ときどきね。
わたし、ものすごく不公平だなって思うんですよ。

だってそうでしょう?
人より大きな力を持っているはずのわたしは、
人よりできることが少なくて、
人より見られるものも少なくて、
人より言えることも少ない。

わたしって、なんて何にも出来ない人間なんだろうって。
本当に、そう思うんです。

でもね。
わたしはそれを、いやだと思ったことは一度も無いんですよ?

だってそうですよね。

ふこうへいって、ふしあわせとは違うものでしょう?

Minimum Request

マヒンダという国がある。
位置としては、東方大陸の南。ナノクニとは森を挟んだ位置にある国家。
ここには、独特の文化が形成されていることで有名である。
すなわち…国民のほとんどが魔道師であるという、筋金入りの魔道国家。
魔術師ギルドの総本山があり、全世界の魔道師を取りまとめていると称しても差し支えない。当然、それだけの規模の組織があれば、面積・人口・総生産に関わらず、国際的な発言力も高い。
大国フェアルーフにも引けを取らない、強大な国だ。

…などと、益体もない知識を並べながら、窓の外の景色を見やる。
どうしてこの造形を保っていられるのかが理解できない、不思議な街並み。不思議の一言で片付けるには、何というか、雑然としすぎている感がある。多くの色彩と、多くの形と、多くの文化をごちゃ混ぜにしたような、そんな街並み。
どこか現実感のない、夢を見ているかのような曖昧な街。それが、マヒンダの印象だった。
「さて…冤罪が晴れて、きれいな体でヴィーダに戻れたと思ったら、早速東方大陸に逆戻りか。難儀なものだな」
雑然とした街並みを見渡して、彼はひとりごちた。
一目で隣国ナノクニの民族衣装とわかるいでたち。愛想のない容貌は別段造形が整っているわけではないが、どことなく愛着のある顔立ちをしている。
「失礼する」
きい、と扉が開いて、そちらの方を向く。
入ってきた人物…否、入ってきたものに、彼は絶句した。
がしゃん。
やたらと大仰な音を立てて入ってきたのは、大きな大きな、鎧、だったのだから。
ぎ、という音と共に頭部が彼のほうを向く。僅かに覗き見える、人間を感じさせる口元が、言葉を紡ぐ。
「ゼータとかいう奴の依頼を受けた冒険者だが、ここでいいのか?」
聞こえてきた声は、予想以上に若かった。てっきり筋肉質の中年でも中に入っているものかと思ったのだが。
彼は頷いて、やっと答えた。
「……ああ。あんたもか」
「そうだ。とはいえまだ全員集まっていないようだな。待たせてもらおう」
鎧はこともなげに言って、がしゃがしゃと部屋の中を進んでいく。
普通の体の大きさをした人間用にしつらえられた応接室には、当然鎧が座れるような規模の椅子はない。
そのことには慣れているのか、部屋の隅に立つと、ものめずらしそうに辺りを見回し始める。
彼が声をかけようとすると、不意にとんとん、とノックの音がした。
「あの…依頼を受けた冒険者ですけど…」
不安そうに顔を覗かせたのは、若い女性だった。
「ああ、ここでいい。依頼人はまだ現れないようだが」
彼が頷くと、女性はパッと表情を輝かせて、ドアの外に声をかける。
「よかった、ここでいいって!早く入りましょうよ!」
ほどなく、女性は傍らに少年を連れて中に入ってきた。
(………なんだ、本当に冒険者か?)
第一印象で、そう思う。
無論、人は見かけに寄らないものだし、今までも年の割に精神も技術も卓越した存在をいろいろ見てきた。
が、年だけではなく、この二人には…なんというのだろう。意志が感じられない。
女性の方は、おそらく二十歳そこそこといったところだろう。褐色の肌と尖った耳は、大地の従属人種・ディセスの特徴だ。伸ばした黒髪を二つに纏め、優しそうな黒い瞳をそわそわと動かしている。格好もごくごく普通のワンピース。強く出れば簡単に言い負かせそうな、気弱そうな女性だ。とても旅をしているようには見えない。
そして、傍らの少年。こちらはそれに輪をかけていた。どこからどう見ても子供。エメラルドグリーンの髪を長く伸ばしており、身に纏っているブルーの服は一応魔道師がよく纏う旅装束に見えたが、肝心の中身は10歳以下の幼児だ。マントの下には剣も見え、自分の背丈ほどもある大きな杖を持ってはいたが、武器を持っているというよりは武器に持たれている感がある。自分より一回り大きい服を見栄を張って着てしまった子供のような痛々しさだ。両肩には奇妙な生物が二匹乗っている。おどおどしたその様子のどこをどうとっても、冒険者には見えなかった。
「あの…えっと」
女性がそわそわしながら辺りを見回し、とりあえず彼に向かって礼をした。深々と頭を下げたまま、早口でまくし立てる。
「あのっ、わたしリーシュといいます!今回この依頼を受けさせていたづっ」
がち。
妙な音がして言葉が中断する。
首をひねっていると、彼女は頭を下げたままちょっと涙声で続けた。
「依頼を受けさせていただきました、どうかよろしくお願いしますっ!」
どうやら舌を噛んだらしい。
(おいおい大丈夫なのか…?)
彼は呆れつつも、一応名乗り返した。
「一日千秋だ。千秋でいい」
女性は顔を上げると、微妙な表情ではにかんだ。
と、後ろの少年がおどおどと続ける。
「あ、あの…ボクはシェリク=ムー・ウェルロッドといいます…えっと、コンドルって呼ばれてるので、そう呼んでください……その、よ、よろしくお願いします…」
消え入りそうな声でそう言って、ぺこりとお辞儀をする。
「コンドル?何故シェリクなのにコンドルなんだ。字か?」
千秋が尋ねると、少年は困ったような顔をした。
「そ、それはあの…こ、答えられません。ご、ごめんなさい」
別に人の呼び名などに興味はないが…どうやら、気弱そうだと思った第一印象は間違ってはいなかったらしい。
千秋は心の中で嘆息した。
と、がしゃ、という音がして鎧が動く。二人は驚いて入ってきたドアに張り付いた。
「よよよよ鎧が動いたっ?!魔道の国ってそうなんですかっ?!」
なにがそうなんですか、なのかは不明だが、リーシュと名乗った女性があからさまにうろたえて言う。コンドルのほうに至っては声さえなく、蒼白な表情で鎧を見上げている。
鎧は嘆息して声を出した。
「残念だが俺はリビングデッドじゃない。プリオム・フルボディだ。フルボディと呼んでくれ」
鎧から…フルボディから聞こえた声は至って普通の、若い男の声だったのだが、それでもこの2メートルに及ぼうかというほどの鎧のインパクトは強いらしく、二人は声を上げられずにかくかくと頷いた。
と。
かちゃ。
ドアが再び開いて、ドアの前に立っていたコンドルとリーシュにこつんと当たる。
二人が慌てて退くと、ドアの向こうからひょい、と若い男性が顔を覗かせた。
「や。ごめんごめん。あのさ、雇われ冒険者って、ここでいいの?」
やたらと軽い調子でそう訊いてくる。普通っぽい雰囲気に安心したのか、リーシュが笑顔で頷いた。
「はい、そうですよ」
男性はありがとー、とにっこり笑い、やはり部屋の外にいる人物に声をかけた。
「はいよ、じゃあちょっと失礼しますね~」
どこまでも軽い口調で男性が部屋に入り、続けて二人入ってくる。
先ほどの男性は、思ったよりも若かった。十代後半といったところだろう。顎の辺りまで伸ばした金髪に、赤いベレー帽をかぶっている。その調子の良さそうな風貌といい、黄緑とカーキーという派手な取り合わせの服といい、あまり冒険者といった様子は感じられない。
彼に続いて入ってきたのは、25歳ほどの男性だった。長い黒髪を三つ編みにして後ろにたらし、長い紺のマントを羽織っている。表情のない容貌は少しクールな印象を与えた。
そして、最後に入ってきたのも全体的に黒という印象のある男性だった。長くも短くもない黒髪は、ところどころ編まれたり装飾が施されたりしている。こちらも黒いマントで全身を覆っているが、髪やマントに施されたビーズや糸の装飾があまり暗さを感じさせない。きれいに整った容貌はやはり表情を感じさせなかったが、先ほどの男性のような冷たい印象はなく、むしろぼーっとしているような感じがする。
最初に入ってきた金髪の男性が、陽気に手を上げた。
「やっほ。ひのふのみ…んー、俺入れて全部で7人か。可愛い女の子もいていい感じだねぇ。
あ、ごめんごめん。俺、レイジス・フォーマルハウト。でも名前長いでしょ。レイジでいいよ。
あんま冒険者って感じしないでしょ。俺ホントは商人なんだよね。まーでも本職だけじゃくっていけなくて、こうして路銀稼ぎしてる、ってワケ。よろしくね」
続いて、三つ編みの男性。
「ラグナ・クレストという。ラグナでいい。よろしく頼む」
最後に、黒マントの男性がぺこりと頭を下げた。
「………ヴィアロ……」
その続きの言葉を誰もが待ったが、何も言う気はないらしく微妙な沈黙が流れる。
「って、それだけぇ?」
一応レイジがつっこんでみる。それで場の緊張がある程度ほぐれたのか、冒険者達は順々に自己紹介をした。
そして、おのおの用意された椅子に座り(フルボディは別だが)、依頼人を待つ。
ややあって、部屋のドアがノックされた。
がちゃりと扉が開き、背の高い男性に続いて女性が入ってくる。
冒険者は表情を固くした。
男性は慣れた様子で部屋に入り、冒険者達が座っている椅子の正面に配置された椅子に腰掛けた。
女性はその後ろに控え、落ち着いた表情で冒険者達の方を向いた。
そして、男性が口を開く。
「ヴィーダからの長旅、ご苦労様でした。改めて自己紹介をいたします。
私はゼーティリアノン・サー・マ・ヒンディアトス。マヒンダ国の女王補佐官の任についております」
年は20代半ばといったところか。かっちりとした制服を文句なく着こなした、文句無しの美丈夫である。短めに揃えられた髪と切れ長の瞳は、制服と同じ臙脂色。落ち着いた、というよりはもう一歩踏み込んで少し厳しめの表情は、いかにも真面目な役人といった風情だった。
続いて、傍らにいた女性が軽く会釈をする。
「私はアルファルファ・ヴェゼ。女王付き秘書室長を任されております。
この度は我が国の依頼をお受けくださいましてありがとうございます」
こちらも年は20代半ばほど。火の神の従属人種・フェイリア特有の、赤褐色の肌に尖った耳。赤い肌に溶け込むような真紅の髪は、前髪だけ金に染め分けられている。体にぴったりとしたデザインの臙脂色のスーツを身につけ、気の強そうな琥珀の瞳を向けている。こちらもいかにも固そうなキャリアウーマン、といった風情だった。
自己紹介を終え、では早速、と補佐官が身を乗り出す。
「皆様に依頼することは、ヴィーダで個別にお話した通りですが、念のためにもう一度全容をお話しておきます。
皆様には、我が国が冠する双子の女王の行方を突き止め、その身柄を確保していただきたいのです」
冒険者達の表情が緊張の色を帯びる。
補佐官は続けた。
「最後に姿を確認されたのは一週間前。寝室に入るところを執事長とメイド頭が目撃しています。今日に至るまで捜索を続けましたが、行方は杳として知れません。
もちろん、わが国の特性も考慮して魔道的な捜索も試みました。しかし、女王の魔力の気配は、わが国どころか世界中に探査の幅を広げても発見できなかったのです。
これは、何者かが女王の魔力を封印しているか…最悪、すでに死亡していることを意味します」
そこで沈んだ表情となり、少しだけ苦しげな声で続ける。
「わざわざヴィーダで依頼の募集を出し、皆様をここにお呼びしたのは、そういうわけです。
このことは、まだ国民には知らせていません。知れたら、国は混乱に陥るでしょう。このことは、一部の臣下にしか知らされておりません。大事になる前に…なんとしても、女王を見つけ出したいのです」
その表情には、仕える女王を心配する以上の憂いが見られる。
冒険者達がきょとんとしていると、後ろの秘書が心配そうな表情で口を挟んだ。
「ゼータ様は、女王の兄君でいらっしゃるのです。女王という以上に、肉親として、お二人のことをご心配なさっていらっしゃるのですわ」
ああ、というように何名かが得心する。マ・ヒンディアトスという姓は、女王と肉親であるからなのか。
秘書はてきぱきと続けた。
「女王のお名前は、姉君様がエーテルスフィア・クィン・マ・ヒンディアトス。妹君様がシーティアルフィ・クィン・マ・ヒンディアトス。どちらがというわけではなく、お二人とも、わがマヒンダの女王であらせられます」
「少し、いいか」
「はい、ラグナ様」
ラグナが手を上げ、秘書はそちらの方を見る。
「その、双子…ええと、エーテル…」
長い名前を反復できずに難儀していると、補佐官が横から口を挟んだ。
「姉がエータ、妹がシータで構いません。私のこともゼータ、こちらの者もアルファとお呼びください」
「では、失礼して。その、エータとシータだが…年は何歳くらいなのだ?」
「お二人は御年18才であらせられます」
アルファが即座に答える。ラグナは眉を顰めた。
「18?…以前も思ったが、そのような少女が国を治めるなど、不安ではないのか?摂政なり何なりをつけるものだと思うが…」
「失礼ながら、その役目は私が負っております。それゆえの補佐官という役職ですので」
