問題提起

ひとは何をもって「生きている」「死を迎えた」と断ぜられるのか。

呼吸の有無。

脈動の有無。

四肢の動作。

自由意志の存在。


他者との交流。


他者の記憶に残ること。



であるとするならば。

たましいの有無に、一体どれほどの意味があるというのでしょうか。

作戦会議

「なんだか、わかったようなわからないような、もやもやした感じだよねぇ…」

再び宿屋。
村中のアンデッドたちが突然凶暴化して襲い掛かってくるなどということはもちろん無く、狐につままれたような表情で戻ってきた冒険者達は、互いの情報を交換した。
ユキは僅かに眉を寄せて首を捻り、続ける。
「えっと…ここにいるゾンビたちは生前の記憶があって、気が付くとここにいた。
ヌシさんから定期的に食料を配給?されていて…大人はいても子どもはいない。共通した死因はない…と」
「とりあえず、情報を整理してみましょうか」
ミケはそう言うと、テーブルの上に広げた紙に箇条書きを始めた。
「まずは、『イシュさん=ヌシさま』は、確定事項である、と」
「イシュ、というのは、もちろん……」
「はい。僕が見た契約書の中にあった、ルカさんと同時に契約をした冒険者の名前ですね」
「イシュタム・エルタ、とかいったか?」
「はい。一緒の依頼を受けている以上、ルカさんと一緒にいる『イシュ』という名の女性は、かなりの確率でその人物であると推測できます」
「まあ、そうだろうな…」
「とりあえず、今現状見ているアンデットの皆さんは、生前が善人だろうが悪人だろうが関係なく第2の人生を謳歌しているっぽいことは、分かったかなー……」
「楽しそうではあったよね、うん」
納得した様子で、ミア。もっとも、彼女が見ているアンデッドの様子は思いこみフィルターを通してのものだが。
ミケは続けた。
「それから、ヌシさまは、一人でいるような人の死体をアンデットにしている、ということですね」
「子どもがいない、死因もばらばら――という事は“あちこちから死体を集めてゾンビ村を作った”という線が濃いか。そのイシュタムとやらは死霊術師なのかもしれない」
グレンが言うと、アフィアが不思議そうに首を捻る。
「死人で、村、作る、寂しいこと、する、思います。友達、いない、ですか」
「身も蓋もないな…」
千秋の呟きに苦笑して、ミケはさらに続ける。
「そのアンデットを集めて村を作って…?村は勝手に作っちゃったんですかね。依頼を受けた村でそんな話はなかったはずなんですけど」
「まあ、こっちに来る用事がないと言われればそれまでだな。特に道が引かれている様子もないし。ましてや昼間は無人だしな」
「う。まあ、そうですよね…」
ミケは気まずそうに言いながら、さらに箇条書きを続けた。
「さらに、ゾンビたちは、特に生前のことを恨んだり悔やんだり困ったりすることもなく、ここでの生活を受け入れて、帰ろうとかしない」
「そうだね、そんな様子はなかったよね」
「特に前の人生での心残りとかなかったのかなぁ、と思うんですよね。例えば、家族のこととか。お金を隠してあるとか。
ここの人たちは、ここから出られるのかなぁ?と思うんですよ。出られるのなら、ここから出て、そういう心残りを解決しようとしなかったのかな、と。現世に執着が薄くなったのか、どうでもよくなったのか。どうでもいいと思わされちゃったのか。
そこら辺が気になるかな」
「『俺達が生きるも死ぬもヌシ様次第だ』と言っていた奴はいたな」
グレンが頷いて言った。
「そこまで認識しているなら、恐れから村を離れられないということもあるかもしれない。あまり、ゾンビたちの態度から怖れとかいったものは感じなかったが」
「そこは、聞いてみないとなんともいえませんね……」
ふむ、と唸って、箇条書きを続けるミケ。
「あとは…ここ1年くらいの間に村人は集められて、生活している。その間に生きている人は来たことがない。食べることに意味があるのかないのかわかりませんが、『普通の食事』を食べて、普通っぽく生活している、と。そしてその食事は、ヌシさまが用意して、定期的に配給しているようですね」
「食べたものが腹から流れ出てたがな…」
「ううっ……」
なにやら思い出したのか、青い顔で俯くミア。
ミケは続けた。
「1年を超える人がいない以上、この村ができたのは1年前くらいということに。1年前、何かあったんですかね?」
「そこは何とも言えんな。アンデッドたちの証言の中にも、それに関連するようなものはなかったし」
千秋が言い、グレンも難しい表情で唸る。
「ゾンビ村を作った目的、ゾンビに食料を提供する理由……その辺は全く分からないな。
…………俺が聞いても理解できないような気がしないでもない」
「あ、ねえねえ」
何かを思いついたように手をあげるミア。
「実はクルカはもう死んでて、ヌシさんがクルカを生き返らせようとしていて、村のゾンビたちはそのための実験とか練習とかでできたとかじゃないかな?」
一瞬の沈黙。
「それは……思ってもみなかった発想ですね……」
「そう?」
首を捻るミア。
「ゾンビたちは生き返らなかったけど、そのままにしておくのも可哀想だから、村を作ってあげて、面倒見てあげてるんじゃないかな?」
「うっ……ミアさんのその穢れなき性善説が僕の罪悪感をざくざくと刺します……」
辛そうに胸の辺りを押さえて、ミケ。
「なんでしょうね…偏見なのはわかってますが、どうしてもゾンビを作る人に善人というイメージがなくて…」
「いや、それは普通ないと思うぞ」
「ですよね?!」
「あとはPL的な思い込みもあるだろうな」
「しっ。千秋さん、消されますよ」
「まあそれは置いておくとして、違うだろう。時系列が合わない」
「じけいれつ?」
「ああ。ゾンビの中には1年前を越すものはいなかったが、半年より前にこの村に来たものもいたはずだ。つまり、この村はルカが死ぬ前から存在していた」
「あっ……そっかぁ」
しょんぼりと肩を落とすミア。
ミケは気まずそうに続けた。
「僕は、死体を集めて作ったというより、むしろ、死体になる原因をイシュさんが作った、という線があるんじゃないかと…」
「…どういうことだ?」
グレンが首を捻ると、そちらを向いて。
「例えば、盗賊が襲った相手がイシュさんとか、クルカさんと依頼を受けているとか」
「それを、あの人数、全部やる、ですか」
淡々とアフィアがツッコミをいれ、うっと言葉に詰まるミケ。
「神父、邪教、自分で崇拝した、追われた、死んだ。そこまで、作為する、難しい。それに、意味、目的、わからない」
「それは……えっと、死体を手に入れるため?」
「自分で殺す、しない、意味、何ですか」
「それは……何でしょうねえ?」
自分で言っておいて困り果ててしまった様子で、ミケは首を捻った。
そこに、千秋が嘆息して言う。
「まあ、言いたいことはわかる。魔族か、それに類する何者かの実験に巻き込まれたのではないか、ということだろう?」
「ま、魔族?!」
ミアとグレンが目を丸くする。
千秋は嘆息して続けた。
「ああ。考えてもみろ。死霊術師の作り出すアンデッドが、ミケの言う通りゴーレムと同等のものであるとするなら、『記憶を維持』し、『自由意志を持った』アンデッドは普通に人間の技ではない。それ以上の存在が関わっていると考えるのが妥当だ。…今までの経験上、もう一段階上の何かがあるような気がしているが」
「しかし、魔族って…本気か?」
いまいちぴんと来ない様子のグレンに、ミケは、ああ、と思い出したように言った。
「そういえば、シュウさんのお見舞いにはいらっしゃらなかったんですよね、グレンさんは」
「シュウ?」
「この間ご一緒した、アリスさんのお屋敷探索の依頼人、リタさんの先輩の記者さんです。ゾンビに襲われて衰弱して見つかったという」
「ああ、そういえばそんな奴もいたな。俺はあの依頼を受けたわけではないから、それきりだった」
「その時に、アフィアさんとユキさんにはお話したのですが……アリスさんを死霊術師にした、『魔法使い』の件です」
「何か判ったのか?」
身を乗り出したグレンに、慌てて千秋が制止する。
「待て。話が見えん。この4人で何かの仕事をしたのか?」
「ああ、すみません。かいつまんでお話しますと……」
ミケが以前の依頼の概要を話していく。詳細は「わたしのおうち」をご参照下さい(宣伝)。
「……というわけで、亡くなったアリスという少女に死霊術師の核となるアイテムを植え付け、死霊でありながら死霊術師として『彼女の自由意志で』行動させていた『魔法使い』という存在がいたわけです」
「なんとまあ……そんなことが可能なのか」
「すごすぎてミアもうなんかわけわかんないよ……」
一気に大量の情報を流し込まれて少し混乱している様子の千秋とミアに申し訳なさそうな顔をしつつも、ミケは本題に戻ってグレンに言った。
「その『魔法使い』…どうやら魔族であるらしいんです」
「本当か」
「はい。アリスさんの体に埋まっていた『核』をグレンさんが破壊した後、その残骸を持ち帰って調べたんですが……こちらも以前関わった、フォラ・モントという村の金が使われていました」
「なに、フォラ・モントだと」
そちらには千秋が反応した。
「ということは、ロキが関わっているのか」
「いえ、おそらくロキさんは張本人ではありません」
「ロキ、って?」
ミアが首をかしげ、ミケは苦笑して彼女とグレンとに説明した。
「すみません。ええと、フォラ・モントという村があって、そこには名産の金があったんですが…ざっくり言うと、その金は呪いがかかっていて、その呪いをかけたのがロキという魔族だったんです」
「ざっくりすぎ、です」
詳細は「黄金に捧ぐ乙女」をご参照下さい(宣伝)。
「アリスさんを死霊術師にした『核』となるアイテムにはそのフォラ・モントの金が使われていて、実際にロキさんの魔力も感じました。しかし、それよりももっと色濃く、ロキさんとよく似た、しかし別の魔力を感じました。ロキさんにはたくさんの兄弟がいることがわかっているので、おそらくその一人かと」
「つまり、そのロキの兄弟の魔族が死霊術師で、アリスに死霊術師にするアイテムを使ったってことだな」
グレンが忌々しげに言うと、ミケは頷いた。
「分かりが早くて助かります。自由意志を持ったアンデッドということと、全体に漂う『実験』くささから、どうも関連があるように思えてならないんですよね…」
「逆に、そんなのがあちこちにいられても困るからな」
嘆息して、千秋。
「そういう経緯があったのならば、俺もその可能性は高いと思う。
アカデミックな奴の実験場ならまだ話が通じやすいんだが、別にそうでもない気まぐれを実験と称するならちょっと面倒だな……」
「そうですね……」
「ここで、話すだけ、事実、わからない」
そこに、アフィアが淡々と言った。
「ルカ、いる、ヌシのところ。行ってみる、いい、思います」
「そうだね……そうするしかないね」
「うう……またゾンビさんのところに行くのかぁ……」
ミアの言葉と共に、一同が微妙にうんざりとした表情をする。

