Olooca

人生には、何度か、決断をしなければならない時があると思うんです。

たとえば、進学先を決めたり、職を決めたりという、自分の行く先を決めること。
あるいは、ハンナちゃんとスピカちゃんのどちらをお友達にするか、という小さなことでも。
それから、生きるか死ぬかの重大な分かれ道を選ぶことも。

大なり小なり、人は節目節目で決断をして、自分の人生を作ってきています。
私もかつて、大きな決断をして、この街にやってきました。

そして、今。

私は再び、大きな決断を迫られることになるのです。

故郷からの呼び声

「まだなのですか、オルーカ。その、いいフィギュアが揃っている喫茶店というのは!」
「もう少しですから、その挙動不審な動きをどうにかしてください」
サザミ・ストリート。
司祭服の男性と僧服の女性が連れ立って歩いている。そわそわした様子の司祭とは対照的に、淡々とダメ出しをする女性。
名を、オルーカといった。
「もう少し言ったところですから……って、あれ……?」
見知った顔が向こうを通り過ぎて、ふとオルーカは足を止める。
「あれは…ニクスさん?ずいぶん久しぶりですね…」
おーい、と声をかけようとしたところで、ニクスの傍らに小さな女の子がいるのに気づく。
「あれは…あかりさん!それじゃあ、お邪魔虫は遠慮しておきましょうか」
ふふ、と笑って、オルーカは再び歩き出した。

行く先は、ハーフムーンというカフェだ。

からん。
「こんにちはー………って、あれ?」
ドアを開けて中に入ると、どうやら店内は掃除中のようだった。
しかも。
「もー、なんでわたしが片付けなきゃいけないのよー」
「まあまあ、あと少しだから、ほら」
カウンター周りの掃除をしているのは、見知った顔で。
オルーカは驚いて名を呼んだ。
「あっ…カイさん、ミルカさん!」
名を呼ばれ、ちりとりでガラス片を集め終わった少女が箒を持ったまま振り返る。
「あれ、オルーカ!」
「オルーカじゃん、久しぶり」
「お久しぶりです」
ちりとりのガラス片をざーっとごみ箱に捨ててから、ミルカは駆け寄ってきたオルーカと手を取って再会を喜んだ。
「ホントに久しぶり!元気だった?」
「ええ、おかげさまで。ええと、開店準備中…でしたか?」
「え?あ、ううん、ちょっと散らかっちゃったからお手伝いしてたの。わたしは店員じゃないし」
はい、と執事に箒とちりとりを返し、ミルカはオルーカに向き直った。
「そうなんですね。お疲れ様です」
オルーカは安心した様子でミルカに言い、隣でやはりぞうきんを執事に返していたカイの方を向く。
「カイさんもお元気でしたか?その後お変わりはありませんか?」
「うん、ぼちぼち元気だよ。変わったことと言えば……」
「婚約したことくらいよね」
「ああ、そうだね」
「ちょっ、婚約?!何ですかそれ詳しく!!」
前のめりで聞くオルーカに、カイは苦笑した。
「この後その相手と待ち合わせてるんだけどさ。紹介できればいいけど……いいの?連れがいるんでしょ?」
「……はっ!そうでした……」
思い出したくないことを思い出してしまった、という様子で、オルーカは後ろを振り向く。
そこでは。

「ほうほう、これはマミーランド・オオイタのクランシェシェではないですか~!ふふふ揃え方、並べ方にもこだわりを感じますなぁ~!
まったく、こんなにいい喫茶店を知っていながら、どうしてもっと早く知らせなかったのでしょうね!オルーカは!ガルダス神の怒りに触れますよ!」
出窓に並べられたフィギュアを嘗め回すように見つめながら、デュフデュフと不気味な笑い声をあげている司祭の姿があった。

「……なんかどこかで見たことあるような気がするし、あんまり聞きたくないけど…オルーカの……えっと、知り合い?」
若干嫌そうな顔でミルカが問うと、オルーカは言いづらそうに司祭を手で示した。
「し、紹介するのもイヤなのですが、うちの僧院の司祭なんです…お話があると言われて、ゆっくり話せるここに案内したんですが…うう、やっぱりやめておけばよかった……」
血の涙を流しかねない勢いで言うオルーカに、ミルカは同情した様子で肩に手を置く。
「わかるわ……大変な上司を持つと大変よね…大体みんな同じような目に遭ってるのね……ミケとか千秋とか」
「千秋さんはラブラブだからいいじゃないですか……うう…というわけですみませんお二人とも。また今度ゆっくりと!」
一瞬で元気を取り戻したオルーカは、二人にしゅたっと挨拶をした。
「あ、う、うん」
「またねーオルーカ。じゃ、わたしたちも行きましょうか、カイ」
「そうだね」
「またお話聞かせてくださいね。特に婚約者とか婚約者とか婚約者とかを!」
「はいはい」
苦笑して手を振り、ミルカとカイはハーフムーンを後にした。
オルーカも手を振ってそれを見送ってから、改めて司祭に向き直る。
「さあ、司祭様、私に話があるんでしょう!早く座りますよ!!」
なおも出窓にへばりついている司祭をどうにか引っぺがし、オルーカは無理やりテーブル席に誘導するのだった。

「さて…、オルーカ。今日はお前に話があるのです」
「やっとですか。本来の目的を忘れたのかと思ってましたよ」
「本来の目的はフィギュアです。お前への話はオマケです」
「………前置きはいいので早く仰ってください」
襲い来る頭痛をこらえながら、オルーカは続きを促した。
ふむ、と一つ唸って、さらりと話を始める司祭。
「オルーカ、お前故郷はアラサニアでしたよね。そろそろ戻りませんか?」
「えっ」
思いもよらぬ方向から降ってきた話に、オルーカは目を見開いた。
話を続ける司祭。
「お前の叔母、シープ亡き後、後継となる司祭もおらず空きとなっていたあの教会ですが、このほど新設されることになりましてね」
「……そうなんですか」
「まあ、新設というよりは、新たな司祭を迎えて建て直すというのが正しいでしょう。古くなった建物もリフォームして新しくする予算が下りたそうです」
「そうなんですね。そこの僧侶として転籍…ということですか?」
「いえ、お前を司祭に、という話です」
「えっ」
さらに思いもよらぬ話に声を上げるオルーカ。
司祭はさらに続けた。
「お前もヴィーダに来て長いでしょう。その前にもいろいろなところの僧院を回ってきたと聞きました。経験としては十分ですし、うちの僧院も人手不足というわけでもない。
それならば、司祭のいない地域でより布教を進めるのが良いと判断しました」
「それは……そうですけど」
「お前の身分は今でもアラサニアからの預かりという形になってます。なので手続き的にはスムーズにいきます。
しかしこれは命令ではなく、希望調査です。お前にその気がないのなら、話はなかったことになります。
故郷に残してきた両親も結構なお歳だと言っていましたね。あなたが帰ってきた方が安心されるのでは?」
「そうですね……」
オルーカは高齢の両親にできた一粒種。まだ二十…………14歳だが、両親はそこそこ高齢だ。故郷に帰って両親のそばにいた方が安心ではある。
だが。
「……少しお時間を頂いてもいいですか?」
「もちろん。急ですからね。しかし継承祭が終わるまでには返事をください」
「はい…。すみません司祭様。私、このあとお務めがあるのでそろそろ」
「ええ。行ってらっしゃい」
代金をマスターに支払い、ふらふらと店を出るオルーカ。
からん、とドアが閉まる音がして、店内が再び沈黙に包まれる。
と。
「オルーカちゃん、いなくなっちゃうの?」
こと。
いつの間にかマスターが司祭の横に立ち、ハーブティーをその前に置いた。
「彼女次第というところでしょうか。ところで、ハーブティーは頼んでいませんよ?」
「あちらの方からでーす」
マスターが恭しく指し示したのは、カウンターの向こうで手を振る執事。
司祭はそちらを見て、大仰に眉を上げた。
「これはアルヴ殿。お久しぶりでございますなぁ」
「懐かしい顔を見られましたので、つい。お久しゅうございます、ザカリア様」
執事が丁寧に礼をすると、ザカリア、と呼ばれた司祭は、出されたハーブティーに口をつけた。
「ふむ…相変わらずアルヴ殿のハーブティーは絶品ですな」
「僕が仕入れた茶葉だよー?」
マスターが不満げに口をとがらせると、司祭はははっと笑った。
「茶葉もそうですが、やはり煎れ方でしょう。我らの好む味を良く分かっていらっしゃる」
「夢魔のことは夢魔が一番理解しておりますよ」
くすくす笑いながらカウンターから出てくる執事。
「今はその体を使っていらっしゃるのですか?ずいぶんご高齢のようですが……」
「ええまあ。彼の望むものと取引して彼が差し出したのがこの体だったものですからね。利用してせいぜい楽しくやっておりますよ。
最近寄る年波に耐え切れないのか本体が眠ってしまうことも多くてね、仕方がないから私が代わりに彼女に辞令を告げたというわけです」
「なるほど」
「しかし、この店のフィギュアの品揃えは天下一品ですなあ!一目でわかりましたぞ!かるろ氏!」
司祭は突然さっきのテンションに戻ると、マスターに熱く語りかけた。
へらっと嬉しそうに笑うマスター。
「あ、やっぱりわかるぅ?チョーうれしー」
「かるろし……?」
首をかしげる執事に、説明したのは司祭だった。
「この方はひっじょーに優秀なフィギュア職人なのですぞ!昨年の夏ミケで販売した『ほえほえミューたん・猫耳スク水バージョン』フィギュアは伝説となる長蛇の列を作り、開始後四半刻で初期ロットは完売、その後整理券が売り切れるころにはイベントは終了していたという…!」
「闇氏闇氏、アルヴんにそんな専門用語てんこ盛りにしたって全然わかんないって」
「やみし……?」
先ほどと反対側にもう一度首をかしげる執事。
マスターはへらへらと手を振った。
「えーとね、アイドル評論ジャンルで活動してる……」
「かるろ氏、それもパンピーには難しい概念ですぞ」
「んーとまあ、趣味繋がりなんだよ。んで、ペンネームが、僕が『かるろ』で、ザカリアくんが『THE・火裏闇』なわけ。趣味やるときは全然違うカッコしてるからびっくりしたけどね。
まさか本当に火の神ガルダスの司祭の体だったなんてさー、大丈夫なの?神の怒りで燃やされたりしない?」
「いやいや、神の怒りを買うほどの高潔な人物は夢魔と取引などはせんでしょう」
「それもそっか」
「かるろ氏こそ、いつものショタっ子はどこへやら。神フィギュアを作るショタ、というものがステータスだというのに!」
「だって喫茶店のマスターだったら、ショタっ子よりこっちの方が萌えるでしょ?」
「それは確かに」
「納得するんですね…」
よくわからないながらもツッコミを入れてみる執事。
司祭は一通りエキサイトし終わったようで、改めてふむと息をついた。
「しかし、よく作りましたな。フィギュアもそうだが、この喫茶店も。エスタルティはよほどお暇と見える」
「そーだねー、魔界よりこっちの方が楽しいこといっぱいあるしねー。僕はここで趣味に没頭しながら、平穏に暮らしてるんだよ、んふふふ」
「ふふふふふ」
「平穏…とは……」
執事が苦笑する傍らで、マスターと司祭の不気味なようなそうでもないような笑い声が店内に響くのだった。

