§2-1:The consultation

「うーん……とりあえず、できるだけ高い点をとっておいたほうがいいと思うから……」

スタート時刻まであと僅か。
生徒と冒険者たちは早速、道具の調達と作戦会議に入っていた。
それぞれに配布された地図を見やりながら、難しい顔で首をひねるユキ。
「No.1、No.5、No.9、No.13の順番で行きたいと思ってるんだけど、どうかな?
遠回りになるけど、高い点をとっておいたら一気に他のところと点差つくし……それに、もし他の参加者の人と戦って点数とれたら、さらに点差つけられるでしょ?
僕はそう思ってるんだけど……」
「No.1はいいとして、No.5は素通りだな」
悩んでいるユキとは対照的に、ヴォルフはさらりと言った。
「できるだけ高い点を取ると言うなら、低い点数の場所は避けるべきだ。通過したチェックポイントは必ず問題に挑戦しなければならないというルールはない。ならば、20点の問題に挑戦するより30点の問題に挑戦したほうが効率的だ。
その理屈で言うなら、30点より40点。時間が充分にあるにしても、1日半で全て回るのは不可能だろう。30点の問題はあえてスルーして、40点の問題に行くのも手だ」
理路整然と理屈を並べ、ユキの方を向く。
「この点に関して、お前はどう思う?」
「そっか、そういえばそういうルールなかったね。
そう考えたらNo.5は素通りでもいいんだ……そう考えたら結構時間の短縮になるかも。
30点をスルーして40点……うん、それいいかも」
納得したように頷いて、ユキはヴォルフに笑顔を返した。
「先に40点とった後30点の問題に行って、それで間に合うように帰ればいいもんね!
時間に限りがあるんだもん、できるだけポイントはとっておきたいよね」
「なら、No.1から始まり、No.5とNo.9をスルーしてNo.13。このルートで行けば昼までにはNo.16にたどり着くだろう。
それでいいな?」
ヴォルフが確認するように問うと、ユキもまた笑顔で頷いた。
「うん、それがいいと思う!それでいこう!」
コースが決まったことでウキウキした様子のユキ。
必要なものを確認しながら、ふと気づいたように彼女は再びヴォルフの方を向いた。
「そうだ、他の参加者に会ったら、どうする?」
「もちろん、ポイントを得るために積極的に戦闘する」
即答するヴォルフ。
「相手が逃げれば追いかける。逃げ足がこちらより早ければ、逃げられるのもやむなしだがな」
「うん、やっぱりそうだよね。ヴォルフさん、強い人と戦いたいって言ってたし」
思った通りの言葉に、ユキは頷きながらそう返した。
「じゃあ、ミリーさん、だっけ?もし会ったら、どうする?ミリーさんは、初めて会うから、どういう人なのかよくわからなくて」
「校長か……そうだな」
ふむ、と考えて。
「移動と攻撃魔法を使わないなら、捉える勝算はあるかもしれない。正面から戦ったら、勝目がないことは分かっているからな」
特に恐怖を感じている様子もなく、冷静にそう分析する。
ユキは難しい顔をして唸った。
「正面からは勝ち目がないってことは、やっぱり罠を仕掛けて、とか?うーん、奇襲っていうのもあり?」
「ルールを理解しているか?前提がおかしいぞ」
ヴォルフは眉を寄せてユキに問うた。
「校長に関しては、『捕まえた場合に高得点を付与』というルールだ。校長とは戦わない、というルールだからこそ、勝算がある、と言ったんだ。こと戦いとなったら、どんな手を使おうと校長には勝てない。校長とは、そういう相手だ。戦うという前提に立った考えを捨てることだ」
驚くほど上から目線で、しかし丁寧に解説する。
「校長はいつどこで何をしているかわからない。どのルートを通るのかも予測ができない。罠や奇襲、という前提がおかしい。校長を発見してから、いかにして足止めをするか、いかにして追いつくか。
その手立てを考えなければならない、ということだ」
「え?…………あ、ほんとだ」
ユキは戸惑った様子で視線を泳がせた。
「ちょっと勘違いしてた……そうだよね。おかしいよね。こういうところ、直さないとね……」
少し悔しげに言って、嘆息して。
「そしたら、どうしよう。うーん……一応、ちょっとなら鞭使えるし、飛ぶこともできるけど……」
「まあ、実際に遭遇するまでに考えておけ」
「あ、うん。そうするね」
話を切り上げられ、しゅんとするユキ。
しかし、すぐにまた別のことを問うた。
「そういえば、ヴォルフさんってどんな魔法使えるの?付与するのとか、それ以外とか。
もしかしたら、それが使えるところとかもあるかもしれないし」
「うん?」
彼女の質問の意図するところが分からず、眉を顰めるヴォルフ。
しかし、素直に質問に対して答える。
「エレメントは火だ。攻撃も付与も、それがベースになる。だが、風や土の魔法も少しは使う。状況によるな」
ふ、と嘆息して。
「もっとも、それを使うべき時は言われるまでもなく俺が判断して使う。お前は魔法が使えないんだろう?無理して考える必要はない」
「うん、わかった。ありがとう」
笑顔で礼を言うユキ。
しかし、すぐにあっと何かを思い出したように言葉を続ける。
「あ、でも、もし僕が発動する場所の近くにいても、気にしないで使ってね?
僕が邪魔したからチャンスを逃しちゃうのって、すっごくもったいないから。僕も回避できるように頑張るし」
ユキの言葉に、ヴォルフは一瞬目を見張り、それから沈鬱そうにため息をついた。
「…何を言っているんだ、お前は」
「え?」
まさかそんな反応を返されると思っていなかったユキが、きょとんとして首をかしげる。
ヴォルフは続けた。
「例えばお前が、『お前の放つナイフの直線上に俺がいたとしても構わず撃て』と言われたら、撃つのか?」
「っ……」
逆に問われ、言葉を詰まらせる。
ヴォルフは再び嘆息した。
「お前が俺に言っているのは、そういうことだ。
よく考えて答えを出せ。俺の答えは出ている。それが、お前の結論と食い違っていたとしてもな」
「………」
ユキは視線を下げて、何かを搾り出すような唸り声を上げた。
「…………僕、は……」
ユキが何かを言おうとするのを、黙って見守るヴォルフ。
ユキは視線をそらしたまま、続けた。
「……できない。
矛盾してるけど、僕はできない。ただ、僕は……強くならないといけないから。
そういう状況でも対応して、最小限の被害で、勝てるようにならないと。
だから、僕は……いいの」
自分に言い聞かせるように、揺れた声でそう言うユキ。
ヴォルフは少し押し黙り、やがて静かな声で言った。
「最小限の被害、とは何だ?」
「…………戦って勝つのに、多少の犠牲は必要な時、あると思うから。誰かがそうならないといけないなら、僕がなる。
僕が怪我しても、他の誰かが無事なら、それでいいから……」
視線をそらしたまま、まだ迷いの残る声で言うユキ。
「そうか」
ヴォルフは呆れたように嘆息して、言った。
「なら、勝手にしろ。俺も勝手にさせてもらう。矛盾していると自分で分かっていてなおそうするなら、誰が何を言っても無駄だろう。
自分の矛盾がもたらすものに直面しない限りはな」
この話は終わりとばかりに断定的にそう言って、歩き始める。
「何してる、行くぞ」
「……うん」
ユキは少し唇を噛み締め、無言でヴォルフの後についていくのだった。

「ポイント、高い、遠く、あります。野宿、する、必要、思います、いいですか?」

一方、アフィアとミディカも地図を見ながら作戦会議の真っ最中だった。
「もちろんでちゅ!」
やる気満々に答えるミディカ。
「あーた、野宿に必要なものは持ってってくだちゃいね!何をチョイスするかはあーたに任せまちゅ!」
しかし実際には丸投げだ。
「わかりました」
下手に口出しされるよりやりやすい、とアフィアも頷いて了承する。
「戦闘、どうしますか?優勝、ねらう、戦闘する、ポイント、集める、必要、思います。
逃げる人、追いかけるまで、しなくても、いい、思います」
「根拠は何でちゅか?」
消極的なアフィアの発言に、じろりと睨むミディカ。
「ポイントは取れるときに取るべきでちゅ!相手が逃げよーが関係ありまちぇん!
それとも、逃げる相手を叩きのめすのがイヤとかゆーのでちゅか?甘いでちゅねえ」
挑発的な言葉に、しかし冷静に言葉を返すアフィア。
「序盤、相手、ポイント、低い、思いました。
戦闘する、必ず、30ポイント、もらえる、可能性、高くなる、中盤以降、いいかな、おもいました。
30ポイント、こだわる、しないなら、積極的、します。」
「もちろん、何ポイントだろーと奪うもんは奪うでちゅ!」
ミディカはびしっと指をさした。
「終わってから10ポイント差で負ける、とゆーこともありまちゅ!
そんな後悔をしないためにも、取れるときに取れるだけ取る!とーぜんでちゅ!」
勢いよく言う彼女の言葉に、アフィアは淡々と頷き返す。
「逃げる、相手、追いかける、自然です」
「それならばよろしいでちゅ!
逃げられた時のために追う手段も考えておかねばなりまちぇんね!」
「了解、しました。何か、考える、します」
冷静にそう言って、アフィアは更に質問を続けた。
「参加生徒、注意、必要、だれ、いますか?その人、どんなこと、できますか?」
「三期生のヘキ・ヒメミヤでちゅ」
きっぱりと答えるミディカ。
「ナノクニから来た留学生でちゅ。魔術で有名なちょっとした名家らしいでちゅよ。去年入学して、あっという間に飛び級しまちた。魔法を使ってるところを見まちたが、末恐ろちいでちゅ」
「ヘキ……」
そういえば、先ほどオルーカがそんな名前の少女を紹介していたような気がする。
「わかりました、注意、します。
ヘキさん、もし、見かける、戦闘する、ですね?」
確認するようにアフィアが言うと、ミディカは勢いよく頷いた。
「あたりまえでちゅ!」
むむむ、と悔しげに唸って。
「前回は惜しくも負けてしまいまちたからね!雪辱戦でちゅ!」
「わかりました」
一人で燃えているミディカとは対照的にクールに頷くと、アフィアはさらに続けた。
「ミリーさん、捕まえますか?50ポイント、魅力的、です」
「うー、出来れば校長とは関わりたくないでちゅが……」
ミリーの名前を出した途端に及び腰になるミディカ。
「攻撃魔法を使わないならば、身の危険はないかもしれないでちゅね……それほど」
その表情からは、明らかな恐怖が見て取れる。
「追いかけてみて、ダメなら諦める方向で行きまちゅか…」
今までの勢いとは打って変わった消極的な姿勢に、アフィアは若干不思議に思いつつも言葉を続けた。
「挑戦する、いい、思います」
「ふぇ?!」
驚いて顔を上げるミディカ。
アフィアはそのまま淡々と言葉を続けた。
「ミリーさん、攻撃、しない、いいました。うちたち、制限、ないです。気持ち、負けない、大事です」
「そ、それもそうでちゅね!」
今気づいたというようにミディカは頷いた。
「攻撃されることがないなら、大丈夫……でちゅ。そのはずでちゅ。…たぶん」
刷り込みは大きいのか、まだ払拭はしきれていない様子だが。
アフィアは根気よくミディカに言い聞かせた。
「方法、考えましょう。それで、いい案、なかったら、あきらめる、いいです」
「わ、わかりまちた…何か、考えておく、でちゅ」
まだ少し怯えている様子のミディカに嘆息してから、アフィアは具体的なコースの相談に入った。
「ポイント、高い場所、遠く、まとまってます。ここ、重点的、回る、よい、思います。
スタートする、まっすぐ、ここ、めざします」
言いながら、まっすぐに指さしたのはNo.13。
それから、すいすいと指を動かしていく。
「そのあと、ここ、こことまわります」
No.16、No.14、No.15、No.12、No.10と指さして。
「ここ、か、ここ。状況に応じて、まわります」
どちらか一つ、というようにNo.11と交互に指さしていく。
「そこから、こっち、行きます」
最後に、No.9からすすすと指を動かしてNo.1に戻ってくる。
「最後、スタート、受ける、どうでしょうか?」
「ふむ、なるほど。高得点狙いでちゅね」
納得したように頷くミディカ。
「1番は前回もかなり難しい問題でちた。が、まあ解けないレベルではないでちょ。
始めと終わりどちらでもいいでちゅが、余裕を持って最後に回したほうがいいかもちれまちぇんね」
「では、コース、決まりました。次、持ってくもの、準備、します」
アフィアは地図をたたみ、学校が提供する野営具の方に向かっていく。
とことことついてきたミディカに、淡々と尋ねた。
「水、食料、薬、必要。このうち、不要なもの、ありますか」
「そーでちゅね。水はあたちが出せまちゅから問題ありまちぇん。
回復の魔法も得意でちゅ。あたちのエレメントは土でちゅからね」
「わかりました」
元気いっぱいのミディカの答えにまた淡々と頷くと、アフィアは最低限の水筒と医薬品、毛布1枚、それからたくさんの食糧をぎゅうぎゅうとリュックに詰めていく。
「…あーた、そんなに食べるでちゅか」
「成長期、です」
「…そーでちゅか」
若干絶句した様子で、それでもミディカは自分の荷物にも食糧を詰め始めるのだった。

「先に言っておく」

コースの相談を終えたあとで、グレンは淡々とパスティに言った。
「今回の仕事は護衛だ。できるだけ戦闘を避ける予定だが、もし始まったら俺に任せて後ろに下がっていてくれ」
パスティはきょとんとして、それから不思議そうに首をかしげた。
「……そうなのー?」
言ってから、反対側に首をかしげて。
「戦闘ってぇ、他の参加者とぶつかった時に点数の奪い合いするっていう、あれのことよねー?
パスティは、戦おっかなーって思ってたんだけどぉ…グーちゃんはいやなの?」
「俺としては戦闘を避けたいと思っていたが……パスティがその気なら構わない。 依頼人の意向を優先するつもりだしな。 ただし、その場合でも戦闘が始まったら下がってくれ」
「どぉして?パスティ、戦っちゃいけないのー?」
「危ないだろう。前線は俺に任せて、パスティは下がっていてくれ。危ないと思ったら俺を盾に逃げてくれても構わない」
「なんでそんなこと言うのー?」
パスティは驚いた様子で言った。
「グーちゃん置いて逃げるなんて、めーよ。グーちゃんが怪我したら大変でしょ?」
いたずらした子供を叱るような口調で、全く怖くない怒りの表情を作る。
グレンは嘆息した。
「さっきも言ったが……受けた依頼は護衛だ。護衛というのは対象を守るものだろう?戦闘に参加して怪我でもされたら困る」
「パスティも、グーちゃんが怪我したら困るものー」
「何でだ?」
「なんでも何もないのー、グーちゃんは怪我なんてしたらダメなのー!」
「…わけわからん」
怒った様子で言い募るパスティに、グレンは面倒そうに手を振った。
「まぁ、俺が怪我したらそれはその時。護衛の話はここで終わりだ」
「んもー!グーちゃんのわからずや!」
「それはそうと」
パスティの怒りは全く気に留めぬ様子で質問を続けるグレン。
「もう一つ確認したい。方針は戦闘ありだが…優勝狙いという訳ではないんだよな?優勝狙いならコースを考え直した方がいいと思うんだが」
「優勝は、優勝したい子がすればいいと思うのー」
まだ少し怒りが冷めやらぬ様子で、しかし素直に答えるパスティ。
「パスティは、グーちゃんと一緒におそとを歩いたりとかー、一緒に問題解いたりとかー、
一緒に戦うのが楽しいから優勝はいらないのよー」
「そうか、逃げる奴はどうする?」
「戦いたくないっていう子を追いかけて戦うのは可哀想よー」
一転して悲しそうに手を組む。
「だからー、戦いましょ、っていう子とだけ戦いましょ?」
グレンは淡々と頷いた。
「了解した。すっかり忘れてたんだが、あの金髪の先生を見かけたらどうする? 追いかけるのかスルーするのか。 あの人を捕まえるのは……色々考えないときついだろう」
「そうねー、一度追いかけてみたいなー」
あまり危機感のない様子で頷くパスティ。
もう先程までの怒りはどこかに行った様子だった。
「攻撃はしてこないっていうし、やるだけやってみたらいいんじゃないかなー?
校長先生と追いかけっこなんて、とっても楽しそう」
ニコニコしながら言うパスティに、グレンはまた頷いた。
「なら、とりあえず追いかけるか。怪我の危険もなさそうだしな」
「そうしましょー」
のほほんと言うパスティに、先程までの怒りの色はない。
グレンは嘆息して彼女を見やると、支度の続きを始めた。

