大好きな人のために、もっと素敵になりたい。




それは、とっても素敵な気持ちでしょ?


その気持ちこそが、ひとを本当に綺麗にするのよ。。

まずは作戦会議です

「北方歴174389年、ヴィーダは未曽有の危機にさらされていた。
なんと、いままで適当に扱われてきたNPC達が反乱を起こしたのである!
適当NPCの総帥テキ・トーは、微妙な人形兵を各地に送り出し、次々と支配していった…

しかし、ヴィーダの人々を救う希望は存在した。人形兵に対抗できる唯一の手段、ゴーレムである。
ゴーレム研究の第一人者ベトリクス・アムラム博士は腕の立つ冒険者たちを集め、彼らにゴーレムを託し、ヴィーダを救うための集団を結成した。その名も……

傀儡戦隊、ゴーレンジャー!」

『情熱!情熱!あと情熱!ゴーレンジャー!!』

ゴー ゴー ゴーゴゴー
ゴー ゴー ゴーゴゴー
(10人くらいいるけど!)ゴーレンジャー!

この世に悪がはびこる限り きっと奴らがやってくる
時々頼りにならないけれど 本気で戦う戦士たち

友とのあの約束は 忘れたけれど
ああ母よ 私は今 都会の荒波にのまれながら 生きています

目の前に 立ちふさがる 邪魔者を
燃える闘志で 吹きとばせ
どんな敵でも一撃掃討(必殺、物量作戦!)

結局 自分は 戦わないぜ
傀儡戦隊 ゴーレンジャー!

「おぉぉぉぉいっ!ジル!戻ってこーい!」
「……やだ」
「どうでもいいが途中一箇所だけ演歌調なのは何なんだ?」
「……気分で」

「よっしゃあ!んじゃ、早速ミューの居場所を突き止めてくるとすらァね!」
意気揚々と立ち上がったのは、ヴォルガだった。
「え、ちょっと待ちましょうよ。それなりに作戦や準備を…」
眉を顰めて止めるミケに、ちちち、と指を振って。
「だから、オレが居場所を探ってる間に、準備や作戦を整えればいいだろォ?」
「ヴォルガさんお一人で行ってくるんですか?大丈夫ですか?」
心配そう、というよりは信用ならないというまなざしでオルーカが言うと、ヴォルガは大仰に肩を竦めた。
「おいおい。オレを誰だと思ってるんだァ?」
「変態さんですよね」
「ナンパ師じゃないんですか?…失敗しかしませんけど」
「モテ男。……脳内の」
「じゃっかあぁぁしいわ!」
己のヴォルガ像を次々と語っていく仲間たちをキレ気味で遮ってから、びし、とカッコつけるヴォルガ。
「本業は、盗賊!斥候や内偵はお手の物だぜェ!」
しかし、仲間の反応は相変わらずで。
「でも、今からやることはミューさんの匂いをハァハァクンクンしながら辿ってくことですよね」
「うわ、キモ!今あたしの中で変態度が2レベルアップした!」
「そうぉ?なんかワンコみたいで可愛いじゃな~い♪」
「レティシア、勇者だな……」
「だあぁぁっ!うっせ!じゃあ、行ってくるからな!きっちり作戦立てとけよ!」
ヤケ気味のヴォルガに、リューがひらりと手を上げる。
「あ、じゃあ、あたしも行くよー」
「はァ?」
盛大に眉を顰めるヴォルガ。
「おいおい、さっきのオレの話聞いてなかったのかァ?お嬢ちゃん。
オレはプロなんだぜェ?」
「はいはい、プロの変態さんね」
「違うっつの!プロの盗賊!お嬢ちゃんが来たって足手まといになるだけだぜェ?
まァ、オレについてきたい気持ちは判るけどなァ…残念ながらオレは18歳未満は守備範囲外なんだ。ま、もうちっと大きくなったら相手してやってもいいぜェ?」
再びカッコつけるヴォルガに、リューは哀れむような視線を向けた。
「何だろう……この、某イケメン芸人を見るみたいな物悲しさ…」
「スタッフゥー!スタッッフゥー!!ってなんでやねん!あーもーいいですよ!どうせオレは脳内モテキャラですよ!」
再びヤケになってキレるヴォルガ。
「つか、だいたいオマエ、ミューの護衛に雇われたわけじゃねェだろが!なんでくっついてこようとすんだよ!」
「何よ!護衛に雇われたんじゃなきゃ助けに行っちゃいけないわけ!?」
思ったより強いリューの反論に、ヴォルガは少し気おされた。
「なっ……」
「そうよそうよ!怒涛の展開に一瞬呆然としてたけど、こうなったら乗りかかった船よ、ベータが行くなら私も行く!」
レティシアも拳を握り締めて同意する。
「この展開で『じゃあ私はこの辺で失礼しまーす』なんて言うわけないじゃん!!かっこよくなったベータをミューにちゃんと見せてあげるまでは協力のうちなんだから!」
ミケと離れたくないし、と小声で付け足したのは幸か不幸か誰にも聞こえなかったようだ。
「あの…で、では、ジルさんも…?」
おそるおそる暮葉が問うと、ジルは静かに頷いた。
「…うん。ゴーレムがあまりに面白そ…………ベータのことを放っておけないから」
だだ漏れの本音。
「そうだぞ!俺もきっとそうだ!」
脂汗をだらだら垂らしているゼータ。
「ついてくる理由をちゃんと書けって言われてたのに何も書いてなかったからよーわからんが、多分そんなような理由だと思うんだぜ!」
「ゼータさん、成長しませんね……」
「うっせ」
リアクションとアクションに関する要項はきちんと読んでからアクションに取り組んでね!お姉さんとの約束だゾ☆
「でもなァ…ついてくるったって、何するつもりだよ?お子様に内偵なんてできんのかァ?」
まだ渋るヴォルガ。
「お子様扱いしないでよね!」
リューはヴォルガを睨んでから、ふふん、と胸を張った。
「あたしには、コレがあるんだから!」
その言葉とともに、リューの胸元の服の隙間から、にょこ、と人形が顔を出す。
「おわ?!なんだコレ、コレもゴーレムか?!」
驚いて人形をしげしげと眺めるヴォルガ。
「………違いますね…」
口を挟んだのはベータだった。
「……ゴーレムの魔道の構成とは違います…おそらくは、念動力で動かしていらっしゃるんでしょう…」
「そう!やっぱりすごいなーベータさんは。そういうのの違いって、判るんだ?」
感心したように言ってから、リューは再度胸を張った。
「これは、さっき野蛮人に壊されたあたしの可愛いニェモリーノに代わって、あたしの代わりに潜入してくれる、インチキ薬売りのドゥルカマーリャ!」
ちらり、と嫌味っぽく野蛮人のほうを見てみるが、野蛮人の反応は無い。
リューは肩を竦めて、続けた。
「どーせテキのアジトは、さっきみたいに微妙な人形ゴーレムがたくさんいるんでしょ?人間が入り込むより人形を潜入させた方が見つかりにくいと思うんだよね」
「しかし、人形は人形ですよね…?僕のポチみたいに、感覚が繋がってるわけじゃ…」
微妙に対抗意識を出してみるミケ。
リューは再びふふん、と胸を張った。
「それが、出来るんだなぁ~。あたしの感覚を、ドゥルカマーリャに移植して…ドゥルカマーリャが見たり聞いたりしたことをあたしも同じように見聞きする事が出来るんだよ」
「へぇ、そんな事が出来るんだ!リュー、すごいわね!」
素直に感心するレティシアに、リューはえへへ、と笑った。
「っていうわけで!プロの変態さんがどの程度プロなのか知らないけど、人形の館を偵察するなら人形使いにおまかせ!ってことよ」
「プロの変態じゃねえっつってんだろコラ!」
一応ツッコミをくれるヴォルガ。
オルーカは心配そうにリューを覗き込んだ。
「リューさん、でしたか?本当に大丈夫ですか?あまり無理はしないでくださいね?」
「おいおい、オルーカちゃん。オレの時とずいぶん態度が違うじゃねェか~」
大仰に嘆くヴォルガに、オルーカはすました顔で答える。
「いや、ヴォルガさんって何か、殺しても死ななそうですし」
「おいおい~ソレってオレがギャグキャラってことかァ~?」
「私の口からはちょっと」
遠まわしのようで率直なオルーカの返答はさておいて、ヴォルガはため息をついた。
「しゃーねーな。つれてってやるから、せいぜい足手まといにならねェようにしろよ?」
「ふん、足手まといになるのはどっちだか!かわいい人形に見とれて足元すくわれないようにねー」
「誰が見とれるか!」
ヴォルガとリューはなおも言い合いながら、二人連れ立って偵察へと向かっていった。

「で、作戦と準備、ということですが」
気を取り直して、向かい合う冒険者たち。
「正直、敵の状況がわからないことには作戦の立てようがありませんよね」
「でも、あの大量のゴーレムがいることは間違いないでしょうね」
ミケが言うと、レイサークが苦々しげに言った。
「じゃあ、こちらもひとつところに固まっていくよりは、それぞれ個別に動いて敵を撹乱させて、その隙にミューさんを助け出す、という風にしたほうがいいんじゃないでしょうか」
オルーカが言い、暮葉も神妙な表情で頷いた。
「なるほど……しかし、そうだったとしてもあれだけ大量のゴーレムを相手に、数で圧倒的に圧されているのは否めませんよね…」
「そうですね……」
むぅ、と難しい表情をする冒険者たち。
すると。
「……数には…数で対抗しましょう……」
ぼそり、と口をはさんだのは、ベータだった。
2話で空気だった彼のターンが始まろうとしている。
「ベータさん?」
「…彼がゴーレムを操るように…僕もゴーレムを操ることが出来ます。
……みなさんの命令を聞いて行動するゴーレムを作りますので……形状や条件付けなど…役に立ちそうだと思うものを何でも仰って下さい……」
「えっ……今から、そんなことが出来るんですか?」
驚いて言うミケに、ベータはゆっくりと頷いた。
「はい……先ほどこの場にいた数程度のゴーレムでしたら…すぐにお作りすることが出来ます…形も、ある程度は融通が利きますので…」
「ベータ、すごーい!!」
感激して手を叩くレティシア。
「じゃあね、じゃあねー。どんなの作ってもらおうかなー。ミケの姿をしたゴーレムとか…きゃー!あーっ、でもでもー、もし攻撃されて壊れちゃったりしたら私泣いちゃうかも…!」
瞬時に妄想の世界に入る彼女を遮るようにして、レイサークがすっと立ち上がった。
「…申し上げにくいことですが……私は遠慮させていただきます」
きょとん、として彼を見上げる一同。
レイサークは、きっ、と厳しい視線をベータに向けた。
「いや、はっきり言うべきでしょうか……神を侮辱するつもりか、と」
「………はあ」
生返事をするベータ。
一同のうちの何人かが、ああ、また始まったという顔をしている。
レイサークはそれに気づいてか気づかずか、ふぅ、と眉間にしわを寄せ、目を閉じた。
その様子はたいそうイプシロンに似ていたが、誰も口に出す者はいない。
「無から命を生む行為は、神にのみ許される業(わざ)、それを人の身で行うなど、神を冒涜する行為としか思えない!
私は、事の始めに言ったように神に仕える身です。そうである以上、神を冒涜する行為に加担するなど……
神の信に背くことはできませんからね」
「オルーカさんの存在を全否定ですね」
「いえいえ、私なんてにわか僧侶ですから。ていうか、アイドルですから」
ミケとオルーカの茶々もなんのそので、レイサークは続ける。
「詭弁と思いますか? そうかもしれませんね……否定はしませんよ。
それはあくまで私の信じるところにすぎず、決まってもいないことを……他人にとってはどうでもよいことをただ発しているですから。
ま、それを言うなら、考えずに同じ動きを繰り返すだけならば歯車に似たようなものだ、という反論にしたって同じだと思いますがね。
それに、コメディだから考えるな、ノリだと言われても……この信条は譲れないのですよ。
現に、似たようなことをする人を同じ理由で批判したこともある程に、ね」
ふ、と自重気味に笑って、それから大仰なアクションで肩をすくめ、首を振る。
「しかしながら、そのような信条があるとは言え、ミューさんを援けることまで放棄はしませんよ。
本来の依頼はミューさんの護衛である以上、その延長で救出に向かうのも仕事だと思っていますから」
そこで、くわ!と目を見開いて、拳を突き出してみせる。
「私には! 神から授かったこの力がある!」
言葉とともに、ぼう、と火柱が立ちのぼる。
「山の恵みを受けたこの体がある!」
言って、持っていた大剣を振り回して床に突き刺す。

言うまでもないが、ここは室内である。

「うわあ!何すんだいきなり!しかも室内で!」
「…もう、クレイジーな変質者というよりは、危険指定の害獣だよね…」
「ガルダスの教えっていうのはどこまでハタ迷惑で身勝手なんですか、オルーカさん!」
「え、ええっ?!あ、あの、そう!宗派が違うんですよ!私まで巻き込まないでください!」
いきなり室内で燃え上がった炎にわたわたする冒険者たちを尻目に、レイサークは続けた。
「神(こころ)のない、形だけの恋人など! 真(まこと)の炎の前には児戯の花火に等しいッ!」
ぐぐ、と拳を握り締め、痛ましそうに吐き出した。
「何に怒っているのかって?
それは、実験と称して人を躍らせる5と12にッ!
神を侮辱する2にッ!
形ばかりで中身の無いことを続けるあの適当な奴ばらにッ!
そして……それらに屈して醜態を晒し……反撃することすら思いつかず……
……斯様に不甲斐ない、自分自身にだッッ!!」
がし。
自分の手のひらを自分の拳で殴りつけ、怒りのこもった瞳を虚空に向けるレイサーク。
「これは……俺自身のけじめなんだよ」
低く言って、再び目を閉じる。
決まった、と言わんばかりの内心の笑みが口の端にもれ出て、仲間たちがどんな表情をしているのかと、目を開けば。

「ねえねえ、ホントにどんな形のゴーレムも作れるの?!」
「……あ、いえあの……僕はそんなに造形は得意では……」

レイサークをガン無視&これ以上の被害を受けないように遠巻きに避難して、さっさとゴーレムの相談を始めている仲間たちがいた。
「ちょっ……!ちょっと、皆さん…!!」
慌てて駆け寄ると、つい、と顔だけを彼のほうに向けて。
「ああ、自分語り終わりましたか、レイサークさん。もうちょっと待っててくださいね、さっさとゴーレムの相談しちゃうんで」
「いぇっ…いや、そうではなく!今の私の言葉に、何か反応はないんですか!」
プチ必死なレイサークに、仲間たちは顔を見合わせ、そして再び彼のほうを向いた。
「…オマエが言うなとつっこむのも鬱陶しい?」
「そんなに踊らされたのが辛かったんだな…ごめんな、オレがインカムでちゃんと伝えてれば…」
「そもそも、何に怒ってるのかなんて誰も聞いてないし。興味ないし」
「ていうか、場所をわきまえず暴力振りかざすひとに神を冒涜とか言われたくないですよね」
「ホント、いい迷惑ですよ。あまり剣とか振り回しながらガルダス様ガルダス様言わないでくださいね、こっちも迷惑するんで」
言いたい放題である。
レイサークはぐっと言葉につまり、それからベータのほうを向いた。
「お…お前はどうだッ、2番目!俺の言葉に何か反論はないのか?!」
「…え……2番目って僕だったんですか……人にわかる言葉使ってくださいよ…」
申し訳なさそうな、だが少し迷惑そうな表情で、ベータは答えた。
「…あの……宗教と政治と好きな野球チームの話は争いの元になるからするなって、祖母の遺言で……」
「ハッ!ちったぁ骨のあるやつかと思ったが、戦いもせずに逃げるのか!この腰抜けが!負けを認めるんだな?!」
勝ち誇ったように笑うレイサークに、ベータは僅かに眉を寄せた。
「……負けだとか戦いだとか……神の御名を、人を負かして支配するために使うんですか?それこそ、神への冒涜ではないですか?」
「ぐっ……!」
思わぬ反撃にぐっと言葉に詰まるレイサーク。
と、ミケが横から割って入った。
「本来、人間は火を出したり水を出したり急に傷を癒したりすることはできないはずです。
それができるようになったのは、ひとえに魔法の研究によってのはず。ひとが、生きていくために習得した技術…ゴーレムもそうではないんですか。道具として使えるもの、ではないんですか」
「……っ、それは詭弁だと先ほども…っ」
「別にあなたが荷担しなくても良い。世話にならなくても良い。それならそれで、いいのではないでしょうか。
そこにあるから使わなくてはいけないものではありませんしね。僕は使わせていただきますけれども」
「……あなたが、僕たちにあなたの論を詭弁だということは出来ないというのと同じ理屈で、あなたにも僕たちに口を出す権限はありません」
それに続く形で、ベータが静かに言葉を紡ぐ。
「神の御業に近づこうという愚考が魔道だと言う人々がいるのは理解しています。それを否定する気もない。
けれど、僕たちの研究で助かる命があり、得られる幸せがある限り、僕たちは研究を続けます」
真剣な表情で、自分の譲れない思いを語るベータ。
「ベータ…カッコイイじゃない!ミューもきっと惚れ直すわよ!」
レティシアがうれしそうにそう言うと、また照れて首を縮めてしまったのだが。
レイサークは完全に返す言葉を失って、硬直した。
「…レイサーク。ゴーレムのネタが思いつかないことは罪じゃないから、そんなに一生懸命弁解しなくてもいいんだよ……」
哀れむような無表情でジルが言うと、レイサークは心外とばかりにそちらを向いた。
「馬鹿にしないでもらいましょうか。私は決してネタが思いつかないわけでは。『大虐殺心臓(カルネージハート)の死球(デススフィア)で行け』という天啓があったことですし、とことんカオティックに……」
「……だから、人にわかる言葉使ってくださいよ…」
「軽いネジがどうしたって?」
「そもそも何語?」
「レイサーク語じゃね?」
「もはやググるのも億劫だわ…」
「自分がわかる言葉がすべての人にわかると思って話しちゃだめですよね」
「それで、わからない人を見下そうとするんですよね。典型的なオタクですね」
「よっぽど普段見下されて生きてるんですね……」
「…だから、無理にゴーレム使わなくてもいいって言ってるじゃん…別に誰も、あなたにゴーレムを作らさせてくれって頭下げて頼んでるわけじゃないんだからさ…ちょっと静かにしててくれないかな」
今度は僅かに迷惑そうな無表情で言うジル。
レイサークは慌てたように言った。
「い、いえ、衆寡敵せず、援けなくしてどうするつもりか、となれば……最終的には依頼を……」
「……素直に作って欲しいって言えばいいじゃない」
「う。い、いえ、決してそういうわけでは……」
「……だいたい、あれだけゴーレムを否定しておいて、作ってもらえると思うのがどうかしてる……人を批判する時は、自分も批判される覚悟で…どんなことになっても文句言わない」
「そ……それは……」
「……これぞツンデレっていうセリフでお願いしてくれたら、作ってあげる」
「つ、ツンデレ?!」
唐突なジルのセリフに度肝を抜かれるレイサーク。
「べ、別にゴーレムなんか作ってほしいわけじゃないんだからねっ?!カンチガイしないでよね!敵のゴーレムがあまりにも多すぎるから、仕方なく手を借りてあげるんだからね!別にアナタのためじゃないんだからねっ!
……っていうやつですね!」
「声を変えて力説しないでください、オルーカさん…レイサークさんが言ってるところ想像して寒気がしました」
「ここにヴォルガさんがいたら、ものすごい勢いで語りが入りそうですね……」
「ちっげーよ!ツンデレってのはなァ、こうだ、こう!ってか?」
「……っていうか、作るのは僕です、ジルさん……」
もう何がなにやらカオスな状態になっている冒険者たちを前にして。
レイサークはようやく、己が孤立していることに気が付いた。