事件発生

翌日のこと。

「司祭様……いくら出来のいいフィギュアだからって、勝手にもらってきてはダメでしょう。窃盗ですよ?」
オルーカは呆れたように言って、祭壇に突然増えていたミューたんフィギュアをそっと持ち上げた。
それを恨めしそうに取り返そうとしながら、ぶつぶつと文句を垂れる司祭。
「しかしですねオルーカ、私にはミューたんのすばらしさを世界に広めるという崇高な使命が……」
「それはここで広めないでください!にかく!これは私がマスターにお返ししてきますから!あと司祭様はハーフムーン出禁にしてもらいますから!」
「そ、そんな……オルーカ……」
なおも恨めしそうにジトっと見る司祭を尻目に、オルーカはさっさと教会を後にし、ハーフムーンへと急いだ。

「すみません、マスター!」

からん。
ハーフムーンのドアを開けて中に入ると、オルーカは真っ先にカウンターのマスターのもとに駆け寄った。
「すみません、うちの司祭が、こちらのフィギュアをパチって帰ってきていて…!これ、お返しします!」
平身低頭謝って、ガラスケースに入れられたミューたんフィギュアをマスターに返すオルーカ。
マスターは苦笑した。
「あー、無くなったと思ったらやっぱり闇……じゃない、オルーカちゃんとこの司祭様だったかー。ありがとね、オルーカちゃん。大切にしてたものだったから、戻ってきてよかったよ」
「うう、本当にすみません……このお詫びはいずれ必ず正式に……というか、もうあの司祭は出禁にしてくださいね!出禁に!」
「あははー考えとく」
ひらひらと手を振るマスターがあまり気にしていない様子で何よりだった。
ほっと胸をなでおろすオルーカに、カウンターの端から声がかかる。