「セルクはどこから回ったらいいと思う?」

地図を目の前に、わくわくした様子でミアは言った。
「ミアは、まずは近くのチェックポイントから回るのがいいと思うな~?」
「そ、そうだね…」
それとは対照的に少し戸惑った様子のセルク。
その事は特に気にはならないのか、ミアは楽しそうに言葉を続けた。
「移動に時間がかからない近くのチェックポイントからどんどん回れば、いろんなチェックポイントの問題に挑戦できて楽しそう」
「そ、そうだね……街中を回ったほうが、バトルもしなくて済むし……」
ミアとは違う理由で同意するセルク。
ミアは笑顔でセルクに言った。
「うん、それじゃ街のなかのチェックポイント全部回っちゃお~!街の中の問題全部回ったら、町の外にも行ってみようね」
「う、うん……」
セルクは控えめに、それでも少し嬉しそうに頷く。
ミアは嬉しそうに頷き返すと、地図をしまいながら話を続けた。
「じゃあ、あとは…そうだ、お互いに何ができるか確認しよっか!」
「何が…できるか?」
「うん!えっと…セルクは水の魔法使うって言ってたよね。セルクの魔法で、氷作ったりもできるの?」
「う、うん……できるよ」
ぎこちなく頷くセルク。
「えと…ミアちゃんは、火の魔法でどんなことができるの…?」
「ミアが使える火の魔法は攻撃魔法が多いよ。火の魔法は威力はあるけど危ないから、使い方が限られるんだよね~。セルクの水の魔法の方がいろんな使い方ができて役に立ちそうだよね」
「そ、そうかな……」
褒められ、少し照れたように微笑む。
「で、でも、たしかに、火の魔法はコントロールが難しいっていうよね…」
続く言葉に、ミアは頷いた。
「そうなんだよー。でも、攻撃魔法は冒険者になった時に役に立つと思うから、がんばって勉強してるんだ。ミアは冒険者になってみたいな~って思ってるから」
「そ、そうなんだ……」
少し驚いた様子のセルク。
ミアは不思議そうに首をかしげた。
「セルクは魔法の勉強してなりたいものとかやりたいこと、無いの?」
「ぼ、ボクは……べ、別に……」
そわそわして視線をそらすセルクに、ミアはなおも不思議そうに首を傾げるのだった。

「先ずはどういう風にコースをまわるかですね。 なにかご希望はありますか?」

地図を見ながら、オルーカはヘキに問うた。
ヘキは少し黙って考え、ややあって淡々と答える。
「…貴女の考えがあるなら先に聞かせてもらってもいい?」
「わかりました」
オルーカは素直に頷いて、地図を見ながら続けた。
「じゃあたたき台として私の意見ですけど、とりあえず街の中を少し回って外に出て、最終的にぐるっと回って帰ってくるのはどうでしょう?」
そこまで言って、ふと思い当たる。
「…そういえばヘキさん、地図は読めます?」
ヘキは思ってもいないことを聞かれた様子で、一瞬押し黙った。
「地図というのは、壇上で校長が魔道で投影していたもののことでいいかしら。
読めるか、というのは、目で見なくても大丈夫なのかという意味合いの質問ということで間違いない?」
「あ、はい、そういう意味です」
目を閉じたままの彼女には地図は見えないのではないかという気遣いからの発言であることを、オルーカは頷いて答える。
ヘキは嘆息して答えた。
「魔道で構成されたものであれば、見ていなくても感じ取ることは可能よ。そして、その地図であればもう記憶済みだから見る必要はないわ」
「そ、そうなんですね…では、普通にやらせてもらいます」
オルーカはやりにくそうな表情で、地図のルートを指でたどる。
「ええと…No.1からNo.2に行って、それからNo.5、No.9、No.11とたどるルートはどうでしょう?」
ヘキは僅かに眉を寄せた。
「できるだけ点数の多いルートを回ったほうがいいように思うけれど。
街中の問題を、あえて時間をかけてクリアする意図は何?貴女の考えを聞かせて」
「あ、え、ええと…」
淡々としたヘキの言葉に、オルーカは慌てて言葉を続ける。
「…私前回も出たんですけど、その時はすぐ街から出たんです。だから今回は少し街中をうろついたほうが、楽しいかなーって。問題が同じだったら、同じ問題に取り組んでもつまんないかなーって…」
「確かにチェックポイントの位置自体は前回と同じね。けれどさすがに問題の内容まで同じだとは思えないわ」
「はっ、そ、そうですね…!」
言われて慌てて地図を見直すオルーカ。
「問題は前と違うかも…うかつでした。てっきり同じかと…でもそうですよね、普通チェックポイント内容は変ってますよね」
しょんぼりした様子で、しかしめげずにもう一度地図を指でたどる。
「えっと、じゃあ…こういうのはどうでしょう?
No.1からNo.5に行って、それからNo.9、No.13と回ります。それくらいでお昼になると思いますけど…」
「……」
ヘキはなおも渋い表情だ。
「…やはり、20ポイントに時間をかけるより、30ポイント・40ポイントに時間をかけたほうが効率的だと思うわ。
No.5はスルーして、No.9、No.11と回っていけば、お昼にはNo.13にたどり着くでしょう。午後は山を中心に回るというのはどうかしら」
「なるほど…了解です」
オルーカは頷いて、ヘキの言ったルートをメモにとった。
「あと、夜は特に何もなければ夜営でいいでしょうか?」
「そうね。一度街に戻るのは効率的ではないわ」
「ヘキさん、料理とか得意ですか?」
「料理?」
オルーカの言葉に、僅かに首を傾げるヘキ。
「……保存食で十分じゃないかしら」
「えー、そんな。ダメですよ。どうしてもムリな時ならともかく、作れるときはなるべく作らないと。栄養偏っちゃいますよ?
せっかくだからなにか作りませんか?」
オルーカは言って、こんこん、と、おそらくミリーが用意した道具の山から持ってきたであろうおたまでフライパンを叩く。
「…遠慮しておくわ。普段の食事ならば栄養バランスに気を配る必要があるでしょうけれど、わざわざかさばる道具を持って行って行動を制限されてまで優先させる必要があるとは思えないもの」
「そうですかぁー…?」
残念そうに、それでもこっそり調理器具を道具に詰めるオルーカ。
しかし。
「…止めはしないけど、あまり不要なものを持って歩くと身動きが取れなくなるわよ」
心眼でものを見ているヘキに「こっそり」は通用しないようだった。
「え?えへ…」
オルーカはごまかすように笑って、しかししっかりと調理器具は道具袋の中に詰めておく。
「あとは、えっと」
ごそごそと荷物を整理しながら、さらに言葉を続けるオルーカ。
「他チームと戦うとしたら、私が前衛で、ヘキさんは後衛でよかったですよね」
「ええ、そういう段取りだったわね」
ヘキはさらりと言って頷いた。
「よろしくお願いするわ」
「こちらこそよろしくお願いします。
どういう風になるかは、実際戦ってみないとなんともいえませんからね…」
うーん、と俯いて考える。
「あと、他のチームのことなんですけど。
参加者さんの能力を、ヘキさんの知ってる限りで教えてもらえますか?」
そして顔を上げると、再びヘキに問うた。
「要注意人物はいますか?基本的には戦うっていうスタンスでいいんですよね?」
「勿論よ」
即答するヘキ。
「気をつけるべきは、院生のミディカ・ゼラン。年若いけれどエルフだから実力は相当なものよ。
それから、三期生のヴォルフガング・シュタウフェン。魔力は私やミディカほどではないけれど、冒険者として培った経験がある。要注意と言えるでしょうね」
そこまで言ってから、嘆息して。
「あとは取り立てて注意するべき人物は思い当たらないわね。実力を持っていても、それを生かしきれないのでは意味がないし」
誰のことを言っているのか、そんなことを言う。
オルーカは感心したようにうなずいた。
「ふむふむ、じゃあ実際要注意人物を会ったときに、教えていただけますか?お顔を存じ上げないので」
「そうね、もし会えば教えるわ」
ヘキが頷くと、オルーカはさらに続けた。
「あとは…そうだ。確認しとかなきゃなところが増えたんでした。
ミリーさんと出会ったら、なんですけど。追いかけますか?」
「勿論よ」
再び即答するヘキ。
「校長と対峙して実力を試せる機会はそうそうないわ。それが戦いという形でなくとも、挑戦することに意義があるのよ」
淡々とした物言いの中に、静かな闘志がみなぎっているようだ。
オルーカは頷いて、さらに続けた。
「具体的にはどうしましょう。
当然ミリーさんは逃げるわけですよね…私がダッシュするんで、ヘキさんに補助してもらうとか?
ミリーさんは攻撃術と移動魔法は使わないっておっしゃってましたし、だとしたら正攻法で、風魔法で後ろから押してもらうとか!」
思いつくだけ挙げてから、自分でもどうもピンとこないようでうーんと唸る。
「ヘキさんは何か案がありますか?」
ヘキは目を閉じたまま、静かに考えているようだった。
「魔法で移動速度を速めることなら出来るけど…それ以上に足止めをしないと難しいかもしれないわね。
私が使える魔法で有用なものと言ったら…やはり風の攻撃魔法か、月魔法で感覚を狂わせるか。
どちらも、校長にどこまで効くかは疑問だけれど」
ふ、と嘆息する。
オルーカも難しい表情で唸った。
「じゃあとりあえず、風魔法で私のスピードアップ、その後月魔法でミリーさんの感覚を狂わすって方法でいってみましょうか。
もっとも、うまく出会えるとは限りませんけどね」
「そうね、もし遭遇したらその方向で」
「ミリーさんがどういう魔法を使ってくるか分からないですね…
ヘキさんは何かご存知ですか?」
オルーカの問いに、ヘキは少し考えて、答えた。
「校長のエレメントは火だと聞いているわ。けれど、どの属性の魔法も満遍なく使うようよ。
合成術も得意だとか。さすがね」
淡々と説明していく。
「攻撃と移動を使わない、ということは、回復や補助なら使うということね。
生半可な魔法は防御魔法で散らされると考えていいと思うわ」
「魔法ですか…」
オルーカは困ったように溜息をついた。
「魔法に勝る肉体術ってなんですかね…」
独り言のような言葉に、ヘキは少し黙って、それから静かに答える。
「魔法だから体術より強い、体術だから魔法には敵わない、と考えるのは愚かなことだわ」
「え……」
ヘキがコメントをしたこと自体に驚いた様子で、オルーカは顔を上げた。
ヘキは目を閉じたまま、言葉を続ける。
「勝敗を決めるのは、魔法、剣、体術、といったような『道具』ではない。道具を使いこなす『人間』の質だと思うけれど」
「…でも、炎の魔法を放たれたら、普通の人間はひとたまりもありませんよ?」
「炎の魔法が上手く発動するか、威力が大きいか、命中するか。それらはすべて、術者の実力と努力で決まるわ。
魔法が発動する前に使用者の懐に潜り込んで昏倒させられるかどうか、それらもすべて、貴女の実力と努力で決まると思うけれど」
「…ヘキさん……」
およそ慰めとは思えない淡々とした口調だったが、オルーカは目を丸くしてヘキを見た。
ヘキはなおも目を閉じたまま、すっと立ち上がる。
「確認事項はそれだけ?もうすぐスタート時刻になるわ。行きましょう」
「はっ、はい!」
返事を待たずに歩き出したヘキを、オルーカも慌てて追いかけるのだった。

「街の中は最低限にして、外で点数を稼いだ方がいいかな、と」

地図を真剣な表情でみやりながら、ミケは言った。
「確実に通るNo5だけ解いてすぐに外に出ようかと思っています。で、40点を多めに回って来ようと思うのですが、どうでしょうか?」
「よろしいですわね」
クリスも地図を見ながら、鷹揚に頷く。
「まずはNo.1をクリアして、No.5、No.9、No.13と行くのが良いかと思いますわ」
「えっ」
驚いて顔を上げるミケ。
「あの、50点…挑戦するんですか?」
「当然ですわ?」
何を言うのか、という様子で、クリスは眉を寄せた。
ミケは驚いた表情のまま、ゆっくりと息を吐く。
「……チャレンジャーですね……」
おそらく彼を知る者の10人に10人が「お前が言うな」と言ったであろうその発言は、すぐに彼自身の言葉によって取り消された。
「失礼しました。分かりました、頑張りましょうね」
にこり、と微笑む。
「えっと、あとは…他の生徒達とは戦う方向であることは伺っていますが、ミリー校長へのチャレンジはどうしますか?」
地図をしまいながらのミケの言葉に、クリスはやはりさらりと答えた。
「戦うのではないのでしょう?でしたら、もちろん挑戦いたしますわ」
ふむ、と唸って。
「逃げる校長をどのように足止めするのかを考えねばなりませんわね…」
「そうですね……」
ミケもうーんと考えてみる。
「元々魔法で敵う相手ではありません。こっちが魔法で直接足止めしようとしても難しいですよね。……例えば、風魔法で速度と威力を上げて何か……例えば網を投げるとかしてみる、とかどうでしょうね?」
「網ですか…」
クリスはちらりと野営道具の山の方を見た。
「…あちらには無いようですけれども」
「…まあ、あまり野営道具としては一般的ではないですね、網は」
「外に行って調達してくる時間はございませんわ?如何なさいますの?」
「ですよねー……」
再び考え込むミケ。
クリスもしばし考えて、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「ロープ…でしたら代わりにはなりませんかしら。
足に上手に巻きつけば、動きを封じられるのではなくて?」
「なるほど」
頷いて、ミケ。
「そうするとそこは風魔法での制御でしょうかね。
ロープを素早く目標まで届かせる魔法と巻き付く魔法、とか。一度に二つの魔法は難しいですから、2人で分担してチャレンジしてみましょうか?」
「………」
クリスは難しい顔で考え込んだ。
ミケはさらに言葉を続ける。
「……例えば、ロープを加えた使い魔に空を飛ぶ魔法をかけて、そこに素早さを上げる魔法とかかけたら、絡みつく魔法ではなくても良いのかも知れま せんが、どうでしょう?」
「…それは、ロープより使い魔をけしかけたほうが早いのではなくて?」
ミケの肩に乗っている黒猫を見やって、クリスは不満そうに言った。
「えー、うちの使い魔のみでどうにかできる自信がないので」
可愛い使い魔をあんな強烈に凶悪なモノにけしかける勇気はない。
ミケの様子に、クリスはふうとため息をついた。
「ロープそのものの動きを制御するのは、わたくしでは少し荷が勝ちますわ。そうではなくて……」
きょろきょろと辺りを見回して。
「例えば…石などを、ロープの両はしに括るのです。
上手く回転するように投げつけられれば、ロープが触れた時に絡みつくのではないですかしら」
どうやら探しているのは、ロープにくくるのに適当な何かであるらしかった。
なるほど、と頷いて、ミケはにこりと微笑んだ。
「じゃあそれでチャレンジしましょう。ふふふ、上手く捕まると良いですね。
後で出来たら1回練習しておいた方がいいですかね」
「そうですわね」
クリスは珍しくにこりと微笑んだ。
「試しに、貴方ここから逃げてみてくださいな?」
むず。
クリスの目にとまったのは、講堂の調度品として置かれていた熊の置物だった。
鮭を咥えた姿が雄々しい。
「……学校内ですよ?」
思わず真顔で突っ込むミケ。
「つかその置物、万一にも壊れたらどうするんですか!」
「大丈夫ですわ、これは木彫りですから」
「そういう問題なんですか?」
「まあ、もうひとつ必要ですけれども」
「問題はそれだけですか?!」
2人の大真面目な掛け合い漫才は、スタート時間まで続いたという。

