めがさめたら とってもとっても あついところにいたんだ
すごくあつくて おひさまがすごく ちかくにあって
でもおひさまは ぼくがにらんでも かたくならないのは しってたよ

そしたら とおくのほうで おとがしたんだ
たのしそうなおと だれかのわらいごえ
ぼくがいたところは くらくてさむくて
マスターはあんなふうに おおきなわらいごえをださないから

きになったの

あっちのほうにいけば いいのかなって

あっちのほうにいけば


ぼくも あんなふうに たのしくなれるのかなって

「そうなんですよ、結構あちこち行ってるんです」

ヴィーダ大通りを少し入ったところにある、真昼の月亭。
冒険者御用達の酒場とは到底言えない立地だが、なぜか様々な冒険者が訪れ、知る人ぞ知る酒場と言われている。
その看板娘であるアカネ・サフランは、常連である青年の話をニコニコしながらうんうんと聞いていた。
「さすがは冒険者さんですねー。シェリダンには行ったことあるんですか?」
「シェリダンですか。ありますよ」
ふう、と何かを思い出したのか、遠い目をする青年。
背の高さだけがかろうじて男性と主張する、少女と見まごうほどかわいらしい顔立ちをした青年である。茶色の長い髪をゆるく三つ編みに結い、青い大きな瞳は利発そうな輝きを灯していて、いかにも魔術師ですといった全身黒ずくめの魔道服を身にまとっていた。
名を、ミーケン・デ=ピースという。
青年…ミケは、形の良い眉をわずかに顰めて苦笑し、アカネに答える。
「シェリダンは、暑かったんですよねー。ぶっ倒れそうな気がして魔法を組んだりとか、懐かしいなぁ」
「そうなんですかぁ。いいですね、海外旅行」
あきらかに適当に返した返事もそこそこに、まるで今思い出しましたというように白々しくぽんと手を打つアカネ。
「あっ、そうだー。ミケさん、シェリダンに行ったことがあるなら、知り合いとかいますか?」
「知り合い、ですか?」
いきなりシェリダンの名前をピンポイントで訊ねてきたところから違和感は感じていたのだが、生来の気質からかミケは素直にするっと答えてしまう。
「成り行きで王宮の方と知り合ったような気もしますが……えっと」
そこまで言って、まずい、と女難の勘が警鐘を鳴らした。
「……一度襲われているところを助けただけなので、それほどのつながりはないかと」
もそっとフォローを入れてみるが、案の定アカネはそんなことは聞いちゃいなかった。
「襲われてるところを助けたなんて、すごいコネクションじゃないですか!そんなミケさんに、シェリダンの王宮へのお届け物の依頼が」
「絶対知ってたから振った話題ですよね!?」
耐え切れず突っ込むミケ。

