問題提起

では、ひとは何をもって「生きている」と断ぜられるのでしょうか。


呼吸をしていること?


心臓が動いていること?


体が動いていること?


自由に行動できること?


自分で判断が出来ること?




誰かと係わり合い、誰かの記憶に存在する、こと?

作戦会議

「ううう…前回に引き続いて、またもゾンビの群れに放り込まれるとは……」

今にも顔を覆って泣き出しそうな表情で、ミケはがくりとうなだれた。
ひとまず、一箇所に集まって打ち合わせをするべく、どこでも良かったのだが一番広い彼の部屋に集まって顔を突き合わせている。
「…というか、ミケとアフィアは依頼とは関係ないのになし崩しにここに来てしまっているが。なんというか、巻き込んですまなかったな」
僅かに眉を寄せて、申し訳なさそうに、千秋。
ミケは慌てて首を振った。
「あ、いえいえ。僕は半分依頼を受けたようなものですから」
「しかし、あの狼ゾンビを倒したところでミケの依頼は完了しているだろう」
「それはまあ、そうなんですけどね。でも、なんか、聞いてた話と違うし。大きな獣だって言ってたのに…」
めそめそしながら、ミケはさらに肩を落とした。
「ゾンビ犬とか聞いてない……いつからそんなのになっちゃってたんでしょう……ちゃんと二人の冒険者が倒してそれがアンデッド化していたとしたら嫌だな」
「そうか…それは、あまり考えてなかったな」
今更、という様子で、グレン。
「大きな獣というのは、間違いではないと思うが。生きてるか、死んでるかの違いだけで」
「大違いですよ!」
厳しく否定してから、ミケは再びため息をついた。
「つぅか、儀礼的とはいえ巫女さんが祈りに来る場所なんだよね?なんでゾンビ……」
そして再びめそめそし始めるミケに、仲間達の何人かが、『めんどくさい』という顔をし始める。
「ゾンビがいるからなのかどうかは知らんが、あの洞窟にそういった、神聖な気配はしなかったぞ」
困ったように千秋が言う。言外に、もしそういった気配がするのなら自分が気付くはずだ、というメッセージを込めて。
ミケはふっとため息をついた。
「まあ、千秋さんがそう仰るならそうなんでしょう。二人がもし倒していたとしたらそこにもう一度魔物が入り込んだことになるし、近い距離にアンデッドの村があるのも関係ないとは言えないし。いつもはかかわりたくない系の場所なんですが、あのゾンビを倒して終わりとはどうしても思えないので、ひとまず調べてみることにします」
言って、改めて一堂を見回す。
「僕は今、この状況も把握しておきたい。それは皆さん一緒だと思います。あのアンデッドがここから来たのかもしれないと思えば、僕の方にはこの村の調査は必要なのです。そう言うわけで、皆さんに混ぜてもらえませんか?
さっき、戦闘手伝っていただいていますし、人探しに協力させてください。そして、僕にもこの村の情報、分けてくれると嬉しいんですけれど」
「それは…僕は、構わないけど」
「ミアもおっけーだよ!」
「俺も構わない。ミケがいるのなら心強いな」
「言うまでもないな。頼りにしている」
「よかった」
依頼組が次々に同意するのを見て、ミケはほっとした様子で言った。
「決して一人でここから出ていくのが怖い訳ではないんですよ、ええ」
「ミケは相変わらず言わんでもいい一言が多いな」
「ほっといてください」
「ミケはそれでいいとして……アフィアはどうだ?そっちは本当に何も関係ないと思うが…」
千秋がアフィアの方を向くと、アフィアは無表情のまま僅かに首をかしげた。
「関係ない、思います。けど、興味、ある。手伝い、やぶさかでない、です」
「そうか。手伝ってくれるならそれはありがたいが…」
「ミケさん、依頼、受けた、村の人、ゾンビ村、ある、言ってましたか」
そのままミケに振られ、ミケは慌てて首を振った。
「言われてたら依頼受けてませんて」
さもあらん、というように頷き、続けるアフィア。
「洞窟、用ある、1年に1度。でも、この村、すぐそば。知らないはずない、思います」
「そう言われれば…そうだよね」
うん、と相槌を打つユキ。
「僕も、村長さんの言葉が気になってたんだ。
もしこの村の存在を知ってたか否かによって、モンスターの意味合いも変わってくると思うんだけど……。
この村人のことをモンスターって言ってた可能性はあるのかな?」
「いや、それはないんじゃないですか?村長ははっきり、獣って言ってましたし。実際、洞窟の奥にいたのは獣形のモンスターではありました。ゾンビですが…」
「そっか……ごめん、続けて?」
ユキに促され、アフィアは続けた。
「1年前から半年前、何か、あった。村ないところ、村作る、家1件建てるのも、とても大変、思います。
村ごと、転移した。あるいは、うちたち、迷い込んだ。可能性、どちらか」
「ああ、それは、僕も考えたんですよ」
ミケが同意して言い、ユキのほうを向いて。
「ユキさん、空を飛んで周囲を見たとき、僕らが出発した村は見えませんでしたか?」
「あ、えっと、見えた、と思うよ」
言葉は曖昧だがかなりの確証を含む声音で答えるユキ。
「洞窟からの方向だと、真逆ではないけど、この村と出発した村では方向が違うんだ。1年に1回しか洞窟に来ないなら、通り道でもない村のことは知らなくても不思議は………うーん?」
どちらも可能性があるともないとも言えない、微妙な状況。
ミケはそのこと自体には触れず、ありがとうございます、と頷いた。
「ということは、僕たちは、いつの間にか洞窟の違う出口から出てしまったとか、出口へ出るつもりが別次元に出てしまったとかではないということになる」
「出てみたら過去か未来の世界だったとか」
「話をややこしくしないでください」
肩を竦めて、ミケは続けた。
「つまり、アフィアさんの言う通り、1年前から半年前に、何かがあって、あの洞窟にはゾンビ狼が住みつき、ここにはゾンビ村が出来上がった。それは、異常なことだというのは僕も同感です」
「何かの魔法のちからでゾンビの村ができたのかな?ダンジョンで死ぬと自動的にゾンビになっちゃうとかかなー?」
首をかしげて、ミア。
