§5-1:The last day

「じゃあ行きましょうか」

荷物をまとめ終えたオルーカが、意気揚々と立ち上がる。

「やるからには優勝ですもんね。そろそろタイムアップも近いですし、積極的に点取りに行きましょう」
「……そうね」
相変わらず目を閉じたままクールに答えるヘキ。
オルーカはヘキにもう一度微笑みかけると、早速足を踏み出した。

「ここからだと…、No.11、No.12、No.10、って回るのがいいのかな?」

ミアとセルクは、地図を見下ろしながら今日のコースを検討していた。
「ゴールするのが遅くなって減点になっちゃうけど、No.10、No.11、No.13とか、No.11、No.14、No.13って得点の高い所を回るのもいいのかな…?セルクはどう思う?」
「うーん……」
ミアに問われ、セルクは眉を寄せて考えこんだ。
「11、12、10って回っても、どっちにしろ時間はオーバーしちゃうよね…」
「あ、あれ?そっか……」
首をひねりながらもう一度コースをたどって時間を計算してみるミア。
セルクは更に続けた。
「オーバーしないルートを考えるなら、11、10、で戻ってくるのがいいけど…
多少減点されても問題をクリアしたほうが総合のポイントは高いと思う。
でも……」
そこで難しい顔をして唸る。
「13とか14とかは、ポイントが高い分難しくもあると思うんだ。
遠回りして減点で、結局問題を解けなかったら意味がないと思うんだけど……
ミアちゃんは、どっちがいいと思う?」
「どっち?」
意味を測りかねたミアが問うと、セル区は落ち着いた様子で頷いた。
「問題が解けないかもしれないけど、ポイントが高いルートか。
問題を解きやすいけど、ポイントが低いルート。
うーん、そもそも時間をオーバーしないように、ルートを少なく回るっていう手もあるよね。
どれがいいと思う?」
「うーん……」
ミアも地図を見ながら少し考えてから、うんと頷いてセルクの方を向いた。
「ちょっと時間をオーバーしちゃうけど、11、12、10と回るのがいいと思うな、30ポイントの所だとセルクならきっとクリアできると思うもん!」
「そ、そうかな…?」
セルクは少し照れた様子で視線を動かし、それから笑顔を見せる。
「じゃあ、それで行こうね。
ありがとう、ミアちゃん」
「ううん。どういたしまして。さ、残りちょっとだけど、がんばっていこうね!」
早速地図をしまって立ち上がるミア。
セルクは嬉しそうにそれを見上げると、続いて立ち上がった。

「ねえ、ヴォルフさん……もし、どこかのチームと戦うことになったら、なんだけど」

無難にコースの相談をし終えたあとで、ユキはおずおずとヴォルフに申し出た。
「僕ね、ナイフと鞭しか使えなくて、どうやったらヴォルフさんの役に立つかなって考えてたんだけど……。
ヴォルフさんが攻撃した後とかで隙ができたら、僕がそれを埋めるように行動するのはどうかなって考えたんだ」
遠慮がちに言うユキの様子を、ヴォルフは黙って見つめている。
ユキは続けた。
「どうしたって僕は前に出ないと何も出来ないし……でも、ヴォルフさんの役に立ちたいから。
前は思わず突っ走っちゃったけど、今度はそんなことしたくないから」
「……そうだな」
ヴォルフは腕組みをして頷いた。
「二人とも前衛型ならば、その戦い方が最善だろう。
だがまずは、担当を決めることだ。
相手の戦力の構成を見て、どちらを担当するのかを決め、各個撃破する」
「担当……」
つぶやき返すユキに、ヴォルフは頷いてさらに続ける。
「生徒は魔道士だ。大抵が肉弾戦には慣れていない。まあ俺のように例外はいるがな。
その穴を埋めるために冒険者を雇う。つまりは、生徒が魔法、冒険者が物理、ということだ。
そうなれば、先にお前が出て冒険者の相手をし、冒険者の注意がお前に向いたところで、俺が生徒と距離を詰め、撃破する。
これは逆でないほうがいい。お前は魔法に対する対抗手段を何も持っていないからな」
ふ、と嘆息して。
「戦いは、相手を想定して組み立てるのが常道だ。
相手の構成を見て、己の戦力を正確に把握し、的確に戦術を組み立てる。
もちろん、相手がこの構成とは限らない。
他にどんな構成が想定されるか、自分で考え、戦術を組み立ててみろ」
「うん……わかった」
ユキは真剣な表情で頷いて、考え始めた。
「とりあえず、魔法を使われる前に相手に近付いて攻撃をしかけるのが一番かなぁ」
視線を泳がせて考えながら、言葉を紡いでいく。
「後は……うん、動きを封じないと。確か師匠が言ってたのは……急所への攻撃、だっけ」
心もとなそうに、こめかみとみぞおちを抑える。
「確かこことここ……がいいのかな?ここらへんじゃないとまずいよね?」
「昏倒させるにしろ何にしろ、動きを封じるつもりなら、そうだろうな」
「だよね。じゃあ、そこを狙ってナイフの柄で殴ろうかな。ここで気絶してくれたらいいんだけど……。
もし離れようとしたら鞭で足元狙ってうつ伏せに倒して上に乗ったら苦しいよね?」
不安そうに、だが割とひどいことをさらさらと述べていくユキ。
それに対し、ヴォルフもどうということもなく淡々と頷く。
「そうだな。どちらにせよ、相手が攻撃を仕掛ける前に動きを封じるのが常道だ」
「うん」
「魔術師は魔法を使う時にタイムラグが発生する。
その間に懐に潜り込むことができれば成功。できなければ至近距離から魔法を喰らう。
俺よりお前の方が素早いのだから、それが適任だろうな」
「そう……だね」
考えながら頷くと、ヴォルフも頷いた。
「では、冒険者が魔術師ならば、お前がそちらを担当する、ということだな。了解した。
残るは生徒も冒険者も物理攻撃を得意とする場合だが…まあ、この組み合わせは考えにくいから置いておいてもいいだろう」
前回そんなコンビがいた気がする。
「残るは、校長への対応だが」
「あ……うん、今考えると短慮だったなぁ……」
昨日のミリーへの対応を思い出し、ユキは恥ずかしげに肩を竦めた。
「うんと、えっと……周りの木とか使って足止めとか、できるかなぁ……」
うんうんと考えながら腕組みをはじめるユキに、ヴォルフはやはり落ち着いた様子で言葉を返した。
「そうだな、それを考えるなら、まずは校長を見つけた時点で全く別方向に展開をしたほうがいい」
「別方向に?」
「ああ。お前は俺とは全く別方向に行き、まずは木や茂みを使って足場を乱す。
俺が校長を追いかけながら、お前の方向に誘導していく、という方法だな」
「それで僕がミリーさんを捕まえればいいのかな。
あ、でも、その前にヴォルフさんが捕まえられるかもね。
ほら、僕がいたから止まるか方向転換するかもしれないし」
首を傾げて言うユキに、ヴォルフも目を閉じて頷いた。
「捕まえられる方が捕まえる、で問題ないだろう」
「うん!」
ヴォルフに同意されたことが嬉しいのか、満面の笑顔で頷くユキ。
「僕、頑張るから!ヴォルフさんも頑張ろうね」
「言うまでもない。では、行くぞ」
「うん!」
さっさと歩き出したヴォルフに、ユキはやはり嬉しそうな表情でついていくのだった。

「今日のルート、ですが……」

ミケは改めて確認するように、地図に目をやった。
「当初の予定通り、No.10、No.8、No.4、ときて1に戻るルートがいいかと思うんですが、どうでしょうか?」
ミケと同じように地図を覗き込んでいたクリスは、軽く頷いて答える。
「そうですわね。それで宜しいと思いますわ」
「では、それで。
あと、誰かに会ったときは、どうしましょうか?」
改まった様子でさらに問うミケ。
「……まぁ、昨日は…逃げたほうが、といいましたけれど。ほら……最終的な勝利もありますが、腕試しという側面もあると思うんですよ。正直、他でこういう勝負はなかなかできないと思いますし」
「それは…まあ」
複雑そうな表情のクリスに、ミケは落ち着いた様子で続けた。
「引き際見極めてみる意味でも、戦闘はしてもいいんじゃないかな、と思いますが。
逃げちゃダメ、と思い込んでいないのなら、あなたは冷静な判断ができるのではないか、と思うので。
そこは、どう思いますか?」
「そうですわね……」
むう、と唸るクリス。
「戦局を見極めるのも実力のうち、というわけですわね。
承知いたしました。無理と判断したら、撤退の指示をいたしますわ」
「よろしくお願いしますね」
ほっとしたように微笑むミケ。
「部下の指揮も、上に立つ者のお仕事ですから。……勝てるように頑張ります!」
「もちろん、わたくしも戦いますけれど。戦力としては頼ることになると思いますから、こちらこそよろしくお願いしますわ」
クリスは、にこりと綺麗に微笑んだ。その表情には、どこか吹っ切れたような清々しさが感じられる。
ミケはそのことにも嬉しそうに笑みを深めて、更に続けた。
「後、ミリーさんは、やりましょう。今日こそ、絶対捕まえたいですよね!」
「……ふふ」
クリスがおかしそうに笑ったので、ミケはきょとんとして彼女をみやった。
「え、僕何かおかしいこと言いましたか」
「失礼。貴方がまるで子供のようで、微笑ましくて」
「う。僕、子どもっぽいですかねぇ……」
「男性は幾つになっても子供だと、お姉様も仰っていましたわ。それでよろしいではございませんか」
「ここでいいと言ってはいけない気がします…男としては」
ぶちぶちと不服そうに呟くミケにさらにくすりと微笑んでから、クリスは颯爽と立ち上がった。
「わたくしも、ここからは少し楽しむつもりで挑んでみますわ。さあ、参りましょう」
「あ、はい。楽しくやれそうなら良かったです」
釣られて立ち上がったミケは、嬉しさ半分、納得いかない半分の微妙な表情でクリスのあとをついていくのだった。

「ん……っと…」

宿を出たところで、朝の日差しを浴びて思い切り体を伸ばしたグレンは、少し驚いた様子で自分の体を見下ろした。
「多少は痛みが残るかとか思ったが、それもない……パスティ、本当に魔法の扱いが上手いんだな」
「うふふ、そーお?」
嬉しそうに微笑みかけるパスティ。
「グーちゃんが痛くなくなったならよかったわー」
「ああ。改めてありがとな、パスティ」
軽く礼を言って、早速地図を見下ろすグレン。
「後は戻るだけか……いや、その前にいくつか問題は挑戦できるな。さて、どう回る?」
言いながら、地図を指でたどる。
「6、8、10、7…ときて、5から1へ戻る。多少の減点を覚悟するならばこのルート。逆回りでもいいけどな。
もし、減点が嫌なら6・7・8・10のどれかを飛ばせばいい」
ルートを指で示しながら、提案していく。
「個人的には減点覚悟で全部回った方がいいと思うが……どうだ?」
「そうねぇ~」
パスティは、むむむ、と地図を見て唸った。
「減点はちょっとで済みそうだし、その分回ったほうがいいかもしれないわねー。
うん、グーちゃんの案でいきましょ」
「そうか。なら、コースはこれでいいな」
グレンは言って、地図を畳んでしまう。
だが、そこから歩き出す気配はないようで。
少し足を踏み出しかけたパスティは、不思議そうに彼の顔を覗き込んだ。
「グーちゃん、出発しないの?」
「……もう一つ、相談がある」
グレンはしばし逡巡し、しかし意を決したようにパスティに向き合った。
「戦闘についてだが、相手が強い・勝てない場合は逃げるという選択肢も入れないか?
……俺ももうあんな無茶な戦い方や庇い方をしないようにする」
真剣な表情で、正直に自分の気持ちを話すグレン。
パスティはきょとんとした様子で彼の言葉を聞いている。
「けど、『誰かの大怪我』ってのはまだ少し不安だ、冷静さを保てる自信がない。
だから、そういう状況を少なくする為にも逃げるという選択肢を入れたいんだが……どうだろうか」
沈黙が落ちる。
パスティはしばらくじっとグレンを見つめていたが、ふいににこりと微笑むと、あっさりと言った。
「いいわよー」
「……え」
「パスティは、逃げるのいやなんて、言ってないのよ?
グーちゃんが、パスティ一人で逃げろって言うから、いやって言ったのよ?」
「………」
そういえば、そうだったかもしれない、と思うグレン。
パスティはもう一度、にこりと柔らかく笑った。
「グーちゃんが一緒に逃げるなら、パスティも逃げるわ?
だから、危ないと思ったら、逃げよーって言ってね?」
緊張感のない声で言って首を傾げるパスティに、グレンは真面目な表情で頷き返す。
「分かった、でも危ないと思ったらパスティからもちゃんと言ってくれよ」
「うふふ、わかったわー」
「それと逃げる場合、もし目眩ましに使えそうな術があるならばそれも頼む。
こっちはそういう魔法は使えないから」
「そうねー、おみずを使った魔法なら、パスティ得意よ?まかせてね」
「ああ」
頷き返してから、他に何か言うことはなかったか、と考えやる。
「後は……そうだな」
と、力強く微笑んで、パスティに手を差し出した。
「最後まで楽しもう。改めてよろしく頼む」
「うふふ、こちらこそ、よろしくー」
パスティも笑顔でその手を握り返すのだった。

