§3-1:The consultation

「ティオ、ここらでちょっと休憩して昼からどう動くか相談しようか?」

チェックポイントNo.5からNo.6への道のりは、見渡す限り気持ちの良い草原だった。
先行していたメイが足を止め、ティオを振り返る。
「朝に言ってたサンドイッチでも食べながらね」
言って、荷物の中からいかにもランチボックスですという感じの包みを取り出して。
ティオも足を止めてにこりと笑顔を返した。
「おっ、ええねえ。ほな、お昼にしよか」
そうして、2人で適当なところに腰掛け、地図を広げる。
「どう回ろうか?またわたしが決めちゃっていいの?」
身を乗り出してティオに問うメイ。
「それと問題、ちょっと難しいのにも チャレンジしてみようか?何事もやってみないとだしね!」
「せやなあ、無理そうやったら棄権すればええしな。簡単なんばっか回るんもええけど、点数の高いもん挑戦するんもおもしろそやな」
ティオは上機嫌でうんうんと頷いた。
「まずは、メイちゃんがどこ回ろ思とるんか聞いてええ?」
「うーん…」
地図を見ながら唸るメイ。
「今、ざっと地図見てみたけど、最初のんびりしてたからあんまり問題に挑戦してると、全部のチェックポイント回って戻ろうと思ったら時間足りないかも」
ん?と僅かに首を傾げるティオ。
それには気づかず、メイはさらに続けた。
「ここから、7、8、10…これに問題挑戦して、12、15、11って移動に専念しよう か。そうしないと戻る時間、間に合わなくなっちゃうし。 これでいい?」
「??」
さらに眉を寄せて首を傾げるティオ。
「10まではええとして、12から15回って11?なんで?
せっかく山に行ったのにまた戻るん?」
「え?」
こちらもティオの言うことがわからないという様子で、メイ。
ティオは眉を寄せたままそちらと地図とを交互に見、ややあって、ああ、と頷いた。
「ひょっとしてメイちゃん、チェックポイントは全部通らなあかんて思てる?そやろ?」
「えっ?だってウォークラリーなんだから、全部回るんじゃないの?」
驚いて目を見開くメイ。
ティオはははっと軽く笑った。
「ちゃうよ?校長そんなこと言うてへんかったやろ?そもそも、ホンマモンのウォークラリーやったら一本道のはずや。ちょお、変則的なルールゆうことやね、このウォークラリーは」
「そ、そういえば…そうだったかも」
開会式の様子を改めて思い起こし、渋い表情をするメイ。
「うわー、すっかり勘違いしてたよ!全部回らなきゃだと思ってた!」
「はは、まあウォークラリー本来のルール知ってたらそないなるのも無理ないわな。気にせんでええよ」
ティオは慰めるように笑いかけてから、改めて地図に向き直った。
「今がここやろ?もうちょいでNo.6やんな。せっかく来たんやし、ここの問題にも挑戦せん?」
No.6を指差し、そこからつつっと指を移動させて。
「こっから、8、10と問題やって、そっから12行って問題やって。これくらいで今日は終わりなんちゃう?」
「うん、そうしようか。じゃあ、6、8、10、12の問題に挑戦してみよう!難しい問題もあるけど頑張ろうね!!」
穏やかなティオの提案に、メイは元気よく返事をした。
うれしそうに頷くティオ。
「ほな、それでいこな。
危険なようやったらやめればええし、あんまきばらんと気楽にいこうな」
「うん!
じゃあ行くコースがまとまったところで、お昼にしようか!」
メイは丁寧に地図をたたみ、地図を広げていたところに今度はランチボックスの包みを広げた。
女の子らしい可愛らしい布巾に包まれていたのは、サンドイッチのようだ。
「これがツナサンド、こっちがタマゴサンドで、それがカツサンドね」
メイは楽しそうに一つ一つを指差していく。
「あんまり凝ったものじゃなくてごめんね。手軽に食べられるものが良いかなーって思ったから。けど、味はまぁまぁいけると思うから、 遠慮しないで食べてね!」
「おー、うまそやなー。
おおきにな、楽しみにしててん。これ、オレはどれ食べたらええ?メイちゃんが作ったんやし、メイちゃん好きなん取って残りでええで」
「ティオが好きなの食べていいよ。だってティオに食べてもらいたくて作ったんだもん」
メイはむしろ意外そうな表情をした。
「好きなの食べてくれた方がわたしは嬉しいなぁ。
わたしは 自分の作ったのいつでも食べれるけど、ティオには今度また作ってあげられるかわかんないんだし。ね?」
「ホンマ?嬉しいわぁ。おおきにな、どれにしよー」
ティオはもう一度メイに笑いかけると、サンドイッチに視線を移す。
「ほな、オレはこれな」
と、カツサンドを手に取って。
「肉好きやねん、肉ー。おおきにな、いっただっきまーす♪」
陽気にそう言って、早速かじりつく。
「ティオ、お肉好きなんだねー。わたしはツナのにしよーっと。しっかり食べ て元気出さなきゃ!」
メイはその隣のツナサンドを手に取った。
「うま!」
ティオは口いっぱいに頬張ったカツサンドを飲み下してから、感心したように表情を広げる。
「これ、ホンマメイちゃんが作ったんか?めっちゃ美味いで、プロみたいや!って、プロやったな!」
「えへへ、わたしはウェイトレスだからお料理はプロじゃないよ。でも、お世辞でもそう言ってもらえて嬉しいな」
「お世辞ちゃうよ!ホンマ、むっちゃ美味いて。店に出せる思うよ」
「そ、そうかな?」
「そうそ。ランチボックスだけでも、出したったらどないやろ?そしたらオレ、毎日買いにいったるで」
「え、ホントにー?」
ティオの口が上手いのはわかっているので、若干半信半疑で苦笑するメイ。
「ホンマ、ホンマ!もし実現したら教えたって、絶対買いにいくで!」
「ふふ、ありがと」
「あー、まだお世辞や思とるやろ?ホンマ、絶対教えてな!」
そんな話をしながら、ティオはあっという間にカツサンドを平らげてしまった。
「ほな、残りの1つははんぶんこしよか」
そして、残ったタマゴサンドを手に取り、半分に割って、片方を差し出す。
「ほい。メイちゃんもたべよ」
「うん!」
メイは元気よく頷いて、それを受け取った。

「さて、ここからどう行くか、ですが」
チェックポイントNo.12付近。
森の木の実と携帯食で昼食を取りながら、オルーカとカイは地図を見ていた。
「現在がこの、No.12のあたりですから…12の問題に挑戦して。
それから、15、11、14という感じで山に登っていく形はいかがでしょう?
あとははじめに相談したとおり、山登って、ポイント集めつつ町まで下りてくる…てことで。
どうでしょうか」
地図をたどりながらのオルーカの言葉に、カイは素直に頷いた。
「うん、いいんじゃないかな。
山で夜を越すことになるのがちょっと気がかりだけど、まあどうにかなるよね。
これで行こう」
「そうですね、夜は、一応野営の道具も持ってるし、大丈夫でしょう。
夜襲も交代で見張りたてたりして、対応しましょう」
「夜襲かあ。警戒しなきゃいけないのがちょっと面倒だよね」
カイは片眉を寄せて辺りを見回した。
今は昼の光に照らされ、緑の濃い生き生きとした森。だが、日が沈んでしまえばその様相は一変する。それは、山でも同じことだ。
暗闇は接近者を覆い隠す布となり、暖と明かりのための火は遠くから狙う者にとっては格好の的となるだろう。
敵は同じ学校の生徒だけではない。夜行性の野生の獣に遭遇する危険性もある。
冒険者の経験のあるカイには、そのことはよくわかっていた。
「ま、それはその時になったら考えよっか」
「はい、そうしましょう」
オルーカは余裕げに頷いて、さらに続けた。
「じゃあ、ルートはいいとして……他の生徒さんに出会ったときの対応も、変わらずでいいですよね。
こちらからは攻めず、攻められれば受けて立つ、ということで」
「うん、それでいいでしょ。たまたまさっきは血の気の多いやつに当たっちゃったけど、そういうのばかりでもないと思うし」
「そ、そうでしょうか…」
「はは、大丈夫だと思うよ」
「あとは…ミケさんですね」
言って、表情を引き締めるオルーカ。
「前回は逃げられてしまいましたが…チャレンジし続けたいですね」
「ん、そうだね」
カイはむしろわくわくした様子だ。
「幻影使って逃げられちゃったのですが、何か対策を取らないとですよね。
…といっても、私の方でそういうの打ち破る魔法とか使えないのですが…カイさんはいかがですか?」
「んー…そうだなー…」
「これって幻影だから、精神的な抵抗…?なんですかね。
魔法使われる前に一気に片をつけるか、もしくは他の方法で魔法を破るか…ですよね」
「それなんだけどさ、オルーカ」
カイは言って身を乗り出した。
「ミケのあの魔法は、正確には『幻術』じゃないと思うよ」
「え、そうなんですか?」
きょとん、とするオルーカ。
カイは片眉を寄せて頷いた。
「うん。じゃあ何かって言われるとアレなんだけど、んっと、要するに、精神に干渉する魔法ではない、ということね。
どういう仕組みかわかんないけど、そういう魔法の感じはしなかったんだ」
「そういえば……」
オルーカも視線を泳がせて記憶をたどる。
「確か、風魔法の応用で、精神魔法としての幻術じゃない、という話をご本人から聞いたことがあったような。
ん…色々と難しいのですね」
魔術の詳しいことなどよくわからないオルーカは、眉を寄せて俯いて。
「じゃあ精神的に弱いと効きやすい…とかじゃなくて、対策あれば大丈夫、ということですかね」
「うん、そういうこと。
だから、魔法をどうにかするとかじゃなくて、
幻影だってわかったときの対処?を考えた方がいいと思う。
攻撃したのが幻影なら、必ず本体がどっかにいるはずだからさ」
「幻影だって分かると、その幻影は消えてくれたりするんでしょうか。
ん?精神干渉じゃないなら、そういうわけでもないのか…?」
「え、殴って空ぶったら、それはミケじゃないってことでしょ?
感覚自体を操作してるわけじゃないから、本来あるべきミケの姿が見えなくなったりはしないよ」
「や、ややこしくなってきましたね…」
「さっきはどうだったか、覚えてる?」
「ええと……」
オルーカはまた宙に視線をやって、先ほどのミケとの戦いを思い返した。
「…どうだったかな、幻影と分かったあとに、すぐにミケさんに気づけた気がしますけど…」
「うん、あたしにはオルーカがミケに殴りかかったときに、抜け殻みたいに幻影を残してミケが後ろに逃げるのが見えたからね」
「そうなんですか」
頷くカイ。
「だから、幻影は残るけど、それはもう幻影だって判ってるものだから、すぐに本物のミケを探せばいいよ、ってこと」
「なるほど」
オルーカは納得した様子で頷いた。
「幻影がたくさん出てきたり、ミケさん本人を消してしまうわけではないのですね。了解です。
では、さくさく本体を探して、機敏に動いて仕掛ける…てかんじですね」
「うん、そう。オルーカの手が止まったのは、幻影にびっくりしちゃったからでしょ。だから、もうそれは通用しないよ」
カイは頷いてから、苦笑する。
「まあ、幻影の対処方法はわかっても、やっぱり他の魔法使われて逃げられたらおしまいなんだけどねー。
だから、魔法を使われる前に仕掛ける必要があるんだけど」
「なるほど、不意打ちですね」
オルーカも身を乗り出した。
「雑談などせずに、先ず戦いを仕掛ければよかったですね。
次に会った時は、警戒が強くなってると思いますし…」
「ま、極論言っちゃえばそうなんだけどさ」
カイは再び苦笑した。
「でもあたしは、正面から戦いたいな。正々堂々とさ。
できれば『はじめ!』の掛け声とか欲しい」
おどけて言うカイに、きょとんとするオルーカ。
「正々堂々と、ですか」
「まあ掛け声は冗談にしても、双方合意の上で、じゃあ始めようかっていう感じがいいな。
今回で判ったけど、逃げられたら打つ手はないからね。
ただ、向こうも戦う姿勢を見せたら、勝算はあるんじゃないかと思う。
ミケがどういう戦い方で来るかわからないから、なんとも言えないけど。
少なくとも今回と同じ結果にだけはならないことは確かだよね」
「戦ってくださる状況を作る、ということですね。
何かを人質に取るとか…あ、ポチさんを猫質にするとか、どうでしょう?」
ポチ、というのは、ミケがつれている使い魔の黒猫である。
「先にポチさんを捕獲して、『ポチさんにこちょこちょ攻撃をされたくなくば戦ってください!』とか。
いや、やっぱこれは卑怯くさくて、ダメかな……」
なにやら可愛らしいことを言って、自分でダメ出しをするオルーカ。
カイは苦笑した。
「うん、だからさ。
逃げないで戦って、って、頼んでみたらどうかな?」
「頼んでみる、ですか?」
驚くオルーカにうなずくカイ。
「あたし別に、点数が欲しくてミケと戦いたいわけじゃないんだよね、ぶっちゃけ。
純粋に、ミケと戦うことが出来ればそれでいいんだ。勝っても負けてもさ。
どうだろ、正面から頼んでみても逃げられちゃうかな?」
「そうですね、じゃあお願いしてみましょうか!」
この意見には、オルーカもかなり乗り気の様子でうなずいた。
「受けてくださるかどうかは分かりませんが、真摯にお願いすれば、考えてくださるでしょう」
「そうだね。まあ受けてくれるとして、じゃあミケとどう戦うかってなるけど…
ネックなのはあの、風の防御魔法かな。物理攻撃はまず効かないみたいだし…うーん」
カイはしばらく俯いて考え、それからオルーカのほうを向いた。
「オルーカ、武器に何か魔法をかけることは出来ないかな?
違う魔法のパターンで、上手くいけば防御を相殺できるかもしれないよ」
「そうなんですか?」
オルーカは少し驚いたようだった。
「武器に火の魔法をかけることは出来ますけど…火と風って打ち消しあいますか…?
あとは対アンデッド用の技もありますけど…これはさすがに必要ないでしょうし」
「はは、ミケがアンデッドだったらさすがにあたしもびっくりするかな」
カイはおどけて笑った。
「んーと、火と風の作用でっていうよりは、魔力同士の干渉で、っていう感じかな?
多分ミケの魔力の方が強いから、打ち破るっていうことは出来ないかもしれないけどさ。
何もしないよりは、何かが変わると思うよ」
「そういうものなんですね、わかりました」
素直にうなずくオルーカ。
「私の方の手段はそれでいいとして…カイさんはどうですか?
あ、そういえばカイさんって、ドラゴンさんなんですよね。
変身はできるんでしょうか」
「あー…竜変身は出来るけど」
カイは眉を寄せて頭を掻いた。
「あまり現実的じゃないな…すごく大きくなっちゃうからね」
「む、そうなのですね」
同様に眉を寄せて唸り、そしてちょっと大きさを想像してみるオルーカ。
「…あの、どこかでいつか変身してもらってもいいですか?」
興味津々の様子でカイに言うと、カイは半笑いになった。
「えぇ?」
「あ、体にすごく負担かかるとか、変身することによってデメリットがあるならよいのですが」
「いや、別にそういうわけじゃないけど…ま、いつか機会と場所があったらね」
「はい、よろしくお願いします」
笑顔で言ってから、オルーカははっとした。
「は、また話がずれちゃいましたね。ええと、ミケさんの魔法の話でしたか。
えっと、思ったんですが、魔法って集中力なんですよね?
ミケさんの集中を途切れさせるようなことを言ったらどうでしょう」
「集中を途切れさせるようなこと?」
「はい。例えば、『あー!あんなところにピンクのお魚さんがあぁぁぁあ!』みたいな」
「ピンクのお魚?」
「はい、ミケさんを動揺させる呪文です」
「そうなの?」
真顔で言うオルーカに、再び半笑いになるカイ。
「はは、集中を途切れさせるのは手だと思うよ。
ミケを動揺させられる手段は、あたしにはちょっとわかんないなあ」
「ミケさんは冷血鉄面皮!てタイプじゃなく、お優しい方なので、つけこむ隙は多分にあるはずです」
敬虔な僧侶にあるまじき発言を力説するオルーカ。
「あとは『ああっ!レティシアさんがオールヌードで歩いてるー!』とか。
ミケさんだって健全な男子なら…!…て、これはレティシアさんに失礼かな」
「はは、それは戦闘とかそういうの抜きで、ミケがどういうリアクションするか見てみたいな」
カイはおかしそうに笑った。
「色々考えてみようか、『ああっ!押O学が小学生からトレカ巻き上げようとしてマジギレしてるー!』とか」
「いいですね!『あ!AB蔵が酒に酔ってパンピーとケンカしてる!』というのはどうでしょう!」
「しかもその後の記者会見で全然反省の色がねぇー!」
「うわー!うちの司祭がリリ×ミケ18禁同人誌をバラまいているー!読みてぇー!」
「失踪騒動中の沢尻Eリカがパパヤビーチでバカンスしてるー!」
「紅白歌合戦でサッチーが黒百合の衣装…だと…!」
「カノー姉妹がスッピンで舞台に出てるぞ!」
楽しそうに「思わずそちらを見てしまいそうになるかけ声」会議に花を咲かせる二人。
そうして、話はまた盛大にそれていくのだった。

「もう一度確認するけど、点数の高い所を回る……でいいのね?」
レティシアは心配そうにルキシュに尋ねた。
「スタートから思いっきり躓いた身としては、もうこれ以上の無茶はしないほうがいいと思うんだけど…。
この後、山の方に高得点のポイントがあるけど……行くの?」
「当然だろう?」
何を言っているんだ、という様子で答えるルキシュ。
「さっきはたまたま失敗してしまっただけだよ。
50点のポイントがあるんだ、行かない手はない。No.1では惜しくも逃してしまったしね」
そこで、ふう、と仕方なさそうに息をついて。
「まあでも、君の意見も聞かないでもないよ。
とりあえず、夕方までのコースのプランを聞かせてもらおうか?」
「んー……」
眉を寄せて地図に目を落とすレティシア。
「ちょっと移動時間が長いのが気になるんだけど、ルキシュがそう言うなら…
13、16で問題受けて、14に戻ってくるルートでいいかしら?」
13にまた戻るのも変だし、と思いながら言うと、ルキシュもそう思った様子で頷く。
「そうだね、それでいいよ。
高得点と言えど、山道だからね、歩くのに時間もかかるだろうし」
そして、その話はもう終わり、とばかりに立ち上がった。
「それじゃあ、早速行くよ」
「あ、う、うん」
レティシアはまだ若干戸惑った様子で、それでもルキシュの後について歩き出すのだった。

「…トルスさん、これからどう回りますか?」
テオは目を輝かせてトルスのほうを向き、一呼吸置いてそう問うた。
「ここから近いのは、森方面のNo.9とNo.10。街方面のNo.5。草原方面のNo.6とNo.8…ですよね」
「そうですねー」
地図を見ながら頷くトルス。
「これから参加者の皆さんが活発に動きはじめるとしたら…ポイント高めの森から山方面に向かうルートを僕、向かった方がいいでしょうか?」
また若干あやしめの言葉使いをしてから、また暴走気味の自分に気づいて肩を落とす。
「す、すみません、僕また……あの…トルスさんはどう回ろうと考えていますか?」
おずおずとトルスのほうを見ると、彼はそちらは特に気にならない様子でにこりと微笑んだ。
「No.5は戦闘許可区域ではありませんから、除外してもいいでしょうねー。
森や山の方面に行くのは、私も賛成ですよー」
「そ、そうですか」
安心したような笑みを見せるテオ。
「それよりー、最初に仰っていたように、二手に分かれますかー?
それとも、これまで同様に一緒に行動しますかー?
私は、どちらでも構いませんよー?」
さらにトルスがのほほんとそう問うと、テオは笑顔のまま答えた。
「トルスさんが回られない場所を僕、回って補完できたらいいかな~って、考えているのですが。
ご一緒でも、分かれてでも、トルスさんのやりやすい方で僕はいいです」
「そうですかー」
トルスはまたにこりと笑うと、地図を指差した。
「では、私は山の方を回るので、テオさんは森のほうを回っていただけますかー?
そして、夕方ごろに場所を決めてどこかで落ち合いましょうー。
どこにしましょうかねー?」
「そうですね…」
テオはしばし地図を見て考え、それからトルスと同じように地図を指差す。
「ではこの森のNo.12か、山側のNo.15のどちらか、と言うのはどうでしょう?」
言って、トルスの顔を見て。
「何となくインスピレーションで選んだんですが、端にあって、山と森の両ポイントから近そうですし…
トルスさんはどこがいいですか?」
「そうですねー……」
ふむ、と少し考えて、トルスはまた地図のポイントを指差した。
「では、No.15にしましょうかー。ちょっと山を入ってきたところになってしまいますけどー。
そこに、夕方あたり、でいいですかねー?」
「夕方No.15ですね、はい、わかりました」
テオは元気よくそう答え、立ち上がる。
「では、皆さんのお役に立てるように、頑張ってきます!」
「はーい、お気をつけてー」
トルスはのんびりと手を振りながら、早速翼を出して飛んでいくテオを見送るのだった。

「さて、次のルートなのですが」
ショウは地図を取り出して、現在いる地点を指差した。
「現在私達が居るのがこのNo.16。山の一番天辺ですね。
一度下って、また登るのも面倒ですし、得点的なことも考えて、次はNo.14からNo.15を経てNo.12に行く、というルートはいかがでしょうか?」
「妥当な選択ね」
ヘキは相変わらず目を閉じたまま、淡々と頷いた。
「ルートに関してはそれで行きましょう。
それから、他の生徒に相対した時のことだけれど」
それから、ショウの方に顔を向けて、確認するように言う。
「もう全員、多少なりともポイントは取得しているでしょうし。
遭遇したら攻撃ということで構わないわね?」
ショウも相変わらずの穏やかな笑みを浮かべ、頷いた。
「了解です。それでは積極的な攻めの方向で行きましょう」
「それから、あのミケという魔道士も。
貴方の当初の意見では、明日まで避けるということだったけれど。
私は言った通り、もう攻めに出るのが妥当だと思うわ。
それで構わないかしら?」
「ええ、それもご随意に」
もう一度頷いてから、ショウはさらに言葉を続ける。
「それと少し確認しておきたいのですが、碧さんが対人戦闘用で使える魔法にはどういった感じの物がありますか?
私が巻き込まれたり、あるいは邪魔をしてしまわないように予め教えていただけるとありがたいです」
ヘキは一瞬言葉を止めて、それからまた淡々と喋りだした。
「最初に言った通り、エレメントは月。攻撃の主力となる魔法は風。カマイタチを起こす狭範囲魔法から、竜巻を起こす広範囲魔法まで使えるわ。
他のエレメントの魔法も一通り使えるし、戦況に応じて使う魔法は考えるから、貴方が私の戦い方に気を配る必要は一切ないわ」
「そうですか、それはありがたいです」
ともすれば若干攻撃的とも取れる言葉を笑顔で聞き流し、ショウはさらに続けた。
「あとはそうですね…奇襲を防ぐために周囲を警戒するといった類の魔法はお使いになれますか?
もしそういった魔法をお使いになれるのでしたら、ご負担にならない範囲で使っておいていただけるとありがたいです」
「風の揺らぎを知らせるようなものなら使えるわ。
ただ、大きな魔力の揺らぎがあれば、割と広い範囲で私自身が感じ取ることが出来る。
人が近づけば同様に感じ取れるから、その心配は無いわ」
「そうですか、それならば安心です」
また笑顔で頷いて。
「戦闘関係に関してはこんなところでしょうかね。ポイントを失わないよう、気を引き締めていきましょう」
「そうね。じゃあ、行きましょう」
ヘキは特に感想を述べることもなく、淡々と言って歩き出した。
「……ま、わしは何もしておらんがのぅ」
その後ろで、ショウは半眼でぼそりとつぶやくのだった。

§3-2:My pretty sister

「おい、あっちの黒髪女…知ってるか?」
チェックポイントNo.10付近でばったりかち合ったゼン・ミディカチームとカザ・ラスティチームは、距離を開けたままお互いの様子を伺っていた。
ゼンがミディカにぼそりと問い、ミディカは用心深く相手方を見据えたまま小さく答える。
「んむー、正直どっちからも大した魔力は感じられないのでちゅが…
別にあたちは学生全てを知ってるわけじゃないでちゅよ。
どっちの顔も見たことないでちゅね」
「そうなのか?」
「ま、あたちが知らないとゆーことは、大した力はないとゆーことでちゅ。
楽勝でちゅね、楽勝」
ふふん、と余裕げなミディカに、渋い顔をするゼン。
「楽勝、か。まーそれならいいけどよ。
黒髪女のほうはそうだとしても、見た事ない獣人のトカゲみてえなあいつ…ちょっと用心したほうがいいんじゃねえか?」
「そっちはあーたに任せまち。いきまちゅよ!」
「おう!」
ミディカの声と共にゼンは身構え、すばやく地を蹴った。
「いくわよ?」
「OK!」
それを合図にしたように、カザとラスティも身構える。カザはその一瞬で獣化し、その皮膚を硬い鱗が覆った。
「じゃ、行くよ!」
ゼンが駆け出したのを見て、カザが迎撃するように前に出る。
「せいっ!」
ひゅ、ひゅ。
懐からゼンがナイフを投げ放ち、あわてて避けるカザ。
「わわっ。危ないなぁ」
軽口を叩いて、再びゼンの方に駆け出す。
「でや!」
「っと!」
そこにゼンの剣が振り下ろされて、カザはあわてて避けた。
「いくら僕の鱗が硬くても、さすがに剣は無理だなぁ」
「ンなら、大人しくしてろっ!」
ぶん。
「うわ!」
再び勢いよくゼンが剣を振るうと、カザはさすがに避けきれずに後ろに跳ぶ。
そこに。
「雷神の旋風!」
ミディカの術が完成し、先ほどミケに放ったのと同じ、雷を伴った大風がまっすぐにラスティに向かって飛んだ。
「漆黒の堕天使よ、黒き翼で地の民を薙ぎ払え!」
時を同じくしてラスティも術を完成させ、あたりの風が大きくうねってミディカの方へと流れていく。
が。
ごう。
双方の風がぶつかり合うと、ラスティの風はあっさりとミディカの風に飲み込まれ、そのままラスティへと向かっていった。
「ラスティ!」
カザが駆け出しかけたのを、ゼンが剣で牽制して止める。
「きゃあぁ!」
ラスティは悲鳴ごと風に飲み込まれ、弾き飛ばされた。
ばりばりばりっ。
風の渦の中の雷が、ラスティに触れて派手な音を立てる。
「ラスティ!」
もう一度駆け寄ろうとしたカザを、ゼンは今度は止めなかった。魔法が当たってしまえば止める意味もないし、あの雷風をまともに食らってしまえば相当なダメージになるだろう。ことによれば、もう。
「ラスティ、ラスティ、大丈夫?!」
カザか駆け寄ってラスティを揺するが、返事はない。
そこに、ミディカがすい、と飛んできて、地面に着地した。
「もう意識はないでちゅよ。あたちたちの勝ちでいいでちゅね?」
カザはそちらを複雑な表情で見上げ、それから苦笑した。
「…仕方ないね。参った、降参だよ」
「では」
ミディカは頷いて、ラスティの首に下げられていた水晶玉を手に取り、点数を移動させる。
「よっしゃ!これでまた点数が増えたし、ミケとの戦闘を除きゃいい感じだな!」
そこにゼンもやってきて、嬉しそうにそう言った。
ミディカも満足げに頷く。
「でちゅね」
「獣化するまでもなかったな。よし、次行くぞ!」
意気揚々とその場を立ち去るゼンとミディカ。
カザはそれを見送ってから、もう一度ラスティの傍らに膝をついた。
「ラスティ。ラスティ……うーん、これはひどいな…」
依然、ラスティの意識はない。自分も回復の術は使えないことはないが、これほどにひどい状態では治せるかどうか自信がなかった。
と、そこに。
「な、なんかすごい音がしましたけど……ああっ?!大丈夫ですか?!」
巡回で見回りに訪れたテオが、倒れているラスティを見つけ、慌てて飛んでくる。
カザはほっとしたようにそちらを見た。
「よかった。命に別状はないみたいなんだけど、気絶しちゃってるんだよね」
「これは……結構ひどいですね」
ラスティの様子を見て、気の毒そうに眉を顰めるテオ。
カザは残念そうにため息をついた。
「この子がこんな調子じゃ、リタイアせざるを得ないよね。それで構わないから、街に連れて帰ってちゃんと治療してくれるかな?」
「はっ、はい!それじゃあ早速、運びましょう!」
テオは勢いよく頷き、カザと二人でラスティを運びにかかるのだった。