「で、気を取り直して、ですよ」
とりあえずレイサークは置いといて、改めてゴーレム製作の相談に入る冒険者たち。
「誰がどんなゴーレムを作るのか決めて、早くリューさんたちに合流しましょう」
オルーカが言うと、クルムが難しい顔をした。
「うーん…全員分作るのは大変そうだよな。オレは自分の力で戦うから、ベータはその分みんなのゴーレムを作ってあげてくれよ」
「さすがはクルムさん」
「レイサークさんと同じこと言ってるのに、どうしてこうも違うんでしょうかねえ」
「べ、別にオレはそんなつもりじゃ…ただ、ゴーレムって言われても勝手がわからなくて、どういう風にしていいかわからないだけだよ」
「そうですね、そのあたり詳しくお聞きしてもいいですか?」
クルムの言葉を受けて、オルーカがベータに向き直った。
「私たちの命令を聞いて動くゴーレムを作ってくださる……っていうことですけど」
「……はい」
「一度命令したら、それっきりですか?どうなっちゃうんでしょうか?」
「…継続的な命令や、条件を限定した命令でない限り、命令したことを達成するとゴーレムは止まってしまいます。その状態で、新しい命令をかぶせることは可能ですよ」
「なるほど…ゴーレムは誰の命令でも聞くんですか?
たとえば、私が命令したゴーレムが、テキに命令されて従っちゃったりということはありますか?」
「いえ、皆さんにお作りするゴーレムは僕がカスタマイズしますので、皆さん専用のゴーレムになります。オルーカさんのゴーレムは、ミケさんに命令されても何もしません」
「ふむ…なら安心ですね。
強度とか形状はどうなんでしょうか?たとえばやわらかくしてくれとか、硬くしてくれとか…この私のフィギュアを作って売りさばくとか…」
「オルーカさん、オルーカさん」
とりあえずつっこんでみるミケ。
ベータは困ったように答えた。
「ゴーレムを動かすのではなく、まず命令を与えるものを作り出すのは…ゴーレムの技術でなく、土魔法の領域なんですよ…ですから、作る人の魔道の技術と造形センスに左右されます……
…あの……正直、僕はゴーレムはきちんと命令を遂行できればそれでいいと思っていますので…造形のほうにはあまり期待しないでいただきたいです…」
「そんなこと言わずに、人生は何でもチャレンジです!さあ、私のフィギュアを作ってみてください!さあさあさあ!」
もはやオルーカの暴走を誰も止められない。止めたら次元の狭間に消されそうだ。
まったく断れる雰囲気ではないのを察してか、ベータは諦めたように立ち上がり、ふぅと息を吐いて精神を集中させた。
「…コードナンバー・061127…セット」
それが呪文なのだろうか。
ふわりとかざしたベータの手のひらから生まれ出でるようにして、土の塊がぽこぽこと現れ、人型を作っていく。
「おお…!」
思わず歓声を上げる冒険者たち。
造形に自信はないと本人は言っていたが、土は次々と集まって人の形を作っていく。命令を遂行できればいいと言っていた割に色までついていて。
しかし。
「………うっっ……!!」
冒険者たちは出来上がったものを見て凍りついた。
絶妙にたるんだ肌、幾重にも刻まれた年季を思わせる皺。何ヶ月も美容院に行ってませんというような微妙にゆるいパーマ。不自然に濃い化粧、生活に疲れた表情。
「こっ…これは……14歳クマっ子アイドル☆オルーカルン♪というよりは……」
「………40代熟女ちゃん…?」

「餓鬼滅殺拳!」

どご。
音速で繰り出されたオルーカの拳が、オルーカのゴーレム改め40代熟女ちゃんの胴を破壊する。
しん、と静まり返る室内。
「…あ、あの、じゃあ…私に似せて数体のゴーレムを造っていただけませんか?」
沈黙に耐え切れなくなった暮葉が前に進み出た。
「……勇者だね、暮葉……」
「いえあの、自分を対象にしていただいた芸術品ってどんな出来になるのか見てみたくて。…どきどきするなぁ…」
「声が上ずってるよ」
ジルと一通り漫才を繰り広げてから、フォローするようにベータにお願いします、と言ってみる。
ベータは気の進まない表情で、再び精神を集中させた。
「…コードナンバー・629784…セット」
再びぽこぽこと現れる土塊。
先ほどと同じように人型を作っていき…
「………これは……」
真っ白な肌。こけた頬。クマという説明では物足りないほど真っ黒く落ち窪み、そのくせぎらぎらと光っている瞳。カラカラの唇の端からは人のものとは思えない色の舌がでろりと覗いていて。セミロングの暮葉を作ったはずなのになぜかずるずると長い髪が顔の半分近くを覆い尽くし、白いワンピースを着ている。
それが数体。
「……貞子…?」
「本物ですね」
「こわあ」
口々に言う冒険者たちに、どうしていいかわからずおろおろとする暮葉。
「えと、ベータさん、わざわざありがとうございます。あなたのような素直な方に造っていただいたら、えと、なんだろ……」
「…暮葉、無理に感謝の言葉を述べなくてもいいんだよ」
「えっ、いえあのそんな決して。こ、これはこれで味わいが…」
「…インパクトはあるよね」
「あの…せっかくですからこの子達にもインカムをつけて区別がつくように…」
言って、そばにあったスタッフ用のインカムを数点選んで貞子たちにつける。猫耳、魚鰭、熊耳、狼耳に彩られる貞子たち。
「ふう…これで少しは可愛く」
「……なってるの…?」
ジルが小声でツッコミを入れる。
「あ…あの…私、やっぱりいいや、普通のゴーレムで…」
申し訳なさそうに申し出るレティシア。
「ええい!もういいですベータさん!」
耐えかねた様子でオルーカがだん!と机の上に何かを叩きつけた。
「ここに1/16スケール・オルーカルン(14歳)フィギュアがありますから、これに命を吹き込んでください!それだったら大丈夫ですよね!?」
「お、オルーカさん?!なんで、っていうかいつの間にそんなものを?!」
驚いて問うミケに、ぎっ、と厳しい視線を返して。
「今はそんな現実的なツッコミはどうでもいいんです!この非常事態に!不謹慎ですよ!」
「なあ、不謹慎なのは俺らのほうだと思うか?」
「……ノーコメント」
「ていうか、この…ふぃ……ふぃぎゅあ?……誰ですか?」
眉を顰めて、ミケは再びオルーカに問うた。
「人の話聞いてたんですかミケさん?!これは、1/16スケール・オルーカルン(14歳)フィギュアです!」
「いや、これどう見てもオルーカさんじゃありませんよね。顔が幼すぎるし……胸も……ありすぎじゃないですか?」
胸という単語よりは、フィギュアから漂う痛々しさに居たたまれない気持ちになりながら言うミケ。
「何言ってるんですか!オルーカルン(14歳)は妖精基準でIカップなんです!」
「……さあ、僕もどういうゴーレムにするかかんがえなくちゃー」
「ミケがツッコミを諦めた!」
「さあベータさん!ミューさん(歌手)を助けたくないんですか?助けたいなら命を吹き込んでください!さあ!あ、胸のところは柔らかく作ってくださいね。さあさあ!!」
「………だ、誰か……」
逃げ出そうとするベータをがっしと捕まえて、オルーカはふふんと胸をそらした。
「オルーカルンのフィギュアを見たら、適当な敵のテキ・トーだって魅了されるに違いないです!!あ、でも皆さんは魅了されないでくださいね、困りますから!」
「あははは、そうですねー」
「だんだん相槌が機械的になっていきます…」
「あと一押しで自動的に返事をするようになるな」
壊れかけのミケの様子を人事のようにコメントしながら、ゼータはうむ、と頷いた。
「よし、ここは俺が流れを変えるっ!」
オルーカにとっつかまっていたベータの腕を引き寄せて、負けぬ勢いで言い募る。
「悪者からお姫様を奪回するなら、武器が要るだろ!相変わらず武器ないんだ俺!」
「威張れることですか」
「あっ、ミケのツッコミがちょっと戻ってきた」
「これは、アレか! ベータに『鞘から抜けば。女性以外! 動く物に対して、自動で斬りかかる剣型ゴーレム』とか作って貰えれば楽できるか!?」
「なんですかその女性以外って」
「仲間に斬って困る男はいないし!」
「……ほほう」
「おっ、何だミケその目は」
「いいでしょう、作ってあげてくださいよベータさん、その命令の通りに」
ミケは冷たい表情でベータに言い、ベータは困ったような顔をして、それでも前方に手をかざした。
「…コードナンバー、197…セット」
ぽこぽこ。
先ほどよりは少量の土が寄り集まり、鞘に収まった剣の形を取る。
「インプットタイプ・A-Z-MR、パターン197、アラート・オールグリーン。ブートアップ」
それがゴーレムに命令を与える呪文なのだろう。目を閉じて指先でゴーレムの数箇所を押すようにすると、ふうと息を吐いて目を開ける。
「……出来ました…が……」
「おおっ!さんきゅ!早速切れ味を試してみるか!」
「……あ……」
ベータがなにやら止めようとしたが、それにはまったく気づかずに剣を抜き放つゼータ。
もちろん。
「のわあああああぁっ!!」
いきなり自動的に剣に斬りかかられて、避けて逃げ回るゼータ。
「…一番近くにいて動いている女性以外のものって、ゼータさんに決まってるじゃないですか……」
半眼でもっともなツッコミをするミケ。
「ミケてめー、知っててやったな!」
「僕を恨むより先に自分の考えの浅はかさを呪って下さい。
ベータさん、止めてあげて下さい」
「…デリート・197」
ベータの呪文とともに、ぴたりと動きを止める剣ゴーレム。
ゼータはぜえぜえと肩で息をしながら、再度ベータに言った。
「……おっ…俺と女性以外の動くものに、自動的に斬りかかる、ように……!」
「……わ、わかりました……」
「ったく…空気読めよな…」
「コメディにお約束を放棄しろという方が無謀ですよ」
半眼のまま、自業自得というように、ミケ。
「…とはいえ……居場所の状況がわからないようでは、僕もどのようなタイプのゴーレムを作ったらいいかわかりませんね…。
僕のものは、目的地に着いてから作っていただいてよろしいですか?」
「あ、え、はい、構いません……」
「私も……お願いできるかな」
ジルが進み出て、ベータはそちらのほうに行った。
「あ……はい、どのようなものを…?」
「あのね……」
そのまま、ベータとジルは小さな声で相談に入ってしまう。
「恋人がさらわれたのに…ベータは気丈な人なんだな」
それを見守るようにしてクルムがぽつりと言った。
「彼はああ見えてなかなか頼もしい若者だよ」
と、後ろから思いもよらぬ声がかかる。
「イプシロン」
振り向けば、無意味にバラなど持ったイプシロンが高く足を組んでソファに座っている。
「今でこそこうしてヴィーダに来てコンサートなどをやっているがね、私たちは本来はマヒンダ王宮付きの研究室でともに研究をしているんだ」
「ああ、王宮なら行ったことがあるよ。エータとシータの事件に巻き込まれた事があってね」
「なんと。では、女王消失の折の冒険者だったのだね」
「うん。ていっても、オレはイプシロンやミューに直接事情を訊きに行った訳じゃないし、パーティーの時も話したわけじゃないから、よく考えたら二人ともオレのこと覚えてるはずないよな。最初は変なこと言って、ごめん」
「なに、気にすることはない。話していても私は覚えていなかったろうからな」
自覚はあるんだ。
喉まで出かかった言葉を飲み込んで、クルムはイプシロンの言葉の続きを待った。
「擬生と呪歌が特別仲がいいというわけではなかったがね、あの二人はいつの間にか仲が良くなり、お互いの研究室を行き来することが多くなった。専門は違えど、同じ魔道を志す者同士、研究論を交わすこともあったよ。彼は見た目はあの通り………今は少し違うがね……要は、派手ではないけれども、自分の信念の元に魔道の研究をしている優秀な人間だ。私が言うのもおかしいかもしれないが、ミューには見る目があると思うよ」
「へえ……」
自分のことしか考えていないような(事実そうなのだろうが)イプシロンの口からべた褒めに近い言葉が出て、クルムは思わず感心してしまった。魔道畑の人間というのは、こと魔道のことになると他とは別格なのだろうか。
「…イプシロンは、ミューを助けには…」
「残念ながら、私には彼に荒らされた部屋の始末や、誰にとは言わないが荒らされたコンサートの後始末がある。そうでなくとも、最高責任者の私までいなくなってはスタッフの混乱は避けられないだろう?悪いが、ミューの奪還は君たちにお任せするよ」
「そう…か。そうだよな。
改めてごめん。ミューの護衛を依頼されたのに、むざむざとミューを攫われてしまって」
神妙な面持ちで頭を下げるクルムに、イプシロンは微笑した。
「なに。犯人はこちらのスタッフの中にいたのだし、気づかず招き入れた私の責任も重いよ。
それに、攫われたのなら取り返せば良い…そうではないかね?」
「うん……そうだね。その通りだ。
何としてでも、ミューを取り戻してくるよ」
「頼もしいね。ならば私からもひとつ手助けをしよう」
ぱき。
言って指を鳴らすと、部屋の隅にあった紙包みのようなものがふわりと風に運ばれてくる。
「テキに使うといい。しばらく彼の動きを止められるだろう」
ぽす。
クルムの手に直接手渡される紙包み。
「……これは……!?」

