Chiaki Kazuhi

女というものは、正直、わけがわからん。
理解の範疇を超えた理屈で振り回し、男を掌で転がして、それが当然という顔をする。

思えば、以前心を通わせた女性にも。そして、今隣にいるこの人にも。
振り回され続けた人生だったように思う。

それがすなわち「ふしあわせ」かどうか、というのは、また別の問題ではあるのだが。

待ちに待った蜜月

継承祭に賑わうバザール。

「なかなか賑わっているね。さすがは大国フェアルーフといったところかな」

横を歩く人物が上機嫌でそう言うので、千秋はそちらに視線をやった。
「継承祭か。他国のこととはいえ、平和裏に王位が変わるのはめでたいことだ」
「そうだねえ。王が変わる時というのはだいたい悪いことがきっかけになるものだ。
例えば王の死であったり、政変だったり。住んでる人間もこれから先どうなるものかとハラハラするものじゃないかな」
「ああ。ナノクニでもミカドの代変わりはだいたい葬儀から始まるようなものだから、厳粛さはあれども華々しさとはあまり縁がない。
……と、いうのは今はあまり縁起でもないな。今代のミカドにはまだまだ元気でいてもらわないと」
「はは、そうだな。不敬罪でまた投獄されかねん」

冗談ともつかぬ口調でそう言ったのは、千秋よりやや背が高い男性……いや、男装の麗人だ。
男物の白いスーツに身を包み、色とりどりの羽をあしらった帽子で前頭部を飾っている。長身とがっちりとした体格ゆえ男性に見間違えそうだが、スーツに身を包んだボディーラインはどう見ても女性だった。
名を、辛山 葵姫(かのとやまの あおいひめ)。通称「柘榴の君」といった。

「ナノクニでも祭に立つ市に活気がないわけではないが、流石にこれには及ばないね」
「まあ、世界一の大国なだけはあるな。国内はもちろん、国外からもたくさんの商人が集まっているのだろう」
「自国の王の王位継承ともあれば、国民がこれほどまでに浮かれるのも無理はない、というわけか」
「右手に牛櫛、左手にクレープ持ってるお前が一番浮かれてる気がするぞ」
半眼で言ってから、千秋は嘆息した。
彼はといえば、いつものナノクニの民族衣装に身を包んでいる。フェアルーフ風の礼装をしている柘榴とは、いろいろな意味でアンバランスだ。
「しかし、ナノクニから出れないはずだったのになんだかんだ言って結構登場回数多かったよな」
「なんだい藪から棒に。千秋、君も食べるかい?」
「いや、いい……仕事で来てるわけじゃないなら、思う存分楽しめ」
「そうだね、ナノクニからの使者は別の者が行っているはずさ。フェアルーフの王宮と特別深い縁があれば別だがね。生憎伝手はあまり無くてね。千秋はあるかい?」
「いや、フェアルーフはさすがに……マヒンダなら女王に目通りしたことはあるが………うん?」
ふと足を止めた千秋に、柘榴も半歩進んでから足を止めて振り返る。
「どうかしたかい?」
「いや……さっき言った、マヒンダの女王に似た双子がいたような気がしたんだが……気のせいだな、うん」
気のせいでなかったとしても藪蛇には近づかないが吉だ。
千秋はあっさりとそう判断して、再び歩みを進めた。
「おや、千秋。あれは噂のタピオカというやつじゃないのか!是非飲もう!」
「先にそのクレープを全部食ってからにしろ。……まったく、本当に浮かれてるな」
「ふふん、浮かれもするだろうさ」
柘榴はドヤ顔で千秋を見下ろした。

「なにせ、これは私たちの、新婚旅行、なのだからね!」

一言一言、強調するように言う柘榴。

そう、基本ナノクニから出られない柘榴が千秋と一緒にフェアルーフまで来られているのは、この旅行が二人のハネムーンだからだ。
紆余曲折あった二人だったが、このほどめでたく結婚の運びとなった。
「いやぁ、ここまで来るのに長かったねえ」
しみじみと語る柘榴。
「そう何年も経ってないはずなのに十年以上過ぎたような感覚があるのも、きっと苦労の連続だったからだろうね」
「あまりメタいこと言うなよ、消されるぞ」
「いやいやははは」

