Nzoorilca do Lenryehn

むかしむかし

ある所に

お姫様になれなかった

憐れで愚かな

黒い人魚がいました

小峠の釜めし屋

「ああ~ワタシは夜の蝶々~♪ああ~夜更けにはヒゲがチクチクする~♪」

継承祭で多くの出店が立ち並ぶバザール。
その一角に、野太く微妙に音の外れた歌声が響いている。
『小峠の釜めし屋』という、手書きの味のある看板の後ろで、上機嫌で歌っているのは、妙に背が高い女性……女性?だった。
長い白髪を両側と後ろとで緩く3本の三つ編みにしており、ブラウンの両眼の下に付けぼくろ、さらにその上を丸メガネで彩っている。本来耳がのぞく場所からは大きな黒い鰭がのぞいており、人魚族であることがうかがえた。
黒いプリーツスカートに白シャツを白いベルトで留め、黒いストライプ柄の緑色のニーハイソックス、ピンクの鼻緒の草履。白シャツの一番上のボタンは留められているものの、他は全開で大きな胸の谷間が見え放題だ。あまり嬉しくないが。
そして、釜めし屋だからなのか、腰には杓文字が下げられている。

『小峠の釜めし屋』の奇妙な店員。名をンズーリルカ・ド・レンリェン…ンリルカ、といった。

しかし、釜めし屋という割にその後ろには、何故か派手苦しい衣装が多数かけられたハンガーが並び、傍らにこちらも名状しがたい派手なグッズが並べられていて、どちらかというとフリーマーケットのような様相だ。
その品揃えから少し敬遠され気味な店舗に、ざざざざ、と不穏な足音と共に来客があった。

「悪役用の衣装をよこすなり~!」

謎の茶色い全身タイツをまとった3人組が、胸をそらして大威張りでそう言ってくる。
「悪役用の衣装ぅ?」
ンリルカは不思議そうに首を傾げた。
「別の意味で捕まっちゃいそうな衣装ならあるけどぉ、悪役用の衣装なんてないわよぉ?」
むっとした様子で言い返す三人組。
「隠すとタメにならんぞ!」
「おお!今のは悪役っぽいのではなかりて?!」
「なかりてなかりて!」
「て、照れるなり〜!」
「はいはぁい、買う気がないならすっこんでてぇ?っていうかぁ、悪役っぽい衣装なら確か大通りの方のお店にあったと思うわよぉ?」
ンリルカは金にならないと判断したのか、さっさと追い払う作戦に出た。
あっさりと引っかかる三人組。
「なに?それはまことか?!」
「まことまこと。はいじゃあ、いってらっしゃ~い♪」
「いざ!悪役っぽい衣装を求めて!」
「いざゆかん!」
「いざ!」
三人組は来た時と同じく目にもとまらぬ速さでその場を後にした。
「十分悪役っぽい服だったと思うけどぉ……っていうかあれ、ゴキブリ?かしらぁ?やだー変なもの見ちゃったわぁ」
ンリルカは渋い顔でそういって、釜飯材料のところにあった塩を撒く。
とそこに、通りの向こうであたふたと何かを探している様子の、見知った顔を見つけて思わず声をかけた。

「あらぁ?オルーカちゃんじゃなぁい?」

オルーカと呼ばれた女性は、ンリルカの声に足を止めてそちらを向く。
「ンリルカさん!お久しぶりです!」
ンリルカの姿を認め、嬉しそうな顔で駆け寄ってきた。
「久し振り~♪30年振りくらいかしらぁ(^-^)」
「私は14歳ですが本当にお久しぶりですね!ンリルカさんもお元気ですか?」
「シーv今のワタシは辛梨寺ンリェンなのよぉ」
「からり……じ?」
よくわからずに首をかしげるオルーカ。
と、そこに。