「今日の、コース」

野営の後片付けを終えたアフィアは、改めて地図を出すとミディカに示した。
「当初、予定通り。11か10、9、1の順、回る。11と10、どちらでも、構わない。けど、戦い、なった時、空飛べる、有利。
10の方、森、開けてる、思います。10行く、おすすめします」
「そーでちゅね」
あっさりと頷くミディカ。
「あーたもあたちも空を飛べまちゅから、空を飛べたほうが有利になるのは同意でちゅ。
特に、昨日戦ったヴォルフガング・シュタウフェンのペアは近接戦闘タイプでちたから、空を飛ぶのがいいでちょーね」
「ユキさん、空、飛べます。ヴォルフガング、さん、空、飛べますか」
「そこまでは知らないでちゅ。でちゅが、空を飛びながら戦えるほどの魔力はないと踏んでまちゅ」
「では、出会ったら、すぐ、うち、ミディカさん、抱えて、飛びます。ミディカさん、遠距離攻撃する」
「わかりまちた。冒険者の方は空を飛べるのでちゅよね?」
「ユキさん、翼人。空飛んで、追ってくる、うち、ミディカさん、2対1です。負ける気、しません」
「なるほど。こっちのフィールドに誘い出して各個撃破の作戦でちゅね。いいでちゅね!」
にやり、と悪い笑みを浮かべるミディカ。
アフィアはそれには特に反応することなく、淡々と続けた。
「ミリーさん、出会ったら……決断、出しておく、してださい」
「…う。わかりまちた……」
少し肩を落とすミディカ。
アフィアは地図を畳むと、立ち上がってミディカを見下ろした。
「頑張る、優勝する。
ルーイさん、安心させる、説得材料、作りましょう」
「……」
アフィアがそんなことを言ったことに、ミディカは少なからず驚いた様子で目を見開いた。
だがすぐににこりと相貌を崩すと、彼に続いて立ち上がる。
「もちろんでちゅ!目指すは優勝、あるのみ!でちゅ!」

朝日はすでに朝日と呼べぬ程に高い位置にいて、ゴールまでを疾走する参加者たちを明るく照らしているのだった。

§5-2:Battle after battle

「器に触らずに向こうまで運ぶ方法……か」

チェックポイントNo.6。
グレンとパスティは教官に告げられた問題に眉を寄せて唸った。
「水を凍らせれば多少乱暴に扱っても零れる事はないよな」
「うん、そうねー、そこまでは大丈夫よー」
グレンの意見に頷くパスティ。
グレンは再度唸った。
「でだ、運搬は器に手が触れなきゃいいはず。
……マントに包んで布越しに器を持つという屁理屈は駄目なのだろうか?」
「はっはっは、確かにそりゃ屁理屈じゃけぇ」
グレンの言葉に、教官が豪快に笑う。
「マント越しにても、手が器に触れとるんじゃろ?そりゃ触っとることになるけぇね」
「やはり駄目か……」
さして落ち込んだ様子はなく、グレン。
「……ふむ……後はパスティ、任せた」
「うふふ、任せられたわー」
パスティはにこりと笑って、水の入った器の前に立った。
「パステル・ももいろシャーベット」
呪文と共に、一瞬で器の水が凍りつく。
「さすがだな……」
感心しながらその様子を見守るグレン。
パスティはさらに、両手のひらを器に向けて呪文を唱えた。
「パステル・ふわふわシュガークラウド!」
ふわり。
どこからか風が巻き起こり、凍りついた器が宙に浮く。
「おお……」
さらに感心した様子のグレン。
パスティは人差し指を向こう側のテーブルに向けた。
「いっちゃえ☆」
ふわり。
パスティの呪文に操られるようにして、器はふわふわと向こう側のテーブルに漂っていく。
そして、正確に向こう側のテーブルの上に着地した。
「どーお?」
「うむ、文句なしの合格じゃけぇ!」
教官は豪快に笑うと、パスティの水晶玉に点数を入れる。
グレンはただ黙ってその様子を見守っていた。

グレン・パスティチーム +20ポイント 計130ポイント

「No.10はもう少し行ったところにあるはずなんですが……」

地図を片手に森の中を歩くクリスとミケ。
うっそうと茂る森が昼の日差しをやわらげ、薄暗い室内ほどの明るさだ。
がさ。
自分たちが発したものではない音が響き、2人はそちらに視線をやった。
すると。
「……っ」
「あれは……」
視線の先には、同じくチェックポイントNo.10にやってきたと思われる、アフィアとミディカの姿があった。

「…ミケさん、です」
「前回校長と一緒にいた魔道士でちゅね。今回は魔力の一部を封印しているとゆーことでちゅから、それほど脅威にはならないはずでちゅ」
ミケとクリスの姿を認め、冷静に囁き合うアフィアとミディカ。
「一緒にいる、誰ですか」
「あれはクリシュナ・ラスフォードでちゅ。一期生とゆーこともありまちゅが、実力は大したことはありまちぇん」
「なら、勝てる、ですね。行く、しますか」
「とーぜんでちゅ!」
と、ミディカが身構えたその瞬間。

「撤退します!」
「了解しました」

鋭くクリスの命令が飛び、ミケは早速術を組み立てた。
「風よ、軽やかな翼を!」
ふわり。
風が二人の体を包み、浮き上がらせる。
そのまま、2人の体は木々の間を縫って高速で移動を始めた。
「なっ…?!」
まさかいきなり逃げるとは思わなかったのか、絶句するミディカ。
しかし、アフィアは躊躇せずに駆けだした。
「逃がさない……!」
高速で、とはいえ、魔力が弱まっているミケの、それも二人分の運搬である。アフィアが全力で走れば十分追いつく速度だった。
「っ……!」
至近距離まで近づき、こぶしを振りかぶって跳ぶアフィア。
だが。
「?!……」
すかっ。
その拳は、ミケとクリスの姿をあえなく通り過ぎた。
そして、2人の姿は跡形もなく消え失せる。
アフィアは着地すると、きょろきょろとあたりを見回した。
「幻影でちゅ」
すぐそばで、悔しげなミディカの声がする。
「逃げたのとは別方向に幻影を出していったのでちゅね。神経に直接作用するものではない、風魔法の応用で光の屈折率を曲げるものでちゅ。やられまちた」
「…まさか、逃げる、思ってなかった、です」
「そーでちゅね。クリシュナ・ラスフォードは…噂しか聞きまちぇんが、すぐに撤退するよーなタイプの人間ではなかったよーに思いまちゅ。どーゆー心境の変化でちゅかね……」
アフィアとミディカは複雑な表情で、ミケとクリスが消えていった木々の方を見つめるのだった。

「どうにか…逃げ切れたようですね」

アフィアとミディカの姿が見えなくなったところで、ミケは息をついて飛行の魔法を解除する。
「戦わずに撤退の判断をするとは思いませんでしたが…」
「撤退を含めた最良の判断を下すのも有能な指揮のうちであると、貴方がおっしゃったのですわ?」
クリスは気を悪くする様子もなくあっさりとそう答えた。
「ミディカ・ゼランは院生であり、しかもエルフです。魔力も、使用できる魔法も、とてもわたくしたちに太刀打ちできるレベルではございません。でしたら、受けるダメージが最小限で済む選択をするのが最良と言えます」
「クリスさん……」
ミケは若干感動さえ覚えながら彼女を見つめた。無意味なプライドを捨て、吹っ切れた様子の彼女は、最初に出会った時よりも生き生きとして美しくさえ見える。
「参りましょうか。チェックポイントNo.10はこの近くですわ」
「えっ、やみくもに逃げてきたのにそんなことが分かるんですか」
「空間座標を調べればお分かりでしょう?座標を算出するマジックアイテムは、校長に地図と共に持たされておりますわ」
「あ、そ、そうでしたね……」
「参りますわよ」
クリスは言うと、ミケの返事を待たずにさっさと歩きだす。
ミケは、変わったのか変わらないのか分からない彼女の様子に苦笑しつつも、そのあとをついていくのだった。

「………よく来たな」

チェックポイントNo.10で待っていた教官は、整った容貌をむっつりととがらせた男性だった。
ミケは知らないが、前回チェックポイントNo.1の担当であった教官である。
若干の恐ろしささえ漂う教官の様子に、しかしクリスは何ら怯むことなく普通に話しかけた。
「ノクア先生。ここでは何をすればよろしいのです?」
「…まずはここに立て」
教官は淡々と、すぐそばの地面を指し示し、クリスをそこに立たせる。
「お前はあそこだ」
「え、僕ですか?」
自分が指名されると思っていなかったミケは、きょとんとして自分を指差す。
教官はゆっくりと頷いた。
「そうだ。あちらに、赤い布を巻きつけた木がある。その隣に立て」
「あ、はい、わかりました」
素直に頷いて移動をしようとするミケ。
だが、教官はさらに続けた。
「お前があそこに立った状態で、私から彼女に特定の文言を伝える。
彼女はここから動かず、何らかの手段でお前にそれを伝える。一言一句違わずに伝えられたら合格だ」
「なるほど」
問題の内容を聞き、ミケは足を止めてクリスに歩み寄った。
「クリスさん、風魔法で声を飛ばした場合、どのくらいの距離まで届かせられそうですか?」
「あの程度の距離でしたら、問題なくお伝えできますわ」
こともなげに返すクリス。
「ですから、貴方はただあの位置に立って耳を澄ませていてくださいな」
「そうですか、了解しました」
ミケもあっさり頷いて、教官の指示した木のそばに立つ。
教官はそれを確認すると、クリスに何事かを囁いた。
クリスはひとつ頷くと、早速何かの魔法を使ったようだった。
ややあって、彼女の声が風に乗って飛んでくる。
「…………」
ミケは注意深くそれを聞くと、頷いてクリスたちの元に戻った。
「聞こえました」
「………」
言ってみろ、と顎で示す教官。
ミケは再度頷いて、クリスから送られたメッセージをそのまま読み上げる。
「今日も ヴィーダは よく晴れていて 絶好の マジラリ日和です」
「………合格だ」
教官はぼそりとつぶやくと、クリスの水晶玉に点数を入れた。
「ご苦労様でした」
「いえ、きちんと言えてよかったです。ただ」
「ただ?」
「伝言の内容にもう少しひねりを利かせてもよかったかなぁと」
「そこにネタを求める必要はございませんわよ?」

<クリス・ミケチーム +30ポイント 計100ポイント>

「次はえっと……No.8ですね。森を抜ければいいようですから…あちらでしょうか」
「お待ちなさい」
地図を見つめながら歩き出そうとしたミケを、クリスが静かに制する。
「クリスさん?」
「……どうやら、またお客様のようですわ」
緊張した面持ちのクリスの視線を追うと、そこにはヴォルフとユキの姿があった。

「ヴォルフさん、あれ……!」
「ああ、他のチームのようだな。あれは…一期生の貴族の娘か」
足を止め、値踏みするように相手チームを見やるヴォルフ。
「一緒にいるのは、前回特別加点対象になった凄腕の魔術師だったか」
「うん、ミケさんはすごい魔法を使うよ。でも確か、魔力を半分以上封じられてるって…」
「ハンデというやつだな。なら勝機はある」
「……うん、行こう!」
ヴォルフがすっと身構えると、ユキも表情を引き締める。

