§2-1:The consultation

開会式からスタートまで四半刻。
それまでに準備と相談を終えなければならない。
参加者たちは思い思いの場所に散り、準備と相談を始めていた。

「取りあえずポイントの低いNo.2か3のどっちかを回ってみたいなぁとは思ってるんだけど」
与えられたマップを覗き込みながら相談している、メイとティオ。
「ポイント低いのは簡単らしいから時間もかからなそうだし、肩慣らしというかそんな感じで。どうかな?」
「せやなー、まずは低いところからチマチマ稼いでこか」
ティオは笑顔で頷いた。
「街中やったら4もあるけど、どないする?」
「あ、そう言えば4もあったね。じゃあ、取りあえず街のところ全部回っちゃおうか?」
「1も大穴やで?めっちゃ罠フラグやけどな!」
「そ、そうだよね、こんなスタート地点に50点とか怪しいよね…」
メイは神妙な顔つきでそう言ってから、改めて地図を指差す。
「1は取りあえず置いといて2~5の問題に挑戦して、6には昼くらいに到着できると思うんだけど。取りあえずこんなルートでどう?」
「ふむふむ」
メイが指で辿るルートを興味深げに目で追うティオ。
「とりあえず4に行って戻ってきて、1はスルー。2、3、5とやって外に行くんやね。
うん、ええんちゃうかな?まずは小手調べやんねー」
そして改めて、笑顔でうんうんと頷いた。
「よかった。じゃあ、それで行こう!」
メイも嬉しそうに笑って言って、それからきょろきょろと辺りを見渡す。
「強そうな人もいっぱいいるね…他の参加者から攻撃とか仕掛けられたらどういう行動取る?
攻撃し返すのか、逃げるのか。そういうのもちゃんと決めておいたほうがいいよね」
「せやなー」
ティオはうーんと唸って眉を寄せた。
「まずはこっちが戦いたくない、いうんを相手に伝えよか。
バトりたいヤツちゃうかったら、話せば引いてくれるやろ。
けど、見るからにやる気満々、いうヤツは話す前に逃げなあかん思うわ」
「そうだね、話が出来そうな人はそれで戦いは回避できるかも。そうじゃ無い人は話すより逃げたほうがいいよね」
頷いて同意するメイ。
ティオはさらに続けた。
「逃げるんやったら、足止めしてる隙に全速力、が常道やね。
オレ、煙幕用に水魔法を利用したスモークみたいな魔法使えんねん。
それで煙に巻いてるうちに逃げる、いうんはどやろね。
メイちゃんは、なんや足止めの方法、アイデアある?」
「足止めのアイデア…。そーだなぁ、炎の壁を相手のまわりに立てたりするくらいかな?炎を突っ切ったりする人はそういないと思うし。
ティオの煙幕とわたしの炎の壁の二段構えで行けば結構逃げられるんじゃないかな?」
「ええねーええねー、逃げる段取りはばっちりやね!」
はは、と笑うティオ。
「ほな、ドンパチ始まりそうになったら臨機応変に弾幕やらはって逃げる、いうことでええね」
「うん、了解!」
メイも笑って、改めてティオに向き直る。
「取りあえず基本的な方針はこんな感じかな?折角の行事なんだし、良い思い出になるように頑張ろうね!」
「ああ、お互いがんばろな」
ティオも笑顔でそれに答えるのだった。

「さて、それじゃあどういう風なルートで回りましょうか?」
こちらは、カイ・オルーカ組。
やはり地図を見ながら向かい合わせで話している。
「うーん…オルーカはどう思う?」
「私の意見ですか?そうですねえ、折角なので万遍なく回ってみたいですね。でも時間制限もあるので、ポイント高めなところ優先でしょうか?」
「そうだなー…ポイントのこともあるし、遠いところに早めに行っちゃいたい感じだよね」
うん、とひとつ頷いて、オルーカの方を見て。
「街は飛ばそうか?帰りにゆっくり行ってもいいよね。街を飛ばして、草原、森、山で一つずつくらいかな…まずは」
「ふむ、ではこんなかんじでどうでしょう?」
オルーカはカイの隣に移動し、カイが持っている地図を指差した。
「1と5は飛ばして…6、8、10、12と行くんです。距離的に、12についたくらいでお昼ですかね」
「ん、そうだね」
「で、このまま反時計周りにぐるっと回って山まで登って、町に戻る時にまたチェックポイント拾いつつ、ゴールに戻ってくるっていうのはどうでしょう?
もちろん、予定通りいくとは限りませんし、途中で進路変更もありだと思います。
とりあえず予定としてはこんなもんかしらーってかんじなんですが。どうでしょう?」
「ん、いいんじゃないかな。これで行こうよ。
途中で予定変わるかもしれないけど、それは臨機応変にさ」
「そうですね、その場に応じてって感じで。了解しました」
すんなりとプランがまとまり、微笑みあう2人。
「あっ、野営の道具、いくつか持っていきましょうか。
ぐるっと回るってことは、町の外で一泊することになりそうですもんね」
オルーカが言い、カイも頷く。
「そうだね、その方がいいと思う」
「戻ってきてもいいですけど、その分時間ロスしちゃいますし。
一泊ですし、あまりたくさん持つと荷物になっちゃいますから、毛布と、簡易食と、ランタン…くらいでいいかな?」
「うん、それくらいでいいと思うよ。森の中なら、木の実とかも取れると思うしさ」
「木の実…そうですね。おなかがすいたら現地調達も」
「一応冒険者経験あるから、サバイバルとかも行けるよ」
カイは楽しそうに破顔してみせた。
「まあ今回は、そんなに気張らなくても大丈夫だろうけどさ」
「そうなんですか、冒険者経験が…そういえば世界を回ってたっておっしゃってましたけど…」
オルーカは少し驚いた様子で、さらに聞いてきた。
「確か、強くなりたいって…何か、目的とか、あるのですか?」
「目的…目的、かぁ」
カイは複雑そうに視線を逸らす。
「力が、欲しかったんだよね。大切なもの、守れるだけの力がさ」
「力……ですか」
「ま、結局は意味が無かったような気もするけどね」
言葉の意味は深く説明せずに、苦笑して。
「でも、ないよりはあった方がいいでしょ。訓練するのはあたしも好きだしさ」
「そうですか…」
『力が欲しかった』と『意味がなかった』。両方とも過去形だが、一体彼女に何があったのだろうか。
気にはなるがそれほどつっこんで聞くわけにもいかず、オルーカは頷いて相槌を打つだけだった。
「まあ確かに、日々精進し己を鍛えるのは素晴らしいことだと思いますよ」
にこりと笑って、無難にそうしめて。
「それから、実際参加者のご学友が分かりましたけど、どういう方たちなのか、改めて教えていただけますか。
カイさんが気づいたこととか、注意すべきだと思うことがあれば、そこも」
気を取り直して、ウォークラリーの話に戻す。
カイは頷いて、説明に入った。
「んーと、まずはあたしの友達からだね。
ラスティは言ったと思うけど、ちょっとアブない性格しててさ。
発見したら見境無しに攻撃しかねないのはこの子かな。戦うこと、っていうか物を壊すのが好きみたい。はかない物の美しさ、みたいなこと言ってさ。あの感覚はわかんないなー」
「そ、そうなんですか…それは、要注意ですね」
ちょっと引き気味に相槌を打つオルーカ。
カイは続けた。
「開会式で会ったのは、ライとティオだったね。
ライはフェイリアで、ツンツンしてるけど根はいい奴なんだ。
あんまり率先して戦いとかはしないタイプだよ。
ティオの方ものんびりしてて、手品とか得意でさ。何しに学校来てるんだろね。
こっちも血の気は多いほうじゃないから、戦いとかにはならないと思うよ。
2人とも旅の経験はあるから、一通り護身術とかは出来そうだけどね」
「そうですか。そのお2人は心配なさそうですね」
「あとはー…あたしの仲間内では、ラスティの妹のパスティと、セルク。
こっちも言ったけど、のほほんなパスティと気弱なセルクだから、戦いにはならないと思う。
けど、魔法の成績はすごくいいよ。あちらを立てればこちらが立たず、って感じだね」
「そうなんですか……何だか、勿体無いですね」
「ああそうそう、レティシアが連れてたのは三期生のルキシュ。
面倒な人だって言ったけど、面倒な人だよ」
「面倒なんですか」
カイの言い草に少し笑ってしまう。
「なんか、どっかのお坊ちゃまみたいだね。学年離れてるから、詳しいことは良く知らないんだ。
三期生と言えば、ヘキもいたよね。
あの子、飛び級で三期生に移ったって有名なんだよ」
「へえ…優秀な方なんですね……」
「うん、相当魔道の腕はいいんじゃないかな?ただ、話したこととかはないからどんな子かは知らないな。
あたしの知ってるのはこれくらいかな」
「ありがとうございます、参考になりました」
カイがしめると、オルーカは丁寧に礼を言った。
「顔合わせのときに確認した通り、向こうに戦闘意思がなければこちらからは仕掛けない、ということでOKですか?
向こうから仕掛けてきた場合のみ、相手をする、ということで。
もちろん話し合ってみて、『ちょっと戦ってみようかー!』なんてことも、もしかしたら、あるかもしれませんけど」
何故か少し嬉しそうに言うオルーカに、カイも頷く。
「うん、それで構わないよ。まあ、あんまり戦うことになる気はしないけどさ。
一応、気をつけておくね」
「はい、私も気をつけます」
オルーカは用心深く頷いて言い、それからさらに質問を続けた。
「ミリー校長ってどういう方なんですか?お強いんでしょうね。皆さんざわついてらしたので…」
「どういうって……ああいう人だよ」
「ああいう人ですか」
またカイのおかしな言い草に笑ってしまう。
カイは頬をカリカリと掻きながら、片眉を寄せて言った。
「面白いことが大好きで、その為なら多少の無茶はお構いなし。
怪我しても、それを勉強だと思いなさいっていう感じ?
実際に見たことはないけど、魔道の腕は相当いいらしいよ。ギルドでもピカイチだって」
「やはり見た目どおり、好戦的、かつ実力の伴った方なのですね…
カイさん的にはどうですか?ミリー校長と一戦交えたい気持ちですか?」
「うーん、出来れば遠慮したい感じかなあ」
オルーカの質問に苦笑するカイ。
「なんかこう…本能っつの?何がっていうんじゃなくて、怖いよやっぱ、あの人」
「そうなんですね…」
つられてオルーカも苦笑する。
「じゃあ、No.1のチェックポイントはスルーしましょうか。
だって校長室って…あきらかに怪しいですものね」
「だね。触らぬ神にたたりなし、だわ」
くわばらくわばら、と肩を縮めるカイ。
「あたしはそうやって避けられるけど、ミルカは相当苦労してるみたいよ」
「えっ、ミルカさんが、ですか?」
思わぬ名前にオルーカはきょとんとした。カイはうんと頷いて、続ける。
「あの人の養子が、ミルカの恋人なんだよね。あれが義母になるとか…考えたくないわー」
「ええっ、ミルカさんってそうなのですか!?」
突如降ってわいたコイバナに興味津々のオルーカ。
「へー!ミルカさんの彼氏ってどういう人なんですかー?」
「あはは、まあ詳しくは本人から聞いてよ」
カイはからからと笑った。
「地人なんだけどね、綺麗で、無口な男だよ。でもあれは、意外に嫉妬深いと見たね」
「へー、そうなんですねえ。じゃあ今度ミルカさんにお会いした時詳しく聞こうと思います」
うきうきと楽しそうなオルーカ。
「あ、カイさんは恋人いますか?」
「あたし?あはは、いないよー」
カイは意外そうに目を見開いて、笑いながら手を振った。
「つうか、あたしと恋人とかって想像しづらくない?こんな胸も尻もない体力バカ、相手にしようって男もいないでしょ」
「そんなことないですよー。カイさんにはカイさんの魅力があるのですから、それを分かって下さる方がきっといますよ」
「そう?ま、あたしも、なんかそういうの、むず痒くってさ。興味ないなー、今のところ」
苦笑してそう言ってから、意地悪げな笑みを浮かべて。
「そういうオルーカはどうなのよ?彼氏いるの?」
「残念なことに、いないのですよー」
オルーカも苦笑しつつ即答する。
「お互い、いい出会いがあるといいですねぇ…」
しみじみと言ってから、さすがに脱線しすぎなことに気づいたらしく、慌てて話を戻す。
「と、脱線しちゃいましたね。えっとあとは…ああそうだ、ミケさんですが、チャレンジしますか?」
「いいね!一度、ミケとは戦ってみたいと思ってたんだよね!」
意外にも、カイはかなり乗り気で話に食いついてきた。
「ミリー先生がついてるならそう酷いことにはならないと思うし、腕試しにやってみてもいいかもね。会えるかどうかはわからないけどさ」
「やっぱ挑戦してみたいですよね」
そしてこちらも意外と乗り気なオルーカ。
「会えるかどうかが問題ですけど…こればっかりは運の問題ですから」
「じゃあ、会えたら手合わせってことで」
「はい、楽しみですね!」
非常に楽しげに、(ミケにとって)怖い相談が繰り広げられていたという。

「うーん………」
ミリーから配られた地図を見て、テオは困ったように唸っていた。
「その……このチェックポイントNo.5なんですが」
そして、何故か申し訳なさそうに、トルスに地図を見せながら言う。
「街と外での状況やウォークラリー参加者の情報などの交換するのに合流地点として良いのではと思うです…トルスさん、どうでしょうか」
少し難しく考えすぎているのか、言葉まで危ういことになっている。
「そうですねぇ、いいと思いますよー」
いつもの調子でのほほんと答えるトルス。
「本当ですか!?…言ってみて良かったです」
テオは嬉しそうに笑って地図に目を戻し、それから急に思い出したように地図から目を上げた。
「あっ。あとボクがどこか向かったほうがいいところあったら言ってください!トルスさん。
…一応今のところなんですが僕、トルスさんが巡回する場所以外のところに回ろうかなと思ってます!!」
「えぇ?そうなんですかー?」
これには、トルスは少し驚いたような反応を返した。
が、それには気付いていないのか、笑顔で勢いよく頷くテオ。
「はい!それで、良かったら昼休憩まではどう回ろうと考えているか教えてもらっても良いですか?
トルスさんの巡回するポイントと重なる場所を合流場所にしたほうがいいかなと思ったんですが…どう思います?」
「ええとですねー」
やる気満々のテオに、トルスは少し申し訳なさそうに苦笑した。
「最初は、そんなに遠くに行く人はいないと思うんですよー。
一つも問題を解かないでできるだけ遠くに行くならともかく、街中を避けても問題を解いていくと、せいぜい森までくらいしか行けないと思うんですねー。
街中では戦闘禁止ですから、街中を回っても仕方がありませんしー」
「あっ……そ、そうですよね……」
自分から怪我人を飛んで探すと言った以上、トルスが回るコース以外の場所を見て回るべきという考えに凝り固まっていたが、よく考えてみればトルスの言う通りだった。
出鼻をくじかれた様子で固まるテオに、トルスはさらに続けた。
「ですからー、お昼くらいまでは一緒に回りませんかー?
最初のうちは、あちこちで怪我人が出るようなこともないと思いますしー」
「えっ…僕、トルスさんと一緒に回ってもいいんですか?」
やはり戸惑った様子で、テオ。
「僕、怪我した人を飛んで探すと言った以上、トルスさんの巡回にいけない場所に移動しなくてはと思っていたんです」
「はは、そんなに硬く考えなくても大丈夫ですよー」
トルスは諭すように彼に言った。
「開会式でも校長が言ってましたけど、大抵の生徒は怪我なんて自分で治してしまえるんですよー。
ですから、そんなにピリピリして怪我人を探し回るようなことはしなくていいんですー。
ほら、私達を自発的に呼んだら、それはリタイア宣言と同じことですよねー?
生徒達も、実は私達の助けなど必要としていないんですよー。
私達は、いわば保険なんです、保険。
ですから、そんなに『こうしなくちゃいけない』という強迫観念に囚われないでくださいねー?」
そこまで聞いたところで、テオは改めて申し訳なさそうに眉尻を下げる。
「も、もしかして僕、早とちりですよね…多分。ごめんなさい!早とちりしてしまいすいませんでした」
「はは、誰にでも思い違いはありますよー。そのつどこうして直していけばいいことですー」
「あ、ありがとうございます……トルスさんの回るところにどこにでもついていきますから、どこでも言って下さい」
再びやる気を見せたテオに、トルスは相変わらずの様子で首をかしげた。
「そうですねー、どうしましょうかねー」
暢気そうに辺りを見回し、それから地図に目を落として、またテオに視線を戻す。
「テオさんは、どこを回りたいですかー?」
「えっ」
「私は別に、どこでもいいんですよー。
お天気も良いですし、草原をお散歩するのも良いですねぇ。森で森林浴も捨て難いですしー」
「そ、そう……なんですか?」
あまりにものんびりとしたトルスの様子に、逆に戸惑ってしまうテオ。
トルスは変わらぬ調子で、にこりと微笑みかけた。
「テオさんは、どちらがお好きですかー?」
「え、えと……」
そのほわりとした雰囲気と、自分の早とちりを笑って許してくれた優しさに、テオは少し感動しながら言った。
「トルスさんと一緒に草原を散歩か森で森林浴……はわぁ~とても楽しそうです」
ぽやんと幸せそうな顔になり、どこか夢見るようにトルスに言う。
「僕トルスさんとご一緒できるならどこでも喜んでついていきます」
聞きようによってはかなり誤解を招きかねないセリフだが、本人にはそういう意識はないようで。
「しいていえばお散歩してみたいです。…駄目ですか、トルスさん?」
首を傾げて訊くと、トルスはまた笑顔で頷いた。
「そうですねえ、いいですよー」
言ってから、また地図に目を落として。
「では、No.5からぐるっと草原を回ってみましょうかー」
「あっ、はい!じゃあ、ぐるっと回って散歩する草原をどう回ります?」
また言葉がなんだか怪しくなっているが、テオはトルスと同じように地図を覗き込んだ。
「No.6からNo.8、そのあとNo.7の草原に反時計周りに回りませんか。なんとなくで理由はないので、トルスさんのオススメ散歩ルートがあったらオススメルートを回りたいのですが…何かありますか」
「いえいえ、特にこれといってお勧めというものはありませんよー。そのルートで回りましょうねー」
やはりニコニコと、笑顔で頷くトルス。
「まあ、始まったばかりでケンカする人もあまりいないでしょうし、のんびり回りましょうねー」
「はい!よろしくお願いします!」
すっかり元気を取り戻したテオは、トルスに改めて勢いよく頭を下げるのだった。

「あの、まずどこへ行きますか?」
一方、同じく舞台上のミケとミリー。
恐る恐る訊いてみたミケに、ミリーは呆れたように苦笑した。
「えぇ?戦うのはあなたなんだから、あなたが決めなさいな」
「えっ。ああ、そ、そうですよね」
思いもよらないことを言われたというように驚いてから、うーんと考えるミケ。
「じゃあ、最初は外に生徒さんいないと思うんで、まずどこか適当なところに行って魔法を教えてもらえませんか?」
「あら、そう」
ミリーは軽くそう言って、うーんと考える。
「じゃあ、そうね…No.16にいるラシェが、ちょうど火魔法の担当だから、彼女のところに行きましょうか」
「そうなんですか。No.16なら、生徒さんに追いつかれることもなさそうですね。
じゃあ、よろしくお願いします」
「了解。ふふ、がんばりなさい」
「は、はい、がんばります……」
こちらの相談は、意外にすんなりと終わったようだ。

「そういえば、ちゃんと確認してなかったわよね。改めて確認させてもらっていいかな?」
別の場所では、レティシアとルキシュが相談に入っていた。
「まず、参加するからには優勝を目指すのか、それとも無難にこなすだけなのかってことでしょ?
次に出会った他の人に対してどう接するのか……攻撃するのか、逃げるのか」
はぁ。
レティシアの言葉の途中で、ルキシュは呆れたようにため息をついた。
「君、自分の言っている言葉の意味が判っているのかい?」
「えっ?」
きょとんとするレティシアに、ルキシュはやれやれというように肩を竦める。
「参加する以上、優勝以外に目指すものなんてあるはずが無いだろう。
優勝しなければ参加する意味なんて無いよ」
びしりと言いきって、胸を張って。
「当然、他の参加者は全て敵だ。
出会ったら点数を頂く、当然だね。
相手には不幸なことだけど、僕と出会ったことを不運に思ってもらうしかないよ」
「そうなんだ……」
レティシアは困ったように眉を寄せた。
「あのね、ルキシュ」
言いにくそうに、それでも真剣な表情で言う。
「積極的に攻撃を仕掛けるのはわかったけど…戦意のない人…逃げたりした人に対してはどうするの?
追いかけてまで…攻撃するの?」
「当然だろう?」
何を今更、というように、ルキシュ。
「これは戦いなんだ。敵に情けをかける必要はない」
「でも……」
レティシアは思いつめたように口をつぐんで、それからやはり言うべきというように続けた。
「私は、戦意のない人を傷つけたくないの。
逃げる人を見逃してあげる事は出来ないかしら?」
「お優しいことだね」
皮肉げな口調で答えるルキシュ。
「そんな甘いことを言っていて、優勝なんかできるわけないだろう。
足を引っ張ることしかできないなら、遠くで見ていればいい。ご立派な冒険者様」
「っ……」
悔しさと悲しさの入り混じった表情で言葉を詰まらせて、レティシアは息を吐いた。
「…ルキシュの言うことは分かるけど。私は無抵抗な人を攻撃したくないの。
だから…ルキシュのサポートに回ってもいいかな?
攻撃するルキシュを全力でガードするわ」
「まあ、それが妥協点だろうね。よろしく頼むよ」
若干呆れ気味ながらも、そう答えるルキシュ。
レティシアも頷いた。
「もちろん相手に戦意があるなら、こっちも手加減なんてしてられないから、必死でやるよ。
肉弾戦は苦手だから、魔法を使うわ。
あとは、治癒の魔法も使えるから、怪我をしたときは任せて」
「じゃあ、僕は攻撃に専念させてもらうよ」
「あと、それから」
レティシアはさらに表情を引き締めた。
「私ミケにはもし出会っても攻撃しないからね」
「ミケ?」
ルキシュは一瞬きょとんとし、それから思い当たったようだった。
「…ああ、校長が紹介した魔道士か…倒すと高得点なのだったね」
それから、冷ややかな視線をレティシアに向けて。
「…知り合いなの?」
「ええ。だからミケに攻撃する気はないわ。やる気あるのかって言われても、これだけは曲げないから。何なら報酬減らされたって構わないわ」
彼女にしては珍しく攻撃的な物言い。
「…ふぅん」
ルキシュはしばらく何かを考えて、それから嘲笑を浮かべた。
「冒険者といっても、大したことはないんだね」
「…え?」
「そうだろう?個人的な感情で依頼人の意向を無視するんだ。
冒険者としてだけじゃない、普通に働いていてもそんなことをする人間は僕なら首にするね。
君の冒険者としての覚悟は、その程度のものか。まああまり期待はしていなかったけどね」
「っ……」
痛いところをついてくる。
確かに最初、冒険者として立派に(やや誇張気味だが)働いている、と言った手前、そう言われるのは辛い。
だが。
「さっきも言ったけど、ミケは私と何度も仕事をしてきたかけがえのない仲間よ。
その仲間に攻撃するなんて、私…できないわ」
辛そうに、切実に訴えかけるレティシアに、ルキシュは大きなため息をついた。
「まあ、好きにすればいいよ。
僕は攻撃をする。君はしない。当然止めはしないよね?」
「止めは…しないけど」
レティシアは言い難そうに続ける。
「ミケはあんな可愛らしい姿だけど、すごい魔法の使い手よ?
まだ勉強中のルキシュが敵う相手だとは、私は思えないから止めた方が良いと思うんだけどなぁ…」
「ふん、どんなすごい魔道士だろうと、僕の敵ではないよ」
不敵な笑みを浮かべるルキシュ。
「君の手助けなんてなくても、僕1人で倒してしまうだろう。君には悪いけどね。
他の戦い同様、サポートはしてもらえるんだろう?」
「それは……する、けど」
「なら問題ない」
断定的に言って、ルキシュは手に持った地図に目を落とした。
「そんなことより、回るコースの検討をしよう」
「そんなこと、って……」
レティシアは困ったように眉を寄せたが、同様に地図を覗き込む。
「私としては、多分難易度の高い高得点の場所を目指すよりも
無難な点数の場所を何箇所も回るほうがいいと思うんだけど…どう?」
「…君は僕をバカにしているのかい?」
「えっ」
驚いてルキシュに視線をやると、彼は厳しい表情でレティシアを見返していた。
「僕に高得点の場所をクリアするのは無理だと?」
「そ、そんなことを言ってるわけじゃないけど…」
「ヘキや院のやつも参加しているとなれば、低いところばかりちまちま回っていても勝てるわけが無い」
ふう、と沈鬱そうにため息をついて。
「それとも、君には無難な点数の場所を回っていて優勝できるプランでもあるのかい?
あるなら示してごらんよ、聞いてあげるから」
「それは……」
必ず優勝、と言われると、そんなことを言えるはずもない。
だが、レティシアも心配そうに言い返した。
「でも、ルキシュに解けないような難題だったらどうするの?
優秀なルキシュに解けないなら、私にだって無理だと思うけど……」
「何だと思えば、そんなこと?」
ルキシュはまたふっと嘲笑めいた笑みを浮かべた。
「この僕に解けない問題などあるはずがないだろう。
余計なことを考えずに、君は僕についてくればいいんだよ」
「……わかったわ」
レティシアはなおも心配そうに、それでも頷く。
「そこまで言うなら、ルキシュの言うようにまわりましょう」
やたら自信満々なルキシュだったが、レティシアの心も同様に晴れあがるというわけにはいかないようだ。

「いやー、野営の準備なんて全然考えてなかったな」
必要そうな道具が並べられたスペースでは、多くの生徒が野営に必要な道具などを物色している。
カザとラスティもそれに加わり、主にカザが必要と思われる道具を選んでいた。
「座標針と、携帯食…毛布。あとは松明とランタンかな…火を使う道具があれば多めに持って行きたいけど」
彼の術は精霊の力を借りて行うもの。もっとも使役を得意とする火の精霊が近くにいれば、それだけ威力は増す。
「こんなもんでいいかな?ラスティが必要だと思うものがあれば、他にも持っていくけど」
「いいんじゃない…?それだけあれば。いざとなれば何でもどうとでもなるでしょ」
ラスティを振り返ると、彼女はあからさまに興味無さそうに少し離れたところに立っていた。野営の道具選びはカザに任せる姿勢のようだ。
「そう?じゃあこのくらいにしとこうか」
カザも軽く返事をすると、道具を袋に纏めて持ち、その場を離れた。