「オルーカ、久しぶり!」

聞き覚えのある声に振り向けば、そこには。
「レティシアさん!お久しぶりです」
久しぶりに顔を合わせる仲間に表情をほころばせるオルーカ。
レティシアの向こうには、今まで話をしていたのか、ミリーの姿が見える。
「そちらは……校長先生ですか?魔道学校の」
「覚えがめでたくて何よりだわ。カイとヘキが雇った冒険者さんね?ミリーでいいわ、よろしく」
「わ、覚えていただけてるなんて光栄です。こちらこそよろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げるオルーカ。
「ねえオルーカ、時間があるなら少しお茶でもしない?」
レティシアが言い、オルーカは快くうなずいた。
「もちろん。せっかくですからあちらで」
テーブル席を示し、ミリーに一礼して二人でテーブル席に移動する。
「このお店って静かで雰囲気がいいし、何を注文しても美味しいから、ヴィーダにいる時はよく寄るのよ。マスターがイケメンだから目の保養になるし」
「わかります!お茶もお菓子もフードも美味しいですしね」
身を乗り出して同意するオルーカ。
そこに、マスターが水とおしぼりを持ってやってきた。
「やーなんだか嬉しくなっちゃうなー。二人ともご注文は何にするー?」
「私はダージリンでお願いします」
「じゃあ私は…えっと、ミルクティーで」
「はいかしこまりー。ミルクティーと……なんかお菓子食べる?」
マスターがそう聞くと、レティシアは苦笑して首を振った。
「今日は飲み物だけでお願い。朝ごはん食べたばかりで、まだお腹減ってないの~」
マスターは少しレティシアを見つめてから、にこりと微笑んだ。
「ダージリンとミルクティーね、かしこまりー。ちょっと待っててね」
言って、カウンターへと引き返す。
レティシアは改めてしみじみとオルーカに言った。
「こうやって会うのも久しぶりよねぇ。そもそも私たちが会う時って依頼中だから、あんまりのんびり話をしてる場合じゃない事の方が多いもんね」
「そうですね…ここでお会いする時も、何故かのんびりしていられないことが多いですし」
「そういえば、確かに」
クスリと笑ったところに、マスターが飲み物を持ってやってくる。
「はーい、ダージリンとミルクティーねー」
「ありがとうございます」
「ありがとう、マスター」
「そういえばオルーカちゃん、昨日の話受けるの?」
「えっ」
マスターの唐突な問いに、驚いて顔を上げるオルーカ。
「昨日、司祭様と話してたでしょ。故郷に帰らないかって。オルーカちゃんがいなくなると寂しくなっちゃうなーと思ってさ」
「あ……あの、ありがとうございます…」
オルーカはどう言っていいかわからずにピントのズレた受け答えをし、それから苦笑した。
「まだ…迷っていて。いいお話ではあると思うんですけど…」
「そうなんだね。寂しくなっちゃうけど、オルーカちゃんが後悔しないようによく考えるといいと思うよ」
「はい……」
マスターとオルーカのそのやり取りを聞いていたレティシアが、驚いたように息をついた。
「そっかー…偶然ってあるのね」
レティシアの言葉に、マスターとオルーカの目が彼女を向く。
「私も実は実家に帰らなきゃいけなくなったの」
「え、そうなんですか」
驚いた様子で、オルーカ。
「えーレティシアちゃんもいなくなっちゃうのかー。綺麗どころがどんどんいなくっちゃうなー」
「き、綺麗どころだなんてそんな、オルーカはともかく…」
レティシアは恐縮して言う。
「マスター、少し茶葉を探したいのですが」
そこにカウンターから執事が声をかけ、マスターはごゆっくり、と言い残すと足早にカウンターへ戻っていった。
再びレティシアと二人になったところで、オルーカが先ほどの話を続ける。
「レティシアさんはどうして実家の方へ?」
「実は…兄ちゃんの具合が思わしくなくて…」
「お兄さん、ですか?」
「うん……私、兄が二人いてね。上の兄は元気にやってるんだけど、下の兄が昔から病気がちで……いよいよ、もう残り時間もないって言われたみたいで…」
「そうなんですね……それは、早く帰ってあげてください」
オルーカが心配そうにレティシアに言うと、彼女は苦笑した。
「うん、そのつもり。多分、冒険者も引退すると思うんだけど、その先私は何をしたらいいのか考えちゃって…」
頬杖をついて、ため息をつく。
うーん、とオルーカも眉を寄せた。
「お兄さんの調子が思わしくないのなら、旅暮らしを続けるのは難しそうですね……というか、ミケさんはどうするんですか?」
「そうなのよねー」
レティシアは頬杖を通り越して、べったりとテーブルに顎をつける。
「冒険者をやめるってことは、もうミケに会えなくなっちゃうって事になるのかなぁ。手紙は出せるんだから、何か理由をつけて会って欲しいって言ったら、ミケは優しいから会ってくれるかな?」
「ミケさんなら会ってくれそうですけど……離れ離れになっちゃうのはちょっと辛いですよね……」
視線を落として呟くオルーカ。
「オルーカもそういう人がいるの?」
「えっと、ええ…まあ、はい」
「そうなんだ。詳しく聞きたいところだけど……でも、故郷に帰っちゃったら、その人とも会えなくなっちゃう、よね…?」
「そう…なりますね」
「いいお話…ってさっき言ってたけど、帰らなくちゃいけない理由があるの?」
「故郷の教会を立て直すので、私に故郷に帰って司祭にならないかという話が持ち上がってるんです」
「司祭様に?すごい!」
純粋に感心したように、レティシア。
オルーカは苦笑した。
「でしょう?だから、いいお話、なんです。でも……」
「…帰ったら、恋人とは離れ離れになっちゃう……か」
レティシアの言葉に、オルーカは言葉なく頷き返す。しかしすぐに気を取り直して、レティシアの方を見た。
「…というか、私のことはいいんですよ。レティシアさんは、ミケさんに告白しないんですか?」
「うぇっ」
少し驚いた様子のレティシア。
オルーカはテーブルの上にこぶしを置いて力説した。
「私も、よく考えますけど……レティシアさんも、よく考えてください。手紙が届いているうちはいいですけど…ミケさんだって、いつ私みたいに、いい話のお声がかかって、どこか知らないところに行っちゃうかもしれないんですよ!」
「そっ……そうか…ミケは優秀な魔術師だから…」
レティシアは眉を寄せて、それからオルーカと同じようにテーブルの上で手を握った。
「…うん、そうね。告白しないで帰ってしまったら、きっと後悔するよね。後になって『あの時告白していれば』ってモヤモヤするより、ダメでも言っちゃってスッキリとした方が前に進む時に後悔しないよね」
「そうですよ。やらずに後悔するよりも、やって後悔した方がずっといいです」
「うん、ありがとうオルーカ。私頑張る。オルーカも頑張ってね」
「う……はい、私も頑張りますね」
コイバナの末に笑顔を交わす女性二人。
レティシアは残りのミルクティーを飲み干すと、幾分すっきりした表情で立ち上がった。
「じゃあオルーカ、またいつか会いましょうね。あ、お手紙書きたいから連絡先教えて?」
「あっはい、とりあえずは今の教会の方に……」
言って、連絡先をさらさらと書いて渡すオルーカ。
レティシアは嬉しそうにそれを受け取った。
「ありがとうオルーカ。オルーカの方も上手くいくように祈ってるね!」
「ありがとうございます、レティシアさんもお気をつけて」
オルーカに手を振ってから、レティシアは会計を済ませ、軽い足取りで店を後にした。
その後ろ姿を見送ってから、オルーカの表情が少し曇る。

「後悔しないように……か」

ハーフムーンを出たところで、熊獣人の少年に遭遇した。
「おや、ネイト」
ネイト、と呼ばれた少年は、ぱっと顔を上げて元気よく挨拶をする。
「オルーカさま!おでかけですか?」
「ええ、そうですね。ネイトもどこかにお出かけですか?」
「友達とお祭りに行くのです。あ!」
そんなことを言っている間に、くだんの友達が来たようで。
「ネイトー!」
「チョコさん!」
向こうから駆けてくるコボルトの子供に、こちらも手を振りながら駆け寄っていくネイト。
駆け寄ってきたコボルトの向こうに、もう3人コボルトの子供がいる。
「早く行こうよー、プリンもババロアもムースもおなかがすいたって」
「行きます行きます!ではオルーカさま、失礼いたします!」
「はい、行ってらっしゃい」
オルーカが手を振って見送ると、ネイトはチョコと呼ばれたコボルトと共に、残りの3人のもとへ駆けていった。
「早く行こうよ、ネイト!」
「おせーぞ、ネイト!」
「はーい、今行きますよ~!」
わちゃわちゃとじゃれあいながら大通りの方へ駆けていく子供たち。
「そうか、継承祭……考え事をしていて、そんなことも忘れていたな」
オルーカは苦笑してため息をついた。

歩き出しながら、さっきのレティシアとの話を反芻する。
司祭に昇進の話は、願ってもない。
自分が僧侶になったのも、叔母が故郷の教会で僧侶をやっていたからだった。司祭が言う、アラサニアの教会で叔母が司祭を務めていた。
叔母が亡くなり、教会の維持が難しくなって、オルーカはガルダスの僧侶としてあちこちの教会を渡り歩くことになった。
だから、自らが司祭となり、叔母の跡を継ぐ形となるのは、本来ならば願ってもないことだった。
だが。レティシアの言う通りだった。やります、と即答できない理由は。

「………あれっ」

考え事をしながら歩いていたことに気づき、ふとあたりを見回すと。
「……ササさんの大学……」
ササ。サンチアーガ・サルセード。
目の前の大学で薬学を学ぶ青年。

そして……オルーカとお付き合いをしている男性、だ。

無意識に大学の方へ足を運んでしまっていたらしいことに、苦笑する。
「つい、ここに来てしまいましたね…」
どうしたいのか、何か言ってほしいのか。それも分からない。
ただ、会いたくて。
オルーカはそのまま、ササの研究室へと足を進めた。

こんこん。
ノックをするが、返事はない。
「いないんですかね……」
継承祭だし、お休みということも考えられる。
しかし、ならば誘いの一つもあってよさそうなものだが…と考えながら、ドアノブに手をかけてみると。
がちゃ。
「えっ、開いてる…?」
オルーカは驚きつつも、そっとドアを開けてみる。
「失礼します……って、えっ?!」
覗き込んだ中の惨状に驚いた。
割れたビーカー、バラバラなった薬草、飛び散った書類…そして。
「ササさん?!」
めちゃくちゃになった部屋の中心にササが倒れている。
オルーカは慌てて駆け寄った。
「ササさん!ササさん、しっかりしてください!」
「う…っ」
体を揺らしてみれば、かろうじて意識はあるようで。
オルーカはほっとしつつも、慎重にササを抱き起した。
「ササさん!」
「イタっ…!」
痛そうに顔をしかめるササ。頬には血がひとすじ垂れている。
「だ、大丈夫ですか!」
「あ……ああ……どうにか…いてて」
ササは頭を押さえながら、どうにか体を起こした。
「ササさん!一体何が…?!」
「い、いきなり、茶色い全身タイツとヘルメットの男三人組がやってきて…」
「ちゃ、茶色い全身タイツとヘルメットの三人組…?」
冗談のような絵面しか想像できないが、真面目に話を聞くオルーカ。
ササは頭をさすりながら続けた。
「なんか…『悪役草をよこすなり~!』とかいいながら、薬草の入った棚を開けようとして」
「悪役草…そんな草があるんですか?」
「あるわけない……いや、少なくとも俺は知らない」
学者らしいものの言い方をするササ。
「で、棚にはカギがかかってるから開かないんだけど、強引にカギを壊そうとするから…止めようとして」
「止めようとして…暴行されたんですか?」
「いや……何かに躓いて机に頭ぶつけて、書類は落ちるし、割れたビーカーでこめかみ切れるし…」
「ササさんの自爆じゃないですか」
「それで、イテって思って顔押さえようとして、バランス崩して床に頭ぶつけて、意識が…」
「何をどうやったらそんな器用な転び方するんですか…」
思ったより重大事件でなかったことに少しほっとするオルーカ。
「血が出てるから、殴られたとか刺されたとかかと思ってびっくりしました」
「う……すまん」
「ササが刺された!って言おうと思ったのに」
「余裕あるなオイ」
「で、その薬草目当ての賊はどうなったんですか?薬草棚は無事のようですけど…」
「ああ、なんか…朦朧としててあんま覚えてないんだけど…『見つからないからこの「カッパシュリンプせん」を頂いていくなり~!』『すわ?!これ中身入ってないなり!』『ゴミなり〜!』『分別して捨てるなり!』とか言いながら出てったような…」
「結構覚えてますね」
ササの記憶が正しければ、賊は侵入したはいいものの、何も取らずに帰っていったようだ。
やはりそれほどの大事件でなくてほっとしたものの、ササは怪我をしている状況で、まだ立ち上がれそうにないようだ。
どうしたものか、と迷っていると。

