神様は、どうして一人一人に違う試練を与えたのでしょう?

一人一人の試練が違うから、
あちらの試練の方がよかったと思ってしまう。

自分より辛い試練は無いと思ってしまう。

他の人たちに試練など無いと思ってしまう。

そうですね、試練にどちらが辛いなどということはない。
ただ自分に課せられるものがあり、それに向かっていくしかないのだと。

自分より辛いことなど無いと思ってしまうのは、
辛さから逃れようとする自分の、愚かな自惚れなのだと。


わかってはいるのです。


けれども。


神様はどうして、わたしにこのような試練を与えたのでしょう?

Minimum Trouble

「フォーマルハウトさん!よかった、やっと見つけた!」
入り組んだ街並みの中で、エータと名乗る少女を守る冒険者に翻弄され、呆然としていると…レイジの後ろから、彼の名を呼ぶ声がした。
まだ混乱した体で振り向くと、そこには見知った顔が。この町で懇意にしている仲介業者だ。
彼はレイジに負けず劣らず蒼白な表情で、駆け寄ってきた。
「大変です。2週間前に納品したリュウアンのシルク布の一部に、虫食いのような穴が幾つも見つかって…今、クレーム処理に追われてるんです」
「えっ、マジ?!」
レイジの顔に一気に血色が戻ったようだった。
「はい。ちょっと、入荷した先が先なんで…俺達だけじゃ手に負えないんですよ。
フォーマルハウトさん、お願いします」
「あー…んー……」
レイジは困ったように、彼とヴィアロたちを交互に見やった。
どうやらそれは、彼にとってすこぶる重要なことであるらしい。しかし、一度受けた依頼を途中で手放すのも…といったところだろう。
「レイジ…そういえば、商人…なんだったね。
本当の仕事のほうが、今、大変なんだ……」
表情を動かさずに、ヴィアロが言う。レイジは苦笑した。
「うーん、どうやらそうっぽいんだよねぇ。
でも、こっちも大変なことになってるしさぁ…」
「れ、レイジさん…あ、あの、ボクたちは…大丈夫、ですから…
お、お仕事のほうに、行ってあげてください…い、一刻を、争う…んでしょう?」
おずおずとコンドルが言い、ヴィアロもそれに頷いた。
「…そう、だね……俺達は、まだあと6人いるから……ゼータには、俺達から伝えておく…」
二人がそう言うが、レイジはまだ迷っている様子だった。
「フォーマルハウトさん、お願いしますよ!このままだと、俺たちもそちらも、ここで商売できなくなっちまう!」
仲介業者が悲痛な表情で言い、レイジは悔しそうに目を閉じた。
「……わかった。すぐ行くから、それまで何とか押さえといてくれるかな」
「えっ、俺、フォーマルハウトさんを何としてでも連れて来いって社長に言われてるんですよ。一人で帰ったら俺、社長に殺されちまいます!」
「だけど……」
迷っているレイジに、コンドルが再び声をかけた。
「れ、レイジさん、ボクたちは、だ、大丈夫ですから」
「…早く…行ってあげて…」
ヴィアロも言い、レイジはまだ迷うように俯いて目を閉じたが…やがて、顔を上げた。
「…わかったよ。コンドルくん、ヴィアロ、俺行くね。他の人たちにも、よろしく伝えといて。
ゼータには、後で正式にお詫びに上がるって…この件が片付いたら、必ず」
その様子は、いつもの軽い調子ではなく…するべき仕事をわきまえている、大人の表情だった。
レイジは軽く礼をすると、仲介業者の若者と一緒に、足早にその場を後にした。