ゼータが厳しい視線で注を入れる。話が脱線したことに気付いたのか、ラグナは首を振った。
「そうなのか。いや、失礼した。18くらいの双子だな」
「あの、よろしいでしょうか」
次にリーシュが手を上げ、アルファがそちらを向く。
「はい、どうぞ」
「あの、女王様の容姿をさしつっ…」
がち。
再び歯が擦れる音がして、涙声が続く。
「…差し支えなければ、教えていただきたいのですが」
「あ、はーいはーい。よかったらさぁ、肖像とかあったら嬉しいんだけど」
続いて、レイジが陽気に手を上げる。
「それ売って金稼ぎ……じゃないなんでもないよー。容姿がわかってないと探すこともできないじゃん?肖像画みたいな大したもんだと持ち歩くのに不便だからさー、なんかよく描けてる似顔絵みたいなの、あったら欲しいんだけど」
「もとよりご用意いたしております」
アルファは抜かりない動作で、冒険者達に紙を一枚ずつ配って回る。
手を取って見ると、それは肖像と呼ぶにはあまりにも精緻な、人間の姿が映っていた。
二人の少女の全身が描かれている。二人とも、赤紫色の長い髪を二つに結い上げ、同じ色の魔道装束に身を包んでいる。その顔は実によく似ていたが、片方は気の強そうな、片方はおっとりしたような雰囲気が見て取れた。
が、その描かれていた内容よりも、その紙そのものが冒険者達の興味を引いた。
「うわぁ…こ、これ、絵なんですか…?」
コンドルが驚いて声を上げる。目で見たものをそのまま髪に焼き付けたかのような、鮮やかな色彩、正確な描写。絵だというのには無理があった。
「それは、魔道念写と呼ばれる魔道技術です。術者の思い描く映像を紙に焼き付けることが出来ます。もっとも、まだ開発段階ですので、一般に普及するどころか、満足な術者もいない状況ですが」
アルファが説明する。冒険者たちはただその描画の素晴らしさに魅入った。
「うわー、ありがと。これなら高く売れ……じゃなかった、聞き込みも簡単だね」
レイジが言うと、アルファは眉を顰めた。
「あの、それを見せて回って聞き込みをなさるのですか?」
「ん、そのつもりだったんだけど、何かまずかった?」
アルファの視線が厳しくなる。
「失礼ですが、先ほど補佐官が申し上げました。女王が行方不明になったことは、国民には知らされていない…知られたら大変な混乱に陥るだろうと」
あっ、と何名かが声を上げる。
「国民の多くは女王の姿を見たことがあります。プライヴェートな画であるとはいえ、どこから情報が漏れないとも限りません。街へ出られるのも構いませんが、くれぐれも事実を気取られることの無いよう、重ねてお願い申し上げます」
レイジは少しだけ困ったように眉を寄せた。
「そっかー、ごめんごめん。これは見せないよ。うっかりしてたなー」
「それから、性格なども知りたい。それによってどんな行動をするのか、というのが少しは読みやすくなるかもしれん。これから二人を探すにあたって、重要なヒントにもなるだろう」
ラグナが再び言い、コンドルがおずおずとそれに続く。
「あ……えっと、僕もそれ…聞きたい、です…あの、じょ、女王様たちの好きなものや、きょ、興味を持ちそうなものとか……えっと、よかったら、き、聞かせてください…」
その質問に、アルファの表情が少しだけ和らいだ。
「そうですね、お二人は、とにかくお元気でいらっしゃいます。とても好奇心が旺盛でいらっしゃいますから、生来の魔道師でいらっしゃいますのね。年頃の女の子の見本のように、なんにでも興味を示され、とてもお元気にあちこちを回られて、よく私が無理やり公務に連れ戻すのです」
それは、例えて言うなら悪戯ばかりする子供のことを語る姉か母のようで。この秘書室長が、女王のことをどれだけ慕っているかが見て取れた。
「生来の魔道師と言ったが、女王の魔道の腕はどの程度なのだ?」
千秋が質問をすると、ゼータがそれに答えた。
「魔道の才は、シータの方に顕著に受け継がれています。魔力とそのコントロールに関しては、魔術師ギルド長であるマリエルフィーナ・ラディスカリ殿にも引けをとりません」
「おお、そんなにか」
「エータは魔道よりも、その強い意志で帝王学を深く学び、実践する才に長けています。魔道師を統べ、治めていく座ですから…魔道と政治、どちらか片方だけではダメなのです。ですから、我が国は双子の女王を冠しているのです」
「なるほどな…それなら、意見の対立などもないわけだ」
ラグナが感心して頷く。
「あ、あのっ…恐縮ですが、こっ…」
がち。
リーシュがいつものように舌を噛みながら発言する。
「…国民の方たちがご存知の一般的な情報はもちろん、よろしければ何か今回の件に関して役に立ちそうなお話などございましたら聞かせていただければありがたいのですが…」
アルファは少し眉を寄せた。
「…申し訳ありません、漠然としたご質問ですのでどう答えたらよいものか…」
「国民のことは、国民に訊くといいでしょう。私達は所詮王宮の中の者ですので、国民がどのようなことを知り、思っているのか、恥ずかしながら完全に把握できているとは言い難いです。役に立ちそうなお話は…残念ながら皆さんにお話したことのほかには、特に心当たりはありません」
ゼータが続け、リーシュはしゅんとうなだれた。
「はぅ…そ、そうですよね…すみません」
そうして、沈黙が訪れたその時に。
「………一週間前……何か、あった?」
ヴィアロが、ぼそ、と呟くように言った。
思わぬところから声がかかり、冒険者達の視線が彼に集まる。
「…ケンカでも、した?…嫌なことが、あった?」
「そうだな、それは俺も訊きたい」
フルボディがそれに続く。
「失踪する前の女王達に、変わった様子はなかったか?暇だからどこかに遊びに行きたいと言い出したりとか、誰かの王宮の外の話に興味をもったりとか」
「それは毎日のことですから」
ため息混じりに、アルファが言った。
「先ほども申しましたとおり、女王は何にでも興味を持ち、時には町へと出て行かれることもあります。ゼータ様が仰ったとおり、魔道の才に関しては女王の右に出るものはおりませんので、私達もそれを完全に阻止するのは難しいのです」
「なるほど、では家出の線もあるのだな」
フルボディが言うと、アルファの視線が厳しくなった。
「確かに、女王は何にでも興味をお持ちになられ、公務をサボり気味どころか街に出るのをサボって公務、くらいの勢いでサボりまくっていますが」
実は相当サボっているらしい。
「それでも、私達に連絡もなく何日も城を空けられるような無責任な方ではございません。お二人がいなくなったら国にどのような影響が出るかは、エータ様が一番よくご存知でいらっしゃいます。お二人は女王となるべくお生まれになり、そしてこの国を、私共を心から愛していらっしゃいますから」
アルファの瞳には、女王に対する無礼な発言を容赦しない厳しさがあった。
それを抑えるように、ゼータが横から口を出す。
「…確かに、女王の内心がどうであるかは私達には計り知れぬことでしょう。しかし、その気になればいつでも自分達の気の赴くままに様々な場所に出かけられる環境にあった女王が、今になって家出をする理由というのが、私達には思い当たらないのです」
「…なるほど、一理あるな。自由に外へ出られるならば、王宮の生活を疎んで家出、というのは考えにくい」
フルボディは頷いた。
「同様に、私達の間柄も、私が思い起こす限りでは何の問題もありませんでした。女王は私を家族としてとても慕っていましたし、アルファたち側近に対しても同様です。突然連絡もなく姿を消す理由は、思い当たりません」
ゼータが重ねて言い、ヴィアロは頷いた。
「………わかった」
「家出の線は薄いにしても、他に心当たりはないのか?」
ラグナがその横から問う。
「可能性の問題だが、コレが人攫い事件なのだとしたら二人が攫われる様な理由や攫いそうなヤツに心当たりは無いか?教えてもらえるならば教えて欲しいが」
「攫われる理由…ですか」
ゼータが難しい顔をした。
「それこそ、一国の王なのです。攫うことがもしできるとするならば、利用価値は計り知れないことでしょう。しかし、現時点で目立った行動を起こしそうな組織や国家に心当たりはありません。我が国は友好的な外交政策を取っておりますから」
「誘拐などで妨害されては困る重要な行事や施政が近くあったりはしなかったか?」
こちらの質問は、千秋。
「機密があるだろうから、具体的には教えて貰わなくていい。ただ『ある』か『ない』かだけ知りたいだけだ」
「差し迫って、重要な行事などはございません。今は1年でもっとも暇な季節ですね」
こちらの質問には、アルファが答える。千秋はふむ、と頷いた。
「……それで…やっぱり魔法で、消えたの?」
再び、ヴィアロが言葉少なに質問する。
「おお、そうだ、それも訊きたかった」
フルボディが再び便乗して質問をする。
「王宮内での魔法の使用って、どうなってるんだ?空間移動とかホイホイ使えたら、防犯もなにもないだろ。やっぱ要所要所で使えないようになってるのか?」
アルファが再び真面目な表情で答えた。
「マヒンダは国民のほぼ全てが魔道士であり、魔道は生活に深く根付いています。王宮内でもそれは同じで、私達から魔道を奪ってしまったら、皆様方から片腕をもぐのと同じくらいの不便さを強いられます。よって、王宮内で魔道を遮断する処置を施しているのは、人の生活する空間ではない、宝物庫や資料室、といった部屋のみになります」
「しかし、それでは防犯上問題があるだろう」
「はい。その代わり、王宮内はほぼすべて、魔道の気配を感知するマジックアイテムが設置されており、魔道を使うとそれがすべて記録されます。魔道のオーラは人によって違いますので、魔道の記録を見れば、いつ、誰が、どこで、何の魔法を使ったか、全てわかるようになっています。また、王宮内の者として登録の無い者が魔道を使えば即座に警備隊に知らせが行きます。オーラの記録を元に個人を特定することも可能ですので、追撃も容易ですし」
「なるほど。では、女王がいなくなるまでの時間に、女王の部屋で魔道が使われた形跡はあったのか?」
「ございませんでした」
アルファが即座にきっぱりと答える。
「あ、あの……じょ、女王様たちのお部屋に侵入されたような形跡は、あ、ありませんでしたか?」
コンドルがおずおずと質問するが、そちらにもきっぱりと首を振った。
「お二人のお部屋に変わったご様子はありませんでした。メイドや執事に詳しい話をお聞きになられるといいでしょう」
「あ…あの、はい……わ、わかりました……え、えっと、こ、今回の事件のことを、ギ、ギルドには連絡したんですか?」
「ギルドと申しますと、魔術師ギルドのことでしょうか?」
「あ、は、はい、そう…です。れ、連絡がしてあるなら捜査のことで色々聞けるかなって、思って…ます」
アルファは少し眉を寄せて、答えた。
「先程も申しました通り、私達はことを出来るだけ大きくしたくないのです。しかし事態が事態ですので、魔術師ギルドの総評議長にはご連絡と、ある件の捜査をお願いしています」
「あ、ある、件……ですか…?」
コンドルが首をかしげると、アルファは頷いて答えた。
「女王の魔力の波動が感じられない、という現象の原因に、魔力が封印されている、という可能性を先ほど挙げましたでしょう。女王の魔力を封じることが出来るマジックアイテムの調査をお願いしています」
「なるほど。では、そちらの方にも何がしかの情報が得られるかもしれないな」
フルボディが言い、アルファは頷いた。
「はい。その際には王宮の名前を出して、総評議長に直接面会を申し出てください。くれぐれも、他の魔道師たちに気付かれませんよう」
冒険者達は無言で頷いた。
「……最後に女王様を見たのは、執事長と、メイド頭と、どっち?」
ヴィアロがまた質問をして、ゼータが答える。
「メイド頭です。女王がご就寝になられたのを確認して、メイド頭が部屋を退出するのが常ですので」
「女王に仕える人物以外で、女王に最後に会ったのは誰だ?」
こちらの質問はフルボディ。ゼータとアルファは顔を見合わせて、次に難しい顔をした。
「あの日は…特にこれと行って何もない日でしたから、公務を終え、食事をし、普通に就寝したと記憶していますが…」
「いつものように姿を消されていた時間もありましたので、私達以外の誰かと顔をあわせるとしたらその時でしょうが、あいにくそれが誰かまでは…」
「わかった。ぶしつけにいろいろ質問をしてすまなかったな」
フルボディが言うと、アルファはにこりと笑みを作った。
「いえ、皆様には何としてでも女王を見つけてもらわなければなりませんから。また何かありましたら、何でもご質問くださいませ」
「あ、はいはーい、質問」
ずっと黙っていたレイジが陽気に手を上げる。
「はい、何でしょう、レイジ様」
「あのさあ、この問題が解決して、もしそれの一端を俺が担ってたら、ほんのちょっとの期間で良いから、お城、俺の得意先になってくれない…?
ってこれ聞きたい事じゃないよ。お願いだよ。…でも、ちょっと考えて欲しいなー、なーんて」
陽気に繕って見せるレイジに、冒険者もゼータたちも一様に呆れたような表情をする。