それでは突入いたしましょう

「あっ、いたいた!おーい、ヴォルガ、リュー!」
リューが遣わした人形に導かれてヴィーダの郊外までやってきた冒険者たちは、その先に偵察に行っていた二人を見つけて駆け寄った。
「テキの居場所は見つかりましたか?」
「あァ。見ろよ、あれだ」
言いながら、苦い顔でヴォルガが茂みの向こうを指差す。
そこには。
「うっ…わぁ……もしかして、あれ?」
「ご明察。無駄に金持ちなこってェ」
呆れたようなヴォルガの言葉に無理もない。
茂みの向こう、広大な敷地にぽつんと建っていたそれは、ざっと見て5階建て、窓の数からして50部屋以上はありそうな、豪華な屋敷だったのだ。
「僕たちのお城…とか言ってましたしね……本当にお城だったんですね…」
妙な感心の仕方をする暮葉。
「ふっ……ふふ、ふ、ふふふふふ」
と、突如沸き起こった不気味なミケの笑い声に、冒険者たちは引き気味にそちらを向いた。
「……僕が毎日のシチューの具にも事欠いてる時に…いいご身分ですよね……
……適当な名前のNPCが、何の関係もないのに豪邸に住むなど……世界が許しても僕が許さない」
「み、ミケ?」
心配そうにレティシアが覗き込むも、ミケはそのままベータの方を向いた。
「ふ、ふふ。ベータさん。僕に作っていただくゴーレム、思いつきました。ちょっといいですか」
今までに見たこともないような凄絶な笑みを浮かべて言うミケに、先ほどオルーカにつかまった時のような表情でかくかくと頷くベータ。
「……あ、は、はい……」
「あのですね……」
ぼそぼそ。ぼそぼそぼそ。
ベータに耳打ちするミケ。
ベータの細い目が見開かれる。
「え……っ、あの、それって……」
「もちろん、決行するのはミューさんを助け出してからですよ。しかし、あんな危険人物に、分不相応なものを持たせておく訳にはいかないじゃないですか、ねえ?」
にっこり。
反論を許さない笑みを向けられて、ベータは青い顔で頷いた。
「…は…はい、わかりました……少し時間はかかるかもしれませんが、やってみます……」
「なんだなんだ?何の話だよ?」
割って入ってくるヴォルガ。
「ああ、ヴォルガさんとリューさんは偵察に出ていて知らないんでしたね。
ベータさんが、私達用にカスタマイズしたゴーレムを作ってくださるそうなんです」
オルーカが言うと、ヴォルガは感心して眉を上げた。
「そりゃあ助かるぜ。んじゃあ、オレも大きめのをひとつ頼もうかねェ」
「あ、は、はい、わかりました……」
「リューさんの方は、どうですか?何かわかりそうですか?」
オルーカは続けて、目を閉じて精神を集中させているリューのほうに目を向けた。
目を閉じたまま両手を前方に広げ、念力で遠く離れた人形をコントロールしている様子のリュー。
「…うーん……部屋はたくさんあって…中にゴーレムがいっぱいいるみたい、やっぱり。
テキやミューさんの姿は見えないなぁ…それにしても、人形だらけでキモい光景……」
閉じた目には人形の見ている風景が映っているらしい。
「…あっ、何か音楽が聞こえてきた……これ、ミューさんの歌…?わわっ!」
ぶん!とリューの腕が持ち上がる。
「……みゅ……ミューたん萌えぇ~っ!」
「おおっと!」
ボンボンを振り上げるようにして放たれた拳がレイサークに向かって飛び、レイサークがそれをかわす。
「何をするんですか」
「ええ~ミューさんの歌声に踊らされちゃったんだよ。好きでこんな黒歴史なことするわけないじゃん!」
なおも目を閉じて踊りながらそんなことを言うリュー。
そこに、ベータがぼそりと補足した。
「……録音で再生されたミューの歌声に、呪歌の効果はありませんよ………」
「………」
「…………」
「………」
「……てめえやっぱりわざとなんじゃねえかっ!!」
「うるさいわね!はっはーん! そっかぁ、レイサークはコンサート会場で自分から進んでこういうことをしてたわけねー!」
「やかましいっ!ガキだと思って大目に見てりゃ調子に乗りやがって!」
「ふ、二人ともやめてください!」
慌てて止めに入る暮葉。
「そ、それはともかく、ミューさんの部屋は見つかったんですか?」
「んー、ダメだ、わかんないや。外からじゃ見つからない部屋にいるみたいだね」
肩をすくめて言って、リューはようやく目を開いた。
「けっ、役立たずが」
「この世界中であんたにだけは言われたくないね!ぶん殴るしか能がない生臭神官のくせして!」
「んだと?!」
「も、もう、やめてくださいリューさん!そんな本当のこと言ったらレイサークさんの立場がないじゃないですか!」
「トドメ刺してますよ、暮葉さん」
「ったく…あー、こんなの相手にしてらんないよ。あたしも何かゴーレム頼もう。
ベータさん、ちょっといい?」
「あ、はい……」
リューはベータを呼び寄せて、なにやら相談をする。
「しょうがねェ、こりゃ中に入ってミューの居場所をしらみつぶしに探し出すしかねェだろうな」
ヴォルガが苦い顔で言って、んじゃァ行くかとストレッチをする。
「では、打ち合わせの通り、全員バラバラに探し回って撹乱する方向で。
場所がわかったら、インカムで連絡しあいましょう」
今まであえて触れなかったが、コンサート会場で身につけていたインカムを全員引き続き身に付けている。混線することもあるが、基本連絡するのには便利なツールだ。ミケは不満そうだが。
ちなみに、ベータは垂れた犬耳、リューは大きなリボンカチューシャ、ゼータはイプシロンご愛用の薔薇が散りばめられたタイプで、レティシアにいたってはメイドカチューシャである。
「では皆さん、健闘を…」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれよ」
ときの声をあげかけたミケを、慌てて止めるクルム。
「?どうしたんですか、クルムさん」
「い、いや、あの……」
クルムは動揺したようにきょろきょろとあたりを見回し、そしてあからさまに不自然なのに先ほどから誰もつっこまない物体にちらりと視線をやってから、再びミケに視線を戻した。
「……ジルは?」
クルムの発言に、きょとんとするミケ。
「…ジルさんならそこにいるじゃないですか」
そこ、とミケが指差したのは、先ほどの物体。
赤茶のショートヘアから突き出た二つの大きな耳。
髪と同じ色の瞳は常に表情が見えなくて。
確かに、確かにそれはジルだった。
……3頭身でさえなければ。
3頭身でもジルと同じか少し低いくらいの身長なので、頭がやたらでかいことになっている。
(えっ……こ、これ、ジル…なのか?いやいや、ジルは頭こんなに大きくないし、こんなデフォルメ顔でもないし……ていうかこれ完全に頭が球じゃないか…どう見てもベータの作ったゴーレム…だよな?)
自問自答しながら困ったようにベータを見ると、ベータも困ったように首をかしげる。
クルムは辛抱強く目を閉じ、再び開いてから根気よく訊いた。
「……これ、ジル、なのか?」
「ええ、いつもの無口なジルさんですよね?」
きょとんとした表情のまま、不思議そうに首をかしげるミケ。
ちなみに、ジル(仮)も、うん、とひとつ首を縦に振っている。
冗談を言っているようには見えない。
ひょっとして彼の仕掛けた幻術なのだろうか?
「ジルさんがあんまり喋らないもんだから、クルムさんが偽者だと疑っちゃってるんですね」
仕方ないなあ、というように苦笑しながら、ジル(仮)の後ろでオルーカがそんなことを言う。
「もー、ジルさんったら、相変わらず無表情系なんですから☆」
微妙な嫉妬のこもるセリフとともに、オルーカがべし、とジル(仮)の背中を叩いた。
と。
「………」
ぶん。
ジル(仮)は、無言のまま後ろのオルーカに回し蹴りを見舞う。
「うわあぁ?!」
間一髪で避けたオルーカは、足を踏みしめると全力で言い返した。
「なななななにするんですか、ジルさん!いくら私が若く美しいからって!」
「そこまで自分で言えたら大したものですよね…」
遠い目をしたミケのツッコミは右から左に聞き流し、無反応のジルに怪訝な表情を向けるオルーカ。
「じ…ジルさん…?」
おそるおそる肩を叩くと、ジル(仮)再び間髪いれずに両の指を目に向かって突き出す。
「ひえっ?!」
再び後ろに跳び退がり、恨めしそうにジルを見るオルーカ。
「ジルさん、な、なんてことを!いくら私が若く美しく可愛らしいIカップの真の萌えアイドルだからって!」
「増えた…」
「ま、まさか今更この姫ポジ狙ってるわけじゃないでしょうね!?」
「姫ポジって何ですか」
「姫ポジションってことじゃないかな…みんなにちやほやされるポジションのことだと思うけど…」
「………ちやほや……?」
「そ、そこまでは私の口からはちょっと……」
「ふ、ふふ…わかりましたよ、暴力系アイドルですね!新感覚です!」
よくわからない勝負が展開されている。
他のメンバーも誰もつっこまないところを見ると、本当にこの物体=ジルで片付けられてしまっているのだろう。
クルムは再び何かをこらえるような表情で、これは作戦のうちなんだ、と思い込むことにした。
それは特に気にはならなかったのか、再びミケが仲間達に向かって声をかける。
「では皆さん、それぞれ思うところから進入を開始してください。
ミューさんの居場所がわかったら、すぐにインカムで連絡を」
「わかったわ!」
仲間達は真剣な表情で頷きあった。

「というわけで、入り口に来てみましたが」
「うん」
バラバラに潜入しようということになったはずが、入り口には5名ほど集まっていた。
「色んな所から入ることは想定されていると思ったので、あえて入り口から行こうと考えたのですが」
「同じことを考えてる人はいたってことね」
真面目な表情で言うミケに、同じく真面目な表情で頷くレティシア。
ちなみに、レティシアが入り口に来た理由は言わずもがなだろう。
二人の後ろにはレイサークとジル(仮)それにベータ。ベータはミケのゴーレムを作成するのでついてきているのだが。
レイサークは二人のやり取りに肩を竦めた。
「裏から回るだのこっそり探し回るだのは性に合わないんでね」
屋敷に突入するからか、すでに不審者モードだ。
ジル(仮)は相変わらず口を閉ざしたまま。というか、口があるのだろうか。
ミケはうーんとうなってから、ドアに向き直った。
こんこん。
「すみませーん、お届け物でーす」
「なんで?!」
ドアの向こうに声をかけたミケに速攻でつっこむレティシア。
「おいおい……開くわけないだろ…」
呆れたように言うレイサークに、ミケは心外そうに口を尖らせた。
「わからないじゃないですか、そんなの」
「ミケ、それでテキが出てきたらどうするの?」
「殴ればいいじゃないですか」
「ゴーレムが出てきたら?」
「開けていただいたんですし、殴って入れていただけばいいじゃないですか」
「ミューが出たら?」
「連れて帰ればいいじゃないですか」
「……うーん……ミケが正しいような気がしてきた……」
「おいおいお嬢さん、しっかりしてくれ……っておい!!」
漫才を繰り広げる二人の横から進み出たジル(仮)が、玄関についているライオンのノッカーを無言でガンガンガンガン鳴らしている。
「何やってんだお嬢ちゃん!んなことでドアが開くわけないだろうが!」
後ろからジル(仮)を羽交い絞めにして、どうにか止めるレイサーク。
「レイサークさんをツッコミ役に回すとは…やりますね、ジルさん」
よくわからない闘志を燃やすミケ。
「ったく…あの適当な名前の犯人にしても、あの場にいた連中(れんじゅう)――当然、俺も含まれるワケだが――の半分は、ミュー氏の護衛として雇われたことを知っているし、さらに大勢の目の前で誘拐を成功させたワケだ。
あの度胸の良さは俺も見習うべきだとは思うが……やはり腹が立つし、やり口が気にいらねェ。
当然、護衛組が奪還に来ることは予想するだろうし、そのための備えもしているだろう。
ドアを閉めっぱなしで返事もなし、というのは十分に予想できる話というワケだ……」
「どうでもいいけど、なぜわざわざ『連中』に『れんじゅう』っていうルビを振るんでしょうね?」
「俺はその辺の無教養な奴らとは違う読み方をするんだぜアピールなんじゃない?」
「頭悪そうですね」
まさにどうでもいいツッコミとフォローをするミケたち。
それは特に気にならないのか、レイサークはジル(仮)の代わりにドアの正面に立つと、まずはコンコンとノックをしてみた。
「ふむ……普通と同程度か、少し厚いくらいだろうな。
これくらいなら、体当たりか胴回し回転蹴りで破れるだろう。
今度は炎狼(フレキ)も一緒だから、威力はこの前の比じゃないぜ?」
にやりと笑うレイサーク。
「ふれきって何かしら」
「今度は一緒という言葉から察するに、見張りの時には置いていった大きな剣のことですかね」
「剣で胴回し回転蹴りをするの?」
「回転斬り、じゃないんですかね、その場合」
「………フレキには俺の技を強化させる効果があるんだよ」
またどうでもいいツッコミをする2人に、ぼそりと解説をするレイサーク。
「ああ、そうならそうって言って下さいよ。初めて読む人にもわかるように表現することが、目が滑らない文を書く第一歩ですよ」
「まあ、技の解説とかどうでもいいっていうのも本音だけど」
「………壊すがいいのか」
レイサークは憮然として二人に訊いた。
ミケは肩を竦めて首をかしげる。
「まぁ……あまり手荒だとどうかと思いますが、力を貸していただけますか?」
不本意そうな表情だが、どちらに対して不本意なのかはミケのみぞ知るところだ。
レイサークはふ、と不敵に笑んで、身構えた。
「いいだろう。危ないからちょっと下がってろよ、お嬢ちゃんたち」
言われた通りに下がる4人。近くにいたらまた炎が飛んでくるかもしれないし。
レイサークは少し腰を落として息をつくと、くわ、と目をむいた。
「どりゃあああぁぁぁっ!」
短い助走と共に地を蹴り、その勢いで身体を回転させて踵を扉に向かって繰り出す。
ヴン、という空気を切る音があたりにこだました。
そして。

ばたん。

「あっ、ドアが開いた!!」
「のわあああぁぁぁぁっ!!」
まさに踵が届こうかというその瞬間に突然ドアがすごい勢いで開いて、勢いを止められないレイサークはそのままぶんぶんと回りながら屋敷の中へと転げ入っていった。
「……………」
「……………」
「……まあ、ギャ……コメディに常識を求めたらアウトですよね」
今ギャグって言いかけましたね。コメディです、コメディ。さらに言うならラブコメ。ラブがどこにあるのかと言われようともラブコメと言い張る。
「……でも、向こうに誰かいるわけじゃなさそうね…」
ドアの向こうでは、体勢を崩したレイサークが転がっているだけで。
「自動的に空くものか、ゴーレムがあけたんでしょうか。さすがにテキさんがホイホイ顔を出すとかはないと思いましたが…」
「うーん…あっ!そうだ!」
レティシアが上手い案を思いついた、というようにポンと手を叩いた。
「ゴーレム沢山作ってもらって、盆踊り大会を開いて興味を引くの!で、出てきたところを狙い撃ち!
名づけて『天岩戸作戦!!』」
それってレティシアさんが踊りながら一枚ずつ脱ぐ必よぐはあぁっ
「……なるほど、一理あるかもしれませんね」
見えないところを殴って、にっこりと微笑むミケ。……いたたた。
レティシアは嬉しそうに手を合わせた。
「そう?そう?!じゃあ、それはベータにお願いするとして…屋敷の中に罠も仕掛けないとね!ベータ、その分のゴーレムもお願いね!」
「あ……は、はい……」
「じゃあ、僕は先に屋敷の中に侵入してみます。あまり無理しないでくださいね、レティシアさん」
「わかったわ、ミケも気をつけてね!」
心配そうにレティシアを一度振り返って、ミケは屋敷の中に入っていく。ジル(仮)が無言でそれに続いた。
「さーて、ゴーレムの盆踊り大会を始めるわよー!」
「……は、はい……」
ハイテンションなレティシアに、ベータは気圧されたようにただ頷くだけだった。

さて、一方で別方向に回っていた暮葉は、屋敷の横手に回って高く聳え立つ壁を感心したように見上げていた。
「見れば見るほど豪勢なお屋敷だわ……お金持ちでないと、アイドルの追っかけは務まらないのかしら…」
なにやら見当はずれなようなそうでもないようなことを言いながら、困ったように眉を寄せる。
「この依頼……なぜだろ、とても疲れるな…いやな予感がするし…あまり屋敷には入りたくないんだけど…まあそういうわけにもいかないか」
はふ、とため息をついて、振り返る。
後ろに並ぶのは先程の貞子暮葉が数体。屋敷から漏れる明かりにのみ照らされ、各々が違うインカムをつけているのが不気味さをいや増している。
あたりに人の気配は無い。
が、屋敷の中からはかすかに、がしゃん、がしゃんという音が聞こえてきている。きっとあの時のようにうじゃうじゃいるゴーレムたちの足音なのだろう。
「……ふ、ふふ」
暮葉の気分が高揚し、表情がかすかに露悪的なものに変わる。
「よぉしいくぞ私たち!私に続けぇ!なんかテンション上がってきたぁ!」
レイサークの不審者モードほどではないが、地味に人が変わった様子で拳を振り上げる暮葉。
『私に続け』という命令通りに、貞子たちがいっせいに暮葉のマネをして拳を振り上げる。
無言で。
怖い。
「では!」
くるり、と大げさにターンして、暮葉は貞子達に向き直った。
そして、命令通りに暮葉の真似をしてターンする貞子達。
「ちょ、ちょちょちょっと!こっちを向きなさい!」
慌てて暮葉が命令すると、貞子達は再びターンして暮葉のほうを向いた。
「ふぅ…ベータさんのゴーレム…本当に大丈夫なのかなあ…
戦闘面ではそれほどあてにならないように見えるけど……この子たちどう使えばいいだろう。井戸の中やら暗闇から突如現れて抱き着きまとわりつくぐらいしか出来なさそうな……」
おそらくその通りだろう。
暮葉はうーんと首を捻った。
「…伝令にでも使っちゃおうか。インカムが役にたつかもしれないし」
…もちろんゴーレムは喋れないし暮葉の音声しか判断材料にしないわけだが。
「んーと……じゃあ、標的を見つけたら貞子に装着されてるインカムで連絡ください。及ばずながら駆けつけます。っと」
暮葉はどこからか取り出した紙にさらさらとそう書くと、びし、と貞子ーレムたちを指さした。
「では貴方達に役割を与えます。あの館の中で散開し私たちの仲間へその手紙を渡してください。誰が仲間かわからないかもしれないけど、大丈夫よ、あの方達は強力で素敵なおもしろオーラを放っているから、貴方達でも気付くはずだから。あまり宛てにはしてないので、好きなように接触してくださいな」
ゴーレムに与えるには曖昧すぎる命令を適当な様子でして、暮葉は再び手を振った。
「じゃあ、いってきなさい!」
その声と共に、ゴーレム達が散開する。
がしゃん。ばりん。
早速窓を破って侵入するゴーレムに、少し驚いたような視線を向ける暮葉。
「…あてにしなくて正解だったかも…」
暮葉の命令も原因の一端なのだろうが、ここにつっこむ人間はいない。
さらに言えば、インカムは暮葉ももちろん、他の者達もみんなつけているのだが。
「さぁて、わたしは…と」
暮葉は再びふ、と上を向いた。
「ジルさんたちは入り口から攻めてるみたいだし、んーじゃぁ私は上から行こう。最上階から……
…はっ!」
気合と共に地を蹴る暮葉。
がっ、と、壁の僅かな出っ張りに指先をかけ、器用に壁をするすると登っていく。5階までたどり着いたところで、手近な窓を割った。
「…わたしも、ゴーレムのことは言えないかな…ふふ。えいっ」
勢いをつけて、部屋に侵入する。

