予告

「………うそ……」

その家の最後のドアを開け、中に誰もいないのを確認しながら、リーは蒼白になって呟いた。
足早に部屋の中に入り、その中に何もないのを判っていつつも、ベッドの上掛けを剥ぎ、クローゼットを開け、果てはデスクの引き出しの中まで引っ掻き回す。
後ろでひとつにくくられた銀髪が、彼女の心中を示すように、白い旅装束の上をせわしなく踊っていて。
いつも冷静で穏やかな彼女を知る者ならば、その様子が尋常でないことに気づくだろう。
「いない……うそっ、なんで……?!」
いない、いないと呟きながら、文字通り部屋の中を引っ掻き回している。この家が彼女の母親の所有でなければ、物取りでもしているのかという様子だ。
ぼふ。
呆然とした表情でへたりこんだ後に、持っていたクッションを力なく床に叩きつける。
「そんな……どうして……」
乱雑とした部屋の真ん中で、しばし動くこともできずに座り込んで。
それから、不意に瞳に光が戻り、立ち上がった。
「…なんて言ってる場合じゃない。
見つかったら大変なことになるわ……早く、見つけないと……!」
そう言って、荒れた部屋の中を手早く片付けると、足早に部屋を後にする。
部屋には再び、静寂だけが取り残された。

それからしばらくして、風花亭に一枚の依頼票が貼り出される。

ヴィーダにはいるはずですが、連絡が取れなくなった母を捜しています。
手分けをして探したいので、お手伝いをしてくださる方を募集します。
依頼料は金貨一枚/日で、日割りでお支払いします。
特に技能や経験は必要ありませんが、責任感のある方にお願いします。

依頼人:リーファ・トキス

さて、一方で。

ヴィーダの東門、「学びの庭」と呼ばれる広場に、一人の女性が佇んでいた。
たくさんの学生が行きかう中で、きょろきょろと辺りを見回すさまは、若干浮いて見える。
というより、よく見れば彼女はずっと目を閉じているのだ。にもかかわらず、いったい何を見ているというのか。

「あ、ねえー」

彼女は笑みの形に目を閉じたまま、間延びした声で近くを行く学生に声をかけた。
「あのね、娘を探してるのー。
14、5歳くらいの銀髪の子で、白い旅装束を着ててねー。
リー、っていう名前なのー。
この街にいるはずなんだけど、見てないー?」
のんびりとした様子で尋ねる彼女は、ウェーブのかかった銀髪を一つに括り、フレアスカートとショールというごく普通のいでたちで、いかにもはぐれた娘を探す若い母親といった風だ。感覚が鋭い者なら、彼女に漂う超然とした雰囲気に気づいたかもしれない。
「そうー?ありがとう、ごめんなさいねー」
学生からは望む情報を得られなかったようで、彼女はわずかに眉を寄せると礼を言ってまたきょろきょろし始めた。

母を捜しています。

娘を探しているの。

さあ、この広い街の中で、この母娘を無事に引き合わせることができるだろうか。

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