「今日は厄介な相手にばかり当たりますわね……」
苦い表情で眉を寄せるクリスに、ミケは相手を見据えたまま静かに尋ねた。
「あの方は?前回はいませんでしたよね」
「ええ。三期生のヴォルフガング・シュタウフェン…元冒険者で、実戦経験が豊富だと聞いておりますわ」
「なるほど……冒険者のユキさんは僕も知っていますが、彼女も戦い慣れしています。確かに厄介な相手かもしれませんね……どうしますか?」
ミケの問いに、クリスは一瞬押し黙り……しかしすぐに、冷静な口調で告げた。
「……撤退します」
「よろしいんですね?」
「ええ。相手が相手ですから、安全策を取りましょう」
「了解しました。では……」

ざあっ。
ミケが巻き起こした風の魔法が、森の木々を大きく揺らす。
「…っ……?!」
風と、それが巻き添えにした枝葉が飛んできたため、とっさに目をかばうユキとヴォルフ。
風が収まり、目を開けた時には、すでに元いた場所にミケとクリスの姿はなかった。
「っ、逃げた……?!」
「あそこだ、行くぞ」
低く言って駆け出すヴォルフ。
ユキは慌ててそのあとを追った。
森の木々を縫って駆けていくミケとクリス。
ユキはナイフを構えると、その足を狙って放った。
だが。
とすっ。
「ええっ?!」
確かに足に当たったはずのナイフは、傷一つつけられずにそのまま地面に刺さる。
それを見たヴォルフが、眉を顰めてその場に立ち止まった。
「待て」
「っ……」
言葉通りに足を止めるユキ。
ヴォルフは苦い表情で言った。
「幻影だ。あれは本体ではない」
「えっ…!」
ユキが声を上げたところで、狙っていたかのようにミケとクリスの姿がかき消える。
「…ホントだ……じゃあ、本物は……」
「とっくに逃げおおせていた…おそらく、反対方向にな」
「そっかぁ……」
残念そうに肩を落とすユキ。
ヴォルフは嘆息すると、懐から地図を出した。
「過ぎたことを悔やんでも仕方がない。チェックポイントはこの近くだ、行くぞ」
「はぁい…」
歩き出すヴォルフを、ユキはしぶしぶといった様子で追うのだった。

「あの位置に立つのかぁ……」

チェックポイントNo.10。
教官から告げられた問題に、ユキは難しい顔をして唸った。
「あの、同じ距離だけ離れてれば、例えば僕が空を飛んでいても構いませんか?」
教官に尋ねるユキに、ヴォルフが眉を寄せて問う。
「空を飛ぶ…これだけ離れているとなると相当な高さになるが、平地での距離と何か違うのか?」
「えっ、だって、邪魔をしてる森が少ない方が声がよく届くでしょ?空を飛んでいても邪魔になるエリアは、ヴォルフさんに燃やしてもらえばいいし」
「あのな……」
ヴォルフは半眼で言った。
「いくら間の木々を燃やしたところで、それだけ上空になれば強い風が吹いている。その音の方が邪魔になるだろう」
上空100メートルと言えば、建物で言えば30階以上の高さとなる。
「えっ……あ、そ、そっか……」
そこには思い至らなかったのか、恥ずかしげに俯くユキ。
しかし、すぐにパッと顔を上げると、さらに言った。
「じゃあ、僕があそこに立って、間にある木をヴォルフさんに燃やしてもらえば、邪魔な木がなくなって……」
「もういい、燃やすという発想から離れろ」
やはり冷たく言い放つヴォルフ。
「何故お前が、間の木々がなければうまく伝わると思い込んでいるのかはわからんが、間に木々があろうとなかろうと、そもそもあれだけ距離があれば、相当に声を張り上げない限りは正確には伝わらない可能性が高い。音は空気を伝わるのだから、空気が遮断されているのでなければ間に木々があろうとなかろうと同じ事だ」
「そ、そうなんだ……」
再び恥ずかしげに俯くユキ。
ヴォルフは嘆息した。
「燃やす、と簡単に言うが。可愛い顔をして、存外に残酷な奴だな」
「えっ……」
ユキがきょとんとして顔を上げると、ヴォルフはいつもより冷たい表情で彼女を見下ろしていた。
「悲鳴が上がらなければ、それは無いのと同じになるのか?そこにただ生えているだけの、毎日を懸命に生きている木を、たとえ問題をクリアするためとはいえ、いや、たかが魔道学校の問題をクリアするためだけに、無残に燃やして失くしてしまうという行為の残酷さに、お前は気付かないのかと言っている」
「あ………」
言われて初めて思い当たった事実に、しゅんとこうべを垂れるユキ。
『命を弄んじゃ駄目って教わらなかったの!?』
いつだったか、魔族を相手に放った自分の言葉が、驚くほどに自分自身に突き刺さる。
あの時無駄にひとの命を弄んだ魔族と、たかだか学校の問題をクリアするために何十本もの木々を犠牲にすることに何の疑問も持たなかった自分に、どんな差があるというのか。
(命は一人に一つだけの大切なもの。だから大切なものや自衛の為に奪うことはしても、命を弄ぶようなことはするな……それは、なにもひとに限った話じゃない。わかっていたはずなのに、僕……)
唇をかみしめるユキ。
ヴォルフは嘆息した。
「そういった倫理的な問題は置いておくとしてもだ。100メートルもの範囲の木々を燃やして、被害がそれだけで済むと思うか?風に煽られ、周りに燃え移り、場合によっては森が全焼する可能性もある。被害は木が燃えるだけではない。木々を巣とする動物、木が焼かれれば土も焼かれるから地中に住む虫、小動物。それに、同じようにウォークラリーを受けている他の参加者。もっと言えば、森で何かを収穫することによって生計を立てている人間たち。そういったものすべての命を危険にさらすことになるんだ」
「そう……か。考えてみれば、そうだよね……ごめんなさい」
自分の考えの浅さに、肩を落として謝るユキ。
「……わかればいい」
ヴォルフは仕方なさそうに嘆息した。
「俺は、風の魔法は使えないことはない。だが、音声を飛ばすほどのコントロールには自信がない。
だから、こうしよう」
言って、懐から紙を1枚取り出す。
「伝言の内容をこの紙に書き、紙飛行機にする。それを風魔法でコントロールし、お前の場所まで飛ばす。その程度のコントロールなら可能だ」
「なるほど……!」
ユキは感心したように目を丸くし、それから満面の笑みで頷いた。
「じゃあ、僕行ってくるね!」
そして、うきうきした様子で教官の示した地点まで駆けていく。
「こっちは準備OKだよー!」
声を張り上げ、手を振る雪を確認し、ヴォルフも教官に伝言内容を聞いた。そして、それを紙に書き記し、丁寧に折って飛行機の形を作る。
「…行け」
短い呪文と共に淡い風が巻き起こり、小さな紙飛行機を、すい、と飛ばした。
紙飛行機は途中で失速することなく、また方向を見失うこともなく、まっすぐにユキの元に飛んでいく。
ユキは難なくそれをキャッチすると、嬉しそうに手を振って再び駆け寄ってきた。
「ヴォルフさん、上手く行ったよ!」
「いいから、早く伝言を伝えろ」
「あっ、はい。えっと……」
カサカサと紙飛行機を開き、ユキは中の文面をゆっくりと読み上げた。
「あの空を飛ぶ翼がほしい」
「……合格だ」
教官がぼそりと言い、ユキは嬉しそうに飛びあがる。
「やったね、ヴォルフさん!」
「当然だ。行くぞ」
「はい!」
すっかり元気を取り戻したユキは、さっさと歩きだすヴォルフのあとをついていくのだった。

<ユキ・ヴォルフチーム +30ポイント 計150ポイント>

「あっ……!」
チェックポイントを離れてしばらくして。
ユキは遠くに見えた姿に小さく声を上げる。
「あれは…アフィアさん」
昨日の戦いで逃げられてしまっていた、アフィアとミディカのペアだ。
ユキは表情を引き締めて身構えた。
「ヴォルフさん、行こう!」
「わかった」
言うが早いか、ヴォルフよりも先に駆け出していくユキ。
かなりのスピードで走り、あっという間にアフィア達との距離を詰める。
「っ……」
ユキは無言で振りかぶり、アフィアのこめかみをめがけて、ナイフを握った手を振りおろした。
だが。

ざぁっ。

ユキの拳が届く一瞬前に、アフィアがそばのミディカを抱え上げ、空へと飛びあがる。
ユキの拳は一瞬前まで彼らがいた場所を空しく通り抜けた。
ばさばさと羽ばたきながら空へと舞い上がっていく2人を見上げ、ユキも早速ばさりと翼を出す。
だが。
「待て、行くな!」
ヴォルフから鋭く止められ、ユキは驚いてそちらを振り返った。
「ヴォルフさん?!」
「行くな。俺は飛べない、お前たちを追うことが出来ない」
「僕は飛べるよ?!」
「いいから逃げるぞ、急げ!」
「っ……!」
ユキは一瞬悔しげに空を見上げたが、すぐにかぶりを振って駆け出した。
瞬間。
どごっ。
「うわ!」
後ろで地面が揺れる衝撃を感じ、思わずつんのめるユキ。
慌てて振り返れば、一瞬前まで彼女がいた場所に、成人男性ほどの大きな岩が墜落している。
「なっ……」
「あいつらが飛びあがった目的が分からないのか。接近戦に持ち込まれれば弱いことなど、あいつらにだってよくわかっているんだろう。だからこそ空の上という己のフィールドに誘い出し、遠距離攻撃で個々に撃破するつもりだ」
「っ………」
ヴォルフから告げられ、言葉を無くすユキ。
「遠距離から攻撃されれば、俺たちはなす術がない。急いで射程外に逃げるぞ」
「わ…わかった」
ユキはしぶしぶ頷くと、ヴォルフについてその場を離脱するのだった。

「逃げられ、ましたね」
「まー、あの冒険者はともかく、ヴォルフガング・シュタウフェンがまんまと誘い出されるはずがないとは思いまちたけどねー」
アフィアに抱えられたミディカは、つまらなそうに嘆息すると、改めて地図を出した。
「このまま、空からNo.10に向かいまちょー。ずいぶん寄り道をしてしまいまちた」
「了解、です」
アフィアはミディカを抱えたまま、青い翼をはためかせて空を進んだ。

「離れた場所、伝言、伝える、ですか」

チェックポイントNo.10。
教官から告げられた問題に、アフィアはふむと考え込む。
「ミディカさん、No.16、使った、スライド魔法、この距離、動かせる、ですか」
「へ?まあ、できまちゅが……」
きょとんとしてから、ミディカは、ああ、と得心して頷いた。
「なりゅほろ、土にメッセージを書いてそれを送るでちゅね。わかりまちた」
「では、うち、向こう、行ってます」
アフィアは淡々と言って、教官が示した位置へと移動する。
ミディカはそれを見届けてから、教官に伝言の内容を聞いた。
それを木の枝で土に書き記し、終わったところで土に向かって手をかざす。
「土亀の築城」
ずずず。
ミディカの呪文と共に、昨日のスライドパズルでやったように土が動き出した。
上に100キロのパネルが載っていないからか、土は昨日よりはるかに速い速度で動いている。歩行する速度とあまり変わらない。
しかし、100メートル移動するにはそれなりの時間を要した。
指示された場所に立ち、根気よく到着を待つアフィア。
ずず、ずずずず。
やがて、ミディカの書いたメッセージがアフィアの前に到着して、アフィアはそれを覗き込んだ。
「…わかりました」
ひとつ頷いて合図をし、ミディカの元へと戻っていく。
「さ、伝言を伝えてくだちゃい」
頷いて、アフィアは教官に向かい、いつもより少しだけはきはきとした口調で告げた。
「あるひ 森の中 くまさんに 出会った 花咲く 森の道 くまさんに 出会った」
「……合格だ」
教官は頷き、ミディカの水晶玉に点数を入れる。
「よっし!じゃ、次いきまちょー!」
ミディカはテンション高く拳を振り上げ、早速歩き出す。
アフィアも無言でそのあとについていくのだった。