「…っていう訳……ゼータには、もう報告しといたから…」
城に戻り、仲間とも合流して、ヴィアロは言葉少なにレイジのことを語った。
「レイジさん…残念です。一緒に解決したかったですね…」
リーシュが、珍しくしんみりした口調で言う。他の仲間たちも少なからず肩を落としていた。
「…まあ、のっぴきならない事情なら仕方があるまい。レイジのためにも、俺たちで立派に女王を見つけ出さんとな」
フルボディが言い、ラグナが頷いた。
「そうだな。まずは目の前の問題から片付けていこう。
昨日と同じ質問だな。状況は皆一通り話した。この事件について、どう思う?」
言って、仲間たちをぐるりと見渡す。
最初にヴィアロが、いつもと変わらぬ口調で、ふわりと言った。
「……変な事件、だよね……。
…何か、女王がいなくなって、みんな心配してたり、困ってたり、慌ててたりするはずなのに、外からだとそれが分かり難い……って、言うのかな。
もし、このまま女王が見つからなくても、そのまま何も起きないままで普通にいつもの日常に戻って行きそうな……」
そこで、少し口をつぐんで。ややあって、付け足す。
「何となく、不気味な感じ。――あ、こういう事は、言わない方が良かったっけ……?」
仲間たちは微妙な表情だ。しかし、皆がそう思っていることは間違いないようだった。
ラグナは嘆息して、言葉を続けた。
「…いずれにせよ、少し整理をしてみよう。推理とかそういったことは、苦手なのだがな…」
ひとつ息をついて。
「王女たちの消え失せ方は未だに判らん。自分で出て行ったのならば目撃者ぐらいは居ても良いだろうし、攫われたにしても物理的には不可能そうな上に、魔法を使った痕跡も無いらしいじゃないか。その痕跡が無いならば女王たちが自分で魔法で抜け出した、と言う事も有り得まいし…。まぁこれは、魔法を使った痕跡が無い…という証言を信じた場合の話だ。証言ならば幾らでも誤魔化す事は可能だ。目撃証言にしても、同じ話だろうが。女王が抜け出すのをメイド達が承知の上で問題が無いと黙認したならば、話は変わってくるしな」
「ニューは、主が間違いを犯すと判断したならばそれを止めるのもメイドの勤めだと言っていたがな。どこまで信用できるかはわからんが」
フルボディが、少し鼻持ちならない、といった様子で付け足す。
ラグナは頷いて、続けた。
「魔法を使った痕跡の方は…もしかしたら、確認すれば痕跡が残っていたりするのかもしれん。一度これは、俺たちの目で確認ぐらいは取った方が良いのかもしれないな」
「しかし…確認と言っても。俺たちはその、魔道の痕跡を記録する装置の使い方も、その記録をどう見るのかもさっぱりわからんのではないか?」
千秋の指摘に、ラグナがむぅと唸る。千秋は続けた。
「俺がギルド長に聞いてきた話では、くだんの装置は、ギルド長も舌を巻くほどの知識を持つ賢者によって作られたそうだ。データの改竄は無理とのことだし…嘘をつくにしても、調べれば簡単にばれるような嘘はつかないのではないか?」
「しかし、そう思っていてやはり嘘だったということもあるだろう」
「人は、必要に駆られるから嘘をつくのだろう。では何故その嘘が必要になるのか?その模様を読み解くのが重要だと…ギルド長は言っていたがな」
「それができれば苦労はしない」
ラグナは憮然として息を吐いた。
「あとは…王女に関する情報の食い違いも気になるか」
続けての言葉に、千秋も深く頷く。
「女王は18歳だといわれたかと思えば、20代後半という証言もある」
「魔導念写による姿を見るに、俺から見た限りはやはり20代よりも前にしか見えない。魔導念写は女王を良く知るものによっての物だというならば、コチラが間違っていると言う事は無いだろう。それに、アルファやタウの話からしても、20代より前なのは明らかだ。
しかし、街の者の言葉では二十歳後半…だとか? 二十代前半までならまぁ、許せる誤差だろうが…流石にこの見間違いはおかしい気がする。仮にも即位の式典だ。影武者を立てる…などと言う事はするまいし、外見を変える魔法を使う必要性など何処にも無いだろう。となると、この街人が見たのは女王本人となる訳で……そうなると、俺たちがゼータから貰った情報とは食い違いが出てくるからな」
「女王は変身術を使えない筈だから、誰かが術をかけていたのだろうか? だが、そんなことはゼータは言っていなかったし……まあ、聞いてないから言わなかっただけかも知れんが。……魔力の供給で成長したり縮んだりはしないよな?」
千秋が首をひねり、コンドルがおずおずとその後に続く。
「た、確か、変身術は高位の術者になれば、自分以外の人にも使えるんですよね?だ、だったら、お城の人に変身術に秀でた人がいれば、女王様を違う姿にも変えられますよね…。じょ、女王様をこんな姿にした犯人って、お城にいるのかな…?」
「と、決め付けてしまうのは危険だろう。そもそも、その街の少女というのが、女王であるという確証もない。あまり思い込みだけで動くと思わぬことを見落とすこともある」
フルボディが重々しく頷き、コンドルははぁ、と消沈した。
「でも…あれだけ外見が似てて、名前も同じで、シータっていう妹を探してて…別人だなんて、ないんじゃないかと思うけど…」
ぼそりと言うヴィアロに、かしゃりとうなずいて。
「それは無論、俺もそう思う。が、思いこみすぎるのはいかんと言っているんだ。その真偽を確かめるために、これから動くんだろう?」
「そうですね…女王様の捜索は急がなければならないことづっ……でもありますし、失敗は許されませんけど、他にそれらしい情報が無い以上とりあえずその線に絞って調査を進めてみるのがいいと思います」
リーシュが同意して、冒険者達の意見はまとまったようだった。
「じゃあ、お前らは明日どうするんだ?俺はひとまず、その町の少女の所へ行ってみようと思うんだが」
フルボディが改めて全員を見回すと、ヴィアロがぼそりと言った。
「…俺のダウジングで、見つけないといけないから……俺も、街に行くよ…」
「あ、あの…ぼ、ボクも…街に行きます…」
おずおずとコンドルが言い、リーシュもそれに続いた。
「私も、とりあえず町に出て、『エータちゃん』とその周りの皆さんとお話したいと思います。例のお子さんやその保護をしている人たちが何をしようとしているのかを知ることがづっ……できれば、お子さんに関する疑惑なども相当はっきりするのではないでしょうか」
「なら、俺も同行させてもらおう。その冒険者とやらに興味があるんでな」
千秋も言い、ラグナは眉をしかめた。
「なんだ、結局全員街へ行くのか。王宮を調べようという奴はいないのか…?」
「と、いうことは…ラグナさんも街へ行かれるのです?」
リーシュが言い、ラグナは憮然とした。
「そのつもりだ。なんだかんだ言って、その少女が一番手がかりになりそうなのは事実だからな」
「そうですね…私も、僭越ながら王宮に残って探れることなどもうないように思います。何か見逃しているのくっ……いるのかもしれませんけど、それを探るだけの推理力は私にはありませんでした…」
「それには同感だ。あとは、その少女をあたってみるしかあるまいな」
「あ…で、でも…」
コンドルがおずおずと二人に向かって口を開く。
「え、と、女王様達の格好が見た人によって違う理由だけは、ど、どうしても、手に入れておきたい情報だと思います…」
「そうか…ゼータが何を隠しているのかも気になるしな…その内容を聞かぬ内から判断するのは早計とも思えるが、今までの印象からして彼が隠している事柄はこの事件と関係がありそうな気がする。ヴィアロのダウジングに反応しない原因も、この内容と関係しているのかもしれんな。……情報が少ないとはいえ、年齢ネタで問い詰めてみるしかないのかもしれんな。この食い違いは如何いうことだ、と」