アカネ・サフラン。
この世界の中で、彼女に知らないことなどないのではないか。
あっという間に丸め込まれながら、ミケは改めてそんなことを思っていた。

「…というわけで、荷物を届けて、その帰りに寄った場所で、お名前を見かけたもので。お久しぶりです、フィズさん」
シェリダンの首都、テーベィのとある酒場で。
久しぶりに出会う友人に、ミケは若干遠い目をしながらそう挨拶した。
「私もこんなところでミケに会うとは思わなかったよ。元気そうで何より」
フィズと呼ばれた青年は、にこりと綺麗な笑みを浮かべる。
「それにしても、王宮にお届け物ってすごいね。何を届けたの?」
フィズの言葉に、ミケは若干青ざめた様子でふっと視線を逸らす。
「なんか箱の中で動いてた気がするんですが…怖いので見ないようにしていました」
「そ、それは賢明だね…」
苦笑するフィズの傍らに腰を掛けていた女性が、二人の会話にゆるりと目を細めた。
「お二人は旧知の仲なのだな」
「あ、ええ、そうなんですよ。フィズさんの…ええと、お母様にあたる方に、大変お世話になって」
「どんなふうにお世話したのか目に浮かぶようだけど」
「ええまあその、少しでもご恩返しができたら幸いです」
「なるほど、そのような繋がりがあるのだな」
感心したように頷く女性。
シェリダン風の装束を身にまとってはいるが、顔立ちは東方大陸のそれを思わせる、意志の強そうな女性である。長い黒髪を三つ編みでまとめているが、体中に痛々しい傷跡があるからか、ミケのような柔らかさはあまり感じられない。
「それがし、扇谷稜と申す」
「おぎやかつ…りょう、さんですか」
耳慣れない名前の響きにきょとんとするミケ。
「ナノクニの方ですか?」
「うむ。その土地に合わせた装束を着ることにしているが、出はナノクニじゃ。
異国の名は呼びにくかろう、おりょうで良い。良しなに頼む」
「あ、こちらこそ。僕はミーケン=デ・ピースといいます。ミケでいいです」
丁寧に頭を下げられ、ミケは慌てて自己紹介をした。
「ナノクニの方が、なぜシェリダンに?」
「ふむ。それがしは砂漠に美味い酒…いやいや、追っ手に追われてやむなくここに来たのじゃ」
「そこは別に嘘をつかなくてもいいと思いますが」
「しかしここのところ、儲け話から遠ざかっておってのう…荒事であればそれがしの領分であろうと思い、依頼を引き受けた」
「頼もしいね。よろしくお願いするよ」
にこり、と綺麗に微笑む青年。
おりょうは眉を寄せて身を乗り出した。
「しかしバシリスクとは厄介なモンスターが現れたのう。石にされてしもうたらかなわんわ。
早速じゃが、話を聞かせてもらえるか」
「そうだね」
表情を引き締め、姿勢を正す青年。
ディセスであることを示す褐色肌と尖った耳は、砂漠の国であるこのシェリダンには妙に馴染んで見えた。ミケに負けず劣らず、女性かと見まごうほどの綺麗な顔立ちが印象的で、しかし声を聴けば確かに男性であることがうかがえる。モスグリーンの髪を束ね、同色系統の身軽な旅装束を纏っているのを見る限りでは、おりょうの言うような「荒事」に向いているタイプではないことが想像できた。
「私の名はフィズ・ダイナ・シーヴァン。フィズでいいよ。どうぞよろしく。
改めて、私の依頼を受けてくれてありがとう」
ふわりと柔和な笑みを浮かべ、再び表情を引き締めて。
「依頼文の通りなんだけど、ここから南に少し行ったところにあるギザの村というところで、モンスターの目撃情報があったんだ。
私は、見たという人の話を聞いてきたんだけど」
「バジリスク、という話ですが」
「うん、そう。小高い丘ほどの巨体、砂色の鱗に大きな赤い一つ目…話を聞く限りではバジリスクだと思う」
「睨まれると石になるというのは本当なんですか」
「本当にバジリスクならば、そうだよ。見るものすべてが、というよりは、意志をもって睨んだものが石になるようだね」
「フィズさんは、そこで起きていることをどれくらい調べているんですか?」
「さっき言った通りだよ。見た、という人の話を聞いてきた。実際にそこには行っていない。
本当にバジリスクなら、一人で行くのは危険だからね。だからテーベィまで戻って、冒険者を雇おうと思ったんだよ」
「なるほど……」
「バシリスクといえば音に聞こえた恐ろしい化け物じゃ」
そこに、おりょうがそう言って腕組みをする。
「普通に戦っては勝算も薄かろう。おまけに今回は生け捕りにしようということではないか」
「そうだね。今回の私の目的は、バジリスクを召喚の獣として契約を行うことだから」
「何かバシリスクに立ち向かう方法など知らぬかのう?」
「立ち向かう方法、か……」
うーん、と眉を寄せるフィズ。
「致命的な弱点めいたものは、まだ確認されていないみたいだね。石化の邪眼についても、鏡があれば反射できるという説もあるけど、やってみたという人を見たことはないな。そもそも、あまり存在が確認されていない魔物だからね」
「鏡ですか…反射できるような大きなものを用意する必要がありますかね」
「いや、反射されては困るよ。私はバジリスクを倒してほしいのではないのだから」
苦笑するフィズに、ミケはああ、と思い直した。
「それもそうか…では、僕は魔法で対応するしかなさそうですね。おりょうさんは…」
「それがしはこの剣で立ち向かうことになろう。物理と魔法でバランスは取れておるな」
「ですね」
うん、とひとつ頷いて、ミケはフィズに向き直る。
「それと、召喚の儀式&使役ということなのですが」
「ああ、うん」
「フィズさんが召喚魔法を使うことは知っているのですが、これって、バジリスクと契約して、呼んだら手を貸してね、という約束をして……その後、その魔物はどうなるんですか?…いえ、単純な興味なんですけれども」