「元々いた村人がゾンビになったのか。それとも誰かが死体を集めてゾンビ村をここに作ったのか。それも問題だな」
グレンがそれに続いて言い、ミケとアフィアはきょとんとした後、なるほど、と頷く。
「そうですね。元は全て生きている人間が住んでいた村がゾンビ村になってしまった可能性も無くはない。
もともと普通の村であったのなら、洞窟に行って魔物を倒すだけのお仕事なのにわざわざ近くに村があることに言及することもないでしょう」
「その可能性、ある、思います」
「どちらにしろ、尋常な状況ではないけどな」
グレンは肩を竦めて、さらに続けた。
「そして後者の場合、クルカとやらも住人になっているんじゃないか、とも思っている」
「………」
誰もが触れたがらなかった核心に触れ、沈黙が落ちる。
グレンは嘆息した。
「…ま、何をどう判断するにしても、もう少し調べてからだ。
前回の幽霊屋敷とは違って、ここのゾンビやスケルトンは自分の考えで行動しているようにも見えるからな。情報収集は出来るだろう」
「自分の考えで行動する…?」
不思議そうにミアが首を傾げると、グレンは眉を寄せて肩を竦めた。
「あー……まぁ、本当に彼ら自身の考えなのかは疑わしい所だけどな」
「実際のところ、どうなんだろうな」
ふむ、と千秋が唸る。
「ミケが言っていたように死霊術で作られるアンデッドはゴーレムに近いというならば、『普通であれば』材料になった人物の記憶や人格は残らないように感じたが、だいたいそんな認識でいいんだろうか」
そう問われ、ミケは冷静に頷いた。
「少なくとも、僕が読んだ文献にはそうありましたね。実際に死霊術師の方とお話したわけではないので何とも言えませんが」
お話したくも無いですけど、と表情に滲ませて。
「ゾンビは死体を材料にしたゴーレムってことだと、ゴーレムを作ってる何か?誰か?がいるってことかな?」
ミアが言うと、ミケはゆっくりと頷いた。
「そうですね。それが、先ほど言った『死霊術師』というものです。ネクロマンサー、と呼ばれます」
「ねくろまんさー……」
反芻するミアにひとつ頷いて、再び千秋の方を向くミケ。
「千秋さんは、ゴーレム使いの方と関わられたことは?」
「うん?まあ、深くはないな」
「そうですか。僕も少し話しただけなので、それほど詳しくはないんですが」
言い置いて、身振り手振りを加えながら、ミケはゴーレムの説明をし始めた。
「例えば、人形型のゴーレムに『歩け』と命令します。ゴーレムは、障害物があろうと、障害物に当たって自分が砕けようと、マスターが『止まれ』と命令するまで歩き続けます。この場合、『歩け』と命令した時と、『止まれ』と命令した時に魔力が発生します」
「ふむ」
「これに、条件をつけることにより、行動パターンは多様化します。例えば『まっすぐ歩き、障害物が1メートル以内に迫ったら止まれ』と命令した場合、ゴーレムは歩き出して障害物が1メートル以内に来た時に動きを止めます。この場合は、魔力が発生するのはゴーレムが歩き出した時のみです」
「なるほど」
「このパターンをどこまで想定し、複雑に設定しておくかが、ゴーレムマスターの技量に直結するのだそうです。さらに高位のゴーレムマスターであれば、膨大な量の記録をデータベースとして内蔵し、知覚した情報を元に設定された行動を返すことが可能になります。ここまで来れば、一度ゴーレムとして動くことを命令し、後は魔力が無くともゴーレムは人のような動きをすることになります」
「……そんなことが可能なのか」
「まあ、僕が今まで見たゴーレムって、作った人の技量が規格外でしたので、参考にしていいのかわかりませんが」
「規格外?」
千秋は僅かに眉を顰め、それから納得したように頷いた。
「……あー…詳しくはわからないが、そういう案件もあるのか。面倒な。
であればこの村の住人は『元の住人と同じような情動を持つ特別製』なのか、あるいは『そういう風に見えるように作られた精巧なアンデッド』なのか。人探しの依頼だったはずなのに、厄介なことに巻き込まれてしまったようだな」
「そうですね……普通の魔導士にできることではないので、自然発生でないなら、やばいものが係わっていそうで嫌ですね。自然発生ならもっと嫌ですが」
「どちらにしても嫌なんだな」
「ていうか正直、死んだ人が普通に生活してる村とか、おかしくありません?!」
「いきなり率直な感想がきたな」
「……とりあえず、生き物は死んだら、2度とこっちに帰ってきちゃいけません……」
ぶつぶつ言うミケは放っておいて、千秋は一同の方を向いた。
「なら、まずは情報収集だな。どう動く?」
「えっと、ミアはひとがいっぱい集まるところに行くのがいいと思う。レストランみたいなところがあったよね?」
昼間訪れた時に見かけた看板から言っているのだろう、ミアが真っ先に手をあげる。
「もしちゃんと食べられる料理がでてくるなら、食糧や水を確保できるってことになるから、ダンジョンの内で半年もたってるけど生きてるかもしれないよね?
それに、どんな料理がでてくるのかも気になるし…」
「そもそも、食べられるものが出てくるのかな……」
心配そうに、ユキ。
つられるように少し怯えた様子で、ミアは少し俯いた。
「う、ゾンビたちはちょっと怖いけど…こっそり自分に幻術魔法でゾンビが怖い外見に見えなくなる魔法をかけておくから大丈夫!」
「…自分に幻術魔法はかけられないんじゃなかったか?」
素朴な千秋のツッコミに、驚いて目を丸くするミア。
「ええっ?!そ、そうなの?」
「幻術魔法は神経に直接作用して狂わせる術ですからね、術者の神経が狂ったら術そのものが成り立たなくなる」
あっさり立ち直って解説するミケに、ミアは混乱した様子で首を捻る。
「で、でもでも、ミア今までも自分に幻術かけて、怖いもの見えなくしてたよ?」
「僕と同じ幻術魔法なのかもしれないですね。光の角度を変えて形を誤認させるタイプの、物理的な」
「ごにん……?」
「怖いものに可愛いカバーをかぶせる、みたいなモノです」
「そうかなあ……?」
「それか、思い込みです」
「思い込み?!」
「ひとって本当に思いこむと、その通りに見えてくるらしいですよ」
