予告

「退屈だわぁ……」

ぽつりと漏らした呟きに、トルスはきょとんとしてそちらを見た。
物憂げに窓の外を見ているのは、流れるような金髪に勝気そうな緑の瞳の化粧美人。泣く子も黙って震え上がる、フェアルーフ王立魔道士養成学校校長、ミレニアム・シーヴァンだ。
「ねえ、面白いことない?トルス」
なおも窓の外に視線をやったまま問うミリーに、トルスは苦笑した。
「私になさる質問ではありませんねー、校長」
いつもののんびりとした口調で、答える。
「そうよねえぇぇ」
だらり。
つまらなそうに言って、窓枠にもたれかかるミリー。
ふわ。
トルスは浮遊してミリーの側まで移動した。
「ギルド長の方からお誘いはないのですかー?」
「だーめ。何か最近忙しいみたいで」
「……天の賢者様はー?」
「動いた様子、無し!つまらないわぁ」
心底退屈そうに質問に答えるミリー。
トルスは苦笑した。
「今はおとなしくしていろ、という天の啓示ではありませんかー?」
「生意気な」
ぎろ。
ミリーは視線だけを動かしてトルスを睨みつけた。
驚いて自らを指差すトルス。
「え、私ですかー?」
「違うわ。天だろうがなんだろうが、このあたしに大人しくしていろなんて生意気にもほどがあるわ」
「こ、校長ー…」
そういえばこういう人だった、と乾いた笑いを返す。
「いいわ、そのつもりならとことん逆らってやるまでよ」
すく。
ミリーは言って勢いよく立ち上がった。
「な、何をなさるつもりですかー、校長」
思わず怯えて問うトルスに、にっこりと綺麗な笑みを見せて。
「面白い、こ・と。あなたも協力しなさい、トルス」
「えええ、私もですかー?!」
「どうせ暇でしょ、ここであたしの仕事を手伝うくらいには」
「貴女が仕事をしていないだけですよー。それに、養護教諭にそんなに山ほど仕事があっても困りますー」
「まあまあ、養護教諭としてのお仕事もあるんだから」
「それは余計に承諾しかねますー。また貴女は、生徒に無茶な課題を出そうとしていますねー?」
「人は困難を乗り越えて成長するものよ。というか、いいからとっとと来なさい、深緑の跳躍!」
「ちょっ、校ちょ……」
ミリーはトルスをぐいと引き寄せると、そのまま呪文を唱えてトルスもろともその場から消えた。

「学内個人対抗・マジカルウォークラリー……?」
掲示板に貼りだされた新しい告知を、カイは片眉を寄せて読み上げた。
「なぁに、なぁにー?新しいイベント?」
そこに、パスティがひょこりと覗き込んでくる。
「パスティ。あんた今日実習じゃなかったっけ?」
「先生が急な出張で休講になっちゃったのー。セルクとラスティも一緒よ」
「こ、こんにちは…」
「ハァイ」
パスティの後ろでいつものようにおどおどしているセルクと、ひらひらと手を振るラスティ。
カイはセルクに向かって気さくに微笑みかけた。
「久しぶり、セルク。ラスティは珍しいこともあるもんね、学校来てるとか」
「あら失礼ね。アタシだってたまには来るわよ。
こんな面白そうなイベントもあることだしね?」
くす、と笑ってカイの読んでいたポスターを見上げるラスティ。
「なんだなんだ、また校長の気まぐれかー?」
「今度はどんなイベントなん?」
そこに、ライとティオの2人も顔を出した。カイはそちらの方に顔を向け、答える。
「ウォークラリーだって。一応、自由参加みたいだけど」
「ウォークラリー?なんだそりゃ」
眉を顰めるライを、ティオは少し驚いたように見た。
「なんやライ、知らんの?地図見てチェックポイント探して歩いて、そこで出される課題をクリアして回るスポーツやで」
「えーっ、パスティも知らなかったわ。初耳よ。でも、楽しそうね」
のほほんと微笑むパスティと、デフォルトで不機嫌そうなライ。
「そうかぁ?何で魔法学校でんなことしなきゃなんねーんだよ」
「校長センセの考えるこっちゃ、その課題が魔道関係なんやろ?はは、楽しそうやねえ」
「ウォークラリーは道順通りに歩いていくけど、これはちょっとオリエンテーリングの要素もあるみたいね」
カイは改めてポスターを見上げた。
「いくつかあるチェックポイントのうち、どれから回ってもOK。各チェックポイントには点数が決められてて、帰ってきた時の得点で順位を決める…おっ、結構面白そうじゃん」
書かれた要項に、楽しそうな表情になるカイ。
パスティが楽しそうにセルクに微笑みかける。
「うふふ、楽しそうね。セルクも出ましょうよ」
「え、え、ぼ、ボクもですか……」
やはりおどおどしている様子のセルク。
その隣で、ラスティも楽しそうに微笑んだ。
「それに、ほら。これなんかとっても…スリリングじゃない?」
指差した記述に、目を丸くするカイ。
「な、なにこれ?!」

「参加者は、他参加者と遭遇時、交戦により相手の所持点を奪うことが可能……」
別の場所にある掲示板の前で、淡々とポスターを読み上げているのは、ヘキ。
「よって、参加者は1名に限り、学外の助っ人を同行させることが出来る。冒険者などを雇用する場合は、学務課にて所定の手続きを踏まえ、依頼料の補助申請を行うこと……」

「なるほど、自分で点を稼ぎつつ、他のヤツらを蹴落とちて一番になれということでちね!」
研究院の掲示板にも、同様のポスターが貼られていた。
にんまりと不敵な笑みを浮かべながらそれを見上げているミディカ。
「おもちろちょーじゃないでちゅか!優勝は、あたちがいただきまちゅよ!」

「優勝者には……へえ、天の賢者様のマジックアイテムか」
中庭の掲示板に貼られた同じポスターを見上げ、にまりと微笑むのはルキシュ。
「面白い…僕の実力を知らしめる良い機会だ。優勝は、この僕が頂くよ」

「うん、まずまずね」
早速参加申し込みをしてきた生徒の名簿を見て、満足げにうなずくミリー。
その横で、トルスがため息をついた。
「他の先生方にも招集をかけましたけどねー。エリアは、学校だけではないんでしょうー?人員が足りるかどうかー……怪我人の救護も、私一人では不安ですしー……」
「そうねえ、じゃああたしたちも冒険者を雇いましょうか」
「ええぇ?」
驚くトルスに、にやりと笑うミリー。
「生徒たちに仕掛ける罠と、出題の手伝い。あなたは救護要員の応援。生徒に冒険者を雇うことを許可してるんだもの、あたしたちも雇えばいいわ」
「…まあ、そうですけどー」
「いっそ、あたしが直接乗り込むのも良いかもね」
「えええ、本気ですか校長ー?!」
「あら、面白そうじゃない?ランダムに動き回るあたしを仕留めたらボーナスポイント、ただし逆にやられたら点数没収。スリリングだわ。雇った冒険者にやってもらうのも良いかもね」
「こ、校長ー……」
困ったような表情でのトルスの訴えも、もはや彼女の耳には届いていないようだった。
「そうと決まれば、早速依頼を出すわよ!」

もうまもなく、ヴィーダで最も熱いウォークラリーが幕を開けようとしていた。

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