「それは、召喚士によってさまざまだね」
フィズは頷いて答えた。
「そもそも、『召喚』という行為そのものは、別の場所にいるものを自分のいる場所に『移動させる』行為を指すんだ。極端な話をすれば、私がミケと儀式を行って契約をすれば、ミケが今東方大陸にいたとしても、ここに瞬時に移動させることができる」
「えっ、そんなことができるんですか」
「そうだね。ただ、儀式を行うには使役するという契約を行うことになるから、事実上ミケと私が契約をすることは難しいね。ミケも私に使役されるのは嫌だろうし」
「まあ…それは、そうですね」
妙な間で納得するミケ。
「ということは、呼び出したら呼び出しっぱなしですか?」
「そういうことも可能、ということだよ。でもたいていの場合は、呼び出しっぱなしでも邪魔でしょう?呼び出した時と逆のことを行って、元の場所へ帰すということをするんだ」
「そうですね、そちらのほうがイメージに近いです」
頷いて、さらに続けるミケ。
「召喚をしたものが、暴走とか言うことを聞かなくなったりとかすることはあるんですか?」
「それはもちろん、あるよ。使役するまでの力量が召喚士の力量だからね」
フィズはうなずいて答えた。
「力量以上のものと無理やり契約を交わして使役しようとすれば、相手の力が勝り、暴走して契約は切れる。その場合に、たいていの場合は無理やり従えようとした契約者に襲い掛かる。契約者が死んでしまうと、喚んでしまったものは元の場所には帰れない。可哀想なことだね」
「そうなんですね…フィズさんはどんなものをどのくらい喚べたりするんですか?」
「うーん、こうしていろいろなものと契約しているから、種類は本当に様々だよ。3桁は行っていないと思う…数えてみたことはないけれど」
「…つ、つまりは少なくとも2桁の種類を呼ぶことができるんですね…時間とかは関係ないんですか?」
「さっきも言った通り、召喚という行為自体は『呼ぶ』と『返す』をするものだからね。呼んだ場所にとどめることにそれほど魔力は使わないんだ。それは従わせるという『契約』のうちだからね」
「では、そこもとがバジリスクと契約をした場合、そのバジリスクはどこへ行くのだ?」
おりょうがわずかに眉を寄せて問う。
「というよりは、そもそも、そこもとはバシリスクを何に使うつもりなのだ?」
「使う……うーん」
フィズは少し困ったように首を傾げた。
「私は召喚士だからね。召喚をするために契約をするんだよ。
おりょうは強い刀を探したりはしない?なぜ強い刀を求めるの?より強くなりたいからでしょう?」
「む……」
何か心当たりがあるらしく、言葉を飲み込むおりょう。
「…そうか、何か使い道があるゆえのことかと思うたが、杞憂であった。すまない」
「気にしないで」
柔らかく微笑んでから、フィズは改めておりょうの質問に答える。
「バジリスクはどこに行くのか、という問いに答えるけれど、今までの例に倣うならば、契約をした後はそのまま分かれることになるね」
「放置、ということですか?でも」
「わかっているよ。あくまでも、今までの例に倣うなら、だね。契約を結ぶ場合、多くはその獣の生息地にいるわけだから、そこで暮らすのが一番いい。
けれど、今回は話が違う」
すっと表情を引き締めるフィズ。
「本来は生息しない場所に突然現れた。そしてそのことを、その場所の人たちは脅威に感じている。これは、良くないことだよ。
ギザの村の人々の精神的な負担はもちろんのこと、本人だって」
「……本人?」
不思議そうに首をかしげるおりょうに、フィズはごく真面目に言った。
「バジリスクのことだよ」
「……え」
小さく声を漏らすミケに、続けるフィズ。
「確かに、ギザの村の人たちはバジリスクにはかなわないかもしれない。けれど、ミケやおりょうのような、ちゃんとした冒険者が立ち向かえば敵わない相手じゃないよ。そうしたら、バジリスクは何の罪もないのに殺されてしまう。それは、あってはならないことだと私は思うんだ」
「ちょ、ちょっと待ってください。でも、実際に村の人々が」
「まだ、バジリスクは何もしていないよ。これからするつもりかどうかもわからない。けれど、目撃者が無事で帰ってきたこと自体が、バジリスクが人間に敵意を持って危害を加えるつもりじゃない可能性が高いことを示していると思わない?
だとしたら、急に知らない土地に放り出されて訳も分からないまま歩いていたら強い冒険者に殺されてしまった、なんていう、ひどいことになるのは止めるべきだ。
私はそう思って、村の人たちに私がバジリスクをどうにかすることを志願したし、そうすることで他の冒険者を雇うことを防いだんだよ」
「そうだったんですね……」
「ということは、バジリスクは砂漠の生物ではないということなのか?」
おりょうが訊くと、フィズはうなずいた。
「そうだね。めったに見ない生物だと言ったでしょう?生息地も定かではないんだけど…砂漠での目撃例は少ないからね。
その生態は謎に包まれているけれど…召喚士は空間を操る術士だからね、ちょっとした大きさのものを『避難』できるような空間を作ることは難しくないんだ。
ずっと閉じ込めたままにするわけにもいかないから、バジリスクの生息地を探し出して、帰してあげられたらいいかなって思ってる」
「なるほど…わかりました。是非、協力させてください」
ミケが真剣な表情で頷くと、おりょうもそれに続いた。
「それがしも同意じゃ。力になろう」
「ありがとう」
フィズはにこりと微笑んで、それに頷き返すのだった。