<アフィア・ミディカペア +30ポイント 計260ポイント>

§5-3:Sleepings

「植物を治すのかぁ、うーん」

チェックポイントNo.11。
教官から問題を告げられたセルクとミアは腕組みをして考えた。
「植物の病気を治すのはセルクの水魔法でできるかな?植物にとって水は大切なものだから」
「う、うん……普通に、動物にかけるのと同じ回復魔法で治ると思うけど……」
ミアの言葉に戸惑ったように返すセルク。
ミアは更に続けた。
「病気も植物の中の異常な水の力を見分ければ良いから、セルクならできるよね?」
「あ、う、うん、やってみる………」
言って、セルクは目を閉じて意識を集中した。
張り詰めたような沈黙が落ち、ミアは息を潜めてその様子を見守っている。
やがて。
「……あっち、かな……」
セルクはおもむろに教官の後ろを指差すと、その方向に向かって歩き始めた。
さくさくと草を踏み分け、5メートルほど離れた場所にある木の傍らに立つ。
「これ……少し、元気がない、みたい」
見上げれば、その木は周りの他の木よりも葉数が少なく、枝葉の伸びにも勢いがない。
セルクは木の幹に手を当てて目を閉じ、再び意識を集中させた。
「……オレンジ・ミスト……」
ふわり。
その手を中心に、淡く暖かい光が木全体を包む。」
すると。
「うわぁ…!」
まるで時間を早く回したかのように、木の枝の先端からざわざわと新芽が現れ、あっという間に葉となり、さらには花まで咲いていく。
セルクは軽く息を着くと、手を離して教官の方を向いた。
「…これで、いいですか?」
「ええ、合格です」
教官はにこりと微笑むと、セルクの水晶玉に点数を入れていく。
「やったね、セルク!」
「…うん、やったね」
ミアが笑顔を向けると、セルクもぎこちなく笑顔を返すのだった。

<ミア・セルクチーム +30ポイント 計170ポイント>

「……あっ!」
チェックポイントを離れたミアとセルクが目にしたのは、木々の間からこぼれ見える金の髪だった。
「あれ……校長先生じゃない?!」
「う、うん……」
「行こう、セルク!」
やる気満々のミアとは対照的に、セルクは及び腰だ。
「で、でもぉ……」
「大丈夫だよ!校長先生は攻撃してこないって言ってたし。魔法の練習のつもりで挑戦してみようよ、ミリー校長ならミアたちが使える魔法程度なら平気で防いじゃうと思うけどね」
「あ、あうう……」
励ましたいのか希望を閉ざしたいのかよくわからないミアの言い草に肩を縮めるセルク。
ミアはなおもやる気満々の様子で言った。
「ミアの炎の壁とセルクの氷の壁で逃げ道を塞いで捕えるなんてどうかな?」
「う、うん……わかった……」
セルクは渋々頷くと、不安そうな面持ちで走り出す。
ミアもその後ろに続いて走り出した。
たたた、という彼らの足音に気づいたミリーが、こちらを向いてからくるりと踵を返し、反対方向に駆けていく。
「いくよ、セルク!」
「わかった……!」
ミアとセルクは駆けながら同時に術を組み上げ始める。
そして、手を突き出すと同時に術を放った。
「炎の壁!」
「ホワイト・ウォール!」

ぱきん!

ミリーの行く手で大きな音が立つ。
だが。
「あ、あれえ?!」
ミアとセルクの術は、なぜか全く発動しなかった。
驚いて立ち止まってしまった二人を一瞥し、軽く手を振ってさらに駆けていくミリー。
それを呆然と見送りながら、ミアは首をかしげた。
「な、なんで魔法が消えちゃったの…?!」
「…相殺、されちゃった、のかな……」
息を切らしながらのセルクの言葉に、そちらを見て。
「そうさい?」
「うん。炎と氷、違う属性の魔法が同じ場所で同時に使われたから、相殺して消えちゃったのかな、って……」
「そういうものなの?」
「もともと、属性の違うものを組み合わせる、っていうことは、どういう結果になるかわからないものなんだよ。今みたいに消えちゃうかもしれないし、逆に大爆発しちゃうかもしれない。消えてくれて、ちょっとよかったのかもしれないね……」
「うー、でも、悔しいなあ!」
悔しげに拳を振り下ろすミアを、セルクは苦笑して見やるのだった。

「ここは私が挑戦する側なんですね」

チェックポイントNo.15。
教官から問題を告げられ、オルーカは意気揚々と腕まくりをして目の前の崖を見上げた。
「結構高い崖ですねー!登り甲斐がありそうです。
ふふふ、こういうのは任せてください。自信があります」
が、と崖に手をかけたところで、ヘキが訝しげに呟いた。
「……自力で登るの?」
「へ?」
その通りですが何か?というようにオルーカが振り返ると、ヘキは嘆息して首を振った。
「…なんでもないわ。行って頂戴」
「わかりました!」
勢いよく頷いて、オルーカは崖を登り始める。
意外に力持ち(……)なオルーカは、すいすいと崖を登っていった。
「はー、なかなかすごいですねえ。この問題に挑戦する方で、フリークライミングをした方は初めてですよー」
感心したように言う教官に、ヘキも同意して頷く。
「根性だけはある人のようよ」
「おやー、貴女が他人のことをそんなふうに言うなんて、珍しいですねー」
「……」
ニコニコしながら言う教官に、黙り込むヘキ。
そんな会話をしている間に、オルーカはどんどん崖を登り、もうすぐ頂上に到達しようとしていた。
だが。

ぎええぇぇ!

そこに、大鷲がものすごい勢いで迫ってくる。
オルーカは驚いて声を上げた。
「え!?き、聞いてませんよ!!」
前回のウォークラリーで、このチェックポイントで大鷲に捕まってカイに助けられた記憶は綺麗に抜けているらしい。
ばさ、ばささ。
「わ、ちょ、なにすんですか!」
崖にへばりついているからか、攻撃しにくそうに、しかしばさばさと周りを飛ぶ大鷲に、オルーカもこれ以上登れずその場にしがみつく。
「く……!どうしたら……」
オルーカは悔しげに表情を歪めながら、か細い声を上げた。
この光景には覚えがある。
あれはいつかの新年祭の日だったか。木の上にある怪鳥の巣に卵を取りに登っていった青年が、怪鳥に襲われながらも必死に登り続けた、そんな姿。
(ササさんがあんなに頑張ってくださったんですもの、私だって…)
と、何か違う決意をしたのがいけなかったか、それとも愛しい青年の姿を思い返してそれに気を取られたのが悪かったのか。
ばさり。
「きゃあ!」
大鷲の爪がオルーカの肩を掠め、バランスを崩したオルーカは捕まっていた岩から手をすべらせた。
「くっ…!」
なすすべもなく岩から離れ、真っ逆さまに落ちていくオルーカ。
だが、そこに。

「風神招来・昇天」

ぶわ。
下でヘキが呪文を唱え、風がオルーカを抱えあげるように吹き上げる。
「わ、わわ…!」
オルーカはあっという間に、吹き上げられた風に崖上まで運ばれてしまった。
「っと、びっくりしてる場合じゃありませんね…!」
キョロキョロとあたりを見回し、問題の魔導石を見つけると素早く手に取る。
そして、大鷲のいない場所を見定めて崖から降りた。

「はい、取ってきました!」
「はいー、問題ありませんねー、合格ですー」
オルーカが石を差し出すと、教官はやはりニコニコしながらヘキの水晶玉に点数を入れていく。
オルーカはヘキに微笑みかけると、丁寧に礼を言った。
「ヘキさん、ありがとうございました。途中で助けてくださって」
ヘキは特に表情を変えることなく、淡々と返す。
「当然のことをしたまでよ。別にここから風魔法で上まで送っても良かったのだけれど」
「ヘキさんは、いつもそうやってひとまず私にやらせてくれますよね。本当に危なくなったら助けてくださいますし」
にこにこしながら続けるオルーカ。
「そういうの、上に立つ人の器って言うんだと思いますよ、私」
「……そう」
ヘキはそっけなくそう言うと、踵を返して歩き始めた。
「では、次に行きましょう」
「はい!」
先をゆく後ろ姿からはその表情は推し量れないが、その耳がかすかに赤くなっていたことは、その場にいた教官だけが気づいていた。

<オルーカ・ヘキチーム +40ポイント 計260ポイント>

「あの鳥の的を壊す、か……」

チェックポイントNo.8。
教官から問題を告げられたグレンとパスティは、難しい表情で腕組みをした。
「パスティが鳥を眠らせ、それを捕まえて的を壊すのがいいと思う」
グレンが言うと、パスティは驚いた様子で手を叩いた。
「なるほど!グーちゃんすごぉい、あったまいいー」
「…この程度でそこまで褒められると逆に居心地が悪いが…」
戸惑った様子で言ってから、さらに意見を述べるグレン。
「地面に激突を避けるのに木の実とかで誘き寄せてから魔法で眠らせるのが一番安全だとは思うが……」
「うーん、グーちゃん木の実持ってる?」
「うん?いや……」
「パスティも持ってないわ?」
「森に探しに行くか…」
「ちょっと森は遠いと思うのー」
「そうか……なら木の実でおびき寄せるのは無理だな」
ふむ、と唸って。
「仕方ない、落下地点まで俺が走るから、パスティはどうにかあの鳥に眠りの魔法をかけてくれないか」
「うん、わかったわー」
パスティは頷いて、鳥の方を向いた。
「ドリーミング・ラムネスプレー!」
昨日のペットショップと同じ呪文が響き、あたりに爽やかな香りが漂う。
そして、ややあって。
空中で羽ばたいていた鳥は、突如かくんと高度を落とし、そのまま緩やかに地面へと落ちていく。
「っと……!」
グレンは慌てて駆け出すと、鳥の落ちる地点に移動し、難なくその体をキャッチした。
「よし…」
グレンは鳥を傷つけないように羽を丁寧に折りたたむと、足にぶら下がっていた的を剣の柄で叩き壊す。
「これでいいか?」
声を張り上げて教官に言うと、教官はにこにこと微笑んだ。
「はーい、合格ですぅ」
微妙にパスティに似た、どこかイラッとくる口調でそう言って、パスティの水晶玉に点数を入れるのが見える。
グレンはそれを遠目で見ながら、眠っている鳥をそっと地面に置いた。

<グレン・パスティチーム +20ポイント 計150ポイント>

「……ん?」
チェックポイントを離れようとしたところで、向こうから人が近づいてくるのが見えた。
他の参加者だろう、いかにも質の良さそうな服を着た女性と、いかにも冒険者の魔導師ですといった風情の女性……
「…いや、男か?」
背の高さや歩き方からそう判断し、グレンは足を止めて身構える。
「……パスティ、あれは?」
「んーと、一期生のクリスちゃんよー。一緒にいるのは、前に追っかけられてたひとだと思うわー」
「前に追っかけられてた…?」
前回のウォークラリーの様子を知らないグレンは、パスティの要領を得ない言い草に首をひねる。
しかし、悠長に事情を聞いている暇はない。
「戦えそうか?」
「うーん、大丈夫だと思うけどぉ」
「なら……」
かた、と剣に手を置く。

「クリスさん、あちらは?」
「二期生の名物双子の片割れですわね。妹の方はそれなりに成績が優秀だと聞きますわ」
「そうなんですか……どうしますか?」
「勝てるとは断言できませんが…負ける、とも断言しきれません」
「ならば、戦いますか」
「ええ、そういたしましょう」
「では……」
こちらも、すっと身構えるミケ。
クリスも剣の柄に手をかけ、一触即発の空気が流れる。

「いっくよぉ!」
「了解!」
先に駆け出したのはグレンだった。
剣に火をまとわせ、迷いなく振りかざす。
「はあっ!」
「く……!」
きんっ。
グレンの剣とクリスのレイピアが鋭い音を立てて交差する。
剣の大きさと男女の力の差、それにグレンの剣術の熟練度からも、彼が優位なのは明らかだった。
きん、きんっ。
グレンが繰り出す剣に押され気味のクリス。
と、そこに。
「クリスさん、伏せてください!」
ミケの声とほぼ同時に、グレンの目の前にいたクリスが返事もせずにしゃがみこむ。
そこに。
「ファイアーボール!」
「くっ……?!」
ミケから放たれた火の玉を、グレンは苦し紛れに炎をまとった剣で迎え撃った。
ごう。
グレンの剣の炎とミケの火の玉が混じり合い、より一層勢いを増す。
「スパークリング・ラムネスプラッシュ!」
そこにパスティの呪文が響き、グレンの上に大きな水の塊が現れた。
ばしゃー。
上から落ちてきた水の塊が、クリスとグレンをびしょ濡れにする。
「くそっ……」
この生徒の剣技には負ける気はしないが、魔道士の方は分が悪すぎる。
グレンはびしょ濡れのままパスティの方へ振り返ると、言った。
「パスティ、逃げるぞ!」
「逃しません!スリープクラウド!」
同時に、ミケの呪文が響き渡る。
ふわり、と甘い香りがしたと思ったら、急に体が重くなり、がくりと膝をついた。
「っく……!」
急激な眠気が襲ってくる。魔法のためとわかっていても、抗えるものではなかった。
ばたり。
地面に倒れふしたグレンに、パスティが駆け寄ってくる。
「グーちゃん!」
心配そうに彼の体を抱き起こすパスティに、ミケは嘆息して声をかけた。
「眠っているだけですよ。心配はありません」
「わたくしたちの勝利、ということでよろしいですかしら?」
ずぶ濡れのまま立ち上がったクリスが言うと、パスティは苦笑した。
「むー、しょうがないわー。パスティの負けよ」
パスティがクリスの水晶玉に点数を移していくのを、ミケはどこか安心したように見つめるのだった。

