日話を聞いていた限りだと、みんなゴールドバーグさんの依頼をまともに受けようと思ってるわけじゃないみたいだから…思い切って話してみたんだ」
早くも朝食を食べ終えて、食器を片付けてもらったクルムは、昨日風花亭で出会った少年の話をしたのだった。そして、自分がその少年の願いを受けて、この依頼を受けたことを。
「どうだろう。みんなも、たぶん同じ事考えてるんじゃないか?ゴールドバーグさんは、ムーンシャインを生きて返すつもりはないんだ…って」
真剣な眼差しで、冒険者たちの顔を見渡すクルム。冒険者たちはしばし沈黙し、互いに顔を見合わせていたが、やがてエルが再び口を開いた。
「…確かに。私も半ば、それを阻止するつもりでこの依頼を受けたようなものです。確かに泥棒は罪ですが、人殺しはそれ以上の罪です。ましてやムーンシャインが、今クルムさんが仰有ったように少年の危機を救う優しい心根のある人間ならばなおさらです。昨日クライツさんも仰有いましたが、話して解らない相手ではないはずです。私はそれに賭けてみようと思うのです」
「そうですね。それに…」
続いてミケも、食事の手を止めて話し出した。
「ムーンシャインからあの像を守るのが僕たちの仕事です。ムーンシャインを助けても、契約違反にはなりませんね」
そう言って、にっこりと笑う。
「じゃあ…」
「ええ、もちろん、クルムさんに協力いたしますよ」
「ありがとう、ミケ!」
「そんな、僕とクルムさんの仲じゃないですか」
一体どんな仲なんでしょう。どきどき。早くもディーとの間に障害が。
…いや、そんなことはどうでもいいんですが。
「他の皆さんはどうですか?」
ミケが他の者に返事を促すが、取り立てて反対する者がいないのは表情から見て取れた。
「…そうだな、俺はゴールドバーグさんの護衛という立場上、あまりあの人の意に添わないことはしたくないんだが…まぁ、逆上してあの人に襲いかかりでもしない限りは、俺も手荒なことはしないよ。約束しよう」
多少抵抗はあるようだが、ジェノも笑顔でそう言う。
「…よかった。他の人達を敵に回してでも、と覚悟はしてたけど、こうも顔見知りが多いとやっぱり、やりにくいからな。話してみて正解だったよ」
「そうすると…そうですね。クルムさんは今日は、街に出られるのでしたよね?」
少し考えながら、エルがクルムに言った。
「ん?ああ、そのつもりだけど…今朝の騒ぎで、あまりまともに情報は集められないかもしれないな」
「ご一緒してよろしいですか?」
「え?エルは今日は、ここにいて宝物室にある物について調べるんじゃなかったのか?」
「そのつもりでしたが…まぁ、それはミケさんがやって下さるようですし。もしよろしければ、その少年のところに案内して欲しいのですが」
「あの子のところに?まぁ、いいけど、どうしてだ?」
「ムーンシャインを目撃したという彼に、彼女のことを色々聞いてみたいのです。運が良ければ、彼が見たムーンシャインの姿を、見ることが出来るかもしれませんし」
「へぇっ、エル、そんなことが出来るのか」
「出来るというか…何と言いましょうか」
何と説明していいか分からぬ様子で、エルは苦笑した。
「日に一度、我が神フェリオーネス様が、私に力を授けて下さるのですよ。その人の持つ『知識』を、言葉を解して不鮮明になること無しに、私に伝えることが出来るのです。この場合は、彼のムーンシャインに関する『知識』を『見る』と言うことになりますね」
「そうなのか。わかったよ。食べ終わったら、一緒に風花亭に行こう」
「よろしくお願いします」
笑顔で会釈すると、エルは再び目玉焼きを切り分け始めた。
黄身はすでに、冷えて固まり始めていた。