「あれっ……ンリルカさんと……オルーカさんですか?」

さらに後ろから声がかかり、ンリルカはオルーカと共にその後ろに視線をやった。
再び驚いてその名を呼ぶオルーカ。
「ミケさん!お久しぶりです」
「いやーん♪ミケくんじゃなぁい~!ぴっちびっちのマーメイド♪世界中のメンズのスイートハート、ンリェンちゃんよぉ☆彡」
「早速消える辛梨寺…ていうかさりげにぴっち『びっち』なんですね」
「んもぉ、フォント種類によっては黙ってりゃ気づかないんだから、い・い・の♪」
そんな軽快なやり取りをしている二人のところに、ニコニコしながら歩いてくるミケ。
「お久しぶりです。お二人とも変わり無いようで何よりです」
そして、ミケの後ろには、彼と面差しのよく似た、しかし数段美しい男性がいて、ンリルカはたちまち目を輝かせた。
「ミケくんのそばにいる、クローネくんによく似たスーパー美男子はどなたぁ?」
「あ、ええと、ご紹介します。一番上の兄で、グレシャムです」
ミケが紹介すると、グレシャムと呼ばれた男性はにこやかに挨拶をした。
「初めまして。グレシャム=デ・ピースです。ミケとクローネがお世話になっています」
「グレシャム……」
その名前に、ンリルカがわずかに眉を寄せる。
が、すぐにパッと笑顔になると、いつもの調子で挨拶を返した。
「あらぁん、こちらこそ、ミケくんにはいつも、頭のてっぺんからつま先までくんずほぐれつしっぽりとお世話になってますぅ☆」
「ンリルカさんはいつもこんな感じですが、事の腕前とかとてもすごい人です。頭のいい方なんですよ」
ンリルカのねっとりした発言も慣れた様子であしらうミケ。
「やだミケくんたらぁンリェン照れちゃう」
「そして、こちらがオルーカさんです。いくつか一緒に依頼を受けて仲良くなった火の神官さんです。とても信頼のおける方ですよ」
「そんな、私こそミケさんのことは信頼していますよ。とても頼りになる方です」
「そうなのですね。ミケがお仲間としっかり信頼を築けているようで安心しました」
うんうん、と鷹揚に頷くグレシャム。
ミケは再びオルーカとンリルカに向き直った。
「お二人は、バザールに出展されてるんですか?」
「あ、いえ、私はそうじゃなくて」
「ワタシが出してるのよぉ~、昔のお店の小物を売っちゃいたくてぇ」
ンリルカが言い、オルーカが首をかしげる。
「昔のお店…?」
「そうなのよぉ、聞いてくれるぅ?」
ンリルカは大仰に眉を寄せて、店舗を出すことになったいきさつを語った。
「今ほらぁ?なんだっけ、多様性社会とかなんとか…オダイバシティだったかしらぁ?」
「ダイバーシティですね」
「そうそれ!ワタシ達みたいなのも受け入れていきましょうねーみたいな社会になってきてぇ、それはそれで喜ばしいことなんだけどぉ?
でも、ワタシ達のお店ってさぁ、ある意味、マイノリティだったからこそ売れてたみたいなところがあったじゃなぁい?だから、逆にお客さんが来なくなっちゃってぇ、閉店することになったのよぉ」
「それは…なんというか、時代の波ですね……」
しみじみと同情するオルーカ。
ンリルカは頷いて続けた。
「そうなの!だからねぇ、潰れちゃったお店のお衣装だとか、ショー用の小道具や小物を売って、次の街に行こうかと思ってるのぉ」
「なるほど…ンリルカさんもヴィーダを離れてしまうのですね」
うんうんと頷いて、ミケ。ンリルカさん『も』が気になるが、スルーして先を続ける。
「でもねぇ、最初、衣装や小道具だけで出店登録したら、『こんな下品な物ばかりの店は許可できない』って断られちゃったのよぉ!酷くない?」
「あー……ソレハヒドイデスネ……」
並べられたド派手でいろいろと問題のありそうな衣装に目をやり、棒読みでコメントするミケ。
「だからぁ、釜めし屋を隠れ蓑にして売ることにしたの☆そういうわけでぇ、今のワタシは辛梨寺ンリェンなのよぉ」
「そうだったんですね……ンリルカさんも大変ですね……」
心配そうにオルーカが言うと、ンリルカはふと思いついたように胸の前で手を合わせた。
「あ☆そうだわ!オルーカちゃんにちょうど良さげな服があるから持って行ってちょうだい~♪」
びらり。
そう言って、色とりどりの衣装からンリルカが選んで広げたのは、清楚な白のロングスカートだった。
股間にハートマークの穴が開いていることで清楚が台無しだが。
「これで彼氏も悩殺間違いなしよぉー☆」
「えっあの……えっと…ありがとうございます……」