ラグナがふむ、考え込むと、フルボディが重々しく頷いた。
「…それもそうだな…よし、そっちは俺が当たってみよう。確かめてみたいこともあるしな。
ひとまず少女を確認だけはしておきたいから、街へは皆に同行するつもりだが…その後のことは、頼んだぞ」
「…俺は…話が上手くいったら…とりあえず、シータを探してみようと思う…ダウジングで。
だから、俺も…別行動、する、と思う」
ヴィアロが言い、冒険者達は顔を見合わせた。
「では、皆でひとまずその少女を探すということになるか。ヴィアロのダウジングで居場所はわかるよな?」
フルボディが再度言うと、ヴィアロは無表情のまま頷いた。
「大丈夫……一度会ってるから、今度は間違いないよ……」
「あっ…で、でも」
コンドルが不安そうに声を上げた。
「ぼ、ボクたちが行ったら、ま、また余計に警戒されてしまいませんか…?い、一度、誤解されて逃げられてるんですし…」
「それもそうですね…」
リーシュも不安そうな表情をする。
コンドルは自信無げに続けた。
「あ、あの、ボク、人の…人じゃなくてもいいんですけど、影の中に隠れられる術を、つ、使えるんです。み、みなさんが、女の子を守ってる人たちと上手くお話がつけられるまで…あの、か、隠れてる…というのは、ど、どうでしょうか」
「でも…ヴィアロさんは?」
リーシュが問い返すと、コンドルはしゅんとうなだれた。
「そ、そうですよね…ど、どうしましょう」
「俺も…影の中に隠れること、できるけど……」
ヴィアロがこともなげに言って、コンドルは驚いた。
「え、ええっ?!ヴィアロさんも、その術を…?」
「術かどうかは…知らない…多分、俺の種族はみんな出来ることだと、思う……ディセスが、地に触れていると癒されるのと、同じみたいに」
「え、ヴィアロさん、人間種族じゃなかったんですか?」
少し驚いたように、リーシュ。ヴィアロは浅く頷いたが、それ以上は何も言う気はないようだった。
「じゃ、じゃあ、ボクとヴィアロさんは、皆さんのお話が終わるまで、影に隠れてるっていうことで…」
「おいおい、焦るな、まあ落ち着け」
心なしか嬉しそうに話すコンドルを、千秋が制した。
「お前は、その冒険者達のところに行って、何をするつもりなんだ?少女をこちらに引き渡して欲しいと説得するのか?それとも、その冒険者達に協力を請うのか?あるいは、隙を見て少女を奪って逃げるのか?」
「と、ととっ、とんでもないです…!」
コンドルは慌てて手を振った。
「あ、あの、で、できればその二人の冒険者さんには、今日いきなり追いかけたことを謝って…ぼ、ボクたちに、協力をお願いできたらと……」
「じゃあ、お前が説得される側だとしよう。話が終わるまで姿を隠していていきなり現れた奴が謝ってきたとして、それに誠意を感じるか?」
「あっ……」
コンドルは息を飲んだ。
「隙を見て少女を奪おうというのなら、隠れるのはアリだと思うがな。ま、そのやり方は俺は根本的に好かんが。
だが、協力を請おうとするなら、下手な小細工をせず、正面からぶつかっていった方がいいと思うぞ」
「は、はい……そう、ですね。影入りは、つ、使わないことにします…」
しゅんとするコンドル。
「しかし、その冒険者達とどう交渉するのかは、考えておいた方がいいのかもしれんな。最終的に少女をどうするのか、ということだが」
ラグナが言い、千秋はそちらの方を向いた。
「そのことだが、俺は魔術師ギルドに連れて行ってはどうかと思う」
「ギルドへ?」
「ああ。マリーに見せれば、女王本人かどうかの確認は取れるのではないかと思うんだ。何かの事情で姿を変えられていて、魔力の波動も感じられないとしても、マリーなら女王本人と面識があるはずだしな。
それに、コンドルから聞いた話によれば、その『エータ』は王宮に行くことを嫌がっているというじゃないか。それは本人にも可哀想だし、その守っている冒険者達も納得が行かんと思う。
もちろん、その少女が女王本人でない、という可能性も考慮して、いきなり王宮に連れて行くのは避けた方がいいと思うのだが…どうだろうか」
千秋の意見に、一同は納得したように頷いた。
「そうだな、それで異論はない」
「お、王宮に…女王様たちをそんな姿にした犯人が、いるかもしれない…ですからね」
コンドルも控えめに頷きながら、同意した。
「しかし、その冒険者達にはどう説明するのだ?」
ラグナが鋭く横やりを入れる。
「まさか女王かもしれないから確かめに行きたい…などとは言えまい。仮にも王宮の依頼内容を、ぺらぺら喋ってしまうわけにも行かないだろう。…可能性は低いだろうが…そいつ等が犯人で無い、という確証は無いのだからな。だから、俺は身分云々は話さず、ただ普通に要点というか事実のみを述べた、そのうえで協力を仰いだ方が良いのではないか?『ゼータという者に、行方不明になった双子の妹を探してくれるようにと依頼された』と…」
ラグナが頷いて同意する。
「あ…あの、で、でも」
コンドルがおずおずと口を挟んだ。
「そ、その冒険者さんの一人が、い、言ってたんです。『自分たちのことは言えない、でもそっちは嫌がってる女の子を差し出せ、そんな道理が通るわけないだろ?』って……
あ、あの冒険者さんたちは、女の子を守るために、がんばってるんだと思うんです……こ、こちらの事情は、全部お話した上で…ご協力を願った方が、いいんじゃ…ないかな…」
「あ、あのっ…私も、こちらの本当の事情をきちんと説明し、こちらの立場などを教えてしまっていいと思います」
リーシュが手を上げてそれに続く。
「こう言っては失礼かもしれませんが、例のお子さんが理解するだけの頭脳を持ち合わせているようでしたら、お子さんにも直接話して…そうでなければ、保護者の方たちにお話して、ひとまず周りの方の信頼だけでも得られるようにしたいと思います。
それが一番安全とは言いませんけど、手っ取り早いと思うのです。
お子さん方が今回の事件に何の関係も無いとしても、逆に私たちの敵にあたるとしても、早く知ることができればそれだけ事件解決に近づくと思うので…」
珍しく長いセリフを舌を噛まずに言った後で、ふむ、とフルボディが頷く。
「俺も同感だ。正直に全部をぶちまけたほうがいいと思う。もちろん、他言無用と釘を刺しておくべきだがな。場合によっては、そいつらに手伝ってもらうのもありなんじゃないのか?」
ラグナは眉を顰めて反論した。
「しかし、全部言う必要があるのか?全てを話す必要はあるまい。一部を伝えていないだけで、嘘ではないのだからな」
「だが、その冒険者は『王宮』とこちらが口に出しているのを聞いているのだろう。こちらのことを全て話さないのは、それだけで誠意を疑われることになる。協力を請うのが難しくなるぞ?」
フルボディの言葉に、ラグナがむぅと唸る。千秋は息を吐いて、二人の言い合いに割って入った。
「まあ、落ち着け。二人の言い分は両方とも尤もだと思う。
ラグナは確証が無い限り危ういことは避けたいのだろう?では、ギルドに連れて行ってマリーに確認をしてもらったところで、改めて事情を話すというのはどうだ?
確認をしてもらうまでは俺達は少女に触れないという約束をすれば、その冒険者達もあの少女の身元までは知ってはいないようだったし、ギルドまでは同行してくれるのではないかと思う。
ギルドで確認が取れたところで、改めて事情を話し、場合によっては協力を請うのもありなのではないか?もしその二人が犯人だったとしたら、ギルドに行って確かめられるというのはありがたくない事態だろう。そこをつくことも出来ると思うが、どうだ?」
「…わかった。そこまで考えているなら、お前に任せよう、千秋」
ラグナは納得したようだった。
「では、今日はもう遅い。明日改めて、街に向かうとしよう」
千秋の言葉に、冒険者達は頷きあった。