地獄はまだ、始まったばかりだった。

「よーっし、いっくよー!」
リューは張り切ってそう言うと、屋敷の横手にある大きな木に登り始めた。
木の梢はちょうど、つくりのいいベランダに届くように伸びている。上から進入しようということだろう。
小柄なのが幸いしてか、リューはするすると木を上っていき、難なくベランダに着地した。
「よーし、おいでみんなー」
ベランダから下を覗き込み、下で待機する人形達に呼びかけて…まあ実際は自分のテレキネシスで動かすわけだが、そこは人形師としてのこだわりである。
ふわふわと浮き上がり、ベランダに到着するリューの人形達。
に、しては数が多いようだが……
「ふふ、さすがにこれだけちっちゃくて見本があるなら、ベータさんも上手く作れたみたいだね」
リューの人形に似せて作られたゴーレムは、ぱっと見では容易に区別がつかなくて。リューもご満悦の様子である。
どごおぉぉぉ…
と、そこに遠くから派手な破壊音がこだました。
破壊音というか、レイサークが玄関ドアに肩透かしを食らって派手に転倒した音なのだが。
「よーっし、始まったみたいだね」
リューはにやりと笑って、人形とゴーレムたちに語りかけた。
「さ、いくよみんな!あたしについてきて!」

がちゃ。がたがたがた。がた。
しーん。
がしゃん。がらがらがら。
「……やっぱり慣れないことはするものじゃないね」
こっそり開けようとした窓がやっぱり開かなかったので実力行使に出たジルが、必死な無表情で窓から侵入しようとよじ登っていた。
「……ベータにお願いしたゴーレムはうまくやってるかな……」
そう!何と、屋敷に到着した時にはすでに、ジルはベータに自分そっくりに作らせた精巧(笑)なゴーレムと入れ替わっていたのだった!
驚愕の事実!べべん!
「ここは……台所……かな?」
窓枠によじ登った体勢のまま、きょろきょろと辺りを見回すジル。
中央にある広い調理台、その後ろに広がるコンロに食器棚。壁にかけられた鍋やフライパン、泡だて器やフライ返しなどの調理器具。どこからどう見ても立派なキッチンだった。
「誰もいな………うわ」
物珍しげにあたりをきょろきょろしていたのがまずかったのか。
ジルはバランスを崩して、意外に高い場所にあった窓から落ちてしまった。
どすん。
ぐしゃ。
「……ぐしゃ?」
意外に衝撃が少なかったことに恐る恐る目を開けると。
「………うわ」
メイドの服を着た人形ゴーレムが、ジルの落下を受け止めたらしく無残な姿を晒していた。
「え……どうしよう、これ」
メイドを尻の下に敷いたまま戸惑うジル。
しかし。
がちゃ。
「………!」
ドアが開いて、同じようなメイド服を着たゴーレムが、料理を載せて運ぶワゴンのようなものを押して入ってくる。
しかし、中央の調理台に載っている皿には、まだ料理が盛り付けられていない。
ざっ。
尻餅をついたままのジルを、威圧するように見下ろして立つメイドゴーレム。
「…………私が作るの?」
自分を指差してぽつりと言ったジルに、メイドゴーレムは無言で頷いた。

「ハッハァ!おまちかねのクレイジーなパーティの始まりだ!」
勢い余って派手に転がったレイサークはと言うと、あっという間に自分を取り囲んだメイドゴーレムたちを見て瞬時に体勢を立て直した。
大剣を抜き放ち、嬉しそうとしか形容しようのない笑みを浮かべて構える。
「コンサート会場にいやがった奴らも反吐が出るほど多いと思ったが…さらに数がいやがるようだな。
駄菓子菓子!否、だがしかし!」
そのギャグ15年位前に見ました。同人誌で。
レイサークはまた無意味にぐっと拳など握り締めると、言った。
「所詮はプラスチックな人形、炎の狼の敵ではない。
来る端から……」
すう。
体験を軽々と構えて、息を吸う。
「吹き飛ばしてやらぁ!!」
ぶん。
大きな剣が空気の唸りと共に空を舞い、その軌道上にいたゴーレム達がなぎ倒され、吹き飛ばされる。
がん、ばん、ぐしゃ。
まさに床に敷き詰められるほどにいたゴーレムたちの、レイサークの周りだけが無残な瓦礫に変わる。
「ハッ!やはり所詮はプラスチックだな!真の炎の前には……」
「なにしてんですかあなたはー!!」
ごう。
「おわあ!」
後ろから気合と共に飛んできた火の玉を間一髪で避け、レイサークは飛ばした主を振り返った。
「こんな屋敷の中でそんな大きな剣を振り回して!本当に目の前しか見えてない人ですね!
僕達に当たるじゃないですか!自重してくださいよ!」
ミケが呆れたような怒りの形相で、レイサークに向かって怒鳴りつけている。
ちなみに、先程飛ばしたファイアーボールはレイサークが避けた後きちんとゴーレムたちに当たって爆散済みである。
レイサークは肩を竦めた。
「言われなくても、ここからは単独行動をさせてもらうさ。
……間違いなく味方を巻き込んでしまうんでね」
「そうだぞレイサーク!だから死ねえぇぇぇぇぇぇっ!」
ぶん。
「おわ!」
また背後から押し寄せた気配に、慌てて身を捻るレイサーク。
すか、と空振りした剣が床に当たり、剣の持ち主………ゼータは横目で見てちっと舌を鳴らした。
瞬時に怒りに表情を染めるレイサーク。
「何しやがんだ6番目ッッ!貴様、味方に剣を振るうとはついに狂ったか?!」
「いや、許せ!レイサーク!剣が勝手に動くんだぁぁ!!」
剣を構えたまま、必死の形相を装って言うゼータ。
「今死ねって言いましたよね」
「舌打ちが聞こえてたぞゴルァ!」
「ちっ、バレたか……」
ゼータは一瞬表情をしかめると、今度はミケに向き直った。
「よしわかった!俺の敵は色男だあぁぁぁぁっ!!」
言うが早いか、剣を振りかぶって飛びかかる。
「えええええっ?!」
驚きのあまり立ちすくむミケ。
そこに。
「ゴーレム、あのロクデナシを吹っ飛ばして!」
レティシアの声が聞こえたかと思うと、飛びかかろうと空を舞っていたゼータに横手から何かが突進した。
ごがしゃ。
「ぐはあぁぁぁっ!!」
鈍い音がして、突進したゴーレムと共に床に転がり落ちるゼータ。
「ミケ、大丈夫?!」
声と共に、レティシアが心配そうにミケに駆け寄った。
「はい、大丈夫ですレティシアさん。ありがとうございました」
にこりと笑みを返すミケ。レティシアはよかった、と微笑んでから、ぎっ、とゼータに視線を向けた。
「何するのよゼータ!ミケに斬りかかるなんて!」
「いや、だから剣が勝手に!」
「色男がどうとか聞こえたわよ!まったく、自分がもてないからって、ミケに八つ当たりするのはやめてよね!そんなんだからロッテに振り向いてもらえないのよ!」
「ぐはぁっ!!」
むしろゴーレムに突進された時よりもダメージを喰らった様子で、ゼータがはらわたを押さえてうめく。
「ちっ……気勢が殺がれたぜ。んじゃあ、俺は一人でやらせてもらうからな」
レイサークは呆れたように舌打ちして踵を返し、再び剣を構えてゴーレムたちに突進していった。
「おらおらおらぁ!おらおらおおぉぉぉぉ?!」
ずぼ。
その途中で、落とし穴に嵌ったような音がする。
「ふっ…レイサークめ。いい気味だ」
それで立ち直ったらしいゼータが、無意味に笑みを浮かべて立ち上がる。
「ということで、重要度3番目くらいの標的を倒すとするぜ!」
「ゴーレムは3番目なんですか!」
「というか、1番はレイサークなのね…」
「そこだけ抽出するな!いくぜええええぇああぁぁぁ?!」
ずぼ。
「………まあ、この辺もお約束ですよね」
「そうねー」
「そういえばレティシアさん、盆踊り大会の方は?」
「うん、バッチリよ!冗談で始めたたこ焼きとお好み焼きの屋台も大繁盛で!」
「お客さんが来てるんですか?!」
「お客さんも全部ゴーレムだけど」
「……それは……微妙に切ないですね……」

「ふぅ……案の定、中は酷いものですね……」
一方、最上階から侵入した暮葉は、中にひしめくゴーレムたちを鮮やかに殴り倒しながら、奥へと足を進めていた。
最上階も他の階と同じ作りらしく、いくつもの部屋が並んでいる。
「あまり中を確認したくないなぁ…」
無理からぬことを言って、暮葉は一番手前にあったドアをそっと開けてみた。
きい。
中に人の気配はないが、外から見た通り部屋の明かりはついている。
そして中には…おびただしい数の人形が並んでいた。
先程彼女が殴り倒していた人形…楽屋にも押しかけていた、『着せ替えミューたん』とやらである。
しかし、こちらは先程のようにメイドの格好はしておらず、本物のミューが着そうなステージ衣装のような服を着ていた。おそらくは、ここはミューたん着せ替え専用の部屋なのだろう。
「うっわ酷い部屋。スルーするべきかしらここは…」
いやいや。スルーしないでくださいよ。
「そうよねやっぱり。仕事上確認するべきよね、いやだなぁ」
まあまあ、そんなこと言わずに。
「仕方ないか…」
暮葉は心底嫌そうな表情で、きぃ、とドアを開ける。
中に人がいないか確認しながら、そろりと足を踏み入れて。
と。
ばたん。
「きゃ?!」
突如後ろで閉まったドアに、暮葉は驚いて振り返った。
「ちょ、なんで?!」
どん!どんどん!
叩いてみるが、案の定ドアは開かない。
暮葉はもう一度振り返って扉を背にすると、部屋の様子を見渡した。
部屋の中に一様に並んでいる、1/2カスタムドール『着せ替えミューたん』。
どれも同じような顔をしたミューの人形が、さまざまなステージ衣装を着せられ、微妙な萌えポーズのまま静止している。
動いているわけでもないそれは、しかしその服やポーズの一つ一つにテキの歪んだ愛情が滲み出ている気がして、暮葉の精神力を地味に削った。
「う、いや、なんなのこの気味の悪いパライソは?!だめ、こんな恐ろしい部屋には居られない!」
パライソとは、スペイン及びポルトガル語で『楽園』という意味である。ある意味的を射た言葉だ。
混乱した様子の暮葉の前で、萌えポーズを取っていた着せ替えミューたん達が、いっせいにぐらり、と動き出した。
「ちょ?!」
ゆら。ゆらゆら。
張り付いたような笑みを浮かべた人形達が、ゆっくりとした動きでじりじりと暮葉に近づいてくる。
「どこのホラーゲームよ!グロテスクな肉塊ぶよぶよとか呪いの人形は全然平気だけどこういう人間の悪趣味なものは私だめなのよー!」
肉塊ぶよぶよと呪いの人形は悪趣味ではないと。
「やかましい!ああもう!誰か、誰かー!!」
どんどん。どんどん。
必死に扉を叩く暮葉。
「暮葉さん?!暮葉さんですか、どうしたんですか?!」
それを聞きつけてか、インカムからオルーカの声が聞こえてくる。
「暮葉、大丈夫か?!」
クルムの声も聞こえてきた。
暮葉は必死に二人に呼びかけた。
「さ、最上階の一番西側の部屋です!閉じ込められちゃったの!助けて!!」
「わかりました、今行きます!」
「オレたちが行くまで持ちこたえてくれ、暮葉!」
オルーカとクルムの頼もしい声がする。
暮葉は仲間たちがここをあけてくれることを信じて、再び人形達に対峙した。
「よっ…寄ってきたら容赦しないわよ……」
微妙に青い表情で、それでも牽制してみる暮葉。
しかし、そんな言葉がゴーレムに通用するはずもなく。
ゆらゆら。ゆらゆら。
ゆっくりと、しかし確実に暮葉に近づいてくるお着替えミューたん達。あれ、着せ替えミューたんだっけ。もうどっちでもいいや。
暮葉はかなり涙目で、ぶんぶんとかぶりを振った。
「いやー!寄るな化け物め!ほんとやめて泣くわよほんとに!ああ~…!!」
いや、脅し文句で『泣くぞ』って。
かなり追い詰められた暮葉は、ドアの前にうずくまって…そして。
ふつ。
暮葉の中で、何かが切れた音がした。
「……うるあぁぁぁぁ!!」
突如人が変わったような(すでに十分人は変わっていたのだが)奇声を上げると、どこからか取り出した刀で舞うように人形達に切りつけた。
がしゃ。ぐしゃ。ばき。
鈍い音を立てて次々と壊れていく人形達。
「うふふふふ、あははははは!そうよ、みんな壊れてしまいなさい!あはははは!」
いや、もうあなたが壊れてますが。