満月の記憶

直接の被害はなかったものの、大通りはいつになく騒然とした雰囲気に包まれていた。火事はまだ完全に鎮火してはいないらしい。人々は慌てた様子であちこち駆け回っていた。
「風花亭」は大通りの中央にある広場に面したところにある。広場でも、焼け出されたと思われる人々とその手当をする人々の姿があちこちで見られた。
その人々の間を縫って、風花亭へ向かっているエルとクルムに、横手の方から声が掛かった。
「おにいちゃん!」
聞き覚えのある声に、クルムがそちらの方を向く。
「…あ!君は…」
二人が探していた、風花亭の少年だった。少年は嬉しそうな顔をしてこちらに駆けてくると、息を切らしながらクルムを見上げた。
「また会えるなんて思わなかった!うれしいな!僕のおねがい、聞いてくれた?」
「もちろんさ。今日は、そのことで君に会いに来たんだよ」
「僕に?」
不思議そうに首を傾げる少年。すると横からエルが腰をかがめて少年に微笑みかける。
「こんにちは。私はエルダリオ=ソーン・フィオレット。エルと呼んで下さい。君の名前を聞いていいですか?」
「…僕、カティ。エル…さんは、このお兄ちゃんの友達なの?」
そう言えば互いに名乗っていなかったのを思い出して、クルムは苦笑した。
「俺の名前はクルムだよ、カティ。エルは…俺の仲間だ」
「そうなんだ」
少年は屈託のない笑みをクルムに向ける。
「それで、僕に用って、なに?」
「君がムーンシャインを見たという話を、クルムさんから聞いたものですから。君が見たムーンシャインの姿を、見せていただこうと思いまして」
「…??どういうこと??」
「どうということはありません。ただ、君の記憶の一部を見せて頂くだけです」
「…僕の心、のぞくの?」
少年の目に急に不安げな光が灯る。
エルは慌てて首を振った。
「そうではありませんよ。君が見た、ムーンシャインの姿を少しだけ見せて頂くだけです」
「そうなんだ…それって、痛かったりしない?」
「何も痛くありませんよ。少し楽にしていただければ、あっという間に終わります。…少し、座れる場所がいいですね。あちらに行きましょう」
エルはカティの手を引いて、手近にあったベンチへと歩いていった。クルムもその後に続く。
エルはカティをベンチに座らせると、その前に立って手をかざした。
「それでは、少し目を閉じていて下さい」
その姿はまるで、道ばたでいきなり「あなたの幸せを祈らせて下さい」とか「あなたの体内の不純物を浄化します」などと言って訳の分からないおまじないをするうさんくさい新興宗教の人のようである。
ちなみに筆者は「ずっと目を閉じていて下さい」と言われたにもかかわらずしばらくしてから目を開け、お祈りが終わるまで目を開けていたが、今日に至るまで別に罰は当たっていない。
閑話休題。
カティは言われた通り目を閉じる。それを確認して、エルも目を閉じ、意識を集中させた。
おぼろげなヴィジョンが、やがてはっきりと輪郭を帯びてくる。
雲一つ無い満月の夜。それを背にして立つ、女性の影。逆光になっているため、顔まではわからない。長い髪。金髪のようだ。月の光をあびてキラキラと輝いている。美しいボディーライン。余分な物は一切ついていない。動きやすい服装をしているようだ。
見えたのは、だいたいそんなところだった。
エルは小さく溜息をついて、目を開けた。
「ありがとうございます。もういいですよ」
エルに言われて、カティも目を開ける。まだ少し不安げな表情をしている。
「安心して下さい、ムーンシャインの姿以外は、何も覗いてはいませんよ」
「あ、うん…わかったよ」
少し表情をほぐして、カティは言った。
「ねぇ、エルお兄ちゃんも、ムーンシャインのこと守ってくれるの?」
カティの質問に、エルはにっこりと笑って答える。
「ええ、安心して下さい。ムーンシャインの命は、私達で守ってみせますよ。ただ…どんな人間でも、泥棒は悪いこと、ですからね。その罪は、彼女は償わなくてはならない…わかりますね?」
お説教のようなエルのセリフに、またしゅんとなるカティ。
「うん…わかった。ムーンシャインが無事なら、僕はそれでいいや」
それでも何とかそう言うカティの頭を、クルムがわしっと撫でる。
「えらいな、カティ。安心しろ、俺達は、約束は守るから」
撫でられながら、カティはクルムの方を見て、満面の笑みを浮かべた。

