Mieken=de Peace

かつて、騎士を夢見た子どもがいました。

大切なものを、守りたい。
大事な人たちを、守りたい。

しかし、その夢がかなうことはありませんでした。
尊敬する兄たちの力はあまりに遠く、尊敬するがゆえに彼はその力の差に絶望しました。

自分はあまりにも弱くて小さい。あんな風には決してなれない。
悩んでたどり着いた答えは、騎士ではない力を手に入れることでした。


そして、その子どもは、今。

王宮への招待状

それは、ある日のこと。
使い魔であるポチが加えてきた手紙を受け取り、ミケは不思議そうにひらりと裏返した。ミケの家の家紋が封蝋に押されている、綺麗な白い封筒で。
「僕宛…ですか?グレシャム兄上から…?」
グレシャム=デ・ピース。ミケの一番上の兄だ。
先日返って顔を見た兄は、記憶の限りいつも無表情に感情を殺して剣を振っていた子だったが、その時は美しい顔を柔らかく綻ばせて笑ってくれていた。
その様子を思い返しながら、カサカサと手紙を開ける。
一通り目を通して。

「ん、んん?」

ずい、と近づいてもう一度。さらにもう一度。
三度見してから一度深呼吸。
そしてもう一度読む。
何度読んでも内容が変わるはずがないのだが。

「……まじですか」

内容が変わらないそれを最終確認して、ミケは思わずつぶやいた。

『継承祭の式典にうちの国王陛下も参加されますので、護衛としてそちらに行くことになりました。
その後は少しだけ時間が取れますので、ヴィーダの街を案内していただけると嬉しいです。
また、ザフィルスの魔導士ギルドで、お前の研究を高く評価し、研究者としての椅子を用意するので是非来てくれないか、という手紙が来ました。
そして、私に仕事として必ず連れ帰って来るように、と家に打診が来ました。恐らく、このままお前が他国に流出するのが困ると考えたようです。
その辺りの話もしたいので、時間を取っていただけると助かります。

兄の手紙には、淡々とそう記されていた。
ミケの故郷、ザフィルス。
その国王が、このほど催される継承祭に招かれるという。それはまあ、至極当然のことだ。そして、国王の覚えもめでたい騎士の兄がその護衛についてくる。それも当然のことに思える。
その折に時間が取れるのでヴィーダ観光をしたい。久しぶりに兄と触れ合える貴重な時間だ。願ってもないこと。
問題はそのあとだ。

研究が評価された。
人材の流出が困ると言われるほどの。

「いや、まっさかー」

いつものように否定して、いや、と首を振る。
誰かにもさんざん言われたのではないか。実力に比べて自己評価が低いと。
自分は、ちゃんと努力してきたはずなのだ。
誰にでも誇れる実績と力が欲しいと願って、がむしゃらに走って、それで……。

「……考えましょう、きちんと」

ここで出会った人々。
ここで努力して勝ち得たもの。
この手にあるものは、ちゃんと評価されるに値するものだったはずだ。

だから、もう過小評価はしない。
この評価を正当に受け止めて、きちんと身の振り方を考えよう。
ミケはそう決意した。

「しかし、兄上と一緒に街を歩く、のか……僕の印象とか絶対希薄ですね……」
かわいらしい顔立ちをしているミケだが、二人の兄およびすぐ上の姉は彼と比べるのもおこがましい超絶美形で、特に一番上の兄はトップオブ美形だ。
その兄と並んで街を歩くことが、今から空恐ろしいミケだった。

などということがあり、数日後。

無事執り行われた継承式典に王の護衛として臨むため、ミケの兄のグレシャムは王宮へとやってきていた。
外で待っていてもよかったが、ミケは魔導士の護衛の末席に加えてもらい、王に付き添う兄の姿を見ることにした。
(いやー……やっぱりかっこいいですねえ)
どこか他人事のように、ミケは兄の姿に見惚れていた。
他国の王の御前で、自国の王に付き添い、折り目正しく膝を折って平伏する姿は、まさに一流の騎士だった
(小さい頃は、あんな騎士になりたいと思っていたんですよねぇ…)
なりたいと『思っていた』。そう思えるほどには過去のことで、かつてはそれがかなわなかったことにひどい痛みも感じたけれど。
いま改めてそれを思い、それほど痛みを感じないことに、驚く。
それは、騎士になれなかった自分、より、魔導士として経験を重ねた自分、が、彼の心の中で大きく積みあがってきた証である気がした。
守りたいと思ったものは、ちゃんとこの手で、選んだ魔法と言う手段で守れるように頑張りたい。
国の為にとああやって頑張る家族たちを、支えられるようになりたい、と。
そんなことを思いながら、ミケは兄の雄姿を誇らしげに見つめているのだった。

「…あれっ、ひょっとしてミケ?」

式典が無事終了した後のパーティーで。
各国の要人とあいさつを交わす兄を遠巻きに見ていたミケは、突然名を呼ばれて振り返る。
そこには。
「…ラヴィさん!お久しぶりです!お元気そうで何よりです」
人魚の王国リゼスティアルの皇女、ラヴィの姿があった。煌びやかなドレスを身に纏い、相変わらず気圧されるほどの高貴なオーラを放っている。
が、かつてのように気さくに微笑むと、ラヴィはミケのところまで歩いてきた。
「ミケこそ、元気なようでよかったよ。今日は何?パーティーに招待されてるの?」
「いえそんな恐れ多い……故郷の王が参列しているので、その警護です。メインは騎士団ですが」
「へぇ、そうなんだ。ミケの故郷って…」
「ザフィルスです。言ったことなかったでしたっけ?」
「そうなんだね!ザフィルスの王様って結構イケオジだよね、今度ゆっくりご挨拶したいなあ」
「いけおじ……自国の王がそう評価されるのは不思議な感じですね…というか、普通に女王業をこなしていらっしゃるようで、安心しました」
「あはは、あたしはまだ女王じゃないよー。今日も母様についてきただけだし」
「えっ……あれ、そ、そうでしたっけ」
「そうそう。あたしくらいの年で女王になった別の人と勘違いしてるんじゃなーい?」
「ちょっと聞き捨てならないですがスルーします」
「女王っていえばあっちでしょ、おーい、エータ、シータ!」
ラヴィが向こうの方に向かって手を振ると、そちらにいた二人の女性がそれに呼ばれて歩いてくる。
ミケはぎょっとしてそちらを向いた。
「え、エータとシータって、マヒンダの……」
こちらも、赤紫色の髪に合わせた豪奢なドレスをまとった双子の女王。
エータはミケの顔を見ると、嬉しそうに微笑んで手を合わせた。
「あらぁ、ラヴィさまのところにいらっしゃるのは、ミケさまではございませんか!」
「せんかー」
シータも同じように手を合わせ、エータの語尾をまねてしゃべる。
「え、ぼ、僕のこと覚えてるんですか」
「もちろんですわー!新年祭のパーティーを主催してくださいましたもの!」
「たものー」
「うわー…本当に覚えてるんですね。ありがとうございます」
「パーティーは本当に楽しゅうございましたわー」
「ましたわー」
「ねえ、マリーさま?」
エータが振り返った先には、こちらも豪華なゴシックドレスを身に纏った、魔術師ギルド総評議長マリーの姿が。
「ええ、大変楽しゅうございました。最近は、ザフィルスのギルドからもよい評価を受けていると聞き及んでおりましてよ、ミケ様」
「え、えっと、うわあ、恐縮です……」
女王と皇女と魔術師ギルドの長に囲まれ、ひたすら恐縮するミケ。