Minimum Detective

「…一体…どうしたらいいんだい……」
ベッドに寝かされて苦しそうに息をついているエータのそばで祈るように手を組みながら、ケイトは呟いた。
突然倒れてしまったエータ。驚いたクルムがエータに治療の魔法をかけるが、意識が回復する兆しは全く見られない。
すっかり動転してしまったケイトは、仕事を休んでエータを近くの街医者まで連れていった。が、やはりそこでもさじを投げられてしまう。
『通常の病気とは違いますね。何か魔道的な干渉があるのだと思いますが…このような魔道の構成は、私も見たことが無い…残念ですが、私では手の施しようがありません』
魔法医は困ったような表情で首を振った。
ベッドの中のエータは、浅く息をつきながら、ときどきうわごとのように誰かを呼んでいる。熱は無いようだ。どころか、どんどん冷たくなっているような気がする。このままでは、本当にこの少女は、この小さな命を散らしてしまうかもしれない。
もうマティーノの刻も過ぎ、そろそろ夜明けにも近い時刻だ。二人は徹夜で、エータの看病をしていた。
「魔法医もお手上げだなんて…一体、エータに何が起こっているんだろう…?」
苦しそうにしているエータの手を安心させるように握ってやりながら、クルムは眉を寄せて呟いた。
こと。
窓辺で音がしたのでそちらを見やれば、昼間追っ手たちを翻弄するのに使ったクル玉がひょこひょこと入ってくる。
「ぎゃー」
エータを気遣うようにひょこりと近づいてきて、クルムは柔らかく微笑んだ。
「お前も、エータのことが心配なんだな…」
「ぎゃ」
が、クル玉はクルムがもう片方の手に持っていた、エータの額に乗せるための手ぬぐいをぱくりと口に入れ、もしゃもしゃごっくんと飲んでしまう。
「そっちか…」
ふぅ、とケイトがため息をついた。
「どうなってるんだろうねぇ…エータちゃんの追っ手が現れるし、エータちゃんは自警団に行きたくないって言うし…一体、何が起こっているんだか…」
がしがしと頭を掻いて、ふと思いついたようにクルムの方を見る。
「こりゃもしかして…ゆ、誘拐事件なんじゃないのかい?!
だから『自警団に話したらシータの命は無い』な~んて脅されてるとか?
うーむ、すると狙いは…女王に似てる…はっ!そうか『影武者』だよ!
エータちゃんとシータちゃんを影武者にして王宮を乗っ取る為、悪の大臣一派に誘拐されたんだよ!
ミルカさんじゃないけど、お約束じゃないか!間違いないっ!!」
いきなりヒートアップするケイトに、クルムは苦笑を投げた。
「ケイト、落ち着いて」
ふぅ、とクルム自信もため息をついて、エータのほうを見やる。
「エータとシータには、お兄さんがいるって言ったね。それも、家族はその3人だけ。両親がどうしたのかは知らないけど…きっと、シータとそのお兄さんだけがエータの家族なんだ。
きっと、そのお兄さんは、二人がいなくなってしまって心配していると思う」
「そうだねぇ…」
「けど、エータは…お兄さんのところへは帰れないって言う。
シータは、ケイトの言う通り、きっと誰かに攫われたんだと思う。
でも、自警団に行くと言ったら、エータは『しーちゃ、なっちむにゃー』………シータが、悲しむ、と言ったんだ」
「…クルムさん、エータちゃんの言葉全部わかるのかい?!」
ケイトが驚いて言い、クルムはまた苦笑した。
「なんとなく、そう言ってるんじゃないかなってことだよ。でも、そう考えたら、つじつまが合わないかな。
お兄さんのところに戻れない理由も、自警団に行けない理由も…そうしてしまったら、シータが悲しむ……もしかしたら、シータを攫ったのは二人が良く知る人なんじゃないのかな?
自警団に行ったり…あるいは、エータ一人でお兄さんのところへ帰って、お兄さんが自警団に届け出たりしたら、自警団の捜査の手がその人に伸びてしまう。シータはもちろん、エータもそれを望んではいない。だから、エータは自警団に行きたがらなかったんじゃないのかな?」
「はぁ……相変わらず、すごいねえ、クルムさん……」
ケイトはただ感心して息をついた。
「でも、そうすると、あの追っ手たちはどういうことなんだろうねえ…?」
「そこだよね」
クルムも嘆息した。
「彼らは確かに、エータのことを『女王に似てる』って言ったんだよね?」
「ああ、間違いないよ。それを聞いたとたん、エータちゃんの様子が変わったんだ。王宮に連れて帰ろうって言ったところで」
「オレが彼らの話を聞いた時、彼らは『探している人の手がかりになるかもしれないから 連れて行き、話を聞きたい』と言っていた。女王の話も、王宮の話も一切しなかった」
「きっと、あの黒マントのヤツはぽろっと漏らしちゃったんだろうねぇ、他の仲間もヤバいって顔してたし」
クルムは無言で頷いて、改めてケイトを見た。
「その話を統合すると、彼らは王宮の関係者から依頼を受け、ある人物を探している、ということになる。帰る、という言い方をしていたから、彼らが戻る場所は王宮だろうからね。
探しているのは、『エータ』と『シータ』という、女王に似た人物…あるいは女王たち本人か。
ただの尋ね人なら調査のためにある程度の情報をオレ達にも言えると思う。けど、それは『事情があって言えない』んだ。
『言えない』という事実自体が情報だよ。もしかしたら彼らは国家機密レベルの依頼を受けている…つまり、彼らが探しているのは『女王たち本人』かもしれない、っていうことになる」
「えええ?!で、でも、女王様がこんなちっちゃい訳ないじゃないか!」
「ケイト、覚えてる?前にセレの事件で、この国に来た時のこと」
突然違う話を振られて、ケイトは面食らった。
「え?あ、ああ…人形の事件だね」
「あの時に、グリムが王宮に言って、女王と会ったって、言ってたよな」
「ああ…そういえば、そんな話もしてたね」
「グリムはその時、そこで会った女王は、彼女と大して変わらない年齢だって…グリムはオレよりちょっと上くらいだったから、17、8か…少なくとも、そういう風に見えた、って言ってたんだ」
「え、ええ?けど、そんなに若くて女王なんて務まるのかい?それに、そうだとしてもこのエータちゃんの年とは程遠いじゃないか」
「その時、グリムは女王からこう言われたんだ。『魔道士の外見が、そのまま年齢を語るとは思わない方がいい』って。
魔道大国を治めるほどの強大な力を持った魔道士…女王なら、自分の見た目の年齢を、自在に変えることも出来るんじゃないのかな?」
「でも…でも、なんのために?わざわざ、こんなちっちゃい姿を取ってるのさ?」
混乱した様子で、ケイト。
クルムも眉を寄せて視線を逸らした。
「そこまでは、オレもわからない…想像になってしまうけど。
女王が王宮から離れるなんて大変なことだろう。公表されている姿ではいられない…城から抜け出すために、みんなには知られていないこの姿を取ったんじゃないかな。
そして、そこで思わぬアクシデントがあって…彼女達の良く知る人によってシータが攫われ、彼女達ははぐれてしまった。そこで、オレ達と会った…」
「…ふんふん、なるほど…」
ケイトは感心しながらクルムの話を聞いている。
「エータはオレ達の言葉はわかってるけど、エータの言葉はオレ達には通じない。それはエータにとって、とてももどかしいことだと思う。
だけど、もしかしたら逆にそれが狙いなのかもしれない」
「…っていうと?」
眉を顰めて言うケイトに、クルムは視線を戻した。
「ある程度の情報を手にオレ達が捜査をすると、自分が女王であることが分かってしまう。それを恐れて、彼女は幼い姿、幼児口調を取り続けているか……」
「ああ、なるほど…本当は普通に喋れるのに、わざと喋れない振りをしてたってことだね?」
「…ああ。でもこれはやっぱり、無理があるんじゃないかと思う…シータの身の安全より、自分の身分のほうが大事だとは考えにくいし……でも、そう考えると」
そこで少し、辛そうに表情をゆがめて、エータを見た。
「エータは…エータ自身が元の姿に戻る術をもたない、っていうことになる…」
「………」
ケイトも同じような表情で、エータの額を撫でる。
少女はなおも苦しげな表情で、浅く息をついていた。
「こんな憶測を巡らせてみたところで、オレ達には何も出来ない…
このままじゃ…エータは…」
クルムは悔しげな表情で瞳を閉じた。
しばらく、沈黙のまま時が過ぎる。
と。
『おい』
自分に呼びかけられた声なき声に、クルムははっと顔を上げた。
壁に立てかけられた彼の剣から発せられた声なき声。
彼の剣『カーク・ファシル』に宿る、スレイという名の精霊である。
クルムが彼の声に気付いたのを察してか否か、スレイは続けて語りかけてきた。
『お前達、見られているぞ』
「なんだって?」
立ち上がったクルムに、ケイトが訝しげな視線を送る。
「どうしたんだい、クルムさん」
「誰かが……この場所を、探っている…術をかけている…らしい」
「なんだって?クルムさん、何でそんなことがわかるんだい?」
ケイトは不審げだ。彼女には、スレイの声は聞こえていない。
スレイは続けて語った。
『今日…すでに昨日か。街で会った、この娘を追ってきた奴等の中に、人を探す術を持つ者がいる。
今朝改めて、この娘を探す術でここを探り当てたようだ』
見れば、いつの間にかすでに朝日が差し込んでいる。
体勢を立て直した彼らが、再びエータを探しに来るのは自然な動きだ。
『どんなに逃げ隠れしても無駄だ。
あの者の術は、必ずお前達を突き止める』
スレイがいつもの落ち着いた様子で語ってくる。
クルムは表情を引き締めた。
「場所を移動しても、無駄みたいだ…いちかばちか、彼らと話をしてみよう、ケイト」
「しょ、正気かい?クルムさん」
あっけに取られた様子で、ケイト。
「エータが女王なら、彼らからも話を聞きたい。
エータの、力になりたいんだ」
強い意志を秘めた瞳が、彼女を射抜く。
ややあって、彼女も表情を引き締め、頷いた。
「わかった…あたしも腹を括るよ!」
窓から差し込んだ日差しが、青ざめたエータの頬を照らす。
長い一日が、始まろうとしていた。

Minimum Consultation

扉を開けて、彼らが驚かなかったことに、少し驚いた。
昨日『追っ手』だと認識した者達がまっすぐにここを訪ねてきたのだ。即逃げるくらいのことはされると思っていたが。
と、冒険者の一人が、驚いた声を上げた。
「…クルム…クルムじゃないか!」
と、部屋の中にいた少年も驚きに目を見開く。
「…千秋?!」
硬く引き締めていた表情を少し崩して、彼らのほうに駆け寄ってきた。
千秋は前に立っていた仲間を避けて前に出ると、旧知の顔に少し嬉しそうな表情をする。
「コンドル達から聞いていた人相をどこかで見たことがあると思っていたら…本当にクルムだったとはな。ムーンシャインの事件以来だな」
「ああ、久しぶりだね。今は……そっちで、仕事をしてるんだ」
クルムの表情が、嬉しそうなものからまた一転して引き締まる。
千秋も表情を引き締めた。
「ああ。お前たちに、話がある。入れてもらえるか」
クルムは冒険者たちを一瞥すると、ゆっくりと頷いた。
「いいよ。ただし、あまり騒がしくしないでくれないか。エータが…寝てるから」
奥の部屋をちらりと見て、言う。もとより断るはずも無い冒険者たちは静かに頷くと、少年の促すままに中へと足を踏み入れた。

