§3-1:The first attack

「行くよっ!」

言うが早いか、ユキはナイフを構えて駆け出した。
「っ、おい!……ったく!」
ヴォルフが慌てて止めようとするが、駆け出したユキを見て相手も構えを取っているのを見たヴォルフは、仕方なしに腰の剣を抜いた。

「うち、出ます」
ユキが出たのを見て、アフィアもミディカの了承なく駆け出してゆく。
「頼みまちた!」
こちらは特に止めることなく、ミディカも身構えて印を切った。
「土精の演舞!」
どどどっ。
ミディカの呪文とともに、ヴォルフの足元の地面が巨大な錐となって盛り上がった。
が。
「ちっ…!」
間一髪で交わしたヴォルフが、剣にかけた火魔法とともに土の錐を焼き払う。
ごう。
火で焼かれた土の錐は、あっという間にボロボロに崩れ去った。
「…ち、さすがに戦い慣れてまちゅね…!」
悔しげにつぶやいて、ミディカは次の印を切った。

「アフィアさん…悪いけど、これも僕の仕事だから!」
ユキは表情を消して、構えていたナイフをアフィアに向かって放つ。
「…っ」
間一髪のところでかわし、アフィアはさらにユキとの距離を詰めた。
がっ。
アフィアの拳を肘で受け止め、流れるような動作で勢いを逸らすユキ。
「っ……!」
バランスを崩したアフィアの懐に潜り込み、膝をとって体制を崩す。
アフィアは慌てて地を蹴ると、ユキと距離を取ろうとした。
だが。
「させない…!」
ユキはそのままの勢いで、アフィアの脇腹めがけてナイフを繰り出した。
「っ…?!」
ざっ。
アフィアがどうにか体をひねったおかげで腹への攻撃は免れたが、肘から二の腕にかけて大きく切り裂かれてしまう。
「っく…!」
顔を顰めて呻いたアフィアを、ユキはさらに返す刃で切りつけた。
がっ。
肘を繰り出してそのナイフを弾き飛ばすアフィア。
しかし、ユキはそのままその腕を捉えると、勢いのままにアフィアに体重をかけた。
どさり。
ユキがアフィアを倒すような形で地面に押さえつける。
「く……っ!」
アフィアはさらに表情を顰め、すう、と大きく息を吸った。
ばりばりばりっ!
2人を中心に激しい雷が巻き起こる。
「くう……っ!」
至近距離から雷撃を浴びながらも、ユキは必死になってアフィアを押さえつけていた。
ふ、と雷撃がやんだところで、ミディカの土錐を交わしたヴォルフが駆けてくる。
「おい、大丈夫か!」
「ヴォルフさん!」
アフィアを組み敷いたまま、ユキはヴォルフに向かって叫んだ。
「今だよ、僕ごとアフィアさんを攻撃して!」
「なっ……!」
絶句して立ち止まるヴォルフ。
「僕が抑えている間に、早く!」
ユキに捕らえられたアフィアは腕からかなりの出血があり、痛みで思うように身動きが取れないようだった。悔しげに身をよじらせるが、ユキは何をどうしているのか全く動じずにアフィアの動きを止めている。
「何をしてるの、ヴォルフさん、早く!」
それでも、アフィアのパートナーのことを考えると一刻の躊躇も惜しい。ユキは焦ったようにヴォルフに言った。
だが。
ヴォルフはすっと剣を構えると、まっすぐにミディカの方を見た。
「ヴォルフさん…?!」
絶好のチャンスを作ったにもかかわらず何もしないヴォルフに、目を剥いて抗議の声を上げるユキ。
と、そこに。
「虎狼の大回転!」
ごうっ。
ミディカの魔法が発動し、ユキを中心に大きく風が渦巻き始める。
「わ、うわあぁぁぁっ?!」
アフィアを組み敷いていたユキの体がその風に捉えられあっという間に宙を舞った。
器用にユキだけに術をかけているようで、アフィアは地面に倒れたまま、ユキだけが飛ばされている。
「行きなちゃい!」
ミディカが声と共に大きく腕を降ると、渦を巻いた風が方向を変え、ユキの体はそのままヴォルフに向かって吹き飛ばされた。
ごうっ。
「ぐっ……!」
どす、と鈍い音がしてユキの体はヴォルフに激突し、そのままヴォルフも後方に吹き飛ばされる。
ミディカはその隙にアフィアに駆け寄り、ふわりと両手を彼に巻きつけた。
「白狼の疾走!」
呪文とともに、二人の体がふわりと宙に浮く。
「ゴーでちゅ!」
ごうっ。
大きくうなった風と共に、二人の姿はあっという間に彼方へと消えた。
「……っく……」
そこで、ようやく地面から体を起こすヴォルフ。
「逃げたか………まあ、痛み分けというところか」
「…っ……」
彼の体にもたれかかるようにして倒れていたユキも、起き上がって悔しげに唇を噛み締めるのだった。

「戦う……んですよね?」
一応、クリスに確認してみるミケ。
「もちろんですわ」
クリスは言って、すらりと腰のレイピアを抜いた。
構えは様になっているが、スポーツの域を抜けきらない。
ミケはこっそりと嘆息して、クリスの後方に下がり、身構えた。

「前衛はお願いするわ」
こちらは早々とオルーカの後ろに下がったヘキに、力強くオルーカが頷き返す。
「もちろんです。前回はミケさんには結局一度も勝てませんでしたから……雪辱戦です!」
す、と棍を構えて。
「お相手……お願いします!」
まっすぐに相手を見据えて言うと、さっそく地を蹴った。
「望むところですわ!」
クリスも駆け出し、オルーカと真正面からぶつかり合う。
かんっ!
棍とレイピアがぶつかり合う硬い音が響いたのを合図にしたように、ミケとヘキも術を放った。
「ファイアーボール!」
「風神招来・突」
ごうっ。
こちらも、風と火の塊が正面からぶつかり合い、熱波をあたりに撒き散らす。
「くっ…!」
「ぁつ……」
その余波を受けたオルーカとクリスさえもたじろぐほどの熱さ。
二人の魔法はしばらく競り合いを続け、やがてほぼ同時に掻き消えた。
肩で息をするミケとヘキ。
「……は、さすがに優秀な生徒さんは違いますね……」
「魔力を抑えてこの威力……前回誰も勝てないのも道理ね」
互いに聞こえぬほど小さな声でつぶやき合い、再び魔術を組み上げ始める。
一方でオルーカとクリスも競り合いを続けていた。
が。
かん、かんっ。
「くっ……!」
「せいっ!」
次々に棍で攻撃を繰り出すオルーカに、いつしかクリスも防戦一方となっていた。
そして。
「そこです!」
きんっ。
ひときわ高い音を立てて、オルーカの棍にクリスのレイピアが弾き飛ばされる。
「あっ……!」
くるくると宙を舞うレイピアを目で追うクリスに、オルーカがさらに棍を突き出した。
がっ。
「ぐっ……!」
肩口を突かれてよろめくクリス。
オルーカはさらに棍を振りかぶった。
「はあっ!」
「クリスさん!!」
ぐい。
不意に体を後ろに引かれ、驚いてそちらを見るクリス。
がっ。どさ。
勢いに思わず尻餅をついた時には、オルーカの棍がミケの背中をしたたかに打ち据えていた。
「ミケさ…?!」
「っく……!」
殴ったオルーカの方が驚いている様子だった。いつの間にこんなに近づいていたというのか。もしかしたら風魔法の力を借りたのかもしれない。
オルーカとクリスの間に割って入ったミケは、彼女をかばってオルーカの攻撃を背中で受け止めていた。
「なっ……」
驚きに絶句するクリス。
だが、ミケは彼女に構う様子はなく、痛そうに顔をしかめながらオルーカの方を向いた。
「…大、丈夫、ですか」
「な……何を、貴方は」
「む、無茶しますね…ミケさん」
殴った当のオルーカすら、まだ呆然とした様子でそんなことを言ってくる。
態勢が変わったことで用心するように後ろにさがり、呆れたようにため息をついて。
「あんまり女性を惑わしてると、いつか痛い目みますよ」
「ちょっと何言ってるかわかりません」
ミケはかなりしたたかに打ち据えられたようで、痛そうに顔をしかめながら軽口を返す。
だが、そこをヘキが見逃すはずもなかった。
「風神招来」
ご、と空気の唸る音。
「千刃」
しゃしゃしゃっ。
耳障りな音が無数に響き、空気の刃がミケとクリスに向かっていく。
「くっ……!風よ、大いなる力で我が身を守れ!」
ごうっ。
ミケの呪文とともに、彼らの周りを風の結界が取り巻いた。
「くっ……!」
苦しそうに結界を維持するミケを、未だ呆然と見守るクリス。
オルーカのダメージのせいか、結界を維持するのにかなり苦戦しているようで。
しかし、先ほど互角だった威力の魔法を、ダメージを負って集中力を欠いた状態で防げるはずもなく。
ごうっ。
威力を増したヘキの魔法に、ミケの結界はついに競り負けて消滅する。
「くっ……!」
風の刃が一斉にミケに襲い掛かった。
ざざざ、という耳障りな音と共にミケの体があちこち切り裂かれていく。
よろり。
力なくよろめいたミケの懐に、すかさずオルーカがすべりこんだ。
「失礼します!」
律義にそう言って、しかし遠慮なしに棍でミケの体を打ちすえていくオルーカ。
がっ。が、ががっ。
軽く宙に浮いたミケの体は、振りかぶってのオルーカの一撃にさらに吹っ飛ばされた。
どさっ。
地面にしりもちをついたままだったクリスの目の前に倒れてくるミケに向かって、オルーカが更に追撃をかける。
が。

「参りましたわ!」

がっ。
クリスの鋭い一言が飛んだ次の瞬間には、ミケの顔のすぐ傍の地面にオルーカの棍が突き立てられていた。
「……降参です。ですから…もう攻撃はおやめくださいな」
苦しげに胸元を抑えて言うクリスに、オルーカは息をついて体を起こした。
「いいですか、ヘキさん?」
「勿論よ。点数が貰えるのならば攻撃する理由はないわ」
淡々と言って歩いてくるヘキ。
言葉を交わすことなく、クリスはヘキの水晶玉に点数を移した。
その間に、ようやっと体を起こすミケ。
オルーカは心配そうに彼の顔を覗き込んだ。
「大丈夫ですか、ミケさん」
「自分でやっといて、どんだけ……!」
苦しそうな表情で言って、ミケはオルーカをにらみ上げる。
「…………ちょっと、真剣に悔しいんで、後でリベンジを希望します。次は、負けません……!」
「ミケさんって本当に早死しそうですよね…いろんな意味で」
「ほっといてください」
そんな会話を交わす二人に構うことなく、ヘキはくるりと踵を返した。
「行くわよ」
「あっ、はい!」
慌ててそのあとについていくオルーカ。
ミケとクリスの方に気遣わしげに一礼して、ヘキと共にその場を去っていった。

<ミケ・クリスチーム -30ポイント 計70ポイント>
<オルーカ・ヘキチーム +30ポイント 計140ポイント>

「……申し訳ございません」

苦しげにクリスが呟いた一言に、ミケは少なからず驚いて顔を上げた。
どう控えめに見ても満身創痍である。おまけに魔力が抑えられている現状で満足に回復魔法もかけられず、じわじわと回復をしている彼をクリスも手伝っている状態だ。
クリスはミケに回復魔法をかけながら、苦い表情で続けた。
「わたくしの力が足りないばかりに、貴方にこのような怪我を負わせることになってしまいましたわ。申し訳ございませんでした」
「……え、いえ」
戸惑ったように苦笑するミケ。
「それが僕の仕事ですから。あなたが無事で良かったですよ」
「ですが、貴方も貴方ですわ!」
しかし、クリスはすぐに厳しい表情になって、ミケを睨みつけた。
「あのような無茶はなさらなくとも、他に方法はあったはずです!貴方がすべての攻撃を受ける必要などなかった、違いますか」
「そうですねぇ……」
嘆息して視線を逸らすミケ。
「2人分防御しようと思ったら、2人とも……猫を入れたら3人とも怪我をしているんです。チェスでもそうでしょう?キングを守ろうとしたら何か駒を一つ犠牲にしないと。……本当は、僕が全部守れたら良かったんですけどねー。そうしたら、負けを認めさせなくて済んだんですけど……流石にそんな力は無かったんですよ、申し訳ないです」
「そんな……っ」
納得がいかない様子だが、つい先ほど自分も「自分の力が足りなかった」と言った手前、何も言えずに口を噤むクリス。
ミケは苦笑して彼女の方を向いた。
「……まぁ、勝手にちょっと身体が動いてしまったので、予想以上に大怪我をしてしまいましたが……」
す、と、遠くを見るように視線を移し、しみじみとつぶやく。
「……あなたが守れて本当に良かった。……誰かを守りたくて魔導師になったのに、それも出来なかったら……何も残らないじゃないですか」
「………ミケさん…?」
その様子を訝しげに覗き込むクリス。
ミケは自重するようにくすりと鼻を鳴らした。
「ま、回復している時間の暇つぶしにでも聞いていてください。……喋っていないと、ちょっと気が遠くなりそうなんですよ」
言いながら、それでも彼の手は回復の術をかけ続けているらしかった。
俯きかげんのまま、ぽつぽつと語り始める。
「僕の実家、騎士家でして。街や国や民を守ることが責務で存在意義、みたいな教育があったんですよ。
……でも、見たとおり、僕はそんな才能がなかったんです」
「…………」
ぐ、と何かを飲み込むように唇を引き締めるクリス。
それには気づかずに、ミケは続けた。
「……騎士になるのは夢だったし、家族を誇りに思っていました。けれど、なれないのは、自分でも分かってしまった。
僕はずっとずっと、家の中で何もできないことに絶望していました。
でも、魔法が使える事が分かって。これなら……誰かを守れるんじゃないか、と思ったんですよ」
少しだけ、嬉しそうに微笑んで。
「みんなのように、大きなものは守れないけれど、目の前にいる誰かくらいは守れるんじゃないかって。
……『騎士になる』のが目的じゃなくて、もっと大本の事……誰かの力になりたい。守るべきを守ったり、普通の人の暮らしを支えたり、そういうことがしたかったんじゃないかなって」
そして、ふ、と息をつく。
「何がどれだけ出来るかは分かりません、未だに。でも、僕はもっと強くなりたい。せめて守ると決めたものを守れるくらいに。
……魔法では誰にも負けないくらいに」
その言葉には何か含みがありそうだったが、クリスは何か言う様子はない。
ミケは更に続けた。
「もうちょっと、うまくやれるかな、と思ったんですけどね。2人で戦闘不能にならずにいられる方法、あったかもしれないのに。あなたがこのままだ と怪我をする、守ろうと思ったらつい、見誤ったみたいです」
それから、ふう、と長いため息をついて。
「あーあ、……負けたく、なかったなぁ……本当に、悔しい」
「……………」
クリスは黙ったまま、ミケに回復魔法をかけ続けている。
気まずげなその様子を見て、ミケは慌ててぱたぱたと手を振った。
「別にあなたがどうこう、じゃなくてですね。あなたの言うように、他にも手段があったはずなんですよ。
最善を探すのも、僕の仕事じゃないでしょうか?あなたの力と僕の力を一番発揮できるように動けるように。
……そうしないと、あの2人には勝てないし、ミリーさんも捕まえられませんしね……」
その瞳には、負け続ける気はないという強い光が宿っている。
「こうしたら動きやすいとか、こうして欲しいとか。こうやったらいけるんじゃないか、とか。思いついたら教えてくださいね。
アドリブに強いのは、勝利には必要なことですから」
「……ええ、わかりましたわ」
頷くも、やはりあまり元気のない様子のクリス。
ミケは苦笑してから、ゆっくりと立ち上がった。
「……っと、そろそろ行かないと、休憩が長くなってしまいましたね。
歩ける程度には回復したので、あとは歩きながらにしましょうか?急がないと、チェックポイントが回れなくなってしまいますし」
肩の上で心配そうに顔を覗き込む黒猫をひとなでして、座っているクリスに手を差し伸べる。
「…そうですわね」
しかし、クリスはその手をとることなく、顔を背けて自分で立ち上がった。
「あまり、無理はなさらないほうがよろしいですわ。ひどい怪我をしたのですから」
気まずげに視線をそらしたまま、しかしそんなことを言うクリスに、ミケはまた苦笑を返した。
「まぁ、多少の無理は、いつものことですから」
かけらも安心できないミケの言葉に、クリスは心配げに眉を寄せるも、黙ったまま彼のあとについていくのだった。