<ゼン・ミディカチーム +30ポイント 計140ポイント>
<カザ・ラスティチーム リタイア>

「いらっしゃい、お疲れ様」
チェックポイントNo.12で待っていた優男の教官は、オルーカとカイにやわらかい微笑を向けた。
「ここの問題は、鳥を捕まえることだよ」
「鳥、ですか?」
きょとんとするオルーカの隣で、カイが教官に問う。
「魔法生物か、ゴーレムかな?」
「そう、ご名答」
にこりと笑う教官。
「ここにいるたくさんの鳥たちの中に、一匹だけゴーレムの鳥がいるんだ。それを見つけ出して、捕獲。それで合格だよ」
「ゴーレムの鳥ですかー」
以前受けた依頼でさまざまなゴーレムに触れる機会があったのだが、やはり魔法学校ともなればそういう発想が当たり前に出てくるものなのか、とオルーカは感心する。
「普通の鳥と違う部分が必ずはるはずですから、それを探したいですよね。
手っ取り早いのは魔法感知なんでしょうけど…
私達、そのような技術を持ち合わせていないので」
はは、と笑うオルーカの横で、カイが半笑いで言った。
「ちょっ、私『達』って。あたし一応魔法学校の生徒なんですけど」
「えっ、あっ、すみませんカイさん!じゃあその、魔法感知を…」
「ははっ、じつはあたしも苦手なんだ」
「えっ。ああ、びっくりしました」
何故かほっとした様子で、オルーカ。
「じゃあどうしましょうか…普通の鳥と違う部分……
あ、鳥たちは鳥目ですよ!」
「鳥目?」
首をひねるカイに、嬉しそうに頷いて。
「はい!鳥の目は暗闇に弱いんです。日が暮れたら、火を灯せば…そちらに向かってくる鳥は本物で、それ以外がゴーレム、というわけです!」
「…日が暮れるまで、待つの?」
カイは半眼で、もっともな反論をした。
「あっ、えーと……」
今は昼が過ぎたばかりである。
「……まあちょっと、無理ですねー」
はは、と笑って、そしてすぐ気を取り直して。
「じゃあ、パンくずとか、ゴーレム鳥は食べないのでしょうか。
エサまいてみましょう」
そして、もそもそと懐から菓子を取り出す。
「お菓子、いつも持ち歩いてんの?」
「ふふ、乙女のたしなみです」
どのあたりがたしなみなのかは不明だが、オルーカは取り出したクッキーを両手で崩してあたりに撒き始めた。
すると。

ぎゃーぎゃーぎゃーぎゃーぎゃー!

「きゃあああ!」
オルーカが撒いた菓子と、撒いたオルーカ本人に、辺りにいた鳥たちがいっせいに群がり始めた。
「わ、ちょ、えええ?!そ、そんなにエサはありませんよー!」
あわてて菓子を離すが、鳥たちがそんな言葉を解するはずもなく。
オルーカはあっという間に鳥団子のようになってしまった。
「こ、こうなったら……えいっ!」
かなり身動きが取れなかったが、オルーカはどうにか懐に手を入れると、中から出したものを宙に放り出した。
ふわ。
オルーカの手を離れたハンカチは、空中で風を受けて大きく広がる。
すると。
ばさばさばさっ!
鳥たちはあっという間にその場から飛び去った。
「わ、すごい。なんで?」
傍らでカイが感心したように言葉を漏らす。
「こうすると、大きな鳥が飛んできたと勘違いして飛んでいってしまうんですよ。
公園の鳩とかも、これで一発ですよ」
「へーいいこと聞いた。今度やってみるわ」
そう言うカイの手には、一匹小鳥がちょこんと収まっている。
それを見つけ、オルーカは驚いて指差した。
「あっ、カイさんそれ」
「うん、オルーカがお菓子ばら撒いたときに動かなかったのを捕まえたよ」
カイはにこりと笑って言い、それから教官の方を向いた。
「先生、これでいい?」
「うん、合格だね」
相変わらずの笑顔で頷く教官。
「お、お役に立てて何よりです……」
オルーカはよれよれになりながら、はははと力なく笑いを漏らすのだった。

<カイ・オルーカチーム +30ポイント 計100ポイント>

「で?そのNo.10ってのは、まだなのか?」
「もう少しのはずでち。黙ってついてきなちゃい」
一方、カザ・ラスティチームとの戦いに勝ったゼンとミディカは、当初の目的であったNo.10に向かっていた。
「ええと…この先の…」
ミディカは地図を見ながら歩き、進行方向にチェックポイントらしき影を見つけ。
「……っっっ!!」
そして、硬直した。
「ん?どうした?」
ミディカが足を止めたのに気づき、そちらを向くゼン。
彼女の表情、いや表情どころか全身が完全に硬直し、驚きに目を見開いている。
校長のことを話しているときの表情に近かったが、違うのは「恐怖」が感じられないこと。ただひたすら、まずいことになった、と表情が語っている。
「なんだ、あっちに何かあるのか?」
ゼンはきょとんとした表情でミディカの見ている方に目をやる。
木々の向こうに、今までと同様、チェックポイントらしき場所があり、どうやら教官と思われる人物が立っている。
遠目でよく見えないが、髪が長いので女性なのだろう。
「お……」
ゼンが不思議そうにそちらを見やる後ろで、ミディカが愕然としてつぶやいた。
「おねえちゃま……どうちてここに……」
「は?」
彼女の口から意外な言葉が飛び出たので、ゼンは眉を顰めてそちらを見た。
すると。
ミディカは、きっ、と意を決したように表情を引き締め、やおらその教官に向かって駆け出した。
「おっ、おい!」
ゼンが声をかけるが、まったく足を止める様子はない。
仕方なく追うように足を踏み出したゼンは、次にミディカが発した言葉に仰天することになる。

「おねえさま~!」

今までの舌足らずで高慢な話し方とはまったく違う、可愛らしい作り声でそう言いながら駆けていく彼女に、ゼンは驚きのあまり思わず足を止めた。
お姉さま、と呼ばれた女性は、ミディカの声にこちらを向くと、嬉しそうに相貌を崩す。
「ミディカ!」
「おねえさま!」
ひし。
姉の元にたどり着いたミディカは、姉の広げた腕の中にためらわずに飛び込んだ。
再会した家族の感動の抱擁、というには少し大げさすぎる様子だが、かたく抱きしめ合う2人。
姉と呼ばれた女性は、ミディカとはだいぶ年の離れた大人の女性だった。確かにミディカと同じ金髪碧眼で、エルフ特有の長い耳に蕩けるような美貌の持ち主だ。
「ミディカ、久しぶりですね。元気にしていましたか?」
「ええ!おねえさまは、どうしてここに?わたし、びっくりしてしまいました!」
姉に抱き上げられながら、笑顔で言うミディカ。やはり作り声で、流暢に喋っている。
姉はそんなミディカの言葉に、まさにデレデレという様子で陶然とした笑顔を向けた。
「ミリーにね、お手伝いを頼まれたんです。人手不足だと」
「まあ、校長に?それは大変でしたね…お疲れ様です。けれど、おねえさまにこうしてお会いできてわたしうれしいです」
「ふふ、私もあなたに会えるのを心待ちにしていましたよ」
嬉しそうにニコニコ笑いながら、そんな甘ったるい会話を交わしていく姉妹を、ゼンは呆然と、しかしやや寂しそうに見やっていた。
もう家族との縁のない彼に、家族の絆を見せ付けられるのはやはり少し心に刺さる。
「……て、そうじゃなくてだな」
そこでようやく我に返り、ゼンはずんずんと2人に歩み寄った。
「お、おい、ミディカ!おまっ、普通の口調で喋れるのかよ!何でやねん!」
ちょうど地面に下ろしてもらったミディカは、ゼンに駆け寄るとふわりとスカートを広げ、姉に見えないようにして思い切りゼンの脛を蹴り上げた。
「いづっっ……!てめ、なにす……」
「いいから、あたちに合わせなちゃい!!」
涙目で怒鳴り返そうとするゼンに、ミディカは小声ですごんだ。
そのあまりの迫力に、思わず気圧されるゼン。
「っ、はぁ?」
「いいから!あーたは余計なこと言うんじゃないでちよ!」
もう一度小声でそう言い置いてから、ミディカは再びくるりときびすを返して姉の方を向いた。
「おねえさま、こちらがわたしの護衛をしてくださっている、ゼンさんです」
ミディカに紹介され、ゼンは改めて姉の方を見る。
近くで改めて見ると、やはり思わず見とれてしまうほどの美人だ。
が。
「………」
ぴり、とその視線に何かを感じる。
明確なものではない。表情は穏やかな笑顔ではあるが、僅かに、言い知れぬ不快感…端的に言えば、敵意、が混じっていた。
「……ルーイェリカ・ゼランと申します。ルーイと呼ばれております。どうぞよろしく」
それでも表面上は丁寧に挨拶をされ、ゼンは少し戸惑いながらも会釈をした。
「…ヲヴゼンだ。こいつにもゼンと呼ばせてる、そう呼んでもらって構わねえ」
ゼンの挨拶に、姉…ルーイは、今度ははっきりと眉を寄せた。
「……ミディカ、どうしてこんな男を雇ったのですか?」
「んなっ……」
先ほどまでと同じやわらかな口調でかなり失礼なことを言われ、絶句するゼン。
ルーイはそちらは気にする様子は無く、ミディカの方を向いた。
「依頼人を呼び捨てどころか『こいつ』呼ばわりをするなんて。あまり頭も良くないようですし、わかっていたら私が護衛を斡旋しましたのに」
やはり全力で失礼なルーイの物言いに、二の句が継げないゼン。
「ふふ、おねえさま、安心なさって」
そこにミディカがにこりと笑って間に入った。
「ゼンさんがすこぉしだけ、脳みその細胞が筋肉に回されてしまったようなお方だとしても、わたしがその分がんばりますから問題はありませんわ。
ゼンさんには、わたしが足りない腕力や体力でご活躍いただいて、わたしがピンチに陥ったときにその身を挺して守っていただければそれでいいのですもの」
もって回った言い回しをしているが、要するに「こいつはバカだが頭は自分でカバーするから盾になってもらえればそれでいい」ということだ。
ゼンは褒められているのか貶されているのか(まあ貶されているのだが)よく判らず、混乱した様子で二人のやり取りを見守っている。
ルーイはミディカの言葉にまたデレデレと目尻を下げた。
「ミディカは優しいのですね。けれど、気をつけてくださいね?男はみんな狼、と言いますから」
「はいぃ?」
そこでやっとつっこみの声を出せたゼン。
ルーイはミディカと打って変わった冷たい視線を彼に向けた。
「身を挺して守ってくださるのは大変結構ですけれども。
この子があまり可愛らしいからといって、変な気を起こさないようにお願いしますね?」
「ねえよ!」
反射的にツッコミが出るゼン。
「何が楽しくてこんなチビ…っっっ!」
言葉の途中で再び脛をミディカに蹴られ、絶句する。
「…何か仰いました?」
そこにさらに、ルーイの気迫のこもった笑みでたたみかけられ、ゼンは涙目で口をつぐんだ。
「……なっ……なんでもねえ……」

「このチェックポイントの問題は、あそこまで行くことです」
さて、気を取り直して2人はNo.10の問題に取り組むことになった。
「あそこ?」
「あそこに見えますでしょう?あの台座の上の魔道石は、他のチェックポイントの教官が持っている点数を入れられる石と同じものです。あそこまで行って、あれに水晶玉を触れさせれば点数が入ります」
「なんだ、えらく簡単だな」
拍子抜けしたような表情になるゼン。
「話は最後までお聞きくださいね」
そして相変わらずゼン限定で態度が悪いルーイ。
「しかし、そこに至るまでの道のりに、空間系の魔法がかかっています。そこを通ると、この地点に戻されてしまいます」
「はぁ?」
「その魔法を潜り抜けて、あの魔道石に水晶玉を触れさせればクリアです」
「…あーまたこういう面倒くせえ問題よく考えるよな」
がしがしと頭を掻くゼン。
が、すぐに気を取り直して顔を上げると、足を踏み出した。
「とりあえず案ずるより産むがやすし!」
「あっ」
ミディカが止める間もなく、ずんずんと歩いていってしまうゼン。
が、その姿は木々の間に入ってふっと消え、またもとの位置に戻ってくる。
しかし、ゼンは気にすることなくどんどんと足を進めていく。
木々の間を通っては姿を消し、またもとの場所へ。
「あー……」
呆れたような表情のミディカと半笑いのルーイが声をかけることも出来ずに見守る中、5回目に戻ってきた時点でやっとゼンは足を止めた。
「ん?何でお前さん、ここにいるんだ?」
「…あーたが戻ってきてるんでちゅよ……」
思わず素の喋りで呟くミディカ。
ゼンは改めて周りをきょろきょろと見、驚いて声を上げた。
「んなっ?!戻ってんじゃねーか!」
「だからそう言ったでちょ…」
「どーしろってんだ…これも魔法でどうにかできんのか?」
ゼンの言葉に、ミディカははあとため息をつく。
「…どのみち、水晶玉はわたしが持っているのですから、わたしが行ってまいります。あなたはここで待っていらして」
ミディカは今度はルーイにも聞こえるように丁寧にそう言うと、さっさと足を踏み出した。
「あっ、おい……」
声をかけるも足を止めないミディカを、気まずげに見送るゼン。
「あの子はあなたと違って考え無しに歩き出すような子ではありませんから、脳みその不自由な方は無理をなさらないであの子が成功するのを見守っていてくださいな」
その後ろから、やはり失礼千万な言葉を笑顔でルーイがかける。
「の……っっ、……っクショ……!」
ゼンは反論しかけたが、憮然として口をつぐんだ。
ミディカの背に目をやれば、彼女はすいすいと足を進め、木々の間をクネクネと通り過ぎていく。
さほど距離のない魔道石までの道のりをだいぶ遠回りで歩き、その間一度も足を止めることなく、ミディカは魔道石にたどり着いた。
「おおお…!」
感心するようにゼンが声を上げる。
ミディカは首にかけていた水晶玉を魔道石にコンと触れさせると、そのままきびすを返してこちらに歩いてきた。
ふ、と彼女の姿が消えたかと思うと、ぱっと目の前に現れる。
「おわ!」
「取ってまいりましたわ、おねえさま」
ミディカはにこりと笑って、水晶玉をルーイに差し出して見せた。
その中にははっきりと「170」の文字。
ルーイはにこりと微笑んだ。
「さすがはミディカですね。この調子で頑張るのですよ」
「はい!ではおねえさま、これで失礼いたします」
ミディカはスカートをつまんで可愛らしくお辞儀をすると、くるりときびすを返す。
「まいりましょう、ゼンさん」
「お、おう」
戸惑いながらもミディカについて歩き出すゼン。
「いってらっしゃい。気をつけるのですよ」
「はい、おねえさまもがんばってください」
後ろからかけられた声にもう一度振り返って手を振り、ミディカはもう一度歩き出した。

<ゼン・ミディカチーム +30ポイント 計170ポイント>

ミディカはしばらくの間無言で足を進め、さすがにもうルーイの姿も見えなくなったところで、はあぁぁぁ、と肩を落として息を吐く。
「つ、つかれたでち……」
ぐったりした様子で言うミディカに、ゼンは改めて半眼で問うた。
「なんなんだ、アレ。お前さん、普通に喋れるんじゃねーか」
「あの喋りは疲れるんでちゅよ。おねえちゃまの前でしかちまちぇん」
「つか、姉妹なんだろ?なんでンな…演技みたいなことすんだ?」
訝しげにゼンが問うと、ミディカは眉を寄せてそちらを見た。
「あーた、おねえちゃまにあそこまで言われてわかんないでちか…?」
「あそこまで…って…まあちーっとチクチクはやられたが、ああいうヤツなんじゃねえの?」
「おねえちゃまは普段は優しくてとってもいい人なんでちゅよ。あーたも普通に出会えば…つまり、あたちの隣にいなければ、優しく接してもらえたと思いまちゅ」
「お前さんの隣に居なきゃ…って、どういうことだ?」
「おねえちゃまも言ってたでちょ。あたちに近寄る男はみんなあたちを狙う不届き者だと思ってるのでち」
「はぁ?」
盛大に眉を顰めるゼン。
「おま、いくらなんでもそれはねえだろ」
「どーゆー意味か深く追求はちないでおいてあげまちゅが、あたちもそれには同意でちゅ」
ミディカは言って、はあ、と深いため息をついた。
「いくらエルフが人間に比べて綺麗な顔をちてるからって、おねえちゃまのように大人でないあたちを狙うヤツがいるとちたら救いようのない変態だけでちゅ。
いくらあたちでも、それくらいはわかりまち」
「まあ……そうだな」
若干用心深く頷くゼン。
ミディカは浮かない表情で続けた。
「おねえちゃまは、あたちのことになると、普段はちっかり持ってる常識とか判断力が一切消えうせてちまうのでちゅよ。
それを見かねたミリー校長が、あたちを学校に入れ、院まで進ませて、家にあまり帰らなくていいようにちてくれたんでち。
あたちがおねえちゃまの近くに居すぎるのは、おねえちゃまにとっても良くないことでちゅから。校長は、おねえちゃまと親しいお友達なんでちゅよ」
「そうだったのか……」
あの破天荒に見えた校長に、そんな思慮深い面があったとは。
ゼンは半分感心したように、ミディカの話を聞いていた。
「おねえちゃまはあたちが可愛くて優しくて賢くて礼儀正しいパーフェクトな女の子だと思ってるのでちゅ。だから、あたちはおねえちゃまの前ではおねえちゃまの思うとおりの女の子でいなくちゃいけないのでちゅよ」
「…だがよー……家族の前で、そんな…自分を出せねえのってさ、なんか…味気なくねえ?」
複雑そうな表情で、ゼン。
ミディカは半眼でそれに答えた。
「あたちが素を出してごらんなちゃい……どこの誰が可愛いミディカをこんな風にしたんだって発狂するおねえちゃまが目に浮かぶようでちゅ…」
「そ、そうなのか……」
一応『こんな風』だという自覚はあるんだなとか口に出せないことを思いつつ、頷くゼン。
ミディカはもう一度、はあとため息をついた。
「おねえちゃまが、あたち以外に、全力を注げるような大切な相手ができるといいんでちゅけどねぇ…」
「早く男作って結婚でもして欲しいところだな、はは」
「なんか……とっても無理な気がちまちゅ……」
「……まあな……」
微妙な表情のまま、2人は森の中を次のチェックポイントへと歩いていくのだった。

「えっと、立て札を持って立ってればいいんだよね?」
チェックポイントNo.6。
教官に説明を受けたメイは、指示された場所に立って頭の上に板を構えた。
「そそ。んでー、バデスくんはあっちに立ってー、魔法でこの板を打ち抜いてー」
教官は続けて、ティオにも指示を出す。
「おわ、いきなりぐっと魔法学校らしゅうなったな。結構遠いなー、いけるやろか?」
少し眉を寄せて言うティオに、メイは板を構えたまま笑顔を向ける。
「わたしに遠慮せずに思いっきりやっちゃって良いから。頑張ってね!」
「そか?ほな、メイちゃんに当てんように頑張るわー」
ティオはへらっと笑って、教官に指示されたポイントまで歩いていった。
「いくでー」
「はーい!どんときちゃってー!」
遠くから手を振るティオに、板を振って答えるメイ。
ティオは少し足を開いて立ち、右手をまっすぐ上にのばして、人差し指を一本立てた。
すると、あたりの光が指先に集まってくるようにして、指先がだんだんと光り始める。
「ほな、行くで!」
ティオは言ってから、右手を正面に下ろし、指先をまっすぐメイの持っている板に向けた。
「イッツ・ショータイム!」
呪文と共に、まるで銃から弾丸が放たれるように、ティオの指先から光の弾がまっすぐ板に向かって飛ぶ。
「わっ」
次の瞬間、ぱかん、という景気のいい音と共にメイが持った板は綺麗に割れていた。
「はーい、合格ねー」
教官の間延びした声で我に返り、はしゃいだ様子でティオに向かって叫ぶ。
「すっごーい!ティオ、合格だよー!やったね!!」
二つに割れた板をぶんぶんと振り回しながらのメイの言葉に、ティオは笑顔で親指を立てるのだった。

<メイ・ティオチーム +20ポイント 計70ポイント>

「よくぞおいでくださいました」
チェックポイントNo.11。
到着した千秋とライをやたらと仰々しい挨拶で出迎えたのは、しかしえらく若い男性だった。
ひょっとしたら少年なのではないか、というくらいに背が低く、そして子供のような顔立ちをしている。身にまとっているのは、千秋と同じキモノにハカマだ。
「お、アリタ先生じゃん」
「なに、先生なのか」
ライの言葉に少なからず驚いた様子の千秋。
アリタと呼ばれた教官はにこりとそちらに微笑みかけた。
「魔道具を担当致しております、有田秀人と申します。
ナノクニからおいでの冒険者さまでいらっしゃいますか」
「む。これは失礼した。一日千秋という、よろしく願いたい」
丁寧な挨拶に、千秋も思わず居住まいを正して礼をする。
「しかし、お若い教官殿だな」
「なに言ってんだよ、アリタ先生は今年33だぜ」
「なにっ」
横からライが言い、千秋は驚いて教官の方を向いた。
「お恥ずかしながら三十路越えでございます。このあたりの言葉で申しますならば、あらさあ、というものですね」
恥ずかしそうに言う教官に、肩を竦めるライ。
「ナノクニのやつらってみんな若く見えんだろ?千秋も実は40くらいなんだろ!」
「いや、俺は19だ」
「じゅっ………」
「いや、何も言わなくていい。むしろ何も言うな」
絶句するライに、千秋はこれ以上この話を続けてはいけないと思い、早口で教官に問うた。
「それでこのチェックポイントの問題は何なんだ?」
教官は再び笑顔になり、穏やかな口調で言う。
「こちらで挑戦していただく問題は、マジックトリュフを探し出すことです」
「マジックトリュフ?」
聴きなれない言葉に千秋が首を傾げると、ライが横で言った。
「魔法薬の材料になるんだぜ。なかなか手に入らないらしい」
「そうなのか。俺は見たことが無いんだが、トリュフと言うからにはキノコの一種なんだろうか?」
「ああ、そうらしい。オレも見たことないんだけどな」
「そうか。生育条件とか、生えてる木の種類とかが分かれば俺も一緒に探せると思うが、そのあたりは知っているか?」
「ははは、見たことねーのにンなこと知ってるわけねーじゃん」
ライは気を悪くする様子もなく笑い飛ばした。
「ティオなら知ってんだろうけどなー…」
「見た目もわからないのか」
「わかんねっつってんだろ」
「そうか……」
ふ、と息をつく千秋。
「当てもなく探すのは大変そうだから、なんならすっぱり諦めてみるか」
「そうだなー」
眉を寄せて頭を掻くライ。
「無駄に時間食っててもしゃーねーし。さっさと見切りつけて、次いくか。
ごめんな、先生」
「いえいえ、賢明なご判断だと思いますよ」
教官は再びにこりと微笑んだ。
「では、道中お気をつけて。いってらっしゃいませ」
会釈と共に見送られ、二人は軽い挨拶をしてその場を後にした。