「なにやら不幸な行き違いがあったようなのでな。きちんと話して誤解を解き、できればこちらに協力してもらいたいと思い、ここに来た」
勧められた椅子に座り、ケイトとクルムと向かい合わせで座った冒険者たちが一通り自己紹介を済ませると…千秋が口火を切った。
隣に座ったヴィアロが、静かにそれに続く。
「……昨日は、いきなり出て来て変な事ばかり言って、ごめんなさい。
俺達は、ある人から依頼を受けて、ある女の人達を捜してるんだ……。――で、その子がその人達を見つける、手がかりになるかも知れない。だから、昨日はあの子を連れて帰る、って言った…」
「ぼ、ボクも…あの、こちらの勝手ばかり言って、す、すみませんでした…それで、あの、よ、よろしかったら、ボクたちに…その、き、協力してもらえませんか…?」
コンドルがおずおずとそれに続く。
そちらに視線を送って、ケイトが搾り出すように言った。
「エータちゃんは…あの後、倒れちまったんだよ」
「何だって?」
座れる椅子が無いために冒険者たちの後ろに立っていたフルボディが、がしゃりと身を乗り出した。
そちらに少し面食らいつつも、ケイトは続けた。
「倒れちまって、今も意識不明のままさ。熱は無いようだけど、お医者様もお手上げだって言ってる」
「何か魔道的なことが関わっているかもしれないけど、高度な魔法すぎてわからないって言うんだ。
だから、今のエータは歩くことも喋ることも出来ない。
そのエータを、あれだけ嫌がっていたような場所に連れて行くのは、オレは避けたいと思ってる」
淡々と、感情を交えずに意志を伝えるクルム。
「昨日も言ったね。オレたちに協力を請うなら、そちらの事情を話すべきじゃないのか?
あなたたちが、エータに害をなす者じゃないっていう保障は、どこにも無いんだから。そんな人たちに協力できないのは、道理じゃないのかな」
「それは、話す用意がある。だがまずは、俺たちと魔術師ギルドに行ってもらえないか」
千秋が言い、クルムは眉を顰めた。
「…魔術師ギルド?」
その問いに答えるよりも早く、ケイトがパッと表情を輝かせる。
「…そうだ、マリーさんだよ!お人形のマリーさんが居たじゃないかっ!マリーさんなら、難しい魔法のことだってパパっとわかって、エータちゃんを治してくださるに違いないさ!」
千秋は多少面食らって、ケイトに言った。
「…マリーを、知っているのか?」
「ああ、前に仕事を依頼されたことがあるのさ。いやー、思い出させてくれてありがとうよ、千秋さんとやら」
ケイトはすっかり浮き足立った様子だ。
が、なおも浮かない表情をしているクルムに、ヴィアロがぼそぼそと言った。
「そっちから、すれば……凄い厚かましいかも、知れないけど……。
俺達も、出来るだけ早く、その人たちを見つけてあげたいんだ。
その人達に関わってる人達も、とても心配してる……」
「エータの、お兄さんだね?」
クルムが言ったことに、冒険者たちは少し驚いた。
「エータが言っていたんだ。シータは双子の妹で、あと一人お兄さんがいる。家族はその3人だけだって」
「いよいよ、核心に近いな」
フルボディが言って嘆息する。
「俺たちは、その少女が本当に手がかりとなる存在なのか、それを確かめたいだけなんだ。無関係とわかれば、無理にどうこうする必要もない。逆に関係があるとわかれば、そちらに全てを話す用意は出来ている。
こちらも内容が内容ゆえに、こんな誰が聞いているかもわからないようなところでペラペラと喋るわけにはいかんのだ」
千秋の言葉に、クルムははっとした。
「確かに…そうだね。オレの想像が正しかったら、魔術師ギルドで事情を聞かせてもらうのが一番いいのかもしれない」
「エータちゃんは、王宮に行くのを嫌がっておいででしたね?まじゅちゅっ…魔術師ギルドでしたら、王宮ではないのですし安心なのではないでしょうか?」
リーシュが言い、ラグナが続いた。
「エータが倒れたのは、魔術的なことが関わっていると言っていたな?魔術師ギルドにいくことはそちらにも都合がいいのではないか?」
クルムはしばし沈黙していたが…やがて頷いた。
「…わかった。魔術師ギルドに一緒に行こう。そこで、マリーにエータを見てもらって…その間に、そっちの話を聞くよ」
「クルムさん…」
ケイトは複雑そうな、それでも嬉しそうな表情でクルムを見た。
クルムは厳しい表情のまま、言葉を続けた。
「ただし、エータはオレとケイトで運ぶ。触れないでくれないか」
「それはもとよりだ。こちらは魔術師ギルドまでその少女を連れて行ければ課程は問わない」
千秋が頷いて、交渉は成立した。
「じゃあ、早速行きましょう」
リーシュが嬉しそうに立ち上がる。
「俺は……シータを、探すから…」
ヴィアロは座ったまま、地図をテーブルに広げた。
「じゃ、俺も調べ物に戻るとする」
フルボディが鎧を軋ませて歩き出す。
「その前に…そのエータという少女の髪を一筋、拝借したいのだが」
「髪の毛を?」
ケイトが眉をしかめる。
「魔道がかかっているかもしれんのだろう。王宮の研究者たちに分析してもらうのも手かと思ってな」
「…わかった、後で持ってくるよ」
クルムが真剣な表情でそれに答えた。
「では、おのおの用事が済んだら王宮で待ち合わせ…でいいか?」
フルボディが仲間を振り返ると、クルムが慌てて止めた。
「待ってくれ。王宮には連れて行かないって言ったじゃないか」
「そうだよ!エータちゃんが嫌がってるところに連れて行くのは、あたしも嫌だねぇ」
ケイトもあからさまに不快の表情を見せる。
「しかし……」
「あ、あの…ぼ、ボクも、王宮に連れて帰るのは、や、やめたほうがいいと思います…あの、も、もしかしたら、お城に犯人がいるのかも知れないですし……」
コンドルがおそるおそる言い、ラグナがそれに続いた。
「そうだな、俺もそう思う。もし期待通りの結果が出たとして、王宮に連れて帰るのは早計だろう。
王宮に犯人がいるいないはともかく、何故彼女がそれほどまでに王宮を嫌がるのか、その意志を知った上で、彼女に協力する形を取るべきではないか?」
フルボディの鎧が僅かに動いた。表情は見えないが、納得したらしい。
「わかった。では、用事が済んだらいったん魔術師ギルドに戻ることにする。それからのことは、それから考えることにしよう」
「俺も………それで、いいよ」
ヴィアロがゆっくりと頷いて、今度こそ話はまとまったようだった。
「それじゃあ、行動を開始するか」
千秋が言い、冒険者たちは立ち上がった。