「で、回るコース決めよっか」
少し離れた場所で落ち着いた所で、改めて地図を広げるカザ。
「うわー、山の頂上にまで何かあるんだ。ねえ、どこから行こうか?」
テンション高い様子で言って、ラスティのほうを向く。
「僕としてはさっさと外に出ちゃいたいんだけどさ。
こう……草原をジグザグに進んで森に入るとか、どうかな?こうするとなんか他の人と鉢合わせになりやすそうじゃない?」
言いながら、地図に示されたチェックポイントをジグザグに指で辿っていく。
「5番は帰りも必ず通るだろうから、行きはスルーで。どうかな?」
「ふふ…いいんじゃないかしら?」
ラスティは楽しげに頷いた。
「アナタ、よっぽど他の人と戦いたいのね?
っふふ、血の気の多いヒトはキライじゃないわ…」
「そりゃあ楽しみだよ。僕と同じ普通の冒険者や将来有望な魔術士と本気で戦うなんてできないからね」
上機嫌でそう答えるカザ。
「一応聞いとくけど、もちろん他の参加者に会ったら戦闘の方向でいいんだよね?」
「ええ、もちろんよ」
楽しそうなカザに、ラスティも楽しそうににぃと笑みを返す。
カザは嬉しそうににこりと笑った。
「僕はできる限り君を守るから、その隙にガンガン攻撃しちゃってくれない?」
「言うまでもないわ。アタシは全力で攻撃するから、アナタも好きなようにやってちょうだい?」
「そう?まあでもいざとなったら僕は身を呈してでも君を守るから、安心して戦ってよ」
笑顔で大きなことを言うカザに、ラスティは意外そうに目を見開いた。
「あら、頼もしいのね。それじゃあ、全力で戦おうかしら」
「うん、任せてくれていいよ」
軽い調子で答えるカザ。
実際、死なない程度の手加減はするように通達されているのだし、自身も回復魔法を使えるのだし、それでもいざとなれば校医を呼んで治してもらえるのだから、多少の怪我をしても大丈夫だろうと思っているようで。
『ケガをしたら痛い』という事実は、彼の中ではどうでもいいことらしい。
「あの、なんだっけ。高得点の…校長と一緒にいる魔道士。あの人にも、攻撃でいいんだよね?」
「ええ、もちろん。校長が推すような冒険者と戦うなんて、ワクワクするわ」
「だよねー!楽しみだね、会えるといいな」
などと、やはり(ミケにとって)怖い相談がなされていると。

「ラスティー!やっと見つけたのー!」

後ろから高い声が響き、カザはそちらを振り返った。
たたた。
小走りで駆けてくる、異様にふわふわの物体……いや、少女。
ゆるい金髪を腰辺りまで垂らし、青い大きな瞳が印象的な可愛らしい顔立ちをしている。そして身に纏っているのが、どこの絵本の中から抜け出したお姫様なのかというほどの、レースがふんだんにあしらわれた白いロリ服だった。
「もおー。開会式で見つからなかったから、探しちゃったぁ」
ラスティの前まで走ってきたその少女は、息を整えながら不満そうにそう言う。
ラスティはくすくすと笑いながら、少女に言った。
「アナタのことだから、開会式に違う場所に行ってたんじゃないの?」
「もぉっ、ちがうもんー!」
ぷうと頬を膨らませる少女。
ラスティはくすくすと笑いながら、カザのほうをちらりと見た。
「やあ、はじめまして。僕はカザ。見ての通り、ラスティの護衛だよ。また会うかもしれないけど、その時はよろしくね」
カザが軽く自己紹介をすると、少女はびっくりしたように大きく目を見開き、それからにこりと笑った。
「パスティ・アーニャよ。ラスティの、双子の妹なの。こちらこそ、よろしくね?」
(妹?)
静かに驚くカザ。
あまりに似ていないので普通に友達だと思っていた。これが噂の双子の妹か。確かにこれは殴れない。そして可愛い。
パスティはにこにこと無垢な微笑を、ラスティに向けた。
「ラスティ、今度はこの人を食べちゃうの?」
その発言に再び固まるカザ。この見かけでこの発言が出るギャップに頭がついていかない。
ラスティはそちらは気にしていない様子で、ふふと微笑んだ。
「さぁ……それはカレ次第かしらね?」
見かけが正反対の2人だが、意外に話はあうようだ。カザは呆然として2人のやり取りを聞いていた。
「じゃあ、パスティも冒険者さん待たせてるから行くね」
「ええ、がんばりましょうね、お互い」
仲良く手を振り合ってから、パスティはまた楽しげに向こうの方へ駆けていってしまった。
そこでようやくショックから立ち直ったカザは、努めて軽い調子で訊いてみる。
「随分話が弾んでたみたいだね。……ちなみに、今まで美味しく頂かれちゃった人はどのくらいいるの?」
「あら…気になるの?」
くす、と意味深な笑みを浮かべるラスティ。
「オンナの過去を探ろうなんて、イケナイオトコノコね。
アナタもその一人に加わる度胸があるなら、教えてあげてもいいけど?」
カザは少し面食らったような表情を浮かべた後、まいったな、と苦笑した。
「僕が食べる側なら是非聞かせてもらいたいんだけどね」
「っふふ、贅沢ね」
ラスティは依然として楽しそうだ。
「それで美味しいものを食べ逃したりしないといいわね?」
「はは、ご忠告痛み入ります」
そんなきわどい会話を繰り広げながら、2人はスタートラインへと足を運ぶのだった。

「まずはとりあえずの方針をどうするかを決めておこうか」
別の場所では、千秋とライが地図を片手に話し合いを始めていた。
「俺の意見だが……まず、大体どのラインを目指すかを決めるのはどうだ」
「ライン?」
首をかしげるライに、頷いて説明を始める千秋。
「一番いい点数を取ったとしておそらく340点くらいだな。
もしかしたらあと20点くらいは上積みできるルートがあるかも知れんが、俺の計算ではこれが最大だ。
だがこれは一番効率よく回って、全ての課題をクリアしたときの点数だから……まあ、よくてこの8割くらいだろうな。
落第しない程度に点数を取るなら、そのさらに6割くらいを取れば大丈夫だろう。
合計して端数を切り捨てて……160点。
やる気なしとも言われず、ガチとも思われず、その間に挟まるくらいの点数になるんじゃないかと思う。
エントリーしてしまった以上、ある程度その気があるそぶり位は見せないと逆に目を付けられるんじゃないか、と考えての案だが、どうだろう?」
一気に喋った千秋を、ライは目を丸くして見つめ返した。
「どうした?」
「…オマエ、すっげーな!」
唖然とした表情のまま、感心したように言うライ。
「オレ全然そこまで考えてなかったっつーか考える気もなかったぜ。うし、んじゃ考えるのはオマエに任すな!よろしく!」
早速丸投げの姿勢を示すライ。
千秋は戸惑った様子で言った。
「む……そ、そうか…… まあ、任される分には構わんが、最終的にそれでいいかの判断はお前が決めてくれよ」
「あ?別にオレがダメっつーこたないと思うが…ま、そうしとくわ」
面倒そうなライ。
千秋は嘆息して、地図に目を戻した。
「ところで一番遠いはずの山頂とスタート地点が同じ50点なのだが、あの山頂には何があるんだ?」
「山頂?さぁ……何かあるっつーか、何か置いたんだろ。点数高いっつーことは相当ヤバめのもんをよ」
「やはりそう考えるか…何があるのか少し気になるが……行きたくないというのならとりあえず候補からは外してはおこう。
スタート地点は…街のど真ん中にそこまで危険なものがあるのか……?」
「街中っつーか、ここ学校だろ」
ライはさらりと言って、それから苦い表情になる。
「ある意味一番危険じゃねーか。
やめとけやめとけ、クンシアヤウキニチカヨラズ、ってやつだ」
「……ああ、そうか。あの校長先生か。
しかしそんなに怖いのか?
出会い頭にハラワタを食いちぎられたりとかするとか……?」
「ハラワタ?」
「あ……いや。誰しも怖いと思う奴の一人や二人は居ていいと思うぞ、うん」
誰か(例えばパトロンとかワサビとか指輪を渡した相手とか)を思い出したのか、多少青ざめた顔で言ってから、千秋は首を振って話題を変えた。
「それはさておき。そのあたりを加味してプランニングしてみた。大体こんな感じだな」
と、スタートからゴールまでのルートをライに説明して。
「とりあえずゴールまでの経路を一通り考えてたが、突発的なトラブルで変更を余儀なくされる可能性は十分あるので都度修正を加えると思う。
例えば1日目の夜の行動とかだな。移動するなら2日目の行動は変更してもいいだろう。
全体的に言うと草原から森を通って山をぐるっと回って帰ってくるような感じだな」
「なるほど」
頷きながら千秋の説明を聞くライ。
「街の方には行かないのか?」
「街のルートを通らないのは、アスレチック的な要素がより高いであろう問題の方がクリアしやすいと判断してのことだ。そういう課題は外の方が多そうだからな」
「ま、確かにアタマ使うのよりカラダ使った問題の方が性に合ってるけどよ」
「なに、どう考えても出来そうに無い問題はすぐにリタイアして次に行けばいいだけの話だ。課題を聞いて、出来そうだと思ったものをクリアしていこう。とはいえ最初からパスが続くと後々苦しくなるがな」
「ああ、まあ、そうだな。別に優勝狙ってるわけじゃねーし、気楽に行こうぜ」
同意して頷くライに、千秋はさらに続けた。
「あとは、戻ってきた時にNo.1に挑戦するかしないかだが…まあこれは時間が余りそうだったので可能性として残しておいた。それほど気にしなくてもいい」
「そっか。ま、挑戦する気はないけどな」
さらりと即答するライ。千秋は少し黙って、さらに言った。
「……ちなみに、No.1の課題を抜きにして全部こなせたとすれば280点だ。チェックポイントは9箇所になる。160点で終わらせるなら、3つか4つまでならパスすることも可能だ。どこで余裕がなくなるか分からんので、取れそうなところは積極的に取りに行った方がいいと思うが……これでどうだろうか?」
「ん、それでいいんじゃねえか?」
用心深い千秋の説明も、ライは軽く返事をして、それから再び感心したように表情を広げた。
「すげえなオマエ、知能派冒険者って感じだな!」
「知能派、というほどの頭は持ち合わせていないんだがな。むしろ肉体派なんじゃないかと思っていたが。……まあ、慣れだろう。多分」
対する千秋の表情は複雑そうで。
「ちなみに。一応伝えるだけ伝えておくと、1日目午後でコースを帰れば山頂を回って高得点を回収することが出来るが」
「んー……」
微妙に渋い表情のライ。
「…まあぶっちゃけあんま気はすすまねえな」
「冗談だよ。無理なものは無理で構わん」
あまり冗談とも思えない口調で千秋が言うと、ライは肩を竦めた。
「ま、やってくうちに気が変わったら路線変更、でいいだろ。最初っからガチガチに決めるのもつまんねーしよ」
「ま、それもそうだ。何がどうなるとも分からんし、そのときはその時に決めてることにしよう」
そう締めくくり、千秋は野営道具の貸し出し所の方を見た。
「持ち物については野外に出るときの事を考えて一定の装備をしておくことを推奨する。
まずはロープとくさびとハンマーだな。この3点セットがあればいろいろ出来てかなり便利だ。鳴子を仕掛けたりな」
「鳴子?」
「誰かが近寄ってきたら派手に音を鳴らすトラップのようなものだ」
「へぇ……まーそこまでしなくてもいいんじゃねえのって思うけど」
「まあ、念のためな。あとは……野外で夜明かしをするつもりならテントか防寒具はあったほうがいいが、どうする?」
「オマエはどーすんの?」
「俺か? テントはちょっと重いから、ちょっと厚手のマントくらいあればいいかなとは思う」
「…オマエそのカッコでマント着んのか?」
「故郷じゃ毛皮被ったりミノ被ったりしたな。あとはカッパか。流石に普段は持ち歩いてないから、ファッションセンスとかはこの際無視だ」
「ミノ?ナノクニの服か?いや、どーでもいいけど」
ライはやや胡散臭げな視線を向けたが、すぐに気を取り直した。
「ま、オマエがそー言うんならそうなんだろ。んじゃ、それ持ってこうぜ。
オレは自前の野営セットがあるから、それ持ってくよ。
冒険者ってほどじゃなくても、それなりに旅の経験あんだぜ」
「自前の野営道具まで持っているのか。随分旅慣れてるようだな」
千秋は少し驚いた様子でそう返す。
「それならテントはナシでいいな。旅に慣れてない奴と野営になるようなら持って行かなければと思っていたが、組んだのが経験者で良かったよ」
持ち出す道具の件はそれでまとまり、続けて質問した。
「そういえば俺が出来ることは色々と話しをしたが、ライが出来ることを聞いていなかったな。
使える魔法も聞いておきたいが……見たところアウトドアの経験はそれなりにありそうだな。
以前、そういうことをしたことがあるのだろうか?」
「ああ、まあ、さっきも言ったけどな」
軽い調子で頷くライ。
「冒険者とかで仕事をしてたわけじゃねーけど、旅はそれなりにしたことあんだよ。
オレ、ゼゾ出身でさ。あそこにいんのがイヤで、早くに出てきたワケ。だから、護身術程度には戦えるし、逃げんのだってよくやったぜ。
魔法はそうだな、フェイリアだし、火魔法中心かな。火だから攻撃系が多いが、まあ回復だの防御だのもそれなりに使える。でもあんま威力は期待すんな」
あっさりと語る様子には、無意味な卑屈さも誇張も見られない。
千秋はやはり少し驚いた面持ちで、ライに言った。
「……承知した。ま、遭遇戦は逃げの一手だろうし、アスレチックな行動に慣れてるなら心強いな。
正直、学生はインドア派ばかりかと思っていたが、なかなか頑強そうで安心した。
実を言うと、旅慣れしてないような奴を野外で連れて歩くのはあまり経験が無くてな……そのあたりは非常に助かる」
「ま、フェアルーフの奴が大半だし、オレやティオみたいなののほうが珍しいんだろうけどな。
あ、カイも慣れてる感じだったな。アイツ冒険者だったし」
「カイか。種族的な面もあるが、そういう経験もあるなら手ごわい相手だな。うまくやり過ごせると良いんだが」
「まー、アイツなら戦いたくないって言や退いてくれるんじゃね?」
ライはそっけなく言って、嘆息した。
「ま、オレもオマエみたいな慣れてるヤツを雇えてよかったよ。つかでも、オマエにしてみたらこんなやる気ねーのが依頼人で役不足って感じか?」
そう言って、苦笑して。
「わりいな。ま、今回は息抜きのつもりで、気楽に付き合ってくれよ」
「ん?ああ、依頼の目的は最初に確認していただろ?ウォークラリーというイベントはどうあれ、依頼人の意向に沿った働きをするのが俺の仕事だ。
それに、1年とはいえ、弟が通ってた学校の生徒からの依頼だからな。そういうわけだから、あんまり変な気を回さなくていいぞ」
「そっか、そう言ってくれると助かる」
ライがそうしめたところで、千秋は次の質問に移った。
「あとは、戦闘になった時の対処もある程度話し合っておきたい。
俺の考えを言ってみるから、ライも考えがあれば言ってくれ」
「おう」
ライが頷いたので、千秋はまた説明を始める。
「次に他の組と鉢合わせた時のことだが……これも、最初に話を聞いた通りでいいかな。
こちらからは仕掛けず、襲われれば逃げる。護身術も逃げるのもできるというなら、基本はこれで行きたい」
「だな。オレは戦う気なんかねーから、向こうにヤル気が見えたら即撤退、だな」
ライが言って頷いたので、千秋も同様に頷いた。
「もし襲われたときは、俺が相手の足止めをやろう。時間を稼ぐのでライは先に逃げてくれ。俺はライが十分な距離を稼いだと思ったら霧になって逃げる。その状態ならライを探すのもやりやすいからな。ま、はぐれたままになったら狼煙を上げてくれ。そうすれば俺も見つけられるはずだ」
「そっか。わかった。オマエも無理すんなよ」
「万が一俺が倒されてもポイント取られるわけじゃ無い。その代わり、お前は捕まらないでくれよ。
あ。俺の方は結構頑丈な方だし、もし危なくなれば逃げる。それに自分の怪我なら自分で治癒できるので心配は無用だ。
ただ、怪我を治すのは他人には出来ないので、それもあわせて先に逃げておいて貰いたいというのはあるな」
「他人には出来ない?」
不可解な言葉に首をひねるライ。千秋は説明しにくそうに眉を顰めた。
「一応、自分の怪我を治すすべはあるんだが、治癒魔法ほど使いまわしが効くものでもなくてな。無茶は効く代わりに融通は利かない、まあちょっと不便なところだな」
「なんかよくわかんねーけど、オマエがそう言うんならそれが最善なんだろ。わかった、オマエも気をつけろよ」
ライはそれ以上追及する気は無いようで素直に頷いた。
「ああ、怪我して痛いのは変わらないからな。十分に気をつけるとしよう」
千秋が頷いて約束し、意見もまとまった所で2人は野営道具を借りに向かった。

「俺たちはとにかく優勝狙いだろ。俺はでけえポイント狙いで行ったほうがいいんじゃねえかと思ってるんだが、お前さんはどうだ?」
地図を広げて凝視しているミディカに、ゼンはそう言ってプランの提案を始めた。
「1から5に行ってだな、こうぐるっと外側を回るんだ。6、8と回って問題クリアしていきゃ、10に着く頃には昼になってんじゃねえか?」
見ている地図をゼンが指で辿るのをじっと見やって、ミディカはうんと頷いた。
「ふむ。いいんじゃないでちゅかね。
おバカ獣人にちてはいいルートでちゅ。褒めてさしあげまちゅよ」
(お、おバカ獣人だと…?こんにゃろ…ッ)
ピキピキとくるが、依頼人、依頼人と自分に言い聞かせてどうにか落ち着くゼン。
「…で、6からだが、8に行っても7に行ってもいいと思うが、どっちがいい?」
「7か8か…んー、帰りに残ちておいたほうがいいでちょ。8をぐるっと回ることにちまちゅ」
「うし、じゃあさっき言った通りでいいんだな」
うんうんと頷いて。
「で、他の参加者にルートで鉢合った場合だが、言ってた通り、当然武力制圧だよなぁ?」
「とーぜんでちゅ」
ふふん、と胸を反らすミディカ。
「あーたが盾になって、あたちの魔法が炸裂するんでちゅよ。せいぜいつっこんで盾になることでちゅね」
「はいはい……ったく」
心の中で軽く毒づいてから、ゼンはさらに質問を続けた。
「ま、大丈夫だろ。ミディカの怖がってた校長は参戦しねえ訳だし、ミケってやつもひょろひょろで弱そうだしな」
「ふん、これだからチロートは困りまちゅ」
ゼンの言葉に、ミディかは鼻でふんと笑った。
「あの魔道士、相当できまちゅよ。魔道士の見かけが実力を物語るとは、思わない方がいいでちゅね」
「あの女みてえな奴がぁ?」
あからさまに訝しげな顔をするゼン。だが、ミディカの表情が真剣なのを見て、黙る。
ミディカは何か考えながら、続けた。
「ま、どっちにちろ、校長レベルで無いなら勝ち目はありまちゅ。あーたも、覚悟ちておくことでちゅね」
「そうなのかぁ?ったく、魔道士ってのはよくわからねえな…小さかったり女みてえだったり厚化粧だったり…」
「あーた!」
がば。
ミディカに詰め寄られたところで、また『小さい』と漏らしてしまったことに気づいたゼンはびくりと身を竦めたが、ミディカは予想に反して青ざめた顔で言った。
「めったなこと言うもんじゃないでちゅ!どこで校長が聞いてるかわからないんでちゅよ!」
小声になっていない小声で力説するミディカ。どうやら『厚化粧』の方に反応したらしい。
「あ、ああ……わ、わかった」
ただ事ならぬミディカの様子に、気圧されたように頷くゼン。
ミディカはふー…と深いため息をついた。
「あーたが星にされるのはいっこーに構いまちぇんが、あたちまで巻き添えになるのはごめんでちゅ」
「そ、そんなにすごいのか……」
なんとなくぞっとするゼン。
なんにしろ、一筋縄ではいかない大会になりそうだ。
(とりあえず、俺を舐めくさってるミディカを見返すくらいには活躍してえな……)
ゼンは今度は口に出さないように注意しながら、そう思う。
具体的にどうすれば、というのは、正直さっぱり判らないが。

「ヘキさんは効率重視との事でしたので、この様なルートを考えてみました」
一方で、ヘキとショウも地図を見ながらルートの相談に入っていた。
「こういった競技では、高得点の問題ほど難易度が上がるのが定石です。まぁお聞きしたミレニアム校長の人となりから考えてその逆を突いてくる可能性はありますが…どちらにせよ、高得点が狙えるNo.13~No.16は、何れも山がチェックポイントになっています」
ショウはいつもの営業スマイルを消し、真剣な表情で地図を指で辿っている。
「草原や森の問題がそれほど体力を消耗しない物であれば問題ないのですが、そうでなかった場合が問題です。
体力を消耗した状態で山を登り、問題に挑戦するのは中々厳しい物があるのではないかと思います。
加えて、そこで他のチームと対人戦にでもなったら、正直結果がどう転ぶかは私にも判りません。
そういった理由から、一日目で高得点のNo.13~No.16の問題に挑み、一晩ゆっくり体を休めてから草原や森の問題に挑むのが得策かと思いますが如何でしょう?」
「…真っ先に山に向かい、そこから降りてくる形で問題をクリアしていく、と言うわけね」
ヘキはショウの指の動きは感じ取ることが出来るのか、相変わらず目を閉じたまま彼の話を聞いている。
「いいわ、それで行きましょう」
「ありがとうございます」
にこり、と笑うショウ。
「そして、他の参加者との交戦ですが。出来れば戦いは避けたいですね。まだスタートしたばかりで皆さん得点は溜まっていないでしょうし」
そして再び表情を戻すと、滔々と自分の意見を述べていく。
「もっとも、参加者の数を減らして、少しでも競争相手を減らすとヘキさんが仰るのでしたら、喜んで戦いましょう。どうなさいますか?」
「…そうね。最初のうちは貴方の言う通り、得点も少ないでしょうから無駄な交戦は控えましょう。体力の消耗は少ない方が効率的だわ」
「あのミケさんという魔術師も同様に、まずはスルーの体制を取りましょう」
ヘキの同意を得、ショウはさらに続けた。
「開始直後の元気な時に戦うのは得策ではありません。事を起こすなら2日目。狙われ続けた緊張による疲労がピークに達した時か、任務から開放されると気を抜いた時に攻めるのがいいのではないでしょうか?」
「……」
ヘキは黙ったまま少し考えた。
「…今日の夜は、彼は普通に街に帰って休むのではないかしら」
「えっ」
きょとんとするショウ。
ヘキは彼のほうを向かぬまま、続けた。
「私達は野営をするかもしれない。私も実際するつもりでいるけれど。
けど彼に野営をしなければならない理由は無いわ。移動術の使い手である校長が同行するなら、街に移動することも苦ではない。
ならば、2日目の午前中は十分な休息をとって身体的にも精神的にも充足している状態。おまけに、1日仕事を終えてコツも掴んできている。
むしろ、一番危険な時間帯だと考えるべきではないかしら」
「それは……」
「どちらにしても」
ショウが何か言う前に、ヘキは彼の言葉を遮って続けた。
「スタートしてすぐは、貴方の言う通り攻めに出るべきではないわね。そもそも遭遇するかどうかも判らないけれど、昼までは貴方の言う通り撤退の方向で行きましょう」
「……わかりました」
自分が思うより、この少女は手ごわいかもしれない。
ショウは内心そんなことを思いながら、表情を引き締めるのだった。

§2-2:The first action

「用意……スタート!」
ぱん。
ミリーの掛け声と共に鋭い音が空に響き渡り、スタートラインに並んでいた生徒とそのパートナーの冒険者たちはいっせいに散った。
その中で、誰もがあえて避けていたスタート地点のチェックポイントNo.1に訪れた猛者が2組。
「……あら」
「どうやら先客がいるようだね」
レティシアとルキシュがチェックポイントに向かうと、そこにはすでにゼンとミディカがいた。教官の前に立って説明を聞こうとしているところらしい。
ゼンより背の高い男性教官は、二人に気づいて顔をそちらに向けた。つられて、ミディカとゼンも2人のほうを向く。
ぴり、とした空気が漂ったが、ここは街中。戦闘の許可は下りていない。
「………こちらの組が先だ。ここで待っていろ」
教官は低くそれだけ言うと、くるりと踵を返して歩き出した。ゼンとミディカも、2人を気にしつつもその後について奥のほうに歩いていく。
2人は教官に言われた通りにその場で足を止め、3人の姿を見送った。
「…あんなちっちゃい子も参加してるの?男の人のほうが冒険者よね?」
レティシアが訊くと、ルキシュは嘆息した。
「耳を見なかったのかい?彼女はエルフだよ。僕らより年上だ」
「えっ。あ、そうだったんだ、気がつかなかった」
「院生のミディカ・ゼラン。優勝候補の1人だ。要注意だよ」
「そ、そうなのね…」
あんな小さな子が、と、まだ信じられない面持ちで、レティシアは3人が去っていった方向を見つめるのだった。

「ここだ」
一方、ゼンとミディカは教官に連れられてとある部屋の前にやってきていた。
足を止めたとたん、表情が引きつるミディカ。
「こ、ここは……」
「……校長室?」
ドアプレートに書かれた文字を読み上げてみるゼン。
教官は淡々と説明を始めた。
「これからこの校長室に侵入し、どこかに隠されている『校長先生の像』を探し出してもらう」
「校長先生の像、だぁ?」
奇妙な問題に眉を顰めるゼン。
教官はそちらを気にした風はなく、淡々と説明を続ける。
「ただし、ドアを開けると校長に判る仕組みになっており、一定時間が経つと戻ってくる。無断で校長室に入る泥棒にはおしおきが待っているので注意、と校長の伝言だ」
びく。
その言葉を聞いたとたんにミディカの肩が縮む。
が、ゼンは呑気にミディカを見下ろして訊いた。
「校長の部屋…?おいミディカ、入ったことはあんのか?」
「あ、ありまちゅが…すぐ出てちまうから探し物できるほどに知ってるわけでは…」
「んーそっか。んじゃま、仕方ねえ、とりあえず探すか」
「あ!ちょっとあーた!」
がちゃ。
ミディカの制止が聞こえているのかいないのか、多分聞こえていてスルーしているのだろうが、ゼンは何のためらいもなくドアを開けた。
いかにも校長室ですという感じの部屋。中央に応接テーブル、窓を背に大きなデスク。両側に並ぶ本棚には魔道書らしきものがぎっしりと詰まっている。余分なものはあまりなく、当たり前だがぱっと見どこにもそれらしき像はない。
「校長の像…校長の像……どこだ?」
ゼンは呟きながら、校長室の中にずかずかと入っていく。
慌ててそれを追うミディカ。
「ちょっ、あーた何勝手に入ってるでちか!こーゆーのは心の準備とゆーものが……ああもう!」
文句をつける時間を捜索に当てるほうが早い、とミディカは判断したようだった。入り口近くで目を閉じ、何かを念じ始める。
一方のゼンはひたすら、部屋の中を乱雑に捜索していた。椅子を移動させてみたり、引き出しを開けてみたり。当然戻したりなどしない。手に武器を持っているから、そんな余裕はないのだ。武器を構えている割には無警戒で探し回るゼンのおかげで、部屋はだんだんとまさしく泥棒が入ったような有様になっていく。
「ちっ、ねーじゃねーか。おいミディカ、そっちは…」
と、ゼンが体を起こして振り向こうとした、その時だった。