何はともあれ、冒険者達の探索は始まったのだった。

Minimum Girl

マヒンダに来るのは久しぶりだった。
リュウキュウから南下し、この国に来てみたはいいものの…正直言ってあまりいい思い出のあるところではない。
とても、悲しい思い出のある場所だった。
しかし。
リュウキュウで遭遇した…あれ以上の悲しみはない。
愛する人と共に生きたくて、そのために懸命に頑張って、それでも、愛する人を守ることはできなかった。彼女にとって、あれ以上の悲しみなどなかった。
だから、今なら。
あの時の事件の…大きすぎる愛ゆえに悲しい結末を迎えることになってしまった女性の気持ちがわかるかもしれない。
そう思って、マヒンダに来た。
「サリナさん…」
共同墓地に葬られた彼女の墓前に立って、墓石に火酒を浴びせる。フェイリアである彼女の故郷の墓参りの仕方だ。
大柄な体に燃えるような赤毛。いつもはパワーに満ち溢れている碧の瞳も、今だけは少しセンチメンタルな輝きを帯びている。
「…寂しいよね…切ないよね…大事な人を喪うってのは、さ…
何だか心の真ん中にぽっかり穴が空いちまったみたいだ…」
そう呟いて、もうこの世にはいないあの少年を思い出す。
もっとも…彼はもう何年も前に、とっくにこの世のものではなかったのだけど。
「さ、いつまでもくさくさしてんのはあたしの性に合わないねえ!いっちょぱーっと賭場にでも行こうか!」
どうしてそういう発想になるのかは謎だが、ともかく彼女…ケイトは異様なハイテンションで立ち上がって、意気揚々と街の方へ向かったのだった。

「…っくしょおおぉぉぉっ!」
やはり裏通りの怪しげな賭場に入ったのが悪かったのか。
結果はといえば、完膚なきまでの完敗。いっそ清々しいくらい完璧に、彼女の財布は空になっていた。
「ああもう、むしゃくしゃするねえ!」
イライラしながら裏通りを歩いていた、そのとき。
「あぁ?!なんだぁ、このチビは?!」
通りの向こうの方から聞こえたいかにもなチンピラの声に、ケイトの耳がぴくりと動く。
それから、よく聞き取れないが、甲高い少女の声。まだ幼い女の子だろう。が、チンピラはますます逆上した様子でたたみかけた。
「んだぁコラァ、わけわかんねぇこと言ってんじゃねえぞ?!売り飛ばされてぇか?!」
(売り飛ばす?おいおい穏やかじゃないねえ)
さすがに助け舟を入れようと、ケイトが足を踏み出した、そのとき。
「乱暴なこと言うなよ!別に彼女はあんたにわざとぶつかったんじゃないじゃないか!」
ケイトが行こうとするより早く、少女とチンピラの間に立ちはだかる人影がいた。
(あれは…)
見覚えのある姿に、ケイトはしばし足を止める。
が、その乱入者も…外見のみで判断するのは仕方がないとはいえ愚かだと言わざるをえないが…チンピラの勢いを止めるのには少し役不足だった。
短く整えられた栗色の髪に、優しい輝きをたたえた緑色の瞳。背中に剣を携えた彼は、どこから見てもまだ幼さの残る少年だったからである。
チンピラはにやりと笑うと、彼に向かって言った。
「何だ兄ちゃん、このチビの連れか?なんならお前に慰謝料払ってもらってもいいんだぜ?じゃなきゃお前が代わりに売り飛ばされるか?」
ぎゃははは、と下卑た笑い声を上げるチンピラに、我慢の限界が来た。
「おいっ!ちょっと待ちな…売り飛ばすたぁ聞き捨てならないねぇ?!」
大きな声を上げながら、どすどすと3人の間に割って入る。少年は驚いたようにこちらを見た。
「ケイト?!」
「久しぶりだねえ、クルムさん。いいからここはあたしに任せな。ちょうどむしゃくしゃしてたところなんだ、こういう不届きな輩には、天誅を食らわしてやるさっ!」
言い終わらぬうちに拳を振りかぶり、構えの取れていないチンピラの顔に叩き込む。
「ぎゃああぁぁっ!」
悲鳴をあげて吹っ飛ばされるチンピラ。路地においてあるゴミ箱にまともに突っ込み、さらに勢いが止まらずごみを纏ったままゴロゴロと転がる。
「…てっ…めえぇ…」
強がってはいるものの、すっかり腰が引けた様子で立ち上がるチンピラ。
「くっ…覚えてろ!」
お約束の捨て台詞を残して、男は足を引きずりながら路地の向こうへと消えていった。
ケイトはふぅ、と肩を下ろすと、男に向かって笑顔を投げる。
と、路地の向こうから明るい声と共に人影が姿を現した。
「ヤーヤーヤー、私が出るまでもありまセンでしたネ~」
「うん、よかったね、大事にならなくて」
大きい者と小さい者の二人連れ。そのうち長身のほうには見覚えがあった。
「フロムさんじゃないか!久しぶりだねえ」
「オー、ケイトさんにクルムさん。お久しぶりデス!」
白衣に身を包んだ、ケイトと同じくらいの長身の男性。ニコニコと能天気な笑みは、前に仕事を共にした時と全く変わっていない。
「久しぶり、フロム。そっちの人は?知り合い?」
クルムが尋ね、フロムと呼ばれた男性は傍らにいる少年を見た。
「イエ、私がその少女をお助けしようと足を踏み出したところを、たまたま同じ考えを持っていた彼とぶつかったのデスよ。まだお名前も伺っておりまセン」
「あ、ご、ごめんなさい。僕はシオンといいます」
改めて見ると、この中の誰より、路地裏というその場所にそぐわない格好をしていた。年は10歳をようやく越したあたりかというほどのどこからどう見ても子供。おまけに白いスーツに白いマント、白いシルクハット。右目に片眼鏡。これはどこからどう見ても。
「怪盗キッ」
「クルムさん、その続きはダメだよ!」
クルムが何か言いかけたのをケイトが止める。
シオンと名乗った少年はそれに気付いたのかそうでないのか、恥ずかしそうに話を続ける。
「おじさんが友達の結婚式に招かれたから、せっかくだからついてきたんだけど…地図見ながら近道しようと思って道に入っていったら、どうやら迷っちゃったみたいで。そこに、女の子が絡まれてるのを見つけたから、助けに入ろうと思ったんです」
「そうなんだ。何事もなくてよかったね。ええと、オレはクルム・ウィーグ。クルムでいいよ」
「あたしはカトリーヌ・ウォン・カプラン。くすぐったいからケイトって呼んでおくれよ」
「私はフルフロム・ルキシュといいマス。フロムとお呼び下サイ」
「んじゃ…」
ケイトはくるりと振り返り、クルムに守られるようにしてこちらを見上げている少女に向き直った。
「どーしたんだい、お嬢ちゃん?こんな場所に一人で出歩いちゃ無用心だよ?」
「ハイハイハイ、ダメですヨケイトさん。そんなに馬鹿でかい図体で上から見下ろしては、子供が怖がってしまいマス」
フロムに言われ、ケイトはむっと眉をしかめた。フロムは上機嫌で続ける。
「私は職業柄子供の相手をすることには慣れていますからネ!」
言って、少女と同じ目線になるためにしゃがみこんだ。
「子供と話す時ハ視線の高さを合わせることが重要デス。信頼を得なければ子供といえどコミュニケーションは取れませんからネ」
自慢げに薀蓄をたれて、ガッツポーズをとる。
「そして、ジェスチャーを多用することでコミカルさを出し、一気に子供の人気を掌握ッ!これで子供向け歌劇の爽やかオニイサンの座は頂きデスね!!」
がつん。
だんだんエキサイトしてくるフロムに、ケイトが後ろから鉄拳制裁。
「いいから早くやんなよ!鬱陶しいね!」
「…フフフ…あなたも狙っていましたカ、負けませんヨ」
頭を抑えながら恨みがましくケイトを見、やっと少女に向き直った。
「ドウしました?迷子になっちゃいましたか?お母さんは?」
少女はまっすぐフロムを見返して、甲高い声で言った。
「えーちゃ、しーちゃ、さぁしてーの。あーにゃ、しーちゃ、しあな?」