「ヘキさんの言う通りでしたね」

ミケたちがようやく見えなくなったあたりで、オルーカはにこにこしながらヘキに話しかけた。
ヘキはそちらを向くことなく、歩きながら淡々と聞き返す。
「何のことかしら」
「努力次第で魔法使いにも勝てる、って。本当でしたね」
前回、カイと二人がかりでも倒せなかったミケを倒すことができて、オルーカはかなり浮かれている様子だった。ミケの魔力が3分の1になっていることを知らないのが少し可哀想なくらいである。
「体術は魔法には絶対敵わないって思ってました。でも、本当にヘキさんの言うとおりでしたね。どんな技を持っているかではなく、それをどう磨くか、どう使うかなんですね」
「……そうね」
やはり淡々と同意するヘキ。
オルーカはにこりと微笑んで、ヘキに言った。
「ありがとうございますヘキさん。ヘキさんってクールそうに見えますけど優しいんですね」
「……何を言っているのかわからないわ」
僅かに眉を寄せてオルーカの方を向くヘキ。
本当に、なぜ礼を言われたのかがわからない、という様子で。
「分からなければいいです、ふふ」
オルーカはやはり上機嫌な様子で、ヘキと共に歩いていくのだった。

「なんで攻撃しなかったの?あのまま攻撃してたら勝てたのに!」

ヴォルフに回復魔法をかけられているユキは、ひどく腹立たしげにそう言い募った。
「何度も言わせるな」
魔法を維持したまま、沈鬱そうにため息を吐くヴォルフ。
「攻撃範囲にお前がいた場合には攻撃しない。そう言っておいたはずだ」
「僕だって冒険者だもん、怪我するくらい大丈夫だもん!」
負けじと言い返すユキ。
「勝つには……それくらいしないと。怪我することに怯えてたら、駄目だもん」
自分に言い聞かせるようなその様子を、ヴォルフはしばしじっと見つめ、それから冷静に言い返した。
「怪我を恐れずに戦略を練ることと、闇雲に無理をすることは意味が違う」
ぽん、と、回復し終えた腕を軽く叩いて、立ち上がって。
「それが判らないなら、雇い主の言うことには黙って従え。
俺にはお前に懇切丁寧に説明してやる義理はない」
ふう、とまたため息をつく。
「お前がなすべきことは何だ?雇い主の意向を無視して自分勝手に振る舞うことか?
雇い主を怪我を恐れる臆病者と誹ることか?」
「…………」
ユキはぐっと何かを堪えるように唇を引き結び、そしてヴォルフに続いて立ち上がった。
「……わかった」
「わかったならさっさと行くぞ」
少し拗ねた様子のユキに構うことなく、ヴォルフはさっさと歩き出す。
ユキは黙ったまま、それについていくのだった。

「ほい、治りまちた」

ぽむ、とアフィアの腕を叩いて、ミディカは立ち上がった。
「……治療、ありがとうです」
回復魔法をかけられた腕の様子を確かめるように回しながら、しかし彼にしては珍しくかなり苦々しい表情でつぶやくアフィア。
「…役、立てない。すみません」
「あー、まー気にすることないでちゅよ。実戦経験の差はいかんともしがたいでちゅね」
「え……」
ミディカの言葉に、アフィアはきょとんとして顔を上げた。
彼女の気性から、てっきり手ひどく罵倒されるものと思っていたので。
ミディカはむむむと難しい表情をした。
「ヴォルフガング・シュタウフェンも戦い慣れていまちゅが、連れていた冒険者もかなりの手練れでちゅね」
「ユキさん、強い、です」
「知り合いのよーでちたね?」
「何度か、依頼、一緒したこと、あります。うち、魔法使い、見せかけて、体術使い、ユキさん、知ってます」
「なるほろ、そりでいきなり前に出て戦ってたでちゅね」
「うち、体術、どのくらい、通用する、試したい、気持ち、ありました。でも、ユキさん、強かった、です」
悔しげに言うアフィア。
ミディカはむーんと考えこんだ。
「おそらく、あの冒険者は魔法はほとんど使えないでちょーし、ヴォルフガング・シュタウフェンも魔法の力はあたちより下でちゅ。
でちゅが、こと戦いとなると、実戦経験がものを言いまちゅからね」
「………」
「ま、今度はこんなことがないよーに、しっかり作戦立てておくでちゅよ」
「作戦……」
ミディカの言葉を反芻して、アフィアは再び彼女の方を向いた。
「ミリーさん、捕まえる。作戦、立てておくべき、思います」
「うっ……」
痛いところをつかれた、というようにひるむミディカ。
アフィアは続けた。
「ミリーさん、知っていること、教えてください。
わかるなら、弱点。 癖とか、性格とか、知っていること、なんでもいいです」
「校長の弱点なんて、あたちが教えてほしいでちゅよ!」
アフィアの言葉に、ミディカはお手上げというように両手を上げる。
「性格はー……そうでちゅねえ、奔放で自信家、ってとこでちゅかね。
偉そうにちてまちゅがホントに偉いから誰も逆らえまちぇん」
ふー、とため息をついて。
「癖……んむー、ちょっと思い当たりまちぇんね。
そういえば、ずっと誰かを追いかけてるとお姉ちゃまがゆってたことがありまちゅ」
「誰か、追いかけてる、ですか」
「あい。その人を追いかけてヴィーダまで来たと言ってまちた」
「校長、追いかける、捕まえられない、すごい人」
「まー、捕まえられないのか、捕まえないのかはビミョーな感じでちたけどね、お姉ちゃまの様子だと」
苦笑して言ってから、話を戻す。
「恐ろしいひとでちゅが、悪い人ではないでちゅよ。
たまに教鞭も取りまちゅが、この学校のどの教師よりわかりやすいでちゅ。
生徒が育っていくのが純粋に嬉しいみたいでちゅね」
特に抵抗はない様子で言う。恐れてはいるが、普通に尊敬している様子も伺えた。
アフィアはしばし考えて、再び問うた。
「あと、もうひとつ、聞きたいです」
「あい、なんでちゅか?」
「ミリーさん、苦手にしている、なぜですか?
過去、あったこと、聞く、しても、いいですか?」
「う」
ミディカは言葉を詰まらせて、青い顔で俯いた。
「…あまり思い出したくないでちゅが…」
震える声で話し始める。
「お姉ちゃまとあたちと、お姉ちゃまのお友達とで、住んでた森から出たのでちゅよ。
その時、アタマの古いわからず屋が邪魔をしてきたのでちゅ。
そこを助けてくれたのが校長だったのでちゅよ」
「……普通に、いい人」
「そこだけ聞くとそーなりまちゅが」
虚ろな目で、ミディカは続けた。
「あ…あれはいくらなんでも…相手を傷つけずに、あれほどまでの恐怖を植えつけられるひとを、あたちは今までに見たことがありまちぇん…
その時、あたちは思ったのでちゅ…ありは、怒らせてはいけないひとなのだと…」
「……むぅ」
額に脂汗すら浮かべて言うミディカの様子を見て、アフィアはしばし考え込んだ。
「話、聞く限り、ミリーさん、捕まえる、無理、思います。
最初から、捕まるつもりない、課題、出したのでしょうか?」
「んむー……」
アフィアの言葉に、ミディカはまた眉を寄せて考え込んだ。
「校長は出来ないことは言ってこないでちゅよ。そりは断言できまちゅ。
そーゆーことをするタイプのひとではないでちゅ」
妙にきっぱりと断言して。
「努力して、持てる力を全て出せば、クリアできる課題しか出しまちぇん。
無理と最初から決めつけるコは何も得られない、とよく言ってまちた。
そーすることで成長させよーとゆー狙いなのでちょーが…」
が、再び語尾が弱くなったかと思うと、視線をそらす。
「理屈は理解できまちゅが…まー、どっちを取るかも本人の自由とゆーやつだと思いまちゅ…」
弱々しい言葉。
「そうですね」
しかし、アフィアはあっさりと頷いた。
「決める、ミディカさん、です」
自分にも言い聞かせるように言って、ひと呼吸おいて。
「追いかける、案、二人、役割分担、するです。
先程、走る、追い付きました。うち、ミディカさん、抱える、走るです。ミディカさん、魔法、足止め、狙うです」
「……なるほど」
アフィアの言う作戦を興味深げに頷きながら聞くミディカ。
アフィアは続けた。
「魔法、ミリーさん、狙う、しません。周囲、狙います。
たとえば、足元、穴あける。たとえば、周囲の木、倒す、まえふさぐ、などです」
「ふむふむ」
「追跡、あわてません。魔法、使われる、対抗術、使うです」
「対抗術?」
「闇には明かり、霧なら風、風がダメなら凍らせる」
「…相手の出方を見て対処する、とゆーことでちゅね」
ミディカの言葉に、アフィアは浅く頷いた。
「でも、挑戦する、挑戦しない、ミディカさん、自由です。
次、ミリーさん、会う時まで、決めてください。うち、従います」
「…わかりまちた」
アフィアの言葉に、ミディカは真剣な表情で頷き返すのだった。

「さて……と。次にどこに行くかだが」

チェックポイントNo.5をクリアしたグレンとパスティは、早速地図を広げてコースを考え始めた。
「この後はNo9、No11、No12と回っていくか。
明日辺りにNo10、No8、No6を回ってから戻ればちょうどいいくらいだろう」
「うん、いいんじゃないかしらー」
グレンの提案にニコニコしながら同意するパスティ。
「遠くをぐるっと回ってくるのが効率的だと思うのー」
「ならそうしよう。明日のコースはまた夜にでも確認するか……」
グレンは呟いて歩き出し、パスティもそれに続く。
「そういえば、先生を捕まえる方法はまだ考えていなかったな」
歩きながら言うグレンにパスティも頷いた。
「校長先生のことー?そうねー、お外に出たし、考えておかなきゃねー」
「そうだな、少し詰めておこう。
相手を足止めしたり、動きを鈍らせたり……何かいい方法はあるか?」
腕組みをして、難しい顔で考え込むグレン。
「足止めとぉ……動きを鈍らせる……うーんん」
パスティの方も、それに倣うように眉を寄せて唸ってみせる。
「えーっと……ペットショップで使ったおねむの魔法…校長センセに効くかどうかはわからないけどぉ。
あとはぁ……あっ、そうだ!校長センセの真上にお水の塊を作れば、センセーびしょびしょになっちゃうと思うの!」
かと思えば、ぱっと楽しそうに表情を広げて。
「あっ、足元を凍らせて滑らせるのもいいかもしれないわぁ」
「なるほど…足元を凍らせて滑らせるのはありだな。滑ればその隙に距離を詰める。
滑らなければ今度は真上に水を作って先生が水に濡れたのを見計らってもう一度足元を冷やす。
上手くいけば、水を伝ってその先生の足まで凍るかもしれない。
いや、凍らなくても動きが鈍くなる可能性もあるか…濡れた手で氷を掴むと手にくっつくこともあるし……」
「うわぁ、グーちゃんすごいね!」
ぽんぽんと作戦を組み立てていくグレンに、楽しそうな笑顔を向けるパスティ。
グレンは肩をすくめて続けた。
「別に、たいしたことない。……で、おねむの魔法は不安要素多いのか」
律儀にパスティの言ったとおり「おねむの魔法」と言っているところが妙に可愛らしい。本人はいたって真剣そのもののようだが。
「まぁ、魔法学校の先生に直接魔法をかけるのは難しいかもな…剣の師匠に剣で挑むようなものだろうし。
先生がこっちに気付く前に不意打ちダメ元でやるくらいにしとくか」
「そうねぇー」
「後は相手の動きを遅らせる以外にはこっちのスピードを上げるって手もあるな。俺はそんな速い方じゃないが体力はあるからばてずに追う事は出来ると思う。
で、だ。素早さを上げる魔法とかあるのか?」
「うーんうーん、出来ると思う……やってみていーい?」
「お、俺にか?」
ぎょっとして問うグレン。
パスティはにっこりと笑った。
「うん!パスティ、そういう魔法使ったことないから、本番でうまくいかなかったら困るでしょ?
だから、お試し、ね?」
使ったことのない魔法を試させろというとんでもない申し出に、ややひるむグレン。
「い、いが……大丈夫なんだろうな……」
「うーん、たぶん」
「たぶん?!」
「大丈夫よぉ、それじゃあいくね?」
「お、おい、本当に」
「フリスクコーラ・ファイヤー!」
心の準備が出来ていない様子のグレンに構うことなく、パスティは微妙な響きの呪文を高らかに唱えた。
ごわ。
妙な音がしたかと思うと、グレンの背中のすぐ後ろからものすごい勢いで水が吹き出てくる。
「おわああああぁ?!」
背後から強烈な水鉄砲に押されるようにして、グレンの体はあっという間に彼方へと押しやられていった。
「うふふ、グーちゃんはやいはやーい」
パスティは楽しそうに手を叩きながら、その様子を見守るのだった。

「街の中の問題は全部回ったら、今度は町の外にも行ってみようよ!」

同じく、チェックポイントNo.5。
問題をクリアしたミアとセルクは、やはり地図を覗き込みながらコースの相談をしていた。
「そ、そうだね……もう、回るところないしね……」
少し残念そうなセルク。安全な街中を出ることに不安があるようで。
ミアはその様子に気づかないようで、楽しげに地図を指でたどっていた。
「No.6、No.7、No.8、No.10、って回るのはどうかな?」
ミアの提案に、セルクは眉を寄せて少し考えた。
「うーん……えっと、外側を回って、森の方へ行かない…?」
おずおずと言って、指で地図のコースをたどる。
「No.6から…No.8、No.7、No.9、って回るの……どう、かな?」
「No.9なら街の側だし、そこで夜になっても安心かもしれないね!」
ミアは特に気にする様子もなく、笑顔でセルクの案に同意した。
「じゃあ、No.8、No.7、No.9、って回って……夜は野営でもだいじょうぶ?」
「野営…かぁ……できれば街に戻りたいけど、9から戻ってくるのも効率悪いよね…」
少ししょんぼりした様子のセルク。
「じゃあ、今日はそこで野営だね…」
「森の中で野営なら、他の参加者に出会っても隠れてやりすごしたりしやすそうだよね?」
それを励ますようにミアが言うが、セルクは眉を寄せて首を傾げた。
「うーん……森で野営するなら焚き火は必須だと思うけど…焚き火をしていると、隠れるっていうのはちょっと難しいかもしれないね」
「あ、そっか……うーん、難しいんだね。まあ、夜のことはまたその時に考えるとして…」
ミアは再び地図に視線を落とす。
「その後、高得点の山の方に向かいたいのかな?」
「う、うーん……山の方は、高得点を狙ってる強い人がたくさんいそうだから、避けたい…かな」
セルクは相変わらずの弱気発言。
ミアはその言葉に、しゅんと肩を落としてしまった。
「ミアの提案で高得点の所に挑戦してセルクにケガさせちゃったから、ポイントが少なめな所を回った方がいいのかなって弱気になっちゃった…。
ミアもセルクがケガするとこはもうみたくないから…」
チェックポイントNo.1で、自分の提案に従ったセルクが怪我をしてしまったのを気にしているようで。
「う、うーんと…」
セルクは戸惑った様子で言葉を探した。
「ケガは僕のせいなんだから、ミアちゃんが気にすることじゃないよ…。
その、気にしないで? そもそもケガをすることを見越して冒険者をつけてるんだし……」
ミアの顔を覗き込んで優しく言ってから、苦笑して。
「…でも、ポイントが少ないところを回るのは賛成、かな……僕が高得点取れるとも思わないし……」
「そんなことないよ、セルクはとっても魔法が上手だから、ミアが足を引っ張らなければ、高得点も取れるよ!」
ミアは必死になってセルクの言葉を否定した。
スタートする前は自信があった自分の魔法。頼りないセルクを自分が引っ張っていかなければとすら思っていた。
しかし、現実は厳しくて。頼りないと思っていたセルクも、自分以上の魔法の腕を持っている。
怪我をさせてしまったこともあって、ミアは見た目以上に落ち込んでいた。
「ごめんね、セルク……ミア、足手まといになってるよね……」
「そ、そんなことないよ……?そ、それに、あの、女の子に危ないこと、させられないし……」
どぎまぎしながら言うセルクを、苦笑して見上げるミア。
「さっきもそんなこと言ってたね…女の子に、こんなことさせるわけにはいかないからね、って。
ミアのこと女の子ってみてくれるんだね、うれしいな~♪」
照れた様子で言うミアに、セルクはますます戸惑った様子で視線をそらした。
「えっと、女の子には優しくしなさいって……お母さんも言ってたし……」
その様子に嬉しそうに微笑むミア。
「ペットショップの時もだけど、セルクはすごーく優しいんだね!」
「そ、そう……かな?」
セルクはまだ照れた様子で、しきりに視線を泳がせるのだった。

