姿無き殺人者-Formless Murderer-

「まさか、こんな所で…」
苦々しく呟いて、ミケは目の前の死体を見た。
時刻はまだ夜中。相変わらず月は雲に隠れてその姿を見せず、人々も寝静まっていて、ランタンの明かりがなければ一寸先も見えないほどの闇に包まれている。
が、今冒険者達がいるところは、不思議な銀の光に照らされていた。
村の中心にある、簡素な噴水。
誰が作ったのかはわからないが、やや田舎っぽい印象のあるこの村の中で、少し進んだ文明を思わせるものである。
銀色の光は、その噴水の頂点…水が噴き出しているちょうどその上に、まるで置物のように静止していた。吹き出た水が、銀の光を反射してキラキラ光り、うっとりするほど美しい光景を作り出している。
しかし、その下…水が溜まっている場所は、目を覆いたくなるほど無惨なものであった。
中央に無造作に置かれている『もの』。吹き出た水は、『それ』が垂れ流す液体によって、どす黒く染められていた。
心臓のない、死体。
「…村の人々には、まだ知らせないで下さい」
ミケは振り返って、後ろにいる仲間達に告げた。
エルの知らせを受けて駆けつけた、ミケ、瑪瑙、クルム、ルフィン。死体を発見したエルはまた気分が悪くなって休んでいる。
クラウンは、探したが姿が見つからなかった。あの格好で、その気になれば森の中に姿を隠すことなど造作もないだろう。とりあえず彼を捜すのは諦めて、ここに集まったというわけだ。
「昨日は、色々あって結局被害者を見る機会がありませんでした。エルさんと瑪瑙さんは見たようですが、詳しく調べる時間はなかったでしょう。村の人々が、それをやったとは思えませんし…ですが、死体を詳しく調べてみれば、手掛かりが見つかる可能性が高いのです」
「そうだな。明日になって、村人に知れたら、また犯人扱いされるのは目に見えてる…死体を調べさせてなんて、もらえないだろうな」
厳しい表情で、クルムも同意する。
「そうと決まれば、さっそく調べてみましょう。申し訳ありませんが、クルムさん、ルフィンさん、死体をとりあえず、噴水の外に出していただけますか」
非力な自分に成人男性を持ち上げることなどとうてい出来ないと踏んだミケが、力がありそうな二人にそう頼む。二人は無言で頷くと、血に染まった噴水に足を踏み入れた。
「あーあ、あとで洗わなきゃな…」
ルフィンが顔をしかめてそう言う。靴だけでなく、服も水につかって汚れてしまっていた。布についた血は、早めに洗わないとなかなか取れない。ルフィンも一応女の子だ。こういうことは気になるのだろう。
二人は慎重に死体を噴水の外に出すと、地面の上にそっと置いた。
「ひどい有様ですね…」
銀の光の光量がだいぶ弱まってきたので、ランタンに明かりを灯す。
ランタンの明かりで照らされた死体は、一層に凄惨で、不気味だった。
男性である。年は、第一の被害者と同じくらいであろう。目は恐怖に見開かれたまま濁っており、髪も服も血の色に染まっている。ただ、血自体は噴水の水であらかた流されていて、傷口にも残っていない。
「なあ、こいつ、どっかで見たこと無いか?」
ルフィンが被害者を指さして言った。
「…そうですか…?」
ミケも、被害者の顔をランタンで照らして、首をひねる。
「そりゃそうだろ、今朝会ってるんだから」
至極当然という表情で、クルムが言った。
「今朝?」
「ほら、カレンの所に怒鳴り込んできたやつらがいただろ?その中の一人だよ」
「ああ…そういえば」
よく見るとそんな気もしてくる。瑪瑙を犯人扱いした、あの青年だ。
「よく覚えてるな、クルム…」
ルフィンが感心したように見ると、クルムはにこっと笑った。
「人の顔を覚えるのは、得意なんだ」
「傷は、ここだけでしょうか…?」
ミケはそう言って、心臓の所にばっくりと開いた傷口をランタンで照らした。
あまり気持ちのいい光景ではない。
肩口から腹の辺りまで、何かに切り裂かれたような傷が残っている。そして、心臓の部分だけ、不自然に肉がちぎり取られたような痕跡がある。そして、その一番奥、おそらくは心臓がもともとおさまっていたであろう所に、人間の拳大の穴がぽっかりと空いている。
「えぐり取る前に、何かで切り裂いたようですね」
「何か?」
ルフィンの問いに、ミケは彼女の方を向いてこくりと頷いた。
「ええ。爪かも知れませんし…もしかしたら、刃物か何かかも知れません。剣ではないでしょうね…ナイフか…もしくは…」
「…鎌、とか?」
横から瑪瑙が低く言った。