<千秋・ライチーム +0ポイント 計80ポイント>

「あーあ、収穫は千秋が19歳っていう情報だけか」
「それは収穫なのか」
半眼でつっこんでから、千秋は歩きながらしみじみと言った。
「それにしても、ナノクニの教官がいるとはな。この学校は多国籍なのだな」
「まあ、そうだな。校長からして得体が知れねーし、こんなイベントやっちまうくれーだし、何でもアリって感じだな」
「ライの故郷のやつはいないのか?」
「オレんとこか?」
故郷、の言葉が出ると、ライは不快そうに眉を顰めた。
「見たことねーな。つか、あそこから出ようってヤツそんなにいねえんじゃね?」
「厳しいところなのか。確か、居るのが嫌で出てきたとか…?」
今朝の打ち合わせでライが言ったことを思い出し、尋ねる千秋。
ライはああ、といって息を吐いた。
「厳しいってのが、堅苦しいとか礼儀にうるさいとかそういう意味でだったら、んなこたねー。
でもまあ、厳しいっちゃ厳しいな。明日の命の保障はねーから」
「は?」
話題の流れにそぐわない単語が明後日の方から飛んできて、思わず眉を顰める千秋。
ライは眉を顰めたまま、続けた。
「ゼゾってな、行ったことあるか?」
「いや、ないが……」
「ジャングルなんだよ。フェアルーフみたいにちゃんと家があって道があって、とかそういうのなんもねーの。
未開の地。人間も人間っつーか、動物並みなのな。感覚が。
いろんな部族があって、部族同士が争いあって、勝ったほうが偉い、っつー単純な構造してるわけよ」
「そう……なのか。そんなところがあるんだな…」
千秋は自分の知らない世界の話に感心したように息を漏らす。
ライは頷いて続けた。
「だからな、ちっちぇー頃から強くなるためにびしびししごかれんのよ。
それだけでもヘトヘトなのによ、いつ他の部族が襲ってくるかわかんねー。襲われて死にかけたことも何回かあったしな。
オレはそんなに強くねえし、戦って勝つことがすげーとか思わなかったよ、ただただ怖いだけでさ。
で、もーこりゃ死ぬ、ここにいたらそう遠くないうちに死ぬ、冗談じゃねえって思ってよ。必死でそこから逃げてきたってワケ」
「な、なかなか壮絶なんだな……」
思ったより大きい話に、千秋は若干気圧されたようにそんな感想を漏らす。
「しかし、そんな状況なら、お前以外にも脱出を試みる者がいそうだが」
ライは嘆息して肩を竦めた。
「言ったろ?あいつらみんな、動物並みなんだよ。強い、勝つ、覇者になるっていう価値観しかねーの。それが普通で、それ以外の世界なんかねー。
オレみたいに、怖くて故郷捨てて逃げ出すなんて論外なわけ。あいつらにしてみたら、オレが異常なのよ。
ま、どうでもいいけどな、オレは。生きてりゃ、それで」
「そうか……」
千秋はまだ呆然と呟いて、それからしみじみと頷いた。
「…だが、自分の意志で出るのなら、後悔もあるまい。故郷に未練もないだろう。
…俺には、少しそれが羨ましいよ」
「羨ましい?」
眉を顰め、首を傾げるライ。
「なんだ、千秋は自分でナノクニ出てきたんじゃねーのか?」
「…ああ、いや、今ここに居るのは自分の意志というか、まあ自分の意思だ」
大事なことだから二回言いました。
「今は自分の意志なのだが、昔……濡れ衣を着せられて、故郷を追われたことがあってな。その頃は…正直かなり辛かった」
「濡れ衣?なにそれ、ひでーじゃん」
ライは自分のことのように眉を吊り上げて怒りの声を上げた。
苦笑する千秋。
「まあ、今はそれも晴れ、故郷に戻って暮らしているよ。こうしてたまに、冒険者のようなこともしているがな」
が、ライはまだ怒り心頭のようだった。
「にしたってよー、ひどすぎね?濡れ衣着せておん出されて、後で罪はねーってわかったから帰って来いってことだろ?
なんだよそれ、バカにするにもほどがあるだろ。オマエよくそんなんで故郷戻ったな」
「…はは、どんな仕打ちを受けても、故郷は故郷。切って捨てるにはあまりに大きいものだということだ」
「んなもんか?わっかんねーなー……」
ライは理解できないという様子で、千秋を見る。
千秋の瞳は前を見ているようで、その実とても遠くを見ているような気がした。

§3-3:Action in the sky

「これはこれは、シーヴァン校長。御疲れ様で御座います」
チェックポイントNo.7に来たミケとミリーを迎えたのは、執事姿の兎獣人の男性だった。
ひらりと手を振って、気さくに答えるミリー。
「ハイ、イン。問題なくやってる?」
「はい、滞り無く」
恭しく礼をしながら答える教官。
「えっと、あの……執事、さんですか?」
戸惑った様子でミケが問うと、教官は薄い笑みを浮かべた。
「これは、失礼を致しました。地魔法を担当しております、イーニ・リェイと申します。宜しければ、イン、とお呼び下さいませ」
「あ、はい……先生、なんですね。何でそんな格好を…?」
「生家が代々執事業を営んでおりまして、わたくしはこうして別の道を選びましたが、この服が一番落ち着くものですから」
「しつじぎょう……そ、そんなお家があるんですね…」
色々つっこみたいことはあったが、とりあえず気にしないことにして、ミケはあたりに目をやった。
一面に広がる草原に、ここ一帯だけ十数個の穴が空いている。
「ここはいったい、どういう課題なんですか?」
「こちらは、この穴のどこかから顔を出すモグラ(っぽい何か)を捕獲する、というもので御座います」
「っぽい何か……?」
「はい」
胡散臭げな表情を返すミケに動じることなく、完璧な微笑を返して。
「…そ、そうですか…」
さすがにそれ以上つっこむ気にもなれず、ミケはもう一度穴の方を見た。
「でも、面白そうですね。僕もちょっとやってみていいですか?」
「どうぞどうぞ。しばらくどなたもいらっしゃらないようですし」
やはり笑顔のまま頷く教官。ミリーも楽しげな表情で後ろに下がる。
ミケは穴の前に立ち、両手を広げて構えを取った。
「風よ、大地の通り道を駆け抜けよ」
呪文と共に、ごう、と大気がうねり、地面に空いた穴にいっせいに吹き込んだ。
ややあって。
にゅう。
「うわあ!」
足元の穴から顔を出した土色の竜に仰天するミケ。頭だけで彼の背丈の半分はありそうだ。
「ちょ、ええええええええ!?こ、こちら様、幻影ではないみたいなんですが、なんでこんなものが!?」
攻撃してくる様子がないのを確認してから、ミケはそれを指差し、教官に問う。
教官はまたにこりと微笑んだ。
「ご存知ありませんか?モグラは土竜と書くのですよ」
「…僕ら、何語で喋ってるんでしょうね」
「久しぶりで御座いますね、そのネタ」

「このロープの先の魔道石に触れる、ですか……」
チェックポイントNo.14を訪れたショウとヘキは、イラッとする口調での問題の説明を聞いてから、ふむ、と唸った。
「これはヘキさんに任せた方が良さそうですね。
浮遊の魔法が使えるようですし、魔道石のある所まで飛んで行ってもらうのが一番確実でしょう」
「そうね」
ショウの意見に、淡々と頷くヘキ。
「貴女の実力や心眼があることを考えれば、仮に突風が吹いたとしても事前に察知することができるでしょうから」
「……」
ショウはさらりと笑ってヘキを褒めるが、彼女は無言のまま俯いて…もとい、ロープに垂れ下がっている魔道石に意識を向けているようだ。
微妙な居心地の悪さを感じながら、ショウはさらに続けた。
「とは言え、私が何もしないというのもアレですね…
ロープは杭から垂れ下っているようですし、ロープに触れないようにして杭を抜けば、魔道石を引っ張り上げられるかもしれません」
「辞めておいた方がいいわ」
ショウの言葉は一応聞いていたらしい。ヘキは下に顔を向けたまま淡々と言う。
「というと?」
「その杭にも魔道結界が張られているから」
「……そうですか」
大変簡潔な解説に半眼で言ってから、さらにふむと唸るショウ。
「後は…、ロープに触れない様にカマイタチでロープを切断して、下に落ちた魔道石をヘキさんに回収してもらうというのも良いかもしれませんね。
地面に落ちる前に魔法ですくい上げてもらったり、もし地面に落ちてもヘキさんに崖の下まで降りて行ってもらって、魔法で結界の張られている場所から弾き出して貰えば問題ないでしょう。
もし風が予想以上に強ければヘキさんに飛んで行ってもらっても、魔道石に水晶玉を触れさせるのは難しいでしょうしね」
「…構わないけれど。やってみる?」
「はい、では」
ショウは腰の刀に手をかけて深く体を落とし、次の瞬間に鋭い気迫を吐いた。
「はっ!」
一瞬で刀を抜き放ち、刀から放たれた空気の刃が弧を描いてロープに向かって飛んでいく。
ばちん!
派手な音と共に、ゆらり、とロープが揺れる。が、揺れるのみで切れた様子は無い。
「…これは……」
「……魔道結界が張られている、と言ったでしょう?生半な物理力や魔力では対抗できない、ということね」
「…ならば先ほどのようにそう言って下されば…」
「貴方の魔力が結界よりも強ければ破れる。その可能性も無くはないから」
「…そうですか……」
半眼で言って、ショウは嘆息した。
「ならば、私にはお手上げですね。やはり、貴女にお任せするしかなさそうです」
「そう」
ヘキは短く言って、すい、と両手を広げる。
「風牢結固」
ひゅう、と風が動く音がした。
それと共に、今まで僅かだが風に揺れていたロープが、ぐん、と固まるように動きを止める。
「昇天」
ひゅ。
短い呪文と共に、そのロープが見えない手に引かれたように空中に持ち上がった。
「これは…!」
「魔道結界ごと、風の結界で固めて、持ち上げたのよ」
驚きに声を上げるショウの横で、やはり淡々と解説するヘキ。
「魔道石自体に結界は張られていない。ならば、触れても問題はない」
す。
ヘキの前に差し出すようにして持ち上げられた魔道石に手を伸ばし、あっさりと触れる。
彼女の言う通り、魔道石に触れても何も起こらない。
彼女はその手で魔道石を引き寄せると、自らの首にかかっている水晶玉をもう片方の手に取り、石同士を触れさせた。
ほのかに石が光り、水晶玉に「130」と数字が表示される。
「完了よ」
言って、ヘキが手を離すと、ロープはまたふわりと下に向かって垂れ下がっていく。
「はいぃ、合格ですぅ」
にこり、と笑って言う教官。
「さすがですね」
ショウは微笑んで賞賛の言葉を送ったが、ヘキはそれには応えることなく、さっさと踵を返した。
「次に行くわよ」
ショウは苦笑してから、彼女の後について歩き始めるのだった。

<ショウ・ヘキチーム +40ポイント 計130ポイント>

「やあ、これは可愛らしいお嬢さんが来たものだね、歓迎するよ」
チェックポイントNo.13。
待っていた教官は、レティシアの姿を見るや、端正な相貌を柔らかく崩して腕を広げた。
「はっ、はいぃ?」
いきなり美形に甘ったるい麗句をくらい、思わず頬を染めて頓狂な声を上げるレティシア。
教官は綺麗な笑みを浮かべ、彼女が言葉を返す間もなく側に歩み寄ると、慣れた手つきで肩を抱き寄せて顔を近づけた。
「君のような可愛らしい女の子に、こんな殺伐とした場所は似合わないよ。さあ、僕が連れ出してあげるから、二人でこの荒廃の地を抜け出そう?
大丈夫だよ、僕が夢の世界に連れて行ってあげるから」
「えっ、あ、あのっ、いやいや、ダメよレティ、私にはミケという人が!」
真っ赤になって動揺しつつ、首を振るレティシア。
その傍らで、ルキシュが呆れたように半眼を向けた。
「ちょっと。くだらない戯言はウォークラリーが終わってからにしてもらえないかな?」
教官は依然レティシアの肩に手をかけたまま、にこりとルキシュに向かって微笑みかけた。
「嫉妬しているのかい?可愛いね」
「だっ、誰が!」
「大丈夫だよ、君も一緒に連れて行ってあげるから。僕の愛は無限大だからね」
「自分が好かれていること前提なのか!」
教官とルキシュが漫才を繰り広げている隙に、レティシアはするりと教官の手から逃れ、距離を取った。
「あ、あのっ!ここの問題を教えて、ください!」
まだ若干動揺しつつ懸命にそう言うと、教官は気を悪くする様子も無くにこりと笑った。
「真面目なんだね。いいよ、それじゃあ問題に入ろう」
言って、すぐ側にあった洞窟のような横穴の入り口に足を進めて。
「ここの問題はね、この洞窟の奥にある魔道石に君のその首にかかっている点数取得の水晶玉を触れさせること。他のチェックポイントで教官が点数をくれる魔道石と同じものだよ。だから、触れさせた瞬間に点数は加算される」
「なんだ、じゃあ簡単なのね」
ほっとしたように言うレティシアに、さらに微笑を深める。
「ただし、魔道石に触れさせた瞬間、大岩が転がってくる」
「ええっ?!」
「この大岩は簡単な魔法ならはじき返してしまうよ。この岩に何らかの理由で追い越されてしまえば、君が取得した点数は無効になってしまい、さらにペナルティが10点課される。そうならないように気をつけてここに戻ってこられればクリアだ」
「大岩が転がってくるって、簡単に言ってくれるけど…」
先ほどとは違う意味で、動揺して青ざめるレティシア。
「追い越されるってことは、轢かれちゃうってことじゃない?!」
「………」
ルキシュは黙ったまま洞窟の中を見つめている。
「足に自信はあるけど、さすがに転がってくる大きな岩には勝てそうにないなぁ……
ルキシュの魔法で何とかならない?」
「……簡単な魔法ならはじき返してしまうんだろう?結界が張られているんだ。
結界の魔力以上の魔法をぶつければあるいは…だけど、呪文を唱えている間に追いつかれてしまう」
「そ、そっか……」
レティシアはしゅんとして言ってから、やおらきっと顔を上げた。
「じゃあ、私チョット行って走ってくるけど?」
「はぁ?」
レティシアの発言に、ルキシュは驚いて眉を顰めた。
「勝てる自信はないけど、死ぬ気で頑張ればどうにかなるかもしれないから!」
「正気なの?岩に轢かれるって、さっき自分で言ってたじゃないか!」
「うーん…轢かれたらごめんね?減点になっちゃうけど…」
「そういうことじゃなくて!もう、まったく……!」
ルキシュは苛々した様子でくしゃっと髪をかき上げると、レティシアに言った。
「これを言うのは今日で2回目だけれどね!この水晶玉は、参加者本人が首にかけること。それ以外の持ち方をするのはルール違反だ!」
「あー……」
完全に忘れてた、という様子で、レティシア。
ルキシュは仕方なさそうに嘆息した。
「君が、岩に勝てる完全な自信がないなら、ここで待っておいで。僕一人で行ってくるから」
「え?!」
ルキシュの言葉に、レティシアは意外そうに声を上げる。
「で、でも……」
「岩から逃げることだけが課題なら、何も2人で行く必要はないだろう」
「でも、ルキシュ、その…走れるの?」
恐る恐る聞いてみると、ルキシュは半眼で答えた。
「君と一緒にしないでくれないか。僕には汗水たらして体を動かす必要なんてない。
風の結界を利用して、速く飛ぶことなんて容易いよ」
「あ、そうか……」
拍子抜けという様子で肩を落とすレティシア。
「それじゃあ、僕は行ってくるから。君は、ここで待っておいで」
「う、うん。行ってらっしゃい、気をつけてね」
レティシアはまだ若干不安げな表情で、それでも洞窟に入っていくルキシュを見送った。
「心配かい?」
教官が言い、心配顔のまま頷くレティシア。
「そりゃあ、心配よ。大岩に轢かれたら怪我どころの話じゃないわ」
「そう。けれど、彼は大丈夫だと思うよ?」
にこり、と笑う教官に視線を送って。
「そう…かな?」
「ああ。彼にはそれだけの力があるからね」
「やっぱり、先生だとそういうのってわかるものなのね」
「いや、僕は先生ではないけど…」
「そうなの?」
「まあね。けれど、僕にも彼の力がどれくらいかなのかは判るよ。ポテンシャルは大きい。3期生のヒメや、院のおしゃまなエルフのお嬢ちゃんにも劣らない力を持ってる」
「だ、誰のことかわからないけど……そっか。ルキシュは、やっぱり天才なのね」
少し安心したように、そして感心した様子でレティシアは息を吐いた。
またにこりと微笑む教官。
「けれど、力は持っているだけじゃ役には立たないものさ。事実、彼は有り余る力を上手く表に出せずに苦しんでいる」
「そう……なの?」
また心配そうな表情になるレティシア。
教官もまたにこりと笑った。
「けれど、この課題に関しては彼は失敗することはないだろう。それに関しては保障するから、心配は要らないよ」
「そ、そう?」
「うん。だからそんなに憂い顔をしないで、笑ってごらん?彼なら放っておいても点数は入るから、このまま2人でどこかいいところへ行こう」
「え、わ、ちょっ!」
再び電光石火で距離を詰められ、慌てるレティシア。
と、そこに。
ご。ごごごご。
洞窟の奥から重い音がして、二人ともぱっとそちらを見る。
「始まったようだね」
「ルキシュ……」
心配そうにつぶやくレティシア。
だが、程なくしてその表情はすぐに安堵に変わった。
しゅう。
風の音と共に、軽やかにルキシュが洞窟の入り口から飛び出てくる。
「ルキシュ!」
表情を輝かせて駆け寄るレティシア。
が、次の瞬間、洞窟の入り口を見て目を丸くした。
「きゃああ!ルキシュ、逃げて!」
まさに今、洞窟の入り口に到達しようとしている大岩。
ルキシュも声に驚いて振り返る。
だが。
「きゃあ!……ぁぁあ?」
入り口に届いたとたん、音も無く消えうせた大岩に、レティシアの悲鳴が尻すぼみになる。
ルキシュも驚いてそちらを見やっていて。
「え…なに?岩は?どうなっちゃったの?!」
大変わかりやすいリアクションをするレティシアに、教官がくすくすと肩を揺らした。
「役目を終えて、消えてしまったよ。あの岩は、幻影だからね」
「げっ……」
「幻影?!」
さすがにルキシュも驚いて声を上げる。
教官はにこりと笑った。
「本当に岩に挟まれて大怪我でもされたら治したり運んだりするのは僕だろう?それは丁重にお断りしたいと申し上げたら、では幻影にしようということになったんだよ。
ま、幻影でも追い越されたら減点なのは変わらないけれどね。お疲れ様、点数獲得おめでとう」
綺麗な微笑でそう言う教官の前で、ルキシュとレティシアは複雑そうに顔を見合わせるのだった。

<レティシア・ルキシュチーム +40ポイント 計90ポイント>

「ねぇねぇ、このウォークラリーを主催したのってあの校長先生なんでしょ?」
チェックポイントNo.8までの道すがら。
メイは隣を並んで歩くティオにそう話しかけた。
「ん、そやで?」
「ちょっとお化粧は濃いけど、キビキビした感じの美人だよね。ティオからみたらどんな感じの人なの?」
「はは、そやねー…メイちゃんはどんな人や思た?」
「んー…」
逆に問われ、上に視線をやって考えるメイ。
「こんなウォークラリー考える人だからちょっと変わってるのかなぁって気はするけどね」
「はは、まあ普通やないわな」
ティオは明るく笑って肯定した。
「オレは好きやで、ああいう人。まあ突拍子もないことしはるけど、オレは楽しいし、実際勉強にもなるしな。
たまーに自ら教鞭とって授業もしはんねんけど、むっちゃわかりやすいで。
こういうイベントでも、無茶しはるように見えて、本当にアカン、無理やいうことはさせへんしな。ホンマ、生徒のキャパちゃんとわかっててギリギリのこと要求すんねん。
それがイヤやいうヤツもおるけど、人間て、ギリギリまで頑張れば成長するやろ。オレはちゃんとわかってる、安心して任せられる人や思うよ」
「そうなんだ」
意外なティオのべた褒めに、メイは少し驚いた様子で、しかしすぐににこりと笑った。
「ティオがそう言うんなら、きっといい人なんだね。
それに、その変わってるところのお陰でティオと知り合う機会が出来たんだしね。依頼受けて凄く良かったと思ってるし」
「はは、そう言ってもらえるんやったら嬉しいな。
オレも、メイちゃんに依頼受けてもろてよかったて思うで」
「そう?嬉しいな」
ふふ、と笑ってから。
「とと、おしゃべりしている間に、もう次のチェックポイントだ」
前方にチェックポイントらしき人影を見つけ、またティオに向かって微笑みかける。
「がんばろーね!」
「おう、がんばろな」
ティオも優しい笑みをメイに返すのだった。

「上から石つぶてが降ってきて、3つも水晶守らないとだめなのかぁ。
うえぇぇ。これは難しそう」
チェックポイントNo.8。
教官から問題を聞いたメイは、渋い顔をした。
「うぅーんと、えぇーとぉ、どうしようかなぁ。炎の壁を水晶の真上に立てたとしても炎じゃすり抜けちゃうもんねぇ」
「そやねえ」
難しい顔で唸りながら言うメイに、ティオも苦笑して相槌を打つ。
「あ、そうだ」
すると不意にメイは、何かを思いついたように顔を上げた。
「割れなければ良いんだよね?だったらティオの水の魔法で一つ水晶を守らせたらどうかな?」
「水魔法で?」
「うん。降ってくる石の速度が水に触れてが落ちれば割れる可能性は低くなるんじゃないかなぁって思うんだけど。
後は一つずつお互い守れば何とかならないかな?」
「そやねえ」
ティオは首をひねり、浮かない表情で水晶球のほうを見る。
「メイちゃんが水魔法てどういうイメージで言うてんのかわからんけど、オレ水は専門やないんよね。エレメントは太陽なん」
「あれっ、そうなの?」
「せや。水魔法の応用でスモーク使える言うたけど、水を変形させられるんはせいぜいそれくらいやねん。ちゅうか、それ目的で水魔法取って、それだけ頑張って覚えたいう感じなんよね」
「そうなんだー……ごめん、わたし勘違いしてて」
「ええよええよ、メイちゃんが気にするところやあらへん。オレかて使える魔法、きちんと話してへんかったもんな」
しゅんとなるメイに、ティオは慰めるように微笑みかけた。
「それに、やってみたらできるかもしれん。がんばってみるで、見ててや」
言って、水晶球のひとつの前に立つ。
「ティオ……うん、がんばって!」
自分の案を無駄にしないようにと努力してくれるティオの姿に、メイは少し感動しながら声援を送る。
ティオは眉間に人差し指を当てて、何かをイメージしているようだった。
「んー……っと、こう、で……こう……」
ぴ、ぴ、ぴ。
人差し指を眉間から水晶球に向け、何もない空中の3点を指差して。
それから、指をくるりと回し、もう一度水晶球に突きつけた。
「ウォーター・バルーン!」
ぽん!
軽い音と煙と共に、水晶球の周りにシャボン玉のような水の膜が現れる。
「わあ!ティオ、すごいすごい!」
メイは歓声と共に手を叩いて喜んだ。
「上手いこといったな!メイちゃんの応援のおかげやで、おおきに」
「ううん、ティオががんばったからだよ!これで、試験できるね!」
お互いに笑顔でそう言い合ってから、教官の方を向いて。
「ほな、クロルはん、始めたって」
「はーい、それじゃあ位置についてー」
笑顔で頷き、右手を真上に上げる教官。
それと共に、ティオとメイは残り二つの水晶球の側に駆け寄った。
「じゃあいくよー」
ぱきん。
教官が指を鳴らすと、空中に数十個の小石が音も無く現れる。
「わっ、わわ!」
「うそっ、こんなに?!」
その数に驚き、二人は慌てて傍らの水晶球を体でかばうように覆いかぶさった。
びし。びしびしびし。
「あたたたた」
「いたたた!」
背中に小石が当たり、軽く悲鳴を上げる二人。
やがて小石の雨が収まると、2人は顔を顰めながら起き上がった。
「いったたた…」
「お、終わったか…?」
体を起こしてみれば、二人が守った水晶球に傷はついていない。
そして振り返ると、先ほどティオが水の膜を張った水晶球も、無傷のままそこに鎮座していた。
「うん、合格ねー。おめでとう」
教官が笑顔で言い、二人はようやっと笑顔を見合わせた。
「やったね!ティオ!」
「おお!メイちゃんのおかげやね!」
「えー、わたしは何もしてないよー」
「けどな、メイちゃん」
「なに?」
「これ、最初から3つ全部に水の膜張ったったらよかったんちゃう?」
「………それは言わないでおこうよ……」
ともあれ、二人はここでの問題を見事クリアしたのだった。

<メイ・ティオチーム +20ポイント 計90ポイント>

「お疲れ様なのですー」
チェックポイントNo.15。
訪れたカイとオルーカを待っていたのは、ふよふよと浮いている陽光人の男性だった。
「クー先生。先生がここの教官?」
「はいー、そうなのですー」
口調と同じく、教官の雰囲気はやたらと緩い。目も開いているのか閉じているのか判らないが、ヘキのような心眼ではなく、単に糸目なのだろう。
教官は早速、2人に問題の説明をした。
「ここの問題はですねー、この崖の上に行っていただくことなのですよー」
「崖の上に……ですか」
オルーカが真面目な表情で相槌を打つ。
「はいー。この崖の上にー、他のポイントで教官が持っている、点数取得の魔道石があるのですー。それに水晶玉をくっつければクリアなのですー」
「崖を登る問題、ですか」
「はいー、ただしー、崖の上には大鷲がいましてですねー、子育て中なので気が立ってますからー、十分に注意してくださいねー」
「ええっ」
教官の言葉に驚くオルーカ。
「それは、ちょっと大変そうですね……
どちらにしろ、水晶玉はカイさんしか持てないので、大鷲は私が相手しますね」
「そう、なるね。ゴメンけど、よろしくね」
申し訳なさそうにカイが言う。
オルーカは慌てて手を振った。
「いえいえ!それが私の仕事ですから、お気になさらず!
でも、子育て中ということは、ものすごく気がたってらっしゃいますよね、きっと」
「そうだねえ」
「雛鳥がいるなら攻撃はしたくないですし、なんとか害がないということをわかってもらいたいのですが…」
「んー……」
「友好を示すにはやっぱりエサに限りますかね」
「エサ?」
「カエルとか…食べますかね?」
「いや、たぶん哺乳類の小動物のほうがいいと思うけど……ていうか、オルーカ、カエル持ち歩いてるの?」
「乙女のたしなみです」
「おとめ……いや、うん、やっぱりカエルよりネズミとかの小動物のほうがいいと思うな」
「ネズミもありますよ?」
「あるんだ……」
カイは若干引いた様子で、それでもその場で崖の上を見上げた。
「結構高いね…飛んでいこうか」
「えっ、カイさん飛べるんですか」
「うん、ちょっと待ってね」
言って、おもむろに赤い上着を脱ぎ始める。
下はノースリーブの短いツナギのような服になっていて、背中が大きく開いていた。
「よっ……っと」
ばさ。
カイが後ろに視線をやりながら少し力をこめると、その背中から赤い翼が現れる。
「うわ!」
オルーカは驚きに思わず声を上げた。
にこりと微笑むカイ。
「竜族はね、ちょっと練習すればこんな風に、部分的に変身を解除することが出来るんだよ。
あたしは翼だけを出せるように練習したんだけど、空とか飛べて便利だよ」
「へええぇぇ……いいですねえ」
お望みの竜変身を(部分的にだが)見られて、ちょっとテンションが上がるオルーカ。
「じゃ、行こうか」
カイはオルーカに歩み寄ると、おもむろに肩に手をかけた。
「え?行くって」
「ほら、抱えて飛んであげるから」
言いながら、先ほどやったようにお姫様抱っこをしようと膝のほうに手を伸ばす。
「ちょ、か、カイさん!」
慌てて身を引くオルーカ。
「あの!お、お姫様抱っこはもう恥ずかしいのでいいです!」
「そう?これが一番安定するんだけどな」
「ふ、普通に胴を持っていただければ…」
「そう?痛かったら言ってね」
カイは特に気分を悪くする様子も無く、オルーカの胴に手を回した。
「じゃ、行くよ」
「はい!」
オルーカの返事を待って、カイの翼がばさりと動く。
ふわ、と2人の体が浮き上がり、あっという間に宙高く飛んだ。
「わぁっ!す、すごいですね!」
「あんまり動かないでね、落としちゃうかもしれないから」
「は、はい!」
言いながらも、カイは安定したフォームで空へと舞い上がり、程なく2人は崖の上の狭い土地に降り立った。
「ふー、お疲れ様」
「ありがとうございます…あ、あれが例の魔道石ですね」
オルーカは降り立った場所の反対側の縁にある台座のようなものを指差した。
「うん、そうみたいだね」
「じゃあ、早速行って……ああっ!」
足を踏み出そうとした2人が、オルーカの声と共に足を止める。
向こうから、大鷲がこちらへ一直線に飛んでくるところだった。
「か、カイさんは台座へ!私は早速……」
ばっ。
謎の懐からネズミを取り出すオルーカ。
「鷲さん!お近づきのしるしにこちらをどう………きゃああああ!」
あっという間に胴を、文字通り鷲掴みにされてしまうオルーカ。
「オルーカ!」
「か、カイさんは早く台座を!」
大鷲にさらわれながらも必死にカイにそう言ってから、オルーカはうむむと唸った。
「やはりネズミでは小さすぎましたか…こうなれば、歌で一緒にいい気分になりましょう!」
鷲掴まれたまま、きゅ、と、手に持ったネズミをマイクのように握って。