Minimum Interview

「王宮付きメイド頭の、ニュウ・リェイと申します」
「王宮付き執事長、イオト・アセトと申します」
メイド服の女性と黒いタキシードの男性は、そう言って丁寧に頭を下げた。
二人に事情を訊くために部屋に残った千秋とレイジは、少しだけ驚いたように目を見張る。
というのも、二人とも、頭や長と名のつく役職にしてはずいぶん若い…特に執事長に至っては、まだ成人すらしていなさそうな雰囲気だった。
千秋の方は失礼と思いそれ以上のコメントをぐっと喉の奥にしまったが、レイジはあっさりと口にする。
「わー、メイド頭とか執事長っていうからもっとじーさんばーさんなのかと思ってたけど、すっごい若いね。特にイオト君なんか、まだ二十歳にもなってないんじゃない?」
千秋は遠慮のない隣の男に少し驚いたが、まあ口にしてしまったものは仕方が無い、と向き直る。
執事長は苦笑した。
「はい、今年で19になります。前の執事長を務めておりました祖父が亡くなりましたものですから、私が後を継ぎました。祖父からこの城に仕えるということを幼い頃より叩き込まれておりますので、城の皆さんも快く受け入れてくださいました」
長い黒髪をきっちり三つ編みにして肩から垂らしている。きっちりと着こなしたタキシードも、穏やかな表情も立ち居振る舞いに至るまで隙が無い様子は、彼が立派に仕事をこなしていることを思わせた。
「こちらのメイド頭は、フェアルーフ王立執事養成学校をトップクラスの成績で卒業され、この城でその才を遺憾なく発揮してくれましたので、前のメイド頭がこの人ならとその座を譲り渡されたのです。とても優秀な方ですよ」
執事長がそう言って示したメイドは、彼よりも背が高い兎獣人だった。大きなロップイヤーと幼げな表情は、両側で長く編まれた栗色の髪もあいまって可愛らしい印象を与える。
執事長はにこりと微笑んだ。
「宜しければ、私のことはイオタ、彼女のことはニューとお呼び下さい。よろしくお願いいたします」
レイジは上機嫌で頷いた。
「そりゃもー。イオタ君にニューちゃんだね。俺レイジね、よろしく」
「千秋という。よろしく頼む」
二人は軽く自己紹介をし、早速質問を開始した。
「まずは月並みだが、最後に女王を見たときのことを詳しく教えていただきたい」
千秋が身を乗り出してニューに訊く。
「場所は…寝室だったな。その時の二人の様子や、あとはその時感じたことがもしあったら。何でもいいが」
ニューは薄く微笑んだ。
「女王はお食事を終えられました後、ご入浴なさって、お二人とゼータ様でご歓談をされた後に、マティーノの半刻頃にお部屋にお戻りになられました。わたくしは女王がお床におつきになるのを確認して、消灯し、お部屋に鍵をおかけいたしました」
「鍵というのは、魔道の鍵か?」
「いえ。皆様がごく普通に使っておられるような、錠前のあるものです」
「その鍵を持っているのは?」
「わたくしとイオタ様、それにアルファ様とゼータ様の4人です。スペアキーはございません」
「ふむ。女王に変わったところはなかったか?」
「特に感じられませんでした。お二人ともいつもとなんらお変わりありませんでしたわ」
「これは、仮にとしよう。女王がもし自分の意思で失踪したとしたら、その理由に何か心当たりはあるだろうか」
その質問には、ニューは少しだけ間をおいた。
そして、笑みを少しだけ深くする。
「…わたくしたちは主人にお仕えする者であって、主人のプライヴェートを詮索したり、それを人に漏らすなどということをする者ではないと心得ております」
千秋は少し面食らって、この幼げな表情の下に隠れた底知れぬ何かを見た。その薄い笑みは、いつだったか対峙した、魔に心を売り渡した少女に似ている。
が、こちらとて仕事である。厳しい表情で、それを押した。
「自分の主人がいなくなって、それを探すために情報を求めているんだぞ?主人がいなくなっては元も子もなかろう。何か知っているなら教えて欲しい」
「ですから、何も存じ上げませんと申し上げております」
あくまで、穏やかに。にっこりと。しかしその仮面のような微笑は『言わねえっつってんだろ耳ついてんのかタコ』と語っていた。
千秋は沈痛な表情で息を吐き、イオタのほうを見た。
「イオタのほうは、どうだ。何か心当たりはあるか」
イオタも困ったような表情で首を振る。
「残念ながら…あの女王に限って、そのようなことはないとしか、私も申し上げられません」
「ねえねえ、女王様ってさ、どんな人なの?」
その横から、レイジが軽い調子でそんなことを訊いてきた。
「性格とか、普段の生活とかさ。プライバシーの侵害になんない程度でいいから、ちょっと教えてくれないかな?ゼータさんとかアルファさんとかは、いわばお仕事の面で女王をサポートしてるわけでしょ?君たちにはちょっと違った面も見せてくれるかなーなんて思うんだけど、どうかな」
レイジの質問に、イオタは表情を柔らかくした。
「とてもお優しい方たちですよ。女王という責務を離れれば、よく笑われ、よく食べられ、よくお話しになる、至って普通の少女です。私どものような身分の違うものに対しても分け隔てなく接され、親しくお話をしてくださいます。とてもご家族思いで、先代の王が崩御され、女王の位に即位してからも、お兄様と助け合い、国を治められています」
イオタは心なしか頬を染め、嬉しそうにそう言った。その表情には、単に仕えている主人であるというだけではないような何かも見える。
「それは、エータが、か。それとも、シータが、か?両方か?」
千秋の質問に、イオタは一瞬表情を硬くした。
「…お二人とも、です。それが何か?」
「いや、二人は性格までよく似ていたのか、と思っただけだ。顔はよく似ていたようだったが」
「お顔も性格も、お二人ともよく似ていらっしゃいますよ。いつでもお二人一緒に行動されていますから」
イオタはそう言って苦笑した。
「さっき、なんだっけ、あれ、魔道念写、ってやつ?見たよー。似てるっていっても何もかも一緒じゃないでしょ?エータちゃんは活発そうで、シータちゃんはちょっとおとなしそうな感じだったじゃん。違ってる?」
レイジが言うと、イオタはそちらに微笑を向ける。
「はい、どちらかといえばエータ様が先導されてシータ様がそれについていく、という感じではありました」
「ふぅん。あ、ねえ、ちょっと気になったんだけど、いいかな」
「はい、何でしょうか」
「あのさ、さっき、先代の王が崩御され、って言ったよね。先代は、女王様じゃなかったんだ?」
「はい。王は王妃と共に不慮の事故でお亡くなりになられましたが」
「じゃあさ、この国って、代々女王が治める、っていう感じでもないんだ?じゃあなんで、お兄さんのゼータさんが補佐官で、妹の二人が女王なの?なんか順番おかしくない?」
レイジの質問に、イオタは困ったように眉を顰めた。
「それは……」
言いにくそうにしているイオタの横で、ニューがさらりと言葉を紡ぐ。
「ゼータ様は、生まれつき魔力を持たないからですわ」
イオタは咎めるような視線をニューに向けた。
「ニュー」
「国民の誰もが知っていることです。今さら隠す必要性を感じませんわ」
ニューはイオタのほうを向かずに、藍色の瞳をレイジに向けた。
「ゼータ様が仰ったかもしれませんが、この魔道国家を治めるには、政治的手腕のほかに、魔道士としての才も欠かせません。ゼータ様はそれを持たずにお生まれになった故に、女王の補佐官という地位に留まっていらっしゃるのです」
「そうだったのか…ふむ…」
千秋は顎に手を当てて唸った。
「いや、とりあえずはそんなところだ。手間を取らせて済まなかったな」
「俺のほうもそれくらいー。ありがとね、ニューちゃん」
なぜかニューにだけ礼を言ってレイジが手を振る。
「もしまた何か思い出したようなら、いつでも知らせて欲しい」
千秋が言うと、ニューが恭しく頭を下げた。
「畏まりました」
「では、私達は仕事に戻らせていただきます。また御用がありましたら、何なりとお申し付けください」
イオタが行って立ち上がり、ニューもそれに続く。
「わざわざありがとね。お仕事がんばってー」
レイジが笑顔で送り出し、二人は部屋をあとにした。
「魔力を持って生まれなかった…か…」
残された部屋で、千秋はポツリと呟いた。

Minimum Dowsing

「…マヒンダの地図…ある?できるだけ、細かいの……」
部屋を出、思い思いの場所に散らばった冒険者達を見送って、ヴィアロはゼータに問うた。
「地図、ですか?はい、早速用意させますが…街へ出るのですか?」
ゼータが問うと、ヴィアロは少し押し黙り、ぽつりと言った。
「………探す…」
「…は?」
言葉の意味が測れず眉を顰めるゼータ。
「……使っていい部屋…ある?」
「あ、は、はい、ご案内します」
彼のペースについていけないのか、困惑した様子のゼータ。
「そこに…地図、持ってきて」
「はい、畏まりました。お部屋はどうぞ、こちらです」
ゼータは気を取り直して、ヴィアロの前に立って歩き始めた。

案内されたのは、何かの会議に使うのか、簡素な作りの部屋だった。
中央の大きな机に、マヒンダ国内の地図が広げられている。
ヴィアロはその傍らに、先ほど貰った魔道念写の絵図を置き、おもむろに様々な装飾が施された髪をいじり始めた。
「?」
ゼータが眉を顰めていると、その髪に絡められた細い紐をするりとはずす。
さらり。
否、耳に届く金属が擦れるような音からすると、それは鎖なのだろう。
ヴィアロは鎖を手に取ると、その先端についていた指輪を指に嵌めた。
そして、鎖をそっと垂らし、手を地図の中央の真上に掲げる。
鎖の動きが完全に止まったところで、その手をそろそろと動かし始めた。
(…ダウジング、か)
得心がいった様子で思うゼータ。
自らの潜在意識に呼びかけ、探しものなどの場所を当てるというものだ。重りをつけた紐を持って地図の上を動かし、そのものがある場所の上まで来ると重りがひとりでにくるくると回りだす。占いと大差ない方法だが、意外によく当たるのだという。
ヴィアロは真剣な……もとい、先ほどとさして変わらないボーっとしたような無表情で、丁寧に地図の上を探索していく。
(好奇心が旺盛で…明るく活発…公務をサボってよく外に出かける…とても家族思い…)
先ほどの話で得た女王の情報を頭の中で反芻しながら、探索を続ける。
が、いつまでたってもその鎖が動く気配は感じられない。
ヴィアロは眉を顰めた。
「……女王の性格…好きなもの…いろいろ、聞いた………こんなに詳しい絵まである…なのに…どうして、みつからない…?」
彼のダウジングは、探す対象についての情報が多ければ多いほどその精度を増す。
が、これだけ情報があるにもかかわらず、鎖は一向に動かない。
「………この、魔道念写、とかいうもの……本当に、女王を写しているの……?」
そんな、馬鹿げた質問をしてみる。
が、即座に答えが返ってくるかと思うと、ゼータは苦い表情で言葉に詰まった。
ややあって、苦しげに言葉を紡ぐ。
「…それは、女王の姿に間違いありません。そのダウジングが、上手く行かなかったのでしょう。直接街へ出て探しにいかれては…いかがですか」
「…俺のダウジング……上手く行かないこと、少ない。これで探していないなら…この地図の中に、女王はいない。
あるいは、生きていない」
眉を顰めて言うヴィアロ。が、ゼータの態度はにべもなかった。
「どちらにしろ、これで探すことが出来なかったのであれば、別の手段を講じていただくほかないでしょう。
残念ですが」
それは、女王がこの国にいて生きていることを否定されたゆえの表情ではないような、そんな気がした。