ミケは意外な言葉にきょとんとした。
「鎌、ですか?え、ええ…傷口の大きさから言って、その可能性もありますね。ですが、鎌がどうかしたんですか…?」
「…いいや、別に…」
瑪瑙はそれだけ言うと、また沈黙した。
「もしかして、これ、その時の血じゃないか?」
少し離れたところにいたクルムが、ランタンで足元を照らしながら言った。
そちらを見やると、先程は気にならなかったが、おびただしい量の血の跡がある。
噴水の縁を中心に、半円形に広がっている。
「…どうやら、噴水を背にして切り裂かれたようですね。背中にも傷跡は確認されませんでしたから、ほぼ間違いないと思います」
「…ってことは、ここで切られて、心臓を…?」
クルムが言うと、ミケは首を振った。
「いいえ、ここで心臓をえぐり取られたなら、もっと大量の出血があってもいいはずです。おそらく、胸を裂いて、相手がバランスを崩したところを噴水の中へ倒し、水の中で裂いたところから手を突っ込んで心臓を取ったのだと思います」
「っていうことは、犯人は、大量の返り血を浴びてて、なおかつずぶ濡れだってことだよな」
「そう、問題はそこなんです」
ミケは苦い表情でうめいた。
「クルムさん、ルフィンさん。足元を見て下さい」
言われて、二人は自分の足元をランタンで照らす。
「…あ…」
クルムは何かに気付いたらしいが、ルフィンはわからず首をひねった。
「…そうか…そうなると、おかしいよな」
「そうなんです」
ミケも、地面をランタンで照らす。
「ここには、お二人の足跡しかないんです」
そう。先程噴水に入って、靴と服を濡らしたクルムとルフィンが歩き回った跡が、地面にははっきりと残っていた。
だが、地面にはそれしか残っていなかったのだ。
大量の返り血を浴びていて、血に染まった水で濡れているであろう犯人が、ここから立ち去った痕跡が、一切無かったのである。
「…どういうことだ…?」
「わかりません。ですがもし、一連の事件がヴィレグの仕業であるとすれば、相手はどんな能力を持っているか、未知数ですからね。どんな可能性も否定してはいけないと思いますよ。例えば…空を飛べるとか」
「そうだな…」
そこまで言って、クルムはふとミケを見た。
「…気になる言い方だな。この事件、ヴィレグの仕業じゃないって言うのか?」
『もし、ヴィレグの仕業であるとするならば』
ミケは確かにそう言った。それは裏を返せば、彼がこの事件をヴィレグの仕業だと思っていない、と言うことになる。
「そういう可能性も、あると言うことです」
ミケは用心深く、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「だって、心臓をえぐり取られてるんだぜ?そんな芸当、人間には…」
「出来ない、訳ではありませんよ。まあ、女性や子供には無理でしょうが…少々力がある男性だったら、出来ないことはありません」
「一体なんだって、そんなめんどくさいことするんだよ?そんなことしなくたって、人間は簡単に…」
「それは簡単です。一連の事件を、ヴィレグの仕業に見せかけるためですよ」
「ヴィレグの仕業に?」
「ええ…でもこんなことは、いくら言っても水掛け論ですね」
ミケは嘆息して、被害者の方を見た。
「もしこの事件がヴィレグの仕業であるとするなら、どうしても納得できないことがあるんです」
「…なんだよ、納得できないことって?」
ルフィンの問いに、ミケは厳しい表情で続けた。
「抵抗した痕跡がないことです」
「…抵抗…?」
「普通、目の前に恐ろしい化け物が現れたら、どうしますか?」
「…まあ…逃げるよな」
「そうですね。普通に歩いたならともかく、激しく逃げ回ったのなら、それなりの痕跡があってもいいはずです。ですが地面には、それらしきものはない。それに、逃げ切れず、追いつめられてこの噴水で殺されたとするなら、胸の傷以外にも、細かい傷を負っているはずじゃありませんか?相手は、殺そうとして襲いかかってきているわけですから。ですが、胸の傷以外は、本当に綺麗なものでした。…とすれば、考えられるのはふたつ。突然目の前に現れて、逃げる隙も与えず殺してしまったか…もしくは」
全員が、固唾をのんでミケの言葉を待った。
「…相手が、顔見知りだったか。そのどちらかということに、なりますね」

解かれた封印-Evilless Seal-

次の朝。
死体を発見した村人との交渉は、昨日とほぼ同じであったので割愛する。
すなわち、引き続きヴィレグの退治に全力を上げること。
村人の中には、反感を持っている者も何人かいるようだが、やはり冒険者達がやった確たる証拠がないこと、そして、死体の凄惨な状況から人間のやったことではないと判断し、引き続き冒険者達に退治を依頼することになったのだ。
村長と、昨日の青年達(一人減ったが)がカレンの家からぞろぞろ出ていったあと、カレンは小さくため息をついた。
「…まさか、こんなことになるなんて…」
「カレンさん…」
ミケが心配そうにカレンを見つめる。
ミケがヴィレグの仕業でないかも知れない、と疑っていることは、まだカレンには話していない。それはつまり、村人を、そして何より冒険者自身を疑うことになるからだ。どちらとも親しい間柄にあるカレンにとって、あまり楽しい事実ではないだろう。
「…とりあえず、みんなのところに行きましょう。また、色々お訊きしたいこともありますし…こんな時に、申し訳ないのですが」
「いいえ、平気よ。このままだと、みんながヴィレグの影に怯えることになるものね…早くヴィレグを倒して、私達を安心させてね」
そう言って、カレンは弱々しく微笑んだ。
ダイニングルームに戻ると、瑪瑙、クルム、ルフィン、それにエルが待っていた。
「クラウンさんは…まだ戻ってきませんか?」
一同を見渡して、ミケが眉をひそめた。
「ああ…もう日が出てずいぶん経つのにな」
ルフィンも同じような表情で言う。
今日は昨日とは違い、空はすっきりと晴れていて、日も煌々と照っている。このままの天気が続けば、夜には月が出るだろう。
だがクラウンは、まだ一向に返ってくる気配を見せない。もともとクラウンのことをあまりよく思っていなかった冒険者達が、何かを勘ぐりたくなるのも、無理からぬことだった。
「…もう、戻ってこないのかもしれない、ね…」
「どういう事?」
低い声で呟く瑪瑙に、カレンだけが心配そうな顔で尋ねたが、他の冒険者達は皆同じ事を思っているらしく、何も言わない。
「…彼が、一人で逃げてしまったのかも知れない、と言うこと」
「そんな…!クラウンはそんな人じゃないわ!きっと戻ってくるわよ!」
「だけど…村がこんな騒ぎになっているのに、気付かずにまだ森の中にいるなんて、おかしいとは、思わない…?」
「そ、それは…」
瑪瑙の言葉に、カレンは黙って俯いてしまう。
「…まあ、クラウンさんのことは、ここで何を言ってみても始まらないでしょう。どうしても帰ってこないようなら、あとでみんなで探しに行きましょう。それよりも…」
ミケは俯いているカレンの方を向いて、続けた。
「昨日と同じように…被害者のことについて、教えていただけますか」
「え、ええ…」
まだ浮かない表情で、カレンは顔を上げた。
「殺されたのは、リキさん…ロウさんとアキさんの息子よ。年は、アセイさんと同じくらいだと思ったわ…昨日も、うちに来ていたわよね?村長と一緒に…」
「そうですね。あの時は、まさかあの方が殺されるなんて思いませんでした」
「アセイって人の友達だったのか?その…リキって人」
クルムが尋ねると、カレンは小さく頷いた。
「そうね…けれど、ここは小さな村でしょう?同じような年の人なんて、数えるほどしかいないから、自然に仲良くなってしまうものよ。今日も来ていたでしょう、村長の後ろに、アセイさんと同い年くらいの人が2人…昨日は、リキさんも入れて3人だったけど。背が高くてがっしりしてる人がライネさん。少し痩せていて、眼鏡をかけている人がキラさんよ。あの4人は、同じくらいの年で、仲もよかったわ」
「そうか、だから村長と一緒に怒鳴り込んできたんだな」
クルムが納得した様子で頷く。
「…となると、死んだ2人の間には、共通点があると言うことですね。20代前半の、青年男性であると言うこと。そして二人は友達だったと…」
「その、仲が良かったっていう4人組に、何かあるのかな?」
「まだ断定するのは早いですね。単に同じような年の、同じような男性を狙っているだけかも知れませんし。ですが、その線で調べてみるのも良いと思います」
クルムの言葉にそう応えると、ミケは冒険者達の顔を見渡した。
「みなさんは、どうしますか?」
少しの沈黙のあと、最初にルフィンが口を開く。
「あたしは…色々調べたりするのは苦手だからな。ヴィレグの仕業だってんなら、まぁ森に逃げ込むだろ。森を調べることにするよ。クラウンのことも気になるしな」
「オレは、そのリキっていう人の話を聞いてくるよ」
続いて、クルムが言った。
「…いいのですか?昨日も、ご家族の方にひどいことを言われたのに…」
ミケが心配そうな表情で言うと、クルムはにこりと笑った。
「だけど、誰かがやらなくちゃいけないことだろ?大丈夫だよ、オレ打たれ強いから」
「…俺は、現場を調べてみる、よ…気になることも、ある…」
「…あ、ぼ、僕も…そうする…」
瑪瑙の言葉に、エルが続く。
「ミケはどうするんだ?」
「僕は…そうですね、リキさんのことはクルムさんが調べて下さるようですし、もう少しアセイさんのことを調べてみることにします。それじゃあ、お昼を食べ終わったら、各自に行動していただきましょう」
相変わらず仕切るミケだった。