「お、なんだ、アフィアもこの依頼受けたのか」

ヴィーダ大通り沿いの「風花亭」。
多くの冒険者が集うここは、また多くの冒険者がその糧を得るための仕事の話も多く舞い飛んでいる。
自らが受けた依頼の依頼主が指定したテーブルに訪れた青年が、そこにいた少年に慣れた様子で声をかけた。
「……グレン、さん。ひさしぶり、です」
「おお、なんか最近よく会うな」
グレン、と呼ばれた青年は、アフィア、と呼んだ少年に気さくにほほ笑みかけると、その隣の席に座った。
「グレンさん、この依頼、受けた、ですか」
アフィアが問うと、グレンは軽く頷いた。
「ああ、しばらくのんびりしていたから、そろそろ依頼を受けようと思っていたんだ。
率直に言えば、金も尽きかけていたしな」
「冒険者、食べてく、依頼、受ける、当然、です」
無表情のままうんうんと頷くアフィア。
グレンはわずかに苦笑した。
「近いうちにシェリダンへと向かうつもりだったから、この依頼が目に留まったのかもしれない。
まあ、どちらにしろ、受けた以上はしっかりやるつもりだ」
「仕事、しっかりやる、それも、当然、です」
アフィアは再び頷いて、手に持っていた依頼票に目を落とした。
「シェリダン、うち、行ったことない、です。うちも、それ、興味、あります」
「だよな」
若干の同意を得られたことに、わずかに目を細めるグレン。
アフィアは続けた。
「いろんなところ、行く、見聞、広がります。それに」
「……それに?」
言葉を止めたアフィアを少し不思議そうに覗き込むグレン。
しかし、アフィアはそのまま歯切れ悪く続けた。
「…なんでもない、です」
「そうか」
それ以上は追及せず、グレンも手に取ってきた依頼票に目を落とす。
「しかし、遅いな…まだなのか、依頼人は」