呆然としたままつい受け取ってしまうオルーカ。
「ミケくんにはこっちよぉ☆」
「えっ僕にもあるんですか結構です」
ミケが速攻で断るも、ンリルカは楽しそうに衣装を選び始める。
「そう言わずにぃ……あ☆ミケくんっぽいネタがあるから、これをミケくんにあげるわぁ♪」
差し出したのは、股間に白鳥のついたチュチュ。
「何がどう僕っぽいんですかこれ!」
「すっっっっごくミケくんっぽいじゃなーい?もらってねぇ?」
ぐいぐいとチュチュをミケに押し付けてから、ンリルカはオルーカに向き直った。
「ところで、オルーカちゃんはそんな忙しそうにしてどうかしたの?オカマの釜めしでも食べてちょっと落ち着いたらぁ?」
かぱ。
言いながら釜をカパッと開けるが、あいにく中は空だった。
「いやーん♪お米がなくなっちゃったわぁーちょっと待っててねぇ」
ンリルカはそう言って、スッと真面目な表情で隣の窯の方を向く。
「……釜の呼吸!壱ノ型 御飯早炊き!」
ぽち。
釜についていたボタンをスイッチオンしてから、腰の白いしゃもじを片手に持って、元の笑顔に戻ってオルーカに向き直った。
「あ、これはワタシの月輪刀なの☆ちなみに釜の呼吸は石の呼吸の派生で、弐ノ型は白米大盛。終ノ型はお粥掛けライスなのよぉ」
「ンリルカさん、ファンに焼き討ちされかねないのでその辺で…」
「でぇ?ご飯炊いてる間にお話聞くわぁ、どうしたのぉ?」
「……はっ!そうでした、あの!」
オルーカはそこでやっと思い出した様子で、ンリルカとミケを交互に見た。
「実は、知人が強盗に入られて」
「強盗ですか」
物騒な話に身を乗り出すミケ。後ろのグレシャムもただならぬ雰囲気に黙って話を聞く。
「幸い、何も取られたものはないんですけど…知人が怪我をしてしまって。私、犯人を捕まえたくて探してるんです」
「強盗傷害じゃないですか…大事件ですね。よければ、僕も協力させてください」
「助かります!今から風花亭にでも、依頼書を出そうと思っていて……知人の目撃証言から、こんなことしかわからなかったんですけど」
かさ。
オルーカは手に持っていた紙を丁寧に広げて見せた。
「茶色い全身タイツとヘルメットの三人組……?」
強盗、という言葉の響きの斜め上を行く目撃情報に眉を顰めるミケ。
ンリルカは見覚えのあるその姿に、首を傾げた。
「あらぁ?そんな感じの子たち、さっきワタシの店に来たわぁ?」
身を乗り出すオルーカ。
「ほ、本当ですか!」
「悪役の衣装はないかーってぇ、すっごいえばっててぇ。お金出しそうになかったからテキトー言って追い返しちゃったけど、そんなことなら引き留めておけばよかったわぁ」
ンリルカは肩を竦めて言ってから、再び胸の前で手を合わせた。
「んじゃ、引き留めておけなかったお詫びもかねてぇ、ンリェンもひと肌脱いで手伝ってあげるわぁ」
「あ、ありがとうございます!」
「いいのよぉ、ちょうどお店にも飽きて来てたトコロだったしーw」
「そっちが本音じゃ……っていうか、いいんですか本当に、お店ほったらかして」
ミケが言うと、またうーんと首をかしげるンリルカ。
「それもそうねぇ……んじゃ、帰って来るまでお兄さんがこのお店やっててくれないかしらぁ?」
「えっ、私が?」
突如矛先を向けられたグレシャムが驚いて首を振る。
「いや、難しいのでは……売り子など経験がありませんし、釜飯とやらも作ったことはありません」
「大丈夫、大丈夫♪このどんぶりに適当にご飯よそって、ぶっかけたり、ぶっこんだら出来上がるから、後はヨロシクねぇ☆」
「え、あの、困ります……」
「しっかりしなさいアナタ長男でしょ?次男だったらできなくても、長男だから我慢できるわぁ!」
「そのネタいつまで続けるんですか」
「あ、兄上……」
ミケが心苦しそうにグレシャムの肩に手を置く。
「すみません、僕も協力してなるべく早く終わらせますので、しばらく見ていていただけませんか…」
「……お前が言うのなら仕方がないですね。善処します」
苦笑するグレシャムにもう一度頼み込んでから、ミケはンリルカとオルーカの方を向いた。
「僕もお手伝いします。ンリルカさん、その三人組はどちらの方向に行きましたか?」
「大通りの方のお店にあるって嘘ぶっこいたからぁ、たぶんそっちの方に行ったと思うわぁ?」
「大通りですね!早速行きましょう!」
早速駆けだすオルーカに続き、ミケとンリルカも後を追って駆けていく。
グレシャムはそれを、のんびりと手を振って見送るのだった。