「そ、そうだったんだ……」
「早速思い込まされてるな」
「まあ、最終的にミアさんがゾンビを怖がらずに話が出来るならそれでいいんですよ」
穏やかにそうまとめてから、ふむ、と考え込むミケ。
「しかし、外見は克服したとして、やはりゾンビですからね。いくら友好的に見えても、いきなり襲ってこないとも限らない。
安全が確保されていないのですから、一人で行くのは避けたほうがいいでしょう。最低、2人1組で行くのがいいと思います。それも、前衛・後衛のペアで」
「じゃあ、僕がミアちゃんと一緒に行くよ」
ミケの言葉に真っ先に手をあげるユキ。
「ミアちゃんが後衛なら僕が前衛になって守るね」
「うん!ユキ、ありがと!」
微笑み合うユキとミアは、レストランに行くことに決まった。
「なら俺は、奥にあった教会のような建物に行くことにしよう」
そして、千秋がそれに続く。
「死んだ住人が闊歩するような村だから、教会と言ってもあんまり具合は悪くならないだろう。多分」
すると、ユキが不思議そうに首を傾げる。
「千秋さん、教会にいくと具合が悪くなるの?」
「う。そこはあまり、触れてくれるな」
「前から思ってましたが、千秋さんは隠したいのか見せびらかしたいのかどっちなんですか」
「チラ見せしたい」
「やらしいですね。いろんな意味で」
最後にはミケとのよくわからないやり取りとなり、何となくうやむやにされてしまう。
「千秋、教会、行く、なら、うちも、行きます」
それに続き、アフィアもおもむろに手をあげた。
「普通、村、一番高い、建物、教会、だから。
村、見渡す、家屋、数、数える、しよう、思います」
「なるほどな。それはいい、よろしく頼む」
千秋が言うと、アフィアは黙って会釈してそれに答えた。
「じゃあ、残りは俺とミケだな」
グレンが言ってミケのほうを向く。
「どこか行きたいところはあるか?」
「特にこれといっては…グレンさんは?」
「特にないなら、ここの連中に話を聞きたい」
「ここ、というと、この宿屋ですか?」
「ああ。酒場に集まっている連中にも話を聞けるだろう。主人に話を聞いてもいい」
「そうですね、それじゃあ、お供します」
こうして、グレンとミケは宿屋兼酒場に。
それぞれの役割が決まったところで、アフィアが確認するように一同を見た。
「何か、あった、合図、逃げ場所、決める、いい、思います」
「合図?」
「ファイアーボール、雷撃、なんでもいい、です。他のみんな、知らせる」
「わかった。僕はファイアーボールは打てないから、ミアちゃんよろしくね?」
「うん!まかせて!」
「逃げ場所、というのは?」
「逃げ場所、正確、違います。正しくは、集合場所。合図、見たら、集合する」
「なるほど」
「出来れば、ここの宿、いい、思います。ダメなら、村、入り口」
「そのこころは?」
「うち、千秋、抱えて飛べます。ユキ、ミア、抱えて飛べます。でも、ミケ、グレン、抱えるの無理」
「う。その通りです……そうですね、それを考えると、ここに集まるのがベストでしょう」
「まあ、俺はアフィアに抱えてもらわんでも飛べるが」
「千秋さんは風が吹いたら飛んでっちゃうじゃないですか」
またよくわからないやり取りが始まるが、アフィアは構わず続けた。
「それと、もし、よければ、聞き込み、してほしい、こと、あります」
「ん?何だ?」
グレンが言うと、アフィアは頷いて答えた。
「アンデット、なった、理由、原因?聞く、してほしいです。
もしくは、生前、記憶、あるか、とか」
「なるほど。そういえば、アンデットって死体だもんね」
納得したように頷くユキ。
「原因を聞けば村の成り立ちとかもいろいろわかりそうだね」
「了解した。では、俺からもレストラン組に聞いて欲しいことがある」
「いいよー、なに?」
「半年ほど前に生者の冒険者が来なかったか。それから、レストランで使う食材は何処から仕入れているのか、だ」
「なるほど、ルカさんのことを直接聞くんだね。わかった」
「食べ物がどこからきてるか、ミアも気になる!」
レストラン組が頷くと、さらにミケが続ける。
「じゃあ、僕もお願いして良いですか。『ここで、一番偉い人は誰ですか?』っていうのと、『一番情報通なのは誰ですか?』っていうのを」
「うん、了解」
「俺たちも教会に誰かがいたら聞いてみるよ。誰かがいればな」
「2回言わないでください、怖い」
こうして、それぞれの役割分担が完了し、おのおのが支度を始めていく。
「あの、ユキさん、ミアさん」
「なに?ミケさん」
「どーしたの?」
身支度を整える女性陣に、ミケは自分の方に乗っていた猫を抱き上げ、その傍らに置いた。
「僕の使い魔で、ポチといいます。僕と精神がリンクしているので、連れて行ってください。何かあれば、ポチに言ってくれれば、僕に届くので」
「ほんと!すっごーい!」
喜色満面でポチを抱き上げるミア。少し嫌そうなポチ。
ユキはにこりと微笑んでミケに言った。
「ありがとう、ミケさん」
「いえいえ。女性お二人では心配ですからね。何かあれば、助けに行きます」
「うん。じゃあ、僕達は先に行くね」
「いってらっしゃい」
女性陣を見送った後に、千秋とアフィアもそれに続く。
「じゃあ、俺たちも何かあれば伝える。…アフィアが」
人任せの発言に無言で頷き、アフィアも部屋を後にした。
仲間達を見送ってから、不意にミケがポツリと呟く。
「あ、そういえば……」
「どうした?」
グレンの言葉に、たいしたことじゃないんですけど、と苦笑して。
「あれからどうにか思い出そうとしたんですけど、思い出せないんですよね。ルカさんと同行していた、もうお一人の冒険者さんのお名前」
「そういえば、そんなこと言ってたな」
「女性だって聞いて、契約書の名前を見ただけなので…ルカさんのように、お名前を言われれば思いだすんでしょうが…あー、もやもやする」
「ルカが行方不明なら、同時にその冒険者の女も行方不明の可能性が高いからな」
「そうですよね。同行者の行方がつかめれば、ルカさんの行方もつかめると思うんですが…」
「ま、なんかの拍子に思いだせるといいな」
「そうですね……それじゃ、行きましょうか」