「もう来ておりますよ」

唐突に正面からハスキーな声がして、二人はぎょっとして顔を上げる。
いつの間にそこにいたのか。
そこには、長い黒髪の少年が落ち着いた様子で座っていた。
「あ……わ、悪い。気づかなくて」
「お気になさらず」
完全に気配を感じ取れなかったことに呆然としながら言うグレンに、少年は柔らかい笑みを返す。
「依頼を引き受けてくださるのは、お二人でよろしいですか」
「あ、ああ…俺は、グレン・カラックだ。グレンでいい」
気を取り直した様子で、グレンは改めて名乗りを上げた。
短い銀髪に気の強そうな碧い瞳をした、二十歳そこそこの若い青年である。黒をベースにした旅装束に身を包み、剣を携えたその様子は、旅慣れた冒険者であることを容易に思わせた。
「うち、アフィア、いいます」
アフィアの方は動揺しているのかいないのか、顔に出ないだけなのか、淡々とした様子で自己紹介する。
青みがかった白髪に金の瞳という風変わりな容貌をした、グレンより少し年下に見える少年だ。こちらも旅装束だが、武器の類は所持していないようで、旅をしているだけの普通の少年に見える。
「グレンさんに、アフィアさんですね。よろしくお願いいたします」
依頼人の少年は、そう言って丁寧に礼をした。
年のころはアフィアと同じくらいか、もう少し下ほどだろうか。褐色肌に尖った耳という、地人を思わせる見た目に、どことなく女性的なかわいらしい面立ちをした少年である。長い長い黒髪をたらし、赤い瞳を片目だけモノクルで隠している。紫色を基調とした異国風の装束は、どことなく魔道士のような空気を匂わせた。
「私はキルディヴァルジュ。長いのでキルで問題ございません」
「キル……」
物騒な名前だな、と口に出さずにひとりごちるグレンの隣で、アフィアがその整った容貌をじっと見つめ、淡々と訊ねた。
「…どこかで、会う、しませんでしたか」
「なに?」
グレンが反応し、キルとアフィアを交互に見つめる。
「会ったことあるのか」
「…わかり、ません。けど、どこかで……」
穏やかで人当たりのよさそうな表情だが、どこか昏い空気を思わせるキルの面立ちを見つめ、記憶を手繰り寄せるアフィア。
しかし、その記憶は霧散してしまった。
「……思い出せ、ません」
「気のせいでしょう。私はアフィアさんに見覚えはございませんよ」
にこり。
本当に優しげに微笑むその様子が、どうしてもその通りに見えない。
アフィアは若干の違和感を抱えつつ、話を進めることにした。
「ペット、探す、依頼。詳しく、聞かせる、してください」
「そうだな、まずはそこからだ」
グレンもうなずいて、キルに向き直る。
「ペットの特徴を聞きたい。姿形、具体的な大きさ、依頼書には危険だとあったが、どんなふうに危険なのか」
「畏まりました」
キルはゆっくりと目礼してから、話し始めた。
「大きさは、この建物より一回り大きい程度でしょうか」
「ちょっと待て」
即座に止めるグレン。
「何か?」
「何かじゃねえよ。この建物って、まさか風花亭のことか?」
「他に『この建物』として示せる建造物にお心当たりが?」
「いや、そういうことじゃなくてだな」
非常に丁寧ではあるのだが、微妙に慇懃無礼な響きを含んだキルの言葉に、若干イラッとした様子で言葉を返すグレン。
そこに、アフィアが淡々と割って入った。
「ペット、いう響き、かけ離れた、大きさ、思います」
「そうだ、そうそう」
グレンも多少クールダウンした様子で頷く。
「なんだそのでかいの。ペットじゃないのか」
「ペットと申しますか……貴方がたに理解が可能な名称を探すとそうなったというだけで。
私の庇護下に置き、管理をしている生物の総称を、貴方がたはそう呼ぶのでしょう?」
「………」
彼のその物言いは、どこか浮世離れした…端的に言えば、高貴すぎて世間ずれしていないお坊ちゃまを思わせる。
グレンはそういうやつなんだと納得することにして、話を続けた。
「あー、まあいい。この建物より一回り大きいくらいの生き物なんだな。見た目はどんなだ?」
「砂色の鱗をした、爬虫類に近い見た目をしています。頭にはトサカのような突起があり、赤い大きな目が一つだけついています」
「いやいやいや、ちょっと待て」
さらに羅列されていく特徴に、グレンが再び待ったをかける。
「何か?」
「いやだから何かじゃなくてな。それペット……いや、もう単刀直入に聞いた方が早いな」
はあ、とため息をついて、まっすぐに問うた。
「お前、何を飼っていたんだ?」
「何、と申し上げて通じるのかどうか不明でしたので、ペット、と解りやすい単語を探してきたのですが……」
キルは不思議そうに首を傾げ、さらりと答えた。
「一般的には、バジリスク、と呼ばれている生き物であるようですね」
「バジリスク……」
ごくり、と喉を鳴らすグレン。
アフィアが僅かに眉を寄せた。
「魔物、違いますか」
「そうなのですか?」
再び首をかしげるキル。
「魔物の定義をご教示いただきたいものですが…少なくとも、貴方がたに依頼をかけている以上、貴方がたが捕獲に向かうことで無差別に攻撃してくる類の生物ではございませんよ」
「うーん……」
「それで、危険、いうこと、ですか……」
「そうですね、睨まれると石化しますから」
さらにキルがさらりと言った言葉に、仰天するグレン。
「石化?」
「はい。ですから、視界に入らないよう十分に注意してください。見たものすべてがというわけではありませんが、意志をもって睨むことで石化する能力を持っています」
「マジか…」
グレンは茫然とつぶやいた。
にこりと微笑むキル。
「ですから、腕の立つ冒険者を、と募集をかけたのです。
今からでもご辞退いただくことは可能ですよ?」
柔らかではあるがどこか挑発的な物言いに、グレンははっとして居住まいを正した。
「いや、辞退はしない。受けた依頼はきっちりこなさせてもらう」
「うちも、同じ、です。期待、沿うよう、尽力、します」
アフィアも頷いて言い、さらに問いを重ねる。
「ペットの名前、何ですか」
「名前……」
キルは呟いて、また考えるように視線を動かした。
「…必要ですか?」
「名前、呼ぶ、反応、ある、可能性、あります」
「いえ、そうではなく」
先ほどと同じように、それが当然、といった口調で続けるキル。
「庇護下で管理する生物に名前が必要ですか、とお訊きしているのですが」
グレンとアフィアは再び黙り込んだ。
感覚の違うお坊ちゃまの発言に、ただ閉口するしかない。
アフィアは無表情のまま、ゆるりと首を振った。
「名前、ない、なら、いい、です。種類、外見、サイズ、聞きました。
食性、聞いて、いいですか」
「肉食ですね。大型の動物を好んでいます。体のサイズの割には小食ですよ」
「わかり、ました」
かさり。
言ってから、手元の依頼票に目を落とす。
「捕まえられない、場合、居場所、知らせる、いうこと、でした。
キルさん、シェリダン、一緒、来る、ですか」
「いえ、私はここで待機させていただきます」
「なんだ、ここでなんか用があるのか?」
首を振ったキルにグレンが問うと、キルはまたにこりと微笑んだ。
「暑いので」
「……そうか」
もはや何も言うまい、と、いろいろなものをあきらめるグレン。
アフィアはめげていないのか、淡々と質問を続けた。
「一緒、来ない、連絡、どうしますか」
「これをお使いください」
ことり。
アフィアの質問を待っていたかのようなタイミングで、机の上に何かを置く。
金細工の蔦に絡められた赤い宝石。置物でもアクセサリーでもなさそうだ。
「これは?」
「通信機です。宝石に触れることで私に声を送ることが出来ます」
「本当か?すごいな…」
グレンは感心したようにその通信機を手に取った。
キルはそのまま続ける。
「見つけたら、あるいは捕獲したら、それを使用して私に連絡を取ってください。その通信機自体の座標軸を把握できるよう作成しておりますので、移動魔法で伺います」
「この通信機といい、移動魔法といい…お前、結構すごい魔道士なんじゃないのか?」
通信機を手に持ったまま、グレンは眉を顰めてキルを見た。
「さあ、私の力量がどの程度かというのは、私に把握できませんが」
にこり、と微笑み、どうということもなさそうに答えるキル。
すると、続けてアフィアも問うた。
「キルさん、バジリスク、つかまえる、できる、思います。うちたち、雇う、理由、なんですか」
「何度も言わせないでいただけますか」
にこにこと微笑んだまま、さらりと答えるキル。
「暑いので」
「……そうか」
グレンが嘆息し、これにはさすがにアフィアもあきらめたように小さく息をつく。
キルはさらに続けた。
「以前、よんどころない事情でシェリダンを訪れたことはありましたが、あまりの暑さに用事を済ませてすぐに戻ってきてしまいました。少々の金で解決できるのならば、それに越したことはございません」
「そう、ですか」
アフィアは少し考えて、さらに質問した。
「バジリスク、おとなしく、させる、方法、ありますか」
「おとなしくさせる方法、ですか」
ふむ、と息をつくキル。
「私ならば沈静化させることはできますが、それ以外の方法とするならば…雷には少し弱いようです。大抵大人しくなりますね」
「雷、ですか」
アフィアの表情が少しほっとしたように和らぐ。
「わかり、ました。うちたち、すぐ、シェリダン、向かいます」
「ええ、よろしくお願いいたします」
キルは浅く礼をして、こつこつ、と二つの布袋を置いた。どうやら金が入っているようだ。
「前金と、シェリダンまでの船賃です。お返しいただく必要はございません、お好きにお返しください」
「ありがたい、いただくよ」
グレンとアフィアはそれぞれに布袋を受け取り、懐にしまう。
キルはにこりと微笑んだ。
「ご活躍、期待しています。
………ああ、けれど」