§3-2:Overprotection

「召喚したものを無力化……ですか」

チェックポイントNo.13。
教官から問題の内容を聞いたオルーカは、要領を得ない様子で首を傾げた。
「何を召喚するかはわからないんですか?」
「そうだね、私も特に意識せずにそこにいたものを引っ張ってくるから、私にも何を呼ぶかはわからないことになるかな」
妙に若く中性的な男性の教官は、そう言ってにこりと微笑んだ。
「そうなんですか…」
釈然としない様子のオルーカ。
教官はそのままヘキに視線を移した。
「では、始めていいかな?」
「構わないわ」
淡々と頷くヘキ。
教官は頷くと、目を閉じて意識を集中した。
ふ、とあたりの空気が変わったような気配を感じる。
すると。
ざ。ざざ。
妙な音がして、あたりをキョロキョロと見回すオルーカ。
「……下よ」
ヘキに言われて地面に目を向けると。
「わあああ!?」
地面にはアリのような小さな昆虫が無数に散らばり蠢いていた。
一匹一匹は小さいが、それが大量にうごめいているさまはなかなか異様な光景だ。昆虫が嫌いな者ならば逃げ出してもおかしくはない。
「これを無力化…!!」
思わず声を上げてしまったが、オルーカは特に虫が苦手というわけではない。ただ、これを「すべて」無力化するとなると……
そこまで考えて、はっ、とオルーカは顔を上げた。
「すべて無力化、ってことは、逃がしてもダメなんじゃないですか?!」
「…そうね」
思い当たった考えにヘキが同意したので、慌てて彼女に言う。
「ヘキさん!風魔法か何かでこの虫たちを包囲できませんか!?」
「わかったわ」
ヘキはこくりと頷いて、早速印を結んだ。
「風神招来・風牢結固」
ひゅう。
無風だった洞窟の中の中の空気が動き、渦巻き始める。
ざざざ。
その風に押されるようにして、地面に散らばっていた虫たちはあっという間に中央に集められ、固められた。
「ありがとうございます!」
オルーカはやる気満々の表情で棍を構えた。
「数をこなすのは体力勝負!そっちは任せてください!!」
ぼっ。
彼女の気迫とともに、棍の先に炎が灯る。
「はあああっ!」
勢いよく棍を振り下ろすと、ガッと地面を打ち据える音と共に、ぶちぶち、という嫌な音と、タンパク質の焦げる匂いがあたり一面に広がった。

「……はあ、はあ、ど、どうでしょうか……!」
ようやくすべての虫を潰し終わったオルーカは、肩で息をしながら教官にそう聞いた。
教官はにこりと微笑んで頷く。
「うん、問題ないね。合格」
「やったあ!」
オルーカは喜色満面でヘキを振り返った。
「やりましたね!ヘキさん!」
「……そうね、ありがとう」
ヘキは淡々と礼を言うと、早速奥の魔導石のところへ歩いて行き、水晶玉に点数を入れる。
オルーカは上機嫌な様子で、それを見守るのだった。

<ヘキ・オルーカチーム +40ポイント 計180ポイント>

「スライド……パズル?」

チェックポイントNo.16。
教官から問題を聞いたユキは、きょとんとした様子で首を傾げた。
「ええ。あちらで御座います」
やたらと丁寧なウサ耳獣人の教官が指差したのは、地面に置かれた大きなパネル上の岩だった。
ユキはそれに近づき、上から覗き込むようにして全体を見渡す。
「わ、ホントだ。スライドパズルになってる……えっと…これをこっちに……」
「いい、解き方ならわかってる」
頭の中でパズルを解こうとするユキを遮って、ヴォルフがため息をついた。
「問題は、どうやってこのパズルを動かすかだ」
「どう……やって?」
「重さ100キロの岩、それもパネル状で摩擦力も大きい。力で動かすのは難しいぞ」
「あっ……そ、そうだね……」
ユキはしゅんとして俯いた。
「僕は魔法使えないし……押して動かす、しかないけど……」
ヴォルフが動かすような魔法を使えることを期待して見上げるが、彼は眉を寄せて首を振った。
「残念だが、俺もこんなものを動かすような魔法は使えない」
「そう…なんだ……じゃあ、頑張って二人で動かそうよ!」
「頑張って動かせるものならな」
ヴォルフは嘆息して、パネルの方へ歩いていく。
「まずはこのパネルを移動する。手伝え」
「あっ、う、うん」
先ほどの口論のこともあって多少気まずいユキだが、ヴォルフの態度は何ら変わらない。
釈然としない思いは残ったが、ユキはこれも仕事と自分に言い聞かせ、彼の横に立ってパズルのパネルに手をかけた。
「……んん~~~~~~っっ!!」
顔を真っ赤にして押してみるが、残念ながらビクともしない。
横でヴォルフも同じように力いっぱい押すが、岩は全く動かなかった。
ふう。
ヴォルフは息をつくと、立ち上がった。
「これは、無理だな」
「えっ……」
ユキは顔を上げると、咎めるような視線をヴォルフに送る。
「諦めるの?」
「出来ないことに時間をかけていても仕方がない。これを動かせるだけの魔法が使えないという時点で、俺たちはアウトなんだよ。
引き際も大事だ」
「そんな……」
納得のいかない様子で口を尖らせるユキを尻目に、ヴォルフはさっさと歩き出した。
「イン先生、俺たちはここはリタイアします」
「左様でございますか。お気を落とさず、残りのチェックポイントも頑張ってくださいませ」
「ありがとうございます」
教官に丁寧に礼をすると、ヴォルフはユキを振り返ることもなく歩いていく。
「あ、ま、待って……」
ユキも教官に会釈をし、慌ててそのあとを追うのだった。

<ユキ・ヴォルフチーム +0ポイント 計40ポイント>

「よぉ来た!どうじゃ、頑張っとるかいや?」

チェックポイントNo.6。
ミアとセルクを出迎えたのは、豪快に笑う火人の男性の教官だった。
どこの訛りだろうか、聞きなれない響きの言葉を喋る。ミアは教わった覚えのない教官だったが、セルクは知っているらしかった。
「ガネ先生…よ、よろしくお願いします」
少しはにかんだ様子で頭を下げる。教官に少なからず好意を抱いていることが伺えた。
「おう!では、早速問題に行くで!」
ガネと呼ばれた教官は、傍らに不自然に置かれたサイドテーブルの上に、これまた不自然に置かれたスープ皿のような食器を両手で持ち上げる。
「ここに、水が入った皿がある。こいつに触らんで、そして中の水をこぼさんで、あっちのテーブルまで運んだらクリアじゃけえ」
「え……っと」
教官から告げられた課題を、セルクはうつむいてどうクリアするか考えているようだった。
ミアは横からその顔を覗き込んで、にこりと笑う。
「水をこぼさないようにするのはセルクの魔法なら簡単だよね?」
「え……?」
首を傾げるセルクに、ミアは得意げに言葉を続けた。
「たとえば器の水を凍らせちゃえば手で触れないように無理して転がしたりして運んでもこぼれないと思うし」
「あ……うん、そっか……」
セルクは頷くと僅かに眉を寄せた。
「凍らせれば確かにこぼれないね……でも、転がしていくとなると…転がそうとするときに、やっぱり触らなくちゃいけないんじゃないかな?向こうにたどり着いても、テーブルに乗せるときにまた触らなきゃいけないし」
「あ、そっか……」
セルクの指摘にしゅんとして肩を落とすミア。
セルクは苦笑した。
「大丈夫だよ。ミアちゃんにヒントをもらったおかげで、クリア…できそう」
「ホント?」
ミアがぱっと顔を上げると、セルクはにこりと微笑んで足を踏み出す。
さくさくと草を踏みしめ、サイドテーブルのかたわらまで来ると、セルクは目を閉じて意識を集中した。
「…ホワイト・ブリザード……」
控えめな呪文とともにあたりの空気が冷える。
ぱき。
サイドテーブルの上の皿の水だけが、器用に凍りつき。
そして。
ぱき。ぱき、ぱきぱきぱきっ。
先ほどのNo.1の問題のように、あっという間にあたりの空気が凍りつく。
「うわぁ…!」
ミアが声を上げて感嘆するほど、見事な氷の橋ができあがった。
セルクのそばにあるサイドテーブルから、ゴールであるテーブルまで。少し高さに差があることも幸いして、緩やかな坂になっている。
「ここを滑らせれば、向こうまで届けられるよね」
「すごい!すごいよセルク!」
喜色満面のミアに、セルクは照れたように微笑んだ。
「あとは、このテーブルを傾けて滑らせるだけなんだけど……ミアちゃん、手伝ってくれる?」
「うん!」
ミアは勢いよく頷くと、セルクと協力してサイドテーブルを持ち上げ、軽く傾ける。
さーっ。
氷の上を滑る軽い音がして、皿はゆっくりと氷の橋を移動していった。
ことん。
そして、ゴールのテーブルにたどり着くと測ったかのように動きを止める。
教官は再び豪快に微笑んだ。
「うむ、ようやった!合格じゃ!」
「やったぁ!セルク、よかったね!」
飛び跳ねて喜ぶミアを、セルクは微笑ましげに見つめるのだった。

<ミア・セルクチーム +20ポイント 計70ポイント>

「よく来たな、どうだ、順調か?」

チェックポイントNo.9。
グレンとパスティを待っていたのは、背の高い女性の教官だった。女性なのは間違いないが、身に纏っているかっちりとした服といい、きりっとした物腰や仕草といい、あまり女性的なものを感じさせない教官である。
パスティは嬉しそうに微笑んだ。
「あーっ、ラシェせんせ!こんにちはぁ」
「はい、こんにちは。随分遅かったな」
「うん、先に街の方回ってきたのー。もういっぱい来た?」
「そうだな、ぼちぼちといったところだ。ここは森の入口だからな」
親しげな様子で言葉を交わす教官とパスティ。グレンは黙ってそれを見ていたが、やがて教官が問題を説明し始めた。
「ここから見える範囲内に、1本だけ幻影の木がある。魔法を当てると消えるようになっている。
1度だけ魔法を使って、その木を消す。それがここの問題だ」
「まぼろしの木があるのねー。ふぅん……」
きょろきょろと辺りを見回すパスティに倣って、グレンもゆっくりと辺りを見回す。
「俺には全部実体のある木に見えるんだが……この広い中どう探すんだ?」
「うーん、魔法は1回だけって言ったけど、魔法使うほかは何もしちゃいけない、とは言われてない、わよねー?」
「うん?」
パスティの言いたいことが飲み込めず、首を傾げるグレン。
パスティはにこりと笑った。
「まぼろしの木だからねぇ、触ると、すかっ!ってするの。ひとつひとつ触っていけば、どれがまぼろしの木だかわかると思うのよー」
「な、なるほど……」
確かに、パスティの言うことも道理だ。木を触ってはいけないとは言われていない。
「…だが、ここから見渡せる範囲内の木を全て触るのか……」
途方もない量だ、と改めて周りを見渡すグレン。
だが、パスティはにこりと微笑んだ。
「まぁ、どれがまぼろしの木かは魔導感知でわかるけどぉ」
「……それを早く言え!」
グレンがぴしゃりと言った時には、パスティはもう意識を集中させ、魔導感知を行っているようだった。
「うーん…うーん…」
難しい顔をして気配を探るパスティを、じっと見つめて待つグレン。
やがて。
「……わかったぁ!」
パスティは唐突に顔を上げると、くるりと振り返って身構えた。
「パチパチ、キャンディービット!」
ぱちん。
呪文とともに、パスティの指先から生み出された氷の粒が、指先が示す方向へまっすぐ飛んでいく。
ふっ。
その先にあった大きな木が、氷の礫がぶつかると同時に跡形もなく掻き消えた。
「……すごいな」
魔法は使えるが専門ではないグレンは、パスティの魔法の精度にただ驚くばかりだ。
パスティは嬉しそうに教官を振り返った。
「ふふっ、どぉ?ラシェせんせ!」
「ああ、合格だな。文句なしだ」
「やったぁ」
嬉しそうなパスティの水晶玉に、教官が点数を入れていく。
グレンはその様子を、黙って見守るのだった。

<グレン・パスティペア +30ポイント 計80ポイント>

そして、パスティたちがチェックポイントNo.9を離れて少しして。
がさ、という音に振り向くと、そちらに人影が見えた。
途端、パスティが嬉しそうな声を上げる。
「あっ、ラスティ!」
パスティの声にグレンが振り向くと、パスティの視線の先にはパスティをまるごと黒くしたような容貌の女性が佇んでいた。傍らに背の高い男性の、おそらく冒険者を伴っていることから、彼女もウォークラリーに参加していることが伺える。
ラスティと呼ばれた女性はパスティの呼びかけににこりと妖艶に微笑んだ。
「あら、パスティ。アナタもここにいたのね」
「パスティ、今No.9の問題クリアしてきたのよー。ラスティはこれから?」
「ええ、そうよ」
どうやら2人は知己の間柄であるらしい。不思議そうにその様子を見ているグレンに、パスティはにこりと微笑んだ。
「ラスティはね、パスティの双子のおねーちゃんなのよ」
「ふ、双子?」
少なからず驚いて、改めてラスティを見る。
パスティをまるごと黒くしたような、と思ったが、髪型と顔立ちは似ているものの、パスティが可愛らしい雰囲気であるのに対し、ラスティはやたらと艶っぽい印象があり、そう言う意味でも正反対だ。
「…しかし、髪や目の色が違うだろう」
もっともなツッコミをすると、パスティはにこりと笑みを深めた。
「ラスティはね、赤と黒が好きだから、髪の毛は染めて目はカラコンにしてるのよ」
「……徹底してるな……」
若干引き気味にグレンが言うと、ラスティはにまりと微笑んだ。
「そっちのコが、パスティのボディーガード?」
「うん、グーちゃんよ」
「そう。それじゃあ……」
ふわり。
ラスティのオーラが一変し、かたわらの冒険者が前に出る。
「…始めましょうか?」
「おっ、おい!」
戦いの気配を察し、慌てて声を上げるグレン。
「お前たち、姉妹なんだろ?!何で戦うんだよ!」
「あら、愚問ね?参加者同士が戦って点数を奪い合うルールでしょう?」
「だからって……!」
「そうよねー」
パスティが同意するように言って、グレンは唖然としてそちらを見た。
「お前まで、本気か?!」
「えー、だってー、ラスティとケンカごっこするの久しぶりだしー」
「け、ケンカごっこ?!」
「魔法使うのは初めてだから、パスティちょっと楽しみ♪」
「そういえばそうね、アタシも楽しみになってきたわ」
超乗り気な2人に、改めて唖然とするグレン。
どうやら正反対なのは見かけだけで、この姉妹の根底に流れるものは同じであるらしい。
グレンはくしゃっと髪をかきあげ、ため息をついた。
「相手が戦う気ならこっちも戦うだったよな……仕方ない。いいかパスティ、絶対に前に出るなよ」
「えぇ?」
「行くぞ!」
パスティの抗議の声は無視して、グレンは早速剣を抜き放ち駆け出した。
「であぁっ!」
いつの間にか火属性魔法が付与された片手半剣を振り上げ、上段からラスティの冒険者に斬りかかる。
きんっ。
冒険者も剣の使い手であるらしく、剣と剣が鋭い音を立てて重なり合う。
きん、きんっ。
攻めの姿勢でグイグイと押すグレンの剣を、冒険者はやや押され気味にさばいている。
そこに、冒険者の後ろにいたラスティが高らかに呪文を唱えた。
「血塗られた天使たちに捧ぐ協奏曲!」
ごうっ。
ラスティの指先から風が渦を巻いて放たれる。
カマイタチを伴ったその風はまっすぐにパスティの方向に飛んでいった。
パスティも身構え、その風を迎撃しよう身構える。
が。
「させるかあぁぁっ!」
冒険者の剣を高く弾いたグレンが、風の起動を遮るようにして立ちはだかり、炎をまとった剣を振り下ろした。
ごう。
グレンの剣の炎と、ラスティの術の風が絡まり合い、大きく膨れ上がる。
だが確かに、ラスティの術はそこで止まった。大きな炎と、防ぎきれなかったカマイタチがグレンの服を焦がし、切り裂いていたが。
「ぐ、グーちゃん?!」
まさかあの体勢から術を防ごうとするとは思っていなかったのだろう、パスティは目を丸くして言い募った。
「何してるのー、ラスティの術はパスティがどうにかするからー、グーちゃんはラスティのパートナーに集中してー!」
しかし、グレンはパスティをちらりと見やると、大声で言い返した。
「お前は手を出すな!怪我したらどうする!」
「えぇぇ?!」
今度はパスティが唖然とする番だった。
「なに言ってるのー?!ひとりで2人相手するなんて無理に決まってるのー!」
「やかましい!いいからお前は手を出すな!」
グレンは叩きつけるように言い放ち、剣を取り戻した冒険者と再び切り結ぶ。
かと思えば、ラスティの術を身を挺して防いだりと忙しい。
「くっ……!」
しかし、そんな無茶がいつまでも続くはずはなかった。
冒険者に斬りつけられた腕をかばいながら、膝をつくグレン。
「そろそろ終了かしら?パスティのナイトさん」
からかうようなラスティの言葉に、そちらを睨みやる。
「グーちゃん、無理しないで!パスティも戦うからー!」
「ダメだ、出るな!俺が何とかする!」
全く説得力のないその言葉に、ついにパスティがキレた。