フェイクの作り方

「うーん…」
かざしていた手を下ろし、ミケは難しい顔で目を開けた。
目の前にあるのは、例の翡翠で出来た妖精の像。手をかざして何をしていたかというと、この像の魔力感知をしていたのである。
「これと言って、魔力らしき物は感じられませんね…ですが…」
どうしても気になるのが、妖精が抱いている丸い宝石なのだった。
色は、濃い紫色をしている。だが、アメジストともラピスラズリとも違う、何か不思議な輝きを持つ石だ。何より不思議なのは、その石が、完璧な球形をしていることだった。今の研磨技術では、そのような物を作るのは不可能だ。魔法を使えばある程度は可能だろうが、魔力で生み出した宝石ならその痕跡が残るはずだし、魔法で物理的に削ったとしても相当の技術が必要である。
「ますます謎は深まるばかり、と言ったところですか…ですがかすかに…魔力、とは違いますが、何かの気配を感じます…何でしょう…?どこかで感じたような気配なのですが…」
腕組みをして考え込むミケ。そのまましばらく唸っていたが、ふと何かに気付いたように顔を上げた。
「………モンスターの気配…?」
そのまましばらく像を見つめ、それから苦笑して頭を振る。
「…気のせい、ですね…」
それきり、その事は努めて考えないようにしているかのように思考を別方向に向ける。
「これをこのまま、馬鹿正直にここに置いておくというのもアレですね…よし」
そして、そのまま宝物室を出ていく。もちろん鍵は忘れない。
「俺に用って、何だ?」
不思議そうに宝物室に入っていくジェノに、ミケは笑顔で答えた。
「この像のことなんですが…どう思いますか?」
「どう、って…?」
眉をしかめてガラスケースに近寄り、しげしげと眺めるジェノ。
「……綺麗な像だよな。何か、不思議な感じがする。魔法とかそういうのは、俺にはよくわからんが…」
「ええ、そうですね」
「……すまん、お前の言いたいことがよくわからんのだが…」
「ええ、実は僕、これと同じ物を入手したんですよ。ほら」
言って、懐から何かを取り出す。
ジェノはそれを見て、目を丸くした。
まさしく、ガラスケースの中にある物と同じ像が、ミケの手の中にあったのだ。
「…こっ…こりゃ、一体…」
予想通りの反応に満足したように微笑むと、ミケは言った。
「どうぞ、手に取ってみて下さい」
「…あ…ああ…」
言われた通りに、ミケから像を受け取ると、ジェノは妙な表情をした。
「…?…なんだ…こりゃ?」
見た目は確かに、ガラスケースの中にある像と同じ物だった。
だが、緻密な彫刻が施してある見た目に反して、ひどく手触りがゴツゴツしている。視覚で受け取る情報と、触覚で受け取る情報があまりにも違う、何とも変な感じだった。
ミケはくすっと笑うと、ジェノの手から像を取った。
「これ、実は僕が作った偽物なんです。ほら」
そういって、まるでマジックでもするかのように像の前に手の平を横切らせると、今まで美しい像に見えていた物は、いきなり白くゴツゴツした物体に変わった。大まかな形は似ているが、本物とは似てもにつかないお粗末な代物だ。
「ど…どうなってるんだ?!」
「最近、幻覚の魔法を覚えたんですよ。そんなに強力な物じゃないんですが、こうやって、実際にある物にかぶせて、見た目だけを誤魔化すことが出来るんです。まぁ、見た目だけですから、今みたいに実際に触られちゃったりしたらバレバレなんですけど。でも、ちょっとした物でしょう?」
「確かに…触るまでは、マジで本物と見分けがつかなかったぜ」
「そこで、ジェノさんに相談なんですが…そのガラスケースの中にある物と、この偽物を、すり替えておくことは出来ないでしょうか?」
「なんだって?」
「ですから、もし万が一、ムーンシャインがこの部屋に入ってきたとして…昨日のクラウンさんの例もありますし。あらかじめ偽物を置いておけば、攪乱できると思うんですよ」
「うーん…まぁ、そりゃそうだが…しかし、ゴールドバーグさんがなんて言うか…」
「ですから、ゴールドバーグさんには内緒にしていただきたいんです」
真剣な表情で言うミケに、ジェノの表情も次第に厳しくなっていく。
「ゴールドバーグさんの護衛をしていらっしゃるジェノさんだから言うのです。本物は…僕が持っていては危険と思われるかもしれませんから、ジェノさんに持っていて頂くと言うことで…いかがですか?」
「………うーん…」
ジェノは難しい顔をしてしばらく唸っていたが、やがて顔を上げた。
「少し、考える時間をくれないか。いきなりそんなことを言われても…」
「わかりました。ではこれは、魔法を解いておきますね。本物も、ここに置いたままにしておきます」
「頼む。…ところで、その偽物、何で出来てるんだ?」
「大根です」
「は?」
思いがけない答えに、ジェノは今度は目を点にした。
「僕、こう見えても結構料理が得意なんですよ。ちょっと包丁で、作ってみました」
あまりそれは、料理の腕と関係ないような気がするが。
しかも、そんな物あと5日も外に放置しておいたら、腐りませんか。
そんなつっこみを喉の奥に押し返して、ジェノは間抜けなコメントを返した。
「…そうか。煮て食ったら、うまそうだな」