「世界の美辞麗句♪ 私のためにある♪
そんなの改めて♪ 言わなくても大丈夫よ♪」

「ぎいえぇぇぇえええ!!」

オルーカの歌声を聴いた大鷲は突如ものすごい奇声を上げて苦しみだした。
「えええ!どういう意味ですかそれ!きゃああ!!」
苦しみのあまり掴んでいた足を離されてしまい、空中に放り出されるオルーカ。
そのまままっさかさま、と思いきや。
「よっと!」
はし。
すんでのところで、飛んできたカイが手をとり、事なきを得る。
「あ、ありがとうございます、カイさん」
「危ないよオルーカ……あまり無茶しちゃだめだよ?」
オルーカの腕をしっかりと持ったまま、たしなめるように言うカイ。
オルーカは手だけ掴まれてぶら下がったまま、しゅんと表情を曇らせた。
「すみません…あ、試験の方は……!」
「うん、ちゃんと点数入ったよ、ありがとね」
にこりと微笑むカイの首から下げられた水晶玉には、「140」の文字。
オルーカは嬉しそうに微笑んだ。
「よかった……!やりましたね、カイさん!」
「うん、オルーカのおかげだよ、ありがとね」
カイは言いながら滑空し、崖下の教官の元へと戻るのだった。

<オルーカ・カイチーム +40ポイント 計140ポイント>

「おっ、カイじゃん」
教官の元へ戻ってきた二人を、ライと千秋の二人が出迎えた。
「ライ。お疲れ、あんたもここ来たんだ」
無事に着地し、オルーカから手を離したカイは、笑顔でライのところへ歩いていく。
その後ろからオルーカも歩み寄り、笑顔で千秋に礼をした。
「千秋さんも、お疲れ様です」
「ああ、お疲れ様だ。順調のようだな」
「ええ、そちらこそ」
4人のやり取りに敵意はまったく感じられない。戦闘をする気はまったくないようだった。
「今何点?」
「んーっと、80点か?そっちは?」
「へっへー、140点」
「マジか?!」
ライとカイは顔なじみの気安さで親しく話している。
それを横目で見ながら、オルーカは千秋に話しかけた。
「本当にお久しぶりですね。元気でしたか?」
「ああ、多分な」
「多分?!」
「齧られたり食われたりしていても五体満足ならば元気と言うなら、多分元気だ」
「千秋さん…苦労なさってるんですね……」
「まあ、いつものことだ。そちらはどうだ?」
「私の方は変わらず、といったところです。
おかげ様でつつがなく過ごしてます」
「そうか、それは何よりだ」
「千秋さんはどういう経緯でこの依頼受けたんですか?」
「真昼でアカネから紹介されてな。今回は時間もなかったし普通だ」
「普通?」
「いや、こちらの話だ。オルーカは?」
「あ、私はこちらの学校に友達がいまして、その方から紹介していただきました。カイさんのお友達なんですよ」
「成程な。…念のため確認するが、ここで戦闘、ということではないな?」
若干緊張した様子で千秋が問うと、オルーカは笑顔で頷いた。
「ええ、私たちは向こうから挑まれない限りは戦わないということにしています」
「そうか。ならばよかった」
千秋は頷いて、緊張を解いた。
「では、がんばってくれ」
「はい、千秋さんも」
2人がお互いに礼をしたところで、ライとの会話を終えたカイもオルーカのところに戻ってくる。
「じゃ、行こうか」
「はい。では千秋さん、失礼します」
「ああ、また」
オルーカは2人に丁寧に礼をすると、カイの後をついてチェックポイントを去った。

「この上登んのか……」
教官から問題を聞いたライは、うんざりしたように高い崖を見上げた。
「めんどくせえな…」
「面倒、ということは、出来ない、ということではないんだな?」
千秋が横から言うと、うんざりした表情のままそちらを向いて。
「一応、クライミングの道具はあるからな。上に登るのはできねーことはねーが…」
「子育て、ということは親鳥が1羽は必ず居るんだな」
ふむ、と唸る千秋。
「……よし。頃合を見て、俺が囮になって大鷲を引きつけよう。時間を稼いでいる間に難所を通り抜けてくれ」
「マジで?」
「なに、引っかかれたりかじられたりするのは慣れてるし、捕まっても霧になって逃れることはできるさ。
まあ、危なそうだったら諦めて引き返してもいい」
「引き返すのは構わねーけど…で、千秋はどうやってこの崖を登んだ?」
「なに?」
思ってもいないことを聞かれた様子で、千秋は眉を顰めた。
「いや、だから、千秋はどうやって上まで行くのかって。空飛べんの?」
「いや、ライと一緒に上へ…」
「オレのクライミングの道具ってこれだけど、千秋使える?」
じゃらり。
ライが出してきたのはザイルと鉄杭。どう考えても素人が見よう見真似で崖を登れる代物ではない。
「…ライは空を飛ぶ魔法は…」
「使えたらこんなモン持ってねーだろ」
「ううむ……霧になって風に乗って……」
「ここ結構風吹いてるけど、平気か?どっか飛ばされちゃったりしねえ?」
「むむ……」
あたりを見渡せば、向こうの山の谷間から強い風が音を立てて吹きつけている。
千秋は霧になることは出来るが、霧になった状態で自在に動くことは難しい。ましてやこの風では、あっという間に吹き飛ばされてしまうだろう。
「………」
「………」
「………ここは諦めるか」
「そうだな」
ライはあっさり頷いて、教官の方を向いた。
「っつーわけで、クー先生、オレらここは棄権するわ」
「はいー、無理はしないのがいいのですよー」
相変わらず緩いノリで頷く教官。
「じゃ、行くか」
「わかった」
ライと千秋は頷きあって、チェックポイントを後にするのだった。

<千秋・ライチーム +0ポイント 計80ポイント>

§3-4:Retire or not

「ゴーレム?なんだそりゃあ」
チェックポイントNo.12。
教官の説明を聞いたゼンの最初の一言が、それだった。
「まったく…あーたはほんっっっとに何にも知らないんでちゅねぇ……」
はああぁ、と深いため息をついて、ミディカ。
ゼンはむっとしてそちらを向いた。
「んだよ、難しい魔法のことなんて知ってるわけねーだろ!」
「それにちたって、ゴーレム知らないとか常識なさすぎでちゅよ。
冒険者ならゴーレムのひとつやふたつ、遭遇してるもんでちゅ」
「悪かったな、遭遇してなくて。
で、何なんだよ、ゴーレムって」
「ゴーレムとゆーのは、一般的には土や岩で作った人形に、命令通りに動くように魔法をかけたものでちゅ。
高位の術者ほど、本物に近い動きをちまちゅね。人形も、土じゃなくても構いまちぇん。
おそらくは、鳥の剥製に魔法をかけて、動かちているのでちょうね」
「そうか…土人形なら見つけられるかと思ったが、それじゃ見た目も近いんだな……」
ううむ、と唸るゼン。
「とにかく、他の鳥とは違うやつを見つけりゃいいんだな?
まあ一匹ずつ見ていけば分かるだろ。たぶん。…野生の勘ってやつで」
また自信満々にそう言い放ち、早速鳥を見るためにウロウロしだした。
「これ……は、違うか……?これも……これも……」
木々の間を飛び回る鳥を一羽一羽、バードウォッチングのように見つめながら、ぶつぶつと確認していく。
「これ……は本物だよなぁ……つか多いな。
おいミディカ、そっちは……」
と、ミディカを振り返ると。
「はい、これでちゅ」
ミディカは捕まえた鳥を教官に差し出しているところだった。
「んなああぁぁぁ?!」
驚きに声を上げるゼンをよそに、にこりと微笑む教官。
「うん、合格だね。さすが、早いね」
「魔法がかかっていれば、あたちに感知できないものはありまちぇん」
ミディカはふふんと胸を張った。
「お前さんなあ、わかってんなら最初からそう言えよ!!」
怒りの表情で怒鳴りつけるゼンに、冷たい視線を向けて。
「さっきも今も、あたちに何を聞くことも無く勝手に動き出したのはあーたでち。
別に、おバカがいくら空回りしよーとあたちの邪魔さえちなければキョーミないでちゅよ」
「こ……んのっ……!」
怒り心頭のゼンにはそれ以上構うことなく、ミディカは水晶玉に点数が入ったことを確認してさっさと歩き出した。
「ほれ、行きまちゅよ」
「……ったく!行きゃいいんだろ、行きゃ!」
ゼンはヤケクソのようにそう言って、ミディカの後をついて歩き出すのだった。

<ゼン・ミディカチーム +30ポイント 計200ポイント>

「空間系の魔法がかかってるのかぁ…それで、そこを通ったらここに戻されちゃうんだね」
チェックポイントNo.10。
教官から問題の説明を受けたメイは、眉を寄せて唸った。
「って事はワープポイントには魔力が働いているって事だよね?」
「そやね。魔法がかかってるわけやからな」
「だったら魔力感知をしながら進めば魔道石までたどり着けるんじゃないかな?」
「魔力感知、か」
浮かない表情のティオ。
メイはさらに言い募った。
「いっぱいのワープポイントのせいで場所が特定しにくいなら、わたしとティオが二人で感知を行ってお互いが感知した場所を照らし合わせて、ワープポイントの場所の目処をつければ精度は上がると思うんだけど…」
「そやね、理論上はな」
苦笑して言うティオ。
メイは首をかしげた。
「理論上、って?」
「ほな、メイちゃん、魔力感知してみ。百聞は一見にしかず、や」
「魔力感知?う、うん」
ティオが何を意図しているかわからず多少戸惑い気味に、それでも頷いて目を閉じるメイ。
しばし、意識を集中して。
「……あ、あれ?」
目を閉じたまま、戸惑った声を上げる。
「おかしいな……なんとなくは感じるけど、どこって言われると、どこかわかんない……」
「空間系の魔法みたいにな、固定して永続するタイプの魔法は、攻撃魔法や回復魔法みたいにパッと使うて強力な効果が出ればええのんと違うんや。魔力の残渣が残りにくく、さらに空間に作用する術は空間を歪める働きもあるさかい、余計に魔力が感知しにくい。
相当の術者やないと、場所まで特定して感知するのは難しいんよ」
「そうなんだぁ…」
残念そうに、しかし半分感心した様子で、メイは言った。
「わたしも冒険するのに必要だから魔法が使えるだけで、理論まで知ってるわけじゃないからなぁ…
じゃあ、ティオもわたしも、感知できないんだね、残念」
「はは、頼りない魔法使いで堪忍な」
「えっ、そ、そういう意味じゃないよ!ごめんね!」
「かまへんかまへん。事実やからな」
「うぅ……えっと、じゃあ、もう体当たりでワープポイントの場所を割り出してくしかないのかな」
「そういうことやね。ほなまず、こっから魔道石までの地図を書こか」
「うん!」
2人は気を取り直して、辺りに生えている木の場所をメモに取り始めるのだった。

「ここもダメかー」
ワープポイントからもとの位置に戻されたティオは、渋い顔でメモに×印をつけた。
「お、多いんだね……これでえっと……20個目?」
「はは、問題にもなるくらいやから5個や6個でないとは思とったけど、さすがに多いな」
若干辟易した様子のメイに苦笑を投げて。
「ほな、次はここから……ここで、こうで、こう…と」
メモでルートを確認して、再び歩き出すティオ。
水晶玉を持っていないメイが行っても仕方ないので、今回ばかりは見守るしかない。メイは固唾を呑んでその様子を見守った。
「お…お?行けるか?」
ティオはこわごわと足を踏み出しながら、あたりの景色を確認していく。
さく、さく。
彼の姿は消えることなく、順調に魔道石へと近づいていき、やがて。
「お!やったでメイちゃん!」
ついに魔道石のすぐ側までたどり着いて、ティオは嬉しそうに手を振った。
「やったあ!」
メイは飛び上がって喜び、思わずティオに向かって駆け出す。
「ティオ、おめでと……あ、あらら」
そしてうっかりワープポイントの上を通ってしまい、また入り口に戻されるのだった。

<メイ・ティオチーム +30ポイント 計120ポイント>

「大鷲ですか……これまた厄介な……」
チェックポイントNo.15。
教官から説明を受けたショウは、崖を見上げて嘆息した。
「ですがこれもまた『幻術』という可能性もありますね。生徒や雇われた冒険者に大鷲が倒されるという事もあるでしょうし」
「……そうね」
ショウの言葉に短く答えて、ヘキも上を見上げる。
「…でも、これは幻術ではないと思うわ」
「そうなんですか?」
「ええ。この山に大鷲が巣を作るのはこのあたりではよく知られていることよ。こんな風に、面積の狭い高地にね。
この地図を見ると、該当の場所はそんなにない。巣を作っている可能性は高いわね」
「そうなのですか……失礼、この鷲は殺したり傷つけたりするのをルールで禁止しているということはありますか?」
ショウは教官の方を見て尋ねた。
相変わらずのんびりとした様子で答える教官。
「いいえー、そんなことはないのですよー」
「そうなのですか」
「でもー、子供を持つ母親をー、傷つけたり殺したりしてしまうのですかー。ひどいのですー」
「それは…しかし……」
「そうね、酷いわね」
「ヘキさんまで……」
横からヘキも同意したので、ショウは苦笑してそちらを向いた。
ヘキは崖の上に首を向けたまま、淡々と答える。
「幻影ではないけれど。鷲にも、もちろん雛にも。傷をつけない方向で行きましょう」
「………」
「何?」
「いえ、ヘキさんなら障害になるものはすべて排除すると仰ると思っていたものですから」
「鷲に罪はないでしょう。ましてや生まれたての子供にもっと罪はないわ。
自分で選択してウォークラリーに参加している人たちならともかく、罪のないものを私たちの利己的な都合に巻き込んでは可哀想でしょう」
「確かにそうですが……」
ショウは少し目を見張って言い、それからにこりと微笑んだ。
「意外と、お優しいのですね」
ヘキは少しだけ黙って、それからショウの方に顔を向けた。
静かに、まぶたを開いて。
僅かに戸惑いの色の混じった藍の瞳をショウに向ける。
「……意外は余計よ」
(ほう)
ショウは内心で、にまりと笑みを浮かべていた。
(なかなか、可愛らしいではないか。尖るばかりと思っていたが…)
が、ヘキはすぐにまた瞳を閉じると、崖の上を見上げた。
「すばやく上に行って、魔道石に触れて、帰ってくるしかなさそうね」
「そうですね…幻術ではない、殺してはならないとなれば、私に出来ることはほとんど無くなりますね。
持っている食料から肉や魚の類を放り投げて大鷲の気を引くぐらいでしょうか」
「子育て中の大鷲が、巣の近くにいる外敵を狙っている時にエサに気を惑わされるかしらね」
それこそ、先ほどのオルーカのような結末になるだろう。この2人には知る由もないが。
ヘキの言葉に、ふむ、と唸るショウ。
「それならば……威圧して追い返すしかなさそうですが…」
彼にしては珍しく、若干ためらい気味にそう言う。
「威圧?」
「…はい。あまりやりたい手ではありませんが……」
「やめておきなさい」
「え」
あっさりと却下され、きょとんとするショウ。
ヘキはそちらの方に顔を向けること無く、淡々と続けた。
「あまり、制御できていないのでしょう。そういうものを、極限状態で使うべきではないわ。何が起こるかわからないから」
(………む?)
その言葉に少し違和感を感じ、ショウは僅かに眉を顰める。
「とりあえず行ってくるわ」
しかし、それに構うことなく、ヘキはあっさりと言って呪文を唱えた。
「風神招来・昇天」
ひゅう。
あたりの空気が人為的な流れを持ってヘキの周りを取り巻く。
と、思った瞬間に、ヘキの体はあっという間に空中へと飛んでいった。
「さすがですねぇ……」
ショウがしみじみとつぶやいているうちに。
ひゅう。
先ほどと同様に、一瞬で崖の上から帰ってくるヘキ。
「も、もう終わったんですか」
「ええ」
驚きの表情で出迎えたショウに、胸の水晶玉をすいと差し出してみせる。
その中にはくっきりと、「170」の文字。
「魔道石の位置はわかっていたから、行って触れて帰ってきたわ。雛の姿も見なかったわね」
(心眼、というやつか)
ふむ、と唸るショウ。
幻術をあっさりと看破したという彼女の能力。崖の上の魔道石が、視覚ではなく「見えて」いたのだろう。
そして、先ほどの彼女の発言の違和感。
ことによると彼女には、「わかって」いるのかもしれない。
ショウは表情を引き締めた。
「ヘキさん、あの……」
と、彼女に声をかけた、その時。

「………来たわ」

ぽつり、とヘキが言い、さっと振り返る。
つられて振り返ったショウの視線の先には、坂道を登ってくるゼンとミディカの姿があった。

<ヘキ・ショウチーム +40ポイント 計170ポイント>

「…おいっ、あれ……!」
山道を先行していたゼンは、その先に居た二人連れの影を目に留めると、傍らのミディカに呼びかけた。
「……やっと会えまちたね、ヘキ・ヒメミヤ……!」
喜色を表に出すミディカ。
ゼンも同様に、にやりと笑みを見せた。
「やっぱりか…!うっしゃ、行くぜ!」
たっ。
ゼンが駆け出すの同時に、向こうの冒険者――ショウも剣に手をかける。
ひゅう、と息を吸って、気合と共に剣を抜き放った。
「はあっ!」
ヴン、と空が唸り、まるで剣から放たれたようにカマイタチがまっすぐにゼンに向かって飛んでいく。
「おおっと!」
ゼンはすんでのところでそれを避け、ついでに大きく跳んだ。
抜き放っていた剣を上段に構え、飛び掛るようにしてショウに振り下ろす。
「でいやあぁぁぁ!」
「はっ!」
ぎん!
ゼンの剣とショウの剣が大きな音を立ててぶつかりあった。
ぎぎ、ぎ。
力はさすがに獣人と言おうか、ゼンの方が強いようだった。重い鍔迫り合いの音が響く。
「うおりゃ!」
ぎっ。
ゼンは剣を横に流してショウの力を逸らすと、改めて中段から斬りかかる。
「せいっ!」
ショウはすんでのところでそれを受け流し、今度は攻めに打って出た。
ぎん、き、きんっ。
しばらく激しい剣の応酬が続く。どちらも攻撃に打って出ており、一歩も譲らない。
「なかなか、やるな…!」
「…そちらこそ!」
ぎんっ。
再び大きな音と共に剣がぶつかり合い、ショウはそのままゼンの懐にもぐりこむようにして体を落とす。
ひゅ、と剣の唸る音がして、ゼンはすんでのところで身をひねった。
ぴ。
その切っ先が僅かにゼンの腕をかすり、微かな痛みをもたらす。
「ちっ…!」
ゼンはどうにか後ろに跳んで体勢を立て直した。
「このくらいの傷………っっ?!」
がく。
僅かな血を拭って剣を構えなおそうとしたゼンの体勢が崩れ、膝をつく。
「なっ……何だ……からだが…うごかねえっ……!」
小さく震えながら、しかし言葉の通り、彼は指一本動かすことが出来ないようだった。
ふ、と小さく息をついて、ショウは構えを解いた。
「効いてきたようですね…麻痺の呪術です。アンフィールドでかけてもらったものが、ようやく活躍できました」
ほっとした様子で言う。
「ん……だと……」
「どのくらいで効き始めるのかも、どの程度まで効果があるのかも判らなかったのですが…効いたのなら結果良し、というところでしょう。
術が解けないうちに、失礼致しますよ」
たっ。
言うが早いか、ゼンの後ろのミディカのほうに向かって駆け出すショウ。
「待ち…やがれっ……!」
麻痺で動けぬままのゼンの苦しげな叫びが、空しく空に散った。

「雷神の旋風!」
「風神招来・打突」
ごう。
一方、ミディカとヘキはこちらも、遠距離からの強力な魔法の応酬を繰り広げていた。
ご、ばちん。
拮抗する魔法の威力に、何度も双方の術が散らされる。
「やはりやりまちゅね、ヘキ……院に入る前からこの実力、恐ろしいほどでち…!」
「…さすがに院生は違うわね。それとも…エルフの持つ魔力かしら」
双方共に、伯仲する実力に攻めあぐねているようだった。
が、ゼンの動きを封じたショウが駆けつけたことによって、状況は一変する。
「ヘキさん!」
ショウの声に、ヘキとミディカの両方が驚いてそちらを向いた。
ちっ、と苦い顔で舌打ちするミディカ。
「ったく、何やってるんでちか、あのおバカ!」
対するヘキは、意外によく通る声でショウに言った。
「そちらから直接攻撃を!」
「了解です!」
たっ、と進路を変え、ミディカに向かって駆けていくショウ。
ミディカは苦い表情のまま、構成しかけていた術をショウに向かって放った。
「土精の演舞!」
ぼご。
どどどど!
「うわっ」
ショウの足元の地面が盛り上がったと思うと、巨大な土の錐が下から何本も突き上げる。
ショウはすんでのところでそれをかわし、大きく後ろへ跳んだ。
「ふう…危ないところでした」
一方、ミディカもショウを防いだことで安堵の息を漏らす。
「ふー…ちっ、でもこれで2対1になってちまいまちた…」
「ええ、その通りね」
「っ?!」
振り返った先には、避けられぬ至近距離にヘキの姿。
その手には、大きな風の塊がすでに渦を巻いていて。
「打突」
ヘキの短い呪文と共に、風の塊はミディカに向かって放たれた。
これだけの至近距離。避ける余裕も、ましてや迎撃の術を構成する余裕もない。
ご。
大きな音を立てて、ミディカの体は簡単に風に飲み込まれ、弾き飛ばされた。
「んきゃあああぁぁっ!」
どさ。
綺麗な弧を描いて、少し離れた地面に落ちる。
ヘキはすかさずその元へ飛んでいった。
「……」
とつ。
地面に降り立つと、ミディカはぐったりとした様子で仰向けに倒れている。
意識はあるようだが、体を動かすことはまだ出来ないようだ。
「……私の勝ちで構わないかしら」
「……そう…でちゅね……今回は…参りまちたと…言っておきまちゅ…」
自嘲気味に笑みを見せるミディカ。
ヘキは無言でその傍らにしゃがみこむと、互いの首にかけられた水晶玉を手に取り、点数を移すのだった。