「あーにきー、ここトイレ遠くね?」

やたらと元気な声がして、研究室のドアから少女が入ってくる。
見知った顔に、オルーカは驚いて声を上げた。
「も、モモさん!」
「あれ、オルーカじゃん!おひさ~」
「お、お、お久しぶりです…」
やたらとケバい格好をした少女は、ササの妹のモモだ。
「マジ久しぶり!ねね、うちのきょコどかな?」
「え?え?」
もはや宇宙語に近いモモの言葉に戸惑っていると、モモはようやくオルーカが助け起こしているササに気づいたようだった。
「何やってんだよ兄貴~!また一人で勝手に転んだの?ダッサ!」
「ええとそうというか違うと言いますか。
じゃなくて!モモさん、大通りに救護テントが出ているはずです!ササさんには私が回復魔法かけてますから、誰か呼んできてください!」
「ぴえん。なんかよく分かんないけどおけまる水産~!」
モモはやはりよくわからない言葉を発しながら、オルーカの勢いに飲まれて急いで研究室を出ていった。
ササを寝かせて、回復魔法をかけ始めるオルーカ。
「じっとしててくださいね…」
「回復魔法…うまいじゃん…」
「頑張ってるんです…」
魔道学校の特別教室に通って、回復魔法を勉強したこともあった。
その甲斐あって、回復魔法が苦手だったオルーカも少しずつできるようになってきている。
しかし、やはり本職の魔道士のようにはいかず。こめかみの傷を少し直した程度で、またバタバタと廊下から数人が走る足音が近づいてきた。
「連れてきたよ!」
飛び込んできたモモの後ろから、救護員であろう男性二人が担架を持って部屋に入ってくる。
男性たちはてきぱきとササを担架に乗せると、定型であろう質問をした。
「意識は?自分の名前は言えますか?」
「サンチアーガ・サルセード…」
「あなた方はご家族ですか?」
「妻です!」
食い気味に即答するオルーカに、慌てるササ。
「ち、違う」
すると、モモがそれに割って入った。
「お腹の子に障るし~!兄貴喋るな!」
「お前が喋るな!つかオレが妻かよ!?」
意外に元気なササ。
「では、大通りの救護テントに運びます!奥様もご同行を!」
「はい!」
「だから違うって!」
担架の上で身動きできないまま、ササは真っ赤な顔で否定し続けるのだった。

「怪我をされたのですか?こちらに横になってください」
運ばれたテントでは、坊主頭の男性が慣れた様子でササを誘導し、診療台に寝かせた。
「ふむ…湿布と痛み止め、あと絆創膏ですね…」
てきぱきとササの頭から体までに触れるが、目は当初から閉じたままだ。
モモが不思議そうに首をかしげる。
「あんた、なんで目ぇ閉じてんの?」
「も、モモさん」
ぶしつけな言い方にオルーカが止めようとするが、男性は目を閉じたままふっと微笑んだ。
「目が見えないのですよ」
「ふえっ?目ぇ見えないのに治せんの?」
「も、モモさん!」
さらにぶしつけな質問に、さすがに慌てるオルーカ。
男性は特に気分を害した様子もなく、ササの手当てをしてから体を起こした。
「目が見えないことはそれほどハンデにはなりません。ほかのことで十分情報を得られますから」
「マジか、やっばー!魔法でもないのにエモくね!?あたしモモ!あんたは!?」
「ノガイデリ…ノグとお呼びください」
「んじゃあ、ノグさぁ!」
モモはきゃっきゃとはしゃぎながら、楽しそうにノグに話しかけている。もうすっかりササのことは忘れた様子だ。
「ササさん、大丈夫ですか?」
オルーカは心配そうに、診療台のササを支え起こす。
ササはまだ痛そうに顔をしかめながら、首を振った。
「全然大丈夫…つーか、恥ずい…全部自爆なんだけど…」
「強盗が押し入ってこなければこんなことにはならなかったはずです」
「まあそうだけど…」
言いながら、オルーカの表情がどんどん険しくなっていく。
「ササさんをケガさせた上で人のものを盗っていくなんて…」
「いや盗ってったのゴミだし、オレがビックリして転んだだけだし」
「許せません!」
「オルーカ?聞いてるか?」
オルーカは何かを決意したように立ち上がった。

「私が!犯人を見つけ出して、神の裁きを与えてあげます!!」

「おーい…オルーカ…もどってこーい……」
もはや何を言っても無駄と悟りつつも。
ササはめらめらと闘志を燃やすオルーカに、そっと呼び掛けてみるのだった。

捜査開始

ところは変わって、バザール。
たくさんの店が立ち並ぶ市場の一角にある、『小峠の釜めし屋』と銘打った……釜めしも売っているがそれ以上に何かよくわからない派手な服ばかりのフリーマーケットブースで。
茶色い全身タイツとヘルメットの三人組が、横柄な態度で店員に命令していた。
「悪役用の衣装をよこすなり~!」
「悪役用の衣装ぅ?」
こちらも何というか三人組に負けていない迫力のある店員が、不思議そうに首をかしげる。
「別の意味で捕まっちゃいそうな衣装ならあるけどぉ、悪役用の衣装なんてないわよぉ?」
むっとした様子で言い返す三人組。
「隠すとタメにならんぞ!」
「おお!今のは悪役っぽいのではなかりて?!」
「なかりてなかりて!」
「て、照れるなり〜!」
話が大に脱線したところで、金にならないと判断した店員はさっさと追い返すことにした。
「はいはぁい、買う気がないならすっこんでてぇ?っていうかぁ、悪役っぽい衣装なら確か大通りの方のお店にあったと思うわよぉ?」
「なに?それはまことか?!」
「まことまこと。はいじゃあ、いってらっしゃ~い♪」
「いざ!悪役っぽい衣装を求めて!」
「いざゆかん!」
「いざ!」
三人組は店員の言うことをあっさり信じると、来た時と同じく目にもとまらぬ速さでその場を後にした。
「十分悪役っぽい服だったと思うけどぉ……っていうかあれ、ゴキブリ?かしらぁ?やだー変なもの見ちゃったわぁ」
店員は渋い顔でそういって、釜飯材料のところにあった塩を撒く。
とそこに、見知った顔を見つけて思わず声をかけた。

「あらぁ?オルーカちゃんじゃなぁい?」

バザールをあたふたと探し回っていたオルーカは、不意に名前を呼ばれて振り返る。
視線の先でひらひらと手を振っていた、大柄な女せ…いや男性…?の姿に、驚いて駆け寄った。
「ンリルカさん!お久しぶりです!」
「久し振り~♪30年振りくらいかしらぁ(^-^)」
「私は14歳ですが本当にお久しぶりですね!ンリルカさんもお元気ですか?」
「シーv今のワタシは辛梨寺ンリェンなのよぉ」
「からり……じ?」
よくわからずに首をかしげるオルーカ。
と、そこに。