真実は炎の中に

「ここも、か…」
苦い顔をしてディーは呟いた。
目の前には、真っ黒な残骸と化した、「元」豪邸の姿。まだあちこちでくすぶっている。
彼は、今まで被害にあった人物を訪ね、盗まれた物について色々聞こうと思っていたのだった。
だが、そこは今朝方から連続して起こっている火事騒ぎの餌食になっている。ゴールドバーグの屋敷は免れたが、有産階級の家を狙って放火をしているらしく、訊きに行った家はこれで3軒目だが、軒並み被害にあっている。ただのぼや程度だったり、半焼くらいだったりしたが、やはり後始末に忙しく、話をしているどころではない。
中でもここが一番ひどいのではなかろうか。ほとんど全焼である。中にいた人々は何とか避難できたらしいが、これでは話を聞くのも、盗まれた品の記録を見るのも不可能だろう。
「この上は、自警団に行って記録を調べるしか…ああ、きっと自警団もこの騒ぎを静めるのに精一杯ですね…」
苦い表情のままで、ディーは何となくあたりを見渡した。焼け跡の始末と取り調べをしているらしい自警団の制服を着た人間が数名、あとはこの屋敷の持ち主であるらしい初老の男性と、執事らしき老人、召使いらしい女性が数名、取り調べを受けている。
「あの…何かご用ですか?」
と、不意に後ろから声をかけられて、ディーは振り返った。
そこには、年の頃20歳前後の美しい女性が立っていた。
黒髪に黒い瞳、落ち着いたエキゾチックな雰囲気の美しい女性で、取り調べを受けているメイドと同じ服を着ていることから、この屋敷の召使いであることが伺えた。
「あ…失礼いたしました。少しお訊きしたいことがあって、こちらに伺ったのですが…どうやらそれどころではないらしいので、引き返そうと思っていたところです、お気になさらないで下さい」
ディーが丁寧にそう言うと、女性は薄く微笑んだ。
顔の筋肉を動かしただけの笑顔。アルカイック・スマイルと呼ばれる笑みだ。昨日、あの屋敷で共に依頼を受けた、瑪瑙という名前の男の笑みによく似ている。
「あいにくとご主人様は、あの通り手がはなせませんが…わたくしでお答えできることでしたら、お答えいたします」
「本当ですか?ありがとうございます。僕の名前はディーといいます」
「ご丁寧に、ありがとうございます。わたくしはサツキと申します」
「サツキ…変わった響きの名前ですね」
「ナノクニの出身ですの」
「ああ、東方大陸の。それで…と。失礼しました。僕はゴールドバーグ氏に雇われて、怪盗ムーンシャインについていろいろと調べているのです」
「まぁ、そうなのですか。では、先だって被害に遭われた当家のご主人様に、お話を聞きにいらしたというわけですのね」
「そうです。わかることだけで結構ですので、お答えいただけますか?」
「承知いたしました。何でもお訊き下さいませ」
微笑みを崩さずにそう言うサツキに、ディーは改まった様子で質問を始めた。
「ありがとうございます。それでは…そうですね。こちらのお屋敷が被害に遭われたのはいつ頃ですか?」
「丁度、3ヶ月ほど前のことになります」
「その時も、やはり今回と同じように、予告状が届いたのですか?」
「ええ。今でこそムーンシャインは街で噂になるほどに名を轟かせていますが、この街で彼女の被害にあったのは、実は当家が初めてなのです」
「そうなんですか」
「ええ。ですから、最初に予告状が届いたときも、ご主人様は誰かのイタズラだと、全く耳を貸そうとしなかったのです。そこを、自警団の方が念のため、ということで護衛をかって出て下さったのですが…」
「健闘虚しく、盗み出されてしまった、と…」
「ええ。それが盗まれて、ご主人様はとても落ち込んでしまわれて…それからという物、事業の方もあまりうまく行っていないようなのです」
「予告状には、何と?」
「『あなたの一番大切な物を頂きに上がります』と…それだけ」
「そうですか…では、今回と同じという訳なのですね」
「ええ。聞くところによりますと、今まで被害に遭われた方は、皆同じ文面の予告状を送られているそうですわ」
「そうなのですか…では、ここが肝心なのですが、このお屋敷から、ムーンシャインが盗んでいった物とは、いったい何だったのですか?」
「像です」
表情を動かさずに、サツキは淡々と答えた。
「像?」
「水晶で出来た、女神の像です。球の形をした、濃い紫色の不思議な宝石を掲げています。水晶で出来た像よりも、その宝石の方が価値があるのだと思いますわ…あくまでわたくしの所見ですが」
「球形をした、紫色の宝石…?」
厳しい表情で、ディーはサツキの言葉を反芻した。
女神と妖精、水晶と翡翠という違いはあれど、紫色の球形の宝石という点では、ゴールドバーグが狙われていると言っている像と限りなく似通っている。
「失礼ですが、こちらのご主人は、それをどこで手に入れられたか、ご存知ですか?」
サツキは、僅かに眉を寄せて、困ったような表情を作った。
「さぁ…そこまではわたくしにもわかりかねます。ご主人様のお身体が空いたら、わたくしの方からお尋ねしてもいいのですが…」
「…そうですか…では、お願いできますか。僕はその間に、他のところを調べてみますので」
そうはいったものの、ゴールドバーグもそのルートについて口を濁しているのに、ここの主人がメイド風情に言うとは思えない。ディーは何となくそう感じていた。
「承知いたしました。では、わたくしはこちらの方におりますので、ご用の時はお気軽に足をお運び下さい」
そう言うと、サツキはメモ用の小さな紙に何かをさらさらと書いて、ディーに手渡した。住所のようである。
「こちらにお住まいなのですか?」
「ええ。滅多には戻らないのですけれど、こちらのお屋敷がこうなってしまいましたので、しばらくはここにいると思います」
「わかりました。では、何かありましたら、寄らせていただきます」
「お待ちいたしておりますわ」
サツキはそう言って、また薄く微笑んだ。