「まいったね…」
森の中を一人あてもなく歩きながら、ルフィンはひとりごちた。
「あたしは、どうも小難しいのは性に合わないよ…」
単に魔獣を倒すだけのことだと思っていた。だが、どうもそれだけの話ではないようだ。魔獣を装った誰かの仕業かも知れない。そうでないかもしれない。ミケの話は、難しくてルフィンにはいまいち理解できなかった。
強い相手を倒すのは得意だ。大抵の敵ならこの拳一つで倒せる自信はあった。実際、彼女にはそれだけの実力もある。が、頭を使う作業はどうも苦手だった。
「…ま、魔獣じゃないって決まったわけでもないしな。あたしはあたしに出来ることをやるだけだ」
言って、歩きながら森の中を見渡す。
今日は太陽がちゃんと出ているにもかかわらず、森の中は相変わらず薄暗く、見通しが悪かった。この中に、不気味な魔獣が潜んでいると言っても、疑いなく信じてしまえるだろう。
「…?」
ふと、ルフィンは森の奥の方に黒い影を見つけて立ち止まった。
木の幹の下の方に、寄りかかるようにして横たわっている。近付いてみると、それは心当たりのある人物であることがわかった。
「…クラウン…」
ルフィンもまた、クラウンのことを胡散臭がっている一人だった。
と言って、他の者のように、実際に何かをしたということを疑っているわけではない。ただ素顔を見せないと言うことが、彼女にとっては何より信用のおけない要因であった。
「…寝てるのか…?」
さらに近付いてみるが、起きあがる様子はない。息をしている様子はあるが、普通よりも胸がゆっくりと、深く上下しているようだ。やはり眠っているのかも知れない。
「…寝るときまで仮面してんのか…」
眉をひそめて呟く。クラウンは、起きている時と同様仮面を付けて眠っていた。
ふと、その仮面を取ってみたい衝動に駆られる。そうまでして隠したい素顔とは、一体どんなものなのか。
(人前に出せないくらい不細工なのか…?)
さらに近付くが、一向に目覚める気配はない。
ルフィンはいつしか、足音を忍ばせてクラウンに近付いていた。一歩、また一歩。
そうして、すぐそばにまで来ると、ゆっくりとクラウンの仮面に手を伸ばす。
あと50センチ。あと30センチ。あと…
「…何するの?」
ふいに自分の腕を捕まれて、ルフィンははっと我に返った。
ルフィンの腕を掴んだまま、クラウンはゆっくりと身を起こす。
「いや、その…呼んでも反応がないから、死んでんのかと…」
苦し紛れに言い訳をすると、クラウンは意外とあっさり腕を放した。
「…いつの間にか、寝ちゃったみたいだね。もう朝?」
「朝どころじゃねーよ。もう昼過ぎだぜ?今までずっと眠ってたのか?」
「えっ、もうそんな時間なの?昨日僕張り切りすぎちゃって、疲れてそのまま寝ちゃって…」
「クラウンがのんきに寝てる間に、また一人殺されたよ」
「ええっ、本当?!」
ルフィンの言葉に大仰に驚く。
「ああ。今度は森ん中じゃなく、村ん中だ。大騒ぎだったんだぜ、ホントに気付かなかったのか?」
「うん…僕、寝起きは悪い方なんだ。誰かが起こしてくれないと、ずっと寝てることもあるし…」
(そのわりには、仮面を取ろうとしたらすぐ起きるんだな)
そう思ったが、口には出さないでおく。
「ところで、張り切ってたって、何を張り切ってたんだよ?」
「ふふふ、それはね…」
クラウンが得意げに何かを言おうとしたときだった。
「うわああぁぁっ!!」
突如響き渡った悲鳴に、二人は顔を見合わせる。
先に動いたのは、クラウンの方だった。
「あっちだよ!」
そう言って駆け出す。思ったより足が速い。ルフィンも慌てて後を追った。
しばらく走っていくと、奥の方に2つの人影を見つけた。一人は座り込んでいて、一人はその傍らに立っている。
「どうしたの?!」
クラウンが叫びながら走ってゆくと、立っていた方の人影がさっと用心深く構えた。
「誰だ?!」
まだあどけなさの残る少年の声。その頃には、もうはっきりと顔が判別できるほどに近付いていた。見たところ14,5歳の少年である。ベリーショートにした茶色の髪に、気の強そうな同じ色の瞳。身軽そうなレザーアーマーに、年の割には不釣り合いな大きさの片刃の剣。
その傍らに座り込んでいるのは、同じくらいの年頃の少女だった。それも、目の覚めるような美少女である。セミロングの茶色い髪に、やはり同色の大きな瞳。着ている物は少々マニッシュだが、抱えている熊のぬいぐるみと合わせて何とも可愛らしい。傍らには、大きなカバンが落ちている。おそらく彼女の持ち物だろう。
「お前達、何者だ?!」
少年が、未だに警戒を解かずにそう問う。
「人に名前を尋ねるときはまず自分から名乗るもんじゃないのか?」
その様子に腹が立ったらしく、ルフィンがイライラした様子で言う。
「質問に答えろ!」
「はいはい。あたしはルフィン。ヴィーダの冒険者だ。こっちはクラウン。訳あって、この近くの村に滞在してる。これでいいか?」
「村…近くに村があるのか?」
「なんだ、お前も迷った口か?」
ルフィンがからかい口調でそう言うと、少年は少し顔を赤くした。
「しょうがねぇだろ!こんな深い森で…進めば進むほど訳わかんなくなるしよぉ…おまけに罠まであるし」
「罠?」
少年の言葉に、ルフィンは眉をしかめた。と、横にいたクラウンが軽く手を上げる。
「僕が仕掛けたんだよ。昨夜、たっぷりとね♪」
「張り切ったってのは、その事か…」
ルフィンは呆れた様子で言って、額に手を当てた。