「あれっ……ンリルカさんと……オルーカさんですか?」

さらに後ろから声がかかり、そちらを振り返るオルーカ。
そこには、黒いローブをまとった魔導士の姿があった。
「ミケさん!お久しぶりです」
「いやーん♪ミケくんじゃなぁい~!ぴっちびっちのマーメイド♪世界中のメンズのスイートハート、ンリェンちゃんよぉ☆彡」
「早速消える辛梨寺…ていうかさりげにぴっち『びっち』なんですね」
「んもぉ、フォント種類によっては黙ってりゃ気づかないんだから、い・い・の♪」
そんな軽快なやり取りをしている二人のところに、ニコニコしながら歩いてくるミケ。
「お久しぶりです。お二人とも変わり無いようで何よりです」
そして、ミケの後ろには、彼と面差しのよく似た、しかし数段美しい男性がいて、ンリルカはたちまち目を輝かせた。
「ミケくんのそばにいる、クローネくんによく似たスーパー美男子はどなたぁ?」
「あ、ええと、ご紹介します。一番上の兄で、グレシャムです」
ミケが紹介すると、グレシャムと呼ばれた男性はにこやかに挨拶をした。
「初めまして。グレシャム=デ・ピースです。ミケとクローネがお世話になっています」
「あらぁん、こちらこそ、ミケくんにはいつも、頭のてっぺんからつま先までくんずほぐれつしっぽりとお世話になってますぅ☆」
「ンリルカさんはいつもこんな感じですが、事の腕前とかとてもすごい人です。頭のいい方なんですよ」
ンリルカのねっとりした発言も慣れた様子であしらうミケ。
「やだミケくんたらぁンリェン照れちゃう」
「そして、こちらがオルーカさんです。いくつか一緒に依頼を受けて仲良くなった火の神官さんです。とても信頼のおける方ですよ」
「そんな、私こそミケさんのことは信頼していますよ。とても頼りになる方です」
「そうなのですね。ミケがお仲間としっかり信頼を築けているようで安心しました」
うんうん、と鷹揚に頷くグレシャム。
ミケは再びオルーカとンリルカに向き直った。
「お二人は、バザールに出展されてるんですか?」
「あ、いえ、私はそうじゃなくて」
「ワタシが出してるのよぉ~、昔のお店の小物を売っちゃいたくてぇ」
ンリルカが言い、オルーカが首をかしげる。
「昔のお店…?」
「そうなのよぉ、聞いてくれるぅ?」
ンリルカが言うには、勤めていたオカマバーが時流の波にのまれて潰れてしまったため、別の街の店に行くための資金集めとして、潰れたオカマバーの衣装やら小物やらを売りたかったのだという。しかし、軒並みいかがわしいものばかりであったために出展を断られ、仕方なく釜めし屋というカモフラージュをしているのだそうだ。カモフラージュできているかは言及しないが。
「そうだったんですね……ンリルカさんも大変ですね……」
心配そうにオルーカが言うと、ンリルカはふと思いついたように胸の前で手を合わせた。
「あ☆そうだわ!オルーカちゃんにちょうど良さげな服があるから持って行ってちょうだい~♪」
びらり。
そう言って、色とりどりの衣装からンリルカが選んで広げたのは、清楚な白のロングスカートだった。
股間にハートマークの穴が開いていることで清楚が台無しだが。
「これで彼氏も悩殺間違いなしよぉー☆」
「えっあの……えっと…ありがとうございます……」
呆然としたままつい受け取ってしまうオルーカ。
「ミケくんにはこっちよぉ☆」
「えっ僕にもあるんですか結構です」
ミケが速攻で断るも、ンリルカは楽しそうに衣装を選び始める。
「そう言わずにぃ……あ☆ミケくんっぽいネタがあるから、これをミケくんにあげるわぁ♪」
差し出したのは、股間に白鳥のついたチュチュ。
「何がどう僕っぽいんですかこれ!」
「すっっっっごくミケくんっぽいじゃなーい?もらってねぇ?」
ぐいぐいとチュチュをミケに押し付けてから、ンリルカはオルーカに向き直った。
「ところで、オルーカちゃんはそんな忙しそうにしてどうかしたの?オカマの釜めしでも食べてちょっと落ち着いたらぁ?」
かぱ。
言いながら釜をカパッと開けるが、あいにく中は空だった。
「いやーん♪お米がなくなっちゃったわぁーちょっと待っててねぇ」
ンリルカはそう言って、スッと真面目な表情で隣の窯の方を向く。
「……釜の呼吸!壱ノ型 御飯早炊き!」
ぽち。
釜についていたボタンをスイッチオンしてから、白いしゃもじ片手に元の笑顔に戻ってオルーカに向き直った。
「あ、これはワタシの月輪刀なの☆ちなみに釜の呼吸は石の呼吸の派生で、弐ノ型は白米大盛。終ノ型はお粥掛けライスなのよぉ」
「ンリルカさん、ファンに焼き討ちされかねないのでその辺で…」
「でぇ?ご飯炊いてる間にお話聞くわぁ、どうしたのぉ?」
「……はっ!そうでした、あの!」
オルーカはそこでやっと思い出した様子で、ンリルカとミケを交互に見た。
「実は、知人が強盗に入られて」
「強盗ですか」
物騒な話に身を乗り出すミケ。後ろのグレシャムもただならぬ雰囲気に黙って話を聞く。
「幸い、何も取られたものはないんですけど…知人が怪我をしてしまって。私、犯人を捕まえたくて探してるんです」
「強盗傷害じゃないですか…大事件ですね」
実際は強盗でも障害でもないのだが、まあ嘘は言っていない。
「よければ、僕も協力させてください」
「助かります!今から風花亭にでも、依頼書を出そうと思っていて……知人の目撃証言から、こんなことしかわからなかったんですけど」
かさ。
オルーカは手に持っていた紙を丁寧に広げて見せた。
「茶色い全身タイツとヘルメットの三人組……?」
強盗、という言葉の響きの斜め上を行く目撃情報に眉を顰めるミケ。
すると。
「あらぁ?そんな感じの子たち、さっきワタシの店に来たわぁ?」
首をかしげて言うンリルカに、オルーカが身を乗り出す。
「ほ、本当ですか!」
「悪役の衣装はないかーってぇ、すっごいえばっててぇ。お金出しそうになかったからテキトー言って追い返しちゃったけど、そんなことなら引き留めておけばよかったわぁ」
ンリルカは肩を竦めて言ってから、再び胸の前で手を合わせた。
「んじゃ、引き留めておけなかったお詫びもかねてぇ、ンリェンもひと肌脱いで手伝ってあげるわぁ」
「あ、ありがとうございます!」
「いいのよぉ、ちょうどお店にも飽きて来てたトコロだったしーw」
「そっちが本音じゃ……っていうか、いいんですか本当に、お店ほったらかして」
ミケが言うと、またうーんと首をかしげるンリルカ。
「それもそうねぇ……んじゃ、帰って来るまでお兄さんがこのお店やっててくれないかしらぁ?」
「えっ、私が?」
突如矛先を向けられたグレシャムが驚いて首を振る。
「いや、難しいのでは……売り子など経験がありませんし、釜飯とやらも作ったことはありません」
「大丈夫、大丈夫♪このどんぶりに適当にご飯よそって、ぶっかけたり、ぶっこんだら出来上がるから、後はヨロシクねぇ☆」
「え、あの、困ります……」
「しっかりしなさいアナタ長男でしょ?次男だったらできなくても、長男だから我慢できるわぁ!」
「そのネタいつまで続けるんですか」
「あ、兄上……」
ミケが心苦しそうにグレシャムの肩に手を置く。
「すみません、僕も協力してなるべく早く終わらせますので、しばらく見ていていただけませんか…」
「……お前が言うのなら仕方がないですね。善処します」
苦笑するグレシャムにもう一度頼み込んでから、ミケはンリルカとオルーカの方を向いた。
「僕もお手伝いします。ンリルカさん、その三人組はどちらの方向に行きましたか?」
「大通りの方のお店にあるって嘘ぶっこいたからぁ、たぶんそっちの方に行ったと思うわぁ?」
「大通りですね!早速行きましょう!」
早速駆けだすオルーカに続き、ミケとンリルカも後を追って駆けていく。
グレシャムはそれを、のんびりと手を振って見送るのだった。

「ご覧ください!大通りは新しい国王陛下のお姿を一目見ようとこの盛況ぶりです!時代はシュライクリヒ14世からシュライクリヒ15世へ。非常に平和的で、恩愛の絆深い王位継承です。かつてこれほど国民に好意的に受け入れられた式典があったでしょうか!感動です。わたくし些か感動しております!」

大通り。
ちょうど継承パレードの真っ最中で、あたりは多くの人でごった返している。
ガイアデルト商会が用意した特設ブースでは、魔法を利用した拡声器で、さきほどからレポーターが熱く中継をしていた。レポーターの名札にはシン・ジカガワと書かれている。