Minimum Research

「擬似生命研究室のクシーとやらはいるか。話をしたいのだが」
研究所に入ったフルボディは、開口一番そう言った。
ロビーにいた少女…おそらく、リーシュの話からミューという少女だろう。彼女は目を丸くしてこちらをしばらく見つめた後、さらりと言った。
「…あんた、誰」
昨日も同じセリフを投げかけられた気がする。
「プリオム・フルボディという。先日ここに来た冒険者の仲間だ」
「ああ、リーシュとかいうバカがつくくらい丁寧な女ね。クシーに用なの、ちょっと待ってて」
話の通り、言い方はきついが実にさばさばした、利発そうな少女だ。ミューは奥へと足を運び、ドアを開けて中に入っていく。ややあって、そのドアからミューの代わりに端正な顔立ちをした青年が姿を現した。
「……私に用というのは、君か」
美貌をやや不機嫌そうに崩して、青年…クシーは言った。
「私は忙しい。要件なら手短に願うよ」
「もとよりだ。こちらも暇ではないからな」
二人は簡単に自己紹介をすると、クシーだけがロビーにしつらえられた椅子に座った。
フルボディは立ったまま、早速質問を開始する。
「擬似生命の研究をしているあんたに、ちょっと話を聞きたくてな。こちらは素人だ、初心者的な質問をするがいいか?」
「構わない」
クシーは無表情でそれに答えた。
フルボディは頷くと、切り出した。
「まず、擬似生命体というのはどれほど人間に近いものなんだ?」
「擬似生命体と言っても色々ある。君がよく知っているゴーレムも擬似生命体だ。
私達が取り扱っている擬似生命体とは、本来生命の通っていないものに魔道で人間や動物のような動きを命令し、実行させるものを意味する。そこに人間らしさを求めるかどうかは、擬似生命体を作るのとはまた別の技術だ。動ければ土くれで構わぬという者もいれば、人間と寸分違わぬものを作る者もいる」
流暢に返答をしていくクシー。
「寸分違わぬ、というのは、どの程度だ?」
「私が一度見たのは、見た目にも全く人間そのもので、同じように喋り、動きも滑らかで全く普通の人間と区別がつかないものだった。が、それを作ったのは王宮の魔道感知システムを作り上げた賢者だった。私達の技術では、そのようなものを作るのは不可能に等しい」
「人間と見分けがつかないものを作るのは、可能なんだな?」
「現実的ではないな。少なくとも私達の技術では不可能だ」
クシーは強調した。昨日の千秋の話からも察するに、その賢者というのはよほどの魔道の腕の持ち主なのだろう。
フルボディは続けた。
「では、擬似生命に記憶を植えつける、というのは可能か?」
「記憶、という言葉は正しくない。情報を記録し、その情報を元に起こった事態に対しての行動パターンを命令することならできる。この人物に会ったらこう喋る、この事態に遭遇したらこう対処する、というように、だ。先ほど現実的でないと言ったのは、そういうことだ。人間と同じように喋らせ、動かすには、動かす魔道技術だけでなく、人間と同じだけの情報量をそれに記録させなければならない。それはあまりに膨大で容易なことではない。人間の脳というのは、私達の魔道技術など遥かに及ばない、生命が造り上げた最高技術なのだから」
「そうなのか…思ったより簡単ではないんだな」
フルボディは感心したような声を上げた。
「では、擬似生命は、死んだら死体は残るのか?」
「先ほども言ったとおり、擬似生命というのは元は命を持たぬ物質だ。土くれは土くれに戻り、人形は人形に戻る。ただそれだけの話だ」
「そ、そうか…すまん。では、擬似生命体がもし王宮で活動したとしたら、魔道感知はされるのか?」
「される」
「…されるのか?!」
フルボディが驚いたので、クシーは眉を顰めた。
「…先ほども言ったが、もともと動かぬものを無理に魔道で動かすのだ。動いている間中は魔道が働いていることになり、魔道の気配もする。当然、王宮のシステムにも感知される」
「…そうなのか……」
フルボディの声は多少気落ちした様子だった。腕組みをして、何事か考えている。
「…質問はそれだけか?」
「お、おお、すまない。あとひとつだけ、構わないか。
擬似生命は、皮膚や髪の毛を分析したら人間と区別がつくのか?」
「わからない。私はくだんの賢者が作った擬似生命を分析したことが無いのでな。あれほど完璧なものなら、あるいは皮膚や髪の毛も完全に再現しているのかもしれんが。
一般的に、人間に似せて作った擬似生命なら、それは作り物だ。生物との見分けは容易につく」
「なら、ちょっとこの髪の毛を見てもらえるか」
フルボディは持っていた布をクシーに差し出した。そっと開くと、髪の毛がふた筋ほど包まれている。
クシーは一瞥すると、手にも取らずに即答した。
「これは人間の髪の毛だ」
「本当か?人間の髪の毛に似せて作ったものということはないか?」
「擬似生命の魔道の痕跡が見られない。普通の人間の髪の毛だ」
「そうか…同一人物のものかどうかは、わかるか?」
フルボディが重ねて問うと、クシーは少し眉を寄せて、それから布の上の髪の毛に手をかざした。
「………かすかに残った魔道の気配では、同じ人物のもののようだが」
「そうか、感謝する。質問は以上だ。仕事に戻ってくれ」
「では、失礼する」
クシーは淡々と言って、もと来た部屋に戻っていった。
フルボディはそれを見送ったあと、一人ごちる。
「…予想は外れ、と見るのが妥当か…魔道システムに感知されるなら、仮説は崩れるな……」
ふぅ、と息をついて。
「が、女王の部屋に落ちていた髪の毛と、あの少女の髪の毛が同じ人物のものだというのは、収穫だろうな。ちょっくら、ゼータのところにでも行ってくるか」
そして、がしゃがしゃと大仰な音を立てて、研究所のロビーを後にした。

Minimum Discrepancy

「…やっぱり……ダメ…だ」
ふぅ。
ペンジュラム代わりの鎖をことりと机の上に置いて、ヴィアロはため息をついた。
「名前はシータ…あの、小さな子の姿で…姿を追ってるのに、何故……?」
仲間たちのいなくなった静かな部屋で、一人首をひねる。
「…あの『エータ』は…女王とは関係ない、良く似た別人……?
でも、そこまで似てるって、無いだろうし……」
立ち上がって鎖を髪に戻し、歩きながら考える。
「……エータがちっちゃいからって…シータもちっちゃい訳じゃない……?
…そもそも、どうしてエータはあんなにちっちゃいんだろう……?」
自問するが、答えは出ない。
「……ギルドに……行こうかな……」
最終的にそう結論付けて、ヴィアロは部屋を出た。
部屋を出ると、宿屋兼酒場のこの建物のホールに出る。ヴィアロが出てきたのを察してか、厨房の奥から男性が一人顔を出した。
「お、兄ちゃん見ない顔だな。ケイトの知り合いか?」
「あ………うん」
30代後半ほどの、人の良さそうな男性だ。きっと、ケイトを雇っているこの宿の主人だろう。
彼は苦笑して、ヴィアロに言った。
「あいつ、何やってんだ?いきなりガキを二人も連れてきたかと思えば昨日はいきなり仕事休みやがるし、今日は今日で朝から仕入れもしねえで出かけやがるし…あんましサボってるとクビにすんぞって言っといてくれよ」
「あ………う、うん」
どう答えたらいいかわからずに、ヴィアロは困惑した。が、主人はそのことはさして気にも留めていないのか、にこにこして続ける。
「兄さんは、昼飯は食ったのかい。もうすぐランチの時間だ、客が来る前に食ってったらどうだい?」
「えっ……」
突然のこの申し出にも、ヴィアロはただ困惑した。初対面の男性にそんなことを言われるとは思わなかったからだ。
が、ケイトを雇っている人物だし、人も良さそうだ。ちょうど小腹もすいてきた。言葉に甘えても差し支えは無いだろう。
ヴィアロは軽く頷くと、厨房のすぐそばのカウンターに腰をかけた。
「何にしようかねえ?ランチのメニューはそこだよ」
示されて、そちらをチラリと見る。ランチのメニューは時間と値段を優先させているからだろう、品数が少ない。
「……じゃあ……シーフードパスタ………」
「あいよ、シーフードね」
主人は笑顔で返事をして、乾麺を量りとると鍋に入れた。
料理をしている様が、ヴィアロの座っているところからでも良く見える。とても楽しそうだ。料理をするのが基本的に好きなのだろう。が、麺を茹でている間は特にすることもなさそうだった。軽く鼻歌を歌いながら、麺が茹で上がるのを待っている。
ヴィアロはふと思いついて、口を開いた。
「あ………ねえ、あなたは……女王様を見たこと、ある……?」
「女王様かい?」
唐突な質問に、主人はきょとんとした。
「あの……王宮の行事とか……そんなので……」
「あぁ、そうだねえ、遠目にだけど何度か見たことあるよ」
「…何歳くらいの、人、なの……」
「そうだなぁ、遠目にだからよくわからんが…25、6くらいじゃねえのかな」
「………そう………」
やはり、国民が見ている女王は二十歳後半である…少なくとも、そう見えるのは間違いないらしい。
「ま、俺が見たのはエータ様だけだがね」
「エータ…様、だけ……?」
微妙な言い回しに、ヴィアロは首をひねった。
主人は茹で上がったパスタの湯を切り、慣れた手つきでフライパンに入れながら、視線だけをチラリと彼にやって続けた。
「ああ、なんつーの、国政がらみの行事には大抵エータ様が出るんだよ。俺は魔道は一応使えるが、そんな研究なんて柄じゃないからね、魔道がらみの行事にはそんなに出ないのさ」
「………っていうことは…シータ…様、の方は、魔道がらみの行事に出るって…こと?」
「ああ、シータ様はエータ様よりも魔道に長けていらっしゃるらしくてな、対外の魔道のプレゼンテーションだの研究会だのによく顔をお出しになるそうだよ。俺の連れが魔道学校の研究員で、よく話を聞くよ」
そこまで言うと、店主はあいお待ち、とパスタをヴィアロの前に出した。
ヴィアロはそれには手をつけずに、重ねて聞いた。
「二人が一緒に何かに出ることは、ないの……即位の式典は…最近だったんでしょ…?」
「式典は、国民に顔をお披露目っつー感じで、お一人ずつで街をぐるぐる回ってたらしいぜ。パレード二つのほうが、効率よく披露できるしな。その時も、俺が見たのはエータ様だったなー。
ま、双子なんだし、どっちも似たようなモンだがな」
主人はニカッと笑って、フライパンを洗い始めた。
ヴィアロはしばらく何かを考えていたようだったが、やがて出されたパスタを黙々と食べ始めた。

