予告

『天の賢者様』と呼ばれる人物がいる。

その人物は天界から降り立った天使であり、天界の知識と技術をもたらすのだという。
もちろん、過ぎた知識、過ぎた技術は却って人にとっての毒となる。
『天の賢者様』は、毒にならぬ程度の量と質を見極めてそれをもたらすのだ。

魔術師ギルドにおいては、その存在はトップシークレットとされており、ギルド支部長以上の役職にしか知らされていない。そして、その人物に関する情報を一切他言してはならないときつく言い渡されている。
魔道士の国マヒンダにおいては、魔道の発展に大いなる助けとなった存在として神のように語り継がれている。マヒンダ王宮には『天の賢者様』が作り出したマジックアイテムが今も現役で機能しており、その性能と緻密さはどんな研究者も未だに越えられぬ壁であるという。

知る人ぞ知る人物。
その素性を示すものは一切の秘密に包まれる人物。
まるでおとぎ話の登場人物のように、名前と功績だけが一人歩きをして、その実誰も本当の名前すら知らない人物。

『天の賢者様』とは、要するにそういった存在だった。

「っていうか、天界の知識とか、ずるいですよねー。ずるくありませんー?」
おそらくは不満を述べているのだろうが、間延びした口調と穏やかな表情からはあまりそのような感じは受けなかった。
長い黒髪をリボンで束ね、黒を基調とした民族衣装風の装束に白のショールを羽織っている。真っ白い肌とずるずるした服は、あまりアクティブに動き回るタイプには見えなかった。
「この世界にない、しかもグレードが上の世界の知識を持ってくれば、この世界には適うものはないわけですからー。崇め奉られるのは当然じゃないですか―。天の賢者様とかー、呼ばれていい気になってるんじゃないですかねー」
だが、彼と少しでも関わったことのある者ならば、その穏やかさの後ろで彼が大変苛ついていることを窺い知ることが出来ただろう。
こちらが聞いているのかいないのかはどうでもいいのか、彼は相変わらずのゆるい口調で、それでも途切れることなく不満を並べ立てている。
「なんか、口調もかぶってる気がしますしー」
それは気のせいですよ?
「別に、彼女のアイテムが気になるわけじゃないんですよー?でも一応、この道にいれば噂くらいは聞こえてくるわけじゃないですか―。賢者としての知識だけじゃなくて、魔道具を作るということにおいても、彼女の名は轟きまくってるわけですからー」
みし。
テーブルの上に暇つぶし用に置いてあった知恵の輪が、何か嫌な音を立てた。
「だから、ちょっと見てみたんですよー。どんなものを作ってるのかー、って。
そしたら、今僕が作ろうと試行錯誤してるものを、とっくの昔に彼女が作ってたんですよー」
こと。ころころ。
外すことは諦めたのか、そもそも外すつもりで弄っていたのかも謎だが、知恵の輪を放り投げると、彼は深いため息をついた。
「ずるいですよねー。魔術師ギルドと繋がっていれば、新鮮な情報だって手に入るわけじゃないですかー。研究者なら自分の知恵と力だけで何でもやってみろって話ですよねー」
とん。
テーブルに音をたてて手をついて。
にこり、と決して笑っていない微笑を浮かべる。

「あー、すいませんねー。自己紹介もしないでー。
僕はゼヴェルディ=シェール。魔具創作者ですー」

全く邪気の見えない、のほほんとした口調で。
彼は、余すところなく邪気に満ちた言葉を、放った。

「というわけで、お願いしますー。
『天の賢者様』が、次に作るアイテムの設計図。
盗んできてくださいねー」

無情にも下された、不可能指令
ミッション・インポシブル。

さあ、あなたはこのミッション、どうコンプリートする?

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