間もなく、夜が明けようという時間になっていた。

探索開始

「ここですか……」

宿屋の主人に「ヌシさま」の屋敷の場所を聞いたところ、拍子抜けするほどあっさりと教えてくれた。
宿屋でもう一晩……一昼?休んでから夕方ごろに出ると、ちょうど日が沈んだ頃に到着する程度の距離。村の中にあるという風でもないが、村からそれほど離れた場所ではない。
そして、その建物はまさに「お屋敷」と呼んで差し支えないほどに、端的に言えば豪華なつくりをしていた。まるで、山の中にある金持ちの別荘のような。
彼らの持つ松明に僅かに照らされた屋敷は、とりあえず見える範囲では3階建てのようだ。窓はすべて閉まっており、カーテンの向こうからも明かりが付いている様子は見えない。
「なんつーか……何かを髣髴とさせる屋敷だな……」
「あっ、アリスちゃんのお屋敷のことだよね?」
「せっかく記憶の彼方から削除しかかっていたのに引き戻さないでくださいよ…」
「それにしても、ミケさんが思った以上にアンデッド耐性がなくてびっくりだったよ」
「僕は今このタイミングでその感想が出てくるユキさんにびっくりですよ」
どうでもいい会話を交わしている横で、アフィアが熱心にあたりを調べている。
「入り口、正面、ひとつだけ。裏、回る、今は得策でない、思います」
「そうだな、暗いしひとところに固まっておいた方がいいだろう」
千秋が同意し、興味津々のミアをそれとなく牽制する。
「うちも、全員一緒、行動する、いい、思います。
出来れば、真ん中、魔法使い、前後、窓側、前衛、囲む、いい」
「というと?」
「窓、割って、ゾンビ犬、入ってくる、鉄板、です」
「それもそうだな……」
「納得しないでくださいよ」
「序盤でナイフしか持ってない時にまず死ぬパターンだろ」
「だから何の話ですか」
どうでもいいやり取りをしながら、魔道士であるミケとミアをその他の面々が囲む形を作る。
「では、正面入り口から開けていきましょうか」
緊張した面持ちでミケが言い、しかし何もしないのでグレンがノッカーを持ち上げて3度叩く。

こんこん、こん。

しかし、何の反応もない。
「誰も出ないね……」
「はいっちゃう?」
「でも……」
「まあ、入るか」
がちゃ。
グレンがドアノブを捻ると、扉は拍子抜けするほどあっけなく開いた。
「ご……ごめんくださーい……?」
「ミケ、開いたドア、ロープで固定する、意味無い、思います」
「いいじゃないですか念のためですっ」
「またロープが切れてドアが閉まっちゃうよ?」
「だから念のためですっっ!思い出させないでください!」
恐る恐る入ってみるが、とりあえず玄関ホールには誰もいないようだった。
彼らの松明の明かりが3階までの吹き抜けを照らすが、やはり何も無い。甲冑もなければ人形も絵も見当たらない、玄関にしては殺風景なつくりだ。
「入ってみてからで何だが、何か出てきた時にはどう対処するつもりだ?」
千秋が問うと、ミケはうーんと唸った。
「とりあえず、あの村の様子から見て、使用人のアンデットがいたとしても、それなりに話が通じる気がするので、話の出来る人を探しつつ、屋敷を荒らさない感じで主人を捜索したいとは思っています。ご主人に取り次いでもらうとか」
「そうだね、とりあえず勝手に入ったことを謝って、ヌシさんの部屋がどこにあるのかを聞こうよ」
ユキも頷いてそれに同意する。
「戦いになれば相手はするが…村人と同じく、遭遇即戦いにはならないだろうな。俺としてもヌシ探しを優先したい」
グレンがそれに続くと、ユキはうーんと眉を寄せた。
「それはもちろんなんだけど…直接ヌシさんの部屋に行くっていうのもいいんだけど、失礼を承知である程度探索してもいいかなって思ってる。もしかしたらこの村を作った目的とかわかるかもしれないし…でも明らかに心象悪くなるよね……」
「まあ、現段階でヌシの部屋がわかっていないのだから、部屋を探すために探索していましたで通るのではないか?」
気楽そうに千秋が言うと、ユキはきょとんとしてから、そうだよね、と納得したようだった。
千秋はそれは気に止めた様子も無く、きょろきょろと辺りを見回しながら部屋数を確認した。
「ホラーものは使用人の日記とか館の主の手記とかがヒントになると相場が決まっているのだ。
『窓に!窓に!』とか『おお、今まさに扉が開く音が』とかそういう奴だな」
「何の話ですか」
「かゆい、うま、忘れてます」
「それヒントっていうか後ろのクローゼットからゾンビが飛び出てくるフラグですよね?!」
「ゆえに、書斎や本棚があれば積極的に探そうと思う」
「この話の流れでその結論おかしくないですか?!」
「ミケ、うるさい。さっさと、いきます」
「うう……」
なんにせよ、一行はまずは1階をしらみつぶしに当たってみることにしたのだった。

ぎい。
まずは正面にあった大きな扉を開く。
「食堂……かな」
大きなテーブルに白いテーブルクロスがしかれているのが、上に置かれたローソクにぼんやりと照らし出されている。
そのほかには人影もゾンビ影も見当たらない。
「ここで、みんなお食事するのかなあ?村の人みたいに」
「やめろ、思い出させるな」
一番最後に入った千秋がげっそりと言った、その瞬間。

ばたん!

