月の明かりに照らされて

ゲームをしましょう。
とっても楽しいゲーム。
賭けるのは何にしましょうか?
おカネ?それともカラダ?
…いいえ、もっとステキなもの。
負けたら後がない…命をかけたゲーム。
いいでしょう?
どうせこの世界なんて、
崩れてしまえば終わりの砂の楼閣。
覚めてしまえば終わりの泡沫の夢。
人生そのものが、命をかけたゲームみたいなものじゃない?
だったら、とびきりスリリングなゲームをしないとね?
チャンスは一度きりしかないんだから。
ゲームをしましょう。
とっても楽しいゲーム。
アタシが、とびっきりの舞台を用意してあげる…

月の明かりと怪盗と

「俺は行くぜ」
すっかり静まり返った宝物庫で、最初に声を出したのは、ヴォイスだった。
一同はぎょっとしてそちらを振り返る。リーフはにやりと口だけで笑った。
「正直、こうして聞かされても俺には何が何だかわからねえ。だがゴールドバーグは俺たちに隠し事が多すぎた。…あんたもだけどな。だけど生憎、俺には一人で調べる力も頭もねえ。同じ踊らされるなら、俺はあんたに賭ける」
きっぱりとそう言うヴォイスに、リーフはにっこりと微笑みかけた。
月明かりに妖艶に彩られたその表情に、少しどきりとする。
「…俺も、だな」
一同の後ろのほうでぼそりと言ったのは、ジェノ。
「俺はずっと屋敷にいたからな、お前に会った奴等が、お前にどんな風に騙されたのかは知らねえ。ま、その分お前に対する抵抗もねえし、何より、俺もちょいとゴールドバーグさんに信用が置けなくなったんでね…麻薬でとっ捕まって、その巻き添えになるのはごめんだしな。そのムーンシャインを流した黒幕とやらにも興味がある。ついていかせてもらうよ」
「あ、じゃああたしも」
手前でルフィンもひょいと手を上げた。
「あたしには難しいことはよくわからないしな。でも、リーフは友達だし。オヤジかリーフかつったら、あたしはリーフを取るよ」
苦笑して頭を掻く。その言葉に、場の雰囲気は少し和らいだようだった。
「じゃあ、俺も」
続いて、クルム。
「オレはもとからゴールドバーグさんの依頼を完全に遂行する気はなかったからね。うーん…オレもリーフさんとは初対面だし…確かに信用できないのはわかる気もするけど…でも、オレはカティを助けてくれたムーンシャインを信じるよ」
無垢な笑顔。
リーフは微笑した。
「カティの友達?」
「友達って言うか…オレはカティに依頼を受けて、ムーンシャインの命を守るためにここに来たんだ」
「そう…あの時は正直焦ったわ…でも助けないわけにも行かなかったし。作り声でどうにか誤魔化したけど」
「カティの依頼は一応は果たせたし…ゴールドバーグさんには義理も忠誠心もないから。オレはリーフさんについていくよ」
「リーフでいいわ」
「わかった、リーフ」
リーフはくすっと笑って、残りの一堂を見渡した。
「何かみんなついてきちゃうわねぇ…他のコはどうするの?」
「…この状況では…貴女についていくしかなさそうですね、残念ですが」
ディーが苦笑して言った。
「…貴女を信用したかどうかは、別問題ですが」
「いいじゃない…?ふふ。ディーはそう言ってるけど…アナタはどうするの、ミケ?」
リーフは顔をミケのほうに向ける。
ミケはしばらくの間、黙っていた。
「僕は、真実が知りたい」
僅かに俯いたミケの口から、そんな言葉が零れた。
「ずっと、知りたかったんです。どうしてあなたが盗みをするのか…。解けない謎はまだ、いくらでもある」
その表情は、緩く結ばれた髪で隠れ、伺うことは出来ない。
ゆっくりと、リーフの方へ歩み寄る。
そして。
「お願いがあります」
上げた顔には、その真っ青な瞳には…迷いはない。
静かに笑みを浮かべて、すっと月光の怪盗に向けて手を伸ばす。
「その宝石、僕に下さい」
リーフは少しだけ驚いたように目を見開いた。
「あなたの言うことが真実なのだとしたら…ゴールドバーグ氏が麻薬を流しているのだとしたら。…僕は、彼に従うことは出来ない。まぁ、あなただけの言葉を信じるのだとしたら、ですけどね」
僅かな苦笑。
「では、あなたに付いていくか?…そう、それは考えました。あなたに付いていけば、きっとそれなりの真実を与えてもらえる。でも」
ミケは笑いながら続ける。
「あなたは、正確に物事を聞かない限りきちんと答えてくれないんですよね。自分の中で間違った認識のまま、あなたの手の上で踊るのは、嫌です。…そうでなくても…『面白いから』盗むというその考え、賛成できませんから」
ふっと真顔に戻って、ミケはリーフに言った。
「…僕はあなたを追いかけるつもりです。絶対に、あなたを追いかけて、捕まえてみせる。僕なりに真実を見つけて。…不都合だというなら、それ、いただけなくても構いません。もし、いただけるのなら。僕がこれ以上調べても無駄だと思ったときに、見込みがないと思ったときに引き取りに来てください。そのときは喜んでお渡ししますから。…駄目ですか?」
…彼の目は本気だった。これ以上ないほどに。
先程ルフィンの言葉で和んだ場の空気が、一気に冷える。
再び、しばらくの沈黙。
「ふっ…ふふ。くっ…はは、きゃははは!」
最初は低く。やがて高々と。リーフはおもしろそうに、笑い声を響かせた。
「面白い…面白いわ!だからやめられない、生きることって!」
そして、手に持っていた像の、紫色に妖しく光る宝石をひょいっとはずし、ミケに放った。
「持っていきなさい」
びっくりしたように目を見開くミケ。
「そして見つけなさい。アナタの真実を。どうせ同じモノに辿り着くことは、アタシにはわかりきっているから。この像があれば、あの森に隠された秘密を知ることができるわ。アナタが持っているなら、ゴールドバーグがこれ以上ムーンシャインをばらまく危険もない。アタシは、他の三人から奪った像があるしね。何も不都合はないわ。持っていきなさい」
自分より頭ひとつは高い彼を、下から舐めあげるように見つめる。
「でもね…所詮、アナタたちの掲げる正義も、アナタたちが糾弾する悪も、同じモノだと思わない?誰が面白いか、誰が面白くないか…それだけのものよ。立場を変えたら、正義は簡単に悪に変わる…だったら、アタシはアタシが面白くないと思うものを、面白いと思う方法で…潰すだけ」
喉の奥で、くっと笑みをもらして。
「多分、アナタが言ってることと、アタシが言ってることは、同じコトよ。感じ方が…表現方法が違うだけ。ヒトを食べることでしか、愛を表現できない…あのコと同じようにね」
あのコとは…言うまでもないだろう。
リーフは続けた。
「だから…アナタはアナタが面白いと思う方法で、アナタが面白いと思うコトをしなさい」
そして、もう一度面白そうにくすくすと笑うと、長い金髪をふわっとかきあげた。
「ただ…誰も誰かに影響を与えて、与えられて生きているのよ。それを、手のひらで踊らされるってアナタが思うなら…それはそうなんでしょうね。だけど、誰もを信じて生きていくことが出来ないように、誰も信じずに生きていくことは出来ないのよ…意識はしなくても。確実にね」
月の光を跳ね返して金色に輝く瞳は、笑ってはいなかった。
「覚えておきなさい。誰も信じずに生きていくことは出来ないのよ」
ミケはきっと、リーフに厳しい視線を送った。
悠然と笑みを返すリーフ。
しばらく、また沈黙が降りる。
「…及ばずながら」
声は、まったく別の方向からかかった。
「私も、ミケさんと共に行かせて頂きましょうか。…というより、私はまだ、貴女を現行犯で捕まえることを諦めてはいませんから」
リーフを追いかけてきた組の中にいた、エル。
「…右に同じく」
そして、瑪瑙。
にわかに、冒険者たちの間に緊張が走った。