「あらあら、こんなに散らかして。躾のなっていない泥棒さんね?」

音もなく現れた気配に、ぎょっとして振り返る。
そこには、舞台上で見た、あの金髪の化粧美人が不敵な笑みを浮かべて立っていた。
「なっ……!」
慌てて、武器を構えようとするが。
「永遠の紺碧!!」
ミリーの術が放たれる方が早かった。
ちゅどーん。
「のああああぁぁぁぁ……」
昔懐かしい効果音と共に、ゼンの体は見事に吹っ飛ばされ、屋根を突き破って空のかなたへと消えていった。
ふ、と息をついて、再び手を構えるミリー。
「……純白の約束」
呪文を唱えると、破壊された壁のみならず、ゼンが荒らしまわった室内までもが、整然と元の姿に返っていく。
くるりと振り返り、ミリーはパートナーの姿を探した。
と。
「………合格だ」
ミディカはすでに、探し出した像を教官に差し出している所だった。
「あら、よく見つけられたわね」
にこりとミディカに微笑みかけるミリー。
自分に危害が及ばなかったことにほっとしたのか、ミディカはいつものように胸を張って答えた。
「あのおバカ獣人が部屋を荒らちてる間に、魔道感知をちたのでちゅ。僅かでちゅが、校長の魔力と違う魔力を帯びたものがありまちた。あとは、そこを探すだけでちゅ」
「はい、正解」
ミリーは楽しそうに笑みを深めた。
ふふん、と笑うミディカ。
「おバカ獣人が部屋をめちゃくちゃにちてくれたことで、あーたの注意をひきつけることができまちた。
おバカとハサミは使いようでちゅね」
「あはは、まあそれはいいから迎えに行ってあげたら?飛んでったの、せいぜい校庭までだと思うし」
「ちょーがないでちゅねー」
ミディカは嘆息して、首に下げた水晶玉に50ポイントが入ったのを確認すると、軽く挨拶をしてその場を後にした。

<ゼン・ミディカチーム +50ポイント 計50ポイント>

さて、その後に訪れたルキシュとレティシアは、やはり教官に問題を告げられると難しい顔をした。
「校長先生の像を取ってこい…かぁ。簡単そうに見えるけど、きっと一筋縄じゃいかないんだろうね」
ため息をついてレティシアが言うと、ルキシュも同様の表情で頷く。
「そうだね。だが尻込みはしていられない、行くよ」
「うん」
がちゃ。
ルキシュがドアノブを回し、扉を開ける。
整然と整った室内に足を踏み入れ、2人は早速捜索を開始した。
「どこにあるのかなぁー。単純な場所にはないよね?」
言いながら、机の上をガサガサと探ってみたり、机の下を覗き込んでみるレティシア。
「ほら、ルキシュも探して探して」
「探してるよ、うるさいね」
ルキシュはパタパタと戸棚を空けながら、煩げに答える。
「校長先生の考えそうなこと、ルキシュならわかるんじゃないの?」
「どうして。僕は校長と個人的に親しくしている訳じゃないよ。というか、そんな物好き…いや、勇者がこの学校にいるのかな?」
言いながらも、椅子を動かしたり物をどけたりしてみる。
「地下に秘密の小部屋があってその中かな?」
今度は床にはいつ配り、切れ目を探してみるレティシア。
「んー…ないかぁ。あれだけ派手な校長先生だから、きっと像も派手だと思うのよね。純金とか。
でも、部屋にソレらしき派手で目を惹く物はないわねぇ…」
目立つものがないのなら、どこかに隠してあるのだろうが。
なおもゴソゴソ、バタバタと2人で探していると。

「はい、時間切れ」

ばちん!
「ぐうっ……!」
突如響いた女性の声、そして大きな炸裂音とルキシュのうめき声に、驚いて身を起こすレティシア。
そこには、先ほど舞台上にいたミリーの姿と、その足元にうずくまるルキシュの姿が。
「あ…こ…校長先生…こんにちは~…」
ルキシュがうずくまっているのにも驚いたが、それ以上に至近距離のミリーの威圧感がすさまじい。
レティシアは動くことも出来ず、愛想笑いでとりあえず挨拶をしてみる。
ミリーはにこり、と微笑んだ。
「はい、こんにちは。さっきの子は吹っ飛ばしてみたけど、やっぱりこんな可愛い子だと忍びなくてねぇ。一応マスターグロング家からお預かりしてることでもあるし?」
「は、はは、そうですか……」
足元のルキシュはピクリとも動かない。放って逃げるわけにも行かないが、このままだと自分も同じ運命だ。
レティシアはしばし逡巡して、それでも果敢にミリーに訊いてみた。
「校長先生の像って、どこにあるか……知ってても教えてもらえないですよね~」
にこり。
無言のまま微笑むミリー。
その迫力の笑顔が、全てを物語っていた。
「あなたも、食らってみる?」
「い、いえっ!け、けけ結構です!」
ぶんぶん首を振るレティシアに、ミリーは顔だけをルキシュのほうに向け、さらに言った。
「早く連れて行って、傷を治してあげなさい。気は失ってるけど、大したケガじゃないから」
「は、はいっ」
慌ててルキシュに駆け寄るレティシア。
ミリーはそのまま、入り口に立つ教官のほうを向いた。
「ゼヴ、そういうわけでこの子達は不合格。OK?」
無言で頷く教官。
ミリーはにこりと笑って頷くと、もう一度レティシアのほうを見た。
「それじゃあ、グッドラック。がんばりなさい」
爽やかにそう言い残し、ミリーは再び一瞬で姿を消した。
レティシアはルキシュの側にしゃがみこみ、はぁ、と深いため息をつくのだった。

<レティシア・ルキシュチーム +0ポイント 計0ポイント>

それより少し前、チェックポイントNo.16。
ミリーの移動術でやってきたミケは、山頂の窪みのような大きなスペースにでんと鎮座する巨大な翼竜に絶句していた。
「……こ、これ、いいんですかね……?」
さすがに魔道学校の生徒が相対する課題としては荷が勝ちすぎるのではなかろうか。
そう思っておそるおそる訊ねると、ミリーはあははと笑って答える。
「なんなら戦ってみる?どうせ生徒も来ないだろうし、構わないわよ?」
「い、いえやめときます」
これから狙われて襲われまくる運命にあるのに、無駄なケガはしたくない。ミケは慌てて首を振ると、そのチェックポイントの担当教官の方を向いた。
「初めまして、こんにちは。僕はミケです。今回はよろしくおねがいします」
担当教官は、ショートヘアで長身の女性だった。ミケが挨拶すると、気さくに微笑を返す。
「ラシェーナ・アミスだ。ラシェでいい。
校長のアシスタントをするそうだな、まあこういう人で苦労をかけると思うが、よろしく頼む」
「ちょっと、どういう意味?」
ラシェの言い草に軽く抗議の言葉をかけるミリー。
ミケは首を傾げた。
「ミリーさん、僕の仕事は、アシスタントなんですか?」
「そういえば、講師にはそんな説明をしたような気がするわねえ」
かなり他人事でそう答えるミリー。
「まあ、いいんじゃない?アシスタントで」
「アシスタント……」
……って、なんだっけ。
ミケは自問して、記憶の中からその言葉の意味を引っ張り出す。
検索結果一覧のトップに現れたのは、自らの魔道の師匠に教えを受けたことだった。
『手となり足となり盾となり下僕となることです(ミルフィール語録)』
検索結果のトップに挙がったからといってその知識が正しいとは限らない良い例です。
まあ正しいかどうかはともかくとして、ミケは納得して頷いた。
「ああ、まあ、アシスタントですね」
ここに彼の言葉を訂正する者はいない。
微妙な空気は見事に流れ去っていき、早速ラシェがミケに問うた。
「それで、校長とアシスタントがどうしてここに?コース中の生徒に無差別攻撃を仕掛けると聞いているが?」
「先生方に何を言ってるんですかミリーさん」
「あはは、まあいいでしょ」
「もう……ええと、ミリーさんに火の魔法を教えてもらうことになっているんです。報酬の半分として。
最初のうちは皆さん街の中にいるでしょうし、この隙に色々教えてもらおうと、ここに」
「ほう」
感心したように、ラシェ。
ミケは改めてミリーのほうを向いた。
「ということで、ミリーさん、教えてもらっても良いでしょうか。
特にさじ加減……コントロールというか。威力を上げるのも、そうなんですけど……威力を落として、出したら細く長く置いておけるように、出した後集中し続けなくても維持できるように。そういうことってできますか?」
ミケの言葉に、ミリーはうーんと考えた。
「そうねえ、火魔法は持続と火力の調整が一番難しいところなのよね。まあ調整については練習しかないと思うんだけど…」
そこに、ラシェも加わる。
「知っての通り、火というものは燃料がなければ持続しない。だが、燃料を投下しすぎればたちまち燃え盛ってしまう。扱いの難しいものなんだよ」
まさしく先生よろしく、理路整然と語っていくラシェ。
「燃料というのは、この場合術者の魔力に相当する。だから、燃料を切らさず、なおかつ威力を抑えて持続させるためには弱い魔力を送り続ければいい。
最初は微量に出し続けること自体に集中を要するだろうが、慣れればそちらに魔力を送りつつ、別の魔法を使うことも出来るようになる。ある程度の訓練が必要だがな」
「あたしなら、風の魔法と組み合わせるかな」
ミリーが楽しそうに、さらに横槍を入れてきた。
「風を送れば、火は燃え続けることが出来る。弱い火が持続する程度の風を、結界を張って風の通り道を確保した上で火に送るようにするわけ。
風の結界で、ランプを作るようなイメージかしら?火をおこしてから結界を張るまでのタイミングが難しいから、これも要練習になっちゃうけどね」
「なるほど」
頷くミケに、腰に手を当てて改めて問う。
「さ、どうする?どっちの練習をしてみたい?」
「そうですね……」
ミケはしばし考え、それからラシェのほうを向いた。
「じゃあラシェさん、お願いします」
申し訳なさそうにミリーの方を見て。
「仲間と冒険するとき、何か依頼をこなすとき、魔法の数を増やせた方がいい気がして。戦闘もするから……回復魔法も結構得意なんですけれど、そもそも防御魔法で怪我自体をさせない、軽くするっていうこともできるんじゃないかと。なので、今はラシェ先生に教わってみたいんですけれども」
「そう」
ミリーは気を悪くする様子もなく、微笑んで頷く。
「じゃあ、あたしはここにいなくてもいいわね。ちょっと呼ばれたから、行ってくるわ」
「え、ちょ」
「じゃあね。深緑の跳躍」
呪文を唱えると、ミリーはさっさと姿を消した。
おろおろするミケ。
「ど、どうしましょう、怒らせちゃったでしょうか…」
「馬鹿な。あの方はそんな小さなことで怒る方ではないよ」
ラシェはこともなげに微笑んだ。
「呼ばれたというのなら、本当に用事があるのだろう。校長が帰ってくるまで、存分に時間を使って特訓すると良い」
「そ、そうですか…?」
ミケはまだ少し気にしている様子だったが、やがて気にしてもどうにもならないと割り切ったのか、姿勢を正してラシェに向き直った。
「では、ラシェ先生、よろしくおねがいしますっ!」
「よし、では始めよう」

「どうー、出来るようになったー?」
しばらくしてまた唐突に戻ってきたミリーに顔を向けたとたん、隣にいたラシェに声をかけられた。
「あ、ミリーさ……」
「ほら、また強くなった。引き締めろ」
ぺし、と軽く背中を叩かれる。
「うあ。うう……魔力を細く出し続けるって、意外に大変なんですね……」
「小さい声をずっと出し続けるようなものでしょ。訓練すれば出来るようになるわよ」
こともなげに言うミリー。
「そりゃあミリーさんには簡単でしょうけど…」
「うりゃ」
「うわっ」
唐突にミリーがわき腹をつついたので、ミケは驚いて身をよじった。
その拍子に炎がごうと燃え盛る。
「あちちっ」
「ほら、気を抜くな」
「ちょっ、ミリーさんやめてくださいよ!」
慌てて炎を小さくしてから、ミリーに苦情を言うミケ。
ミリーはにやりと笑いながら言った。
「これくらいで集中途切れる方が根性ないのよ」
「脇腹つつかれたら誰だって動揺しますよ!」
「わかったわ、脇腹はつつかない」
「お願いしますよ?まったく……」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「……あ、ピンクの鰭」
「はあ?!」
ごう。
「あつー!」
「気を抜くなと言っているだろう!」
「ダメねえ、ミケ」
「ちょっと待ってくださいなんであなたが知ってるんですか!」
「ふふふ、あたしはなんでも知っているのよ」
そんな、少し楽しげな特訓が繰り広げられていたという。

「そういえばさ」
時はまた少し遡って、スタート直後。
校門を出た所で、カザは前を歩くラスティに声をかけた。
「ラスティは、その格好で外に行くの?」
ラスティは足を止めて振り返ると、不思議そうに答える。
「……そうだけど?それが何か?」
カザは少し眉を寄せて、真剣な様子で彼女に言った。
「森の中もその服だと危ないと思うよ?葉っぱで足とか……色々切っちゃいそうだ」
そういうカザの服も半袖半ズボンなのだが、それは棚に上げて。まあラスティの露出度の方が高い。
「その辺の店で着替え買って行かない?」
「別にアタシはこのままでもまったく構わないけど?切れたら切れたで、いいじゃない…?血は美しいわ、っふふ」
ラスティは楽しそうに笑い、しかしすぐに自分の言葉を翻した。
「でも、ま、いいかもね?アナタがコーディネートしてくれるんでしょう?
ふふ…楽しみだわ。どんな服をアタシに着せてくれるのかしら?」
ゆっくりとカザに歩み寄り、指先で彼の顎をつうとなぞって。
「知ってる?オトコがオンナに服を買う理由……それを脱がしたいからよ?」
カザは一瞬言葉に詰まり、しかしすぐにははっと笑った。
「そうなんだ?じゃあその辺の事も含めて、よーく考えて選ばせてもらうよ」
冗談と捕えているのか、慣れているのか。カザはさらりとそう言うと、道を外れて繁華街の方へと歩き出した。

「うーん、やっぱ黒いのがいいかな。あと防御力も考えたら素材は皮製で……あ、でも動き易くないと」
ブティックを数件回りながら、割と真剣な様子であれこれ悩むカザ。
女の子の服なんて選んだことないからなーとぼやきながら悩む様子を、ラスティは少し離れた所で楽しげに見ている。
長い時間悩んだ結果、カザが選んだのはレザー製の黒いミニドレスとロングブーツだった。スカート部分には動きやすいようにスリットが入っており、翼を出せるように背中は大きく開いている。
ラスティが着て出てくると、カザは何かをやり遂げたようなすっきりとした笑顔で言った。
「うん、いいじゃん。あんまり面白みの無いチョイスで悪いね。ラスティにはこういうのが一番合ってると思うよ」
「ふぅん……アナタのアタシに対するイメージはこうなのね」
身につけた服を眺めながら、面白そうにそう言うラスティ。
「ま、じゃあ今回はこの服で行かせてもらうわ?ふふ、どうもありがとう」
「うん、やっぱりこっちにして良かった。パスティみたいに金髪碧眼だったら赤いのも凄く似合うと思うんだけどね」
「あら、それはごめんなさいね?アタシも元はあの髪と目なんだけど。まあ、双子だからね?」
「あ、そうなの?」
カザはきょとんとして、それからまたへらっと笑った。
「パスティとラスティって双子なのに全然似てないって思ってたんだよね。
雰囲気も全然違うし。髪や羽の色まで違うんだからびっくりしてたんだ」
ふふ、と妖艶な笑みを浮かべるラスティ。
「アタシはこの色の方が好きだから、そうしてるだけ。でも、赤だったら黒の方が似合うとアタシは思うけど?
背徳と血の色…ふふ、素敵なコントラストじゃない?」
その笑みに少し背筋が冷たくなるのを感じたが、カザは極力それを表に出さないよう、にこりと笑う。
「背徳、か。確かにラスティを見てるとそう思うよ」
時間食っちゃったね、じゃあ行こうか、と、カザはその話はそれきりにして、東門へと急ぐのだった。

一方、メイとテオのペアはチェックポイントNo.4にたどり着いていた。
「いらっしゃい、お疲れ様」
「あれ、セヴィアはん」
その場所で待っていたのは、スーツ姿のフェイリアの女性。彼女を見て、ティオが驚いたように声を上げる。
セヴィアと呼ばれた女性は、にこりとティオに微笑みかけた。
「こんにちは、ティオ。早速ここに来たのね」
「えー、なんでセヴィアはんがここにおるん?」
「講師がみんな出ちゃって、人手が足りないのよ。っていうことで、ここは私が試験官をやらせてもらうから」
「へー、そうなん。大変やねえ」
「ティオ、知ってる人?」
同じフェイリアということで少し親近感があるが、メイは知らないこの女性の事をティオに聞いた。
「ああ、学校の事務で働いててん」
「セヴィア・マイルスよ。よろしくね」
「あっ、メイ・ソルジェです!」
改めてセヴィアに挨拶され、メイは姿勢を正して挨拶をした。
それからすかさず、携帯していたチラシをセヴィアに差し出す。
「これ!うちの食堂です!良かったらぜひ来てね!」
「まあ、ありがとう」
セヴィアは笑顔でそれを受け取り、内容に目を通した。
「食堂の娘さんなのね。じゃあ、ここの問題は楽勝かしら?」
「えっ?」
きょとんとするメイに、セヴィアは一度にこりと微笑みかけ、次に振り向いて後ろのテーブルを見た。
「ここは、ウチの学生御用達の食堂なの。今日明日はお休みにして協力してもらってるのよ。
ここの問題は、あの食材を使って、料理を一品作ること」
視線の先のテーブルには、肉や野菜など一通りの材料が揃っているようだ。
「ただし、材料に直接触らないこと。これが条件。さ、やってみて?」
数歩下がって、2人にテーブルを指し示すセヴィア。
2人はそのまま、テーブルの方に歩いていく。
「手を触れずに、一品か」
ふむ、と唸るメイ。
「だったらお豆腐があったらお皿にお豆腐乗せれば冷奴が出来るけど。一応『直接』は触れていないし」
「オトウフ?ヒヤヤッコ?」
傍らで首を傾げるセヴィア。
「なにそれ?」
「えっ?お豆腐知らないの?」
驚くメイの横で、ティオが解説を入れる。
「ナノクニの、豆を使った……なんちゅうんかな、テリーヌみたいなもんや」
「豆でテリーヌ?想像がつかないわ…」
首をかしげて眉を寄せるセヴィア。ティオはさらに説明を続けた。
「その豆腐を冷たいまま皿に盛ったんが冷奴。ま、ここに豆腐はないみたいやな。ナノクニの食いもんやしなあ」
「ええーっ、お豆腐ないんだぁ……ていうかお豆腐ってメジャーな食べ物じゃないんだ……」
なんとなくショックを受けたように、メイ。
「じゃあ、お肉を用意して火の魔法で焼いて……」
「せやね、お肉はまあとりあえず、布で巻いて直接触らんようにしよな」
「あっ、そっか、持っていくのにも触っちゃダメなんだね」
ティオが布で巻いた肉を持ってくると、メイは同じく布で押さえながらその肉に包丁を入れる。
切った肉に塩コショウで下味をつけ、まな板の上に置いたまま、メイは少し離れて手をかざした。
「やぁ!」
気合と共に、ぼ、と肉に火がつく。
ティオは離れた所でその様子を楽しげに見守っている。
しばらく火の魔法で肉を焼いたところで、メイは手を下ろして魔法を解除した。
「…こんなもんかな。これでいい?」
セヴィアのほうを向くと、セヴィアは出来上がったものに近づいて覗き込身、様子を見る。
ほどなくして、振り返って頷いた。
「いいでしょう、合格よ」
「やったぁ!」
飛び上がって喜ぶメイ。
「メイちゃん、おおきにな」
「ううん、私で役に立てたなら嬉しいな!」
セヴィアはティオの首にかかっている水晶玉に点数を入れると、そのままメイの方を向いた。
にこり、と笑って。
「それじゃあ、あなたが丸焼きにしたあのまな板の弁償は報酬から引いておくから」
「えええええ?!」
小さな食堂に、メイの驚きの悲鳴が響き渡るのだった。

<メイ・ティオチーム +10ポイント 計10ポイント>

§2-3:The first battle

「ここは、まだ戦闘許可区域ではないんですね」
No.5を訪れたテオは、少しほっとした面持ちでそう言った。
ヴィーダ市街の東門のすぐ側にチェックポイントがあり、すでに多くの生徒がそこで問題を解いている。もちろんスルーしてさっさと外に出ている生徒もいるようだ。
多くのグループが鉢合わせているが、戦いを始める様子はない。
「そうですねー、街中で戦うと他の人にまで迷惑がかかりますからねー。校長もそういう理由で戦いを制限しているのでしょうねー。
まあ、私達はのんびり、草原の方を回りましょうかー」
「はい!」
トルスの言葉に勢いよく返事をするテオ。
2人はチェックポイントの生徒たちを尻目に草原へと足を踏み出した。といっても、トルスは浮いているのだが。
「風が心地よくて本当にいい天気ですね」
「そうですねー」
「草原で寝転んで寝たらきっと気持ちよさそうです!」
「ふふ、また天気の良いお休みの日にやってみるといいですよー」
はしゃいでいる様子のテオに微笑ましげに声をかけるトルス。
広い草原にはやわらかく風が吹いていて、日差しも穏やか、のんびりと散歩をするには絶好の日和だ。
「トルスさん質問なのですが」
唐突に、相変わらずの早口でテオはトルスに言った。
「はい、なんでしょうー?」
「今の仕事をしようと思ったきっかけってなんですか」
「きっかけ、きっかけ、ですかー、うーん」
トルスはトルスで、相変わらずのんびりとした口調で答える。
「まあ、故郷を出て旅をしている途中で、校長にお世話になりましてねー。そのままスカウトされて、ここで働くことになったんですよー」
「あ、あのミレニア……む、シーヴァンさんにスカウトされて……!!すごいですトルスさん!」
感動した様子のテオに、トルスは苦笑した。
「いえいえ、すごくなんてないですよー。あの人は優秀な人を優遇するわけじゃないですからー」
「え……どういうことですか?」
首をかしげるテオ。
トルスは、ふふ、と楽しそうに笑う。
「あの人はですねー、がんばる人が好きなんです。出来る人じゃなく、がんばる人が。
ですからきっとテオさんも、気に入ってくださると思いますよー」
「ぼ、ぼぼぼ僕なんてそんなとんでもないです!!」
テオは大慌てでぶんぶんと首を振ってから、はあとため息をついた。
「僕、今の職業は魔術師ですが治療魔術師を目指しているんです」
ぽつぽつと……いや、相変わらずの早口で語っていく。
「僕、治療師の家系の末っ子なんです。
小さかった頃父さんの仕事に着いて行った時見た父さんの姿や患者さんの表情が印象的で父さんみたいになりたいっていうのがきっかけで治療魔術師を目指しているんですが…」
そこで、今朝の失敗を思い出したのか、はぁと深いため息をついて。
「いつも勘違いしたりドジふんだりで失敗ばっかりで。こないだも名前を間違ったり、今日も先走ったりしてトルスさんに迷惑かけちゃってますよね、すいません。
患者さんに心配かけたら駄目だから元気にいかなくちゃとか今度こそ少し落ち着いてしっかりやらなくちゃ。って思うんですけどうまくいかなくて……」
「そうですかー」
トルスは特に同情する様子もなく、呑気に相槌を打つ。
「ふふ、誰にも失敗はありますよー。その失敗を糧に、明日は今日よりもっと良い自分になればいい。
その積み重ねは、実はみんな誰でも同じようにしてるんですよー」
「トルスさん……」
テオは心細げな表情でトルスを見、それからはっとして首を振って、無理矢理笑顔を作ってみせた。
「こんな話してしまって困りますよね。…僕ぜったいトルスさんの役に立てるよう頑張ります」
「ふふ、期待していますねー」
にこにことそれに答えるトルス。
そんな和やかな会話と共に、2人は草原を歩いていくのだった。

「はーい、じゃあこれ持ってねー」
チェックポイントNo.6で待っていたのは、ぼさぼさ頭に汚れたローブを着た、ずいぶん間延びしたノリの女性教官だった。
「あ、はい、私ですか?」
なにやら30センチ四方ほどの板のようなものを手渡されたオルーカは、きょとんとして教官を見上げる。
「でねー、この板持って、この辺に立って」
「あ、はい。こうですか?」
「そーそ。で、ジャスティーちゃんはあっちの旗の横に立ってもらって」
教官は、今度はカイに、30メートルほど離れた場所にある旗を指差した。
説明を受けながら頷くカイ。
「はい」
「でね、あそこから魔法を撃って、この冒険者さんが持ってる板に命中したらクリアね」
「さながらウィリアム・テルですね」
楽しそうに言うオルーカ。
「じゃあ、立て札を持って…あ、カイさん、どうです?当てられます?私、動かない方がいいんでしょうか?
それとも、当たるように動いた方がいいですか?」
「あーんー…あ、っていうか動いていいの?先生」
眉を寄せて考えてからカイが教官に聞くと、教官はのんびりと頷いた。
「ジャスティーちゃんが魔法を撃った後なら動いて構わないよー」
「それなら、あたし出来るだけ遅く動くように撃つから、オルーカの方で動いてくれるかな?正直、コントロールには自信なくてさ」
「わかりました!がんばって、当たるようにつっこんでいきますね!」
「や、その言い方はどうなの……じゃあ、よろしくね」
カイはそう言い置いて、くるりと踵を返すと離れた旗のところまで駆けて行った。
少し緊張した面持ちでそれを見守るオルーカ。
カイは旗のところに到着すると、大きく手を振って合図する。
「ここからでいいー?!」
「いいよー、いつでも撃ってー」
教官も意外に通る声でそう返事をし、カイは改めてオルーカに手を振った。
「じゃあいくよーオルーカー!」
「はーい!こっちはいつでもOKです!」
大きく手を振り返し、板を構えるオルーカ。
カイは慎重に身構え、両の手の平をオルーカに向けると、大きな声で呪文を唱えた。
「フレイムボール!」
ごっ。
呪文と同時に、大きな火の玉が現れ、打ち出されるようにして飛んでいく。
「あ、わわ」
オルーカに向かってまっすぐ飛んでくるわけではないその火球を、オルーカは板を持ったまま慌てて追った。
幸いカイの言ったように速さは大したことはなかったので、あっさりと追いついたのだが。
「え、ちょ、大きくないですか?!」
思ったより火球が大きい。明らかに板一枚で済む大きさではない。
オルーカはとっさに持っていた板を自分をかばうように前にかざした。
「あー、そんなことしたら…」
呑気に言う教官。
ごわ。
「きゃー!」
案の定、板に当たった火球はそのまま炸裂し、板のみならずオルーカまで巻き込んで燃え上がった。
「オルーカ!」
慌てて走ってくるカイ。
幸いにも、火は他に燃え広がったりせずにすぐに燃え尽き、オルーカはへたりとその場に座り込んだ。
「大丈夫、オルーカ!ごめんね!」
「だ、大丈夫です……」
心配そうに駆け寄るカイに、あちこち焦げ跡を作ったオルーカは力なく微笑んで見せた。
「一応エレメントも火ですし…これでもガルダスの僧侶ですから、火の神のご加護が…」
「ガルダスの加護ってアイドルフィギュアにハァハァしてる人が全部吸い取ってるってミルカが言ってたよ?!」
「み、ミルカさんなんでそんなこと知って…いえ、そんなことはありませんから安心してください」
「大丈夫ー?」
そこに、やはり呑気な様子で教官も歩いてくる。
「ま、本人に当たったらだめとは言わなかったし、一応板には当たったから合格ねー。はい、点数」
「あ、ありがと…」
オルーカが怪我をしている手前戸惑いながらも、教官が差し出した魔道石からポイントをもらうカイ。
「その子のケガは大したことないと思うけどー、まあちょうど救護もいるみたいだから面倒見てもらいなよー」
教官はそう言うと、視線を遠くにずらして大きな声を上げた。
「おーい、エンフィード先生ー。けがにーん」
驚いて声をかけたほうを振り向くと、やや遠くの方にトルスとテオの姿が。
2人は声をかけられたことに気づいた様子で、テオが慌てて飛んできた。
「大丈夫ですかー?!」
まさに慌てて、という様子で、ものすごい速さで飛んできたテオの後ろから、ふよふよと近づいてくるトルス。
2人に対し、教官は相変わらずのマイペースでのんびりと声をかける。
「ここだとまた他の生徒が来るから、とりあえずちょっと離れてくれるー?」
「あ、は、はいわかりました!」
勢いよく返事をして、テオはオルーカの側に膝をついた。
「立てますか、大丈夫ですか」
「あ、はい、どうにか…すみません」
何とかよろよろと立ち上がろうとするオルーカだったが。
ひょい。
「きゃっ」
横にいたカイが軽々とオルーカを抱え上げたので、驚いて声を上げる。
いわゆるお姫様抱っこでオルーカを持ち上げたカイは、そのままトルスとテオに声をかけた。
「早く行こ。あたしが運ぶから」
「か、カイさん、私は大丈夫ですから…!」
さすがに慌てるオルーカににこりと微笑みかけて。
「あたしがケガさせちゃったんだからこれくらいさせてよ」
「いやー、カイさんかっこいいですねー、王子様みたいですねー」
呑気に歓声をあげるトルスに半眼を向ける。
「先生はもうちょっと力つけたほうが良いと思うよ」
「あははー言われてしまいましたー」
「と、とりあえずあちらに行きましょう!」
微妙な空気に戸惑いながらテオが歩き出すと、残る2人もそれに倣って歩き出した。
「すいません、今回だいぶお世話になると思いますが…見かけたらよろしくお願いします」
カイの腕の中で、申し訳なさそうにテオに言うオルーカ。
テオは励ますように満面の笑みを返した。
「いえ僕の役目はそれですから!遠慮しないでどんどん頼ってくださいね!」
役に立てることが嬉しそうな様子に、オルーカも申し訳なさそうに微笑む。
「なんせ回復魔法使えないコンビなものですから…」
「あっはは、そうだよねー」
それにはオルーカを抱えているカイも同意して笑う。
「血の目を見ることも多そうですし…」
「やるだけやって回復できないってかなり致命的だよね」
「全く出来ないわけではないんですけどねー」
「でもやってくれるならお願いしたいよね」
「まったくです」
あはは、と笑いながら離れた場所に移動する一堂。
そこで、オルーカはテオにしっかりと治療してもらうのだった。