ミケの言葉に、一同はそれぞれ立ち上がり、目的の場所を訪れるべく足を踏み出した。

月はすでに高い位置にのぼり、死者で埋め尽くされたこの村を妖しく照らし出している。

夜はまだ、始まったばかりだった。

調査開始

「うわぁ……」
「うう……思い込み、思い込み…!」

ユキとミアが訪れたレストランは、あまり広くない店内がほぼ満席で、なかなかの賑わいを見せていた。
行きかう人影と乾杯の声、がやがやとした話し声は活気のある食堂そのものだが、いかんせんそこにいるのは腐肉と骸骨ばかり。
ミアはすっかり思い込みにされてしまった幻術を一生懸命自分にかけている。
「いらっしゃーい!お、一見さんだねえ。しかも生きてるじゃーん、ようこそー!」
愛想よく出迎えたウェイターは、ずり落ちかけていた目玉を手馴れた調子で眼窩に戻した。
「席、席っと……あ、あそこ空いてるね。相席になっちゃうけどいい?」
「は、はい……」
「うう……平気平気、あれはゾンビじゃない…!」
少しためらいがちにウェイターに案内された2人は、6人がけの席に空いていた2席に肩を縮こまらせて座った。
「はい、これメニューね。ご注文決まったら呼んでねー?」
ウェイターはなおも愛想よくそう言って、頭の皮ごとはがれそうになった髪の毛を慣れた様子でぺたりとくっつけながらカウンターの奥へと引っ込んでいく。
2人の隣では4人連れらしい客が仲良く会話していた。漂う腐臭が少し気になるが。
「え、えっと…何か、頼む?」
恐る恐るユキが言うと、ミアは真面目な表情で頷いた。
「うん、レストランだと食事するとこだし、食べてる所に横から話しかけても迷惑だろうから、まずは何か注文しないとだよね?」
「そう、だね……」
ウェイターの持ってきたメニューを見ると、意外に普通の品目が並んでいる。ハンバーグ、カレー、オムライス、シチュー。
ちらりと相席の4人のテーブルを見れば、から揚げらしきもの、サラダらしきもの、ビールらしきもの、パスタらしきものなどが所狭しと並べられていた。らしきもの、とは言えど、見た目は完全に遜色ない料理であったし、腐臭であまりよくわからないが匂いもそれなりに食欲をそそるものである気がする。だが、決して料理とは認めたくない何かがある。
「えっと……すいませーん!」
ミアは意を決して手をあげ、ウェイターを呼んだ。
「はいはーい。ご注文?」
「えっと、ミアは、オムライス!ユキは?」
「ええと……じゃあ、ハンバーグで……」
「かしこまりー♪」
「あのっ!」
さらさらと注文伝票に書いてさっさと立ち去ろうとするウェイターのエプロンを掴んで、ミアは必死に引き止めた。
「なに、まだご注文?」
「そうじゃなくてっ、ちょっと、質問してもいい?」
「質問?」
ウェイターが再度彼女たちに体を向けると、隣で談笑していた客らもそちらを向いた。
「なんだなんだ、どーした嬢ちゃん?」
「オリバーがいくらイケメンだからって、まだ嬢ちゃんには早いぜー?」
「い、いけめん……」
とりあえずその発言は流し、ユキはウェイターに聞いた。
「あのね、失礼なことを聞いちゃうかもしれないけど……
あなたたちは、何で、っていうか、何が原因でアンデッドになったの?」
「ををっ?!生者の素朴な疑問キター!」
ウェイターは楽しそうにけらけらと笑いながら、常連であるらしき客の方を見た。
「なー、知ってる?俺らがなんでアンデッドになったか」
「さー?」
「……じらん……」
「気がついたらここにいたんだよな。もう死んだかと思ったけど。つか死んでんだけど」
「死んだかと思った……って、それじゃあ、死ぬ前の記憶があるの?」
ミアが身を乗り出して聞くと、オリバーと呼ばれたウェイターは大きく頷いた。
「ああ、俺は隣町に買い物に行かされた時に魔物に遭っちゃってさあ、いやーやっぱいくら近道だからって夜中に森を歩くもんじゃないね!死にそうになったね!つか死んだね!」