新たな訪問者-Acquaintless Visitor-

「ごめんね、まさかこの森に、僕たちの他に人間が入ってくるなんて思わなかったもんだから…」
クラウンはそう言って、罠にかかってしまったらしい少女に頭を下げた。
「いいですよ…別にケガをしたわけじゃないし。ただちょっとびっくりしただけですから」
少女は苦笑してそう言う。ややハスキーな声だ。意識して低く出そうとしているような感じを受ける。
「一体なんだって罠なんかかけたんだ?」
眉をしかめて問う少年に、ルフィンが真剣な表情で答えた。
「この森に、人の心臓を喰う魔獣が潜んでるかもしれないんだ」
「何だって?」
ただならぬ話とルフィンの様子に、少年は表情を変える。少女も、真剣な表情をこちらに向けた。
「この近くの村に伝わる、伝説の魔獣らしい。もう2人の村人が殺されてる。あたし達は、そいつを退治するために、村に滞在してるって訳さ」
「そいつはほっとけないな。オレも協力するぜ。その村に案内してくれよ」
「いいけど…急ぐんじゃないのか?」
「いや、そんなに急ぐ旅でもないんだ。ちょっとした使いで、リストフに行くだけだからな」
「リストフに行くのか。じゃああたし達と一緒だな」
「そうなのか。これも何かの縁だな」
少年はにっこり笑って、ルフィンに手を差し出した。
「オレはガイキ。よろしくな」
「ああ、よろしく」
ルフィンもその手を握り返して、微笑む。
続いて隣にいた少女も、手を差し出した。
「ボクはアナスタシア・ファルマーテ。アナスタシアで結構です」
「ボク?」
やはり握手をしながら、ルフィンは怪訝な表情になる。
「女なのに、変な喋り方するんだな」
全然人のことは言えない。
だが、ルフィンの言葉に、アナスタシアは露骨にむっとした表情になった。
「ボクは男ですよ。よく間違えられますけどね」
「えっ…ああ、悪ぃ」
ルフィンは慌てて謝った。が、アナスタシアは意外そうな顔になる。
「よく信じますね…今まで一回言って判ってくれた人はいませんでしたよ」
「…ああ…そりゃね」
ルフィンは苦笑して頭をかいた。アナスタシアは不思議そうな顔でルフィンを見つめている。
「…仲間を見れば、判るよ」
ルフィンは苦笑したまま、あえてはっきり言うのを避けた。
…女顔の男は、見飽きるほど見ている。
「ま、とりあえず、今戻ってもみんな情報集めてる最中で誰もいないよ。あたしはもう少し森を探したいんだけど、つきあってくれるかい?」
「ええ、いいですよ」
「オレもかまわないぜ。魔獣とやらは森に潜んでるんだろ?いっちょ見つけだして、やっつけてやろうぜ!」
「クラウンも来るか?」
ルフィンが振り向いてクラウンに問うと、クラウンはゆっくりと頷いて、言った。
「そうだね。僕も一緒に行くよ」

悲しみの遺族-Smileless Family-

「言っておきますけれども、あなた方を信用したわけではありませんからね」
リキの母親、アキは、静かな口調でそう言った。
ほっそりとした、物静かな感じの美人である。髪も服もきっちりまとまっており、昨日のマリナとは正反対の印象を受けるが、泣き腫らした跡のある目だけが、意志の強い輝きを放っていた。
「ですが、村長が出来るだけあなた方に協力しろと仰有るので私にできる限りのことは致します」
「ありがとうございます」
クルムは丁寧に礼をした。昨日より遥かにやりやすく、助かる。拍子抜けするほどだ。
「早速ですが、最後に息子さんを見たのはいつですか?」
「昨日の、夕飯の時ですわ。夕飯が終わってすぐ、自分の部屋に行ってしまいました。それから、部屋を出た様子はありませんわ。ですから、何故あんなところにいたのか、全く…」
「それは、確かですか?」
「ええ。私はずっとここにいましたし、ここからあの子の部屋はよく見えますので、外に出れば分かるはずです。ですから、私どもが寝るまでは、あの子がこの家にいたことは間違いないと思います」
「窓から出たとかは…」
「窓には内側から鍵がかかっておりました」
「いつ出たのかは分からないんですか?」
「ええ。私どもの寝室は2階にありますし、あんな事件があった後にあの子が夜 外に出るなんて思いもよらなかったものですから…」
「前の被害者のアセイさんとは親しかったと聞きましたが…」
クルムがそう言うと、アキの表情が少しこわばった。
「…村の方々の評判は芳しくなかったようですわ。私どもが厳しくしつけすぎたのもいけなかったのだと思いますが…いつの間にかあの子も、手が着けられないほど反抗的になっていました。先程の…いつ出たのかわからないと言うのも、本当は、あの子に関わるのを無意識のうちに避けていたのだと思います。どうせ何を言っても聞きはしないのだと…恥ずかしいお話ですが」
言って、深いため息をつく。
クルムは何と言っていいか判らず、視線を泳がせた。
「…ええと、最近の息子さんに、何か変わった様子はありましたか?」
「最近、ですか…あの、先程も申しましたように、私どもはあの子のことを避けていましたので、詳しくは判らないのですが…今考えてみると、ここ最近…一週間くらいでしょうか。特に荒れていたように思います。いつも…あの、アセイたちと逢っていたようですが、ここ最近は特にずっと4人一緒にいたように思いますわ」
「…ここ一週間ぐらい、ですか…」
それは、アセイの妹、ヘキルが言っていた期間とも一致する。やはり、殺された理由は特にあの4人の中にあるのだろうか。
「ありがとうございました。また、何かあったらうがかいに来るかも知れませんが…」
「…ええ。なんなりと」
アキは無表情のまま、静かに頷いた。
「…マリナさんは行きすぎだと思いますけれども…あんな息子でも、私どもにとってはかけがえのない家族で、血を分けた可愛い息子だったのです。どうか、一刻も早い解決をお願いします。もちろん、あの子を殺したのがあなた方である可能性もありますけれども…」
「…そうですね。あなた方にとってオレはどうがんばってもよそ者でしかない。それはわかります。でも信じて下さい。オレ達は本当に、何もやってないんです」
真剣な表情でクルムが言うが、アキの表情は動かない。
「…申し訳ありません。これは私達、この村の人間である限り、どうあがらいようもないのですわ。私達は、この村を出たことがない。未知のものというのは、それだけで恐怖と疑惑の対象になりうるのですわ。そうではありませんか?」
どうやらこのアキという女性は、思ったよりずっと思慮深く知性的な女性であるらしい。アキはそのまま、静かに続けた。
「もしあの子を殺したのがあなた方であったときは…その時は、私は絶対に、あなた方を許しませんから…覚えておいて下さい」
無表情のままのアキの目に、暗い光が灯る。憎しみという名の、暗い、しかし他のどんな光より身に突き刺さる光が。
マリナのように怒鳴り散らして罵倒されるより、この方が恐いかも知れない…
底知れぬ戦慄を覚え、クルムは言葉を失った。