その様子を、グレシャムが遠くからほほえましげに見つめているのだった。

たくさんの繋がり

からん。
喫茶ハーフムーンのドアベルが鳴り、ミケとグレシャムが中に入っていく。
「いらっしゃーい。おーミケくん、お久しぶりー」
明るくマスターが出迎えると、ミケはそちらに向かって笑顔で挨拶した。
「マスター、こんにちはー!紅茶二つとミルク一つでー」
「かしこまりー」
マスターがカウンターの中で作業を始めると、ミケはカウンター席にいる先客に声をかける。
「ミリーさんも、お久しぶりです」
「はい、お久しぶり。元気そうでよかったわ」
カウンター席で紅茶を飲んでいたミリーは、ミケににこりと微笑みかける。
ミケは後ろにいたグレシャムを示し、ミリーに紹介した。
「こちらは、兄のグレシャムです」
「グレシャム=デ・ピースです。弟がお世話になっています」
折り目正しく礼をするグレシャムに、ミリーも笑顔を返す。
「ミレニアム・シーヴァンよ。ミリーでいいわ。兄って言うと、クローネよりも上?下?」
「上です。そうか、クローネ兄上とも面識があるんでしたね」
「クローネもお世話になっているのですね。重ね重ねありがとうございます」
話の流れのままに、ミリーの席の隣に座るミケ。グレシャムはミケを挟んでさらに隣に座る。
とそこに、マスターがさっそく紅茶とミルクを運んできた。
「はーい、ミケくんたちには紅茶ね。ポチちゃんはミルクどーぞ」
ミケの隣にミルクの皿を置くと、さっそくミケの肩にいたポチがカウンターテーブルに降りて飲み始める。
それを満足げに見やり、ミケはグレシャムに話した。
「マスターとミリーさんには大変お世話になったんですよ。……先日家に帰る時も、ええ、送っていただいたりとか……」
そこで強引にザフィルスに転移魔法で連れていかれた日のことを思い出し、つい遠い目になってしまうミケ。
しかしすぐに気を取り戻すと、さらに紹介を続ける。
「お二方は、なんていうんでしょうね、少し高いところから全体を見回してアドバイスくれたりする感じで。僕はとても助かったし、凄く感謝しています。いつもありがとうございます」
「やだんてれちゃう」
マスターは全く照れていない様子で、わざとらしく両手を頬にあてた。
「ミリーさんには魔法も教えてくださったりとか、頭が上がらないんですよー」
「あら失礼ね。頭が上がらなくなるようにした覚えはないけど?」
「あはは、あなたに頭が上がる人なんているんですかねー」
苦笑して言ってから、一息ついて。
「実は、一度兄と一緒にザフィルスに帰ることになったんですよ」
ミケの言葉に、マスターは少し驚いた様子だった。
「そうなんだ?なんで?」
「マリーから聞いてるわ。ザフィルスのギルドに提出した研究レポートが高い評価を受けたんですってね?」
ミリーが言い、そちらに向かって頷く。
「そちらにも情報が行っていましたか」
「そんな情報をご存じとは…失礼ですが、魔道職の方ですか?」
グレシャムが問うと、ミリーはにこりと微笑んだ。
「魔道学校の校長をしているの。その伝手で、ギルド長とも親しくしていてね。クローネと知り合ったのも、ザフィルスのギルドからの紹介よ?」
「そのような方だったとは……不躾に失礼いたしました。ミケは思うよりたくさんの繋がりを持っているのですね…」
感心したように、グレシャム。
ミリーは続けた。
「研究職として結構なポストを用意したって言ってたけど…受けることにしたの?」
「それは…まだ」
苦笑して首を振るミケ。
「ですが、どちらにしても一度戻って詳しいお話をしないと、とは思っています」
「そう。それがいいわ。いいお話だものね」
鷹揚に頷くミリー。
「ミケくんいなくなっちゃうのかー、なんか寂しいね」
マスターが言うと、ミケは苦笑した。
「ずっと帰ったままということは、どちらにしろ無いと思いますが…またヴィーダに来ることがあればお邪魔しますよ」
「うん、待ってるー」
仲良さげな二人を微笑ましげに見てから、グレシャムは椅子から立ち上がる。
「…と、すみません。お手洗いを」
「兄上もですか。ではお先にどうぞ」
ミケが言い、グレシャムはマスターにトイレの場所を聞いた。
「ああ、あっちだよー。ミニたん、案内したげて」
「あーい」
マスターの指示を受け、店の隅で控えめに楽器を演奏していたミニウムがグレシャムをトイレへと案内する。
ドアが閉まり、沈黙が落ちたところで、ミリーが改めてミケに問うた。
「それで、どうするつもり?」
「え」
「お兄さんの前だとあまり言えないこともあるでしょう?ザフィルスに戻って、研究員になるの?」
「………」
ミケは俯いて、苦笑した。
「……正直、向いていないと思う」
「そうね」
「バッサリ来ますね」
「あなたは感覚で魔道を使うから。論理を筋道立てて扱う研究職には向かないと、あたしも思うわ」
「ですよねー…」
「ミケくんはカラダで覚えるタイプだもんねえ」
「マスターが言うとなんかやらしいですね」
「風評被害ー」
「……でも、なんとなく上からそう言う話を家に持ちかけたという事は、蹴ると迷惑かけるかも、と思って。兄上にはまだ言えていません。
僕が欲しいのは自分の力で、経歴とかも…欲しくないと言えば嘘になるけれど、それも力なのだろうけれど……そもそも、出世とか一生縁のないことだと思っていましたし…」
「そうねえ」
ミリーは嘆息して、言った。
「純粋な魔道の理論とか、実力とか。そういう世界の話だけのはずなのに、国や組織が口を出すと、そういう世界だけの話じゃなくなるところが難しい所ね。自分の知りたい、進みたい、使いたいと思う魔道であっても、それがかなわないこともたくさんある。
今回の話も、あなたを国に囲い込んで、技術の流出を防ぎたい意図があってのことでしょう?」
「はあ……まあ、そういうことらしいです」
「そりゃーお兄さんにはちょっと言いづらいねえ」
うんうんと頷くマスター。
そこに、トイレから水が流れる音がして、ミケは人差し指を口の前に立てた。
「すみません、今の話、兄には」
「わかってるわよ。あなたもトイレ行ってらっしゃい」
がちゃりとトイレのドアが開く音がして、ミケは立ち上がってグレシャムと交代した。
洗った手をハンカチで拭きながら、ミケと交代して戻ってくるグレシャム。
席に座って再度紅茶を飲むグレシャムに、ミリーが尋ねた。
「…それで、あなたはミケにギルドのポストについてほしいの?」
唐突な問いにきょとんとしてから、グレシャムは苦笑した。
「私は、あの子の好きにしたらいいと思いますよ。というか、あの子に言うことを聞いて欲しいなんて思っていないし、いつだって最後は思ったことを思った通りに貫くと思いますよ」
「…そう」
満足げに微笑むミリー。
「安心したわ。あの子には一応、私も魔法を教えたし…魔法以外のいろんなことも、教えてきたつもりでいるから。
あの子の心に沿わないことを強制されるなら、私もいろいろと考えなくちゃ、と思っていたの」
「ミケはたくさんの人に愛されているのですね」
こちらも満足そうに微笑んで、グレシャムは言った。
「先ほども、王宮で幾人かの王族やその関係者に話しかけられていました。私が知らない間に、ミケはたくさんの人に出会い、たくさんの人とつながりを持っている。そのことが単純に喜ばしいと…そう思います」
その表情は、家族の幸せを願う長兄らしい慈愛に満ちていた。

「会えてよかったです、ありがとうございました」
ミケが紅茶の代金を払おうとすると、グレシャムが立ち上がってそれを止めようとする。
「ミケ、ここは私が」
「いえ、ここは僕に出させてください。兄上はこういうものの相場はわからないでしょう?」
「それはそうですが……」
「ではマスター、お代はこれで」
「はーい、ありがとねー。またヴィーダに来たら寄ってね♪」
「ええ、ぜひ」
ミケは笑顔でマスターとミリーに挨拶をすると、ハーフムーンを後にするのだった。

バザールで大立ち回り

ハーフムーンを後にしたミケは、たくさんの露店で賑わうバザールに足を運んでいた。
ヴィーダ以外からもたくさんの商人が来ているらしく、様々な店とその商品を買う人たちでごった返している。
ふと、その中に見知った顔を見つけ、ミケは足を止めた。

「あれっ……ンリルカさんと……オルーカさんですか?」

声をかけた人物たちは、ミケの声に振り返り、驚きと喜びに表情を広げた。
「ミケさん!お久しぶりです」
「いやーん♪ミケくんじゃなぁい~!ぴっちびっちのマーメイド♪世界中のメンズのスイートハート、ンリェンちゃんよぉ☆彡」
「早速消える辛梨寺…ていうかさりげにぴっち『びっち』なんですね」
「んもぉ、フォント種類によっては黙ってりゃ気づかないんだから、い・い・の♪」
よくわからないやり取りをする二人のところに、ミケはグレシャムを連れて歩いて行った。
「お久しぶりです。お二人とも変わり無いようで何よりです」
きらり、と目を光らせて、ンリルカがグレシャムを指さす。
「ミケくんのそばにいる、クローネくんによく似たスーパー美男子はどなたぁ?」
「あ、ええと、ご紹介します。一番上の兄で、グレシャムです」
「初めまして。グレシャム=デ・ピースです。ミケとクローネがお世話になっています」
「あらぁん、こちらこそ、ミケくんにはいつも、頭のてっぺんからつま先までくんずほぐれつしっぽりとお世話になってますぅ☆」
「ンリルカさんはいつもこんな感じですが、事の腕前とかとてもすごい人です。頭のいい方なんですよ」
ンリルカのねっとりした発言も慣れた様子であしらうミケ。
「やだミケくんたらぁンリェン照れちゃう」
「そして、こちらがオルーカさんです。いくつか一緒に依頼を受けて仲良くなった火の神官さんです。とても信頼のおける方ですよ」
「そんな、私こそミケさんのことは信頼していますよ。とても頼りになる方です」
「そうなのですね。ミケがお仲間としっかり信頼を築けているようで安心しました」
うんうん、と鷹揚に頷くグレシャム。
ミケは再びオルーカとンリルカに向き直った。
「お二人は、バザールに出展されてるんですか?」
「あ、いえ、私はそうじゃなくて」
「ワタシが出してるのよぉ~、昔のお店の小物を売っちゃいたくてぇ」
ンリルカが言い、オルーカが首をかしげる。
「昔のお店…?」
「そうなのよぉ、聞いてくれるぅ?」
ンリルカが言うには、勤めていたオカマバーが時流の波にのまれて潰れてしまったため、別の街の店に行くための資金集めとして、潰れたオカマバーの衣装やら小物やらを売りたかったのだという。しかし、軒並みいかがわしいものばかりであったために出展を断られ、仕方なく釜めし屋というカモフラージュをしているのだそうだ。カモフラージュできているかは言及しないが。
「そうだったんですね……ンリルカさんも大変ですね……」
心配そうにオルーカが言うと、ンリルカはふと思いついたように胸の前で手を合わせた。
「あ☆そうだわ!オルーカちゃんにちょうど良さげな服があるから持って行ってちょうだい~♪」
びらり。
そう言って、色とりどりの衣装からンリルカが選んで広げたのは、清楚な白のロングスカートだった。
股間にハートマークの穴が開いていることで清楚が台無しだが。
「これで彼氏も悩殺間違いなしよぉー☆」
「えっあの……えっと…ありがとうございます……」
呆然としたままつい受け取ってしまうオルーカ。
「ミケくんにはこっちよぉ☆」
「えっ僕にもあるんですか結構です」
ミケが速攻で断るも、ンリルカは楽しそうに衣装を選び始める。
「そう言わずにぃ……あ☆ミケくんっぽいネタがあるから、これをミケくんにあげるわぁ♪」
差し出したのは、股間に白鳥のついたチュチュ。
「何がどう僕っぽいんですかこれ!」
「すっっっっごくミケくんっぽいじゃなーい?もらってねぇ?」
ぐいぐいとチュチュをミケに押し付けてから、ンリルカはオルーカに向き直った。
「ところで、オルーカちゃんはそんな忙しそうにしてどうかしたの?オカマの釜めしでも食べてちょっと落ち着いたらぁ?」
かぱ。
言いながら釜をカパッと開けるが、あいにく中は空だった。
「いやーん♪お米がなくなっちゃったわぁーちょっと待っててねぇ」
ンリルカはそう言って、スッと真面目な表情で隣の窯の方を向く。
「……釜の呼吸!壱ノ型 御飯早炊き!」
ぽち。
釜についていたボタンをスイッチオンしてから、白いしゃもじ片手に元の笑顔に戻ってオルーカに向き直った。
「あ、これはワタシの月輪刀なの☆ちなみに釜の呼吸は石の呼吸の派生で、弐ノ型は白米大盛。終ノ型はお粥掛けライスなのよぉ」
「ンリルカさん、ファンに焼き討ちされかねないのでその辺で…」
「でぇ?ご飯炊いてる間にお話聞くわぁ、どうしたのぉ?」
「……はっ!そうでした、あの!」
オルーカはそこでやっと思い出した様子で、ンリルカとミケを交互に見た。
「実は、知人が強盗に入られて」
「強盗ですか」
物騒な話に身を乗り出すミケ。後ろのグレシャムもただならぬ雰囲気に黙って話を聞く。
「幸い、何も取られたものはないんですけど…知人が怪我をしてしまって。私、犯人を捕まえたくて探してるんです」
「強盗傷害じゃないですか…大事件ですね。よければ、僕も協力させてください」
「助かります!今から風花亭にでも、依頼書を出そうと思っていて……知人の目撃証言から、こんなことしかわからなかったんですけど」
かさ。
オルーカは手に持っていた紙を丁寧に広げて見せた。
「茶色い全身タイツとヘルメットの三人組……?」
強盗、という言葉の響きの斜め上を行く目撃情報に眉を顰めるミケ。
すると。
「あらぁ?そんな感じの子たち、さっきワタシの店に来たわぁ?」
首をかしげて言うンリルカに、オルーカが身を乗り出す。
「ほ、本当ですか!」
「悪役の衣装はないかーってぇ、すっごいえばっててぇ。お金出しそうになかったからテキトー言って追い返しちゃったけど、そんなことなら引き留めておけばよかったわぁ」
ンリルカは肩を竦めて言ってから、再び胸の前で手を合わせた。
「んじゃ、引き留めておけなかったお詫びもかねてぇ、ンリェンもひと肌脱いで手伝ってあげるわぁ」
「あ、ありがとうございます!」
「いいのよぉ、ちょうどお店にも飽きて来てたトコロだったしーw」
「そっちが本音じゃ……っていうか、いいんですか本当に、お店ほったらかして」
ミケが言うと、またうーんと首をかしげるンリルカ。
「それもそうねぇ……んじゃ、帰って来るまでお兄さんがこのお店やっててくれないかしらぁ?」
「えっ、私が?」
突如矛先を向けられたグレシャムが驚いて首を振る。
「いや、難しいのでは……売り子など経験がありませんし、釜飯とやらも作ったことはありません」
「大丈夫、大丈夫♪このどんぶりに適当にご飯よそって、ぶっかけたり、ぶっこんだら出来上がるから、後はヨロシクねぇ☆」
「え、あの、困ります……」
「しっかりしなさいアナタ長男でしょ?次男だったらできなくても、長男だから我慢できるわぁ!」
「そのネタいつまで続けるんですか」
「あ、兄上……」
ミケが心苦しそうにグレシャムの肩に手を置く。
「すみません、僕も協力してなるべく早く終わらせますので、しばらく見ていていただけませんか…」
「……お前が言うのなら仕方がないですね。善処します」
苦笑するグレシャムにもう一度頼み込んでから、ミケはンリルカとオルーカの方を向いた。
「僕もお手伝いします。ンリルカさん、その三人組はどちらの方向に行きましたか?」
「大通りの方のお店にあるって嘘ぶっこいたからぁ、たぶんそっちの方に行ったと思うわぁ?」
「大通りですね!早速行きましょう!」
早速駆けだすオルーカに続き、ミケとンリルカも後を追って駆けていく。
グレシャムはそれを、のんびりと手を振って見送るのだった。