Minimum Brother

「確認しておきたいことがあるんだがな」
補佐官の執務室に入るなり、フルボディはゼータに言った。
「何でしょうか」
読みかけの書類を机において立ち上がるゼータ。
フルボディは彼の前に立つと、話を始めた。
「気になったのでな、女王のことについて色々と訊いてみたんだ。すると、面白い結果が出た」
肩をすくめるような動作をして、続ける。
「女王の見た目の話だがな。どうも俺たちが魔道念写で見たものとは、違うものを見ているやつらがいるらしい。
俺たちが見たのはどこから見ても17、8の娘だったな。アルファも女王は18だと言っていた。
しかし、千秋が街に出て女王の評判を聞いたところ、街の人間は女王を二十歳後半ほどの美しい女性だと言っていたそうだ。
が、研究所の人間は女王は年相応によく遊びまわる少女だという」
ゼータの表情は動かない。
鎧の奥で、語調が少しだけ厳しくなった。
「なぜ、見る人によってこんなにも開きがある?女王には影武者がいるってことか?俺達は、外見が何歳の女王を探せばいい?」
沈黙が落ちた。
ゼータはまっすぐにフルボディを見つめたまま、黙っている。
やがて、ふっと目を伏せると、言った。
「…女王は18才です。それは間違いありません。…今は、それだけしか申し上げられません」
「また国家機密か」
フルボディは嘆息した。
「では、エータによく似た、だが年齢が違う少女を見つけたんだが、こいつは無関係と考えていいのか?
無関係なら遠慮なく街のチンピラに渡して、別の線で女王を探すんだけどな」
がた。
ゼータがフルボディのほうに無理に踏み出そうとして、机が動いた音がした。
表情を見れば、明らかに動揺している。
ゼータは搾り出すように、言った。
「……年齢の違う、よく似た少女…ですか。
…それは、何歳ほどの……?」
「女王は18歳なんじゃなかったのか。では、違うのだろう。そんなに気にすることでもあるまい、似ている少女などいくらでもいる。ましてや年齢が違うのだからな」
「何歳ですか、と訊いているんです」
ゼータの口調が変わった。
明らかに詰問の口調で、表情にも厳しさが増している。
フルボディは、鎧の奥から睨み返した。
「女王の見た目の年齢が違うことに心当たりがあるんだな。年齢の違う、よく似た少女がいる。もはや今回の事件に関係が無いなどと、言っていられる場合じゃないだろう」
「質問に答えられないのですか。では、その事実も、フルボディ様の作り話と判断していいですね」
ゼータは落ち着きを取り戻していたようだった。厳しい表情で、フルボディを見つめている。
話し合いは、全く平行線だった。というより、話し合いにもなっていない。お互いに自分の要求ばかりを相手に述べているだけだった。
ゼータはふぅ、と息をついた。
「その少女を、ここに連れてきてください。その時にお話します」
「俺の質問には一切返答は無しか」
「ですから、連れてきて下されば、その時にお話します」
「そんな道理が通ると思うのか?」
ゼータの視線が、すう、と冷たくなった。
「勘違いなさらなぬよう。貴方の仕事は何ですか?貴方の雇い主は誰だというのです?」
ぐ、と言葉に詰まるフルボディ。
「クライアントの要望には応えるものですね。その少女を、ここに連れてきてください。話は、それからです」
淡々と言うゼータの表情は、これまで合わせてきたどんな表情よりも、鋭く、冷たく見えた。

Minimum Climax

「ようこそ、お越し下さいました」
総評議長室、と書かれたその部屋に入ると、黒い服に身を包んだ女性は長いスカートを抓んで恭しくお辞儀をした。
「マリー、忙しいのに何度もすまないな。確認してもらいたいものがあるんだが」
千秋が言うと、マリーはそちらに笑顔を向けた。
「ええ、わたくしに出来ることでしたら何なりと」
「マリーさん!久しぶりだねえ!」
千秋の後ろから入ってきた大柄な女性が破顔して手を振ると、マリーは嬉しそうに顔をほころばせた。
「まあ、ケイト様。お久しゅう御座います。その後お変わりは御座いませんか?」
「ああ、あたしゃ元気だよ。でも、あたしの連れが大変なことになっちゃってさ、是非あんたに治してもらいたいんだ」
「大変なこと……?」
首を傾げるマリー。
「クルムさん、はいっといで」
ケイトに促されて、少年が部屋に入ってくる。
彼が抱きかかえているものを見て、マリーは赤い瞳を大きく見開いた。
おそらく今まで誰も、彼女がそんなに血相を変えた顔を見たことが無かっただろう。人形のように端正で、そして生気の無い顔が、今は恐ろしいほど人間的にひきゆがんでいる。
「……エータ様!!」
マリーは言って、クルムに駆け寄った。
「ああ…どうしてこのようなことに?!少し…お待ち下さいませね」
クルムの腕の中で苦しそうな表情で意識を混濁させているエータを痛ましげに見やってから、エータの額に手をかざして、目を閉じる。
「純白の約束……」
おそらく、それが呪文なのだろう。マリーの手から淡く光が放たれ、エータの体がほのかに光る。
ほどなく、エータの顔から苦悶の表情が消え、青ざめていた顔も血色が増した。依然として、意識は戻らぬままだが。
「…ひとまずは、これで凌げそうですわ。クルム様、でしたわね。エータ様をあちらのお部屋にお連れになって下さいまし」
「えっ…オレのこと、知ってるのか?」
面食らってクルムが言うと、マリーはにこりと微笑んだ。
「こちらでお雇いした冒険者様ですもの、存じ上げておりますわ。さ、ひとまずはこちらに」
「あ、ああ」
マリーに促されて、クルムがエータを奥の部屋へと連れて行く。
「皆様は、ひとまずこちらにおかけになってくださいまし。ごゆっくり…とは行かないかもしれませんが、お話をお伺いしますので」
冒険者達は顔を見合わせて、マリーが示した部屋の中央の応接椅子にそれぞれ腰掛けた。