結局、適切な錘は見つからなかったらしい。

§2-2:The mine room

「さっそく問題に挑戦するの?張り切ってるわねー」

チェックポイントNo.1でヘキとオルーカを迎えたのは、ベリーショートの知人の女性だった。
気さくな笑顔で二人を出迎えるその顔に見覚えがあるオルーカは、首をかしげて記憶をたどる。
「えっと…前回は草原の方にいらっしゃいましたよね?確か……」
「クロライド・カッパー先生。移動術クラスの講師よ」
「へえ、移動術…」
ヘキの紹介に、感心したように頷く。
教官はにこりとオルーカに微笑みかけた。
「私も覚えてるよ。前回はカイのパートナーだったでしょ」
「え、覚えてらっしゃるんですか」
「もちろん。私、人の顔覚えるの得意なんだ。カイも私の生徒じゃないけどよく知ってるわよ。もちろん、あなたもね、ヘキ」
「……恐縮です」
ヘキは無表情のまま小さく会釈した。
「…それで、ここの問題は?」
「うん、じゃあまずはこの実習室に入ってもらえるかな」
教官が示したのは、校舎から少し離れたところにある離れの建物。広い建物であるようだが1階建てだ。
「実習室……」
「派手な魔法を使っても外に被害のないよう、強力な魔導結界を張っている建物よ」
「へえ……」
ヘキの解説を受けながら、中に入る。
中はがらんとした空間だった。教室3個分ほどの広いスペースが有り、その奥の舞台のようなところに魔道石が置かれた台座が鎮座している。
教官は二人の後から部屋に入ってくると正面の舞台を指差した。
「あの魔道石に到達できればクリアよ」
「え、そんなに簡単でいいんですか?!」
「ただし」
驚くオルーカに、釘を刺すように指を立てて。
「ここからあそこに到達するまでの床に、地雷を埋め込んでいるの」
「じ、地雷?!」
物騒な響きにまた驚くオルーカ・
「もちろん、魔道の仕掛けの地雷。踏んだら爆発、そして失格。死にはしないと思うけど、怪我は頑張って治してね?」
「そ、そんな……あっ」
はっとひらめいた様子で、オルーカはヘキの方を向いた。
「ヘキさん、飛行系の魔法使えますか…?」
恐る恐る聞いてみる。
床を歩くのが危険なら、浮けばいいのだ。魔法学校の生徒なのだし、それが出来る者もいるだろう、と。
だが。
「ああ、多分無駄だと思うわよ?」
教官が軽く言うので、オルーカは驚いてそちらを向いた。
「え、な、なんでですか?」
「あのね、今ここ、高さ10センチから上は魔法が消えちゃうように仕掛けがされてるの。だから、浮く魔法を使うのは無理」
「ええええ?!」
オルーカは驚いて声を上げ、それからしょんぼりと肩を落とした。
「そ、それじゃあ無理ですね……」
しかし、めげずに顔を上げて考え始める。
「それじゃあ……あっ、感知魔法とかありますよね確か!
それを使って地雷をよけながら歩くとかどうですか?」
言って、ヘキの方を振り向いた時には。
「って、ヘキさん?!」
彼女は既に、舞台の魔道石に向かってすたすたと歩き出していた。
「あ、危ないですよヘキさん!」
オルーカの声が聞こえていないかのように、よどみのない足取りで歩くヘキ。
「あぶな……え……?」
よく見れば、その足取りは真っ直ぐではなく、器用に蛇行して歩いている。
そして、地雷が埋まっているという教官の言葉が嘘であるかのように、床は全く爆発する素振りを見せなかった。
「えー……」
呆然とするオルーカの横で、教官が苦笑する。
「あー、やっぱりヘキにはこの問題は簡単すぎたかなぁ」
「そ、そうなんですか?」
「彼女、心眼が使えるでしょ。どこにどんな魔道力があるかなんてお見通しなのよね」
「はー……」
ひたすら感心してヘキの様子を見つめるオルーカ。
ヘキは難なく地雷原を通り抜け、舞台に上がって魔道石に自らの水晶玉を触れさせた。
ぽう、とほのかに光り、水晶玉に点数が入ったようだ。
「これでいい?」
「はい、合格。ディスペルマジックを一旦解除するから、飛んで戻ってきていいわよ」
教官の言葉に、ヘキは素直に魔法を使って体を浮かせ、入口へと戻ってくる。
オルーカは放心したようにそれを見つめ、やがてヘキが地面に降りると興奮した様子で駆け寄った。
「すごい!すごいんですねヘキさん!」
「大したことはないわ。次に行きましょう」
「はい!」
オルーカの賞賛の言葉を淡々とかわすヘキ。しかしオルーカも気分を害した様子もなく、嬉しそうにそのあとをついていくのだった。

<オルーカ・ヘキチーム +50ポイント 計50ポイント>

「地雷、だと……?」

オルーカペアの次に問題に挑戦したグレンとパスティ。
教官に告げられた言葉に、グレンは唖然としてつぶやいた。
「やることが大胆だな…」
「そうお?こんなのいつものことよー」
「い、いつものことなのか?!」
あっけらかんと言うパスティをぎょっとして見る。
どうやらこの学校は想像以上に破天荒な学校であるらしい。
「…ま、まあいい。床の上を歩けない、魔法も使えないとなると…」
グレンはうーんと考えて、それからふと気づいたように顔を上げた。
「……これ、パスティが飛んで魔導石に触った方が早いのでは?飛行は魔法とは別なのだろう」
「やだー、グーちゃん」
目を丸くするパスティ。
「こんな普通のお部屋で飛んだりしたら、頭ぶつけちゃうわ?」
「……そうか」
見上げれば、確かにここは天井もそれほど高くない、作りとしては良くも悪くも普通の部屋だ。翼人の大きな翼で飛び上がろうものならぶつかってしまうだろう。翼人の翼は器用に滞空するような作りにはなっていない。
「…ならば、パスティに地雷感知を任せて俺が進んで触って来よう」
「うーん、それもダメだと思うのー」
同じ調子で首を傾げるパスティ。
「魔道石に触れるって、点数入れるってことでしょー?なら、パスティが行かないとダメよー。点数入れる水晶玉は、パスティが持ってるんだもの」
「その水晶玉を俺が持っていけばいいだろう」
「グーちゃん、ルールはちゃんと聞いてなきゃダメよー」
めっ、というように、パスティは可愛らしくグレンを睨んでみせた。
「この水晶玉はー、参加者本人が首にかけること。それ以外の持ち方をしたりー、雇った冒険者に持たせるのは禁止、って、校長先生が言ってたわー?」
「……そうか、そうだったな」
「てゆうかー、これはパスティたちのウォークラリーなんだからー、問題は基本、パスティたちがやらなくちゃダメと思うのよー?
そうよね、クロルせんせ?」
パスティが教官に聞くと、教官は苦笑して頷いた。
「まあ、そうね。禁止というルールはないけど、基本的にはあなたたち自身にやってほしいかな」
「ほらー」
「……まあ、そうだろうが」
釈然としない表情で、グレンはそれでも黙った。
パスティは体の向きを変えると、部屋の奥にある魔道石へと歩き出す。
「あ、おい」
「パスティが、地雷の場所魔導感知しながら歩くからー、グーちゃんはそこで待っててー?」
「おい、待てよ!」
「やめなさい」
身を乗り出しかけたグレンの肩を、教官が冷静な口ぶりで掴んで引き戻す。
「…っ」
「あなたの仕事は、生徒同士が戦いになった時の護衛でしょう?自分で取り組むという姿勢を持っている彼女に、無理やり手を貸すことは範疇外だと思うけど?」
「っ、しかし、地雷なんて…大怪我をするかもしれないだろう。それから守るのも立派な護衛だ」
「依頼人の意志を無にすることになっても?依頼人の意志を最大限に尊重して実現するのが、仕事を請けるということじゃないの?」
「それは……」
何と言葉を返したらいいかわからぬ様子で、視線を下げるグレン。
教官は探るように彼の表情を見返した。
「…何を焦っているの?」
「っ……」
「彼女にケガをさせることがそんなに怖い?」
「そういう、ことじゃ」
「ああ…正確に言いましょうか?『彼女を守れなかった自分』になるのが、そんなに怖い?」
「…っ……!」
グレンが目を剥いた、その瞬間。

ごうん!

「きゃああぁ!」

派手な音がして慌てて振り返ると、弾き飛ばされたパスティが壁に叩きつけられていた。
「…パスティ!」
慌てて駆け寄るグレン。
教官が地雷を解除したようで、彼が床の上を走っても何も起こらない。
グレンはパスティに駆け寄ると、倒れていた彼女を抱き起こした。
「大丈夫か!」
「んー、ちょっと失敗しちゃったみたい」
てへ、と苦笑を向けるパスティ。
派手な音の割には、大きな怪我はしていないようだった。多少の擦り傷はあるが、派手に血が出ていたり、骨が折れているということもないようだ。
「ちょっと待ってね、今回復するからね」
パスティはグレンに抱き起こされたまま、目を閉じて意識を集中した。
「パステル・スイートキャンディ…」
おそらくそれが呪文なのだろう。胸にあてがわれた手が仄かに光り、ふわりと彼女の体が浮いたような感覚が襲う。
しばらくして、パスティはぐっと体を起こして立ち上がった。
「ふー、ありがとー、グーちゃん」
「いや、俺は何も……」
「爆発しちゃうかもしれないのに、パスティのこと助けに来てくれたでしょ?だから、ありがとー」
にこりと笑うパスティに、グレンは気まずげに顔を逸らした。
「んー、でもやっぱりパスティの力じゃ感知しきれなかったみたいねー。失敗しちゃった」
残念そうに言うパスティに、教官はからりと笑った。
「ま、そういうこともあるわよ。ここは点数が高いから、なまなかなことではクリアできないしね。
あまり落ち込まないで、ね」
「はぁーい」
笑顔で軽く返事をしたパスティの様子からは、確かにあまり落ち込んでいるようには見えない。
あまり気にしないたちなのか、それともそう見せているだけか。
いずれにしても、グレンは何も言葉にできずに、ただため息を付くのだった。

<グレン・パスティチーム +0ポイント 計0ポイント>

「やはり、最初にNo.1に挑戦する方は多いようですね」

他チームと同様、チェックポイントNo.1に挑戦していたミケとクリスは、他チームが挑戦しているあいだ待たされることになっていた。
「待ち時間の間にお聞きしておきますが、他のチームの中で>> 要注意の方とかいらっしゃいますか?」
「そうですわね、ルキシュクリース・サー=マスターグロングが不参加となりますと…」
クリスは苦い顔で考え込んだ。ルキシュが参加しないことが相当不満であるらしい。
その様子に、ミケはきょとんとして首を傾げる。
「ルキシュさん?……お知り合いですか?参加されないことが不満なようですけれど、例えばライバルだったりとか?」
「いいえ」
軽く首を振って答えるクリス。
「あちらは3期生ですが、わたくしは1期生ですもの。学校で接点はございませんわ。
ご存知ないかもしれませんが、マスターグロングはマヒンダではなかなかの名家なのです。国は離れていても、貴族というのは案外横の繋がりがあるものですのよ。マスターグロングの長子が、ヴィーダの魔導学校にいらしたのは意外でしたが…ウォークラリーで優勝なさったのにはさらに驚かされましたわ。
同じ貴族の子として、負けてはいられません」
きっぱりとした口調で言い放って。
「ですから、ご事情は存じ上げませんけれども、今回不参加であったこと、勝ち逃げされたようで不本意ですの」
「勝ち逃げかどうかは、僕にはわかりませんが」
ミケは不可解そうに首をひねった。
「ルキシュさんは戦った感じ、元々の魔法の才能は素晴らしいものがありました。前回のウォークラリーで急に成長したみたいで、イベント中、吃驚しまし
た。あれはパートナーの力も大きかったと思いますけれどね」
パートナー、とは、ミケもよく知る冒険者の少女だ。今回はやはり、彼女も不参加であるようだが。
「じゃあ、目標は前回のルキシュさんの260点より上を目指しましょうか。……でも、クリスさん、結構負けず嫌いなんですね。同じ立場の人の中で 全てで一番を目指している、そんな感じですけれど」
これまたお前が言うなという発言に、クリスは変わらぬ決然とした表情で頷いてみせた。
「やるからには高みを目指すのは当然のことですわ。
目標は高く持たねば、甘えが生じます。甘えは本来出来るはずのことも出来なくする。この程度でいい、と妥協していては、いつまでたっても高いところには上れません」
「……」
ミケは軽く目を見開いて、彼女の言葉を聞いていた。
「……か、格好いいですねぇ」
呆然とした表情で、ぽろり、と漏らす。
「……肝に銘じておきます。そうですよね、勝てないと思ったら終わりですよね。
正直、精神論でどうにもならないことは、ちょっとありますけれども」
「わかればよろしいですわ」
どうにもならない、の部分は器用に聞き流したのか、クリスは鷹揚に頷いた。
「話が逸れましたわね。要注意人物というと……
…やはり、院生のミディカ・ゼランと、三期生のヘキ・ヒメミヤですかしら。今回初参加の、ヴォルフガング・シュタウフェンも相当な力の持ち主と伺っておりますわ」
「ミディカさんは前回ちょっとだけ戦ったことがありますね。あとはヘキさんと、ヴォルフガングさん……ですか。では、その方々に遭ったら教えていただいても?」
「ええ、もちろんですわ」
そこまで言ったところで、前のグループが終わったのだろう、教官が呼びに来た。
「はーい、次どうぞー」
その言葉に、ミケとクリスは素直に頷いて立ち上がるのだった。

「じ、地雷、ですか……」
教官から問題を聞いたミケは、思わず眉を寄せて呟いた。
「相変わらずとんでもない問題を用意しますね、ミリーさん…」
「なるほど、実習室ならば爆発しようと外に被害がない、というわけですわね」
感心したように頷くクリス。
ミケは嘆息して言った。
「魔法を使って飛ぶことができないなら、一歩一歩歩いていくしかないですね」
ざっと室内を見渡す。
通常の教室3つ分ほどの広さだろうか。狭くはないが、決して魔導感知の範囲が及ばないほど広くもない。試しに軽く意識を飛ばしてみたが、十分舞台の魔道石まで感知することができそうだ。
「では、僕が感知してご案内しますので、僕の指示通りに歩いてください」
ミケが言うと、クリスは眉を寄せて言った。
「魔導感知でしたら、わたくしにも出来ますわ?」
「ええ、2人でやれば安心ですよね。念のため、です」
特に気分を害した様子もなく微笑んで言うミケに、毒気を抜かれたように言葉を引っ込めるクリス。
そして踵を返すと、舞台の方を向いた。
「早くなさいな。わたくしの案内をなさるのでしょう?」
つっけんどんな言い方に何か可笑しさを感じて、ミケはくすっと笑った。
「了解しました。では、少しお待ちくださいね」
目を閉じて、意識を集中する。
教官の言うとおり、確かに床上10センチから上はなにも感じられない。魔法を封じられた空間というのは間違いではないのだろう。しかし、床の方に意識を向ければ、はっきりとマジックアイテム…地雷の場所が感じられた。
「そのまままっすぐ、3歩歩いてください」
ミケの言葉の通りに、歩みを進めるクリス。
「1歩右へ。2歩前へ」
慎重にルートを誘導する。
「あっ、ダメです、足を止めてください。すぐ前に埋まっています」
「え?わたくしには感じられませんけれど?」
ミケの言うとおり、クリスもまた魔導感知をしながら歩いていたようだった。
ミケはゆっくりと首を振る。
「ごく微弱な魔道波です。感知できない人もいるかもしれない。威力も弱いでしょうが、爆発すれば失格です」
「そう……ですの」
自分には感じられないことに、半信半疑のクリス。
「では、どちらに避ければ?」
「待ってください、安全な場所が少し離れています…右も左も囲まれているようですね」
「では、戻りますか?」
「うーん……」
ミケは少し考えて、あたりをきょろきょろ見回した。
入口のすぐそばに立てかけられている、施設の利用記録を記すバインダー。
「すみません、これお借りしていいですか」
「え?あ、うん、いいわよ」
突然問われ、きょとんとする教官。
ミケはバインダーを手のひらに載せ、目を閉じて集中した。
「風よ、かのものに軽やかなる大地を」
呪文とともに、すう、とバインダーが浮き上がる。
それはそのまま床上5センチほどまで下がり、その位置をキープして床上を滑るように移動した。
「これは…!」
驚いた様子でそれを見守るクリス。
やがて、バインダーは彼女の足元で止まった。
「クリスさん、それを踏んで2歩先の位置に言ってください」
術をキープしたまま、ミケが言う。
「え?」
「ですから、それを踏み越えれば地雷のない位置へ行けますから」
「…ああ、ええ…わかりましたわ」
クリスは呆然とした様子で、しかしミケの言うとおりにバインダーを踏んで先の床へと降りる。
バインダーは彼女が乗ってもびくともしなかった。ミケはほっとしたように表情を緩め、再びバインダーを手元に戻す。
「よかった、これで安心ですね。あと少しです、頑張りましょう」
「え、ええ……」
クリスは戸惑った様子で、しかしミケに誘導されて無事に魔道石にたどり着くことができたのだった。