気になるアイツ

「あーあ…まぁたなんかややこしいことになってきたなー…」
溜息をつきながら、ルフィンは空を見上げた。
最初は、怪盗から宝を守る、ただそれだけのことと思っていた。そこに、依頼人から怪盗を守る奴が現れ、宝の出所を探る奴が現れ、もう何が何やらわからないことになっている。
しばらく前に起こった事件でもそうだった。最初は、村の外を徘徊する魔物を退治すればそれで済む話だと思っていた。(いや、もともとの最初はミケを隣町まで送れば済む話だったのだが)だが、魔物に見せかけた人間の犯行かもしれないと疑いだし、仲間さえも信用できない状況になり…最後は悲しい結末を迎えてしまった。
ルフィンはあまり複雑な状況を好まない。頭がついていかないのだ。今回も、情報を仕入れるといって街に出てきたが、単に屋敷に残って小難しい話を聞くのがいやだったのである。
「それにしても、ミケに、クルムに、瑪瑙に、クラウン…まぁよく、また顔見知りばっかりが来たもんだな。まぁ、いないやつもいるが…っと」
不意に、何かを思いだしたようにルフィンはポンと手を叩いた。
「そーいやー、一人…っていうかあれは一人二人って数えていいもんなのか?よくわかんねーけど、いたよな、妙なヤツ…なんつったっけ?……そう、ナンミンだよ、ナンミン。これだけ知り合いがいるんだから、あいつもいるだろ。っしゃ、探すぞ」
かくして、根拠のない自信と共にルフィンはナンミンを探し始め…
「ねぇ、ナンミン探すの?」
「うわぁっ!」
いきなり目の前に現れた人影に、思わず仰け反った。
黒装束にピエロの仮面。昨日いつの間にか消えてしまっていた人物。
「クラウン。なんだお前、どこにいたんだよ?」
「どこだっていいじゃん♪それよりルフィン、ナンミン探すの?」
「あ?あ、ああ…まぁな。あたしが情報集めようなんつっても、何をどうしていいかわかんねーだろ。どうせヒマだしな」
「じゃあ、僕も一緒に探すよ。いこ♪」
「お、おい…」
クラウンは、ルフィンの手を引いて歩き始めた。ルフィンは困惑した表情で、それでも一緒に歩き始める。
困惑しているのは他でもない。
真っ黒い道化装束に、ピエロの仮面、背中には大きな鎌。
これ以上ないほど目立ちまくっている。
今朝の火事騒ぎでみんな忙しく走り回っているが、その足を止めてでも見てしまうほどだ。
街の人々の視線が痛い。
「あれ、クルムじゃん。どうしたんだよ、こんなところで」
クラウンと一緒に歩いていたルフィンは、ふと人込みの中に知った顔を見つけて声をかけた。彼は振り返ると、にこっと爽やかな笑顔を返す。
「ルフィン。あんたもこっちの方に来てたのか」
「こんな所で会うとは、素敵な偶然ですね」
その後ろから、クルムに負けず劣らず爽やかな笑顔をみせたのは、名前だけはむやみに馴染みのある神官戦士。
「なんだ、エルもいっしょかよ。じゃあ、今朝言ってたムーンシャインの姿がどうとかって言うのは…」
「ええ、もう済みましたよ。それで、クルムさんと一緒にこちらの方まで来たんです」
「なんでこんな所を?」
「ほら、ここ…」
と、クルムは目で、正面の建物の看板を示した。
『真昼の月亭』
「…ここが、どうかしたのか?」
よく分からないといった表情で、クルムに問うルフィン。
「ほら、昨日、怪しい木彫り職人がいただろ?確かランスロットとか言う…」
「ああ。そういや、こんな名前の宿に泊まってるとか言ってたな」
「え?なになに?その怪しい人って?」
興味深そうに話題に加わってくるクラウン。
「ああそうか、クラウンはその時いなかったんだな。っていうか、宝物室以外で一緒になってないもんな」
苦笑しながら、ルフィンが質問に答える。それを受け継ぐ形で、クルムが言った。
「昨日、ゴールドバーグさんの屋敷に、木彫りの像を売ってるとかいう、変な男が来たんだよ。初めは普通に売り込んでたのに、俺達の姿を見て急にそわそわしだして…」
「それで、その方がこの『真昼の月亭』に宿を取っていらっしゃるというので、少し偵察がてら、お昼御飯でも食べようと思いまして」
あまりランスロット青年のことは気にしていない様子で、軽い調子でエルが続ける。
「おもしろそうだね♪僕も一緒に行くよ」
「おいおい、ナンミンはどうなったんだよ?」
また軽い調子で言うクラウンに、ルフィンが呆れたように苦笑した。
「ナンミンはいつでも探せるし♪怪しい人の方が先決だよね、さ、早くいこいこ!」
なかば三人を引っ張るように、真昼の月亭のドアを開けるクラウン。
「いらっしゃいませ~!」
看板娘のアカネ・サフランの、元気な声が店内に響く。
「お食事ですか?ご休憩ですか?それともご宿泊ですか~?」
にっこり笑顔で言うアカネ。一番最初のはともかく、後ろの二つはやばいぞ。
「あの、ここにランスロットって言う人が泊まってるって聞いたんだけど…」
クルムが訊ねると、アカネは笑顔のまま答えた。
「ああ、ランスロットさんでしたら、さっき2階のお部屋に上がっていったところですよ。お呼びしますか?」
「あ、いいよ、俺達が行くから」
アカネに礼を言って、クルム達は2階へと上がっていった。
階段を上り終えると、廊下の突き当たりの部屋に人影が見える。深い緑色の髪に、軽装な旅装束。確かにランスロットだ。
ランスロットは、こちらに気付いた様子もなく、自分の部屋へと入っていった。
足音を立てないように、その部屋へと近付く4人。不用心にも少し空いていたドアの隙間から、そっと中をうかがう。
そして、そこで4人が見たものとは……!!!