<ショウ・ヘキチーム +30ポイント 計200ポイント>
<ゼン・ミディカチーム -30ポイント 計170ポイント>

「っキショー、何だよ麻痺とか…卑怯だぞ……!」
ヘキとショウが去ってから。
自分で治療をしたミディカにさらに治療してもらったゼンは、悔しげにそう吐き出す。
ぺし。
ミディカは座っているゼンの頭を軽く叩いた。
「なーにが卑怯でちか。正当な攻撃の手段でち。
あちらの冒険者の方が経験が上だった、っていうだけの話でちゅよ」
「はっきり言うな!わかってンだよまったく!」
憮然としてそっぽを向くゼン。
「今度会ったら、見てろ……」
虚空を睨みながら低く呟いて。
ミディカは嘆息した。
「ま、過ぎてちまったものはしょーがないでちゅ。
いつまでもくよくよちててもちかたがないでちゅしね。とっとと問題に行きまちょー」
「お、おう……」
意外にあっさりしているミディカに少し戸惑いながらも、立ち上がって後をついていくゼン。
ミディカは少し離れたところで戦いを見守っていた教官のところにとことこと歩いていった。
「お疲れ様ですー、すごい戦いでしたねー」
糸目の教官が緩い口調でそう言うと、ミディカはふうとため息をつく。
「負けてちまってはしょーがないでちゅよ。それより、問題を教えてほしいでち」
「はいはいー、了解しましたよー」
教官は頷いて、崖の上を見上げた。
「この崖の上にー、他のポイントで教官が持っている、点数取得の魔道石があるのですー。それに水晶玉をくっつければクリアなのですー」
「そんなことでいいんでちか?」
「はいー、ただしー、崖の上には大鷲がいましてですねー、子育て中なので気が立ってますからー、十分に注意してくださいねー」
「なるほど……」
「大鷲、か…」
ミディカの後ろで聞いていたゼンが、遠い目をして呟く。
「モンスターじゃねえなら、攻撃する訳にもいかねえしなあ…」
ボリボリと頭を掻いて。
「……よし。
俺が鷲をおびき寄せるから、その隙にミディカは台座に行ってくれ」
決意の表情で言うゼンに、ミディカは片眉を顰めてそちらを向く。
「おびき寄せる?」
どうやって、と言外に問うその様子に、ゼンは死んだ目で乾いた笑いを返した。
「……………知ってるか、鷲は山羊を喰うんだぜ…」
山羊の獣人であるゼンの言葉には、ある種の説得力があったらしい。
「…ああ、それはいい手段でちね」
ミディカはあっさりと頷いて、手のひらをゼンに向けた。
「では、早速行きまちょ。白狼の疾走!」
ひゅう。
ミディカの呪文と共に、2人を風が取り巻く。
「お、おい、まだ心の準備がああぁぁぁぁああ?!」
ゼンの言葉が風にさらわれるようにあっという間に遠くなる。
次の瞬間には、二人の体は崖の上にいた。
「これでよち、と」
「お、お前さんなあ、も、もうちょっとなんかこう、穏やかに出来ねーのか?!」
「何言ってるんでちか。来まちゅよ」
「なにっ」
文句もあっさり流したミディカに促されて振り向くと、向こうから大鷲がこちらに飛んでくるのが見える。
「ほれ、あとは頼みまちたよ」
「くっそおぉぉぉ!」
めき。
ゼンの叫びと共に筋肉がきしむ音がして、ゼンの体が見る見るうちに膨れ上がる。
びびっ。
着ていた服が中身の膨張に耐え切れずに軽く裂ける音がした。
「んめえぇぇぇ」
高らかに雄たけびを上げる、ゼンの服を着た黒山羊。服はどうにか破けずに、山羊の体を締め付けている。
「ぎえっ」
ゼンの雄たけびを聞きつけた大鷲が、一直線に進路を彼に向かって変えた。
ゼンはそこから駆け出すべく身構える。
が、ここは崖の上。逃げる場所は崖下しかない。
(くっ……崖下で引きつけようと思ってたのによ…!)
まあでもよく考えれば崖上に登らなければ鷲の目にもつかないわけで。
前門の大鷲、後門のミディカ。逃げ道は傾斜70度の急斜面。
「め゙えええええ!」
ゼンは再びヤケクソのような雄たけびを上げると、思い切って崖を滑り降りた。
「めえええ!」
「ぎゃー」
ものすごいスピードで崖を滑り降りるゼンを追いかけて急降下する大鷲。
降りるというより落ちると言った方が適切なスピードで崖を下り、さすがに地面に近づいて傾斜がそれでも緩やかになってくると、ゼンはさらに脚を動かしてスピードを速めた。
とにかく鷲をひきつけ、ここから離さなければならない。
どどどどど。
ゼンの足音が高らかに地を鳴らし、転がり落ちるように崖を下り終えると、ゼンはそのままチェックポイントまで来た道を一直線に森へ向かって駆けていった。
「ぎえー」
その後をやはり高速で追う大鷲。ものすごいスピードでデッドヒートが繰り広げられる。
が。
「きえぇ」
ばさ。
ゼンが森に入ったところで、さすがの大鷲も森には入れず、進路を変えて空高くに舞い上がる。
「きえぇ、きぃ、ぎー」
大鷲は悔しそうに2、3度空中を旋回すると、巣のほうに向かって戻っていった。
「ふ、ふぅ……どうなるかと思ったぜ…」
獣化を解除し、ぐったりした様子で森の中からそれを見送るゼン。
「まったく、どこまで逃げるでちか、あーたは」
そこに横から声をかけられて振り向くと、いつの間にか傍らにミディカが立っている。
「お、おう……どうだった、首尾は」
「バッチリでちゅよ」
にやりと微笑んでミディカが差し出した水晶玉には、「210」の文字。
「ご苦労ちゃまでちたね、あーたにしてはよくがんばりまちた」
「何なんだよその上から目線は……」
尊大なミディカの態度にも、さすがにぐったりした様子で弱々しい抗議しか出来ないゼンなのだった。

<ゼン・ミディカチーム +40ポイント 計210ポイント>

「ちょ…アレと闘うの?!」
チェックポイントNo.16。
山頂のくぼ地にたたずむ巨大な翼竜を見上げ、レティシアは唖然として声を上げた。
「無理じゃない?!っていうか無理でしょこんなの、勝てっこないわ!」
青ざめた顔で言うレティシアの横で、やはり蒼白になって絶句しているルキシュ。
「……ルキシュ?大丈夫?」
それに気づいたレティシアが声をかけると、ルキシュははっと我に返った様子でそちらを向いた。
「あ、当たり前だろう!君は何を言っているんだい?
やる前から無理だとか、情けない。君はそれでも冒険者なの?」
「っ……そう言われちゃうとそれまでだけど……」
ルキシュの言葉に意見を引っ込めつつも納得いかない様子のレティシア。
それを振り切るように不意と顔を逸らすと、ルキシュは翼竜に向かって身構えた。
「じゃあ…行くよ!ウィンドストーム!」
ごう。
ルキシュの呪文と共に、大きな風の竜巻が巻き起こり、翼竜へと向かって吹き荒れる。
が。
ぶおん。
翼竜の巨大な翼がひと薙ぎでその竜巻を吹き散らした。
「っ……!!」
「効いてない……!」
青い顔で呟く間もなく。
「ぐおおおお!」
野太い声と共に、翼竜はその大きな足を高々と上げる。
「ルキシュ、危ない!」
「うわっ!」
レティシアがあわててルキシュを突き飛ばし、自分も後ろへと跳ぶ。
ゴロゴロと転がるルキシュをかするようにして、ずしん、と大きな足が地面へと落ちた。
「な、何をする!」
体を起こして悪態をつくルキシュに、どうにか叫び返すレティシア。
「こうしないと踏み潰されちゃってたでしょう!
ほらっ!また来るわよ!」
「!」
ごう。
振り返ったルキシュが見たのは、再び大きな翼を振り上げる翼竜。
「ちっ!」
ルキシュは眉を寄せて地を蹴り、翼竜の翼を乗り切った。
「防御はいい、とにかくあいつを攻撃するんだ!」
「わ、わかったわ」
レティシアは自信なげに頷いて、呪文を唱える。
「ファイア・アロー!」
呪文と共にレティシアの頭上に十数本の炎の矢が現れ、翼竜に向かって飛んでいった。
が。
ぶおん。
翼竜の翼がまたひと薙ぎでそれを散らしてしまう。
「ダメよ、ぜんぜん効いてない!」
「ちっ…!」
悲痛なレティシアの叫びに、ルキシュも忌々しげに舌を鳴らした。
すると。
ぐわ、という音と共に翼竜が大きく口を開ける。
「っ、ブレスだわ!ルキシュ、さがって!」
翼竜がブレス攻撃をすることを察知して、レティシアはルキシュに向かってそう叫んだ。
慌てて後ろに跳び、レティシアの方まで退がってくるルキシュ。
「ブレスウォール!」
レティシアの呪文と共に、二人を守るようにバリアが展開される。
と同時に、翼竜が首を伸ばしてブレスを吐き出した。
「ぐおおお!」
ばりばりばり!
雷を伴った強力な風のブレスが吹きつけ、レティシアのバリアとぶつかって盛大な音を立てる。
が。
ばちん!
「うわああぁぁ!」
「きゃああぁぁ!」
ブレスの威力の前に、レティシアの術も力及ばず、あえなくバリアは破られ、ブレスの余波が2人に襲い掛かった。
盛大に弾き飛ばされ、どさりと地に倒れ付す2人。
「る、ルキシュ、大丈夫?!」
レティシアは満身創痍ながらも起き上がり、ルキシュに駆け寄った。
「ルキシュ、しっかり!」
ゆさゆさ。
倒れているルキシュを揺り起こしてみるが、反応はない。
「……っ」
レティシアは表情に力を込め、後方の教官を振り返った。
「すみません!!
この問題棄権します!!
とてもじゃないけど、敵わないわ!!」
「そうか」
後ろで戦いの様子を見ていた教官は、あっさりと頷いて腕を振り上げる。
途端。
ふっ。
「えっ……?!」
2人の目の前にいた翼竜は、跡形も無く姿を消した。
そして、あれほど体を苛んでいた痛みも熱さも、体中についていた傷も、同様にまったく綺麗に消えうせている。
「な……?!」
同様に痛みが消え、体を動かせるようになったルキシュが驚いて体を起こした。
「ど……どうなってるの…?」
混乱した様子で辺りをきょろきょろと見るレティシア。
そこに、ゆっくりと歩み寄ってきた教官が一言。
「幻術だ。あの翼竜も、この戦いも、全てな」
「げ、幻術?!」
「またか……!」
悔しそうに表情を歪ませるルキシュ。
教官は嘆息して腕を組んだ。
「まあ、ここは難しいからな。出来なくとも仕方あるまい。
他で頑張ることだ。では、これで終了とする」
教官の言葉が終わっても、2人はしばらく呆然として、その場から動けずにいるのだった。

<レティシア・ルキシュチーム +0ポイント 計90ポイント>

「……なぜ、棄権なんかしたのさ」
山を降りる道すがら。
レティシアの方を見ようともせずに、ルキシュは低くそう呟いた。
「え?」
「なぜ、棄権なんかしたんだって訊いてるんだよ!」
レティシアが問い返すと、苛々した様子で振り返り、もう一度叫ぶように繰り返す。
レティシアは一瞬面食らったように言葉を噤んだが、すぐに言い返した。
「だって、あのまま続けていたら、大怪我するところだったのよ?そしたら、どのみち棄権しなきゃいけなかったと思うわ。
それに…ルキシュの攻撃だって全然効いてなかったじゃない」
「っ……だ、だけど、あれは幻術だったんだろう?実際に、怪我なんてひとつもしていないじゃないか。僕の攻撃が効いていないのも、幻術なんだから当たり前だ」
「ルキシュ、幻術がどういうものだか知らないの?」
「知っているさ。感覚を直接操作する術だろう?」
「学校の、教科書で習うことじゃなくて!幻術というものを肌で体感したことが今までにあったの、って聞いてるの」
「それは…そんなもの、あるはずないだろう。僕は幻術の授業は取っていないんだ」
「でしょう?私はあるわ、強力な幻術の使い手の術で、記憶まで書き換えられてその人が作ったお話の中を彷徨った」
以前、幻術の使い手を捜す依頼を受けたときのことを思い出す。
探す対象はもちろん、依頼者も強力な幻術を操った。そのときに色々と聞いたのだ。
「人の精神力っていうのは、良くも悪くもとても強力に体を支配するものなんですって。
実際には竜なんていなかった、怪我なんてしなかったのかもしれない。
けれど、幻術によって強烈にそう『思い込まされた』ら」
熱さ、寒さ、痛み、苦しみ、そして味やにおいにいたるまで。
現実のものとしか思えない強烈な感覚の数々を思い出す。
「……たとえば『死んだ』って、思い込まされたら。人は本当に、死んでしまうのよ。
実際には殴られていなくても、血の一筋も流れていなくても。
幻術っていうのは、強力な術者が使えばそれくらいの威力があるものなの」
「っ………」
実体験に基づいたレティシアの話の説得力に、返す言葉も無く口を閉ざすルキシュ。
はあ、とレティシアはため息をついた。
「今回の失敗も入れると、もう半分は失敗してることになるでしょう。
こんな調子じゃもう、優勝も出来そうにないし。
これ以上痛い目見る前に、ウォークラリー自体も棄権した方がいいと思うんだけど…どうかな?」
「なっ……」
レティシアの言葉に、ルキシュは目をむいて絶句した。
「なに……君は、何を……っ
この、この僕が、優勝できないだって?棄権した方がいい、だって?!」
じわじわと怒りが増してきた、というように、だんだん激昂していく。
「君は、何を、馬鹿なっ……!
問題をクリアできないのは、君がそうやっていつも勝手なことばかりするからじゃないか!」
「勝手なんて言っていないわ!当たり前の事を言ってるだけよ!」
レティシアもさすがに怒った様子で反論する。
「だいたい、ルキシュだって「自分に任せておけばいい」くらいの事言ってるのに、全然出来てないじゃないの。
高得点の所ばかり狙ったって、全然課題もクリアできなかったじゃない」
ルキシュを睨みつけて、今まで我慢して言わなかったことを一気に叩きつけた。
「ルキシュの実力ってそんなものなの?それともまだ本気を出していないって言うの?」
「っっ……!」
再び絶句するルキシュ。
よろり。
よろめいて後ずさると、くしゃりと髪を掴むようにしてかき乱す。
「違う……僕は…」
レティシアからはずした視線を空に彷徨わせ、小さく呟いて。
その瞳の輝きは、控えめに言って、常軌を逸していた。
「……ルキシュ……?」
「僕は……僕は、優秀なんだ……
優秀な僕が問題をクリアできないはずはない…
…そうだよ、君が邪魔をするから……君がいけないんだ…」
その言葉は、レティシアにかけられているようで、その実自分に言い聞かせているようでもあった。
「私が邪魔をしたっ……って……?」
反論しかけてそのことに気づいたレティシアが、今の今まで怒っていたことも忘れて心配そうにルキシュを覗き込む。
「ちょ…ちょっと……ルキシュ、大丈夫?」
恐る恐るそう言って、手を伸ばして。
が。
「……っ!」
ばっ。
ルキシュはその手を振り払って、踵を返した。
「…っ、もういい!
よく考えれば、僕が君の言うことを聞かなくちゃならない理由なんてないからね。
棄権もしない。君は僕の言うことをきいていればいいんだ!」
「ルキシュ……」
「行くよ!」
一方的にそう言い置いて、再び足を踏み出すルキシュ。
「……ルキシュ……」
また腹の立つことを言われたにもかかわらず、レティシアは心配そうにその背中を見つめるのだった。

「マジックトリュフ………ですか?」
チェックポイントNo.11。
教官から問題の説明を受けたオルーカは、きょとんとして聞き返した。
「なんですか、まじっくとりゅふ、って」
「キノコの一種だよ。トリュフは一般的にも、珍味として知られてるね」
その質問にはカイが答え、オルーカは感心したように頷く。
「へー、そうなんですか」
「ただ、マジックトリュフっていうのは食用じゃなくて、魔道薬の材料になるものだね」
「薬材なのですか」
「うん。って、あたしも話に聞いただけだからどんなのかはわからないんだけどね」
「えっ、カイさんもわからないんですか」
驚いた様子のオルーカに、苦笑を返すカイ。
「残念ながら、こういうことには疎くてね。薬学の授業を取ってたら別だけどさ」
「そうですか……私ももちろん、食べたことがないので、食べ比べとかはできないのですが…」
「た、食べ比べで当てようと思ったの?」
「え、いけませんか?ああ、というか食べてしまっていいのかしら?マジックトリュフですし。
それ以外に毒キノコとかあったらまずいですし…」
「う、うん、そうだよね」
地味に噛み合わない会話に若干戸惑い気味のカイ。
オルーカはさらにうーんと唸った。
「マジックキノコなら、普通のキノコと違う特徴があったりしませんかね?
ちょんちょん、って叩いても胞子がつかないとか。
火魔法でも焼けないとか、水を弾くとか…?」
「う、うーん、そこまではさすがに知らないなぁ」
困った様子で、こちらも首をひねるカイ。
オルーカははあとため息をついた。
「キノコ図鑑でも手元にあればよかったんですが…」
「さすがにそれはないねー」
苦笑するカイ。
オルーカは虚空を見つめたまま、小さくぼそりと呟く。
「…ササさんがいればなぁ…」
その呟きを逃さずカイが尋ねた。
「ん?誰?」
「はいっ?」
「いや、今、さささん、とか言わなかった?」
「えっ、わ、私そんなこと言いました?」
動揺するオルーカに首をひねるカイ。
「どうしたの?誰か知り合いに詳しい人がいるの?」
「い、いえいえ別にそういうわけでは!というか今ここにいなければ助けてもらえるわけでもないですし!」
「いるんじゃん」
「そんなことは申しておりませんですよ!」
怪しい言葉遣いでびしりといってから、オルーカはごまかすように教官を振り返った。
「え、ええとですね!2人ともちょっとその、マジックトリュフがどういうものか判らないので探せません!以上!」
「ちょっと、オルーカ?」
「じゃあっ、私たちはこれで失礼致しますのです!」
「はい、お気をつけて」
教官は相変わらずの穏やかな笑顔で2人に手を振る。
「ちょっと、オルーカー?!待ってよー!」
脱兎のごとくその場を後にしたオルーカを、カイは慌てて追いかけるのだった。

<オルーカ・カイチーム +0ポイント 計140ポイント>

「…そういえば」
とりあえずチェックポイントを離れて少したってから。
オルーカは思い出したようにカイに言った。
「カイさんは、メイさんに武術を習ったのですよね。
それならあれほどお強いのも、なんだか納得です」
「……」
カイは、メイの名前が出たことで僅かに表情を硬くした。
あ、言っては不味かったかな、とオルーカが思った一瞬後に、にこりと微笑んで。
「そう?そんなに強くないよ、あたしなんて。まだまだだな」
「そんなことないですよ。それに…カイさんと最初に戦った時に、なんかこう…デジャヴ、というか、どこかで戦ったような感じがしたんですよね。
だから、メイさんとお知り合いで、武術を習ったって聞いたとき、ああ、って納得したんです」
「そう……」
カイは僅かに沈んだ表情をすると、またぱっと微笑んで訊いてきた。
「そういうオルーカは、戦いはどこで学んだの?
やっぱりお師匠様みたいな人がいた?」
逆に問い返され、ほっとしたような、しかし少し残念なような複雑な気持ちになるオルーカ。
「いえ、私はガルダスの僧院で一通り学びました」
「僧院で?」
「ええ。僧を志しても、私のようにあまり魔法が得意でない者もいるので、僧兵、という形で対術を学ぶのですよ。
ですから、特に師がいるわけではなく、皆で頑張って強くなる、ってかんじですね」
「そうなんだ。そういうのも良いよね、なんか。
あたしは、オルーカの僧院とか、こういう学校みたいな……みんなで何かをするっていう感じで学ぶのは、実はここが初めてなんだ。
ライバルがいて、お互いに切磋琢磨し合えるっていいよね」
「そうなんですか。そうですね、一人で勉強することも出来ますけど、一緒に勉強する他の人がいるっていうのは、励ましあうという意味でも、刺激しあうという意味でも、いいことだと思いますよ」
「オルーカも、ここにきてちょっと魔法勉強してみたら良いのに」
「え?」
「一般向けの、1ヶ月くらいの魔道講習とか、あると良いのにね。
今度校長先生に言ってみようかな」
「わ、いいですね!
そういうのあったら、ぜひ参加したいです」
オルーカは嬉しそうに微笑んだ。
「私も魔法使えますけど…本当にほんのちょっとなんです。
一応これでも僧侶なので、回復魔法は、もうちょっとなんとかしなきゃと思ってるんですけどね」
「そうだねー、あたしも魔法の学校通ってるのにいまいちなんだよねー」
はは、と笑うカイ。
オルーカはそちらにもう一度笑みを向けて、さらに話を続けた。
「魔法といえば…師匠とは違うのですが、私の伯母も、火の神の僧侶だったんです。
強かったとか、魔法の力が絶大、というわけではないのですが、火の神に仕えるものとして、伯母は、私の目標とする人物ですね。
とても尊敬できる人だったのですよ」
「そっか、いいね、一生のお師匠様なんだね」
「そう、なりますかね。教えてもらったことは無いんですけど…」
「でも、生き方とかそういうのはその伯母さんを見て学んだって言えるでしょ。
伯母さんと同じ、火の神の僧侶になってるんだからさ」
「そう……ですね」
カイの言葉に、再び嬉しそうに笑うオルーカ。
カイはそれを見て、再び複雑そうな表情を作った。
「一生のお師匠様、か……」
視線を上にあげて、森のさらに上を見上げるように遠い目をして。
「そんなに…似てた、かな?別れてもうずいぶん経つし、あたしはあたしの戦い方が出来るようになったと思ってたんだけどなぁ」
先ほどの話のことだろう。
オルーカは少し訊きづらい雰囲気にためらいながら、言葉を探す。
「いえ、最近戦ったばかりなので、カイさんの型になんだか覚えがあるな、って思ったのかもしれませんね」
似ていると言われたことは、カイにとって、嬉しいことなのだろうか、それとも忘れたい思い出なのか。
それも量れずに、視線だけを彷徨わせる。
「…個人的に、メイさんのことは、ちょっと印象的で…
なんだか忘れられなくて、思い出してしまったというか…」
「………」
視線は上に向けたまま、黙って聞いているカイ。
「……新年祭の時、戦ったと言いましたよね。
上手く言えないんですけど、すごく頑なで真っ直ぐで純粋な方で…
でも、私には彼女が、正しいことをしてるとは思えない。
それは彼女が魔族に従ってるからとかじゃなくて。
だからもう一回彼女と会って、そういう話ができたらなって思ったんです」
そこまで話して、オルーカははっと口に手を当てた。
「あ、すいません。私が一方的に話してしまって…」
「頑なで真っ直ぐで純粋、か……」
複雑そうにため息をつくカイ。
「ね、オルーカならどうする?」
「え?」
視線を自分に向けて問うカイに、オルーカはきょとんとした。
カイは真剣なまなざしで質問を続ける。
「街とか、学校とか…集団の中で、自分が浮いた存在になっちゃったことってない?
そりが合わない人がいる、っていうレベルじゃなくて…周りにいる誰も彼もとかみ合わない。
みんなの中で自分だけ別の世界にいるような疎外感って、感じたことない?」
「疎外感…ですか…」
唐突な言葉に、今まで自分がいた世界を思い返す。
「いえ、私は…今までとても有り難い環境で生きてこられたと思います」
少なくとも今までの彼女の人生の中で、カイの言うような環境に置かれたことはなかった。
だが。
「でも…メイさんはそうじゃなかったのです…ね?」
小さくそう付け加えると、カイは虚空を睨んで俯いた。
「…わかんない」
「え?」
「あたしはメイじゃないから、わかんないよ。
でもあたしには、そう見えた」
「カイさん……」
痛ましげにカイの方を見やるオルーカに、再び真剣なまなざしを返す。
「ね、オルーカはどう思う?」
「え?」
「そういう時。周りから自分が孤立してるって思う時。
自分を殺して、正直な気持ちを隠して、周りに合わせるか。
孤立しても構わないから、自分に正直に生きるか。
どっちが……正しいと思う?」
「………」
しん、と、森特有の静けさが落ちる。
さく、さく。
2人が歩く足音だけが響く中。
突如投げかけられた哲学的な問いに、オルーカはすぐに言葉を返すことが出来ずにいるのだった。