3人は大通りのほど近くまでやってきた。
パレードの真っ最中であることもあってか、かなり人が増えてきている。
オルーカは息を整えながら。あたりをきょろきょろと見まわした。
「はあはあ…ど、どこでしょう…?!」
「オルーカちゃん、あっちよぉ!」
ンリルカが指さした方を見れば、確かに茶色い全身タイツの怪しげな三人組が。
オルーカは早速駆けだすと、大声で三人組を呼び止めた。

「待ちなさーい!」

オルーカの声に振り返る三人組。
「むむ、兄弟たちよ!聞こえたなりてか!?」
「うむ!聞こえたなり!我らを追いかけてくるとはなかなか見込みのある人物…!」
「追いかけられるのは悪の華!マジ悪役っぽいなり~!」
「かくなる上は三十六計逃げるに如かず!」
「「如かず~!!」」
だっ。
言うが早いか、三人組はそれぞれ全く違う方向に駆けだした。

「ちょ、バラバラに逃げるなぁあ!」
「オルーカちゃん、私はアッチにイくわねぇ~!」
「では、僕はこちらに!
「ありがとうございます、ンリルカさん、ミケさん!!」

ンリルカとミケとオルーカは、それぞれ別々の全身タイツを追うことになった。

「風よ、かのものの足を捕らえよ!」
ミケの呪文と共に、前方を行く全身タイツの周りを風が取り巻く。
「なななっ?!見えない縄で縛られているなりぃ!離すなりぃ!!」
じたばたと暴れる全身タイツ。ミケはふっと息をついて、そのまま風魔法で全身タイツを運んで行った。

「オルーカさん!」
向こうの方でやはり全身タイツを縛り上げていたオルーカに、ミケが呼びかける。
「ミケさん!確保できましたか、ありがとうございます」
「オルーカさんも捕まえたようですね、よかったです」
笑顔を交わしてから、2人の全身タイツをまとめて縛り上げる二人。
「あとはンリルカさんですが……」
と、あたりを見回したちょうどその時。

「オルーカちゃん~!犯人達を見つけて来たわぁー☆」

向こうから野太い声が聞こえてきて振り向くと、オルーカが手を振りながらこちらにやってくるところだった。
しかも。
「な、何でこんなに増えてるんですかね…!」
ぎょっとしたミケが言った通り。
ンリルカが連れてきたのは、総勢8名の、茶色っぽい服を着た男たちだった。麻縄で恥ずかしい縛り方をされた挙句、竹筒で口枷をされている。
「まだ引っ張ってたんですねそのネタ…」
「ふぅ~☆ンリェン張り切っちゃった!さ、犯人はどれだったかしらぁ?」
「え、ええと……」
「というかこの中で犯人見たのンリルカさんだけなんですから……」
ずらりと並べられた犯人候補。
その中央には、今ミケとオルーカが縛り上げた全身タイツとお揃いの格好をした男が確かにいる。
オルーカは恐る恐るそれを指さした。
「え、えっと…これだと思います……というか他の人たちは早く解放してあげてください……」
「いやんッ、ンリェンったらおっちょこちょいなんだから(テヘ)ハイ!解散~!」
何をどうやったのか、たちどころに恥ずかしい縛り方から解放される男たち。
「ていうか、端っこの人ゼルさんじゃないですか!」
一番端にいた人物は、何故か恥ずかしい縛り方をされていなかった。オルーカが普通に縄をほどき、竹筒の口枷を解くと、ぷは、と苦しそうに息をつく。
「いや~……ひどい目に遭いました……」
ようやく息をついた男性……ゼルは、若干涙目でンリルカを見上げた。
ひらひらと楽しそうに手を振るンリルカ。
「ゼルくんはねぇ、あーゼルくんがいるなぁーって思っただけなんだけど♪ほら、ゼルくんってなんとなく本人の存在自体が怪しいじゃなぁい?
多分きっと絶対犯人じゃないとは思ったけど、面白そうだっからとりあえず縛って持って来たわぁ☆」
「ひどいですよ~……僕、か弱いんですからね?」
「そうですよ、ダメですよンリルカさん、確かにゼルさんは存在自体怪しいですけど!」
「えぇぇ、そこ肯定されちゃうんですか?」
「そうよねぇ?」
「うう、僕はそんなに言うほど悪いことしてないと思うんですけどねぇ…最近は」
「最近は?」
縄で縛られた跡を痛そうにさすって言うゼル。
ふと、オルーカは後ずさっているミケに声をかけた。
「ミケさん?どうかしましたか、青い顔をして」
「い、いえ…ルール上会うことのできない生き物に遭遇して戦慄しているだけです。ポチも本能的に危険を悟ってさっさと逃げたし」
「はーいメタ禁止ですよー」

というわけで。

「ササさんから奪ったおやつ…の空袋と、ササさんに怪我させたことを謝ってもらいますよ!」
「ササとは何者なりか?!」
「我ら悪役なれども、活躍をわれらが認識しないのは卑怯なり!」
「「卑怯なりぃ!」」
「せめて!せめて我らの悪の華が咲く活躍ぶりを!この耳で!」
まとめて縛り上げられたままわちゃわちゃと騒ぐ全身タイツたちを無視して、オルーカは改めてミケとンリルカに頭を下げた。
「ミケさん、ンリルカさん、ご協力ありがとうございました。私はこれからこの人たちを自警団に連れて行きますね」
「よかったわねぇ~オルーカちゃん♪その後のことは、またじっくりたっぷり聞かせてねぇ~ん?と・く・に、さっき言ってた『ササさん』って人のこと☆」
「は、はい……それはそのうち、また」
ひらひらと手を振るンリルカに、少し照れた様子で返すオルーカ。
ミケはにこりと微笑んで頷いた。
「お疲れさまでした。ひとまずは良かったですね。これから自警団ですか…お忙しそうですが、お話してお伝えしたいこともあるので、お祭りの間にまたどこかでお会いできるといいですね」
「あ、はい。わかりました、お会いできたら、是非」
オルーカは頷いてもう一度二人に礼を言うと、全身タイツたちの縄を引っ張って去っていった。
「あー面白かったぁ☆それじゃ、お店に戻りましょうか、ミケくぅん」
「そうですね、兄上も心配ですし……」
ンリルカの言葉にミケも頷き、二人は再びバザールに向かって歩き出した。

「たっだいまぁ~♪……あらぁ?」
そして、帰りついた小峠の釜めし屋で。
予想だにしなかった状況に、ンリルカが大きく目を見開く。
「お店の衣装とグッズが……全部無くなってるぅ?!」
すわ事件か、と思ったが。
「ああ、おかえりなさい。すみません、売るものがすべてなくなってしまったのですが…追加の在庫や食材はありますか?」
先ほど早炊きのスイッチを入れた釜の向こうから、グレシャムが申し訳なさそうに顔を覗かせる。
「あ、兄上、何をやったんですか……?」
恐る恐るミケが聞くと、グレシャムはさらりと答えた。
「ああ、すべて完売したよ」
「完売?!あの、いかがわ……いえ、奇抜なファッションとグッズがですか?!」
「うそぉ?!」
ミケはおろか、ンリルカまでもが驚きに声を上げる。
グレシャムはにこりと笑って頷いた。
「私はここでニコニコして呼び込んでいただけだったのだけどね、親切な方々が私の話を聞いてくださって、たくさん購入してくださってね」
「こ、こんなものまで秒で売ってしまうなんて…美形パワーおそるべし」
「やっだぁ~さすが長男だわぁ!やるじゃない長男!次男なら我慢できないけど、長男ならやると思ってたわぁ!」
「ンリルカさんそのへんで勘弁してください……」
ンリルカは上機嫌で空のケースやハンガー掛けを片付けながら、グレシャムに改めて礼を言った。
「グレシャムくん、ありがとぉ~♪チョ~助かっちゃったわぁ☆お礼にンリェンの熱いベーゼを!」
「お気持ちだけいただいておきます」
ンリルカの体当たりをひらりとかわし、グレシャムはミケの腕を引いた。
「それでは、我々はこれで。行きましょう、ミケ」
「あっはい。それじゃあンリルカさん、お疲れさまでした!」
兄の見事な危機管理能力と引き際の早さに感心しながら、ミケはンリルカへの挨拶もそこそこに、兄に引きずられるようにその場を後にするのだった。