<ミケ・クリスチーム +30ポイント 計130ポイント>
<グレン・パスティチーム -30ポイント 計120ポイント>

「鳥を傷つけたら失格、ですか……」

チェックポイントNo.8。
教官から問題を告げられたミケは、呟いて上空を飛ぶ鳥を見上げた。ちなみに先ほどの睡眠魔法は教官によって解呪されたようだ。
「方法としては、魔法で直接狙うか、捕獲してから的を壊すかですよね。狙えそうですか?」
「狙う、とは、あの的を直接ということですか?」
クリスも同様に的を見上げ、眉を寄せる。
「少し、わたくしには荷が重いようですわ」
「そうですか。まぁ、僕がフォローできる範囲とするなら、鳥に眠りの魔法をかけてみる、とか。
落ちてきたら受け止めて、けがのないようにしないといけませんけど。あるいは、風の魔法で動きを妨害してみることも、できるかもしれません」
「…眠りの魔法、が現実的ですかしら。落ちた先の方は、わたくしが風の魔法で何とかいたしますわ」
「そうですね。では、僕が眠らせますから、あとはよろしくお願いいたします」
ミケは頷くと、鳥を見上げて意識を集中させた。
ふ、と息を吐いて。
「……スリープクラウド!」
先ほどグレンに放ったのと同じ魔法を鳥に向かって放つ。
ややあって、空を舞う鳥は再び翼をはためかせるのをやめ、すい、と高度を落として落下し始めた。
「ヴィント・ベット!」
ぶわ。
そこに、クリスの魔法が放たれ、落下してきた鳥がふわりと持ち上がる。
とさり、と鳥の体が地面に落ちたところで、クリスは鳥に駆け寄り、レイピアでその傍らに落ちている的を破壊した。
「これでよろしいかしら?」
「はーい、合格ですよぉ」
相変わらずの調子で言って、クリスの水晶玉に点数を入れていく教官。
その水晶玉に点数が加算されていくたびに、クリスの表情が生き生きとしていくのを、ミケは嬉しそうに眺めているのだった。

§5-4:Illusion

「湖の向こうまで行けばいいの?」

チェックポイントNo.7。
教官から告げられた問題に、ユキはなんだそんなこと、というようにきょとんとした。
「じゃあ、僕が飛んでいってくるよ。15番のこともあるから、最後まで慎重に頑張るね」
「待て」
早速翼を出したユキを、ヴォルフが止める。
「行くのは俺に決まっているだろう」
「なんで?ヴォルフさん飛べないでしょ?」
「あのな……」
ふう、とため息をついて、ヴォルフは仕方なさそうに説明を始めた。
「No.15の問題は、『パートナーが』行く、という条件がついていたからお前が行ったんだ。こういうものは原則として本人が行く、当然だろう」
「でも、本人が行く、っていうのは言われなかったよ?」
「そんなものは、わざわざ言うまでもないから言っていないだけだ」
もう一度、仕方なさそうにため息をつくヴォルフ。
「No.1でした説明を、もう一度しよう。あの魔道石に触れて点数が入るのは、参加者が持っている水晶玉だけだ。俺自身が行かないと意味はない。そして、水晶玉は参加者本人が首にかける、それ以外の持ち方は禁止だ」
「あ……」
開始直後のことが、なんだか遠い昔のことのようですっかり忘れてしまっていたが、確かにNo.1でもユキが同様の主張をし、同様に諫められていた。
「ご……ごめんなさい」
しゅんと肩を落とすユキ。
ヴォルフはもう一度ため息をつくと、ゆっくりと訪ねた。
「それで、俺を運んで飛べるのか?」
「え?」
ヴォルフの言葉に顔を上げるユキ。
ヴォルフは淡々と続けた。
「今回はNo.1と違って屋根がない。どこまで高く飛んでも構わない。お前が俺を抱えて飛べるのならば、それが一番の近道だろう」
「あ………う、うん!もちろんだよ!」
ユキは嬉しそうに頷いた。
「じゃあ、腕を持つのでいい?」
「何かがあった時に双方の腕がふさがっているのは好ましくない。胴を持って飛べるのなら、それが一番いいが」
「わかった!じゃあ、失礼するね?」
屈んだヴォルフの胴に腕を回し、ばさりと翼をはためかせるユキ。
二人の体は軽々と持ち上がると、あっという間に空高くに舞い上がった。
「…意外に力があるんだな」
「ふふ、魔法とかは使えないけど、僕こういうのは得意なんだよ」
「……なるほど」
ユキに抱えて運ばれながら、ヴォルフは言葉少なに目的である湖の向こうを見つめている。
心配していた飛行中のアクシデントなどもなく、もちろん魔法で飛んでいるわけではないので途中で失速するようなこともなく、二人は難なく向こう岸にたどり着いた。
ヴォルフが水晶玉に点数を入れ、息をつく。
「これでクリアだな」
「うん!」
嬉しそうに頷くユキを、ヴォルフは仕方なさそうに見下ろした。
「うんじゃない。一度言ったことは最後まで覚えておけ。同じことを何度も言わせるな」
「はぁい……」
再びしょんぼりと肩を落とすユキを、ヴォルフは意外に暖かい表情で見下ろすのだった。

<ユキ・ヴォルフチーム +20ポイント 計170ポイント>

「幻影の木、ですか」

チェックポイントNo.9。
教官から告げられた問題に、アフィアはぽつりと言って首をかしげた。
「幻影の木、魔法で出来てる、合ってますか」
「まー、間違いではないでちゅね」
あっさりと頷くミディカ。
「なら、魔力感知、できる」
「まー、それが一番近道でちゅねえ」
ミディカは嘆息して、目を閉じた。
しばし、意識を集中して。
「あれでちゅね」
ぴし、と、ま後ろを振り返って少し離れた位置にある木を指差す。ミディカの指差した木は、他の木同様、風にさわさわと枝を揺らしている。
「…幻影、よく、出来てます」
ミディカの指摘が合っていることを信じて疑っていないアフィアは、幻影の木の出来栄えに感心している様子だ。
「では、いきまちゅ。白狼の魔弾!」
ぴっ。
ミディカの指先から極小の空気弾が放たれ、まっすぐに幻影の木へと飛んでいく。
空気団が気に命中したかと思うと、木はあっというまに跡形もなく掻き消えた。
「……本当に、消えました」
さらに感心した様子のアフィア。
「これでいーでちゅかね、ラシェしゃん」
「うむ、問題ない」
教官は軽く頷くと、ミディカの水晶玉に点数を入れる。
「まあ、君が失敗するとは思っていなかったがな」
「ふふん、とーぜんでちゅ。では、次に行きまちゅよ」
ミディカは得意げに微笑むと、アフィアを促して歩き出す。
「了解、です」
アフィアは頷いてそのあとに続いた。

<アフィア・ミディカチーム +30ポイント 計290ポイント>

「使い魔を探し出す、かぁ……」

チェックポイントNo.12。
少し元気がない様子の教官から告げられた問題に、ミアは眉を寄せて唸った。
「うーん…ミアの幻術魔法の猫で使い魔の猫を誘き出して、セルクの月魔法で眠らせて捕まえるなんてどうかな?」
「おびき出せる…かなぁ。とりあえず、やってみようか」
セルクが同意し、ミアは幻術の魔法で虎縞の子猫を出した。
可愛らしい仕草で、ごろんと地面を転がる猫。
だが。
「うーん……ダメだなぁ」
「そうだね…たぶん、猫は仲間を視覚じゃなくて嗅覚で捉えているところもあるから、匂いのしない猫は仲間だと思われないんだよ」
「そっかぁ……じゃあ、どうしたらいいかな?」
「うーんと……ちょっと待ってね」
セルクは言うと、目を閉じて神経を集中させた。
どうやら、魔導感知をしているようだ。
「……いた」
「えっ?!」
セルクの言葉に色めき立つミア。
セルクは目を閉じたまま、すっと息を吸って静かに呪文を唱えた。
「…パープルレイン…」
がさ。
セルクが眠りの魔法を使うと、近くの茂みでなにか動いたような音がした。
ミアがそちらの方に行くと、茂みの奥で、おそらく使い魔であろう猫がすやすやと眠っている。
「わ、すごい!セルク、眠ってるよ!」
眠ったままの猫を抱き上げ、セルクに駆け寄るミア。
セルクはにこりと微笑んで頷いた。
「ありがとう、ミアちゃん。あの、これでいいですか?」
「……ええ、合格です」
セルクの言葉に、教官はやはり力なく微笑むと、セルクの水晶玉に点数を入れるのだった。

<ミア・セルクチーム +30ポイント 計200ポイント>

「…あっ」
「あれ……!」
チェックポイントから離れようとしていたミアとセルクが目にしたのは、向こうから歩いてくるオルーカとヘキの姿だった」
「あ、あ、あれ、ヒメミヤさんだよ……」
目に見えて動揺するセルクに、ミアはよくわかっていない様子で首を傾げる。
「有名な人なの?」
「み、ミアちゃん知らないの?」
セルクは慌てた様子で言った。
「ヒメミヤさんは、去年入って、飛び級で三期生になった、すごく優秀な人なんだ……なんでも、ナノクニの魔術関係の家柄で、外国の術を覚えるためにうちの学校に来たんだって」
「へぇ……ミア、あんまり学校の中のこと知らないからなぁ」
のんびりとした調子で言うミア。
「ミアちゃん、ダメだよ、かなわないよ……逃げよう?」
「うーん、セルクがそう言うなら、本当にかなわないんだよね?」
ミアは眉を寄せて言ってから、頷いた。
「わかった、ミアが幻術魔法でなんとかやり過ごすから!」

「あれは……」
「一期生のセルクレス・フォリアね」
オルーカの言葉に、ヘキは即座に淡々と答えた。
首をひねるオルーカ。
「えっと、どちらがですか?小さい女の子もいるようですが……」
「女児の方は同じく一期生のミア。けれど、このウォークラリーは15歳以下の参加は禁止だから、おそらく彼女は冒険者として参加しているはずよ」
「え、ええ?!あんなちっちゃい子が、冒険者ですか?」
「ええ。学内ではアルバイトは禁止されていないし、実際、学生の中にも何人か、冒険者として仕事を受けている人間もいるわ。学生といっても、未成年ばかりではないから」
「な、なんか私の知らない世界って感じですね……」
少し面食らった様子で、オルーカ。
「それで、戦うんですか?」
「もちろんよ」
「…わかりました。では……」
相手が年端も行かぬ少年と幼女であることに多少の抵抗はあるが、オルーカは表情を引き締めて棍を構えた。
「…いきます!」
言うが早いか、駆け出して一気に相手との距離を詰める。
オルーカが棍を振りかぶったところで、ミアが勢いよく手を前に突き出した。
「いっけぇ!」
すると、その手の先から巨大な獅子が生まれ出て、大きな咆哮とともにオルーカに飛びかかる。
「ええ?!」
突如現れた獅子に、オルーカは驚いて足を止めた。
だが。
「幻術は私には通用しないわ」
オルーカの後ろから冷静な声が響く。
「月華降臨・幻惑視」
ふわり。
あたりになにか生ぬるい空気が満たされた、かと思うと。
「うわああぁ?!」
ミアの出した獅子の幻影が、あたりの木々から伸びた蔓でがんじがらめにされている。
「な、なんで?!これ、本当のライオンじゃ……」
自らが出した幻影が操られていることにパニックに陥るミア。
ざわざわ。ざわざわ。
あたりの木々は蔓で獅子をしばりつけたまま、まるで生きているかのようにじりじりと詰め寄ってくる。
ぐるるる、と苦しそうに唸る獅子。
「あ……あぁ……」
セルクは真っ青になって手を握り締め、そして大きな声で言った。
「降参ですっ…!」
「セルク?!」
驚いて振り返るミア。
セルクは構わずにヘキの方に向かって言った。
「降参するから……術を解いてください」
「わかったわ」
ヘキの言葉とともに、木々の幻影も、そして獅子の幻影も跡形もなく掻き消える。
セルクは息をつくと、自らの水晶玉を取り出した。
「ありがとうございます。じゃあ、点数を……」
「……確かに。では、失礼するわ」
ヘキは点数を受け取ると、淡々と言ってさっさと歩き出した。
オルーカも、申し訳なさそうに会釈してその後を追う。
「……ごめんね、セルク。ミアの術が未熟なせいで……」
申し訳なさそうに謝るミアに、セルクは苦笑を返した。
「仕方ないよ。どっちにしても、ヒメミヤさん相手に僕たちは逃げきれなかったよ。
だから、そのことに早く気がついて降参して、ミアちゃんに怪我させずに済んで、僕は良かったと思うよ」
「セルク……」
ミアは気遣わしげにセルクを見上げ、やがて頷いた。
「…うん。ミアも、セルクに怪我がなくてよかったと思う。ありがとね、セルク」
ミアの言葉に、セルクは嬉しそうに微笑むのだった。