その、柔らかい笑みのまま。
最後に彼は、こう付け足すのだった。

「依頼が未達成のまま死なれる場合は、できましたらその通信機を使ってご連絡ください。代わりを用意しなければいけませんので。
ああ、使えない場合もその通信機が破壊されましたら死なれたと判断いたしますので、そこまでお気になさらなくても結構ですが」

ぐうううぅぅぅ。

さわやかな海風が通り抜ける甲板に、奇妙な音が響く。
アフィアは甲板から海を眺めながら、自分の腹から聞こえてくる音をさらりと聞き流していた。
「よう、アフィア。気持ちいいな、ここは」
「グレン、さん」
ぐううう。
まるでその呼び声に同調するかのように再び鳴るアフィアの腹。
グレンはきょとんとしてそちらを見た。
「なんだ、腹減ってるのか」
「…美味しそう、なもの、泳いで、ます」
アフィアの視線の先を見れば、遠くにちらついているクジラの影。
グレンはははっと笑った。
「クジラとは大きく出たな。美味いのか?」
「美味い…より、大きい、です。腹持ち、します」
「腹持ち…?」
「あっちの、でも、いいです」
指さす先にはイルカの群れ。
「小ぶり、ですが、量、あればいい」
「…そうか……」
グレンはあまりそれには触れないことにした。賢明である。
「グレンさん、シェリダン、行ったことある、ですか」
「いや、初めてだな。キルの言うように、暑いところだと聞くが、どれくらい暑いんだろうな」
「そう、ですか……」
俯いて何かを考えている様子のアフィア。
グレンは励ますように明るい声を出した。
「まあ、そこまで気にすることもないだろう。人が暮らしている以上、過ごせないほど暑いというわけでもないだろうし」
「考えて、ました」
「うん?」
「睨まれる、石化する、大きい、魔物、どうやって、捕まえる、シミュレーション、してました」
「そ、そうか…」
相変わらずの仕事熱心さに少し面喰いながら、グレンもその『シミュレーション』に加わるべく、いろいろと意見を出してみる。
アフィアのお腹がもう一度、くう、と小さく音を立てた。