「あれ、ミケじゃないか」

さらにバザールをうろうろしていると、また声をかけられて、ミケはそちらを向いた。
そこには。
「フカヤさんじゃないですか!うわあ、お久しぶりです!」
フカヤと呼ばれた青年は、穏やかな笑顔でミケの挨拶を受ける。
「久しぶり。元気そうだね」
「フカヤさんもお元気そうで良かったです。フカヤさんがいらっしゃるってことは、パフィさんもいらっしゃるんですか?」
「いるよ。今はお客さんもいないし、呼んでこようか」
フカヤはすぐそばにあった紫色のテントに向かい、入り口の幕を上げて中に顔を入れた。
ほどなくして、中からかわいらしい少女が顔を出す。
「ミケがいるのー?」
「パフィさん、お久しぶりです!」
「わー、本当にミケなのー!久しぶりなのー!」
パフィは嬉しそうにテントから出てくると、ミケと手を取り合った。
「元気してるのー?」
「ええ、変わり無く。パフィさんは……お元気そうですね」
「うん、フカヤと一緒に元気に旅してるのー。ヴィーダは久しぶりなのねー、相変わらず賑やかなのー」
「そうですか。……レヴィニアさんは、その後はどうしていらっしゃるか、ご存じですか?」
「レヴィおねえちゃんのことは、あんまり聞かないのー」
そばのフカヤにも配慮してか、パフィは苦笑して首を振った。
「でも、たまに占いで見るのねー。生きて、今までのことを償ってるみたいなのー」
「そうなんですか…それは良かった」
ミケは少しほっとした様子で息をついた。
「そうだ、僕のことを占っていただけませんか。今後について」
「こんごー?」
「はい。今少し、迷っていることがあって」
「ふふ、わかったのー。どうぞー」
「はい。あ、すみません兄上、少し待っていてくれますか」
「わかったよ。私はこちらのお兄さんに、ミケの話を聞いているね」
いつの間にかフカヤと何かを話していたグレシャムは、頷くとミケを見送る。
ミケは二人に一礼すると、パフィに続いてテントの中に入った。

「……これが、過去のカードなのねー。ガルダスの正位置、ストゥラミアの正位置、ルヒテスの正位置……努力をしてきたものが報われ、正当な評価を受ける……」
「…すごい、当たってます」
早速占ってもらったミケは、カードをめくりながら言うパフィの言葉に感心したように息をつく。
パフィは続けて、正面のカードをめくった。
「これが、現在のカードなのー。ムウラの逆位置、マターネルスの正位置、ミヌ=ティミスの逆位置……迷い、不安。行く先を見失い、どちらに行くべきかの判断がつかない……」
「……ええ、その通りです。正直…迷っています」
肩を落として、ミケ。
「自分の力が評価されることは、戸惑いはあるけど、正直に嬉しく思います。でも、評価された先に置かれたポストに就くことが、果たして正しいのかどうか…僕にはわからない」
「むー……」
パフィは一つ唸ってから、最後のカードをめくった。
「これが、未来のカードなのー。トートの逆位置、ファルスの正位置、ミドルヴァースの正位置……幸せとは流動的なもの…どの選択をしても、迷いや不安は付きまとう……」
「…やはり…そうですよね……」
「でも、ファルスのカードは、意志のカードなのー」
「…意志、ですか?」
「どんな決断をしても、やっぱり正しくなかったかもしれないって、誰もが思うものなのー。ファルスのカードは、たくさんの選択肢の中から、自分が最も望むものを選ぶことを示唆してるのねー」
「自分が…最も望むもの」
にこり。
パフィは柔らく微笑むと、ミケに言った。
「ミケが一番望むものは、なあに?それが、ミケの答えなのねー」
「僕が一番望むもの……」
ミケはしばらく考えてから、ふっと顔を上げた。
「ありがとうございます。もう少し、考えてみますね」
「また迷ったら来るといいのー」
お代を置いて立ち上がるミケに、パフィは笑顔でひらひらと手を振った。

「あれ……フカヤさん、兄上は?」
テントを出ると、そこにグレシャムの姿はなく、フカヤが一人で立っていた。
ミケの問いに、フカヤは苦笑して向こう側を指し示す。
「なんだか、向こうに気になる店があるからって、行ってしまったよ。ミケに、あっちの方にいるからって伝えてと」
「本当ですか?しょうがないな……すみませんフカヤさん、ありがとうございました!」
「うん、またね」
ひらひらと手を振って見送るフカヤを背に、ミケはフカヤが指し示した方向へと駆け出す。
何か、人だかりができている。兄の容姿からして、あそこだろうと目をつけるミケ。
「ちょっとすみません、通してください…!」
人だかりをかき分けて、がっと中心部に入ると。
「兄上!」
「おや、ミケ」
「あらー?ミケー?」
きょとんとしてミケの方を見たのは、何やらきれいに化粧されているグレシャムと、化粧を施しているミシェルの姿だった。
「み、ミシェルさん?!というか兄上、何を?!」
「この人が、メイクさせてほしいというのでね」
「何してんですかミシェルさん!」
「えーだってぇ、お肌もお顔立ちも綺麗だったから、化粧映えすると思ってー」
ぱたんとコンパクトを閉じて、ミシェルは改めてミケに向き直った。
「それにしてもミケ、久しぶりねー。この人、ミケのお兄さんなのー?ならご挨拶しなくちゃねー」
「えっと、ああ、はい!あの、兄のグレシャムです」
「グレシャム=デ・ピースです。ミケがいつもお世話になっています」
「ミシェルよー。こちらこそ、ミケにはいつもお世話になってるわー」
「綺麗なお化粧もありがとうございます」
「いえいえー、気に入ったらどれか買っていってー?この、火の魔法で発色を良くしたチークなんておすすめよー?」
「では、妹に是非」
「ちょっと兄上、お化粧されるのをやすやすと受け入れないでください、泣きますよ?!」
「いいじゃなーい、ミケもちょっとやってみるー?」
「全力で遠慮します!」
「似合うのにー」
「似合う予感しかしないからこそ遠慮します!」
ギャーギャーとそんなやりとりをしていると。
「ママ、お待たせ、在庫持ってきたわよ」
「あらー、ありがとう」
後ろからミシェルに声をかけた少女を見て、驚いて声をかけるミケ。
「リーさん!お久しぶりです!」
「ミケ!お久しぶり」
「えっなになに、ミケがいんの?」
「ロッテさんもお久しぶりです」
「久しぶりーん。元気そうじゃん」
「おかげさまで。お会いできて良かったです、ミシェルさんにもお伝えしたいことが」
ミケは改まって、三人に向き合った。
「実は、故郷のザフィルスに帰ることになりまして。これからは、そちらをメインに活動することになります」
「そうなんだ」
3人は少なからず驚いたようだった。
ミケはにこりとそちらに微笑みかける。
「いつでも遊びに来てくださいね、絶対おもてなししますから」
「ええ、ザフィルスに行くことがあれば必ず」
3人に連絡先を伝え、一息ついたミケは、こそっとそばのミシェルに話しかける。
「あの、ミシェルさん」
「なあにー?」
「…あそこにいる、黒い服にめっちゃ派手なショールを背負った上、UVカットの日傘までしている人って…」
「ああ、ライバル店の人よー」
「さっきンリルカさんに捕まえられてませんでしたか?」
「ああ、そんなこともあったかしらねー。連れてってくれるならいいわと思って放っておいたけどー。
なあに、知り合いー?」
「いえ、知り合いではありませんし、これからも全力でスルーします」
「そうするのがいいわー」
微妙にメタチックなやり取りをしてから、ミケはグレシャムと共にミシェルの店を後にした。

ミシェルの店を離れ、またしばらくバザールをぶらぶらとしていると。

「はーい見てってくれよー!フォラ・モントの金細工だよ!」

聞こえてきた声に、ミケは足を止めてそちらを見た。
そして、露店で声をかけている店員の姿に、驚いて声をかける。
「オードさん?」
「ん?」
ミケの呼びかけに、店員もきょとんとしてそちらを見、それから破顔した。
「ミケじゃねーか!久しぶりだな!」
「お久しぶりです!ヴィーダに来てたんですね」
「おう!継承祭だっていうんで、ウチの村の金を持ってきたんだ。よかったら見てってくれよ!」
「はい!へぇ……たくさんあるんですね。どれも質がよさそうです」
「だろ?あんな金なんてなくたって、ウチの細工は質がいいんだよ。それをわかってもらうためにも、もっと外に売り出していかなきゃって思うんだ」
「そうですね……心配してましたけど、問題なくやっていけるようで安心しました。その後、フレイヤさんとは?」
「ああ、結婚したよ。それに、今度子供が生まれるんだってよ!まだ確かめてねーけど…」
「お子さんですか!おめでとうございます!」
ミケは嬉しそうに言って、再び金細工達に目を落とした。
「それじゃあ、お子さんのためにもたくさん稼いでいただかないと、ですね!
兄上、どれか気に入ったものはありませんか?」
早速兄の財力を当てにするミケ。
オードはグレシャムに向かっても、愛想よく笑いかけた。
「ミケの兄さんか?よかったら買ってってくれよ、細工の質は保証するぜ!」
「ええ、確かに質のいいもののようです。いくつか、お土産にいただきましょう」
「あいよ、まいどありー!」

およそ金細工を売っているとは思えない威勢のいい掛け声が、バザールにこだました。

懐かしい顔ぶれと、好敵手との決着

「みんなーっ!来てくれてありがとーっ!ミュー、とってもとってもうれしいよーっ!」

うおおおおぉぉぉ!