大きな音を立てて食堂のドアがいきなり閉まった。
「えっ?!」
「ちっ……開かない!」
どんどんと扉を叩きながら、千秋。
「どどど、どうしよう、閉じ込められちゃった?!」
「ええええと、落ち着きましょう、こういう時にはまずファイアーボールで扉をぶち破って」
「お前が一番落ち着け、ミケ」
印を切ろうとしていたミケを制し、千秋は注意深く辺りを見回した。
「…何かテーブルに置いてあるな」
入り口から見て正面の席に、食器がセットされている。
傍らには一枚の紙。
「なになに……」

『ここから出たければ、完璧なるテーブルマナーを示したまえぴょろよん』

「…なんか語尾がおかしいな」
「テーブルマナーですか…僕ちょっと自信が無いですね……」
「ミアも…」
「うーん、テーブルマナーは師匠に教わったことは無いなぁ」
「自信、無い、です」
「右に同じくだ」
一同が微妙な表情で顔を見合わせる中、千秋は嘆息して椅子に座った。
「仕方ない、俺が貴族仕込みの完璧なマナーを見せよう」
「ええっ?!千秋さん、貴族なの?!」
「初耳です…あ、結婚して貴族になったんですか?」
「なにそれ!詳しく!」
「ええいうるさい!始めるぞ!」
女性陣+女顔の追及をかわし、千秋はこほんと咳払いをした。
「まずは……これだな」
そして、傍らにあったフィンガーボウルをおもむろに手に取り、ためらい無く口につける。
「あっ、千秋さんそれ飲むものじゃ」

ぼひっ。

「千秋が椅子ごと射出された?!」
「天井、穴、開いてます…」
「すごい仕掛けだね!」
「ミアさん、メモを取るところが違います」
「ち、千秋さーん?!」

「ふー、酷い目にあった」
何故か柱時計の中から再び姿を現した千秋は、謎の煤まみれだった。
「千秋さん、フィンガーボウルは指先を洗うもので、飲むものじゃないんですよ」
「そうなのか。ナノクニにはそんなものは無かったんだが……」
「ナイフとフォークが出ている時点で気付くべきでしたね」
その後、残りの面々でああでもないこうでもないと話し合い、何度か射出→帰還を繰り返した後に、やっと一同は食堂から出ることが出来たのだった。

「ここは…何だ?衣裳部屋か?」
次に入った部屋は、壁一面に服がかけられ、その他の小道具や大きな鏡台などが並んでいる。
松明で中を照らすと、ぬう、と何かの影が見えた。
「うわ!」
思わず悲鳴をあげるミケ。
部屋の中心で、きちんとタキシードを着込んだゾンビが恭しく礼をしていた。
「ようこそ、第108回ベストオブアンデッドコンテストへ」
「べ、べすとおぶあんでっどこんてすと……?」
思い込み幻術をかける隙も無い登場に涙目のミアが、鸚鵡返しに言って首を傾げる。
「そう!アンデッドの中のアンデッドを決める、ベストオブアンデッドコンテスト!司会はこのわたくし、くさったしたいと言えばスミス、スミスと言えばくさったしたい、でございます」
「メジャーと見せかけてわかる奴が少なそうだな」
「さあ!生者の皆さん!あなたもステキにドレ~スアップして、ベストオブアンデッドを目指そうではありませんか!」
「おとこわりします」
「ミケ、落ち着け」
「お断りします!」
「あ、ちなみに、参加して合格しないとここから出られませんのであしからず」
「ええっ?!」
慌てて入ってきたドアを開けようとするユキ。
がちゃがちゃ。
「開かない…」
「そいつを倒して出るという手もあるが」
千秋がスミスの方を向くと、スミスは大仰に額に手を当てて嘆いて見せた。
「おお、なんということでしょう。このような、何も危害を加えない善良なゾンビを無残に切り捨てようとは」
「閉じ込めることは十分な危害だと思うが…」
「あ・ちなみにわたくしを切り捨てましても合格にはなりませんのであしからず」
「ちっ……」
上げかけていた鍔を再度おろし、千秋は眉を顰めた。
その横で、まだ混乱から立ち直っていないミケがスミスよりも大仰に嘆いてみせる。
「なんでゾンビ仮装!?幽霊のフリして歩いてトリックオアトリートとか言うんですか?!それ2ヶ月前くらいに終わったイベントだから!」
「落ち着けミケ、こっちの世界なら洸蝶祭はもうすぐだ」
「こんだけ泣いてるんだから女装したらバンシーで通せませんかね?!」
「バンシー、妖精。ゾンビ、違います」
「似たようなもんじゃないですか!」
ミケはますます混乱した様子で大仰に嘆き始めた。
「あああもーカボチャがあればジャックランタン何個でも作るのにー!アンデッドなんて死ねばい」

ごす。

セリフの途中で後頭部をどつかれ、ばたりと昏倒するミケ。
そして、どついた張本人であるアフィアは淡々とスミスに言った。
「へんじがない。ただのしかばねのようだ」
「合格☆」
「えええええ」
微妙な判定基準にブーイングを漏らす一同。
スミスは満足そうに微笑み、残りの面々に向き合った。
「ささ、あなたたちも。いざ、ベスト・オブ・アンデッド!
お衣装とメイクはわたくしがお勧めさせていただきますので!さあ!さあ!!さあ!!!」
ずずいとスミスに詰め寄られ、一同はそれで満足して出してくれるのならと、大人しくゾンビの仮装を始めるのだった……

「目が覚めたら仲間全員がゾンビだったとか何の拷問ですか……」
しくしく泣きながら廊下を歩くミケの横で、グレンもぐったりとした様子で答える。
「なんというか…気がついてたら終わってたな。あのゾンビ、只者じゃない…」
ミケ以外のメンバーすべてが、スミスによって施されたメイクでステキゾンビに変身している。ちなみにグレンはいつの間にか終わっていたと言う割には頭蓋骨が割れて中身をチラ見せしている精巧な特殊メイクが施されている。
「千秋さんはなんでゾンビじゃないんですか」
「俺はだな、伝統と様式美に乗っ取って白いシーツを頭からかぶって『おばけだぞ~』と」
「それはそれで見てみたかったですね」
「……ちなみに霧散の術を使う本格派だから、シーツめくっても中には誰も居ないぞ。まさにホラーだな」
「前言撤回します」
「自分には見えないメイクだからへいきー♪」
頭から血まみれのメイクを施されたミアはむしろ少し楽しそうだ。自分は見えなくとも仲間のメイクはばっちり見えるわけだが。
「あっ!ねえねえ、あそこに宝箱があるよ!」
進行方向を指差せば、確かにそこには大きめの宝箱が。
「なぜ屋敷の中に宝箱が……」
「これ以上、ないくらい、怪しい、です」
「ねえねえ、開けてみようよ!」
さすがに一人で飛び出していくのは自重したらしいミアが、ワクワクしながら仲間に語りかける。
「しょうがないなあ…」
ユキが苦笑して、ミアと一緒に宝箱のところへ歩いていった。
「鍵はかかってないみたい…開けるよ?」
「うん!」
ぎぃ。
ユキとミアが力を合わせて蓋を開けると、そこには。

「ハローエブリバデ」

「うわあああ!」
ばたん。
慌てて蓋を閉めるミア。
追いついた仲間達が心配そうに問いかけた。
「どうした、何があった?」
「うう……ば、バラバラ死体…じゃない、バラバラゾンビ……」
やはり思い込み幻術を使う暇もなかったのか、涙目で訴えるミア。
とりあえず彼女を横に置いておいて、グレンがもう一度そっと箱を開けてみる。
「閉めてしまうとはなさけない。ちょっとつなぎ目が不自由なだけのただのゾンビじゃねーっすか」
「いいから口調を統一させろ」
宝箱にしまわれたゾンビは、頭と右腕と左足だけで放り込まれている状態のようだった。
「ちょっとこのままだと歩くこともままなんねーんでぇ、俺の体探してきてもらっていいっすかね?」
「おとこわりします」
「天丼は二回までだぞ、ミケ」
「体、探す、うちたち、メリット、なんですか」
冷静にアフィアが問うと、バラバラゾンビはへへんとドヤ顔をして見せた。
「俺が歩けるようになったら、ヌシさまんとこまで案内するっすよ!」
「本当か」
「それじゃあ、探してこようよ。歩けないのも可哀想だし」
「えええ…本当ですか……」
気が進まないミケとようやく立ち直ったミアを連れて、一同はゾンビのパーツ探しに方向転換するのだった。