痕跡無き殺人-Signless Murder-

エルと瑪瑙は、夕べの現場…村の中央の噴水に来ていた。
あたりに人の姿はない。最初の殺人が起こってから、あまり外に出る村人もいないようだが。まあ、わざわざ殺人の現場に来たいと思う者もいないだろう。
改めて日の光のもとで見ると、現場は一層凄惨で、不気味だった。噴水から出る水はすでに止められている。溜まっている水は夕べと同じように血で黒く濁っていて、底も見えない。被害者が胸を切られたと思われる場所から広がっている血も、生々しく地面に残っていた。
エルはなるべくそちらの方を見ないようにして、夕べ自分が不思議な光に導かれてきた道の方を見やる。ここに来るまでも、その道を通ってきた。何か痕跡があるかと思い注意深く観察しながら来たが、残念ながらどこにも変わった様子は見られない。
瑪瑙もまた、噴水の周りを丹念に調べて回ったが、昨日ミケが言った以外の手掛かりを見つけることはとうとう出来なかった。
噴水は大理石のようなもので出来ているが、その周りの地面は普通の道と変わらない。つまり、土がむき出しになっているタイプの地面だ。足跡は付きやすいが、逆に言えばいつついたものか判別しづらいということになる。転んだり、この上で戦闘をしたりすればさすがに痕跡は残るだろうが、歩いたり走ったりと言うことではそれと判別できるような痕跡は残らないだろうと思われた。
ちなみに、昨夜ついたクルムとルフィンの足跡は、うっすらとではあるが残っている。血の混じった水の跡だ。だが、やはりそれ以外の足跡は見あたらない。噴水の水たまりの中で被害者を殺したとするならば、ここから立ち去るときに必ずつくはずなのに。
「…手詰まり、だね…」
瑪瑙は右手を顎にあて、小さく呟いた。
ここまで痕跡が無いというのは、本当に不可解なことであった。まるで、ここで被害者を殺し、そのまま煙のように消えてしまったかのようだ。
時間は深夜。村人達も寝静まってしまった頃だ。目撃者や、何かの音を聞いたという手掛かりさえ乏しい。
瑪瑙の言葉に、エルも心配そうに瑪瑙を見上げた。
「ねぇねぇ、あなたもよそもの?」
と、突然背後から甲高い声がかかる。振り向くと、そこには小さな女の子が立っていた。栗色の髪を左右で結い、ややつり上がった山吹色の瞳を面白そうにこちらに向けている。そう、ヘキルだ。もっとも、エルと瑪瑙は初対面だが。
「…君は?」
射程距離外(笑)であっても女性に対しては優しいらしい。瑪瑙はやわらかく微笑んで、ヘキルと同じ視点になるようにかがみ込んだ。
昨日はその問いにへそを曲げたヘキルだが、瑪瑙は好みのタイプだったのか、にっこり笑って答える。
「あたしはヘキル。きのうのお兄ちゃんたちとはちがうのね。リキが殺されたところ、調べてるの?」
「…昨日の…?ああ、じゃあ、君が…ミケが言っていた、アセイの妹、だね…?」
「そうよ。お兄ちゃんもよそものね?そっちのおにいちゃ…あれ、おねえちゃん、かな?」
瑪瑙の後ろにいるエルをのぞき込んで、ヘキルは言った。エルは慌てて、
「…あ、あの、僕は…男、なんだけど…」
全然説得力のない口調でそう言う。ヘキルはさして興味がない様子で、瑪瑙に視線を戻した。
「ふぅん。きのうのお兄ちゃんたちはいないの?」
「…彼らは、別のところを調べている、よ…それより、君にまた、聞きたいことがあるのだけど…」
「いいわよ。なんでもきいてちょうだい」
「…今回、殺された、リキという男と、君のお兄さんは、友達、だったそうだね…」
「そうよ。あたし、お兄ちゃんもだけど、あのひとたちもすごくきらいだったわ。お兄ちゃんといっしょになって、あたしのこと、いじめるのよ。だから、お兄ちゃんの部屋とかで4人集まってるときは、なるべく外に出かけるようにしていたわ」
「…最近、その4人に変わったところは、無かった…?」
「うーん…きのうのお兄ちゃんにもいったけど、ここいっしゅうかんぐらいかな。何かすごくイライラしてて、こわかったの。4にんでいることも、いつもよりおおかったとおもうわ。なんかこわがってるかんじで、4人でひそひそ話してるの。ちかづくとおこるから、くわしくはわからないけど…」
「…この村を、出ようとしていた、って言うことは…?」
「ここをでるぅ?!」
瑪瑙の問いに、ヘキルはいきなり素っ頓狂な声をあげた。
「ダメダメ、そんなことできっこないのは、お兄ちゃんたちもよくしってるわよ。それにそんなかんじじゃなかったとおもうわ。よくわかんないけど…」
「…村を出る、っていうのは、そんなにいけないこと、なの…?」
「そりゃあそうよ。ここをでちゃいけない。よそものをここにいれちゃいけない。それがこのむらのきまりだもの。きまりをやぶったら、ひどいめにあうのよ」
「…ひどい目…?」
「あたしもよくしらない。けど、ひどいめはひどいめよ」
瑪瑙は少し視線を逸らして何かを考え、また視線をヘキルに戻した。
「…ところで…アセイ…お兄さん達は、カレンとは仲が良かった?」
「カレンお姉ちゃん?」
ヘキルは予想外の名前を聞いた様子で、きょとんとした。
「ううん、いっしょにいるのなんてみたことないわ。だってとしがはなれてるじゃない?あたしもだけど、みんなあんまり、としがはなれてるひととはあそばないわね。としのちかいこのほうが、かんかくもにてるし、あそんでてたのしいもの。それに…」
「…それに?」
「カレンお姉ちゃんは、あまりだれともなかがよくなかったわ」
「…そう、なの?…どうして…?」
「だってカレンお姉ちゃんは、よそもののこどもなんだもの」
「…なん、だって…?」
「よくしらないけど、ママがそういってたわ。だからあまりちかづいちゃいけませんっていわれてたの」
瑪瑙は視線を落として、先程より長い時間考え込んでいた。
「…ありがとう、ヘキル…助かった、よ…」
「おやくにたててうれしいわ」
「…けれど、君もあまり外に出ない方が、いい…どこにヴィレグが潜んでるか、判らないから、ね…」
「はぁい。ホントはここにも、パパとママにナイショできたの。だっていえにいたってつまんないんだもの。でももうかえらないとばれちゃうかも。またね」
「…ああ、また…」
ヘキルはくるりと背を向けると、足早に駆けていった。
「…あ、あの…瑪瑙お兄ちゃん…?」
ヘキルの姿が見えなくなってから、エルがおずおずと口を開く。
「…ん…?」
「…もしかして…カレンお姉ちゃんのこと…疑ってるの…?」
「…ん…いや……ただ、少し気になることがあって、ね…」
瑪瑙は、昨日の不思議な声…彼自身が「フィ」と呼んでいた声が言ったことが、気になっていた。
『気配は、感じませんでしたわ』
ということは、カレンが嘘をついていると言うことか…?それがどうしても、心に引っかかって離れない。
それに、先程のヘキルの言葉。
「…よそ者の子供、か…」
エルが不思議そうに見つめるが、瑪瑙は自分の思考に没頭した様子で、そうひとりごちた。