「このドアです、クルムさん!」
「ああ、いくぞ、オルーカ!」
一方、暮葉から連絡を受けたオルーカとクルムは、ドアの向こうから異様な物音がするのを聞きつけて暮葉の閉じ込められた部屋の前まで来ていた。
2人は中の様子を伺いながら…慎重にノブを握る。
がちゃ。
「あれ」
あっけないほど軽く、ドアは開いた。
そして。
ごろごろごろごろ。
中から転がり出てくる、半壊の人形達。
「く、暮葉さん?!」
「大丈夫か、暮葉?!」
オルーカとクルムは慌てて部屋の中を見た。
ゆら。
「……く……暮葉さん……?」
半壊ゴーレムたちの向こうからゆっくりと歩み出たのは、あの貞子ーレムにかなり似通った様子の暮葉。
ゆらり、という擬態語が最もしっくり来る、奇しくも先程の人形達に酷似した様子で、部屋から歩み出る。
「ふ…ふふ…この怒り、ベータいや、ゼータさんにでもぶつけるべきか…」
オルーカとクルムにも気付かない様子で、ぽつりと呟いて。
「……が、頑張ってください…」
それだけ言うのがやっとのオルーカと、かける言葉の見つからないクルムを置いて、暮葉はフラフラとその部屋を後にした。
「な、何があったんでしょうか…」
「一応…中を見てみる、か…?」
恐る恐る中を覗くオルーカとクルム。
「…うわあ」
「これは……」
暮葉が半数以上壊してしまっていたが、残っている人形の様子で十分にこの部屋の異常性は察知できた。
おびただしい数のミューの人形、アイドル衣装、そして部屋中に貼られたポスターに魔道念写のブロマイド。
「…すごいな……いろいろな意味で」
「……な、何ということでしょう……」
微妙に感心するクルムの横で、わなわなと震えるオルーカ。
「お、オルーカ?」
「ここ…うちの司祭様の自室と同じような状況です…」
吐き出すように呟いて、がっくりと肩を落とす。
「司祭……様?」
「身内の恥を晒すようで忍びないのですが、うちの司祭様もテキと同じようなキモコワくて生きてる価値の薄い重度のオタクなんです…」
「そ、そこまで言わなくても…」
オルーカの罵り様に、クルムは苦笑した。
「いいえっ!これは……目を覚まさせて差し上げなければいけませんね!」
だん!
決意を秘めた表情で部屋の中に踏み入ったオルーカが何をするのかと、クルムは思わず身構えたが。
「それっ!」
ぺた。
ぺた、ぺたぺたぺた。
「……へ?」
オルーカがミューのポスターの上に、『クマっ娘アイドル☆オルーカルン(14歳)』とビスケット文字(古代文字の一種)で書かれたオルーカルン(14歳)の魔道念写入りポスターを貼っていっている。
「い、いつの間にそんなものを…?」
「今はそういう現実的なツッコミはいいって言ってるでしょうクルムさん!不謹慎ですよ!」
クルムにまで説教かましながら、棚にみっしりと置かれていたミューのフィギュアを手際よくオルーカルン(14歳)フィギュアに交換していくオルーカ。
「真のアイドル・オルーカルン(14歳)を捨て置いて、歌手=ミュールレイン・ティカ(16歳)にうつつを抜かすとは、アイドルオタの風上にもおけません!曇ったまなこに真の萌えの輝きを取り戻してさしあげます!」
「め、目を覚まさせるってそういう意味なのか?!」
「他にどういう意味があると言うんです!!」
「言い切った!」
「さあ、どんどん行きますよ!ミューさんのフィギュアはいただいておきましょう。ヴィダオクで高く売れ…げほげほ。とにかく、一人の人間の道を正しました。これも我が神ガルダス様のお導きでしょう」
「…レイサークといい……ガルダス神の教えって、一体……」
「そこは一緒にしないでください!」
「レイサークもきっと一緒にされたくないと思うよ…」
「そんなことは良いですから、クルムさんも早く手伝ってください!そこのブロマイドを全部回収してこっちに貼り替えて!」
「ああ……何でだろう、逆らえない…さすが愛$★(アイドルスター)…!」
微妙に染まっているクルム。
「あ…あの……」
そこに、ひょこりとベータが顔を出した。
「あ、ベータさん。お疲れ様です」
「……あの…今、暮葉さんが僕の作ったゴーレムみたいな顔をしてそこを歩いていったんですけど…」
「ああ、触れたら殺されるかもしれませんから、ほっといていいと思いますよ」
「……そ…そうですか……」
ベータは恐る恐る部屋の中に入ると、辺りを見回した。
「……すごい、ですね……」
「ベータとしては複雑、か?ミューがこんな風に想われる、っていうのは」
クルムの問いに、僅かに苦笑するベータ。
「…彼女の仕事が…こういうものだということは、理解しています……あんな手紙も、届くようになって……ファンから見ても、相応しい人間になりたい…って…思って、がんばってみたんですけど…上手く行かないものですね……」
「そうですか……それで、かっこよくなりたい、なんて言ってたんですね」
妙に納得した様子で、オルーカ。
ベータは改めて、部屋を見回した。
「……こんな……綺麗に切り取られた彼女じゃない…本当の彼女を…僕は、好きなんだって……それだけしかないのが、不安だったんです……」
「それだけで十分じゃないのかな。少なくとも、ミューは」
クルムの言葉に、ベータは再び苦笑した。
「……そう、でしょうか……」
「助け出したら、聞いてみるといい。オレも、聞いてみたいな」
「……そう……ですね……」
俯くベータ。
オルーカは少し困ったようにきょろきょろと辺りを見回して、やおらぽん、と手を打った。
「そうだ、ベータさん!ミューさんのゴーレムを作って敵の気を引いてみたらどうでしょう?」
「……え……?」
オルーカは妙案を思いついたというように、満面の笑みを浮かべた。
「そうですよ!さっきギッたミューたんフィギュアは高く売れそ……じゃなくて、ええと、そうです、ベータさんの想いを見せるためにも、ここは一つ、1から作ってみたらどうですかね?!」
「……え、ええと…わかり、ました……」
ベータは頷いて、目を閉じ、集中した。
「……コードナンバー・エスペシャリー・ワード・MIEW…セット」
ぽこ。ぽこぽこぽこ。
空間から湧き出てきた土塊が、みるみるうちに人の形を取っていく。
そして。
「うわあ……すごいよベータ、そっくりだ!」
クルムが歓声を上げる。
出来上がったゴーレムは、ミューと寸分違わぬ可愛らしい人型をとっていた。
じろり。
オルーカの冷たい視線がベータを刺す。
「私のは40代熟女ちゃんだったのに……ちょっとドリー夢入りすぎじゃないですか…?」
「は、はははは……」
ベータは照れながら頭を掻いた。

「なんだこりゃ…どういうこってェ?どの部屋もガラクタばっかじゃねェか…」
別ルートで侵入したヴォルガは、部屋の惨状に唖然としていた。
「ミューグッズの部屋だけ妙に手入れの込んでる気がするんだが…?」
気がするも何も。
部屋中に飾られているミューの衣装をしげしげと眺めながら、ヴォルガは呆れたようにため息をついた。
「衣装までパクってたのか奴は…」
失礼な。たぶんきっとヴィダオクとかで落としたやつですよ。
「む…こ、こりゃあ…」
ふと何かを見つけて、ヴォルガは目を見張った。

「な…なんてこったい!」
がしゃん。
がしゃん。
四半刻ほど経過し、階段をおぼつかない足取りで降りるフルアーマーの姿があった。
中からはヴォルガの声がする。
「…つい着て見たくなり装着したはいいが…
脱げねェ!!何故だ!!呪いか何かの類かこのやろー!!」
フルアーマーとか普通に、着たら人の手を借りないと脱げないと思いますよ。
「ちくしょー…こんな困ったときは…ミケだ!ミケはどこだーーー!
取りあえず最初にミケ達がいた場所に…」
ごが。
「おわ?!」
それまでヴォルガの「ついてこい」という命令に従って彼に影のようについてきた巨大ゴーレムが、バランスを崩してヴォルガに倒れ掛かってくる。
「ぎょわあああああああ!」
がごん、がん、ごしゃ。
ゴーレムはヴォルガを巻き込んで階段を転げ落ち、それからその場は静かになった。

「…あ、これミューさんの歌じゃないですか?」
客室から吹き抜けに出たあたりで、上から流れてきた音楽にオルーカが聞き耳を立てる。
「本当ですね。あのスピーカーから音が出てるみたいです」
そこに行き合わせたミケが、天井についているスピーカーを指差す。
オルーカは楽しそうに、流れてくる音楽に合わせてリズムを取り始めた。
「あっ。これコンサートで歌ってたやつですね。結構好きなんですよ。
恋は~メタモル~マ~ジック♪」
「お、オルーカさん…」
ミューの声に合わせて一緒に歌いだすオルーカを、微妙な表情で見るミケ。
特に音痴ではないが、特別上手くもない。良くも悪くも素人の発表会レベルだ。
ひとしきり歌わせたら満足するだろうか、と思いつつ、そのまま聞いていると……

『どり~ぃぃむ♪ほんと~はね~♪ ずっとぉ~♪ゆめみぃ~てたぁ~♪』

「あなたが歌うなあぁぁぁぁぁぁっ!!」
スピーカーから聞こえたテキの声に、ミケは迷わずファイアーボールを放った。
「ああっ!何するんですかミケさん!まだ始めしか歌ってないのに!」
不満そうなオルーカを尻目に、ミケは怒りの表情でずんずんと先へ進んでいった。

「これでよし……と」
ロープを柱にくくりつけ、レティシアは立ち上がってパンパンと手をはたいた。
「いい?ここを男の人が通ったら、思いっきりロープを引くのよ?」
ロープの端を持つゴーレムに向かって、そう命令する。
ゴーレムは頷きこそしなかったが、ロープを持ったまま前方をじっと見ている。命令は理解したらしかった。
「次はあなた。はい、これ持って」
ぱし、と別のゴーレムに渡したのは、ハリセン。
「これで、ここを通った男の人を思いっきり叩いて叩いて叩きまくるの。いい?」
やはり頷きはしないものの、ハリセンを持ったまま待機するゴーレム。
レティシアは満足げに頷いた。
「よしよし。これで、ここをテキが通ったらこてんぱんに……」
「のわー!」
びん。
ロープがぴんと張る音がして、聞きなれた悲鳴がこだまする。
すかさず、ばしばしばしとハリセンで殴られる音。
「わー!なんだなんだ、なんなんだこれは?!」
「ゼータ?!わー、ストップストップ!」
慌ててゴーレムを止めるレティシア。
ハリセンだからそれほど痛くないのだろうが、ゼータは眉をしかめて言った。
「何すんだいきなり!」
「いやー、実はかくかくしかじかでね…」
「なるほど……いや、そこで納得してはいかん!男なら俺らの中にも半分以上男がいるだろが!そいつらが引っかかったらどーすんだ!現に俺がひっかかってるし!」
「いや、ゼータ以外に引っかかるようなおいし……じゃなくて、運の悪い人はいないわよー、きっと」
「あのなー!いやその通りだけど!つかそうじゃなくてだな!
男が通ったらロープ引っ張れっつってんだろ?!ここを男が通ったら引っかかって…」
「どうしたんですか、お2人とも」
レティシアとゼータの言い合いは、ミケが割って入ったことによって中断された。
「………ミケ?」
「はい?」
「そこ……通れたのか?」
「通れましたけど?」
「…そのゴーレム…ロープ、引っ張らなかった?」
「?ええ、何もしませんでしたけど」
沈黙。
ゼータはうつむいて、ポン、とミケの肩に手を置いた。
「ミケ……そうか…ゴーレムにまで男扱いされなかったんだな……」
「そりゃあGMにも男なのに唯一睫毛描かれるわ…でもそんなミケに萌え☆」
「え?え?!なんですかちょっと?!なんなんですかこの空気?!」
ミケはゼータとレティシアの反応に、ただ困惑するのみだった。

「あっ、ミケさんミケさん!レティシアさんも。すごいですよ、見てくださいこの部屋」
向こうの方から手招きするオルーカに、ミケとレティシアは小走りでその部屋に向かう。
「なになにオルーカ?って……うわぁ……」
招かれた部屋は、先程ヴォルガが遭遇していた衣装部屋だった。
本人は今階段の下で静かになっているのだが。
「うわあ…見てくださいこれ。特攻服ですよ」
びろ、とオルーカが広げたのは、安っぽい光沢を放つ金色の特攻服だった。
黒い刺繍ででかでかと『ミューたんLOVE』と書かれている。
オルーカははぁ、とため息をついた。
「いけませんね…これは、直しておかなくては」
言って、どこからともなく取り出した赤マジックで、『オルーカルンLOVE』と書き直す。
「そこを直すんですか!」
「他にどこを直すって言うんですか!あ、こっちにも。じゃあこっちはゼータさん仕様で、『冬将軍』って書いてあげましょうね♪」
「あっ、じゃあ私も~♪こっちに『ミケ命』って書く~」
楽しそうにノってくるレティシア。
ミケは小さくため息をついて、部屋の他の様子を探り始めた。
「あっ!この衣装、ポスターで着てた奴じゃあないですか!うふふ、可愛いですよねー!」
「ホントだ。いいなぁ、私もこういうの着てみたい~」
衣装の一つを指差すオルーカに、まんざらでも無さそうなレティシア。
ミケはというと、理解できないものを見る表情でその辺においてあったミューたんフィギュアを片っ端からゴミ袋に投げ入れていっている。
「そうだ、レティシアさん、ちょっと着てみましょうよ!」
「ええっ?!」
唐突なオルーカの言葉に、驚くレティシア。
オルーカはノリノリで衣装の一つを取り上げた。
「いいじゃないですか、どうせ本当のミューさんの衣装じゃなく、パチモンなんですから。ここでうら若き乙女が着ることにより、衣装達の無念の魂を浄化してさしあげるのです!」
「む、無念の魂…」
「さあさあ、早く着てみましょうよ。あ、ミケさんは遠慮してくださいね、ここからは乙女の空間ですから」
「言われなくても出ます!何かあったら呼んでくださいね」
ミケは不要物(彼基準)の入ったゴミ袋を持って外に出ると、パタンとドアを閉めた。
「あ、このアクセサリー、可愛らしいですね!」
オルーカはさらにあちこちを物色しては、靴やら帽子やらを引きずり出している。
「ね、ねえオルーカ、こんなことしてる場合じゃないんじゃ…」
「何言ってるんですかレティシアさん!あ、このジャケットも可愛いじゃないですか!」
「お、オルーカ~……」
「あ、こっちの帽子も!あとで記念の魔道念写撮りましょうね!あっちで色々文字を書き込んで小さいシールにしてくれるらしいですよ!」
「ぷ、プリクラ…?!」
それから、レティシアはしばらくオルーカにつき合わされるのだった。

「じゃあみんな、まずは偵察してきてくれるかな」
いかにも何かありそうなだだっ広い廊下の前で、リューは自らが動かす人形達にそう命令した。
ダミー用のゴーレムはその前に良いと言うまで自分の側を離れるなという命令をしてあるので、今回は動かない。
人形達はリューの命令にこくりと頷くと(リューがテレキネシスで頷かせているのだが)、広い廊下にいっせいに散っていた。
「罠があるなら、それを避けて通らないとね♪ふふ、リューちゃんあったまいー!」
上機嫌で自画自賛していると、早速人形が何かの罠のスイッチを踏んだらしかった。
がっこん。
「うおわあ?!」
本来は罠を踏んだ当人がかかるであろう、壁から放たれた矢は、小さな人形をすり抜けてまっすぐにリューに向かって飛んできた。
間一髪で避けてから、息をつくリュー。
「あ……あぶなかったぁ……」
「あ、リューさん。大丈夫ですか?」
「あー、ミケさん!うん、今人形達に偵察してもらってるところだから!」
「へえ、すごいですね」
そこにミケがやってきて、リューと一緒に人形達の様子を観察する。
すると。
がこ。
人形の一つがまた何かを踏んだらしく、罠の起動する音がした。
「あっ!」
がしゃーん。
上から、やはりおそらく人間用の罠だろう鉄格子が降ってきて、人形を完璧に閉じ込めてしまう。
「こ、こんな罠が……」
「あぶなかったねー…でも大丈夫!あたしの人形なら、こんなの簡単にすり抜けられるから!」
リューの言う通り、人間用の大きな鉄格子の隙間からひょこりと抜け出てくる人形。
「よーし、もどっといでアディーニャ!」
リューは言って、テレキネシスで人形を動かし、自分の元へと…
がこ。
ぱか。
「うわああぁぁぁっ?!」
人形がまたしても踏んだスイッチは、リューの足元に落とし穴を空けるためのものであったらしい。
「リューさん?!わああっ?!」
まっさかさまに落ちかけたリューを助けようと思わず手を差し伸べたミケが、つかんだはいいものの自分も引っ張られて落ちそうになる。
ぐん。
間一髪のところで、リューの手をつかんだまま落とし穴の縁にひっかかるミケ。
ポチが懸命にローブの裾を咥えて引っ張ろうとしている。
「あ……あぶなかったぁ……」
リューは穴の先にひしめくメイドゴーレムたちを見て、ひゅーと息をついた。
「ミケさん、ありがと!でも…引っ張りあげられる?」
そして、見るからに力の無さそうなミケを見上げる。
ミケはいっぱいいっぱいの表情でリューの手をつかんだまま、言った。
「………り、リューさん…」
「ミケさん、大丈夫?!む、無理なら離してもらっても…」
ミケの様子に、慌てて心にも無いことを言うリュー。
ミケは苦しげに、続けた。
「僕………浮遊の魔法使えるんでした……」
「使えよ!!」

「…………はい」
出来上がった料理をフライパンに盛り付けて、ジルはメイドゴーレムに差し出した。
皿の上には、どう考えても食べ物の色をしていない、不吉な国防色をした何かが鎮座している。
メイドゴーレムはその皿を覗き込み…ぎぎぎ、と妙な音を立てた。
「…料理。大丈夫、食べられないことはないはずだから…」
その言葉がすでに信用ならない。
メイドゴーレムはなおも、皿の上の料理が発する臭気だけでぎしぎしと間接をきしませていたが、やがて耐え切れなくなったようにがちゃーんと皿をひっくり返した。
べちゃ。
国防色の何かが派手にひっくり返り、メイドゴーレムに降りかかる。
しゅうううぅぅぅぅ……
かかったところから、メイドゴーレムの表皮が溶ける音がした。
どんだけ。
「………」
ジルはそれを無表情で見下ろして、やがてぽつりと言った。
「………また、作らなきゃ…」
まだ作るんかい。

「あれ、オルーカさん。衣装合わせはもう済んだんですか?」
「ええ、大変堪能させていただきました」
つやつやした様子のオルーカを発見し、ミケは再び声をかけた。
「オルーカ、ミケ。みんな頑張って探してるみたいだな」
そこにクルムもやってきて、きょろきょろと辺りを見回す。
「まだ調べてない部屋とかはあるかな…」
「あ、それなら」
ミケがクルムのほうを向いて、その後ろを指差す。
「暮葉さんが調べたところには、半壊のゴーレムを呪い人形さながらに釘で打ちつけてくださいましたから、目印になると思いますよ」
「そ、そうか……」
先程の暮葉の様子から、ゴーレムを釘で打ちつけているところを想像し、出来るだけそちらを見ないようにするクルム。
「じゃあ、こっちの部屋はまだ見てないんだな…入ってみようか」
かちゃ。
目印のなかった扉を開け、ミケとオルーカと共に中に入ってみる。
今までの部屋よりは若干おとなしめの、ミューのポスターが一枚貼ってあるだけの簡素な部屋。
どうやら書庫になっているらしく、大きな本棚にまばらに本が入っている。
「何でしょうね、この本…」
オルーカは一冊手にとって、パラパラとめくり。
そして、絶句した。

『今日は僕、テキ・ト→タソとミュ→タソか〃運命σ出会ぃを果ナニUτから一週年記念ナニ〃っナニネ★ぁッ、τ〃も3回σ輪廻転生を済ませτぃるから、正確には241週年記念かナ☆』