Minimum Cipher

「…はぁ?」
そこにいたほぼ全員から、間の抜けた声が上がる。
「…悪いけど誰か通訳できるかい?」
ケイトの問いに全員が首を振る。
「しょうがないねえ、じゃあ紙と筆持ってる人はいないかい?」
「ケイトさん、言葉もろくに喋れない子供に字が書ける訳無いでショウ」
「それもそうか…参ったねこりゃ。こっちの話は通じてるのかい?」
ケイトが改めて少女に問うが、少女はきょとんとするばかり。
「小さい子は、相手にするのは慣れているけれど意志の疎通は難しいのデシタ…小さい子の診察にはいつも保護者が来るので油断していましたヨ」
やはり眉を寄せて、フロム。が、彼はふっと目を伏せると、肩を揺らした。
「…フ、フフフ、フフフのフ!歩の無い将棋は負け将棋!」
「フロムさん、シリアスのシナリオでギャグ引きずってると後が辛いよ」
「やかましいデス!さっさとシリアスのシナリオに行ってしまったヒトに私の気持ちはわかりまセン!」
フロムはざっ、と立ち上がると、ばっ!とポーズをとった。
「コノ程度で挫けるほど人間出来ちゃいませんヨ私は!
とりあえずコノ子の言っている事は全てわかるわけではありまセンが何となくならば理解は可能デス!
えーちゃ、というのはおそらくこの子の名前でショウが、しーちゃ、さぁしてーながよく解りまセン。
何かをしてーなしてーなやってくれーなって意味でしょうカ?どこかの方言みたいですネ」
「うーん、さぁしてーな?さぁしての……探してるの、かな?」
それまで黙っていたシオンが、顎に手を当てて考えながらポツリと呟く。
「あーにゃ、は、あなた、で…しぁな?は、たぶん、知らない?かな?」
言ってから、彼も中腰になって、少女に訊く。
「しーちゃちゃんって子を探してるの?」
少女はさっきと変わらぬ表情で、答えた。
「しーちゃ。えーちゃ、しーちゃ、さぁしてーの」
シオンは頭をポリポリ掻きながら、眉をしかめた。
「…うーん、違うのかな…」
「…えーちゃ…エーシャ?エータ?」
クルムが、やはり同じように頭をひねりながら言うと、少女ははじかれたように反応した。
「えーちゃ!あーちゃ、えーちゃ!」
「ん?エータ、でいいの?じゃあ探してるのは…しーちゃ…シータ?」
「しーちゃ!しーちゃ、しぁな?!」
クルムの発音にかじりつくように彼に尋ねる様子からして、間違いはないようだ。
「エータは、シータ、っていう子を探しているみたいだね」
「オー、すごいデスねークルムさん。私も爽やかオニイサンの座を守るにはうかうかしていられまセン」
「いや、もうそれはいいから」
「よっしゃ!探しものなら手伝うよ」
ケイトはくしゃっと笑うと、軽々とエータを抱き上げた。
「でも、一休みした方が良いんじゃないかい?お腹も空いてんだろ?ほら、肩車してあげるからオネーサンの肩に座りな。ほらほら、子供が妙な遠慮なんてするもんじゃないよ」
遠慮も何も、有無を言わさず自分の肩にエータを乗せて、上機嫌で話しかける。
「でも『オバサン』なんつったら落とすからね?…もちろん冗談さ、わはは♪」
エータはきょとんとした様子で、自分の手の下の頭を見ている。
ケイトは他の面々を向くと、言った。
「ところで、腹の具合はどうだい?賄い飯でもよかったら上手い料理をご馳走するよ。あたしゃこれでも料理人でね」
「オー、いいデスネ。ちょうどお昼にしようかと思っていたのデスよ」
「ケイトの料理、久しぶりだな。ご馳走になるよ」
「あ、あの、僕もいいんですか?」
「もちろんさ。さ、あたしについといで!」
4人はぞろぞろと連れ立って、路地裏を後にした。

Minimum Legwork

「あ、あの…ちょっと、い、いいですか?」
それから半刻ほど後。
街の酒場で歓談をしている男たちに、おずおずと尋ねるコンドルの姿があった。
場所は、表通りに面した大きな酒場。ヴィーダでいう風花亭のような場所だろう。一般市民から冒険者まで、様々な人間がいる。ちょうど昼過ぎなこともあって、なかなかの賑わいだった。
男たちは振り向くと、あぁ?と眉を顰めた。
コンドルはうっと身を退き、こんなガラの悪い男たちに声をかけたことを少し後悔する。
が、かけてしまったものは仕方が無い。意を決して、質問をすることにした。
「あ、あの、ここ一週間、あ、怪しい人を…見ませんでしたか?」
「怪しい人だぁ?」
男の眉はますます寄る。コンドルは続けた。
「あの、人を探してるんです。な、何か変わったことがあったら、教えて欲しい…んですけど…」
男はそのままの表情でコンドルをしばらく見ていたが、やがてにやりと唇を曲げた。
「怪しい奴ねぇ。見たぜ」
男の返事に、コンドルはパッと表情を輝かせた。
「ほ、本当ですか?い、いつ、何処で見たんですか?」
と、男はその指を、まっすぐコンドルに向かって突きつけた。
「今、ここでな」
「えっ…」
「ガキのくせしてこんなところで妙な質問してるお前が一番怪しいぜ?帰ってママのおっぱいしゃぶってなー!」
ぎゃはははは、とその男だけでなくテーブルを囲んでいた全員が笑い出す。
コンドルは泣きそうな表情になった。
と。
「何をしてるんだ」
ぽん、と頭に手を乗せられ、コンドルは上を向いた。
「ら、ラグナさん…」
王宮で別れたはずのラグナ。彼は嘆息すると、男たちに向かって言った。
「済まない。俺の連れだ。人を探しているのは確かだ。18歳ほどの、赤紫色の髪をした双子を見かけなかったか?」
「へっ、最初からそう訊きなよ。赤紫色の髪ねえ、見てないぜ。あまり見かけない色だし、しかも双子とくりゃ目立つだろうが、覚えはねえな」
「そうか。邪魔したな。一杯奢らせてくれ」
「おぅ、すまねえな。役に立てねえで。それから、その坊ちゃんはあんま人探しには向いてねえぜ?いろいろ教えてやれよ」
「そうすることにしよう」
ラグナは店員を呼んで、男たちのテーブルに酒を振舞うように告げ、代金を渡すと、コンドルを連れて外に出た。

「あ、あの……あ、ありがとうございました」
コンドルはおずおずとラグナに礼を言い、ラグナは呆れたように嘆息した。
「あまり効率的な探索とはいえないな。あんな調子で聞き込みをしていたのか」
「は、はい…えーと、ま、街に犯人が隠れている家がいるかも知れないから、ま、街を探してみるのがいいかな、って思って…」
「しかし、『怪しい奴を見たか』はないだろう。質問が漠然としすぎている。お前、いきなり見も知らない奴に『最近怪しい奴を見なかったか』と訊かれて、すぐ答えられるのか?何が怪しくて何が怪しくないか、具体的な特徴が何一つないそんな曖昧な質問に答えられるのか?」
「うっ……そ、そうですね……で、でも、ラグナさんは…えっと、じょお……あの、お二人を直接探してるんですか…?」
女王、と言って聞かれるのを警戒してか、慎重に言葉を紡ぐコンドル。
「まあ、そうだな。あの魔道念写が見せられない上に、あまり詳しく特徴を挙げて二人が失踪したことが知られてしまうのもまずい、となると、聞きかたが限られてくるが」
「あの……お二人は、誘拐、されたんじゃないんですか…?ぼ、僕、依頼の紙を見て、誘拐されてかわいそう、って思ったから、この仕事、う、受けたんですけど…」
懸命に主張してみせるコンドルに、ラグナは再び嘆息した。
「部屋に侵入した形跡も、魔道を使った形跡もない誘拐か?あまり現実的とはいえないな、二人が自分で鍵を開けて外に出たという方がよっぽど説明がつく」
「で、でも、ゼータさんたちは、お二人はそんなことしないって…」
「身内の贔屓目ということもある。あくまでゼータの見解であって、実際に二人の心中がどうだったのかなんてことは誰にもわからんよ。まあ、あらゆる可能性を考えて行動しろ、ってことだ。誘拐だったとして、犯人の手がかりが一切残されていない以上、一体どんなやつだかわからない犯人を探すより、少しでも情報のある本人達を探した方が確実だ。俺の言ってることは間違っているか?」
「………間違って、ない、と、お、思います…」
しゅんとしてコンドルが答える。ラグナは頭を掻いてため息をついた。
「だいたいなあ。怪しい奴、何つって聞いたら、二人を誘拐した奴には限定されんだろう。泥棒や密売人だって充分に怪しい。もし情報が得られたとして、お前、それを片っ端から当たって回るのか」
「あ、は、はい。ほ、ほら、泥棒とか悪い事してる人がいるかもしれないし、ど、泥棒とかだったら、つ、捕まえてお城まで連れてきます。な、何か知ってるかも知れないので」
「泥棒は自警団に連れてけよ。いちいち俺たちが関わることじゃないだろう」
「で、でも、泥棒はいけないことだし…」
「そう思うんなら、この仕事を辞めてからやるんだな。お前、仕事がどういうことだかわかっているのか?依頼人の希望を効率よくかなえるために力を尽くすのが俺達の仕事だ。余計なことに関わってる余裕なんかない」
しゅんと頭を垂れるコンドル。
ラグナはそれには構わずに、くるりときびすを返した。
「ど、どこに行くんですか」
「探索続行だ。お前に関わってる余裕はないんでね」
ラグナはかつ、と歩き出しかけて、顔だけ振り返る。
「…ああ、泥棒を捕まえるのも情報聞きだすのも結構だが、城に連れて帰ってる暇があったら自分で訊けよ。最後には人の力を当てにするのは、子供の証拠だ」
そして、まだ何か言いたげなコンドルを残して、歩みを進める。
コンドルはしばらくそれを黙って見ていたが、やがてその背を追って歩き始めた。