「やっぱりすごい人出ねぇ」
人ごみの外側で、赤ん坊を抱いた女性が辟易したようにため息をつく。
その横では、おそらくその赤ん坊の祖父であろう老人が精いっぱいの背伸びをしていた。
「ここからじゃ陛下の姿はとても見えそうにないのぉ」
その二人を守るように人ごみ側に立った男性が、苦笑してそれに答える。
「仕方ないよ。この子が潰されないよう俺たちはここから見てよう、ロージィ」
「そうね、クライネ。ほら、お義父さんもこっちへ」
「おお、そうじゃな……おっと」
「わっ」
女性に手を引かれた老人が移動しようとしたところに、通りがかった少年がぶつかってしまった。
「あ…ごめんなさい!」
「いや、こっちこそ。大丈夫だったか?」
男性が言い、少年は笑顔で胸を張った。
「僕はヘーキ!あ、赤ちゃんだ!カワイーv 名前なんて言うの?!」
「ヴィオラというんじゃ、可愛いじゃろ?!」
嬉しそうに言う老人に、少年はニコニコしながら赤ん坊の目の前までかがみこんだ。
「可愛い~!僕はユリルだよ、ヴィオラ~。抱っこしたいな~、でも無理だからナデナデさせてね」
そう言いながら、赤ん坊の頭をそっと撫でる。
彼の言う通り、彼に赤ん坊を抱きあげることはできなかった。なぜならば、彼にはもう片方の腕が無かったのだから。

一方で、オルーカたちは大通りにほど近い所まで走ってきていた。
パレードの真っ最中であることもあってか、かなり人が増えてきている。
オルーカは息を整えながら。あたりをきょろきょろと見まわした。
「はあはあ…ど、どこでしょう…?!」
「オルーカちゃん、あっちよぉ!」
ンリルカが指さした方を見れば、確かに茶色い全身タイツの怪しげな三人組が。
オルーカは早速駆けだすと、大声で三人組を呼び止めた。

「待ちなさーい!」

オルーカの声に振り返る三人組。
「むむ、兄弟たちよ!聞こえたなりてか!?」
「うむ!聞こえたなり!我らを追いかけてくるとはなかなか見込みのある人物…!」
「追いかけられるのは悪の華!マジ悪役っぽいなり~!」
「かくなる上は三十六計逃げるに如かず!」
「「如かず~!!」」
だっ。
言うが早いか、三人組はそれぞれ全く違う方向に駆けだした。

「ちょ、バラバラに逃げるなぁあ!」
「オルーカちゃん、私はアッチにイくわねぇ~!」
「では、僕はこちらに!
「ありがとうございます、ンリルカさん、ミケさん!!」

ンリルカとミケがそれぞれ別の全身タイツを追いかけ始めたので、オルーカは簡潔に礼を言って残りの一人を追いかけた。

「わわわ!もうおいついたなりか!」
「待ちなさい!ええいっ!」
あっという間に追いついたオルーカは、地を蹴って持っていた棍棒を振り上げる。

「火炎棍!」

ごうっ。
棍棒の先に火が灯り、振り下ろした勢いで大きな火の玉になった。
振り下ろされた棍棒の火が体をかすめ、悲鳴を上げる全身タイツ。
「ぎょわー!あちち!ほ、本気の攻撃なりー!」
「当たり前です!」
「こんな人通りの多い往来で何考えてるなりか?!非常識極まりないなり!」
「お天道様の見てる真っ昼間からそんな格好して出歩いてる人に言われたくありません!」
「ファッションは自由なり!誰にも文句言われる筋合いはないなり〜!」
「くっ…さっきから屁理屈を…!問答無用!!」
「にょわー!!」
ごっ。
バランスを崩して倒れこんだ全身タイツの顔のすぐ横に振り下ろされ、地面にぶつかって鈍い音を立てる棍棒。
「ふう…ゴキブリ一匹確保です。うう、気持ち悪い…!」
「我はゴキブリではないぞなもし!気高きクワガタンぞなもし!」
じたばた暴れる全身タイツを縛り上げ、オルーカはキリキリ立たせた。

「オルーカさん!」
大通り近くまで戻ってきたオルーカに、ミケが声をかける。
声がした方を見れば、ミケもまた縛り上げた全身タイツを、風魔法で宙に浮かせて連行してきたところだった。
「ミケさん!確保できましたか、ありがとうございます」
「オルーカさんも捕まえたようですね、よかったです」
笑顔を交わしてから、2人の全身タイツをまとめて縛り上げる二人。
「あとはンリルカさんですが……」
と、あたりを見回したちょうどその時。

「オルーカちゃん~!犯人達を見つけて来たわぁー☆」

向こうから野太い声が聞こえてきて振り向くと、オルーカが手を振りながらこちらにやってくるところだった。
しかも。
「な、何でこんなに増えてるんですかね…!」
ぎょっとしたミケが言った通り。
ンリルカが連れてきたのは、総勢8名の、茶色っぽい服を着た男たちだった。麻縄で恥ずかしい縛り方をされた挙句、竹筒で口枷をされている。
「まだ引っ張ってたんですねそのネタ…」
「ふぅ~☆ンリェン張り切っちゃった!さ、犯人はどれだったかしらぁ?」
「え、ええと……」
「というかこの中で犯人見たのンリルカさんだけなんですから……」
ずらりと並べられた犯人候補。
その中央には、今ミケとオルーカが縛り上げた全身タイツとお揃いの格好をした男が確かにいる。
オルーカは恐る恐るそれを指さした。
「え、えっと…これだと思います……というか他の人たちは早く解放してあげてください……」
「いやんッ、ンリェンったらおっちょこちょいなんだから(テヘ)ハイ!解散~!」
何をどうやったのか、たちどころに恥ずかしい縛り方から解放される男たち。
「ていうか、端っこの人ゼルさんじゃないですか!」
一番端にいた人物は、何故か恥ずかしい縛り方をされていなかった。オルーカが普通に縄をほどき、竹筒の口枷を解くと、ぷは、と苦しそうに息をつく。
「いや~……ひどい目に遭いました……」
ようやく息をついた男性……ゼルは、若干涙目でンリルカを見上げた。
ひらひらと楽しそうに手を振るンリルカ。
「ゼルくんはねぇ、あーゼルくんがいるなぁーって思っただけなんだけど♪ほら、ゼルくんってなんとなく本人の存在自体が怪しいじゃなぁい?
多分きっと絶対犯人じゃないとは思ったけど、面白そうだっからとりあえず縛って持って来たわぁ☆」
「ひどいですよ~……僕、か弱いんですからね?」
「そうですよ、ダメですよンリルカさん、確かにゼルさんは存在自体怪しいですけど!」
「えぇぇ、そこ肯定されちゃうんですか?」
「そうよねぇ?」
「うう、僕はそんなに言うほど悪いことしてないと思うんですけどねぇ…最近は」
「最近は?」
縄で縛られた跡を痛そうにさすって言うゼル。
ふと、オルーカは後ずさっているミケに声をかけた。
「ミケさん?どうかしましたか、青い顔をして」
「い、いえ…ルール上会うことのできない生き物に遭遇して戦慄しているだけです。ポチも本能的に危険を悟ってさっさと逃げたし」
「はーいメタ禁止ですよー」

というわけで。

「ササさんから奪ったおやつ…の空袋と、ササさんに怪我させたことを謝ってもらいますよ!」
「ササとは何者なりか?!」
「我ら悪役なれども、活躍をわれらが認識しないのは卑怯なり!」
「「卑怯なりぃ!」」
「せめて!せめて我らの悪の華が咲く活躍ぶりを!この耳で!」
まとめて縛り上げられたままわちゃわちゃと騒ぐ全身タイツたちを無視して、オルーカは改めてミケとンリルカに頭を下げた。
「ミケさん、ンリルカさん、ご協力ありがとうございました。私はこれからこの人たちを自警団に連れて行きますね」
「よかったわねぇ~オルーカちゃん♪その後のことは、またじっくりたっぷり聞かせてねぇ~ん?と・く・に、さっき言ってた『ササさん』って人のこと☆」
「は、はい……それはそのうち、また」
ひらひらと手を振るンリルカに、少し照れた様子で返すオルーカ。
ミケはにこりと微笑んで頷いた。
「お疲れさまでした。ひとまずは良かったですね。これから自警団ですか…お忙しそうですが、お話してお伝えしたいこともあるので、お祭りの間にまたどこかでお会いできるといいですね」
「あ、はい。わかりました、お会いできたら、是非」
オルーカは頷いてもう一度二人に礼を言うと、全身タイツたちの縄を引っ張って自警団へと向かうのだった。