「うわあああああきもおぉぉぉぉいいい!!」
中にぎっしりとギャル字(今はあまり使われていない近代文字の一種)で書かれたテキの妄想日記に、耐えられずに本を放り出すオルーカ。
「うわあ…これは…」
ミケも本の中を覗いて絶句する。
オルーカは再び怒りに震えた表情で、どこからともなく赤ペンを取り出した。
「こんな日記は!私が添削してあげます!貸してくださいミケさん!」
ミケから日記をふんだくると、オルーカは赤ペンでその上にさらさらと別の文を書き出した。

『今日は僕、ミーケン・デ・ピースとリリィが運命の出会いを果たしてから5周年記念になります…ああ、でも二人は七度巡り合い、憎み合い、愛し合い、別れ…を繰り返しているので、正確には…ふふっ、どのくらいの月日がたっているのでしょうね?まあいくら刻(とき)が廻(めぐ)ろうとも、運命(ディスティニー)の僕らの仲(かんけい)は永遠(とわ)ですよ…ああ、リリィ…君は今日も、胸はBカップでも煌めいて桃色の鰓が美しい…』

「って何書いてんですかオルーカさあぁぁぁん!!」
慌てて止めるミケ。
「なんですかミケさん!私は歴史をあるべき姿に修正している大事な作業の最中なんです!」
「テキの妄想とまったくもって何も変わりません!」
「しょうがないですねー、じゃあミケレティバージョンも書いてあげますから」
「そういう問題でなく!ていうかあの胸がBもあるわけないじゃないですか!AAですよAA!」
「何で知ってるんですか!」
「はは……ほ、他には何が書いてあるんだろう…」
不毛な言い合いを続ける二人の横で、クルムは別の本を手に取った。
ぱらりとめくってみる。

『ファルスの月 第9日
星降るバルコニーで ミューたんと二人
グラス合わせたら パーティのはじまりさ』

「うわぁ…なんだか胸が痛くなってきた…ちょっと飛ばそう」
はらりはらりと先へ進める。
「えーと、最後の方はどうなって…」

『ディーシュの月 第36日
ミューたん、これ食べるかい?美味しいよ。
それとも金を出そうか?こっちへおいで。
ミューたんは何が欲しいんだい?』

はらり。

『ム ラの月 だz@3日
ミューたんほしい……ミューたんほしい……
かわいい かわいい
ほしい ほしい
たべたい

うまかっ です。』

はらり。

『4
かわ
うま』

「って、わーーーー!なんだか一番最後が怖いことになってる…!!」
ぞわぞわぞわと背中に何かが駆け巡って思わず叫んでしまったクルムの後ろから、いつの間にかオルーカとミケが覗き込んでいた。
「こ、こんな一万回と二千回は使われていそうなネタを堂々と!恥を知りなさい!」
「八千回あたりからだんだん気付き始めたわけですね」
「それでも一億と二千回くらい使っちゃうんですよ」
「このネタもあと何回くらい使えるんでしょうね…」

いよいよ決戦の地ですよ

最上階の奥の奥。
ドームのように丸く出っ張った場所に、それはあった。
前の持ち主が宗教に凝っていたのか。
教会のようなデザインの室内は全窓がステンドグラスになっており、外から中は窺い知れないようになっていた。
椅子の並んでいない、がらんとした聖堂。
大きな扉の前には、名のある画家が書いたようには見えない、安っぽい宗教画がでかでかと掲げられている。
その前に、彼らは、いた。

「やっと……見つけましたよ…」

ぎいいぃぃ、と、扉のきしむ音を立てて、冒険者が大きな部屋の中へと足を踏み入れる。
やたらと興奮している様子の者。満身創痍の者。どっと疲れた様子の者。中には何を勘違いしたのかフルアーマーを着込んでいる者までいる。
「うっせェな、脱げなかったんだよ!」
鎧はヤケ気味にそう叫んでから、正面を向いた。
「レディを無理やり拉致とは漢の風上にもおけねェ野郎だな…
この白銀の貴公子が天誅下してやんぜ……
やっぱこの鎧姿じゃ決まらねェ気がするんだがな」
「それは、気がする、ではなく……」
「今さらですけどヴォルガさん、絶対『貴公子』っていう言葉の意味、知りませんよね…」
「うっせェ!ってかこの鎧重過ぎるんだが何で出来てやがんだいったい…
っつーか暑い!蒸れるはコレ!」
「最近の若者は、『は』と『わ』が使い分けられない子が多いですよね」
「オルーカさん14歳なんじゃなかったんですか」
「そこ!いちいちうっせェぞ!!」

冒険者達に背を向ける格好で、彼…テキ・トーは宗教画を眺めている。
その宗教画の中央に、十字架に掲げられるようにして括りつけられたミューの姿があった。
「……ミュー!」
感極まった様子で、ミューに向かって叫ぶベータ。
ミューは硬い表情のまま、無言で虚空を見つめている。手足を拘束されているだけで口を塞がれているわけではなかったが、目は開いているものの意識があるのかどうかは定かではなかった。
「………来たね」
どこかで聞いたようなセリフを吐いて、テキはくるりと振り返った。
とたんに、ちゃららら~♪と始まる音楽。
ステンドグラスを利用して、ぱぱぱっ、と照らし出す照明。
テキはすちゃ、とボンボンを取り出すと、それを大仰に振りかざした。
「じゃあまずは聞いてもらおうか、俺とミューたんの愛のデュエット、『恋は★パにポ……」

「だからあんたが歌うなっつってんでしょデコイゴーレムあたあぁぁぁぁぁっく!!」

ごが。
リューが気合の入った大声と共に、そばにあった人形を模したゴーレムの一体を思いっきりテキに投げつけた。テレキネシスも手伝って見事にクリーンヒットし、テキの歌はあえなく中断される。
ちなみに、デコイというのは狩りなどで囮として使う精巧な鳥の模型のことである。転じて囮という意味合いが強く、FF8でこの魔法をかけられた人はボコボコにされる。
以下、リューに倣ってデコイゴーレムと呼ぶことにする。
「な、何をするんだいきなり!」
「うるさあぁぁぁいっ!!」
リューはしょっぱなからすっかりぷっちぎれた様子だった。
「あんた、歌下手なの自覚してないの?!」
「何を言う!ミューたんへの愛が込められた俺の歌が下手なわけがなかろう!」
「あーもう!ていうかね、こんなに床とか穴だらけにしたら、強度が心配でしょ?!崩れたらどうすんの!」
微妙にツンデレ発言のリューに、テキはふふんと鼻を鳴らした。
「ふん、お前落とし穴に引っかかりまくったな?俺とミューたんの愛を邪魔しようとするからそうなる」
「うっさいうっさいうっさい!とりあえずミューさんはベータさんに返してもらうんだからね!」
「返す……?」
ぴく、とテキの眉があがった。
「返す、とは妙な事を言うね。ミューたんはもともと俺のものなんだよ。だから返してもらったんだ」
「キモっっ!」
「そんな事をしても、あなたの好きなミューは喜ばないわ!!」
至極尤もな感想を述べるリューの横で、レティシアが必死に呼びかける。
「逆に、そんな事をしたらミューに嫌われるとか考えられないの?!」
「レティシアの言う通りだ」
クルムも同調して頷く。
「テキ、そんなことをして、ミューの心が自分の方に向くと本当に思うのか?」
「嫌われる?何故?」
テキは嘲笑を漏らした。
「ミューたんは俺のことを愛しているんだよ?俺の全てを受け入れてくれるんだ。俺を嫌いになるなんてあるもんか」
「うう……きもいよお……」
めげそうになるレティシア。
しかし、もうひと踏ん張り押してみる。
「ミューよりステキな人が現れるかもしれない…いいえ、きっと現れるわ!!」
力説してから、ぼそっと。
「私には、ミケよりステキな人は現れないと思うけど」
「のろけるなああぁぁぁぁ!!!」
テキは狂ったようにツッコミを入れた。
「テキさん、もう止めましょう?ミューさんを返してください。ね?色々天罰が下っちゃいますよ?」
ミケが困ったように首を傾げてそれに続く。
……っていうかですね。……世間的に考えて、ゴーレムが作れるようになったからって『まぁ素敵』って言われる訳が無いでしょう!?刃物を突きつけなきゃ付いてきてももらえないし、人の記憶にもほとんど残らないし、あまつさえ適当な名前で!まずゴーレム作れるようになる前に、存在感を出せるようにするところから始めるべきでしょう!女性はゴーレムが使えるからって好きになったりしませんよ!ねぇ、レティシアさん!」
「そうよ!この世にミケより素敵な人なんていないわ!!」
「だからのろけるなっつってんだろうぐわぐぉるあぁぁぁぁぁ!!」
もはや人の叫び声ではないツッコミをふりまくテキ。
「ふう…何を言っても無駄なようですね……」
レイサークが痛ましげに首を振った。
「ま、私も一応は既婚者なんで、そーゆー気持ちを理解できなくは、ないのですよ」
「え、えーっ?!えええええええっ?!」
「ほ、ホントですか?!ホントなんですか?!」
レイサークの言葉に、しかし激烈な反応を示したのは仲間たちの方だった。
「な?!な?!お前らもそう思うだろ?!コイツに嫁とか世の中不公平だろ?!」
「何とまあ…危篤…いえ奇特な方でしょう……」
「てゆーか、人間なの?!」
「まさかとは思いますが、この『嫁』とは、あなたの空想上の産物に過ぎないのではないでしょうか」
相変わらず言いたい放題の仲間たちを相変わらず綺麗にスルーしながら、レイサークは続けた。
「ただね……物にしようとするには、やり方がイタいんですよ。いや、恥ずかしいというか。
それに、誰かの真似をして近づこうとしたって、ダメですよ。
真似をしたところで、できあがるのはplastic flame…形ばかりの偽った炎でしかなく……
それは形ばかりではない、genuine flame…真の炎にはどうしても勝てないのですよ」
「おい、また英語喋ってるぞ」
「2度目はつっこんでくださいということですよね」
「そんな誘い受けには乗りません」
なおも仲間たちをスルーして、だんだん語りに熱が入ってくるレイサーク。
「いつまでも追いつけない炎を追いかけるよりは、その熱心なこころをもっと自分に向けて、自身を尚めていくほうが、あなたにとってはよい事だと、思うのですよ。
だから、そろそろあきらめて、明け渡しては……もらえませんかね?」
「……おい、こいつ何言ってんだ?」
「うわぁ、テキにツッコミさせたぞ!」
「レイサークさん、あなどりがたし…!!」
「いや、でも確かに、何を明け渡すんだ?」
「いやあ、それはレイサークさんに聞いていただかないと、何とも」
「えええい!もういい!」
ぶん。
テキはだいぶ苛立った様子で、手を振った。
「お前たち、結局ミューたんと俺の愛を引き裂くつもりなんだろう?!
そうはさせない…俺は、俺のミューたんを、お前たちの手から守ってみせる!」
がさささ。
テキの声と共に、どこからともなく現れるゴーレム軍団。
「ふんっ!誰が誰のミューたんだって?!
妄想から脱出できないキモヲタは、このリューちゃんが成敗してくれるんだからね!」
それに対抗するようにミューが両手を突き出すと、彼女の周りの人形達がいっせいに動き出す。
「ゴーレムさんたち、あの適当な奴を取り囲んじゃいなさい!」
「ふっ、数で勝てると思うのか?!
フォーメーション・B!恋はミラクル★プリンセス!」
それが呪文なのだろう。
テキの言葉によって、メイドゴーレムたちは恐ろしいほど規則正しく隊列を作り、次々とリューの人形達を捕らえていく。本物も、デコイゴーレムもお構い無しだ。
「くっ…!ミューさんさえいなければ、シャンデリアでも落として一網打尽にしてやるのにっ…!」
「いやいや、それ以前にここ、シャンデリアなんてないですって」
「くーっ!こうなったら!
命令だよ!あいつに抱きついて! 離しちゃダメだよ!」
リューは傍らで唯一動かずにいた小さなゴーレムに、テキを指差しながらそう命令した。
「んもー」
よくわからない雄叫びを上げて、どすんどすんと駆けていくミニゴーレム。
どうやら、見た目は子供、重量は大人の見かけ破りなゴーレムらしい。
だが。
「甘い!ちょうてんかい↑↑↑ひとちがぃですょ!!」
やはり、それが呪文なのだろう。
テキの声と共に大きな風の刃が空を舞い、メイドゴーレムもろとも重量ゴーレムをなぎ払う。
「えええっ?!魔法まで使えるなんて!」
「やっぱり腐ってもマヒンダ国民なのね…」
悔しそうに爪を噛むリュー。
と、そこに。
「出でよ、糾鎖(あざない)!」
凛とした声と共に、じゃららら、という金属の音がこだました。
「なにっ?!ミューたんを守れ!!」
とっさにゴーレムに命令を下すテキ。
がきん。
鋭い音と共に、ミューを庇うように前に出たメイドゴーレムが鎖に絡め取られる。
「……あら。失敗しちゃったわね、残念」
メイドゴーレムに絡まった鎖を引いたまましれっとそう言ったのは、暮葉。
普段のおっとりした様子とは、もはや完全に人が変わったようだった。
「な…何をするんだ!お前たち、ミューたんに乱暴するなんて許さんぞ!!」
「あなたが言うな、あなたがっっ!!」
怒り心頭のテキに、律儀につっこむミケ。
暮葉は鎖を持ったまま、面倒そうに言った。
「もう面倒だし、ミューさんでいいかと思って」
「なんだそれはああぁぁぁっ!!」
適当な暮葉の言葉に、さらに声を荒げるテキ。
暮葉はその言葉に、くすりと笑った。
「…あら、あなたこういうプレイは嫌いなの?ミューたんを鎖で縛ってみたいとは思わない?」
「く、暮葉さん?」
思わず神妙な声でつっこんでしまうオルーカ。
しかし。
「ふっ……邪道だな」
テキはぐっと拳に力を込めて、力説した。
「鎖とは!それ自体で身体を絡め取るものではない!
鎖の醍醐味とはすなわち手枷・足枷・首枷の3点セット!薄暗く湿った地下牢に哀れにも閉じ込められたミューたんは、日に三回の食事を持ってくる僕に不自由な手足で懇願するのだ、お兄ちゃんの××××を×××××て××××」
「いやああああああやめてええええ」
さらに上を行くテキのキモさに、暮葉は涙目で鎖を引き上げた。
「おかあさんあいつきもいですたすけてください……」
部屋の隅にしゃがみこみながらどこか別の世界に行ってしまう。
その傍らでは、ジル(仮)がメイドゴーレムたちの攻撃を百裂拳で受けて立ちながら、どさくさにまぎれてゼータをボコボコにしている。
「うわわわわ、ちょ、ジル、止めろって!尻が割れる!尻が!」
「もう割れてるよ」
ミケやレティシアも、後ろにさがってゴーレムたちを魔法で食い止めるのが精一杯のようだった。
「このままじゃ持久戦だ……どうしたらいいんだ……」
剣でゴーレムたちを防ぎながら、クルムは苦く呟いた。
「……っ、そうだ!イプシロンがくれた、これが…!」
クルムはそこで、出がけにイプシロンが渡してくれたアイテムのことを思い出した。
「これがあれば…テキの動きを止められるはず…!」
包みから『それ』を取り出すと、テキに向かって力いっぱい投げつける。
「テキ……これを、くらえええっっ!!」
「クルムさん?!」
「ああ……!!」
クルムの投げはなったものに、目を見開く仲間たち。
きらきら。ひらひらひら。
クルムの手から投げ放たれたそれは、美しい光をふりまきながら、あたり一面に散らばった。
「これは……!!」

『それはミューのデビュー当初に出した萌えキャラ、トレーディングカードの試し刷り版だ。
キラキラ加工でもサイン入りでもなんでもないが、試作品の為、魔道念写の角度、デザインが微妙に商品になったものと違い、現存数は10組足らず。
テキはミューの熱狂的なファンだから、それは喉から手か出るほど欲しいアイテムだろうね』

イプシロンの解説を思い返すクルム。
これならば、テキの動きを止められる…
……はずだった。
「ふっ、甘いな!」
テキは叫ぶと、懐からトレカを取り出し、びらりと広げた。
「そんなもの、ヴィダオクですでに落札済みだ! 5種類あるものをバラで一枚ずつな!」
「なにっ?!」
驚くクルムに、ふふふ、と笑いながら続けるテキ。
「次点の人が終了1分前に執拗にブッこんでくるから、その度に10分延長で長引いて、2時間競って競って競りまくったんだ。
あれは歴史上に残る戦いだった…あの時の相手は、まさに強敵と書いて『とも』と呼ぶに相応しい!
その名を忘れはしないさ…ミューたんはガルダス神の嫁(HN)!」
「し…さ…い…さ…ま………」
がっくりとうなだれるオルーカ。
「最終的に入札件数は158件。銅貨5枚開始で、終了時には金貨30枚超えてたわ!もうアホかと!」
「トレカ一枚に金貨30枚…それを5枚落札したのか。馬鹿じゃないか!?」
唖然として言うクルム。
褒め言葉です。
「くっ…ならば、イプシロンがさらにくれた、これなら…!」
ばっ!
クルムは再び、包みの中に残っていたカードをテキに向かって投げた。
「なっ……こ、これは……?!」