<ミケ・クリスチーム +50ポイント 計50ポイント>

「地雷……か」

教官の言葉に、ヴォルフは眉を寄せて考え込んだ。
難しい表情をする彼とは対照的に、ユキはぱっと表情を明るくして彼を見上げる。
「大丈夫だよ!僕が飛んで行ってきてあげるから」
「飛んで?」
片眉を顰めるヴォルフ。
ユキは笑顔のまま頷いた。
「うん!魔法が使えないなら、僕が飛んで行ってくればいいよね。
魔法の学校だから簡単にはいかないと思うけど、慎重に飛んでいってくれば大丈夫だよ」
ユキの言葉に、ヴォルフは嘆息した。
「却下だな」
「え、ど、どうして?」
「お前、この天井の高さで飛んでいけると思うのか?」
「え……」
見上げれば、室内の天井は決して高くない。通常の部屋と同じくらいだ。ユキの翼で羽ばたけば、普通はぶつかってしまうだろう。
「で、でも、ぶつからないように気をつけて飛ぶよ?!」
「この規模の室内で飛び、天井にぶつからないまま滞空してこの距離を飛んだ経験は?」
「それは………ない、けど」
そもそもユキは翼人であるにもかかわらず移動にあまり翼を使わない。
もちろん、こんな普通の室内で飛んだ経験などなかった。
ヴォルフはまた嘆息した。
「確実に出来ると断言できない奴に任せる愚か者はいない。いいからお前はここでじっとしていろ」
「で、でも…!ヴォルフさんだって、絶対にできるとは限らないでしょ?!」
頑張って言い返してみるユキ。
「僕が吹っ飛ばされるか、ヴォルフさんが吹っ飛ばされるかなら…僕が吹っ飛ばされた方がいいに決まってるよ」
「…お前は、また……」
ヴォルフはぎろりと視線を鋭くした。
「誰かに任せて失敗するか、自分でやって失敗するか、どちらかを選べと言われたら、俺は後者だ。
何もやらずに後悔するより、やって後悔する方がいい」
「っ、でも……」
「そもそも根本的にお前が勘違いしていることがある」
「え……?」
きょとんとするユキに、ヴォルフはまた嘆息した。
「あの魔道石に触れて点数が入るのは、参加者が持っている水晶玉だけだ。どちらにしろ、俺自身が行かないと意味はない」
「え、でも、水晶玉を僕が持っていけば…」
「ルールを聞いていたのか?水晶玉は参加者本人が首にかける、それ以外の持ち方は禁止だ」
「あ……」
ユキはまた、己が先走っていたことを知り、悔しそうに俯いた。
ヴォルフは彼女が黙ったことを確認すると、実習室の床に一歩踏み出す。
ユキは心配そうにそれを見送った。
「………」
かたずを飲んで見守る中、ヴォルフは一歩ずつ慎重に、魔導感知をしながら進んでいるようだった。
だが。
「…っ……!」
足元の違和感にヴォルフが表情を歪めたその時。

ごうん!

「ヴォルフさん?!」
足元の床が爆発し、閃光と爆音が室内にこだまする。
「ヴォルフさん、ヴォルフさん?!」
ユキは慌てた様子で、煙が立ち込める室内に向かって必死に呼びかけた。
だが。
「…しくじったな」
声はすぐ近くからした。
驚いて顔を上げるユキ。
そこには、傷一つないヴォルフの姿があった。
「ヴォルフさん…?!」
「間一髪、跳んで避けた」
どうということはない、という様子で言うヴォルフ。
「やはり俺の魔力では感知しきれなかったようだな」
「まあ、そういうこともあるわよ」
気楽な調子で声をかけてくる教官。
「残念だけど、今回はチャレンジ失敗、ってことで」
「わかっています」
ヴォルフは淡々と頷くと、踵を返す。
「行くぞ」
「はっ、はい!」
呆然とヴォルフを見上げていたユキは、部屋を出る彼に慌ててついて行くのだった。

<ユキ・ヴォルフチーム +0ポイント 計0ポイント>

「いい天気、ですね」
「絶好のウォークラリー日和でちゅね!」

一方、アフィアとミディカは早速東門から外に出ていた。
雲ひとつない快晴である。ウォークラリー日和であるかどうかはともかく、外を出歩くには申し分のない天候だ。
彼らのように真っ先に門の外に出たペアは少ないようで、見渡す限りの草原には人の影は全く見えなかった。
「No.9、どっち、ですか」
早速次のチェックポイントを目指すべく、アフィアが地図を見る。
ミディカは草原をぐるりと見回したあと、北のほうを見た。
「あっちの方で……」
その表情が瞬時に固まる。
アフィアが不思議そうに視線を追うと。
「…あ」
視線の先には、草原へと向かっていくミリー校長の姿があった。
瞬時に身構えるアフィア。
「追いかけ、ます」
「え、ちょ、ま、待つでちゅ!」
ミディカが慌てて止め、アフィアは不思議そうに彼女を見た。
「校長、追いかける、言いました。違う、ですか」
「い、いや、違うわけでは…でもまさかこんなにいきなり会うとは…」
「追いかけない、点数、入りません」
「わ、分かってまちゅ……」
「では、行きます」
「あ、ちょっと!」
走り出したアフィアを、ミディカは慌てて追った。

「…あら」
後ろから走ってくる二人を、楽しげに見やるミリー。
「早速外に出るなんて、やる気満々ねぇ」
どこか嬉しそうに言って、走り出す。
「っ……」
ミリーが走りだしたのを見て、アフィアもスピードを上げた。
「ま、待つでちゅ……!んもー、白狼の疾走!」
ふわり。
ミディカの体が宙に浮き、スピードを上げて空中を移動し始める。
アフィアはそれを確認すると、ミディカと自分でミリーを挟むように移動した。
これで、ミディカとアフィアを同時に視認することはできないはずだ。
「えーい、もうどうとでもなれでちゅ!雷神の鉄槌!」
ミディカは飛行を維持しながら、ミリーに向かって魔法を放った。
が。
「無色の混沌!」
ミリーもやはり走りながら、ミディカを指さして魔法を放つ。
すると、ミディカから放たれた雷の魔法は音もなく霧散した。
「なっ……なああぁぁ?!」
そしてミリーの魔法は、ミディカの飛行魔法までも無効化した。
がっ。
地面からそう高くないところを飛んでいたため、いきなり魔法が切れたミディカの体は勢いのままに滑空し、程なくして地面に叩きつけられる。
「ミディカ、さん…!」
アフィアは慌てて足を止め、ミディカに駆け寄った。
地面にうつぶせに横たわるミディカの体を抱き起こし、様子を探る。
「大丈夫、ですか…?」
しかし、その表情は思ったよりはっきりしていた。痛そうに顔をしかめている。
「つつ……うう、確かに攻撃はしていまちぇんが……」
「魔法、無効、出来る、ですか」
「校長がディスペルマジックを使うのは知ってまちたが……魔法は威力ではなく使いようということでちゅね……」
ミディカを抱き起こしたまま辺りを見回すが、既にミリーの姿はどこにも見つからなかった。
アフィアは嘆息して、再びミディカを見やる。
「回復、出来そうですか」
「あとちょっとでちゅ」
見れば、ミディカの体は仄かに光っており、自分で回復魔法をかけているようだった。
アフィアは安心したように息を吐いて、ミディカが立ち上がるのを支えた。
「いきなり、遭遇する、思いませんでした」
「あたちもでちゅ。これは、追いかけ方を考える必要がありそうでちゅね……」
「…了解、です」
二人は表情を引き締め、次のチェックポイントへと移るのだった。

「ここ…って…ペットショップ、だよね…?」

チェックポイントNo.3。
地図をたどってたどり着いた先は、街中のペットショップだった。
「うわぁ、見て見てセルク、かわいいね~☆」
ミアはすっかり店内の動物に夢中だ。
セルクは不安げに店内に入っていく。
「あの……あの、ウォークラリーの参加者なんですけど…」
自信なさげに声をかけると、中から響いたのは少女の声だった。
「あれ、最初のお客さんってセルク?」
その声に、セルクは目を見開いてそちらを見た。
「えっ…あれ、あの、ピュア……ちゃん?」
ピュアちゃん、と呼ばれたのは、13歳ほどの火人の少女だった。
きょとんとしてセルクのところへ歩いてくるミア。
「セルク、知り合い?」
「う、うん……前に、寮に住んでたんだ……あの、生徒じゃないんだけど…友達で」
「ふーん?」
要領を得ないセルクの説明に、しかしそれ自体はどうでもいいのか、ミアは少女を見上げてにこりと微笑んだ。
「ミアだよ!セルクと一緒にウォークラリーしてるの、よろしくね!」
少女もにっこりと微笑み返して自己紹介をする。
「あたしはピュア・マイルス。今はこのチェックポイントの教官だよ」
「えっ」
「きょ、教官……なの?」
「うん」
驚いた様子の二人に、ピュア……教官は傍らにあったカゴを手にとって差し出した。
「この中に、5匹ヒヨコが入ってます。
これを今から店内に離すから、傷つけないように5匹全部カゴに戻して。それが、このチェックポイントの問題だよ」
「傷つけないように……」
ポツリと問題を復唱するセルク。
ミアはやる気満々の表情でセルクを見上げた。
「準備運動になるよね!がんばろ、セルク!」
「う、うん……」
曖昧に頷くセルク。
教官は早速かごの蓋に手をかけると、2人に言った。
「じゃ、用意はいい?いくよ、よーい……スタート!」
掛け声とともに店内に放たれるヒヨコたち。
ピヨピヨという鳴き声が店内のあちこちに響く。
「よーし、いっくよー!」
ミアは早速店内に駆け出し、逃げ回る雛たちを追い掛け回した。
「ほらほら、セルクもがんばってー!」
「う、うん……」
声をかけられ、セルクも慌ててあとへ続く。
ミアは素早く店内を駆け回り、1匹、2匹とヒヨコを捕まえていった。
「ほらっ、そっち行ったよセルク!」
「あ、わわわ……」
セルクも慌てて捕まえようとするが、どうにもうまくいかない。
「しょーがないな……じゃ、セルクはヒヨコの行く先に小さな氷の壁を作って!」
「こ、氷の壁……?」
「そう!そうしたら、ミアが明かり用の小さな火でヒヨコを脅かして、そっちに誘導するから、そしたら氷の壁で檻にして閉じ込めちゃえばいいよ!」
「え、ええっ……」
セルクはとたんに眉をひそめた。
「火で脅かすなんて…か、可哀想だよ……」
「えー、大丈夫だよ!本当に火をつけるわけじゃないんだし」
「でも、動物さんにとって、火は本当に怖いんだよ。ヒヨコは赤ちゃんなんだし、火で追いかけるなんて可哀想……」
半ば泣きそうになりながら反論するセルクを、ミアは仕方なさそうにみやった。
「しょうがないなあ。じゃあ、セルクは他に何かいい案があるの?」
「う、うん……ミアちゃん、ちょっと入口の方にいて?」
「?うん、わかった」
首をかしげつつもセルクの言うとおりにするミア。
セルクはひとつ息を着くと、目を閉じて集中した。
「…パープルレイン…」
呪文とともに、すう、と店内の空気が変わる。
動物たちのまなざしが、蕩けたようなものへと変化し、動きが緩慢になっている様子だ。
「うわぁ…」
感心したように声を上げるミア。
セルクは動きの鈍くなったヒヨコに近づくと、難なくひょいと持ち上げた。
「さ、カゴに戻ろうね…」
優しく言って、ヒヨコをカゴに戻す。
「はい、ピュアちゃん。これで…合格?」
おずおずとカゴを教官に戻すと、教官は満面の笑みでそれを迎えた。
「もちろん!はい、クリアおめでとう!」
教官が水晶玉に点数を入れると、セルクは照れたようにはにかんだ。
「すごーい!セルク、あんな魔法も使えるんだね!」
「た、大したことないよ……」
「ううん、すごいよー!この調子で、他のチェックポイントもどんどん取ってこうね!」
ミアは張り切った様子で、セルクの手を引いて店を出るのだった。

<ミア・セルクチーム +10ポイント 計10ポイント>

§2-3:We like Masic

「チェックポイントNo.3というのは、ここか……?」

チェックポイントNo.3。街中のペットショップだ。
怪訝そうに辺りを見回すグレンをよそに、パスティは店内に陳列するペットに釘付けだった。
「ねぇグーちゃん、見て見て!この子達、とっても可愛いわよー」
「何をしてるんだ、俺たちはここに動物を見に来たんじゃないだろう」
「えぇー、でもぉ」
「そうだよ、パスティ」
口を尖らせるパスティに、店内から別の声がかかった。
驚いてそちらを向くと、13歳ほどの火人の少女が立っている。
「あらー、ピュアじゃない!お久しぶりー」
パスティは彼女を知っているようで、満面の笑顔で駆け寄った。
「……知り合いか?」
グレンが訊くと、笑顔のまま頷き返す。
「うん!前にね、寮に住んでたのよ。パスティともお友達なの」
「そうなのか……偶然だな、こんなところで」
「偶然じゃないよ。あたしが、ここの教官だから」
ピュアと呼ばれた少女は、胸を張ってそう言った。
「…は?」
「だから、あたしがここの教官なの。前回も駆り出されたけど、今回も頼まれてここの番人してるってわけ」
「前回は、おサルさんと一緒だったのよねー。ピュア、動物好きだものね」
「そういう基準で選んだわけじゃないと思うけど……」
「…そうなのか……」
にわかには信じがたいが、この少女がここの教官であるらしい。
グレンは現実を受け入れると、早速少女…教官に向かって問うた。
「それで、ここの問題は?」
「おっ、やる気だねぇ」
教官はにこにこと笑いながら、傍らにあったカゴを持ち上げた。
「この中にね、ヒヨコが5匹入ってるの」
「ヒヨコ?わぁ、パスティにも見せて見せて!」
「だぁーめ。いい?今からこの5匹のヒヨコを、この店内に放すから」
「えっ、放しちゃうのー?」
「そう。その放したヒヨコを、傷つけないようにこのカゴに返せばクリアだよ」
「わぁ、面白そう!」
楽しそうに手を合わせるパスティの横で、嘆息するグレン。
「…まあ、さっきのと比べてだいぶ平和だな」
まあ、地雷に比べたら大抵のことは平和だろう。
「じゃ、用意はいい?いくよー。よーい…スタート!」
教官はカゴを構え、一気にヒヨコを解き放った。
ぴよぴよ。ぴよぴよぴよ。
「きゃー、可愛いー!」
「感動してる場合じゃないだろう、早く捕まえるぞ」
歓声をあげるパスティを叱咤するグレン。
しかし、ヒヨコはちょこちょこと店内のあちこちを動き回っている。
「これは…そうだ、餌でおびき寄せるぞ」
グレンは店内をキョロキョロと見回した。
「ペット屋の店内なら餌くらいあるだろう…餌はどこだ」
「ないよー?」
答えたのは教官だった。
「な、ないのか?」
「そうだね、とりあえずこのお店は今日のために特別に貸してもらったところだから、余分なものは全部引っ込めてあるんだ。
ということで、自力で頑張ってね!」
「じ、自力で…か」
困ったように床に目をやるグレン。
「大丈夫よー、グーちゃん」
そこに、パスティが笑顔で歩いてきた。
のんきな笑顔に嘆息する。
「大丈夫って、何がだ。こいつらを捕まえるのは少し時間がかかるかもしれないぞ」
「だから、大丈夫よー。パスティに任せて?」
パスティはもう一度にこりと微笑むと、くるりと店内を振り返った。
両手を広げ、目を閉じて集中する。
「ドリーミング・ラムネスプレー!」
呪文とともに、店内に爽やかな香りが振りまかれた。
ぱた。
ぱたぱた。
「これは……!」
その香りを嗅いだ動物たちが、次々と眠りに落ちていく。
「さっ、ヒヨコちゃんたちもオネムだから、今のうちにカゴに返してあげましょ」
「あ、ああ……」
毒気を抜かれた様子で、グレンはパスティと一緒に店内のあちこちで眠っているヒヨコたちをそっとカゴに戻していく。
「はいっ、5匹全部捕まえたわよー」
パスティは再び満面の笑顔で、カゴを教官に返した。
「よし、合格!おめでとー」
教官も笑顔で、パスティの水晶玉に点数を入れた。
「見て見てグーちゃん、点数入ったわよー」
自慢げに水晶玉をグレンに見せるパスティ。
グレンは呆れたように嘆息して、踵を返した。
「わかったから、先行くぞ」
「あーん、待ってぇ」
パスティも慌ててその後を追いかけるのだった。