中央広場で繰り広げられていたショーが、大きいお友達の地響きのような歓声とともに終幕を迎えている。
「これは……なんというか、すごいですね……」
圧倒された様子のグレシャム。さもありなん。
「魔道の力を使ったショーのようですね。人手が足りないということになってないといいんですが…すこし、裏方に顔を出しても?」
「ええ、行きましょう」
頷いて、さっそく二人はステージの裏へと向かった。

「あっ、ベータさん!こんにちは!」

裏口付近でさっそく顔見知りを見かけ、声をかけるミケ。
ベータ、と呼ばれた男性は、ミケの声に一瞬びくっと肩を震わせると、ゆっくりと振り返る。
「あ……えーと、ミケさん……お久しぶり、です……」
相変わらず覇気のない口調。
ミケは構わず彼のところに歩いて行った。
「お久しぶりです。ギルドでショーをやってるんですね、お疲れ様です」
「あ、はい……僕の出番は、もう、済んで…今は、ミューが……」
「ええ、見ていましたよ。相変わらずすごいですね、ミューさん!」
「……ありがとう、ございます……」
少しうれしそうに言うベータ。
と、そこに。
「お疲れ様でーす」
舞台の方から、そんな挨拶と共にこちらにやってくるミュー。
ベータのところにいるミケに気づくと、笑顔でこちらにやってきた。
「お疲れ、ベータ!ミケじゃない、お久しぶり!」
「はい、お久しぶりです。相変わらずすごいですね、ミューさん!」
「あたしはそんなにすごくないわよ、スタッフの努力がすごいだけ。それより、どうしたの?ベータと何かあった?」
「え、ええと……」
ミューの言葉に慌てるベータ。
ミケは苦笑した。
「いえ、魔術師ギルド主催のショーなら、人手が足りなければお手伝いをと思ったんですが…」
「あら、そうなの。ありがと、でもこの辺は大体間に合ってるかな……向こうの方行ったらちょっと違うかも」
「そうなんですね、後で行ってみます。
そうだ……そういえば、あの謎の金持ちはどうなったんですか?」
「謎の金持ち??」
「僕史上最もまっすぐ『よし、埋めてやろう』と思ったあのテキトーな方は、まさか元気にしているのですか?」
「え?さあ、知らないわ。ベータ知ってる?」
あっさりとミューが言い、促されたベータも首を振る。
ミケはほっと胸をなでおろした。
「良かった。まさかまだ金持ちのまま元気にミューさんのストーカーやってますとかだったら、今度こそ屋敷を半壊させるところでした」
いろいろひどい。
と、ミューがふと思い出したように言った。
「あれ、でも、あの子は一緒じゃないの?」
「あの子…とは?」
ミューの言葉にきょとんとするミケ。
ミューはすぐに名前を思い出せないらしく、うーんと眉を寄せた。
「えーと…ほら、あの時ベータと一緒にいた……金髪の子…」
「ひょっとして、レティシアさんですか?」
「うんそう。さっきあたしのところに来てね、いろいろ聞かれたの。別に一緒じゃなかったの?」
「いえ、まだお会いしてないですね…そうか、レティシアさんがいるなら、またどこかで会えるかな…」
「そうね、会えるといいわね。それじゃ、あたしは行くけど…もしよかったら、入って奥の方にも行ってみて?そっちは人手が必要かもしれないから」
「はい、わかりました」
「それじゃベータ、行くわよ」
「は、はい……」
ミューはベータの腕を取り、そのまま引っ張るようにしてその場を後にした。
その姿を後ろから見ながら、ミケはほっこりとひとりごちる。
「いやー…相変わらずラブラブですねえ」
「あれが…ラブラブなのですね」
よくわからない様子で、グレシャム。
ミケはそちらの方を向いて問うた。
「兄上、そういえば婚約されてますよね」
「そうですね、私にはもったいない程素敵な方だな。貴族のご令嬢で、とても芯の強い方だ。政略結婚でもあるけれど、恋愛結婚だから気にしないように。ところで、ミケ。お前には」
「いません」
「いや、でも、先ほどレティシアさんというお名前を…」
「僕、基本モテないので!いないんですよ!」
「……そ、そうか」
言いきられてそれ以上つっこむこともできず、グレシャムは口をつぐむのだった。

「あ、アスさん!セイカさん!」
裏口から入り、さらに先へ進んでいくと、そこにも知り合いの顔を見つけ、ミケは名を呼んで駆け寄った。
「ミケさん!お久しぶりです」
「久しいな。ミケもショーの手伝いに呼ばれたのか?」
「いえ、呼ばれたわけじゃないんですけど…何かお手伝いすることがあるかなと思って」
「そうか…いや、ここにはそれほど手伝いが必要なことはないな…」
「そうなんですね。でも、お二人に会えてよかったです」
ミケは嬉しそうに二人に向かって言った。
「セイカさんやダザイフのギルドのことは、魔術師ギルドづてに活躍を聞くことはできましたが…アスさんの教会の方まではさすがに、お話を聞くこともできなくて。
お二人とも、お元気そうで良かったです」
「ああ。ミケも息災で何よりだ」
お互いに再会を喜び合っていると。

「セイカ、アス。ここにいたんだね。……あれ、そこにいるのは、ミケ?」

背後から声がかかり、3人はそちらを振り返った。
「フィズさん!それに、ルーイさんも!」
そこにいたのは、女性と見まごう美貌の地人と、こちらも美しいエルフの女性。
二人ともミケの顔を見て、嬉しそうに駆け寄ってきた。
「お久しぶりです、ミケさん。お元気そうで何よりです」
「ルーイさんもお元気そうで。あの、あの子たちは元気に魔法を学んでいますか」
「あの子たち…ああ、塾生の子たちですか?」
ミケの問いに、ルーイはにこりと微笑んで答えた。
「あれから、クラスもまた一つに戻って、本業の学業の傍ら、魔道の勉強に励んでいますよ」
「そうなんですね。アレに懲りて、自分の正義を『もしかしたら駄目かもしれない』とひっこめるようなことになっていないといいな、と思っていたんですが…」
「そこは、なにぶんまだ若い子たちですからね。これからも同じように惑わされることもあるでしょうし…そのたびに、私や、私でない他の人が導いていくことができればいい、と思うんです」
「そうか……そうですね」
ルーイの言葉に、少しほっとした様子のミケ。
そこに、フィズがくすっと笑いかける。
「ミケはもう少しひっこめた方が、世の中渡りやすいと思うけれどね?」
「ほっといてください」
即座に言い返してから、今度はフィズにも問いかけるミケ。
「フィズさんの方は、リジー君はその後お元気ですか?」
「ああ、今日もいるよ。ちょっと呼ぼうか、リジー!おいで!」
フィズが口元に手を当ててそう呼ぶと、先ほど彼が出てきた通用口から小さな影がとととっと躍り出る。
「フィズ!呼んだか!」
とててて、と駆け寄ってきた少年は、14歳ほどの見た目になっていた。片目に眼帯をしていて、開いている方の目は鮮やかに赤い。
ミケは驚いて彼を見た。
「うわ!大きくなりましたね…!あれからそれほど経ってませんよね?」
「そうだね、天の賢者様のアイテムがどういう性質のものかはわからないけど…まだもう少し、大きくなるのかもしれないね。
リジー、ミケさんだよ。覚えてる?」
「んー?」
不思議そうに首をかしげるリジー。
ミケは苦笑した。
「小さい時に少し顔を合わせただけですからね。リジー君、ミケです。よろしくお願いします」
「ミケ!覚えた!よろしく!」
ぱっと笑顔を咲かせるリジー。
かつては生きとし生けるものを石に変えるモンスターだったその少年の頭を、ミケは笑顔で撫でた。

「結局、お手伝いはいりませんでしたね…」
「そうだね。ショーもだいぶ終わりに近づいていたようだったし」
コンサート会場を後にしたミケとグレシャムは、再び中央広場へと戻っていた。今は、ルーイが生徒たちと華やかなマジックショーを展開しているようだ。
ミケはそれを遠目で見やってから、踵を返す。
「ずいぶん歩きましたし、どこかで休みましょうか。僕がずいぶんお世話になった、真昼の月亭という酒場があるんですよ。最後にそこにもご挨拶をしたくて」
「わかった。それじゃあ……」
と、二人が歩き始めようとしたとき。

「見覚えがある姿と思ったら……ミケじゃない?」

ざわり。
覚えのある感覚に、ミケが硬直して足を止める。
振り返ると、そこには。

「ち…チャカ、さん……」

「チャオ。久しぶり、ミケ」
恐る恐る名前を呼ぶと、チャカは艶然と微笑んで手を振った。
彼女の後ろには、いつもの配下4人も付き従っている。
「……チャカさん。お久しぶりです。継承祭、に来ていらっしゃるんですか?」
「ええ、楽しそうなお祭りだから」
にこり。
それだけの会話なのに、じわりと汗がにじむのは。
目の前の女性が、魔に属する種族だから。ただそれだけのこと、なのだが。
ふう。
ミケは落ち着いて息をつくと、ここでは何も起こらないと言い聞かせるように首を振った。
「ちょうどよかった。チャカさんにも、ご挨拶をと思って」
「ご挨拶?」
微笑んだまま首をかしげるチャカ。
ミケは頷いた。
「ええ。実はこのたび、ヴィーダを離れて一度、故郷のザフィルスに帰ることになったんです。活動ベースが変わりますのでー。……あまり顔を合わせることにならないことを祈りますが」
「あら、ご挨拶ね」
くすくす笑って、チャカ。
どこから持ってきたのか、ポチが「つまらないものですが」と書かれた付箋を張り付けた箱をチャカに差し出す。
「あら、ありがとう。……旅がらす?」
「ザフィルスの銘菓です」
「ふふ、ありがとう、美味しくいただくわ」
すると、チャカの後ろにいたリリィが、不満げに口を尖らせた。
「えー、ミケさんいなくなっちゃうんですかー?リリィ寂しい」
「うるさいですよ魚類」
これまで遭遇してきたどんな存在よりも辛辣な言葉を投げかけるミケを、若干ぎょっとして見やるグレシャム。
ミケは、ずい、と一歩前に出ると、挑戦的な表情でリリィに言った。
「家に帰るまでに、一回くらいはちゃんと膝つかせたいので。勝負してほしいんですけれど」
「あら、ミケさんも帰る前にそんな大怪我するようなことにチャレンジしなくてもいいのに」
くすくす笑うリリィが、チャカの方を向いて伺いを立てる。
「というわけなんですけど、行ってきていいですか?」
「ええ、行ってらっしゃい。アタシたちはもう少しこのあたりを回っているわ」
「ありがとうございます」
一方で、ミケはグレシャムの方を向いて言った。
「…すみません、兄上。そういうわけなので、後で真昼の月亭で合流でいいですか。地図は今から書いてお渡しするので」
「正直、心配ではあるけれどね。まあ、死ななければ安いということで」
「死には…しないと思います。たぶん」
「多分?」
「死んでしまってはこれ以上楽しめない と言いそうなので…」
「…お前たちの関係性が兄はとても心配だよ」
「まあ、そこはともかく。帰る前に、自分の力を試したいので。お願いします」
「…わかりました」
ミケが書いた地図を受け取り、グレシャムは踵を返す。
「ほどほどになさい。ノーラたちが心配しない程度に」
「…善処します」
そうして、チャカたちが去り、グレシャムが去ったあと。
ミケはリリィを見据え、すう、と息を吸った。
それを見て、リリィもすっと手を上げる。魔術文字を書くために。