§3-5:His Secret

「ミリーさんの教え方は、とても分かりやすくて助かります」
チェックポイントNo.12付近。
生徒に遭遇することもなさそうだと判断したミケは、再びミリーに炎の魔法の指導を請うていた。
手の中の炎のゆらめきを意識してコントロールしながら、しかしそもそも意識を他に逸らせるほどに制御を安定させる訓練であるので、ミリーにそんなことを話しかける。
「なあに、どうしたのいきなり」
唐突なミケの言葉に、ミリーは半笑いを返した。
「あ、いえ。単に思ったことを言っただけなんですけど。でも本当にわかりやすいですよ。
最初にお会いした時に、風魔法を教えていただいた人がいる、って言ったじゃないですか。その時のことを思い出しました」
「……へえ」
ミリーの声のトーンが若干下がる。
ミケはそれには気づかずに、続けた。
「確かな知識があって、何が分かっていないのか、それを的確に指摘してくださったんですよ。
何か凄い魔法を教えてくれるというのではなくて、今あるものを固めて、そこから一歩進んだ考え方をでき るように、という感じ……でしょうか」
「ふうん、よかったじゃない」
ことさら同調したようにも、かといって極端に気がなさそうにも見えない様子で頷くミリー。
「風魔法を教えてもらった、って、ずいぶん限定的ね。教えてもらったのは風魔法だけ?魔法の師匠っていうわけではないんでしょう?」
「あ、ええ、えーと、どこから話したらいいかな」
ミケは少し考えて、言葉を続けた。
「僕はもともと、魔道の基本は独学で勉強したんですよ。教えてくれる人もいなくて、家にあった魔道書を自力で読んで、実践して、って。
で、途中からミルフィール様……ええと、知り合いになった魔導師の方に教わっていたんですけど、その方は、実技メインで教えてくれてたんですよね。
……だから、少し……恥ずかしい話ですけど、基本中の基本を誰かに系統立てて教えてもらったことがないままに、技術だけ磨いてきたような感じだったので、魔道知識が自分でも曖昧な部分があって……ちょっと困っていた時期があったんです」
ミリーは黙ってミケの話を聞いている。
ミケは続けた。
「そんな折に、たまたま遺跡探索の依頼を見つけて。その依頼主の魔導師さんが、報酬はマジックアイテムや知識も可、ということだったので、教えてもらったんですよ。
それが、その、風魔法を教えてくださった方、です」
「なるほどね。とりあえず独学で学んで、そのつど会った人に教わりながら構築してきた、と。まあ、学ぶ形はそれぞれだから、それはそれでいいんじゃない?
ようは、学ぶ気があるかどうか、っていう話なんだから」
「そう、ですかね。それならいいんですけど」
「じゃあその人は、師事していたわけではないけれど、教えてもらう機会があって。それがとてもわかりやすかった、と」
「ええ」
ミケは頷いて言い、当時のことを思い起こした。
「……長い寿命の方ですけれど、あれだけ知識や知恵を持っているというのは、凄いです。
長く生きたから得たものも、興味と好奇心で手にしただろう知識も、知ろうとする気持ちも」
ゆらり。
手の中の炎が僅かに揺れる。
「……なのに、どうして作るマジックアイテムのセンスとか、モンスターと罠とか……模様替えのセンスとか、料理とかあんなに……」
半眼になって、ポツリと呟いて。
どうやら何か、忘れられない出来事があった模様だ。
と、そこにさらにミリーが訊いてきた。
「寿命が長いって、エルフか何か?」
「え」
ゆら。
先ほどよりさらに大きく揺らぐ炎。
「わわ、っとと……」
慌てて炎に意識を集中し、元に戻して。
そちらに目をやったまま、ミリーの質問に答える。
「彼女自身からは……他の種族よりも長生きだ、と聞いています。でも、それ以上は彼女からは聞いていませんので、話せることがないんです、申し訳ありません」
「ふうん?」
楽しげな表情で首を傾げるミリー。
「え、ええと」
ミケはまだ若干動揺した様子で、炎の制御を強めた。
「申し訳ありません、制御っていうのは難しいですね」
そんな風に話を逸らしてみる。
ミリーはくすくすと笑いを漏らした。
「っふふ、魔道は精神力がものを言う…動揺したら制御は難しいわねえ」
ぽん、とミケの肩に手を置いて。
「『彼女からは』聞いてない……」
先ほどのミケの言葉を、意味ありげにゆっくりと繰り返す。
「っていうことは、彼女以外の誰かから聞いているか、聞いたも同然の状況に置かれている…ということね?」
ゆらり。
炎がまた僅かに揺れる。
ミリーは続けた。
「そうね、さしあたって……」
顎に指を当てて、上を向いて考えて。
「……友達のお母さんから、教わった。たしかあなた、そう言ってたわね?」
今は言わなかったが、最初に会ったときに確かにそう言っていた。
つまりは、友人の母=風魔法を教えてくれた人=遺跡発掘の依頼者、ということだ。
ミリーはもう一度、ミケに向かってにやりと微笑んだ。
「あなたは、その友達の状況なら、詳しく知っている。その友達の母親だから、こうだろうと確証を持ってる。
ただし本人の口から直接聞いたわけではないから、それ以上のことは言えない……」
にい、と笑みを深めて。
「じゃあ、その友達は、どういう子なの?
寿命が長いって、上位種族?」
「え、そこは言いたくありません」
ミケは即答した。
手の中の炎は、かけらも揺らいでいない。
「僕はその友達の生い立ちを少しだけ知っていますけれど、自分のことを話したがらない人だから。友達が話したくないことは、吹聴しない。僕が知ったのだって、事情があったからです。そうでなければ、きっと知ることはなかった事だと思います。だから、彼女が自己紹介した以上のことは言いたくありません。
あ、どんな子かは答えられますよ。明るくて真っ直ぐな性格の子ですよ。凛としたイメージの人です」
そこまできっぱりと言って、それから僅かに困ったように眉を寄せる。
「で、魔導師さんについても、言葉通りの意味のつもりでいたんですけれど」
少し首を傾げて。
「魔導師さんは、そう自分のことを、紹介していたから。そのとき友達のことを知っている人も知らない人もいたんですけれど、その人は僕らにそう自己紹介した。だから、そこまでは言っても大丈夫なんだと、思って。……僕もそれ以上の事はあまり存じていませんしね」
「ふうん」
ミリーは再び楽しげに笑みを深めてから、おもむろに肩を揺らした。
「っふふ」
「え、あの、僕何かおかしいこと言いましたか」
「いいえ。ミケは、正直なのねえ」
「は?」
ミリーの言わんとすることの意味がわからず、眉を寄せるミケ。
ミリーは、ふふ、ともう一度鼻を鳴らすと、面白そうに言った。
「適当に答えておけばいいじゃない、そんなもの。
『言いたくありません』って、『言葉にするのが憚られるような事情があります』って公言してるようなものじゃない?
別に上位種族であることが悪いわけでもなんでもないでしょう。あなたはルーイとも知り合いだし、あたしがルーイと付き合いがあることも知ってる。つまりあたしには『上位種族である』ということがタブーにはならないということも知っている。
そのあなたがそう答えてしまったら、上位種族であるという以上の、言ってはいけない秘密があると言っているに等しいわ?
そんな言い方をしたら、余計に気になって詮索されてしまうかもしれないじゃない?」
「それは……」
「そうなんです、とも、そうらしいけど僕は詳しいことを知らないんです、とでも、適当に答えていればいいのよ。
それが本当か嘘か、あたしに確かめる手段はある?無いでしょう?」
「……そういう風に、上手く嘘をついて器用に生きるなんて、僕には出来ませんから」
憮然として言うミケ。
ミリーはさらにくすくすと笑った。
「ふふ、正直な子は嫌いじゃないわ。生き辛いとは思うけどね?」
「そんなこと、僕が一番よく判ってますよ」
さらにすねたように言うミケを、楽しそうに見やるミリー。
その様子は、とても楽しげで。今までの様子より少しだけ、生き生きとしているように見えた。
結局、自分の質問に対する答えは返ってきていないのにもかかわらず。
というか、そもそもなぜ彼女は、そんな内情を穿り返すような話を始めたのか。人のプライバシーに首をつっこむようなタイプには見えなかったのだが。
「あの、ミリーさ……」
「あら、あれ」
その問いを発しようと口を開いたところで、ミリーが視線の先を指差す。
つられて振り向くと、向こうから誰か歩いてくるのが見えた。
生徒ではない。あれは……
「あ、テオさんですね」
森の奥から、テオが一人で歩いてくるのが見える。
テオはこちらに気づくと、表情を輝かせて駆け寄ってきた。
「校長先生、ミケさん!お疲れ様です!」
「お疲れ様。トルスは一緒じゃないの?」
「はい、もう生徒さんもだいぶ散らばっているでしょうし、2人で行動するより一人一人別々のところを回った方が効率的だろうっていうことになったんです!」
ミリーの問いに元気いっぱいに答えるテオ。
2人の会話を眺めながら、ミケは質問をするタイミングを逃したことを感じるのだった。

「うっわー、結構高いなこれ」
チェックポイントNo.14。
教官から説明を受けたライは、がけ下にぶら下がったロープを見下ろしてしみじみとそう言った。
「この先の魔道石に触れさせなければならないのか…先ほどのロッククライミングの道具を使って行けそうか?」
「ああ、まあ、どうにかな。風が強いのが気になるが…まあ、どうにかなるだろ」
千秋の問いに、僅かに眉を寄せて答えるライ。
千秋は肩を竦めて嘆息した。
「すまない、さっきも言ったが俺はこういうことは不得手でな。
ロープで降りていくのはライにやってもらわなければならないが、引っ張り上げたりするのは俺も手を貸せるからな」
「引っ張りあげる?」
「いわゆる『ファイトー!いっぱぁーつ!』という奴らしいが」
「なんだそれ」
「さあ、俺にも何のことかは分からん。山口達也だと一目で判らなかったしな」
「知ってるんじゃねーか」
ライは言いながら、道具袋からザイルと鉄杭を用意し、慣れた手つきで地面に打ち付ける。
きん、きん。
鋭い音がして鉄杭が堅い岩肌にめり込んでいく。適当なところでザイルを絡めて引っ張り、固定されていることを確認して。
「んじゃ、行ってくるわ」
「なに?おい」
あまりにも軽い調子で言うので、千秋は面食らって呼び止めたが、すでにもうその時にはライは地面を蹴って崖下へ飛び降りていた。
「ライ!」
慌てて崖下を覗き込む千秋。一瞬後に、ぐん、とザイルが揺れて、ライを支えたことを示す。
「大丈夫なのか……?」
かなり下の方なのでよく見えないが、隣の結界が張られたロープに異常が起こった様子は無い。
千秋が固唾を呑んで見守っていると、ややあってひょいひょいとライが登ってくるのが見えた。
体が軽いのか力が強いのか、あるいは単に慣れているのか、ロープと鉄杭を上手く利用しながら不思議なほどに軽々と崖を登ってくるライ。
「どうだった?」
声を張り上げずに届くところまでライが到達したところで、千秋はそう声をかけた。
「おう、バッチリよ」
空いているほうの手で親指を突き出してみせるライ。
さらにひょいひょいと登ってきて、手が届きそうになったところで、千秋がライに向かって手を差し出した。
「お疲れ様だ、さあつかまれ」
「おう」
がし、とその手を取るライ。
千秋はライを引っ張る手に力をこめながら、珍しく大きな声で叫んだ。
「ファイトおおぉぉぉぉ!」
「いっぱあぁぁぁぁつ!!」
何だかんだ言って付き合いのいいライなのだった。

<千秋・ライチーム +40ポイント 計120ポイント>

「鳥を捕まえるの?」
チェックポイントNo.12。
教官から説明を受けたメイは、きょとんとしてそう言い、辺りにわんさといる鳥たちをぐるりと見渡した。
「うわぁ…いっぱいいるねえ。この中の1羽を探して捕まえるのかぁ…」
困ったように眉を寄せて。
「前、ペンギン捕獲のときに使った投網があるからあんまり傷つけずには捕まえられると思うけど」
「投網?」
ティオの問いに、にこりと笑顔を返す。
「うん!ペンギンを捕まえるときに使ったんだ。鳥の動きを封じるのに便利だよ」
「いや、便利はええけど、メイちゃん、投網持ち歩いとんの…?」
「うん!いつ何時鳥を捕まえなくちゃならない状況になるかわからないからね!」
「はは……そやね……」
笑顔で元気いっぱいに答えるメイを前に、ティオはそれ以上の追求をやめた。
「ゴーレムの鳥かぁ、どないなんやろなあ」
「そうだね。やっぱり普通の鳥とは違ったりするのかな?」
首を傾げて言ってから、メイは教官の方を見る。
「ここに居る鳥たちってどんな鳥ですか?大人しいのかな?
問題に差し支えない程度に鳥のこと教えてもらえますか?」
「うん、いいよ」
教官は笑顔であっさりと頷いた。
「ここの鳥たちは、ちょっとやんちゃなんだよ。下手に刺激すると報復されるから気をつけてね」
「報復……」
不穏な言葉にちょっと引き気味のメイ。
「えーっと、じゃあ、ゴーレムの鳥なら餌とか食べないよね。餌で釣るって言うのはどうかな?餌に釣られない鳥はゴーレムだろうし、その鳥を投網で捕まえるの。
もしくは火で脅かすか。普通の鳥は火を見たら逃げるだろうしね。どっちが良いかな?ティオは何かいい考えある?」
「んー、そやなー」
ティオは眉を寄せて腕組みをした。
「森ん中で火はマズいやろ。それに、バタバタしとる鳥の中を探すよりはエサ食べて大人しゅうしとる鳥の中で探した方が見つかりやすいと思わん?」
「そっか、それもそうだね。じゃあ、エサを……」
メイはきょろきょろと辺りを見回した。
「木の実とか、集めよっか。それを地面にばら撒けばいいよね」
「せやな。ほな、手分けして探そ」
「うん!」
2人は頷き合うと、それぞれ別方向に木の実を探しに散らばった。

「うわぁ、結構集まったね!」
自分が集めてきた木の実の軽く倍の数を集めてきたティオに、メイは喜びの声を上げる。
「はは、こういうの集めるの得意なん。ほな、やろか」
「うん!行くよ!」
ばっ。ばらばらばら。ばさばさばさ。
二人が持っていた木の実を地面にばら撒くと、あたりの鳥たちがいっせいにそれに群がった。
が。
「うわあ?!」
ばさばさばさばさ。
地面の木の実にあぶれた鳥たちが、撒き主であるメイとティオに一斉にたかった。
メイは知る由も無いが、先ほどのオルーカと同じ結末をたどっている。
あっという間に鳥団子になるメイ。
「きゃー?!ちょっと?!わたしはエサじゃないよー?!」
「メイちゃん、大丈夫か?!」
鳥を振り払いつつメイに呼びかけるティオ。
メイは必死にそちらを伺うと、自分ほどひどい鳥団子にはなっていないのを確認して、言った。
「わたしは大丈夫だから!ティオは早く鳥を探して!」
「わかった!」
迷いなく頷いて、あたりの様子を伺うティオ。
メイはそれを確認して、持っていた投網を、不自然な体勢ながらも投げつけた。
「とりゃー!」
ばさばさばさ。
網に絡まって何羽かが動きを封じられ、残りの鳥は突然大きく広がった投網に驚いて飛び去っていく。
「ふう……結局目的とは違う使い方をしちゃったなあ……」
嘆息して言うメイの元に、鳥を手に持ったティオが駆け寄ってくる。
「おまたせ、メイちゃん、捕まえたで」
「え、本当?!」
「これでええやろ?ジェームズはん」
鳥を持ったまま教官を振り向くと、教官は笑顔で頷いた。
「うん、合格だねー。お疲れ様」
「よっしゃ!」
「やったね!」
2人は嬉しそうに顔を見合わせ、試験の成功を喜び合うのだった。

<メイ・ティオチーム +30ポイント 計150ポイント>

「マジックトリュフ……ですか」
チェックポイントNo.11。
教官から説明を受けたショウは、聞き慣れない言葉にきょとんとした。
「失礼、魔法のことに詳しくないので…どういうものなのか、お訊きしてよろしいですか?」
「マジックトリュフ」
その質問には、隣のヘキが答える。
「珍味と言われるキノコ、トリュフの仲間の中で、魔道薬の材料として用いられるものよ。
希少性が高く、多くの薬効も知られているから、かなりの高値で取引されるわ」
「さすがは姫宮さん、といったところでございますね」
にこり、と童顔の教官は微笑んだ。
「この付近にあることだけはお教え出来ます。後は、知識を総動員して見つけ出して下さいませ」
「さて、これは……完全にヘキさん頼みになってしまいますね」
ショウは少し困った様子で頭を掻く。
「私はマジックトリュフなんて見た事無いですからね、どういった場所に生えるどういった見た目のキノコかが判ればまだ探しようが有りますが…」
ヘキの方をチラリと見るが、彼女の反応はない。
いつものことながらドライな彼女の態度にこっそり嘆息して、続ける。
「普通のトリュフを探す時に使うような犬や豚を貸してくれれば私一人でもなんとか探せるかも知れませんが…そのようなものは」
「はい、ご用意は致しておりません」
笑顔で答える教官。
ショウは嘆息した。
「ならば、やはり私に出来ることはありませんね……ヘキさんにお任せして、私はあたりの警戒を…」
「あったわ」
「なっ…?!」
淡々としたヘキの言葉に、ショウは驚いて振り返った。
見れば、いつの間に採りに行っていたのか。その手には、毒々しい紫色の炭の塊のような物体が鎮座している。
「い、いつの間に……というか、こ、これが…トリュフ、ですか?!」
「見た目ではキノコに見えないから、知らない人にはトリュフと認識されにくいけれど。
知っていれば、特定の木の根元に生えるものだから、それを頼りに探せばすぐに見つかるわ」
「はぁ……」
呆然とするショウの横で、教官が笑顔で頷く。
「はい、確かにマジックトリュフでございます。合格ですね、点数をお入れいたします」
「お願いするわ」
教官と生徒のセリフが逆なような気がするが、ともかくこの問題は達成であるらしい。
特に喜びの表情も見せぬヘキの横顔を、ショウは複雑な面持ちで見つめるのだった。

<ショウ・ヘキチーム +30ポイント 計230ポイント>

「しかし、心眼というものは便利なものなのですね」
さく、さく。
森の中を歩きながら、ショウは少し前を行くヘキにそう言った。
「いきなり何?」
そちらを見もせず…いや、顔も向けずにそう問い返すヘキ。
見られていないのはわかっていたが、ショウはにこりと微笑を返す。
「いえ、先ほどのマジックトリュフも、その心眼で見つけ出されたのでしょう?
崖の上の魔道石の位置もわかったようですし…便利なものだな、と思いまして」
(魔術以外にも、魚の鮮度なぞが見分けられれば便利じゃろうなぁ)
微妙に庶民的なことを考えながら、それは口には出さずに、続ける。
「しかし、目を閉じていても見える、というのは判りましたが、そもそも一体どういうものなのですか?
教官たちは皆さん、ご存知のようでしたが……」
「ナノクニの技術だけれど。貴方がいる地方では普及していないのね」
ヘキは淡々と説明を始めた。
「端的に言えば、貴方の言う通り、目を閉じていてもものが見える、という特殊能力のことよ。
ナノクニの一部の宗教施設で行われる修行で会得するもの。
精神を極限まで安定させることによって、万物が発する『気』を感じ取ることが出来る。学術的に言えば、生物・無生物問わず、そのものが発する微弱なエネルギーを感じ取り、視覚と同様に認識することが出来る能力、ということかしら。
それは当然、通常の五感で感じ取るもの以上のものを感じることが出来る」
そこで、いったん言葉を切って。
ショウの方は相変わらず見ないまま、続ける。
「…例えば、貴方の持つ『力』が『どういうもの』であるか。
普通の人の目には見えないようなことも、感じ取ることが出来るわ」
「……っ」
さく。
思わず立ち止まったショウの方を、ヘキも足を止めて振り返る。
「だから私は最初に貴方を『合格』だと言ったの」
ショウは呆然と、ヘキを見つめていた。
まさか、あんなに最初から。
最初に会った時から、彼女は自分の内に潜む『力』を認識していたというのか。認識していながら、雇い入れたと。
そしてそれが『制御できていないもの』であることも。だからこそ、大鷲を威圧すると言った時に止めたのだ。
「……………」
どのくらい、沈黙していたのか。
彼は長い間、呆然とヘキを見つめ……そしておもむろに、俯いて額に手を当てた。
「……ククククク………」
こらえきれぬ、というように肩を揺らして。
それから、ばっと顔を上に向け、森中に響くかというほどの大声で高らかに笑う。
「ハァーッハッハッハ!面白い!面白いのぅお主!! 」
今までヘキの前では…否、誰の前でも見せなかった素の口調で言い放って。
「…………」
ヘキはなおも黙ったまま、ショウのその様子を見守っている。
ショウはさらにひとしきり可笑しそうに笑った後、ふいに居住まいを正し、そして地面に座り込んだ。
膝をつき、地面に手をついて、頭を下げて。
ナノクニでは最上級とされる礼の姿勢だ。
ショウは頭を下げたまま、再び丁寧な…普段よりも丁寧な、礼を尽くした言葉遣いで、ヘキに言った。
「偽りの名で依頼を御受けした事。深くお詫び申し上げます、姫宮殿。
私は真名を『四条院 凌霄(しじょういん・りょうしょう)』と申します。故あって今は四条院の名を捨て、九条 翔を名乗っております。
私の持つ『力』を知った上で私を雇い入れた貴女なら、私の真名を明かすに足ると判断させていただきました。
その上で、無礼を承知で此方からお願いさせていただきたい」
僅かに顔を上げ、ヘキの方を見て。
「四条院 凌霄の名の下に、姫宮 碧殿、貴殿の依頼を改めて受けさせては頂けないでしょうか」
「…………」
ヘキはショウを見下ろす格好で、しばらくの間沈黙していた。
が、やがて。
「……本当に無礼ね」
ぽつり、と漏らすように言う。
「『真名を明かすに足る』…四条院の名は知っているけれど、それにどれだけの価値があるというの?少なくとも依頼主に言う言葉ではないわ」
「…確かに」
苦笑して認めるショウ。
ヘキは嘆息した。
「私は貴方の『名前』と契約をしたのではないの。
貴方の『力』と『経験』を私に提供するという契約さえ果たしてくれればそれでいい。貴方にそれ以上望むことはないわ。貴方が誰であろうと瑣末なことよ」
「………」
淡々としたヘキの言葉を、ショウは黙って聞いている。
「どんな『名前』であっても、貴方は貴方でしょう。名前を変えたことで、何かが変わるというの?
貴方の真名が、貴方が言うほどの価値のあるものだと言うなら、これからの成果でその価値を証明して見せなさい」
「それは、勿論。この名にかけて、貴方のお役に立って見せましょう」
「それならそれでいいわ。行きましょう」
さく。
ヘキはそう言って、再び踵を返し、歩き始めた。
相変わらずの彼女の態度に、ショウは苦笑して立ち上がり、その後を追う。
「しかし、改めて心眼というものは便利なものなんじゃのう。わしのこの『力』まで見通すとは、いや、畏れ入った」
もう『素』を出して良い相手と認識したのだろう、ショウは再び素の口調でヘキに話しかけた。
急に態度の変わったショウを、ヘキは特に気にする様子は無い。
「じゃが、目は開けていた方が可愛いと思うぞ?」
微妙に意地悪く笑いながら言うショウに、ヘキはしばらく黙った後、ショウの方は見ないまま口を開いた。
「…目を開けていることによる、私にとってのメリットがあるなら、聞かせてもらえるかしら?」
口調によどみはなく、動揺している様子は感じられない。
「先程説明した通り、心眼は五感で感ずる以上のものを感じ取ることが出来るもの。
視覚を遮断していた方が、むしろより多くのものを感じ取ることが出来るの。
わざわざそれを捨ててまで、目を開けていることのメリットは何?」
それから、僅かにショウの方に顔を向けて。
「メリットがあるのなら、私は目を開けるけれど。無いのなら、開ける理由は無い。それだけのことよ。
『可愛い』ということにどれだけのメリットがあるのか。私にも理解できるように教えて頂戴」
「ふむ、そうじゃな」
ショウはわずかに眉を寄せ、そう言って唸った。
「お主の言う通り、『心眼は五感で感ずる以上のものを感じ取ることが出来る』のじゃろう。
『お主』は、な。じゃがの、他の者はそんな便利な物は持っておらぬ。手前の五感で感ずる事の出来るものだけがその判断基準となる」
どこか遠くを見るような瞳で、続ける。
「『人』は異質を嫌う。常識の範から外れる者、人とは異なった力を持つ者、人と違った姿形をした者……」
言って、寂しげに笑った。
「じゃからわしは『九条 翔』になった。世を旅するには『四条院 凌霄』では範から外れすぎておるからのぅ」
ヘキの反応はない。再び前に顔を向け、歩みを進めている。
ショウは苦笑した。
「ふむ、話が逸れたか。目を開けて『可愛い』という事のメリットじゃったな。それは簡単じゃ、わしが嬉しい」
言って、からからと笑う。
ヘキは顔を前に向けたまま、嘆息した。
「私にとってのメリット、と言ったはずだけれど。貴方が嬉しいことに、私にとってのメリットはあるのかしら?」
「ふむ。言われてみると無いのう」
はは、と笑うショウ。
ヘキは相変わらず淡々と言葉を返した。
「私にとってのメリットは無い、ということで構わないわね。なら、私が目を開ける理由は無いわ」
「まぁ無理はせずとも良いと思うぞ。今までのやり方をすぐに変えるのは難しいじゃろうしな」
意見を却下されたにもかかわらず、ショウはかなり楽しげだった。まあもともと、受け入れられるとも思っていなかったのかもしれない。
かなり上機嫌の様子で、ショウは続けた。
「お主は面白い奴じゃ、お主の『範』にはわしの『力』を受け入れられるだけの懐が有る。
じゃから、わしの『範』でもお主を受け入れよう。世界の誰もがお主を敵にしても、わしはお主の為に戦ってやろう」
それから、僅かに顔を逸らして、誰にも聞こえないような小さな声でぽつりと呟く。
「それだけ……嬉しかったんじゃよ。受け入れてもらえた事が。『可愛い子』から『惚れた女』に変わる程な……」
その呟きは反応する者が現れること無く、森の空気に溶けて消えた。
「ああそうじゃ」
ショウはそれをごまかすように、ことさら声を大きくしてヘキに言う。
「この『力』に関しては夜にでも話そう。歩きながらするような話でもないしの」
「……別に興味は無いけれど」
「わしが話したいんじゃよ。まあ暇つぶしにでも聞くがよい」
「………」
上機嫌のショウと無表情のヘキが、さくさくと歩みを進めていく。
傾きかけた陽が、静かな森に一足早い夜の訪れを予告していた。

「No.15って確かこのあたり……」
一方、ミケ達と別れたテオは、トルスとの待ち合わせ場所であるNo.15付近を訪れていた。
翼人である彼は、自前の翼で空を飛びながらチェックポイントを探している。
「あっ、あれでしょうか」
少し離れたところの崖の上に、今まさにたどり着こうとしている二人連れが見える。
見覚えのある参加者ではない。崖の上に道は無く、何かの巣らしきものがあるのみで、チェックポイントの問題を受けているところなのだろうと知れた。
テオは進路を変え、崖の上へと降り立った。
「お疲れ様です!」
「…あ、トルス先生と一緒の冒険者さんですね」
参加者の生徒は、テオの姿を見るとにこりと微笑んだ。
テオは生徒の優しい様子に安心したように相貌を崩し、親しげに話しかける。
「はい!テオといいます。
ここがチェックポイントなんですか?」
「はい、そこの魔道石に水晶玉を触れさせれば点数になるらしいです。
子育て中の大鷲がいるっていう話だったんですけど……」
「ええっ?!大鷲ですか?!大変じゃないですか!」
生徒が『餌を取りに出かけたところを見計らって登ってきちゃいました』と続けようとしたのを遮って大仰に驚くテオ。
「大丈夫ですか、怪我してないですか!?」
「えっ…?!」
そう大して空いているわけではない生徒との距離を、テオはばさりと翼を動かして急激に詰め寄った。
驚く生徒と傍らの冒険者。
と。
「うわあっ?!」
心配のあまりに慌てすぎたのだろう。
不安定な足場に上手く着地しきれず、テオは大きく態勢を崩した。
「え?!きゃあああ!!」
そのまま、テオに突き飛ばされるような体勢で、同じようにバランスを崩す生徒。
「おっ、おい!」
ぐら。
冒険者が助けようと手を伸ばすより先に、バランスを崩した生徒が足を滑らせて崖下へと落ちてしまう。
「きゃああぁぁぁ!」
生徒の叫び声が、あっという間に崖下へと消えていった。
「わあぁあ!」
慌てて崖のふちに駆け寄り、下を覗き込むテオ。
が。
「どうしたんですかー、びっくりするじゃないですかー」
覗き込んだその先には、落ちた生徒を抱きかかえたトルスの姿があった。
「と………トルスさん……」
今の今まで自分が突き落としてしまったと思い蒼白になっていたテオは、その姿に呆然とする。
トルスはそのままふよふよと崖の上に上がり、慎重に生徒を地面に下ろした。
「山は足場が悪いから、気をつけてくださいねー」
「はっ、はい……ありがとうございました……」
優しく言うトルスに、少しぽうっとなりながら頷く生徒。
「あっ…あの、ごめんなさい。大丈夫ですか?大丈夫じゃないですよね……すいません」
そこに、ようやく我に返ったテオが心配そうに近づく。
「いえ……私もちゃんと避けられなかったのが悪いんで…」
生徒は複雑そうな表情で、それでも助かったのだしトルスの手前、とテオを許す格好になっていた。
が、テオの表情はますます蒼白になっていく。
「僕、そんな怪我させるつもりじゃ……なかったんです」
「いや、怪我してるわけじゃないし……」
なおも困惑気味の生徒の様子は、もはやテオの目には入っていないようだった。
「本当にごめんなさい……」
じわり。
目じりに大粒の涙が浮かぶ。
トルスはきょとんとして、テオの顔を覗き込んだ。
「テオさんー?」
トルスが声をかけると、とうとうテオはぽろぽろと涙をこぼし始める。
「僕がでしゃばったことして、こんなことしでかして…。
こんな僕じゃ、もっとトルスさんや皆さんにご迷惑かけてしまう。
…トルスさん、皆さん、ごめんなさい……!」
ばさり。
最後は叫ぶように言い放って、テオは大きく翼を羽ばたかせ、あっという間にそこから飛び去った。
「あっ、テオさん?!」
慌ててトルスが手を伸ばすが、光人の浮遊速度が翼人のそれにかなうはずも無く。
テオの姿はあっという間に見えなくなってしまった。
「テオさん……」
テオが去っていった方向を心配そうに見つめながら、トルスはぽつりとそう呟くのだった。