「貴女のおっしゃったことが本当ならば、ゴールドバーグ氏は被害届を出さない…現行犯で貴女を捕まえなければ、後日像を持った貴女を捕まえたとしても、検挙は出来ません。それでは…意味がないんです」
エルは言って、低く腰を落とし剣を構えた。
瑪瑙も無言でそれに倣う。
「ちょ、ちょっと待て!」
止めたのはジェノだった。
自然に、リーフを挟んでリーフについていく者とそうでない者が対峙する形になる。
ちなみに、ナンミ…ナミィはまだ気絶している。
「今の話を聞いただろう?おそらくリーフは自警団なんかより、麻薬に関する情報をつかんでる…黒幕に近づいてる。リーフがそいつを捕まえるまで…待っててくれないか?」
「ですから、それでは意味がないと…!」
「どうしてもって言うんなら…ちょっと眠ってもらうことになるけどな」
厳しい表情で、ルフィンが構える。
「く…!」
エルは苦々しげに表情を歪めた。
仲間であった者たちと争うのは、できれば避けたいところだ。
と、緊張した空気に水をさすように、リーフが面白そうに言った。
「ふぅん…フレッド・ライキンスの差し金ね?」
エルはどきりとして彼女のほうを見た。
「…よく、知ってるね…」
静かな瑪瑙の詰問に、リーフはくすっと笑ってそちらを見た。
「自分の街の自警団長を知らないわけないでしょ?一回投げ飛ばしたしねぇ…」
くっくっと面白そうに肩を揺らして、リーフは続けた。
「残念ね…エル?アタシを現行犯では捕まえられないわよ?」
「…何故です?」
リーフはにっこりと微笑んで、ミケを指差した。
「だって…この場合、現行犯はミケじゃない」
…沈黙。
ミケは呆然と目を瞬かせた。
「…え?」
「だぁってぇ、像の宝石持ってるのミケでしょ?ミケが現行犯じゃない♪あー、いけないんだー」
面白そうに、茶化すように、リーフはけらけらと笑う。
「ああああ、そうですよ。どうしましょう瑪瑙さん」
「どうしましょうって…言われても、ね…」
珍しく、瑪瑙の微笑がわずかに苦笑の色を見せた。
リーフはにやりと笑って、
「どうすることも出来ないってやつね…ミケと一緒に、アタシを追いかけてみなさい。アタシに追いついて、追い抜くことが、もし出来るとするならね…」
あからさまな挑戦の言葉。
エルと瑪瑙はミケと同じように厳しい視線をリーフに向けた。
「なあ…それはそうと」
ヴォイスが唐突に言葉を挟んだ。
「ゴールドバーグのおっさん…どうしてるんだ?全然姿を見せないが…」
「ああ…自室にいると思うが」
その問いにはジェノが答える。
「俺は氏の護衛をすると言ったんだがな、氏がどうしても像の護衛をしろときかんので、なら絶対、何があっても部屋から出るな、カギをかけて閉じこもっていろと釘をさしたんだ。メイドも特に用がない限りは本館の方に入るな、できれば屋敷からも外に出てもらえるとありがたいと言っておいた…まあ、氏や奥方、ご子息たちの食事や世話もしなきゃならんから完全にとは言えんだろうが、俺たちの騒ぎを聞きつけて氏に知らせるメイドはいないだろうな。だがさっき、ここが壊れる派手な音がしたし、それから何の音沙汰もない。そろそろ痺れを切らして…」
その言葉を待っていたように。
どんどん!どんどんどん!
リーフの背後の、魔法のカギがかけられた扉が乱暴にノックされ、外からゴールドバーグの声が聞こえてきた。
「おい!何があったんだね?!おい!」
「…どうやら早いとこ逃げた方がよさそうね。ついてくるヒトはついてきなさい。行くわよ!」
リーフは言うが早いか、自分が空けた天井の穴から外へ飛び出た。
その後に、慌ててルフィン、クルム、ヴォイス、ジェノが続く。
ディーはいつもより少しだけ慌てたような表情でミケを振り返り、何か言いたそうにしていたが、すぐに踵を返して仲間たちを追った。
ほどなく、カギの外れた音がして、ドアが開いた。
「おい、何事…!」
入ってきたゴールドバーグは、中心にうずたかく積みあがった瓦礫(屋根の残骸)と、中にいた冒険者の少なさに言葉を失った。
「…ゴールドバーグさん」
ミケが静かに、しかし怒気を孕んだ声で、ゴールドバーグに話しかける。
「貴方が、ムーンシャイン…麻薬を流しているというのは、本当のことですか?」
ゴールドバーグの表情が、一瞬で引き締まった。
一呼吸おいて、慇懃に答える。
「…私が『いいえ』と言ったら、あなた方は信じるのですかな?」
その言葉に、エルは怒りの表情で拳を振り上げた。
それを、瑪瑙が横から遮る。
「…やめておいた方が、いい…こんな人間を殴ったところで、拳を痛めるだけ…」
「まったくです」
横から、ミケも同意する。
「まあ、はいと答えてくださるとは思っていませんでしたけどね…」
ふう、と沈痛な面持ちで溜息をついて、ミケはゴールドバーグに向き直った。
「像は、ムーンシャインに盗まれてしまいました。僕たちは依頼を遂行することが出来ませんでしたので、依頼料はいりません。申し訳ありませんでした。それでは失礼します」
「お…おい!!」
簡潔にそれだけを述べてすたすたと出口に向かって歩くミケに、ゴールドバーグは慌てて制止の声をかけた。
ミケが顔だけ振り向いて、表情のない顔で、
「何か?」
とだけ言うと、ゴールドバーグはぐっと押し黙った。
ミケは再び無言で出口まで歩いていった。その後ろにエルと瑪瑙もついていく。
ゴールドバーグは気の抜けた顔でそれを見送り…やがて、ぺたんと尻餅をついた。
「一体…何がどうなっているんだ…?」

「はあ…」
屋敷を出てしばらく歩いた後、ミケはいきなり立ち止まって溜息をついた。
「どうしたんです?」
エルが顔を覗き込むと、ミケは苦笑した。
「いや、啖呵を切ったはいいんですが、氏に追及されないかと実はヒヤヒヤしていたので」
はは、とエルも笑った。
「そういえば、クラウンさん…でしたか?あの方はどうされたのでしょう?」
「あ…そういえばいつの間にかいませんでしたね。まあ…いつものことですし」
言って苦笑した時。
「ミケ様」
横から女性の声がして、ミケはそちらを振り返った。
「サツキさん」
いつものアルカイックスマイルを浮かべた女性。先程まで宝物庫に共にいたはずなのだが…
「そういえば、あなたの事もすっかり失念していました。あれからどうされたのですか?いつの間にかいなくなっていたように思うのですが…」
「ゴールドバーグ様がいらしたので、わたくしがいては都合が悪かろうと思いまして…1階の出口から本館の方に入り、裏口から外へ出ましたの」
「そうだったのですか…色々と、ご面倒をおかけしました。サツキさんにご助力を頂いたのに、結局像はムーンシャインに奪われてしまいましたし…」
「不思議な雰囲気の方でしたね。義に反することをなさっているのに、あれだけの方がついていかれる…というのは、やはりそれだけの魅力が彼女にあったという事なのでしょうか」
「そうかもしれませんね…ひょっとしたら僕は、とんでもない方にケンカを売ってしまったのかもしれません」
サツキは何も言わずににこりと微笑んで、お辞儀をした。
「わたくしの役目はこれで終わりですね。夜が明けないうちに、失礼いたしますわ」
「さ、サツキさん」
歩き出そうとするサツキを、慌ててエルが止める。
「貴女は…これからどうなさるんですか?」
サツキは上半身だけ振り返って、またにこりと微笑んだ。
「別に、何も。今までの生活に戻るだけですわ」
「え…」
「わたくしは、ミケ様たちに言われて少しだけわたくしが出来る事をしたまでです。一介の市民であるわたくしが、冒険者様方と行動を共にすることなど、無理というものですわ」
「あ…そ…そう、でしたね」
異様に落ち着き払った立ち居振舞いと、人の気配を感知するという能力ですっかり忘れていたのだが、サツキは冒険者でも何でもない、ただのメイドなのである。
「それに、ユリの友人であるわたくしが、雇い主であるゴールドバーグ様と立場的に対立する方々と行動を共にして、どこから彼女の立場に影響しないとも限りません。ですから、ミケ様たちにも、ムーンシャインにもついて行く訳にはいかないのです。申し訳ございません」
言って頭を下げるサツキに、ミケは苦笑した。
「貴女が謝る必要はありませんよ、サツキさん。危ない橋を渡らせてしまったようで申し訳ありませんでした。ありがとうございました」
サツキはまたにこりと微笑むと、もう一度丁寧にお辞儀をした。
「とんでもございません。またわたくしの力が必要になりましたら、いつでもおいでくださいませ。わたくしにできる範囲で、協力させていただきますわ」
ミケはもう一度丁寧にサツキに礼を言って、彼女を見送った。
「さて…それでは、これからどうしましょうね?」
そして、エルと瑪瑙を振り返りミケは言った。エルは顎に手を当てて空を見上げる。
「とりあえず、自警団…でしょうか。ことの次第を報告しなければなりませんし」
「そういえば…まさかあなた方が、自警団のスパイだったなんて。全然気がつきませんでしたよ」
「まあ…不用意にばらす訳にも行きませんでしたしね」
「でも良かったんですか?あのままリーフさんについていって、麻薬を流している黒幕を追ったほうが良かったんじゃ…」
「…俺たちへの依頼は、怪盗ムーンシャインを捕まえる、こと…それ以上の命令は、受けてない…」
その問いには、瑪瑙が答える。
「…そうですね。結局依頼は果たせなかったわけですし、雇い主であるフレッド・ライキンス氏に以後の指示を仰ぐしかなさそうです。まあ…彼女と別口で麻薬を追う、ということにはなりそうですがね…」
エルがそれに続いた。
それでは、と、ミケは再び歩き出した。自警団の方角に向かって。
(…彼女についていかない理由は…それだけじゃない、けどね…)
言葉には出さずに、瑪瑙は続ける。
あれから、左腕の「彼女」は何も言ってこない。
だが、あの時…リーフとか言う女が、一瞬だけ気配を垣間見せた時。
「彼女」から感じた感情は…明らかに、恐怖、だった。
(フィが恐怖する相手なんて…自分より力の強い同族か…それとも…)
そして、思い当たった考えに、苦笑して頭を振る。
(…それとも、天の…?…まさか、ね…)