<オルーカ・ヘキチーム +30ポイント 計290ポイント>
<ミア・セルクチーム-30ポイント 計170ポイント>

「んん、使い魔、ですか」

そして、チェックポイントNo.12。
教官から問題を聞いたオルーカは、ふむ、と唸った。
「ここはやっぱり魔道感知ですかね。
感知してもらったら、私がダッシュして捕まえる、ということでどうでしょう。
ヘキさん、場所が分かったら、こそっと耳打ちしてもらえますか?」
「…それは、問題ないけれど。というか、もう位置はわかっているわ」
「えええ!し、心眼ってすごいんですね……」
感心したように呟くオルーカ。
「えっと、使い魔は猫でしたっけ。身軽な生き物ですね…ええい、やってみましょう!」
オルーカはヘキから使い魔の位置を聞き、そろり、そろりとその地点に近づいた。
「それっ!」
がさ、と一気に飛びかかるが、猫はあっさりとその手をかわし、たたっと逃げてしまう。
「ええい、小癪な!」
「小癪っていう言葉を久しぶりに聞いたわ……」
「負けませんよ!たあ!」
するり。
「とう!」
するり。
全く捕まる様子のない猫。使い魔でなくとも、このやり方では捕まるまい。
オルーカはぜえぜえと肩で息をしながら、突如何かをひらめいたようにヘキの方を向いた。
「…あ、そだ!ヘキさん!月魔法でネコさんをめろめろにしてください!」
「めろめろっていう単語も久しぶりに聞いたわ……」
ショーワ臭の漂う語彙を振りまきながらのオルーカの要請に、しかしヘキは即座に術を組み立てた。
「月華降臨・幻惑香」
ふわり。
ヘキの呪文とともに、なにか植物の香りがあたりに漂う。
「これは……マタタビ?」
もちろん幻術のマタタビだろうが、オルーカの近くにいた猫はその香りを嗅いだとたん、ゴロンとその場に横たわり、クネクネと体を地面にこすりつけ始めた。
「はー……てきめんですねえ」
オルーカは感心してつぶやき、そして猫に歩み寄ると難なく抱き上げた。
「これでいいですか?」
「……ええ、合格です」
教官は頷くと、ヘキの水晶玉に点数を入れる。
オルーカは猫を抱いたまま、ヘキに言った。
「これって、ずっとこのままですか?」
「すぐに解くわ」
ぱきん。
ヘキが指を鳴らすと、とろんとしていた猫の目が瞬時に平常に戻る。
みぎゃー!!
「うわ!こら、何を!」
猫はオルーカの腕の中にいる状態に気づくと、慌てて大暴れをし、オルーカの腕をさんざん引っ掻いて地面に降りた。
「ううう……ひどいです……」
「…まあ、あとで治すわ」
ヘキは若干の責任を感じたように、そう呟くのだった。

<オルーカ・ヘキチーム +30ポイント 計320ポイント>

「伝言ゲームか……100mも離れてりゃ、直接声では無理だな」

チェックポイントNo.10。
教官から問題を聞いたグレンは、そう言ってパスティの方を向いた。
「パスティ、なにか伝えられる手段はあるか?」
「うん、あるわよぉ」
あっさりと頷くパスティ。
「風の魔法で、声を運ぶのよ。あのくらいの距離なら大丈夫だと思うわー」
「そうか。なら問題ないな」
グレンは頷くと、教官の指示した場所へと移動した。
指定の場所で足を止め、準備が出来たという意味で手を振ると、パスティが頷いたようだった。
パスティは教官に何かを耳打ちされ、頷いて意識を集中させる。
やがて、ひゅう、と風が吹いて、パスティの声がグレンの耳元まで届けられた。
耳を澄ませてそれを聞き取るグレン。
「……なんだこりゃ」
首をひねりつつ、元の位置に戻る。
「グーちゃん、きこえた?」
「あ、ああ、まあ…聞こえたが」
グレンは戸惑った様子で、それでも伝言の内容を口にした。
「となりのきゃき……となりのきゃくはよくきゃき……」
何度かつっかえながら、最終的にはかなりゆっくりとその内容を言っていく。
「隣の客はよく柿食う客だ」
「……合格だ」
教官がぼそりと言い、パスティはにっこりと笑って手を合わせた。
「やったぁ!グーちゃん、ありがとー」
「ったく、なんでこんな早口言葉なんだよ……」
グレンはイライラした様子でそう呟きつつも、問題をクリアしたことにホッとした様子だった。

<グレン・パスティチーム +30ポイント 計150ポイント>

§5-5:Partner’s mind

「クイズかぁ…僕答えられるかな」

チェックポイントNo.5。
教官から問題を告げられたユキは、不安そうにそう言った。
すると、隣のヴォルフが淡々と言葉を返す。
「返せなければ俺が答えるだけだ。気にするな」
「……うん」
「では先生、始めてください」
「よし。では第1問だ」
教官は元気良く頷くと、早速問題を告げた。
「花や根に死に至る有毒物質を持つ白い小さな花は何か?」
「スズランだな」
即答するヴォルフ。
教官は満足そうに頷いた。
「正解だ。では第2問。太陽のエレメントに強いエレメントは何か?」
「太陽のエレメントは月のエレメントと相殺する。強いものは存在しない」
「よし、正解だ」
順調に答えていくヴォルフを、ユキは感心したように見上げている。
教官は更に続けた。
「では第3問。ごとうさんあめかわさんゴーゴー!」
「………は?」
「これから父親と水に関するものを捨てた時に現れる番号を5100から5600から答えよ」
「……なんだ、それは……」
奇妙な問題に眉を顰めるヴォルフ。
隣のユキも俯いて考え始める。
「ごとうさん…あめかわさん……あっ!」
何かをひらめいた様子で、ヴォルフを見上げて。
「父親…は、『とうさん』で、水に関するものっていうのは『あめ』と『かわ』じゃないかな?それを捨てる…この言葉の中から取っちゃうと、残るのは『ごさんゴーゴー』……つまり、5355、っていうことじゃないかな?」
「うむ、正解だ。3問正解で、合格だな」
教官が満足げに頷き、ヴォルフの水晶玉に点数を入れていく。
ヴォルフはあまり納得していない表情で、ぼそりと言った。
「……俺たちは何語を喋っているんだろうな」
「定期的に出るよね、そのネタ……」

<ユキ・ヴォルフチーム +20ポイント 計190ポイント>

「魔力を与えると、成長する花……ですか」

チェックポイントNo.4。
教官に問題を告げられたミケは、興味深そうにその苗を見つめた。
「面白い花ですね!これ、後で種だけ欲しいかもしれません」
「ふふ、では、ウォークラリーが終わったらまたこの花屋をお訪ねください。普通に売っているそうですよ」
「本当ですか。わかりました、必ず」
教官と和気藹々と会話を交わしてから、クリスの方を向くミケ。
「今の気持ちを込めて、魔力を注いでみたらどうでしょう?そんな花がきっと咲きますよ」
「…わかりましたわ」
クリスは少し緊張した面持ちで、苗の前に立ち、目を閉じて意識を集中させる。
そして、ゆっくりと魔力を送り始めた。
「………」
黙ったままそれを見守るミケ。
ややあって、ほのかな光に包まれた苗はみるみるうちに成長し始めた。
「おお……」
感心したように声を上げるミケ。
やがて、苗は白い大きな薔薇の蕾となった。
花びらの色がわかるほどに、あと少しで開きそうなその蕾は、しかし開かないままふっと成長を終える。
「……こんなところでどうでしょうか」
息をついて目を開くクリス。
「……あら。まだ花が咲いていませんわね…」
「いいじゃないですか、とてもあなたらしくて」
「わたくしらしい?」
首をひねるクリスに、ミケはにこりと微笑み返した。
「あなたはまだこれからだし、あと少しで花開き、咲いた花がどんな色にもなれるような白い花。とても、あなたらしいと思いますよ」
「そうですかしら……」
クリスは少し照れたように顔をそらして、教官の方を見た。
「花は咲いておりませんが、これでよろしくて?」
「そうですね、『成長させる』という課題ですので、これで問題ありません。合格です」
にこりと笑って言い、クリスの水晶玉に点数を入れる教官。
ミケは今にも咲きそうな白い花のつぼみを、嬉しそうにいつまでも見つめているのだった。

<ミケ・クリスチーム +10ポイント 計160ポイント>

「伝言ゲームかぁ……」

チェックポイントNo.10。
教官から問題を告げられ、ミアは難しい顔でうーんと唸った。
「セルクの魔法頼りになるけれど、月魔法でイメージを伝えるような魔法で伝えられるかな?」
「イメージを伝える?」
「うん、相手に夢を見せる、みたいな?そういう魔法って使えない?」
「う、うーん……残念ながら僕にそういう魔法は使えないなぁ……月魔法、あんまり得意じゃないし…」
「そっかぁ……」
残念そうに肩を落としたミアに、セルクは苦笑して言った。
「大丈夫だよ、ミアちゃん。伝言が伝えられる魔法、僕、使えるから」
「本当?」
パッと表情を明るくしたミアに、セルクはにこりと微笑みかける。
「うん。だから、ゼヴ先生が言った場所に行っててくれるかな?」
「うん、わかった!」
ミアは大きく頷いて、教官が示した場所にとことこと移動する。
その間に、セルクは教官から伝言の内容を聞いたようだった。
「ついたよー」
指定の場所についたミアは、聞こえないのだろうがそう言って手を振った。
100m先にいるセルクが頷いて、何か呪文を唱える。
すると、ふわり、と、セルクの横にシャボン玉のようなものが生まれた。
セルクがそのシャボン玉に向かって何かを言うと、シャボン玉はふわふわとミアに向かって移動してきた。
「わぁ、すごーい……」
途中の木々もうまく避け、正確にミアのところまでやってくるシャボン玉。
ミアのところに辿り着き、彼女がそのシャボン玉に手を触れると、シャボン玉はパチンと割れて、中からセルクの声が聞こえてきた。
「うわ?!」
思わず驚いて身を引くが、それがセルクの魔法であると理解し、声の内容にしっかりと耳を澄ます。
ミアはそのまま、またとてとてとセルクのところに戻っていった。