『セブンス・ヘヴンワールドツアー「Valhalla」限定品、「ルシフェル」トレーディングカードセット』

「うわあ……」
その場に生暖かい空気が充満する。
物販ブースに並ぶや否や、一瞬で完売したという幻のグッズ。
文字は箔押し、キラキラ光るホログラムPP加工されている。
彼のとっておきのキメ角度、横向き、あるいは、鏡に映る己にほほえむ彼をマジックミラー越しに撮ったような構図の魔道念写が刷られ、全てに甘い口説き文句付き。

『美しい私の生贄…今宵お前はその血を私に捧げ、永遠に私と一つになる』
『ワインよりも甘美で、ナイフよりも鋭い快楽を、お前に』
『その両の宝石が輝きを失うまで、私はお前を見つめ続けよう』
『肉体の境を越え、魂までも今、一つに』

「じゃかあしいわあぁーーー!!!」
テキは再び人のものとは思えない叫び声でつっこむと、ひらひらと舞うカードを殲滅させようとめちゃくちゃに魔道を放ち始めた。

『このカードを投げれば、彼の注意力が低下することは必須だろう。
私の美しさに目を奪われるテキの姿が目に浮かぶ…。
私の美しさが、私の存在が人類全てを惑わせる…これを罪と言わずしてなんと言おう?お…お!私は何と罪深き罪を背負ってこの世に生まれごふっ』

最後に灰皿を喰らって黙るまでの一連のイプシロンの説明を思い返し、クルムは微妙な気持ちになった。
「…何だか、別の意味で注意を逸らせたみたいだな……」
テキがめちゃくちゃに魔道を放っているからか、メイドゴーレムたちの統率が目に見えて悪くなり、しまいにはガチャガチャと不気味な音を立ててテキの動きと同調するようにその場で無意味な動きを始めだした。
「うわ、キモ!」
「でも、これはこれで、ちょっと手が出せませんよ…」
「攻撃対象を逸らせたのはいいけど…これからどうしよう……」
微妙な展開になってしまい、困ったように首を傾げるクルム。
と、その時。

「おっ、それはモークス社の可動フィギュア『着せ替えミューたん』だよねー?」

突如、インカムから聞こえた声に、クルムを始め冒険者たちは驚いて耳を傾けた。
「そ…その声は、かるろ?!」
「やっほークルムお兄さん♪」
「え、な、なんでインカムからかるろの声が?!」
「やー、オフの二次会のお店予約しようと思って魔道組んでたら、クルムおにーさんのつけてるインカムの通信を偶然傍受しちゃってさー。面白そうで、つい」
「あ、相変わらず技術の無駄遣いだな……」
クルムは半分呆れたような声で感想を述べる。
「でもインカムで伝わるのは音声だけのはずなのに…何故テキの使ってるゴーレムのことがわかるんだ?」
「そりゃ分かるよぅ。ドールの関節部ユニットが可動する時の音でねー。なんか随分たっくさんいるみたいだねぇ?
なに?『着せ替えミューたん』をゴーレムのベースに使ってんの?
あははー、クルムおにーさんの敵のひと?なかなかの趣味だねぇ」
インカムの向こうで、ケラケラと笑うかるろ。
「関節の音だけで人形の種類までわかるらしいですよ…」
「知ってます、ダメ絶対音感って言うんですよね」
ひそひそと囁きあう仲間たち。
「『着せ替えミューたん』かー。
モークス社のドールボディは、造形は素晴らしいんだけど関節がボロッボロ落ちるんだよねー。
造形はまぁまぁだけど、可動範囲の広さとポーズ保持力でいったらやっぱオビス社製のボディが一番かなー」
なにやらカオスな知識が披露されている。
「か、かどうはんい?ポーズほじ…?」
「あーごめんごめん、専門用語ばっかりの、典型的なオタク口調になっちゃってたねー。
もうさ、クルムおにーさんもいっそコッチの世界に来ない?
そしたら手取り足取り、いろいろおしえたげるからさー」
「クルムさん逃げてください!クルムさんだけは司祭様のようになってはいけません!」
必死な様子のオルーカ。
何か不穏な空気を感じたクルムは、どうして良いか判らずに辺りをきょろきょろと見回した。
「や、そ、それはちょっと、ええと」
「はい質問!」
そこに、思わぬ方向から合いの手が入った。
「じゃあこのミューたんドールのヘッドを、オビス社の同サイズのボディに挿げ替えることって可能なのか?」
「って、なんであんたが会話に混じってるんだ?!」
いつの間にか正気を取り戻したテキが、インカムを通じてかるろに質問している。
言うまでもなく、彼もスタッフだったのだから、当然インカムは持っていた。しかもミケとおそろいのピンク鰭タイプだったため、ミューたんと一つに☆妄想から未だに取り外してはいなかったのである。
「うわーん、おそろいって言うなー!!」
それはさておき、テキの質問に、かるろは軽い調子で答えた。
「んー?出来るよー?
ヘッドパーツの首の穴を、リューターでちょっと広げてね。
オビスボディの首のアタッチメントは大きくて、そのままだとモークスヘッドは取り付けらんないからさー」
「フムー、なるほどな…メモメモ…
……ってこの緊迫した状況になにヲタ話で盛り上がってんだぁああ!」
長いノリツッコミだ。
「いやあんた、たった今かるろにノリノリで質問してメモまでしたよな…」
「居るんだよねー、聞くだけ聞いて感謝は無しの『教えてちゃん』って。
大丈夫、僕のような末期のオタクは、教えてちゃんの空気読めなさも顔で笑って心で呪い許すから」
「かるろ、それ許すって言わない…」
「他でやるとウザがられて嫌われるから、気をつけてねぇ~」
「うるさいうるさいうるさーい!外野はひっこんでろぉおお!!」
「いや、だからあんたが……」

「だぁまれぇえええええ!!
どいつもこいつも、俺とミューたんの愛の語らいを邪魔しやがってぇえーーー!!!」

かしゃーん!
感情の昂ったテキは、耳につけていたピンク鰭のインカムを、力任せに床に叩きつけた。
硬い音がして、魔道仕掛けのインカムが真っ二つに割れる。
「……!」
「!……」
それを見逃す冒険者たちではなかった。
「ミュー、今だ!歌って!!」
クルムの声が、冒険者たちの気持ちを代弁していた。
ミューの呪歌を防ぐ効果のあるインカムさえなければ、彼女の歌でテキの動きを抑えられるはずだ。
ミューの口は塞がれてはいない。手足は不自由でも、歌うことは出来るだろう。
ごくり。
冒険者達が、固唾を飲んでミューの声を待った。

すう。
ミューが、息を吸い込むのが判る。
そして。

「…ったく、いい加減にしなさいよねこのキモヲタ!!」

大聖堂いっぱいに響き渡る勢いで、ミューの甲高い罵声が轟く。
「………え?」
クルムは思わず、間の抜けた声を出した。
仲間たちも、唖然とした表情でミューを凝視している。
「あんたみたいなキモヲタに、あたしが一瞬たりともなびくとか本気で思ってるワケ?!おめでたいにも程があるわ!まずそのガリガリに浮いたアバラとボサボサでフケだらけの髪とニキビだらけのツラどうにかしてからにしなさいよね!どうにかしたって金輪際お断りだけど!!」
ミューは十字架にくくりつけられたまま、すごい形相でテキを罵倒しまくっている。
「え……あ……あれ……?」
最初に出会ったときとはあまりにも違いすぎるミューの様子。
いや、『萌えツン女教師』で少しだけ垣間見えたか。
しかし、若干演技くさかったあのミューに比べて、随分自然体に思えた。おそらくはこれが、正真正銘、『アイドル、ミュールレイン・ティカ』ではない、ミューの本当の姿なのだろう。
しかし、ここまで本性をさらけ出すと、テキは逆切れするのではなかろうか…と思い、テキを見てみると。
「……え……?」
意外にも、テキはぽーっとした表情でミューをうっとりと見上げていた。
そう、まるで、呪歌を聞かされている時のダーリン達の表情のように。
「これは一体……」
「呪歌、ですよ」
不思議そうな顔のクルムに、後ろからベータがそっと解説をいれた。
「呪歌?これが?」
「ええ。呪歌は本来、魔道力を音声に乗せて飛ばし、聴覚から相手の中枢神経に作用する術なのです。
しかし、相手が精神的にその音を拒否すれば、当然その力はかかりにくくなる。
だから、相手に受け入れられやすい、聴き心地のいい歌に乗せて、魔道力を飛ばすんです。
テキにとっては、ミューの声はもはやそれだけで、心地良い音楽と同じなんです。だから、呪歌の効果も格段に上がる。ただ喋っているだけでも、ミューはテキを自在に操る事が出来るんですよ」
「な、なるほど……」
罵倒されて言うことを聞いているダメ男の図、というのが微妙だが、それならそれで万事OKというやつなのだろう。

「わかった?!わかったなら四の五の言わずにこれを解きなさい!そんでさっさと眠っちゃいなさいよね!!」

最後にひときわ大きく響いたミューの声に、テキはいそいそとミューの戒めを解き、その場でかくん、とくずおれた。
ぐー…ぐー…
速攻で聞こえるいびきの音。
テキの意識が途絶えたことで、暴れまわっていたゴーレムたちも次々に活動を停止していく。
「ふぅ……」
冒険者たちの安堵のため息が広がった。
「ミュー……!」
たっ。
ベータが慌てて、ミューの元へ駆けていく。
「………」
ミューは戒められていた手首を摩りながら、ゆっくりと祭壇を降りた。
「…………」
「…………」
しばし、無言で見つめあう2人。
「…なにやってるんでしょうね、ここは抱擁のシーンですよね!」
「しっ」
冒険者たちのひそひそ声に見守られ、固まったままの2人がようやく動く。
ミューはふん、と鼻を鳴らして、両手を腰に当てた。
「…まー、かっこよくなっちゃって」
「……え……あの」
「でも」
「…えっ……」
「そこでそうして立ってるだけなら、かっこよくなったなんて認めないわよ」
ぎゅ。
そんな擬音が聞こえそうな睨み方で、ベータを見るミュー。
「……なんとか、言ったらどうなのよ」
仁王立ちのポーズで自分を睨む恋人に、ベータは……ふ、と微笑みを返した。
「……怖かった、でしょう……もう、安心ですよ」
ミューの顔が、くしゃ、と笑い崩れる。

「……ばか……」

それだけ呟いて、ミューはベータの胸に顔を埋めた。
「……遅くなって、すみませんでした」
「…本当よ…いつ来るのかと思ってたんだからね」
ミューの背中にそっと手を回して、なだめるようにポンポンとさするベータ。
冒険者たちは微笑ましげに、それをそっと眺めていた。

「………さて」
妙にスッキリした顔でそれを遮ったのは、ミケだった。
「ミューさんも無事に助けたことですし、最後の仕上げと行きましょうか」
ぎょ、として、ミケを振り向くベータ。
「……み、ミケさん…まさか…本当にやるんですか…?!」
「え?当然ですよ。ほら、言ったじゃないですか。こんな危険人物に、こんな分不相応なものを持たせておくわけには行かない、って」
にこにこ。
怖いほどの満面の笑みで、ミケは朗らかにそう言った。
「み、ミケ…?一体、何を…?」
恐る恐る問うレティシアに、ミケはにっこりと微笑みを返した。
「風よ、我が声を世界中に運べ」
呪文と共に、ミケの周りの風が動く。
「さあ、ベータさんに作ってもらった…屋敷のすぐ下の土で作られたゴーレムさん達!
最初で、最後の命令です!」
風の魔法で増幅されたミケの声が、屋敷中に響き渡る。

「その場に、しゃがみなさい!!」

がっこん。

「うわ」
「きゃあああ!」
突然傾いた床に、悲鳴を上げる仲間たち。
「おいコラミケ何すんだ!!」
「いえ、こんな分不相応でセレブなえなりを思わせる屋敷、いっそ壊してしまった方が良いと思って」
しれっと言うミケ。
「意味わかんねえ!」
「て、ていうか、私達が出てからやった方が良かったんじゃないですか?!」
「まあそれもそうですけど、潰れるまでには外に出られますよ、きっと」
「そうも行かないと思いますよ」
「は?」
レイサークは傾く床に体制を整えながら、軽く肩を竦めた。
「私がゴーレムとの戦いで、屋敷の壁といい床といい柱といい、ボロボロにしてしまいましたから」
「はあぁぁぁ?!」
人形に支えられてどうにか体制を保っているリューが、盛大に声を上げた。
「この大馬鹿野蛮人ッッ!さいってえぇぇぇぇ!!」
「そんなこと言われてもな…やっちまったもんはしょうがねえだろうが」
「ほらジルさん!早く逃げないと危険ですよ!…ジルさん?」
ぐらぐら。ぐら。
不安定な床に、ジル(仮)が大きな頭をゆらゆらと動かしてよろけている。
「あっ、ジルさん、あぶな……」
ごっ。
ジル(仮)は足をもつれさせて倒れ、大きな頭が鈍い音を立てて床にぶつかった。
瞬間。

ちゅどーん。

非常に古典的な爆発音と共に、テキの屋敷はあっという間に瓦解し、そこはただの瓦礫の山になった。

ぼご。
「いやー、二度も爆発オチに遭遇できるなんて、クルムさんはラッキーですねえ」
「そ、そんなラッキーはいらない……」
ぼご。
「うう…もう二度とやりたくない」
ぼごご。
「…大丈夫ですか、ミュー」
「けほっ。まったく、なんなのよこの展開は…!!」
ぼご。
「みなさーん、無事ですかー」
「何とかな…」
「おおっ!鎧が爆発で脱げた!しかもオレ無傷!天才じゃね?!」
「ヴォルガさん今回ほんっっっっっと何にもして無いですよね…」
瓦礫のあちこちから顔を出す冒険者たち。

最後に。
ぼご。
「………?
一体、何があったんだろう……」
そこから少し離れたところで、顔を出すジル(本物)がいた……。

そんなこんなで大団円

「……お疲れ様、でした……」
全てが終わり、護衛の依頼を受けた冒険者たちの報酬も払い終え。
それぞれが散り散りに、おのおのの帰途へとついていく。
ベータとミューは、コンサート会場の出口で冒険者たちを見送っていた。
「ベータこそ、お疲れ様。ミューも、怖い目にあわせてしまって、ごめんな」
「なんでクルムに謝られなくちゃならないのよ。平気よ、このくらい」
にこりと微笑みかけるクルムに、勝気な言葉を返すミュー。
彼女のこの物言いは、生来のものであるらしい。
「ミュー、以前のベータと、ミューのために頑張ってお洒落したベータと、どちらが良い?」
唐突なクルムの質問に、ミューはきょとんとして、それからベータを見上げた。
「うーん……」
それから、クルムに視線を戻し、肩を竦める。
「…どっちも、ベータじゃない?」
「そうだよな」
クルムは再び、嬉しそうに微笑んだ。
ミューはふふっと笑って、続ける。
「見かけのよさなんて、問題じゃないけど。
でも、あたしのためにかっこよくなってくれるって言うなら、大歓迎だわ。
その気持ちも、ベータでしょ?」
「……うん」
頷くクルム。
ベータは真っ赤になったままあわあわしている。
「やーっ!ベータさん、お疲れさまー!ミューさんも!」
そこに、向こうからリューが駆けてくる。
「……リューさん……今回は、本当にありがとうございました…」
「いや、いいのいいの!あたしも好きでやったことなんだしさ!
でも、上手くいってよかったね!」
リューは満面の笑みと共に、手に持っていた人形を差し出した。
「はい!これ!あたしからのプレゼント!」
「えっ……」
「それじゃ!あたしもう行くね!元気でねー!」
渡すが早いか、リューはさっさとその場を後にした。
「あ……あの……お元気で……」
呆然とその様子を見送るベータ。
「あっ…ベータ、その人形」
クルムに促され、人形に目を移せば。
それは、ベータとミューの2人をかたどった、かわいらしい人形だった。
手を縫い合わせ、しっかりと離れられないようにされている。
そして、人形の中央には、小さな紙にリューのメッセージが添えられているのだった。