「すまない、シェリダンの方だろうか?」
一通り意見を出し尽くした後、グレンは通りがかったシェリダン風の装束の女性に話しかけてみた。
「うん?そやで」
ぶしつけな質問に、女性は気にすることなく答える。
グレンは不安そうな体を装って、女性に問うた。
「初めてシェリダンに行くからアドバイスを貰いたいんだが……」
「そうなんや。アドバイスてなんの?暑さ対策とか?」
「乗船前、シェリダンには危険なものがいると聞いたんだが……」
「危険なものー?」
半笑いの女性に、神妙な表情を作るグレン。
「二階建ての建物より一回り大きいくらいの、砂色の一つ目の魔物がいるというのは本当なのか?」
「えー、知らんわー。なんなんそれ。
悪いけどうちも久しぶりにシェリダン帰るねん、そんな話よう知らんわー、堪忍な」
「そうか……」
考えてみれば、フェアルーフからシェリダンに向かう船に乗る人間は、現在シェリダンに住んでいない可能性は高い。
「まあ、つまりは、昔からずっとよくいるような魔物じゃないということだな」
「せやね、うちも聞いたことあらへんし。魔物の話やったら、冒険者に依頼が来とるかわからんし、酒場に行ってみたらええんとちゃう?」
「そうだな。助かった、ありがとう」
グレンは礼を言い、船室に戻る女性を見送ったのだった。

「フィズさんの依頼を受けて参りました、ミケといいます。よろしくお願いいたします」
一方、ギザの村。
村長宅を訪れたミケは、そう言って丁寧に礼をした。
「わざわざ来てもろて、ほんますんませんなあ。よろしゅうたのんます」
村長は丁寧に礼を返し、ミケの向かい側に座る。シェリダンの習慣なのだろう、石の床に絨毯を敷いてそこに直接座っているのがどうにも慣れないが、ミケは気にしないようにして話を切り出した。
「早速ですが、いくつかお伺いしていいですか?」
「私に答えられるもんでしたら何でも聞いたってください」
「では…ここってバジリスクとか魔物とかが良く出たりする地域なんでしょうか?」
「こんな騒ぎになったのは、少なくとも私が生まれてからは初めてですわ。なんせ砂漠やし、魔物どころか、生き物もよう住まんでしょう。バジリスクなんて名前、フィズはんに聞くまで全然知りもしまへんでしたわ」
「そうなんですね」
ミケは一つ頷いて、質問を続けた。
「その大きな魔物がきた…と思われる方向には、何があるのでしょうか?」
「特別何かがあるわけではない思いますよ。そらオアシスはあるやろけど、特別大きいわけでもないですし、なんでこんなところにそんな魔物が出てきたんかさっぱりわかりまへんわ」
「なるほど……では、この村に、魔物が狙うような何かがあるとか?」
「あるんでしょうかねぇ…」
全く心当たりがない様子で、村長は首をひねった。
「そら、魔物っちゅーもんが何を欲しがるもんか全く分かれへんし、私らが価値ないと思うもんも魔物が欲しい思うもんはあるかわからんでしょうけどなあ。価値あるもんも、価値のないもんも、残念ながらこの村にはなーんもありゃしまへんのですわ。この通り、砂漠のど真ん中の田舎ですからなあ」
確かに、村に到着してから村長の家に来るまでの村の様子も、お世辞にもあまり裕福な村であるとは言いがたいようだった。突出した観光地や産業があるようにも思えない。村長の言うとおりである。
「では、この村が目的ではなく、中継点だった場合、その魔物がそのまままっすぐ進んだ先には、何があるのでしょうか?」
ミケがさらに問うと、村長はうーんと首を捻った。
「なんもないと思いますけどねえ。ここ通り過ぎてずーっと行ったら、海に落っこってまうわ」
ははは、と気さくに笑う村長。
ミケはそれに苦笑を返して、再び、ふむ、と考え込むのだった。