「セルクー」
たどたどしい足取りで戻ってきたミアを、セルクは笑顔で迎えた。
「ミアちゃん、ありがと。伝言、伝わったかな?」
「う、うん……」
心なしかもじもじしている様子のミア。
「え、えっとね……その」
どう言ったらいいのか、という様子で視線をさまよわせるミアに、セルクは首を傾げ……そして、ああ、と思い当たった様子で苦笑した。
「ミアちゃん、僕が伝えた伝言をそのまま言ってくれればいいんだよ」
「え、あ、え?!」
セルクの言葉に、ミアはかなり驚いたように声を上げ、それから恥ずかしそうに苦笑した。
「そっか、そうだよね……じゃ、じゃあ、伝言いきます!」
しゅた、と手を挙げて。
「あなたがパートナーのことをどう思っているか伝えてください」
「……合格だ」
教官が頷き、セルクの水晶玉に点数を入れる。
ミアはほっとした様子で表情を緩ませた。
「ふぅ~よかったぁ。ミアの勘違いで失格になっちゃうところだったよ」
「ふふ、誤解されやすい伝言だったよね」
セルクが楽しそうに笑うので、ミアもつられるようにしてへへへっと笑った。
それから、ふっと表情を崩して、黙ってセルクの表情をジッと伺う。
(…セルクはミアのこと、どう思っているのかな?…やっぱり、いろいろ失敗ばかりで嫌われちゃってるのかな……)
その思いは声に乗ることなく、ミアの胸の内でわだかまって、そして消えた。

<ミア・セルクチーム +30ポイント 計200ポイント>

「湖の向こうに行くのか…」

チェックポイントNo.7。
教官から問題を告げられたグレンは、パスティの方を向いてあっさりと告げた。
「ここだったら屋外だからパスティが飛べると思うんだが」
「そうねー、おそら飛べない子はかわいそうだけどー、パスティなら大丈夫よー」
のほほんと言い、早速ばさりと翼をはためかせるパスティ。
「じゃ、行ってくるわねー」
「おお、気をつけてな」
手を振って見送るグレン。このチェックポイントは20点と低い配点になっているし、普通に飛んだらなにか危険があるということもないだろう。
案の定、パスティはあっさりと湖の向こう側に辿り着き、水晶玉に点数を入れたようだった。
「…今回は楽勝だったな」
グレンは満足げに薄く微笑むと、パスティの帰りを待つのだった。

<グレン・パスティチーム +20ポイント 計170ポイント>

「地雷、ですか……」

チェックポイントNo.1。
目の前に広がる空間を見て、アフィアは無表情で嘆息した。
「屋根、ある。けど、飛ぶ、できる、可能性、あります。
うち、ミディカさん、抱えて、向こうまで飛ぶ、どうですか」
「うーむ……」
アフィアの提案に、ミディカは渋い顔だ。
「できるかもしれまちぇんが、リスクが高いでちゅね…羽が引っかかって落ちてしまう可能性もありまちゅ」
「では、カギ爪だけ、出す、天井、伝っていく」
「あーた、そんなこともできるでちゅか」
「変身、たくさん、訓練、してます。いろいろ、できます」
「そーでちゅか……しかし、やはり落ちるリスクがありそーでちゅよね。あたちがどれだけあーたに捕まっていられるのかも疑問でちゅ。あたちの腕力は見た目を全く裏切らないでちゅよ?」
「そう、ですか……」
むう、と唸って。
「なら、ミディカさん、魔導感知、する。地雷、避けて歩く、一番」
「やはりその結論になりまちゅね」
ミディカは嘆息して、早速歩き始めた。
もう魔力感知はしてあるのだろう。迷いのない足取りで、すたすたと歩いていく。
この様子ならばいろいろ提案することもなかったな、と思いながら、アフィアはその様子を見守った。
やがて。
「よし、ゴールでちゅ!」
難なくゴールにたどり着いたミディカは、水晶玉を魔導石に触れさせて点数を入れる。
教官はそれを見てにこりと微笑んだ。
「うん、合格ね。結界を解くから、飛んで戻ってきてくれていいよ」
「あい」
言われた通り、魔導で空を飛んで戻ってくるミディカ。
「今回はもう、あたちたちで打ち止めでちゅかね」
「そうねー、流石にもうみんなゴールを目指してるんじゃない?ミディカも遅れないようにゴールしてね」
「とーぜんでちゅ!さ、アフィアしゃん、行きまちゅよ」
「了解、です」
意気揚々と歩き出したミディカの後を、アフィアもすたすたとついていく。
教官はにこにこしながらそれを見送るのだった。

<アフィア・ミディカチーム +50ポイント 計340ポイント>

§5-6:The winner and the good-bye

「みんな、お疲れ様」

舞台上から、ミリーの声が響く。
さんざん追いかけっこをしているだろうに、全く疲れた様子を見せず、むしろ生き生きとしている様子の彼女に彼女以外の全員がげんなりしている様子だ。
「今回は前回よりリタイアも少なくて安心したわ。よくがんばったわね。ひとまずは、ゴールおめでとう」
ストレートなねぎらいの言葉に、生徒たちもふっと表情を緩める。なんだかんだ言いつつも、彼女は生徒に好かれている様子だった。
ミリーは更に続けた。
「前回同様、優勝賞品とは別に、リタイアせずにゴールした子達にも参加賞を用意したわ。
最後に受け取っていって頂戴」
生徒たちが嬉しそうに言葉を交わし合う。
そして、ミリーがこほんと咳払いをし、改まった様子で言った。
「じゃあ、優勝者を発表するわね」
その言葉で、会場内も静まり返る。
「優勝者は……」
やはり前回同様、もったいぶって間を空けると、ミリーは高らかにその名を叫んだ。

「340ポイント、院生、ミディカ・ゼラン!」

わっ、と会場が沸き立つ。
その歓声の中には、「やはり」といった感情が多く含まれているようだった。
当の本人は、当然、という様子で余裕気な笑みを浮かべている。
「やりました、ね」
少し嬉しそうな声で言うアフィアに、
「とーぜんでちゅ」
と言いつつも、少し嬉しそうな表情を見せるミディカ。
「さ、上がってらっしゃい。表彰するわ」
「あい」
ミディカは頷くと、ふわりと浮き上がり、壇上へと飛んでいく。
彼女は着地はせず、ミリーの目の前で浮いたまま静止した。
にこりと微笑むミリー。
「前回の雪辱、といったところかしら?」
「あたちが本気になればこんなもんでちゅよ」
「言うわね。それじゃ、これはトロフィー。取っておいて」
ミリーは言って、机の上においていたトロフィーを差し出す。
そのトロフィーには、前回の優勝者、ルキシュの名前が刻まれたリボンが下げられていた。
「次回はあなたの名前もプラスされることになるわね」
「あたちの名前でいっぱいにしてやりまちゅよ」
力強く言って、トロフィーを受け取るミディカ。
再び拍手が巻き起こる。
「それから、こっちが賞品ね。前のものと同じじゃ芸がないから、今回は別のアイテムを用意したわ」
「別のアイテムでちゅか?」
「そう。安心して、これも天の賢者様のアイテムだから。
性能は、前回と似たようなものだけどね」
箱から取り出したのは、手のひらほどの大きさの1対の水晶。
まるで一つの丸い水晶玉を綺麗に半分に切断したような半球の形をしている。
「通信機兼、発信機、ってところかしら」
「発信機、でちゅか?」
「そう。この1対の水晶を持っている者同士で、お互いに顔を見ながら会話をすることができるわ。そして、相手のいる位置を、この水晶に映す地図で示すことができる。拡大、縮小も自由よ」
「はー……天の賢者様は相変わらずすごいもんを作りまちゅねえ……」
感心したように水晶を見つめるミディカ。
ミリーは再び水晶を箱に戻すと、その箱をミディカに差し出した。
「使い方はあとで教えるわね。大事にして頂戴」
「もちろんでちゅ!」
ミディカがそれを受け取ると、再び拍手が巻き起こる。
両手にトロフィーと賞品を持ったミディカが、壇上から会場を見下ろすと、講堂の入口にルーイが立っているのが見えた。
彼女はまだやはり元気がないようだったが、ミディカが優勝したことを嬉しく思っている様子が遠目でもわかる。
ミディカはしばらくそれをじっと見ていたが、ふっと表情を緩めると、トロフィーを嬉しそうに高々と掲げた。

「お姉ちゃまー!!あたち、優勝しまちたー!!」

再び、わっと歓声が沸き起こる。
アフィアは壇上のミディカと、入口のルーイを交互に見やりながら、温かい気持ちが沸き起こるのを感じていた。

「優勝できなかった子達も、あなたたちがここで頑張ったその経験が無くなるわけじゃない。
これを糧に、さらに実力を磨きなさい。
次は優勝を手に出来るように」
まだあるのかよ、という空気が、ふたたび教員たちの間に充満するが、やはりミリーに気にした様子はない。
「あなたたちに、自分を磨きたいという意思があるならば、
自分の目指すところへ到達するために、切磋琢磨しあう気概があるのなら、
あたしたちはいつでも協力は惜しまないわ。
精一杯努力して、自分の夢を叶えなさい。
以上」
朗々とそう説いて、凛とした声で締めると、再び会場中に盛大な拍手が沸き起こる。

こうして、第2回・フェアルーフ王立魔道士養成学校主催・マジカルウォークラリーはその幕を閉じたのだった。

「せっかくですから、打ち上げとかしましょうかー?」

閉会式の後。
そんな声をかけてきたミケに、クリスはきょとんとした。
「打ち上げ、ですか?」
「ええ、みなさまお疲れ様です、の気持ちを込めて。
オルーカさんもどうですか?」
すぐそばにいたオルーカにも声をかけると、あっさりと頷かれる。
「いいですね、やりましょうよ、打ち上げ。ヘキさんもどうですか?」
「…私?」
戸惑った様子のヘキの腕をとり、オルーカはグイグイと引っ張っていく。
「いいじゃないですか、みなさんにいろいろお話も聞けると思いますよ?
当主になるにしても、それ以外の道を行くにしても、見聞を広めておくことは大事です!」
強引な押しに、それでも納得するところがあったのか、ヘキは案外あっさりと頷いた。
「…わかったわ」
「じゃあ、私とヘキさんは参加で!」
「ありがとうございます。あとは…ああ、ミアさんもどうですか?」
ミケがさらにミアに声をかけると、ミアも嬉しそうに頷いた。
「うん、ありがと、行く行く!セルクも行くよね?」
「あ、う、うん……」
まんざらでもない様子で頷くセルク。
ミケはにこりと微笑んだ。
「じゃあ、そちらのお2人も参加で。あとは……ああ、ミリーさんもどうですか?」
ミリーに声をかけたミケに、周りの面々、主に生徒たちがギョッとしてそちらを見る。
だが、ミリーは薄く笑うと首を振った。
「お誘いはありがたいけど、こういう場に教師が混ざるのは良くないわ。特に校長ともなればね。
生徒は生徒同士、和気藹々と教師の悪口で盛り上がりなさい。じゃあね」
ひらりと手を振って去っていくミリーを、生徒たちは若干ホッとした様子で見送る。
「それじゃあ、あとは…」
ミケは続いて、打ち上げに参加できそうな生徒に次々と声をかけていくのだった。

「意外に集まりましたわね……」
ミケが声をかけたことで予想外に人員が集まり、教師たちのすすめもあって打ち上げは校内の学生食堂で行われることになった。
学食が気を利かせて食べ物や飲み物を用意してくれ、ちょっとした宴会になっている。
クリスはそれを見渡して、嘆息した。
「また、なぜ打ち上げなどと?」
「こういう時にちょっと話をして顔見知りになっておくと、後々何かの折には話しかけやすいですしね。
あなたに、いろんな縁ができますように」
「ミケさん……」
クリスは静かに驚いた様子でミケを見た。
にこり、と微笑むミケ。
「僕は、冒険者として魔導士として友人として力を貸すことはできますので、何か困ったことがあったら声をかけてください。
真昼の月亭とかよく行くので、そこの人に渡してもらえれば。猫の手も借りたいときに是非思い出してもらえると嬉しいですよ」
「………」
クリスはしばらく黙って彼を見上げていたが、やがてふっと微笑んだ。
「…そうですわね。何かの折には、お訪ねいたしますわ」
「お待ちしています」
ミケも嬉しそうに微笑み、打ち上げ会場内を見渡す。
「さ、行ってきてください。オルーカさんもパートナーの方におっしゃってましたが、いろんな方との会話は上に立つ者にとっての良い糧なると思いますよ」
「ええ、わかりました」
クリスは一礼すると、ジュースを持ったまま打ち上げの輪の中へと入っていく。
ミケはそれを、眩しそうにじっと見やるのだった。