嘘と欺瞞と裏切りと

みぃ。
主人の帰還に、カッツェが嬉しそうに一声鳴いた。
「ただいま、カッツェ。いい子でお留守番してたわね」
リーフはカッツェを抱き上げて軽くキスをする。
「なあおい、こんなところに来て大丈夫なのか?エル達もここ知ってるんだろ?」
眉をひそめてルフィンが言うと、リーフは彼らを振り返ってくすりと笑った。
「大丈夫よ…こんな所に捕まえに来られる位だったら、さっき捕まえていたはずだもの。そうでしょ?」
「まあ…そうだけどさ。あたしにゃよくわかんねえや」
「心配だったら…」
言って、足元の床をいきなり持ち上げる。と、その一部がドアのようにあっさりと開いて、その奥から下に向かう階段が姿を現した。
「うわっ。隠し部屋か?」
ジェノが驚いた様子で中を覗き込む。
「まあね。オトメのたしなみってやつ?」
「どこがだよ」
一応つっこむヴォイス。
「冗談よ。あまり外気に晒したくない薬草の保管庫になってるの。今日はもう遅いでしょう。疲れたでしょうし、心配ならここで休みなさい。明日のお昼頃…問題の場所に連れて行ってあげるから」
冒険者たちは複雑な表情で顔を見合わせた。
「心配は無用よ。アタシも疲れたし、明日の昼まで動くつもりはないわ。だからゆっくり疲れをとりなさい。戦いはこれからなんだから…」
「…わかった。朝になったら起こしてくれ」
「OK、ジェノ…だったっけ?」
「ああ。お前は、リーフ、でよかったんだよな?」
リーフはおかしそうに笑って、ひらひらと手を振った。
「ゆっくりお休みなさい、ジェノ」
「…じゃあ、俺も少し休ませてもらう」
降りていったジェノに続いて、ヴォイスも階段に足を踏み入れる。
「はいはい。おやすみなさいヴォイス。寝ると見せかけて夜這いにきちゃイヤよ?」
「誰がするかっ!」
真っ赤になって叫び、さっさと階段を下りていく。
リーフはくすくす笑いながら、後に続こうとしたルフィンの襟首をつかんだ。
「アナタは女のコでしょ、アタシの部屋で寝なさい」
「えー、なんでだよ。あたしは気にしないぜ?」
「アナタが気にしなくても、周りは気にするの。特に思春期真っ盛りの可愛い男のコは休むに休めないでしょう。アタシの部屋はあっちよ。さぁさぁ」
「ちぇっ。あたしのことなんか女扱いしなくていいのによー…」
ぶつぶつ言いながら、ルフィンは店の奥へと姿を消した。
リーフは残る二人に視線を向けた。
「アナタたちは寝ないの?」
クルムはにこりと笑って、リーフの横に来た。
「何だか目が冴えちゃってね。オレはあんたと追っかけっこしたわけじゃないし、大して疲れてないんだよ。少し話し相手になってくれるかな?あ、もちろん、リーフが眠ければオレも寝るけど」
「あらあら、嬉しいわね。喜んでお付き合いするわ」
リーフはそばにあった椅子に腰掛けた。向かいの椅子に、クルムも座る。
「アナタはどうするの?ディー」
残りの一人に視線を向けてリーフは再び問うた。
「そうですね…明日まで動かないのでしたら、僕は少し、外をぶらつかせてもらいますよ」
言って外に出ようとしたディーに、リーフは鋭く声をかけた。
「ミケのところに行くの?」
隣のクルムがぎょっとしてリーフを見る。
ディーは一瞬体を硬直させ、そしてゆっくりと振り向いた。
「…さあ、どうでしょうか。そうかもしれませんし、違うかもしれません。どちらにしても、貴女に言う義務はないと思いますが?」
いつものように綺麗に微笑して言う。リーフはおかしそうに肩を揺らした。
「そうね…確かにそうだわ。でもアナタがミケのところに行くなら、言っておこうと思って」
「一応聞いておきましょうか?」
リーフはにやりと笑って、上目遣いにディーを見た。
「ミケがどうしてアタシについてこなかったか…よく考えてみるのね。アタシが犯罪者だから?そうじゃないはずよね?アナタが何をしようと、アナタの自由…たとえそれがアタシの情報をミケに漏らすことでもね。アタシは止めはしないわ」
クルムは心配そうにディーとリーフを見比べる。ディーの表情は動かない。
「だけどね…ミケは『アタシの与える情報で先入観を持ちたくない』から、アタシについてこなかったのよ?アナタのすることが、本当にミケのためになるのか…よく考えることね」
しばらくの沈黙。
やがてディーは、変わらぬ表情で優雅に礼をした。
「ご忠告、ありがとうございます。それでは。明日の昼までには戻りますから」
そして、静かにドアを開けて出て行く。
ドアが閉まってしばらくして、リーフは面白そうに呟いた。
「一筋縄じゃ行かないってねぇ…ふふ。面白いじゃない」
「ディー…本当にミケに情報を…?」
隣で心配そうに呟くクルムに、リーフは視線を向けた。
「さぁ…どうかしらね?あの2人、友達なんでしょ?この仕事で初めて会ったって風でもなかったし」
「わかるのか?一回2人でここに来ただけなんだろ?」
「アタシねぇ、なんかそういうのって、わかっちゃうのよねぇ…そんな気がしただけ。カレにしてみれば、ミケが自分と同じ道を選ばなかったのが少なからずショックだったんじゃないかしら?でもあの場ですぐに意見を翻すわけにもいかないでしょう。そしたら、そういう行動に出るんじゃないかなって…ね。何となく思っただけよ」
「そうか…ディーとミケは、オレがミケと会うより前からの付き合いみたいだしな。オレだってミケがああいう行動に出て、少しショックだったもん…ディーはきっと、オレよりずっとショックだよ」
「でも、ああして自分の信じる道を貫けるヒトって、強いわ…そう思わない?」
「そうだね。でもオレはオレで、リーフを信じるっていう道を貫いてるんだ。ミケのことは応援するけど、自分のしたことを後悔はしてないよ」
「そう…アナタも、強いのね」
素直に微笑むクルムに、リーフもにっこりと笑みを返した。
「さて…アタシとお話ね。何を話しましょうか?」
「うーん、事件のことはまたみんなが集まったら、だろ?リーフ自身の事を、色々聞いてみたいな」
「OK。まずスリーサイズは、上から…」
「そ、そ、そ、そういうことじゃなくて」
いきなりスリーサイズを暴露し始めるリーフに、クルムは顔を真っ赤にして首を振った。
「え、ええと、何ていうのかな、その…考え方とか。何を楽しいと思って、何を許せないと思うのか…とか」
「そうねぇ…難しい質問ね」
リーフは面白そうな表情のまま天井を見上げ、そしてまたクルムに視線を戻した。
「全て、かな」
「全て?」
意味がわからず首をひねるクルムに、リーフはくすりと笑って続けた。
「全てが楽しくて、全てが許せない…かな」
「…うーん、もうちょっとわかるように説明してくれるかな」
クルムは苦笑した。リーフは頷いて、続けた。
「アタシは、どんなことでも、楽しくないことなんてないと思ってる…それを楽しく『する』のも『しない』のも、全てその人次第なのよ…わかるかしら?」
「うーん…なんとなく」
「同じ事でも、楽しいと感じる人と、楽しくないと感じる人がいる。その違いって何かしら?…結局、感じ方、考え方の違いでしょ。考え方を変えることで、楽しくないことが楽しくなるんなら、もっと楽しくなれたほうがいいに決まってるじゃない…そうでしょ?」
「うーん…理屈で言うと、そうだね。でもそんな風に、簡単には考えを変えられないかな」
「そう。同じように、許せないっていうことも、考え方の違い…ヒトってそんなに器用じゃないわ。許せないことを認めるのは、自分を否定してしまうのに等しいことだと思ってる…だから憎むの。だから争うの。違うかしら?」
「…うん。わかるよ」
「アタシ的に言えば、正直、アタシ以外のものは全部許せないわね。でも、アタシは許せないのと認めないのは違う。アタシがキライと思うヒトも、それはそのヒトでいていいって言うか…嫌いなヒトにだって人権はあるからね。その代わりアタシも、アタシであることを抑えたりやめたりしないわ。アタシと対立するなら、全力で立ち向かう。それは決して、憎くて争うんじゃないのよ。相手を認めているからこそ、全力で戦うの。アタシの言うこと、わかるかしら?」
「うん…なんとなく」
わかっているようないないような表情で、クルム。
「じゃあ…今まで誰も許さないで、自分は自分…で、生きてきたってこと?」
リーフは一瞬考えて、そしてゆっくりと首を振った。
「…いいえ。一人だけ…アタシが心から好きになったヒトがいるわ」
「へえ…誰?って、訊いていいことなのかな…?」
リーフはにこりと笑って、答えた。
「にいさまよ。アタシの、一番上のにいさま」
「お兄さん…?」
クルムはきょとんとした。
「にいさまは強かったわ…アタシが知るほかの誰よりもね」
「そうなんだ…オレは兄弟子はいたけど、血が繋がった兄弟はいないから、少し羨ましいな。何をしてる人?」
「もういないわ」
「え?」
リーフは少し顎を引いて上目遣いでクルムを見、妖しく微笑んだ。
「死んだの。もうずいぶん前にね」