解かれた封印-Evilless Seal-

「ここまでは来てみましたが、さて、どうしたものですかね…」
アセイの家の前で、ミケはノッカーを叩けずに困っていた。
直接対面したわけではないが、クルムの話だとかなり母親のマリナがヒステリックになっていたらしい。問答無用でこちらが犯人だと決めつけていたようであったし、昨日の今日で話を聞いてくれるだろうか。昨日会った妹のヘキルも、いないようだ。
入ろうかどうしようか。そんなことを迷っていると、後ろから声がした。
「な、なあ…あんた」
振り向くと、背の高いがっしりとした体つきの青年がいつの間にか後ろに立っていた。その顔には見覚えがある。
「貴方は確か…ライネさん、でしたね」
そう。昨日も今朝も、カレンの家に村長と共に怒鳴り込んできた青年のうちの一人だ。そして、被害者アセイとリキの友人であるらしい。
「俺の名前、知ってるのか?」
「カレンさんにお聞きしました。アセイさんとリキさんの、お友達でいらっしゃるようですね」
「あ、ああ…」
体格とは裏腹に、ライネの態度はどこかおどおどしている。もともとこういう性格なのか、それとも何かに怯えているのか。
「ちょうど良かった。お二人のことを、詳しく知りたいと思っていたんです。教えていただけますか?」
ミケは丁寧にそう尋ねるが、ライネは彼の話など聞いていない様子で、そわそわと辺りを見回している。
「…ライネさん?」
「な、なぁ!」
ライネはいきなりミケの両肩をわしっと掴んだ。何か、せっぱ詰まった様子だ。
「ど、どうしたんですか?」
勢いに押されそうになりながらも、やっとそれだけ聞く。
「あ、アセイとリキを殺したのって…やっぱり、ヴィレグなのか?」
ライネはそれを口にするのがタブーであるかのように、声を低くしてそう言う。ミケの肩を掴んでいる手も、かすかに震えていた。
「そ、それはまだわかりませんが…何か心当たりがあるんですか?」
ミケがそう訊くと、ライネはまたきょろきょろと辺りを見回してから、小さな声で言った。
「…も、もしかしたら俺達…俺達がヴィレグの封印を解いちまったかもしれないんだ…」
「…なんですって?」
ミケの表情が険しくなる。
「どういうことです?詳しく聞かせて下さい」
「い、一週間くらい前のことなんだけどよぉ…俺達、北の森の奥の方で、変な洞窟を見つけたんだ」
「変な洞窟?」
「ああ…なんだか、大きな木のそばで、一目ではわからないようなところにあって…面白がって中に入ったら、奥が少し広い部屋みたいになってて、なんかよくわかんねぇ模様が床に描いてあって、その真ん中に変な塚みたいなのがあったんだ。てっぺんに何か綺麗な宝石みたいな珠が置いてあってよぉ。…そ、それで、アセイがそれを持って帰ろうとか言い出して…だけど、その珠、何かくっつけてあるらしくて、なかなか取れなかったんだ。あいつ、気が短いから、そのうちそれを取ろうと躍起になって…最後には、塚を蹴り倒しちまったんだ。そしたら…」
ライネは青ざめた顔でぶるっと身を震わせた。
「突然、何かすごくやな気配がして…倒れた塚の底から、何か黒い霧が出てきたんだ。それがあっという間に部屋いっぱいに広がって…そしたら、何か訳わかんねえ声が頭ん中に響いて…」
「声?」
「『感謝するぞ』って…。そしたらみるみるうちにその霧が消えてって…。俺達、慌ててその塚をもとの通りに立て直して、逃げてきたんだ」
「…なるほど。ここ一週間ばかり、アセイさんの様子がおかしかったのは、そう言うわけだったのですね」
「あ、ああ…やっぱ気味悪いだろ。だからここんとこ、みんなで集まって一緒にいるようにしてたんだ。そしたらアセイが殺されて、俺達みんな、カレンの所にいるよそ者の仕業だと思って、村長と一緒に行ったら、ヴィレグの仕業だって言うしよぉ…俺、恐くて…なぁ、本当にヴィレグのせいなのか?俺達が封印を解いちまったから、俺達が一人ずつ殺されてんのか?も、もしかして…次に殺されんのは、俺なのか?!」
ライネはどんどんエキサイトして、ミケに詰め寄ってくる。
「え、ええと、その…」
「ライネ」
ミケが返答に困っていると、また背後から声がかかった。ライネの表情が、怯えたように固まる。
振り向くと、そこにはやはり同い年くらいの、眼鏡をかけた青年が立っていた。やはり今朝の青年のうちの一人である。
「キラ…」
「何をしているんだ、そんなよそ者相手にペラペラと…余計なことは喋るなと、あれほど言っておいただろう」
「だ、だけど、キラ…ほんとにヴィレグがやったんなら、今度は俺達が…」
「ライネ」
ライネの言葉を遮って、キラは静かな、しかし強い語調で言った。
「…僕の言うことがきけないのか?」
その言葉に、ライネは俯いて黙り込んでしまう。キラはミケの方を向いて、言った。
「…こいつが何を言ったのか知らないけど、僕たちは関係ないから。…ま、どうせ君たちがアセイとリキを殺したんだろうけどね。せいぜいいもしない魔獣をがんばって探すといいよ」
そして、皮肉げに微笑む。
キラの態度は落ち着いていて、隙がない。おそらく彼が、4人の中のリーダー的存在なのだろう。
ミケはキラの言葉には応えず、黙って彼を見つめていた。
キラはふいっとそっぽを向くと、そのまま歩いていってしまう。ライネが困ったようにキラとミケとを交互に見、結局ライネについて行ってしまった。
「…なるほど…」
キラとライネの姿が見えなくなってから、ミケは腕を組んでそう呟いた。