(続きはCMのあとで!)

CMってコマーシャルメッセージの略なんですね

「…さて…どうするか、ね…」
屋敷の中をゆっくりとした足どりで歩きながら、瑪瑙はひとりごちた。
自警団から共に依頼を受けてここに潜入したエルダリオは、クルムと一緒に街へと出ていってしまった。唯一の女性であるルフィンも同様である。ミケは宝物室で、ジェノと何か話をしているようだ。あとは新顔のヴォイスとかいう少年と、クライツとかいう家庭教師だが、別のところを見回っているようだ。まぁ、男にはあまり興味はない。
例の、狙われた像に関しては、ミケがいろいろと調べているようだ。魔法が使え、しかも先の事件であれだけの推理力を披露した彼の前で、自分の出番はないだろう。
とすると。
瑪瑙は辺りを見回して、近くを通りかかった召使いの少女の方へと歩いていった。
「…ちょっと、いい…?」
「は…はい?なんでしょうか?」
瑪瑙の呼びかけに振り向いて、少女はその美しい微笑みに思わず頬を染めた。声も少しうわずっている。
年の頃は19才くらいの、まだあどけなさの残る可愛らしい少女だ。淡い亜麻色の髪を背中まで伸ばし、ハシバミ色の瞳にはどこかおどおどした輝きが灯っている。
「…こんなところで、君のような美しい人に出会えるなんて、光栄、だね…」
「えっ…あ、あの…」
早速口説きにかかる。少し唐突すぎたか。少女はますます顔を赤らめて、二の句を告げずにいる。
「…君さえ良ければ…少し、話をしたいのだけれど…」
「あ、あの…私でよろしければ、なんでも…」
そんな問答をしながら、瑪瑙はさりげなく、少女を壁際へと追いつめ(?)ていく。
本当は密室が望ましいのだが、出来ないならそれに近い状況を作るのがいい。
「…ここは、もう長いの…?」
「い、いいえ…学校を出て、つい半年くらい前に入ったばかり、です…」
「学校…?そんなに若いようには…見えないけど…」
「あ、あの…執事の養成学校で…メイドになるための勉強を…」
「そう…花嫁修業、という訳なんだね…」
「は、はい…」
「じゃあ、ここを出たら、親の決めた人と結婚する、の…?」
「は、はい…たぶん…」
「…可哀想、だね…」
「…えっ…」
「一度も恋をせずに…好きでもない男の元へ行って、一生を終えてしまうなんて…つまらないと思ったことは、ない…?」
「……」
俯いてしまう少女。瑪瑙は彼女に顔を近づけて、低く囁いた。
「…本当の恋を、したいと思ったことは、ない…?」
少女は潤んだ瞳で、瑪瑙を見つめる。瑪瑙はそっと目を閉じると、彼女の唇に、軽く自分の唇を触れ合わせた。
「……あ、あの……」
「この続きは、また、今度、ね…」
うっすらと微笑んで、瑪瑙は言った。少女は夢見るような表情で、こくりと頷く。
「…一応…俺も、雇われの身だし、ね…仕事は、しないと…君のご主人様に、怒られてしまうから、ね…」
「え、ええ…ご主人様は、お仕事に関しては、厳しい方でいらっしゃいますから…」
「そう、なんだ…じゃあ、自分の会社の経営の方も、同じ様子なのだろう、ね…?」
「さぁ…そこまではわかりかねますが…ほとんどお休みになるヒマもなく働いていらっしゃるようです」
「最近…何か、変わった様子は、無い…?」
「最近…ですか…?さぁ…よく、わかりませんが…あ、そういえば…」
「…ん?」
「2年ほど前から、1ヶ月に一度くらい、家の者にも、会社の方にも行き先を告げずに、どこかへ行かれるようになりました…多分、それからだと思うんです…ご主人様の経営なさっている会社が、急に大きくなっていって…」
「…ふぅん…」