夜が明けてしまうその前に

「先生、もし森の中で道に迷って、目の前で二手に分かれていたとして。片方に先の全く見えない危険そうな森、もう片方が絶対に入りたくないような森だとしたら…どっちに行きますか?」
「魔法で森ごと焼き払うわ」
「そうじゃなくてですね…」
「ふふ…魔術師が、そんなに簡単に感情を表に出すものではないわ」
「先生、真面目に答えてください!」
「そうね…どっちも同じくらいリスクがあって、必ず進まなければならないなら、スタッフでも倒して決めなさい。…自分で決められないならね」
「もしそれで、スタッフがどっちでもない茨の茂みを指したらどうする気ですか?」
「無論、最初にそうすると決めたのなら、切り払ってでもそっちへ進むのね」

「…さん…………ミケさん?」
名前を呼ばれてはっと我に帰ったミケは、目の前で不思議そうにエルが自分の顔を覗き込んでいることにようやく気がついた。
「どうしたんですか?」
「あ…すいません、ぼーっとしてました」
いつの間にか足も止まっていたらしい。ミケは再び歩き出した。残りの2人も安心したように歩みを進める。
「自警団の方々は起きていますかね?」
街道を歩きながら当然の疑問をミケが口にすると、エルは顎に手を当ててうーんと唸った。
「先程、屋敷の周りにいたようですが…私達が出た時にはもういらっしゃいませんでしたね。…ああ、屋敷から逃げていくムーンシャインを追っているのかもしれませんね」
「ああ、そうかもしれませんね…とすると、今行ってもフレッドさんはいないかもしれませんね」
「…そう、だね…どこかで…時間を潰す…?」
「…そうですね。宿の酒場でしたらこの時間でも空いているかもしれません。ここから一番近いのは…真昼の月亭でしょうかね。まあ、お話することもありますし…少し、寄っていきましょうか」
ミケの意見に、二人も異論はないようだ。3人はそのまま、真昼の月亭に足を運んだ。
からん。
ドアを開け、控えめな鈴の音が鳴る。
「いらっしゃいませ。ご注文は何になさいますかー?」
看板娘のアカネ・サフランが陽気に声をかける。
どうでもいいがこの娘は一体いつ寝ているのだろう。
「あ、じゃあミルクティーお願いします」
「グリーンティーひとつ下さい」
「…エール酒を」
さて、どれが誰でしょう?
3人がとりあえずテーブルに腰をおろすと、また鈴の音がしてドアが開いた。
「…やあ。やっぱりここにいたんですね」
扉の向こうから現れたのは。
「…ディー」
ミケが驚いて席を立った。
他の2人も微妙な表情で彼を見る。
「あなたは、リーフさんと共に行ったはずでは?」
「ええ、行きましたよ。…まあ、彼女を信頼したわけではありませんけどね。…そんなに怖い顔をしないで下さい。少しご一緒してよろしいですか?」
ディーの言葉に、ミケが心配そうにエルと瑪瑙を見た。エルは笑顔で、とはいわないまでもとりあえずあからさまに不快ではなさそうだ。瑪瑙はいつもの表情を動かさない。
それを了承と受け取り、ディーは微笑して二人の座る席についた。ミケも未だ困惑の表情で、それでも続いて席につく。
「…それで、リーフさんについていかれた方が、このようなところで何を?身を隠していなくてよろしいのですか?」
訊ねるエルの表情には、やはり多少の不信感が見て取れる。ディーは苦笑した。
「彼女は自宅に戻りましたよ。今もそこにいるはずです。身を隠す必要はないのでしょう、余裕の表情でしたよ」
ディーの言葉に、エルは苦々しげに表情を翳らせた。
「それで、あなたは何故ここに?」
ミケが訊ねると、ディーは意味ありげに微笑した。
「彼女の情報…知りたくはないですか?」
ミケもエルも、瑪瑙すらも驚きに目を見開く。ディーは続けた。
「先程も言いましたが、僕は彼女を信頼しているわけではありません。ですが僕には自分で調べる手段が少ない。だったら彼女についていって、得られるだけの情報を得たほうが得策だと思ったんです。…ミケが別行動をとったのは誤算でしたが」
ミケのほうをちらりと見ると、彼は真剣な表情で話を聞いていた。
自覚なし。
ディーはこっそり溜息をついて、続けた。
「ですから、僕は彼女に協力するつもりで彼女についていったのではありません。ですから、彼女と行動を共にして僕が得た情報をどう使おうと、僕の自由と言うわけです。ミケや…あなたたちに使っていただいた方が有用な情報であると思いますしね。…どうですか?」
言って、ゆっくりと三人を見渡す。
ミケはしばらく俯いて考えて…そして、再びディーに視線を向けた。
「…せっかくですが、ディー。僕がリーフさんについていかなかったのは…エルさんや瑪瑙さんのように別の目的で彼女を追っていたからでも、彼女が犯罪者だからでもありません。もちろん、面白いからという基準で平気で盗みをするという彼女の行動基準に、同調できないのは事実ですが…僕が彼女についていかなかったのは、彼女の与える情報で先入観を持ちたくない、からなんです。彼女の説明つきで見れば、どうしてもその方向に思考が引っ張られてしまう。そうではなく、ありのままに、事実を事実として捉えたいんです。ですから…僕のことを良く知るあなたなら、僕が必要としている情報であるかどうかを判断して下さいますよね?」
彼の目はあくまでも真剣だった。
ディーは苦笑して溜息をついた。
「…ふ。やはり、ですね」
「…といいますと?」
「今の君とまったく同じことを、リーフさんにも言われましたよ…僕のすることが、本当に君のためになるのか、よく考えろ、とね…」
ミケは憮然とした表情になった。
「…なるほど。お見通し、というわけですか。まだ僕は、彼女の手の内…ということかもしれませんね」
「…ですが、わかりましたよ。エルさん達にはともかく、ミケに教える情報には気を配るようにします。とりあえず、明日は昼頃に行動を起こすといっていました。おそらく例の森に行くつもりでしょう。どういうつもりにしろ、知っておいて損はないですね。こんなところでいいですか?」
「…ありがとうございます。助かります」
ミケはにっこり微笑んで、素直に礼を言った。
「けれど…どうしてそんなに、彼女を目の敵にするんです?私達のように、目的があるようでもなさそうですし…騙されていたことや、盗みをしていたことだけ…ではないでしょう?」
エルが不思議そうにミケに訊ねると、ミケは自嘲気味にふっと笑った。
「…ただの、子供じみた反抗心なのかもしれませんね。与えられた道が不満なのではなく、道が与えられることが、不満で。訳もなく、茨を切り払って進みたくなってしまうこともあるんですよ…ああ、そういえば、誰かに似ていると思ったら、彼女は先生そっくりだ…だからついていきたくなかっただけかもしれませんね。目の前に先生がいたら、絶対言えない台詞ですが」
ミケのコメントに、エルも、そしてディーも不思議そうに首をひねるばかり。
やがて運ばれてきたアイスティーを飲むミケの顔は、不思議なほどに穏やかだった。