「では、あれは確かに、マヒンダ国の女王、エーテルスフィアで間違いないのだな?」
千秋が確認するように問い、マリーは薄く笑みを浮かべて頷いた。
「ええ、間違いございません」
「ど、どうしてあのようなおすがっ………お姿になっていらっしゃるのでしょうか?」
リーシュが言うと、マリーは苦笑した。
「それに関しては、わたくしの口から申し上げることはできませんの。いずれの機会をお待ち下さいまし。
それよりも、クルム様やケイト様にご説明差し上げた方が宜しいのでは御座いませんの?」
「そうだった。エータが女王であることが判った以上、事情を話しても差し支えはあるまい」
ラグナが言い、クルムたちのほうを向いた。
「俺たちは、行方不明になった女王を探すために王宮に雇われた冒険者だ。
俺たちを雇ったのは、女王の兄であり、女王補佐官であるゼータという男だ」
「ゼータ…補佐官、か………それで、『ちゃか』なんだな」
昨日のエータのセリフを反芻して、クルムが納得する。
ラグナは続けた。
「女王が行方不明になったということを、あまり広められては困るというのでな。あのような曖昧な形になった。改めて詫びる。すまなかった」
「いや、こっちこそ、よく事情も聞かないで悪人扱いして、すまなかったね。
お互い誤解は解いたんだ、過去のことは水に流そうよ」
ケイトが苦笑して手を振る。
クルムもすまなそうな表情で、頭を下げた。
「ごめん、確信の持てない状態でいろいろ疑ったり失礼な態度を取ったこと、本当に申し訳なかった。謝るよ。
エータにとって一番良いのは何か、慎重になりすぎて、かえってオレはエータが苦しむ時間を長くしてしまったみたいだ。
出来ればオレも君達と一緒にエータの妹、シータを探したい。
それを、エータのお兄さん…ゼータに口添えすることをお願い出来ないかな。
一緒に依頼を受けたいと言うことじゃなくて、オレはエータの力になりたいんだ。
エータがずっと探していたシータと会えて、心から笑えるように」
「もとより、こちらもそのつもりでいた。ゼータはどう言うか判らんが、俺は是非クルムたちの協力を仰ぎたいと思う」
千秋も真面目な表情でそれに答える。
「ぼ、ボクも…協力してもらえて、嬉しい、です……」
コンドルがはにかみながら頷く。
「本当に良かったですね、誤解をとぐっ…解いて、協力していただけることになって…」
リーシュも舌を噛みながらも嬉しそうだ。
「さて、そうと決まれば、これからどうするか…だが」
ラグナが身を乗り出して、冒険者達は互いに顔を見合わせた。
「お、お城に行くのは…危険、だと思うんですけど…で、でも、エータさんは、ど、どうして、王宮に行きたくない…んでしょうか…」
コンドルがおそるおそる言う。
クルムが眉を寄せた。
「それは、わからない。でも、王宮に帰りたくないというのは、お兄さんに会えない事情が何かあったんじゃないかと思う。オレは、そんな状態でエータの意識が無いままに王宮に連れて行くのは正直、避けたいな」
「そうだな。それに、まだ双子の片割れが残っている。そちらも探さねばならんし…二人揃ってなら、安心して城に帰ってくれるのではないか、とは俺の予想だ」
ラグナが腕組みをして言う。
「ヴィアロが、今の女王の姿で、シータのダウジングをしているのだろう。その結果に期待をするしかないな」
「失礼ですが、ダウジング、とは?」
その会話に、マリーが横から割って入る。
「ああ、俺達の仲間が使える術だ。地図を広げ、相手の姿や情報を思い描いて鎖を垂らすと、そのものの位置をかなり正確に割り出せるらしい。エータの場所を探し当てたのだから、精度は信頼していいと思う」
ラグナが答えると、マリーは変わらぬ表情で、確認するように重ねて問うた。
「そのダウジングを…今のエータ様のお姿で、シータ様をお探しになられているのですね?」
「あ…ああ」
マリーの真剣な様子に、何があるのかとラグナ。
マリーは赤い瞳でまっすぐに彼を見据えたまま、言った。
「その方法では、シータ様を見つけることはできないと思いますわ」
「何故だ?」
「シータ様は、エータ様と同じお姿ではないからです」
「…断言できるのか?」
「断言します。根拠は、先ほども申し上げましたとおり、わたくしの口からは申し上げることが出来ませんの。
全ての真実をお知りになりたいのであれば、エータ様とご一緒に、ゼータ様の元へ行って頂く必要がございます」
マリーの瞳にも口調にも、全く迷いはない。
つまりは、それはまごう事なき事実だと思っていいのだろう。
「ですけれども、エータ様は王宮へ帰ることを望んでいらっしゃらないのでしょう?」
マリーは僅かに眉を寄せて、言った。
クルムは悲しそうな表情で頷く。
「…ああ。もしエータの目が覚めたときに、自分が行くのを嫌がっていた王宮の中だったらと思うと…
エータの意識が戻って話が出来たなら、何故行くのが嫌なのかを訊くことも、行くように説得することも出来るのに……」
「マリーさん、エータちゃんはどうしてあんなになっちまったんだい?あんた、知ってるんだろう?」
ケイトが言うと、マリーはそちらの方を向いた。
「エータ様がお倒れになられたのは、あの方が活動するエネルギーの源…魔力が、今のあの方の体の中にほとんど残っていないからですわ」
「魔力が…残っていない?」
千秋が眉を寄せる。
「その魔力は…どうやったら元に戻るのですか?」
リーシュが問い、クルムがそれに続いた。
「王宮に……ゼータのところに行ったら、エータは治るのか…?」
悲しそうに。でも、エータのためならばと決断したように。
しかし、マリーは薄く笑って首を振った。
「エータ様の魔力を戻すには、方法はおひとつしか御座いません」
「…それは?」
ラグナが促すと、マリーはゆっくりと言った。

「…シータ様を見つけ出すことですわ」

沈黙が落ちる。
ややあって、ラグナが渋い表情で言った。
「しかし…シータはダウジングで見つけ出せる姿はしていないのだろう?」
「ええ、そうですわ」
「そして、その事情を知るには、ゼータのところへ行かねばならない」
「ええ、わたくしの口から申し上げることはできません」
「しかし、エータとシータが揃わないことには、王宮へは出向けない…」
「エータ様のご意志を尊重されるのでしたら、そうなりますわね」
「…八方ふさがりじゃないか…」
ラグナは肩をすくめた。
他の者達も、一様に暗い表情をしている。
マリーは続けた。
「エータ様のご意志を無視なさって、ゼータ様に事情を訊き、協力を請うのもひとつの方法だと思いますわ。結果的にはそれが最終的に、エータ様の魔力を戻す一番早い方法になるかもしれません。
しかし、皆様はこれまで、お二人を探して調査をしていらしたので御座いましょう?
エータ様を助け、お話を聞かれたクルム様とケイト様も、何がしかの手がかりをお持ちかと存じます。
せっかく、手を取り合って協力することが出来たのですもの…ゼータ様の手を借りずに、皆様だけでシータ様を見つけ出されては如何で御座いましょう?」
「しかし…シータの居場所の手がかりなど……」
千秋が苦い表情で言うが、マリーはそちらに薄く微笑みかけた。
「直接の手がかりはなくとも、皆様はたくさんの情報を手に入れられましたわ。
あとは、その模様を読み解くだけ……そうではございませんか?」
マリーは立ち上がって、評議長のワークデスクの方に歩いていった。
「もしどうにも見つからないようでしたら、わたくしの方からゼータ様にお願いして、心当たりを調査いたしますわ。
ですけれど、現時点では、皆様が一番、シータ様の居場所に近いのではないでしょうか?」
再び、沈黙が落ちる。
「…いずれにしろ、ヴィアロとフルボディを待つか……」
千秋が言い、仲間たちも頷いた。
「エータ……」
クルムが心配そうに、エータが居る奥の部屋へと続くドアを見やる。

時刻は、そろそろレプスの刻にさしかかろうとしていた。

第4話へ