決意の時間

「あ、オルーカさん」

中央公園の入り口で。
ようやく取り調べから解放され、大通りへと帰るべく歩いていたオルーカは、呼び止められて振り返った。
そこには、何故かボロボロになった服を着たミケが彼女に手を振っている。
「ミケさん。先ほどはありがとうございました。あの……どうしてそんなにボロボロに?グレシャムさんは?」
「ちょっと事情があって、別行動をしていて。ボロボロになってるのは…ええと…聞かないでください…」
「え……は、はい……」
そう言われてしまっては、それ以上つっこんで聞くこともできない。
オルーカは苦笑した。
「そういえば、先ほどお話があるって言ってましたよね。お休みしがてら、どこかでお話でもしますか?ここからなら…真昼の月亭が良いですかね」
「ああ、はい。是非。兄上とも、後でそこで待ち合わせをしているので」
「そうなんですね、じゃあちょうどよかった。行きましょう」
二人は頷きあって、真昼の月亭に向かうのだった。

「いらっしゃいませー♪空いているお好きなお席にどうぞ!」

真昼の月亭で出迎えたのは、いつものアカネではなく、くるくるカールしたクリーム色のロングヘアをお団子にまとめたかわいらしい少女だった。
きょとんとしたままテーブル席に着くと、アカネが水とメニューを持ってやってきた。
「いらっしゃいませ!ミケさんオルーカさん、お久しぶりですね!」
「お久しぶりです、アカネさん。ええと、新しいウェイトレスさんですか?」
オルーカが尋ねると、アカネは頷いて新人の方を見た。
「はい、継承祭の間の臨時バイトさんです。エチカちゃんっていうんですよ」
「継承祭の間は混みますからね……あ、僕はダージリンで」
「私も同じものでお願いします」
「かしこまりましたー」
アカネは元気よくそう言うと、メニューを持ったままカウンターに引き上げていく。
水を飲んで一息ついたところで、オルーカは改めて深々と礼をした。
「この度はお騒がせいたしました…おかげさまで無事犯人を捕まえることができました」
「いえいえ、僕はあまりお役には立てず……オルーカさんは大丈夫だったんですか?」
「はは…なんとか厳重注意で済みました」
「ササさんは、その後は?」
「救護所で治療してもらって、もう回復したと、僧院から連絡がありました。自分で自分の薬を調合しているそうですよ」
「ああ、薬師さんなのでしたね」
「まだ修行中、と本人は言ってましたけど、私の回復魔法よりずっと有能です、ふふ」
地味にのろけるオルーカ。
ミケは続けた。
「それで、結局あのゴキ…なんでしたっけ?」
「ゴキブリーズです」
クワガタンです。
「あれは…ええと、なんだったんですか?」
「さあ……目的は結局よくわからなくて。悪役になりたいとかなんとか…まあでも、住居侵入、窃盗、障害、ンリルカさんの店舗での脅迫、大通りでの乱闘…と罪状てんこ盛りだったので」
「最後のは割とオルーカさんがメインですよね?」
「まあそこはその、厳重注意ということで……今も牢屋にいるはずですが、あの様子だと脱獄しかねませんね…」
「そうですね…まあ見たところ、シャレにならないような連中でないことが救いですが」
シャレにならないような連中ばかりを相手にしてきたミケがしみじみと言ったところで、注文のダージリンが運ばれてくる。
二人は紅茶を飲んでまた一息入れ、今度はオルーカからミケに訊ねた。
「そういえば…先ほどお話があるとおっしゃってましたよね?」
「あ、ええ……ええと、実はですね」
ミケは姿勢を正し、真面目な表情でオルーカと向かい合った。
「実は、一度故郷に帰ることになりました」
「えっ……」
タイムリーと言えばあまりにタイムリーな話題に、オルーカは絶句した。
苦笑して続けるミケ。
「帰ると言っても、まだその先はどうなるか…わからないんですけどね。
僕の故郷…ザフィルスの魔術師ギルドで、僕が書いた研究レポートが、何故か高い評価を受けたらしくて…こちらで研究者としての高いポストを用意するので、来てくれないかと」
「す……すごいじゃないですか!」
奇しくも、高いポストを用意する、というところまで同じ話に、身を乗り出すオルーカ。
「え、じゃあ、ミケさんは冒険者をやめて、ザフィルスの魔術師ギルドで研究者さんになるんですか?」
「それは……まだ」
迷った様子で、ミケ。
「正直、迷っています。研究者は向いてないって、以前ある人に言われてへこんでたんですけど、まあ、ついさっき、本当にそうだなと思って……高いポストにいたところで、僕にそれが務まるとも思えませんし……」
「そんな…ミケさんなら立派にこなすと思いますが……」
「そうですか?それでまあ…お話を受けるにしろ蹴るにしろ、一度故郷には帰ろうと思っているんです。兄も迎えに来たことですし」
「ああ、それで……」
今まで一度も顔を見ることがないし話に聞くこともなかったグレシャムが突然ヴィーダにやってきたのも、そういうことかと納得するオルーカ。
「ミケさんの将来はミケさんが決めるものですから、私からお話することはないですけど…ミケさんがいなくなるのはとても寂しいです」
「オルーカさん…」
少し寂しそうにうつむいてから、オルーカは顔を上げて微笑んだ。
「でも、ミケさんの人生ですもの。誰に何を言われても、自分の決めた道を行ってくださいね。またお会いできる日を楽しみにしています」
「…はい!」
オルーカの言葉に、嬉しそうに微笑んで頷くミケ。
オルーカはそこから、俯いて話し始めた。
「実は私も……タイムリーなお話でびっくりしちゃったんですが」
「オルーカさんも?」
「故郷のアラサニアに帰ってこないかと打診されているんです。アラサニアにあるガルダス教会をリフォームして、私を司祭に、と」
「すごいじゃないですか!」
オルーカと同じ反応を見せるミケ。
オルーカは頷いた。
「はい。いいお話だと思います。その教会は、もともと私の叔母が司祭を務めていて…叔母が亡くなったことで後継がいなくなり、無人となっていたんです。当時の私にはまだ、後を告げるほどの経験も実力もなくて。でも、叔母の跡を継がないか上から打診されて…」
ふ、とどこか遠くを見るように視線を移して。
「叔母は私の憧れでしたし、火の道に進んだのも叔母の影響なんです。だから願っていたことではあるんですが悩んでいて。以前の私なら、1も2もなく飛びついたのに、今は…」
「…何か、帰りたくない理由があるんですか?」
自分のことに照らし合わせてミケが言うも、オルーカは苦笑して首を振った。
「故郷には年の行った両親がいて、私が帰れば安心すると思います。私も両親の近くにいた方が、何かあった時にすぐ駆け付けられますし…帰りたくない、というのは全然ないんです。
でも……」
「何か、悩むことが?」
「悩むというか…ヴィーダに残りたい、という気持ちが自分にあることに戸惑っている、んだと思います。
叔母の影響で僧侶になって、いろんなところを回って…どこにもいい思い出はあるけれど、離れたくないと思うほどではありませんでした。
それなのに……」

「あっ、オルーカ!」

からん。
ドアの開いた音がして、それからすぐに、澄んだ少女の声が店内に響く。
驚いてそちらを見ると、高そうな身なりの子供が、嬉しそうな表情でオルーカのところに駆けてくる。
「レオナ!」
「オルーカ!」
オルーカが少女の名を呼ぶと、レオナは嬉しそうにオルーカに抱き着いた。
「オルーカ、久しぶり!」
「お久しぶりです、レオナ。元気そうで何よりです」
抱擁を解いて頭をなでるオルーカ。ミケも笑顔で挨拶をする。
「レオナさん、お久しぶりです。今日は、継承祭のお出かけですか?」
「うん!パパがお休みを取って連れてきてくれたの!」
振り返れば、入り口にはレオナの父親らしき壮年男性の姿。
オルーカはかつての依頼人に軽く会釈をすると、レオナに向き直った。
「お父上と一緒に継承祭に来られて、良かったですね」
「うん!あ、そうだ!よかったらオルーカも一緒にお祭りを回りましょうよ!」
「えっ」
思いもよらぬ提案をされ、驚くオルーカ。
レオナは甘えるように首をかしげて、眉を寄せた。
「……ダメ?」
「ええと……」
「用がないのでしたら、行ってあげたらいいじゃないですか。ササさんももう心配無いんですよね?」
ミケが声をかけ、にこりと微笑む。
「でも……」
「オルーカさんが言ってくれた言葉、そのままあなたにも当てはまると思うんです」
ミケは励ますように、オルーカに言った。
「オルーカさんの将来はオルーカさんが決めるもので、僕もお会いできなくなるのは寂しいですけど……誰が何と言おうと、オルーカさんの決めた道を進んでいくのがいいと思います」
「ミケさん……」
「本当は、もう答えは出てるんじゃないですか?」
にこり。
促すようにそう言われ、オルーカは苦笑した。
「そうですね…もうずっと、答えは決まっていたんです」
傍らのレオナの頭をもう一度撫でて。
ヴィーダに来てから、ここまでの思い出を振り返る。レオナ、僧院の面々、事件を共にした冒険者たち。
そして。