戦い済んで夜が明けて

「そうですか、ムーンシャインがそんな事を…」
フレッドは沈痛な面持ちでそうコメントした。
おそらく一晩中、リーフと散り散りに逃げた仲間たちを追っていたのだろう。顔には疲労の色が濃い。
「確かに…私達にはこれ以上、彼女を追うことが出来ません。犯罪として成立していない以上…ね。盗難は、盗まれた本人が盗まれたと言わない限り、盗まれたことにはならないのです。…残念ながら、彼女を犯罪者として捕らえるのはもう、ほぼ無理でしょうね…」
「そうですか…申し訳ありません。お役に立てなくて。依頼を果たせなかったのですから、依頼料は…」
「…いえ、もしよろしければ、このまま引き続き私たちの依頼を受けてはもらえませんか」
済まなそうに頭を下げるエルに、フレッドは真面目な表情を向けた。
「…やはり、ですか」
エルも真剣な表情でそれに応える。
「はい。麻薬・ムーンシャインについても私達は調査を進めてきました。ですが一向に何もつかめない状態で…それに怪盗・ムーンシャインも絡んでくるとあれば、これは放っては置けません。ここは引き続き、その麻薬に関しても調査を進めていただけないでしょうか。報酬は、持ってきていただいた情報に応じて…ということで」
「わかりました。私としてもこのまま放って去ることは出来ません。協力させてください」
「ありがとうございます。それでは、同じく麻薬・ムーンシャインについて調べていただいている冒険者を紹介しますので…しばらく、お待ちください」

「何してるんだい」
横から声をかけられて、ミケはそちらを振り向いた。
そこには、派手な化粧をした、短い金髪の女性が立っていた。
ところどころ破れて派手に露出した服を着ている。きつめの青い瞳は、朝早いにもかかわらず威勢のいい光をたたえていた。
「あ…ええと、連れを待っています。冒険者なんですが、ここの団長さんとお話をしているんですよ」
「連れ…ああ、さっきのたくましい兄ちゃんと綺麗な優男かい。あんたは一緒に行かないのかい?見たところあんたも冒険者だろう?」
「え、ええ…僕は彼らと同じ依頼を受けたわけではないですし」
それに、後ろ暗いところがあるのであまりフレッドには会いたくないというものある。
ミケは苦笑して言うと、姿勢を正してにこりと女性に微笑みかけた。
「僕はミーケン=デ・ピースと申します。ミケとお呼びください。貴女は?」
「ああ…すまないね。不躾だったよ。あたしの名はリンクス・フィライン。リンでいいよ。よろしく」
「ああ…貴女がリンさんですか。お話はディーから聞いています」
「へぇ…ディーの仲間かい。じゃあ、ムーンシャインを追ってるんだね。…怪盗の方の。どうだい首尾は」
「ええ…まあ」
ミケは苦笑して曖昧な返事をした。リンは意地悪げににやりと微笑むと、
「その様子じゃ、作戦失敗ってところだね?まぁ、自警団も煙に巻くような奴だ。そう簡単に捕まえられるわけないさ。次がんばりな」
「次があれば、の話ですけどね…」
ミケは珍しく憂鬱そうに溜息をついた。
「なんだい。何かありそうだね?」
興味深そうに覗き込むリンに、ミケはついと視線を向けた。
「…貴女は、ムーンシャイン…麻薬について、調べているのでしたね?」
「…ああ。それがどうかしたのかい?」
「よければ、貴女の持っている情報を…僕に教えてくださいませんか。できれば…自警団の方々には、内緒で」
リンの表情が微妙に動いた。
「…へえ…?あたしの持ってる情報を、ねぇ…なんだい、あんた、麻薬に転向したのかい?」
「ええ、まあ。それよりどうなんです?教えてくださるんですか、下さらないんですか?」
「あんた、世間知らずだねぇ…人様に何かしてもらおうって時は、交換条件ってのが必要じゃないかい?普通」
などといいつつも、リンの態度は結構余裕が見える。ミケは溜息をついて、リンに顔を近づけ、小声になった。
「…そうですね。申し訳ありませんでした。では僕の持っている情報も、貴女に教えます…ですが、ここでは」
「そりゃ困ったねぇ…あたしゃこれからフレッドさんのところに行かなきゃならないんだよ。どうせ麻薬の話をするんだ。一緒に行ったらどうだい?」
「いえ、先程も言いましたが、僕は遠慮します」
ミケがあまりに強い口調で言うので、リンはにやりと笑った。
「わぁったよ、無理には言わない。後で待ち合わせといこうか」
「わかりました。…ああ、おそらくフレッドさんのところにいる二人は僕の仲間ですので、彼らさえ良ければご一緒にいらしてください。では、半刻後に真昼の月亭で」
「了解。あんたは先に行ってな。二人にはあたしから伝えとくから。あんまりここにいるといろいろヤバいこともあるんだろ?」
「お気遣い、恐れ入ります」
ミケは苦笑して頭を下げ、踵を返して歩いていった。
リンはその後姿をしばらく見送っていたが、やがてこちらも団長室の方へ歩いていった。

「…なるほどねぇ」
話を聞き終えて、リンは腕組みをして唸った。
交換条件、である。ミケは正直に全てを話した。リーフがゴールドバーグ邸から盗み出した像の宝石を、彼が持っていることも。
「…で、あんたらはこれから、その謎の森に行くんだね?」
「ええ、できれば今すぐにでも。お昼にはリーフさん…ムーンシャインと彼女についていった仲間達が動き出すので」
「…そうかい。…あたしも一緒に行っちゃあまずいかい?」
「貴女も…ですか?」
眉をひそめ身を乗り出して、エル。
「ああ。ミケに情報をやるって言った手前なんだが…あたしの持ってる情報は、昨日あらかたディーに喋っちまったんだよ。ディーの情報なら、当然あんたたちも耳にしてるだろ?だからあたしは…これから集める情報で、あんたたちの役に立とうと思ってさ」
「はあ…」
判ったようなわからないような表情で、ミケ。リンは苦笑した。
「わかんないボウヤだねぇ。手を組んで一緒にやろうっていってんのさ。見たところそっちの兄ちゃんは2人とも体力押し系だろ?大きな剣持ってるし。対してあんたは力はさっぱりの魔道士系と見たね。ちがうかい?」
「はあ、その点は否定しません」
「だったらひとつ、小回りが利いて手先が器用な人員が必要じゃないかい?安心しな、あんたのことは自警団の連中には言いやしないよ。あの連中は情報だけ手にはいりゃいい、手に入れる過程のことなんか気にもしないさ」
「…それはそうでしょうけど…」
「ああ、じれったいね!手を組むのか組まないのか、どっちなんだい?」
先ほどのミケと同じ言い回しでリンが言うと、ミケは苦笑した。
「冗談ですよ。そう言ってくださって嬉しいです。ただひとつ、条件が」
「なんだい?」
「無茶をしないで下さい。黒幕に繋がる手がかりを見つけても、決して一人で先走ったりしないこと。これが条件です」
真剣な顔で言うミケに、リンはくすっと笑った。
「あたしに言わせりゃ、あんたの方が相当無茶してると思うけどね」
ミケはきょとんとして、次に苦笑した。
「そうですか?そう…でしょうね。何も考えずに怪盗ムーンシャインにケンカ売ってるんですもんね」
「だがこう見えても、少なくともあんたたちよりは年はいってるからね。安心しな」
「そうですか…わかりました。信頼しますよ。とにかく今は時間がありません。昼までに探索を終らせなければリーフさんが来てしまいますし、できれば鉢合わせたくはありませんからね。もっと詳しいことは、道すがらお話しましょう」
「オーケイ。善は急げだ。行くよ」
いつの間にか仕切られてしまっている。
苦笑しつつも、エルと瑪瑙は立ち上がった。
どうでもいいですが眠くないですかあなたたち。

手は早いうちに打ちましょう

「…アレックスだ」
無愛想に入ってきた客人は、無愛想にそれだけ言って頭を下げた。
自分の背ほどもあろうかという大剣が目を引く。黒に近いほど濃い赤色をした髪に隠れてわからないが、片目に眼帯をしている。開いている方の瞳は金色に鋭く輝き、只者でない雰囲気をかもし出していた。
ゴールドバーグは多少気おされながらも、新たな冒険者に向かって鷹揚に頭を下げた。
「今回は依頼を引き受けてくださるそうで、ありがとうございます。依頼の内容は紙面にもありましたとおり、怪盗ムーンシャインに盗まれた我が家の宝を取り返していただきたいのです。報酬は…」
「金はいらん」
「…は?」
「ムーンシャインのことは俺も調べている。この依頼はついでで受けただけだ。あんた、貿易商人をしているなら色々な情報も手に入るだろう。報酬はそれでも構わん」
「は…はぁ」
「ではさっそく調べに行く。食事と寝床は用意してもらえるんだろうな?」
「そ…それはもちろん。あとでメイドがご案内いたします」
「わかった。失礼する」
「あ…あの、ちょっと?!」
「何だ」
ゴールドバーグが引き止めると、アレックスはめんどくさそうに振り向いた。ゴールドバーグは一瞬ひるんだが、すぐに体制を立て直すと、
「アレックスさん…と、いうと何か自分を呼んでいるようで不便でしてな。使用人たちも混乱するでしょう。できれば苗字の方でお呼びしたいのですが。お教え願えますかな」
「苗字…か。ないと不便か?」
「は?は、はぁ…できればあったほうが」
「ではそのうち考えよう。失礼する」
アレックスはそれだけ言うと、再び踵を返して部屋を出て行った。
ゴールドバーグはしばらく放心したようにその扉を見つめていたが、やがて座ってた椅子をくるりと回して、ぶつぶつ呟いた。
「だから冒険者を雇うのは嫌なんだ…常識を介しないならず者が…」
あんたに言われたくないです。