<オルーカ・カイチーム +20ポイント 計20ポイント>

さて一方、チェックポイントNo.6には少し時間がずれてカザとラスティのペアがたどり着いていた。
教官からやることを告げられ、板を手にラスティのほうを見るカザ。
「だって、ラスティ。大丈夫そう?」
「まあ、やってみるしかないわねぇ」
スリリングな内容でないからか、ラスティはいまいち気乗りしなさそうだ。
「あ、火属性の魔法はやめてね。服が焦げちゃうから」
「あら、残念。そうね、じゃあ風の魔法を使わせてもらおうかしら」
カザの言葉に、ラスティはにやりと笑って踵を返す。
旗のところまで歩いていくのを見て、カザも板を構えて待機。
「いくわよー」
ラスティが手を振ったのが見えたので、カザも板を揺らして返事をした。
「いいよー」
それが聞こえたか否かはわからないが、ラスティは目を閉じてすっと片手を上げた。
「…刹那に捧げる鎮魂歌…」
歌うように呪文を唱えると、その手の平の上にカマイタチが現れる。
「はっ!」
ラスティはくるりと身を翻すと、フリスビーを投げるようにそのカマイタチを投げ放った。
かっ。
軽い音を立てて、カザが掲げていた板が真っ二つに割れる。
ヒュウ、と口笛を吹くカザ。
再び歩いて戻ってきたラスティに笑顔で声をかける。
「ナイスコントロール。この課題は簡単すぎたかもね」
「ふふ、ありがと」
ラスティは微笑んでそれに答えると、教官の方を向いた。
魔道石を取り出して頷く教官。
「ん、申し分無しの合格だねー。はい、石出して」
「はい、どうぞ」
ラスティは鷹揚に言って、水晶玉を差し出した。

<カザ・ラスティチーム +20ポイント 計20ポイント>

「で、あそこにいるのって他の参加者じゃない?」
離れた場所で治療をしているオルーカたちを目ざとく見つけたカザが言うと、ラスティもそちらを向いた。
「あら、カイじゃない」
「友達?」
「ええ。行きましょう」
言って、カザの返事を待たずに歩き出すラスティ。
当然、カザもその後についていく。
オルーカたちはすでに治療を終え、トルスたちと軽く談笑をしている所だった。
「カイ」
近づいていって声をかけるラスティ。
カイとオルーカは声に気づいて振り返る。
「ラスティ。あんたもここ来てたんだ」
ラスティ、という名前に、表には出さずに気を引き締めるオルーカ。棍を持つ手に力が入る。
ラスティはにこりと笑って、楽しげにカイに話しかける。
「ええ。アナタも合格?」
「まあ、どうにかね」
「っていうことは、点数持ってるのね?」
「まあ、そうだけど」
「じゃあ」
す、と、ラスティの雰囲気が変わった。

「早速戴いちゃおうかしら!」

「オルーカ!」
「はい!」

仲の良い友達からの奇襲にも思えるこの展開も、カイとオルーカにとっては予測済みのことだった。
万全の体制を整えていたオルーカが、カイの掛け声と共に前へ跳び、構えていた棍を振りかぶる。
「おっと!」
がっ。
ラスティに向かって振り下ろされた棍は、しかし寸前で鈍い音を立てた。
いつの間にか獣化していたカザが、鱗に覆われた腕をクロスしてラスティをかばうように立ちふさがっている。
「なんだ、ラスティだって人のこと血の気が多いなんて言えないじゃないか」
冗談めかして言うカザに、ラスティもふふっと微笑を返して。
「アタシが血の気多くないなんて一言も言ってないわよ?」
言いながら、後ろに跳んで距離を取ろうとする。
が。
「甘いよ!」
オルーカの後ろに控えていたカイが、棒を構えて前へ跳び、オルーカとカザの脇をすり抜けて、ラスティが空けようとした距離をそれ以上の速さで縮めにかかる。
「ちっ、吹き飛ば……」
「あなたの相手は私です!」
慌ててカイに向かって呪文を唱えようとしたカザを、オルーカが止めにかかった。棍に重心を預けて綺麗に足払いをかける。
「うあっ!」
見事に体制を崩したカザに、追い討ちをかけるように棍での一撃が降り注いだ。
がっ。どさ。
肩口から倒れこんだカザを膝で押さえつけ、さらに棍で首元を抑えて身動きを封じる。
「少し、大人しくしていてください」
一方で、カイは距離を詰めたラスティに、掬い上げるようにして棒で一撃を見舞っていた。
がっ。
「ぐうっ……!」
「せいっ!」
がす。
さらに回し蹴りが決まり、ラスティは呪文を放てないまま地面に倒れ付した。すかさずラスティの上に跨り、棒を首元に突きつけて動きを封じるカイ。
「はい、勝負あった」
「……っふふ、まあアナタに勝てるとは思ってなかったけど?」
「あんたはそれでも来るよね…まあわかってたけど」
嘆息して、ラスティの首にかけられた水晶玉を手に取り、点数を移動させる。
「はい、終了。まー、あんま無茶すんじゃないよ?」
カイが退くと、ラスティはゆっくりと身を起こして、髪をかきあげた。
「ご忠告、ありがと。一応覚えておくわ」
「あーあ、負けちゃったか。流石に強いねえ」
一方で、オルーカに解放されたカザも起き上がって苦笑する。
そこに、おろおろと二人の戦いを見守っていたテオが駆け寄ってきた。
「だ、大丈夫ですか!ケガはありませんか!」
「ん、心配するほどのケガはないよ。これくらいなら自分で治せるかな」
にこりとそちらに微笑みかけるカザ。
ラスティはふふっと怪しい微笑みを浮かべてテオに歩み寄った。
「アタシは、治してもらおうかしら……ねえアナタ、どんな風にアタシを癒してくれるの…?」
テオにしなだれかかるようにして、顎をつうと指でなぞる。
「え、ええええええと、ど、どこ、どこをケガし、あの、ええと!」
とたんにパニクるテオ。
トルスが苦笑してやんわりとそれを引き離した。
「はいはーい、そこまでにしてくださいねー。ラスティさんも、自分で治せますでしょうー?」
「あら、つまらない。まあいいわ」
ラスティは言葉とは裏腹にまだ楽しそうにくすくすと笑いながら身を離す。
カイは嘆息して、くるりと踵を返した。
「じゃ、あたしたちはあっちに行くから。行こ、オルーカ」
「はい。お2人とも、お疲れ様です」
丁寧に頭を下げるオルーカに、笑顔を返すカザ。
「今度会ったら、またよろしくね?」
「はい、ぜひ」
にこりと微笑を返して、オルーカも踵を返すと、カイの後について歩き出した。

こうして、初めてのバトルは意外なほどの速さでその幕を閉じたのだった。

<オルーカ・カイチーム +20ポイント 計40ポイント>
<カザ・ラスティチーム -20ポイント 計0ポイント>

「よくおいでくださいました」
チェックポイントNo.7で千秋とライを迎えたのは、何故か執事服に身を包んだ壮年の男性だった。短く揃えられた髪から垂れ下がるロップイヤーが兎獣人であることを示している。いろいろとギャップの激しい教官だ。
千秋は彼をじっと見つめ、僅かに首を傾げた。
「垂れ耳兎獣人の執事……何だ、この既視感は」
「なんだ千秋、先生と知り合いか?」
隣のライがきょとんとして千秋に言う。が、千秋も、そして当の教官も首を振った。
「…いや、会ったことはないはずなんだが…」
「そうですね、わたくしもお会いした記憶はございません」
にこりと薄い笑みを浮かべる教官。
「これが、噂のナンパというものでございますか?」
「げっ、千秋そういう趣味だったのか?!」
「違う!あーもう、何か引っかかって気持ち悪いがまあいい、問題を教えてくれ」
思い出したら教えてくださいね。
改めて教官と向き直った千秋とライに、教官は変わらぬ薄い笑みで告げた。
「後ろをご覧下さい」
穏やかに促され、言われた通りに後ろを振り返る2人。
後ろに広がる草原に、人の頭が通るかどうか、という程度の大きさの穴がいくつか空いている。
「この穴から顔を出すモグラ(っぽい何か)を捕獲するのがこのポイントの課題です。ちなみに、生死は問いません」
「もぐらたたきかよ!」
「カッコの中が気になるが…」
千秋は嘆息して、ライの方を向いた。
「もぐらなら、いぶり出しを試してみるべきだろうな」
「いぶり出し?」
「もぐら穴の中も一応空気が抜ける構造になっていると聞く。煙を流し込めば息が苦しくなって顔を出すだろうから、そこを捕まえる算段だ」
「おお、なるほど」
感心したように頷くライ。
「ライは火魔法の使い手ということだし、その辺で枯れ草や枝を見つけてくれば仕込みは十分だな。
ついでに穴をいくつかふさいでおけばより効果はあるのではないかな」
「おお、すっげーなオマエ!」
ライは再び感心したように頷いてから、そのままの勢いで言った。
「でも、この辺見渡す限り草原だぞ!枯れ草とか枝とかねーんじゃねーの?」
「む。そうか…?探してみればあると思うが…」
言いながら、千秋も辺りを見回してみるが、ライの言う通り辺りは一面生き生きとした草原が広がっていて、ざっと見た限りでは枯れ枝や枯れ草などは見つかりそうにない。
「…まあ、とりあえず探してこよう。あと、穴を塞ぐ布を押さえる石もだ。石くらいならあるだろう」
「りょーかい。ま、どーにかなんだろ」
ライは気楽に言って頷くと、早速あたりに探しに出かけた。

「やっぱ、あんまねーな」
「…そうだな…」
やはり、草原に枯れ草や枯れ枝はあまりなかったようで、二人とも片手に掴めるくらいしか持ってこられなかった。石はどうにか見つかったので、草原の穴は手持ちの布で塞げるだけ塞いだ。全てとは言わないが、空いた穴のどれかから飛び出せば二人のどちらかが対応できる程度には塞がっただろう。
だが、枯れ枝は十分な数が集まったとは言えない。この場所から森まで足を伸ばすわけにもいかず、仕方なく戻ってきてはみたが…
「しゃーねー、コレ使うか」
ライは言って、手持ちの道具の中からなにやら筒のようなものを出した。
「なんだ、それは」
「狼煙用の発煙筒」
「……そんなものがあるなら早く出せ」
「緊急用だもんよ。安いもんでもねーし。ま、しゃーねーだろ」
言って、筒の先端の紙を歯で噛み破って。
「行くぞ、穴んとこいてくれよ」
「わかった」
ライの合図に、千秋は頷いて彼から一番遠い位置にある穴の側に立つ。
ライはそれを確認すると、右手に持った発煙筒に左手をかざした。
「燃えろ!」
短い呪文と共に、しゅう、と音を立てて発煙筒に火がつく。
ライはそれを手近な穴に放り込むと、その穴と千秋から一番離れた位置にある穴に移動した。
しゅううぅぅ…
発煙筒の投下された穴から煙が漏れ出し、程なく布で塞いだ穴の隙間からも煙が漏れてくる。2人はいつどの穴から飛び出てもいいように身構えた。
すると。
ぼふ。きい、きいいい!
中央の穴から何かが飛び出そうとして布にぶつかり、そのまま布に巻き取られてじたばたと地面に転がった。
「やったか!」
急いで駆け寄る2人。
ライはじたばたする布をその上からはしっと掴むと、そのまま布ごと持ち上げて教官の元へ駆けて行った。
「そら、捕まえたぜ!」
中身を確認することなく、布ごとずいと教官に突き出すライ。
教官はにこりと薄い笑みを返し、全く動じることなくその布袋を受け取る。
「はい、合格です。ご苦労様でした」
言って、ライの水晶玉に点数を入れた。
「…中身は確認しないのか?」
ライの後を追って駆け寄った千秋が聞くが、教官はそちらにも薄い笑みを返して、鷹揚に言う。
「はい。わたくしとしても、面倒なことは避けたいので」
「面倒なのか……」
「それらしきものが出てようございましたね」
「毎回違うのか?!」
「では、お疲れ様でございました」
恭しく礼をする教官に、2人はキツネにつままれたような表情で顔を見合わせるのだった。

<千秋・ライチーム +20ポイント 計20ポイント>

「ようこそ、お疲れ様です」
チェックポイントNo.5で出迎えたのは、長い髪にメガネのいかにも教師然とした優しそうな女性だった。
ミディカとゼンは教官の前に立ち、あたりをきょろきょろと見渡す。
「みんな、ぼちぼち来てるようでちゅね」
「ええ、そうですね。街中を回る人より、外に出ようとする人の方が多いようですよ。むしろミディカさんが真っ先に来ないことの方が驚きです」
「あたちはNo.1をやってまちたから」
「ええ?ということはひょっとして、校長と?」
「えーえ、ひやひやちまちたよ……なんとかポイントは取れまちたけどね」
「まぁ、さすがはミディカさん」
顔見知りの教官のようで、話が弾んでいるようだが…敬語の教官に対して偉そうに話をしているミディカにまだ慣れない様子で、ゼンはそれを見守っていた。いや、ミディカもきちんと発音が出来ていれば敬語なのだろうが、そう聞こえないのは彼のせいでは全く無い。
「では、早速問題をお出ししますね」
話が一段落したところで、教官は改めてにこりと微笑んだ。
「ここの問題は、私がお出しする簡単なクイズに答えていただくことです」
「クイズ?」
眉を寄せるゼン。
教官はそちらにもにこりと微笑みかけた。
「はい。3問お出しして、全てに正解できれば合格です」
「そんなに簡単でいいんでちか?」
少し驚いたように、ミディカ。
「ええ。ここは20点と配点も少ないですし、みんなが通る所ですからね。こういうのもありですよ」
「そうなんでちか…じゃあま、ちゃっちゃと終わらせて次に行きまちょ」
「はい、では早速行きますね」
教官は言って、手にしていたバインダーの紙をめくった。
「第1問です。『使う前に切るけれど、全然小さくならないたくさんの紙は何?』」
「……………………」
あからさまななぞなぞ問題に、しかしゼンは盛大に眉を潜める。
無言でミディカのほうを見やって。
「…切るんだから、小さくなるんじゃねえのかよ…。あ、まさか魔法か?」
ゼンの言葉に、ミディカははあぁぁぁぁと深いため息をついた。
「これだからおバカ獣人は……」
「んだとコラ!」
「いいでちゅか?『切る』というのは、『切断する』という意味だけを持つのではありまちぇん。
この場合の『切る』は、シャッフルちゅること……つまり、正解は『トランプ』でちゅ!」
「はい、正解です」
笑顔で言う教官。
ミディカは誇ることすら馬鹿馬鹿しいというように、半眼でゼンの方を見た。
「あーたに頭脳労働なんて期待ちてまちぇんから、黙っててくれていいでちゅよ?」
「んなっ……なんだと!」
ゼンはムキになって食って掛かった。
「バカにすんじゃねえ!俺にだってなあ、これくらいの問題できんだよ!」
「ほおおぉぉぉぉ?」
にまり。
これ以上ないくらいの嘲笑を浮かべるミディカ。
「おもちろいでちゅね。なら、やってみちぇるがいいでちゅ。
あーたが問題を解くことができたら、『おバカ獣人』呼ばわりはやめてあげてもいいでちゅよ?」
「言ったな?!その言葉忘れんなよ!」
ゼンは意気込んでミディカに言ってから、教官の方を向いた。
「次の問題だ!」
「はい、では第2問です」
動じることなく微笑む教官。
「『寒くなるほどあつくなるものって何?』」
「…………」
再び黙り込むゼン。
にやりと笑うミディカ。
「早速ギブアップでちか?」
「るせえ!」
勢いよく怒鳴りつけてから、ゼンは眉を寄せて唸った。
「うーん………寒くなるほどあつくなる…まてよ、さっきのパターンで…この『あつく』っつーのは暑い寒いの『暑い』じゃねえ…
なら、別の『あつい』……寒くなるとあつくなる……」
ひとしきり唸ったあと、彼が出した結論は。
「……心とか?」
「はぁ?」
ミディカはゼンに負けぬ勢いで眉を寄せた。
「心があつくなるとはいいまちゅけどね、何で寒くなるとココロが熱くなるんでちゅか。
この場合の『あつい』は、『薄い』の反対の『厚い』でちゅ。
寒くなると厚くなるもの…つまり、重ね着のことでちゅ。正解は『服』でちゅね!」
「はい、その通りです」
教官はまたにこりと笑って頷いた。
「うがー!!」
吼えて地団太を踏むゼン。
「次だ!今度こそ正解してやる!」
「はい、では第3問です。『負けた方が、ニコニコ笑っているものとは何?』」
「はぁ?」
そして早速眉を寄せる。
「負けて笑ってるなんて、引かれ者の小唄ってやつじゃねえのか…」
「あたち若いでちから、何言ってるかわかんないでちゅ」
「おま、こないだ俺より年上だっつって威張ってたじゃねえか!!」
「そんなことはどーでもいいでちゅ。わかるんでちゅか?わからないんでちゅか?」
「あーくっそー!!わかるかよクイズなんて!!」
「ははん、そんなことだと思ってまちた」
自棄になって言うゼンに、ミディカは再び嘲笑を浮かべた。
「負けた方が笑っている、すなわち笑うと負けになるゲームのことでちゅ。ずばり、『にらめっこ』でちゅ!」
「はい、正解です。3問正解しましたから、合格ですね。はい、どうぞ」
教官は微笑んで、ミディカの水晶玉にポイントを入れた。
ミディカはそれを満足そうに見やってから、さっさと歩き出す。
「ほら、ちゃっちゃと行きまちゅよ、おバカ獣人!」
「うがー!待ちやがれこのクソガキー!!」
ゼンは怒り心頭で彼女の後を追い、そしてその先で例のごとく魔法の洗礼を喰らうのだった。

<ゼン・ミディカチーム +20ポイント 計70ポイント>

「あら、さっきの子……あの子達もここに来たのね」
一方、気絶したルキシュを治してNo.5にやってきたレティシアは、去っていくミディカたちを見つけて言った。
「ま、彼女ならちんたら街の中なんて回ってられないだろう」
つまらなそうに言うルキシュ。
「この先も同じところを回るのかな……会ったら戦闘になっちゃうよね」
「ふん、望むところだよ」
自信満々のルキシュ。だがひとまずここは戦闘許可区域ではない。
レティシアたちは、ゼンたちが去ったのを見計らって教官の元へ行った。
「ようこそ、お疲れ様です」
再び、にこりと優しい笑みを浮かべる教官。
「このチェックポイントでは、私が出す3つの問題に挑戦していただきます」
「3つの問題?」
きょとんとしてレティシアが言うと、教官は頷いた。
「はい。簡単なものですよ。3つ全てに正解できれば合格です」
「え、そ、そんな簡単でいいの?」
先ほど挑んだ問題で手ひどい目に遭わされたレティシアとしては(まあ、実際に酷い目に遭ったのはルキシュだが)、どうしても身構えてしまう。
だが、教官はなおも優しく笑みを深めた。
「ふふ、ここは20点ですから、それに応じて問題も易しめなんですよ。その様子からすると、あなたたちも校長室に挑まれたのですね?」
「あ、バレた?」
「校長は一筋縄では行かなかったでしょう。あそこの問題が特別難しいんですよ」
「そ、そうなんだ……よし、じゃあここはがんばるぞ!」
びしっと気合を入れるレティシア。
教官は頷いて、早速問題を出した。
「では、第1問。『羽が生える昆虫といえば?』」
「え?」
そして早速きょとんとするレティシア。
「昆虫って羽が生えてるものが大多数じゃないの?」
「『生えてる』じゃなくて『生える』だよ」
ルキシュは眉を寄せて彼女の方を見た。
「そこを捻って答えを出せっていうことだろう?」
「そっか、意外に難しいなぁ…ルキシュわかる?」
レティシアが言うと、ルキシュは仕方なさそうに嘆息して。
「こんな駄洒落みたいな問題、口に出すのも恥ずかしいけれど。
答えは『ハエ』だよ」
「はい、正解です」
にこりと教官が微笑み、レティシアは驚きに目を丸くした。
「あ、そっかー!ルキシュすごいねー!」
全く嫌味のないレティシアの言葉に、複雑そうな表情のルキシュ。
「……君にバカにする意図は無いのはわかるけれどね……」
「では、第2問です。『足のおそい犬とは?』」
続けて教官の出した問題に、レティシアは再び眉を寄せる。
「足の遅い犬…遅い…いぬ…おそいぬ…違うな。
わ~ん!!難しいよ~」
苦い顔で頭を掻いて。
ルキシュは再び嘆息した。
「…まあ、少しマニアックな問題かもね。都市伝説に近い神様だ。
足が遅い、つまり競争をすれば必ずビリになる犬。
答えは『ビリケン』だよ」
「はい、正解です」
「そっか、ビリケン様かー!その発想は無かったわ……すごいわ、ルキシュ!」
再び嬉しそうに言うレティシアと、複雑そうなルキシュ。
「では、第3問。『3つの缶があります。なにがはいっているのですか?』」
「えぇ?」
先ほどまでよりさらに抽象的な問題に、レティシアはまた眉を寄せた。
「3つの缶・・・キウィ・パパイヤ・マンゴーだね!とか」
「若者置いてけぼりにもほどがあるだろう…」
「すみませんそれさすがに私もギリギリです…」
2人からつっこまれてしゅんと肩を落として。
「うう、真剣に考えなくちゃ…
みっつのかん…みっつかん…あ!わかった!!」
レティシアはパッと表情を輝かせた。
「答えは『みかん』!!どう?合ってる?」
「はい、正解です」
教官が微笑んで頷き、レティシアは飛び上がって喜んだ。
「やったぁ!やったねルキシュ、合格よ!」
「……まあ、当然だね」
仏頂面の中にも少し嬉しそうな色を見せて、ルキシュは教官からポイントを入れてもらう。
「じゃあ、行くよ」
「あっ、はーい。あの、ありがとうございました!」
ルキシュがさっさと歩き出し、レティシアは教官に礼をしてから、ルキシュの後を追う。
その様子を、教官は微笑ましげに見送るのだった。

<レティシア・ルキシュチーム +20ポイント 計20ポイント>

「よぉ来たのう!」
チェックポイントNo.3でメイとティオを待っていたのは、言葉にきつい訛りのある50がらみの火人の男性だった。
場所は学校の程近く、どうやらマジックアイテムを売る店であるらしい。その一角に長机がしつらえられていて、そこででんと待ち構えている。
ティオは教官を見つけると、軽く手を振った。
「よーうガネやん、お疲れはん」
「なんじゃティオかいや。おんしゃあまだこんなとこウロウロしよるんか」
「ええやん、街中で平和的に行きたいねん」
「相変わらずじゃのう。まあええ、ここは簡単じゃけえ、さっさとクリアして先行きんさい」
「ホンマ?助かるわぁ」
教官と軽口を叩き合うティオを、メイは会話に入ることも出来ずに眺めていた。半分ほど言っていることがわからない。どうやら両方とも違う地方の訛りのようだが、仲は良さそうだった。
教官は早速、側にあった机の向こう側に立ち、問題の説明を始めた。
「ここに、この店の商品が何点かある。これを、高い順に並べぇ。できたら合格じゃ」
「高い順に並べる?」
メイは問題を復唱し、眉を寄せた。
「うーん…マジックアイテムの値段なんてわからないなぁ。
マジックアイテムなんだから、魔道感知してみて、魔力の高い順に並べれば良いんじゃない?わたし、ちょっとやってみる…」
「あ、ええよメイちゃん」
アイテムを手に取ろうとしたメイを、ティオがやんわりと止める。
「ティオ?」
「これな、こっから高い順に、これ、これ、これや。で最後がこれ」
言いながら、ひょいひょいとアイテムを並べ替えていくティオ。
メイは目を丸くしてそれを見た。
「えええ?!」
「ん、正解じゃ。点入れたるけえ、貸しんさい」
教官もあっさり頷いたので、メイはさらに驚いた。
「すっごい、ティオ!なんでわかるの?」
「はは、シェリダン人は物の値段には敏感やねん。この辺の店やったら、大体何がいくらくらいか把握してるで」
「へぇぇ……すっごーい!」
笑って軽く言うティオに、改めて感心するメイ。
「ほな、点も入ったし、行こか。簡単でよかったな」
「うん!」
2人は笑顔で頷きあって、チェックポイントを後にするのだった。