<グレン・パスティチーム +10ポイント 計10ポイント>

「やあ、よく来たな。問題に挑戦していくか?」

チェックポイントNo.5。
ミケとクリスを出迎えたのは、魔道士らしからぬ筋骨隆々な壮年の男性だった。
「ラグディーン先生。今回はこちらが先生の担当でいらっしゃるのですね」
クリスは優雅な仕草で教官に対して一礼する。
ミケは二人のやり取りを感心したように見やっていた。
「それで、ここの問題とは?」
「ああ、私が出す3つの問題に答えられたらクリアだ」
「あら、問題自体は前回と変わりませんのね」
「そうだな、前回ここはフローラ先生の担当だったがな」
「スーン先生は、今回はいらっしゃらないのですか?」
「ああ、別の持ち場を担当している。あまり同じことばかりやらせるのもつまらないだろう?」
「まあ、そうですわね。それでは、問題をお願いいたしますわ」
「うむ、心得た。では……」
教官は手元のファイルを見た。
「第1問。エレメントの強弱について説明せよ」
「エレメントの強弱…?」
首を傾げるクリス。
「水は火を消し、風は水を散らし、土は風の流れを変え、火は土を焼く。陽と月は互いに打ち消しあう…という、あれ、ですの?」
「うむ、正解だ」
教官は嬉しそうに頷いたが、対するクリスはつまらなそうだ。
「こんなに基本的な問題だなんて、なんだか拍子抜けですわ」
「まあ、そう言うな。では第2問」
言って、教官は1枚の大きな白い布を取り出した。
「この布の使い道を5つ、考えよ」
「使い道…ですか」
ふむ、と考えこむクリス。
「何かを包む…とか?」
「ふむ、それも一つだな」
「それから……裂いて、包帯の代わりに」
「ほうほう、なるほど。二つ目だな」
「うーん……」
それで打ち止めのようで、クリスは眉を寄せて考えた。
そこに、ミケがひょいと顔を覗かせ、口を挟む。
「服や毛布の代わりにもなりますね」
「なるほど、使いようによってはそうもできるな、3つめだ」
「あとは…先程裂いて包帯とおっしゃいましたが、これだけ丈夫な布ならロープの代わりにもなるでしょう」
「なるほど、際どいところだが…まあ、4つめとしよう」
「それから、燃やして火種にできますね」
「うむ、5つだな!正解だ」
破顔する教官に、クリスも感心したように頷いた。
「さすがは冒険者ですわね。こういったことにはお強くていらっしゃいますわ」
「いやー、身に付いたというか、身に付かされたというか…それで、最後の問題は?」
ミケが次の問題を促すと、教官は頷いて言った。
「では、第3問。すももももももももものうち……も、と何回言った?」
「え、ええええ?!」
唐突に方向性の変わった問題に、ミケは慌てて指折り数え始める。
が。
「10回、ですわ」
クリスが即答したので、ミケは驚いてそちらを見た。
「何回言った?の前に、もう一度『も』と仰っています。ですから10回ですわ」
「うむ、正解だ。3問正解だな、点数を入れるぞ」
「ありがとうございます」
にこりと笑って、教官に点数を入れてもらうクリス。
今度はミケが感心したようにクリスを見やる番だった。
「冷静ですね…クリスさん」
「貴方こそ、何でも出来るようでこういったことには慌てるのですね?」
「な、なんでもできるわけじゃないし…アドリブには弱いんですよ」
「まあ、よろしいですわ。この問題はクリアしたことですし。次に参りましょう」
「はい」
歩き始めたクリスに、ミケも頷いて後を追うのだった。

<ミケ・クリスチーム +20ポイント 計70ポイント>

「はいー、No.2はこちらですよー」

魔導学校前「学びの庭」。
ここで待っていたのは、ナノクニの衣装を纏った黒髪の男性だった。
「アリタ先生…こんにちは」
「はい、こんにちは。どうですか、調子は」
「あの、No.3は…クリアしました」
「そうですか、それはおめでとうございます」
アリタ先生、と呼ばれた教官は、穏やかにそう言って微笑んだ。
「では、早速問題に移りましょうね」
のんびりとした口調で言って、中央にある像を指差す。
「あの像を、3分間じっと見てください」
「はっ、はい…」
言われるがままに、中央の像をじっと見つめるセルク。
ミアもそれに従って、じっと像を見つめる。
3分たつと、教官は笑顔で言った。
「はい、ではこちらを向いて」
「は、はい」
くるりと振り返ったセルクとミアに、教官は1枚の紙を差し出した。
「この紙に、先ほどの像の絵を描いてください。描写の手段は問いません」
「え、ええっ?!」
驚きの声を上げたのはミアだった。
「え、絵を描くのが問題なの?」
「はい、そうですよ。観察力と描写の器用さ、これは魔道士にとっては大事な要素です」
「えぇ~」
ミアはがっくりと肩を落とした。
「ミアは絵を描くの苦手~。セルクは得意?」
「え、絵を描くのは…得意、じゃあないけど……」
「でもミア、絵はホント無理!セルク、がんばって!」
「う、うん……」
セルクは頷くと、ペンを取らずに目を閉じて紙の上に手を置いた。
「?」
彼の様子を不思議そうに見やるミア。
やがて、ふ、と息を吐いて、セルクが目を開ける。
「…できました」
「え?!」
彼の言葉に驚いて紙を見れば、紙の上にははっきりと、中央の像の姿が描かれていた。それも、まるで写し取ったかと思える程に詳細で鮮明な絵が。
「ど、どうやったの、セルク?!今、何もしなかったよね?!」
「魔道念写、だよ」
照れたようにはにかんだセルクの言葉に、不思議そうに首を傾げるミア。
「まどう……ねんしゃ?」
「うん。マヒンダではかなり一般的になりつつある魔道技術なんだ。こんなふうに、実際にあるものをイメージして紙に焼き付ける魔法だよ。
面白そうだったから、ちょっと勉強したんだ」
「すごい……すごいよセルク!セルクはなんでもできるんだね!」
「そ、そんなことないよ……」
興奮して言うミアに、戸惑った様子のセルク。
教官はその様子を微笑ましげに見やりながら、セルクの水晶玉に点数を入れるのだった。

<ミア・セルクチーム +10ポイント 計20ポイント>

「よく来たな、No.9はここだ」

チェックポイントNo.9。
ヘキとオルーカを待っていたのは、男性かと見まごうほどに男前な女性の教官だった。
「…アミス先生。今回はこちらにいらっしゃるんですね」
「ああ、今回はNo.16はインがやっている。まあ、お前たちも行くことになるだろうが」
「そうですね。それで、ここの問題は?」
「まあ、そう急かすな」
教官は言って、あたりの森を見渡した。
「ここから見渡せる範囲内に、一本だけ幻影の木がある。魔法を当てると消えるから、1度だけ魔法を使ってその木を消してくれ」
「幻影の木……ですか」
ふむ、と考えるオルーカ。
「一回ってのがポイントっぽいですね」
ヘキの方を向いて。
「全体魔法とかはどうでしょう!?
なんでもいいから、全部の木に一度でかかるような魔法をかけて、そうすれば一度で、魔法の木が見つかります!」
勢いよく言ったオルーカに、ヘキは淡々と言い返した。
「その必要はないわ」
「え?」
きょとんとするオルーカに何かを言うことなく、ヘキはすっと手のひらを前に向けた。
「風神招来」
ふわり、と彼女の周りに風が巻き起こる。
「突」
ばしゅっ。
呪文と共に、ヘキの手のひらから空気弾のようなものが放たれる。
ざあっ。
空気弾は周りの木々を揺らし、まっすぐに教官の後ろにある木を打ち抜いた。
その瞬間、その木はまるで雲のように掻き消える。
「うわぁ……」
オルーカは目を丸くして、それから興奮した様子でヘキの方を向いた。
「す、すごいですヘキさん!どうしてあれが幻影の木だってわかったんですか?!」
「まあ、ヒメミヤは心眼を開いているからな」
その問いに答えたのは、教官だった。
「心眼……あの、目を閉じていても見える、という?」
オルーカの問いに、教官は頷いて答える。
「ああ。目を閉じている分、視覚には惑わされない。魔導で構成されている木があれば、魔導感知などしなくてもわかるということだ」
「へぇ……」
再び感心するオルーカ。
ヘキはそれには構わずに、くるりと踵を返した。
「点数は入ったわ。行くわよ」
「あ、は、はいっ」
オルーカは慌ててヘキの後を追うのだった。

<オルーカ・ヘキチーム +30ポイント 計80ポイント>

「あっ……ヘキさん、あれ!」
チェックポイントをクリアしてしばらく行くと、森の向こうに金髪の人影が見えた。
オルーカが指さした方向に顔を向けたヘキも、僅かに表情を引き締める。
「…ええ、校長ね」
「行きましょう!」
駆け出したオルーカの背後で、ヘキが早速呪文を唱える。
「風神招来・追風」
ひゅう。
オルーカの体を風が取り巻き、その身を軽くする。
「ありがとうございます…!」
オルーカは更に足を動かし、あっという間にミリーとの距離を縮めた。
「っと…なかなかやるわね」
にやりと笑って駆け出すミリー。
「土精の舞踊!」
呪文とともに、ぼごり、と土が盛り上がる。
「うわっ?!」
思わず足を取られたオルーカは、大きく体勢を崩した。
「っく……!」
必死で受身をとり、体制を立て直すオルーカ。
その間に、ミリーはさらに走って距離をあけた。
「月華降臨・狂歌」
そこに、ヘキの魔道が発動する。
ふわり、とミリーの周りの空気が変化した。感覚を狂わせる、月属性の魔法。
だが。
「無色の混沌!」
ぱきん。
ミリーの呪文とともに、ヘキの術はあっという間に霧散する。
そして。
「お返しよ!漆黒の悪夢!」
ぶわ。
ミリーの呪文とともに、あたり一面に黒い霧がたちこめた。
「うわっ?!」
「…っ」
あっという間に何も見えなくなる。あたりは森で、闇雲に走ったら木に激突しそうだ。
「ヘキさん、ヘキさん?!無事ですか?!」
「…ええ、無事よ。害のあるものではないわ、ただ周りが見えなくなるというだけ。少ししたら消えるから、じっとしていて」
「…はい……」
ヘキの言葉の通り、黒い霧はほどなくして消えた。
もちろん、あたりにもうミリーの姿はない。
「いやー…やっぱり捕まえられませんでしたね」
「そうね…さすが校長と言うべきかしら。一筋縄ではいかないわ」
「そうですね……」
2人は沈んだ表情で黙り込むのだった。

「ミディカさん、魔法、好きなのですか?」

森へと向かう道すがら、アフィアはふとそんなことをミディカに訊いた。
「魔法が好き、でちゅか?」
「はい。まだ、若い、なのに、院生、あがってます」
「そーでちゅね、魔法は面白いと思いまちゅよ」
ミディカはどうということもなく、素直に頷く。
「院生とゆっても、3年勉強してまだ勉強したければ誰でも上がれまちゅからね。
3年なんて、あたちたちの時からしたら一瞬でちゅ」
「…それは、わかります」
「校長は、まああーゆーひとでちゅが、魔道士としては一流でちゅ。
学ぶことはたくさんありまちゅから、まだまだ学校を出る気はないでちゅよ」
「学ぶこと、楽しい、わかります」
アフィアは淡々と頷いた。
「うちも、興味ある、通いたい、思いました」
「そーなのでちゅか!」
ミディカは少し驚いたように目を剥いた。
驚かれたことにアフィアも驚く。
しかし、ミディカの驚きは嬉しさを伴う驚きであったらしい。
楽しそうに笑うと、さらに続ける。
「なら、入学するといいでちゅよ!
あーたは、どんな魔法を学びたいのでちゅか?」
ミディカの言葉に、アフィアは少し考えて答えた。
「うち、人探し、してます。その、役に立つ、感知系、魔法、覚えたい、考えてます」
占いとか、苦手です、と小声で付け足して。
ミディカはうーんと唸った。
「なるほど。ブルードラゴンとゆーことは水属性でちゅか。
水か風属性なら、流動する特性でちゅからその魔法には向いてると思いまちゅ」
ミディカの言葉に、しかしアフィアはゆっくりと首を振った。
「けど、時間、取れないこと、あるし、学費、払う、大変、わかりました。
学生なる、以外、方法、考える、よいかもです」
「むむむ、それは難しい相談でちゅね……」
自分のことのように悩むミディカ。
「ならば、こないだから外部の人間向けに臨時講習をやってるでちゅ。
機会があったら参加してみるといーでちゅよ」
「臨時講習、ですか」
アフィアの声が少しだけ明るくなった。
「それ、良さそう。時間、お金、都合、付けやすい、思います。
教えてくれる、ありがとうです」
乏しい表情の中にも嬉しさが見て取れる。
ミディカも嬉しそうに頷いた。
「目標のために自分を高めるのはいーことでちゅ!
あーたが努力する気ならば、あたちも出来ることで協力はいたちまちゅよ。
ウォークラリーが終わったら、一緒に事務局に行きまちょー!」
「はい、お願いします」
アフィアはぺこりと頭を下げた。
そしてふと、気になって聞いてみる。
「ミディカさん、学費、自分で払う、しているのですか?」
聞いてしまってから、プライベートに立ち入ってしまったかとばつの悪い表情をするアフィア。
「あー……それはでちゅね」
ミディカの方も気まずそうな顔をした。
「あたちはずっとここにいまちゅから、外に出てお金を稼ぐことはできないのでちゅよ。
外に出られたとしても、このナリではどこも雇ってはくれまちぇん」
「なるほど」
アフィア自身も同じ経験があるからか、同意して頷く。
ミディカは嘆息して続けた。
「でちゅから、あたちの学費はおねえちゃまが払ってくれているのでちゅ。
おねえちゃまは、ヴィーダで魔導塾を経営ちてるのでちゅよ」
「よい、姉さま、いるですね」
姉、という単語に少し表情を曇らせるアフィア。
それを振り切るように顔を上げると、更に質問を続けた。
「将来、学院、卒業する、魔導塾、手伝う、ですか?」
「さー…どうでちょ。先のことはわからないでちゅねえ」
遠い目をして答えるミディカ。
「どちらにしても、あたちにはおねえちゃまのように人に何かを教えるとゆーのは向いてないと思うでちゅよ。
勉強ちてるのが好きでちゅから、学者になるつもりでちゅよ、今のところは」
「そう、ですか……」
曖昧なものの言い方が気になりつつも、アフィアはそれ以上突っ込んで話すことはしなかった。

「いらっしゃい、お疲れ様」

チェックポイントNo.13で出迎えたのは、優しげな物腰の地人の少年だった。
彼を見て目を丸くするミディカ。
「あり、フィズしゃんじゃないでちゅか。戻ってきたでちゅか?」
「ああ、義母の要請でね。今回は私が、ここの教官だよ」
「校長も相変わらず人使いが荒いでちゅねぇ……」
呆れたように言うミディカに、アフィアが不思議そうに尋ねる。
「知り合い、ですか」
「校長の養子でちゅよ」
「養子……」
「フィズ・ダイナ・シーヴァンとゆーのでちゅ。今はマヒンダに留学してまちゅが、ちょくちょくこーちて校長に呼び戻されまちゅ」
「なるほど……あ、アフィア、いいます。ミディカさん、護衛、してます」
相手の名前を聞いてしまったので、律儀に名乗るアフィア。
フィズと呼ばれた少年は穏やかに微笑み返した。
「フィズだよ、よろしく」
「そりで、ここの問題とはなんでちゅか?」
「ああ、じゃあまず、洞窟の奥に行ってもらえるかな」
フィズの案内で、2人は洞窟へと足を踏み入れた。
長い回廊の先に、少し開けた空間。その奥には、点数を取得するための魔道石が台座に乗せられ置かれている。
「あの魔道石に触れれば点数が入る。でもその前に、私が召喚するモノを無力化する必要があるよ」
「召喚するもの…でちゅか」
「ああ、何が出てくるかはわからないけど…どんな手段でもいい、無力化して。それから、点数を加算して欲しい」
「わかりまちた」
頷くミディカに、教官がすっと身構える。
「それじゃあ、喚ぶよ」
教官が呪文を唱えると、彼の目の前の地面から、ぬぬぬ、と何かが現れた。
大型犬ほどの大きさの、黄色くぬめったそれは…
「な」
ミディカの大声が洞窟内に響いた。

「ナメクジいいぃぃぃぃっ?!」

悲鳴に近い声を上げ、さっとアフィアの後ろに隠れるミディカ。
「…ミディカ、さん?」
「な、ななな、ナメクジ、なんで、よりによって、あんなでっかい……!」
「ミディカさん、ナメクジ、苦手ですか」
「ああああんなのが得意なヤツなんていないでちゅー!!」
確かに、と思いながら、アフィアはすっと前へ出た。
「うちより、近づかない、してください。あと、なるべく、音出さない、いいです」
「へ」
「下がる、しててください。うち、アレ、倒す、それから、点数、取る、いいです」
「わ……わかりまちた」
若干安心した様子で、後ろにさがるミディカ。
アフィアは身構えると、すう、と息を吸った。

ばりばりばり!