「ここが、例の森ですか…」
ミケは珍しそうに目の前に広がる森を見て溜息をついた。
「そういえば、ミケさんは森に入ったことがないのでしたね。ここには例の…番人がいます」
「セレさん、ですね。ですがリーフさんは、この像が麻薬を手に入れるカギとなる、と仰っていました。さらにゴールドバーグ氏の態度、こんな郊外の森に人知れず潜んでいる番人からも考え合わせると、この森の中にその麻薬に関する何らかの手がかりがあっていいものと思われます。と、いうことは。セレさんはこの宝石のついていた像を持つ人をその場所に案内するのが役目だったと…こう考えるのが妥当なのではと思うのですが」
「いいねぇ。いいセンいってんじゃないかい?」
リンが横で頷いて同意する。
「とりあえず入ってみましょう。話はそれからです」
ミケは言うと、先導して森に入っていった。
慣れた様子で、サクサクと歩いていく。
「ミケさん、森に慣れていらっしゃるようですね?魔術師の方にしては」
エルが言うと、ミケは少し振り向いて、
「昔、少し森で過ごしていたことがありますので。といっても、森に精通している、というわけではないんですけどね。まあ、歩くのに抵抗はない、という程度ですよ」
一行はさらに歩みを進めていった。
「セレさん、いらっしゃいませんね…?」
エルは眉をひそめて首をひねった。
「…寝てんじゃないのかい?」
その横で、あまり興味がなさそうに、リン。ミケもやはり思案顔で、首をひねった。
「当て外れですかね…」
「ま…もうちょっと歩き回ってみるこったね。そのうち会えるかもしれないしさ」
「そういえば…リンさんは何故、麻薬のことを調べているんですか?」
「ん?依頼を受けてるからだろ?」
「いえ…なんというか。リンさんのような方が、どうして自警団の依頼を受けているのかと…」
「そりゃあね。自警団は虫の好かない連中さ。敵って訳じゃない。敵ならむしろもっと有能なのがごろごろいるさ。大した実力もないくせに、いらないことを嗅ぎ回って、仕事を台無しにする…そんなところかね」
「仕事…?」
エルが不思議そうに首をひねる。リンは意味ありげににやりと笑った。
「昨日会ったディーっていう男…それに…そっちの綺麗なお兄ちゃんもそうだね。そいつらと同じ系統…っていやぁ、わかってもらえるかね」
エルはまだわからないようだったが、ミケと瑪瑙はわかったようだった。微妙に表情を変化させる。
「…その、君が…どうしてまた、自警団の仕事なんか…?」
静かな瑪瑙の質問に、リンはにやりと笑って答えた。
「そりゃあ、あいつらの持ってる情報も欲しかったからさ。結局大した話は手に入らなかったけどね。今じゃあたしの調べた情報の方が多いときてる。とんだムダ骨だったよ。…ま、こうしてあんたたちと手を組んで調べることが出来たのは、依頼を受けてたおかげなんだろうがね…」
「僕が訊いているのは、そういうことではなくて…何故、あなたが麻薬のことを調べているか、ということです」
ミケが真剣な表情で問うと、リンは一瞬きょとんとして、次に少し寂しそうに笑った。
「そうさね…恨み、かね。あんなヤクを世に出したやつへのね…何とかシッポを掴んで、ふんじばってのしちまいたいのさ…」
「…何か…あったんですか?」
これは心配げなエル。リンは苦笑した。
「そう前の話じゃないさ…このヤクが流行り出してからも1年かそこらしか経っちゃいない。だがそのヤクで最初に死んだのがあたしの恋人だったなんてことも…覚えてる奴なんかいないさね…」
リンはまた淋しそうに、ふっと笑った。
「あのヤクは…なんていうか…異質だよ。この世にあっちゃならないもの…そんな気がするんだ」
「…そうですね…僕も、そう思います」
ミケが真剣な表情で頷く。
一行はそのまま歩みを進めた。
「………?」
ふと、ミケが歩みを止める。
「どうしたんですか、ミケ?」
エルが問うと、ミケは複雑な表情で首をひねった。
「いや…何か…おかしくありませんか、この森」
「…特におかしいようには見えない、けど…?」
「………」
瑪瑙の答にも上の空で、訝しげに辺りを見回すミケ。と、何か思いついたようにミケは懐から例の宝石を取り出すと、肩の黒猫に咥えさせた。
「何をするんです、ミケ?」
黒猫はそのまま、走り去っていく。すると。
「…これは…?!」
あたりの景色が、微妙に…わずかではあるが、変化している。わずかずつ、木々の幹が、葉が、枝が、先程とはずれたところに見える。
「ポチ、戻っておいで」
ミケがいうと、黒猫はまたどこからともなく帰ってきて、主人の腕の中におさまった。
「…こういうことだったのですね。この森自体に、強力な幻覚の魔法のようなものがかけられているのです。森に慣れていて、魔道士である僕にもごくわずかしか感じ取れない、強力な魔法が。そしてその魔法は、この宝石を持つものを選んで、正しい道をその人に見せていたのです」
「ちょっと待ってください、確かミケさんは、その宝石自体からは魔力は感じないと仰っていませんでしたか?」
「ええ。別にこの石に魔法をかける必要はないのです。例えば特定のもの…眼鏡であるとか、服の色であるとか…そういったものに反応するように設定しておけば…」
「あ、なるほど。ですが…それはなかなか、高度な術なのではないですか?」
「そうですね。術のかけ方も実に巧妙で、ぱっと見ではわからないほどにわずかずつの差でしかありません。宝石を持っていない人には、知られずに森の外に出てしまうように。しかしながら、持っている人には正しい道を見せるように」
「なるほど…では私たちは、正しい道を進んでいることになるのですね。行きましょう」
一行はさらに歩みを進めていった。
やがて、森の奥に小さな…本当に小さな草原が姿をあらわした。ミケたちがそれに近づくと、いきなりぼこっという音を立てて、草の生えた地面が陥没する。その左記には、人一人がやっと通れるほどの階段があった。
4人は無言で頷きあうと、階段を下りていった。真っ暗な中に、ミケが炎の魔法で松明を作り、明かりがともる。
そして、最も奥にある小部屋で、彼らが見たものは。
「これは…!」

それはおにゅーな仲間と敵と…?

時は変わって、昼。
やっと動き出したリーフ一行は、同じ森の中を集団でぞろぞろ歩いていた。
念のためメンバーを確認すると、リーフ、クルム、ディー、ジェノ、ヴォイス、ルフィンの6人。
「…って、いうような魔法がかけられているのよ。魔法かどうかはわからないけどね、まぁそんなようなもの」
リーフは先ほどのミケと同じ説明を、みんなにしていた。
「へぇ…よくわかんねえが、すごいんだな」
こういうコメントは大抵ルフィン。
「じゃあ、あの…なんだっけ、セレ、とかいうやつは…?」
ヴォイスが問うと、リーフはそちらを向いた。歩みは止めない。
「あのコに与えられた命令はね…『像を持つ人間を尾行する者を止めること』。つまり、像を持っている人間と、それをやや離れて明らかに後をつけている人間がいた場合、あのコはその人間を足止めして、それ以上尾行をさせないようにするの。魔法がかけられてるっていったって、それは森だけだからね。人のあとをつけられれば、簡単にその場所は見つけられてしまうわけ」
「なるほどな~」
クルムが納得した表情で頷く。
と。
遠くのほうから、か細い声が聞こえてきた。
「ん?何か聞こえないか?」
きょろきょろしていうジェノに、ディーも不信げに耳をそばだてた。
「…悲鳴…のようですが…」
その言葉に、他のものたちも耳を澄ませる。
やがて、声はだんだん大きくなってきた。
「……ぃぃぃぃぃぃぃいいいいやあああぁぁぁ!!」
やがて見えてきた悲鳴の持ち主を見て、一同(リーフ除く)は一斉にその名前を呼んだ。
「ナンミン!」
ナンミンは、またもやセレに追いかけられていた。
ナンミンはこちらに気付くと、
「はっ!クルムさあぁぁぁぁん!」
一目散にクルムに向かって走ってくる。
ぼにゅっ。
なんだかよくわからない効果音を立ててナンミンはクルムの胸の中に飛び込ん…いやその。体当たりした。
「ナンミン、大丈夫か?」
一応気遣いつつ、セレに厳しい視線を向けるクルム。他の者たちも一斉に構えた。
セレはしばらく無表情でじっとこちらを見ていたが、
「…障害物の返却確認。撤退する」
と言うと、いきなり飛び上がって木の枝に乗り、ひょいひょいと枝を渡ってまたどこへともなく消えてしまった。
しばらくの沈黙。
「………あれは?」
リーフのほうを向いて、ヴォイスはぽつりと問うた。リーフは苦笑して、
「…遊んでるんじゃないかな」