「ずいぶん広い部屋だな……」
「ダンスホールですかね…?」
2階に上がってすぐには、かなり大きめの部屋があった。調度品らしい調度品は無く、窓の正面には数人が余裕で映るほどの大きな鏡がある。
「すごい鏡……って、え?!」
鏡に映る姿を見てぎょっとするミケ。
「どうした、ミケ」
「み、み、みなさんが、ゾンビになってますよ?!」
「いや、俺たちはもともとゾンビのメイクを……ん?」
ミケの指差す方向を見てみれば、先ほどスミスに施されたメイクではないゾンビたちが鏡に映り、驚いた様子でこちらの方を見ている。
「え、え、え??ミアたち、本当にゾンビになっちゃったの?」
混乱するミア。鏡の向こうでは子供サイズのゾンビがおろおろしている。
が。
「………ん?」
その様子で何かに気付いたのか、ミアは鏡の前に立つと、すっと右手を上げた。
す、と、鏡の向こうのゾンビが左手を上げる。
「右、下げて」
手を下ろすと、鏡のゾンビも手を下ろす。
「左、上げて。右、上げて。右、下げないで、左、下げて」
どんどんスピードアップしていくミアの旗振りダンス。
楽しそうな顔をしているミアとは対照的に、鏡の向こうのゾンビは明らかについて来れない様子でわたわたしている。
「右上げ、左下げ、右下げない、左上げ、くるっと回っちゃ、いけませんっ!」
騙されて一回転したゾンビが、へろへろとした足取りでばったりと倒れる。
「おい…これ鏡じゃないぞ」
千秋がコンコンとノックするそれは、どうやらただのガラスのようだった。
「ガラスの向こうでゾンビがこっちの真似してたんだな」
「手の込んだことを……」
倒れたゾンビはよろよろと起き上がると、悔しげに言った。
「ばれてしまっては仕方が無い……ミュージック・スタートっ!」
「は?!」

ずっ、ちゃっ、ずっ、ちゃっ、でーでーでーでーでっ。

突如始まる重低音のリズム。
それに乗って、鏡の向こうのゾンビたちが踊りだす。
そして。
「えっ、え?!」
「なんだ、体が、勝手に?!」
「ミシェルさんのジュークボックス改?!」
今度は冒険者達の体が、それにあわせて勝手に踊りだした。
さらに、ドアや天井や床板が次々に開いて、わらわらとゾンビがなだれ込み、リズムに合わせてキレッキレのダンスを踊っていく。
「す、スリラー?!」
「待て、このネタは若い世代にはわからないんじゃないのか?!」
「マイケル、知らない、世代、この世に、存在、しません」
妙に冷静に言いながら、真顔でダンスを踊るアフィア。
体力の無いミケは早くも行き絶え絶えだ。
「なんか楽しくなってきちゃった~♪」
「何でもいいから早く終わってくれ……」

そして、音楽がフェイドアウトしていくと、何事もなかったかのようにゾンビたちは元のドアや床や天井に戻っていった。
「ま…まさか……また踊らされるとは……」
「ふー、いい運動したね!」
「おい、なんか落ちてるぞ」
さして堪えた様子の無い体力ある組が、ゾンビたちのはけた後の床を指差す。
そこには、先ほどのバラバラゾンビの腕と思われるパーツが転がっていた。
「仕方ない、持っていってやるか」
「ぼ、僕は持ちませんよ。魔道士は魔道書より重いものは持てないので!」
「牽制しなくてもミケには持たせん。燃やされても困る」
「うう……」
とりあえず、バラバラゾンビの片腕をゲット。

「ん……あれ、何かな?」
ユキが廊下の先を指差す。
松明でそちらを照らすと、3メートルほど先の廊下にぽつんと人形が置かれていた。
「もう嫌な予感しかしないんですけど……」
早くもげんなりするミケをよそに、ユキは人形に近づいた。
「アリスちゃんのお屋敷でも人形がキーになってたし、きっと手がかりが…」
ひょい、と人形を持ち上げた、その瞬間。

けけけけけけけけけけけけけけっ!

ぎゅるり、と人形の首が回転し、目玉をひん剥いたかと思うとけたたましい笑い声をあげる。
「ひゃぁっ?!」
さすがに驚いて人形を放り出すユキ。
「ちょっと、こっちに来ないでくださいよっ!」
ミケは光の速さで人形を隣にパス。
「おっ?」
流れでグレンからアフィアにパス。
「はい」
アフィアからミアにパス。
「うええっ?!」
驚いたミアが人形をトスで高く上げ。
「アタアァァァァァァック!」
ノリで千秋が高く飛び、勢いよく人形を床にたたきつけた。
べしん。
妙に生々しい音を立てて床に着地した人形は、歯車のひとかけまで見事なまでにバラバラになっていた。
と。

ごごごごご。

「え、なに、なに?」
立っていた床が揺れ、とっさに身構える一同。
だが。
ばたん!
「え、きゃあっ?!」
人形のところに立っていたユキの足元の床が、急にがくんと崩れ、ユキの体が坂を滑るようにして落ちていく。
「ユキさん!」
「ユキちゃーん!」
「え、ちょっ、何でこの床こんなに滑って、ワックスかけすぎ!」
どうにか踏ん張ろうとしたが床が滑って上手くいかず、ユキはすんでのところで体勢を立て直して翼を出した。
ばさり。
「ふー……危なかった……ん?」
ふと、自分が向かうはずだった罠の先を見れば、壁一面に鋭い槍が備え付けられていて。
「落ちてたらシャレにならなかったな……って、あれ?」
よく見れば、その槍の隙間に何か足らしきものが引っかかっている。
「これ……バラバラゾンビさんの足かな?」
ユキは槍のところまで飛んでくると、ひょいとその足を拾い上げた。
「よし、これであとは体だけだね…」
満足そうに足を抱えて帰ってきたユキに、ミケが再び悲鳴をあげたのは言うまでも無い。

「次は…ここかな?」
がちゃり。
ユキがドアを開けると。

びたん。

「ぶっ」
ドアの向こうから糸に吊るされた何かが飛んできて、ドアを開けたユキの頭の上をすり抜けて後ろのミケの顔に直撃する。
「なんだ、どうしたミケ」
「な、何でこんなところにコンニャクが……」
微妙に濡れた物体が顔を直撃したおかげで、顔がべとべとになってしまっている。
すると。

くすくす…くすくす……

部屋の中から笑い声が聞こえ、そちらに松明を向けてみると、部屋中にびっしりと人形。笑い声はどうやらその人形達のもののようだった。
「こっちの方が怖い!」
コンニャクのべとべとを拭いながら叫ぶミケ。
それは特に気にする様子も無く、アフィアがずんずんと部屋の中に入っていく。
「笑い声、だけ。何も無い、思います」
「ほ、他に何か変なものは無いですか?」
「変なもの、特に、無い。ただ」
「……ただ?」
「血文字で『ひきかえせ』書いてあります」
「十分変なものじゃないですか!」
「血文字、何もしない。先に行く、問題ない、思います」
「あ、アフィアさーん……」
「ほら、いくぞミケ」
「うう……」
仲間達にも促され、しぶしぶ人形ぎっしり部屋に入るミケ。
壁一面の人形達が、未だにくすくすと笑い声をあげている。
「うう、怖いよう……ん?」
その中に、ひとつだけぽつんと熊のぬいぐるみがあった。
「何でこれだけ熊のぬいぐるみ……」
ひょい、と、ミケがそれを持ち上げると。

「ヤァ、ボク ダイアナ ダヨ」

微妙な裏声で熊が言い、ミケは膝から崩れ落ちた。
「初GMの時のネタなんて、誰が覚えているんですか……」
詳細は「静かの海のローレライ」をご参照下さい(勝手に宣伝)。
「おい、こっちだ」
崩れ落ちるミケをよそに、部屋の奥にあった扉を開けるグレン。
「まだ奥に部屋があるんだね…」
「よし、行くぞ」
早速足を踏み入れる一同。
すると。