「俺は山に薬草を取りに行って、足を滑らせて崖からまっさかさまさ。運悪く途中に雷で裂かれた木があってさあ、かなり尖ってるそこに上から胴がざっくり」
「い、いたそう……」
「それが、即死だったから痛みとかなくてさ。で、俺も気がついたらここにいたんだよ」
「おでは……冒険者…だた……もんずだー……負けた……ぎがづいだら……ごご…いだ……」
皆それぞれの理由で死に至り、気がついたらこの村にいた、という証言が一致している。状況はまちまちだが、生前の記憶もあるようだった。
ユキは少し考えてから、質問を変えた。
「ねえ、半年くらい前に生者の冒険者が来なかった?」
「半年?」
オリバーは不思議そうに首をかしげた。
「半年どころか、俺が知る限り、ここに生者が来たのはあんた達が初めてだよ」
「っていうか、この村っていつからあるの?」
さらに聞くと、オリバーはまた首を傾げて常連客の方を見た。
「いつからあるんだ?」
「知らねー」
「ざあ……」
「オリバーはいつからいるわけ?」
「俺は……数えてる日にちがあってんなら、7ヶ月前かな?」
「あら、結構な古株じゃない。あたしなんて2ヶ月よ」
「俺は4ヶ月だな」
「おで……85日……」
「よく数えてんな」
口々に言い合う常連達のこの村歴はまちまちで、中にはオリバーの7ヶ月より長いものもいたが、1年を越すものはいないようだ。
「えっと…あの!この……お料理、美味しそうだね!」
発言に迷いながら、ミアがどうにか軌道修正をする。
「えっと、これ……」
食べられるの、という疑問はとりあえず横に置いておいて。
というか、横でビールをごくごく飲んでいるスケルトンの喉からびしゃびしゃとビールが零れ落ちているのは見ない振りをする。
「食べ物って、どこから仕入れてくるの?買ってくるの?」
「おっ、そこ聞いちゃうかー」
オリバーは苦笑して肩を竦めた。
「まっ、みんな知ってることだけどな。月に何回か、もらいに行くんだよ」
「もらいに……どこに?」
「この村のヌシ様のもとにな」

「ヌシ様………?」

「アフィア」
「なに、ですか」
「それは何だ」
「…かぼちゃランタン、です」

教会への道すがら。
千秋はアフィアが掲げているランタンを不思議そうに見ながら訊き、アフィアが淡々とそれに答えている。
「かぼちゃランタン?」
「時節柄、です」
「これが発表になる頃には終わってるんじゃないのか」
「それ、2年連続、言われました」
「2年連続?」
「なんでもない、です」
淡々と言いながら、すれ違うゾンビを目で確認するアフィア。
千秋は良くわからないものは流すことにしたのか、目標となる教会のほうを見て言った。
「アフィアは教会の上に上るのだったな」
「はい。千秋さん、どこ、調べる、ですか」
「俺は墓場を調べて…それから、教会の中、だな」
「了解、しました。うち、建物、数え終わる。教会の中、行きます」
「ああ、頼む」
千秋が言い終えたタイミングでちょうど教会に到着し、二人は二手に分かれて調査を開始した。

「案の定か……なんというか、集団寝床なんだな……」
そして、教会にたどりつき。
千秋は建物の傍らに広がる墓地を、げっそりとした思いで眺めていた。
案の定、と彼が言ったのは、墓地と思われるその広い敷地に、ボコボコと穴が開いており、ついさっきまでここの住人だったもの達は根こそぎ外に出ました、というていだったからだ。
「墓石は……と」
穴の傍らに立てられた墓石を見やるが、名前や生没年等は刻まれていない。墓石に見えるものをお愛想で立てました、という感じだ。
千秋はふっと嘆息した。
「瘴気の残り香でもないかと思ったが……」
言って、意識を集中させるが、それらしき気配も感じられない。
「…まあ、こういったことはミケのほうが得意だろうな」
千秋は諦めて、教会の中へと入っていく。
あとには、墓荒らしにでもあったかのような無残な墓場が残されるのみだった。