洞窟内に遠慮なく放たれた雷撃が、巨大なナメクジを直撃する。
しゅうしゅうと音を立てて縮まるナメクジに、アフィアはためらいなく飛びかかった。
ぶちゃっ。ぐちゅっ。
アフィアが拳を繰り出すたびに、不快な音が洞窟内に響き渡る。
ダメージを与えられているのか否か、いまいち判別できない。
「っ……」
アフィアは眉をひそめると、ナメクジにまたがったまま、すう、と息を吸った。
めきっ。
先程までとは違う音がして、アフィアの手だけが鋭い鉤爪に変わる。
ブルードラゴンの青い羽毛がちらりと見えるその鉤爪を、アフィアはためらいなくナメクジに振り下ろした。
ぶぎゃあああぁぁぁ……
よくわからない悲鳴とともに、ナメクジがみるみるうちに縮まっていく。
やがて動かなくなったナメクジから立ち上がると、アフィアはべとべとの体のままミディカの方を向いた。
「終わりました。点数、入れる、いいです」
「あ……ありがとございまちゅ」
ミディカは呆然とした様子で(若干、ナメクジの体液まみれのアフィアに引いているようでもあるが)そろりそろりと歩きだす。まだナメクジが動き出さないかどうか心配であるらしい。
しかしその心配も杞憂に終わり、ミディカは無事魔道石に触れて点数を入れることができた。
「ふー。これで一安心でちゅね」
言葉の通りすっかり安心した様子で息をつくミディカ。
アフィアは自分の体を見下ろすと、困ったようにミディカに言った。
「……洗ってくれる、嬉しいです」
「…きゃははっ、わかりまちた。海豚の遊戯!」
ミディカはおかしそうに笑って、水魔法でアフィアの体を洗い流すのだった。

<アフィア・ミディカチーム +40ポイント 計40ポイント>

「絵、だってぇ?」

チェックポイントNo.2。
教官に問題を告げられたグレンは、思いきり眉を寄せてそう言った。
「なんで魔法学校の問題が絵なんだよ……」
「観察力と器用さは、魔道士には欠かせない要素ですよ?」
にこにこと笑う教官を仕方なさそうに見やる。
「まあいいが…『描写の手段は問わない』って、紙はあってもここに筆記具はないって事か?」
「いいえ、どうぞお好きなものをお使いください」
教官が差し出した箱の中には、鉛筆から丸ペンまで様々な筆記具がある。
グレンは更に苦い顔をした。
「描けと言われれば描くが……俺に絵心なんてない。過去に犬を描いたら『豚?』とか言われたぞ……」
「あら、いいじゃない、豚さん見てみたいわー?」
ピントのズレまくった答えを返すパスティを、グレンは渋い表情で見返した。
「いや、それじゃ意味ないだろう…そこまで絵心がないのに、俺に描かせていいのか?」
「じゃあ、パスティも描くから、グーちゃん、競争しましょ?」
「競争って……」
「どっちが上手に豚さんを描けるか」
「おい、目的がズレてるぞ」
「むー、それじゃあ仕方ないわー、パスティもあの像の絵、描くからー。グーちゃんも一緒に描きましょ?」
「仕方ないな……」
グレンとパスティは像に背を向けたまま、像の絵を描き始めた。
さらさらと鉛筆が紙を撫でる音だけが響く。
しばらくして。
「グーちゃん、出来たー?」
「あ、ああ……」
自信なさげにグレンが差し出した紙を、パスティと教官が覗き込む。
「これはまた…お上手ですね」
「うん、可愛いブタさんー」
「だから嫌だったんだ……」
グレンはくしゃくしゃと髪をかきあげてから、パスティの方を見た。
「そういうパスティはどうなんだよ」
「パスティ?うふふ、じゃーん!」
パスティがドヤ顔で差し出した紙には、少しポップなタッチになっているものの、かなり特徴を捉えた像の絵が描かれていた。
「う、上手いな……」
「ミルカちゃんのご本の絵ね、パスティがたまに描いてるのよ」
「ミルカちゃん…?まあ、パスティが絵が上手いんならそれでいいんだ……」
グレンはがっくりと肩を落としてから、がばっと顔を上げた。
「つか、これ俺が描く必要なんかなかったんじゃないのか?!」

<グレン・パスティチーム +10ポイント 計20ポイント>

§2-4:Please tell me about you

「50ポイントのチェックポイントだから難しそうだけど、やっぱり挑戦してみようよ」

チェックポイントNo.1を訪れたミアとセルク。
ミアは気後れするセルクを熱心に説得していた。
「で、でも……」
「ダメでもともと、クリアしたらもうけー、でしょ!ね、がんばろうよ!」
「う、うん……」
強い押しには弱いのか、おずおずと頷くセルク。
「やったぁ!じゃあさっそく行こう、セルク!」
ミアは満面の笑顔で、セルクをぐいぐいと引っ張っていった。

「地雷かぁ~うーん……」
問題を聞き、ミアは難しい顔をして考え込んだ。
その隣で蒼白になっているセルク。
「じ……じ、地雷だなんて……や、やっぱりやめようよ…僕には無理だよ……」
「そんなことないよ!大丈夫、セルクならできるよ!」
励ますようにきっぱりと言い切るミアに、セルクは不安げな眼差しを返した。
「む、無理だよ…もし爆発しちゃったら…怪我しちゃうんだよ…?」
おずおずと言うセルクに、ミアは自信に満ちた笑みで答える。
「大丈夫だって!いい?あのね、ここから向こうまで、氷の壁を応用した橋を作るの!」
「氷の…壁?」
「そう!床の上10センチまでは魔法使っても大丈夫なんでしょ?だから、ギリギリのところに橋を作って、その上を渡るの。
どう?いいアイデアでしょ?」
「そ…そうかなあ…?」
不安そうに首を傾げるセルク。
「氷の橋なんて…僕が上を渡ったらすぐに壊れちゃう気がするんだけど…」
「あ、大丈夫だよ、ミアが渡るから」
「えっ」
驚くセルクに、ミアは満面の笑みを返した。
「だから、ミアが渡って、石に触ってきてあげる!そうすれば、万が一橋から落ちちゃったとしても、ケガするのはミアだけで済むよ!」
「そ、そんな……」
「もちろん、できるだけ荷物は置いて、軽くしてったほうがいいよね。バッグは置いてって、服も出来るだけ脱いでー…」
「わ、わ、わ、ダメだよミアちゃん、ストップ!」
いきなり服を脱ごうとしたミアを必死で止めるセルク。
「ん?どーしたの?」
「ど、どーしたって……ダメだよ、こ、こんなところで服脱いだりしちゃ……」
セルクは真っ赤になってミアの服を掴んでいる。
ミアは不思議そうに首を傾げた。
「なんでー?荷物とか服とか、出来るだけ置いてったほうが軽くなるでしょ?」
「それはそうだけど……じゃなくて、ミアちゃんが行ってもダメだから、だから」
「ダメ?」
「…えっと、あの石には、僕の水晶玉を触らせないと点数は入らないんだよ。しかも、この水晶玉は僕の首からかける以外の持ち方は禁止、って、ルールで言ってたでしょ?」
「あ……そっかぁ」
残念そうに眉尻を下げるミア。
セルクは苦笑して立ち上がった。
「せっかく一生懸命アイデアを出してくれたから…僕、頑張ってみるよ」
「セルク……!」
ミアは一転して嬉しそうに表情を広げる。
セルクは舞台の方に向き直ると、目を閉じて集中した。
「…オールホワイト・ダイアモンドダスト…」
呪文とともに、あたりの空気がひやりと温度を変える。
ぱき、ぱきぱきぱきっ。
そして、あっという間に、床一面に氷の膜が張り巡らされた、
「うわぁ………」
呆然と声を上げるミア。
「すごい…すごいよセルク!橋だけじゃなくて、氷の床を作っちゃうなんて!」
「そ…そんなことないよ」
セルクはまた照れたようにはにかんだ。
「それに、問題はここからだから…この厚さだと、僕の体重を支えるので精一杯だろうし…」
「ミアが行ければよかったんだけどねぇ…」
「もし僕以外の人が水晶玉を持ってていいルールだったとしても、やっぱりミアちゃんには行かせられないよ」
セルクは苦笑してミアを見下ろした。
「女の子に、こんなことさせるわけにはいかないからね」
「セルク……」
「じゃ、行ってくるね…」
セルクはまだ怯えの残る表情で言って、氷の床へと足を踏み出した。
みし。
嫌な音がして、不安を助長させる。
セルクは表情を引き締め、そろそろと歩みを進めた。
かたずを飲んでそれを見守るミア。
みし、みし。
嫌な音を立てつつも、氷は割れることなくセルクを支えている。
「もう…少し…!」
ミアが声を潜めて言った、その時。
「…う、わっ」
つる。
セルクの足が滑り、ぐらりと体勢が崩れる。
「っ、セルク!」
ミアが叫んだ時には、もうセルクの体は立て直しようがないほど傾いていた。

ぱりん。

ごうっ。

氷の割れる音と、爆発音。
「セルクー!!」
ミアはあっという間に煙だらけになった部屋の中へ必死に声を張り上げた。
「う……うぅ……」
部屋の奥から、苦しそうなうめき声が聞こえる。
「セルク!」
ミアは慌てて、声のする方へと駆け寄った。
地雷は解除しているのか、爆発する様子はない。
「セルク!」
次第に煙が晴れ、床に倒れ伏すセルクが見えてくる。
ミアはセルクに駆け寄り、その体を抱き起こした。
「セルク、セルク!大丈夫?!」
「…っ、大丈夫……だよ」
爆発音の割には、セルクに致命的な怪我はないように見えた。
「思ったより、威力も小さかったみたいだ…一応、氷に防護魔法を込めておいたし…」
「そ、そうなの?」
「うん…だから、大丈夫、だよ」
力なく笑って立ち上がるセルク。
「でも…問題は失格になっちゃったね」
「そんなのいいよ!セルクが無事でよかったぁ…」
ミアはほっとしたように息を吐く。
セルクは擦り傷の残る頬を、弱々しく笑みの形に歪めた。

<ミア・セルクチーム +0ポイント 計20ポイント>

「先日お話ししたときに聞きそびれたのですが」

門から外に出たミケは、草原を歩きながら傍らを歩くクリスに問いかけた。
「あなたが国に貢献するのに魔法を選んだ理由を聞いても良いですか?」
「魔法を選んだ理由……」
クリスは少し遠い目をして考え込んだ。
「…そうですわね、わたくしにしか出来ないことがしたかった、のだと思いますわ」
「あなたにしか、できないこと……ですか?」
歯切れの悪い返答に、首を傾げるミケ。
「あなたは色々出来そうに見えますけれど。どういう事ですか?」
「貴方にわたくしの、何がお分かりですの?」
クリスはじろりとミケを睨みやった。
「ただ出来るだけでは駄目なのですわ。
ラスフォードの者である限り、常に最高が求められる……先駆者がいる道では、わたくしの功績は目にも止まりません。それでは…意味がないのですわ」
「……」
クリスの言葉に、ミケは少し戸惑った様子で黙り込んだ。
前向きに、誇り高く、常に高みを目指す彼女の発言。
しかしミケには、どうにも彼女が無理に背伸びをしているような気がしてならない。
「そういうことも、あるのかな……」
ぽつりとつぶやいて、ミケはそれ以上の質問を辞めた。
さく、さく、と、草を踏み分ける音だけが響く。
気詰まりな沈黙に、ミケが話題を探し始めたその時。
「…ミケさん」
「は、はい」
足を止めたクリスに、ミケも慌てて足を止める。
「…校長ですわ」
「えっ」
ぎょっとしてクリスの指差す方を見ると、確かに草原の真ん中をミリーが歩いているのが見えた。
「…参りますわよ!」
「あ、ま、待ってください」
走り出したクリスを、慌てて追いかける。
走りながら、ミケは肩に乗る黒猫に念を送った。
「ポチ、行ってください!」
「にがー」
ミケの肩を蹴った黒猫…ポチの姿が、みるみるうちに大きくなる。
たたっ。
黒豹のような姿になったポチは、クリスやミケよりずっと速いスピードであっという間に草原を駆け抜けた。
「これは…!」
驚きの声を上げるクリス。
ポチはあっという間に、走るミリーとの距離を詰め、そして追い抜いて立ちはだかる。
「あら。なかなか優秀な使い魔ね」
ミリーは足を止めると、威嚇の姿勢を取るポチを見下ろした。
「行きますわ!」
そこに、クリスが用意しておいた縄を勢いつけて飛ばす。
ぶぉん。
「風よ、束縛の鞭をかのものの元へ!」
ごう。
そこに、ミケの魔法が後押しをし、ロープの勢いが増す。
両端に錘がくくりつけられたロープ……お手製のボーラは、ミケの魔法のコントロールもあり、まっすぐにミリーに向かって飛んでいった。
「……ふふ」
特に避けるでもなく、ボーラが近づくのを待っているミリー。前にはポチがいて進めない。後ろからはボーラと、それを追うクリスとミケ。
「やりましたわ…!」
「…っ」
勝ち誇った様子のクリスとは対照的に、ミケはミリーが何もしないのが気にかかっていた。
ぶぉんぶぉんと、空気を切って進むボーラの音。
その両端がミリーを捉えようとした、まさにその瞬間。
「浅葱の跳躍!」
ミリーの呪文とともに、その体がまっすぐ真上に飛び上がる。
「なっ…?!」
「!…ポチ!」
ミリーの体に巻きつくはずだったボーラは、そのままその向こうにいたポチに襲いかかった。
「くっ、風よ!」
短く唱え、どうにかボーラの軌道を逸らすミケ。
そこに、宙に舞ったままだったミリーの指が突きつけられた。
「褐色の虚無!」
ぼごっ。
呪文とともに、ミケとクリスの足元の土が大きく陥没する。
「うわっ?!」
「きゃああ!」
クリスはもちろん、ボーラの軌道をそらすのに気を取られていたミケもあっさりとその穴に落ちた。
どさ。
2メートルほどの穴に落とされ、したたかに体を打ち付ける。
「っ、たたた……」
「だ、大丈夫…ですか。クリスさん…」
ミリーは宙を舞ったままその様子を見下ろし、そして難なく地面に着地すると、足早にその場を去っていくのだった。