「んもおおぉぉおっ!パステル・スイーツフェスティバル!!」

やたらと可愛らしい呪文とともに、グレンと対峙していたラスティと冒険者の中心から、ものすごい破裂音が響き渡った。
ぼすん、ぱん、ぱぱぱぱぱん!
「きゃあぁっ!」
「うわぁっ!!」
大気中の水蒸気が全て弾け散っているかのような爆発に、ラスティと冒険者はたまらず吹っ飛ばされた。
そして、その近くにいたグレンも同様に。
「わぁっ?!」
とばっちりを受けて吹っ飛ばされ、地面に倒れ伏すグレン。
冒険者はラスティをかばって怪我をしたようだった。
「……あーあ、パスティがキレちゃった。ここは逃げるが勝ちね」
ばさり。
こちらも少なからず怪我をしたラスティが、黒い翼を出して冒険者を抱え、あっという間に飛び去ってしまう。
パスティはそれには構うことなく、グレンのもとに駆け寄った。
「グーちゃん!」
「パ……スティ……おま……」
「ほらっ、回復するからー、じっとしてて!」
パスティは相当腹立たしい様子で、それでもグレンを助け起こすと、回復魔法をかけ始めた。
「………」
その怪我の半分位はさっきのお前の魔法のせいだがな、と言いたいのをこらえて、黙って治療を受けるグレン。
パスティの魔法はグレンの傷をみるみる治していき、グレンの血が止まったところでパスティはふぅと息をついた。
「…お前、ちゃんと人の話聞いていたか?」
そこに、眉を寄せたグレンが不機嫌そうに言葉をかける。
「手を出すな、前に出るなと言っただろう」
「グーちゃんこそ、パスティのおはなし聞いてた?」
パスティは珍しく不機嫌さを顕にしてグレンに言い返した。
「グーちゃんはケガしたらめーなの、って言ったでしょー?」
ぺちん。
魔法で治した箇所を叩いて、グレンを睨む。
「グーちゃんがパスティのおはなしきかないなら、 パスティもグーちゃんの言うことなんか、きーきーまーせーんー!」
エレメンタリーの子供がするような腹立たしい口調で言い放ち、ぷぅと頬をふくらませて。
「子供か、お前は……っ」
グレンは腹立たしい気持ちをぐっとこらえて、それだけ言い返した。張り飛ばしたいのはやまやまだが、相手は年端も行かぬ少女、おまけに学生で、さらには依頼人であり護衛対象だ。手を上げるのは色々な意味でまずい。
「前にも言ったがパスティが怪我してないなら護衛として問題ないだろう。
俺の怪我についてごちゃごちゃ言われる筋合いはない」
グレンの言葉に、パスティは変わらず不機嫌そうな口調で言い返した。
「グーちゃんがなんて言ったって、パスティが!グーちゃんが怪我するのがやーなのー!
グーちゃんがパスティのお願い聞かないで勝手にするなら、パスティも勝手にするのー!」
一方的に言い放ってから、立ち上がってずんずんと歩き出す。
「ったく、どっちが分からず屋だ……っ」
以前に言われたことを思い出し、低くそれだけ毒づいて、しかしグレンも立ち上がると、無言でパスティの後を追うのだった。

§3-3:My dear sister

「いらっしゃい、お疲れ様」

チェックポイントNo.14。
アフィアとミディカを出迎えたのは、ニコニコと機嫌の良さそうな優男の教官だった。
「ジェームズしゃ。今回はここの担当でちゅか」
「そうだね、森の中でやるのはどうかと思うし」
気安く会話をするミディカと教官。どうやら普通に話をする仲であるらしい。
「あーたが担当とゆーことは、ゴーレムでちゅか?」
「ふふ、さすがだね。そこまで分かってるなら話は早いよ」
グリーンと呼ばれた教官は、にこりと笑みを深めると、ぱきんと指を鳴らした。
ず。
同時に、かすかな地響きを感じて、アフィアは辺りを見回した。
ず。ずずず。ずももももっ。
次の瞬間、大きく地面が揺れ、教官の背後が隆起したように盛り上がる。
「!………」
アフィアが驚いて目をむいた時には、隆起した地面はゴツゴツとした人型を取っていた。
教官の背の2倍はありそうな大きさの、いかにもゴーレムといった様相の土人形である。胸には赤い宝石が埋め込まれていて、一際目を引いた。
「ルールは簡単。この魔道石に水晶玉を当てれば、点数が入る。でも、普通に攻撃してくるから気をつけてね。
あ、もちろんゴーレムは倒しちゃってもいいからね」
「なるほろ」
ふむ、と唸って、ミディカはゴーレムを睨み上げた。
そのミディカを見下ろして、アフィアが淡々と言う。
「普通に、戦って倒す、いい、思います」
「そーでちゅねえ」
「やはり、ゴーレム、こうあるべき」
「んむ?」
「遠慮なし、攻撃できる、すばらしい」
「……攻撃できないゴーレムに遭遇したことがあるでちゅか?」
「のーこめんと、です」
詳細は「ママをさがして」をご参照ください(久々宣伝)。
「まーでも、戦って倒すのが手っ取り早いでちょーね」
「そこまで自信満々だと、僕としても少し面白くないな?」
教官は相変わらずの笑顔のまま、そんなことを言った。
「じゃあ、早速始めようか。作戦名・荒野の白兎、ミッションスタート!」
それが呪文なのだろう。教官が言葉を発すると、ゴーレムはずずず、という耳障りな音と共に動き始めた。
「ミディカさん、下がる、いい、です」
「わかってまちゅ!」
アフィアが言うより早く、ミディカは既に後退して魔法を使う体制を取っていた。
アフィアは身構え、ずしん、ずしんと音を立ててこちらに歩いてくるゴーレムを睨む。
「ゴーレム、弱点ある、ですか」
「その弱点をつく術を使いまちゅ!そりまで、あーたはそいつの相手をしてるでちゅ!」
「わかり、ました」
アフィアは頷いてぐっと腰を落とし、それから一気に駆けだした。
自分の背丈の2倍以上はあろうかというゴーレムに、ひるむことなく突っ込んでいく。
ごす。
「……っ」
ゴーレムの腹を殴ってみるが、案の定かなり硬かった。
「……ダメもと、ダメ、でした」
ジンジンと痛む手を抑えて、殴りかかってくるゴーレムの攻撃を避けるアフィア。
幸いにもゴーレムの動きはかなり鈍かった。2発、3発と繰り出してくる攻撃も難なく避け、高く飛んで蹴りを食らわせる。
少しだけバランスを崩したが、流石に重いようで倒れはしない。地面に着地したアフィアは続いて繰り出された攻撃も低くしゃがみこんでかわし、逆にその足をとって思い切り引っ張る。
ぐらり。
さすがに不安定なところを思い切り引っ張られては、ゴーレムの重心も傾こうというものだった。
ずしん。
重い音を立てて、ゴーレムが尻餅をつく。
そこに。
「よくやりまちた!あとはあたちに任せなちゃい!」
術を完成させたらしいミディカが、嬉しそうに声を上げた。
「天空の青龍、地上の土精、地底の夢魔!」
いつものたどたどしい口調とは別人のように、高らかに唱え上げ、ばっと手を上げる。
「地のことわりを曲げて生まれた哀れな土塊を、あるべき姿に戻せ!」
ぼごっ。
その呪文とともに、ゴーレムの腕が、足が、異様な形に膨れ上がる。
ぼご、ご、ごごごごっ。
まるで波打ってでもいるかのように不気味に形を変えたかと思うと。
「……!……」
音もなく、ゴーレムは下の土塊に戻った。
さらさらという音と共に土が風に流され、ゴーレムの胸にあった赤い魔道石が露わになる。
「ふー。やれやれでちゅね」
いつの間にか傍らに来ていたミディカが、自分の水晶玉をその石に触れさせた。
「これでいーでちゅか?」
「はいはい、合格だよー。うーん、やっぱりミディカちゃんに土で対抗しようっていうのが間違いだよねえ」
教官は苦笑して頷いた。
アフィアはその様子に安心したうに、胸を撫で下ろしてぽんぽんと服の埃を払った。
「合格、よかったです」
「ま、当然でちゅね。では、次に行きまちゅ」
「了解、です」
淡々と言葉を交わし、二人は早速次のチェックポイントへと向かうのだった。

<アフィア・ミディカチーム +40ポイント 計130ポイント>

「問題、解決する、楽しい、ですね」

次のチェックポイントへの道すがら。
唐突にそんなことを言いだしたアフィアに、ミディカはきょとんとして彼を見上げた。
「そーでちゅか?」
「はい。うち、学校、初めて。頭つかう、問題解決する、楽しいです」
「まー…これが学校と思われるのも問題があるかもしれまちぇんが……」
ミディカは複雑な表情で言って、それから少し嬉しそうに微笑んだ。
「ま、この学校の課題は歯ごたえのあるものが多いでちゅからね。
楽しくやれてるんならあーたは見込みありってことでちゅよ」
「そう、ですか?」
アフィアは無表情のまま、わずかに首をかしげた。
「うち、つかう、魔術、偏ってます。
今回、課題、とく、うちつかう、魔術、役立たないです」
「んまー……そうでちゅねぇ…」
認めざるを得ない、というように、ミディカ。
「実戦なら、使いようによっては効果があるとは思いまちゅけど…」
「その通り、です」
アフィアがこれまで、彼の言う「魔術」を使ったのはたったの3回。そのどれもが実戦での発動であったのだから、使い道を選ぶ術であることに異論はない。
「でも、頭、使う、すごく、楽しい。
ミディカさん、魔法、使うところ、勉強、なります」
「あーたも、他に術を勉強してみるといいでちゅよ。
あーたならいい術使いになると思いまちゅけどね?」
「………」
アフィアは急に口をつぐみ、じっとミディカを見た。
「な、なんでちゅか?」
「ミディカさん、姉さま、いる、言ってました」
「そ、そりがどーかちまちたか?」
「ミディカさん、家、いるとき、姉さま、魔術、教わる、するですか?」
若干羨ましそうな無表情で問うアフィアに、ミディカはむうと渋い顔を作った。
「あたちは、寮住まいでちゅからね。お姉ちゃまとは今は一緒に住んでないでちゅよ」
「そうなのですか?」
きょとんとして首を傾げるアフィア。
心底不思議そうに、続ける。
「同じ町、住んでいる、一緒住む、普通、思いました。生徒、必ず、寮、はいる、規則、ですか?」
「規則ではないのでちゅが……」
ミディカは言いにくそうに視線をそらした。
「あたちは校長の勧めもあって、寮で暮らしてるでちゅよ。
あたちもそうしたほうがいいと思いまちゅ」
「……そう、ですか」
何やらわけありであるらしい。
それを察したアフィアは、もうこの話題に触れるのは辞めた。

「おや。ご無沙汰しております、今回は護衛をしていらっしゃるのですね」

チェックポイントNo.16。
出迎えた丁寧な物腰の教官に、ミケはびくっとして身構える。
「あ、えーと、お久しぶりです…」
「イン先生をご存知ですの?」
不思議そうに問うクリスに、ミケは慌てて首を振った。
「あっ、いえ、前回のウォークラリーの時に少しお話しただけです」
「……でしたら何故そのように慌てていらっしゃるのです?」
「いやその……前回とてもびっくりさせられたので…」
「びっくり?」
「……なんでもないです……」
詳しくは前回「マジカル・ウォークラリー!」をご参照ください。
二人の会話を、教官はニコニコしながら聞いている。
ミケはそちらを少し恨めしげに見やってから、改めて口を開いた。
「それで、ここの問題を教えていただけますか?」
「かしこまりました」
恭しく一礼して、教官は背後の地面を手で指し示した。
「あちらにございますスライドパズルを解くのがこのチェックポイントの課題でございます」
「スライドパズル……?」
首をかしげ、教官が指し示した方に目をやる。
「…それだけで、いいんですか?」
思わずミケが訊くと、教官はにこりと笑みを深めた。
「それだけ、と仰言いますが、あのパネルは1枚100キロほどの重さがございます」
「100キロ…!」
思わず驚きの声を上げたのはクリスだった。
「それを動かしてパズルを解く…確かに難題でございますわね」
「最短手を考える必要がありそうですね……」
難しい顔をしているクリスの傍らで、スライドパズルを頭の中で解いているらしいミケ。
クリスは彼を見上げ、眉を少し寄せた。
「それよりも、どう動かすかが重要ではございませんこと?」
「あー、そうですね……。解法としては、例えば、僕が浮かせて、クリスさんが押す、とか。これなら自分で動かしたことになるかな、と」
「別にラスフォード様が解決されることは必須ではございませんよ?」
教官が言い、ミケはきょとんとした。
「そうなんですか?」
「はい、そのようなルールはございませんし。ただ、冒険者の方が解いてしまわれることに生徒がどのような感情を持つかについては保証いたしかねますが」
「ああ……それは確かに……」
「そのような会話はぜひ生徒がいないところでしていただきたいものですわ」
刺々しいクリスの言葉で我に返ってから、ミケは慌てて話題を戻した。
「え、えっと!それがダメなら…例えば、このパネル、魔法で、ばきっと4分割、とかやったら駄目ですかね……?25kgなら2人と1匹で動かせないかなぁって。動かす回数は格段に増えますし、最短手を考えないと、苦労しますけど」
「4分割していただくのは一向に構いませんが、その場合問題を終えたら元に戻していただけるということで宜しいですか?」
「えっ」
教官の言葉にぎょっとする。
「も、戻すんですか?」
「もしくは、弁償していただくことに」
「そ、それは困ります」
今のナシ、と手を振って、ミケはこっそり嘆息した。
「仕方ないですね……とりあえず、先ほどの浮かせて動かすというのをやってみましょうか。
いいですか、クリスさん」
「承知いたしましたわ」
「では、まずあの右下のパネルを動かします」
ミケは言ってから、目を閉じて意識を集中させた。
「風よ……っ」
ひゅう。
魔導の構成を紡ぐと、ミケを中心に風がふわりと巻き起こる。
だが。
「……っ……」
ミケがどれだけ集中しても、大きな岩のパネルはぴくりとも動かない。
ミケの魔力が制限されているせいもあるだろうが、何より先程受けた傷が治りきっておらず、彼の集中力を著しく削いでいた。
「……ダメ、ですね」
諦めて術を解除するミケ。
「そうですか……でしたら、仕方ありませんわね」
クリスは嘆息して教官に言った。
「わたくしたちは棄権いたしますわ」
「かしこまりました」
再び恭しく頷く教官。
「では、今後の問題も頑張って下さいませ」
彼の見送りを受け、クリスとミケはわずかに悔しげな表情でその場をあとにするのだった。