「………行きます」
「どうぞ」


ごう、と大気が動く音がした。

「…割と頑張りましたねー」
「うう……せめてバトルシーンくらい描写してくれませんかね…!」
「アクションに書かれてないことは書きませんよー」
「ですよね…」
がく。
割とあっさり満身創痍になったミケは、しゃがみ込んだリリィの前でがっくり地面に倒れ伏した。
「うう……風魔法レベル40と風の回復魔法レベル30とかいう衝撃の生き物になったのに…結局勝てないんですね……」
「基本能力値の差じゃないですかね。あっ、でもほら!袖が!袖が焦げてますよミケさん!快挙です!」
「バカにしてますか?バカにしてますよね?」
「あらやだそんな。っていうか、私が負けたらそれはそれでミケさんびっくりしますよね?」
「ドッキリかと思いますね」
「ですよね。あっ、膝つけばいいですかね?はい、つきました!」
「もういいから勘弁してください…」
ふわり、と自分に回復魔法をかけて。
ミケは息をつくと、まだボロボロの服のままごろりと寝返り、空を見た。
「はぁ。まだまだ修行ですね……ギルドで評価されたからといって、慢心している場合ではない、と……」
「ミケさん、ギルドで評価されたんですか?」
リリィが興味を示したことに少しだけ驚いて、それでもミケは頷いた。
「ええ。ザフィルスの魔術師ギルドで、研究員としてポストを用意したと。なかなか好待遇、らしいです」
「いいじゃないですか。貧乏脱出ですね」
「やかましい」
むく、と起き上がるミケ。
「でも、研究員になったら、あなたを倒すための魔法を磨くことも、できなくなりますね」
「そうですねえ、私は研究員になったことがないから、どんなことをするのかわかりませんけど…でも、ミケさんに合わない気はしますねえ」
「……奇遇ですね、僕もそう思いますよ」
はあ、とため息をついて。
「…もし、僕が研究員になったら。あなたは、どう思いますか」
しても意味がない質問だと思いつつも、投げかける。
リリィはうーん、と首を傾げた。
「そうですねぇ……つまらないかな、って思います」
「…つまらない、ですか」
「ミケさんは、穏やかで理性的な魔法使いですーみたいな顔してて、そのくせ無茶で無鉄砲で、こんな風に大怪我することもわかってるのに平気で突っかかって、そうして痛い目を見て」
「オーケー、まだ喧嘩売るなら買いますよ」

「でも、それがミケさんじゃないですか。ミケさんがミケさんじゃないものになっちゃうのは、つまらないな、って思います」

「…っ………」
リリィの言葉に絶句するミケ。
リリィはにこりと微笑んだ。
「自分が自分でないものになってまで生きる意味なんてない、って、メイの言葉ですけど。私も、そう思いますよ」
「……そう、ですか」
「ま、最終的に決めるのはミケさんですけど。そして、それも含めてのミケさんらしさ、なんでしょうね」
「………」
「じゃ、気が済んだところで!私はチャカ様のところに戻りますね!」
「……はい。お付き合いありがとうございました」
「あはは!ミケさんらしいですねえ」
自分を叩きのめした相手に礼を言うミケに、リリィは心底おかしそうに笑って、それから丁寧に礼をした。
「大変楽しゅうございました、ミケ様。またお会いできる日を、心待ちにしておりますわ」
女王であったかつての姿を彷彿とさせる立ち居振る舞いと言葉に、ミケは一瞬面くらって。
それから、苦笑した。

「ええ、それまでには、あなたに膝をつかせられるよう、精進しておきますよ」

そして、最後の決断

「あ、オルーカさん」

中央公園の入り口。
真昼の月亭に向かうべく外へと向かっていたミケは、入り口付近を歩いていたオルーカを見つけ、呼び止めた。
オルーカはミケに気づくと、足を止めて彼の方を向く。
「ミケさん。先ほどはありがとうございました。あの……どうしてそんなにボロボロに?グレシャムさんは?」
「ちょっと事情があって、別行動をしていて。ボロボロになってるのは…ええと…聞かないでください…」
「え……は、はい……」
オルーカは戸惑った様子で頷いて、それから苦笑した。
「そういえば、先ほどお話があるって言ってましたよね。お休みしがてら、どこかでお話でもしますか?ここからなら…真昼の月亭が良いですかね」
「ああ、はい。是非。兄上とも、後でそこで待ち合わせをしているので」
「そうなんですね、じゃあちょうどよかった。行きましょう」
二人は頷きあって、真昼の月亭に向かうのだった。

「いらっしゃいませー♪空いているお好きなお席にどうぞ!」

真昼の月亭で出迎えたのは、いつものアカネではなく、くるくるカールしたクリーム色のロングヘアをお団子にまとめたかわいらしい少女だった。
きょとんとしたままテーブル席に着くと、アカネが水とメニューを持ってやってきた。
「いらっしゃいませ!ミケさんオルーカさん、お久しぶりですね!」
「お久しぶりです、アカネさん。ええと、新しいウェイトレスさんですか?」
オルーカが尋ねると、アカネは頷いて新人の方を見た。
「はい、継承祭の間の臨時バイトさんです。エチカちゃんっていうんですよ」
「継承祭の間は混みますからね……あ、僕はダージリンで」
「私も同じものでお願いします」
「かしこまりましたー」
アカネは元気よくそう言うと、メニューを持ったままカウンターに引き上げていく。
水を飲んで一息ついたところで、オルーカは改めて深々と礼をした。
「この度はお騒がせいたしました…おかげさまで無事犯人を捕まえることができました」
「いえいえ、僕はあまりお役には立てず……オルーカさんは大丈夫だったんですか?」
「はは…なんとか厳重注意で済みました」
「ササさんは、その後は?」
「救護所で治療してもらって、もう回復したと、僧院から連絡がありました。自分で自分の薬を調合しているそうですよ」
「ああ、薬師さんなのでしたね」
「まだ修行中、と本人は言ってましたけど、私の回復魔法よりずっと有能です、ふふ」
地味にのろけるオルーカ。
ミケは続けた。
「それで、結局あのゴキ…なんでしたっけ?」
「ゴキブリーズです」
クワガタンです。
「あれは…ええと、なんだったんですか?」
「さあ……目的は結局よくわからなくて。悪役になりたいとかなんとか…まあでも、住居侵入、窃盗、障害、ンリルカさんの店舗での脅迫、大通りでの乱闘…と罪状てんこ盛りだったので」
「最後のは割とオルーカさんがメインですよね?」
「まあそこはその、厳重注意ということで……今も牢屋にいるはずですが、あの様子だと脱獄しかねませんね…」
「そうですね…まあ見たところ、シャレにならないような連中でないことが救いですが」
シャレにならないような連中ばかりを相手にしてきたミケがしみじみと言ったところで、注文のダージリンが運ばれてくる。
二人は紅茶を飲んでまた一息入れ、今度はオルーカがミケに訊ねた。
「そういえば…先ほどお話があるとおっしゃってましたよね?」
「あ、ええ……ええと、実はですね」
ミケは姿勢を正し、真面目な表情でオルーカと向かい合った。
「実は、一度故郷に帰ることになりました」
「えっ……」
絶句するオルーカ。
ミケは苦笑して続けた。
「帰ると言っても、まだその先はどうなるか…わからないんですけどね。
僕の故郷…ザフィルスの魔術師ギルドで、僕が書いた研究レポートが、何故か高い評価を受けたらしくて…こちらで研究者としての高いポストを用意するので、来てくれないかと」
「す……すごいじゃないですか!」
オルーカは少し興奮した様子で身を乗り出した。
「え、じゃあ、ミケさんは冒険者をやめて、ザフィルスの魔術師ギルドで研究者さんになるんですか?」
「それは……まだ」
迷った様子で、ミケ。
「正直、迷っています。研究者は向いてないって、以前ある人に言われてへこんでたんですけど、まあ、ついさっき、本当にそうだなと思って……高いポストにいたところで、僕にそれが務まるとも思えませんし……」
「そんな…ミケさんなら立派にこなすと思いますが……」
「そうですか?それでまあ…お話を受けるにしろ蹴るにしろ、一度故郷には帰ろうと思っているんです。兄も迎えに来たことですし」
「ああ、それで……」
グレシャムがいたことに妙に納得した様子で、オルーカが頷く。
「ミケさんの将来はミケさんが決めるものですから、私からお話することはないですけど…ミケさんがいなくなるのはとても寂しいです」
「オルーカさん…」
少し寂しそうにうつむいてから、オルーカは顔を上げて微笑んだ。
「でも、ミケさんの人生ですもの。誰に何を言われても、自分の決めた道を行ってくださいね。またお会いできる日を楽しみにしています」
「…はい!」
オルーカの言葉に、嬉しそうに微笑んで頷くミケ。
オルーカはそこから、俯いて話し始めた。
「実は私も……タイムリーなお話でびっくりしちゃったんですが」
「オルーカさんも?」
「故郷のアラサニアに帰ってこないかと打診されているんです。アラサニアにあるガルダス教会をリフォームして、私を司祭に、と」
「すごいじゃないですか!」
ミケも思わず身を乗り出した。
「はい。いいお話だと思います。その教会は、もともと私の叔母が司祭を務めていて…叔母が亡くなったことで後継がいなくなり、無人となっていたんです。当時の私にはまだ、後を告げるほどの経験も実力もなくて。でも、叔母の跡を継がないか上から打診されて…」
ふ、とどこか遠くを見るように視線を移して。
「叔母は私の憧れでしたし、火の道に進んだのも叔母の影響なんです。だから願っていたことではあるんですが悩んでいて。以前の私なら、1も2もなく飛びついたのに、今は…」
「…何か、帰りたくない理由があるんですか?」
自分のことに照らし合わせてミケが言うも、オルーカは苦笑して首を振った。
「故郷には年の行った両親がいて、私が帰れば安心すると思います。私も両親の近くにいた方が、何かあった時にすぐ駆け付けられますし…帰りたくない、というのは全然ないんです。
でも……」
「何か、悩むことが?」
「悩むというか…ヴィーダに残りたい、という気持ちが自分にあることに戸惑っている、んだと思います。
叔母の影響で僧侶になって、いろんなところを回って…どこにもいい思い出はあるけれど、離れたくないと思うほどではありませんでした。
それなのに……」