<メイ・ティオチーム +10ポイント 計20ポイント>

「いらっしゃい、カイ。お疲れ様」
チェックポイントNo.8でオルーカとカイを出迎えたのは、ベリーショートの地人の女性だった。陽気な笑顔をこちらに向け、気さくな様子で話しかけてくる。
「もう何点か稼いできた?」
「うん、サルファ先生のとこで20点と、バトルして20点」
「まぁ、もうバトルしたの?血の気が多いわね」
「よしてよ、向こうがつっかかってくるんだよ」
「ふふ、じゃあ早速問題の説明をするわね」
教官はそう言うと、踵を返して顔だけを2人に向けた。
「ここにね、3つ水晶球があるでしょ」
教官が示す通り、彼女の後ろに広がる草原に3つ、台座に置かれた水晶球が鎮座している。互いに5メートルほど離れた正三角形のような配置だ。
「で、私が上から石つぶてを降らせるから、水晶球が傷つかないように守って欲しいの」
「ふむ、防御ですか」
オルーカは難しい表情で唸った。
「これってやっぱり、魔法で『守る』ってことでしょうか」
「ううん、魔法じゃなくても大丈夫よ。とにかく水晶球に当たらなければOK」
「あ、そうなんですか。魔法ならお役に立てないと思いましたけど……」
オルーカは言って、今度はカイの方を向いた。
「この棍で、振ってくる石つぶてを弾き飛ばすことなら出来ると思います」
「うん、それならあたしもできるけど……問題は、3つあるってことだよね」
「そうなんですよねぇ……」
1人がひとつの水晶球を担当し、その上に降ってくるつぶてを余すところなくはじいたとしても、残りのひとつは、となる。距離が5メートルともなると、当然棍や棒では届かないし、片手間にはじきにいけるような距離でもない。
「なんかこう、かっこよくシールド魔法とか使えたらいいんですけど、すいません、そんなの使えないので!」
「実はあたしも使えないんだな、参ったねこりゃ」
苦笑しあう2人。
「とにかく、どうにかして石をはじいていくしかないですね。落ちてくる石の数にもよりますけど…うー、あまり多いと辛いですよね…」
「とりあえず、一人一つを守って、残りのひとつは手の空いてる方がどうにかする、ってことで」
「はい、わかりました。では、私はこちらを守りますので」
「じゃあ、あたしはこっちね。残りのひとつは、手が空いてる方が守ると」
「はい。よろしくお願いします」
「相談、終わったー?」
にこにこしながら訊いてくる教官に2人が頷き返すと、教官も頷いて手をすっと上げた。
「じゃ、いくよー」
ぱきん。
教官がそう言って指を鳴らすと。

音もなく、数十個の石が突然空中に現れた。

「えええええ?!」
「うそー?!」
予想を超える数の石が同時に降り注いだことでパニックになりながらも、2人はどうにか自分の持ち分の水晶球は守りきる。
だが。
かき、かきん。
鋭い音がして、残りのひとつの水晶球に石が当たった。
「あー………」
「あーあ」
残念そうにそちらを見やる2人。
「はは、残念だったわね。まあ、こういうこともあるわよ」
教官は苦笑してそう言った。
それにつられるようにして2人も苦笑を浮かべる。
「まあ、こういうことならどんなに素早く動いても意味ありませんからね」
「うん、シールドの魔法使えない時点でアウトだもんね」
「まあ、気を落とさないで他でがんばって。お疲れ様」
教官が言い、カイはもう気にしていない様子で微笑んだ。
「うん、ありがと。じゃあね」
「ありがとうございました、失礼いたします」
オルーカも丁寧に礼をして、カイと共に再び歩き出す。
ここでは、残念ながら2人は得点を得ることは出来なかった。

<オルーカ・カイチーム +0ポイント 計40ポイント>

§2-4:The confidence

「よくおいでくださいました」
No.7の教官は、千秋たちと同じように恭しく礼をしてカザとラスティを迎えた。
「こちらのチェックポイントの問題ですが、まずこの穴をご覧下さい」
今度は前置きはなく、即座に問題の説明に入る教官。2人が促されて見た先には、地面に空いたいくつかの穴がある。
「この穴から顔を出すモグラ(っぽい何か)を捕獲するのがこのポイントの課題です。ちなみに、生死は問いません」
やはり、千秋たちのときと同じ説明をする教官。もちろん、それはカザたちには知る由のないことだが。
問題の説明を受け、カザは眉を顰めた。
「うーん、こういうの苦手なんだよなあ」
頭をくしゃくしゃと掻いて、気鬱そうに言う。
「苦手って?」
「素早く動くのがね。すばしっこく逃げる奴を捕まえるのは苦手なんだ」
「あら、そうなの」
ラスティは特に同意する様子も責める様子も見せずにあっさりとそう言うと、再び穴の方を向いた。
「とりあえず、出てきたモノを捕まえればいいんでしょう?とにかくやってみましょう」
地味な課題だからだろうか、いまいち気乗りしなさそうだ。
カザはうーんと唸った。
「とりあえず、いくつか穴を塞いじゃおうか。火かなんかで塞げば、穴から出られなくなるんじゃないかな」
「火?」
「うん、火の精霊に頼んで、穴の所に火を出し続けてもらう。で、君が穴の中に風でも送り込んでくれれば、火のついてない穴から出てくるでしょ」
「…アナタが火で穴を塞いで、アタシが風を穴に送るとして。誰がモグラを捕まえるの?」
「へっ?手が空いてる方が捕まえれば良いんじゃない?」
「術を使ってる最中に手なんか空くはずないじゃない。アナタだって、出てこられないようにずっと火を持続させるにはそれだけ集中し続けてなければいけないでしょう?」
「いや、僕は精霊にお願いするだけだから…」
「何事にも対価がいるものよ。これだけの穴を塞ぐだけの複数の火をずっと維持するには、たとえ実際に火を行使するのは精霊だったとしてもアナタにも何がしかのハンディがあって然るべきじゃない?」
「あーんー……」
実を言えば、燃料のないところに複数の火を持続させるということはやったことがない。火の術を使う時というのは大抵が攻撃する時で、その時一瞬燃え盛っていればそれで用は足りた。持続させる必要があれば松明やランプのように燃料を必要とする。もともと、火というものはそういう性質のものだ。燃料がなければ、代わりに燃料となるのは自分の魔力だ。それには集中を必要とする。飛び出てきたモグラを捕まえる余裕などあるだろうか。
「ま、とにかくやってみようよ」
だが、やってみないことにはわからない。カザが呑気にそう提案すると、ラスティはそこで何かを思いついたようで、にやりと微笑んだ。
「そうね。じゃあ、お願いするわ」
「うん、じゃあ、行くよ」
カザはラスティの様子にはあまり頓着していない様子で、手近な穴の前に立ち、遠くの穴に向かって手をかざした。
「焼き払え!」
ぼ。ぼぼぼ。
呪文と共に、カザの立つ場所から遠い位置にある穴の入り口に火の玉が現れる。火の玉は穴の半数ほどを塞ぎ、穴の上にぴたりと静止した。
「んー、これが限界かな!」
やはり魔力を食うようで、やや辛そうな顔をしてカザは言った。
ラスティは頷くと、すっと両手を上げて目を閉じる。
「蒼穹を彷徨いし妖精たちの円舞曲!」
ごう。
呪文と共に、彼女の周りの空気が音を立ててうねり、そしてカザが火をつけた穴を狙って流れ込んだ。
「えっ?!」
驚くカザをよそに、彼の生み出した火球が風を受けてその勢いを増す。風のうねりはそのまま炎の竜巻となり、流れ込んだ穴の中は相当熱いことになるだろうと察せられた。
「なるほどね!」
カザはそこでようやくラスティの思惑を理解し、もう必要はないだろうと火球の術を解除する。そして、空いた穴のどれかから飛び出てくるだろうと当たりをつけ、その穴の側で待ち構えた。
やがて。
きゅいいいいぃぃ!
鋭い悲鳴を上げて、カザが構えていた穴から文字通り尻に火のついた小動物が飛び出す。
「よしっ!」
カザはタイミングよくその小動物をはしっと捕まえた。
が。
ごう。
「あちちち!」
動物の後ろから、炎の竜巻が追いかけるように飛び出してくる。
カザは慌てて身を離したが、手と顔の一部が焦げた。
「大丈夫?」
くすくす笑いながら、あまり心配していない様子で歩み寄るラスティ。
カザは小動物を捕まえたまま苦笑した。
「んー、熱いけど、まあ火属性だし平気だよ」
ここは平気と言っておかないと男の沽券に関わる。
カザがそう言うと、ラスティはそう、とだけ言って再び教官の方を向いた。
「捕まえたわよ。これでいいかしら?」
「はい、合格でございます。点数をお入れしますので、こちらへどうぞ」
再び恭しく頷いた教官に、ラスティは満足げに微笑んでそちらへ向かう。
カザは少し所在なげにそちらと手の中の小動物とを交互に見たが、やがてラスティの後を追って教官の方へと足を運んだ。

<カザ・ラスティチーム +20ポイント 計20ポイント>

「だんだん山道に入ってきましたね…」
他のチェックポイントを総スルーし、最短コースで山へと向かったショウとヘキは、森を抜けて山道に差し掛かっていた。
ヘキの前を歩くショウが、いつもの温和な表の顔でそう呟く。後ろを歩くヘキの反応はない。
(…ふむ)
ショウは足は動かしたまま、口には出さずに呟いた。
(ヘキ嬢は後衛型。体力もあまり無いじゃろうし、もし疲れた様子を見せたなら、背負って運んでやる事にしよう)
そこまで考えて、少しだけ面白そうに口の端を歪めて。
(いや、お姫様抱っこと言う奴の方が面白いじゃろうな。んむ、そっちにしよう。多少嫌がっても「効率的な行動の為です」とでも言って流すとしよう。あの仏頂面が真っ赤になって慌てふためいたりしたらさぞ面白いじゃろうな)
そこまで考えて足を止め、ヘキの調子を見るために振り返る。
「ヘキさん、山道に差し掛かりましたが、お疲れでは……」
が、自分の後ろについて歩いているはずのヘキはそこにはいない。
ぎょっとするショウ。
「ヘキさん?!」
慌てて辺りを見回すが。

「どこを見ているの?」

声は後ろからした。
慌てて振り返れば、今まで歩いていた進行方向の先に平然と佇むヘキの姿。
ショウは一瞬唖然として、それから慌てて駆け寄った。
「い、いつの間にそちらに?」
「あなたと平行して移動していたのだけど。突然足を止めたから少し追い越したというだけよ」
「そ、そうなのですか?いつの間に……いえ。このような山道を歩くのは、魔道士の方には荷が重かろうと思ったのですが…」
ヘキはショウの言葉に一瞬沈黙し、それから静かに言った。
「貴方、私の足が地に着いているように見えるの?」
「えっ」
言われて初めて、ショウはヘキの足元に目をやる。
よくよく見れば、ヘキの足は地面に着くか着かないかという所で、しかし確かに地面には着いていなかった。
「風の魔法が得意と言ったでしょう。苦手な肉体労働をするより、魔法で浮いた方がはるかに負担が少ないわ」
「………そう、ですね」
乾いた笑いを浮かべるショウ。平行して移動していた、とは、彼の真上を浮遊して移動していた、ということか。
自分が考えるよりはるかに、彼女は「効率的に」動いていたようだ。
「行くわよ」
ヘキは短く言い、ショウの返事を待たずに踵を返して歩き出し……もとい、浮遊して移動を始めた。
ショウは苦笑して、その後について歩き出すのだった。

「やあ、久しぶりだね」
チェックポイントNo.13。
洞窟の入り口で待っていたのは、長い髪を三つ編みにして垂らした綺麗な地人の男性だった。
ヘキは足を止め……いや浮遊移動を止めると、僅かに眉を顰める。
「……院生が何故ここに?」
「おお、そう怖い顔をしないでおくれ?教員たちが人手不足で、事務員や縁者が駆り出されているんだよ。僕も院生で参加していないと知るや校長に押し付けられてしまってね」
格好つけて言う様は、古臭い言い方だがプレイボーイという言葉がしっくりくる。この容貌と立ち居振る舞いなら、さぞかし寄ってくる女性も(ことによると男性も)多いのだろう。本人もそれを熟知しているように見える。
院生、と言っていたが、ヘキから説明を受けたあのミディカというエルフの少女同様、この男も教師ではなく研究院に所属する人間であるらしい。ということは、それなりに実力のある人間なのだろう。ヘキもいずれは院に入るようなことを言っていた。ミディカ同様、顔見知りであるということか。
ショウがそんなことを考えていると、教官(教員ではないようだが、便宜上そう呼んでおくのが良いだろう)はヘキに歩み寄り、腰を屈めて顔を近づけた。
「けれど、君とこうして巡り逢うことができたのなら、無茶な校長の言いつけも無駄ではなかったようだね」
に、と妖艶な笑みを浮かべてヘキに迫る教官。
ショウが眉を顰めて止めようとする前に、ヘキは全く動ずることなく彼に言い返した。
「早く問題をお願いするわ」
どうやら彼の美しさも雰囲気も、ヘキに対しては全く通用しないらしい。彼もそれを良くわかっているようで、冷たく言い放つヘキにくすくすと苦笑した。
「相変わらずクールだね。まあそこも君の魅力だけれど」
そこまで言ってようやくヘキから離れると、教官は洞窟の入り口へと視線を移した。
「ここの問題はね、この洞窟の奥にある魔道石に君のその首にかかっている点数取得の水晶玉を触れさせること。他のチェックポイントで教官が点数をくれる魔道石と同じものだよ。だから、触れさせた瞬間に点数は加算される」
流れるように説明するのを、大人しく聞いているヘキとショウ。
教官は再びヘキの方を向くと、にこりと微笑みかけた。
「ただし、魔道石に触れさせた瞬間、大岩が転がってくる。この大岩は簡単な魔法ならはじき返してしまうよ。この岩に何らかの理由で追い越されてしまえば、君が取得した点数は無効になってしまい、さらにペナルティが10点課される。そうならないように気をつけてここに戻ってこられればクリアだ」
教官の説明が終わると、ショウは遠い目をして1人ごちた。
「昔読んだ冒険小説で、こんな展開がありましたねぇ…」
そんなショウの言葉を気にかける様子もなく、ヘキは淡々と教官に問う。
「幾つか、質問を良いかしら」
「どうぞ、姫君」
「追い越される、というのは、人間が?それとも、この水晶玉のこと?」
「良いところに目をつけたね。水晶玉だよ。それさえ追い越されなければ大丈夫だ」
「では、触れさせてからその水晶玉を投げれば良いのでは?」
ショウが横から口を挟むと、ヘキは僅かに眉を寄せてそちらに顔を向けた。
「忘れたの?この水晶玉は参加者本人が首にかけること。それ以外の持ち方をするのはルール違反よ」
「……そうでしたね。続きをどうぞ」
笑顔で引き下がるショウから再び教官に向き直るヘキ。
「ペナルティが10点課される、とのことだけれど。私達はここが初めてのチェックポイント。よって水晶玉の中にまだ点数はないわ。
この場合、マイナスになってしまうということ?」
「いいや、点数がなければペナルティもない。点数がマイナスになることはないよ」
「そう」
ヘキは淡々と頷くと、くるりと洞窟の入り口を向いた。
「じゃあ、行きましょうか」
慌てて引き止めるショウ。
「待ってください。作戦を立てなくて良いのですか?」
「作戦?」
足を止めたヘキに歩み寄り、洞窟の中を見ながら、続ける。
「『何らかの理由で石に追い越されてしまうと』とわざわざ言うという事は、石や道中に何らかのトラップが仕掛けられている可能性があります。
ヘキさん、道中のトラップ探査をお願いできますでしょうか?」
ショウの言葉に、ヘキは一瞬沈黙して、それから浅く頷いた。
「…そうね。貴方がそう言うなら、そうするわ」
歯切れの悪い物言い。
だが、ショウはそれは気にならない様子で、別のことを考えていた。
(じゃが待てよ?洞窟の奥へ行き、魔道石に水晶玉を触れさせ、転がってくる大きな石から逃げる。
そんな単純な問題をあの性根がヘシ曲がっておりそうな校長が考えるか?
トラップの可能性とて、冒険者でなくとも魔法学校の生徒なら容易に考え付くじゃろうし……。もっと別の何か……)
そこまで考えて、不意に何かを思いついたように眉を上げる。
(お?そうか?そういう事なのかの?)
心の中でにまりと人の悪い笑みを浮かべるショウ。
「あ、ヘキさん。一つ思いついた事があるのですが宜しいでしょうか?」
そして表面上は人の良い柔らかな笑みを浮かべると、ショウはヘキに言った。

「……良い案だと思ったのですが、考えすぎでしたかねぇ……」
洞窟の奥に到着したショウは、奥にしつらえられた魔道石を見て再び乾いた笑いを浮かべた。
洞窟の奥にまるで台座のように出来上がった鍾乳石。くだんの魔道石は、それにまるで初めから埋まっていたかのようにきっちりと埋め込まれていた。
「魔道石自体が持ち運び出来るものならば、それを持って入り口まで戻って来た所で触れさせれば良いと思ったのですが……」
「そういうものではなさそうね」
淡々と言うヘキ。
ここまで来る間に彼女の魔道感知によってトラップも探したが、少なくともここに来るまでの間は魔道によるトラップの類は感知されなかった。
ふう、と嘆息するショウ。
「では、やはり正攻法で石に追いつかれぬよう策を練ったほうが良いようですね」
「正攻法?」
「はい。洞窟内に転がっている岩等を使って、簡易なバリケードを幾つか作っておきます。
材料が足りなければ、洞窟の近くには森があるので、一度戻って手ごろなサイズの木を使い、バリケードを作ります。
他にも、地面に穴を掘って、転がってきた石がそこに嵌ってしまうようにします」
「……1つ、いいかしら?」
「はい?」
「岩の通りにくいバリケードを作ったら、私達も逃げづらくなってしまうのではなくて?」
「それはもちろん、ヘキさんがバリケードを飛び越えたり、穴を飛び越えたりする事が出来ないようなら、私が抱き上げて運びますよ」
さわやかな笑顔で宣言するショウ。お姫様抱っこがしたくて仕方がないらしい。
「また、魔法で石の迎撃をお願いするような場合は、ヘキさんが魔法を使いやすい体制になるよう抱え直します。妙なところには触らないよう注意しますからご安心を」
「その安心はしなくて大丈夫そうよ」
「というと?」
「貴方のお世話にはならないわ」
ヘキはきっぱりと言って、洞窟の出口へ顔を向けた。
「私は『私がバリケードを超えられない』ことを指摘しているのではないの。私が超えるにしろ、貴方に抱えてもらうにしろ、貴方が抱えるならなおさら貴方の走る速度は落ちるし、私を抱え直したり、ジャンプしたり、立ち止まることによってタイムロスが発生する。普通に走って逃げるより時間がかかる状況をわざわざ作り上げることに意味を感じない、と言っているの。私の言っていることがわかるかしら」
「仰ることは理解できます、しかし」
ショウは真面目な表情で言い、そして反論した。
「後ろから迫ってくる岩を足止めすることは有利に運ぶと思いますよ?」
「その足止めで私たちまで足止めされていたら意味が無いでしょう」
あくまで淡々とショウに言い返すヘキ。
「それに、その足止めはおそらく意味を成さないわ」
「……というと?」
「見てもらった方が早いわね」
ヘキは言って、僅かに俯くと、両手を広げた。
「風神招来」
ふわり。
ヘキの周りの空気が動き、先ほどと同じように彼女の体を浮かせる。
ヘキはそのまま首もとの水晶玉を手に取ると、ためらいもなしに魔道石に近づけた。
「ちょっ、ヘキさん?!」
「それじゃあ、お先に」
こつん。
止めようとするショウを気にする風も無く、ヘキは水晶玉を魔道石に触れさせる。
水晶玉がほのかに光り、40、と数字を表示するのと同時に、ごごごご、と洞窟全体が揺れ始めた。
「な、何を……!」
「疾風」
ヘキがそのまま小さく呪文を唱えると、ごう、と風の唸る音がして、あっという間に彼女の体を入り口まで運んでいってしまう。
「なっ……!」
驚きに目をむくショウ。だが、驚いている場合ではない。
「まっ……たく、厄介な依頼人じゃのう…!」
ショウは小さく毒づくと、全速力で駆け出した。
ご、と、後ろで何か大きなものが落ちた音がする。音はほどなく、ごろごろという音に取って代わり、その音だけでショウの背中を言い知れぬほど圧迫した。
「……っく……!」
さほど長くは無い洞窟。だが、何かに追い立てられているとこんなにも長く感じるものか。
ショウは懸命に走り、ようやく出口近くまでたどり着いた。
出口の外に立って待っているヘキに、声を振り絞る。
「ヘキさん、逃げてください!」
彼女が追いつかれはしなかったが、このままあの場所にいては洞窟を飛び出した岩に押しつぶされてしまう。
だが、ショウが必死で叫んでいるにもかかわらず、ヘキはその場を動こうとしない。
「ヘキさん!」
もう一度呼びかけてみるが、やはり動かないヘキ。
「くっ……!!」
ショウは眉根を寄せると、最後の力を振り絞ってヘキにタックルをかけた。
「うおおおっ!」
ヘキの胴に抱きつくようにして飛び込む。
だが。
「昇天」
すい。
ショウの手が届く寸前で、ヘキは呪文と共にふわりと宙に浮いた。
すか。
「うわあぁっ!」
見事に空ぶったショウは、そのままごろごろと地面に転がってしまう。
受け身の要領で何とかダメージを減らすと、ショウは立ち上がって宙に浮かぶヘキの方を向いた。
「何をするんですか!」
「それは私の科白よ。いきなり何をするの」
「私は、貴女を助けようと……!」
「何から?」
「何からって、岩………っ?!」
改めて入り口を見るが、岩が転げ出た様子はない。出口で止まっているわけでもなければ、砕け散ったような様子も無い。岩の存在そのものが掻き消えてしまったようにまったく姿を失っているではないか。
ショウが絶句していると、ヘキは術を解除してふわりと地面に着地した。
「私は私に突撃してくる貴方から身をかわしただけ。
岩は、幻影なのだから」
「げ……んえい……?!あの岩が、ですか?!」
ヘキの言葉に目を見開くショウ。
確かに彼は逃げるばかりで実際に岩を見たわけではなかったが、あの音、洞窟の揺れ、背中から迫る圧迫感が幻影だとはとても思えない。
ヘキはショウの言いたいことを察したのだろう、目を閉じたまま淡々と説明を始めた。
「音も揺れも、別口で仕掛けをすることは可能よ。あの魔道石に触れることで全てのスイッチが入る仕掛けになっていたんでしょうね」
「しかし、魔道のトラップは検知したのではなかったのですか?」
「奥にたどり着くまでの道のりはね。奥には岩の仕掛けがあることがわかっているのだから、あえて指摘したりはしないわ。
実際に、奥から帰ってくるまでの間に岩以外のトラップは発動しなかったでしょう?」
「しっ……しかし、貴方は仕掛けを発動させる前から幻影だと判っていたようでしたが、何故?」
そう、それが一番問いたい箇所だった。
ショウの質問に、ヘキは少し沈黙してから、再び説明を始める。
「注目すべきは、『何らかの理由で』ではなく、『追い越される』という言葉の方よ」
「追い越される……?」
眉を顰めるショウ。
ヘキは続けた。
「もし本当に大岩が転がってくるなら、接触したら大変な怪我になるわ。少なくとも接触後に移動をすることは不可能になるはず。そうなれば人はその場にとどまり、そして高確率で岩もその場にとどまることになるでしょう。どう岩を処理するかはさておいて、ね。
その場合、『追い越される』ではなく、『追いつかれる』という表現が適切だわ。だけど彼は『追い越される』という表現を使った」
ちらり、と教官の方に顔を向けて。
「彼は知っていたのよ。岩の転がる速度が逃げる速度を上回った場合、岩が簡単に人をすり抜け、『追い越して』しまうことをね」
「さすがは姫君。ブラボーだね」
ぱちぱち、と手を叩く教官。
ショウはどことなく釈然としない表情だ。
「…判っているならば、入り口に私を置いていっても良かったではありませんか」
「奥までの道のりでのトラップの可能性を指摘したのは貴方よ。言ったでしょう?『貴方がそう言うならそうする』と。
それに、『追い越される』対象が人ではなく水晶玉であることも確認したわ。つまり、貴方が追い越されても減点にはならない。
貴方を連れて行くことに、メリットはあってもデメリットは無かった。だから連れて行っただけよ」
「……もし、教官の言葉が言葉のあやで、本物の岩が転がってきたらどうするつもりだったんです?」
「今、逃げ切れたでしょう?問題はないと思うけれど。人が走るより早く飛ぶ自信はあったし」
「…私が岩と接触する可能性もあったのでは?」
「あら」
無表情のヘキの言葉が、少しだけ楽しそうな響きを帯びた。
「私を抱えて走っても、岩から逃げ切れる自信はあったのでしょう?その貴方が、まさか一人で障害物の無い道を走るのに、岩に追いつかれるわけがないと思って。私の読みははずれていたかしら?」
「………」
まだ釈然としない表情のまま、ショウはそれでも口をつぐんだ。
「点数は入ったわね。次に行きましょう」
ヘキはあっさりと言って、踵を返し、歩き出す。
「またね、姫君」
「私はまた会うつもりはないわ」
教官の軽口も軽くいなして。
なるほど、確かにこの少女は、一筋縄では行かない相手のようだった。

<ショウ・ヘキチーム +40ポイント 計40ポイント>

「ようこそ、お疲れ様です」
チェックポイントNo.10で千秋とライを待っていたのは、大変美しい妙齢のエルフの女性だった。
彼女を見て、ライが首を傾げる。
「アンタ、先生じゃないだろ?誰だ?」
「まあ、失礼しました」
女性は気を悪くした様子も無く、微笑む。
「私はルーイェリカ・ゼラン。ミリーの旧い知り合いです」
「校長の?」
「ええ。今回、人手が足りないとここの担当を任されたんですよ」
「そうなのか……大変だな」
心底同情した様子のライに、教官は苦笑した。
「大したことではありませんよ。私も規模は小さいとはいえ人を教える身、協力は惜しみません」
穏やかにそう言い置くと、早速問題の説明を始める。
「あちらをご覧ください」
教官に示された方向を向く2人。
「木々の間に、台座のようなものがあるのが見えますか?」
「おう」
「あれが、このチェックポイントで点数を取得する魔道石です。
あそこまで行って、そのペンダントの水晶玉を触れさせれば点数が入ります」
「そんな簡単でいいのか?」
「ええ、ただし」
教官は言って、にこりと微笑んだ。
「あの台座の周りのいたる所に空間系の魔法がかかっています。そこを通過してしまうとここに戻ってきてしまいますから注意して下さい」
「ああ?!」
ライは盛大に眉を顰め、ちっと舌打ちをした。
「まあ、それくらいじゃなきゃ問題になんねーか……めんどいな」
「空間系の魔法か……」
ふむ、とその横で千秋が唸る。
「とりあえずは……素直に魔法を感知するのは、俺ではちょっと難しいな。ライはそういうの、分かるか?」
「魔道感知か…やってみるが…」
ライは渋い顔をして目を閉じた。
しばし、沈黙が落ちる。
「………んー……」
ライの表情は晴れない。
「…ダメだ、気配が多すぎて場所が特定できねー」
「そんなものなのか」
「ああ。オレの魔道の腕がもうちょい良ければまた違うんだろうけどな……」
「そうか……」
千秋はまたふむと唸って考えた。
「空間系の魔法であるなら、煙を起こして不自然な動きをしているところをよければ何とかならないものかな?」
「煙?」
「ああ。俺が霧になって特攻して、力押しで魔法がかかってるポイントをあぶりだすという方法もあるが……」
「オマエ、んなことして魔法の作用で体バラバラになったらどうすんだよ」
ライは乱暴に言って眉を顰めた。
「魔法ってのは、火と水を合わせれば消えるとか、んな単純なモンじゃねーんだ」
「そうなのか」
「ええ」
千秋の言葉には、教官が頷いた。
「異なる種類の魔法がぶつかった時に何が起こるか、実はまったく予想のつかないことなのです。ですから、魔法同士を衝突させたり、逆に組み合わせるには常に危険が伴う…この方が今仰ったように、火と水を合わせれば、消えるかもしれない、けれど水蒸気爆発を起こす可能性もあります。どのような種類の何の魔法をどれだけの配分で、ということによって全く違う結果が引き起こされる可能性をはらんでいるのです。
あなたが今仰った、『霧になる』という術…あなたの体から香る気配からすると、ナノクニのものではありませんか?」
「あ、ああ、そうだが……」
「ナノクニの技術と、マヒンダを中心に研究開発が行われてきた魔道の技術…しかも空間系の術と変化系の術が合わさった時何が起こるか、多少魔道に精通した私ですら、想像もつきません。もしかしたら煙と同じような動きを見せるだけかもしれませんし、悪くすれば大爆発を起こすかもしれません」
「そうなのか……」
今まであまりそのあたりのことは考えずにホイホイ術を使ってきたが、それは今までの運が良かっただけの話で実際はかなり危険なことであったらしい。
「ならば、冒険をするのは得策ではないな。とりあえずは煙で様子を見よう」
「だな。わかんねーようなら総当りだ。時間制限はねーんだろ?」
「ええ、存分にチャレンジして下さい」
ライの問いかけに、にこりと笑って答える教官。
「んじゃ、まずは火を起こそうぜ。さっきと違って、ここは燃すモンにはこと欠かねーしな!」
「わかった」
千秋とライは頷きあって、まずは枯れ枝を集めるべく森の中を探索に出かけるのだった。