<ミケ・クリスチーム +0ポイント 計70ポイント>

「……クリスさん、あの」

再び次のチェックポイントへと歩き出したところで、ミケは言いにくそうにとクリスに声をかけた。
「すみません、提案なんですが。他の生徒に遭遇して戦う時……敵わないと思ったら、逃げることを、考えてはいただけませんか?」
「……え?」
クリスの表情は、思いもよらないことを言われた、という風ではなかった。
どことなく、そんなことを言われるのではないかと予感していたような表情。
ミケは嘆息した。
「相手に背を向けない勇気と誇りは、素晴らしいものですし、僕もそうありたいと思います。
でも、無謀は、また別物です。……そこは間違えるべきで はないと思いますよ」
やはり、彼を知る者が聞いたら全力で『お前が言うな』と言いそうな発言だが、ここで彼に突っ込む者はいない。
ミケは続けた。
「僕自身、戦力として今現在数えにくいんです。開会式の時に見た顔ぶれだったり、前回見せてもらった成績から考えると、生徒さんたちに遭遇したと き負ける可能性も高いと思います。無理をして負けて怪我を負うよりも、敵わないと思ったら逃げるのも一つの選択ではないでしょうか?」
「……っ、しかし、敵を前にして背を向けるなど……!」
納得できないという様子で言い返すクリスに、にべもなく首を振って。
「優先順位は、あった方が良いと思いますよ。ウォークラリーでの勝利か、相手に背を向けないことか。何を、もっとも重視するか。何もかも、は今は無理じゃないでしょうか?」
「………」
「何度か戦闘したりしましたが……僕らは、はっきり言って、弱いでしょう?あなたは聡明です。それくらいの現状把握はしているはずです。これ以上怪我をする前に、勝てないと思ったら撤退した方が、僕はいいと思うし、ウォークラリーで勝つためには、それが最善だと思います」
落ち着いた、諭すようなミケの言葉に、クリスは無言のまま、悔しそうに俯いた。
ふう、と息をつくミケ。
「プライドなんてね、誰かの命の前じゃ些細な問題ですよ。……僕は誰かと冒険しているなら皆の命を考慮する。いくら負けたくないと思っていても、 それは誰かを犠牲に成り立たせることじゃないと思うんです。チームでやっているなら、僕の命も僕だけのものじゃないし、守るべきものです。……僕の優先順位では、人の命は一番上位だと思っていますから。
……ただ、依頼主はあなたです。あなたがそれでも戦うというなら、僕はそれに従いましょう。でも、名誉と命とを秤にかけたら、どっちが重いんですか?」
「……っ、それは……」
クリスはまだ迷っている様子で、ミケから視線を外し、苦しそうに言葉を紡ぐ。
「それでも、わたくしには……でき、ません。
逃げることなど……逃げてしまっては…わたくしには」
それきり、口を噤むクリス。
ミケは苦笑した。
「……わかりました、申し訳ありません。頑張りましょう」

「スライドパズル……ですか」

同じく、チェックポイントNo.16。
ミケたちと入れ違いに訪れたオルーカとヘキは、教官に問題を告げられて同じようにパズルの方を見た。
「随分大きなパズルですね……」
「はい。1枚が100キロほどございます」
「100キロですか!それは……持ち上げるのは少ししんどいですね」
「左様でございますね。それから、持ち上げるにしても30センチ以上上に上げることも禁止させていただきます」
「ええっ、30センチですか!それは緻密な作業ですね……」
オルーカは眉を寄せて唸った。
「パズルは遠くから見ればなんとか解けるとして…問題はこのパネルをどう動かすかですよね…
またヘキさん頼みで申し訳ないんですけど…パネルを30センチ未満で浮かせて動かすって可能ですか?」
「少しコントロールが難しいかもしれないわ。風の結界で固めることはできるけれど、30センチ浮かす、動かす、そして何より岩を壊さずに維持するということが」
「なるほど……では、動かすのは私がどうにかやりますから、ヘキさんは頑張って浮かせていただいていいですか?」
「…それならどうにかやってみるわ。100キロだけれど…貴女は大丈夫なの?」
「ち、力仕事なら任せてくださいっ」
「では…まずは右下のパネルから動かすわ」
「はいっ」
ヘキは早速身構え、意識を集中した。
「風牢結固」
ふわり。
ヘキの呪文とともに、指定した右下のパネルが浮く。
オルーカは早速その傍らへと駆けていった。
風の結界に包まれたそれを、手で押そうとしゃがみこむ。
が。
「……いけない、離れて」
「え?……っきゃああ!」
ごう。
ヘキの固めた風の結界に触れたオルーカは、一瞬でその結界に巻き込まれ、あらぬ方向へすっ転んでしまった。
ごす。ごっ。
オルーカが転ぶ鈍い音と、それとは別の鋭い音。
「これは……」
教官が少し驚いたように声を上げた。
「風の結界に物理的に干渉したことで術が乱れてしまったようですね」
教官の言葉の通り。
すっ転んだオルーカ同様、制御不能になった風の結界に巻き込まれ、浮かせていたパネルもまたあらぬ方向に横転していた。
当然、その際に30センチという規定ラインは大きく超えてしまう。
「ああぁ………す、すみません……」
しょんぼりと肩を落とすオルーカ。
ヘキは淡々とした様子で嘆息した。
「仕方がないわ。風の結界に触れることでこうなるということが予測できなかった、私の責任よ」
「ヘキさん……」
「ここは不合格、ね。次へ行きましょう」
「は、はい……あの、ありがとうございました」
オルーカは立ち上がると、教官に小さく礼をして、さっさと歩き出したヘキの後ろをついていく。
教官はその後ろ姿を、相変わらずの笑顔で見送るのだった。

<オルーカ・ヘキチーム +0ポイント 計180ポイント>

「こんにちはぁ、お疲れ様ですぅ」

チェックポイントNo.8。
セルクとミアを出迎えたのは、妙に間延びした口調の女性の教官だった。
「ここではぁ、的を壊してもらいますぅ」
「的……ですか」
教官の告げた問題にセルクがきょとんとして言葉を返すと、教官はまっすぐに上を指差した。
「あれですぅ」
その指の先には、輪を描いて上空を飛び回る1羽の鳥。
そして、その足には確かに、弓の的にするような丸い板がくくりつけられていた。
「あの的をどうにかして破壊してくださいぃ。ただし、鳥を傷つけたら失格ですぅ」
「的を破壊、か……」
ミアは眉を寄せて呟いた。
「ミアの火の魔法だと火力の調節が難しくて鳥さん傷つけちゃいそうだから、セルクの水の魔法の方が向いてるかな」
「そ、そう……だね」
「優しいセルクなら鳥さんを傷つけるなんてことできないから絶対成功するよね?」
「え、えーっと……」
よくわからないプレッシャーをかけるミアに、セルクは目を泳がせてから深呼吸をした。
「じゃ、じゃあ……いきます」
「どうぞぉ」
間延びした教官の声を合図に、セルクは目を閉じて意識を集中させる。
「……パープルレイン……」
ペットショップでも使った、眠りの魔法だった。
「ああ…!セルク、さっすが!」
眠りの魔法ならば、鳥を傷つけることはない。
上空を飛び回っている鳥だったが、セルクの魔法はどうにか鳥に届いたようだった。
ふ、と体の力が抜けたようになった鳥は、そのまま地面に向かって落下する。
「わ、わわわ!」
ミアは慌てて鳥の落下地点に走り、どうにかその体をキャッチする。
「よっし!それで……こうだね!」
そして、鳥の足から的を外すと、勢いよく地面に叩きつけた。
ぱきん。
硬い音がして、的が真っ二つに割れる。
「魔法で壊さなきゃいけない、とは言ってないもんね!これで合格、でしょ?」
「はいぃ、合格ですぅ」
教官は相変わらずの間延びした口調でそう言って、セルクの水晶玉に点数を入れる。
「やったね、セルク!ここも合格だよ!」
「う、うん……ありがとう、ミアちゃん……」
我がことのように喜ぶミアに、セルクも照れたようにはにかむのだった。

<ミア・セルクチーム +20ポイント 計90ポイント>

「それにしてもセルクは魔法が上手なんだね~、チェックポイントの問題も魔法で次々クリアしちゃうし」
次のチェックポイントに向かう道すがら、唐突にそんなことを言われ、セルクは照れて俯いた。
「そ、そんなこと…ないよ」
「セルクはきっと凄い魔道士になれるよね!」
「そう……かな?」
ウキウキした様子のミアの言葉に、セルクは少し表情を曇らせて首を傾げる。
しかしそれに気づくことはなく、ミアは眉を寄せて大きなため息をついた。
「それにくらべてミアはまだまだ魔法の使い方が下手だから、もっと勉強しないと~」
問題を解こうと頑張ってはいるのだが、どうにも空回り気味なのはミアも自覚していた。
セルクは何をどう言おうかと逡巡した様子で、それでもたどたどしく言葉を紡ぐ。
「勉強は…頑張れば頑張っただけ身につくものだよ」
柔らかく微笑んで。
「真面目にきちんと頑張ってれば、必ず結果はついてくるから……」
「うん、そうなんだけど…」
しかし、ミアの表情は晴れなかった。
「ミアは早く魔法を上手に使えるようになりたいな…」
「ミアちゃん……?」
少しだけ、追い詰められたような真剣な表情を見せるミアに、セルクはそれ以上何も聞けずにいるのだった。

§3-4:Game of Tag

「ゴーレムの破壊、か……」

チェックポイントNo.14。
教官に問題を告げられ、ヴォルフは表情を引き締めた。
「いいだろう、始めてくれ」
およそ教官に告げるとは思えない不遜な口調でそう言うと、身構える。
傍らにいたユキも、それに倣い身構えた。
にこり、と笑みを深める教官。
「じゃ、始めよっか。作戦名・サムスンの尻尾、ミッションスタート!」
呪文とともに、ずももも、とゴーレムが動き始める。
ヴォルフは剣に炎を纏わせると、早速ゴーレムに向かって駆け出した。
「はっ!」
気合とともに剣を一閃するヴォルフ。
ゴーレムの腹に裂傷が走り、土を焼く匂いが充満する。が、当然ゴーレムであるので、それで動きが鈍るわけではない。
ユキはヴォルフから少し離れたところでステップを踏みながら様子をうかがっていた。
「………」
ヴォルフに当たらないよう注意して時折ナイフを放つが、ゴーレムに致命的なダメージは与えられない。ゴーレムの注意をひきつける目的なのだが、もとより心など持たないゴーレムが命令以外の行動をするはずもない。
結果として、どう攻撃すべきか逡巡している格好になっていることに、苦い表情でユキはナイフを握りしめた。
「せいっ!」
そんなユキの様子を気にする風もなく、ヴォルフは順調に刃を繰り出していた。
ざす、ざす、と剣が食い込むが、やはり一向にゴーレムの動きが鈍くなる様子はない。
「ちっ……」
ヴォルフは舌打ちして、剣を持っていた手をゴーレムの腹に立てる。
がち。
剣の柄が硬い体にぶつかり、耳障りな音を立てる。
剣を掴んだまま手のひらを岩肌についた格好で、ヴォルフは素早く呪文を唱えた。
「フレイム!!」
ごう。
ヴォルフの手を中心に、あっという間に炎が燃え広がる。
「!………」
ヴォルフが放った魔法に驚いて立ちすくむユキ。
炎の柱に焼かれたゴーレムは、鎮火する頃にはすっかり動かなくなっていた。
「……ふう」
息をついて剣を収め、水晶玉を取り出すヴォルフ。
固まったゴーレムの胸に光る魔道石に水晶玉を触れさせると、ほのかに光って点数が入る。
「これでいいか」
ヴォルフが教官に言うと、教官はにこりと微笑んだ。
「うん、合格だね。お疲れ様」
「じゃあ、行くぞ」
ヴォルフはそっけなく言うと、ユキの返事も聞かずに歩き出した。
ユキは釈然としない表情で、それでも無言のままついていくのだった。

<ユキ・ヴォルフチーム +40ポイント 計80ポイント>

「…あれは」

唐突に足を止めたヴォルフに、ユキはきょとんとして彼の視線を追った。
「あ……!」
視線の先には、確かに開会式の時に見たミリー校長の姿。
だっ。
ユキはその姿を認めるやいなや、一気に駆けだした。
「あ、おい!」
ヴォルフが止めようとするのも聞かず、ユキは腰に装備していな鞭を手に取ると、ミリーに向かって全力で走った。
「……っ!」
声を上げずに鞭を振るう。長くしなやかな革のムチは、ミリーの足元へと正確に伸びていった。
だが。
ふわり。
なんの前触れもなくミリーの体が宙に浮き、ユキの鞭は空を切る。
「くっ……!」
ユキは焦りの見え隠れする表情で、もう一度鞭を構えた。
だが。
「純白の狂気」
ぶわ。
ミリーの呪文とともに、唐突に大量の霧が発生する。
「……っ?!」
ユキは突然のことに驚き、さらに伸ばした指先も見えないほどの濃い霧にミリーの立ち位置さえわからなくなる。
目に頼らず気配を追ってみるが、人の気配は全く感じられない。
「っ、そんな……!」
ユキは戸惑ったようにあたりをきょろきょろと見回した。
と、そこに。
「ウィンドクロー!」
ごう。
ヴォルフの声が響き、次の瞬間にあたりに風が巻き起こる。
風はあっという間にあたりの霧を綺麗に払い去った。
「……逃げたか」
いつの間にかヴォルフが後ろにいたことに驚き、彼を見上げるユキ。
それから彼の視線を追って、先程までミリーが立っていた位置に目をやるが、そこには彼の言うとおり既にミリーの姿はなかった。
「………」
またも役に立てなかったことに唇を噛み締めるユキ。
ヴォルフはその様子に気づいているのかいないのか、嘆息して歩き出した。
「仕方ない。次の機会を待つか。行くぞ」
「………」
ユキは無言でその後をついていくのだった。

「病気の植物……?」

チェックポイントNo.11。
教官が告げた問題に、パスティは不思議そうに首をかしげた。
「そうです」
にこりと微笑んで頷く教官。
「病気の植物を探し出し、魔法で治す。それがこのチェックポイントの問題です」
「わかったわー」
パスティは少し元気のない様子で頷くと、早速辺りを見回しながら森を歩き始める。
グレンも無言で、パスティとは反対方向に歩きだし、病気の植物を探し始めた。
「………」
先程ケンカをしてからかなり気まずい。しかし、自分は悪くないのだから謝る気もない。
グレンは内心でそう呟きながら、辺りを見回した。
(病気の植物って言うと実が小さかったり、葉っぱに白い斑がや茶色っぽい斑点があったり、枯れたり……ってのがあったな)
師匠の家庭菜園を手伝っていた時の知識だ。
もっとも、その時は病気の植物は基本的に間引いてしまっていたのだが。
(……ん)
足元に目をやると、不意に木の根元に生い茂る草莓が目にとまった。
すぐにしゃがみこんで、近くでよく観察する。
(身が小さくて……葉に黒い斑点。これか……)
グレンは頷くと立ち上がり、ぶっきらぼうにパスティに声をかけた。
「おい、これじゃないのか」
パスティはグレンの声に振り返ると、とててて、と無言で駆け寄ってくる。
「……そうみたいー。回復、するわねー」
口数少なにそれだけ言って、パスティは草莓に手をかざした。
「……スイート・キャラメルラテ」
ふわ。
パスティの手が仄かに光り、草莓の葉の斑点がみるみるうちに消えていく。
パスティは、ふう、とため息をつくと、立ち上がって教官の方を見た。
「フローラせんせ、これでいい?」
「はい、合格です」
綺麗な笑顔で頷く教官。
だが、グレンとパスティの表情はまだ晴れないのだった。

