予告

「退屈だわぁ……」

ぽつりと漏らした呟きに、トルスはきょとんとしてそちらを見た。
物憂げに窓の外を見ているのは、流れるような金髪に勝気そうな緑の瞳の化粧美人。泣く子も黙って震え上がる、フェアルーフ王立魔道士養成学校校長、ミレニアム・シーヴァンだ。
「ねえ、面白いことない?トルス」
「…大変な既視感を覚えるのですけれども気のせいでしょうかー」
「気のせいよ」
「また何やらよからぬことを考えていらっしゃいますねー?」
「人聞きが悪いわね」
非難するように言いつつ、ミリーはにっと唇の端を上げる。
「こないだのアレ、結構おもしろかったじゃない?」
「こないだのアレ、といいますとー?」
「マジカル・ウォークラリー」
「ああ……リタイアも続出しましたけれどね…」
「いいのよ、ひとは打ちのめされて成長していくものなの」
「あなたは打ちのめしすぎですよー…」
「というわけで!第2弾決定ね」
「…決定ですねー…はい、お手伝いしますともー…」
何かいろいろなものをあきらめきった声音でため息をつくトルス。
ミリーは楽しげににこりと笑うと、さっそく立ち上がって部屋を出た。

「学内個人対抗・マジカルウォークラリー……」
掲示板に貼りだされた新しい告知を、カイは片眉を寄せて読み上げた。
「なに、またやんの、これ」
「あらぁ、楽しかったものー。パスティ途中でリタイアしちゃったけどぉー」
隣で一緒に読んでいたパスティは嬉しそうな声を上げる。
「アタシも途中退場。残念だったわぁ、またやるのなら是非リベンジしたいわね」
珍しく学校に来ていたラスティも楽しそうに頷いた。
「おっ、また何ややるんやな。校長センセも好きやなぁ」
「生徒はいい迷惑だけどな…」
掲示板に集まっているのを見て、ティオとライもやってくる。
「ま、またやるんですね……」
「あっ、これ、ウォークラリーってやつ?前の時、僕家の用事で出られなかったんだよね、そっかぁまたやるんだね」
セルクとチャチャがやってきて、対照的な表情で告知を見上げた。
「チャチャも出てみる?結構面白かったよ、あたしは」
カイが言うと、チャチャは屈託のない笑みを見せた。
「そうなの?じゃあ僕も出ようかなぁ。セルクも出ようよ、前も出たんでしょ?」
「ぼ、ボクはいいよ…」
チャチャの言葉に、セルクは首をちぢませる。
チャチャはきょとんとして首をかしげた。
「なんで?楽しそうじゃん、一緒に出ようよ。僕、セルクが一緒に出てくれると心強いなぁ…ね?」
「あ、あうぅ……」
にっこり微笑まれ、困ったように視線を泳がせるセルク。
「よっし、んじゃ、今回も全員参加ってことで!」
「え、あの、ちょ……」
カイが元気に宣言し、あわあわと手を振るセルクをよそに、一同は申込用紙を手に食堂の方へと移動していくのだった。
「…や、やっぱりボクも出なきゃいけない……のかな…」

「またやるのか……」
多少げっそりとした様子で告知を見ていたのは、ルキシュ。
前回の優勝者である彼は、しかし前回とは全く違う、穏やかな気持ちでこの告知を見ていた。
いろいろなことがあったが、やはり参加して良かったと今は思う。また参加してみようか、その時はあの時雇った彼女をもう一度…などと考えていると。
「まあ、さすがに前回の優勝者は余裕ですわね?」
後ろから声をかけられ、ルキシュは振り向いた。
挑戦的な笑みを浮かべて歩いてきたのは、クリス。
「もちろん、今回も参加なさるのでしょう?
今度は負けませんことよ。ラスフォードの名にかけて」
「…ラスフォードは別に魔道士の家柄じゃないだろう」
「分野など関係ございませんわ。専門ではないのだから負けてもいい、そのような覚悟では勝てる戦も勝てぬ。わたくしは父からそう教わって育ちました」
「…そう」
気乗りしなさげに嘆息するルキシュに、クリスは不満そうに眉を寄せる。
「まあ、まさか参加なさらないおつもりですの?」
「…いや、まだわからないよ」
「参加なさいな。勝ち逃げは卑怯ですわよ?」
「…考えておくよ」
ルキシュはやれやれといったように手を振ってその場を去る。
クリスはなおも挑戦的な微笑みを浮かべて、その後ろ姿を見送った。

その二人の姿を、少し離れた所からヘキがじっと見つめていた。否、彼女は目を閉じているのだから見つめていたというのは少し違うが。
すると、ヘキに声をかける青年がいた。
「気になるのか?前回の優勝者が」
ヘキはそちらを振り向くことなく、淡々と答える。
「あなたには関係のないことよ。今回も参加はしないのでしょう?ヴォルフガング・シュタウフェン」
「いいや、気が変わった。想像以上に面白そうなクエストらしいからな、今回は俺も参加するつもりだ」
ヴォルフがそう言うと、ヘキはくるりと振り返った。
相変わらず目は閉じたままの彼女に、ヴォルフはにっと不敵な笑みを浮かべる。
「この俺をどこまで楽しませてくれるのか、お手並み拝見といこうか」
「……その余裕がどこまで続くのか見ものね」
目を閉じたままのヘキと、挑戦的な表情のヴォルフの視線が、交差するはずがないのに火花を散らした。

「今度こそ!ぜーったいに優勝してやるでちゅ!」
研究院に貼りだされた告知を見て、鼻息荒く言うミディカ。
すると、後ろからエディがけだるげな様子で覗き込んでくる。
「へぇ…またやるんだ。校長も好きだね……」
「あーたは確かチェックポイントの番をしてたでちね」
「ああ、校長に頼まれてね。けれど、今度は参加をしたいなと思っていたんだよ」
「は?」
ミディカは眉を寄せてエディを見上げた。
「あーた、こんなコドモの遊びにキョーミないって言ってたじゃないでちゅか」
「ああ、子供の遊びには興味は無いよ。けれど、雇っている冒険者には興味がある」
に、と笑みを深めて。
「学内の子は最近食傷気味でね。外の世界を知っている、魅力的な子たちを相手にするのも、悪くないと思って」
「あーたはまたそれでちゅか……」
半眼で見上げるミディカ。
「あーたの依頼に応募する冒険者が女とは限りまちぇんよ?」
「おや、お嬢ちゃんらしくない発言だね?僕は男だとか女だとか、年上だとか年下だとか、そんな物理的な枷には囚われないんだよ」
「あー……もーいいでちゅ、せーぜーいちゃくらちてくだちゃい」
うんざりした顔で言うミディカに、エディは満面の笑みを返すのだった。

再び、幕を開ける。

ウィーダで最も熱いウォークラリーが。

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