前提から振り返ってみよう。

柘榴はナノクニで長年恐れられ敬われてきた「鬼族(きぞく)」であり、今もその派手な帽子の下には小さな角が一対生えている。人の肉を食らい、破壊的な衝動を持つことから、人間に調伏され、首都ゴショから離れた田舎に事実上の飼い殺しとされていた。
とある事件の犯人とされていた千秋の罪を裁く立場として出会ったが、紆余曲折あって千秋の濡れ衣を晴らし、それからは千秋のパトロンとして彼の生活を保障しつつ、彼にあるものを探すように命じていた。

それは、鬼族の食人衝動、破壊衝動を押さえつけるためのマジックアイテムと、その作成者。

柘榴を調伏した賢者はすでに亡くなっており、柘榴にかけられた衝動を抑える術を知るものが絶えた。
だから、仮に彼女が結婚し、子供ができたとしても、その衝動を抑えるすべがなく、人間社会の中で生きていくことは難しい。
ゆえに、そのすべを確立し、鬼族は人間にとっての害ではないことを証明せねば、夫婦になることすら難しいのだ。

つまりはあれか、柘榴さんが出てきたころには二人はすでに結婚して子作りを考えるほどラブラブで二人の将来のために千秋さんはせっせと世界中を飛び回ってマジックアイテムを探しまくってたってことですかなにそれ萌える、二人の出会いからどんな経緯でそんな風になったのかもっと詳しく教えげふんげふん。

それはともかく。

千秋は旅の中で、天に属するものも魔に属するものもそれなりに関わってはきたが、パワーバランスが崩れる危険性を考えるとどちらに肩入れするのも厄介だったため、彼らの助力は請えない。ゆえに、あくまでも人間の術者、人間の作製したアイテムを探す必要があり、様相はかなり困難を極めた。まだ何も当てのないまま、婚約指輪を作ってプロポーズをしてはみたものの、その時点ではこの問題の解決の見通しは全くもって立っていなかったといわざるを得なかった。

「千秋はたわけ者だからね、あんな前置きなんて無くても『俺が何とかするから結婚しよう』の一言だけでどうとでもなったのに、そのあたりの機微というのが分からない奴だよ本当に」
「うるさい」
仕方なさそうに言う柘榴、少し照れた様子で返す千秋。
「結果として、俺の力でどうにかできることが分かったのだからいいだろう」
「逆だね、あの術の話をされた時には、相手がお前でなかったら首根っこを引き抜いていただろうよ。よりによって、初参加シナリオから取っていた技能が役に立つことに思い至らないなんて、どれだけ抜けているんだという話だ。まったくしょうがない奴だよ」
「だからあまりメタい話をするなとゆーに」

そう。
術の継承者は途絶え、技術も失われ。それに代わるマジックアイテムも術者もさっぱり見つからない、あきらめて駆け落ちでもするかという段になって、ようやく千秋は気づいたのだ。
彼が柘榴と出会う前、もっと言えば濡れ衣を着せられて故郷を追われるよりも前に、近隣の僧侶に世話になった時に教わった、彼が「気合」と呼んでいる技。
手の平を勢いよく打ち付けることで、その人の精神の異常・心の傷を治療するとともに、対象者の精神を活性化させて抵抗力を高めるというもので、おおざっぱに言えば「ひっぱたいて正気に戻す」技だ。
彼は単に、一発ぶったたいて気合を入れて、精神系の術を解いてを落ち着かせる業だと思っていたが、色々と調べた結果、衝動を抑えて精神を落ち着かせる助けとなるような紋を相手に入れる事も不可能ではない、という事が判明した。

寺生まれってすごい。本当にそう思った。

実際問題としてそんなことができるようになるにはさらに修練が必要だが、手立てが存在することが分かっただけでも大きな前進だった。その技術を身に着けることを約束する代わりに、二人の婚姻が許されることになった、ということだ。

「まあ、終わり良ければ総て良し……ということだな。うん。そう綺麗にまとめておこう。
………うん?」

回想が終わって顔を上げてみれば、先ほどまで隣にいた柘榴がいつの間にか忽然と姿を消している。
「柘榴…おい柘榴?……くそ、はぐれたか…?!」
千秋は慌てて、人ごみの中へと駆け出した。