<グレン・パスティチーム +30ポイント 計110ポイント>

「お疲れ様ですー」

チェックポイントNo.15。
アフィアとミディカを出迎えたのは、のほほんとした様子の陽光人の男性教官だった。
「クーしゃ、あーたまたここの担当やってるでちゅか」
「はいー、くじ引きで決めてるんですけどねー、なぜかまたここになってしまったんですよー」
「ある意味すごい確率でちゅね……」
やはり気安く言葉を交わすミディカと教官。
アフィアが黙ってそれを見守っていると、教官は変わらぬのほほんとした口調で問題の説明を始めた。
「今回はですねー、この崖の上に置いてある魔道石を取ってくるのが課題ですー」
「取ってくる、でちゅか」
ミディカは少し驚いたようだった。
「前回は、上まで行って点数を入れてくる、でちたよね?」
「はいー、水晶玉は本人が持っている決まりですからねー。今回はー、持ってきてもらわなきゃいけないんですよー」
「持ってきてもらう?」
「はいー」
教官はにこにこしながら、問題の説明を続けた。
「今回はー、行ってもらうのは生徒さんご本人ではありませんー。パートナーさんに行ってもらってー、魔道石を取ってきてもらうんですよー。そしてー、取ってきた魔道石を使ってー、点数を入れていただくわけですー」
「なるほろ……」
ふむふむ、と頷くと、ミディカは傍らのアフィアを見上げた。
「あーた、空は……」
「飛べます」
即答。
ミディカはにこりと満足げに微笑むと、うんうんと頷いた。
「では、あーたに任せまちゅ」
「了解、しました」
アフィアが頷いた、次の瞬間。
すう、と、彼の周りを青い薄霧が取り囲んだような気がした。
しゅう。
軽い音と共に、アフィアの姿が青色一色に染まる。
「おー……」
感心したような教官の声。
あっという間に、アフィアの姿は人間大の鳥……というよりは、鳥の姿をした竜へと変わっていた。
「部分変身でちゅか、やりまちゅね」
ミディカの言葉に頷いて、アフィアは早速ばさりと翼を広げ、あっという間に空へと飛び立つ。
ばさ。ばさり。
大きく翼をはためかせ、ぐんぐんと上空へ上がっていくアフィア。
その姿は崖の頂上も通り越し、さらに上へ上へと飛んでいった。
「……どこまで行く気でちょ……」
半眼でミディカが呟いたところで、くるりと体の向きを変え、今度は急降下する。
降下というよりはほぼ落下に近い。すごいスピードで崖の頂上に近づくと、ギリギリのところで急旋回した。
しゅん。ぱしっ。
その嘴には、魔道石の赤い光。
難なく石を手に入れたアフィアは、地上に降り立つと変身を解いた。
「魔道石、です」
「よくやりまちた!では早速……」
水晶玉を魔道石に触れさせ、点数を入れるミディカ。
「よしよし、これでクリアでちゅね!」
「……ちなみに、聞きます」
アフィアは淡々とミディカに尋ねた。
「もし、パートナー、飛べない、どうした、ですか」
「もちろん、あたちの術で上まで飛ばしまちたよ?」
別にどうということもなく答えるミディカ。
「あたちのエレメントは土でちゅが、普通に風の魔法も使えまちゅ。自分にかける魔法を、相手にかけるだけのことでちゅ。
まー、上まで飛ばしたあとにうまく着地できるかどーかは本人の資質によりまちゅが」
さらりと怖いことを言って。
ミディカは上機嫌で魔道石を教官に返すと、しゅたっと手を上げた。
「では、あたちは行きまちゅ!」
「はいー、お気を付けてー」
意気揚々と歩き出したミディカと、それについて淡々と歩き出すアフィアを、教官は微笑ましげに見送るのだった。

<アフィア・ミディカチーム +40ポイント 計170ポイント>

「ゴーレムを破壊、ですか……」

チェックポイントNo.14。
教官から問題を告げられ、ミケは難しい顔をしてクリスを見た。
「……クリスさん、壊せます?」
ミケの質問に、クリスは眉を顰めて俯く。
「……少し、難しいですわね」
「そうですか…あなたとポチに、素早く、身が軽くなるように風魔法をかけるくらいでしょうかね。ポチに陽動してもらって、あなたが直接魔導石を狙う、と。……どうでしょう?」
「……それで可能性が生まれるのならば」
苦い表情で言うクリス。
ミケは苦笑して、教官の方を向いた。
「チャレンジします。始めていただいていいですか?」
「はーい、了解」
教官は軽く言って、身構える。
「作戦名・おてんば王女の冒険、ミッションスタート!」
ぐらり。
教官の呪文とともに、ゴーレムがゆっくりと動き始める。
同時に、ミケは意識を集中させ、術を構成した。
「風よ、友に軽やかな風の衣を!」
ひゅう。
クリスとポチを風が包み、その身を軽くする。
「ポチ、行きなさい!」
ミケの号令とともに、ポチはみるみるうちに巨大化した。
「にがーご」
鈍い鳴き声を上げて、票ほどの大きさになったポチはまっすぐにゴーレムに向かって駆けていく。
「にがー!」
大きな鳴き声とともにゴーレムに飛びかかるポチ。
がっ。
その腕にがしっと飛びつくと、爪と牙を立てる。
ごごご。
ゴーレムは鈍い動きながらも、ポチを振りほどこうと大きく腕を動かす。
「ぐるるる」
必死になって腕にしがみつくポチ。
「クリスさん、今です」
「っ、判っておりますわ!」
クリスは剣を抜き放つと、ゴーレムの懐に潜り込んだ。
「せいっ!」
かきん。
突きを繰り出すが、しかしゴーレムの体は想像以上に固く、簡単に剣を弾いてしまう。
「クリスさん、違います!ゴーレムがポチに構っている間に、胸の魔道石に触れてください!」
ミケが言うが、クリスは眉を寄せて声を上げた。
「簡単におっしゃらないでくださいな!」
確かに彼女の言うとおり、ポチが食らいついている腕をゴーレムがぶんぶん振り回しているおかげで、胸の魔道石に触れることはかなり難しそうだった。
「一体、どうやって……っきゃあ!」
ごっ。
ゴーレムはポチがまとわりついた腕ごと、クリスを力任せになぎ払う。
どさ。
弾き飛ばされたクリスは、ポチと共に地面に倒れ伏した。
「ポチ、クリスさん!」
慌てて駆け寄るミケ。
「すみません、これ以上は無理です!棄権させてください!」
「なっ……」
クリスを助け起こしながらのミケの言葉に、クリスは驚いて声を上げた。
それを見下ろし、強い口調で返すミケ。
「駄目です。あなたには無理です。怪我をする前に引くのも戦術です」
「…っ………」
クリスはミケから目をそらすと、黙って彼の回復魔法を受けるのだった。

<ミケ・クリスチーム +0ポイント 計70ポイント>

「……あれは」

一通り回復魔法をかけ終え、次のチェックポイントへ向かう道すがら。
山かげに見えた姿に、クリスは驚いて目を見開いた。
「うわ……ミリーさん。こんなタイミングで……!」
前方を歩くミリーに、ミケは悔しげに歯を噛み締める。
正直、ヘキとオルーカのチームと戦った時の傷がまだ完全に癒えていない。この状況で追いかけるのは危険だった。
「…行きますわよ!」
「あ、ちょっと、クリスさん!」
敵わないなら逃げろと言ったばかりなのに、早速飛び出していくクリスにも歯噛みして、ミケは肩に乗せたポチを地面に下ろした。
「ポチ、行ってください!」
命令とともに、ポチの体がみるみるうちに大きくなる。
「にがー!」
先ほどと同じような鈍い鳴き声をあげ、ポチはたたっと走り出した。
あっという間にクリスを追い抜き、ミリーの方へとものすごい速さで駆けていく。
それに合わせて、ミケはミリーに向かって魔法を放った。
「風よ、かのものの動きを封じよ!」
ひゅう。
生み出された風がミリーにまとわりつき、その動きを制限する。
そこに、ポチが地を蹴って飛びかかった。
だが。
「臙脂の展望!」
ミリーの呪文とともに、彼女の足元の地面が瞬時に3mほど隆起した。
ごす。
「ぶぎゃ!」
ミリーに飛びかかるはずが土の柱に激突してしまい、鈍い悲鳴を上げるポチ。
ミリーはにこりと微笑むと、そこから飛び降りて森の方へと駆けていった。
「ああ……やっぱり取り逃がしてしまいましたか……大丈夫ですか、ポチ」
「うにゃー……」
ミケは残念そうな表情で歩いてくると、ポチのサイズを元に戻して抱き上げる。
クリスは悔しそうに、ミリーの後ろ姿とミケの姿を交互に見やるのだった。

「はーい、お疲れさーん」

チェックポイントNo.7。
ミアとセルクを出迎えたのは、あまり身なりに気を遣わぬ様子の女性教官だった。
「ここの問題は、この湖の向こうにある魔道石までたどり着くことよ」
「湖……」
教官の指差す方向には、魔導学校のグラウンドほどの大きさの湖。いや、池といったほうが正しいか。
「湖を通って、向こうまで行くことが条件。手段は問わない。ただし、湖の真ん中のラインに、通り過ぎると魔法が無効になる結界を張ったわ」
「無効…ですか」
少し驚いた様子のセルクに、教官は淡々と言った。
「フォリアくんは、もうNo.1の問題には行った?」
「え…と、はい……行きました」
「あれと同じ結界が張ってあるわけ。空を飛ぶ魔法であれば、そこを通り過ぎた瞬間に落ちる」
「な、なるほど……」
少し押され気味でセルクが呟くと、となりのミアが俯いた。
「魔導石に触れるのがセルクだけでいいのなら、すごく簡単にクリアできそうかな?
ミアがいるとかえって足手まといになっちゃいそう…」
「え、そ、そんなことないよ……」
慌てて否定するセルクだが、ミアは無理に微笑んだ様子で彼を見上げた。
「ミアにできるのは服が濡れちゃったりしたら火の魔法の温風で乾かすくらいかな?」
「えと、あ、ありがと…僕、ちょっと頑張ってくるね」
セルクはそう言って、湖の前へと歩いていく。
そして目を閉じ、意識を集中させた。
「オールホワイト……ダイアモンドダスト!」
まさしくチェックポイントNo.1で使ったのと同じ魔法を放つと、セルクの放った冷気がみるみるうちに湖の水を凍らせていった。
ぱき。ぱきぱきぱきっ。
あっという間に氷は池一面に広がる…かと思いきや。
池の真ん中で線が引かれたかのように、真一文字を描いてぴたりと凍結が止まった。
「……ホントに、魔法が無効になっちゃうんだ……」
セルクは感心したようにつぶやいて、凍らせた池の表面に足を踏み出す。
しっかりと凍りついた池は、難なくセルクの体重を支えた。
そして、氷が途切れた地点までたどり着くと。
「……」
セルクは無言で、手を前に突き出した。
「…ホワイト、ブリザード」
しゅう。
突き出した手から、再び冷気が放たれる。
「そっか…!」
ミアは目を見開いて、セルクの術を見つめた。
「あそこで魔法が途切れちゃうなら、線を越したところで改めてかければいいんだ…!」
ぱきぱきぱきっ。
セルクの手から放たれた冷気が、あっという間に湖の反対側を凍らせ、対岸へと届く道を創りだす。
セルクは、ふう、と息をつくと、落ち着いた足取りで対岸へと歩いて行った。
こつん。
対岸に設置された魔道石に首から下げた水晶玉を触れさせ、点数を入れる。
「サルファ先生ー、これでいいですかー」
そこから呼びかけるように精一杯の大声を出したセルクに、教官はそっけなく頷いた。
「いいんじゃないのー?点数入ったんでしょ。はい、合格」
「やったぁ!」
ミアは飛び上がらんばかりに喜んで、セルクに向かって手を振った。
「セルク、合格だって!やったねー!」
大きくぶんぶんと手を振るミアに、セルクは照れくさそうに手を振り返すのだった。

<ミア・セルクチーム +20ポイント 計110ポイント>

§3-5:Family Name

「ゴーレムですか……」

チェックポイントNo.14。
目の前にそびえる巨大な土人形に、オルーカは呆然として声を上げた。
「単に魔道石に触れるだけでもいいし、ゴーレムを倒してもいい。手段は問わないよ」
笑顔で説明する教官。
オルーカは感心した様子でゴーレムを見上げながら、ぽつりと呟いた。
「ゴーレムとは強敵ですね…」
「そうね、グリーン先生のゴーレムは強いと評判よ」
「そうなんですか!」
「ええ。まあ、倒せない相手ではないと思うけれど」
本人を目の前にして強気なヘキ。
オルーカはきゅっと表情を引き締め、ヘキに言った。
「ヘキさんが水晶玉を持たなきゃですから、私がゴーレムを引きつけるのがスジですね」
「別に構わないけれど…倒しても良い、とは言われているのだし」
「た、倒せますかね」
少々気おくれした様子のオルーカ。
自分で倒す気満々であるらしい。
ヘキはしばし黙って考えてから、オルーカの方を向いた。
「倒してみたいの?」
「へっ」
オルーカはきょとんとして妙な声を上げた。
「そ、それは…壊せたら壊してみたいですけど」
「そう」
ヘキは頷いて教官の方を向いた。
「始めて下さい」
「りょーかい。作戦名・氷の女王、ミッションスタート!」
ごごご。
教官の呪文と共に、ゴーレムが鈍い音を立てて動き出す。
すると、ヘキがオルーカの方を向き、すっと右の手のひらを向けた。
「月華降臨・豊力」
ふわり。
ヘキの呪文と共に、オルーカを淡い光が包み込む。
「ヘキさん…?」
「倒してみて」
短く言って、ヘキはゴーレムの方を向いた。
オルーカはわけもわからないまま、棍を構えて駆けだす。
「たあっ!」
オルーカは棍を振り上げると、掛け声とともに一気に振り下ろした。
ぼぐ。
「えっ」
足元を狙って攻撃を繰り出したが、オルーカの棍が食い込んだとたんにゴーレムの足が砕けた。
驚くオルーカの目の前で、支えを失ったゴーレムの体がぐらりと傾く。
「っとと」
ずしん。
避けたオルーカのところに倒れ込むようにして、ゴーレムの体が横転した。
ぐわ。
しかし、なおも腕を振り回し、オルーカを攻撃しようとするゴーレム。
「くっ……!」
オルーカは不安定な体制のまま、その腕を迎撃するように棍を振った。
ぼぐ。
「ええっ」
やはり、たあいもなくゴーレムの腕が砕けたことに驚くオルーカ。
しかし、二度目ともなれば驚きは薄く、そのまま二撃めを繰り出した。
ごが。ごっ。
反対側の腕と、腹。次々と砕かれ、ゴーレムはさすがに動きを止めた。
「………」
自分でやったにもかかわらず、呆然としてその残骸を見下ろすオルーカ。
ヘキは残骸と化したゴーレムに歩み寄ると、しゃがみ込んで魔道石に水晶玉を触れさせた。
「これでいいですか」
「うん、合格。あっけなかったねー」
たはは、と苦笑して言う教官。
オルーカは呆然としたままヘキの方を見た。
「ヘキさん、これ……」
「力の加減が出来なくなるから、術を解いておくわね」
ぱきん。
ヘキが指を鳴らすが、オルーカの体に何か変化があった様子は無い。
オルーカは不思議そうに両手のひらを握ったり開いたりしている。
ヘキは淡々とオルーカに告げた。
「貴女は身体的なポテンシャルが高いから、少し力を強化する術をかければゴーレムも破壊できると思ったの。
その予想は間違っていなかったようで良かったわ」
「ヘキさん……」
オルーカは目を見開いてから、嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうございます…!」
「大したことはしていないわ。行きましょう」
「はいっ!」
さっさと歩きだしたヘキを、オルーカは笑顔で追いかけるのだった。