がごん。

突然大きな音がして、部屋の両側の壁がじりじりと迫ってきた。
「わっ!壁が!」
「何てベタな……誰ですか」
「誰って何が」
「いえ、こちらの話です。お約束ですが、ドアも開きませんよ」
ミケががちゃがちゃとノブを回してみるが、びくともしない。
「くっ……ここは俺が持ちこたえるから、お前達は先に…!」
「千秋さん、死亡フラグはいいですから」
「……っていうか、この壁……」
のし。
グレンが壁に寄りかかると、壁はあっさりと動きを止めた。
「…え?」
拍子抜けしたように動きを止める一同。
もう片方の壁は千秋が腕一本で止める。
グレンはそのまま、耳を壁につけて音を探った。
「なんか、向こうからうめき声が聞こえるんだが…」
「どれどれ」
ミアも同じように耳を壁につける。
「……ゾンビさんの声?」
「…ひょっとして、人力ならぬゾンビ力で壁を押してるのか…?」
「意外とアナログなんですね…」
「……まあ、ひとまず、この隙に向こうの扉まで…」
「あ、うん、そうだね……」
一気に盛り下がった様子で、一同はひとまずその壁部屋を通り抜ける。
最後の一人がドアを潜り抜けた後で、うおおお、ずしーんという空しい音がこだました。

「で……この部屋には看板ですか……なになに」
次の部屋に入ってすぐに立て看板が置かれていた。
「落とし穴、注意……」
読み上げて、その先の床をおそるおそる足先で触ってみるミケ。
すると。

ぱか。

ばしゃー。

べびん。

ぼふっ。

ミケの真上の天井が開き、水、たらい、小麦粉が順番に落ちてくる。
肩の上に乗っていたポチと共に粉まみれになるミケ。
「……し、白猫プロジェクトです……」
「コメントに困るボケはやめてくれ」
「うう……黒は魔術師のアイデンティティなのに…」
先に水が降ってきたせいで小麦粉がべとべとに貼り付いている。ぽふぽふと服をはたいて悪戦苦闘しているミケの横で、ユキが落ちてきたタライを覗き込んだ。
「…タライに何か入ってるみたいだよ」
「ん?なんだ?」
「……バラバラゾンビ、胴、思います」
タライの中に詰まっていたのは、両手両足と首が切断されたと思しき、腐りかけの胴だった。
「これで全部揃ったね!バラバラゾンビさんのところに持って行ってあげよう!」
アフィアは頷いて、触りたくなかったのかタライごと胴を持ち上げるのだった。

「いやー、助かったっす。皆さんのおかげっすよ」
「それはいいが、このバラバラ死体をどうやってくっつけるんだ?」
「あ、テキトーに縫ってくれればいいっす。箱の中に針と糸があるんで」
「ずいぶん大きな針と糸だね……」
バラバラゾンビの元に四肢を集めた冒険者達は、さらに彼の要望でパーツを縫い合わせることになった。
ゾンビが平気で、かつ針仕事が出来るユキが、大雑把に切断面を縫い合わせていく。
「よし、これで…どうかな?」
「あざっす!これで動けるっす!」
縫い目は大雑把だが、バラバラゾンビは見事起き上がり立ち上がった。
「んじゃ、ヌシさまのもとに案内するっすね」
「ああ、頼む」
元バラバラゾンビの案内で、一同は3階へと向かった。

「あそこがヌシさまのお部屋っす」
廊下のどん詰まりの扉を指差し、元バラバラゾンビは言った。
廊下の両脇にいくつか扉はあるが、目的地はその扉であるようだ。
「ありがとう、バラバラゾンビさん!」
「いやいや、なんのこれしき」
ゾンビに別れを告げ、一同は奥の扉へと足を進める。
「いやー、長かったですね…無駄に」
「そうだな……ん?」
感慨深げなミケの言葉に相槌を打ったグレンが、ふと、ドアの傍らにある赤いボタンに目を止めた。
「なんだこれ……?」
近づいてよく見てみれば。

『押すべからず』

そんなプレート共にある、赤いボタン。
「…………」
「これは……」
「ううっ……押したい…!」
『押すな』という言葉の響きが持つ魔力に身悶える冒険者達。
グレンはそれを振り払うように首を振り、改めて足を踏み出した。
「いや、ここは誘惑を振り切って、こうだ」

かちっ。

踏み出したグレンの足の下で鳴る、軽快なスイッチ音。
そして。

ぱか。

「うわああぁぁあ?!」
「きゃー!」
「えええええ!」

扉の手前の床が豪快に開き、一行はその下の滑り台のような穴に落ちた。
管状の狭い穴が、ウォータースライダーのように曲がりくねっているため、ユキが翼を出す余裕も無い。
長い長い滑り台を滑り終えたその先は。

ざざーーーーーーーー。

唐突に放り出され、床を滑っていく冒険者達。
「いたたた……」
「ここは……」

そこは、最初に扉をくぐって訪れた、玄関ホールだった。

「さ、最後の最後に振り出しに戻るだと……!」

がっくりと崩れ落ちるグレンに、ミケが苦笑して言った。
「……優しいな……今まで入ったトラップハウスのどこより優しいよ……」
「そうなのか…?」
「ミシェルさんとこで、最終的に触手プレイする羽目になった思い出を思い出せば、もう一回上がればいいこの程度のトラップなんて、優しいよ!」
「そ、そうか……」
「ミケさん…辛い思いをしたんだね……」
「哀れまないでください…うっ……そうですよ、アレに比べたら顔面コンニャクとか小麦粉まみれとかゾンビだらけとか全然たいしたこと……」
そこまで呟いてその慰めの無意味さに気付いたのか、ミケはそのまましくしくと泣き出した。
「場所、わかってる。もう一度、行く、簡単、思います」
アフィアが立ち上がり、続いて千秋も平然と同意する。
「そうだな。行くぞ、ミケ」
「うう……アンデッドなんて死ねばいいのに……」
「だから死んでるって」

何度目かになるそのツッコミを入れながら、再度冒険者達は歩き出した。

この屋敷の……ひいては、あの村の「ヌシ」が待つ部屋へと。

当主光臨

「失礼します。あの、誰かいますか……?」

ヌシの部屋の扉を開けると、中は真っ暗とは言わないまでもかなり暗く、僅かなランプの明かりがあるのみだった。
先陣を切ったユキが一応丁寧に挨拶をするも、中からの返事は