さすがに森の中だけあって、枯れ枝はたやすく見つかった。
集めた枯れ枝にライが魔法で火をつけ、ほどなくして燃え上がる。
「んで、あっちのほうに風を送ればいいんだよな」
ライはえーと、と首をひねって、どうやら風魔法の使い方を思い出しているようだった。
「確か…こうだ。吹け!」
ひゅう。
ライの号令のような呪文と共に、あたりの空気の流れが変わり、焚き火から上がる煙を森の奥へと運んでいく。
「………おっ、いいんじゃねえの?!」
ライが喜色を表情に表した。
運ばれた煙は、ところどころで不自然に途切れて消えている。そして、彼らのいる場所の近くからやはり、不自然に煙が噴出していた。
「あそこを避けて通ればいいんだよな。んじゃ、行ってくる!」
「ああ、気をつけてな」
千秋は言ってその場にとどまり、ライが奥へ駆けていくのを見送った。気をつけて、とは言ったものの、何かがある可能性は低いだろう。
ほどなくして、魔道石の場所へたどり着いたライが、高々と手を降るのが見えた。
「取れたぞー!」
「ふふ、お疲れ様です」
その様子に、教官も微笑ましげに相貌を崩す。
千秋たちは、順調に点数を重ねていた。

<千秋・ライチーム +30ポイント 計50ポイント>

「おや」
「あれっ」
チェックポイントNo.6付近。
巡回をしていたテオは、同じくミリーと歩いていたミケを見つけ、声を上げた。
「ミケさん!お疲れ様です!」
「テオさん。お疲れ様です」
ミケも笑顔でテオのほうに歩いてくる。
「どうですか、怪我とかしてないですか?」
「はは、運の良いことにまだ生徒さんたちとは遭遇していません」
元気よく物騒なことを聞いてくるテオに、ミケは笑顔で頷いた。
山でラシェの特訓を受けた後は、普通に生徒の歩き回りそうな場所に移動したのだが、運良く(?)まだ生徒に遭遇してはいない。
「テオさんのほうは、どうですか。怪我をしている生徒さんは…」
「ええ、課題や戦闘で何人かお助けしました!」
「そうですか、もう戦闘も起きてるんですねえ…」
物騒だな、というように眉を顰めるミケ。
しかし、そんな和やかな(?)会話を展開させているまさにその時だった。

「おい、いたぞ!あのヒョロヒョロ魔道士だ!」

遠くから声がして、ミケとテオはぎょっとしてそちらを向いた。
見れば、向こうから駆けてくるのはリュウアン風の装束を纏った獣人の男性と、小柄なエルフの少女…いや、幼女の2人。
言わずと知れた、ゼンとミディカである。もっとも、ミケとテオは二人のことは知らないが。
「こんなに早くご対面できるたぁな!50ポイントはいただきだぜ!」
そんなことを叫びながら一直線に走ってくるゼンに、ミケは戦いの気配を感じて身構えた。
「やる気満々ですね……テオさん、離れていて下さい」
「で、でも」
「テオさん、戦いに加勢するのは私達の仕事ではありませんよー」
逡巡するテオに、トルスがやんわりと諭す。
「…は、はい、わかりました…」
テオは心配そうに、それでもトルスについてその場を離れる。
ミケの傍らにいたミリーも、楽しそうな表情でゆったりと距離を取った。
「特訓の成果は見せてもらえるのかしらね?」
「……だと、いいんですけど、ねっ!ファイアーボール!!」
ご。
先手必勝とばかりに、炎の魔法を放つミケ。
「おわ?!」
まさか先手必勝の先を行かれるとは思っていなかった様子のゼンは、やはり思ったより高威力のミケの魔法をまともに喰らってしまう。
だが。
「氷精の舞踏!」
そのゼンの後ろで、ミディカが大きな魔法を構成していたようだった。甲高い声と共に術が解き放たれ、槍の穂先のような氷のつぶてが数十個空中に現れると、そのままミケに向かって放たれた。
「風よ、邪なるものどもを吹き散らせ!」
ごう。
だが、その氷はミケにたどり着く前に彼の防護魔法によって散らされる。
「ちっ…なら、こっちはどうでちか?!」
ミディカは悔しげに眉を寄せると、再び呪文の詠唱に入った。
傍らで燃え転がっているゼンを気にとめる様子は全く無い。
(ちょっ、仲間を助けないんですか?!いくら雇った冒険者だからって!)
ミケは内心で突っ込みを入れつつ、迎撃のための呪文を唱え始めた。
そして、双方の術が完成する。
「雷神の旋風!!」
「風よ、炎を援け熱き嵐となれ!!」
ミディカからは雷を伴った大風が、そしてミケからは炎の竜巻が双方に向かって放たれる。
ごう。ばちん!
両者の術は正面からぶち当たり、激しい音を立てた。
まるでそこに壁でもあるかのように、双方の威力が拮抗して譲らない。
「な、なんだこりゃ…!」
ようやく呪文のダメージから立ち直ったゼンは、二つの大きな魔法がぶち当たった余波に仰天して動くことが出来なかった。
「っくぅ!」
「っ……!」
術を放っているミディカとミケも、拮抗する威力に苦しげに眉を寄せる。
だが。
「……っ、風よ!」
ミケの呪文と共に彼の術の威力がさらに増し、拮抗した勢力は大きく揺らいだ。
ごっ。
ミケの炎はミディカの風を大きく飲み込み、そして彼女へと向かう。
「んきゃあぁ!」
炎の竜巻に弾き飛ばされるようにして、ミディカは空中に放り出された。
「ミディカ!」
慌ててゼンがそちらへと駆けていく。
どさ。
「あう!」
「大丈夫か!」
空中から地面へと叩きつけられたミディカを、ゼンは駆け寄って抱き起こした。
そうしている彼の全身も焼け焦げて無残なものだ。これではもう戦うのは無理だろう。
「勝負あった、わね」
にやり、と笑ってミリーが言うと、離れたところで戦いの様子を見守っていたテオがばさりと翼を出してゼンたちの元へと向かった。
「大丈夫ですか!今、治療を!」
「あ、ああ、すまねぇ……俺よりこいつをまず頼む」
テオに続いてトルスも二人の下へと赴き、まずはぐったりしているミディカの治療にかかる。
その様子を、ミケは半ば呆然として見守っていた。
「……あ、れ?」
「どうかした?」
くす、と笑うミリーの方を向いて。
「あ、いえ、なんか……あの、勝てると思わなくて」
「はぁ?」
「いえ、そもそも、2対1とか。無理じゃないですか、普通に。でも……」
再び、呆然とゼンたちのほうを見やる。
「……ミリーさん、もしかして、頑張ったら。やり方を考えたら……僕、やれますか?2対1でも」
「バカね」
ミリーはまた、くすりと可笑しそうに笑った。
「あたしは出来ないことをしろなんて言わないわ、誰にでもね」
「……え」
再びミリーの方を向くミケに、にこりと微笑を返して。
「あなたに出来るだけの実力があるから、やれと言ったの。
何に気負っているのか知らないけど、自信を持ちなさい。それは、あなたの努力がもたらした成果なんだから」
きょとんとするミケ。
ぱちぱちと瞬きをして、それから自分の両手を見て。
「……努力が、ちゃんと、実になってる、かな。そうだと、いいんですけど」
いつまでも前にいる人に追いつけないような感じがしていたから、何も進んでいないような気がしていたから、いつも自信はなかったけれど。
その言葉が、やれるのではないかという意識を彼にもたらす。
『前にいる人』が具体的に誰なのかについては、ここでは言及しないでおくが。
ミケは、広げた両手をきゅっと握り締めた。
「……よしっ、この点は取られないように、頑張ろう!」
気合を入れて、改めてミリーの方を向いて。
「ありがとうございます。じゃあ精一杯逃げて、やれるだけ倒していく予定で」
「逃げんのかよ」
思わずツッコミを入れてから、ミリーは苦笑した。
「ま、がんばんなさい。じゃあま、とりあえずここからは退散しましょうか」
「あ、はい。よろしくお願いします」
「…深緑の跳躍!」
ふ。
そうして、2人はその場から姿を消した。

「んむー、やっぱり一筋縄ではいかないでちね……」
治療を終えた2人は、そのままテオたちと共にチェックポイントNo.6に向かっていた。
ミディカの怪我は思ったより大したことはなかったようだ。ぐったりとしていたのも、自分で回復魔法を使っている最中だったようで、テオとトルスの治療はむしろゼンの方に向いた。
ゼンは悔しげに唸るミディカに、ぶっきらぼうに言葉をかける。
「……その…悪かったな、倒せなくて」
「あい?」
彼の言葉の意味を図りかねたミディカが問い返すと、ゼンは視線を逸らしてごにょごにょと続けた。
「あいつだよ。ミケとかいうヤツ。無様に負けちまって、悪かった」
「だから侮れないとゆったでちょー?」
仕方なさそうに嘆息するミディカ。
「ま、最初の一撃はあーたが良い盾になってくれまちた。それだけでも御の字とゆーべきでちょーね」
「た、盾って……」
隣で聞いていたテオが絶句するが、あらかじめ盾宣言されていたゼンはもう慣れたものだ。
ミディカは肩を竦めた。
「ま、今度会った時にはもちっとマシな戦いになるようプランを考えておきまちゅ。
ひとまずは、チェックポイントの問題に集中ちまちょ」
「お、おう、そうだな」
そんなことを言っている間に、チェックポイントNo.6らしきものが見えてきた。
「はいよーお疲れさーん」
本日3回目の出番の教官である。ゼンたちは早速教官の元に向かった。
「んじゃ、これ持ってね。んで、この辺に立って」
「ん?」
他の生徒同様、板をゼンに手渡し、立ち位置を促す教官。それから、ミディカのほうを向いて。
「んで、ゼランちゃんはあっちの旗の辺りのところから、魔法を打つの。で、この人のこの板に当たればクリア」
「うええ、俺が狙われんのか!?」
あからさまに嫌そうな顔をするゼン。
が、ミディカは全く気にも留めずに教官に言い返した。
「そんな簡単なことでいいいんでちか?」
「んな?!」
「あーんー、ゼランちゃんには楽勝かもねー。でもま、20点問題だし?こんなもんよ」
絶句するゼンをよそにこちらもあっさりと答える教官。
ミディカは肩を竦めた。
「ま、ちゃっちゃと終わらせて次に行きまちょ」
「そっ、そんだけでけえ口叩くんだから、さぞ完璧に出来るんだろうなぁ?」
ゼンは動揺を隠しつつ、挑発的に笑ってみせる。
ミディカは半眼をそちらに向けた。
「当たり前でちゅ。目ぇつぶっててもできまちゅよ」
「なにをう?!いや、ホントに目ぇつぶんじゃねえぞ!しっかりやれよ、しっかり!」
「あいあい」
ミディカは適当に手をひらひらさせて、ひょこひょこと旗のところへ歩いていく。
ゼンは板を頭の上に構えたまま、彼女が旗の場所へ到着するのを待った。
ややあって、旗の場所までたどり着いたミディカが大きく手を振る。
「いきまちゅよー!」
「おう、早くやれ!」
ゼンが大声で返すと、ミディカは早速両手を前に構えた。
ぼご。
ミディカの足元の土が塊となって浮き上がり、ナイフのような形を作る。
ミディカが手を上にかざすと、まるで槍でも持ったかのように土のナイフが手のひらの上へと移動した。
「地神の魔槍!」
しゅ。
ミディカの呪文と共に、土のナイフは目にもとまらぬ速さでゼンの元へと飛んだ。
「うお?!」
ぱきん。
ゼンが驚きに声を上げた次の瞬間には、ゼンの持った板は硬い音を立てて真っ二つに割れていた。
「はーい命中ー。合格ね」
気の抜けたような教官の声がして、ゼンは呆然と板をおろし、それを見つめる。
「………おいおい…すげえな。今更だけどよ」
ミディカが近くにいないので気を抜いているのか、ゼンはしみじみとそう呟くのだった。

<ゼン・ミディカチーム +20ポイント 計90ポイント>

§2-5:My dream

「そういえば、ティオは一流のエンターティナーになりたいんだよね?魔法もその為に習ってるの?」
チェックポイントNo.2への道すがら。
唐突なメイの質問に、ティオはにこりと微笑を返した。
「そやね、芸人さんになりたいねん」
「エンターティナーになりたいって思った理由とか、聞いても良い?」
「せやなあ」
ティオは一呼吸置いて、少し遠い目をした。
「オレのオトンとオカンも、旅芸人やったんよ。
オレもちっちゃい頃から、オトンとオカンの一座と一緒に世界中を回っとったんやで」
「そっか、ティオは小さい時から旅してたんだね。わたしが旅に出だしたのは最近だから、それ考えると凄いなぁ」
感心したように相槌を打つメイ。
ティオは続けた。
「オトンやオカンみたいに、大勢の人を沸かせる芸人になりたいねん。せやけど、真似ばっかりしとったら2人を超えるんは無理やろ?せやから、一座を出て一人で修行の旅をしとる、ちゅーわけや。
魔法学校に来たのもその一部やね。こないだも言うたけど、魔法を使たらえっらいハデなパフォーマンス出来そうやろ?」
「そうだね。大変なことかもしれないけど、自分だけの芸を見つけないとだもん。それに魔法まで加わったら、本当に凄そう!
いつか見てみたいなぁ、ティオがショーとかしてるところ!」
「はは、ほな、オレの初舞台にはメイちゃんを招待したるさかいな」
「本当?!うわぁ、楽しみしてるね!」
嬉しそうにはしゃぐメイ。
ティオは微笑んだまま、今度はメイに訊いた。
「メイちゃんには、ある?そういう、夢みたいなもん」
「わたしの夢?」
メイはきょとんとしてから、少し考えて。
「わたし…と言うより、家族みんなの夢ならあるよ。食堂『ブルースカイ』を昔のように大繁盛させること!」
元気良くそう言ってから、少し表情を曇らせる。
「…うちの食堂さ、おじいちゃんの代までは割と有名で本当に大繁盛だったんだ。
だけどね、お父さんに代替わりしてからボロボロになっちゃって。お父さんは居なくなるし…」
「そうなん。大変やねえ」
気の毒そうに表情を曇らせるティオ。
しかし、メイはすぐにまた表情を引き締めると、言った。
「だから、お兄ちゃんとわたしとおじいちゃんで決めたんだ。また『ブルースカイ』を大繁盛させるって!
それが今のところのわたしの夢なんだ!」
「そか。その夢、叶うとええね」
「うん!」
優しく微笑みかけるティオに、満面の笑みを返す。
「ティオの夢もわたしの夢も大変かもしれない。けど頑張ろうね!あきらめなければ、きっと叶うんだから!」
「そやね。夢はでっかく、や。お互いがんばろな」
「ふふっ。あ、そうそう。お昼は手軽に食べられるようにサンドウィッチ作って持ってきたから後で食べようね!」
「お、豪勢やね。昼飯が楽しみやな」
「うん、楽しみにしてて!」
「もちろん。…お、見えてきよったで、あれがチェックポイントやね」
ティオの指差した方向に、ちょっとした広場が見える。
中央には人の背丈ほどの台座があり、その上には空を指差す男性の銅像が立っている。そしてその台座のすぐそばに、人待ち顔で立っている男性の姿が見えた。
「おー、セディはん、お疲れさーん」
軽く手を振って男性に声をかけるティオ。どうでもいいが仮にも教官に対してこの態度はどうなのだろうか。
しかし教官の方は気にした風も無く、ティオの姿を見つけると気さくな笑みで手を振り返した。
「おお、ティオ。このあたりを回っているのか」
「そうなん。どや、来とる?」
「それがな、みんなさっさと外に行っているみたいでな。お前さんで3組目だよ」
「そうなんや。みんな張りきっとるなぁ」
はは、と世間話に花を咲かせる2人。
話が落ち着いたところで、セディと呼ばれた教官は、早速問題を告げた。
「ここの問題はな、間違い探しだ」
「間違い探し?」
首を傾げるメイ。
教官はそちらに向かって頷いた。
「ああ。この広場はこの学生街のシンボルともいえる『学びの庭』だ。いつも見ているこの風景に、1つだけ間違いがある。それを指摘できればクリアだ」
「間違い探し…うーん」
眉を寄せて唸るメイ。
「どうしてもわたしにとっては見慣れた風景じゃないから、ティオに頼ることになるなぁ…
とりあえずは何かありそうなところ調べてみて、ティオに…」
「あ、ええよ、メイちゃん」
「えっ?」
先ほどに引き続き、行動に出ようとしたメイをまたしてもティオが引き止める。
ティオはのんびりした笑顔で、すっと中央の銅像を指差した。
「これ。向きが逆やろ」
「え?」
「うむ、正解だ。さすがだな」
「えええええ?!」
やはりまたしてもあっさり正解を言い当てたティオに仰天するメイ。
「すごいティオ、よくわかったね!」
「はは、何でもよう観察しとくんはクセみたいなもんやねん。こうやって役に立つことはまあ、マレやけどな」
「ううん、すごいよ!さすがだなぁ」
「おおきに。ほな、セディはん、ポイントー」
「うむ、どれ、貸してみろ」
教官は頷いて、ティオの首飾りにポイントを入れる。
「おおきに。ほな、行こか、メイちゃん」
「うん!」
2人は頷きあうと、チェックポイントを後にした。

<メイ・ティオチーム +10ポイント 計30ポイント>

「やっほー、ようこそチェックポイントNo.9へ!」
森の中で元気良く出迎えたのは、15歳にも満たないと思われる火人の少女だった。
目を丸くするレティシア。
「え、ええ?!魔道学校の先生って、こんなちっちゃい子もいるの?!」
「…いや、こんな教員はいないはずだけど……」
やはり戸惑い気味のルキシュ。
少女は苦笑して頭を掻いた。
「あー、ごめんね?人手不足でさ、お姉ちゃんのつてであたしも駆り出されたんだ」
「お姉ちゃん?」
「うん、お姉ちゃんがね、学校の事務で働いてるの。お姉ちゃんの方も別のチェックポイントの担当でいるはずだよ」
「……ああ、あの事務員か……」
そこまで言って、ようやくルキシュは思い当たる節があったらしい。納得顔で頷く。
少女は再び、にこりと満面の笑顔を浮かべた。
「ま、先生じゃないけど!ちゃんとチェックポイントの番人はできるから、安心して。
このチェックポイントの問題はね、この木のてっぺんになってる実を取ってくること!」
「てっぺんの…実?」
あまり魔道士らしくない問題にきょとんとするレティシア。
少女…まあ教員ではないようだが、便宜上教官と呼んでおくのがいいだろう。教官はにこにこしながら上のほうを指差した。
「うん!結構美味しいんだよ。
ただし、この木にはサルが住んでて、自分達の食料を奪おうとするヤツには攻撃してくるから、気をつけてね」
「ええっ?!」
「もちろん、あたしも邪魔させてもらうし」
「えええ?!」
「んじゃ、待ってるから!がんばってね!」
教官はそう宣言すると、2人の返事を待たずに地を蹴った。
「うわ」
それこそまるでサルのような軽い身のこなしで、ひょいひょいと木を登っていく教官。
レティシアはしばし唖然とそれを見守ってから、ようやくルキシュのほうを向いた。
「……だって。どうする?」
「どうするもなにも、やるしかないだろう」
少し呆れたように答えるルキシュ。
レティシアは困ったように眉を寄せ、それでも諦めたのか、拳を握って気合を入れた。
「よっし、登るわよ!」
魔道士の割にアクティブな彼女は、どうにか木に登ることが出来る。
「昔取った杵柄、ってね…!これくらいの木なら……っと、えい…っ」
さすがに教官ほどするするとはいけないが、魔道士にしてはかなり優秀な部類ではなかろうか。もっとも、魔道士が木登り優秀でもだから何だと言われそうだが。
「うーっ、さすがに子供のころのようには行かないなぁ!」
子供の頃に比べて体も大きくなっている。彼女の場合は特に胸元が大変なことになっているので、その分木にも登りにくい。
重い体をどうにか持ち上げながら、必死に彼女が登っていると。
「きーっ!」
「うきー!」
上の枝の方から甲高い声がして、何かがびゅんびゅんと飛んできた。
「な、なに?!」
びし。
「あいた!」
枝を持っていた腕に当たって、思わずバランスを崩しそうになる。
どうにか体勢を立て直したレティシアは、飛んできた何かに目をやった。
「石?!攻撃って、そういうことなの?!」
と、言っているうちにも。
きぃきぃと甲高い鳴き声を上げながら、びゅんびゅんと石を投げてくるサルたち。
「ちょっ、痛い痛い痛い!!乙女の柔肌に石ぶつけないでよ~!!」
「うっきー!」
その中で、微妙にサルとは違う鳴き声が聞こえる。
「ほらほら、ちゃんと避けないとー♪気をつけないと落ちちゃうよー?」
楽しそうに石を投げてくるのは、先ほどの教官だった。
むやみに投げてくるサル達とは違い、ちゃんと、と言おうか、レティシアの手元や足元を狙って投げているようで。
「ちょっ、やめ、落ちる…!……っ、こうなったら……ファイアボール!」
レティシアは不自然な体制から、どうにか教官に向かって炎の魔法を放った。もちろん、威嚇用であってそう威力は無い。
ごっ。
「おおっと!」
教官はあっさりと避けると、木の枝に足をかけてくるりと一回転した。
「あっぶないなぁ、そんなことしたら……」
眉を寄せて呟く教官をよそに。
きいぃ、きぃぃ、と、レティシアの炎の魔法にパニックになったサル達が大騒ぎしながら、ゆさゆさと木を揺らしだした。
「え、あ、ちょっと!」
ただでさえ不自然な体勢で魔法を使ったところに、木全体をゆさゆさと揺さぶられ、レティシアはたまらず体勢を崩した。
「きゃああ!」
どす。
大して登っていなかったのが幸いだが、木から落ちてしこたま腰を打つレティシア。
「あいたたた……」
「んもー、動物に火の魔法なんて使ったらこうなるに決まってるじゃん」
軽々と着地をした教官は、呆れたようにそう言った。
「うう……また一から登るのかぁ……」
腰をさすりながらレティシアが呟くと。

「一体何をしてるんだい?君は」

上からルキシュの声が降ってくる。
驚いて声のしたほうを見やると、片手に果物を持ったルキシュがふわりと降りてくるところだった。
「え……え?る、ルキシュ、どうやって……?」
「魔法で飛んで取ってきたんだよ。当たり前だろう?」
「あ………」
自分が使えないから、浮遊の魔法という発想は全く浮かばなかった。呆然としてから、泣きそうな顔で眉を吊り上げる。
「そ、そんな魔法が使えるなら先に言ってくれれば…!」
「どうするのか相談も無しにいきなり木に登り始めたのは君だろう?」
ルキシュは呆れたように肩を竦め、それから意地悪げに微笑んだ。
「もっとも、サル達や教官の気を引き付けてくれたのは大いに助かったけれどね?」
「なっ……!」
絶句するレティシア。
そんな彼女の様子は気にも留めずに、ルキシュは教官の方を向いた。
「これでいいんだろう?」
「うん、合格だね。はい、ポイントあげるよ」
教官の魔道石からルキシュの水晶玉にポイントが入れられる。
「…………」
満足げなルキシュとは対照的に、レティシアは釈然としない表情でその様子を見つめるのだった。

<レティシア・ルキシュチーム +30ポイント 計50ポイント>

「ラスティはさ、魔道士学校を卒業したら何になるの?」
さて、レティシアとルキシュが去っていったちょうどそのタイミングでチェックポイントNo.9に向かっていたのは、カザとラスティのチームだった。
森の中の道を行くその道すがら、カザは唐突にそんなことを訊いてきた。
「何になる、って?」
彼の質問の意図を量れず、首を傾げるラスティ。
「ラスティは、何かを壊すために魔法を使う、って言っただろ?」
カザはにこりと笑って、さらに言った。
「でも、わざわざああいう学校に通う人って、国に仕えたり、ギルドのお偉いさんになったり……
何かを壊すために魔法を使う機会なんて無さそうなイメージなんだよね。だから、ラスティはどうするのかなって思ってさ」
「…っふふ」
ラスティはいつものように、妖艶に笑って。
「案外、マジメなのね、アナタ」
「え?」
「学校に通ったら、必ずそのスキルを生かした職業に就かなくちゃいけない……将来に役立てるために学校に通う…
そんな思考に凝り固まってるのね、って言ったの」
「っ………」
そんなことを言われるとは思ってもみなかったカザは、返す言葉を見つけられずに絶句する。
ラスティは笑みを深めてさらに言った。
「いいじゃない?アタシは魔道に興味があるから学校に通ったの。破壊というアタシの最大の欲求を満たす道具としてね?
その先のことなんて、考えなくちゃいけないこと?
ヒトなんて、明日生きているかどうかすら、確実なことなんて何一つ無いのに」
「……じゃあ、卒業した先のことは、まだ特に決まってないんだ?」
「そうねぇ、卒業したらまた、その時考えるわ」
ラスティはくすりと笑って、それからまた進行方向に目をやった。
「さ、次のチェックポイントが見えてきたようよ」