<オルーカ・ヘキチーム +40ポイント 計220ポイント>

「ヘキさんの名字って、えっと、ヒメミヤ、でしたっけ」

次のチェックポイントへの道すがら。
唐突にそんなことを言い出したオルーカに、ヘキは前を向いたまま淡々と答えた。
「……そうだけれど、何か?」
「私が名字もないところの出身だから、あまりピンとこないし、知らなくて申し訳ないんですけど」
オルーカは苦笑して続ける。
「ヘキさんはしぐさも洗練されてますし、ひょっとしてそれなりの家柄のおうちだったりしますか?」
ヘキはしばし黙って、それからゆっくりと答えた。
「…家柄、ね。
事実だけを言うなら、姫宮はナノクニでは術式で1、2を争う貴族よ。歴史も古いから、名家、といえば名家になるのかしら」
「ええ?すごいじゃないですか!」
歯にものの挟まったような言い方をするヘキに、オルーカは感心して言った。
「そんなすごいおうちなのに何故、フェアルーフに…?」
恐る恐る尋ねてみるが、ヘキは淡々と答える。
「伝統を守ることは大切だけれど、新しい風を入れなければ腐る、というのが初代の考えだそうよ。
代々受け継がれてきた術を身につけたら外に出るのが習わしなの。私の場合はそれがフェアルーフのこの学校であったということ」
「すごいですねー。じゃあ将来はヘキさんはおうちを継がれるんですか?」
「………そうね」
ヘキは少し顔を背けて、小さく言った。
「…そうなるために、幼い頃から教育を受けてきたのだから。それ以外の選択肢など、考えられないわ」
「…?」
今までの堂々とした物言いとは一変したその態度に、オルーカはわずかに首をかしげた。
「ヘキさん、もしかして、おうち継ぎたくないんですか?」
少し迷ったが、思い切ってずばり聞いてみる。
「…………」
ヘキは黙ったまま歩いていた。
オルーカは心配そうにさらに尋ねる。
「立場とかじゃなくて、ヘキさんのお気持ち的に…おうちを継ぐことをどう思ってるんですか?」
「……さあ」
ヘキは歩みを止めずに、ふわりと答えた。
「家を継がないということがどういうことなのか、わからないから。
よく、わからないわ」
珍しく、曖昧な言い回しで。
「継ぎたくないかどうかがわからない。継ぎたいかどうかも、わからないけれど」
しばし黙ってから、ぽつりと続けた。
「…どちらにせよ、私の意志は関係ないのだから」
「そんな……」
オルーカは眉を寄せてヘキに言い募った。
「…なんでそんな…意志が関係ないなんて、そんなことはないんじゃないですか?」
「そうかしら」
悲しげなオルーカの言葉にも、淡々とした反応を返すヘキ。
「私が継がなければ、当主の座が宙に浮き、権力争いが起こる。私に施してきた教育も無駄になる。
そうまでして我を通すことに意味を感じないし、そもそも通したい我もない。
あらかじめ決まっていたことを、粛々とこなすだけ。私に求められているのはそれなのだから」
「ヘキさん……」
諦めているのとも違う、感情の見えないその言葉に、オルーカは言葉を返すことができず、ただその背中を見つめるのだった。

「え……僕が取ってくるんですか」

チェックポイントNo.15。
教官に問題を告げられたユキは、指し示された崖を思わず見上げた。
「……生徒が取ってくることは認められないということか?」
眉を寄せてヴォルフが問うと、教官はのほほんと微笑む。
「そうですねー、パートナーさんが取ってくる、それがルールですー」
「そうか……」
渋い顔になるヴォルフに、若干むっとした様子でユキは言った。
「大丈夫です!僕、翼人だから飛べます!」
叩きつけるように教官に言って、ばさりと白い翼を出す。
「じゃっ、すぐ取ってきますから!」
言うが早いか、ユキは大きく翼をはためかせ、飛び立った。
「あー、あのー」
慌てて教官が止めようとするが、もうその頃にはユキは声が届かぬほど高いところにいて。
「あー……上には子育て中の大鷲がいるって、言おうと思ったんですけどねー」
「……確信犯か」
「そんなことないですよー。あと、その言葉の使い方は誤用ですー」
「……まあ、ひとまずは帰りを待つか」
特に心配する様子もなく、ヴォルフはもう随分小さくなっているユキの姿を見上げた。

「うわあぁぁぁっ!?」
そして、しばらくして。
落ちてくるより数段速いスピードで、崖上から滑空するユキの姿があった。
しゃっ。
「うわぁ!」
後ろから追いかけるようにして滑空し、ユキの翼をかすめて飛んでいく大鷲。
二、三枚羽を散らしながらもどうにか避けたユキは、慣れぬ様子で翼をはためかせてどうにか地上に着地した。
「ど、どうなることかと思った……」
鷲に攻撃をすることは簡単だが、巣で母親を待つ鷲のヒナを見てしまっては無碍に傷つけることもできない。
だが。
「はい、魔道石!ちゃんと持ってきたから!」
ずい、と手の中の赤い宝石を差し出すと、ヴォルフは嘆息して自分の水晶玉をコツンと当てた。
「……サンキュ」
小さく礼を言われ、きょとんとするユキ。
それから、照れくさそうに微笑んだ。
「どういたしまして!」
この日初めてのユキの笑顔を、ヴォルフはしばし見下ろして、ふっと僅かに頬を緩めるのだった。

<ユキ・ヴォルフチーム +40ポイント 計120ポイント>

「こんにちは、お疲れ様です」

チェックポイントNo.14。
グレンとパスティを迎えたのは、長い金髪を三つ編みにしたエルフの女性教官だった。
不思議そうに首を傾げるパスティ。
「センセじゃないのー?」
「はい、ミリーに頼まれてお手伝いをしています」
「校長センセのお友達?」
「はい、ミリーがいつもお世話になっています」
「ふふ、お世話になってるのはパスティたちよー」
和やかに交わされる会話を、グレンは黙って聞いていた。未だ持ってパスティとの間に流れる気まずい空気は続行中である。
パスティは彼の方は気にする様子はなく、教官に訊いた。
「それで、ここの問題はなーに?」
「はい、私の使い魔を探してください」
「つかいまー?」
首を傾げるパスティ。
使い魔、という単語を初めて耳にするグレンも内心疑問に思ったが、もとより知らないことで役に立てるはずもなく、また今の気分ではわざわざ聞いて役に立とうという気にもなれなかったので黙っていた。
「センセの使い魔が、近くにいるの?」
「ええ。ここから見渡せる範囲内のどこかに隠れています。探し出して捕まえてください」
「わかったわー」
パスティは頷いて目を閉じ、意識を集中させた。
傍らのグレンは、やはり黙ったままそれを見守っている。昼前までであれば積極的に聞いて動いたであろうが、喧嘩をした後の今の状態ではその気も起きない。
パスティはしばらく目を閉じて何かをしているようだった。先ほどと同じような様子から、魔導感知とやらをしているのだろう。とすれば、「使い魔」というのは魔道的ななにかなのだろう、と予想する。
そんなことを考えていると、不意にパスティがぱっと顔を上げた。
「みーつけた!」
元気にそう言って、とてとてと森の中を歩き始める。
がさ、がささ、と薮をかき分け、ぴたりと足を止めたあと、いきなりしゃがみこんで。
「つーかまーえたー」
足元から嬉しそうに抱き上げたのは、一匹の三毛猫だった。
「……猫?」
「はい、私の使い魔です」
間の抜けたようなグレンの言葉に、教官が笑顔で頷く。
「使い魔とは、術者が魔力を注いで絆を繋いだ動物のことです。感覚や意識を共有できます。高位の術者は別のものに化けさせたりもできるのですよ」
「……ふぅん」
そっけなく言うグレン。
パスティは三毛猫を抱いたまま、またとてとてとこちらに歩いてきた。
「はい、センセ!使い魔ちゃん、連れてきたわー」
「はい、合格です。どうぞ」
教官は穏やかににこりと笑って、パスティから猫を受け取ると、パスティの水晶玉に点数を入れる。
「えへへー」
嬉しそうに相貌を崩すパスティだったが、このチェックポイントでは一度もグレンの方を見なかった。

<グレン・パスティチーム +30ポイント 計140ポイント>

「幻影の…木、ですか」

チェックポイントNo.9。
教官から告げられた問題に、セルクは目を瞬かせた。
「えっと…この中から?」
あたりをぐるりと見渡して、その木の多さに呆然とする。
だが。
「大丈夫だよ、ミアに任せて!」
ミアは自信満々にセルクに言った。
「幻術だったらミアの方が得意だよ!セルクのお手伝いできると思う!」
「あっ……そうだったね」
出会った時に見せられた炎の幻影を思い出し、ほっと息をつくセルク。
「じゃ、じゃあ……どれが幻影の木か、わかる…?」
「んー……ちょっと待ってね」
ミアは真剣な表情であたりの木々を見渡し始めた。
一つ一つ、確かめるようにしてじっくりと見定めて。
やがて、パッと表情を輝かせると、セルクの肩を叩いた。
「セルク、見つけたよ!あれ!」
「ど、どれ……?」
「あの、コケがいっぱい生えたおっきい木と、赤い花が咲いてる木の間にある木!あれが幻影の木だよ」
「え、えっと……普通の木に見えるけど……?」
不安そうに首を傾げるセルク。
確かに、パッと見ためにはミアの示した木は他の木と全く違和感なく並んでいた。とても幻の木には見えない。
ミアはぐっと拳を握りしめて、真剣な表情でセルクを見上げた。
「大丈夫!ミアを信じて!」
「う、うん……」
セルクはまだ釈然としない表情で頷くと、手を前にかざして意識を集中した。
「……ブルー・レイン…!」
さあっ。
セルクの手のひらから、水しぶきがまっすぐに木に向かって飛んでいく。
そして。
ふっ、と。その水しぶきが通り過ぎたところで、木は姿を消した。
「やったぁ!」
飛び上がって喜ぶミア。
セルクは呆然と、木が消えた場所を見つめている。
「ホントだ……ミアちゃんすごいね」
「どう、ミアのこと見直した?」
「うん、すごいよ」
セルクは嬉しそうに微笑んで、ミアに言った。
「ありがとう、ミアちゃん」
「どういたしまして!セルクの役にたててよかったー!」
安心する二人をよそに、教官がセルクの水晶玉に点数を入れる。
2人はにこにこと微笑みながら、次のチェックポイントに向かって仲良く歩き出すのだった。

<ミア・セルクチーム +30ポイント 計140ポイント>

§3-6:Sacrifice

「崖の上の魔道石、ですか」

チェックポイントNo.15。
教官から問題を告げられたミケは、ふむ、と冷静な様子で頷いた。
「僕が行かなくてはいけない、という問題なんですね」
「はいー、パートナーが登る手段を持っていなければー、生徒がどうにかして登らせることになりますねー」
「なるほど……」
ミケは頷いてクリスの方を向いた。
「クリスさん、出来そうですか?」
「…自分が飛ぶ術ならどうにかなりそうですが…」
クリスは渋い顔だ。
「その術を貴方にかけるとなると、保証は出来かねますわ」
「そうですか…」
ミケは嘆息して、崖の上を見上げた。
「では、僕の術で飛んでいくのがいいでしょうね。
ちょっと行ってきますから、ここで待っていて下さい」
「ええ……」
釈然としない表情でクリスが頷くと、ミケは意識を集中して呪文を唱えた。
「風よ、わが身を高き峰へと運べ」
ふわり。
ミケの体が宙に浮き、次の瞬間に勢いをつけて上へと飛んでいく。
クリスは教官と共に空を見上げ、その様子を見守っていた。
が。
ミケが崖の上に降り立ったのとちょうど同じタイミングで、すい、と大きな鳥が崖上に降り立った。
「あー……」
ぽつり、と教官が思い出したように呟いた。
「上には子育て中の大鷲がいるって言う前に行っちゃいましたねー」
「えぇ?!」
ぎいぇぇ……という鳴き声がかすかに聞こえる。
クリスは心配そうに空を見上げた。遠すぎて何が起こっているかまるで分らない。
が、ややあって。
「……っ!」
しゅん。
崖上から黒い影がものすごい速さで落ちてくる。
大鷲もそのあとを追って飛んできたが、しばらくして旋回すると巣に戻っていった。
ふわり。
地上にたどりついたミケが、術をコントロールして着地する。
「し、死ぬかと思いました…!」
必死に逃げてきたようで、その手には魔道石らしきものはない。
「あ、あんな大きな鳥がいるならいるって言って下さいよ…!」
「いやー、言う前に飛んで行ってしまったものでー」
「故意犯ですね?!」
「その使い方は正しいですねー」
テンポ良く言い合いをするミケと教官を見ながら、クリスはこっそりと安心したように溜息をついた。
そちらに気づき、ミケは申し訳なさそうに頭を下げた。
「すみません、うまく出来なくて」
「……仕方がありませんわね。わたくしも貴方を飛ばすことはできないのですから、お互い様ですわ」
嘆息してクリスが言うと、その横で教官がニコニコとフォローする。
「いやー、残念でしたねー。めげずにがんばってくださいねー」
「はあ……」
ミケはなんとなく微妙な表情で、その笑顔を見返すのだった。

<ミケ・クリスチーム +0ポイント 計70ポイント>

「………」

さくさく。さくさく。
チェックポイントNo.12に近づくにつれて、ミディカがどんどん無言になっていくことにアフィアは気づいていた。
「元気、ない。どうかした、ですか」
声をかければ、ミディカは硬い表情でぼそりと言った。
「……お姉ちゃまがいまちゅ」
「……姉さま?」
「前回すっかり騙されまちたから、今回はちゃんと校長に確認したのでちゅ。
今回の教官にもお姉ちゃまをお願いしてるのかと」
「教官に、お願い、ですか」
「前回、チェックポイントの教官の中にお姉ちゃまがいたのでちゅ。
そりで、今回も教官をしているのか校長に確認ちたら、12番の担当だと」
「ミディカさん、姉さま、この先、いるですか」
「ああ……また男の冒険者を雇ってちまったから面倒なことになりまちゅ……」
「男、面倒、ですか」
ミディカの支離滅裂な話の展開に首を傾げるアフィア。
ミディカはぎっと彼を見上げた。
「あーた!」
「はい」
「お姉ちゃまの前で、あまり余計なこと喋るんじゃないでちゅよ!」
「余計なこと」
さらに首をかしげるアフィア。
「余計なこと、定義、わからない。具体的、お願いします」
「うー………」
とんとんとん。
イライラしたように足踏みしながら、ミディカはしばし考えて…そして、諦めたようにため息をついた。
「訂正ちまちゅ。お姉ちゃまの前で、喋らないでくだちゃい」
「了解、しました」
曖昧に言葉を制限されるよりは、ずっと黙っていろと言われたほうが楽だ。
しかし、ミディカのこの緊張した様子は一体何なのか。
アフィアはひたすら首をひねるのだった。

「……あれでちゅ」
かさり。
足を止めて、ミディカは森の奥を指差した。
その方向に小さく見える、金髪の女性の姿。なるほど、髪の色も纏っている服もミディカによく似ている。
アフィアは言われた通りに口をきゅっとつぐんだ。
「いきまちゅよ」
さっと表情を引き締めるミディカ。
だが次の瞬間。
ミディカはパッと華やかな笑みを浮かべるとたたっと駆けだした。