ササの顔を思い浮かべる。
会いたい、と思った。

「ここにも…ほんの少しだけお邪魔するつもりだったのに」
複雑そうな、それでも薄く微笑みを浮かべて言うオルーカ。

ミケの言う通りだった。
もう、答えは出ていた。

オルーカは顔を上げ、にこりとミケに微笑みかけた。
「ありがとうございます、ミケさん。私、レオナと少しお祭りを回りますね」
「はい、お気をつけて」
「そうしたら、今の気持ちを正直に話してきたいと思います」
「そうですか…よかった」
すっきりとした表情のオルーカに、ミケも嬉しそうに頷き返す。
「じゃあ、レオナ、行きましょうか」
「うん!パパ、オルーカが一緒に回ってくれるって!」
「そうか。よかったな、レオナ。すみません、オルーカさん」
「いえ、私もレオナと一緒に回りたかったので」
「ねー、早く行こう!」
「はいはい。あまり急ぐと転びますよ」
オルーカは手早く会計を済ませてから、レオナとその父と一緒に店を後にした。

新しい決意

「すっげーなこのゴミ…」
「祭りの後ですからね…」

日暮れのガルダス教会。
教会周辺の通りに出ていた出店が撤収され、人ごみも嘘のように姿を消した後には、あたりにたくさんのゴミが散乱している。
教会の僧侶たちがボランティアで、ゴミ掃除を始めるところだ。
「すみません、ササさんまで手伝っていただいちゃって」
「いや、いいんだよこのくらい。オルーカんとこの人たちにはいつも世話になってるからな」
申し訳なさそうに言うオルーカに、ササは手を振ってそう返す。
教会の面々がエリアを分け、手分けして清掃にあたるべく、分担を決めてそれぞれの場所に散っていった。
「オルーカ」
「ジィナさん。お疲れ様です」
ジィナと呼ばれたエルフの僧侶は、持っていたマップをオルーカに手渡す。
「お前たちの担当地区はここだ」
かさかさかさ。
明らかに分量の多いマップに、眉を顰めるオルーカ。
「…なんか多くないですか?」
「ゴキブリーズの騒ぎで、自警団にお前の潔白を説明してやったのは誰だったかな」
「謹んでお受けいたします」
「結構」
恭しくマップを受け取ってから、オルーカはふと思い出したようにジィナに言った。
「あ、ジィナさん、お祭りにネネラさんも来てました?」
「…何故知ってる?」
「エルフの森トラップ饅頭が食堂に置いてあったので、そうかなと。ご挨拶したかったです」
オルーカの言葉に、ジィナの表情がくわっと激変する。
「オルーカ…、まさか僕のネネたんを狙っているのか!?」
「なんでそうなるんですか」
「ノンノンノンノン!ネネたんは僕だけのANGEL PRINCESSなんだかんね!誰にも渡さないんだかんね!僕とネネたんは永遠の愛を誓い合った運命のお相手なんだからー!!」
「ササさん行きましょう」
クール美形なエルフから突然挙動不審な自宅警備員に変貌したジィナを完全無視して、オルーカはササの腕をとって歩き始めた。
「オルーカの僧院、大丈夫か?」
「…ノーコメントでお願いします」
もちろん、「大丈夫か?」の内容にはオルーカも含まれているのだが、それは言わないことにする。

「ふー、こんなもんかな」
担当エリアのゴミをあらかた片付け、一息つくオルーカとササ。
「ありがとうございます、ササさん。助かりました」
「役に立てたならよかったよ。んじゃ、帰るか」
「はい」
ゴミを焼却場に放り込み終えた二人は、そのままササの住居に帰るべく、もうだいぶ暮れかけた道を歩き出した。
祭りの後の路地はひとけも少なく、とても静かだった。二人の歩く足音だけが響いている。
オルーカは心配そうに、横を歩くササに話しかけた。
「ササさん、ケガの具合はどうですか?」
「いや、もう全然大丈夫。大げさなんだよ、大したケガじゃないんだから」
「そうは言っても、ビックリしたんですよ」
「そうだな、心配かけて悪かった」
「気をつけてくださいね」
「ああ」
ササは苦笑して頷いてから、オルーカの方を向いて微笑む。
「…あの時、オルーカが来てくれて嬉しかった。ありがとな」
「っ……」
耳まで赤くしてそう言われ、オルーカは思わず足を止めた。
「…?どした、オルーカ?」
つられるように、ササも足を止める。
「………」
沈黙が落ちた。
オルーカは何度か、何かを言いかけるように口を開き…また閉じて、かぶりを振る。
それを不思議そうに見やるササ。
やがて。
「……あの、ササさん」
「うん?」

「すみません…婚約のお話、白紙に戻してください」

「うぇっ?!」
突然のオルーカの発言に、驚いて素っ頓狂な声を上げるササ。
「えっ!? こここ婚約してたのか俺たち?!」
「してなかったんですか?」
「そ、そういう話はまだ…」
「じゃあ良かった」
「よ、良かった?」
まだ動揺しているササに、オルーカは苦笑して俯いた。
「故郷に帰るんです。…一旦関係をリセットした方がササさんのためです」
「なっ…!?」
次々に飛び出す新事実に、ササは返す言葉もなくぱくぱくと口を動かす。
再び、沈黙が落ちた。
俯いているオルーカの表情は見えない。声も、ずいぶん落ち着いていたようだったが…彼女の心は、彼女にしかわからない。
ササは困惑した様子で頬を掻き、そして何かを言おうと口を開いた。
だが。

「…って言おうと思ってたんですけどね。無理みたい…」

オルーカは独り言のようにそう言って、顔を上げた。
その表情は、泣きそうなようにも、笑っているようにも見える。
「今日ね、ササさんのところに行ったのは……これを、お話するためだったんです。
故郷に帰る話があって…今の立場からも昇進して、あこがれていた叔母の跡を継いで、教会を一つ任されて。年老いた両親のそばにも行けるし、とてもいいお話なんです」
「……そう……なのか」
「でも、ササさんのところに行って、ササさんが怪我して倒れてて……そんなこと、全部ふっとんじゃいました。
もし、ササさんに何かあったら…ササさんがいなくなっちゃったら…なんて、考えるだけで、どうにかなりそうだった」
「オルーカ……」
ササが恐る恐る、彼女の頬に手を伸ばす。
頬に触れる前に、オルーカがその手を握った。

震えているのは、どちらだったのか。

「…あなたと離れられません。傍にいていいですか」
ササの手を握ったまま、オルーカはまっすぐにササに言った。
ぐわ、と再び照れるササ。
「……オルーカって、照れとかねーの?」
「二人だけなのに、どうして照れるんですか」
「いや、その、順序というか、手順とか、色々…」
「慎重ですねぇ、ササさんて」
「当然だろ、い、一生のことなんだぞ!まだ出会ったばっかで…、そりゃ一応、つ、つつ付き合ってるっ…、わけだけど…」
「めんどくさいなぁ」
ぼそっと言うオルーカ。
「え?」
「でも好きですよ、ササさんのこと」
再びにこりと笑って言われ。
「…」
ササは今度こそ返す言葉もなく沈黙した。

一生この女性にかなうことはないのだろうな、という予感と共に。
ササは言葉もなく、目の前の女性の背に腕を回した。

中央広場の方で、後夜祭の音が遠く聞こえる。

もうすぐ、祭りの終わり。
ひとつの時代の終わり。

時は過ぎ、時代は変わり、人は移ろう。
永遠のものなど、存在しない。

永遠なんてないからこそ、ふるい時に決着をつけて。
あたらしい時を迎えるために、一歩踏み出さなくては。

人生には、何度か、決断をしなければならない時があると思うんです。

大なり小なり、人は節目節目で決断をして、自分の人生を作ってきています。

この決断が、私の人生をどう変えていくのか。それは私にもまだわかりません。
けど、これ以外の決断は、私にはできなかった。
そのことだけははっきりとわかります。


ふるい時に決着をつけて。

私はまた、新しい一歩を踏み出していきます。

このひととともに。

“Last Ceremony of Olooca” 2021.1.10.Nagi Kirikawa