「UVカットのファンデーション……発色は悪くないようですが、これならば僕が開発したものの方が陽の光を防御する力は上のようですねぇ」
「それは、あなたが陽の光に弱いからでしょうー?女性の肌はデリケートなのよー、光カットだけすればいいですみたいな成分のものを肌に塗ったらたちまち荒れてしまうわー?」

ざわざわ。
バザールの一角に人だかりができている。
人だかりの中心は、どうも化粧品を販売しているブースのようだった。
隣同士となっている化粧品販売ブースが、言い争いをしているように見える。片方が「スイートエンジェル」、もう片方が「マジカルスティック」という名前の化粧品メーカーのようだ。どうも、後者が前者のブースに何か言いがかりをつけて、前者がそれに応戦しているようだった。

「美しさに多少の犠牲はつきものでは?結局光を通して肌を痛めてしまうのでは意味がないでしょう」
「光に焼かれなくても、化粧品の成分で肌を焼かれることにならなければいいけどねー?」

風変わりなショールに身を包んだ、物腰柔らかな黒髪の男性と、ウェーブがかかった銀髪をひとくくりにした、こちらもニコニコと温和そうな女性。
お互いに穏やかな口調ではあったが、言外に潜むピリピリとした空気があたりに緊張を漂わせている。
「…む、あれは……」
柘榴を捜し歩きながら通りがかった千秋は、言い合いをしている二人を見てぎょっとした。
「ゼルとミシェルじゃないか……!なぜこんなところで鉢合わせに…?!」
驚いた顔が見る見るうちに青ざめていく。
それもそのはず。このサイトに登録しているPCで彼だけが知っている。
かたや、膨大な知識をもとに魔術師ギルドに魔道技術を提供し、「天の賢者様」と呼ばれている降下天使、ヒューリルア・ミシェラヴィル・トキス。
こなた、魔界では名の知れた魔具創作者であり、己の望むものを作るためなら多少人間を「こき使う」ことも全くいとわない魔族、ゼヴェルディ・ファーナ=イグシェール。
某シナリオでもかち合うことがなかった二人が、なぜこのタイミングに、なぜこんなところで、鉢合わせて喧嘩などしているのか。

答え:GM同士がチャットで悪乗りした結果

「や、やばいぞ……こんなところで戦いでも始まろうものなら、甚大な被害が……しかし、どうやって止めたものか…」
おろおろしている千秋をよそに、言い争いはさらに白熱していく。
「だいたい、今時ナチュラルメイクなんて流行りませんよ。メイクは自分をどれだけ美しく飾れるか、つまりどれだけ美しいものを作れるかが至上。ナチュラルメイクをしたところで、美しくないものが美しくはならないでしょう?」
「あらー、『ナチュラルメイク』の定義も知らないなんてー、男性だから仕方ないのかしらねー。ナチュラルメイクは『ナチュラルに見える』メイクをすることであって、自然の肌が美しいという幻想を抱いてる男性陣の願いをかなえるために、美しい自然の肌に見えるようにメイクをすることなのよー?大昔から普遍的に愛されている、流行り廃りなんかには流されないジャンルなのー」
もっともらしい感じがするが、化粧品メーカーとしては割と両方ともひどいことを言っている。
さらに高まる一触即発の空気に、千秋が頭を抱え始めたその時だった。