§3-6:Battle after battle

「…うわ」
チェックポイントNo.14付近。
うんざりしたような声を上げたミケに、傍らのミリーはきょとんとして顔を向けた。
「なに、どうしたの?」
「いえ、今索敵の魔法でこのあたりに誰かいないか調べてたんですけど、なんか結構いるみたいで……」
「あら、それは楽しそう」
「楽しいのはミリーさんだけですよ……」
ミケは半眼で言って、肩に乗っていた猫を抱き上げた。
「とりあえずポチに魔法をチャージして…色々準備しないとですね…」
「ふふ、がんばってー」
真剣な表情で準備を始めるミケに、ミリーは無責任にひらひらと手を振った。

「ミケとかいうやつ、今頃どの辺にいるんだろな」
一方その頃、やはりNo.14付近で。
次の目的地に足を進めていたゼンは、不機嫌そうにぼそりとミディカに言った。
「はい?」
ミディカが振り返ると、やはり不機嫌な様子でさらに続ける。
「また会う可能性が無くもねーんだ、しっかり対策考えねーとだろ。
…あんな失態はもう…」
その先の言葉は続かず、ち、と舌打ちをして顔を背ける。
ミディカはふむ、と唸った。
「そうでちゅね、向こうは思ったより素早いでちゅ。物理的にも、戦略的にも。
つっこんでいくより、相手の出方をうかがった方がいいかもちれまちぇん」
「出方……か」
「あーた、何か良い作戦は無いんでちゅか?」
「そうだな……『ミケ』っつー名前からして、ちょっと苦手意識が…ううむ…」
「はあ?」
「あ、いやあの何でもねえ」
大鷲のみならず、肉食獣全般が苦手なゼンである。
「まあ確かに、前回の負けは、俺が突っ込んでいったせいもあるな。…反省してる。
相手の出方をうかがう、か……」
ぎゅっと眉を寄せて。
「こちらが先にミケに気づいたら、隠れて奇襲するってのはどうだ?
俺が一人でミケの前に出て囮になって、ミディカは隠れて魔法で攻撃するってのもいい。
そのち………っ」
「そのち?」
「何でもねえ」
その小さな体を生かして、と危うく口にしかけてすんでのところで辞める。
「せっかく二人一組なんだしな」
「そうでちゅねえ、あーたを盾にしても仕方の無い相手だとゆーことはさっきの戦いで十分判りまちた」
「うっせ」
毒づいてから、嘆息して。
「ちいっと卑怯かもしれねーが、んなこと言ってられるか!反則じゃねえんだろ」
「当然でちゅ」
「よっしゃ。なんとしてでも、勝つ!」
「しっ」
意気込んだゼンの横で、急にミディカが人差し指を口の前に当てた。
「来まちた」
「なにっ」
ミディカの向いている方向を見ると、確かに向こうの方にミケらしき人影が。
「よしっ、隠れるぞ」
「わかりまちた」
小声で言い合って、近くの岩場に隠れ、息を潜める2人。
やがて、ミケはミリーを伴って、二人のところへやってきた。
気配を殺し、息を潜めながら攻撃のチャンスをうかがう。
が。

「先ほどの、ミディカさん、でしたね。ルーイさんの妹さんの」

ミケは立ち止まると、まっすぐに二人が隠れている岩場を見て、そう言った。
「!」
「なっ……!」
ミケは動揺する様子も無く、さらりと続ける。
「索敵の魔法、使ってるんですよ。周囲で、大体どの位置にどれだけの人間がいるかくらいはわかります。
あとは…そこに、僕の使い魔が」
「なっ?!」
ミケの指差した方を見ると、岩場の影からちょこりと顔を覗かせている黒猫が。
「ちっ……!」
隠れていたのがばれていたと知るや、ゼンは行動に出た。
ばっ、と岩陰から姿を現すと、抜き放った剣をすばやく上段に構える。
「でえやああぁぁ!」
必要以上の大振りで、ゼンはミケに斬りかかった。
無論、ミケの目を自分にひきつけ、ミディカが攻撃する隙を作るためだ。
だが。
「風よ、邪なる者どもを吹き飛ばせ!」
斬りかかるゼンの正面から、ミケが巻き起こした大風がぶち当たる。
「くっ…!」
ごう。
正面からピンポイントで大風に押され、ゼンはあえなく後ろに押し戻された。
くる、すた。
バランスを崩した体を、宙返りで元に戻して着地して。
そこに。
「土精の演舞!」
ミディカの呪文と共に、ぼこり、とミケの足元の地面が盛り上がる。
「!風よ、空へ!!」
ミケは慌てて、短時間で飛行の魔法を紡ぎあげた。
びゅう、と風がミケの体を空に舞い上げるのと同時に、どどど、足元の土が巨大な錐となって突き出る。
そして、舞い上がったミケの体は格好の標的となった。
「氷精の舞踏!!」
しゃしゃしゃっ。
空に浮かぶミケめがけて、ミディカから無数の氷の矢が放たれる。
「…っ」
ミケは飛んでくる氷の矢を、きっと睨みすえた。
「風よ、呪いを呪いし者の元へ返せ!!」
ごう。
呪文と共に、ミケを取り巻いていた風が竜巻のように勢いを増す。
そして、ミケに向かって飛んできた氷の矢はその風に巻き込まれて進路を変え、まっすぐにミディカの元へと返っていった。
「ミディカ!」
慌ててミディカをかばうように立ちはだかるゼン。
ざざ。かきん。
「ぐうっ!!」
氷の矢のうち何本かはゼンの体にまともに突き刺さり、にじんだ血ごと凍りつかせる。
「ゼン!」
ミディカは驚いてゼンの名を呼んだ。
そこに。
「ファイアーボール!」
ごう。
空中のミケが高らかにそう唱え、その前に大きな火球が姿を現す。
ミケはさらに手を広げると、続けて呪文を唱えた。
「風よ、悪しき者どもに炎の鉄槌を!」
ごっ。
呪文と共に、火球を大きな風の塊が押しつぶし、そのまますごい勢いで地面へと落ちていった。
ばんっ!
広範囲を押しつぶすように落ちた火の塊は、ゼンとミディカを巻き込んで岩肌に叩きつけられ、派手な音を立てる。
あたりに燃えるような物は無く、火は一瞬で消えてあたりには焦げ目だけが残った。
「………ふう」
ミケが息をつくのと同時に、土ぼこりと蒸気の入り混じった煙がようやく晴れる。
「………」
そこには、天に向かって両手を広げ、どうやら結界を張った様子のミディカが佇んでいた。
彼女とゼンとを守り抜いた証のように、二人の周りだけが地面がえぐれずに残っている。
「………へえ」
ミケは少し感心して呟きを漏らした。
前回戦った時、ミディカはゼンを盾として使い、彼が怪我を負おうとも気に止める様子も無かった。
それが、今回はゼンが彼女をかばったように、彼女もまたゼンの身を守っている。一人分の結界を作る方が、はるかに楽だというのに。
だが、それはどうやら彼女にとっては過ぎた力であったらしい。
「………っ」
ぱたり。
「ミディ…カ……」
力なく倒れ付したミディカのそばに、やはり満身創痍のゼンが膝をつく。
「……ミリーさん、彼らの怪我って、治してもらえます?」
少しばつが悪そうなミケの言葉に、ミリーは半笑いで答えた。
「えぇ?あたしがぁ?」
「…ですよねー」
「治癒の魔法くらい、ミディカなら自分で使えるでしょ。元気になってまた襲い掛かってこられないよう、あなたは早くここを離れることね」
「…そう、ですね……」
ミケはなおも心残りがあるというように2人のほうを一瞥したが、やがてその場を去った。

「ひー…ひどい目にあいまちた……」
どうにか傷を治して立ち上がるミディカ。
倒れたものの、やはり意識を失ったわけではなく治療魔法に専念していたらしかった。そう時間がかかることなく、傷を治して立ち上がり、ゼンの傷も治していく。
「ちっくしょー……なんなんだよあいつ……」
ミディカに傷を治してもらいながら、悔しげに毒づくゼン。
ミディカは傷を治し終えると、ポンと肩を叩いて嘆息する。
「だぁからゆったでちょ、油断の出来ない相手だって。奇襲も通用しないとなると、また別の作戦を考えなければなりまちぇんね……」
「うーん……」
ゼンは眉を寄せて唸った。肉食獣という以上になんだか勝てる気がしない。
まあもっとも、中身は肉食とはほど遠い草食系男子なのだが。本人はロールキャベツ系男子(草食に見えて中身は肉)だと主張しているが食べられること前提なあたりにヘタレ臭を感じる。
閑話休題。
「さ、気を取り直して参りまちょ」
堪えた様子も無く颯爽と立ち上がったミディカに、複雑な表情のままゼンも立ち上がる。
と、そこに。
「……む」
何かに気づいたミディかが遠くに視線をやったので、ゼンもつられてそちらを見た。
すると、向こうから歩いてくる2人連れの姿が。
ゼンはにやりと笑った。
「よっしゃ、リベンジと行くか!」
ちゃき、と剣を構えて。
ミディカもその傍らで、にやりと笑って身構えた。

「…あれ、あちらに誰かいますよ」
森から再び山道へと出たカイとオルーカ。
山道を歩いていると、先行しているオルーカが前方を指差した。
背の高い男性と、やたらと背の小さい……あれは幼女といっても差し支えないのではなかろうか。そんな奇妙な二人連れが見える。
カイは眉を寄せた。
「あー、厄介なのに会っちゃったなぁ」
「お知り合いですか?」
「知り合いじゃないけど、有名人。研究院の方にいる、ミディカっていうエルフだよ」
「あ、エルフさんなんですね。それであんなにちっちゃいのに学校に…しかも研究員さんなんですか……」
「エルフなんだけどこう、一般的なエルフのイメージとは程遠くてね…なんていうか……」
「なんていうか?」
カイがコメントするより先に。
だっ、とミディカの横の男性が剣を構えてこちらに駆けてくるのが見えた。
反射的に武器を構える2人。
「………好戦的なんだよ」
「…よくわかりました」
オルーカは複雑そうな表情で言ってから、男性……ゼンを迎え撃つために駆け出した。
同時に、カイもミディカに向かって駆け出す。
「でえや!」
「はぁっ!」
ゼンの振り下ろした剣を、棍で迎撃するオルーカ。
かきん、と硬い音がして、ゼンの渾身の攻撃は横に逸らされた。
「せいっ!」
さらに身をひねってゼンに攻撃を繰り出すオルーカ。
どす。
「ぐっ……!」
棍がまともに胴に命中し、ゼンは小さく呻いた。
その横を、ミディカに向かって駆けていくカイ。
「あっこら、待ちやがれ!」
「待つのはあなたです!」
がっ。
体をひねってカイの方を向いたゼンの肩を、棍の先で突くオルーカ。
「ぐわっ!」
「あなたの相手は私ですよ」
体勢を崩したゼンの足を、さらに棍で素早く払う。
「うお!」
どさ。
ゼンは完全にバランスを失い、地面に転がった。
がっ。
それを押さえつけるように、背中に膝を落とすオルーカ。
「ぐぅ……っ」
ゼンは悔しそうに、しかしなす術も無く押さえつけられていた。

一方、ミディカに向かって駆け出したカイは。
「氷精の舞踏!」
しゃしゃしゃっ。
「はっ!」
ミディカの放った氷の矢を高く跳んでやり過ごし、そのまま目にも留まらぬ速さでミディカの懐に潜り込んだ。
「…っ……!」
どす。
ミディカが叫び声をあげる間もなく、カイは多少加減して拳をみぞおちに叩きこむ。
「うぐっ……」
小さく呻いて、ミディカはそのままカイにもたれかかるようにして倒れこんだ。
「…ふー…」
小さなミディカの体を軽々と抱えて立ち上がり、息をつくカイ。
そして、その首から下げられている水晶玉から、点数を移動させる。
「オルーカ、もういいよ」
それから、ゼンを押さえつけていたオルーカに向かって言うと、オルーカは頷いてゼンから離れた。
「ちっ……」
悔しげに舌打ちしてから、肩を押さえて立ち上がるゼン。
カイはミディカを抱きかかえたままそこに歩いていった。
「はい。すぐ目を覚ますと思うから」
「……おう」
あっさりとした様子でミディカを引き渡され、ゼンは複雑そうな表情でミディカの小さな体を抱きかかえる。
「それじゃ、行こうかオルーカ」
「はい」
敗者にかける言葉は無い。
それは敗者に対する侮辱であると思っているカイは、そのままオルーカをつれてその場を後にする。
ゼンはなおも複雑そうな表情でそれを見送ってから、腕の中のミディカを見下ろすのだった。

<オルーカ・カイチーム +30ポイント 計170ポイント>
<ゼン・ミディカチーム -30ポイント 計180ポイント>

さて、その場を離れたカイとオルーカは、しばらく歩いていったところでまた人影に遭遇した。
が、今度はその姿に笑みを見せるオルーカ。
「レティシアさん!」
レティシアの姿を見つけたオルーカは、笑顔で手を振りながらそちらに向かって駆け出した。
カイも微笑んでその後をついていく。
「オルーカ、カイ!」
一方、名を呼ばれたレティシアの方も嬉しそうに手を振り返して2人を迎える。
2人はレティシアに駆け寄ると、嬉しそうに声をかけた。
「レティシアさんもこちらにいらしたんですね」
「オルーカとカイもここに来てたんだね。どう、調子は?」
「まずまずです、レティシアさんの方は?」
「うーん…がんばってるけど…ねえ、課題結構きつくない?」
「そうですねえ、でもやりがいがあって楽しいですよ」
「オルーカはポジティブだなぁ…ていうか、うちより上手くいってるのかぁ…」
はあ、とため息をつくレティシア。
そこに、オルーカが続けて問う。
「そういえば、開会式では聞き逃してしまいましたが、レティシアさんはどういう経緯でこの依頼を?
私はこの学校に通う友達から紹介してもらったんですけど…レティシアさんは酒場の依頼を受けたとかですか?」
「え、私?」
レティシアはきょとんとして自分を指差し、それから苦笑した。
「何ていったらいいのかなぁ。う~ん…なし崩し的にってカンジ?」
「な、なし崩しですか?」
「うん。たまたま、ここにいるルキシュに出会って『手伝え』って言われたの」
「そ、それは……」
どういう状況だったのか気になるが、それ以上つっこむのをためらう内容だ。
オルーカはそれにはそれ以上触れないことにして、にこりと微笑んだ。
「では、お互い頑張りましょうね!」
「うん、オルーカもね!」
何やらこのまま笑顔で話が終了して解散しそうな雰囲気に、後ろのカイがぎょっとする。
が、彼女が何か言うより前に。

「雑談はその辺で終わってもらってもいいかな?そろそろ、僕も戦って点数を頂きたいのだけど?」

後ろで苛々した様子のルキシュが言い、2人は驚いてそちらを振り返った。
呆れたようにため息をつくルキシュ。
「まさか、このまま馴れ合いの仲良しこよしごっこで終わらせるつもりだったんじゃないだろうね?
君たち冒険者は一体何のために雇われたと思ってるの?」
あからさまに上から目線かつケンカ腰の態度に、怒るより先にぽかんとしてしまうオルーカ。
レティシアは仕方なさそうにため息をついた。
「…ごめんなさい、そういうわけだから」
「レティシアさんも大変ですね……」
オルーカは気の毒そうにレティシアを見やり、それでも棍を手に取った。同時に、後ろのカイも棒を両手に取る。
レティシアは一瞬で表情を引き締めると、後ろに跳んで身構えた。
「いくよ!」
「はい!」
声を掛け合って、同時に駆け出すカイとオルーカ。
カイはルキシュの方へ、オルーカはレティシアの方へと駆けていく。
が。
「ファイアウォール!」
レティシアの呪文と共に、レティシアとルキシュを守るようにして大きな炎の壁が展開された。
「くっ…」
カイとオルーカは一瞬ひるんだ様子を見せたが、双方ともエレメントが火であるから多少の炎は耐えられると判断したのだろう、そのまま速度を緩めずに足を進める。
だが。
ばちん!
「うあっ!」
「きゃっ?!」
2人が壁に触れた瞬間、派手な音がして炎の壁は2人をはじき返した。
「な、なに?!」
「ただの炎の壁ではないということですね…さすが、レティシアさん」
物理的な防御の効果もあるらしい炎の壁を前に、2人はどう攻めていいかわからぬ様子で足を止める。
と、そこに。
「ウィンド・ビット!」
びす。びすびすびすっ。
人差し指を突き出したルキシュが呪文を唱え、まるで銃を撃つように小さな空気の塊がその指からいくつも解き放たれた。
ごごご、ごう。
ルキシュの放った空気の弾は、レティシアの炎の壁に当たって突き抜ける過程でその炎を纏い、さらに威力を増していく。
びび、びっ。
「うああぁっ!」
炎の弾となった空気弾は、足を止めていたオルーカにことごとく直撃した。
纏っている服に焦げ目がつくが、やはり火のエレメントであるオルーカにはそれ自体はさしてダメージにならない。
だが、火を伴って威力の増した空気弾は、生身のオルーカにはかなり堪えたようだった。
がく。
肩を押さえ、足も支えていられずに膝をつくオルーカ。
「オルーカ!」
驚いてそちらを見るカイにも、ルキシュはその手を向けた。
「ウィンドストーム!」
ごう。
広げた手のひらから、空気の流れが竜巻のように渦を巻いてカイに向かっていく。
ごっ。
先ほど同様に、レティシアの炎の壁を通過することでさらに威力を増して。
炎の竜巻は勢いよく渦を巻きながら、あっという間にカイの体をさらい上げた。
「く…!」
どうにか避けようと体を捻るが、その体勢からノーダメージで避けるにはその渦は大きすぎた。
ごう。
「うああぁっ!」
火の渦にさらわれ、弾き飛ばされるように空を舞うカイ。
(オルーカ……カイ……)
レティシアは炎の壁を維持させながら、痛ましげにその様子を見やった。
どさ。
体のあちこちが焼け焦げた格好で、カイの体は地面に落ちた。
「カイさん……!」
オルーカがそちらを見るが、やはり肩と足をやられていて動けなさそうだ。
「…っ、カイ!!」
レティシアはこらえきれず、術を解除してカイに駆け寄った。
「大丈夫?!」
地面に倒れふしているカイに駆け寄って膝をつくと、ルキシュが眉を吊り上げて足を踏み出す。
「何をしてるんだ、君は!いくら顔見知りだからって、敵の味方をするつもりかい?!」
「もう勝負はついたでしょう!これ以上やる必要は無いわ!」
レティシアはカイを抱き起こしながら、駆け寄って来たルキシュに言い返した。
面食らって足を止めるルキシュ。
「なっ……君は、何を……」
「ね、そうでしょうカイ?これ以上戦ったりしないわよね?」
レティシアはカイの顔を覗き込んで必死に言った。
カイは意識はあったようで、弱く微笑みながらひらひらと手を振る。
「…あー、うん、ちょっとこの状態で勝つのは無理かなあ。参ったよ、降参」
「カイさん……」
膝をついているオルーカも残念そうに呟く。
レティシアはほっとした様子で、カイの体に手のひらを当てた。
「待っててね、今回復するから」
「え?」
「ちょっと!!」
その言い草にまた激昂するルキシュ。
「いいかげんにしなよ!戦いを止めるのは百歩譲って許すけど、回復してやる必要がどこにある?!
怪我が治ったらまた敵対するつもり?!どうして君はそう甘いんだ!!」
「じゃあ、先にカイの水晶玉から点数を移動させればいいじゃない」
「……は?!」
レティシアはカイの首から下がっている水晶玉を手に取り、伸ばせるだけルキシュのほうに突き出した。
「点数を移動したらしばらくは無理になるんでしょ。そうしたら、戦う必要も無くなるわ。
これなら文句ないでしょう」
「そういう問題じゃ……!」
「じゃあどういう問題なの?!他のチームの手助けをするのは反則じゃないはずよ!!」
先ほどのこともあってか、レティシアはかなりきつい態度でルキシュに言い返す。
すると、レティシアに抱き起こされていたカイが、弱々しく口を挟んだ。
「これだけこっぴどく負けたのに、治してもらったからっていきなり攻撃したりしないよ、先輩」
その言葉はルキシュに向かってのもので。
カイはどうにか体を起こすと、レティシアが持っていた水晶玉を手に取り、ルキシュに差し出す。
「ほら、点数。これでとりあえずは安心でしょ」
「………」
ルキシュはまだ疑わしげな表情で、それでも言われたとおりに点数を移す。
カイはそれを確認して、レティシアの方を見た。
「レティシア、あたしたちを助けてくれるのは嬉しいけど、先輩の言う通りだよ。敵に塩を送ることが、いずれ自分の落とし穴になるかもしれない。
レティシアは優しいね、でもその優しさの使い道を間違えないで。今のレティシアの雇い主は、先輩なんでしょ?」
「カイ……」
心配げにカイの方を見やるレティシア。
カイは、ふふ、と微笑んだ。
「でもぶっちゃけ、あたしたち回復魔法ってあまり得意じゃないから。治してもらえるなら、ぜひお願いしたいところなんだ。
ねえ、取引しようよ、先輩」
「取引?」
カイの言葉に眉を寄せるルキシュ。
カイはそちらに向かってさらに言った。
「今、レティシアに回復魔法かけてもらえたら。
このウォークラリーのどこかでまた会った時に、困っていたらあたしたちが手を貸す、ってのはどう?」
「……困っていなかったら?」
「その時は、戦い抜きで無条件で30点渡すよ。それでどう?」
「か、カイ?!」
「カイさん…?!」
カイの提案に驚くレティシアとオルーカ。
ルキシュはまだ若干警戒した様子で、それでも頷いた。
「……わかったよ、いいだろう。回復魔法をかけてあげなよ」
「う、うん………」
レティシアは戸惑いがちに、それでもカイに回復魔法をかける。
自分でじわじわと回復魔法をかけながら、心配そうに見守るオルーカ。
ルキシュは不本意そうな表情で、それでも黙ってそれを見守るのだった。

<レティシア・ルキシュチーム +30ポイント 計120ポイント>
<オルーカ・カイチーム -30ポイント 計140ポイント>

「ぅ………」
「気がついたか」
目を覚ましたミディカを、ゼンは心配そうに覗き込んだ。
「あたちは……」
「さっきの女の当て身で気絶してたんだ。どこか痛いところはないか?」
「ん…平気そうでちゅ。加減して打ったようでちゅね」
ミディカは腕を動かしながら、微妙に悔しげな表情でそう言った。
「ッキショー、なんだよ、負けっぱなしだなオイ」
ミディカが立ち上がると、ゼンは悔しそうに地面を殴ってそう言った。
「まー、戦いともなれば魔道の腕だけが勝敗を決めるわけではありまちぇんからね。
経験の差がもろに出てしまってるとゆーことでちょ」
「オイコラ、そりゃ俺の経験が大したことねーっつってんのか」
「おんや、おバカ獣人にちては察しがいいでちゅね」
ミディカは小ばかにするような笑みを浮かべて煽ってから、肩を竦めて嘆息する。
「ま、こーゆーのは相対的なものでちゅよ。あーたの経験が無いとゆーことでなくて、あたちたちの経験よりあちらの経験の方が上だったとゆーだけの話でち」
「同じことだ、クソっ」
再び地面に拳をぶつけるゼン。
「…あんまりいじけてないで、頭を切り替えなちゃい。
………来まちゅよ」
ミディカが遠くを見据えて声のトーンを落としたので、ゼンはあわててそちらを見た。
「ん……?ありゃ、確か……」

「ん…あれは」
オルーカたちの元を離れ、山道を歩いていたルキシュは、前方に見えた影に足を止めた。
「…あれって、確か…」
レティシアもその人影をみて声を上げる。
「最初のチェックポイントで見た…ええと」
「ミディカ・ゼラン……院生だ」
低く言って表情を引き締めるルキシュ。
「院生って……」
「通常の学習課程を終えた生徒が、まだ魔道を専門に研究したいと望んだときに、一定の試験をクリアして入るところだよ」
「ええっ、それじゃあ…あんなに小さくても…」
「ああ、魔道の実力は折り紙付き、というわけ」
ルキシュがそう言ったところで。
たっ。
向こうの方にいた2人連れのうち、背の高い男性の冒険者……ゼンがこちらに駆け出すのが見えた。
「あっ……」
「来るよ」
表情を引き締めて身構えるルキシュ。
レティシアは慌てて防護の術を組み上げた。
「ファイアウォール!」
ごう。
呪文と共に、2人を守るように炎の壁が展開される。
「おわあぁ?!」
勢いよく駆けてきたゼンは、突如目の前に展開された炎の壁に驚いたものの、走る勢いを止められずにまともにつっこんでしまう。
ばちん!
「ぐわああぁぁ!」
まともに跳ね返され、火だるまになりながらごろごろと転がるゼン。
そこに。
「雷神の旋風!」
ミディカの呪文が放たれ、転がったゼンの上を通り過ぎてレティシアの火壁に向かっていった。
が。
ばちん!
ミディカの雷嵐も、レティシアの炎の壁の前にあえなくはじかれてしまう。
「ちっ…!」
ミディカは防護魔法の思わぬ強さに、悔しげに舌打ちをした。
そこに。
「ウィンドストーム!」
先ほどカイを吹き飛ばしたルキシュの魔法が放たれる。
ごう。
先ほどと同じようにレティシアの炎の壁を通過することで威力を増した竜巻は、まっすぐにミディカの元へと飛んでいった。
「くっ……!地神の防壁!」
ミディカは両手を前にかざし、防護の魔法を展開させる。
ばちばちばち!
ミディカの防護魔法と、ルキシュの魔法が正面からぶつかり合い、激しい音を立てた。
「っく……!」
「むむ…!」
互いの魔法の威力がせめぎあい、力の押し合いになる。
「ルキシュ……!」
苦しげに魔法を放ち続けているルキシュを見て、レティシアは心配げな表情を見せる。
(どうしよう……でも……)
何ら悪いことをしているわけではない、ただの魔法学校の生徒を傷つけるようなことはできない。だから、防御にのみ徹するつもりだった。
だが。