その頃。
ルフィン、クラウン、ガイキ、アナスタシアの一行は、問題の洞窟にたどり着いていた。
見つけたのはクラウンである。普通なら見落としてしまいそうな、木の陰の小さな入り口を、何故か彼はめざとく見つけだした。
人目に付かないような洞窟。ヴィレグが潜んでいる可能性が高いだろうということで、入ってみることになったのである。
「中は明るいですね…」
アナスタシアが珍しそうにきょろきょろと見回しながらそう言う。
「ヒカリゴケかなんかじゃないのか?」
どこでそんな知識を手に入れたのか、ガイキがそんなことを言う。
「おい、あっちになんかあるぜ」
ルフィンが奥の方を指さして言った。
奥の方は通路よりやや広いくらいの部屋になっており、中心には魔法陣のようなものが描かれている。その中心には塚のような物が、多少ぎこちない感じで置かれていた。てっぺんには、青い色の宝珠が置かれている。
「魔獣はいないみたいだな…ん?」
部屋の中を一通り見渡してガイキが言う。と、部屋の隅の方に何かを見つけ、そちらに歩み寄った。
「なんだ、これ…?」
怪訝そうなガイキの声に、他の3人もそちらの方に目をやる。
それは、部屋の隅の方に、転がっていた…と形容するのが正しいのだろうか。
大きさは1メートルくらいだろうか。豆…というか、大きなたまごのような形をしている。色は肌色。傍らには、変な形の赤いカバンが落ちている。
ガイキはおそるおそる近付くと、その物体を指でつついた。
やわらかい。そしてしっとりしている。
すると、突如その物体がごろりと転がったので、ガイキは驚いて後ずさった。
裏返ると、何とそこには端正な顔があり(あくまで顔の内容だけが端正なのだが)脇には細い手が、そしてさらによく見ると下の方には同じように細い足がついていた。
「うーん…」
その物体は、低い声でそう唸ると、ゆっくりと瞼を開けた。
瞳がない。
冒険者達は言葉もなく青い顔でその物体を見つめている。
「…おや…あなた方は?」
それはこっちのセリフだ。
誰もがそう思ったが、やはり言葉が出ない。
一番物体に近い場所にいるガイキの肩が震えている。
「…お…」
「お?」
物体は、怪訝な表情でガイキの顔をのぞき込んだ。
「…お…」
ガイキの肩が、やはり震えている。
「お…なんでしょうね?」
物体がさらに怪訝な表情で首(?)をひねる。
関係ないが、男声オペラ歌手のようないい声だ。
「…お…」
ガイキの手が、背中に背負っている剣の柄をがしっと掴んだ。
そして、それを一気に抜いて、振りかぶる。
「ぉお前が化け物かぁぁぁぁっ!!!」

「…ですから、森で迷ってしまいまして、仕方なくここで一夜を明かしただけなんです…魔物だなんて、とんでもないです」
その物体は、半泣きになりながらそう言った。
あの後、悲鳴をあげて丸まったその物体の反応を見て、他の仲間が必死でガイキを止めたのだ。
「え、ええと…だけど、貴方がその、少し普通と違う姿をしているでしょう?だからちょっと、動揺してしまったんですよ」
アナスタシアが賢明に言葉を選んでそう言う。
「そうですね…わたくし達の種族は、あまり人間種族の前には姿を現さないのですよ。驚かせてしまって、申し訳ありません」
物体はだいぶ落ち着いてきた様子で、立ち上がって傍らのカバンを背負った。
この細い足で、どうやって立っていられるのかが謎だが。
「ですが、魔獣が出るという話は興味がありますね。わたくしも一緒に連れていってはいただけませんか?」
物体の言葉に、冒険者達は顔を見合わせた。
だが、迷っているという話だし、無下に断るわけにもいくまい。ルフィンは多少引きつった笑顔を、物体に向けた。
「お、おう…わかったよ。一緒にいこうな。あたしはルフィンだ」
「僕はクラウン」
「お、オレはガイキだ。さ、さっきはごめんな」
「アナスタシア…です」
「ルフィンさんに、クラウンさんに、ガイキさんに、アナスタシアさんですね」
物体は一つ一つ顔を確認しながら言う。
「わたくしたちの種族は、個体名を付ける習慣がないのですよ…そうですね、ではわたくしのことは…」
物体は細い手を、口の下(顎はない)に当てて、少し考えた。
「ナンミン、と呼んで下さい」