「どうかね。その勝負、私に預けてみないかい?」

鶴の一声とばかりにかけられた高らかな声に、ゼルとミシェルはもとより、ギャラリーの視線がすべてそちらに集中する。
千秋の顎がさらに落ちた。
「ざ、柘榴…?!何であんなところに…?!というか、いきなり何を言い出してるんだあれは」
柘榴に声をかけられたゼルとミシェルは、驚いた様子で彼女の名前を呼んだ。
「あなたは…柘榴さん?」
「葵ちゃん、久しぶりねー」
「二人とも息災なようで何よりだ。しかし、意外なところで意外な言い争いをしているね。流れを聞くに、どちらの品がより素晴らしいかを論争しているようだったが?」
「……まあ、端的に言えばその通りです」
「このひとがウチの化粧品に文句を言うものだからー」
また言い争いが始まりそうな空気に、柘榴はにやりと微笑んだ。
「ならば、絶好の機会じゃないか。その勝負、白黒決着をつけてみせるのはどうだい?」
「白黒……」
「決着ー?」
首をかしげるミシェルとゼル。
柘榴は嬉しそうに頷いた。
「そうだね……期限は半年後、テーマは『花嫁』。勝負の舞台はナノクニ。不肖この私が花嫁役を勤めさせていただこう」
「おいーっ!半年後、ってお前、その日は……本当に結婚式の日……!」
たまりかねて飛び出してきた千秋に、ゼルとミシェルの視線が移動する。
「結婚式の日…とは」
「あら葵ちゃん、やっと結婚するのねー、おめでとう」
「ふふ、祝辞はありがたく受け取っておくよ。それで、どうかね?」
「おい柘榴!」
「なんだね、千秋君。何か不満でもあるのかね?」
「いや、無い。無いが」
「それにしては不満げだね。天と魔、双方が本気になって作った化粧で美しく彩られた花嫁姿の私。見てみたくはないかね?」
「……」
黙り込んだ千秋に、柘榴はおかしそうに笑い声をあげた。
「あっはっはっ。その表情だけ見れば答えは聞かずとも分かるというものだ」
「…うるさい」
「……あ。それとも何かね。君は、ミシェルやゼルの作った化粧品だけが目立ってしまって、私が埋もれてしまうのが嫌だ、そう思っているのかい?」
さらに柘榴がからかうように言葉を続けると、千秋はいたって普通の様子で肩を竦めた。

「いや。天使や魔族や、他の誰かが作った化粧でも、お前が負けることは無いだろ」

沈黙が落ちる。

反応がないのを訝しんで視線を上げれば、何とも言えない表情をした柘榴。
きょとんとしていると、ミシェルが嬉しそうに手を合わせた。
「うふふふ、ラブラブねー。
そうよねー、私たちがどんな綺麗なお化粧品で飾ってもー、葵ちゃんの美しさが負けるはずがないわよねー」
「なっ……」
今更自分の爆弾発言を理解したのか、千秋は慌てて手を振った。
「ちがっ…こいつ、柘榴はそういう勝算でも無い限りはああいったことは言い出さないだろうからそう言ったまでで……!」
「はいはい、ごちそうさまー。じゃあ、お化粧品は葵ちゃん用に、ナノクニ色強めでカスタマイズするわねー。お祝いとして送らせてもらうわー」
「おいっ、だから…」
「お色直しはなさるんでしょう?いっそ今のように、男装をされては?そうしたら僕もそれ前提でお作りしますよ。こちらの千秋さんもドレスがお似合いになるでしょうし…」
「突然の流れ弾ァ?!」

集まったギャラリーは「化粧品ブランド同士の喧嘩がウェディングラインの新規立ち上げで勝負することになった」という話題に沸きながらどこへともなく散っていった。
天使と魔族の一触即発の空気は、確かに鬼の乱入によって事なきを得たが、千秋がその後二人にそれこそ鬼のようにからかわれまくったのは言うまでもない。