「あっ。ラスティだ、やっほー!」
チェックポイントNo.9にいた少女は、親しげな様子でラスティに手を振ってきた。
きょとんとするカザをよそに、ラスティは微妙な笑みを見せて少女に歩み寄る。
「なに、ピュアじゃない。どうしてこんなところに?」
「んーと、お姉ちゃんの手伝い?人手が足りないって」
「あら、そうなの。じゃあ、セヴィアもどこかにいるの?」
「うん、そのはずだよ。あたしは詳しく聞いてないけど」
「ラスティ、知り合い?」
カザが問うと、2人は彼の方を向いた。
「ええ。学校の事務をしてるコの妹。少し前まで同じ寮に住んでたの」
「へぇ。で、人手不足の折、駆り出されてチェックポイントの教官をやらされてる、と」
「へへ、そういうこと」
ピュアと呼ばれた少女は、あっけらかんとそう答える。
「先生じゃないけど、ちゃんとチェックポイントの番人はできるからね、大丈夫だよ!」
「ふふ、アナタにそんな心配はしていないけれどね?」
ラスティがそう言ったのに気を良くした様子で、ピュア……教官は頭上を指差した。
「ここの問題はね、この木のてっぺんにある木の実を取ってくること!」
「木の実?」
「うん!」
繰り返すカザに、元気よく頷いて。
「うん!結構美味しいんだよ。
ただし、この木にはサルが住んでて、自分達の食料を奪おうとするヤツには攻撃してくるから、気をつけてね」
「えー」
「もちろんあたしも攻撃させてもらうし」
「えー」
先ほどレティシアに言ったのと同じ説明をするが、カザは冗談めかして合いの手を入れるのみ。
が、教官は特に気にした様子も無く、先ほどと同じようにするりと気に登り始めた。
「じゃあ、待ってるね!がんばって!」
そして、サルよろしくするすると木に登っていってしまう。
カザはしばらくそれを見送ってから、ラスティの方を向いた。
「っていうことだけど」
にこ、と笑って。
「こっちはラスティが空を飛べるから、挟み撃ちにしようか」
「そうね、それがいいんじゃないかしら」
黒い羽を伸ばして羽先を弄りながら、ラスティも頷いて同意する。
「石ころくらいなら魔法で吹き飛ばせそうだし……上からならやりたい放題できるんじゃない?
ラスティは攻撃されないように大きく回って、上から木の実を取って。
その間、僕は木を登ってサルや教官の注意をひきつけておくからさ」
「大丈夫なの?一人で」
あまり心配していなさそうな口調でラスティが問うと、カザは再び笑みを返した。
「まかせてよ」
しゅう、と音がして。
カザの緑がかった肌が、硬い鱗に覆われる。獣化したのだ。
「これなら、サルの攻撃なんてへっちゃらだからさ」
「っふふ、頼もしいわね」
ラスティは異形ともいえるカザの姿に全く動じることなく、微笑んでばさりと翼をひらめかせた。
「じゃ、お願いね」
「OK、そっちもがんばって」
カザは手を振ってラスティを見送ると、早速木を登り始める。
特に木登りが得意というわけではない。普通の男子並み、といったところだろうか。
近場にある枝を伝いながら、どうにか登っていく。
やがて、カザが登っていることに気付いたサルたちが枝の上で騒ぎ始めた。
きぃ、きぃ。
そこかしこで甲高い声を上げながら、石を投げてくる。どうやら攻撃用の石を住処に溜めているようだ。
「きーきー!」
その中に、先ほどの教官も混じっていて楽しそうに石を投げている。火人ゆえの赤い肌のせいか、何の違和感も無く馴染んでいるようだ。
石はカザの堅い皮膚に当たって、大したダメージにはなっていない。が。
「さすがに鬱陶しいな…」
カザは登りながら、わずかに眉を顰めた。
「ちょっと、牽制しとくか……引火しない程度で…」
ぐ、と手を握り、サルたちに向かってパッと広げる。
そして。
「焼き払え!」
ぼっ。
カザの掛け声と共に、その手のひらの前に一瞬だけ炎が燃え盛って、そしてすぐに消える。
「あー……」
木の上の教官が、残念そうな声を上げた。
きぃ、きぃ。
サルはカザの出した炎に身を竦ませ、次の瞬間に。
きいいぃぃぃ!きぃぃぃぃ!
先ほどのレティシアと同様、盛大にパニックに陥る。
「お、おわ!」
ゆさ。ゆさゆさ。
サルたちが枝の間を飛び移りまくることによって、木は盛大に揺さぶられた。
「ちょっ、揺れすぎ!うわ、わぁぁ!」
もともとそう木登りが得意でもないカザは、揺れる木にしがみつききれずあっさりと落ちてしまう。
「…っと!」
すた。
獣の三半規管が功を奏したのか、カザはどうにか尻餅をつくことなく地面に着地した。
「んもー、火で威嚇すんの流行ってんの?」
すた。
こちらは身軽な様子で木の上から降りてきた教官が、眉を寄せて言う。
「あの状況で火の魔法なんて使ってたら、こうなるに決まってんじゃん」
「いやー、ちょっと怯んでくれるだけで良かったんだけどね。威力も抑えたし。
ここまで大騒ぎになるのは予想外だったなー」
獣化を解き、あっけらかんと答えるカザ。
と、そこに。
「ふふ、でもおかげでこっちはあっさりと取ることができたわ」
すい、と空から降りてきたラスティが、ふわりと地面に着地した。
その手には、もちろんくだんの果物。
「これでいいんでしょ?」
「うん!合格だね!」
教官は満面の笑みで答え、ラスティの水晶玉に点数を入れた。
「あ、ねえ」
カザが軽い調子で教官に言う。
「これ美味しいなら貰っていい?」
ラスティの持っている果物を指差して。
教官は一瞬きょとんとしてから、満面の笑みで答えた。
「どーぞ。お昼の時にでも食べなよ、美味しいよ!」
「マジで。それじゃ遠慮なく」
ひょい。
カザはラスティの手から果物を取ると、上機嫌で道具袋の中に入れるのだった。

<カザ・ラスティチーム +30ポイント 計50ポイント>

一方、チェックポイントNo.10では。
「ルーイさん、お久しぶりです!こんにちは!」
ミリーと共に訪れていたミケが、知己の間柄であるルーイに笑顔で挨拶をしていた。
ルーイも満面の笑顔を返す。
「まあ、ミケさん。お久しぶりです」
「その後塾の方はどうですか?」
「おかげさまで、滞り無く運営しております。ミケさんもお変わりないようで、何よりです」
ミケとルーイは、以前ルーイが出した依頼をミケが受けたという経緯で知り合ったのだ。
詳細はシナリオ「Black or White?」をご参照下さい。
ルーイは一通り挨拶を終えてから、心配そうにミケに言った。
「今回は、ミリーが無理を言って申し訳ありません。何かあったら、いつでも仰って下さいね」
「あ、はい……あの、ミリーさんと、お知り合いなのですか?」
今更だがそんな質問をしてみる。よく考えれば、ミリーにもどんな知り合いなのか訊いていなかった気がする。
ミケの問いに、ルーイはにこりと微笑んで答えた。
「ええ、昔からの知り合いなんですよ。親しくさせてもらってます」
「今回も、無理言って悪かったわね、ルーイ」
ミケの後ろに立っていたミリーがそう言うと、ルーイは彼女に向かって苦笑した。
「今更何を?あなたが唐突に無茶を言い出すのはいつものことです」
「いつものことなんですね……」
乾いた笑いを浮かべて言ってから、ミケは思い出したようにルーイに問うた。
「そういえば…今回は妹さんも出られているそうで。ちょっと危険なイベントだから心配ですか?」
「あ、ええ。そうですね……」
こちらにも苦笑を返すルーイ。
「ミディカには、もうお会いになりました?」
「え?あ、いえ、多分まだだと……」
「え、何言ってるの?」
首を振ったミケに、ミリーが意外そうに声をかける。
「さっき戦ったばかりじゃない」
「へ?」
ミケはきょとんとしてそちらを見やってから、ようやくミリーの言葉の意味が脳に浸透した様子で声を上げた。
「え、ええええ?!ま、まさか、さっき戦ったエルフの幼じょ……あいや、小さな女の子が?!」
確かに同じエルフだが、あまりに似ても似つかない2人に思わず仰天するミケ。
ミリーは頷いて、あっさりと答えた。
「そうよ。あの子がミディカ・ゼラン。ルーイの妹」
「……え。え、いや……え?」
まだ混乱している様子のミケ。
「なんでルーイさんみたいなお姉さんがいて、あんなに好戦的に!?」
「ミケさん、ミディカともう戦われたのですか?」
そこに、意外に落ち着いた様子でルーイが割って入る。
ミケは慌ててそちらを向いた。
「えっ?!あ、その……す、すみません、ちょっとこう、攻撃されたんでやり返しちゃって……失礼を申し上げて、すみません」
混乱のあまり言葉が怪しくなってきている。
が、ルーイが返したのはある意味全力で意外な言葉だった。

「可愛らしい子でしょう?」

「…………ぇ」
完全に想定外のコメントに、絶句するミケ。
後ろでミリーが乾いた笑いを浮かべている。
ルーイの表情は、家族愛を語るという一線を越してもはや恋をしているのではないかというほどに陶然としていた。
「自慢の妹なんですよ。可愛らしくて、魔道の才能もあって。私と違って積極的で、どんどん経験も吸収していきますし、人間の世界にあっても物怖じせず、きっと立派な淑女になってくれると思います」
「りっぱなしゅくじょ……」
淑女、ってなんだっけ、とぼんやりと思いながら、ミケは呟いた。
ルーイの語りは続く。
「少しだけ元気でやんちゃなのですけれど、それすらもあの子の可愛らしさを引き立たせていると思いませんか?ミリーの学校に入れていれば安心と思って任せているのですけれども、いくら幼いとはいえあれだけの可愛らしさを振りまいているあの子が、他の多くの異性の中で生活しなければならないのが心配で心配で……ミリー、その辺りは大丈夫ですよね?」
「あー、はいはい、大丈夫だって何百辺言わせるのよ」
ミリーは呆れたようにひらひらと手を振った。
ミケはしばらく呆然としてそれを見ていたが、依然として続くルーイの語りを聞き流しながら、ミリーにこっそりと訊いてみる。
「……ミリーさん……ルーイさんって……」
「…………知らなかった?……すっごいシスコンなのよ、あの子」
まだうんざりとした表情のまま、ぼそりと答えるミリー。
ミケは今度こそ完全に絶句して、ため息をついた。
と、そこに。
「あれ、ミケじゃん」
「本当ですね。ミケさーん」
天の助けか、ミケの名を呼ぶ声にルーイの語りは中断され、ミケは嬉しそうに振り向いた。
「その声は…カイさん、オルーカさん!」
名簿を見た中で一番恐れていた人物であるにもかかわらず、ミケはいそいそと彼女達の方へ駆けていく。
「久しぶり、ミケ。舞台の上に立ってるの見たときはびっくりしたけど、元気そうで良かったよ」
「カイさんこそ、お元気そうで何よりです」
笑顔で言うカイにこちらも笑顔を返してから、ミケはオルーカの方を向いた。
「オルーカさんも、お久しぶりです。新年祭以来、になりますか?」
「もうそんなになりますか。お久しぶりです、その節はどうも」
「いえ、こちらこそお世話になってしまって、ありがとうございました」
丁寧に礼をして、年に一度しか対面しない遠い親戚のような挨拶を交し合う2人。
「治したつもりでしたが、メイさんとの闘いの怪我の具合はどうでした?ちょっと気になってて」
ミケが問うと、オルーカはにこりと微笑んだ。
「全く問題ないです。体が丈夫なのが取り得なので」
「……ちょっと待って」
そこに、眉を寄せてカイが横槍を入れる。
「メイとの戦いって、何?メイって、あのメイだよね?」
「あ、ええ……」
険しい表情のカイの様子に、やや気圧されるようにしてミケは頷いた。
「ええとですね、新年祭の時に…あの、メイさんが今仕えている方とひと悶着ありまして、その時にオルーカさんに協力をしていただいたんですよ。
その関係で、オルーカさんはメイさんと戦うことになってしまって…申し訳ありませんでした」
改めて申し訳なさそうに頭を下げるミケ。
詳細はシナリオ「Happy New Year!!2」をご参照下さい。
オルーカは慌てて頭を振った。
「いえそんな、気にしないで下さい。私も必要があって協力したのですし。
というか、それより……」
そして、なんとなくそわそわしながらカイの方を向いて。
「あの、メイさんって…カイさん、お知り合いだったのですか?」
メイという名前を聞いたとたんに、険しい表情で詰問したカイに少し戸惑っているようで。
カイはオルーカのそんな心情を察した様子で、気まずげに視線をそらした。
「…戦いの基礎、近所に住んでたお姉さんに教えてもらった、って言ったでしょ」
「あ……はい、初めて会った時に伺いましたね」
「…それが、メイ、だよ」
「そう……なんですか」
オルーカは複雑そうな表情で、それだけ言った。
(…だから戦闘の型に覚えがあったのですね…)
新年祭の時に対峙した相手、メイ。多少のダメージを意に介さず、ひたすら攻めてくるあの戦闘の型は、確かに最初の日、手合わせをしたカイと同じものだった。

『力が、欲しかったんだよね。大切なもの、守れるだけの力がさ』
『欲しいものは力で奪い取る。その方法しか知りませんし、その方法しか出来ませんから』

スタート前に聞いたカイの言葉と、新年祭の時に聞いたメイの言葉が重なる。
(お2人に、一体何が……)
聞こうか聞くまいか迷っている様子のオルーカに、空気読まない大賞のミケが和やかに説明に入る。
「僕がカイさんと知り合ったのは、他でもないそのメイさんについて、カイさんが依頼を出されたのを受けた時なんですよ」
詳細はシナリオ「瑠安幽女奇譚」をご参照下さい。
「えっ…あ、そ、そうなんですか」
オルーカははっと我に返って相槌を打った。
その様子に苦笑するカイ。
「オルーカまでメイと知り合いだとは思わなかったな。変な縁だね」
「え、ええ……」
「ま……元気でやってるようなら、良かったよ」
カイは再び気まずげな表情で視線を逸らす。
なんとなく落ちる沈黙。
さすがに重い空気を感じ取ったのか、ミケが話題を変えようと努力してみた。
「……と、ところで」
なんとなく、後ずさって距離を取りながら。
「もしや、戦闘をご希望ですか?」
その言葉に、オルーカとカイはきょとんとして顔を見合わせた。
だが、すぐに。
ひゅ、ひゅっ。
カイとオルーカは、携帯していた棒と棍をそれぞれに構えると、先ほどまでの表情が嘘のような晴れやかな笑顔で言った。
「ご希望です☆」
ひき、とミケの顔が引きつる。
「そうですか……僕は絶対嫌です」
ばっ。
両手を広げて、印のようなものを結んで。
「オルーカ!」
「はい!」
カイの一声で、オルーカは即座にミケに向かって地を蹴った。
「はっ!」
一気に距離を詰めたオルーカは、気合と共にミケに向かって棍を振り下ろす。
だが。
すかっ。
「きゃ?!」
棍はあえなくミケの身体をすり抜け、どす、と地面に突き刺さる。
「えっ、み、ミケさん?!」
慌ててきょろきょろと辺りを見回すオルーカ。
「オルーカ、幻影だよ!」
「ええ?!」
カイは言うが早いか、ミケが逃げた方向に駆け出した。
「わわ」
「であ!」
カイが長い棒を突き出してミケに攻撃する。
だが。
「うわ?!」
棒は、ミケの周りを取り巻いていた風によって軌道を逸らされ、全体重をかけていた形になったカイは完全に体制を崩されてしまう。
「ポチに防御魔法チャージしておいて良かった…!」
ミケは心底ほっとしたように言ってから、纏う風の威力を増した。
「すみません、僕か弱いんで!」
ヤケクソのように言い置いて、そのまま全力でその場から退避する。
びゅう、と風が駆け抜け、あっという間に姿が見えなくなってしまったミケを呆然と見送って、ようやくカイは身を起こした。
「っひゃー、あっという間だな…」
少しはなれて様子を見守っていたミリーが、面白そうに肩を揺らす。
「っふふ、がんばってみるって言ったばかりなのにね?ま、仕方がないかしら」
それから、傍らにいたルーイのほうを向いて。
「じゃ、あたしも行くから。後はよろしくね、ルーイ」
「ええ、あなたも気をつけて」
ルーイの言葉が終わるか終わらないかのタイミングで、ふっとミリーは姿を消した。
「うう、さすがミケさん。一筋縄ではいきませんね…」
オルーカも体勢を立て直し、カイに歩み寄りながら悔しげに言う。
「はは、まあ逃げられただけだけどね。でも次も同じとは限らないし」
「次は必ず…仕留めてみせます!」
ぐっと棍を握りしめて、オルーカは気合を入れた。
この2人がミケを仕留めることは、果たして出来るのか。
待て次回!

「さて、改めまして」
気を取り直して、2人はチェックポイントNo.10の問題に取り組んでいた。
ルーイ……教官も何事もなかったかのように、普通に2人を迎え入れている。
「このチェックポイントの問題は、あそこまで行くことです」
教官の指差した先には、森の木々の中に不自然に佇む台座。その上に魔道石が飾られている。
「あそこまで……ですか?」
「ええ。あの台座の上の魔道石は、他のチェックポイントの教官が持っている点数を入れられる石と同じものです。あそこまで行って、あれに水晶玉を触れさせれば点数が入ります」
「えっ、そんな簡単でいいんですか?」
「ええ、ただし」
にこり、と教官は笑みを深めた。
「そこに至るまでの道のりに、空間系の魔法がかかっています。そこを通ると、この地点に戻されてしまいます」
「ええ?!」
ある意味気持ち良いほどのまっすぐなリアクションを返すオルーカ。
教官は頷いて、続けた。
「その魔法を潜り抜けて、あの魔道石に水晶玉を触れさせればクリアです」
「うわあ、何だか難しそうですね」
オルーカは困ったようにカイの方を向いた。
「うーん、何か見破るポイントとかあるのでしょうか?
私、全然ダメなんで、カイさん、何か授業で習ってるとかだったら、教えてください!」
「うーん、あたしも空間系の魔法はちゃんとやってないんだよなあ」
こちらも困った様子のカイ。
「ワープポイントは一箇所に定まってるのかなぁ…
そしたら地道にメモ取りながら、何回もチャレンジしてクリアするとか…」
オルーカは首をひねって、それから教官の方を向いた。
「何回でもチャレンジできます?」
「ええ、もちろん。何回でもトライして下さいね」
にこりと笑顔で返す教官。
オルーカは若干ほっとした様子で、再びカイの方を向いた。
「なら、多少は大丈夫そうですね。
もっとも、ワープポイントが定位置でない場合は別ですが…時間ごとに場所が変わるとかだったら、ちょっともうお手上げですね」
「だねえ」
「空間系の魔法じゃ物理攻撃でぶっこわして進むってことも出来なそうですしね…」
どれだけ力押しなのか。
2人はしばらくその場でうなっていたが、やがてカイが嘆息して苦笑した。
「ま、ここでいつまでもうだうだやっててもしょうがないでしょ。
さっきオルーカが言ったみたいに、地道にメモ取りながら何回もやってみよ。それしかないでしょ」
「ですね。じゃあまずは、ここから見た限りで木と台座の位置関係を書き出してみましょう…」
2人は言って、早速とりかかった。

「…これで何個目だっけ?」
「………23個目です……お、思ったより多いですね……」
総当りでワープポイントを探し出す作戦に出た2人は、その数の意外な多さにそろそろ辟易とし始めていた。
再びスタートに戻されたオルーカが、飛ばされた地点に×印をつける。
「ここもダメだとすると……ここから…こう行って、こっちで、こう……でしょうか?」
「そうだね。それでやってみよ」
カイは頷いて、24回目の挑戦に足を踏み出した。
さくさくと草を踏み分けていく音だけがする中、固唾を呑んで見守るオルーカ。
すると。
「……お?行けた?」
今度はカイの姿は消えることなく、台座の元までたどり着く。
オルーカはぱっと表情を広げた。
「やりましたね、カイさん!」
「うん!ちょっと待ってて」
カイは台座の上の魔道石に水晶玉を触れさせると、手近なワープポイントに移動した。
ふ、とスタート地点にカイの姿が現れる。
「はい、合格です。ご苦労様でした」
教官が笑顔でそれを出迎え、2人は嬉しそうに顔を見合わせた。

<カイ・オルーカチーム +30ポイント 計70ポイント>

「本当にもう大丈夫ですか?痛くないですか?」
次のチェックポイントに向かうゼンとミディカに、テオは心配そうに話しかけた。
眉を顰めてそちらを見るゼン。
「だぁから、大丈夫だっつってんだろ。ンな心配すんな、こそばゆい」
いくらミケに負けてボロボロだったとしても、そこから回復してチェックポイントの問題までクリアしているのだから、もうすっかり問題ないことは判りそうなものだが。
「つか、なんでついてくんだよ?!俺らはもう平気だから、他の所行けよ」
居心地悪そうなゼンの言葉には、トルスがにこにこして答えた。
「いえいえ、私達もこのコースで回ろうと考えていたんですよー。たまたま同じ行き先なだけですので、お気になさらずー」
ふふ、と楽しそうに笑って。
「それにー、ミディカさんなら、他にもケガのネタには困らなそうですしねー?」
「どーゆー意味でちか、トルしゃん」
じろり、とトルスを睨むミディカ。
「そのままの意味ですよー?」
「このあたちがそーやすやすとケガするとゆーのでちか?」
「いいええ、どちらかというとあなたの近くにいる人がよくケガをするのでー」
「こいつ、普段からそうなのか?」
ゼンが割って入り、トルスはそちらに向かって頷いた。
「はは、そうですねぇ。ミディカさんは何をするにつけても少し、強引な所があるんでー」
「おー、言ってやってくれ言ってやってくれ!」
トルスの言葉の尻馬に乗ってニヤニヤとミディカを見るゼン。
ミディカはふんと鼻を鳴らした。
「あたちはあたちがするべきとーぜんのことをしてるまででちゅ!
それでケガをするのは、ケガする奴が軟弱なんでちゅよ!」
「ったぁく、これだもんなぁ」
呆れたように肩を竦めるゼン。
トルスはふふふと楽しげに笑った。
「まあ、そういうわけですから、張り切ってケガをしてくださいねー」
「え、俺?!」
ははは、と楽しげな笑い声が草原にこだました。

「いらっしゃい、お疲れ様」
チェックポイントNo.8の教官は、笑顔でゼンとミディカを出迎えた。
トルスとテオは、少し離れた場所で2人を見守っている。
「このチェックポイントの問題は、これよ」
教官が指を差したほうを振り返る2人。その先には、例の正三角形の配置で置かれた水晶球の台座。
「私がこれから石つぶてを降らせるから、この3つの水晶球をその石つぶてから守ってちょうだい。
3つ全てに石が当たらなければクリアよ」
「3つ…手分けして守ったほうがよさそうだな」
ゼンは真面目な表情で言い、ミディカのほうを向いた。
「一人1つ担当して、残りの1つは手のあいてるほうが守る、っていうのでどうだ?」
真剣な様子で、台座の位置を確認しながら提案する。
が、ミディカは先ほどと同じように、ふんと鼻を鳴らした。
「この程度の問題、あーたの力を借りるまでもないでちゅ」
「んだと?」
眉を顰めるゼン。
ミディカはとことこと歩いて台座の中心で足を止めると、くるりと振り返った。
「あーたはそこでじっとしとりなちゃい」
「おっ…おま、大丈夫なのかよ?!」
「大丈夫だとゆーてるじゃないでちか」
はぁ、と仕方なさそうに嘆息して、ミディカは教官の方を向いた。
「じゃ、クロしゃ、初めてくだちゃい」
「お、おい、ミディカ!」
「はーい、じゃあいくよー」
止めようとするゼンの言葉も無視して、教官は右手を高々と上げた。
「……くそっ、知らねえからな!」
悔しげに吐き捨てるも、ミディカが心配な様子でじっと見守るゼン。
ぱちん。
教官が指を鳴らすと、台座の上の空に数十個の石が同時に現れた。
「んな?!」
驚いて声を上げるゼン。
だが。
「地神の揺り籠!」
ミディカの呪文と共に、音も無く、そして一瞬で、水晶球の上に大きな土の屋根が現れた。
「なー?!」
さらに驚きの声を上げるゼン。
ばらばらばらばら!
落ちてきた石は、全てその土の屋根にはじかれて外へと転げ落ちる。
やがて全ての石が落ち、ミディカがふぅと息をつくと、土の屋根はまたどこへともなく消えていった。
「これでいいでちか?」
こともなげに言うミディカに、教官がにこりと微笑む。
「はい、合格ね。お疲れ様。ミディカには易しすぎたかな?」
言いながら、ミディカの水晶玉に点数を入れていく。
「ま、このあたりならこんなもんでちょ。簡単な問題をこなすことも重要でちゅ」
偉そうに胸を張るミディカ。
ゼンはその様子を、言葉も無く唖然と見守るのだった。

<ゼン・ミディカチーム +20ポイント 計110ポイント>

§2-6:Her rival

「いらっしゃい、お疲れ様」
チェックポイントNo.12で待っていたのは、短い金髪に青い瞳の典型的な優男だった。やわらかい笑顔で2人を迎え、早速問題の説明に入る。
「ここでの問題は、鳥を捕まえることだよ」
「鳥?」
眉を寄せて反復し、森の中に視線をやる千秋。
森の中は小さな鳥たちの声がこだまし、ここから見えるだけでも10匹ほどの鳥が枝から枝へ行き交っている。
「……たくさんいるようだが?」
「はは、鳥は鳥でもね、捕まえて欲しいのはゴーレムの鳥」
「ゴーレム?」
教官はにこりと微笑んだ。
「そう。この森にいる鳥の中で1匹だけ、ゴーレムの鳥がいるんだ。それを捕まえてきて欲しいんだよ」
「なるほど……」
頷く千秋の横で、ライが面倒げに訊いてくる。
「捕まえるってことは、壊したらまずいのか?」
「当然だよ、可哀想じゃないか」
教官はとがめるような視線をライに送った。
「当然だけど、他の罪もない鳥たちも傷つけないでおくれよ?殺してしまったら点数はあげられないからね」
「げっ、そうなのか」
ライはさらに嫌そうに眉を寄せた。
「どうする、千秋」
「んー……これは厳しいな」
千秋はしばらく考えて、それからライの方を向いた。
「樹を棒で叩いたりして大きな音を立てて、逃げ去っていくのは普通の鳥だろうな。
逆に居残ったりしてるのがいたら、そいつを捕まえてみるというのはどうだろう」
「なるほど!オマエ、やっぱ頭いいな!」
感心したように頷くライ。
千秋はそれは気に留める様子はなく、さらに続けた。
「ライ、魔法で爆発を起こしたりとかして大きな音を立てられないか?
爆竹くらいでも十分だと思うが」
「おう、そういうのなら得意だぞ、任せとけ!」
ライは張り切って言って、千秋から数歩離れた。
鳥の声がこだまする森に向かって、手を広げて。
「あー、言い忘れたけど、この森の鳥たちね」
が、ライが術を使い始めたところで、教官が呑気に声をかけた。
構わず術を発動するライ。
「弾けろ!!」
短い呪文と共に、ライがかざした手の前の空間が歪む。
ぱぁん!
次の瞬間、大きな音が辺りに響き渡った。
ばさばさばさ。
枝に止まっていた鳥たちがいっせいに羽ばたきだす。
「よしっ、これで……」
と、2人が羽ばたいていない鳥を探そうとした、その時だった。

ぎゃー!ぎゃーぎゃーぎゃー!!