「次の話のネタは頂いたよ♪ リューちゃんより」

「あ、あの……ジルさん」
「………ん?」
一足先にコンサート会場を辞したジルは、後ろからかけられた声に振り向いた。
「……暮葉」
「あの…お疲れ様です」
「……お疲れ様」
戻ってきた暮葉は、屋敷での様子が嘘のように、元のしとやかな彼女に戻っている。
暮葉は言いにくそうにもじもじとしていたが、やがて意を決したように言った。
「あの、ジルさん。
今回たくさん失礼なことを言ってしまってごめんなさい」
ぺこり。
いきなり頭を下げる暮葉に、ジルは少しだけ目を見開いた。
「私のことは嫌いになってしまっても仕方ないけれど、コンドルとはこれまでのように仲良くしてあげてください」
頭を下げたまま、一気にそこまで言う暮葉。
「……暮葉が何を気にしているのか、良くわからないけど」
ぼそりと言うジルに、顔を上げて。
ジルは無表情のまま、静かに続けた。
「…コンドルとは今まで通り変わらないし、暮葉のことも嫌いにはならないよ?」
「ジルさん……」
安堵の微笑みを浮かべる暮葉。
と。
「なあ、あれ、ミューたんのコンサートに出てたコじゃね?」
「やや、まことナリか!」
突如横手からかかった声に、びくっとして暮葉は振り返った。
「あっ!やっぱりだー!暮葉たんだよ、暮葉たん。オレちょっと萌えたから覚えてるんだ~」
「我輩も覚えてるナリ!今時珍しいナノクニ美人ナリよ!これを機会にお近づきを!お近づきを~!!」
「い……いやああああぁぁ!」
暮葉は涙目でその場を走り去る。
「お待ちあれ、暮葉殿~!!」
「暮葉たーん!待ってえ、暮葉たーん!!」
その後を追っていくヲタたち。
「………複雑」
ジルは無表情で、ぽつりと呟いた。
と。
「あっ、ジルさん!」
再び後ろから声をかけられて、振り向くジル。
「あ……フィルニィ」
淡い紫の髪をした少女が、微笑みながらジルの元に駆けてくる。
フィルニィと呼ばれた彼女は、少し息を切らしてジルに言った。
「どうでした?って、ああっ!?」
「………?」
優しげなその表情が、驚愕の色に染まる。
「ど、どうしたんですか?その恰好!ボロボロじゃないですか!」
「……ちょっと、家屋の倒壊に巻き込まれて」
「か、家屋の倒壊……?」
フィルニィはちょっと戸惑って、それからじぃっとジルの姿を見つめた。
「う~ん。これは、また買いに行くしかないですね」
「………」
がし。
ジルの返事を待たずに、フィルニィはジルの腕をつかんだ。
「さぁ、また色々試しますよ!」
「……………」
ずるずるずる。
無表情のままのジルを引きずって、フィルニィは意気揚々と大通りへ足を進めていくのだった。

「頼む!ベータ!移動用のゴーレム作ってくれ!!」
「い……移動用……ですか……?」
「そそそ。カラスっぽい、飛ぶ奴で。一杯作ってさ!!
嘴に、一本づつ紐咥えさせて―――こー、それでブランコっぽいの作ってさ?
『げっ げっ げげげのげー』とか唄いながら、ロッテのトコに向って飛んで行けば良いかなーと…」
「……ゴーレムは飛べませんよ、ゼータさん……」
「……やっぱそうか……」
「……あと……時事ネタは、アクションを送ってからリアクションが発表されるまで1ヶ月タイムラグがあることを見越してやるべきです……」
「ははは……そーだな……」

「おや……オルーカさんは?」
「オルーカちゃん?なんか用事があるとかで、さっさと帰っちまったぜェ?」
きょろきょろと辺りを見回しながら問うレイサークに、ヴォルガは顔だけ振り向いて答えた。
「そうですか…せっかく同じ神を信ずる人を知ったのですから、彼女の所属する寺院の在処を聞いておこうかと思ったのですが…
いずれは王都に戻ってしばらく過ごすつもりですし、その際にはその寺院を信仰の援けにしようと、思うのですよ」
(それが嫌だからさっさと帰ったんじゃないかねェ…)
喉まで出かかったその言葉はしまっておいて、ヴォルガもんじゃあな、とその場を後にする。
それと入れ違いに、クルムたちを見送ったベータが戻ってきた。
「ああ…ベータさん。お疲れ様です」
「………どうも」
小さく会釈をするベータ。
レイサークはベータに向き直ると、改まって言った。
「貴方に、一応は謝っておこうと思うのですよ」
「………はあ……」
曖昧な表情で、それでもレイサークの方を向くベータ。
レイサークは続けた。
「私の信条とは決して相容れないのかもしれませんが、少なくとも大事な人を奪還するのに躊躇せず、ついでに怒りを隠さずにいてくれたことは、ね……
正直、見下していたというか、なんというか……とにかく、すみませんでした、ということです」
「……そうですか………」
やはり曖昧な表情のベータ。
沈黙が落ちる。
「…あの、レイサークさん」
「何でしょうか?」
ベータは哀れそうにわずかに眉を寄せると、一言だけ言った。
「……謝るという言葉の意味を、きちんと勉強した方が良いと思いますよ…?」

「只今帰りましたー」
「オルーカああぁぁぁ!!」
僧院に帰ると、オルーカは瞬時に司祭の熱烈すぎる怒りの標的になった。
「あなたという人は!ミュータソの舞台に乱入しただけでなくアイドルという唯一絶対にして不可侵の領域を荒らすとは何事ですか!!そこになおりなさい!悪霊退散!!」
「……はぁ?」
オルーカはめいっぱい眉を顰めると、司祭に言い返した。
「何言ってるんですか?司祭様……夢でも見てたんじゃないですか?」
「な…何を言っているんです?あなたはステージで……」
「だから…なんなんですかそれ?私がそんなことするわけないじゃないですか」
「しかし私は確かにこの目で見ましたよ!」
「証拠はあるんですか?」
オルーカの言葉に、黙り込む司祭。
「私がアイドルになるわけないじゃないですか」
たたみこむオルーカ。
司祭はしばらく胡乱そうにオルーカのことを見ていたが、やがて笑みを浮かべた。
「……それもそうですね。貴方なんかがアイドルになれるわけなかったですね!」
「うふふ」
「あはは!」
ぴきぴき。
オルーカのこめかみに筋が入っているが、司祭は気付かない。
「はい、どうぞ、司祭様」
ぽい、と、オルーカは手に持っていた四角い包みを渡す。
「?オルーカ、これは……」
「サイン欲しがっていたのは司祭様でしょう?貰ってくるの、苦労したんですから」
司祭の表情がぱあああっ、と明るくなった。
「オルーカ、あなたって人は……!なんて出来た信徒なのでしょう!!」
「さっきと言ってたことが違いますよ、司祭様…まあいいです。そろそろ御祈りの時間なので、失礼いたします」
「ええ、ご苦労さまでした!」
ぱたん。
部屋を出て行くオルーカ。
司祭は早速、いそいそと包みを開けた。
「いや~一時はオルーカは破門に汁!とか考えてましたが、こうやってミューたんのサインを貰ってくる辺り、まだまだ見込みはありますねぇ♪キ、キキスマー…はあるんでしょうかぁあふふふふふ。あ、いや、そんな、私は考えてませんよ?そのキスマークに自分の唇を……とかそんな不埒なことは!いや、ただねぇ……一回くらいはね、ね、せっかくですもの。そもそもあれって、そーいうためにあるんですもの。だから私の行動は必然なんです!ああ、ミューたん!やっと会えたね!」
不気味な独り言を言いながら、がさごそと包みを剥がしていく。
が。
中から現れたのは…

『クマっ娘☆萌えアイドル・オルーカルン(14歳)』

静かに。
静かに目を閉じ、司祭は息を吐いた。
「………………オルウウゥゥウカァアアア!あなたという人は…!!待ちなさい!神からの怒りの鉄槌をお見舞いしてやります!!」
ばき。
色紙を真っ二つに割って、司祭はオルーカの消えていったドアへとダッシュしていった。

「んじゃあなァミケぇ~二股はほどほどにしとけよ~」
「世界が滅亡しようともあなたにだけは言われたくありません」
「レティシアちゃんも、ミケに愛想つかしたらいつでもオレの胸にっ」
「うふふ、世界が滅亡してもそんなことは絶対ありえないから安心してね♪」
仲間との軽いあいさつを終え、ヴォルガはとぼとぼと通りを歩いていく。
表通りから裏通りへ。
コンサート会場からついてきていた気配に、そこに来てようやく振り返る。
「よう…元気…では無いみてぇだな」
ヴォルガと同年代らしき男は、疲れた様子でため息をついた。
「オマエなんでこんな所に…」
「真昼の月亭」
「…なるほどね」
肩を竦めて、男。
「新しい仕事だそうだ…取りあえず白猫んとこ向かうぞ」
「やっぱりか」
ヴォルガは嘆息してタバコを咥えた。
慣れた手つきでそれに火をつける男。まるでホストである。
「サンキュ…さてと、また小物じゃねェだろうな…」

「何してるんですかゼータさん、こんなところで」
コンサート会場から少し離れたところで。
会場を辞してぶらぶらしていたゼータは、同じく帰りがけのミケ、レティシアと行き会う。
「よーミケ、レティシア。お疲れさん」
「ゼータもお疲れ様」
「2人は、これからまっすぐ帰んのか?」
「え?ええまあ、そうですね……」
意外な事を聞かれた、という風に、ミケ。
ゼータは、ふむ、と唸ってから。

ちゅ。

「んなっ……?!」
いきなり、ミケの頬にキスをした。
「じゃーな、ハニー?」
真っ赤になるミケにそう言って、レティシアの方に意味ありげな視線を送る。
「な、ななな、なにをやって…」
と、ミケが爆発するより先に、事件は起こった。

「へー、やっぱりゼータって、そーゆーシュミだったんだぁ」

横手からかけられた声に、ぎょっとして振り返る。
「ろ、ろろろろろロッテ?!」
褐色肌の活発な少女は、陽気にケラケラと笑って手を振った。
「あ、心配ないない、知ってると思うけどボクそーゆーの偏見ないから!
今、流行だしね!ぼぉいずラヴ!
応援してるよゼータ!」
「ちょ、ち、ちち違うんだロッテ!これはだな、レティシアにハッパをかけるつもりで…!」
「やーやーやーそんなに照れなくてもぉ♪大丈夫ー、2、30人くらいにしか言いふらしたりしないからー!」
「いや、言いふらすとかじゃなくてな?!ロッテー、待ってくれー!!」
遠ざかっていく2人の会話。
それを呆然と見送ってから。

「…レティシアさん」
「はっ、はい?」
ミケは真剣な表情で、レティシアに向き直った。
「あの、これから…お時間ありますか?」
「えっ…う、うん…あるけど」
きょとんとするレティシア。
ミケは一瞬逡巡して、それでも言葉を続けた。
「よかったら…これから、お茶でもしませんか?」
「え……」

「と、いうわけなんですっ」
カフェで、向かい側で紅茶を飲むレティシアに、ミケは力説した。
「別にリリィさんとなんかあってピンクの鰭にしたわけじゃないんです!アレしか僕に手渡されなかったんです!だから別にリリィさんは関係ないんですー!」
言葉を重ねれば重ねるほど言い訳に聞こえてくるわけだが、ミケは必死になって言葉を重ねた。
レティシアは複雑そうな表情でミケの話を一通り聞くと、彼の瞳を覗き込む。
「ホントに?」
「当たり前ですっ!」
「ホントのホントのホントに?」
「ホントのホントのホントです!」
「ホントのホントのホントのほんっっとーーーーに?!」
「ホントのホントのホントのほんっっとーーーーです!!」
小学生のような問答を繰り返す2人。
レティシアはなおもミケの瞳をじっと見て、そして、はぁ、とため息をついた。
「でも…さ、ミケは…どうしてそれを私に言うの?
私の勘違いなんて、いつもの事…でしょ。違う?」
「え……」
レティシアはいつになく、感傷的な気分になっていた。
ミケが鰭をつけていたとか、必死になって言い訳をしていたとか、そういうことだけでは決してなくて。
そうやって必死になって弁解することで、自分にも望みがあるのではないかと期待してしまって。
でも、期待を裏切られる怖さもあって。
そもそも、自分はミケの理想のタイプとは程遠い。
おしとやかでも知的でもなくて、元気なだけがとりえな、勘違いもよくするおっちょこちょいで。
ミケには、もっと相応しい人がいるのではないかと、ずっと思っていた。
「あの、ね……」
レティシアは少しためらって、それから視線を逸らした。
「私、しばらくマヒンダに帰ろうと思うの」
「えっ……」
ミケの瞳が、驚きに見開かれる。
レティシアは苦笑した。
「ルティア兄ちゃんの具合が、あんまり良くないみたいだし。
エール兄ちゃんも、そろそろ一度帰ってこいってうるさいし。
お店も忙しいみたいだから、ちょっと手伝ってこようかなぁと思って。
あとほら、魔道学校にもう一度通って勉強したいこともあるし」
色々と、都合のいい言い訳を並べてみる。
(しばらく、会わないで考えたほうがいいのかもしれない。色々と)
レティシアは心の中で、そっと思った。
(その間に、ミケにふさわしい人に出会えたなら、私は笑顔で祝福しよう)
ネガティブになっている自分に、苦笑する。
(もしまだ運命のひとに巡り会えてないなら…やっぱり私が運命の人なのよ!)
「だから、しばらくさよならね」
レティシアは立ち上がって、カフェの代金をテーブルの上に置いた。
そして。

ちゅ。

先程ゼータが口付けたのと反対側の頬に、そっとキスをする。
「……っっ?!」
たちまち真っ赤になるミケ。
レティシアは少しだけ照れながら、満面の笑みを浮かべた。
「元気でね、ミケ!」
そのまま、くるりと踵を返し、足早にカフェを後にする。

「あの、レティシアさん!」

立ち上がりかけたミケに呼び止められて、レティシアは足を止めた。
振り向かないままのレティシアに、ミケは言葉を続ける。
「あの、さっき、何で、って言いましたよね。
なんで、レティシアさんに言うのか、って」
レティシアは振り向かない。
ミケは続けた。
「この思いが、どういう気持ちから来るのか。
それは、僕にもまだ、よくわかりません。
でも」
ぐ、と拳を握り締めて。

「あなたにだけは、誤解されたままでいるのは、嫌だったんです。
それでは、答えになりませんか?」

カフェの雑踏に、2人の沈黙が溶けて流れていく。
ミケは辛抱強く、レティシアの答えを待った。
やがて。

「……ありがと、ミケ」

顔だけ振り向いて、レティシアはにっこりと笑って見せた。
その目の端には、少し涙が滲んでいたけれど。

ミケはその笑顔に、やはり満面の笑みを返すのだった。

メタモル・マジック

恋は メタモル☆マジック あなたのためにきっと

「どうしたね、ベータ。あの格好はもう辞めたのか」

恋は メタモル☆マジック 私 キレイになるわ

「あ……はい……その、やっぱり、僕には似合いませんから……」

Dream ホントはね ずっと夢見てた
お姫様になれる ステキな魔法

声をかけてきたイプシロンに照れながら言って、ベータは再びステージの上のミューに目をやった。
ヴィーダツアー最終日。
割れんばかりの拍手に呼び戻され、ミューがスポットライトを浴びながら歌っている。

目が覚めたら いつもの朝
鏡に映ってるのは さえない私

「そうかね?私は悪くないと思ったけれどね。
まあ……地上に舞い降りた堕天使である私とは、比べるべくもないが」
「は…はは……そう…ですね…」

夢を見てるだけじゃ いつまでも変われない
自分の手で魔法かけなくちゃ

「これ…ミューが、作詞したんですよね…」
「ああ、そうだね。なかなか好評だったので、またやらせてみようと思っているが」

恋は メタモル☆マジック 女のコは誰でも
きっと メタモル☆マジック 恋でキレイになるの

「…彼女は…本当に強くて……
……本当に…憧れだったんです……」

だから メタモル☆マジック どうか魔法をかけて
いつか メタモル☆マジック 結ばれる日のために

「だから……僕も…彼女に相応しい男になりたいって……
僕のほうを向いてくれただけでも……ありえないくらい幸運なんだから…」

ねえ 嘘みたい 夢じゃないわよね?
あなたが私を見てくれるなんて
すずやかな瞳 やさしい声
私を変えてしまった 不思議な魔法

「ふふ……強いから、という理由で彼女を好きになるのは、君くらいのものだろうよ」
「……え……?」

ホントに夢みたい これがMetamorphosis
あなたのためにキレイになるの

「相応しくなりたくて綺麗になっているのは、果たしてどっちだろうね?
私の記憶が確かならば、彼女はここ数ヶ月で、見違えるほど綺麗になったよ」
「……え……どういう…」
「あとは本人に聞きたまえ。私は失礼するよ、そろそろ撤収の準備にかからねばならないからね」

恋は メタモル☆マジック 好きになればなるほど
もっと メタモル☆マジック キレイになっていくの
だから メタモル☆マジック もっと夢中にさせて
そうよ メタモル☆マジック あなたしか見えないわ

「あっつーい!ふー!お疲れ様ー!」
「……お疲れ様です……」
「あれ?ベータ、あの格好辞めちゃったの?」
「……あ……はい……やっぱり、僕には似合わないし…」
「そうお?あたしは悪くないと思ったけど」
「そ……そう、ですか……?」
「んー…似合うとか似合わないとか、じゃなくて?
あたしのためにおしゃれしてくれる、その気持ちが嬉しいじゃない?
そういうのに、女はきゅんっときちゃうものなの!」
「は……はあ……」


「……そうよ…だいたい、あたしばっかりじゃ割に合わないじゃない……!」

「……え、ミュー…今、何て…?」
「あーもう!汗かいちゃったからシャワー浴びるわよ!ほら!早く出てってよ!は・や・く!!」
「あ……み、ミュー……」

あなたに近づいてる そんな予感はあるの
だってほら あなたも
そんなにステキなんだから

恋は メタモル☆マジック 好きだっていう気持ちが
2人 通じ合えて もっとステキになるの

手と手絡めあえば  ほら こんなに幸せ
ずっと同じ未来 見つめ続けていこう

恋は メタモル☆マジック 好きになればなるほど
もっと メタモル☆マジック キレイになっていくの
だから メタモル☆マジック もっと夢中にさせて
そうよ メタモル☆マジック あなたしか見えないわ

“Love is Metamor Magic” 2008.9.2.Nagi Kirikawa