Minimum Laboratory

「研究…所…?」
王宮の隣にでんと構えた大きな建物。その入り口の看板を見て、リーシュは不思議そうにその文字を反復した。
「なんで、お城の中に研究所…?」
不思議に思いながらも、簡素なつくりのドアに手をかける。
ノブをひねって、ドアをあけ、中に一歩、入
「よおぉぉぉぉぉぉぅこそおぉぉぉ!」
…ろうとして、やたら大きな声に驚いてドアノブを離す。
ドアは開いたまま止まったが、その向こうに広がる空間は、何というか、いろいろな意味で想像の範疇を超えるものだった。
派手な装飾。色とりどりのスポットライト。それに照らされている、髪の長い人物。
「……す、ステージ……?」
リーシュが呟くと、ステージの上の人物は、ふっ、と髪をかき上げた。ウエーブのかかった長い金髪に赤い瞳、黒いスーツが良く似合う文句なしの美形だったが、いかんせんかなり目がイッていた。
「オゥケィ!今日はこのイプシロン・プライマルエディクタの特別オン・ステージによぉうこそ!この美しい私を独り占めできるなんて…ふっ、君はなんて幸運なんだ…」
「え?え?え?」
訳がわからない。
混乱して何もリアクションが返せずにいると、どこからともなく音楽が流れ始め、彼はリズムに乗って踊り始める。
「さぁ一曲目、『君の瞳にスター」
がん。
曲目を言い終わる前に鈍い音がして、音楽が止まる。イプシロン(というのが名前なのだろう。おそらく)は至福の笑みのまま固まっていたが、やがてばったりと倒れ伏した。
「まったく、仕事しろっつの」
右手から聞こえた声にそちらの方を向くと、小柄な少女が右手をぷらぷら振りながら半眼で倒れた彼のほうを見ている。イプシロンのすぐそばに転がっている木彫りのクマからすると、彼女がそれを彼の頭めがけて投げつけたのだろう。
あまりに想像の範疇を超えた展開にリーシュが絶句していると、少女はこちらの方を見た。
半眼のまま、告げる。
「あんた、マヒンダの人じゃないわね?」
「…えっ…は、はい」
「ふぅん」
表情はきついが、少女はどこからどう見ても文句なしの美少女だった。淡い桜色の髪の両脇から覗く同じ色の鰭から、人魚であることがわかる。
少女はくるりときびすを返した。
「あっ、あのっ」
何か訊こうとリーシュが言いかけると、顔だけそちらを振り返る。
「こんなところで話できないでしょ。そいつ、ほっとくと復活してまた歌いだすから。それともフルステージ全36曲聞きたい?」
淡々とした物言いに、慌ててぶんぶん首を振るリーシュ。
「でしょ。ついてきて」
少女はそれだけ言うと、すたすたと歩き出した。

「王宮が冒険者を雇ったって聞いたけど、あんたがそうなんでしょ?あまりそうは見えないけど」
かつかつと廊下を歩く道すがら、少女はリーシュの方を振り向きもせずにそう言ってきた。
リーシュはあわてて、歩きながらぺこぺこと礼をする。
「はっ、はい。あのわたくし、リーシュと申します不束者ですが宜しくお願い致します。あのぶしっ」
がち。
いつものように舌を噛んで、涙目で続ける。
「不躾ながらいくつかお尋ねしたいことがありましてこうして馳せ参じた次第でございまして…」
本当は、もっと偉そうな人間をつかまえて聞くつもりだったのだが、遭遇したのが自分と大して変わりなさそうな(リーシュは見かけは年を食っているが実際には15の少女である)少女では…しかし、彼女に訊く他はあるまい。
彼女は歩きながらちらりとリーシュのほうを一瞥すると、そのまま興味なさそうに視線を戻した。
「年下の娘に向かってそんなに敬語を使わなくても結構よ。あたしはここの責任者じゃないし。
まあ一応名乗られたから名乗っておくけど。呪歌研究室所属、ミュールレイン・ティカ。ミューで結構よ。よろしく」
あくまで淡々とした口調。しかし、それは彼女の性格が淡白なのではなく、激しい内面を押さえつけているような印象を受けた。
「さっきの派手なのはうちの研究室の室長、イプシロン・プライマルエディクタ。ああだけど、魔道と呪歌の腕は一流なのよ」
ミューはため息混じりに説明した。確かに、どんなに魔道の際が秀でていても、アレでは紙一重と言うほかない。
リーシュは恐る恐る尋ねた。
「と、ところでここでは何をご研究なさっているんですか?」
ミューは軽い調子で質問に答えていく。
「何、っていってもね。いろいろよ。さっき、あたしは呪歌研究室の所属だ、って言ったでしょ?この国はもともと、魔道を極めようとした人たちの集落が発展していったものなの。だから、王族を始めとする国民の全てが研究者、というわけ。魔術師ギルドができたり、魔道士養成学校ができたりしてその研究施設は分散したけど、こうして王宮の中にも昔の研究施設が残っているのよ」
「はぁ……」
「さ、着いた。ここがロビーだから、ここでゆっくり話を聞きましょう。今なら他にも研究員がいると思うし」
言いながら、ミューは正面にあるドアを開けた。
ドアの向こうは開けた空間になっており、椅子やソファなどもいくつかあって、研究員達の休憩場もかねているようだった。
ミューは慣れた様子で足を踏み入れ、リーシュもその後に続く。まっすぐに歩くその先には、二十代半ばほどの男性が座ってコーヒーを飲んでいた。
「クシー。珍しいじゃない、あんたがこんなところで休んでいるなんて」
ミューがそう言うと、男性は切れ長の瞳を彼女のほうに向けた。
「私とて休む時くらいはある」
「そうなの?初耳だわ。…ベータは?」
「彼はまだ研究室でカンヅメだよ。残念だったな」
「別に、そういうわけじゃ」
「それより、そちらは?研究員でも研究材料でもなさそうだが」
クシー、と呼ばれた男はそのまますい、とリーシュに視線を動かす。ミューもそれに習って彼女のほうを向いた。
「ああ、例の、王宮が雇った冒険者よ。何でだか知らないけど、協力しろって命令が来てるでしょ」
「…ああ」
納得した様子のクシー。リーシュは頭を下げて、自己紹介をした。クシーは無表情でそれに応える。
「…擬似生命研究室室長、クスコートレク・ディアノーツ…クシーでいい」
「あの、ずいぶんたくさんの研究室がありますが、皆さんどんな研究を…?」
リーシュが不思議そうに訊ねると、クシーは淡々と答えた。
「文字通り擬似生命の研究だ。ゴーレムというと君たちには判りやすいか」
「あ…は、はい、なんとか」
生命でないものに魔法をかけてかりそめの命を与えるというものだろうか。曖昧なままリーシュはとりあえず頷いておいた。
「あたしのほうは、呪歌…まあ、魔道とは本来別のものなんだけど、歌でいろいろな現象を起こすって思ってくれればいいかな。ま、それのメカニズムと効力の幅みたいなものを研究してるわ」
「な、なるほど……あっ、何かお手伝いできるようなことがあれば…」
「ない」
言いかけたリーシュの言葉をにべもなく切り捨てるクシー。
「えっ…ええとでも、お掃除とか…」
「魔道の知識のない人に、用語とか全然わかんないまま整理されてもかえって迷惑よね」
ズバリとミューにも切り捨てられ、リーシュはううう、とうなだれた。
「もっとも、研究材料になると言うなら止めないが」
全く声音を変えないままさらりと言うクシー。リーシュはぶんぶんと頭を振った。
「いいいいえ、けけ結構です。というか、そ、そちらの赤ちゃんはその、けっ、研究材料なのですか…?」
クシーの傍らでゆらゆら揺れているゆりかごの中の赤ん坊をさして、リーシュがおそるおそる訊いてみる。
と、ミューがきょとんとしてゆりかごに言った。
「あら、タウ。いたの?全然気付かなかったわ」
「えっ……」
ミューの言葉に驚く間もなく。
『キミは本当に失礼だな。こんな大きなバスケットが目に入らないわけないだろう。明らかにわざとだね』
という声が、「頭の中に」響く。
「えっ、ええっ?!」
混乱してリーシュが声を上げると、ミューがそちらの方を向いた。
「ああ、大丈夫よ。ただのテレパシーだから」
「ただの…って」
『驚かせるつもりはなかったのだよお嬢さん、申し訳ない』
再び頭の中に声が響き、状況から、そのゆりかごの中の赤ん坊のものだと判断せざるを得なくなったリーシュが、おそるおそるそちらを向く。
「あ、あ、あの、そ、その赤ちゃんが、て、テレパシーを…?」
「そうよ。赤ちゃんっていうか、実際25歳だからあんまり子ども扱いしない方が良いわよ」
「に、25歳っ?!」
リーシュが言うと、その赤ん坊のゆりかごが突如ふわりと浮き、彼女の目の前で静止した。
『生命維持研究室室長、タウリン・メイルバール。体が体ゆえテレパシーでのご挨拶になるがご容赦願うよ、お嬢さん。ご安心を、あなたの心の声を聞いたりなどはしないから』
「ええええと、あの…」
まだ混乱しているリーシュに、横からクシーが説明を入れる。
「タウは研究のために赤ん坊の頃に生命維持の実験で処置を施され、肉体が年を取らないまま現在に至る。精神は通常と同じく年を取っているので、テレパシーで話をすることが出来る」
「は、はぁ…」
リーシュの表情に急に哀れみが混じる。と、再び頭の中にタウの声が響いた。
『おおっと、お嬢さん。私を哀れむ必要は皆無だよ。こうして自らの体で魔道の真髄を体現できる、研究者としてこれに勝る喜びはない』
「そ、そうなんですか…?」
『そうだとも。それよりお嬢さんは私達に何か聞きたいのではないのかい?』
「あ、そ、そうでした。皆さんの研究についてお聞きしたかったのですが、この他にはどのよづっ……どのような研究室がおありなのですか?」
「私達も全てを把握しているとは言い難いが、この建物内にあるのは擬似生命、呪歌、魔道具、魔道科学、生命維持、の5つであると記憶している」
クシーが再び淡々と答える。はぁ、とリーシュはため息をついた。
「そんなにたくさんの魔道の研究がされているのですか…このマヒンダの王宮はそんなにたくさんの研究室をかぐっ…抱えていらっしゃるのですね。それを治めていらっしゃる女王様はきっとすごい方なのでしょうね」
(よしっ、繋がりました!)
リーシュは心の中でガッツポーズをとった。
女王が失踪したことはごく側近の者にしか知らされていないと言う。それはこの研究所の者達も例外ではなかろう。いかにして女王に話を持っていくかが問われるのだった。少々強引な気もするが、ひとまず女王に話を持っていくことが出来た。
「皆さんは女王様のことはご存知ですか?どんな方かちょっと興味があるのですけれども窺って宜しいでしょうか?」
リーシュの質問に、ミューとクシーが顔を見合わせる。
「…あたしは、最近リゼスティアルからこっちに来たばっかりだから…来たときに一言二言言葉を交わしたくらいかな?よくその辺を二人で駆けずり回ってるのは見るから、元気な人だなとは思うけど」
ミューが言い、クシーも淡々と続いた。
「同じく。女王と個人的な親交はない。タウのほうが詳しいのではないのか?」
言われて、タウのほうを見る。ゆりかごはしばらくふよふよと浮きながら沈黙していたが、ややあって再び頭の中に声が響く。
『そうだね、私は赤ん坊の頃からここにいたから、女王の遊び相手になったこともあるよ。二人とも明るくて優しくて、ちょっと悪戯好きのきらいがあるけどいい子たちさ。私はやはり二人よりは多少年上だったから、一緒に遊ぶという機会は少なかったけれど。よく中庭で3人で遊んでいたのを見かけたよ』
「3人?ゼータさんと3人ですか?」
リーシュの質問に、タウはふるふるとかごを振った。
『いいや、補佐官殿は私よりひとつ下で、やはり女王とは年が離れていたから、あまり一緒に遊ぶということはなかったよ。一緒に遊んでいたのは、前の執事長の孫…今は彼自らが執事長を務めている、イオタだ』
「イオタ…さん?」
『ああ、彼は女王とは一歳違いで、赤ん坊の頃から王宮で暮らしていたからね、女王のお世話をする執事長のそばにいたのだし、小さい頃は身分など気にせず3人で遊びまわっていたよ。幼馴染と言うのだろうね』
「幼馴染…ですか」
ふぅん、とリーシュはタウの言葉を反復した。
「最近は女王様に何か変わった様子はなかったですか?」
重ねてリーシュが問うと、タウはしばらく沈黙して、答えた。
『いや、私も最近はあまり女王と親しく話す機会もないので分からないが、様子を見ている限り、特に変わったことはなかったように思うよ』
「そうですか…あっ、話が逸れてしまいました。皆様の研究についておきぐっ…お聞きしたいと思っていましたのに申し訳ございません」
リーシュはぺこりと頭を下げて、「女王のことではなく研究について訊きに来た」という体を繕った。もう彼らから女王のことについて聞きだせることはさしてないだろう。
「お忙しいところをどうもありがとうございました。わたしはこれで失礼致します」
ぺこりと頭を下げて、ロビーを後にする。