ぼひっ

「?!」
突如奥から聞こえてきた異音にぎょっとする冒険者達。
ややあって。

「……大変失礼こきました。どうぞ、中までいらしておくんなまし」

奥の方から澄んだ女性の声がして、顔を見合わせる。
「…語尾がおかしいな」
「ヌシさんの声かな?」
「女性だと言っていたし、多分そうでしょうね」
冒険者達は確認するようにひとつ頷きあって、部屋の奥へと足を踏み入れた。
中央を仕切るとも無く仕切っている屏風のようなパーテーションを越えると、応接セットと思しき大きなテーブルと椅子、そしてその向こうになにやらごちゃごちゃと物が置かれたデスクが設置されていて、部屋の僅かなランプはそのデスクを照らすためにあるらしかった。
そして、そのデスクの前で、あたりにも羽毛と立ち込める紫色の煙をばさばさと袖で払っている、小柄な女性が一人。
「少々、お待ち下さいませ。少し配合に失敗して、ウルトラアカデミックメトロポリタンガスを生成してしまいました」
「何だそのガス」
グレンが思わずつっこむと、女性はばさばさと袖で煙を払いながら、さらりと答える。
「人体には無害、でございますが、経口摂取いたしますと、ボックスステップを踏みながら光速で後頭部を掻き毟り1秒間に10回の速さでウインクをしつつ『ハイホー、ハイホー』と歌い狂うという症状が」
「きっぱり有害じゃないか」
「出るといいなと思ってはいるのですが実際のところただの臭い紫色のガス、でございます」
「…………」
冒険者達は遠い目をして黙り込んだ。
この僅かなやり取りだけで、あの村の陽気すぎるゾンビたちと、そしてこの屋敷の傍若無人な罠を生成したのは間違いなくこの人物であるとひしひしと感じる。
ばさり。
袖を振って最後の煙を追いやると、女性はくるりとこちらを向いて、長い袖を揃えて前に出した。
「ささ。どうぞ、おかけ下さいませませ」
「さっきから語尾がおかしいな」
「やはり時代は動物系語尾でございましょうかブッポウソウ」
「ブッポウソウ?!」
翻弄されつつも、冒険は達はめいめい、しつらえられている応接椅子に腰掛けた。ユキ、ミア、グレンが正面のソファに、ミケとアフィアは両脇に用意された椅子に座り、千秋はソファの後ろに立っている。
「では」
女性はソファの正面にある一人がけの椅子の前に移動した。
歩くたびに、髪飾りに付けられた鈴がしゃらんと涼やかな音を立てる。金色の髪飾りはかなり精巧なつくりで、両横で複雑に編みこまれた黒髪を綺麗に纏め上げ、短く垂らしていた。褐色の肌に尖った耳はディーシュを思わせるが、大きな赤い瞳、無表情ではあるが可愛らしく整った容貌、目の覚めるような青系のリュウアン風のごてごてした装束に包まれてもなお、小柄ながらにプロポーションの良さを思わせるその体躯は、一部の冒険者達にとっては彼女の種族と出自を示す明らかな証となった。
「えっと…ノックしても返事がなかったから、勝手に入ってしまってごめんなさい」
「いえいえ、お気になさら・なーいでくださいませ。こちらこそ申し訳ございません、研究に熱中すると他のことが耳に入らなくなる性分で」
言葉こそ大仰に芝居がかって入るものの、それをつむぎだす彼女の口元以外の一切の筋肉が動いていない。まるで人形のように表情が無く、怒っていないのか、無表情で怒りを表しているのかがわかりづらいが、少なくともユキは言葉の通りに受け取り、安堵したようにほっと息をついた。
「僕、ユキレート・クロノイアっていいます。ユキと呼んでください」
「…グレン・カラックだ」
「ミアです!よろしくね」
「ミーケン・デ=ピースです。ミケと呼んでください。初めまして、よろしくお願いします」
「…アフィア、いいます」
「一日千秋だ。千秋でいい」
一通り冒険者達の自己紹介が終わると、女性は膝を折り曲げて恭しく礼をし、自らの名のりを上げた。
「わたくしの名は、イシュ」
無表情のまま、淡々とおのれの名を紡ぎあげる。

「イシュタムエルタ・フェル・エスタルティ、でございます」

「!……」
その名に、何人かの目が僅かに見開かれる。
「隠さずに来たか……」
「はて。隠すとは、名をということでございましょうか?イシュは、隠し立てをするような破廉恥な名は持ち合わせてはございませんことよ」
「…チャカさんや、ロキさんのご兄弟、ということでよろしいですか?」
「その節は、愚兄愚妹、略して愚々兄妹が大変お世話になりました」
「いや、その略し方はおかしい」
律儀につっこみを入れているグレンの横で、ミアが驚いたように表情を広げる。
「え、えっと、じゃあ、イシュはやっぱり、えと、魔族……なの?」
「ビンゴー、でございます。見事当てられましたミア様には、イシュの懐から取りいだしましたるこのイチゴの飴ちゃんを」
「大阪のオバちゃんか」
軽快なボケとつっこみを繰り広げているこの女性が魔族と言われてもピンと来ない様子で首をかしげるミア。
そこに、ユキが気になっていたというようにそわそわと質問を口にした。
「あの……クルカ・イッツァという人が、この屋敷にいると聞いたんですけど」
「ルカ様にご用事ですか。少々お待ち下さいませ」
イシュは一礼すると、指先で髪飾りの鈴をひとつ、ぴん、とはじいた。