「もう、痛いところはありませんか」
「しつこいですわね。大丈夫と申し上げているでしょう」
どうにか穴から脱出した2人は、当初のルートである森へと足を踏み入れていた。
軽いケガを負ったクリスを治そうとしたが、自分で治せると言い張られ、そしてこの有様である。自分で治していないので様子がわからず、ミケは心配そうにクリスを見やった。
「何か調子が悪かったら言ってくださいね」
「そんなことより、次のチェックポイントが見えてまいりましたわよ」
クリスが森の奥を指差し、ミケもそちらを見る。
そこにいたのは、前回会ったことのある教官だった。
「ああ、よく来たな。ここがチェックポイントNo.9だ」
男性のような口調で言ってにこりと微笑む、紛れもない女性教官。ミケは彼女の元まで来ると、笑顔で挨拶をした。
「ご無沙汰してます。えっと……ラシェーナ先生、でしたっけ」
「覚えていたんだな」
「そりゃあ、魔法を教えていただきましたから」
「そうか。今回は生徒につくと校長から聞いてはいたが、ラスフォードのパートナーになったのだな」
ちらりとクリスを見やると、クリスはにこりと微笑んだ。
「力を封印されていらっしゃいますから、どこまで役に立つかは何とも申せませんけれども。そういうことですわ」
さらりとひどいことを言って、そんなことより、と本題に入る。
「それで、こちらの問題は?」
「ああ、ここの問題は、ここから見渡せる範囲内にある幻影の木を、魔法を当てて消すことだ」
「幻影の木…ですか」
「ああ。使える魔法は一度だけだ。幻影は魔法を当てれば消える」
「魔法が当たると消える……」
ミケが反芻するようにつぶやき、さらに教官に問うた。
「その魔法は何でもよくてピンポイントではなくてもよいと見ました。どうなのでしょうか?」
「ああ、もちろんそれで構わないが」
にこりと微笑む教官。
ミケはクリスの方を向いた。
「では、風魔法で風を起こす、というのもいいかな、と思います。
全体的にクリスさんが魔法を使えるみたいなので、強い光を出す魔法でもいいんじゃないかな、と」
「強い光の魔法、ですか…」
渋い顔をするクリス。
「残念ながら、ここから見える範囲内全てで風を起こす魔法も、全方向性の光魔法も、わたくしには荷が勝ちすぎますわ」
「そう……なんですか?」
きょとんとするミケ。
クリスは嘆息した。
「ご自分にできることが、全ての人間に出来るとお思いにならない方がいいですわ?
それよりも、幻影の魔法であるならば、魔導感知をすることができるのではなくて?」
「ああ、それもそうですよね」
ミケは納得したようにぽんと手を打った。
「それなら、あれです」
「は、早いですわね」
自分で感知をする前にミケに指さされ、拍子抜けした様子のクリス。
ミケはにこりと微笑んだ。
「じゃあ、消すのはクリスさんにお願いしますね」
「……っ、わかりましたわ…」
何となく釈然としない様子で、それでも身構えるクリス。
すう、と息を吸って。
「ヴィント・クリンゲ!」
呪文とともに、クリスの指先から風の刃が巻き起こる。
ざぁっ。
森の草木をかすめて飛んだ刃は、まっすぐにミケが指さした木を打ち抜き、音もなく木の姿が掻き消えた。
「よし、合格だ。よくやったな」
おおらかに笑って点数を入れる教官に、クリスは綺麗な笑みを返すのだった。

<ミケ・クリスチーム +30ポイント 計100ポイント>

「召喚獣を倒す、か……」

チェックポイントNo.13。
教官から問題を聞いたヴォルフは、ふむ、と考えこんだ。
「うーん…少し手荒いかもしれないけど、倒して無力化するしかないよね」
同じように考え込んで言うユキに、ヴォルフは意外そうな視線を投げた。
「えっ……何?」
「いや。倒す程度のことを『手荒い』と表現することに少し驚いただけだ」
自分を犠牲にしろ、などと言う割に、というのは心の中にしまっておいて、ヴォルフは教官に向き直る。
「いいぞ、始めてくれ」
「じゃあ、始めるね」
やたらと綺麗な少年の教官は、そう言うと慣れた様子で印を切った。
ぬっ。
洞窟の中央から、透明なものが徐々に姿を現す。
「これは……」
ぷるん、という独特の質感。人の背丈ほどの巨大な、透明な物体だ。
「スライム……」
「なるほど、これは確かに駆逐しないと先には進めんな」
攻撃の意思はないようだが、魔導石を塞ぐように立ちはだかられては石に到達することはできない。
「じゃあ、早速……」
「待て」
身構えたユキを、冷静に止めるヴォルフ。
「ヴォルフさん?」
「どうするつもりだ?」
「どうするって…倒せばいいんだよね?」
「だから、どうやって」
「どうやって、って…」
手元のナイフを見下ろすユキ。
ヴォルフは嘆息した。
「スライム相手に、そんなものが通用すると思うのか?小さなナイフでは、核まで到達せずにはじかれるか、ナイフを体に取り込まれ溶かされるのがオチだ」
「あ……そ、そうだよね…」
しゅんとするユキ。
ヴォルフはすらりと剣を抜くと、一歩前に踏み出た。
「そこで待ってろ。すぐに終わる」
ぐ、と剣の柄を握りしめて。
「…フレイムブレード!」
ぼっ。
ヴォルフの剣の刃を、青白い炎が包み込む。
「うわ……!」
ユキは思わず感嘆の声を上げた。
たっ。
ヴォルフは剣を上段に構えると、駆け出して一気に斬りつける。
「…せいっ!」
じゅうううぅぅ。
刃が触れたところから、音を立てて溶けていくスライム。
苦しそうにうねうねと体をくねらせるスライムを、ヴォルフは更に返す刀で切りつけた。
ぐわっ。
炎が核に到達した瞬間、スライムの体があっという間に炎に包まれる。
「………」
呆然と見守るユキの前で、まるで塩を振られたナメクジのように、スライムはみるみる小さくなっていた。
やがてその形が跡形もなくなり、ヴォルフは嘆息して剣を収める。
「…すごい……」
ユキはまだ呆然とその様子を見ていた。
「すごい、すごいね、ヴォルフさん!これが魔法剣かぁ…!」
ひたすら感心した様子のユキを尻目に、ヴォルフはさっさと水晶玉に点数を入れていく。
「おめでとう、よく頑張ったね」
笑顔でそんな言葉をかける教官に、ヴォルフは苦笑を返した。
「言うほど頑張ってはいない。ま、初得点だから喜んでおくか」
「そうなんだ。じゃあ、続きも頑張って」
「そうさせてもらう」
淡々と言い返して、ヴォルフはさっさと踵を返す。
「行くぞ」
「あっ、はい!」
洞窟を出ていくヴォルフを、ユキは慌てて追いかけるのだった。

<ユキ・ヴォルフチーム +40ポイント 計40ポイント>

「ようこそ、No.11へ」

オルーカとヘキを待っていたのは、いかにも優しい先生ですといった風貌の女性だった。
再び、首をひねって記憶をたどるオルーカ。
「ええと…前回は門のところにいた方ですよね?」
「ええ。今回はこちらの担当をさせていただいております」
にこりと微笑み返す教官。
「フローレンス・ヴィアナ・スーン先生。地魔法の講師よ」
ヘキが先程と同様に注釈をいれ、オルーカもなるほどと頷いた。
「それで、ここの問題は?」
「はい、こちらの森にいる、病気の植物に魔法をかけて治して差し上げてください」
「病気の植物、ですか?」
オルーカは驚いたように言った。
「回復魔法って、植物の病気も治すことができるんですか」
「ええ、原理は同じですから。しかし、人間と同じようにかけるには、少し技術が必要となります」
「へぇ……そうなんですね」
感心したように頷いてから、うーんと考えこむオルーカ。
「…うう、植物の知識ゼロです…。
病気っていうからには、普通の植物とは違うんですよね。ええと、葉っぱが元気なくて、くたっとしてて、水気のないような?」
何となくイメージで言ってみるが、隣のヘキも同意して頷いた。
「そうね。植物となると、さすがに気だけでは病気かどうか判断しかねるわ」
「そうなんですか…それじゃあ、とりあえず手分けして探してみましょうか?」
「そうね」
ヘキが頷いたので、2人はとりあえず手分けをして植物を探すことにした。
「元気のない草、元気のない……」
枝や草をかき分けながら、元気のない植物を探すオルーカ。
「あれ?このタンポポ……すいません、ヘキさーん」
オルーカが呼ぶと、ヘキは彼女のもとにすたすたと歩いてきた。
オルーカは彼女を見上げ、足元のタンポポを指さして言う。
「このタンポポ、茎が弧を描いてるべきなのに、ちょっと芯がつまってる感じじゃないですか?」
「…なるほど」
ヘキは頷いて、教官を振り返った。
「スーン先生、見つけました。確認していただけますか」
「はーい」
教官は笑顔で歩いてくると、オルーカの足元を覗き込む。
「ああ、これは確かに病気のようね。ではヒメミヤさん、治してあげてください」
「了解しました」
ヘキは頷いて、手のひらをタンポポに向ける。
「月華降臨・快癒」
ふわり。
タンポポを中心に空気が軽くなったような感覚が襲う。
そして、暖かな光に包まれたタンポポは、目に見えて生き生きとしてきた。
「うわぁ……すごいですね!」
感心して言うオルーカ。
「本当に、植物も元気になるんですね。すごいなぁ…」
「これでよろしいですか」
そちらには特に構うことなく教官を振り返るヘキに、教官は笑顔で頷いた。
「ええ、合格です」
水晶玉に点を入れてもらい、ヘキは会釈をして早速踵を返す。
「行きましょう」
「あっ、はい」
返事を待たずに歩き出すヘキを、オルーカも急いで追うのだった。

<オルーカ・ヘキチーム +40ポイント 計40ポイント>

「ねーねーグーちゃん、質問があるんだけど、いーい?」

チェックポイントNo.4に向かう道すがら。
グレンを下から覗き込むように聞いてきたパスティに、彼は眉を寄せて言った。
「…構わないが。何だ?」
「えっとねー、えっとねー」
楽しそうに言葉を続けるパスティ。
「グーちゃんは、ヴィーダの人じゃないのよね?どこから来たのー?」
内容が仕事に関することではないことが引っかかったようだが、グレンは素直に答えた。
「カーフやヴィールの方角だから……ヴィーダから見て北だな」「そうなのね。パスティ、ヴィーダのおそとにあまり出たことないから、新鮮よ。
それで、グーちゃんは、なんでヴィーダに来たの?」
「何でと言われても…理由は特にないんだが」
「一人で旅してるのー?お父さんやお母さんとかはどうしてるのー?」
「1人旅。両親は……何してるのだろうか……?」
眉を寄せて真剣に考えこんでいる様子のグレンに、パスティはきょとんとした。
「お父さんやお母さんのこと、知らないのー?」
「師匠の所に住む前の記憶がないんだ。だから、家族の事も分からない」
淡々と答えるグレン。
「そうなのー!」
パスティは無遠慮に目を丸くして、それからにこりと微笑んだ。
「それじゃあ、そのお師匠さまが、グーちゃんの家族なのねー」
「家族……まあ、そういうことになる…のか?」
首をかしげるグレン。
パスティはさらに彼に訊いた。
「じゃあね、じゃあね。グーちゃんは、どうして冒険者になったのー?」
「その師匠に追い出された」
「追い出されちゃったのー?!」
再び驚きの声を上げるパスティ。
「……追い出されちゃうと、冒険者になるのー?」
「追い出されると生活できないからな。冒険者になって稼ぐのが手っ取り早かっただけだ」
「そっかぁ…家族を追い出しちゃうなんて、びっくりねー。
あれかな?ししはせんじんのたにに……なんだっけ?」
パスティの言葉に、グレンは興味なさそうに嘆息した。
「あれは人が苦労してるのを面白がってるだけだと思うがな……」
「そうぉ?」
首をかしげるパスティ。
しかしその話題にそれ以上興味はないのか、さらに別の質問をした。
「グーちゃんの好きな食べ物はなあにー?」
「食べれれば何でも」
「えーっ、じゃあじゃあ、ドリアンとか、くさやとかもへーき?」
「平気だ。あれは普通の食べ物だろう」
「グーちゃんは、すごいのね…」
すごいと言いつつ微妙に距離を置くパスティ。
「でも、パスティのそばにいるときは、そゆのは食べないでね?」
「残念ながらそれは状況次第だな」
その様子が可笑しいのか、グレンは少しだけ意地悪く笑ってみせた。
「もぉっ。いーもん……じゃあじゃあ、えっとね」
更に質問を繰り返すパスティ。
「どんな女の子がすきー?あっ、男の子でもいーよ?」
「さぁ、自分でも分からない」
「じゃあねー、じゃあじゃあ」
ニコニコしながら、パスティは更につっこんできた。
「パスティみたいな女の子は、すきー?」
「会って間もないからまだ判断はできない。……って、何で真面目に返してんだ、俺は」
ぼふ。
会話をシャットアウトするように、グレンはパスティの頭に手を置いた。
「ほら、もうすぐチェックポイントだぞ。無駄口叩いてないでさっさと歩け」
「んもぉっ、いいじゃないちょっとくらいー」
ぶうぶう言いながら、それでも歩みをすすめるパスティ。
グレンは嘆息して、ぽつりと呟いた。
「依頼人と仲良くなるつもりもない、のに……くそ、調子狂った」

「あら、パスティ。今回も参加してたのね」

チェックポイントNo.4。
グレンとパスティを迎えたのは、かちっとしたスーツに身を包んだ火人の女性だった。
「あらー、セヴィアもここにいたのね」
「なんだ、また知り合いか?」
やはり教師ではないような様子に、グレンがパスティに問うと、パスティは笑顔で頷いた。
「そうよー、事務局の人なのー。セヴィア・マイルス。さっきのピュアのお姉さんなのよー」
「へぇ…」
ペットショップにいた少女の姉、と言われれば、面差しが似ているような気がする。
セヴィアと呼ばれた教官は、にこりと笑って手元の鉢を示した。
「ここに、発芽したばかりの種があるわ。魔力を送って、この苗に花を咲かせてちょうだい。これが、このチェックポイントの問題よ」
「これも魔法か。こういうのはパスティに任せる」
嘆息して言うグレンに、パスティは笑顔で頷いた。
「わかったわー、ちょっと待ってね」
ととと、と鉢のもとに歩いてくると、目を閉じて手のひらをかざす。
ぽう。
手のひらが仄かに光り、魔導の心得のないグレンでも何かの力があることがわかった。
「……おっ」
土からわずかに顔をのぞかせるだけだった芽が、ぐんぐんと伸びていく。
そして、あっという間に50センチほどの背丈に成長すると、ふわり、と一輪の花を咲かせた。
「小さな苗だからちゃんと咲くのか疑問だったが、普通に咲くもんだな」
感心した様子で言うグレン。
「秋に河原とかでよく見る花だな。でも、それにしては花弁は多いし、色も桃色ではなく赤い……?」
「二重咲きのコスモス、ねー。可愛い」
パスティもニコニコして咲いた花を見つめている。
教官は笑顔で頷くと、言った。
「はい、合格ね。パスティには楽勝だったかしら?」
「うふふ、お花を咲かせるのは得意よー」
点数を入れてもらい、パスティは嬉しそうにその水晶玉をグレンに見せるのだった。

<グレン・パスティチーム +10ポイント 計30ポイント>

§2-5:You can do it

「魔力を与えればいいんだね、2人でやればすぐだよ!」

チェックポイントNo.4。
グレンとパスティのすぐあとに訪れたミアとセルクは、教官からの説明を聞いていた。
やる気満々でセルクの方を向くミア。
「ねっ、セルク!」
「う、うん……じゃあ、早速やろうか…」
この押せ押せなノリにもだんだん慣れてきたらしいセルクが、しかしやはりおずおずと植木鉢に手をかざす。
それに重ねるようにして、ミアも植木鉢に手をかざした。
目を閉じて、意識を集中する。
ぽう。
手のひらから魔法の光が漏れ、それと同時に芽がぐんぐんと成長していく。
やがて20センチほどにまで伸びた芽は、ポン、と音を立てて花を咲かせた。
「やった!」
ひとつの茎が二つに分かれ、それぞれに赤と青の可愛らしい花が咲いている。繊細な感じの青い花に対して、赤い花は元気いっぱいという感じだ。
「ふふっ、かーわいい!ミアの花と、セルクの花だね!」
「う、うん……」
照れたようにうつむくセルク。
教官は微笑んで、セルクに手を差し出した。
「はい、合格ね。点数を入れるわ」
「あ、ありがと…セヴィアさん」
やはり知り合いの様子の教官に、水晶玉を差し出すセルク。
無事に点数が増えるのを、ミアは満足げに見守っていた。