そして、千秋はまだ気づいていない。

この状況が半年後の結婚式に再度繰り返されることになる、ということを。

魔道具が垣間見せる未来

「ここが噂の真昼の月亭か……」

店に一足入った柘榴は、物珍し気にあたりを見回した。
千秋は勝手知ったる様子でカウンターへと足を進めていく。
「いらっしゃいませ!千秋さん、お久しぶりですね!」
看板娘のアカネが元気よく挨拶をし、千秋も頷いて挨拶を返す。
「ああ、ずいぶん間が空いたな。アカネ、2人分の茶を頼む」
「ナノクニのお茶でいいですか?」
「ああ、それがいいな」
「少々お待ちくださいねー」
アカネが引っ込むと、柘榴は千秋の隣に腰かけた。
「フェアルーフで緑茶が飲めるのだね。なかなかいい所だ」
「だろう?ここは頼めば大体なんでも出てくるぞ。頼まなくても何でも出てくるが」
「…例えば?」
「…カスタードパイだったもの、とか?」
「それはいいね、ぜひ頼んで」
「おいやめろ」
「お待たせしましたー!」
アカネが湯飲みに入った茶を持ってくる。
「はいどうぞ、ナノクニのスルガ産のお茶ですよー」
目の前に置かれた茶を、二人は静かに飲んだ。
「……うん、やはりスルガの茶はいいね」
「サイレントヒル、ではないんだな」
「それだとナノクニっぽくないじゃないですか」
よくわからない会話を交わしてから、アカネはわくわくした様子で千秋に話しかける。
「と・こ・ろ・でー!この方が、噂の柘榴さん、ですか?!」
「あ、ああ、まあ…そうだ」
「きゃー!初めましてー、アカネです!」
「初めまして、柘榴と呼んでくれたまえ。なんだい千秋君、そんなに私のことを噂しているのかい?君も隅に置けないね」
「なぜお前が冷やかす。俺がというよりは、お前と会ったことのある冒険者たちがよくお前の名前を出すんだよ」
「ああ、なるほど?彼らにも会いたかったねえ、もう少しぐるぐる回れば会える気もするが」
まあ確実に会えそうですね。
「そういえば柘榴、ここに来たがっていたようだったが」
ふと、真昼の月亭に立ち寄ったのは柘榴のリクエストだったことを思い出し、千秋はそのことについて尋ねた。
「何か頼みたいものでもあったのか」
「ああ。そうだね、ここにはアレがあるそうじゃないか……」
「アレ?」
「千秋、他でもない君の話だったじゃないか。アカネ、アレを貰えるかい。そう……高次元プロンプター」

「こうじげん ぷろんぷたー」

思考が停止したように棒読みになる千秋。
それほどに、脳が思い出すのを拒否している。
詳細は「ナヨタケ」をご参照ください。※そのうち過去シナリオに上げます

「無い。そんなものは、ここには、無い」
カタコトで千秋が言うも、アカネが上機嫌で手を合わせる。
「ありますよー?」
「ああ、あるそうだよ」
「くっ……!」

あっさり裏切られてこぶしをカウンターに打ち付ける千秋。
以前の依頼で探していて、ここで見せられた「高次元プロンプター」は、自分が送ったアクションが過去の過去まで垣間見えてしまうという、メタの壁を打ち破った恐ろしい代物なのだ。
そう、ちょうど、今アカネが持ってきたような、横倒して側面に回転式ハンドルを付けた箱の形状をした……

「って持ってくるの早いな」
「はいどうぞー、高次元プロンプターです!」
「ほう。これがあの……」
カウンターにででんと置かれた謎の機械を、物珍しそうに眺める柘榴。
「使い方は?」
「そのハンドルを回しながら、小窓をのぞいてみてください」
「ふむ」
柘榴はハンドルをくるくる回しながら、小窓を覗いた。

=====
名前 = 辛山葵姫。できれば柘榴と呼んでくれたまえ
一日のアクションをどうぞ =
ああ、それにしてもあの男には腹が立つ。
この私があえて「男」として意識する人間は一人しか存在しない。そう千秋だ。
危険地帯に足を踏み入れるのを止めようとして、うっかり齧り付いてしまったあの男のことだ!
うっかり仏心を出してしまったのがどうしてああなったのか。あの時のことを思い出すと今でも胸のあたりに熱い何かがこみ上げて来る。
そして今、その男が横で素知らぬ顔で寝ているのにもだ!
私は苛立ちのような何かを紛らわせるために、千秋の顔
=====

「おっと」

ばっ、と、思いもよらぬ俊敏さで柘榴がのけぞる。心なしか、顔が赤いようだ。
千秋は呆れたように言った。
「言わんこっちゃない。それは高次元プロンプターではないから早く返せ」
「いやしかしだね……もうちょっと……こう」
柘榴は何かをごまかすように、再びハンドルに手をかけた。
いぶかしげに眉を寄せる千秋。
「おい、それ回す方向逆じゃないか?それに……おい、ちょっと回しすぎだ、早い、早いぞおい」
千秋の制止も聞かずにぐるぐると回しながら、柘榴は再び小窓を覗いた。