犯人確保ショー

3人は大通り付近まで走ってきていた。
パレードの真っ最中であることもあってか、かなり人が増えてきている。
オルーカは息を整えながら。あたりをきょろきょろと見まわした。
「はあはあ…ど、どこでしょう…?!」
「オルーカちゃん、あっちよぉ!」
ンリルカが大通りの手前にいた茶色い全身タイツを見つけ出して指さす。
オルーカは早速駆けだすと、大声で三人組を呼び止めた。

「待ちなさーい!」

オルーカの声に振り返る三人組。
「むむ、兄弟たちよ!聞こえたなりてか!?」
「うむ!聞こえたなり!我らを追いかけてくるとはなかなか見込みのある人物…!」
「追いかけられるのは悪の華!マジ悪役っぽいなり~!」
「かくなる上は三十六計逃げるに如かず!」
「「如かず~!!」」
だっ。
言うが早いか、三人組はそれぞれ全く違う方向に駆けだした。

「ちょ、バラバラに逃げるなぁあ!」
「オルーカちゃん、私はアッチにイくわねぇ~!」
「では、僕はこちらに!
「ありがとうございます、ンリルカさん、ミケさん!!」

ンリルカとミケとオルーカは、それぞれ別々の全身タイツを追うことになった。

「ふぅ……いいシゴトしたわぁ……」

目にもとまらぬ速さで犯人を捕らえたンリルカは、やはり瞬く間に犯人たちを縛り上げ、恥ずかしい縛り方で身動き取れない状態にし、なおかつ竹筒で口枷を施した。

「……犯人、たち?」

自分で思ってから首を傾げ、いちにいさん、と目の前の男たちを数えてみるンリルカ。

「ん~んん、犯人って8人もいたかしらぁ?まあいいわ、オルーカちゃんに選んでもらいましょ☆」

特に深く気にすることなく、犯人たち(仮)をずるずると引きずっていく。

「オルーカちゃん~!犯人達を見つけて来たわぁー☆」

向こうでミケと犯人を縛り上げていたオルーカを見つけ、ンリルカは意気揚々と手を振りながらそちらへ歩いて行った。
ぎょっとしてこちらを見る二人。
「な、何でこんなに増えてるんですかね…!」
「ふぅ~☆ンリェン張り切っちゃった!さ、犯人はどれだったかしらぁ?」
「え、ええと……」
「というかこの中で犯人見たのンリルカさんだけなんですから……」
ずらりと並べられた犯人候補のうち、オルーカは恐る恐る中央の全身タイツを指さした。
「え、えっと…これだと思います……というか他の人たちは早く解放してあげてください……」
「いやんッ、ンリェンったらおっちょこちょいなんだから(テヘ)ハイ!解散~!」
ンリルカはやはり目にもとまらぬ速さで恥ずかしい縛り方を解く。
「ていうか、端っこの人ゼルさんじゃないですか!」
何故か恥ずかしい縛り方をされていない一番端の男性は、オルーカが普通に縄をほどき、竹筒の口枷を解くと、ぷは、と苦しそうに息をついた。
「いや~……ひどい目に遭いました……」
ようやく息をついた男性……ゼルは、若干涙目でンリルカを見上げた。
ひらひらと楽しそうに手を振るンリルカ。
「ゼルくんはねぇ、あーゼルくんがいるなぁーって思っただけなんだけど♪ほら、ゼルくんってなんとなく本人の存在自体が怪しいじゃなぁい?
多分きっと絶対犯人じゃないとは思ったけど、面白そうだっからとりあえず縛って持って来たわぁ☆」
「ひどいですよ~……僕、か弱いんですからね?」
「そうですよ、ダメですよンリルカさん、確かにゼルさんは存在自体怪しいですけど!」
「えぇぇ、そこ肯定されちゃうんですか?」
「そうよねぇ?」
「うう、僕はそんなに言うほど悪いことしてないと思うんですけどねぇ…最近は」
「最近は?」
縄で縛られた跡を痛そうにさすって言うゼル。
ふと、オルーカは後ずさっているミケに声をかけた。
「ミケさん?どうかしましたか、青い顔をして」
「い、いえ…ルール上会うことのできない生き物に遭遇して戦慄しているだけです。ポチも本能的に危険を悟ってさっさと逃げたし」
「はーいメタ禁止ですよー」