鳥たちはけたたましい鳴き声を上げて、一斉にライに襲い掛かってくる。
「おわ?!」
「ら、ライ!」
千秋は慌ててライを守るべく駆け寄った。
「この森の鳥たちねー」
そこに、教官が再び呑気に声をかける。
「すごく強暴だから、気をつけてねー」
「そういうことは早く言えよ!!」
明らかにわざとなのだろうが、ヤケクソのように教官に言いながら、ライと千秋は傷つけてはいけない鳥たちと必死に格闘するのだった。

「こ……これでいいか……」
ぜえぜえ。
2人は攻撃してくる鳥たちをどうにかかわしながら、その中でどうにか攻撃してこない鳥を見つけ出し、捕まえて教官に差し出すことが出来た。
笑顔で頷く教官。
「うん、合格ー。はい、じゃあポイント入れるねー」
ライの水晶玉に点数を入れていく教官の前で、2人はぐったりしたようにうなだれるのだった。

<ライ・千秋チーム +30ポイント 計70ポイント>

「お疲れ様です。ずいぶん遅いご到着ですね」
チェックポイントNo.5の教官は、言葉とは裏腹に優しい笑顔でメイとティオを迎えた。
「街の中うろうろしててん。もうみんな外行ってもうたん?」
「ええ、ほとんど外に行ってしまったようですよ」
「そうなんかー、みんながんばっとるねえ」
「他人事みたいに。あなたもがんばってくださいね」
教官はくすくす笑いながら、早速問題の説明に入った。
「ここでは、私が出す問題に答えてもらいます。全部答えられたら合格です」
「なんや、えらい簡単な問題やね」
「ふふ、点数の低いうちはこういうのもアリですよ。
では、行きますね」
教官は言ってから、手元のバインダーに挟んである紙をぺらりとめくる。
「では、第1問です。肉はうま味を逃さないために弱火でじっくり加熱する、これは正しいですか?」
「あれっ、料理問題?」
きょとんとしてメイが答える。
「お肉は加熱すると肉汁と共にうまみが出ちゃうから強火で短時間で加熱する、が正解だよ」
「はい、正解です」
にこりとメイに微笑みかける教官。
「すごいなあメイちゃん、さすがやね」
「あはは、料理の問題なら専門分野だよ」
ティオの誉め言葉に、照れたように頭を掻いて。
教官は続けた。
「では、第2問です。この紐、見てください」
言って、懐からひょろりと一本の紐を出す。
「この紐の両端を持って、それを離さないまま紐に結び目を作ってください」
「あっ、それ出来る出来る!」
メイは嬉しげに手を上げ、教官の手から紐を受け取った。
「これね、まず紐を結ぶ前に腕を組んで……」
片方に手に紐を持ち、そのまま腕を組んでから、もう片方の手に反対側の紐の端を持つ。
「……これで、紐を持ったまま腕を解けば、ほら!」
する。
紐を持ったままメイが腕を解くと、紐には見事な結び目が出来ていた。
再びにこりと微笑む教官。
「はい、正解です」
「メイちゃんすごいな!連続正解やん!」
再び嬉しそうに言うティオに、メイはへへ、と照れたように微笑を返す。
「では、第3問です。段ボールの中にトマトが3つあります。これを3人に平等に分け、なおかつ段ボールに1個残すにはどうすればよいですか?」
「あっ、はい!」
メイは再び、嬉しそうに答えた。
「1人は段ボールごともらえば、ダンボールに一つ残るよ」
「はい、正解です。3問正解しましたから、合格ですね」
教官が穏やかにそう言い、ティオはまた嬉しそうに命に微笑みかけた。
「やったな、メイちゃん!バッチリやん、オレの出る幕なかったな!」
「えへへ、ティオにばっかりやらせてちゃ申し訳ないもんね!」
メイも嬉しそうに微笑を返す。もしかしたら、メイが言わなければティオもやすやすと問題を解けたかもしれないが…しかし、彼の役に立てたことが、単純に嬉しかった。
「はい、ではポイントです。これからもがんばってくださいね」
「おおきに。ほな、行こか、メイちゃん」
「うん!」
意気揚々と頷きあって、2人はチェックポイントを後にした。

<メイ・ティオチーム +20ポイント 計50ポイント>

「なんだ、早い到着だな」
チェックポイントNo.16に訪れたヘキとショウは、出迎えた教官とその後ろの巨大な翼竜に絶句した。
短髪のマニッシュな女性教官は、見かけの通りきびきびと後ろを指し示すと、早速問題を口にする。
「このチェックポイントの問題は、この翼竜を倒すことだ。手段は問わない」
「は?」
盛大に眉を寄せて声を上げてから、ショウは疲れた表情でため息をついた。
「………ミレニアム校長という方は紙一重で馬鹿なんでしょうか?」
「滅多なことは言わない方がいいわよ」
隣のヘキが淡々と告げる。
「どこで聞いているかわからないから」
「…そうなのですか?」
なんとなくきょろきょろと辺りを見回すショウ。自分たちと教官の他には誰もいないことを確認して、改めて言葉を続ける。
「しかし、翼竜を倒す、ですか。なんともまぁネジの外れた問題を……
どう考えても学生を対象としたレクリエーションで出す問題じゃないでしょうに」
「そうね」
「この問題、どう思われますかヘキさん?ミレニアム校長の事は私よりも貴女のほうが良くご存知の筈です。
この問題を文面どおりに受け取っていいものか、はたまた裏をかいて問題文の隙を突くべきなのか…」
(裏を突いて良いなら、この問題のクリア条件は3つに増やせるからのぅ)
と、心の中で呟いて。
「正攻法で行くなら、私が翼竜の気を引きますから、ヘキさんが魔法を打ち込んでください。
もっとも、あの大きさの翼竜が、生半な魔法で倒れるとは思えませんが……」
「………」
ショウの言葉を聞いているのかいないのか、ヘキはじっと翼竜の方を向いている。
ショウは続けた。
「問題文の『倒す』の意味が『討伐する』ではなく『転倒させる』と言う意図の場合が考えられるので、攻めるのはなるべく足を攻めていきます。
また、『手段を問わず』ということなので、教官の手を借りる手もあると思います。翼竜を教官の方に誘導して、有無を言わさず戦闘に巻き込んでしまえば……」
教官の方を見ながら声を落として、ヘキに作戦を囁いていくショウ。
だが。
「………」
ヘキはショウに言葉をかけることなく、す、と足を踏み出した。
教官の後ろに佇む翼竜に向かって、まっすぐに。
「ヘキさん?!」
驚いてそれを追うショウ。
彼女の肩を掴んで止め、自分のほうを向かせて。
「何をするつもりです、ヘキさん。私が翼竜の気を引きますから、貴女は後ろで魔法を……」
「その必要はないわ」
ヘキは淡々と言って、ショウの手を払い、また歩き出す。
「ヘキさん!」
ショウは焦れたように彼女の前に回り込み、歩みを止めた。
「1人であれを倒すつもりですか?無茶にもほどがあります!」
「退いて頂戴」
「いいえ、退きません。貴女を守るのが私の仕事です」
きっぱりと言い、ヘキの進路を塞ぐように両手を広げるショウ。
ヘキは少しだけ言葉を止め、それから。

「………退きなさい」

ずっと閉じられていた瞳を開き、ぎろりとショウを睨みあげた。
青みがかった黒い瞳に睨み据えられ、思わず気圧されるショウ。
ヘキは再び瞳を閉じると、彼の横をすっと通って再び歩き出した。
「ヘキさん!」
もう一度言葉で止めてみるが、やはり止まる様子はない。
そこに、今までじっとしていた翼竜が、ゆらりとその身体を動かした。
ぎぎぃ、という不快な泣き声と共に、翼をばさりと広げ、その大きな足を高々と上げる。
「ヘキさん、危ない!」
ショウは慌てて駆け出したが、間に合わなかった。
ずしん。
歩いていたヘキの頭上から、大きな足がまっすぐに振り下ろされ、ヘキはあえなく踏み潰されてしまう。
「ヘキさん……!!」
ショウは慌てて駆け寄ろうとしたが、翼竜が翼を大きく振り回したので慌てて避ける。
ショウは翼竜と距離を取り、悔しげな表情で教官に言った。
「くっ、な、何をしているんです!早く彼女を助けないと!」
が、当の教官は全く慌てたそぶりを見せない。
軽く嘆息して、告げた。
「まあ、落ち着け」
「これが落ち着いていられますか!あれでは彼女は大怪我、悪くすれば……!貴女はそれでも、教師……」
と、ショウがそこまで言ったところで。
ふ、と。
何の前触れもなく、丘ほどに大きかった翼竜の体が、跡形もなく消え失せた。
「な……?!」
絶句するショウ。
そして、翼竜の体のあった場所から、すたすたとこちらに歩いてくるヘキの姿に、さらに驚く。
「ヘキさん…!」
怪我を負った、悪くすれば命を落としていたかも知れぬと思っていた彼女が傷ひとつない姿で立っていたことに、驚きと喜びと、自分でもよく判らない感情が次々とわきあがって言葉が出ない。
ヘキは相変わらずの無表情で教官の元まで歩いてくると、胸元の水晶玉を示した。
そこに表示されている点数は「90」。明らかに点数が増えている。
「…これでいいかしら?」
ヘキが淡々と言うと、教官は豪快な笑顔を見せた。
「よし、合格だ。お前には簡単だったかな」
「な……一体……」
呆然とショウが呟くと、ヘキはそちらに顔を向けた。
「貴方も、学習しましょう?」
やはり淡々とした言葉に、ようやくショウにも何が起こったのか合点がいった。
苦々しい表情で、嘆息する。
「………また、幻影、ですか」
「この場合は、無いものがいかにもそこにあるかのように空間に投影する『幻影』ではなく、視覚以外にも聴覚や痛覚に直接干渉して実際には受けていない刺激を感じさせる『幻術』ね」
淡々と説明するヘキ。
「例えばあの場で竜に踏み潰された『刺激』を与えられた場合、実際に踏み潰されたのと同じ痛みが襲うことになるわ。そして、視覚への刺激が『怪我をした自分』を見せる。嗅覚への刺激が『血の臭い』をかがせる。
人間は、肉体という入れ物の中に精神が納まっているのじゃない。実際は、精神が肉体を支配しているの。実際に怪我はしていなくても、痛みで簡単に気を失う。優れた術者ならば、その痛みと刺激だけで人の心臓を止めてしまうこともできるのよ」
「幻術……噂には聞いたことはありましたが…これほどまでとは」
ショウはただ感嘆の息を漏らした。
そこに、笑みを浮かべた教官がさらに続く。
「だが、その幻術は、心眼を開いているヒメミヤには通用しない」
「竜をすり抜けた先に、さっき洞窟にあったのと同じ魔道石があったわ。その石に水晶玉を触れさせることで、幻術が解除される仕組みになっていたのね」
「……なるほど」
最後はヘキが締め、ショウは改めて嘆息した。
「…そう判っていたのなら、最初から言って下されば……」
「言ったでしょう?貴方に助けてもらう必要はない、と」
「そういうことではなく…」
「それに、先生から問題を聞いた時から、この竜が『本物ではない』ことはわかっていたわ」
「え?」
眉を寄せるショウに、ヘキはまた淡々と説明をしていく。
「このウォークラリーの参加グループは20以上。つまり最高で20回以上、この竜は戦うことになる。いくら強い翼竜とはいえ、問題をクリアする、つまり倒す前提で置かれたものが、もし倒されてしまったら、他の参加者に対する問題はどうなるの?同じ翼竜を20体用意しておける?」
「な、なるほど……」
「さっきの大岩にしてもそう。20回も大岩を実際に転がしていたら、後片付けが大変でかなわないでしょう。あそこの番人がそんなことをするタイプでないことを置いておくにしても、転がってきた大岩をいちいち処分して仕掛けなおすという作業は現実的ではないわ」
「……さすが、と言うべきですかねぇ…」
ショウは呆れたようにため息をついた。
色々な意味で、この少女は手ごわいようだ。彼は改めて、そのことを強く感じるのだった。

<ショウ・ヘキチーム +50ポイント 計90ポイント>

「このあたりには生徒さんはいないようですね…」
チェックポイントNo.13付近。ミケはミリーと共に再び山道へとやってきていた。
ヘキも通り過ぎてしまったため、この辺りには生徒の影はない。
ミケは少し安心した様子で、ミリーに話しかけた。
「そういえば、聞いてみたかったんですけど、いいですか?」
「なに?」
「ミリーさんは、結構お若いのに、凄い魔法技術があるんですね。どうしたらそんな風になれますか?」
ミケの質問に、ミリーは少しきょとんとして、それからくすりとからかうような笑みを投げた。
「あら。魔道士の年齢が見かけ通りだなんて、同じ魔法を使うあなたが思うの?」
「えー、魔法が使えるからって若作りは普通無理ですよー?」
外見年齢15歳の青年魔術師が何か説得力のないことを言っている。
「……まぁ、エルフだったりとか、上位種族だったりすれば別でしょうが、魔法では若返りは無理だと。は、その化粧はっていうか存在丸ごと幻術イヤナンデモナイデス」
強烈なツッコミを入れられる前に棒読みになっておくミケ。
それに対して、ミリーは無言で嘲笑を浮かべた。
(うっ、言葉もなくバカにされている…!)
これだから何も知らないお子様は、と、表情がありありと物語っている。
ふううぅぅ、と、ミリーはわざとらしいため息をついた。
「ミケは、魔法を使えない女性だって化粧でどれだけ化けるのかを知らないのねぇ……」
「え」
「化粧落とした彼女が別人だったからってショックを顔に出しちゃだめよ?」
「………」
ミケの脳裏に、知り合いの女性が走馬灯のように駆け巡っていく。
そして。
「……そうですね、覚えておきます」
若干青ざめたその表情の裏に何があるのかは彼にしか判らないが。
(そうするとこの人は化粧落とすと吃驚するような顔なんだろうか)
「ミケ、もう一度吹っ飛ばされてみる?」
「心を読まれた?!」
びくりと身を竦ませるミケに、ミリーは肩を竦めた。
「まあ、そういう男の知らない現実の話はさておくとしても」
「心が萎れるような現実は出来れば隠しておいてください…」
「変形術の使い手なら、幻術というのでなく『若く』見せることは可能よ?
もうちょっと、お勉強なさい。発想の狭さは世界をも狭めるわ?」
やれやれ、というように息をつくミリーに、しゅんと肩を落とすミケ。
「うう、はい、頑張ります……」
下っ端魔道士はもっとがんばらなくちゃ、と、他の冒険者や学生が聞いたら軽く殺意が沸きそうなことを思いながら。
「……で、どうしたらそんな風になれるんですか?」
話が年齢で止まっていたが、とりあえず本来の質問に戻ってみる。
ミリーは、あら覚えてたのね、というようににやりと笑った。
「どうしたらもこうしたらも、ないわねえ。気がついたらこうだった、ってしか」
「そんな」
「あたしねえ、天才だったの」
悪びれることもなく普通に自慢するミリーに、ミケは静かに驚いた。
(凄い、この人言い切った!自分が天才だって言い切ったよ!?)
そんなミケの内心を知ってか知らずか、ミリーはそのまま続ける。
「知識も魔力も、学校始まって以来の天才って、若い頃はもてはやされていたわ」
「そ、そう……なんですか」
だが、そこに不思議と嫌味は感じない。むしろ清々しく、格好良いとさえ思えた。実力の伴った自信は、嫉妬をする隙すらも挟ませない。
ミリーはにこりと笑った。
「あたしは、あたしに出来ることをしただけ。あたしと同じことをしたって、あなたに実力が備わるとは限らないわ。
山があれば、超えるだけ。その為の努力をして、山を登りきるだけ。力をつけるって、そういうことじゃない?」
「まぁ、そうですよね…」
判るような判らないような話をするミリーに、ミケは半眼で嘆息する。
「あなたの言うように、同じ事をしても同じ力は付かないでしょう。僕は天才ではないですし。でも、1個だけは。努力し続けないと、天才だろうがそうでなかろうがどうしようもない、って事だけは分かりました。……僕が越えようと思ったら、それ以上に努力しなきゃ。……頑張ろう」
その『越えよう』という言葉には、その対象が目の前にいるミリー以外のものであるような響きがあるが。
「でも、学校始まって以来の天才、ですか。凄いなぁ。そうするとライバルとか自分よりも前を征く人って、あんまりいなかったんでしょうね」
ミケは若干羨ましげに言った。
彼の周りには、彼の先を行く人々がいすぎる。それが無い環境というのはどんな心地なのだろう、と思う。
が、ミリーの答えはある意味意外なものだった。
「……いたわよ?」
「えっ」
ミリーの方を見ると、彼女はそれまで見なかったような、微妙に物憂げな表情をしていて。
ミケの視線に気づくと、に、と笑って見せる。
「いたというか、いる、かな。
あたしは今でも、その人を追いかけているの」
ミケはまた、静かに驚いた。
「今でも、ですか?……あなた以上の、魔導師ってことですよね。だとしたら凄い有名な人なのか……表に出ないけど凄い人なのか」
「はは、有名といえば、有名かもね」
「僕の知ってる人ですか?」
「さあ?あなたが知ってるか知らないかなんて、あたしが知るわけないじゃない」
「まあ、それは……」
なんとなくはぐらかされているような気分になる。
ミケはこれ以上訊いても教えてくれないのだろうと察して、質問の向きをずらしてみた。
「……その山も、越えられそうですか?」
ミケの言葉に、ミリーは一瞬ふっと表情をなくして…それからまた、にっと微笑んだ。
「あなたは、どうなの?」
「え」
「あなたにも、越えたい誰かがいるんでしょう?だからあたしにそんな質問をした。違う?」
「……まあ、そうですけど」
「で、あなたはどうなの?」
「どうって……」
「越えられなさそうだったら、あなたは山を登るのをやめるの?」
「…っ」
ミリーの言葉に、一瞬息を飲むミケ。
ミリーは首をかしげて、笑みを深めてみせた。
「もしそうなら、それを越えられないのは山が高いせいじゃない。あなたが越えられなくしているのよ」
「………」
ミリーに返す言葉を見つけられず、表情を引き締めるミケ。
ミリーはふふっと鼻を鳴らすと、再び歩き出すのだった。

「こんにちはぁ、お疲れ様ですぅ」
チェックポイントNo.14。
早くも森から山へと足を踏み入れたレティシアとルキシュは、少しイラッとする口調の女性教官に出迎えられていた。
ふわふわの長い髪に、いかにも魔術師然としたローブを翻して、教官は崖になっている道の縁に立つ。
「ここの問題はぁ、こちらですぅ」
言って、崖の下を指差す。
おそるおそるそちらを覗いてみると、教官の足元にあった杭から一本のロープが垂れ下がっていた。
「このロープの先にぃ、他のチェックポイントでは先生が持っているポイント入力の魔道石がくっついていますぅ。それに水晶玉をくっつければぁ、点数が入りますぅ」
「な、なるほど……」
目も眩むほどの高さに少しビクビクしながら頷くレティシア。
教官はニコニコしたまま続けた。
「ただしぃ、ロープと崖の下の地面には強力な魔道結界が張られていますぅ。触ったらすっごいビリッときちゃいますからぁ、気をつけてくださいねぇ?」
「う、そうなんだ……」
レティシアは眉を寄せて少し考える。
「これって、手段は問わない?」
「手段ですかぁ?そうですねぇ、どうやってもらっても構いませんけどぉ」
「じゃあさ」
レティシアはそこで、ルキシュのほうを向いた。
「コレは…水晶玉を投げてあそこにあてればいいのかな?」
「はぁ?」
眉を寄せるルキシュ。
「でも、投げないと届かないわよね?」
「ちょっ…」
「ルキシュ、ボール投げ得意?なわけないわよね。見るからにお坊ちゃまだもんね。
とりあえず、投げてみようか」
「ちょっと、落ち着きなよ!」
ルキシュの首にかけてある水晶玉を取ろうとするレティシアを、ルキシュは強い口調で止めた。
きょとんとするレティシア。
「え?私落ち着いてるわよ。どうしたの?」
「君、正気かい?こんな所からあそこに向かってこれを投げて、万が一当たったとして、崖下に落ちたものをどうやって取りに行くのさ」
「あ……そうか」
ルキシュの指摘にしゅんとして。
ルキシュは嘆息した。
「それに、それ以前の問題だよ。君の策には大きな欠陥がある」
「欠陥?」
「忘れたのかい?この水晶玉は、参加者本人が首にかけること。それ以外の持ち方をするのはルール違反だ」
「あ……」
今思い出した、というか、そんなルールあったかしら、というように口を開けるレティシア。
ルキシュは嘆息した。
「まったく……僕が飛んで行ってくるよ。君はここで待っておいで」
「あっ、そうか。ルキシュ飛べるんだったね。さすがだなぁ」
地味に愚弄されたことはあまり気にならないらしく、レティシアは笑顔で言う。
ルキシュは少し照れたようにふんと鼻を鳴らすと、目を閉じて呪文を唱えた。
「……レビテーション」
ふわり。
ルキシュの回りの風が動きを変え、彼の身体を浮き上がらせる。
「それじゃあ、行ってくるから」
「うん、気をつけてね」
レティシアに見送られ、ルキシュは崖からふわりと下におりていった。
ゆらゆらとゆっくりゆれるロープ。その先には確かに、点数を入れる魔道石がぶら下がっている。
「ルキシュ、大丈夫かな……ううん、大丈夫よね。ルキシュは優秀だもの」
言い聞かせるように呟きながら、レティシアは固唾を呑んでルキシュの様子を見守った。

一方、ルキシュの方は。
「これだね……」
ロープの先端、魔道石の部分にたどり着き、早速自分の首にかかった水晶玉を触れさせようとする。
が。
ひゅう。ゆらり。
「なっ……」
ルキシュが浮遊の魔法に利用しているのは風の力。彼の周りを取り巻く風の結界が、ロープに近づくとロープ自体を揺らしてしまうのだ。
「くっ…」
想定外の落とし穴に、悔しげに眉を寄せるルキシュ。
「だが…まだ手はある。ロープの揺れるタイミングを見計らって、水晶玉だけを出せば…!」
ルキシュは表情を引き締めて、慎重にロープの動きを見つめた。
そして、タイミングを見計らって、水晶玉を手に取る。
だが、その時だった。
びゅう。
「うわ?!」
突然あらぬ方向から吹いた風が、ロープの軌道をぐんと変えてしまう。
ロープは水晶玉から逸れ、風の結界から外に出ていたルキシュの腕を直撃した。
ばちん!
「うああぁっ!」
大きな破裂音がして、ルキシュは空中に身体を支えきれず、そのまま落下した。
「ルキシュ!」
レティシアは思わず身を乗り出すが、彼女は浮遊の魔法は使えないし、まして崖から飛び降りることなど出来ない。
その間に、ルキシュの身体は地面へと着地した。幸い高度はそれほどない、が。
ばちん!
再び破裂音がして、落下したルキシュの身体はさらに跳ね上がる。
「きゃあっ!」
上から見ていてもその様子がわかって、レティシアは思わず悲鳴を上げた。
地面に張られていた結界にもろに触れたのだ。
跳ねたルキシュの身体は結界の外に転がったようで、そこから動かなくなった。
「ルキシュ!ルキシュー!ど、どうしよう…」
崖の上から必死に呼びかけるレティシア。
そこに、教官がひょこりと覗き込んだ。
「あらぁ、これは失敗ですねぇ。大丈夫ですよぉ、命に関わるような結界じゃありませんからぁ」
「で、でも……!」
「死にはしませんけどぉ、確実に気絶はしてると思うんでぇ。この問題はぁ、棄権っていうことでいいですかぁ?」
「うっ……水晶玉はルキシュが持ってるし、私は空を飛べないし……仕方ないわね」
「わかりましたぁ」
教官はゆっくりと頷いてなにやらメモを取ると、再びレティシアの方を向いた。
「それじゃあ、捕まってくださいねぇ」
「え?」
「下まで、送ってあげますぅ。リタイアするにしてもぉ、回復するにしてもぉ、まず彼の所に行かなければいけませんよねぇ?
あなたはぁ、浮遊の魔法、使えないんでしょぉ?ホントはいけないんですけどぉ、ヒマなんでサービスしますぅ」
「え、あ、ありがとう……ございます」
レティシアは戸惑いがちに、しかし教官の好意に甘えることにした。

「ん……うっ……」
小さなうめき声と共に、ルキシュは目を開けた。
「ルキシュ!良かった……」
ほっとしたように微笑むレティシア。
「ここは……」
「崖の下よ。ルキシュ、結界に触れて落ちちゃったの。このチェックポイントの問題は、棄権しておいたから」
「勝手な、ことを……っ!」
「あ、ダメよ!私の回復魔法だってそんなに完璧じゃないんだから、まだじっとしてて」
「じっと……って」
あまり動かない身体でどうにか周りの状況を把握しようと首を動かすルキシュ。
「………っ!」
そこでようやく、自分がレティシアに膝枕をされているという状況に気づく。
「なっ……なにす……お、おろし……!」
「ほら、暴れちゃダメでしょ。じっくり魔法かけて治してるんだから、もう少しじっとしてて」
じたばたするルキシュの肩を押さえて、レティシアは魔法の続きをかけ始めた。
憮然として身体の力を抜くルキシュ。
レティシアは魔法をかけながら、疲れたようにため息をついた。
「それにしても、学校主催のイベントなのに、なかなかハードなのねえ。こんなケガまでするなんて」
「……そのために、君たち冒険者を雇ってるんだろう」
「そりゃそうだけど……私が通ってたマヒンダの魔道学校とは、ずいぶん違うなと思って。
ねえ、フェアルーフの魔道学校って、マヒンダの学校と比べてレベル高いの?」
「……え?」
レティシアの質問に、きょとんとするルキシュ。
「わざわざ魔道の国マヒンダから留学してるんだから、特別なカリキュラムとか組まれてるんだろうなぁ。
いいなぁ、私もまた勉強したいなぁ」
「別に…たまにこういうことがあるだけで、特別なカリキュラムがあるわけじゃないよ」
「ふうん?」
ルキシュの答えに、レティシアは首をひねった。
「じゃあ、なんでわざわざ留学したの?マヒンダの学校だって良かったじゃない?」
「っ、それは……」
ルキシュは顔を逸らすこともままならぬ様子で、気まずげに表情を歪めた。
「………いいだろう、そんなこと。どうだって……」
「まあ、そりゃどうだっていいけど……」
気まずい空気が流れたことに、レティシアも困ったように眉を寄せる。
後は無言で、気まずい空気の中、レティシアは憮然として口を噤むルキシュの傷を治していくのだった。

<レティシア・ルキシュチーム +0ポイント 計50ポイント>

「次はどこに行くんだ?」
「チェックポイントNo.10でちゅ。もうすぐでちゅよ」
草原から森に入ったゼンとミディカは、地図を見ながらチェックポイントNo.10を目指していた。
木漏れ日が清々しい空気を漂わせる、気持ちの良い森だ。森林浴をすれば、さぞかし気持ちが良いだろう。
だが。

「チェックポイントNo.10って、もうちょっとじゃない?」
「そうね、ここをもう少し行った先よ」
ゼンたちが歩いてきた調度反対側の道から、同様にチェックポイントNo.10を目指していたカザとラスティがやってくる。

そして、ほどなくして。
2組のチームは、お互いの存在に気づき、足を止める。

ミディカとラスティは、同じように嬉しげに表情を広げた。

「…楽しいことに……」

「なりそうでちゅね……!」

気持ちの良い森に、一触即発の空気が漂う。
ウォークラリーは、まだまだ始まったばかりだった。

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