<ミア・セルクチーム +10ポイント 計30ポイント>

「おや、お早いお着きですね」

チェックポイントNo.16。
昼を待たずに到達した山の頂上で待っていたのは、何故か執事の格好をした兎獣人だった。
「おや、インしゃ。今回はあーたがここの担当でちゅか」
「ええ、ミディカ嬢。わたくしは高いところが苦手と申し上げたのですが、兎使いの荒い女王の命には逆らえません」
「きゃはは、冗談は下手くそでちゅねー」
親しい様子で教官と話すミディカ。
「そりで、今回の問題は何でちゅか?」
「はい、あちらでございます」
教官が示した先の地面には、岩で作られたパネルのようなものが置かれていた。正方形の巨大な岩が縦3枚・横3枚の合計9マスだが、右下だけパネルがはみ出すように下にずれて空白になっている。パネルには何かの絵が描かれているようだったが、線が途切れており何の絵かはわからない。
いわゆる、スライドパズルというやつだった。
「あのスライドパズルを解き、絵を完成させてください。ただし、1度に2枚以上動かす、あるいはパネルを30センチ以上浮かすと失格となります」
「あの岩、重い、ですか」
見た感じかなり重そうだが、念の為に聞いてみるアフィア。
教官は笑顔で頷いた。
「100キロほどございますね」
「むう…重い、です」
考えこむアフィア。
「うち、力でずらす、以外、できません」
「100キロを力ずくで動かしたら絵が完成する前にへばってしまいまちゅよ」
ミディカは嘆息して言った。
「大丈夫でちゅ、魔法で動かせまちゅ。ただ、そこまでの重さとなると、無駄に動かしていたら魔力を無駄に消耗しまちゅね……」
考えこむミディカに、アフィアはしばし考えた。
「…まず、練習する、どうですか」
「練習?」
首を傾げるミディカをよそに、アフィアはキョロキョロと辺りを見回し、手頃な石を持ってきた。
「これに、あの絵、だいたい、写す」
かりかり。
持ってきていた木炭で石に模様を描き、スライドパズルの通りに配置する。
ミディカは感心して頷いた。
「なるほど、試しにミニチュアで解いて手順を記憶しておくのでちゅね!早速やってみまちゅ!」
ミディカはアフィアが配置したスライドパズルをすいすいと解いてみせた。
「よち!これで手順は覚えまちた!早速やりまちゅよー!」
やる気満々の様子で、スライドパズルの前まで移動する。
「土亀の築城!」
ず。
呪文とともに、地面が少し揺れた感じがした。
ず、ずず。
そして、スライドパズルのうち一枚が、浮きもせずにずるずると移動していく。
どうやら、スライドパズルの下の地面を動かしているようだった。
ずず、ず、ずずず。
一枚一枚ゆっくりと着実に移動していくパネル。
やがて。
ずずっ。
「完成でーちゅ!」
ひゅー、と何かをやり遂げた表情で、ミディカは両手を広げた。
「お疲れ様でございました。では、点数を」
歩み寄る教官に、鷹揚に頷き返す。
「うむ、頼みまちゅ!」
どちらが教官だかわかったものではない。
そんなことを思いながら、アフィアはその様子を眺めているのだった。

<アフィア・ミディカチーム +50ポイント 計90ポイント>

「では、早速第1問、行くぞ!」

チェックポイントNo.5。
魔術師らしからぬ体育会系のノリで、教官は早速グレンたちに問題を出してきた。
「1kgの金塊と1kgの水が入ったバケツ、どちらが重いか?」
「は?」
いきなり魔法と関係ない問題が飛んできて、面食らうグレン。
「そんなん、バケツの分だけ水の方が重いに決まってるだろ」
「正解だ!」
「わぁ、すごいのねー、グーちゃん!」
思わず答えてしまったが、これはパスティに答えさせたほうがいいのだろうかと思う。
グレンは肩をすくめて口をつぐんだ。
「では、第2問だ」
教官は更に問題を続ける。
「ここは世界の珍品ばかりを扱う店。店には(A)どんなものでも切れるナイフ(b)どんなものでも溶かす液体(C)どんな人でも飛べる羽根が置いてある。この中で見てすぐに偽物だとわかる商品があるが、それはどれか?」
「えーとぉ……」
パスティは頬に手を当てて考え込んだ。
「b、かなぁ?」
「その根拠は?」
「だって、どんなものでも溶かす液体だったら、入ってる入れ物も溶けちゃうはずでしょー?」
「うむ、正解だ!」
のんびりとした調子で、しかし確実に正解を出しているパスティを、グレンは意外そうな表情で見やった。
ノリが独特ではあるが、彼女の腕前や頭脳は思ったよりも優れているのかもしれない。
「では、第3問」
教官はさらに続けた。
「タロウ君がお使いを頼まれて500円持って出かけました。品物は300円でしたが、途中で400円落としてしまいました。さて、足りなかったのは?」
「うーん………」
考えこむパスティ。
なんだ、こんなに簡単なのに、とグレンは思った。200円、と答えを言ってしまおうか、と口を開きかけた時。
「タロウ君の注意力、かしらぁ?」
「は?」
何を言っているんだ、と思わず声を上げるが。
「うむ、正解だ!」
「うそっ」
正解と言われ、さらにあっけにとられる。
教官は満面の笑顔で解説した。
「足りないのはいくら、とは聞いていないな。ならば、答えるのは金額である必要はない」
「なんだそりゃ…」
げんなりするグレンをよそに、パスティは教官に入れてもらった点数を再びドヤ顔でグレンに示した。
「見て見てー、またもらっちゃったー」
「あー、はいはい。そんじゃ行くぞ」
「はぁい」
さっさと歩き出すグレンのあとを、パスティも上機嫌についていくのだった。

<グレン・パスティチーム +20ポイント 計50ポイント>

「では、第1問、行くぞ!」

同じく、チェックポイントNo.5。
先程と同様に、グレンたちのすぐあとにたどり着いたミアとセルクは、早速教官に問題を出されていた。
「属性魔法の種類は?」
「あれっ、そんな簡単な問題でいいのー?」
驚いたように言って、ミアはセルクの方を向く。
「セルク、わかる?」
「う、うん……」
「じゃ、ミアは黙ってるね。セルクが答えたほうがいいでしょ?」
「そ、そうだね……」
ミアの様子からは、分からないのに分かっているふりをしているようには見えない。もとより基礎的な問題で、わからないはずもないのだが。
セルクはおずおずと教官に答えた。
「えっと、火、水、風、土、太陽、月の6種類…です」
「うむ、正解だ!」
「やったね、セルク!」
笑顔全開で喜ばれ、照れてはにかむセルク。
教官はさらに続けた。
「では第2問。エレメントの強弱をすべて答えよ」
「えっと…水は火に強く、風は水に強く、土は風に強く、火は土に強い。太陽と月は打ち消し合う」
「正解だ!」
「セルク、すごーい!」
ベタ褒めをするミアに居心地悪そうに微笑むセルク。
「では、第3問だ。移動系の魔術2種類について解説せよ」
「えっと……異なる空間2つを繋げて物質を転送させる術です。移動術は送り、召喚術は招く。原理は同じですが、どちらかしか出来ないことが多いです」
「よし、全問正解だ!」
教官は満面の笑顔でセルクの水晶玉に点数を入れた。
ミアが嬉しそうに駆け寄ってくる。
「やったねーセルク!すごいすごい!セルク、結構勉強できるんだね?」
「そ、そう…かな…?」
ともすれば馬鹿にしているとも取られかねない発言も、照れたように受け止めるセルク。
「勉強は…嫌いじゃないんだ。本を読んだり、書いたりするのは、危ないことはないから……」
「ふーん?」
ミアは不思議そうに首をかしげ、セルクの言葉を聞いていた。

<ミア・セルクチーム +20ポイント 計50ポイント>

「そういえば、試練と仰っていましたけれど」

山道を歩きながら、ミケはふとクリスに訊いた。
「野営とか、こういうフィールドワークみたいな事は初めてですか?」
「ええ、まあ…初めてではございませんけれど。前回も参加をしておりますもの」
「ああ、そういえばそうでしたね」
「ですが…やはり、普段し慣れないことをするのは気合がいるものですわ。
本当、慣れていらっしゃる方はいいですわね……」
声音からは馬鹿にしている様子はなく、本当に羨ましいと思っているようだった。
ミケは微笑んで言った。
「疲れたら休憩入れますので、早めに声を掛け合いましょう?」
「お気遣いは無用ですわ。
貴方こそ、疲れたと言ってわたくしの足を引っ張らないでくださいな?」
むっとして言い返すクリスに、ミケは困ったように眉を寄せた。
「え。えーっと、馬鹿にしているとかではなくてですね。
目的は『早く回ること』ではなくて、『問題を解くこと』と『襲撃に備えること』なので、お互い余裕を持っておきましょう、という意味で」
つっけんどんな態度に、懸命に言葉を選んでいる。
「全力で頑張るのは良いんですけれど、頑張りすぎると目的を達成するのにマイナスになりますから。……でも、僕も体力に自信のない魔導師なので休憩は入れてくれると助かります」
「まあ、仕方がないですわね」
クリスは言葉の通り、本当に仕方なさそうに肩をすくめた。
「貴方がそこまでおっしゃるのでしたら、貴方に合わせて休憩して差し上げますわ。
ありがたく思ってくださいな?」
「はい、ありがとうございます。じゃあ、よろしくおねがいしますね」
にっこり笑って、大人の対応をするミケ。
彼女の様子を見て、疲れたと言って休憩を取らせよう、と思うのだった。

「えっ、フィズさん?」

チェックポイントNo.3。
教官の姿を見たミケは、驚いて声を上げた。教官はにこりと綺麗な笑みを浮かべてそれに答える。
「久しぶり、ミケ。元気なようで何よりだよ」
「こちらこそ、お久しぶりです!」
「……校長のご子息と、お知り合いですの?」
クリスもフィズのことは知っているようだった。ミケは頷いて答えた。
「はい、以前依頼を受けたことがあって……って、今なんて?」
「は?」
「いえ、ですから、校長の…」
「校長のご子息と、お知り合いですの?」
「ご子息……?」
意外すぎる単語に、思わず教官の方を見る。
教官は不思議そうに首を傾げた。
「あれ、そういえば改めて言ったことはなかったね。私は、ここの校長の養子なんだ」
「よ、養子…?そ、そういえば……フィズさんの苗字って、シーヴァン…」
見た目が全く違うので、同じ姓であっても家族であることには全く繋がらなかった。養子だというなら納得である。
「そ、そうなんですね……いやー、びっくりしました」
ミケはかなり驚いた様子だったが、すぐに気を取り直して教官に言った。
「それで、フィズさんがここの問題を出すんですね?」
「ああ、そうだよ。私が召喚するモノを無効化して、魔道石に触れればクリアだ」
洞窟の奥に置かれた魔道石を指し示す教官。
「手段は問わないし、無効化とは必ずしも倒すことを示さない。ルールはそれだけだよ」
「わかりました」
「では、用意はいい?行くよ」
目を閉じ、意識を集中する教官。
ふわ、と空気の色が変わった、その瞬間。
ぽ。
ぽ、ぽ。
ぽぽぽぽぽぽぽ!
「わ、わわわわ?!」
空中から次々と何かが湧き出て、あっという間に床一面に敷き詰められる。
「こ、これは……!」
みきゅう。
みきゅう、みきゅう。
床一面に広がる、白く小さいふわふわの謎の生物。
つぶらな瞳と鳴き声が例えようもなく愛らしい。しかし、謎の生物。
「か……」
かわいい、という言葉を飲み込んで、クリスは思わずその生き物を撫でた。
ふわり。
「こっ…この感触…!」
吸い寄せられるように、もう片方の手もふわふわと別の個体を撫でる。
「あ、抗いがたい魅力ですわ……何ですの、これは…!」
「いっそ見た目が怖かったりするなら攻撃魔法一択なんですが…」
床一面に広がってみきゅうみきゅうと鳴くだけの無害な生き物を、攻撃魔法で一掃してしまうのは少し忍びない。
「…む、無視して歩いていきましょう」
もふ。
みきゅう。
一歩踏み出そうとすると、寂しげに見上げてくる。
「うっ……」
これはやばい。物理的にかき分けるだけでも、このつぶらな瞳に罪悪感が湧いてしまう。
「これは……き、傷つけない範囲でどうにか頑張る方法が良いですよね…」
「そうですわね……」
上の空で撫で続けるクリスをよそに、ミケは目を閉じて魔道の構成を組み立てた。
「……スリープクラウド!」
ふわり。
床一面の白い物体に、眠りの雲が舞い降りる。
だが。

みきゅう、みきゅう。

「うっ……き、効かない…?!」
「その生き物は、何もしないけど、意外に魔力が高いんだよ。ミケは今回、義母に魔力を封じられているのだよね?もしかしたら、魔法が効きにくいかもしれない」
「そ、そうなんですか……」
では、どうすれば。
床一面に広がる可愛い生き物に、なすすべもない。
クリスはすっかりうふふあはは状態で生き物に魅了されてしまっている。
「うう……ここは、大変不本意ですが、ギブアップするしかないでしょうか……」
がくり。
肩を落とすミケに、教官は苦笑して言った。
「まあ、気を落とさないで。こう見えても、この子達は結構やるんだよ?」
「え?」
言葉の意味が分からず問い返すミケ。
すると、彼の肩から降りたポチが、謎の生物に対して威嚇をした。
「ああ、こら、ポチ。ダメですよ、可哀想でしょう」
ミケが止めるが、なおも威嚇するポチ。
みきゅう。
謎の生物は、寂しげにひと鳴きしてから。

もっ。

いきなり口を大きく開けると、あろうことかポチを丸かじりにした。
「なーーーーっ?!ポチ、ポチーーーー?!」
ミケは慌てて、不思議な生き物からポチを引き剥がすのだった。

<ミケ・クリスチーム +0ポイント 計100ポイント>

「ふぅ…なんというか、ひどい目に遭いましたね…精神的に」
洞窟を出たミケは、大して運動してもいないのに無駄にかいた汗を拭った。
「さて、これからどこに……」
「お待ちなさいな」
行き先を訪ねようとした言葉は、クリスによって遮られる。
きょとんとして彼女の視線の先を追うと。
「……あ」

がさり。
刺激をかき分けて現れたのは、オルーカを連れたヘキだった。

「…あ、ミケさん……」
「………」

ヘキは黙って、クリスとミケの方に顔を向けている。
閉じられた瞳からは、彼女の感情は全く伺い知れない。
オルーカはこっそりとヘキに問うた。
「…そういえば、聞いてませんけど。ミケさんのパートナーって…」
「クリシュナ・ラスフォード。一期生よ」
「…と、いうことは」
要注意人物には挙げられていない。
それは口には出さずに、オルーカは静かに身構えた。
緊張した空気が、あたりに漂う。

そして、一方。
こちら、チェックポイントNo.16でも。

「…およ」
「……あ」

「ほう…」
「あっ…!」

問題を終え、次のチェックポイントへと向かおうとしていたミディカと。
今まさに、チェックポイントNo.16へたどり着いたヴォルフが対面していた。

「……誰、ですか」
「三期生のヴォルフガング・シュタウフェンでちゅね。冒険者の経験があると聞いてまちゅ」
「冒険者……」
冷静に相手の情報を交換するアフィアとミディカ。

「ヴォルフさん……戦う、んだよね」
「無論だ」
こちらは言葉少なに確認し合うユキとヴォルフ。

爽やかな山頂の空気が、一瞬にして固く凍った。

太陽は、もうすぐ頂上に登ろうとしている。
ウォークラリーはこれからが本番だった。

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