「この土地の美味いものを頼もうか」
「あいよー、適当なところに座っとってや」
おりょうが向かったのは、村で唯一の酒場だった。
カウンターにざっくりとした注文をすると、きょろきょろとあたりを見回す。
そして、おそらく村の人間であろう男たちが話をしているテーブルに近づき、声をかけた。
「失礼、この村に住んでおられる方々じゃろうか?」
「ん?なんや、ヨソの人かいな」
不躾なおりょうの言葉にも、男たちは気にした風もなく気さくに返してくる。
「それがしはフィズ殿にバジリスクを捕獲するよう依頼を受けて参った、おりょうと申す」
「ああ、あんたがフィズはんの冒険者さんなんやな。はー、冒険者さん初めて見るわー、やっぱり強そうやなー」
「魔物、倒してくれはるんやろ?期待してまっせ」
次々に声をかけられ、おりょうはわずかに苦笑しながらそのテーブル席に座る。
ほどなくして運ばれてきた郷土料理を食べながら、おりょうはさらに男たちに聞いた。
「このような怪獣騒ぎはこれまでにも起こっていたのか?」
「いやー、俺は少なくとも知らんわー。お前知っとる?」
「アホ、お前が知らんて俺が知っとるわけないやろ」
「せやなー」
口々に知らないと言う男たち。
おりょうはそれ以上の質問をあきらめ、話の方向を変えてみることにした。
「フィズ殿は普段は何をしている方なのだ?」
「フィズはん?さあ」」
「さあ、とは?皆知らぬのか?」
「フィズはんも旅人さんやからなー。何してはんのやろな?」
「なんと。フィズ殿も旅人じゃったか」
おりょうはそのことは思いもよらなかったのか、驚いた様子で言う。
と、そこに。
「直接私に聞いてくれればいいのに。何でも答えるよ?」
突然後ろからかけられた声に、おりょうは驚いて振り返った。
そこには、にこにこと微笑むフィズの姿。
「マスター、私には温野菜をもらえるかな」
「あいよ、ちょっと待っとり」
注文をしてから、おりょうの傍らに座り、おりょうと男たちをぐるりと見まわす。
「私は、普段は学生なんだよ」
「学生さんなんや?!テーベィで勉強してはるん?」
「ううん、いつもはマヒンダの学校で勉強をしているんだ」
「マヒンダ?!そら遠くからよう来はったなー!」
「マヒンダて、魔法使いがぎょうさんおる国やろ?魔法の勉強してはるん?」
「そうだね、召喚術の勉強をしているんだよ」
「そういえば、召喚の術を使うと言っていたな」
感心したようにうなずくおりょう。
フィズはうなずいて続けた。
「いつもはマヒンダの魔道学校で勉強をしているのだけれどね、私の義母がフェアルーフの魔道学校でも割と重要な役職についていて、その関係でたまにお使いを頼まれるんだ。ミケじゃないけど、私もその帰りにこの村に立ち寄ったところでバジリスクの話を聞いて、あとは話した通りだよ」
「義母殿とは、ミケ殿がお世話になったと仰っていたお方か」
「そう。ミケは言葉を濁していたけど、強引な人なんだ。私の暮らしているマヒンダの魔術師ギルド長とも仲が良くて、今回はそっちからのお願いでシェリダンに来ていたんだよ」
「なるほど……見知らぬ土地の窮状を救おうとは、フィズ殿はなかなかの御仁なのじゃな」
「ふふ、褒めても何も出ないよ」
そのあたりで、フィズの頼んだ温野菜サラダも運ばれてくる。
添えられたドレッシングに一切手を付けずにそのまま食べ始めながら、フィズは改めておりょうに言った。
「おりょうもしっかり食べて、明日に備えて。ここまでの道で分かっていると思うけれど、砂漠の行軍は体力が資本だから」
「承知した。明日はともに頑張ろうではないか」
おりょうも気さくに返し、そこから先は地元の男性たちと和やかに話が進んでいくのだった。

翌日。

旅支度を整えたフィズたちは、村の入り口までやってきていた。
「今日も暑くなりそうですね……」
「うむ、注意をせねば干からびてしまうな。水は大切に持たねばならん」
砂漠を行くための旅支度を確認していると。

「……おい、ミケか?」

突然名前を呼ばれ、ミケはきょとんとして顔を上げる。
そこには。
「……え、グレンさん、アフィアさん?」
「なに、アフィア殿とな」
名前に反応し、おりょうも顔を上げると、村の入り口にはいつの間にか、砂漠用の重装備をしたグレンとアフィアが立っていた。
「どうしたんですか、こんなところまでお二人でお揃いで」
「それはこっちのセリフだ。俺たちは仕事だが、そっちも?」
「ええ、そうなんです。奇遇ですね」
「アフィア殿も久方ぶりじゃな」
「…久しぶり、です」
「あれ、そこも知合いですか」
「以前、少しな。本当に偶然じゃな」
おりょうも加わり、4人で旧交を温めあう。
ひとしきりお互いの紹介が終わってから、グレンが、ところで、と切り出した。
「俺たちがここに来たのは、このあたりで、探している魔物の目撃情報があったって聞いたからなんだが」
「魔物?」
グレンの言葉に、眉を寄せてそちらを見るミケとおりょう。
グレンはうなずいた。
「ああ。バジリスクっていう魔物なんだが」
「バジリスクですか?!」
ミケが大げさに驚いたので、逆にグレンも驚いてしまう。
「あ、ああ…なんだ、知ってるのか?
「いえ、本当に偶然ってあるものなんだなと思って。
僕たちはこれから、そのバジリスクを探しに行くんですよ」
「なんだって?」

思わぬ偶然に、お互いの顔を見合わせる一同。

砂漠の熱い風が、からからに乾いた道をさらに撫でていく。
風の行く先には砂色の土地がどこまでも続いていて。

その景色は、この事件の行く先を表すように、果てしなく、行く末が分からないように見えた。

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