というわけで。

「ササさんから奪ったおやつ…の空袋と、ササさんに怪我させたことを謝ってもらいますよ!」
「ササとは何者なりか?!」
「我ら悪役なれども、活躍をわれらが認識しないのは卑怯なり!」
「「卑怯なりぃ!」」
「せめて!せめて我らの悪の華が咲く活躍ぶりを!この耳で!」
まとめて縛り上げられたままわちゃわちゃと騒ぐ全身タイツたちを無視して、オルーカは改めてミケとンリルカに頭を下げた。
「ミケさん、ンリルカさん、ご協力ありがとうございました。私はこれからこの人たちを自警団に連れて行きますね」
「よかったわねぇ~オルーカちゃん♪その後のことは、またじっくりたっぷり聞かせてねぇ~ん?と・く・に、さっき言ってた『ササさん』って人のこと☆」
「は、はい……それはそのうち、また」
ひらひらと手を振るンリルカに、少し照れた様子で返すオルーカ。
ミケはにこりと微笑んで頷いた。
「お疲れさまでした。ひとまずは良かったですね。これから自警団ですか…お忙しそうですが、お話してお伝えしたいこともあるので、お祭りの間にまたどこかでお会いできるといいですね」
「あ、はい。わかりました、お会いできたら、是非」
オルーカは頷いてもう一度二人に礼を言うと、全身タイツたちの縄を引っ張って去っていった。
「あー面白かったぁ☆それじゃ、お店に戻りましょうか、ミケくぅん」
「そうですね、兄上も心配ですし……」
ンリルカの言葉にミケも頷き、二人は再びバザールに向かって歩き出した。
「そういえば、ンリルカさんおひとりですか?ネッシーさんと仲良かったみたいですが、彼はお元気ですか?」
「ネッくんなら、今、海を漂ってるらしいわぁ♪」
「う、海を?」
ぎょっとして問い返すミケ。
ンリルカはんーっと唸って続けた。
「ある日、弱り切った伝書鳩がワタシの所に着たのよ。何かと思ったら
『ンリ、俺はいま海を漂っている。助けてくれ。ネッシー』 って書いてあったみたい(^-^)」
「みたいって」
「見てみるぅ?」
「あるんじゃないですか!」
ンリルカは胸元に挟んでいた何かを取り出し、カサカサと広げる。
広げられた紙には、海の上で書かれたからなのか、ところどころにじんでいるヨレヨレの文字で、確かにンリルカの言う通りに書いてあった。
眉を顰めるミケ。
「大変じゃないですか!いつ頃の話なんですか?」
「んーと……」
ンリルカはひぃ、ふぅ、みぃ、と指折り数えて。
「28日くらいに前かしら?」
「手遅れじゃないですか!」
「そろそろお魚のエサになってるかも??でも、ネッくんは強い男だからきっと大丈夫よぉ…。」
きらん。
ンリルカが見上げた先には、雲一つない青空に、敬礼のポーズをして歯を無駄にきらめかせたネッシーの姿が…
「いやいやいや殺さないでくださいよ!生きてますよ!人生をあきらめないで!!」
「そうね…ネッくんは生きているわ…ワタシたちの心の中に……」
「勝手に心の中だけにしないでください!ネッシーさん!ネッシーさーん!!」

小峠の釜めし屋に帰りつくまで、その漫才は続いた。

「たっだいまぁ~♪……あらぁ?」
そして、帰りついた小峠の釜めし屋で。
ンリルカは予想だにしなかった状況に、大きく目を見開いた。
「お店の衣装とグッズが……全部無くなってるぅ?!」
すわ事件か、と思ったが。
「ああ、おかえりなさい。すみません、売るものがすべてなくなってしまったのですが…追加の在庫や食材はありますか?」
先ほど早炊きのスイッチを入れた釜の向こうから、グレシャムが申し訳なさそうに顔を覗かせる。
「あ、兄上、何をやったんですか……?」
恐る恐るミケが聞くと、グレシャムはさらりと答えた。
「ああ、すべて完売したよ」
「完売?!あの、いかがわ……いえ、奇抜なファッションとグッズがですか?!」
「うそぉ?!」
ミケはおろか、ンリルカまでもが驚きに声を上げる。
グレシャムはにこりと笑って頷いた。
「私はここでニコニコして呼び込んでいただけだったのだけどね、親切な方々が私の話を聞いてくださって、たくさん購入してくださってね」
「こ、こんなものまで秒で売ってしまうなんて…美形パワーおそるべし」
「やっだぁ~さすが長男だわぁ!やるじゃない長男!次男なら我慢できないけど、長男ならやると思ってたわぁ!」
「ンリルカさんそのへんで勘弁してください……」
ンリルカは上機嫌で空のケースやハンガー掛けを片付けながら、グレシャムに改めて礼を言った。
「グレシャムくん、ありがとぉ~♪チョ~助かっちゃったわぁ☆お礼にンリェンの熱いベーゼを!」
「お気持ちだけいただいておきます」
ンリルカの体当たりをひらりとかわし、グレシャムはミケの腕を引いた。
「それでは、我々はこれで。行きましょう、ミケ」
「あっはい。それじゃあンリルカさん、お疲れさまでした!」
美形は引き際も見事だ。
ンリルカは名残惜しそうに二人に手を振って見送った。
「んじゃあねぇ~ん☆………さーてと、在庫もう一通り持ってこようかしらぁ♪」
もちろんこれだけではなかった在庫を取りに、ンリルカは一旦元職場へと戻った。