しゃらん。

先ほど歩いた時とは明らかに違う鈴の音と共に、デスク横のパーテーション奥から、ゆらり、と影が揺れ、こちらにやってきた。
「呼んだか、イシュ」
デスクの明かりで照らされたその姿は、二十代後半ほどの精悍な男性だった。癖のあるブラウンの髪を短くそろえ、身軽そうな服に身を包んでいる。
だが、その瞳は…かつてはグレーだったであろう、と想像は出来る、という程度に、ありていに言えば、淀んで濁っていた。肌は腐ってはいないものの、土気色に変色していて、明らかに生者の色をしていない。
しかし、それだけ、といえばそれだけの特徴だ。ものすごく体調の悪い人ですといえば通る程度の。
ルカと思しき男性は、イシュの向かい側に冒険者達の姿を認めると、足を止めて会釈をした。
「なんだ、お客さんか。茶をいれればいいのか?」
イシュに聞くと、彼女は首を振って答えた。
「いいえ、ルカ様にお客様です」
「俺に?」
怪訝そうな顔をするルカ。
冒険者達は何を言っていいのかわからない様子で顔を見合わせたが、やがてミケがおもむろに質問する。
「ええと、根本的なことをうかがうんですが」
「はい」
イシュがうなずくと、ミケは恐る恐る訊いた。
「あのぅ、失礼ですが、お二人は生きてらっしゃいますか?」
沈黙が落ちる。
まさかそこから切り込まれるとは思っていなかった仲間達が、少なからぬ驚きの表情でミケを見る。
一方のイシュは、相変わらずの無表情で首だけ傾げた。
「はて。では、逆にお伺いしますが、『生きている』の定義を教えていただいてよろしいでしょうか?」
「えっ」
「ミケ様は、何をもって『生きている』と仰るのでしょう。そこがわからなければ正確にお答えできかねますが」
「えっ、えっと、動いていること…?」
「であれば、今ルカ様が動いていることはその目でご覧になっているかと」
「あ、いえ、その、自分の意志で、ということです」
「であれば、ルカ様はご自分の意志で動いていらっしゃいます。イシュと問答をしたのをご覧頂いた通り」
「ええと、じゃなくて、うー」
ミケは眉を寄せて、搾り出すように言った。
「心臓が動いているか、ということです」
「であれば、ルカ様は生きてはいません。イシュは生きています」
淡々と答えられ、冒険者達の表情が変わる。
「ルカさんは、死んでいるんですね?あの、ゾンビ村の人たちと同じように」
ミケがさらに訊くと、イシュはこともなげに頷いた。
「はい。その通り、でございます」
「ルカさんと、あの村の人たちを、アンデッドにしたのはあなたですか?」
「アンデッドにした、というのは正確ではございません。死霊術をかけ、魂をエネルギー源に動くよう調整を加えた、ということになります」
「魂をエネルギー源…」
ミアが不思議そうに呟く。
「ねえ、ゾンビってどうやって作るの?ミアにも教えて。魔法なの?」
メモを取り出して身を乗り出すミアにぎょっとする仲間達。
「魔法、といわれると、6大元素をパワーソースとする、人間の魔術師ギルドが定義している魔道とは異なるものとなりますが」
「魔法以外の力なの?どうやってやるの、教えて!」
「ちょ、ちょっと、ミアさん」
テーブルに手をついて身を乗り出すミアを必死に引き止めるミケ。
「今はそういう話じゃないです。ちょっと大人しくしてて下さい」
「はぁい……」
不満そうに口を噤んだミアの代わりに、今度は千秋が口を挟んだ。
「イシュ、と言ったか。不躾だが、信仰を訊いてもいいか?」
「信仰、とは、どの神を崇めているか、というご質問でよろしいでしょうか」
「まあ、そうなるな。
教会で遭ったジョンソンという神父はトートの信徒だったらしいが、それが心酔するならば相応の導師であると思いたいのだが」
「残念ながら、イシュは特別どの神を崇めているということはございません。ジョンソン様は、死霊を操るイシュを個人的に慕って下さっているのかと。ああ、モテる女はツラいものですね」
相変わらず芝居がかった口調で、しかし無表情なのが微妙にシュールだ。
千秋は当てが外れたというように眉を寄せて頭を掻くと、苦い表情で言った。
「……かの神の権能を侵すようなことをしてただで済むと思っているのか?」
「まあ、おそろしい」
いっそすがすがしいほどの棒読みでイシュは答えた。
「どのような目に遭うのか、イシュは今から楽しみで夜も眠れずたっぷりお昼寝してしまいそうです」
「…………」
さらに渋面になって黙り込んだ千秋に代わり、ユキがさらに問う。
「えっと……今までの話を総合すると、アンデッドを作ってあの村を作ったのはイシュさんってことだよね?」
「ざっくりと言えば、そういうことでございます」
「どうしてそんなことをしてるの?」
「登山家は、なぜ山に登るのかと問われ、そこに山があるからだ、と答えるといいます」
「……はあ」
「イシュがアンデッドを作るのは、そこに死体があるから、ということになりましょう」
「えっ、そうなるの?」
「はて」
不思議そうな無表情で、イシュはまた首をかしげた。
「イシュは死霊術師でございます。死霊術師が死霊を作るのは、当の然、ではございませんか?」
その言葉に、さすがにミケが首を振って間に入る。
「いやいや、あれだけの大量のゾンビを作って、村まで作って、意味があるのか無いのかわからない食事まで定期的に与えて、一体何が目的なんです?彼らを、どうしようとしているのですか?」
「どうしようと申しますか、経過観察をしているのでございますが」
「経過…観察?」
意外な単語に眉を顰めるミケ。
イシュは頷いて、続けた。
「イシュは死霊術の材料となる死体を見つけ、まずは術をかけます。ここまでは通常の術と同等でございます。
今イシュが研究をしておりますのは、魂のエネルギーが有する生前の記憶とリンクし、死霊を動かすパワーソースとし、また行動パターンの指定を行う技術でございます。これにより、術者の命令が無くとも、生前の記憶に基づく行動パターンで動き回り、会話をし、また得た情報を蓄積することが可能となります。ベースとなる死霊術がイシュのものですので、多少はイシュのパターンが入りますが」
「多少……?」
「…なんだか難しい話になってきたね……」
「俺はとっくに理解を諦めたぞ」
ユキとグレンがぼそぼそと言葉を交わす。
イシュはさらに続けた。
「生前の行動パターンに近づけるため、出来るだけ人間の生活環境に近い施設をご用意し、定期的な食料の供給を行っております」
「では、食料を与えているのは、生前の行動パターンを繰り返させるため、ということですか?」
「食糧を供給することによる耐久性の増加を図っているところです」
「たいきゅうせい……?」
「この方法で作成したアンデッドは、魂のエネルギーを使用して動作します。つまりは、魂のエネルギーを使い切れば動作は停止します。
現状で、長くて1年」
「1年……」
「あの村のアンデッドで1年以上の奴がいないのは、そういうことか……」
「村、最近出来た、違う…いうこと、ですね」
千秋とアフィアが言い、イシュは浅く頷いた。
「食料を与えることにより、体に物理的なエネルギーが行くことはございませんが、魂のエネルギーに若干の変化が見られました。食とは、単に栄養源の補給というだけではない、精神的なエネルギーも供給していると考えられます。
この影響が耐久性にどう出るか、現在は経過観察中、ということになります」
「そ…そうですか……」
ミケは沈痛な面持ちで息をついた。
「つまりは、自分の術の実験場としてあの村を作っているということですね?」
「そのような言い方も出来なくも無いかもしれないフクザツなヲトメゴコロ」
「もうツッコミが追いつかんな……」
「しかし、イシュが使用している素材は、引き取り手の無い放置死体ばかり。どなたかにご迷惑をおかけしていることは無い、かと。
不要な死体を役立てる、エコロジーかつエコノミーな素材調達、でございます」
飄々と言うイシュに、ミケの視線が鋭くなる。
「本当に、そうなんですか?死体となる原因を、あなたが作っている、ということはないと?」
「どういうことでございましょう?」
「例えば、盗賊が襲った相手が、あなただったとか。あなたなら返り討ちにすることもたやすいのでは?」
「あな、おそろし。盗賊に襲われるなど、イシュのかよわいハートはほろほろに崩れて溶けてしまいそうです」
「嘘つけ。というか、意味がわからん」
「ミケ様が仰るのは、死体が死に至る原因を、直接的または間接的に、イシュが作り上げたということでございましょうか?」
「…まあ、そういうことです」
「そのような面倒なことをする理由がございません。イシュは自分の研究と経過観察に忙しいのでございます。わざわざ他の人間に発見されるリスクまで犯して、『材料』を自ら作る時間などございません。人知れず死に至り、探されることも無く放置された遺体をありがたく使わせていただいているのみ、でございます」
「なるほど……」
そこまでは、アフィアの言っていた通りだ。
だが。
「ところで、近くの洞窟に魔物が出るって言うのですけれど、心当たりは?ゾンビ犬とか置いたりしましたか?」
続くミケの質問に、冒険者達の間に緊張が走る。
いよいよ本題だ。
イシュはわずかに首を傾げると、相変わらずの無表情で答える。
「置いた、と言われると少し語弊が。置いて帰りました、のでございます」
「置いて帰った……?」
眉を顰めるミケに続き、ユキが質問を続ける。
「あの洞窟のモンスターを倒す依頼を、ルカさんと一緒に受けたのは、イシュさん、だよね?」
「はい。食料と材料を調達するため、定期的にここを出て徘徊しております。その折に立ち寄ったあの村で、ルカ様に誘われ、共に依頼を受けました」
「ルカさんに、誘われて…?」
ユキが首を傾げてルカの方を見る。
ルカは自分に質問が向けられたことを察したのか、ゆっくりと頷いた。
「ああ。あの村には俺以外の冒険者はいなかったから、一緒に行ってくれる腕のあるやつを探したんだ。それで、宿屋にいたイシュに声をかけた。魔法が使えるなら、一緒に行ってくれないかって」
「イシュには依頼を受ける理由がありませんでしたが、依頼を受けることによるデメリットもまた感じられず、また、せっかく見つけた魔道士ということで、ルカ様の勧誘が必死かつ耐久性のある、平たく言えばしつこいものであったため、断り続けて目立つよりはとお受けしたのでございます」
「なるほど……」
今はゾンビ化してしまっているが、チェルの語った人となりと、本人の体躯と物言いから、精力的な人物であったことがうかがえる。一人で行かなければならない状況で、一緒に行ってくれそうな魔道士が見つかったのであれば、熱心に説得を行ったのが目に浮かぶようだ。
「…でも、依頼を受けたまま行方不明になってしまったのはどうして?」
ユキの更なる質問に、イシュはまた淡々と答えた。
「申し上げましたとおり、イシュには依頼を受ける理由がございませんでした。イシュの目的は、ルカ様のしつこい勧誘をかわすため。それには、依頼を達成するのが最短のコースでございました。ゆえに、モンスターを倒した後、イシュはルカ様に、イシュの分の依頼料も受け取っていただいて構わないので、ここでお別れする旨をお伝えしたのでございます」
「モンスターを……倒した?」
眉を寄せるミケに、イシュは頷いた。
「はい。イシュとルカ様は、村長様のご依頼を達成すべく洞窟に入り、奥に潜んでいた大型の獣を倒し、洞窟を後にしました。その後、イシュはルカ様にお別れを告げた次第でございます」
「ちょ、ちょっと待ってください。あなた、さっき、ゾンビ犬を置いて帰ったって……」
「イシュがルカ様と一刻も早くお別れしたかったのは、別の理由がございました」
「別の…理由?」
ミアが首を傾げると、イシュはそちらに向かって無表情で頷いた。
「材料の調達、でございます。珍しい、大型犬の魔物の死体、という」
「ちょっ……」
そこまで言って、ようやく繋がったらしいミケが思わず声を上げる。
「つまり、あなたは、一度自らの手で倒したモンスターを、引き返してゾンビにした、ということですか?」
「その通り、でございます。おみごと。どんどんどん、ぱふぱふー」
無表情のまま手を叩くイシュに、呆然とするミケ。
イシュはさらに続けた。
「洞窟に引き返し、魔物に死霊術をかけ、引き返そうとしたところまでは順調でした。
しかし、イレギュラーが発生いたしました」
「イレギュラー?」
「ルカ様が、戻ってこられたのです」
冒険者達はまた驚きの表情でルカに視線をやった。
ルカは若干気まずそうに視線を逸らし、話し出す。
「やっぱり、イシュの依頼料を俺がもらうっていうのは、違う気がして…引き返してきたら、イシュがまた洞窟に入っていくのが見えたんだ。
おかしいと思ってその後を追ったら、イシュが、魔物を蘇らせていて……それで」
「ルカ様は、せっかく死霊術をかけたイシュの素材に再び剣を向けました。おそらくその剣は、イシュにも向けられたものであったでしょう」
「騙された、と思ったんだ。本当はイシュがこのモンスターをけしかけて、村を困らせていたんだ、って…」
「重ねて申し上げますが、イシュにそのような面倒なことをする理由はございません。
しかし、この時。イシュには、ルカ様と対峙する理由がございました」
「対峙する…理由?」
ユキが繰り返すと、イシュはやはり無表情で、淡々と答えた。
「ルカ様は、イシュがせっかく調達して術をかけた材料を、破壊しようとしていたのです。それは、イシュがルカ様に加勢せず、かつ、死霊術をかけたばかりの材料に、目の前のターゲットを屠る命令をするのに、十分な理由です」
沈黙が落ちる。
イシュの言いざまはあまりにも淡々としていて、そこにひとかけらの罪悪感も見出せない。
彼女が、そういう存在なのだと……人間とはあまりに常識の違う、『魔族』なのだと、まざまざと感じさせる。
ルカは気まずそうな表情のまま、さらに続けた。
「イシュと二人なら倒せた魔物を、イシュの加勢が無いのに勝てるわけが無い。俺はあっけなく負けて…そして、目が覚めたら、ここにいた」
「ルカ様がお亡くなりになりましたので、せっかくですからルカ様のお体も素材にさせていただこうと術をかけたのです」
イシュが何事もなかったかのように補足する。
その声が、少しだけ浮き立ったような響きをはらんだ。
「結果として、それは大成功でございました。死後すぐに術をかけたのが良かったのか、あるいはルカ様のお体に適性があったのかは今後の研究課題となりますが、結論として、イシュの研究中の術が、驚くほどルカ様のお体と相性がよかったのでございます。
イシュはルカ様のお体をここに持ち帰り、ここでずっと研究を続けております。通常のアンデッドであれば1年持たないものが、現状の計算によればあと40年、誤差修正プラスマイナス20年はもつことになります。今後のメンテナンス状況によっては、それ以降もずっと。
これは、画期的なことであると言わざるを得ません」
「画期的なのはわかりましたが……では、ゾンビ犬を置いて帰った、というのは…」
「正しくは、ルカ様の体を持ち帰るのに夢中になるあまり、忘れて帰った、ということでございます。
本日只今ミケ様に伺うまで、すっかりぽんと頭の中から抜け出ておりました。研究に夢中になるあまり、他のことが目に入らなくなる、イシュの悪い癖、でございます」
「はあ…………」
状況は理解した。理由は理解したくないがとりあえず状況は理解した。
とすれば、次に問題になるのは。
「あの……ルカさん」
おずおずとユキがルカに言い、ルカはそちらを向いた。
「なんだ?」
「僕達がルカさんを探してここに来たのは……チェルさんの依頼を受けたからなんだ」
「チェルの……」
ルカの表情が変わる。
ユキは続けた。
「チェルさんは、ルカさんの生死を確かめて欲しいっていう依頼を出したんだよ。生きてるなら連れて帰ってきて欲しい。死んでるなら、死んでるっていう証が欲しい、って」
そこまで言って、言い辛そうに口を噤む。
その続きは、ミアが言った。
「ミア、チェルのためにクルカが帰ってきたらいいと思うよ。クルカはどう思う?」
「それは……」
「まあ、状況はそう簡単じゃないだろうがな」
グレンが嘆息して続ける。
「すでにゾンビの仲間入りをしているんだ。恋人のところに戻ったとしても、そのまま一緒に生きていくのはあまりに障害が多すぎる。
それでも戻ると言うなら止めはしないが…俺は、『死んだことにして形見を渡す』ってのもありだとは思うぜ」
「うん……ミアも、クルカが戻りたくないっていうなら、そうしたらいいと思うよ」
「好きなようにやればいい。普通の意味で体が死んでいるのだとしても、俺に言わせれば『まだ生きてる』のだからな」
千秋がそれに続き、一同がそちらを見やる。
「生物的に死んだとしても他の意味合いで死んでいないなら、現状維持で隠れ住むというのもひとつの選択だ。その上で、残した恋人のことが気がかりだと言うのなら、後になって後悔だけしないように、好きなことをすればいいと思う。
要は、お前の意思を尊重する、ということだ」
「正直なところ、ルカさんは、どうなんですか?」
その言葉に、ミケが続いた。
「チェルさんは心配しているそうです。彼女が気になるとかそういう気持ちはありますか?」
「俺は……」
ルカは俯いて、搾り出すように言った。
「チェルには…会いたい。彼女のことは…愛している。出来るなら、彼女と幸せな家庭を築きたかった。
だが…今の俺では、彼女を幸せにすることは、出来ないと思う」
首を振って。
「正直言って、心の整理はつかない。俺の身につけていたものを持ち帰って、遺品だといって渡すのもいいと思う……彼女のためには、そうするのが一番いいんだろう。
だが、心のどこかで、彼女の中で俺の存在が思い出になることに、身を切られるような思いがあるのも確かだ」
「…ルカさんは、なぜイシュさんの傍にいるんですか?望んで実験体になっているようには思えないんですが……」
「それは…」