「19、20、21、22………22件、うち、明かり、10件……」
アフィアは建物の数と、そのうち明かりがついている建物の数を数え終え、一息入れようと屋根に腰を下ろした。
アンデッドであるならば闇の中でも問題なく知覚出来るだろうが、宿屋には明かりがついていたし、道中いくつかの建物にも明かりがあった。ユキたちが行ったであろうレストランや、道具屋と思しき看板もあり、そこにも明かりがついていた。看板の出ていない、民家と思しき建物にもいくつか明かりがついていたように思う。
教会の上からの眺めでは看板の有り無しまではわからないが、22件中半数に明かりがついているということが、アンデッドにとって正常なのか異常なのかは判断の分かれるところだ。
アフィアはふっと息をついて立ち上がり、ふわりと屋根から飛び降りた。

「これはまた…ずいぶん立派なステンドグラスだな……」
教会の中に入った千秋は、正面にある大きなステンドグラスを感心したように見上げた。
幾何学的な模様に色とりどりの配色が施されており、特に何かを描いているという感じではない。
建物は石造りで、手入れはあまりされていないような印象を受けた。壁はところどころ崩れており、欠けた天井からは月明かりが漏れている。
きい。
後ろから扉が開く音がし、振り向くと、アフィアが無言で入ってくるところだった。
「アフィア。終わったか」
ゆっくりと頷くアフィア。
「墓地、どう、でしたか」
「そうだな、やはりやつらの寝床らしい。中にいたものたちは今は全て外に出ているようだ。
墓石に名前や生没年はなかった。彼らのために用意された墓ではなさそうだな」
「そう、ですか」
「そっちはどうだった?」
「………」
アフィアは少し沈黙してから、調査の内容を報告する。
「建物、22件。1件に1人、なら、最低、22人。1件当たり3人として、66人」
「それだけのアンデッドがいるということか」
「最悪、それだけ、敵に回る、思います」
「……なるほどな」
「…が、今の話、聞いて、墓穴の数、数えればいい、思いました」
「………31、だったと思う」
「そう、ですか」
「まあ、全てが墓穴の中に入ってるとも限らんが」
アフィアはまた少し沈黙してから、続けた。
「道中、少し、見てきました」
かぼちゃのランタンを掲げ、ちらりと後ろに視線をやる。
宿屋から、教会までの道のりのことを言っているのだろう。
「アンデッド、大人だけ、子供もいるか、家畜はどうか、見てました」
「そうか…そこは気づかなかったな」
「アンデッド、子供、家畜、いない。大人だけ。子供いる、もともとの村、アンデッド化、可能性、高い。けど、いない。違う、思います」
「なるほどな…それは、俺もそう思う」
「教会、周り、雑草、見ました。荒れ放題、思います」
「だな。あまり手入れされているようには見えないが…人がいるのか…そもそも何の神を祀っているのか……」
教会の奥へと入って行きながら、千秋は注意深く辺りを観察した。
「あまり宗教には詳しくないが……ホラーものなら、神父の日記が鍵になるというのが定番だ」
千秋の発言にアフィアは僅かに半眼になるが、何も言わない。
千秋は祭壇の前にしつらえられた机を丁寧に調べ始めた。
引き出しを開け、下を覗き、上下左右から丁寧に見回してみる。
と。
「おっ……隠し底か」
引き出しの底板が外れ、中から聖書のようなものが現れる。
千秋は丁寧にそれを取り出すと、表紙に書かれた文字を読み上げた。
「……トートの……みことば………死の神トートか」
その言葉に、アフィアも興味深そうに近づいてくる。
「聖書か…あるいは日記か?よし……見てみるか」
千秋はごくりとつばを飲み込み、ゆっくりと1ページを開いた。
そこにあった文字は。

『アホが見るー』

ぱたん。
「…何も書いてなかった」
「そう、ですね」
一緒に覗き込んでいたアフィアも、目を閉じてなかったことにする。
と。

「見いぃぃぃぃぃぃたああぁぁぁぁぁなぁぁあぁぁぁぁぁああ!!」

「うわあああぁ!」
突如背後から不気味な声がして、千秋は思わず驚いて振り返る。
アフィアもまた、目を見開いて声も無くそちらを向いた。
そこにいたのは、神父の姿をした……やはり、ミイラのようだった。
「あ。すみません。ちょっと、一度やってみたくて」
「そ……そうか……」
急に腰が低くなった神父は、千秋が手に取っていた聖書を丁寧に取り返すと、埃を払う仕草をして隠し引き出しに戻した。
「いやー、誰かがやってくれないかと思ってずっと待ってたんですけどね、そもそも神父の机を見る人なんてそうそういないんですよねー」
「だ……だろうな……」
「あ・申し遅れました。わたくし、神父のジョンソンと申します」
「いかにも神父という感じの名前だな」
「皆さんそう仰います」
「あの」
よく判らないやり取りをしている千秋とジョンソン神父を遮って、アフィアがずいと身を乗り出した。
「質問、いいですか」
「ええ、ご随意に」
「生前、記憶、ありますか」
「そうですね、生前もわたくしは神父をしておりました。死の神を崇めておりましたため、異端として追われることとなり、道中で討伐されまして。いや、意外に痛いものですね、銀の槍。焼けるようでした」
「その頃からすでに半分アンデッドだったんじゃないのか……」
「近く、洞窟、ある、知ってますか」
「ええ、存じておりますよ。足を踏み入れる用はないですが」
「洞窟、向こう、村、ある、知ってますか」
「そうですね、地理として存在することは存じております。行ったことはございませんが」
「アンデッド、なった、原因、理由、知ってますか」
「ええ、もちろん」
ミイラゆえにパリパリと乾燥した皮膚を引きつったように笑みの形に変え、ジョンソンは低く、しかし陶酔したような声音で言った。