もっとも、入口に戻った時点で復活していたイプシロンに歌を聞かされたのはいうまでもないが。

Minimum Lunch

「へぇ、じゃあセントスター島から船でマヒンダにね。そりゃあずいぶんな大冒険だ」
感心したようにケイトが言い、クルムは楽しそうに頷いた。
「そうだね、前回はゆっくり回ることが出来なかったから。普段暮らしてるフェアルーフから遠く離れたマヒンダには、機会を作らなくちゃなかなか来られないしね。
オレはまだ、基礎的な魔法しか使えないから、機会があれば魔法の勉強も出来たらいいって思ってる。
ケイトもナノクニから来たんだろ?結構あちこち行ってるんだな」
「ナノクニじゃなくってリュウキュウだよ。ま…あそこはもう廃村だけどねぇ」
少し寂しそうにケイトが微笑む。と、横でフロムが話し始めた。
「私はオルミナからこちらに来たのデスよ。さすがは世界に名高き水の都。とても美しい街並みデシタ。
私もクルムさん同様、術を磨こうとマヒンダに来たのデスよ。2週間ほど滞在して図書館とちょっと胡散臭い魔法教室へ事情を話して短期間の講習を受けているところデス」
「へー…皆さん色んなところに行ってるんですね。さすが冒険者、羨ましいなー」
シオンは3人の話を楽しげに聞いている。
「シオンはおじさんの結婚式についてきたって言ってたな。いつもはどこに?」
クルムが尋ねると、シオンはスプーンを置いて答えた。
「いつもはフェアルーフの叔父の家にいます。探偵見習い…みたいな感じなのかな?」
「へ、へえ…」
探偵なのにどうして怪盗の格好をしているのかは、あえてつっこまずに置く。
「さーて、腹ごしらえも済んだところで」
ケイトがかたん、とスプーンをテーブルに置いて、まだミートローフと格闘しているエータのほうを向いた。
エータは視線に気付くと、「話は終わったの?」というように視線をそちらに向ける。
ケイトは苦笑して、エータの頭を撫でた。
「あんた、ちっちゃいけどなかなか大物だねえ。うんうん、気にいったよ」
「そうデスネ、チンピラに絡まれ怒鳴られたにもかかわらず泣いていないトいうことが頭の隅に引っかかりマスね。
最初はただ肝が据わっているのかと思いましたが、今よく考えると、イカに肝が強かろうと5、6歳の子供がチンピラに絡まれてぐずりもしないというのは…他に保護者や友達がいるなら強気の子供は少しくらいなら抵抗しますガ…やはり不自然でないとするにはチョット」
フロムが難しい顔をして考えを述べる。と、クルムもそれに続いた。
「そうだね、すごく毅然とした態度で、驚いたよ。どこか、名のある家の子なのかな…?
あ、そういえば」
何かを思い出したように、クルム。
「なんですか?」
シオンが促すと、クルムはそちらを向いた。
「エータとシータっていえば、この国の女王様も同じ名前だな。ほら、前にグリムが見たっていう…」
「ああ、まだ17、8だっていう双子の女王かい。そういえばそんな名前だったような…えーっと…」
以前に一緒に依頼を受けていたグリムという少女の名前を出され、ケイトが頷く。女王の名前を思い出そうとしていると、フロムが横から助け舟を出した。
「エーテルスフィア、シーティアルフィ、という双子の女王デスね。私は実物を見たことはありませんガ」
「へぇ…でも、そんなに若い人が女王で大丈夫なんでしょうか?」
シオンが首をかしげる。
「さあ…でも、この国は平和みたいだし、大丈夫なんじゃないのかな。
でも、その女王にあやかって名前がつけられたとしたら、シータとエータは双子なのかもな」
「オー、そうかもしれまセンね!この子によく似た子を探せばいい、と」
「じゃあ、とりあえずはみんな、この子に協力して探し物をする、っていうことでいいね?」
ケイトが纏めると、皆頷いた。
「はい、困ってる人は手伝うのが当たり前です。叔父はしばらくマヒンダにいるようですし、協力できると思います」
シオンが言い、クルムも笑顔で頷く。
「エータは、シータとはぐれてたった一人で、心細かったと思うんだ。オレ、エータがシータに会えるように力になるよ」
フロムは言うまでもない様子だ。
エータは状況がわかっているのかいないのか、きょとんとした表情で辺りを見回していた。

Minimum Investigation

「水道施設…ですか」
フルボディの口から出た言葉に、アルファはきょとんとした。
「ああ。いや、この国の人間がどんな水を飲んでいるのか興味があるんでね。心配すんな、ちょっと触らせてくれれば壊しゃしねえよ」
「はあ…しかし、わが国に水道施設はございませんが」
「は?水道がない?」
フルボディは意外そうな声を出した。
アルファはそれがごく当然というように、首を縦に振る。
「ええ。この国の人間は、ごく当然に光と火と水を生み出す魔法を使えますから。わざわざそのような設備を整える必要はないのです。下水道施設はございますが、そういうことをお聞きになっているのではないのですよね?」
「そ…そうか、みんな魔道士だったな。軽いカルチャーショックだぜ…」
フルボディは少しうろたえた声を出したが、もちろん鎧に隠されて表情は分からない。
「でも、それじゃ魔法の使えない外国人とかが困るじゃねえか」
「ええ、外国人向けの施設ですとか宿屋には、小規模ではございますが水道の施設がございます。が、王宮に外国人の方がいらっしゃるということはすなわちお客様ですから、メイドたちが一切のお世話をさせていただきますから、問題はないかと存じます」
「はぁ…なるほどなぁ」
フルボディは唸った。
「じゃあ、女王に直接会える人間ってのはどのくらいいるんだ?」
重ねて質問をすると、アルファはよどみなく答えた。
「そうですね、私達女王付き秘書室の者、補佐官様、執事とメイド、まあこちらは数は限られておりますが…毎日顔を合わせるのはおそらくこの程度だと思います。研究所やもろもろの役所の人員も含めますと、結構な数になりますが…加えて、先ほども申しましたとおり、女王はよく外出をされる方でしたので…私達のほうで完全に把握できているとは言えません」
「役所?」
「はい、役所と申し上げますと多少語弊があるのですが、要するに政治を行う下部組織ですね。王宮内にもいくつかございます」
「王宮内のものだけ聞かせてもらえるか」
「財政管理室、内政調査室、特殊諜報室の3つです」
「ほう、諜報室もあるのか。今回は動いていないのか?」
「もちろん、諸外国の陰謀の線も考え、そちらはそちらで動いております」
「ぬかりなし、か」
「まあ、あまり現実的ではありませんが」
「そうか…っと、長話してる暇はねえな。女王の寝室を見たいんだが、かまわねえよな?」
「はい、ご案内いたします」
アルファは頷くと、フルボディの前に立って歩き始めた。

「お、フルボディか」
女王の寝室の前には、ニューに連れられて千秋も姿を見せていた。
「千秋も寝室か」
「まあ、現場の確認はしておかんなと思ってな。決してレディの部屋に入れるって疚しい気持ちはないぞ。多分無いと思う。無いんじゃないかな。まちょっと覚悟はしておけ」
「関白宣言が通じるのは微妙な層だぞ」
「いや失礼。しつこく断っておくが本当に無いんだぞ」
心なしかアルファとニューの視線が痛い。
「では、鍵をお開け致します。私達もいっしょに中に入りますが」
「ああ、構わない」
アルファは胸元から小さな鍵を取り出すと、扉の鍵穴に差し込んだ。
きぃ。
さしたる音も立てずに扉が開く。
中は広く、決して華美ではないが趣味のいい調度品が並んでいた。正面には大きな窓があり、バルコニーから中庭が一望できる。
天蓋付のベッドは大きなものがひとつだけ。おそらく二人並んで眠るのだろう。
千秋はざっと室内を見渡すと、アルファに問うた。
「窓があるな。鍵は?」
「かかっておりました」
「この部屋の魔道に対するセキュリティはどうなっているんだ?まあ、王族の寝室なんだから最高級のセキュリティだと思っているが、一応念のために」
「ご推察の通り、結界が張られています。外部からの魔道の干渉はほぼ不可能です。女王クラスの魔道の使い手でしたら話は別ですが、結界が破られればその痕跡は残るでしょう。結界に変化はございませんでした」
「なるほどなぁ」
フルボディが部屋を眺めながら唸った。
「つーと、女王はどこから消えたかさっぱり判らん、っつーわけだ。誘拐されたにしろ家出したにしろ、寝室から出なくちゃ話は始まらねえ。どこから出たのかだけでも見当をつけておきたいな」
「そうだな。出口を絞り込めれば調査もはかどるというものだ」
千秋が頷いて同意する。
「なあ、一国の主なら、緊急時の脱出用隠し通路とか用意してるんじゃねえか?俺でも通れる広さがあるといいんだが…」
が、フルボディのこの言葉には、千秋は難色を示した。
「それは俺たちが勝手に調べるのは不味いんじゃないのか?隠し通路があるなら、それが使われた形跡があるのかどうか調べてもらえれば充分だろう」
「そんなもんか?」
「あの、お気遣いのところ申し訳ありませんが」
アルファが二人の話に割って入る。
「隠し通路などございませんが」
「ない?」
二人の声がハモる。
「ええ。危機が迫れば、移動の魔法を使えばいいだけの話ですから」
「し、しかし、先ほど結界が張ってあると」
「ですから、外部からの魔道の干渉は不可能ですと申し上げました。片側にしか開かないドアと同じですわ」
「……ったぁ、魔道国家ってのは、何から何まで勝手が違うな」
フルボディは少しイライラした様子でそう呟いた。
「しかし、女王が休んでいる時に攻撃があったらどうするのだ?誰しも不意をつかれる時というのはある」
「わたくしどもでお助けいたします」
千秋の問いに答えたのは、ずっと後ろで控えていたニューだった。
「…あんたたちが?しかし、あんたはメイドだろう?」
千秋が言うと、ニューの目がすう、と細くなった。
「第一級の執事というものは。主人をあらゆる災害からお守りし、主人の利益のためにあらゆる手段を尽くすことのできる者ですと、わたくしの母校では教えておりました。
すなわち。武道全般、魔術全般は言うに及ばず。経営学、帝王学、自然科学からあらゆる雑学に至るまで精通し、主人を支え、利益となるべく尽くす、それが執事というものでございます。
主人に害をなす不埒な輩の一人や二人、地獄に叩き落すことが出来ずしてどうして執事たりえましょう?」
にこり。また、あの背筋の寒くなるような笑みを浮かべる。
このメイドがこんなに若くしてメイド頭に納まっている理由が、少し理解できた千秋だった。
「わ、わかった。隠し通路の必要性の無さは理解できた。となると厄介だな」
ふむ、と無理やり思考に戻る。
「物理的に連れ出されたのならば、出口を通っているはずだからルートを絞れば追跡も出来るだろうし、魔道的に連れ出されたのなら部屋のセキュリティを敗れる腕前の魔術師ということで絞り込むことが出来そうだが…
そのどちらも、特定どころか実践することは不可能、ときたか…」
「魔道的に侵入された形跡も、物理的に侵入された形跡も無い、か。思ったより厄介だな」
フルボディの言葉を最後に、二人はむぅ、と黙り込んだ。