「この村から出れば、ルカ様は動作を停止する。そのように作っておりますから」

ミケの質問には、イシュが淡々と答えた。
ぎょっとしてそちらを振り返る一同。
イシュはやはり無表情のまま、研究成果を説明するように、機械的に事実を述べた。
「先ほども申し上げましたとおり、人の目に触れるのはリスクが高い。この村に道が引かれておらず、近隣の村に存在が認知されていないからといって、この村から出た『村人』が人目に触れれば、それだけこの村が認知される可能性が高まります。それは、非常に面倒です。
ですので、この村の住人達には一律に、この村を出ると元の死体に戻る仕掛けが施されており、そして住人達もそのことを認知しています」
「村人がこの村を出て行かないのは、そういうことですか……」
苦い表情で言うミケ。
イシュはさらに言った。
「イシュは、『素材』には、引き取り手も無く放置された、端的に申し上げれば『あとくされの無い』ものを使用しておりました。ルカ様のご遺体を使用いたしましたのも、依頼を達成するための道すがら、ルカ様が天涯孤独で係累がいらっしゃらないことを認識していたため、でございます。
しかしながら、ルカ様のことをそれほどに恋い慕う方がいらっしゃるのでしたら、イシュも譲歩する足を持たないわけではございませんことよ?」
「……どういうこと……?」
ユキが言うと、イシュはそちらの方を向いた。
「先ほども申し上げました通り、現状のルカ様の寿命はあと40年、誤差修正プラスマイナス20年です。メンテナンスによってはもっと延びます。つまりは、人間の寿命とほぼ変わりはございません。
その、チェル様とおっしゃる、ルカ様の愛しい人をこちらにお呼びになり、終生ここで仲睦まじく暮らす、という選択肢もある、ということでございます」
「…………」
イシュの紡ぎ出す胡散臭い言葉に、一同が沈黙する。
イシュはさらに続けた。
「ルカ様がどうしてもここを出たいと仰るのであれば、仕方がございません、イシュはルカ様のリミットを外し、村の外でも動作できるようにいたしましょう。
しかし、それではあまりにイシュにメリットがなさすぎます。
せめて、ルカ様の代わりとなる『素材』をご用意いただきたいものでございますね」
「それって……」
ミアが言いかけて、沈黙する。
要は、代わりの『新鮮な死体』を持って来い、ということだ。
「皆様のどなたかが代わりになってくださるのでも、イシュはまったく構いませんことよ?」
「遠慮します……」
げっそりと言うミケ。
イシュはなおも無表情のまま、ルカの方を見た。
「ルカ様がこのままここに残り、遺品を恋人にお渡しになるのも結構でございますが……
ルカ様のたましいがここにある以上、洸蝶祭の折にも、ルカ様が蝶となって恋人の元に訪れることは、できはしないのでございますから」

再び、沈黙が落ちる。

つまりは、決断するしかないのだ。

死していることを伝え、思い出とするのか。

死してなお、思い人と共に歩む道を選ぶか。

あるいは。

死者の集う屋敷に落ちた沈黙は、決断の時を待つとでも言うように、重く重くあたりを支配するのだった。

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