「あっ、オルーカ!」

からん。
ドアの開いた音がして、それからすぐに、澄んだ少女の声が店内に響く。
驚いてそちらを見ると、高そうな身なりの子供が、嬉しそうな表情でオルーカのところに駆けてくる。
「レオナ!」
「オルーカ!」
オルーカが少女の名を呼ぶと、レオナは嬉しそうにオルーカに抱き着いた。
「オルーカ、久しぶり!」
「お久しぶりです、レオナ。元気そうで何よりです」
抱擁を解いて頭をなでるオルーカ。ミケも笑顔で挨拶をする。
「レオナさん、お久しぶりです。今日は、継承祭のお出かけですか?」
「うん!パパがお休みを取って連れてきてくれたの!」
振り返れば、入り口にはレオナの父親らしき壮年男性の姿。
オルーカはかつての依頼人に軽く会釈をすると、レオナに向き直った。
「お父上と一緒に継承祭に来られて、良かったですね」
「うん!あ、そうだ!よかったらオルーカも一緒にお祭りを回りましょうよ!」
「えっ」
思いもよらぬ提案をされ、驚くオルーカ。
レオナは甘えるように首をかしげて、眉を寄せた。
「……ダメ?」
「ええと……」
逡巡するオルーカに、ミケは微笑んで促した。
「用がないのでしたら、行ってあげたらいいじゃないですか。ササさんももう心配無いんですよね?」
「でも……」
「オルーカさんが言ってくれた言葉、そのままあなたにも当てはまると思うんです」
ミケは励ますように、オルーカに言った。
「オルーカさんの将来はオルーカさんが決めるもので、僕もお会いできなくなるのは寂しいですけど……誰が何と言おうと、オルーカさんの決めた道を進んでいくのがいいと思います」
「ミケさん……」
「本当は、もう答えは出てるんじゃないですか?」
にこり。
促すようにそう言われ、オルーカは苦笑した。
「そうですね…もうずっと、答えは決まっていたんです」
傍らのレオナの頭をもう一度撫でて。
「ここにも…ほんの少しだけお邪魔するつもりだったのに」
複雑そうな微笑みを浮かべてから、オルーカは顔を上げ、今度は陰りのない笑みをミケに向けた。
「ありがとうございます、ミケさん。私、レオナと少しお祭りを回りますね」
「はい、お気をつけて」
「そうしたら、今の気持ちを正直に話してきたいと思います」
「そうですか…よかった」
すっきりとした表情のオルーカに、ミケも嬉しそうに頷き返す。
「じゃあ、レオナ、行きましょうか」
「うん!パパ、オルーカが一緒に回ってくれるって!」
「そうか。よかったな、レオナ。すみません、オルーカさん」
「いえ、私もレオナと一緒に回りたかったので」
「ねー、早く行こう!」
「はいはい。あまり急ぐと転びますよ」
まるで親子のような様子で出ていく3人を微笑ましく見送って、ミケは息をついた。
「…そういえば、兄上遅いな……どこかで迷ってるんでしょうか」
戻ってこないようならば探しに行かねば、などと思っていたところに。

からん。

ドアが開いたので、兄かと思いそちらを見ると、そこには。
「レティシアさん…!」
「うそ、ミケ…!」
レティシアも、ミケがいることに気づいて驚いていた様子で。
ミケは立ち上がって、レティシアに笑顔を向けた。
「こんばんは、レティシアさん。お久しぶりです」
「……っ」
レティシアはミケの言葉に少し驚いたように言葉を詰まらせると、何かをつぶやいてからミケのところに駆けよってきた。
「こんばんは、ミケ。ご一緒してもいい?」
「はい、もちろんです。どうぞ」
ミケは笑顔で自分の席の正面を促した。
レティシアは頷いて、その席に腰を下ろす。
「レティシアさん、いらっしゃいませ!……あれっ、大丈夫ですか?」
メニューを持ってきたところで、心配そうにレティシアをのぞき込むアカネ。
よくよく見れば、レティシアの目元がひどく赤い。まるで、今の今まで泣いていたような様子で。
レティシアは苦笑して首を振った。
「大丈夫よ。ありがとう、ごめんね、心配かけて。私はレモンスカッシュでお願い」
「あっ、はい。かしこまりましたー」
アカネは水を置いてそのままカウンターへ戻っていき、割とすぐにレモンスカッシュを持ってきた。
レティシアはぎこちなくそれを受け取ると、ミケの方を見ずに、そのまま視線を落とした。
「レティシアさん……」
何があったのか、と話しかけようとしたところで、レティシアが思い切ったように顔を上げた。
「あのねっ」
真っ赤な目元で、何かを言いよどむように言葉を切って。
それから、ゆっくりと話し始める。
「ミケに会えて良かったわ。大事な話があったの」
「大事な話…ですか」
神妙な表情に、ミケも顔を引き締めて対する。
レティシアは頷いて続けた。
「実はね、私…マヒンダに帰る事になったの」
「えっ」
「ルティア兄ちゃんの事覚えてる?ルティア兄ちゃんがね…もう長くないってお医者さんに言われちゃって…」
そこで、感極まったように言葉を詰まらせる。
「でね、残りの時間を家族で過ごそうっていう事になったから、明後日帰る事にしたの。ヴィーダでの冒険者としてのお仕事は店じまい」
「そう…なんですね」
「で、マヒンダに帰ったら、ミューのいる王立研究所の研究員になるためにギルドで勉強して、研究員になるための試験を受けられるように頑張ろうと思って」
「えっ、王立研究所って……結構ハードルが高いって、聞いたことありますけど」
「そうなの。でも、ミューの呪歌を聴いて、呪歌で人のココロを癒す事ができるようになれたらいいなーって思ってね」
「ああ…それでミューさんが、レティシアさんが来たって言ってたんですね」
「ミューから聞いたの?そう、すっごくすっごく大変な道のりだよってミューにもルキシュにも言われたけど、何も頑張らないうちから諦めたくないから……頑張るわ」
「そうですか……」
ミケは少しほっとしたように息をついた。
兄の病状だけが理由でなく、彼女なりの前向きな目標ができたのは喜ばしいことだ。
直前まで泣いていたような様子が気になるが、家族の病気が思わしくない、残りの時間が短いと知らされた時の気持ちは、ミケも母が亡くなった時に経験がある。それは今は触れずに、レティシアにポジティブな目標が生まれたことを喜びたいと思った。
「実は、僕も。故郷に帰るんです」
「えっ」
ミケの言葉に驚くレティシア。
ミケは続けた。
「僕の書いた研究レポートが、故郷の…ザフィルスの魔術師ギルドで評価されたようで。研究者のポストを用意するので、ギルドに来てほしいと」
「す…すごいじゃない、ミケ!さすがミケね!」
レティシアは大きく目を見開いて驚いて、それからすぐに素直に賛辞を述べた。
「じゃあ、ミケは故郷に戻って、えらい研究者さんになるんだね…」
「え、いや、まだそこまでは……とりあえず帰って、話を聞こうかなって」
「うん、すごいチャンスだし、よくお話聞いて、ミケにとってプラスになる方向になるといいね!」
レティシアは本当に嬉しそうで、ミケが評価されたことを我が事のように喜んでいるようだった。
が、すぐにその表情がしぼんで、肩が落ちる。
「そっか……ミケも地元に帰るんだ…」
独り言のように呟いて。
それから、レティシアは何も見えていないかのようなうつろな瞳で、黙り込んでしまった。
「……レティシアさん…?」
ミケが呼びかけるも、返事はない。
彼女は時々こうして、どこか別の世界に行ってしまったような感じになることがあったが…今日のそれは、少し様子が違うようで。
長い沈黙にどうしたものかと思っていると、不意に、レティシアの瞳に光が戻り、ミケの方を見た。
「ミケ」
「あっ、はい」
呼びかけられ、神妙な表情で答えるミケ。
レティシアは改めて、真昼の月亭を見回した。
「ミケは私に初めて会った時の事…覚えてる?リュウアンの…ほら、カイが依頼主だったメイの事件の…。私たち、あの時ココで初めて会ったのよね」
「そう…でしたね。懐かしいな……」
ふ、と一つ息をついて。
レティシアは改めてミケを正面から見つめなおした。
「あの時からね、私ね、ずっとミケが好き。仲間としてじゃなくて…あ!!もちろん仲間としても好きだけど、そうじゃなくて…その…あの…」
どう言っていいのか、考えあぐねるように。口をはくはくさせながら、懸命に言葉を紡ぐ。
「最初は…気を悪くしたらゴメンね、実は一目惚れで…要はミケの見た目に惹かれたの。
でも、一緒に過ごしていくうちに、ミケの聡明で真面目な所や仲間思いな所、控えめそうなのに、リーダーシップを取ってみんなを纏めるしっかりした一面も知って、もっともっと好きになった…」
幸せそうに、しかし時折苦しそうに胸を押さえながら。
一呼吸おいて、もう一度。
まっすぐにミケを見つめて、レティシアはゆっくりと言った。

「私は、ミケが好き」

沈黙が落ちる。
レティシアはミケの反応を、一挙手一投足を、一言一句を見逃すまいとするかのように、じっと彼を見つめている。
ミケは突然のことに、驚いて声も出なかったが…やがて、ゆっくりとレティシアの言葉を反芻すると、ゆるく微笑んで、頷いた。
「…ありがとう、ございます。まさか、自分がそんな風に想われることがあるなんて思ってなかったから、すごく驚いて……でも、純粋に嬉しいと思います」
「ミケ……」
「あなたのことは、とても素敵な人だと思っています、優しくてとても強い方で、好ましい。でも」
目を閉じて、ゆるく首を振って。
「今、僕もいっぱいいっぱいで、それに応えることはできません。ごめんなさい」
「ミケ……」
レティシアは、わかっていた、というように、泣きそうな顔で笑って見せた。
「ありがとうミケ。離れ離れになっちゃうけど、お手紙書くわ。お互い落ち着いたら、また会えるといいわね」
「ええ……是非。落ち着いたら、僕も手紙を書きます。マヒンダのギルドで頑張るなら、そちらあてに送れば届きますよね」
「うん……うん、待ってる」
これ以上話したらまずい、とでも言うように、レティシアはそわそわと立ち上がって、財布を取り出した。
「アカネ!早いけどごちそうさま、これ、お代ね!」
カウンターの方に行き、取り出した銀貨をアカネに渡す。
「あっ、ありがとうございます…」
「アカネ、今までありがとう。私、実家に帰るの」
「そうなんですね、寂しくなりますね…」
「…ヴィーダに来た時は…また…遊びに…来るから…」
レティシアは何かをこらえるように俯くと、パッとミケを振り返った。
まだ目元が赤い、しかし満面の笑顔で。
「じゃあね、ミケ!!またね!!」
「レティシアさん……はい、また!」
悲しみをこらえてだろう彼女の最後の挨拶に、ミケも満面の笑顔を返す。
レティシアは何かを振り切るように、足早に出口に向かった。