そして、しばらくして。

「ふ~う☆完了完了っと」
再度在庫を店から運び、ブースに並べるンリルカ。
第1弾と比べるとだいぶ普通というか、いかがわしさは半減したラインナップが並んでいる。
「目玉はグレシャムくんが全部売ってくれたからぁ、ちょっとカワイイ系で攻めてみようかしらぁ」
あれはどうやら目玉商品だったようだ。
再び上機嫌で音の外れた鼻歌を歌うンリルカに、再び声がかかった。

「ンリルカじゃない?久しぶり!」

可愛らしい声に振り向くと、瑠璃色の髪に白いひらひらドレスの少女がそこに立っていた。
「あらぁ!ミルカちゃんじゃな~い!ひっさしぶりぃ、20年ぶりくらいかしらぁ?」
オルーカよりちょっと減っている。
「久しぶりンリルカ、言ってもFirstAdventureぶりじゃない?近い近い」
ミルカと呼ばれた少女は、ンリルカの勢いもどこ吹く風でひらひらと手を振りながら歩いてきた。
そして、その後ろにいる男性にも、ンリルカはめざとく目を光らせる。
「はぁーいvクローネくん、相変わらず幸薄そうでキュンキュンしちゃうわ♪」
「あ、やっぱり俺のこと覚えてた?久しぶり、ンリルカちゃん」
苦笑して手を振り返すクローネ。
「でぇ、その後ろにいるカワイイカワイイオンナノコは誰かしらぁ?」
さらにその後ろにいた女性を指して、ンリルカ。
クローネが紹介するより先に、ミルカが彼女の横に立ち、きゅっと腕を引き寄せた。
「ノーラっていうの!クローネの妹さんで、だからミケのお姉さんになるわね!」
「ノーレイン=デ・ピースです。良しなにお願いいたします」
ノーラと紹介された女性は、丁寧にお辞儀をしてそう言った。
「ノーラちゃんねぇ☆ンリェンは今は辛梨寺ンリェンよぉ、よろしくね♪」
「からり……」
「ンリルカちゃんでいいから。ね」
言われたことをそのまま繰り返すノーラに、クローネが苦笑して念を押す。
「ンリルカ、フリマでもやってるの?」
ンリルカの店構えを見て問うミルカに、ンリルカはふふふふと笑って頷いた。
「そうなのよぉ☆実はねぇ、かくかくしかじかでこういうわけでぇ、お店の衣装とかを売ってるわけ。
さっきまでイチオシの目玉商品が並んでたんだけどぉ、商売人のグレシャムくんが全部売ってくれてぇ」
「えっ、グレシャム兄貴も来たの?」
ぎょっとして問うクローネに、笑顔で頷くンリルカ。
「そうよぉ、ミケくんと仲良くランデブーだったわぁ?それにしても兄弟みんな美形とか眼福よねぇ~」
「そっか、兄貴たちもこの辺回ってるんだな…」
「それでぇ、目玉商品はグレシャムくんが全部売っちゃったからぁ、今こんなのしか残ってなくてごめんなさ~い?」
じゃん。
口で効果音を出して、ンリルカは2枚の板を出した。
「薄幸そうなクローネくんには…
突然[全裸になった時に股間に当てる銀のトレイ]か、突然[全裸になった時に股間に当てる用の天狗のお面]を選択制でプレゼントしちゃうv好きな方を選んでね☆」
「いやいやちょっと待って?!ツッコミどころは一つにしてくれるかな?!なんで突然全裸になること前提なの?!」
「そうよンリルカ!クローネのご立派様がそんなもので隠れるわけないでしょ?せめて天狗の鼻2倍にしてくれないと!」
「ミルカちゃんも引っ掻き回さないでくれない?!」
「あらやだぁ、ンリェンとしたことが☆それじゃあそうねぇ、こっちのテングザルバージョンはどうかしらぁ?」
「大きさの問題じゃなくてね?!」
「クローネお兄様、全裸になられるの?」
「ノーラは聞かなくてよろしい、耳塞いでなさい」