「この村のあるじが、わたくし達に再び命を与えたのです」

記憶復活

「そういえば、ミケには礼をしなければと思っていたんだ」

酒場で注文をし、運ばれてきた飲み物……には手をつけず、こっそりと手持ちの水筒で喉を潤しながら。
グレンが言った唐突な一言に、ミケはきょとんとした。
「お礼、ですか?僕、グレンさんに何かお礼を言われるようなことしましたか?」
「しただろ。昨日、魔力感知を教えてくれた。おかげで少しだが、感じることができるようになった」
「ああ、そんなことですか」
ミケは苦笑して手を振った。
「別に、魔力感知程度なら少し魔道をかじっていればすぐに身につけられるものですし、お礼を言われるには及びませんよ」
「いや、だが、そういうわけにもいかんだろう。
借りは早めに返したいし、何か頼みごと等があれば言ってほしい。礼も兼ねて俺にできる範囲で聞こう」
「一緒にいてくれる、それが僕にとっては一番なんですが」
「そんなことは礼にはならんだろう、当たり前のことだ」
ゲイカップルのような会話をしていることには気付いていないのか、ミケは苦笑したまま続けた。
「真面目な話、お互い生きるためのことなので、覚えてくれて一緒に冒険しているのはありがたいことなのです。
どうしても、借りをということであれば、前衛を頑張ってくれればそれが一番です。僕、後衛頑張りますので」
「まあ……そういうことなら。よし、俺も前衛を頑張ることにするよ」
「そうしてください。ああ、魔力感知ですが、感覚を忘れないうちに練習した方が良いですよ」
「そうだな、そのつもりだ。新しく覚えたことは繰り返して練習した方がいいだろう。それに……」
声を低めて言ったグレンに、ミケも身を低くして耳をそばだてる。
「アリスの屋敷と似通った状況だから死霊術師やそれに関係する物があるんじゃないか、と思ったんだ。
アリスの体内に埋まっていたような魔法具的な物とかな」
「……なるほど」
「よし、やってみる」
言って、意識を集中するグレン。
が、ややあって。
「……ダメだな。感じられない。やはりある程度の魔道の腕がないとダメか?」
「腕が足りなくて感じられない可能性と、本当に魔力が無い可能性もありますからね。
特に、アリスさんに使用されていたような魔道具は…相当の腕がなければ、感知できないものだと思います」
「なるほどな……で、ミケがやってみて、どうだ?」
「……ありません」
「そうか……」
その話が終わったところで、マスターが皿を運んでくる。
「はいよー、ワインとチーズ、それからフライドポテトねー」
かたん。
テーブルに置かれた料理は、ほかほかと湯気も立っていて、見た目は美味しそうだ。
ワインもチーズも、特に乾燥している様子もない、みずみずしいものだ。保存食といえばそれまでだが、食べられなくなるまで保存されていたようには見えない。ただまあ、あたりに漂う腐臭が、どうしてもそれを口に放り込むことをためらわせるのだが。
「あの」
ミケはとりあえず手をつけることは諦めて、マスターを見上げた。
「すみません、ここって普通に僕らの通貨は使えますか?」
「ああ、金ね?んー、要らないよ?もちろん、宿代もねー」
「はっ?」
「別にさー、俺らここで金稼ぎしてるわけじゃないわけよー。メニュー表見てよ?値段書いてないっしょー?」
「ほ、ホントだ……」
いや、だからといって出されたものに口をつける気はしないが。
ミケは気を取り直すと、さらにマスターに問うた。
「ここは、どういう場所なんですか?」
「どういう場所って……こういう場所だよなあ?」
「宿屋兼酒場、だな。まー、俺たちは宿として使ったことはねーけど」
「光入る、部屋、寝る、苦しい……」
なかなか想定通りの答えが返ってないことに戸惑いながら、ミケは言葉を続けた。
「そ、そうですか……えと、あなた方は、どういう集まりなんですか?」
「マスター?」
「常連?」
「常連」
「じょうでん」
「…ですよねー……」
はあ、とため息をついて、ミケは質問の矛先を変えることにした。
「近くに洞窟があるのは、ご存知ですか?」
「洞窟?そんなんあったか?」
「おで、じっでる。洞窟、ばいったごど、ない」
「それじゃあ…その中にゾンビの狼がいますけど、お知り合いだったりは……」
「狼に知り合いはいねえなー」
「食われるよな」
「ぐわれる」
「まあもう死んでんだけどな!」
ぎゃははは、という陽気な笑い声。
ミケは嘆息して、続けた。
「半年くらい前、もしくは僕らが来るより前に、2人の生者の方が来ませんでしたか?」
「2人の生者?」
「知ってるか?」
「知らんな…つか、俺ここで生者見たの、この兄ちゃん達が初めてだぞ」
「おでも」
「そうなんですか……」
少しがっかりした様子で、グレンに視線を送るミケ。
グレンも嘆息した。
「なあ、本当に知らないか。クルカ、という名前なんだが」