瑪瑙は視線だけ横にやって、何かを考えている様子だったが、やがて再び少女を見つめた。
「…ありがとう…また、機会があったら、こうして会いたいのだけれど…再会の約束に、君の名前を教えてもらえると、嬉しい」
「あ、あの…わたし…ユリと言います…あ…あなたの、お名前は…」
「…俺のことは、瑪瑙と呼んでくれれば」
「瑪瑙、さん…私と同じ、ナノクニの出身でいらっしゃるんですか…?」
「…いいや…そうでもないのだけれど、ね…それじゃ、ユリ…?また…」
ユリの頬に軽くキスをして、瑪瑙はその場を離れ…
「…おや」
角を曲がったところで、二つの人影を見つけ、足を止める。
人影の一人は、こちらを向いてにこりと微笑み、もう一人は顔を赤くしてぱたぱたと向こうの方へかけていった。
「…これは…瑪瑙さん、でしたでしょうか?」
「そういう貴方は…クライツ、でよかった、かな…?」
向こうへ駆けていったのは、やはりこの屋敷のメイドの制服を着た、若い少女。
神学者という肩書きで、人畜無害な笑顔を浮かべているクライツだが、自分と同じ事をしていたのは知れた。
…もっとも、瑪瑙の後ろを、やはり顔を赤くして通り過ぎていったユリを見て、向こうも同じ事を思ったようだったが。
「…どうやら、考えることは同じのようですね」
ニコニコと微笑んだまま、クライツは言った。瑪瑙もうっすらと微笑みをたたえて言う。
「…そのよう、だね…」
「貴方とは、気が合いそうだ」
「…男と気が合っても、嬉しくないのだけれど、ね…」

気になるアイツの正体は

部屋の中で、ランスロットは荷物を下ろし、服を脱ぎ始めた。
「…着替えか…?」
「おいルフィン、あんた平気なのか?」
「何がだよ?」
「その…男の着替えだぞ?」
「何赤くなってんだよクルム、別に素っ裸になるわけじゃあるまいし…」
ひそひそ声で話しつつ、それでも部屋を覗く4人。
そんなルフィンのセリフとは裏腹に、どんどん服を脱いでいくランスロット。どころか。
「………」
4人は思わず絶句した。
ランスロットは、いきなり髪の毛をずるりと外したのだ。
「………ヅラ?」
ぽつりと呟くルフィン。
さらに、目の中に指を入れ、何か薄いものを一枚はがす。
「………カラコン?」
また呟くルフィン。
ここからでは良く見えないが、昨日見たような茶色い瞳でないことは確かだ。
そして、下着までも全て脱いで、一糸纏わぬ姿になると、ランスロットはいきなり中腰になって、うーんと気合いを入れ始めた。
「………むんっ!」
ポンッ!
気合い一発、奇妙な音が部屋に響き渡る。
そして、少しか細い男性の形をしていたランスロットの身体が、一瞬にして変形した。というか、膨らんだ、と言った方が正しいか。
頭と身体の境目がない、大きな肌色の卵のような形。その側面と、底の方から頼りなげに延びている細い手足。そして瞳が存在しない目。端整な顔立ち。あくまでも、内容だけが端正なのだが。
ルフィンとクルム、そしてクラウンはよく知っている、というか一度見たら忘れられない姿をした『彼』は、一仕事を終えたような晴れやかな表情で、額(?)を拭った。
「ふう…」
「ふうじゃなぁぁぁいっ!!」
大声で叫びつつ、ばたーんと勢い良く扉を開けるルフィン。
「るるる、ルフィンさん?!それに皆さんも?!」
彼(?)は、飛び上がって驚いた。
「こんなところで何してんだよナンミン!ていうかお前ナンミンだよな?!なんなんださっきのは?!お前人間に化けられるのか?!」
「あああああ、そんなにいっぺんに訊かないで下さいぃぃ」
だーっと涙を流しながら、彼…ナンミンは胸(?)の前で手を組んだ。

