予告

深い深い眠りにつく、
茨の森のお姫様。

颯爽と現れた王子のキスで、
姫は永い眠りから覚める。


でも、待って?


姫が眠りから覚めたいって、誰が決めたの?
眠っている姫が不幸だって、誰が決めたの?

そんなこと、誰にもわかりはしないのに。
姫の幸せは、姫が決めるものなのに。



彼女の幸せを、何故あなたが決めるの?

「わが国の女王が、行方不明になったのです」

開口一番、そう切り出したのは、20台半ばほどの青年だった。
やや厳しい印象はあるが、美形と呼んで差し支えない容貌。切れ長の瞳と短くそろえられた髪は、服の色と同じ臙脂色。きちっとした制服を着こなした、見るからに役人といった風情の青年である。
彼は少し間を置いて、居並ぶものたちに説明を始めた。

「最後に姿を確認されたのは一週間前。寝室に入るところを執事長とメイド頭が目撃しています。今日に至るまで捜索を続けましたが、行方は杳として知れません」

沈痛な面持ちで、目を伏せて。

「もちろん、わが国の特性も考慮して魔道的な捜索も試みました。しかし、女王の魔力の気配は、わが国どころか世界中に探査の幅を広げても発見できなかったのです。
これは、何者かが女王の魔力を封印しているか…最悪、すでに死亡していることを意味します」

顔を上げ、厳しい表情で続ける。

「…わざわざ、ここヴィーダに依頼を出したのは…このことを、まだ国民には知らせていないからです。知れたら、国は混乱に陥るでしょう。このことは、一部の臣下にしか知らされておりません。大事になる前に…なんとしても、女王を見つけ出したいのです」

そこで、居住まいを正し、改めて冒険者たちに礼をした。

「改めて名乗りましょう。私の名は、マヒンダ国女王補佐官、ゼーティリアノン・サー・マ・ヒンディアトス」

その端正な眉が、きゅ、と寄せられる。

「女王は…女王たちは、私の妹でもあるのです」

たち?
女王という名詞には、明らかにそぐわない付属語。

「ご存知の方もいらっしゃいましょうが、わが国マヒンダは、双子の女王を冠しているのです。
女王はまだ齢も浅く、今回のようなことは初めてで…ですから、心配なのです。
国に混乱が広まる前に…そして、最悪の事態になる前に…」

悲痛な表情で、再び頭が下げられた。

「どうか、探し出してください。
エーテルスフィア…シーティアルフィ…
わが国の女王、エータとシータを」

所は変わって、マヒンダ。
大通りを少し外れた、あまり陽の光もよくあたらない、狭い通り。
世間一般で言う、裏通り、というものだ。
平凡な日常を送るものたちには縁のない、むしろ避けて通るべきその薄暗い通りに、あまりにもそぐわない姿がひとつ、ちょこまかと動き回っていた。

はあ、はあ、はあ。
息を切らせて懸命に走るが、いかんせんその小さな体では移動できる距離もたかが知れていて。
頭の両側で結い上げた派手な赤紫色の髪をぴょこぴょことゆらし、走ってはきょろきょろと辺りを見回し、落胆した表情でまた足を進めては辺りをうかがう。
明らかに、何かを探している様子だった。
髪と同じ色の服がひらりと頼りなげに舞い、とすんとぶつかる音がする。

「あぁ?!なんだぁ、このチビは?!」

足元にぶつかった何かに、いかにもチンピラといった風情のその男は、どう見てもせいぜい5、6歳であろうその少女に鋭い眼光を向けた。
が、その男の様子にも少女は全くひるむ様子もなく、毅然とした様子で男に言葉を投げかける。

「めーちゃ。えーちゃ、しーちゃ、さぁしてーの。えーちゃぁににーちゃ、にゃーにゃ、しぁな?」

しかし、あまりにも意味を成さない言葉に、チンピラの眉がつりあがる。

「んだぁコラァ、わけわかんねぇこと言ってんじゃねえぞ?!売り飛ばされてぇか?!」

この年齢の少女を買うのはかなり特殊な趣味だろうが、近年需要は伸びているかもしれない。
あまりに短気な様子のチンピラに、少女はやはりひるむことなく瞳を向けている。

失踪した女王の行方は?
そして、時を同じくして裏通りに現れた、謎の少女の正体は?

そして、マヒンダの双子の女王に隠された秘密とは?

摩訶不思議な魔法国家で、盛大な「かくれんぼ」の幕が切って落とされる。

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