『今のレティシアの雇い主は、先輩なんでしょ?』

カイの言葉がよみがえる。
レティシアは逡巡して、それでも表情を引き締めた。
「…っく……!!」
ぎゅっと目を閉じて、炎の壁に送る魔力を増す。
ごう。
火の勢いは増し、そしてルキシュが放った炎の竜巻の威力も増した。
そして。
ばちばちばち、ばちん!
ミディカの防護魔法は、2人分の魔力を持った炎の竜巻に耐えきれず、派手な音を立てて崩壊する。
「んきゃああぁぁっ!」
炎の竜巻に巻き込まれたミディカは、悲鳴と共にはねとばされて地面に叩きつけられた。
「行くよ」
「えっ、ちょ、ちょっと!」
駆けだしたルキシュに、レティシアも慌てて術を解いてついていく。
「…っ、ミディカ……!」
レティシアの防護魔法ではじかれたゼンはまだダメージが残っているらしく、立ちあがったものの攻撃するほどの力は残っていないようだ。よろよろと、2人が駆け寄るミディカの方へと歩いていこうとする。
「…よし!」
地面に倒れているミディカが動けないのを見て、ルキシュは小さく歓声を上げた。
「今のうちに!」
ルキシュはミディカの傍らに膝をつき、その首から下げられている水晶玉を手に取った。
体のあちこちが焦げてぐったりと力を失っている様子のミディカを、後ろからレティシアが心配そうにのぞき込む。
「…よし、点数は移動した!行くよ!」
点数の移動が完了したルキシュは、意気揚々と言って立ちあがった。
「え、でも、この子……」
まだ心配そうな表情で言うレティシアに、ルキシュはまた剣呑に言い募る。
「また傷を治してやろうって腹なら、やめて置いた方がいいよ。さっきは君の顔見知りだから治っても攻撃はしてこなかった。けれど、彼女にそれを期待しない方がいい。それに、彼女はもう自分で回復魔法をかけているよ」
「えっ…」
言われて改めてミディカを見やれば、確かに弱い回復魔法の波動を感じる。
ルキシュは嘆息して言った。
「お優しいのは大変結構だけれどね。あの赤竜の女の言ったように、優しさの使い道を間違えないことだ。
さ、行くよ」
「う、うん……」
レティシアはまだ心配そうな表情で、それでもルキシュの後をついてその場を去る。
やや遅れて、ゼンもよろよろとその場に駆けつけた。
「お、おい、大丈夫か…」
悔しさのにじむ表情でミディカのそばに膝をついて。
ミディカはまだしばらく、動きが取れない様子だった。

<レティシア・ルキシュチーム +30ポイント 計150ポイント>
<ゼン・ミディカチーム ー30ポイント 計150ポイント>

「本当に、良かったんですか、カイさん」
ようやく体が動くようになったオルーカは、やはり動くようになった腕をぐるぐると回しているカイに向かって心配そうに言った。
きょとんとするカイ。
「ん?なにが?」
「あの、ルキシュさん?でしたっけ…レティシアさんの雇い主の。あの人に会ったら30点無条件であげるって…」
「え?ああうん、本気だよ?だって、治してもらったんだし、それくらいの対価はね。
それに無条件じゃないよ、困っていたらあたしたちが助けて、それでイーブンでしょ」
「でも、そうそう困るようにも見えませんでしたけど…レティシアさんもいるんですし…」
「それはそうかもねー。でも、あたしはむしろ、ラッキーだったと思うけどな。今度はタイミングよくトルス先生もいなかったしさ」
「それはそうですけど……」
「ま、もう一度会う可能性はそんなに多くないし、そんなに気にすることも無いんじゃない?」
「そうですかね……」
「そんなこと気にするより、次にどうやって上手く点数取るかを考えようよ、ね」
「…はい、そうですね」
どこまでもポジティブなカイに少し苦笑するオルーカ。
と、カイの顔がパッと輝いた。
「オルーカ、オルーカ!」
「はい?」
オルーカの肩をとんとんと叩いて、後ろの方を指差すので、オルーカは素直に後ろを向いた。
すると。
「あ、あれは……ミケさん!」
「やった、ラッキー!」
カイはテンション高く言って、駆け出した。
オルーカもその後に続く。

「……っ」
一方、ミケの方はといえば。
カイとオルーカが駆けてくるのを見て、表情をこわばらせる。
「ま、またあの2人ですか……!」
さ、と身構えて警戒の表情を露にして。
いつでも逃げ出せるようにして、2人を待ち構えた。
「おっ……と」
カイとオルーカも、ミケの警戒を悟ったのか、少し距離を置いたところで足を止める。これ以上の間合いに入れば、一瞬で逃げられてしまうかもしれない。
棒と棍を手に取ったまま、それでもかなり楽しそうな表情の2人に、ミケは半眼で言った。
「またあなた方ですか……!ていうか、あなた方、僕を殺す気でしょう!」
「何言ってるんですか、そんなわけないじゃないですか!」
「うわあ嘘臭い!防御魔法使わなかったら、幻影魔法使わなかったら、死んでいますよ!?
なんですか、オルーカさん、僕がアイドルの座を狙うと!?いりませんよ!」
「何を言ってるんですか?ミケさん」
「だから、アイドルの座を」
「アイドル?意味がわかりません」
「え?」
「今回は私真面目モードで行くと決めてるんです」
「今回?」
「大人の事情です、空気読んで下さい」
「僕に空気を読めるわけがないでしょう」
はいはい、メタ発言禁止。
「と言われてしまったので、真面目に行きましょう。ここであったが百年目です、行きますよミケさん!」
「僕は行く気はありません、失礼しますっ!!」
ミケは力いっぱいそう言って、後ろに飛ぼうと力を込め……
「いくよ、オルーカ!」
「はい!」
2人は小さくささやきあって、いっせいにミケの斜め上を指差した。

「「あーーーーーーっ!!
マイクロビキニのレティシア(さん)が失踪中の沢尻Eリカとスッピンのカノー姉妹と黒百合の衣装着たサッチーと一緒に、最前列で押O学とAB蔵がケンカしてるスペースのリリミケ18禁新刊の列に並んでるーーー!!!」」

「一体全体どういう状況なんですかそれはーーーー!!!」

2人で考えているうちに大発酵して異臭を放ち始めた『思わずそちらを見てしまいそうになるかけ声』に、全身全霊でツッコミを入れるミケ。
しかし、根っからのツッコミ気質であるミケのおかげで、彼がいち早く逃げようとするのだけは阻止できたようだった。
「ミケ!」
びし、とミケを指差すカイ。
「オルーカも言ったけど、別に殺す気とかじゃないから!
ただあたしたちは、ミケと正面から、正々堂々戦ってみたいだけ!!」
「えっ……」
正々堂々、という言葉にきょとんとするミケ。
カイは続けた。
「あたしたちは、他の参加者に対しても、向こうが仕掛けない限り攻撃なんかしてないよ。
自分達から仕掛けるのは、ミケだけ。
ミケと戦って、自分の力を試したいから!」
「そっ……」
「お願い!」
何か言おうとするミケをさえぎって言って、それからカイは丁寧に礼をした。
「あたしたちと、戦って下さい!」
「私からも、お願いします!」
続いて、オルーカもそれに倣って礼をする。
「………あー…」
ミケは戸惑った様子で視線を泳がせた。
「……あの、それは、本気ですか……?」
恐る恐る、確認するように言ってみる。
顔を上げた2人は、勢いよく即答した。
「もちろん!」
「本気です!」
「……う」
ミケは困惑の表情をありありと表に出して、しばし迷っているようだった。
が。
「…………分かりました」
ものすごく不本意そうな表情で。
しかし、ここまで礼を尽くされて、正々堂々と、と言われ、断れるわけがない。
「受けて、立ちましょう」
すう、とひとつ深呼吸をして。
今度は迷いの無い瞳で、2人を見つめ返す。
「別に、2対1で構いません。僕にも、この子がいますから」
いつもは肩に乗っている黒猫は、今はミケの足元に立っている。
この子がいる、と言われたところでどや顔で胸を張っている。
「僕、負けず嫌いなので。……手段は選びませんからねっ」
表情を引き締めて言うミケに、カイとオルーカも緊張の面持ちになって。
そこに、少し離れたところにいたミリーがくすっと笑って声をかけた。
「正々堂々、なら、掛け声でもかけましょうか?」
冗談めかして言うも、カイは真剣な表情で頷き返す。
「お願いします」
「そう。じゃあ、双方構えて」
ミリーの言葉で、双方が改めて身構えて。
ミリーはすっと手を上げると、よく通る声で告げた。

「はじめ!」

だっ!
掛け声と同時に、オルーカとカイがふた手に散って駆け出す。
ミケはそれを見据えながら、傍らのポチに鋭く言った。
「ポチは、オルーカさんの方を!」
「にゃっ!」
返事をするように鳴いて、ポチはオルーカの方へと駆け出す。
オルーカはその様子に、少なからずぎょっとした。
「ね、猫…?!いえ、しかしミケさんの使い魔なのですから…」
ただの猫と侮らず、気をつけていかねばならない、と思った瞬間。
ごわ。
オルーカの足元で、小さな黒猫だったポチは急にその大きさを変えた。
「きゃあっ?!」
さすがに驚いて足を止めるオルーカ。
そこに、ちょっとしたクロヒョウほどにまで大きくなったポチは、オルーカの腹めがけて飛び掛った。
ごす。
「あうっ!」
思ったより大きな威力に、オルーカは大きくバランスを崩して背中から倒れこむ。
がっ。
倒れたオルーカの両腕を封じるように、大きくなったポチが上に乗って押さえつけた。
「……っく……!」
悔しげに表情を歪めながら、どうにか腕を動かそうとするオルーカ。
だが、ポチに抑えられた腕はびくともしない。
「そんな、どうして……っ」
いくら大きいとはいえ、持ち上げられないような大きさでもないのに。
「にがーご」
野太く鳴いたポチの周りに、なにやら風の結界のようなものが渦を巻いているのが見える。
あらかじめポチにかけられていた防護の魔法が、今オルーカの動きを封じる作用となっているのだろう。
「くっ……!」
オルーカは再び悔しげにうめいてから、ミケのほうに向かったカイの方を見やった。

「はぁっ!」
先ほどと同様に、渾身の力でミケに向かって棒を振り下ろすカイ。
ごう。
「くっ…!」
ミケの周りの防護魔法が、カイの棒の軌道を大きく逸らす。
オルーカの火の棍で、ミケの風の結界を多少揺るがすことが出来るかもしれない、と打ち合わせてはいたが、肝心のオルーカは今ポチに動きを封じられている。
カイは棒を構えなおして、精神を集中させた。
「いちかばちか……ファイアー!!」
ぼっ。
至近距離で巻き起こった炎の魔法は、やはりミケの風の結界に遮られて動きを止める。
が。
「でやあっ!!」
カイはその炎の魔法を狙って、さらに棒を突き出した。
「えっ?!」
そのすばやい動きに驚きの声を上げるミケ。
ご。
カイの棒に結界の中へ押し込まれるようにして、炎は風の結界の中にぐいぐいと食い込んだ。
「…っく……!」
このままでは防護結界は破れる、と判断したミケは、体を捻ってから防護結界を解除する。
ふ、と音もなく空に溶ける結界。
「はっ!」
遮るものが無くなったことで、カイは先端に魔法の炎を纏った棒をそのままミケに突き出した。
「くっ!」
ご。
体を捻ってはいたものの、棒は肩をかすって鈍い音を立てる。
物理と魔法、両方のダメージに、ただでさえ物理ダメージに弱いミケは痛そうに顔をしかめた。
だが。
「風よ!」
とつ。
棒を突き出したことで近づいていたカイの体に直接手を当てて。
「遠く遠く、炎の申し子を彼方へ吹き飛ばせ!!」
ごっ。
風の塊が、風が当たったとは思えない鈍い音をもってカイの腹にぶち当たる。
「うぐっ!」
「風よ!」
もう一度強く唱え、風の塊にさらに魔力を送るミケ。
どん。
「うああぁぁっ!」
何かを突き飛ばすような音と共に、カイの体はそこから勢いよく跳ね飛ばされた。
「あうっ!」
どすん、ど、どさ。
よほど強い力で跳ね飛ばされたのか、2、3度バウンドして倒れ伏すカイ。
そこに、ミリーの鋭い声が飛んだ。

「そこまで!勝負あったわね」

ふ、と安心したように息を吐くミケ。
同時に、オルーカを押さえつけていたポチもその手をどかし、ついでに小さい姿に戻った。
「カイさん!」
自由になった体を起こし、慌ててカイに駆け寄るオルーカ。
「加減できなかったんで……大丈夫、ですか」
こちらはその場に立ったまま、ばつが悪そうにカイの方を見やるミケ。
カイは痛そうに顔をしかめ、どうにか肘をついて身を起こした。
「ったたたた……はは、さすがはミケだね……参った、降参」
「大丈夫ですか、カイさん」
「ん、なんとか。ちーっと、2人で力合わせて回復しよっか…」
「そ、そうですね…」
オルーカは少し戸惑い気味に、それでも頷いて回復の術を使い始めた。
「……ミリーさん、カイさんを回復……」
ミケはなおもばつが悪そうにそれを見ながらミリーに言いかけ、そしてまた半笑いのミリーの表情を見て、しょんぼりとため息をついた。
「……ですよね……」
「敗者に情けはかけない。あなただってそれは良くわかってるでしょう?」
「……はい…」
なおも気まずげにカイの方を見てから、ミケはそれを振り切るようにしてその場を後にするのだった。

さて、それからしばらく後。
カイに続き、院生であるミディカをも倒したルキシュの機嫌はかなり良くなっていた。
「ほら、やっぱり棄権なんて君の心配のしすぎだったろう?
院生にまで勝ったんだ、僕の優勝は揺ぎ無いよ」
「………」
ルキシュの言葉に、複雑そうな表情でそれでも口をつぐむレティシア。
確かに、他の生徒に勝ちはしたが……それでも、不安は拭えない。
『力は持っているだけじゃ役には立たないものさ。事実、彼は有り余る力を上手く表に出せずに苦しんでいる』
No.13の教官の言葉がよみがえる。
チェックポイントの問題をクリアしていく様子を思い浮かべれば、彼の実力に不安があるのは明らかだった。
だが、それを口にしても今のルキシュには届かないだろう。
はあ、と小さくため息をつくレティシア。
自分の不安がそう遠くないうちに現実になりそうな予感がするが、それに対して何も出来ない自分が歯がゆい。
そんな思いをぐるぐると抱えながら、ルキシュの後ろをとぼとぼと歩いていると。
「……っ、おい、あれ……!」
不意に気色ばんだ声を上げるルキシュに、レティシアは顔を上げて前方を見た。
そこには。
「……っ、ミケ……!」
向こうから歩いてくるミケの姿に、レティシアはぱっと嬉しそうな表情を作った。
だが。
「……っ……」
その表情が一瞬にして翳る。
ミケに会えたこと自体は嬉しいが、ルキシュの様子からそれが戦いを意味することは明らかだ。
駆け寄りかけて足を止め、逡巡して視線を泳がせて。
しかし、やがて気を取り直して表情を引き締めた。
(やっぱりミケと戦うのはイヤだけど……でも、ミケなら負けるわけないわ。大丈夫、ミケを信じてる)
雇われた冒険者としてはかなり問題のある確信をもって、レティシアは小さく頷いた。
そこで、歩いてきたミケがようやくレティシアを認識する。
「え、あれ、レティシアさん?どうして、ここに?」
やはり開会式の時にレティシアの姿は認識されていなかったらしい。
ミケは少し驚いたように、レティシアを見てそう言った。
「う、うん、久しぶりね、ミケ。
今回はね、ここにいるルキシュの依頼で、護衛をしているの。会えて嬉しいわ」
「そうなんですか」
レティシアの言葉に、ミケはやわらかい微笑を見せた。
「……魔導師レティシア・ルード殿と手合わせしてもらえるなんて、光栄ですねー。滅多にない機会ですので、 ちょっと楽しみです」
少しの沈黙のあと、若干わくわくした様子でそう言うミケに、戸惑うレティシア。
「そ、そういえばそうね……でも、でも、ミケを傷つけるなんてできないよ」
少し迷った様子でそう言って、それから表情を引き締めて。
「だから、全力で防御させてもらうわ」
決意を込めた表情で、そう告げる。
ミケは特別気にする様子も無く、にこりと微笑み返す。
「そうですか、役割分担は基本ですものね。では、その防御、敗れるように頑張りますね」
気負う様子のないその態度に、隣のルキシュがイライラしたように割って入った。
「この僕を差し置いて、こんな半端な冒険者に勝負を挑むとは、いい度胸だね。その言葉、後悔させてあげるよ!
ウィンドビット!!」
言うが早いか、ミケに向かって攻撃魔法を放つ。
ミケはすっと半歩下がると、飛んでくる空気団に向かって手を広げた。
「風よ、空から生まれしものを空に還せ!」
しゅう。
ルキシュが放った空気弾はミケに届く前にあっさりと空に溶けて消える。
「半端な冒険者って。レティシアさんは、ちゃんとした冒険者です、よ」
珍しくむっとした様子で、ミケはぼそりと呟いた。
「行きます。ファイアーボール!」
続けて、彼に向かって術を放つ。
ごう、と巨大な火球が生まれ出で、そのままルキシュの方へと飛んだ。
が。
「ファイアウォール!!」
ごっ。
レティシアが展開した炎の壁に、ミケの火球は吸い込まれるようにして消えていく。
「…む、やはり炎の術はレティシアさんの方が先を行きますね…」
ミケは片眉を顰めて呟いた。
そこに、炎の壁の向こうにいたルキシュが再び呪文を唱える。
「ウィンドストーム!」
ごう。
ミディカをも吹き飛ばした炎の竜巻が、レティシアの壁を通ってミケに迫り来る。
だが。
「風よ、悪しき力の向く先を天へ!」
ごわ。
炎の竜巻はミケの風の結界に触れて異質な音を立てると、そのまま上へと方向を変えて流れていった。
「くっ……!」
「ミケ……!」
悔しそうに眉を寄せるルキシュと、少し嬉しそうなレティシア。
ミケは、ふうと息をつくと、先程よりだいぶ冷静な様子でルキシュの方を見た。
(この人、もしかして言うほど強くない?……魔力はあるのに…)
口には出さずに、冷静にそう思う。
(…なら、レティシアさんの防護魔法さえ破れば勝機はありますね…)
ざっ、と右足を後ろに下げて、地面を踏みしめて。
少し身を沈めて手のひらを前に向ける。
「風よ、大いなる力で炎の守りを打ち砕け!」
先ほど術とは比べ物にならないほどの魔力を注ぎ込んで、風の塊をレティシアの展開した炎の壁にぶち当てた。
「くっ……!」
慌てて魔力を注ぎ込み、壁を強化するレティシア。
だが。
ぐぐぐ、ごわ、ごうっ。
ミケの放った風はレティシアの炎の壁に食い込み、そしてあっさりとそれを飲み込んだ。
「きゃああっ!」
「うわあっ!」
レティシアの結界を取り込む形で炎の嵐となった風は、その後ろにいたレティシアとルキシュを飲み込み、吹き飛ばす。
どさ、どさ。
2人は地面に倒れ伏し、痛そうに身を起こした。
「くっ……!」
「…る、ルキシュ…!」
ルキシュよりもダメージは少なそうだったが、レティシアは身を起こすとルキシュに言った。
「やっぱりミケには敵わないよ。もうやめようよ!」
その言葉に、ルキシュはきっとレティシアの方を睨みやる。
「いいかげんにしなよ!」
立ち上がり、激昂した様子でレティシアに怒鳴りつけた。
「さっきから棄権だの逃げるだの、前にも言ったけれど、君に冒険者としてのプライドはないのか?!」
「っ……」
言葉に詰まるレティシア。
ルキシュは畳み掛けるように続けた。
「どうせこの男が好きだから戦えないとか、そんなくだらない理由だろう?!
今だって、君の防護魔法が破られたんじゃないか!
魔法でも役に立たない、依頼人の妨害はする、依頼人の意には沿わない!
そんな役立たずの冒険者なんて、もう必要ないよ!
今すぐ辞めて、さっさと帰るんだね!」
「そんな……っ!」
レティシアにそれ以上の言葉を返すことはできなかった。
ほろ。
代わりに、その緑色の大きな瞳から一粒、涙がこぼれる。
「……っ、う……ぅ……!」
レティシアはそのままほろほろと涙をこぼしながら、顔を手で覆った。
と。

「……それはまた、随分な言い方ですね」

静かな、だが奇妙に良く通る声で、ミケが言った。
「あなた1人で、何ができると?ああ、さしあたって僕が倒せると言いたい訳ですね。
……どうぞ、おやりなさい。受けて立ちましょう?」
にこり。
穏やかに言って、笑みを見せる。
だが、その笑みは先ほどレティシアに向けた笑みとは明らかに違っていた。
冷たく、鋭い笑み。
「っ……」
ルキシュは気圧されたように後ずさった。
「……ミリーさん」
ミケは傍らにいたミリーに、表情を消して視線を送った。
手加減出来そうにないが、彼に対して防御魔法はかけられるか、と。
言葉に出さぬその問いを、ミリーは正確に受け取ったらしかった。
やはり半笑いで、肩を竦める。
自分で手加減なさいな、と。
ミケもやはり肩を竦めて、僅かに嘆息した。
(やるしかない、ですね。手加減…できるかな)
こんなに心の底まで冷えるほど怒ったのは久しぶりだ。
上手く制御できればいいのだが、と。
そこに、気を取り直したルキシュが足を踏み出す。
「面白い、やってやろうじゃないか。あとでその言葉、後悔することだね!
ウィンドブレード!」
ヴン。
ルキシュの呪文と共に、あたりに十数個のカマイタチが現れ、一斉にミケに向かって飛んでいく。
が。
ざっ。ざざっ、ざっ。
ミケが呪文を唱えることなく、カマイタチは彼の周りを取り巻く風の結界に当たって消える。
「……それで?」
首を傾げて静かに問うミケ。
「くっ……ウィンドストーム!」
ルキシュは悔しげに眉を寄せ、そして再び竜巻の魔法を放った。
「風よ、悪しき風を浄化せよ!」
しゅう。
先ほどとは違い、風の結界を強化して竜巻を散らすミケ。
「…さっきのものも通用しなかったのに、レティシアさんの魔法で強化されていないものが通用するわけがないでしょう」
ミケは嘆息して、片手を前に出した。
「ファイアーボール」
ご。
その手のひらの前に、ボールほどの大きさの火球が現れる。
「風よ、炎を援け熱き嵐となれ!」
ぶおっ。
さらに放った風の魔法は、火球を巻き込んで炎の竜巻となった。
ごうっ。
炎の竜巻はまっすぐにルキシュへと飛んでいき、彼が防護の魔法を組み上げる間もなく、彼を巻き込んで跳ね飛ばした。
「うああああああ!」
「ルキシュ!」
涙も引っ込むほどに、2人の戦いを呆然と見守っていたレティシアは、防御の魔法を組み上げることも出来ずにただ跳ね上げられるルキシュの姿を目で追った。
どさ、どさ。
バウンドして地面に落ちたルキシュは、全身が焼け焦げた様子で仰向けに倒れこんだ。
「う……」
かろうじて意識はある様子で、首と腕を動かそうとする。
と、そこに。
とす。
いつの間にか歩み寄っていたミケが、ルキシュのそばに足を止め、冷たい表情で彼を見下ろした。
しゅ。
軽い音を立てて、ミケの手に大振りの剣が現れる。
ミケはそれを、ルキシュの喉元に突きつけた。
「っ………」
「レティシアさんは、仕事、しましたよ?」
身動きの取れない様子のルキシュに、ミケは静かに言った。
「敵わないとわかったら逃げるのも手です。僕に負けても点数取られる訳じゃない。だったら消耗を少なくして 別の手段を考えたって良い。次のことだってある」
ふ、と、仕方なさそうに息をついて。
「……かかってくる前に、相手が手に負えるのかどうか分からないと、痛い目を見ますよ?分かっていてかかってきているなら、良い度胸です。嫌いじゃないですが」
どちらですか、と少し首を傾げて問う。
ルキシュは答えないのか、答えられないのか。意識はある様子だが、その瞳はどこを見ているのかわからない。
ミケはもう一度息をついて、続けた。
「防御魔法だって、そうですよ。彼女と分担していたときは、あなたはそんな怪我をしていない。あなたが役に立たないと断じたレティシアさんの魔法がなかったら、大怪我です。それくらい、分かっているでしょう。
彼女は、あなたよりも戦闘経験がある。生かせないのはあなたが悪い。彼女を責める理由なんて、ない。
……1対2。彼女に防御を任せるなら、動けるあなたがどうにかすべきだ。それができないのなら、あなたの判断力と力が足りない、それだけです」
「み……ミケ……」
いつもとは違うミケの様子に、レティシアは戸惑ったように彼の名を呟いた。
ミケはそちらの方は見ずに、さらにルキシュに言う。
「何人か、戦闘しましたけれど。今までであなたが一番弱いんですから。今みたいな感じで戦闘しかけていたら、ここでなくても大怪我しますよ?そこは理解して、ちゃんと彼女に謝ってから、出直してきなさい。もしくは」
そこで、いったん言葉を切って。
それから、それまでよりもさらに…ずっとずっと冷たい声で、告げた。

「……今すぐ辞めて、さっさと帰りなさい」

くる。
ミケはもうルキシュには興味がないという様子で、踵を返した。
その手にはもう剣は握られていない。
少し離れた場所にいるレティシアのところに歩いていって、そこで立ち止まって。
「………すみません」
「……ミケ……?」
明らかな戸惑いの表情を見せているレティシアに、複雑そうな表情で言って、目を逸らすミケ。
「……純粋に、あなたのためといえれば良かったんですけど。酷いことを言われているのを聞いて、僕が我慢できなかった。
……これじゃ、私怨ですね。ごめんなさい」
「ミケ………」
「……それじゃ」
短く言って、ミケはレティシアの方は見ないまま、その場を去った。
レティシアは引き止めることも出来ずに、やはり複雑そうな表情でそれを見送ってから、ルキシュの方を見やる。
「……ルキシュ……」
「………」
彼の反応はない。
全身が焼け焦げた痛々しい様子で仰向けに横たわったまま、彼の瞳はどこか遠くを見ているようだった。

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