「目が覚めたらもう朝で、皆さんはいつの間にかどこかにいってしまっていて、わたくしの体はいつの間にか元に戻っていて、やたらガタイのいいボディーガードさんにまた森に捨てられてしまって、以下略なんです…」
再び歩き出した一行は、道すがらナンミンの話を聞きつつ、こちらの情報も彼に話していた。
「そうか、大変だったんだな」
いつの間にか懐かれている(らしい)クルムが、苦笑しながらナンミンにそう言った。
「クルムさんにはまた助けられてしまいましたね…ありがとうございます。クルムさんは、いい方ですね…」
相変わらずどこを見ているのかわからない瞳だ。
「…と、ところで、そういうわけなんだけど、ナンミンはどうするんだ?」
「そうですね…乗りかかった船です、わたくしも協力させてください」
乗りかかったと言うか、足もつけていないような気もするがまあいい。
「ええ。歓迎するわ。アタシはリフレ・エスティーナ。リーフって呼んでね。アナタは…ナンミン、でいいの?」
さすがというか、ナンミンにもそれほど動じていないリーフ。
「はい。よろしくお願いします。リーフさんも、いい声ですね…」
ナンミンがいつもの台詞で締めくくったその時。
高速の未確認物体が、突如襲来!
しゅんっ!ぼずっ!
「はうっ」
飛んできた小さな何かに頭を直撃され、ナンミンは即座に気絶した。
「うわっ、早っ」
それは飛んできた物に対するコメントか、それともナンミンに対するコメントか。ちなみにルフィン。
「な、なんだなんだ?!」
クルムが慌てて辺りを見回した。他の面々も困惑した様子であたりをうかがう。
「こらー、ぷち!勝手に動くんじゃなーい!」
向こうの方から、そんな声とともに二組の足音が近づいてくる。
「すみませーん、変なまんぼう、こっちに来ませんでしたか?」
こちらを認めてそう声をかけたのは、ちょうど二十歳くらいの人間の青年だった。
明るいブラウンの髪を短くそろえ、快活そうな黒い瞳、腰には2本の剣をさしている。片方の剣の柄にはめ込まれている青い宝石と同じ色のマントを羽織っている。
「まんぼう?」
言われてナンミンの傍らを見ると、石ころとそう変わらない大きさの何か得体の知れないものが転がっている。…魚のようだ。まんぼう…と言えなくもない。小さいと言う点を除けば。どうして大気中で生きていられるのかは謎だが。
「ああ、ぷち!ダメじゃないか人様にぶつかったりして!…って…人…?」
青年は倒れているナンミンを見て顔を青くした。
「あー…ナンミンはこのくらいでは死なないから大丈夫だよ…多分」
死ななきゃいいんですかクルム君。
「本当にどうもすみませんでした。あ、あの、この森に…どういった御用で?」
いきなり素っ頓狂な質問をする青年に、冒険者たちは顔を見合わせた。
「あっ、いえ、別に尋問とかしてるわけじゃ!じ、実はその、俺、迷っちゃったんですよ。それで、途中で彼に会ったんですが…」
青年は言って、ちらりと後を追ってきた男性のほうを見た。
年はこの青年と大して変わらないだろう。黒髪に黒い瞳、この国のものとは明らかに異なるデザインの服とヘアスタイル。かなりクセのある風貌で、美形と言えなくもないが、「私は無愛想です」と思い切り主張している表情がややマイナスか。こちらも2本の剣を、背中と腰に一本ずつさしている。
彼は迷惑そうに表情をしかめると、ぼそりと言った。
「…俺は迷っていたわけじゃない。あんたについていったばかりに、巻き添えになっただけだ」
「そ、それはいいっこなしですよ~。でもほら。こうして人に会ったわけですし、この方たちについていけば外に出られますよ」
「…まあいい。今さらだ」
「…要するに、道に迷われたので外まで案内して欲しいと…そういうわけですね?」
二人の会話に、ディーが微笑して割って入る。
「はぁ、まぁ、そういうわけなんです。お願いできませんか?」
茶髪の青年は苦笑して頭を下げた。その問いには、リーフがくすくす笑いながら答える。
「いいわよ。この森は少し厄介だからね。アタシたちの用事が終わってからでよければ、外まで案内するわ」
「ありがとうございます。…あ、自己紹介が遅れましたね」
彼はそう言って、丁寧に頭を下げた。
「俺はイルシス・デューア。一応剣士…見習いってところかな。まだへっぽこですけど。よろしくお願いします」
礼儀正しいイルシスとは対照的に、もう一人の青年はぶっきらぼうに頭を下げた。
「…手を貸してくれて感謝する。俺にできることがあれば何でも言ってくれ。名は一日千秋だ。よろしく」
青年が名乗ると、ルフィンがきょとんとして訊き返した。
「いちじつせんしゅう?」
「どういう耳をしているんだ。かずひ、ちあき、だ。千秋でいい」
冒険者たちもリーフから順番に自己紹介をした。
「千秋…不思議な響きの名前だな。その服といい…ナノクニの出身か?」
興味深そうに、ジェノ。千秋はやや表情を暗くして、ぼそりと答えた。
「…まあな」
それ以上あまり言いたくなさそうだったので訊くのはやめて、ジェノはリーフのほうを向いた。
「こういう近づき方をする奴はひっかからないのか?」
リーフは肩をすくめて、
「さぁ?アタシが命令したわけじゃないから知らないけど。でも後をつけてるって感じでもなかったでしょ、ナンミンも。明らかに少し離れて、後を追っているってわかる人を足止めするんじゃないの?」
そして、にやりと微笑んだ。
「そういうわけだから、セレに殺されないうちにこっちに加わっておいたら?クラウン」
冒険者たちはリーフの言葉にぎょっとして辺りを見回した。
「アタシに、その気配を隠す術は通用しないって言ったでしょう?諦めて出ていらっしゃい」
しばらくの沈黙。
やがてがさっという音がして、木の上から黒い影が地面に降り立った。
「ふふふ…なに、アタシについてくる気になったの?」
「ん?何か面白そうだからね♪」
「ふふ…いいわ、まぁ好きにしなさい」
リーフはくすくす笑って、足元の小石を拾った。ひょいと放り投げては掴んで弄びながら、続ける。
「そこのアナタも…ね?コソコソ後をつけてないで…顔を出したらどうっ?!」
そして勢いをつけて、振り向きざまに後ろの木に向かって投げつける。
びしっ。
乾いた音を立てて石は木の幹にめり込み。
ややあって、その木の向こうから一人の男性が姿を現した。
リーフは静かに、男に向かって問うた。
「…ゴールドバーグの差し金?悪いけど多勢に無勢じゃないかしら?」
男は無表情のまま、大きくはないが良く通る声で答える。
「ゴールドバーグの差し金であることは否定しない。だがそれはついでだ」
「ついで?」
男は姿勢を正すと、厳しい視線でリーフを射抜いた。
「俺の名はアレックス。怪盗ムーンシャイン、お前の黒幕について聞かせてもらおう」

月の麻薬の正体は

「…………は?」
リーフは間の抜けた声で問い返した。アレックスは厳しい表情のまま、
「お前に盗みをさせている奴の名前を言えと言っているんだ。俺の追っている奴と同じ奴かもしれないからな」
リーフはようやく状況が飲み込めたように落ち着いて腕を組むと、にやりと笑った。
「…ははぁ。どうしてそう思うの?」
「俺の勘がそう告げた」
リーフはぷっと笑い出した。
「何がおかしい」
「ふ、ふふふ…ご立派なカンね…悪いけど見当外れよ。アタシは単独で盗みをしていたの。ゴールドバーグ以下4人が、麻薬・ムーンシャインを流すのを止めるためにね」
「えぇっ?!」
事情を知らないイルシスと千秋が、驚いてリーフを見る。
アレックスは眉を寄せた。
「…麻薬…?どういういことだ…?」
「その様子だとゴールドバーグからは何も聞いていないのね。ま、クルム達にも何も告げずに像を守らせていたくらいだもの、当然かしら」
「リーフの言ってることは本当だよ」
リーフの横から、真剣な表情でクルムが言った。
「ゴールドバーグはムーンシャインっていう名前の麻薬を流していたんだ。リーフが盗んだのは、その麻薬を手に入れるためのカギなんだよ。俺たちは最初、ゴールドバーグに雇われて像を警護してたんだけど、そのことを知ってあそこを出てきたんだ。リーフに協力して、麻薬を流させた張本人を見つけるためにね」
「そ…そうだったんですか?!あなた、あの怪盗ムーンシャインだったんですか?」
「ええ…ま、アタシが名乗ったわけじゃないんだけどね…そう呼ばれているわ」
イルシスは少し息を飲んで…
「サイン下さいっ!」
その場にいたほぼ全員がこけた。
リーフも珍しく面食らっているようだ。だがすぐににやりと笑って、
「…ありがと。でも今ペン持ってないから、今度ね」
大人のあしらい方です。
「…そうだったのか。巷で噂の怪盗ムーンシャインがお前で、しかもそんな目的のために動いていたとはな…」
まだ呆然とした表情で、千秋。
「麻薬…怪盗…いやまさか…待てよ…?」
アレックスは1人でぶつぶつ言っている。
「そ、そういうことなら、俺もぜひお供させてくださいっ!」
そんな彼をよそに1人でヒートアップするイルシス。千秋も頷いて言った。
「怪盗と聞いて少し驚いたが…麻薬を流している悪人を成敗するためなら話は別だ。先程も言ったが、俺にできることがあれば協力しよう。森から出してくれる恩もあるしな」
「ありがと」
リーフはにっこり笑って、それに応えた。すると横でぶつぶつ言っていたアレックスが不意に彼女のほうを向く。
「俺も連れて行け。もしかしたらその黒幕が俺の追ってる奴かもしれん」
「はいはい。好きにしなさい。でもその黒幕がアナタの追ってる人じゃなくても、アタシは責任持ちませんからね?」
「元より承知の上だ」
リーフはくすりと笑って、アレックスに言った。
「…怪盗追ってみたり、麻薬追ってみたり…アナタが探してる人って、何やったヒトなの?」
「それは言えん」
「ふぅん…でも、カンが告げたって…アタシにはただ闇雲に探してるようにしか見えないけどなぁ…」
なおもおかしそうにくすくす笑いながら、リーフ。
「血眼になってるから、本来見えるものも良く見えなくなってるんじゃない…?探し物は案外、自分の近くに落ちているものよ…ふふふ」
アレックスは少し眉を寄せてリーフを見…そして、目をそらした。