からん。

「っと、すみません……」
「っ、こちらこそ、ごめんなさい…!」
入れ違いに入ってきた男性とぶつかりそうになって慌てて謝ると、足早に店を後にするレティシア。
入れ違いに入ってきた男性は、今度こそ待ち人のグレシャムだった。
「兄上……」
「ミケ、お待たせしました」
ミケの向かいに座ってから、ミケの微妙な表情と、レティシアが出て言ったドアとを交互に見て。
「…お前が泣かせたのか?」
鋭いグレシャム。
ミケは憮然として口を尖らせた。
「人聞きが悪いですよ」
「しかし、今日顔を合わせた面々もほとんどが女性だったし…最後の人魚の方にはずいぶんひどい当たり方をして…」
「あれは女性のうちにも人間のうちにも入らないからいいんです」
「ミケ……少し見ないうちに立派な人たらしになって…」
「なんでそんな結論に?!」
そんな漫才をしているところに、アカネがメニューを持ってやってくる。
「いらっしゃいませー!今日はミケさんの向かいには美人さんがたくさん座りますね!」
「アカネさんまでまぜっかえさないでくれますか?!」
「アカネさん…ですか。ミケはそんなに毎回別の美人を…?」
「兄上も悪意を持って発言を改変しないでください!」
「私はロイヤルミルクティーで」
「かしこまりましたー」
最後は普通に注文して普通に持ってきたので、二人にからかわれていたことを悟り、ぐったりとテーブルに突っ伏すミケ。
自分の飲み物を飲んで一息入れると、ミケは改まってグレシャムと向かい合った。
「……兄上。あの」
「はい」
「魔導士ギルドからの手紙の件なのですが」
少しだけ言いにくそうにミケが口を開くと、ミルクティーを口にしながら、グレシャムは続きを促す。
「この間家に帰ったときには、ばたばたしていてうまく全部は言えなかったし、それでもいいよ、とあなた方は言って、おかえり、と言ってくださいました」
先日のミリーの強制送還の際の話だ。
ミケは視線を落とし、過去のときに思いをはせるようにして、続ける。
「……僕は、あなた方に憧れていました。王宮であなたの姿を見ながら、やはり格好いいなぁって思って、小さな頃の夢を思い出しました。……尊敬するあなた方のような、立派な騎士になりたい、と」
「……ええ」
「でも、なれなかった。僕は剣を持ち上げられないし、鎧を着たら動くこともできない。あなた方と比べられて、僕自身もそれを理解して、とても苦しかった」
「ええ」
言葉少なに頷くグレシャム。
この兄は、いつもこんな調子で。言葉も表情も少なく、気持ちの見えない人だったけれど。
ナイトメア・ホテルで「会いたい人の夢」を見たとき。葬儀の時に泣いていたことを知った。いや、思い出した。
それを大切に思い返すように、ミケは目を閉じて、続ける。
「いつも、国を、人を、大事なものを、誇りをもって守る。あなた方のような、力が欲しかった。
……それが、僕にとっての魔法でした。
騎士にはなれないけれど、大事なものを、大切なものを守るのなら、騎士でなくても構わない、と思ったんです」
「誇り高く、守るべきを守れ。……我が家の家訓だな」
「はい。……少しずつ、手の届く範囲で、色々な依頼を受けて、前に進んできたつもりです。そうやって積み上げたものが、あの魔導士ギルドからの手紙だった」
今回得られた評価は、かなり高いものであることは理解している。これまで依頼を受けて、いろんな経験の中から培い、組み上げた理論を形にした。それは紛れもない、自分の力だ。
「研究するのも大好きです。本を読むのも、好きです。猫を撫でながら研究職って言うのも悪くないのではないかと」
「……昇進しても、猫を膝の上に乗せながら仕事をするリモートワークにならないが」
それで、と首を傾げるグレシャムに、ミケは一瞬眉を寄せる。
「あの、上から連れて帰って来いと言われたと書かれていました」
「ああ。このままお前をどこか別の国に取られでもしたら大変だ。どうやらあちこちに顔が広いようだし、その中には身分の高い方も要職にある方もいた。首輪をつけておきたいのもわかる」
兄の言葉に、ミケは一瞬迷って、おそるおそる懸念事項を口にした。
「……あの、もしこれ、断ったら、あなた方に迷惑とか」
「そんなもの、お前が心配する必要はない」
一刀両断で切り捨てられて、ミケは言葉に詰まる。
「そのときは、一兵卒からやり直したっていい。なんだったら辞めたっていい。私、剣の腕はあるし、医師の資格もある。うちの家族全員、結構なんだってできる」
「えぇ……」
少々無茶な兄の発言に不服の声を漏らすミケ。物価の相場も怪しい兄なのに。
でも、剣の腕はあるから、確かに冒険者としてやっていけるかもしれない。
「その時は兄弟で冒険したっていい。違うか?」
「そもそもあなた方の流出程の損失はないでしょうに」
「ふふふ」
要職に就いた兄は、確かに騎士の名家という出自を差っ引いても有能な騎士だという。情報収集に長けたクローネといい、ちゃんと実力で昇進しているのだ。
「むしろ、私たちは机上の仕事よりも現場があっているので、降格程度、喜んで受け入れるから大丈夫」
どこか楽し気に笑った兄に、ミケも噴き出した。
ひとしきり笑ってから、姿勢を正して。
「兄上」
「ええ」
「僕、机に齧りついて研究するのも好きなんですけれど、上から立ち位置とか決められるの、嫌なんです」
「ええ」
「現場で腕を磨きながら、目の前の人たちくらいの少ない範囲でいいから助けていきたいんです。現場があってると思うんですよね」
兄と同じ言葉をひっかけて言ったミケは、まっすぐに兄を見る。
「あなた方の立場もあるので、国に戻ります。でも、用意されたギルドの椅子には座らない。今度はザフィルスを中心に活動する魔導士になろうかと思います」
「……もう二度とそんな話来ないかもしれないが?」
「いやいや、その時は、自分で独立して個人でやるからいいです。これでも僕、結構有能な魔術師だと思いますよ?」
少しおどけて言うミケ。
それは、今日交わした様々な人との出会いが、そしてその出会いが人々にもたらした結果が、確かに自分の力になりえていると確信したからこその自信で。
グレシャムはゆっくり頷くと、言った。
「でしたら、うちに帰って来ればいい。実家があるのに、宿に泊まるとか……心配してノーラが日参するぞ」
「そうですね、しばらく家住まいでやっていこうと思います」
姉とはまだ少しぎくしゃくしているが、確かにそんなことをしたら本気で日参しかねなかった。
グレシャムは薄く笑みを浮かべて、励ますようにミケに言った。
「……お前が決めたのなら、それを貫くといい」
「はい」
「……私は、見せてもらえて、とても嬉しかった。お前がここで、守ると決めたものを守り通して道を切り開いてきた証があることを。私たちに、誇りをもってそれを示せる魔導士になったことを」
「兄上……」
「ならば、それを守ることも、私の仕事だろう」
言葉少なに。
美しい兄は、ミケを誇らしそうに、眩しそうに見やって、ゆっくりと言った。

「お前は、とてもよく頑張った」

その言葉は、彼にとって、ギルドの評価よりなにより、価値のある一言だった。

「…ありがとうございます!」

翌日。
ザフィルスに発つミケは、グレシャムと一緒に、再び真昼の月亭に来ていた。
「定宿にあった荷物はもう送りましたし、これで出発できます」
ミケが言うと、グレシャムは頷いて、そうそう、と言葉を続けた。
「言い忘れていたが、迎えが来るんだ」
「あなたが僕の迎えですよね!?」
「ああ、要人警護だな」
「え、僕ですか?」
「高名な風の魔導士殿を、国まで丁重にご案内する役目があるんだが、護衛は多い方がいいかと思って」
「…国王様の護衛だったのでは?」
「行きだけな。式典が終わったら、私は休みをもらったから、陛下は別の者が警護して、数日後に帰る予定だよ」
「そうなんですね……で、迎えというのは」
「それはもちろん」

からん。

ドアベルが響き、ドアの向こうから明るい笑顔の青年騎士と美貌の神官の女性が姿を現す。
「ミケ、兄貴、迎えに来たよ」
「あ、の」
明るく手を上げるクローネに対し、ノーラは少し遠慮がちにその後ろに控えている。
ミケは驚いて、その名を呼んだ。
「クローネ兄上。姉上も」
クローネはニコニコとミケの方を見ると、親指でドアの外を示した。
「せっかくだから、馬車で帰ろう。有給使ったんだ」
「ゆうきゅう」
「使わないと、損だぞ?」
「はは……」
サムズアップするクローネに、乾いた笑いを返すミケ。
「じゃあ、ミケ、兄貴、ノーラ。行こう」
「ああ」
「はい」
クローネが促すと、グレシャムとノーラはそろって出口へと向かう。
ミケもそのあとに続こうとして…足を止め、アカネに向き合った。

「アカネさん、長い間、お世話になりました。とても、楽しかったです。
色々な冒険をして、アルバイトして、お話して。大変なこともあったけれど、とても、楽しかったのです。
ありがとうございました」

「うふふ、こちらこそ、御贔屓いただきましてありがとうございました。またヴィーダに来たら遊びに来てくださいね!」
「はい、ぜひ」
ミケはもう一度アカネに深々と礼をすると、踵を返して、出口で待つ兄たちを振り返る。
出口で待つ兄たちの姿は、やはりいつか見た夢のようで。

しかし、夢のような苦しさはなく。
ミケは自信をもって、兄たちに声をかけた。

「待ってください、すぐ追いつくから」

ミケの言葉にきょとんとする兄たち。
しかしすぐに、笑って手を差し伸べる。

ミケは満面の笑顔で、その手に手を伸ばした。

かつて、騎士を夢見た子どもがいました。

大切なものを、守りたい。
大事な人たちを、守りたい。
騎士を夢見ていた子どもの一番底にあった思い。

尊敬する兄たちと共に並んで進める誇りと強さが欲しい。

弱いし、悩むし、立ち止まる日もある。けれど、何もしないではいたくない。
この手で、選んだ力で、何かが出来ると信じよう。

そう思って、顔を上げ、立ち上がった子どもは、今。


積み重ねた絆と、吸収した魔法の技術と、誇りを胸に。
一人の魔導士として、胸を張って歩み続けています。

“Last Ceremony of Mieken=de Peace” 2021.1.11.Nagi Kirikawa