「いえ、このままの姿ではとりあえず人間の社会では目立ってしまってしょうがないので、変装しようと思いまして…」
もとの姿のまま、ナンミンはちょこんと椅子に腰掛けて、そう語った。
まだエルは、見慣れない姿に多少戸惑いを隠せない表情だが、とりあえずはおとなしくナンミンの話を聞いている。
「それで、その姿になってあちこちで村の工芸品を売り歩いてる訳か。大変だな」
「…けど、なんで俺達を見て慌てたんだよ?名乗ってくれたって良かったのに」
水臭い、と言わんばかりの表情で訊ねるクルムに、ナンミンは苦笑して言った。
「申し訳ありません。なにぶん、人間の姿をしていましたし、あそこにはクルムさん達の他にもたくさんの方がいらっしゃいましたので、騒ぎになるかと思いまして…」
「だけど、すごいよね!どうやったらあんなに、人間そっくりになるの?」
楽しそうな口調で、クラウンが言う。
「それはですね。少し時間がかかるのですが…とりあえず顎をこう…」
言いながら、ナンミンは口のやや下を、手でキュッと押した。
押されたところが、戻らずにそのままの形をキープする。
「…しましてですね、それからお腹のあたりをこう…」
続いて、見事に膨らんだお腹のあたりを、やはり手できゅううっと押す。へこんだお腹は、やはりそのままの形をキープした。
そして、腰から足にかけてを、手できゅっきゅっと押しながら形を整えると、程なく人間とほぼ変わらない体格が出来上がる。
「あとは、このカツラをかぶって、この色の付いたガラスを目に入れれば…」
と、先程の深緑色のカツラと茶色のカラコンを身につける。
「できあがり、というわけです」
そう言って、ランスロット青年はにっこり笑った。
4人とも、言葉もなくその姿を見ていたが、やがてルフィンがぽつりと呟く。
「…なぁ…あれって、バーバパ…」
「それ以上言うと不幸になりますよ」
青ざめた顔で、エルがその言葉を遮った。

そして、再び勢揃い

「ランスロット=D=ナンミンと申します。以後お見知り置きを」
そういって、恭しくお辞儀をするナンミンを、初めて見る面々は言葉もなく見下ろした。
「卵スロット…か…」
ルフィンが何となく納得したような、だがどこかげっそりしたような表情で、ぽつりと呟く。
ちなみに、ナンミンはまた「ランスロット」の変装をしてクルム達と共にゴールドバーグの屋敷に潜入したあと、冒険者たちの前でまた変装を解いてみせ、度肝を抜いている。
「あまり戦いという面で皆様のお役には立てないでしょうけれども、精一杯がんばりますので、どうかよろしくお願い…ああっ、何をするんです!」
セリフの途中で、後頭部に妙な感触を受け、ナンミンは慌てて後ろを振り返った。
だが、ナンミンの後頭部にマジックで落書きをしていたクラウンは素早く振り返った先に移動して、落書きの続きを始める。
「ほーら、これで前にも後ろにも顔が~♪」
書いていたのは、ナンミンの顔だった。
「…なぁ…」
その様子を見ながら、ヴォイスがげっそりとした様子で、ジェノに言う。
「こんなんで…大丈夫なのか…?この先…」
あまりに的を得たコメントに、ジェノは苦笑した。
「…まぁ…なんとかなるんじゃねーのか?」

雇われ冒険者、5名。
雇われスパイ、2名。
ボディーガード、1名。
家庭教師、1名。
泥棒、1名。
正体不明、1名。
…総勢11名。

予告の日まで、あと4日。

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