「クルカ……」
「来ないか……」
「おい」
「いや、知らねーな。お前知ってるか?」
「うーん……聞き覚えが…あるような……ないような……」
「本当か?」
「いや、悪いねえ。なんせこの脳みそ、半分腐ってて、半分干からびてるもんでさあ」
ぎゃはは、と再び笑い声。
グレンは諦めて、質問を変えた。
「お前たちは、生前の記憶はあるのか?なぜアンデッドになった?」
「おで……泥棒……じで…逃げてきた……途中…食うもん…なくなっだ……飢えで……死んだ」
「そ、そうですか……」
「俺はナンパした子がちょっとコレもんの娘でさぁ、ツルッパゲの黒服グラサンが大量に追っかけてくるから必死に逃げてきたんだけどね?いやー無理だったね!あっけないね!命ってさぁ!」
「そ、それで……どうしてアンデッドに?」
「んー、俺もね?あー死んだなーと思ったんだけどさ。ふっと目が覚めたら、ここにいたんだよねえ」
「俺も」
「おでも」
「ふむ……あなた方は、普段は何を?」
「普段って?」
「ええと…ここにいない時?」
「土の下で寝てるよ?」
「やっぱりそうなんだ……っていうか、すみません。質問を変えます。常連さん達は、ここに来る以外のときは、何をしているんですか?」
「そうだな…俺はあまりレストランは好かんな」
「おで…ゲーム…じでる……」
「ゲーム?」
「ポーカー……ルーレッド……」
「ああ、なるほど」
「仕事してたりはしないのか?」
「うーん、この村でやることも得にないしねえ」
「そうか……」
さらに質問を続けるミケ。
「えっと、この村の地理について教えてください」
「漠然とした質問だなあ」
「う、すみません。地図とかありますか?」
「うーん、狭い村だしね。20個くらいの建物があるだけだから、そんな地理とか大層な説明が出来るもんじゃないよ」
「そんなに大きな村ではなさそうだな」
グレンが言うと、ミケも頷いた。
「どれくらいの方たちが住んでるんですか?」
「んー。どれくらいなんだろうねえ?」
「さあなぁ…」
「じらん」
「え、村の人数知らないんですか?」
「ああ、そうだねえ、いつの間にか増えてたり減ってたりするからね」
「そうなんですか……」
なかなか収穫が得られないことにしょんぼりとした様子を見せつつも、ミケはずっと暖めていた質問をした。
「ところで、このチーズとポテト、それにワインなんですが。一体、どこから仕入れてきたんですか?」
ミケの質問にグレンも続く。
「そのなりで村の外の人と交流するのは難しいだろうと思うんだが。誰か、提供してくれる人がいるのか?」
「ああ、そりゃあ」
マスターはあっけらかんとした様子で答えた。
「ヌシさまからいただくんだよ」
「ヌシさま?」
唐突に飛び出した言葉に、首を傾げるミケ。
「ヌシさま、っていうのは、ええと。この村で、一番偉い人ですか?」
「ああ、そうだね。俺たちを束ねてるのがヌシさまだ。つっても、村からはちょっと離れたところに、お屋敷建てて住んでるんだよ。
だから、行くのはちょっと苦労するんで、月に数回くらいかなあ。その時に、レストランのやつらも含めて、食材を調達するんだよ」
「どういう、方なんですか?」
「すごい方だよ。俺たちが生きるも死ぬも、ヌシさま次第だ。まあ、もともと死んでるんだけどな!」
ぎゃはは、という笑い声を遮るように、食い気味に身を乗り出すミケ。
「あの!じゃあ、一番の情報通って言われたら、その方になりますかね?!」
「まあ、そうだなあ。俺たちが知らないことも、ヌシさまなら知ってるだろうな」
「じゃあ、クルカのことも、そのヌシさまとやらに……」
と、グレンが言いかけたところで。

「あああーーーーーーーっ!!」

唐突に、マスターが素っ頓狂な声を上げた。
「な、なんだ、どうした、一体」
常連が声をかけると、マスターは大仰な身振りで熱く語った。
「思い出した!思い出したよ、その、クルカって名前!」
「本当か!」
グレンも身を乗り出して話の続きを促す。
マスターはこくこくと頷いて、続けた。
「ヌシさまのところにいた奴だ!ヌシさまが名前を呼んでるのを、確かに聞いたことがある!」
「なっ……」
軽く絶句してから、ミケはさらに訊いた。
「あの!その、ヌシさまのお名前は…なんて?」
「ああ」
マスターは頷いて、軽い調子で答えた。

「イシュさま、と俺らは呼んでる。それ以外は知らないなー」
「!!」

今度こそ、完全にミケは絶句した。
「おい……ミケ、どうした?」
恐る恐るグレンが訊くと。
ミケは呆然として、呟くように答えた。

「思い……出しました……ルカさんと同行した、女性の冒険者の名前………」

その様子に、まさか、とグレンの表情も変わる。
ミケは搾り出すように、言葉を続けた。

「イシュタム・エルタ………契約書には、そう書かれていました………」

第3話へ