「いろいろ迷惑かけちゃったけど……」
同じく、打ち上げ会場で。
ジュースを持ったミアは、もじもじしながらセルクを見上げた。
「セルクは魔法の使い方が上手だしとっても勉強になったよ。ありがとう!」
「うん、僕も……ミアちゃんがいてくれて、心強かったよ。ありがとね」
「ミアもセルクを見習って魔法の勉強がんばるから、セルクもがんばってね」
「そうだね。ミアちゃんも……エレメントがかぶらないから、あまり一緒の授業になることはないかもしれないけど……」
「うん、でも、同じ学校だしね」
にこっと満面の笑みを見せるミア。
「また会うこともあると思うけど、よろしくね」
「うん、こちらこそ」
にこにこと微笑み合いながら、ミアとセルクは手元のジュースでもう一度乾杯をするのだった。

「一晩ご一緒できて楽しかったですよ」
別の場所では、オルーカがにこにこしながらヘキに言っていた。
「あとは……色々助けてもらって、それに……」
少しうつむいて、それからもう一度笑顔で顔を上げる。
「『このままでもいい』と言ってもらえて、そこは自分が嬉しかったです」
「……そう」
ヘキは目を閉じたまま、少し俯いた。
「……私も」
短く、そう言って。
顔を上げたヘキは、目を開けて藍色の瞳を晒していた。
「貴女に、『このままでもいい』と言ってもらえて、随分気持ちが楽になった気がするわ」
「ヘキさん……」
オルーカは少し驚いて、それから嬉しそうに微笑んだ。
「ヘキさんが、ご自分で満足できるような道を選択できること、祈ってます。
また、機会があればご一緒したいですね」
「……そうね」
薄く。本当に薄く。
ヘキはそう言って、わずかに微笑むのだった。

「今回は……色々と悪かった」
事務局で報酬を受け取っての帰り道。
門まで送るというパスティと共に校門までの道のりをゆっくりと歩きながら、グレンはしみじみと言った。
「グーちゃんは、何も悪いことなんかしてないわー?」
「……いや、パスティにはひどいことも言ったし…やっぱり、悪かったよ。それと本当にありがとう」
「うふふ、パスティこそ、どうもありがとう」
にこりと笑うパスティに、安心したように表情を緩めるグレン。
「昨日はあんな事言ったけど……次もあるならまたパスティの依頼を受けたいと思う。
今回は余裕がなかったけど、パスティの家族の話も聞きたいし……いいだろうか?」
「もちろんよー。依頼じゃなくても、グーちゃんはもうパスティのおともだちよ?
いつでも遊びに来てね?」
「いや、それはさすがに……いてっ」
こつん。
何かが頭にぶつかり、グレンは顔をしかめる。
頭にぶつかって落ちたのは、細い筒のようなものだった。
「これは……」
嫌な予感がしつつ、その筒の中に入っている紙をカサカサと取り出すグレン。
紙にはこう書かれていた。

『女の子に当り散らすとか最低だぞーまぁ、反省したならいいけど。それにしてもパートナー可愛いな、今度紹介しろ By師匠』

「なぁに、おてがみ?」
覗き込もうとするパスティを止めるように、ぐしゃっと紙を握りつぶすグレン。
(あいつ……全部見てやがったのか…!)
心の中で毒づく。
グレンの師匠は……垣間見えるエピソードだけでもかなりフリーダムだが、それは女性関係においてももちろん適用される。
遊びが好きで、よく揉め事を起こし、行く先々でツケを作る。グレンも旅先で何度とばっちりを受けたことか。
「あーん、何するのよグーちゃん」
グレンが握りつぶしたことに不満そうに口を尖らせるパスティに、グレンはしかし、がっとその肩を掴んで真剣な顔を近づけた。
「金髪碧眼の怪しい男が近寄ってきたら問答無用で魔法を撃て。面倒事に巻き込まれる前に、遠慮せずに全力で」
「あやしいおとこ?」
きょとんとして首を傾げるパスティ。
「きんぱつへきがん、ならパスティだってそうだわー?あやしいおとこって、どんなひと?ちょっと描いてみて?」
どこからか紙とペンを取り出してグレンに差し出すパスティ。
「えーとだな……」
さらさら。
思い出しながら絵を描いていくグレン。
だが。
「……グーちゃん、これまたブタさんだわ?」
「う、うるさい!」
「はい、もーいっかい」
「むしろ絵の描き方を教えてくれ……」
「えー、グーちゃんの絵も味があっていいと思うわー、モンタージュには向かないけどー」
「今はモンタージュを作る必要があるんだろうが」
「じゃあ間をとってー、パスティは金髪碧眼のブタさんに注意すればいいのね?」
「どこが間だ!つか、この世界中のどこ探してもいねえよそんな生物!」

などと言い合っているうちに、だんだんと日が暮れていくのであった。

「えっと……いろいろ、ごめんなさい」
一方、ユキもヴォルフに校門まで送ってもらっていた。
その道中に、申し訳なさそうに頭を垂れる。
「僕、頑張んなきゃって、いっぱい無茶してた。すっごく、迷惑かけちゃったし……」
しゅんと肩を落としてから、顔を上げてヴォルフを見る。
「でも、ヴォルフさん、強いし戦術とかできるししっかり自分を持ってるし……すごいなぁ。
なんだか憧れるなぁ」
「そうか」
憧憬の眼差しを向けるユキに、ヴォルフは淡々と頷いた。
「だが、お前が本当に憧れているのは俺ではないだろう?」
「えっ……」
「お前の『師匠』とやらに認められる自分でありたい。
だからそれに近い俺に何かを重ねているだけだ。
それを悪いとは言わないが、お前が見るべきものは別にある。
それを今回のウォークラリーで見つけられたのなら、お前がこの依頼を受けた意味はあったと言えるんだろうな」
「ヴォルフさん……」
呆然と言うユキに、ふ、と僅かに微笑んで。
「お前がどうであろうと、そして俺がどうであろうと、互いに自分の目指すものを見つめて歩くだけだ。
違うか?」
ユキはきょとんとしてから、すぐに笑顔で頷いた。
「うん!ありがとう、ヴォルフさん!ちょっとずつ頑張ってみる。遠回りでも、ちょっとずつ」
「そうか」
会話が途切れる。
ユキはそわそわと落ち着かない様子で、不安げな眼差しをヴォルフに向けた。
「あ、そうだ、あのね、その…………時々、お話とかしにきて、いい、かな?」
「…お話?」
眉を寄せるヴォルフに、真っ赤になって慌てて両手を振る。
「ぼ、僕、学校ってどんなところなのか知らないから、ど、どんなとこかなって興味あって!
あ、あと、それと、その、あんまり、プライベートで話す男の人がいないっていうか、えっと、師匠のお兄さんたちから、依頼とか以外は駄目って言われてるっていうか、うんと、あ、ま、また、相談とかのってほしいなっていうか、えーとえーと、あの、あうー……」
お友達になってください、ということなのだろうが、うまく言葉にできずにさらに真っ赤になるユキ。
「…なんだかよくわからんが」
ヴォルフは首をかしげたあと、嘆息した。
「用があるなら、会いに来ればいいだろう。魔道学校は特に外部の人間の出入りを制限していない。開かれた学校だからな。
興味があるなら、体験学習もあるらしいし」
校舎の方を見て言い、そして視線を戻す。
「俺に用があるなら呼べばいい。
学業の合間に冒険者の依頼を受けることもあるが、いるのならお前の話を聞くくらいの時間は作ってやる」
ヴォルフの言葉にユキは目を丸くして、それから徐々に言葉の意味を噛み締めると、満面の笑みを作った。
「…………うんっ!ありがとう!」
「こら、飛びつくな」
喜びのあまり抱きつくユキを、ヴォルフは苦笑して見下ろすのだった。

「ありがとう、ございます」
アフィアはミディカと共に中庭にやってきていた。
「仕事、でした。けど、すごく、楽しかった、です」
「こちらこそ、楽しかったでちゅよ。優勝できたのは、あーたのおかげでちゅ」
ミディカも満足気な様子でアフィアに礼を言う。
「そーだ、これ、片方はあーたが持っててくだちゃい」
そう言うと、ミディカは優勝賞品として授与された水晶の通信機を取り出す。
「こりで、いつでも話しかけていーでちゅよ」
「これ、もらう、いい、ですか?」
アフィアは少し信じられない様子でミディカを見たが、ミディカは笑顔で頷いた。
「あたちは研究をしてることが多いでちゅから、わりと暇はありまちゅ。
何か困ったことがあれば、あたちで力になれるよーなら、いつでも言ってくだちゃい」
「あの……うち」
アフィアはなんと言葉にしていいか分からぬ様子で、受け取った水晶とミディカを交互に見やった。
「うち…うち、も、いつでも」
たどたどしく言葉にしていく。
「いつでも、お話、してください。次、ウォークラリー、あれば、また」
「もちろんでちゅ!次も優勝を狙いまちゅからね、あーたとあたちが組めば敵なしでちゅよ!」
「あの、それ、以外も。うちも、ミディカさん、困ったとき、力になる、思います」
「そーでちゅか、そりなら嬉しいでちゅ」
本当に嬉しそうに微笑むミディカ。
「あーたは、優勝とゆーだけでない、とっても大事なものを、あたちにくれまちた」
「……大事な、もの?」
アフィアが首をかしげたところで。

「……ミディカ!」

遠くからかかった声に振り向く二人。
そこには、息を切らせてルーイが立っていた。
「……お姉ちゃま」
ぽつりと呟くミディカ。
ルーイは少し不安げに、おそるおそる、二人に歩み寄る。
「あの、私……」
その姉を見て、ミディカはふっと微笑んだ。
「お姉ちゃま」
その声にはっと顔を上げるルーイ。
ミディカはルーイに向き直ると、丁寧に頭を下げた。
「昨日は、ひどいこと言って、ごめんなちゃい」
「ミディカ……」
「でも、これがホントのあたちでちゅ。お姉ちゃまの理想のあたちには、あたちはなれまちぇん。
それを、あたちではないほかの誰かのせいにするのは、もーやめてくだちゃい」
「………」
「あたちも、お姉ちゃまも、お互いがいなくても生きていけるようにならなければいけない。
そー、校長はゆっとりまちた。あたちもそう思いまちゅ。
でも、一人で生きていても、あたちはずっとお姉ちゃまの妹でちゅ。お姉ちゃまも、ずっとあたちのお姉ちゃまでちゅ」
「ミディカ……!」
感極まってミディカを抱きしめるルーイ。
ミディカも、もうそれを拒否することはしなかった。
「いつの間にか、こんなに立派になっていたのですね……優勝、本当におめでとう」
「ありがとうございまちゅ」
「悲しいけれど…もう、私の手は必要ないのですね」
「それは違いまちゅ」
きっぱりと言い切るミディカ。
「お姉ちゃまが必要ないのではありまちぇん。お姉ちゃまが、あたちを必要とすることは、もーないのでちゅ」
「私が……?」
「お姉ちゃまは、あたちがお姉ちゃまを必要としていると思うことで、自分を保っていたのでちゅ。
でも、お姉ちゃまにも、もうあたちは必要ないと思いまちゅ」
「ミディカ……」
複雑そうにミディカを見つめるルーイ。
だが、やがて寂しそうに微笑んだ。
「……そうですね」
とす、と抱いていたミディカを地面に降ろして。
「言いにくいことを言わせてしまってごめんなさい。
あなたも、私も、もう立派な独立した一人の個人。もう、あなたに必要以上に構うのは辞めます」
「お姉ちゃま……」
「でも、独立した個人であっても、私はいつまでの、あなたの姉ですよ」
「はい……!」
自分の気持ちが伝わったことに、安心したように微笑むミディカ。
ルーイもそれに嬉しそうな微笑みを返す。
「……ですが、それはそれとして」
だが、次の瞬間にはびっくりするほど冷めた目を、ミディカの隣にいるアフィアに向けていた。
「あなたのことまで認めたつもりはありませんから」
むっとするアフィア。
「……別に、お姉さん、認めてもらう、必要、ないです」
「なんですって!だいたい、あなたのお仕事はもう終わったのでしょう、もう暗くなるのですからお帰りなさいな!」
「うち、いつ、帰る、うちの自由。それに、お姉さんも、仕事、終わってる。早く、帰る、いいです」
「ああ言えばこう言う…!」
「ああもう、お姉ちゃまもアフィアしゃんも喧嘩はやめてくだちゃい!!」

さっき仲直りをしたと思えば、すぐにこのていたらくである。
夕日が差し込む中庭で、ルーイとアフィアの言い合いと、それを仲裁するミディカの声は、しばらく続くのだった。

“Magical Walkrally!2″2014.3.1.Nagi Kirikawa