「おねえさまー!」

その様子に驚愕しながらも、無言でそのあとを追うアフィア。
おねえさま、と呼ばれた女性は、ミディカの声を聞くと満面の笑顔をこちらに向けた。
「ミディカ!」
「おねえさま!」
ひし。
感動の再会、というようにしっかりと抱きしめ合う2人。
アフィアはさすがに足を止め、その様子を呆然と見守った。
ミディカの姉は名残惜しそうに体を話すと、嬉しそうな微笑みをミディカに向けた。流石にエルフの成人女性と言おうか、とても綺麗な顔立ちをしている。ミディカも成長したらこうなるのだと思わせた。
「久しぶりですね、ミディカ。元気にしていましたか?」
「はい、おねえさま!みなさん良くしてくれていますから、とても楽しい学校生活を送っております」
一方、今までの口調はどこへやら、別人のように流暢に喋るミディカに、さらに唖然とするアフィア。
ミディカはそちらを見やると、にこりと綺麗に微笑んだ。
「アフィアさん、こちら、わたしのおねえさまです。ルーイェリカ・ゼラン、ルーイおねえさまです」
「………」
ぺこり。
言われたとおりに黙ったまま、アフィアはルーイに向かって会釈をした。
とたんにルーイの表情が曇る。
「………前回の脳筋獣人よりはマシというものですけれど…ミディカ、もう少し別の冒険者はいなかったのですか?」
いきなりのダメ出し。
アフィアは少しむっとしつつも、これが先ほどの「面倒なこと」だと理解し、黙っていた。
ミディカは首を振り、ルーイを見上げる。
「そんな、とんでもないです、おねえさま!アフィアさんは数々の冒険をこなした優秀な冒険者さまですし、それに……」
「ええ、わかっています。彼の素性は」
やはり、ミディカと同様にひと目でアフィアの正体を看破した様子で、ルーイは頷いた。
「わかっておりますが……いくら竜族とは言え、夜を共に過ごすことになるというのに、男と一緒というのは……」
「………」
ルーイのダメ出しポイントが、ミディカの言うとおり「男だから」だということに静かに驚愕するアフィア。
ミディカはまた首を振った。
「ご安心なさって、おねえさま。アフィアさんはわたしと同じ、まだ大人ではありませんから、異性への興味もございません」
「そのようなフリをすることは簡単でしょう?ミディカ、男はみんな狼なのですよ、そのように簡単に信用してしまってはいけません」
たしなめるように言うルーイに、ミディカはにこりと微笑んだ。
「おねえさまのご心配、とても嬉しいです。けれど、わたしもこう見えて魔導学校の院生ですよ?もし万が一アフィアさんが狼になったとしても、軽く退治してあげます!」
「………」
物騒なことを言うミディカに、アフィアは密かに身を縮める。
ルーイは仕方なさそうにため息をついた。
「あなたがそこまで言うのなら、仕方がありませんね……ですが、くれぐれも気をつけてくださいね?」
「はい!それで、おねえさま。このチェックポイントの問題を教えていただけますか?」
「ああ、そうでしたね……」
ようやく本題を思い出した様子で、ルーイ……教官はにこりと微笑んだ。
「このチェックポイントの問題は、私の使い魔を探すことです」
「使い魔、ですか?」
ミディカが首をかしげると、教官はさらに笑みを深める。
「ええ。私の使い魔が、ここから見渡せる範囲のどこかにいます。探し出して、ここに連れてきてください。それがここの問題です」
先程とは打って変わって、冷静で落ち着いた教師然とした口調。そういえば魔導塾をやっていると言っていたか。
(使い魔……ミケさん、連れてる、あれ)
ふむ、と無言のまま頷くアフィア。
(使い魔、魔力、注がれてる……魔導感知?)
そこまで思い当たるが、ミディカに喋ることを止められているため口には出せない。
さすがに問題を解くのだしと、喋り解禁許可を求めるつもりでミディカの方を向く。
しかし、ミディカはあっさりと言った。
「まあ、簡単な問題でよかったです」
にこり、と笑って。
ふわ、と手を上げると、何かに呼びかけるように声を張る。
「コーシカ、きなさい!」
アフィアは何を言っているのか分からず、きょとんとしてそちらを見やった。
が、すぐに。
がさがさ。がさがさ。
茂みを揺らして、三毛猫がひょいと顔を出す。
にゃぁ。
三毛猫は嬉しそうに一声鳴いて、とてとてとミディカの方に寄ってきた。
「コーシカ、久しぶりね」
ミディカは三毛猫を抱き上げると、嬉しそうに撫でる。
そして、教官を見上げた。
「これでよろしいですか、おねえさま」
「ええ、さすがですね。合格です」
教官も嬉しそうに微笑んで、ミディカの水晶玉に点数を入れた。
「………」
いまいち状況がつかめないまま、それでも律儀に黙ってミディカを見つめるアフィアに、ミディカは微笑んだまま解説を始めた。
「わたしとおねえさまの魔力の波長はよく似ていますから、さらにおねえさまに似せてコーシカに命令すれば、わたしの命令も軽いものなら聞くようになるのですよ」
「………」
なるほど、というように頷くアフィア。やはり律儀に黙ったまま。
ミディカはコーシカと呼ばれた使い魔を下ろすと、優雅に一礼した。
「ではおねえさま、失礼いたします」
「ええ、がんばってくださいね、ミディカ」
穏やかに交わされる姉妹の会話を、アフィアは黙ったまま見守るのだった。

<アフィア・ミディカチーム +30ポイント 計200ポイント>

「そろそろ日も落ちまちゅね……」
チェックポイントを離れ、ミディカはあたりをきょろきょろと見回した。
森の中ということもあり、もうあたりはかなり薄暗い。
「野宿をする場所を探さなければなりまちぇんね」
「そう、ですね」
それに倣い、アフィアもきょろきょろとあたりを探る。
と。
「………あ」
がさ。
ちょうどそこに、茂みをかき分けて現れた二つの人影を見つけた。

「…あーっ」
「っ………!」
森を歩き回っていたパスティとグレンは、正面にミディカとアフィアを認めて足を止める。
表情を引き締めるグレンとは対照的に、パスティはいつもの表情で首を傾げた。
「あー、院生のミディカちゃんだわー。とっても魔法が上手なのよ、パスティ勝てるかしら?」
「おい……!」
その言い草に、冷戦状態であったグレンが思わず声を上げる。
それを合図とでもいうように、ミディカの傍らにいたアフィアが駆けだした。
「ちっ……やる気まんまんかよ……!」
グレンは剣を抜き放ち、手早く火の属性を付与した。
すう、と息を吸ったアフィアが、ぼそりとつぶやく。
「……さんだー」
棒読みの呪文とともに、ばりばりばり、と彼から雷撃が放たれた。
「くっ……!」
剣を前に構え、正面から襲い来る雷をどうにかやり過ごすグレン。
びりびりと、感じたことのないダメージが体中を貫いた。
くは、はっ。
雷撃が収まると、思わず荒い呼吸をする。
「パステル・バニラアイスクリーム!」
そこにパスティの呪文が響き、すうっとグレンの体の痛みが引いた。回復魔法をかけたのだろう。
「……っ」
が、グレンは礼を言うことなく、再び剣を構えてアフィアの方へと駆け出す。
「でやあぁぁっ!」
上段から斬りつけると、アフィアは体を横にひねってかわし、手元を狙って腕を繰り出した。
「くっ…!」
取られた腕をひねり、アフィアの体勢を崩そうとするグレン。戦いに慣れた様子のアフィアの拳をどうにか払って距離を取る。
すると。
「雷神の鉄槌!」
ばりばりばりっ!
ミディカの放った雷撃が、アフィアとグレンの横をすり抜け、まっすぐにパスティの方へと向かうのが見えた。
「パスティ……っ!」
グレンは慌ててそちらを向くが。
「レインボーシャーベット!」
同時にパスティも呪文を唱え、氷のかけらを伴った冷気の大風が雷撃の方へと放たれた。
ばちばちばちっ。
雷撃とブリザードが正面からぶつかり、せめぎ合う。
とてつもない力のぶつかり合いに、単純に雷と氷の余波だけではない力があたりの空気を震わせた。
しかし。
ばちん!
「きゃああっ!」
やはり魔道の力そのものはミディカの方が上であった。ミディカの力に耐え切れなくなったパスティが、大きな音を立ててはじかれ、転倒する。
「パスティ!」
思わず振り向くグレン。
しかし。
「あなた、相手、うち」
冷静なアフィアの声に振り向くと、ちょうどアフィアがグレンの懐に潜り、その腹に拳をめり込ませた。
「ぐっ……!」
思わず体を折るグレン。
そこに。
「土精の大乱舞!」
ミディカの呪文が響き、彼女の周りの土がぼこりと盛り上がった。
「……んだ、あれ……」
腹のダメージに朦朧となりながらも、その土が形作ったものに呆然とするグレン。
盛り上がった土は、空中に浮かんでいくつもの槍を形作った。
土とはいえ、鋭く尖った無数の槍。あんなものをぶつけられてはひとたまりもない。
「行きなちゃい!」
ミディカがパスティを指差して言うと、槍が一気に彼女に向かって飛んだ。
「!………」
大きく目を見開くグレン。

その瞬間。

『あぶない!』

グレンは、自分のものではない、自分の声を、聞いた気がした。
嬉しそうな微笑みを見せる少女のすがた。
その後ろで、彼女を狙って術を放とうとする魔道士。
自分の声が届いた時にはもう、遅く。

ぐらり、と少女の体が傾く。

体の奥から、なにか熱いものが溢れ出る気がした。

「ねえ、さ」

ひりつく喉が、やっとそれだけの単語を音に乗せた。
きり、と頭が痛む。
先ほど殴られた腹が痛い。
だが、それでもグレンは渾身の力を込めて剣を薙いだ。

「姉さん……!」

びくり。
その単語に、なぜかアフィアも驚いて足を止める。
アフィアと距離が生まれ、グレンは必死に駆け出した。
先ほどの術で倒れ伏すパスティのもとへ。
無数の土の槍が届くのが先か、それとも自分がたどり着くのが先か。
時間としては一瞬のことだったかもしれない。
しかし、グレンは周りの景色がスローモーションで流れていくように感じていた。
パスティを狙う無数の槍。
あれを追い越せば、彼女を守ることができる。
守ることが、できる。

今度こそ。

「うおおおぉぉぉっ!」
咆哮のような叫びを上げて、グレンは全力で走った。
最後は飛びかかるようにして地を蹴り、パスティに覆いかぶさる。
ちょうどそのタイミングで。

どすどすどすっ!

「ぐああぁっ!」
パスティの代わりに槍の直撃を受け、グレンはたまらず声を上げた。
背中に、足に、腕に。刺さった箇所から生々しい血の匂いが充満する。
「グーちゃん?!」
パスティは自分に覆いかぶさったグレンに、驚いて身を起こした。
「グーちゃん!グーちゃん、しっかりして!グーちゃん!!」
既に意識のないグレンに、パスティは真っ青になって何度も呼びかけるのだった。

<アフィア・ミディカチーム +30ポイント 計230ポイント>
<グレン・パスティチーム -30ポイント 計110ポイント>

そして、ちょうどその頃。

ミケとクリスは、別の場所でピンチに陥っていた。
「………っ」
既に夕日だけが照らす山肌から、目を怪しく光らせた大きな獣が幾頭も現れる。
「狼…ですの……?」
「……いえ、これは……狼の姿をした、魔物ですね」
弱々しいクリスの問いに、焦りをにじませたミケの声が答える。
普段ならば、こんな敵は大したことはない。
だが、魔力を制限され、あまつさえまだ癒えていない傷を負ったこの状態で、彼女まで守り切る自信はなかった。
「……クリスさん」
ミケの言葉にクリスがそちらを向くと、ミケは目の前の魔物を用心深く見つめたまま、努めて冷静な声で、言った。

「逃げてください、今すぐ」

「なっ……」
「……緊急事態です。人を呼んできてください。そうですねぇ、まだ教官がいらっしゃると思いますので、そこまで。で、応援を呼んでください。
ついでに周囲の人に、警戒をするように、とも」
「何をおっしゃって……貴方は」
そう言いつつも、なんとなく予想がついている、というように、恐る恐る問うクリス。
「貴方は、どうなさるおつもりですの?わたくしと共に…応援を、呼ぶのでしょう?」
「そんなわけ、ないでしょう?」
ミケは力なく苦笑した。
「どちらかが敵を引きつけ、どちらかが応援を呼ぶ。当然の役割分担です」
「馬鹿を仰らないでくださいな!ここで貴方を置いて逃げるなど…出来るはずがありませんわ!」
クリスは叩きつけるように言って、引き止めるようにミケの腕を掴んだ。
が。
「っつ……」
痛そうに顔をしかめたミケの腹を、ぎょっとして見る。
そこは、まだ真新しい地の色に染まっていた。
「その傷……!まだ治りきっていないではございませんか!
そのような傷で魔物と戦うなど無謀が過ぎますわ!」
「そうですね」
必死に言い募るクリスに、ミケは冷静に返した。
「正直、僕は今、あなたを庇って戦闘できるような真似はできません。2人で死ぬのが分かっているんです。……いいから逃げてください。
ポチ、彼女はよろしく」
「にが」
既に大きくなっているポチが短く返事をする。
しかし。
「誰が庇えと言いました?!」
激昂して言い返すクリス。
「無理はするなと言っているのです!わたくしを守れとも、無傷で返せとも言ってはおりません!
ここで貴方を見捨てて逃げるなど、わたくしの誇りが許しませんわ!」
「あなたの腕で、倒しきれますか!?」
ミケがクリスを睨んで言い返したので、クリスは驚いて口をつぐんだ。
「柔らかい言い方では通じないから言わせてもらいます。
戦い慣れていない人に一緒にいてもらっても、邪魔なだけです!」
「っ……」
ぐ、と言葉を詰まらせるクリス。
ミケは続けた。
「……これは、命が奪われないというお遊びの戦闘じゃないんです!
……みんなで助かるための最善手は、あなたが逃げて誰か連れてきてくれること!そして周囲への警戒指示です!
ここで逃げないとか、見捨てたら誇りが許さないとか意味がありません。
さっきも言いましたが、死ぬか死なないかという瀬戸際に名誉とかプライドなんか、役に立たないんです!」
「っ……!」
クリスは傷ついた顔で一瞬うつむいたが、すぐに頭を振って言い返した。
「何と言おうと、わたくしは貴方を見捨てて逃げるつもりはございません!
わたくしひとりを逃がすより、二人で窮地を脱する努力をなさい!これは依頼主としての命令です!」
「お断りします!」
即座に言い返すミケ。
「今、思いつく窮地を脱する努力です。走って誰かを呼んできてください!チームで動くなら、あなたの命も、僕の命も守らないと。
……僕は走って逃げるだけの体力なんかないんで、引きつけて防御しているくらいしか自信ないんです。
……僕は、こんなところで死ぬ気は、さらっさらありませんからお願いしますよ。一匹くらいそっち行っても対処はよろしく!」
「な、なに、を」
「無傷で助かってくれとか、庇われていろなんて言いません!助けてくれ、とお願いしているんです!」
ミケが叫んだところに、魔獣の一匹が唸り声を上げて飛びかかってくる。
「ファイアーボール!」
ミケは即座に火の玉を放ち、魔獣を返り討ちにした。
「これが敵の全部じゃないかもしれないし、他にも出るかもしれない。これから夜ですし。そうしたら周辺の生徒さんや、街の近くまで行ってしまったら普通の人も被害が出る可能性もあるんです。他の人のためにもとっとと行って!」
「しかし!」
クリスは頑として引かない様子だった。
ミケは眉を寄せ、ポチにぽそりと言った。
「……ポチ、ちゃんと落下時には庇うんですよ」
そして、目の前のクリスに向かって手をかざし、すう、と思いきり息を吸う。

「風よ、気高き姫を彼方へと誘え!」

ごう。
呪文とともに、強い風が吹き荒れ、クリスとポチの姿をあっという間にさらっていく。
「きゃああぁぁぁぁっ?!」
強風は、またたく間にクリスとポチの姿を森の方にまで連れ去っていった。
「ふう」
心配の種がなくなったことで、息をついて改めて魔物に対峙するミケ。
「まー、攻撃こそ最大の防御って話もあるんですけどね」
どこか他人事のように、軽い口調でそう言って。
すっと表情を引き締め、魔物たちと対峙する。

「……こんなところで、死んでたまるもんですか……!」

日はまもなく落ちる。

ウォークラリー1日目の幕切れは、穏やかなものではないようだった。

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