一行は気絶したナンミンと転がったぷちを回復させて、さらに歩みを進めていった。
「なあ、リーフ。リーフのこと、カティに話してもいいかな?」
リーフと並んで歩いていたクルムが言うと、リーフは少し苦い顔をした。
「うーん…悪いけど、事が終るまで黙っていてくれるかしら?相手は得体が知れないわ。喋ったことでカティにどんなことが起きないとも限らないでしょう。自警団とかのほうはむしろ心配ないけど」
「あ、そうか…そうだよな。うん、わかったよ」
「よろしく…っと。着いたわね。ここよ」
リーフは言って、立ち止まった。先程ミケたちが辿り着いた、森の奥の小さな草原。
入り口は…当然だがすでに開いていた。
「ミケたちが来たようね…さ、入りましょうか」
ディーの表情がわずかに動いたが、気付く者はいない。
「誰か明かりの魔法使えるヒトいる?」
「…じゃあ、俺が」
ヴォイスが前に出て、明かりの魔法を使った。そのまま彼を先頭にして、細い階段を下りていく総勢10名。
多すぎ。
やがて程なく、通路の奥の小部屋に辿り着いた。
「はい、ご苦労様。これが…ムーンシャインよ」
リーフは言って、ヴォイスに明かりの魔法を部屋の中に投げ込むように指示した。
明かりがふわふわと部屋の天井へ移動していく。それにしたがって、地面にあったものがだんだんと照らし出されていった。
「…これは…」
ジェノが呟いた。
明かりに照らされたのは、部屋いっぱいに咲き乱れる、白く美しい花。大きく開いた花弁の中央に丸い蕾のような花弁があり、葉は細く地面に広がっている。
リーフは続けた。
「麻薬が植物から精製されるのは知っているわね?この花こそがムーンシャインの原料。ここへのカギ…この像を持っている人間ならば、いくらでも手に入れ、作り出すことができるの。精製の道具はそっち側の部屋にあるしね」
言って、左手に続く通路を指差す。
「これが…ムーンシャインの全貌。ゴールドバーグたち4人は、ここで月に一度、麻薬を作り、街に流していた…なにしろ元手がいらないもの、儲け放題って訳。その手のギルドに加盟して余計な金を搾り取られる手間も要らない。成金の飛びつきそうな話よね」
「なるほど…」
ジェノが手に顎を当ててうめいた。
「なあ、なんであんた、そんなこと知ってるんだ?俺たちがいろいろ調べたってわからなかったのを…」
ヴォイスが不思議そうに訊ねると、リーフはにやりと笑った。
「目には目を、歯には歯を、ってね。アタシにも色々と情報網があるのよ…それ以上は企業秘密♪」
何となく納得したようなしないような表情で、ヴォイスは曖昧に頷いた。
「アタシが探してるのは、彼らにあの象を与えた張本人。自分は見えないところに隠れておいて、彼らにこのムーンシャインを与え、街に流させ、人々を狂わせた真の黒幕…」
「…そいつを見つけ出して、どうするつもりなんだ?そもそも何故、そんなことをしている?」
真剣な表情でジェノが問う。
「…考えてもみて。この植物…おかしいと思わない?こんな日の差さない密室で、こんなに綺麗に咲き誇ってる…それに、この花から作った麻薬の不思議な効能…月が満ちるにつれて狂気を増していく…普通の麻薬とは明らかに違うわ」
リーフの問いかけに応えるものはいない。リーフは苦笑した。
「…頭脳労働派がいないっていうのは、会話が思うように進まないものね…アタシが言いたいのはつまり…この植物は、この世界のものではないかもしれない、ってことよ」
「この世界のものじゃない…?って…まさか…?」
クルムは少し顔を青くした。
「…そう。魔のものじゃないか、ってことよ」
リーフは再びにやりと笑った。
「アタシはそれを確かめるために、この麻薬を追っているの。黒幕を見つけてどうするかは…その黒幕の正体次第ね」
いきなり話が一足飛びに飛んで、冒険者たちもやや戸惑っている様子だ。
「なあ…あんた…何者なんだ…?」
恐る恐るルフィンが問う。リーフは嬉しそうに目を細めた。
「アタシはお薬屋さんよ…ただの、ね…」

事態はすでに動いています

再びリーフの家に戻ってきた頃には、もうだいぶ日が傾いていた。
リーフは冒険者たちを先に家に帰らせて、なにやら寄り道をすると言っていた。
冒険者たちは妙な名前の薬屋に入り、朝より4人も増えてしまった仲間に今までのいきさつを説明した。
「そうか…なんだか…入り組んだ話だな…」
千秋が眉をしかめる。
「ええと…ムーンシャインは泥棒で…ゴールドバーグはムーンシャインから像を守るためにクルムやジェノ達をやとって…でも実はゴールドバーグは麻薬を流してる悪者で、ムーンシャインはそれをとめるために泥棒をやっていた、…っていうところまではわかったんですが…」
混乱した様子で、イルシス。
「自警団の方は大丈夫なんだろうな?…お尋ね者と一緒に動くのはごめんだ」
相変わらずの仏頂面で、アレックス。
「そのあたりは…心配ないと思いますよ。窃盗は…被害届が出なければ犯罪として成立しないんです。そしてあの方たちには、被害届を出したくない理由がある…現に今日も、怪盗ムーンシャインがゴールドバーグ邸で盗みをしたというニュースは流れていましたが、自警団はそれについて正式にコメントはしていないようです。事情を知っているエルさん達が、おそらく事情を話したであろうにもかかわらず…」
微笑してディーが答える。
「でも何となく、外歩きにくいような気分だぜ、あたしは」
ルフィンが言って苦笑した。
「そうだな。なんとなく、お尋ね者って気分がするよ」
クルムもそれに続く。
「でもよ、黒幕をあばくったって、どうすりゃいいんだ…?」
困ったようにヴォイスが言い、ジェノが唸る。
「うーん、そうだな…地道に情報を集めて証拠を固めて、ゴールドバーグたちを問い詰めてみるか…」
「そんなヒマはなさそうよ」
ジェノの台詞を遮って、リーフの声がする。
冒険者たちは入り口を振り返った。
そこには、新聞のようなものを持ったリーフが、少し苛立った様子で立っていた。
「アタシとしたことが、少し軽率だったようね…当然予測できた動きなのに。失敗したわ」
いつもの余裕げな表情は微塵も見られない。
「どうしたんだ?リーフ」
クルムが問うと、リーフは持っていた新聞を彼に差し出した。
「?号外…?………ええっ?!」
クルムの驚きように、他の冒険者たちも一斉に新聞を覗き込む。どうでもいいが狭い。
号外には大きくこう記されていた。

「有名富豪、連続して暗殺さる!アインシェル氏、ブルーゲル氏」

「わたくしたち、蚊帳の外って感じですね」
「そうだねー。でも大丈夫、顔の後ろに落書きしてあげるから♪」
「うわぁっ、やめてくださいクラウンさん!っていうか何が大丈夫なんですかー?!」
「ほら、これで前から見ても後ろから見ても顔~♪」
「それ前もやったネタじゃないですか~!!!」
「じゃあ額に肉って書いといてあげる♪」
「あまり変わりません!何でそんなにベタベタなんですか~?!」

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