新たな仲間-Acquaintless Comrade-

「そうですか、そんなことが…」
夕方。
カレンの家に戻り、今日の調査の報告をしあった冒険者達であったが、やはり一番目新しいことと言えば、新たに加わった仲間のことであった。
「ルフィンさんとクラウンさんはもうご存知でしょうが、僕たちは初対面になりますね。簡単に自己紹介していただけますか?」
ミケは愛想のいい笑顔で、新しい2人と1匹の…いや、3人の仲間にそう言った。
「わかったよ。オレはガイキ。流れの傭兵だ。ヴィーダからリストフに行く途中でこの森に迷いこんじまってな。訊いたところだと、オマエ達もリストフに行くところだったんだってな。ま、よろしく頼むよ」
ガイキはそう言って、気の強そうな目を細めた。
一見して、まだ幼さの残るやんちゃな少年といった感じだが、あれから聞いた話によると彼も何と20歳であるという。
何と童顔の多いパーティーだろう。
これでマスターも童顔なのだから笑ってしまう。関係ないが。
「アナスタシア・ファルマーテです。アナスタシアと呼んで下さい」
ガイキの隣に座っていたアナスタシアが、そう言ってにっこりと笑った。
そうやって笑うと、本当に可愛い女の子のようにしか見えない。アナスタシア自身もそれをかなり気にしていて、ルフィンが素直に自分を男と認めたので今はかなり上機嫌だ。今まで自分を見た人間の反応は皆一様にこちらを女と決めつけたものだったので、本当のことを言うと少し拍子抜けだったほどなのだ。
だが、ここに来て残りのメンバーを見て、その疑問は氷解した。
ミケ、瑪瑙、そしてエル。
何と女顔の多いパーティーだろう。
これでマスターも…女だって。
「ヴィーダで、ちょっとしたお使いのような依頼を受けて、ガイキと一緒にリストフに行く途中だったんです。ええと、ボクは、パペットユーザーをしています」
「パペットユーザー?」
耳慣れない言葉をクルムが反復する。
「ええ。人形使い、と言うと判りやすいですか?人形を作って、それを操ることが出来るんです」
「人形を操る…操り人形でも作るのか?」
「近いですけど、違いますね。ボクは糸のついてない人形も、操ることが出来るんです」
「へぇっ、そんなことが出来るのか」
感心したようにクルムが言うと、アナスタシアは嬉しそうに微笑んだ。
「出来ますよ。今ここで、やって見せましょうか?」
そう言って、抱えていた熊のぬいぐるみをテーブルの上に置く。茶色で毛並みのいい、スタンダードなタイプの熊のぬいぐるみだ。可愛らしいぬいぐるみをいつも抱えているということが女の子っぽさに拍車をかけているのではないかと誰もが思ったが、あえて口には出さない。
アナスタシアは熊のぬいぐるみの頭の上に手をかざし、目を閉じて神経を集中させた。
「意志無き者よ、白銀の糸に踊れ…!」
ゆっくりと息を吐くように、呪文を唱える。すると、熊のぬいぐるみはぴくっと小さく動いて、それからひょいっと立ち上がった。
「…わぁ…」
エルが小さく歓喜の声をあげる。熊のぬいぐるみはくるりと一回転して、ぺこりとお辞儀をした。
「チャーリーです。よろしくね」
それに合わせて、アナスタシアが作り声で熊の自己紹介をする。エルだけでなく、他の者達もそれぞれに嬉しげな表情でその様子を見つめていた。
「ええと…それで…」
順番に紹介を受けていき、当然次に紹介する人物…アナスタシアの隣にいる者に視線を移して、ミケはどうしていいか分からない様子で言葉を切った。
それを自分の順番を促したと解釈し、彼は軽くお辞儀をする。
「ナンミンと呼んで下さい。わたくしの種族には本来、一人一人に名前を付ける習慣はないのですが…けれど、人間の皆さんの中にいては、名前がないことは何かと不便でしょうからね」
そう言って微笑むが、やはり他の者達はなかなか、ナンミンの外見に慣れない様子であった。エルなどは、露骨にそちらを見ないようにしている。
どう見てもやはり、肌色の卵に手足がついているようにしか見えない。顔立ちは端正だが、ついている物が物だけに一層得体が知れず不気味だ。
他の者達のそんな視線に気付いているのかいないのか、彼は笑顔のまま続けた。
「わたくしは、そうですね…たまご職人、と言えば一番近いのでしょうか」
「…たまご職人?」
先程とは別の意味で耳慣れない言葉を、クルムがまた反復した。ナンミンはゆっくりと頷いて、続ける。
「ええ。少しでもいいたまごが作れるように、日々精進を重ねております」
「な、なぁ…いまいち話が見えないんだが、たまごを作るってどういう事だ?」
「言葉通りの意味ですが…実際に見ていただいた方が早いですね」
ナンミンはそう言って、すっと手を差し出した。
「この空気の中に漂っている『気』を集めて作るのです。漂っている『気』が良いものであればあるほど、いいたまごが出来ます」
そう言っている間にも、ナンミンの手には、どこからか何かよく分からない物が集まってくる。 それはだんだんと、小さく丸い形を作っていった。
きゅっぽん。
そして、よく分からない音を立てて、それは形を持った何かへと変化した。
白くて、丸い。確かに、たまごだ。大きさも、普通のたまごと変わらない。
ただし、顔がついている。
「ぎゃー」
そのたまごは、口を縦に大きく開けて、耳障りな鳴き声(悲鳴?)を上げた。

見なかったことにしよう。
ナンミンを除く、その場にいた全ての者の心が、一つになった瞬間だった。

月の照る夜-Darkless Night-

「それで、今夜はどうしますか?」
その後、まだ紹介を終えていなかったメンバーの紹介を済ませると、日はすっかり暮れ、月が姿を現していた。
そう、今夜は月が出ているのである。
伝説では、ヴィレグは月のない夜に現れるという。
もちろん、ヴィレグの仕業だと決まったわけではないのだが…
「伝説の通りだと考えると…今夜、事件が起こる可能性は低いように思われますね。でも僕は一応、外を見回ってみようと思います」
「オレもそうしようかな。出る出ないはともかく、昼に見えなかったものが見えるかも知れない」
ミケの言葉に続いて、クルムが言う。
「そうだな…月が出ているからこそ、一体魔獣がどこから現れるのか、検証してみたいな。昼間見つけたあの洞窟のことも、気になるしな」
続いてガイキも言う。その言葉に、ミケも深く頷いた。
「そうですね。被害者の友人の方の証言から言っても、あの洞窟で何かがあったことは確かだと思います。それをヴィレグ…今回の事件に結びつけて考えても、間違いではないと思います」
「そうか…じゃああたしも、見回ることにするよ」
ルフィンも同じように頷いた。
「…あ…あの、僕も…」
隣のエルが、おずおずと言う。
「…大丈夫ですか?エルさん…また、嫌なものを見てしまうかも知れませんよ?」
心配そうに問うミケに、エルは多少怯えた様子で、それでも言った。
「…だ、大丈夫…だもん…」
「そうですか?」
ミケはやはり心配そうだ。
「…俺は、ここにいる、よ…ヴィレグが出てくる可能性は低いし…カレンも、心配だ…」
瑪瑙の言葉に、カレンの頬がパッと赤く染まる。
「ボクも、ここにいます。小さい村ですし、ここで見張っていてもある程度はカバーできると思います」
アナスタシアもそれに続いた。
「わたくしは…失礼して、休ませていただけますでしょうか。…少し、疲れていまして…」
「…あ、ええと、いいわよ。2階のお部屋はたくさん空いてるから、使ってちょうだい」
ナンミンの言葉に、カレンが頷いた。
「ありがとうございます。少し休んだら、わたくしも協力させていただきます」
「僕は…どうしようかな。とりあえず今は保留、ね」
クラウンもその後に続いた。
「わかりました。では、見回りをする方はどこのあたりを見回るか、昨日のように分担しておいて下さい。僕はその間に、カレンさんと夕食の準備をしておきます」
「わかったよ。ミケの担当は適当に決めておくな」
「よろしくお願いします」
ミケはにっこり笑って一礼すると、カレンと共に台所に向かった。
そしてそのまま、見回りをする者は自分の担当区域の相談を、そうでない者はそれぞれに雑談などを始めた。

月は自分の存在を誇示するかのように、煌々とあたりを照らしている。
そして、今まででもっとも長い夜が、始まろうとしていた…

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