Minimum Alley

「何故ついて来る」
「…え、えっと、ボクも、う、裏通りに、用があるから、です…」
ラグナの後ろをとことことついてくるコンドル。
2人は、表通りから細い道を入り、昼なお薄暗い裏通りへと足を踏み入れていた。
「あ、怪しい家とか、怪しい人とか、探そうと思って…」
「だから重ねて訊くが、その『怪しい』の基準はなんなんだ。こんな裏通りにある建物もいる奴らもみんな怪しいじゃないか」
「う。そ、そうですね……」
「ま、俺も人のことは言えないがな。表通りで『二人の子供連れの人影を見たか』と訊いたが、二人の子供づれの人間など山ほどいる、と返事が返ってきたよ。そりゃそうだな」
「あの、っていうか、じょ…お二人は、子供ではないですよ…?」
「そりゃ、お前にしてみればな。俺にしてみりゃまだ子供だ。しかも身分ある立場で、さらにまだ若い女の二人組だ。浮世離れした生活をいつも送ってるんだ、どうせ危険な場所と安全な場所の違いも今ひとつ判らないんじゃないか?知らず、危険な場所に足を踏み入れてしまう可能性も無いとは言い切れないしな」
「あ、あの…お、お二人が、自分からいなくなったって…お、思ってるんですか?」
「その議論はさっきしただろう。可能性の問題だ、いちいち突っかかるな」
にべも無く言い返して、ラグナは近くにいたいかにもな商売女に声をかけた。
「人を探している。赤紫色の髪をした双子の少女を見かけなかったか?あるいは、二人の子供連れの人影を見なかったか?」
商売女は値踏みするようにラグナを上から下まで見ると、フフン、と笑って答えた。
「見なかったわねぇ。そんな子がいたら目立つでしょうから噂にもなるでしょうけど」
「そうか、邪魔したな」
「あ、ねえ」
あっさりきびすを返そうとするラグナを、女は呼び止めた。
「なんだ」
「ちょっとはずんでくれたら、それっぽい話教えてあげるけど、どぉ?」
狡猾そうな女の提案にラグナは少し迷ったが、やがて嘆息して銀貨を一枚放り投げた。
「これだけぇ?まあいいけどぉ、どうせ関係ないだろうし」
女は不満そうに肩をすくめて、それでも銀貨を懐にしまう。
「で、それっぽい話というのは何だ?」
「あん、せっかちねぇ。
あのねえ、さっき、ルヒテスの刻くらいかなぁ?この近くで、ちょっとした騒ぎがあったのよねぇ」
「騒ぎ?」
「そ。5歳くらいのちっちゃい女の子がチンピラに絡まれてたのを、冒険者っぽい人たちが助けに入ったの。
ちんぴらはあっさり追い払って、女の子もその人たちに連れられてどっか行っちゃったけど、こんな裏通りにあんな子がいるなんてちょっと珍しいから、覚えてたってワケ」
「…その少女と冒険者達はどちらへ行った?」
「んー、表通りの方に行ったみたいだけどぉ」
「そうか、礼を言う」
ラグナは淡白に礼を言って、コンドルのところへ戻ってきた。
「な、なにか、聞き出せたんですか…?」
コンドルの問いに、曖昧な表情をするラグナ。
「いや、まだ判断がつかない…皆の意見を聞いたほうが良さそうだ」
ふむ、と唸って。
「……裏通りの小さな女の子、か……」

陽はすでに建物の陰に傾きかけていた。

Minimum Dicipherment

「じゃあ、シータちゃんを探す手がかりを集めないとね。まずは簡単なことから聞いていこうか。シータちゃんはどんな服を着てるの?」
シオンが優しくエータに問いかける。
エータはまっすぐそちらを見返して、言った。
「しーちゃ、えーちゃ、ちょろー」
「あー…うーん…こっちの言うことは通じてるのかな?わかる?服、ふくだよ?」
自分の服を引っ張りながらシオンが言うが、
「ちょろー」
エータの答えは変わらない。
「うーん…」
苦笑するシオンの横から、クルムが話しかける。
「シータは、どこに住んでるのかな?」
エータはそちらに視線を移すと、言った。
「えーちゃ、しーちゃ、ちおーにゃ、ちゅんじゃ」
「…えーっと…エータとシータは、ちおーにゃ…?ちゃ、が、た…だったから、とーな…そーな…何だろう?」
特に困った様子もなく、パズルを解くように言葉を考えて行くクルム。しかし、先ほどのようにはうまくいかない。
「そうですネ、まずこのこの言っていることを理解するところから始めなければいけないかもしれまセン」
フロムが腕組みをして言った。
「そのためには…そうですネ、色々なモノの名前を言わせてみるというのはどうでショウ?まずは単語の発音を聞き、その傾向から言っていることを解読するのですよ」
「なるほど」
シオンが感心したように頷く。フロムは早速エータの前に立ち、自分の白衣を指差して彼女に言った。
「サァ、あなたはこれを何と言うのですか?!は・く・い、ハイッ!」
「はげ」
「ノオォォォゥッ?!私はハゲではありまセンっ!ということは?!『はくい』が『ハゲ』になるというコトっ?!」
エータはきゃははは、と笑いながらフロムを指差した。
「ばーか」
「ハァァァッ?!私はっ、私はバカにされていたのですネッ?!うぬぬぬ、爽やかオニイサンの座はやはり私には荷が勝ちすぎたのか…ッ?!」
やたらとハイテンションなフロムに、肩をすくめてケイトが言う。
「何だかよくわかんない言葉を考えるより、その子を連れて街を歩いて、シータちゃんとやらを探した方が早いんじゃないのかねえ?あたしゃそんな気がするんだけどねえ」
「まあまあ、もうちょっとくらい話を聞いてもいいだろ?食後の会話のつもりでさ」
にこりとクルムが笑うと、ケイトはくすぐったそうに身を縮める。
「そりゃ、クルムさんがそう言うなら…」
「じゃあエータ。家族は何人?オレが指を立ててくから、その数のところで止めて?」
1、2、とゆっくりクルムが指を立てていくと、ちょうど3本目のところでエータははしっと手を握った。
「ちゃんに」
「三人か。うーん、やっぱりオレ達の言ってることは、エータは理解してるみたいだね」
「問題は僕たちが理解できてないってことなんですけど…」
シオンが困ったように眉を寄せる。クルムは続けた。
「それじゃあ、シータの好きなことは何?」
「しーちゃ、おっちゃー、ちゅっちー。おっちゃー、えーちゃっち、じゃんちゃーの。しーちゃ、りんりん、ごけにゃーの。えーちゃ、しーちゃ、ちゅけぅの!」
エータは言いながら、何だか切迫した表情になってくる。言い終えると、悲しそうに俯いて、ポツリと続けた。
「しーちゃ、どぉこ…えーちゃ、どぉしぉ…」
一堂は困ったように互いの顔を見合わせる。
クルムは眉を寄せながらも優しく微笑んで、エータに言った。
「大丈夫だよ。シータはきっと無事だから。きっとシータもエータのこと心配してるよ。だから、シータと会った時のために、エータは笑顔で彼女に会えるようにしておかなくちゃ」
「くーちゃ……」
エータはクルムに涙目で視線を送った。クルムはにこりと笑うと、自分の荷物を膝の上に乗せる。
「そうだ。ナンミン…ああ、前に一緒に冒険をしたヤツがね、寂しい時に開けてくださいってくれたものがあるんだ。きっと楽しいものが入っているから、一緒に見よう?」
「にゃー!」
エータはにっこり微笑んだ。クルムはそちらにもう一度笑顔を投げると、荷物の中から手のひらより一回り大きいサイズの紙包みを出す。
「さあ、これだ…なにかな………っと、わぁっ!」
紙包みを半ばまで空けたとたん、中から何かが飛び出し、テーブルの上へと乗った。
「ぎゃー」
「こ、これは…」
「卵人?!」
以前共に仕事をしたゆえに知っているケイトとフロムの声がハモる。
テーブルの上で大きな口をあけてその存在を誇示していたのは、まさに卵に顔がついた「卵人」。彼らと冒険を共にした、ナンミンという不思議な種族が作った、摩訶不思議な物体である。
「あ、これ…ナンミンが以前オレにくれた卵だ!ほら、前にマヒンダに来たときに」
「あ、ああ…」
思い当たるもののあまりいい思い出の無いケイトが曖昧に頷く。
詳しくはシナリオ「ベビーベッド」をご覧になってください。
「ナンミンの作る卵は見掛けはかわっ……可愛いんだけど、気をつけてないと手当たり次第なんでも飲み込んでしまうんだ。この卵も、オレの気を練って作ったっていうから、普通の卵より気性は穏やかなんだけど、オレが目を離した隙に、ヴィーダの下宿先の大家の大切なものを飲んじゃったんだ。何とかそれを取り出せないかってナンミンに相談して、そのとき彼に預けたままになってたんだった…」
卵人の経緯を説明するクルム。
…という話を総合すると、結局ナンミンはそれを取り出せないまま「寂しい時には開け」とごまかして返したということになるのか…?
「きゃははは!たぁご、たぁご!」
エータは上機嫌で卵人に手を伸ばす。クルムは慌ててエータの方に駆け寄った。
「だ、ダメだよエータ、気をつけないと食いつかれちゃうから」
「ぎゃー!」
久しぶりに外に出た卵人は意気揚々だった。ひと鳴きすると、自分の周りに散らばっている料理の残りに、皿ごと食いつき始める。
がしゃん、がちゃがちゃ、という音がして、その衝撃でいくつかはテーブルの下に落ちていく。
「ああああっ、何するんだいこいつ、店の皿を!」
慌てたケイトが卵人を捕まえようとするが、卵人はひょいっと移動してそれをかわす。
がしゃーん!
ケイトは勢いあまって机につっこみ、さらに多くの皿が割れた。
「あわわわ、大変です!」
「私も加勢いたしますヨー!」
さらにシオンとフロムが加わって、昼間で客がいない酒場は一気に大混乱になった。

結局、卵人を捕まえて荷に戻し、めちゃくちゃになった店内の後片付けを終えた頃には、日はとっぷりと暮れていたのだった…。

第2話へ