ふたたびわちゃわちゃと大騒ぎになる『小峠の釜めし屋』を、遠巻きにギャラリーが眺めているのだった。

あるおとぎ話

「ふぅ……こんなものかしらぁ。ふふっ、いい稼ぎになったわぁ、グレシャムくんのおかげね☆」
日もだいぶ落ちてきて。
なぜかあらかた売れた衣装や小物の残りを片付け、足しになった路銀を確かめるンリルカ。
ぱたん、と最後の荷物を閉じ終えると、ひとまず他の店を見て回ることにした。

「結構いろんなお店があったのねぇ…あっちはゼルくんがいた方だったかしらぁ?確かお化粧品屋さんとか…」
ぶらぶらと店を回っていると。
「あらっ?」
ふと目に付いた紫色のテントの前に、冒険者然とした青年が立っているのが見える。
まだ成人より少し前だろうか、ブルーグレーの髪に、獣人らしき獣耳が特徴的な青年だ。
「いやん☆可愛いわぁv軽めディナーにちょうど良さそうね♪」
ンリルカはわくわくした様子で青年に声をかけた。
「はぁい?お兄さんもここで何か売ってるのぉ?よかったらンリェンのことも買っちゃわなーい?」
「いらっしゃいませ。ここは占いをしているところですよ。よかったらいかがですか?」
いきなり大迫力でせまってくるンリルカに欠片も動揺することなく、青年は見事に受け流すと中を示した。
全スルーされたことはそれほど気にならないのか、ンリルカは興味深げに中を覗く。
「占いの店?あらぁ、なんだか楽しそう☆」
「今はお客さんがいませんから、すぐ見られると思いますよ。パフィ?」
青年がテントの入り口幕を上げると、中からひょいと可愛らしい少女が顔を出す。
「はーい?」
「あらあらぁ、ふわふわで可愛らしい占い師さんだこと♪」
ンリルカははしゃいだ様子で手を合わせた。
「でも占いはめちゃくちゃよく当たりそうよね?百発百中?ワタシの勘がビンビン感じてるわぁw」
「うふふ、ありがとなのー。じゃ、どうぞー、入るのー」
「はぁい☆」
パフィと呼ばれた占い師に導かれ、ンリルカはテントに入った。

「それじゃあ、何を見るのー?」
パフィと向かい合わせに座って。
問われてンリルカは即答した。
「次の街で何人の男達と愛の夜を交わせるかしらかしらぁ?!」
一息で言ったところで、急にテンションを下げて首を振る。
「あ、やっぱり、それはやめるわぁ。わかったって面白くなさそーだしぃ」
「そうなのー?じゃあ、何にするー?」
「そうねぇ……」
しばし、考えて。

ンリルカは、ふっと悲しげな表情を見せた。

「ねえねえ、占い師さん。アナタ、まだ時間は大丈夫かしら?ちょっとだけ、おとぎ話を聞いて欲しいんだけど」
「おとぎ話ー?どうぞー」
笑顔で頷くパフィ。
ンリルカは少し悲しげな笑顔で微笑みかけると、ゆっくりと語りだした。

むかしむかし、ある所にお姫様になれなかった憐れで愚かな黒い人魚がいました。
愚かな人魚は「自分はここでは生きていけない」と、生まれ育ったドロドロの黒い水の世界を捨て、人間の世界にやってきました。
人間の世界はとても残酷で、それでも美しく、キラキラと輝いていました。
そして愚かな人魚は、ありのままの自分を愛してくれる王子様のような彼女と出会いました。
ふたりは恋に落ち、結婚を約束しました。

愚かな人魚は彼女と共に、故郷の祖父に婚約の報告に行きました。

自分が離れていた数十年の間に何かの諍いが合ったのでしょう
黒い人魚の故郷は焼き払われていました。

生き残りの人魚が、愚かな人魚の目の前で大切な彼女に『命を奪う』呪いをかけ死にました。

優秀な魔法剣士の彼女は即座に抵抗したので、命までは奪われませんでした。
かわりに『時をとめたまま』眠り続けました。

故郷が焼き払われ同胞が死に絶えた原因も気になりましたが、愚かな人魚はもうどうでもいいと思いました。

眠りの呪いを解くためには、たくさんのお金が必要で、眠る彼女の命を維持するためには、たくさんの『金』が必要になりました。
愚かな人魚は一生懸命働きました。
たくさん『金』も集めました。
抱えきれないほどの『砂金』も手に入れましたが、それでも彼女は目覚めず眠り続けました。