=====
名前 = 一日不為だ!呼びづらければフナリーでいい。こっちの方が響きが好きかな!
導入アクション =
ここがヴィーダ、父上が若い頃に冒険者をやっていたという街だな!
「オレも外に出て冒険者をやりたい!」
そう言うたびに父上は苦い顔で「そんないいものじゃないから考え直せ」と反対し、母上は「いいじゃないか、何事も経験だよ。君もそうだったじゃないか千秋」と味方してくれた日々。結局は父上も折れて、17の誕生日を迎えてからしばらくして、こうして異国の街に来ることができたんだ!
オレは勉強もできるからしっかり予習してきたぞ。ヴィーダはフェアルーフ王国の王都で、オレが生まれる前に王様が代わってからも平和と発展が続いてきた街だってな。
そして冒険者っていうのは冒険者の宿で依頼を探すんだろ!
確か、父上は風花亭や真昼の月亭、っていう店によく行ってたんだよな。えーと、近くにあるのは……真昼の月亭だな!こっちにしよう。
ごめんくださーい、店員のお姉さん!アカネさんっていうんですね。よろしくお願いします!
早速ですみません!お茶と、何かお仕事ありませんか?
=====

「おっと」

再び驚いてのけぞる柘榴。しかし、先ほどとは違い、全く予想外のものを見たようなリアクションだった。
「これは……」
「何を見たかわからんが、もう気は済んだだろう」
再び呆れたように言う千秋の声が、聞こえているのかいないのか。
「ああ、そうだね……ふむ、これは……ハンドルを逆に…回しすぎて……そうか、なるほどなるほど」
生返事で一人納得したようにうんうんと頷くと、箱を持ち上げてアカネに返す。
「ああ、アカネ。これはお返ししよう。これは恐らく、ここにあるべきものだ」
「うふふ、そうですか?そうですね、ではまた、しまってきます」
アカネは得心顔で頷くと、箱を持って再びバックヤードに戻ってゆく。
いつもなら珍しいアイテムは自分のものにしようと交渉しかねない柘榴が、妙に素直に箱を返したのを見て、千秋の眉がさらに訝しげに寄った。
「おい、柘榴。大丈夫か、いったい何が見えたんだ」
「ああいや。問題無いさ。ただ、そうだね……」
くく、と楽しそうに喉を鳴らす柘榴。
「……子供が出来たら不為という名前がいいかな」
「な、え、いきなり何を言い出すんだ」
唐突な発言に慌てる千秋。
そこに、バックヤードからアカネが戻ってくる。
「何をご覧になったんでしょうねー、柘榴さん」
何もかもを知っていそうなその笑顔にさらに困惑し、千秋はなおも柘榴に言った。
「あんまり大丈夫じゃなさそうだぞ、おい。息子ならそれでもいいかもしれないが娘ならどうするんだ」
「娘でもいいじゃないか」
遠い目でふわりとした返事を返す柘榴。
千秋は混乱した様子で息をついた。
「すまん、アカネ。ちょっと水を貰えるか。かなり気が動転しているようだ」
「はいはーい、ただいま」
アカネは上機嫌で再びバックヤードに戻った。
「まったく……なんだというんだ一体……」
何が何だかわからないが、何だか妙に気恥しい。そしてその勘は、おそらく間違っていないはずだ。
「お待たせしましたー、はいどうぞ」
千秋と柘榴の前にコップが二つ置かれる。
千秋は何のためらいもなく、自分の前のコップを手に取って、勢いよく飲み下し。

ぶう。

そのまま勢いよく吐き出した。

「あらやだ千秋さん汚いですよ」
「な、な、なんだこれは」
「わさびラムネです」
「懐かしいな!つか水をくれと言ったろう!」
「柘榴さんのは水ですよ」
「お・れ・に!水をくれと言っているんだ!」

ぎゃいぎゃい言い合いをする千秋とアカネを、どこか懐かしそうな、いとおしげな表情で見やる柘榴。

千秋はそれには気づかず、気が済むまでアカネと言い合いをしているのだった。

女というものは、正直、わけがわからん。

思えば、俺の人生は、常に女に振りまわれてきた人生だったように思う。

だが。

わけがわからなくて、理解の範疇を超えた理屈で振り回し、男を掌で転がして。
それでもそれがいとおしいと思うのだから。

女というものは、本当に、わけのわからん生き物だと思う。

だからこそ、共に歩み、未来を紡いでいきたいと思うのだろう。

その先に待つ、二人でしか紡ぐことのできない、かけがえのない未来を。

“Last Ceremony of Kazuhi Chiaki” 2021.1.3.Nagi Kirikawa