「君の笑顔が大好きなんだ。ずっと笑っていて欲しいんだ」

元気だった頃の彼女の希望通り、愚かな人魚は笑います。

「……愚かな人魚は、笑います」
ンリルカが語り終え、ふっと沈黙が落ちる。
パフィを見れば、思ったより真剣な瞳と目が合った。
紅い紅い、大きな瞳。

にこり。
ンリルカはいつもの豪快な笑みを見せると、ゆっくりとパフィに問うた。

「…さて、可愛い占い師さん。
これから先も、この人魚は笑い続けることができるでしょうか?」

いつもと違う口調。
いつもと違う雰囲気。
もちろん、初めて対面するパフィにはそんなことは知る由もないのだが。

再びの沈黙。
パフィはじっとンリルカを見つめ、やがてにこりと微笑んだ。

「パフィに、占ってほしいのー?」
「……どういう、意味かしら?」
「パフィが占って、どんな結果が出たってー……人魚は笑ってると思うのー」
「っ………」
パフィの言葉に、ンリルカは返す言葉を失う。
「占いは、迷う人の道しるべなのー。
人魚は迷ってないのー。ただ愛する人のために、たくさんお金を稼いで、たくさん笑うのー」
目を閉じて、歌うように言うパフィ。
「でもー……笑うことがイヤになったなら、笑えるようにするために、行く先を示すことはできるのねー」
「イヤになって、なんか……」
「こころのささえは、誰だってほしいのねー」
にこり。
パフィは優しく、ンリルカに語り掛けた。
「人魚にとって、彼女が目覚めることが『救い』で『支え』なら、それが約束されているかどうか、それを見ることはできるのー」
「そう……」
ンリルカは何かをこらえるように目を閉じ、それから顔を上げてにこりと微笑んだ。
「それじゃあ、お願いできるかしら」
「わかったのー」
ざらり。
パフィは目の前にあるタロットカードを、慣れた手つきでテーブルの上に一直線に広げた。
「パフィがいつも見るのは、過去と、現在と、未来なのねー。
でも、人魚が見たいのは、約束された未来だけなのー」
手のひらを上に広げて、ンリルカに促すようにして。
「一枚、引いてー?それが人魚の、約束された未来なのー」
「……」
ンリルカは、少しためらって。
やがて、恐る恐る、その中の一枚に指をかけた。
ふわり。
ンリルカの選んだ一枚が、ひとりでに浮き上がってパフィの手元に着地する。
パフィはそれをゆっくりとめくった。

「……ルヒテスの正位置…眠りからの目覚め、新たな息吹。眠っていたものは目覚め、生き生きと芽吹きだす。滞っていたものは流れを取り戻し、あるべき姿へと還っていく」

描かれていたカードの意味をゆっくりと告げると、パフィはにこりとンリルカに微笑んだ。
「人魚の笑顔は、いずれ本物の笑顔になるのねー」
「そう……」
ンリルカはひどくほっとしたように相貌を崩し、それからにっこりと微笑んだ。
「それは楽しみねぇ」
ごそごそと懐をあさり、金貨を一枚、ことりと置いて。
ンリルカはおもむろに立ち上がると、晴れ晴れとした表情で言った。
「さてと、そろそろイキましょうか。長居しちゃってごめんなさいね☆あー、楽しかったわぁ、またねー♪」
「ありがとなのー」
パフィも満足げな笑顔でそれを見送る。

ばさ、と占いテントの幕を上げると、外にはまだ先ほどの青年が立っていた。
「どうでしたか?占い」
「うふふ、とってもためになったわぁ☆アリガトね♪」
ちゅ、と投げキッスをして、歩き出す。

もうすっかり日も落ちて、バザールではいそいそと店じまいが始まっていた。
ンリルカも最後の荷物を持ち出すべく、自分のブースへと向かわなければ。

ひゅう、と風が吹いた。
もうすぐこの街を出る、と思うと、言葉にならない感慨がわいてくる。

それでも、笑顔でこの先も歩いていくのだろう。
彼女が好きだと言ったこの笑顔を、もう一度見せるために。

ンリルカは、ゆっくりと瞬きをするとまっすぐに前を向いて、風の吹くままに歩いていった。

むかしむかし、ある所に。
お姫様になれなかった、憐れで愚かな黒い人魚がいました。

たっくさん稼いで、貴女にかけられた眠りの呪いを解くわ。

だから、もう少しだけ待っててね、アリョーシャ。


おとぎ話の終わりはいつもハッピーエンドなんでしょ?

“Last Ceremony of Nzoorilca do Lenryehn” 2021.1.10.Nagi Kirikawa